シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

日常一齣。あるいは、好奇心夢魔をも殺す

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日常一齣。あるいは、好奇心夢魔をも殺す 作者:しょう

 

 ドカンと一発、『うそだっ』と連呼しながら鉈を振り回すモロモロを吹っ飛ばす。放物線を描いて飛んでいくモロモロを見送りながらまたこの季節が来たのかと軽く憂鬱に浸りたくなった。

 幼馴染の内堀文華は極度の怖がりの癖にホラー映画や怪談話の類が大好きで、そういうのを見てはよく泣いている。いた、じゃなくて、いる。これ、即ち現在進行形。高校生になった今でも時々怖くて眠れなくなったと電話がかかって来る。いい加減学習して欲しい。頼ってもらえるのは嬉しいんだけどさ。

 で、憂鬱に浸りたくなる理由だけれども、何故だか知らぬが日本という国は、夏になると怖い話というのが全国各地に伝染、蔓延する。ああ、最近だと冬にも蔓延するな、傍迷惑な事に。当然文華も手を出して夢の中でうなされる。所謂悪夢を見る訳だ。他の時期にも見るけれど夏に関しては比にならない、ほぼ連日連夜休みなしだ。本当、いい加減学習して欲しい。

 兎に角そうなると俺の出番となる訳で、悪夢を良夢に改変して回る羽目になる。ひょっとすると、その所為なのかと思わなくもないが今更見捨てるのもアレだし、約束もあるからなぁ。そんな訳で、俺はこの時期連日寝不足になる訳である。ま、それさえも日常の一つという訳だけれど。

「ほら、夢人君真っ直ぐ歩いてよぉ」

 本気で眠いにも拘らず文華に叩き起こされて、ヨレヨレの状態で朝食を食べる。お袋は『頑張ってね』とお優しいお言葉を掛けてくれた。夢魔の親父と一緒になる位なんで、少々の異常には全く動じない。頼む少しは動じてくれ。弱っている息子の心配位してくれ。

 全く、純血種ならこんな事はないんだろうなぁ。もっともその場合、昼間活動する事自体がそもそも無謀の極みって奴になるんだろうけどさ。

 朝日が眩しい。吸血鬼が灰になる気分がよく分かる。暑い、眠い、帰らせろー。

 ズルズルズル……。

 文華に引き摺られて行く。

「ほらぁ、自分で歩く」

「元気だよなぁ……」

「うん、今日も夢人君に助けてもらえたから」

「あー、そう」

「むぅ、感動が薄いなぁ。格好よかったんだよ。怪物を一撃でふっ飛ばしたんだから」

 アレが怪物。モロモロが。まあ、いいけど。

「知ってる……。だから、眠いんだって」

「あはは、ごめんね」

「そう思うんならホラー映画を永久封印してくれ」

「やだ」

 あー、まずッた。

「約束……」

「悪い。でも出来たら少し控えて欲しい。体がもたん」

「むぅーー」

 気まずい……。

「おう、モリー。今日もヘタレてるなー」

 バンと背中を叩かれる。正直痛い。

「年がら年中ハッチャケてるお前に言われたくない、この全身鎖男」

 軽部千里。ジャラジャラと制服に鎖が五、六本捲き付いている。なんというのか、名前の如く鬱陶しい。これで成績上位集団に入るってのは、世の中色々かなり間違っちゃいないか?

「違うね、チェインと呼んで欲しいね」

「行くぞ、文華」

「な、放置プレイかよ」

 当たり前だ、馬鹿。雰囲気変えてくれたのは感謝するけどな。眠いのにこれ以上相手出来るか。

 何とか昇降口まで辿り着く。予鈴まで時間があるので生徒の姿はまだ、疎ら。毎度毎度遅刻せずに済むのは文華のお陰だ。死にそうな位眠いのも文華のお陰だけど。

 大分フラフラしながら下駄箱の蓋を開けると、封筒が二つ落ちてきた。

「ラブレター♪」

 何で嬉しそうに言いますか文華?

「そういう文華はどうなんだよ」

「んー、と」

 下駄箱の中を覗き込む。

「うわあ、八枚夢人君どうしよう?」

「俺はいつもどおり断るけど」

「じゃ、私もそうしよっと」

 こんな感じで断られるんじゃ浮かばれまい。俺は知ったこっちゃないが。いい加減噂も流れているだろうから諦めてくれりゃいいのに。

 ただ、文華が『考えてみる』というような事を言わなくて良かったとほっとしたのは、俺だけの秘密だ。鍵掛けて心の奥底に仕舞い込んでやる。

 と、足音も荒くこっちへ来る誰かの気配がした。擬音にするならズンズンズン、大魔神って所だろうか? 硝子の向こうには、不機嫌ですとでっかい吹き出しを背負った女生徒が一人。すげぇ、皆が避けてくよ……。美樹本春奈、自称『前衛的美少女』を名乗る何かと有名人。容姿もそうだけれど、今みたいに行動も目立つもんで全校生徒の間に存在が知れ渡っているらしい。

 自然に割れるモーゼの海割りみたいな状況を当たり前というように受け入れて、目の前まで来た。隣のクラスの人だから、向かいの下駄箱を使用しているので蓋を開けた瞬間封筒の束がザラザラッと落ちるのが良く見えた。

「うわあ、すごい」と呟いた文華の声は幸いにも聞こえなかったらしく、美樹本春奈は封筒の束に手を伸ばすと、くしゃ、ぽいっとした。

 一瞬の躊躇もなく握り潰してゴミ箱へ捨てた。よっぽど慣れているのか、見てもいないのに投げた哀れ元封筒現紙屑はゴミ箱へジャストミートした。

 それを、拍手をしようとする文華を止めながら見ていた。その時だ……。

 後から考えるとどうして興味を持ったのだろうとか、手を出してしまったのだろうとか強烈に反省をする時があるだろう。それが、今だった。

 黒い紐が伸びていた。

 美樹本春奈の左胸から、スゥッと下駄箱の群れを迂回するように外に向かって。種族属性柄時々妙なものが見える時があるんでそれほど驚きはなかったが、何を思ったのか、思わず手を伸ばしてしまった。その黒紐に。

 しっかりとした手応えがあった。その俺の行動を不思議そうに文華が見ていたから、多分俺にしか見えていないのだろう。

 あるいは、美樹本春奈にも見えているけれど、それが普通に為っているから気にしていないという線もあり得る。で、繰り返すが、何を考えていたのか、その紐を思いっ切り引っ張ってしまった。

 ここで質問です。端に何かがくっ付いた紐を引っ張るとどうなるでしょう?

 答え。何かが引っ張られます。当たり前の結果が待っている。これで俺がどこかにすっ飛んだとか言ったらそれこそ物理現象超越している。夢の中でもあるまいに。いや、いっそ夢の方がどれだけ良かったか。

「きゃあっ」

 案外可愛らしい悲鳴が上がって、美樹本春奈が廊下にぺたんと座り込んでいた。胸に手を当て羞恥に顔が赤く染まっていて、グンッと立ち上がると親の敵でも探すように文字通り索敵し始めた。ヤベェと思って下駄箱の影に隠れようとした所、目があった。間抜けな事に手には引っ張った時のまま握り締めた黒い紐。

 気のせいか、美樹本春奈の視線が自分の胸元と俺の手の間を往復した。今物凄く後悔している。余計な事をするんじゃなかったって。

 美樹本春奈の手が動いた。多分宙を弾く様な仕草。思わず腕で顔を庇ったのは異族の血が混じっているゆえだったのか。庇った腕に衝撃が走る。空気の塊がぶつかって爆発したというのか、もしくは見えない何かが振り子のように衝撃を伝達しながら俺の前でその衝撃を開放したような理不尽極まりない現象が起きる。

 痺れた腕から黒紐が擦り抜けて、俺は下駄箱にもたれかかる様な感じで何とか立っていた。視線の先では、般若のような形相の美樹本春奈がいる。降参の意味合いで両腕を上げてみた。ガツンと二撃目をまともに喰らった。星が飛ぶ。美樹本春奈は鬼か、般若か? 多分異論は何処からも上がらないだろう、賛成の声も今この場じゃ絶対に上がらないだろうという自信があるけどな。

 一撃加えた事で満足したのか、美樹本春奈はキッツい一瞥を俺にくれた後、不機嫌さ三割り増しな感じで階段を昇って行った。

 俺はと言えばさっきの四割り増しくらいのヨレヨレさ加減で文華に支えられながら自分の教室に向かった訳だ。黒紐はいつの間にか見えなくなっていた。

 ただ。

 それ以来どうも美樹本春奈に目を付けられたらしく、事在る毎に睨まれる様になった。あの妙な衝撃が飛んでこないだけまだマシと思うべきなのだろうか?

 

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