シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

紅い瞳の来訪者

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

 紅い瞳の来訪者 作者:しょう

 アナウンスが白線の内側へ下がるようにプラットホームのお客に注意を促す。それにあわせるように列車がゆっくりと構内に進入し停止する。一瞬間を置いてドアが開かれ、人々が吐き出される。その殆どが改札へと続く階段に向かう中、二人の元乗客だけがその場に留まっていた。

「やっと着いた……」

 ウンザリした表情で体を伸ばすのは、まだ幼さの残る少年だ。体を動かす度に薄墨色の制服の背で首元で結んだ腰まである長い髪が後を追って揺れる。極々何処にでもいるような高校生に見えた。

 ただ、奇妙な所があるとすれば、少年の左目が固く閉じられている事。見たところ、閉じられた左目に傷があるようにも見えず、しかし慣れているのか少年の動きに迷いはない。そうである事が普通であるかに振舞っている。

 その様子に苦笑を浮かべながら見ているのは白い、真っ白なスーツに身を包んだ青年だ。

 上から下まで真っ白で、一つ間違えば滑稽でしかないはずなのに、不思議とそれが似合っていた。

「まあまあ、着いたんですからいいじゃないですか。祐」

 白い手袋をつけた手で祐と呼んだ少年の頭を撫でる。

「やめてよ、瞬兄ぃ。俺、うちに帰る途中だったんだけど? 大体、何処に従弟を拉致る人がいるのさ」

「まあ、そこはそれということで。貴重な連休を潰して申し訳ないと思いますがどうしても祐に見てもらいたいものがあったものですから」

 祐の苦言も気にした風もなくにこやかに微笑む。よく見慣れた笑顔、その裏にある思惑も何もかも覆い隠してしまう最強の仮面。厄介なのは、裏があるときもないときも笑顔が変わらないことだ。果たして今回はどちらなのか、と祐は考えて、直ぐに諦めた。

 そのココロは『瞬兄に口で勝てるはずがない……』

「わかった。さっさと見に行こう。ああもう、咲夜になんて言い訳しよう」

「私が伝えておきますよ」

「瞬兄も大学あるんだろ」

「自主休校にします」

 ぬけぬけと言い放った従兄に祐は心底深く溜息を吐いた。



「で、これを見てどうしろっていうのさ」

 連れて来られたのは降りた駅から少し歩いた商店街の傍に流れる水路の前だ。幅が一メートルくらいで、屈めば水面に手が届く位の川とも言えない小さな水路。

 駅を出た時からもう何本もちょっとした川並みのものから側溝と間違えそうなものまで選り取り見取りで見せられて『ここがいいでしょう』と瞬が立ち止まったのがここ、祐には何処が違うのかさっぱり分からない。

「いや、見て欲しいのは水路ではなくて、そこの、ほら石組みの隙間にいるでしょう? あれです」

 瞬が指差した先には確かに緩やかな流れに逆らって泳ぐ細長い魚が群を成していた。いると分かってみれば、其処此処にまるでゴンズイ玉のように群がっているのが容易く見つけられた。

「ドジョウだろ?」

 見たままの感想を述べると瞬が笑う。

「違うんですよ。ドジョウの仲間には違いないんですが、『モロモロ』というそうです。この街の固有種で満月の時期に繁殖するんです。中々見ものだというので、この間ここに来たときに何匹か持って帰ったのですが……、単なる卵胎生の魚になっていました」

「環境が変わったからじゃないの」

「まあ、確かに。全国的に分布しているメダカにしても遺伝子的に見れば地方地方で異なる種として成立していると言えますから、『モロモロ』の繁殖もこの街の環境に適応したゆえの習性と考えれば一応説明は出来ます。遺伝学の教授に尋ねたところ、あくまで『モロモロ』はドジョウの一品種と言ってしまえる程度の遺伝的差異しかないそうですから。だからこれは私の私見です。この街で捕まえた時点と、大学に持ち帰った時点では本質的に別物と化していた様に思うのです」

 祐の右目がスゥと細くなる。

「それって……」

 声が真剣味を帯びる。

「それを確かめたくて、祐に見てもらいたかったんです。月村は神無樹と違って『視』るのは不得手ですから」

「わかった」

 頷いて祐は左目を開けた。紅い瞳が現れる。瞳孔も虹彩も等しく紅い異形の瞳。

 神無樹の血に連なるものは等しく体のどこかに徴を持つ。一筋紅い髪、あるいは紅い痣、あるいは紅い瞳。それは妖かしを狩る力の証であり、同じく妖かしを引き寄せる標でもある。中でも神無樹の直系は瞳に徴を持つ例が多く、『視』る事に長ける。その紅き瞳はこの世ならざるものさえも見通す、のだが。

「う、わ……」

 呻いて祐は左目を抑えた。

「どうしました」

 平然とした様子で瞬は尋ねる。まるでこうなる事を予め知っていたように。

「ちょっと、酔った……」

「でしょうね。地脈のスクランブル交差点のような場所ですから、ここは」

「知ってんなら初めから教えてよ」

 恨みがましく訴えれば返ってきた答えは中々に手厳しいもの。

「『視』ることに頼り過ぎているから、気づかないんですよ。もう少し体で感じる訓練をしたらどうですか?」

「生まれた時から『視』えているんだからしかないじゃないか。大体今まで結界の中か霊圧の高い土地でしか生活した事がないのにどうしろと」

「それを考えるのも修行の内だと思いますよ。手に入れるのでしょう? 誰をも守れる力を」

「分かってるよ」

 拗ねた様に言い置いて今度はゆっくりと左目を開いていく。徐々に慣らしながら焦点を合わしていく。それでも祐の視界にはまるで二重写しをしたフィルムのように様々なものがブレて映る。

「どうです?」

「何処まで広がっているのか確かめないとはっきりは言えないけど、微妙に位相がズレてる……。違うな。ズレているんじゃなくて、重なっているんだ、これ」

「故に本質も重なっている、と?」

「多分。どうしてこんな風になっているのかわからないけど、ここにいる『モロモロ』って魚はもう一つ別の世界の『モロモロ』と存在が重なっているんだと思う。だから、この街から出ると重なっている方の『モロモロ』の性質は失われるんじゃないかな。少なくとも危険な代物って訳じゃなさそうだ」

「なるほど。どれもこれもこの街に敷かれた陣が為せる業ということですか」

「陣?」

 祐は不意に出た単語に反応する。

「ええ。陣です。今の祐なら分かるでしょう? 水路の形を取った巨大な術式があるのが」

「分かる。これがさっき瞬兄が地脈の交差点になっているっていった理由?」

「いえ、これは元々らしいですよ。陣が敷かれたのは平安時代のことで、目的はなんだったんでしょうね。よく分かっていないそうですけど。まさか、『モロモロ』の性質を変化させる為という訳ではないでしょうけれど」

 そこで、瞬はポンと掌をあわせる。小気味良い音がした。

「ま、疑問は解けましたし、いい機会ですから。お蕎麦でも食べに行きませんか? 少し遠いですけど北区の方に美味しい蕎麦屋さんがあるんですよ。一週間ばかり早いですが年越し蕎麦といきませんか」

 そのまま駅の方に戻り始める。

 一瞬呆気に取られる祐。視線を瞬とモロモロの間を幾度か行き来させて、結局瞬に定めて、叫ぶ。

「ちょ、瞬兄ぃ。これだけ? これだけの為に俺、わざわざこんな所にまで連れて来られたのか?」

 呼びかけは虚しく素通りして行き、その証拠に瞬は片手を挙げてヒラヒラと振りながら言った言葉がこうだ。

「来ないと置いていきますよ」

「聞き流してるし……。ああもう、自棄食いしてやる」

 走り出した祐の後ろで、水路のモロモロが見送るようにポシャンと跳ねた。

感想BBSへ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー