居候はアウトロー 作者:勇城 珪(ゆーき)さん
あれは何ヶ月前だろう。昼間からこの街を歩いていた俺は、不審者扱いされそうで心配だった。
風来坊の自分は、と言ってもホームレスでなかった。ちゃんと実家もあるし両親と同居していた。
今現在の食事と寝る場所に困っていただけだった。
毎日毎日色んなところを渡り歩き、この霧生ヶ谷市に来た。
整頓された町並みは時が止まったかのように静かに…… 街が死んでいるのではない。
それなりに活気はあるし、治安も良いのだろう。
車が入れないような細いレンガの道並みを、水路の両端が彩る場所で子供たちが遊んでいる。
ブリッジを反響して、流れる水に優しくエコーをかける。
何日間の住処となるかわからないが、暫く居てみようと思った。
とりあえず水の匂いを嗅ぎたくなって、水路に降り、手を入れた。
その指を舐める。
いい味だし、香りも口から鼻腔に広がる。
脳天までとろけそうだ。
この甘みは何だろう?
「『うどん』だ、それも大好物の魚入りだ!」
思わず声を出しそうになったが、俺は不審者じゃあないぞ。
流れに混じってきた「ダシ」と「白いかけら」が口に入ったのだ。
興奮冷めやらぬ勢いのまま水の流れと反対に道を駆け、周りを確認する。
誰も居ないようだ。
そこにはボロ屋があり、うどんの仕込みをやっているようだ。
ザルで水に晒してあるうどんに食らいついた!
後ろに気配を感じたその瞬間、頭が鈍器で叩かれたような痛みが走る。
俺は食事を止めるしかなかった。流石にタダはマズいか。
視界が揺れつつも後ろを振り返ると、白衣の太った中年が物凄い形相で睨んでいる。
「いや、オタクのコシは最高だ。俺が言うのだから……」
話が分からないやつも居るようだ。顔にぬめりを感じつつ、俺はその場を離れた。
俺は実力主義だ! 俺には舌がある。
こう言う方法でアピールして、客観的に美味いかどうか評価してやっている。
前の街でなんかでは「福招き」とまで言われた食通だった。
…… 普段の生活の儚さよ、大型店舗の進出で職を失った。
自分のPRの下手さに暫く落ち込んでいたが、とりあえず、役所に行ってみようと思った。
噂によると「霧生ヶ谷市」の役所はアウトローでも受け入れてくれるらしい。
俺は両開きのドアを、そっと開けて様子を見た。
「おい、新人! お前の客だ。」
勢い良く飛ぶ声に、シンジンとやらが出てきた。
「アラトです……。」
もう慣れたかのように答える若者は、俺を見るとティッシュを差し出した。
俺は一瞬ムッとした。相談に来たのに、いきなり宣伝でもされたような気分だし、トイレでも急かしたように思われたのだろうか?
シンジンとやらは、突然俺の顔をティッシュで拭い、子供扱いする。
「さ、さ、大丈夫。どんな用事がありますか?」
俺はシンジンとやらの目を覗いて、本音を言った。
「住む場所を貸してくれ。働きたい。」
俺がこんなに頭を下げたのは初めてだ。とにかく、一般的な生活がしたい。
暫く場が固まった。
三分の砂時計が何回引っくり返ったか考えたが、多分二回くらいだろう。
「アラト、私が預かる。」
プライベートボックスの部署からヘッドフォンを外した女性が話しかけてくれた。
それを聞いた刹那に、シンジンが真っ青な顔で俺を見て、
「仕方ない…… 俺が責任持ちます。」
今現在、首に「アウトロー・ライセンス」とやらをぶら下げ、天下御免の宿を許された俺は、パトロン計画を実行するために、近所のうどん屋をハシゴしていた。
途中、一軒だけ変わった店を見つけた。
『霧生ヶ谷蕎麦・水路』
辺り一帯がうどん屋ばかりなのに、ここだけはソバ屋だ。
客もほとんど入らないばかりか、店の前だけ空間が存在した。
そのときの俺は、北区と霧谷区のことを知らなかった。
いまでこそここは北区だと分かる。
「俺が繁盛させてやろう!」
そう思ったのさ。
そうとなれば話は早い、入り口の前で両手揃えに、紳士的に「たのもう!」と俺は鳴いた。
そうそう、シンジン、いや、アラトか…… あいつの家には先客が居てな。
ゴッフとか言いやがる。
残念だったが、アイツには勝てなかった。
―― 終わり