シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

霧生ヶ谷の霧

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霧生ヶ谷の霧 作者:勇城 珪(ゆーき)さん

 卒業式シーズンになると、なぜか大雪が降る。
 毎年そうであるし、また、小学校・中学校…… 大雪だった。日本の北国ほど降るわけでも積もるわけでもないが、ただ、霧生ヶ谷市の日常であるから、卒業式には傘が付きものだった。
 就職先には東京を選んだ。霧生ヶ谷に残ってもいいのだが、あえて外を選んだ。
 ここは本当に良い土地だ。でもそれだけでは駄目なのだ。根来(ネク)には”ぬるま湯”に思えてきていた。
 卒業式を終えた彼は両親と共にレストランへ行き、食事をした。


 そして次の日、中央区から汽車に乗ると、東に向かい、彼は運ばれていく。
 昨日のレストランでは、両親は泣きそうだった。俺にはいくら温かく接してもらっても嫌味にしか思えないのだ。
 学校の仲間だって、携帯のリストには入っていない。もっとも携帯は最低限しか使えなくなるので、普段使えない。
 電話なんかしないさ……

 次第に見慣れた景色が見えては去り、見えては去り…… 東区にある母校も過ぎ去った。
 彼が脚を許した木造のプレートは、今や私の見知らぬ世界を滑走している。

 なにやら騒ぎ声がするので、耳を傾ける。ある乗客たちの一行が、安堵の声を上げていた。
「峠が風で不通らしい。金はあるし今日はどこに泊まるかな?」
 聞いたことがある。霧生ヶ谷の東端にある峠は、気候の変動が激しい為に、突然の悪天候で不通になることがある。
 それが嫌なら峠越えしない路線を使うのだが、あいにくコストパフォーマンスに秀でているのはこの路線…… ただ、金がない為だ。

「次は終点、霧生ヶ谷境(きりゅうがやさかい)です。関東方面への乗り換えは……」
 アナウンスが止まる。数秒間の後、車掌が詫びる。
「失礼しました。本日、霧生ヶ谷峠が強風で先へ進めません。霧生ヶ谷線の規約通り、グリーン・指定の方にはホテルを斡旋致します。」
 先ほどの噂が事実になり、周りは一斉に財布を確かめている。彼も財布を開けて中の切符の裏を見る。ここの場所は霧生ヶ谷市が特例で、ホテルを斡旋してくれるらしい。
 ただし、グリーン切符は八分の一で泊まれるのに、普通切符は何の保証もなかった。
「まるで健康保険未払いだ!」と毒づくが、今更どうしようもない。
 やがて駅に着き、人の気配はなくなった。
 ホテルへ向かわないのは理由がある…… ここでは事情柄ボッタクリが可能なのだ。
 口から「確かに、全員財布を見るわけだ。」と、思わず出た。
 急にせき止められる人が沢山いるのだから、当たり前だ。


 彼は改札で途中下車の手続きを取る。
「根来さんですね。中央に連絡しておきます。」
 駅員は俺の名前を呼ぶと、引っ込んでいった。
 汽車と共にホームに残された俺は、駅員を追いかけた。泊めてもらおうと言う考えだ。
「あの、夜勤の人はいますか?」
 でも、世の中甘くない。駅員は霧生ヶ谷方面の最終で帰るそうで、夜中は誰もいなくなる。

 帰るかどうか悩んでいたが、俺は左手を見せ、古い腕時計を取り外した。
 実はコレ、父からプレゼントされた時計だった。。
 小さい頃の誕生日にこの時計を渡され、尋ねると、曽祖父のものらしい。曽祖父が若かった頃は、お金に困ると質づてにこう言うことをしたらしい。
 ここまで来て帰ったのでは体裁も悪い。古い交渉手段にあやかってみた。

「え? コレを頂けるんですか…… そうですか。では、明日私が来るまでココに居ても良いですよ。」
 あっさりと主張を覆す駅員は、どこか遠い目をして俺を見た。
 腹も減ったことなので売店のパンを貰い、古びたストーブで牛乳を沸かした。
 駅員は俺を見ながら、ポツリポツリと「お客さん、東京へ行くんだね?」、と訊くので軽く答えた。
「はい。何で分かったんですか?」
 考えてみると分かった。なんてことはない、改札で途中下車の為に切符を見せたのだった。
「私はそろそろ行く。この切符の通りの路線を行きたかったら、明日私が来るまで待ってなさい。」
 彼は何気なく聞き返した。
「同じ路線は朝まで無いんですよね?」
 駅員はそれを聞いて頷くと、「おいおい、鉄道は旅客だけじゃないよ。」と少し笑った。
 そりゃそうだろう。霧生ヶ谷市から荷物を送る人だっているし。
 暫くして駅員は最終に乗った。
 夜に無人になる駅はかなり増えた。無人駅という響きに小さい頃田舎を憧れたが、実のところただ寂しいだけなのだ。


 売店にある週刊誌を読みながら、時間は夜中になった。
 途中、貨物列車が駅舎の反対に止まり、荷物を降ろす。
 貨物が着く度に、何人か人が降りてきた。
 日本語でない言葉を話している人もいたり、ボロボロの服の人もいた。
 こんなにじっくりと貨物列車を観察したことはなかったが、中には数人ほど人を運べる車両があって、特殊な職業の客を乗せることがあるのを思い出した。
 そんな人の姿をぼんやりと眺めながら、彼は頭が沸騰していた。
「俺は何の為に『東京』へ行くのだろう?」

―― 答えは簡単さ! 働く為さ。
   霧生ヶ谷は素晴らしいところだ。何も文句はない。
               ただ、俺には合わないんだ。 ――

 その思いがかえって自身を苦しめるのだ。


 自問自答ですっかり眠気が跳んだ彼は、ホームから階段を降りてきた女性に話しかけた。
 肌の色を見るに、微妙な色加減だ。多分クウォーターだろう。
 最初に話しかけた彼自身が相手の唸ったような声に目を丸くしてビックリしていた。だが言葉は数秒の間を置き日本語になり、理解できた。
 やっぱりな、と彼は思ったが、顔に出さないようにしていた。
 彼女の一言目は意外だった。
「貴方みたいな人はいちゃいけません…… 隠れてなさい!」
 発音法は異なるが流暢な日本語だったので、相手の真意を汲み取らずに「あの、峠で汽車は止まってますよね?」、と質問する。
 彼女は当然だという顔をして、
「鉱山からの貨物線は生きてますよ。とにかく、一般人は帰りなさい。」 と、的確な日本語だけに口調も厳しい。
 それだけ言うと、顔を伏せながら早足に立ち去った。

 元の場所に戻り、さっき言われたことを考えた。
 確かに鉱山に関係して働いている他国人は、訳アリだろう。
 近年、霧生ヶ谷ではあまり起こらないが、変な犯罪が増えている。
 今日のこれは、霧生ヶ谷から出ないようにとの意味なのだろうか?

 そんな為にわざわざ各駅の旅を選んだわけじゃないはずだ。
 新幹線に乗り換えない以上、どんなことにも屈しない!


 A.M.3:30、十二両編成の貨物列車が止まり、また人が数人降りてきた。
 彼は我慢できなくなり、停車中の車両のホームに走っていった。
 運転手に確認すると、鉱山で荷物を降ろし換えて途中まで行くそうだ。
 彼は急いで荷物を持ち、先頭車両に乗った。

 一枚のガラスのドア越しにいる運転手が、楽しそうに話しかけてきた。
 窓を開け、コツン、とドアを開けずに叩くと、こちらへ「これから何を載せるか知っていますか?」、と言ってきた。
 俺は全く分からない。霧生ヶ谷鉱山は何の鉱山だったっけ?
「霧生ヶ谷の『霧』って聞いたことないか?」
 運転手のその声に、根来はハッとする。
 汽車の周りが半分透けた白い粒子にまとわりつかれ、数を増してくる。
 青い帽子を被り、ドアからこちらを見ながら平然としている。

 飛来した白球は、ついに彼の肩に止まった。
 頭に何か入ってくる。


「…… タケヒデ、勉強は嫌いか?」
 嫌い。でももっとやっておけばよかったかもね。
「…… この街は嫌いか?」
 馴れ合いは嫌だ。でも、みんな悪気は無いのかもね。

 小さい頃感じた父の背中のように、白球は温かく彼を包み、何かを奪っていった。
 毎日のように人生の中の嫌なことを次々と思い出し、些細なことで嫌になっていたことを後悔している。
 自分が気に食わないことを「当然」と思い、人付き合いからも勉強からも逃げた。
 隠していた感情の波にぶつかった……

 そんな嫌だった気分が、癒されていく。
 まるで、優しい話し相手が現れたように。
 彼は奪われたのだ、悪しき思いを。

 彼の顔から涙が出ると、白い粒子は消え去り、朝焼けが見えた。
 暫くして「一般人を乗せたのが知れると怒られるから、次で乗り換えてくれ」、と運転手に言われ、荷物を肩にかける。
 無人の小さな駅だが、峠で待つよりは確実に何時間か早く、次の汽車で着くだろう。
 降りる直前に「さっきのは何ですか?」と運転手に訊くと、乗っている最中は口を利かなかったと言われた。納得いかない感覚だが、素直に受け止めよう。
 運転手の「楽しい旅を!」との言葉に苦笑しつつも、どっかりと大地に腰を落とした。

 通り過ぎる貨物列車を目の前にし、新たな人生に自信を持てた。
 もう見えなくなった景色の向こうに、自分自身が負の感情の塊を隠していたことを自覚し、なんだか馬鹿らしくなった。

 曽祖父の魔法かもしれない、それも一回だけのものかも。
 きっとあの時計が、運命の転機に「隠した感情」を洗ってくれたのかもしれない。
 彼はそう思うと、これから寝るとき霧生ヶ谷に足を向けられないと思った。

 そして安アパートの大家から貰った部屋の鍵を手に取り、今日を生きる。
 夜になり、思い出したように公衆電話へ向かった。
 そのカードには「毎月一枚」と、マジックで書いてあった。

―― 終

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