シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

近代科学部シリーズ3:イニシエーション

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近代科学部シリーズ3:イニシエーション 作者:見越入道

 

 七月二十七日。午前十一時。
 近代科学部の面々はいつもの理科室に集まっていた。だが今日は全員私服である。
 今日は待ちに待った「夏合宿」なのだ。
 じりじりと容赦なく照りつける夏の日差しも鉄筋コンクリート造りの教室の中ならさほど暑くも無い。開け放たれた窓からはそよ風とうるさいほどにアブラゼミの鳴き声が流れ込み、窓際に陣取った摩周、織手、外谷の一年女子三人組は涼しい風に髪をなびかせながらぺちゃくちゃと楽しげにおしゃべりをしている。特に外谷亜紀は例の「杉山さん事件」で夏休みに入るまで学校に復帰できなかっただけに、今回の合宿を人一倍楽しみしていたようだ。
 さて、そんなウキウキ三人組と比べ、教室の反対側に座っている三人組はまるでどんよりと霧が立ち込めるかのような沈みっぷりだ。
「ねみー」
「だりー」
「うぜー」
 阿藤浩二、蓮田俊哉、板倉陽一の二年生男子三人組はどうやら夏休みにかまけて羽目を外し、生活リズムが完全に狂っているらしい。そしてここにもう一人。
「おまえら、ちゃんと寝てんのかよぉ」とこれまた負けず劣らず眠そうな声で言うものがいる。
 香川幸助。霧生ヶ谷市立南高校三年にして、近代科学部の部長だ。
「部長こそ、眠そうですよ~」と浩二。香川はそれに対し机に突っ伏したまま「うるへー。俺は連日連夜の受験勉強でセイもコンも尽きてるんだよ」と答える。
「部長、昨夜のミッドナイトフェス見ました?」と俊哉。それを聞いて香川は急に起き上がり「あったりめえよ。KY☆KOちゃんを見ないで寝れるかってんだ」と声も高らかに言う。すかさず「勉強してないじゃないですか」と陽一。
「お前ら、誘導尋問はよせ」再び香川は机に突っ伏した。一年女子がくすくすと笑う。

 と、そんな明暗くっきりな理科室に近代科学部副部長の古徳和子が現れた。
「おはようございます!」
 すかさず一年女子は挨拶。
「おはよう。ちょっと、部長しゃきっとしてください!」すかさず突込みが入る。
「おう。すまん。」と香川は体を起こすが眠そうに目をこすっている。それにかまわず和子は続ける。
「今日は顧問の浅本先生は事情でみえられません。そのかわり・・・」
「なんだよ。あさもっちゃん今日もこねえのかよ」と香川は不満をもらす。
「あさもっちゃんも、とんだ幽霊顧問ですね」と陽一。この部長にしてこの部員ありだ。和子が声を大きくして続ける。
「そのかわり!鳴阿先生が、来てくれます」
「お!遼さんか。そっちの方がいいや。」と浩二。
 鳴阿遼二先生は、今年で四十になろうかという中年教師。普段は生物と化学を受け持っている。細面ながらしっかりした体つきで、いつも無精ひげを生やしてワイシャツの襟をだらしなく開け、ネクタイをぶらんとぶら下げている。そこに来て授業の時は白衣を着流しているわけだが「授業は可能な限りわかり易く」が主義である事と、悪くないルックスに加えて大人の魅力というヤツを振りまくあたりが一部の女子生徒に人気である。
「あんまり浅本先生を悪く言うなよ。夏休み返上で内定取りに走り回ってんだぞ」と、ここでその鳴阿先生が理科室に入ってきた。
 教壇に立った鳴阿先生は、
「さて諸君。今日集まってもらったのは他でもない。今日は諸君らに普段ではなかなか出来ない、やや手間のかかる実験に取り組んでいただこうと思う。では、副部長。テキストを配ってくれたまえ」
 和子がてきぱきとテキストを配る。
「今日諸君らにやってもらう実験は光電話実験である」
 光電話実験。
 これは光ファイバーという先端技術と懐中電灯に紙コップというローテクを組み合わせたもので、そのギャップがまた魅力でもある実験だ。
 懐中電灯の頭に紙コップを取り付け、そこに光ファイバーを装着。懐中電灯の電源コードを引っ張り出してそれをパワーアンプとコイルなどを使って作った送信装置につなぐ。そこにパソコン等に使うコンデンサマイクを取り付ける。これが入力側。次に先ほどの光ファイバーのもう一方の端子をフォトトランジスタという、微弱な光の明滅に反応してで電流の入り切りを行う機械に取り付け、そこからアンプを介してスピーカーに取り付ける。これで出力側の完成だ。
 この装置を昼食を挟みながら四組作成した。もちろん、トランジスタの類は鳴阿先生が予め作っておいてくれたお陰で午後二時くらいには全ての装置が完成した。
 さっそく光ファイバーを伸ばし、教室の端と端に分かれてテスト。
「あー、あー、ただいまマイクのテスト中」
「なんかもやもや言ってるだけで良くわかんねえぞ」
「だから~マイクのテスト中だってー」
「地声が聞こえてるよ」
 香川「そこのボリュームを調整してみろ」
「ああっ!!」
 香川「お前らうるさすぎ」
 皆がわいわい騒いでると鳴阿先生が「では、次なる実験に移るぞ。諸君。」と宣言。
 先生の指示に従い、生徒達はペアを作ってそれぞれが隣り合った教室に移動する。そこへ先生がそれぞれの教室に光ファイバマイクとスピーカーを配った。マイクはそのまま隣の教室にいる別のペアにのスピーカーにつながっている。こうして四つの別々の教室が、光ファイバマイクとスピーカーで連結された。
 ここで先生が廊下で各教室の生徒に大声で叫ぶ。
「今から~キーワードを言うから~!各自それを隣の教室に光ファイバーで伝えるように!」
 先生は先頭の教室へと入り、最初のペアに向けてキーワードをマイクで伝える。
 先生「キーワードは、モロモロ」
 その隣の教室には香川部長と浩二のペア。二人でスピーカーから聞こえる音声に耳をかたむける。
「お、聞こえたぞ。」
「キーワードってのは分かりましたね」
「次なんだった?」
「もろーもろーとか聞こえましたよ」
 香川がマイクに向かい「きーわーどはー、もろーもろー」と喋る。
 その隣の教室は和子副部長と摩周のペア。
「今なんて言ってた?」
「もろうもろうとか何とか・・」
「きーろーのーとか言ってなかった?」
 摩周がマイクに向かい「きーろーはーもーもー」と言ってみた。言ってみてから首をかしげ「どういう意味?」
「さあ?」和子にもさっぱりわからない。
 そのまた隣の教室では、外谷と織手が今か今かと待ち構えていた。
「すごーい。良く聞こえるねー」
「うんうん。これ、副部長の声だよね」
「そうそう。すごいよねー」
 外谷、マイクに向かい「きいーおーもろおろー」
「でもキーワードは意味不明だよね」
「うんうん。」
 そして最後の教室は俊哉と陽一のペア。
「なんか聞こえたぞ。」
「何今の?」
「きーろーとかなんとか」
「あと、もろうーとか」
「つまり統合すると・・・」
 俊哉と陽一は、廊下に出て叫ぶ。
「キーワードは、黄色モロウィン!」
 一斉に他の教室から部員が飛び出し、口々に言う。
「バカじゃねーのかよー!」
「あれ?違うの?」
「だからモロウィンじゃなくてもろうもろうだってばー」
「えーモーモーでしょ?」
 そして先生。
「えー、これで音声が光になってはっきり伝わる事が理解できたと思います」
 生徒一同
「異議あり!!」
 時間は夕方四時。夕日が差す廊下に笑い声が響き、それをヒグラシのセミ時雨が包み込んだ。

 夕刻。お約束のようにカレーを作り夕食を終えると鳴阿先生は部員全員を昇降口前に集めていた。時刻はすでに夜七時半過ぎ。あたりは闇に包まれ、虫の声がリンリンと響いている。そのくせ昼間の暑さはいまだ去らず、蒸し暑い。その熱気を包み込むかのようにじっとりと霧が煙ってきた。
「それでは諸君。恒例の肝試しの時間だ」と、何だか鳴阿先生は楽しそうだ。もちろん二年男子三人組も「ひゃっほう!」と歓声を上げる。
 すかさず香川部長が霧南校の地図を広げ、覗き込む一同。
「諸君は知らないだろうが、この学校は実は墓場の上に建っている。それも、由緒正しいお寺さんがあった場所だ」と鳴阿先生が解説を始める。
「諸君らも一度は見た事があるだろうが、この校舎の裏手には古井戸がある。もちろん今は蓋がしてあって中を見る事は出来ないが」鳴阿は徐々に声のトーンを落とす
「実は、あの井戸には女の幽霊が出るんだ。それで学校を建てるときに埋めようという話があったんだが工事に関わった人間に次々と不幸があったせいで、お払いだけして蓋を被せてそのままにしてあるんだ。」
「なんかそれ、聞いた事ある。確か、霧南校七不思議の一つですよね?」と外谷。
「どんな幽霊なんですか?」香川部長。
「ああ。これは聞いた話だが、白い服を着た女の幽霊で、長い黒髪が膝の辺りまで伸びていて、顔は鬼のように恐ろしいらしい。それで白い腕を伸ばして見た人間を井戸に引きずりこむって話だ」
 一同、沈黙。
 ここで香川が各自に懐中電灯と妙な御札を手渡し「一人づつ井戸まで行ってこの御札を置いてくる事」
 「部長。外谷さんは私と一緒じゃまずいでしょうか?」と和子。外谷が例の一件以来、そういうショックに過敏になっていると案じての事だ。すると部長はさもありなんと頷き「外谷くんは俺と一緒に行こう」と言い出したので、思わず外谷も驚き顔。二年男子はじろーっと香川の顔を覗き込む。慌てて香川は「馬鹿。これは部長としての責任ってやつだ」
「それじゃ、外谷さんは部長に任せる事にして、最初はやっぱり男子よねぇ」と和子が三人組に視線を送る。が、香川はそれを打ち消し「いや、まずは一年女子。君達だ。怖かったら二人で行ってきてもいいぞ。外谷も俺と行くわけだしな」
 ほっとしたような顔の摩周と織手。二人は懐中電灯を握り締め、恐る恐る校舎の裏へと入っていった。

 二人の姿が闇に消えると、俊哉は部長に小声で言う。
「俺も二人組じゃ駄目ッすか?俺、こういうの苦手で・・・」
 それを聞きつけた和子が言う。
「ちょっと!蓮田クン!男のクセに何弱気になってんのよ」
「へーんだ。副部長だって、ホントは半べそかくほど怖いんじゃないの?」その言葉が終わるより早く和子の鉄拳が俊哉の頬にめり込んだ。倒れてひくつく俊哉に向かい、部長と残りの二年男子、合掌。
 鳴阿先生は「何やってんだか・・・」と呆れ顔。

 そんな事をやっているうちに一年女子ペアが戻ってきた。外谷がすぐに駆け寄る。
「どうだった?」
「ひーん!怖かったー」
「ホントに真っ暗なんだもん」
 次に部長と外谷組。これも何事もなく終了。もちろん外谷は色んな意味で無事に生還。二年男子が疑いのまなこを向けるのに対し香川は「なんだよ。なんもねーよ。」
 次は陽一の番。
 実は陽一は大の怖がりである。普段はいかにも飄々としているが、実は二年男子三人組の中で一番度胸が無い。もちろん今回も「軽く行ってくるよ」と皆に言っては見たものの、少し進んだだけですぐに足取りが重くなっていた。
 昇降口から右手に進み、渡り廊下をくぐった辺りですでに灯りはすっかり無く、懐中電灯だけが頼りとなった。
 昼間にぎやかだった校舎は夜になると途端にしんと静まり返る。鉄筋コンクリートという建造物の特徴なのだろう。ごくわずかな音が反響し、逐一大げさに聞こえてる。校舎の裏、陸上部の部室が並んでいる辺りに差し掛かったときにはすでに陽一の恐怖は絶頂に達していた。
 陽一は「怖いときは、歌を歌うに限るな」と独り言を言うと「てってーけてけてけてけりっりー♪」と間の抜けた歌を歌いだしたが、途端に前方から重たい物を落とすような「どさっ」という音がした。
「ひっ」そちらに懐中電灯の明かりを向けるが部室の暗い窓が並んでいるだけで、先は見えない。再び歩き出そうとした時、今度は後ろの方から何か物音がしたような気がした。陽一は恐怖に駆られ、目的地の古井戸まで一目散に走り出す。
 息を切らせて走るうち、目の前に古井戸が現れた。歩を緩めながら井戸の辺りを確かめようと電灯の明かりを向けた時、井戸の上にぼんやりと白いもやの様なものが浮かび上がった。陽一はとっさにあの女の幽霊の話を思い出し、電灯を井戸にしっかりと向けてその正体を確かめようとした。
 井戸の上の白いもやはこの時、急にしっかりとした形を成し、白い服に真っ黒い髪をだらりと膝の辺りまで伸ばした女の姿になった。
 陽一は絶叫を上げた。


 陽一の叫び声は昇降口にいる他の生徒たちにも届いていた。思わず顔を見合わせる浩二と俊哉。
 しかし、いち早く行動を起こしたのは和子だった。
「先生!今の、ちょっと普通じゃありません!なにか事故があったかも・・・すぐ見に行くべきです!」
 和子の剣幕に、しかし鳴阿先生は平成を保ったまま「いや、板倉君を信じよう。彼は無事に帰ってくるさ」と断言して見せた。
 この言葉に、浩二の顔色が変わる。
「あいつ、まさか?」
 俊哉も何かに気がついたのか「今の、やっぱり普通じゃねーよ」と浩二と目配せしたかと思うと、二人で校舎の裏手へと走り出した。
 和子もすぐさま「私も見てきます!」と言いながら追いかける。
 先生が後ろから「お前たち待てって!皆で行かなくても・・・」しかし三人の姿は闇に消えて行った。先生は「しようが無いな。部長、一年生を頼むぞ」と香川に言うと、三人の後を追う事にした。不安そうに寄り添う一年生三人組。だが香川はなぜか苦笑いをしながら頭をかくだけだった。


 浩二と俊哉が井戸のところに着いたとき、陽一は井戸の前で腰を抜かしてへたり込んでいた。そして当然二人も井戸の上に浮かび上がったそれを見た。ただよう霧に浮かび上がるように白い服で長い髪の女が立っている。しかも、なぜか普段井戸の上に載っているはずの重い鉄の蓋は取り払われている。つまり、女は完全に宙に浮いているのだ。
 浩二と俊哉は井戸に浮かぶ女に愕然としながらも、井戸の前で動けなくなっている陽一の腕を掴み、ずるずると引きずって井戸から引き離しにかかった。
 すぐに和子も到着。男子三人の無事を確認したあと、油断無く井戸の上の女を睨みつける。その鬼のような表情に、実際泣きたいほど怖かったのだが、その時は恐怖よりも責任感とこの悪質な行為への怒りが勝っていたのだろう。
「このお!」
 和子は足元の小石を掴むと、幽霊めがけて投げつけた。
 石は幽霊をつきぬけ、カンカンという音を残してそのまま井戸に落ちて行き「ぼちゃん」という水音を立てた。
 その水音に男子三人も顔を上げる。四人とも、確かに幽霊を見ていた。しかし、幽霊のわずかな異変に気がついたのは和子だけだったようだ。
 和子はもっと大きめの石を掴み、今度は井戸に直接放り込む。
 カンカン・・・ばしゃん。
 前よりも大きい水音。
 今度は男子にもはっきり分かるほど幽霊は、ゆらゆらと揺れ出した。
「待てよ、おい」浩二はその理由に薄々気がついたようだが、俊哉と陽一は困惑した様子で、まだ理解出来ていない。
 和子はここで、三人に言った。
「懐中電灯を消して!」
 和子が電灯を消したのを見て浩二も自分の電灯を消す。俊哉と陽一は未だに状況が飲み込めず、二人の顔を見上げておろおろするばかりだったが「消せ!早く!」という俊哉の声に急かされ、慌てて電灯を消した。たちまち辺りは暗闇に落ちるが、同時にあの幽霊も闇に消え去る。
 突然の闇に「ひっ」と悲鳴を上げる陽一。和子はすぐに電灯を点ける。すると再び井戸の上には女の幽霊が現れた。しかし今度はなぜかやけにぼんやりしていて姿はハッキリしていない。男子も電灯を点ける。
 和子は揺れる幽霊を睨みながらじりじりっと井戸の端までにじり寄ると、井戸の縁に手をかけ、井戸の上、つまり幽霊の足元を払うように大きく腕を振った。するとそれにあわせて幽霊を黒い影が左右する。ここに至り、和子の恐怖は完全に消え去っていた。思い切って井戸の中を覗き込む和子。すぐに立ち上がり、未だ幽霊の浮かぶ井戸を背にして立つと言った。
「これは、光を使ったトリックよ!」
 浩二がにやりと笑う。
「トリックう?」他の二人は半信半疑だ。
「こっちに来て」
 俊哉と陽一は未だに井戸の上におぼろに浮かぶ幽霊を見上げて恐る恐るであったが、浩二はすでに「仕掛け」の想像がついているらしく、すぐに井戸を覗き込む。
 電灯に照らされた井戸の壁面には鏡がびっしりと貼り付けられていた。鏡は井戸のそこに向かって隙間なく続いており、上から覗くとまるできらめく小宇宙といった様相だ。そしてその一番底には水が溜まっている。
「これは、あくまでも仮説だけど」と和子は一旦言葉を区切り、続けた。
「この井戸は、ごくわずかな光を受けるだけで、中の鏡がそれを取り込み、反射することで井戸の底にある何かへと光を届ける。その光は再び鏡の反射で井戸の外へと戻される。その時、井戸の周りが暗く、丁度霧がかかっていると、それがスクリーンとなって像が投影される・・・んだと思う。」
 俊哉があきれたように言う。
「幽霊の正体見たり・・・ってこと?」
 和子は自信たっぷりに言う。
「ええ。近代科学の勝利よ。」

 パチパチパチパチ
 突然の拍手に四人が振り返ると、闇の中なら鳴阿先生が現れた。
「見事だよ。副部長」
「先生、これはつまり、原始的な光ファイバーということですね」と浩二。「その通り」と先生。
「でも、これってわざわざ先生が作ったんですか?」俊哉が怪訝な顔をする。
「ははは。まさか。これはね、面影之井戸と言って、ここにお寺があったときから存在する由緒正しいからくり井戸だよ」
「その井戸、聞いた事がある!確か、面影寺ってとこにあったとか。戦争の爆撃で焼け落ちたって聞いたけど」ようやく陽一も元気になってきたようだ。
「そうだよ。その焼け落ちた面影寺の跡地に出来たのがこの霧生ヶ谷南高校なんだから。つまり、この学校がお墓の上に建っているってのは本当の事なんだ。もちろん、遺体は全部移動してあるだろうけどね」先生は意地悪く笑って見せた。
 その時、俊哉は幽霊を見上げて、再び驚愕した。幽霊の姿が、おぼろになり、お寺の形が浮かび上がってきたのだ。
「先生、なんで、像が変わるんですか!?」俊哉が再びおびえるように言う。
 しかし先生は何事も無いように言う。「実はここからが本題ってわけだよ。見ててごらん」
 先生は生徒たちを少し井戸から離れさせると、井戸の前で少しの間、沈思黙考。
 すると今まで井戸の上に浮かび上がっていたお寺が消え去り、なんとアイドル歌手のKY☆KOが現れた。
 あまりにもその場に似つかわしくない物の登場に、一同唖然。
 振り向いた先生は笑いながら「うーむ。やっぱKY☆KOちゃんはいいなあ」とそれを見上げながら言う。すぐさま俊哉が「せせせセンセー!どうなってんのー!!」と問い詰める。
 鳴阿先生は慌てることなく言う。「実は、この井戸、戦後の研究で外部からのわずかな光で像を写すことは分かったんだけど、一つ究極の謎が残ったんだよ。この井戸の底には面影石っていうクリスタル状の石が設置されているんだけど、これは近くに来た人間の意志を映し出すという力があるんだ。」
「ま、まさかあ」これにはさすがに浩二も疑いの目を向ける。石こっろに人間の意志が投影できる力があるはずが無いと思ったからだ。
「そう。みんなそう思った。でもこれはそれこそ、何百回という実験の結果だ。しかし、その原理は今だ解明されていない。君たちがさっき見た女の幽霊。あれは私がこの肝試しの前にわざとそういう情報を刷り込んだから、そのように見えたんだ。あれは君たちの想像の産物だったんだよ」
「そんな事が」和子も呆れ顔だ。
「確かに、面影寺の面影之井戸には、訪れるものに自分自身が恐れるものや望むものを見せて煩悩を払うために使ったって聞いたけど・・・」こういう言い伝えにやけに詳しい陽一らしいウンチクが飛び出した。
 鳴阿先生は霧にかすむ空を見上げて言う。
「君たちは今、科学万能の世界に生きている。なるほど確かに科学はこの世に起こる事象の多くに関して実験とそこから導き出された理論によって原理と法則を証明してみせた。しかし近代科学を結集しても未だ解明されていない事はたくさんあるんだよ。この面影石もそう。僕はね、君たちのうちの誰でもいいから、将来科学の道を目指し、この石の秘密を解き明かしうる科学者になってくれればと思っているんだ。期待してるよ、諸君」


 夜十時。生徒たちは寝床の準備のため、挌技場へと集合し、部長香川の指示の元、布団を敷き並べて就寝の準備に取り掛かった。
 一方、鳴阿は一人暗い廊下に立っていた。
 コンコン
「失礼します」
 鳴阿はカラリと戸を開け、この夜遅くに一つだけ電灯の灯る校長室へと入った。
 鳴阿の入ってきた戸の前には重厚なソファーとテーブルがしつらえられており、その奥には黒檀製のどっしりとした机がある。そしてそこには霧生ヶ谷南高校校長、安里昭三が顔の前で手を組み合わせて座っていた。安里はもうすぐ60になろうという年齢の男で、髪を短く切り、常に薄い眼鏡を着用している。そのややこけたほほと相まって、どこか狡猾な陰謀家といった印象がある。
 安里校長はただ一言「ご苦労だった」とだけ言った。
 鳴阿はその相も変らぬ無愛想さに苦笑しつつも報告を怠らない。
「次の近代科学部部長候補、決まりましたよ。」
 安里校長は微動だにせず、ただ「ほう」と言っただけだ。
「古徳和子。現在の副部長です。行動力、責任感、そして物事を科学的に判断するその目。近代科学部部長として申し分ないものと思います。現部長の香川君も協力してくれました。」
 安里は「あぁ。彼女なら問題無いだろう」と同意した。
 ここで鳴阿は頭をかきながら「しかしまあ、手順に狂いはありましたが、テストはうまくいきましたよ。しかし、あれは本当に必要なんですか?わざわざ肝試しの体裁を取ってまで。おまけに、校長自らあの井戸の蓋を開けに行くとは思いませんでしたよ」
 鳴阿の言葉に薄い笑みを浮かべて安里は言う。
「イニシエーションは必要だよ。それにあの蓋は見た目より軽いんだ。」
 鳴阿は呆れたように言う
「イニシエーション、通過儀礼ですか。随分手の込んだ事ですね。近代科学部初代部長、安里校長?」
 これに安里はにやりと笑った後「彼らには我々の未来を背負っていってもらわねばならないからな。そうだろう?近代科学部二十代目部長、鳴阿先生?」と諭すように言う。
「彼ら、とは、浅本先生も含めて、という事ですか?」
 この鳴阿の問いに安里はただにやりと笑うだけだった。
 鳴阿は思い出したように言った。
「ああ、先ほどこんなものを拾いました。」鳴阿は白衣のポケットからひっぱりだしたそれを目の前のテーブルに投げた。それは、蝶の形をしたマスク。
「そっちの活動も、大概にしてくださいよ。校長」と、校長室を後にする鳴阿。安里校長は蝶の形のマスクを手にするとそれを顔にあて、一人つぶやいた。
「君にもやがて理解できる時が来るだろうさ。ひゃっほう」


 さて、すっかり布団の準備が出来た挌技場。女子は片隅に集まり、和気藹々と世間話に花を咲かせている。俊哉と香川部長は寝る前だというのに卓球台を引っ張り出してきてカッコンカッコンとピンポンに興じている。陽一は早くも布団に入り、しかし眠るわけではなくぼーっと天井を眺めている。その様子を見ていた浩二はにやりと笑うと枕を掴み、「よーいちい!寝るのは早ぇぞー!」と引きずり起こした。
 俊哉と香川もこれを見て「こうしちゃおれん!」とばかり、それぞれ枕を手に臨戦態勢だ。
 ぼっすんぼっすんと枕が乱れ飛ぶ様を見ながら和子は「男って、子供よねえ」と一年女子に言ったが、その言葉が終わるよりも早く弾丸枕がその顔面に命中した。投げたのは俊哉。和子の顔に張り付いた枕がどさりと落ちるとその下からは鬼の形相の和子が現れた。
「こぉーのぉー!」
「ひやー和子様のお怒りだー!」
 なんだかんだで和子も枕投げに参戦。もちろん一年女子も全員参戦だ。
 飛び交う枕と笑い声。
 その喧騒の中、板倉陽一はふと物思いにふける。
「僕は、たとえ何年たとうと、何が起ころうと、この時を忘れない・・・」
 一人、センチメンタルな台詞をつぶやく陽一の顔面に、俊哉の弾丸枕がクリーンヒットした。

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