シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

チョコレート・ツリー

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チョコレート・ツリー 作者:しょう 

 いやまあ、おれ自身本気で信じてたわけじゃないんだが、結局試してみたと言う意味では信じてたってことになるんだろうなぁ。
 噂話と言うのか都市伝説ってのか、東区にある『シュネーケネギン』って洋菓子屋のチョコレートを土に埋めて肥料にカカオパウダーを、水の代わりにホットチョコレート―要するにココア―を日に二回施すと一週間程度でチョコレートがたわわに実るチョコレートの木が生えてくると言うものだ。
 何でも、『シュネーケネギン』の店長兼パティシエがチョコレートの精とお友達で、その所為でそういう不思議な事態が起こるのだそうだ。ちなみに、対抗神話としては、近所に住む店長の知り合いのマッドサイエンティストが小銭欲しさに『勝手に増えるチョコレート』なるものを開発して売り込んだのだとか。
 どちらにしても、噂話の域を出ない与太話だと思っていたんだが、飲み会で東区に行った時にチョコレートの木の話が出てどうせなら皆で試してみようと言う事になった。どうしてそういう流れになったのかは、なんせ酔っ払いの考えた事なんでよく分からない。まあ、どうせ、誰かが『甘いもんがたらふく食べたい』とか叫んだんだろう。久遠寺あたりが言いそうだ、とかは本筋とはあまり関係ないんで省くとして、だ。
 かなり機嫌よく酔っ払った野郎五人で『シュネーケネギン』に押しかけてチョコレートを買ったのと、自宅の庭に寄って集ってカカオパウダーを混ぜてチョコレートを埋めて、缶のココアを五本分位撒いたのは覚えているんだが、それ以外のところが殆ど抜けていて朝起きたら服がチョコレート塗れになっているは、ブロック塀に『貯古齢糖』と落書きがしてあるはで、記憶を取り戻すのが正直怖い状態だった。どっか出入り禁止になった店とかないよな? 未だに怖くて確認していないんだ。
 それでも、きっちりチョコレートを埋めた場所には自分の字でチョコレートと書いた縦札まで立てていたのは、流石と言うべきか、それとも呆れるべきなのだろうか?
 で、そこまでしたんだからと、朝晩ココアだけは欠かさずやったのは我ながら律儀だと思う。缶で買ってくると高くつくんでわざわざ普段飲まない粉末ココアを買ってきてその都度お湯で溶いてたところなんざ特に。もっとも、冷めるの待つのが面倒だったんで熱いままぶっ掛けていたんだが。
 で、結論としては。
 火のない所に煙は立たない。ってのを、しみじみ実感することになった。埋めてから丁度五日目で黒い芽が土の間から顔を出していたからだ。早速他の連中に連絡すると、同じ答えが帰ってきた。『本気でやったのか?』だ。あいつ等、結局埋めるだけ埋めて、水じゃない、ココアをやらなかったらしい。あの裏切り者どもめ。
 腹も立ったし、今更やめるのも癪だったんで、その日はいつもよりかなり多めにココアを撒いた。暫く甘ったるい匂いが立ち込めたくらいだから、バケツ四、五杯はやったんじゃなかろうか。
 それが良かったのか、悪かったのか。
 いや、結論から言えば悪かったんだろう。あんな事になったんだから。
 翌日目を覚ますと。庭がチョコレートに占領されていた。まず、チョコレートの芽が出ていた場所から大人が手を伸ばしても抱えきれない位の太い幹が生えていた。枝は庭を覆い尽くして空が見えないくらいに張り出していて、その枝全てに黒い葉が茂っていた。風に揺られて落ちてきた葉を手に取ると確かにチョコレートらしく手の中で溶けた。恐る恐る舐めてみるとまあ、甘かった。さすがにじっくりと味わう気にはなれなかったが。当たり前だわな、こんな怪しげなもん。育てた本人が言うのもなんだが、誰だよ作ったの。
 でまあ、どうしたもんかなと見上げていたら。インターホンが鳴った訳だ。
 道から見えるし、ご近所から丸分かりなんで誰かが通報でもしたんだろうと、言い訳を考えながら出てみたら、白衣の女がいた。右手にチェーンソー、左手に一升瓶を持っていた。怪しい事この上ない。無言のまま、戸を閉めて施錠。
 ……見なかったことにしよう。今日は日曜なんで講義もないし、寝なおそう。目が覚めたらこの夢みたいな状況も何とかなっている、といいなぁ。
「ああ、もう。キリコさん代わってください。いくらなんでもその格好は怪しすぎますって。すいません。生活安全課から来ました名取新人と言います。異常植物の駆除に参りました。開けて頂けませんか」
 渋々開けた。基本的に面倒ごと嫌いだし。その割に面倒ごとに良く巻き込まれるような気がするのは、上月の野郎の所為か。
 白衣の女の前に立つようにしてスーツを着たというよりスーツに着られている青年がいた。第一印象は気が弱そうだなぁだった。実際の所は知らない。が、少なくとも白衣の女の尻に引かれている様な気はしたと言っておこう。
 見せられた身分証は本物みたいだったし、この状況を何とかしてくれるってんなら願ってもない事なんで、庭へ通した。
「またこれは……。キリコさん。これ本当に……」
 名取って役人はチョコレートの気を見上げて絶句すると、どうもキリコという名前らしい白衣の女に何事か確認を取っているようだった。やがてどっと疲れたような顔した後。
「一応確認させていただきますが、切り倒しても構いませんか?」
 後片付けまでしてくれるんなら断る理由は何処にもないんでその旨を伝えると分かりましたでは倒させていただきますと答えが来た。
 同時に、高らかに鳴り響くエンジン音。何事と慌てたらなんのこっちゃないキリコって女がチェーンソーを思いっきり噴かしていた。で、何を考えているのか一升瓶に口をつけ中身を含むとチェーンソーに吹き付けた。おいおい錆びるぞって、『今宵の虎鉄は血に餓えている』ってそれ刀じゃねぇだろ。つうか、あれ付喪神百年午睡じゃないか。勿体無い。なんつう飲み方ってか使い方すんだよ。
 突っ込む暇もあればこそ、何故か嬉々とした様子で切り倒しに掛かった。微塵になったチョコレートが舞う光景ってのはなかなか見る機会はないだろう。こうガリガリガリとすごい音をさせながらチョコレートの枝を落としていく。感心するぐらいに手際よくチョコレート・ツリーを解体していく。本職でもこうはいかないだろう。どういう本職か知らないが。
 その横で、名取が粉微塵になったチョコレートを袋に詰めて運び出していく。『なんで休みの日にまでこんな事を』とかぶつぶつ言っているようだったが、それでも真面目に働く姿は哀愁に満ちていた。
 決めた。来年から就職活動だけど、役所にだけは勤めまい。
 結局、昼過ぎにはチョコレートの木は切り株を残して綺麗さっぱり庭から運び出されていた。いや、中々珍しいものを見た。普通白衣着てチェーンソーを嬉々として振り回しながらチョコレートを切り刻む美女の酔っ払いってのはいないだろう。目の前にいるんで都市伝説でないのは確かだとは思うが。案外その内、チェーンソー持った白衣の女って都市伝説が出来上がるのかもしれないなぁと。
 ともかく、疲れ切っている名取が気の毒になったのと珍しいものを見て機嫌が良かったのもあって、ここまででいいと言ってしまった。早まったなぁと今は思う。それとも今からでも連絡すれば、引取りに来てくれるだろうか?
 そうだよな。帰る間際に名取がキリコに『もう怪しげなものを知り合いの所に卸すのは止めて下さいね』『だって、お酒買うお金が欲しかったんだもん』とかやり取りしてたしなぁ。
 つまりだ。
 あれから何日か経っているんだが、残ったチョコレートの切り株から幾つか芽が出てきているんだよなぁ。困った事に。一応何度か鋏で切ろうとしてみたんだが硬くて歯が立たないし。株のほうもどうも根っこが豪く確り張っているらしくビクともしない。
 放っておくと、まあ、ココアはもうやってないんであそこまででかくなる事はないとは思うが、そのうちチョコレートが繁茂するのが見えているんで何とかしたい。
 本当に、どうしたもんだろう。

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