暮香さんのどーんといってみよう 作者:しょう
「という訳で、お祭りよっ」
痩身で、可憐、もしくは美麗、もしくは優美というような装飾用語を絶対に使わなくてはならない女性=南暮香が、吼えた。少しは周りの迷惑というものを考えよう。道行く人が皆怪訝そうに見ているぞ。
「それは良いんですが、どうして中央区まで遠征に来てるんです?」
「愚問ね。そこに祭りがあるからよ!」
どーんと腕を突き上げる暮香をポニーテールの小柄な少女が複雑な表情で見あげる。ま、その気分はよく分かる。共有はしたくないが。
「少女じゃないです。これでも成人式を迎えてますっ」
あー、抗議を受けたので、訂正する。日根野谷
璃衣子。農協で事務の仕事をしているこれでもれっきとした二十三歳。ただし、外見年齢十代前半で、よく泣く。話し方も子供っぽいので見た目殆ど小学生、と。これでOK?
「酷いですぅ」
知らん。
それはともかく、本日中央区市道二号線と三号線の交差点通称『霧生ヶ谷クロスロード』にて『霧生ヶ谷ほんどいつ祭り』が行われている。数年前に復興された謂れある祭りではあるが、そんな事は南暮香には全く関係がない。特に彼女の目的とは。あまりに関係なさ過ぎて涙が出てきそうになる位だ。
ともかくだ。東西南北に伸びる商店街通りは本日限定で歩行者天国となっており、浴衣姿の親子連れや恋人や友人同士でごった返している中、道の両脇には露店が並んでいる。
焼きソバ、お好み焼き、たこ焼き、モロ焼き、カキ氷、綿菓子、モロモロベビーカステラ、クジ引きに金魚掬い、モロ掬い、底ヌキ釣りに、射的に、ダーツに、輪投げ。お化け屋敷もある。その隣に在るモロモロ屋敷ってのは全くの意味不明だが。どんなものか誰かご存知だろうか?
「いいわいいわ、露天荒らしの暮ちゃんと呼ばれた血が騒ぐわよぉー」
嬉しくて仕方がない、元気がだだ洩れている暮香が叫ぶ。どうでもいいが碌でもない異名だ。
「全くですぅ」
「なんか言った? 文句あるの」
「痛い、痛いですぅ。頭掴まないでください。お願い、持ち上
げないでぇ」
殆ど幼児虐待な光景が繰り広げられる。全くいやはやだ。
「アンタも文句あるわけ?」
いや、全く。
「酷いですぅ」
だから、知らんって。
それより良いのか? 保護者とっとと行っちまったぞ。前に一人で夜道を歩いていて補導されかっかったって言ってなかったかい?
「暮香さん! 待ってください。置いていかないでぇ」
やれやれ。まあ、頑張れ。
そんなこんなで二人が立ち止まったのは、モロ焼きの隣のクレープ屋の向かいにある射的の露天。似た様な店が並ぶ中どうしてこの店を選んだかといえば。
「これは私に対する挑戦と見たわ」だそうな。
ちなみに『これ』とは景品の並んだ棚の最上段に輝く『金のモロモロ』のぬいぐるみ。子供だと一抱えできるかどうかちょっと怪しいかなとか思うような代物。
しかし、『これは私に対する挑戦』ってどこから出てきたのかね、その根拠は。
「全くですぅ」
「さあ、親父。弾頂戴、弾」
五百円で六発のコルク玉を受け取る。
ガチャンと遊戯銃のスプリングを引いて『ちょっと弱ってるわね』と渋い顔をしてから銃口にコルク玉をギチギチに押し込む。露天荒らしを自称するだけあって、基本は抑えている模様。実際、コルク玉は銃口に押し込み気味ぐらいのほうが威力が上がる。ただし、遊戯銃のスプリングがへたっていると逆にコルク玉が飛びもしないという罠も待っているが。
今回はそこまではボロくないので飛ばない心配はないだろう。しっかりコルク玉が食い込んだのを確認すると、暮香はおもむろに狙いを定める。
標的十センチまでは銃口を近づけても良いとは言っても身長百六十センチ程度の暮香だとさすがに届かない、って、おい。あんた何、台の上乗ってんだ!?
「うっさい、どこにも乗っちゃいけないって書いてないでしょ」
確かにな。だからって常識考えろっての。
「私の前では常識も道理も私に従うのよ!」
あーはいはい。わかったわかった。
そんな感じで撃ったコルク玉は金モログルミの額に当たって僅かに揺れた。それだけ。
「むう」とうなる暮香。
どうでも良いが、店の親父が困った顔しているからいい加減降りてやれ。
「仕方ないわね。あー全然威力が足りないわ。こうなったら奥の手ね」
璃衣子が無茶苦茶不安げな顔をしている。「当然です」
力説するくらいなら止めたら?
「私に暮香さんが止められると思いますか?」
全然、うん。全然。
「……」
さて落ち込んでいる璃衣子は置いておいて暮香の方はといえば……。凄い事をしていた。遊戯銃のトリガーガードに人差し指突っ込んでそれを軸にぐるぐる回している。どこのリンボーダンサーか、大道芸人か。
「ソコ、どうせ言うなら美女って言いなさい」
へいへい。
言ってる間もどんどん勢いを増す。ヒュンヒュンヒュンと風きり音までし始めた。
「暮香さん、何してるんですか」
「何って、遠心力で威力を上げるのよ」
立ち直った璃衣子と暮香の会話が頭痛い。理屈としちゃ通ってはいるだろうけど、そんなにブンブンブン回してどうやって狙いを定めるつもりだ。それ以前にトリガーを引けるのか?
「あ……」
ポンとパンの中間のような小気味良い音と共にコルク玉がものの見事にあさっての方向へ旅立たれた。まあ、当然の理ということで。
「失敗、失敗。次はしっかりやるわよ。やるって言ってるんだってば」
誰に弁解してるのか知らんが、そんな場合じゃないと思うよ?
「どういうことですかぁ?」
知りたい?
「まだろっこしいわね、とっとと吐きなさい!!」
へいへい。
明後日の方向に飛んでいったコルク玉は何故か障害物にぶつかる事もなく勢いよく滞空中でして、向こうからやってきた小柄な浴衣の女の子を抱きかかえて必死で走っている少年に当たりそうになった訳ですよ。奇跡的にというか、運よくというか努力と根性でというか少年の方は避けたんだけどね、そのすぐ後ろを追いかけていた『前衛的美少女』の眉間にジャストミートしたんですよ、たった今。って言えば分かるよな?
「おい、大丈夫か?」「完全に目を回してるぞ。担架だ。救護班を呼べ」
「……」「……」
なっ。
「なっ。っじゃないわよ。なんでこんな事になってるのよ」
知らん。
「どうします、暮香さん?」
「いい。璃衣子。こういう時に取る行動はたった一つよ」
「あ……、なんだかとっても嫌な予感が」
だろうね。
「逃げるのよぉー」
「やっぱりー。ひゃ、引っ張らないでください。腕が、抜けるー」
おー、なんかドップラー効果。
あー因みに、目回してるの霧生ヶ谷私立南高校の生徒で、美樹本春奈って言うから。見舞いに行くならそのつもりでって、聞こえてないか?
まあ良いや、追いかけよう。
*
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
「これで犯罪者の仲間入りですぅ」
ま、大丈夫でない。精々遊戯銃の持ち逃げくらいだし。
「十分問題ですぅ」
や、大丈夫大丈夫、暮香さんだし。
「ま、当然ね」
……その自信がどこからやってくるのかだけは心底知りたいと思うよ。
まあ良いや、これからどうするんで?
「全然遊び足りないわ、もっと遊ぶわよ」
それはそれは。でも残念。ここには店出てないけどな。『クロスロード』遙か彼方だし。
「何で、あるじゃない、あそこに金魚すくい」
確かにぽつんと一つだけ、オレンジのタングステンライトに照らされた露店がある。けど、こんなところに一軒だけ立っているのっておかしいと思わないのか?
「親父、ポイ頂戴。ポイ」
聞いちゃいねぇ。
「なんか色々いるわねぇ、って。この金魚璃衣子そっくり。あれ、こっちは七美だし。こっちは勝坊にテリさんにランディ・シンプソンさんに上月君までいるじゃない、何これ?」
振り返るが、当然のように、璃衣子はいない。
「璃衣子? また迷子かしら。ま、そのうち戻ってくるでしょう」
さっきまで隣にいたんだからどうやって迷うんだよ。原因は目の前にいる親父だ、親父。それが合図だった訳じゃなかろうが、く、っくくくくと、深い穴の底から聞こえてくるような笑い声を親父が立てる。ぶっちゃけもう人の姿をしてないんだが。擬人化した狸というのか、カトゥーンの動物みたいな微妙な感じだ。言ってしまえば怪異だ、怪異。
「そいつらは皆お前の知り合いの魂だ。助けたければ、掬う事だな。ポイは何枚でも渡してやる。ただし、一枚につきお前の寿命一年を戴こう」
普通に聞いたら正気が狂う、正常な判断を失う声色だったろう。普通だったら、な。相手が聞いていなけりゃ何の効果もありゃしない。目下の所、暮香さん金魚掬いに大熱中……。
あー。雰囲気出しているところ大変申し訳ないんだが、もう既に全部掬(救)われてるぞ。
「何、馬鹿なぁー。ポイの紙は障子紙を使っているんだぞ、水に浸けただけで耐久力などすぐになくなるはず」
……なんというかせせこましい。そういう小細工する怪異ってのもどうかと思うがな。残念ながら、この人に常識は通用しないって。なんせ、特……。
「そこ、美女を忘れてる!!」
へいへい。この美人さんはな、南暮香っての分かる?
「み、南暮香。まさか、そんな……」
狸の顔がみるみる青ざめて、ドロンっ。と、いきなり逃げた。気持ち良いくらいあっさりと。そんなに吃驚したかぁ? ま、しゃーないよな、暮香だし。
「あー、金魚全部いなくなってるじゃない。何よこれ。責任者出て来いー」
ポイを片手にがおーと吼えている暮香の横でいつの間にか戻って来た璃衣子が目を覚ました。他のはともかく、璃衣子の金魚は本当に魂だったぽい。良かったな、無事に帰って来れて。
「なんだったんですかぁ。いきなり水の中に放り込まれて、怖かったですぅー」
多分それ、金魚の水槽の中。下手すりゃそのまま昇天コースだったかもなぁ。あー、まあ、よかったな、一緒にいたのが暮香で。……一緒にいたのが暮香だったから巻き込まれたとも言うのかもしれんが。
色々あるさ、人生。犬にでも咬まれたと思って今回は諦めよう、な?
「私は納得できないわよぉー。奥義を使ったのに掬った金魚が全部消えるなんてっ。璃衣子。付き合いなさい。もう一度、祭りに突貫よ!!」
状況が良く理解できていない璃衣子の手をがしっと掴んで、駆け出す暮香。アスファルトの上で砂埃を立てながら走り去るってのはかなり器用だと思うんだが、どうなんだろう。
後に残されたのは、ぽつんと一つだけのオレンジ色のタングステンライトの明かりと、その下で寂しく光を反射する空っぽの水槽。それはあまりに不自然な光景。
言ってしまえば、僅かに残る怪異の痕跡。
実際の話、あの怪異、普通ただの人間が逃れられるようなものじゃなかった筈なんだが、運がいいのか、悪いのか。それともそんなレベルじゃ語れない程、突飛な所にいるってんだろうか南暮香という人物は?
ま、考えた所で答えが自分からひょっこり顔を出してくれる筈もないんで、ここらで止めとくのが吉というものだろう。放っておいたっていずれ分かる事かもしれないのだから。
なんでひとまずお仕舞いって事になる。もし続きが知りたくなったら、騒ぎの中心を探してみればいい。きっとそこに南暮香がいて、どこかの物好きが事細かに色々教えてくれるだろうから。