シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

真夏の夜のクロスロード

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真夏の夜のクロスロード 作者:見越入道

 

 知る人ぞ知る、霧生ヶ谷市立南高等学校近代科学部。多分知らない人のほうが絶対多いに違いないが、そんな事などお構い無しに、毎日毎日小学校の理科実験に毛が生えた程度の実験を行っている。そんな近代科学部の中核を成すのが二年生男子三人組、阿藤浩二、蓮田俊哉、板倉陽一。古徳和子副部長評するところの「近科部の馬鹿三人」
 その「馬鹿三人」が、八月の初め、揃いも揃って浴衣を着て、中央区霧生ヶ谷駅前バス停に降り立った。時刻はそろそろ日も暮れかかろうかという夕方六時半。
「おう、野郎ども。今日の戦闘地域、バトルフィールドはすぐ目の前だぜ!」
 無駄に俊哉のテンションが高い。
「いちいち英語で言い直すなよ。だせえな」すかさず浩二がいやみな突込みを入れる。
「さっさと行ったほうがよくねえ?」と、陽一は勝手に歩き出す。
 ここ、霧生ヶ谷駅前バス停は、言わずと知れた霧生ヶ谷市の中心部、霧生ヶ谷駅前にある。辺りは近代的なビルディングが立ち並ぶオフィス街だが、ここから市道二号線をまっすぐ進んで市道三号線に交差するあたりまで行くと、昔からの商店街が立ち並ぶ、霧生ヶ谷駅前商店街へと辿り着く。この二号線と三号線の交差点こそ、通称「霧生ヶ谷クロスロード」と言う。
 今日、彼らがこの地を訪れた理由はただ一つ。
「霧生ヶ谷ほんどいつ祭り」
「ほんどいつ」とは、霧生ヶ谷の方言で「お化け、妖怪」の事。何でも、中央区にそびえる諸諸城の城主三代河澄宗孝公が諸諸城を築城するにあたり、付近の水路から現れた百鬼夜行の妖怪たちが、力仕事に尽力したことに感銘し、毎年この時期に彼ら妖怪変化を祭ったのが始まりだと言う。二度の大戦ですっかり忘れ去られていたが、数年前から霧生ヶ谷商店街と霧生ヶ谷商工会議所、ならびに霧生ヶ谷市経済観光局が中心となって祭りを復興。現在では霧祭りと並んで霧生ヶ谷を代表する祭りの一つになっている。
 とまあ、こんな謂れはあるものの、現在高校二年生の彼らにはまったく関係のないお話のようで。商店街から流れてくる 祭囃子に誘われて、三人揃って歩き出していた。

 すでに霧生ヶ谷クロスロードを中心に、東西南北の商店街通りは歩行者天国となっており、浴衣姿の家族連れや人並みでごった返している。電線にぶら下がったちょうちんの明かりが空を染め、道の両脇には露店が並び、オレンジがかったタングステンの電球の明かりの元、威勢のいい客引きの声が響いている。
 三人は楽しげにその露店の一つ一つを覗きながら歩いていたが、急に俊哉の足が止まった。つられて浩二と陽一も立ち止まる。
 三人の前方、わずか数メートルの金魚すくいの露店に、まさかここで逢うとは思っていなかった人物が居たのだ。
「入射角良し。水面を突き抜ける際に生じる抵抗はこれで極力ゼロに近づく。同時に水中の金魚の動きを完全に把握し、方向を転換するタイミングを・・・」
 しゅば!
 みごと金魚を三匹すくい上げた。思わず露店のおじちゃんも目を丸くする。「やるねえ。お姉ちゃん!」
「ええ。近代科学の勝利よ!」
 近代科学部副部長、古徳和子その人であった。
 和子は金魚を透明な袋に入れてもらうと、すいと立ち上がり、その神業的・・・というか科学的手腕をほうけるように見ていた三人と目が合った。
「あ!あんたたち!」
「げ!見つかった!」当たり前である。
 浩二と陽一が踵を返そうとするのを俊哉がぐいと浴衣の袖を掴んで止めた。俊哉は和子の後にいる人物に目を見張っている。浩二と陽一もそれに気がつき、唖然とした。
 夏川麗華。霧生ヶ谷市立南高校三年生にして、男子生徒の憧れの人。
 美しくカールしたロングヘア。端正な顔立ち。口元に小さなホクロ。そして霧南校随一を誇るその
「ナイスバディ・・・」思わず俊哉が口に出す。
 普段ブレザーを着ている時ですらその見事なボディラインは見え隠れするのだが、今宵は浴衣姿。故意か偶然か、胸元をやや大きく開けたその艶姿は、周りの空気すら変えてしまうようだ。
 と、三人が麗華に見とれていると、なんとその憧れの麗華様が三人のところへ近づいてきたのだ。
 そしてそのつややかな口元から零れ落ちる美しい言葉が・・・
「ふーん。この三人が、かっちゃんのシモベってわけね?」
三人「はあ!?」
「ち、違いますよ!うちの大事な部員です!」思わず和子が打ち消す。しかし、男子三人の思考はまったく別の部分に向いていた。
「ど、どうして副部長と、な、夏川先輩が知り合い?」俊哉は舞い上がっているのか、文法がめちゃくちゃだ。
「あら、蓮田クンだって、知ってると思ったのに」と和子はさも意外そうだ。
「うぉい!俊哉!どうなってんだよ!」食って掛かる浩二。俊哉はきょとんとしている。
「夏川先輩、私たちと同じ霧生ヶ谷中学出身だよ!」と和子。 麗華はふふっと微笑み「私、中学の頃は目立たなかったからね」とつぶやいた。「おっかしいなあ?本当に霧中出身っすかあ?覚えてないなあ」俊哉はしきりに首をかしげる。
「ほら、がんちょめって呼ばれていた子、いたじゃない」
 麗華の口からとびだす「がんちょめ」というふざけたあだ名に俊哉は「あっ!」と声を上げる。
「いたいた!ビン底眼鏡でおかっぱ頭で、うすらデカイ女!」
「あれが、わ、た、し」
「えーーーーーーーーーーーっ!?」
 同じ中学ではない浩二と陽一は、会話に全くついていけないでいたが、流れからして彼女がかなり思い切ったイメチェンをしたことは想像できた。
 麗華はうっすらと霧におおわれつつある空を見上げながらつぶやく。
「ある人に出会って、変わったのよ」
 そのつぶやきはお囃子と笛の音にかき消された。

 時刻は夜七時半。結局麗華と和子を加えて五人となった一行は、祭りのメインとなる霧生ヶ谷クロスロードへと差し掛かっていた。
「夏川先輩!わたあめっす!」
「あら、蓮田クンありがとう」
「夏川先輩!銀河系一霧生ヶ谷うどんの諸諸うどんです!」
「ふふっ、阿藤クン、やさしいのね」
「先輩!CRY.CRY.CRY.の大根と水菜のしゃきしゃきサラダです!」
「あ、これ、美味しいのよね、板倉クン」
 麗華を加えた事で男子三人のテンションは青天井に上昇する。
 お陰で和子はなんだかのけ者っぽい流れになってしまっている。と、和子が露店の一角に数人の人だかりが出来ているのを見つけた。
 なんとは無しにその露店を見ると「Missテリアス占い本舗」と看板が上がっている。噂に名高い名占い師のMissテリアスが、このお祭りに露店を出しているとは初耳だった。もちろん和子は科学を信じ、占いはあくまで統計学と話術の組み合わせに過ぎないと割り切っているのだが、その人気のほどは凄いと思った。と、露店の中にいるテリアスと思しき美しい占い師と目が合った。
 和子は反射的に会釈をしてしまったのだが、テリアスもゆるりと会釈を返し、手元のタロットカードを軽く切り、一枚を抜き出して和子の方にひらひらと見せた。
「ラヴァーズ」恋人のカード。もっとも、和子は前述の通りなのでタロットカードの絵柄など分からないのだが。
 そんなちょっと寂しげな和子を横目で見ていた麗華は、何を思ったのか「かっちゃん、ちょっと携帯貸してくれる?」
「え?あ、はい」和子は素直にそれに従い赤い携帯を取り出して渡した。
 麗華はそれを受け取ると、しかし電話をかける訳でもなく、そこにぶら下がった皮のストラップをぶらぶらと眺めた。年頃の女の子にしては、そっけない皮製のストラップ。麗華はふふっと笑う。
 和子に見えないようにくるいと後ろ向きになり、何かごそごそとやっていた麗華は「はい。これ。」と和子に携帯を返してよこす。和子の携帯には、皮のストラップと一緒にピンク色の涙の形をした小さな石のストラップが付いていた。石は、露店の照明に照らされてか、ほうっとピンク色に光った。
「先輩、これ、先輩の携帯に付いてた・・」
「恋愛成就のお守りよ。かっちゃんが、幸せになれますようにって」
「あ、ありがとうございます!」和子はなぜかとても嬉しそうだ。一同が再び歩き出そうとするのに、麗華は浩二と陽一の肩を掴んでぐいと引き戻す。和子と俊哉は気づかずに歩きながら、何か楽しげに喋っている。和子が俊哉の肩をばしっと叩く。俊哉も大げさにリアクションを取っている。
 麗華は男二人を引き寄せ「馬に蹴られて死にたくなかったら、ここは私と来た方がいいわよ」と、いたずらっぽく笑った。
 浩二と陽一、ちょっと考えてから
「えーーーーーーーーーーーーっ!?」
「だからあんた達はガキだって言うのよ。最初に逢った時からぴんと来てたわ。」
「あの二人、デキてるんすか?」
「デキてるって言い方、ばかっぽいから止めたほうがいいわよ」また麗華が笑う。
「とにかく今夜は私に付き合うのよ。二人とも!私は両手に団子ってワケ」
 麗華は右手を陽一の腕に、左手を浩二の腕に回し、楽しげに歩き出した。

 時刻は夜八時。祭りの熱気は最高潮に達していた。
 姉妹都市からやってきたらしい阿波踊りの威勢の良いかけ声。若者の群れ、浴衣姿の女性、武者行列姿の人々、山車の上で鳴らされるお囃子に笛の音。フラッペ、綿菓子、やきそばにたこ焼き。いかのぽっぽ焼きにもろもろのお面に光るウチワ。そして人々の笑い声。
 その人波の中を、和子と俊哉は歩いていた。姿の見えないほかの三人をちょっと気にしている俊哉に、和子がささやく。
「二人で歩くのなんて、何年ぶりだろうね」
「まあ、高校入ってからは無かったからな」
「ねえ、トシ君・・・」
 山車が通りかかり、お囃子と太鼓の音が和子の声を掻き消す。
「え?何?」大声で聞き返す俊哉。
「・・・、・・・・・・・」和子は何か言っているようだが、その声は聞こえない。
「何?うるさくて聞こえない!」
「ず・・、」
「え!?ずっ?」

 まさに奇跡か偶然か?その瞬間、お囃子がぴたりと止まった。


「ずっと、トシ君が好きだった!」


 そしてまた鳴り出すお囃子の音。笛の音。
 俊哉は、ただ、固まっていた。
 そして言った本人、和子も口に手を当てて固まっていた。
 山車が通り過ぎ、人々の声が普通に聞こえるようになると、和子はちょっと恥ずかしそうに言った。
「さっきの、聞こえちゃった?」
 かくかくと首を縦に振る俊哉。顔を真っ赤にして後ろを向く和子。

 しばし、沈黙。

 俊哉はばしっと腕時計を確認すると・・・

 和子の手を握って走り出した。
 突然のことに驚く和子。
「もうじき!KY☆KOちゃんのライブが始まるんだ!」
「もう、馬鹿っ!」

 夜八時半。霧生ヶ谷クロスロード、その交差点のど真ん中に派手派手な舞台が設置され、眩いばかりの照明が辺りをまるで昼間のごとく照らし出していた。
 霧生ヶ谷出身にして今をときめくアイドル歌手KY☆KOが、今宵、この祭りのためにミニライブを行う事になっていて、それはまさにこの祭りのメインイベントと言って良かった。
 俊哉と和子がついた時にはすでにステージ前は人波に埋もれており、とても近くで眺めるというわけには行かなかったので、さてどうしたものかとあたりをきょろきょろしていると、少し離れたところから麗華の声が。
「おーい、お二人さーん」
 見れば、浩二と陽一も一緒だ。麗華は二人を両手に捕まえて、上機嫌。和子たちのほうに手を振っている。男二人は俊哉の方を恨めしげにじとーっと見ている。和子と俊哉も三人に合流した。
「ねえねえ、うまくいってるのお?」さっそく麗華が和子を捕まえてひそひそと問いただす。
「いや、え、あのお、つまり」なぜかシドロモドロな和子。
 その時、五人の背後から聞きなれた声が。
「いよっ。おそろいだな」
 五人が振り返るとそこにはジンベエ姿の香川幸助がいた。
「部長ぉ~」近科部一同は思わず駆け寄る。が、意外な反応を見せたのは麗華。
「幸助、来てたんだ」
「よぅ、久しぶり。なんだなんだ?今度は下級生に目ぇ付けたのか?」
「馬鹿っ!あんたがそんなだから・・・」
 ここで一際大きい歓声が上がり、眩い光に照らされながら、KY☆KOがステージに登場した。

「みなさ~ん♪こぉんばぁんわぁ♪」まるで幼稚園児でも相手にするかのような挨拶。
「こーんばーんわー」ステージ前のファンも付き合い良く声をそろえて挨拶を返す。
「今日わぁ、霧生ヶ谷ほんどいち祭りということでぇ、私も、お邪魔しちゃいました~♪」
「きょーこー!」
「私のぉ、デヴュー曲ぅ、抱きしめて☆モロモロぉ、是非聞いてくださぁい」
 アップテンポな曲が流れ出し、ファンは手を振ってリズムを取る。和子と麗華がはっと回りを見れば、幸助を筆頭に近科部男子全員が同じポーズで手を振っている。思わず顔に手をやる和子。麗華は頭痛がしてきたのか眉間を押さえている。

「あの日私はであったのぉ♪」
「きょうこー!」
「水の流れる水路沿い♪」
「きょうこー!」
「あなたはとっても、もろい人♪」
「きょうこー!」
「ホントにあなたは、もろもろね♪」
「きょうこー!」
「だかーらーだきしめーてーもろもろー♪だきしめーてーもろもろー♪」

 和子と麗華「ばっかじゃないの?」


 ライブが終わり夜九時。
 会場を後に、幸助も加えた六人は南区へと戻ってきていた。祭りの喧騒から解き放たれた六人は、静やかに霧に包まれる道路をからんころんと下駄を鳴らしながら歩いている。何事かささやきあってくすくすと笑う和子と麗華。と、幸助がついっと先にたち、振り返って言う。「じゃ、俺たちはここから別の道になるけど」
 すいっと麗華が幸助の隣に進む。
「みんな気をつけて帰るように」
「部長!ちゃんと夏川先輩の事、送ってくださいよ!」と和子。
「おう。レディの扱いは慣れてる」と言う幸助の肩を麗華がばしっと叩く。
「それじゃ、お疲れ様でした!!」二年生四人組は路地を曲がって行く。それを見送る幸助と麗華。麗華がふとつぶやく。
「もうすぐ、卒業ね。」
「ああ。」と幸助。
 二人は静かに歩き出した。

 二年生四人組は下駄をからころと鳴らしながら坂を下っていた。と、急に浩二が大きな声を上げる。
「来年も、行こうな!」
「おうともよ!」と、男二人。和子も思わずくすりと笑う。
「じゃあ、ここらで一つ、しめときますか!」と俊哉。
 四人、円になって立つと握りこぶしを天に突き上げて、声をそろえる。

「ひゃっほう!」

 

 

 

 

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