シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

浪裏白跳

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浪裏白跳 作者:香月

 兄貴は大学生でどこかに下宿中、両親は共働きで夜まで帰ってこない。学校に行ってればそれほど気にならないが、今はちゃっかり夏休み。誰もいない家を1人で占拠するには広すぎた。
 かといって、行くところが多いわけではない。部活はやってないし、昼間にバイクを乗り回すこともどうかと思う。それにバイクは争いの種にもなりかねない。信号で停止している時に、別のバカタレのバイクと遭遇すれば色々あるのさ。
 色々と俺なりに考えた結果、高校に入ってからの友達である京之領の家に入り浸っていた。寂しがり屋だと言われたが、絶対に認めない。
 もっとも京之領の家に行ったところで暇なことに変わりはなかったが。
「もうちょっとさぁ、娯楽を用意しておけよ」
「あんた、勝手に来ておいてなにを」
「暑いし暇だし京之領だし、最悪だ」
「なんか京之領そのものが悪いモノみたいですね!」
 そんな一生懸命突っ込むなよ、室温が上がるだろ。ただでさえクーラー壊れかけてて効果が薄いんだからよ。という気持ちを視線に込めて京之領に送る。さあ、受け取れ。
「めっちゃ不満そうな顔っすね!」
 ちゃんと届いたようだ。
「暇だなー、何かねぇの?」
「この部屋にはコンポくらいしかないよ」
「じゃあそれでいいよ。どうせろくな曲ないんだろうけど」
「一言多いんだよお前は!」
 溜息と一緒にコンポの電源を入れる京之領。流れてきたのは何気に最近の曲。
「京之領のくせに音楽だけはちゃんとしてるんだなぁ」
「今の流れなら口に出さなくてもよかったでしょ! ああもう、しんどい。お茶淹れてくる」
 部屋を出て行った。馬鹿め、俺を部屋に1人で残して何もなかったことなどないというのに。さて、今回は何をしてやろうか。
 部屋を見回す。今まで結構色んなことしたからなぁ。ネタ切れかもな。
「わかってはいるが、何もないな」
 京之領の部屋は汚いわりに物が少ない。物が少ないくせに散らかせるとは、一種の才能ではなかろうか。
「はい、お茶」
 戻ってきてしまった。悪戯はまた今度にしよう。しょうがない、今回は褒めてやろう。
「お前ってすげぇな」
「何が?」
「謙遜するなよ、これは才能だ」
 もちろん、散らかす才能だが。
「え、そう?」
 嬉しそうに笑う京之領。アホだ。
 2人で茶を啜る。音楽が流れているだけで、他は静かだ。
「なんかないの。マジで暇なんだけど」
「ゲームでもする? 格ゲーならいくつかあるけど」
「それでいいや」
 そそくさとゲームの準備をして、電源を入れる京之領。将来的には下僕かな。
「何か言った!?」 
 動物的な勘は鋭いらしい。
「ゲームスタート」
 京之領は画面に見入っている。
 顔は結構真剣だ。真剣なのだが、なぜか眠たそうにも見える。なんでだろう。眠気と真剣さが同居することなんざあるのだろうか。
「汚名を晴らす時がきたようだね」
「どの汚名だっけ?」
「いっぱいあるみたいな言い方すんなよ!」 
 このゲームはやったことないが、案外ボタン連打だけで倒せたりしてな。なんせ京之領だし。真剣な顔をしたらなぜか眠たそうにも見える京之領だし。
 画面の中でマッチョと紙袋を被った男が向かい合っている。マッチョは京之領で、紙袋は俺だ。
 ……一方的だな、おい。
 マッチョが紙袋を殴る殴る殴る。紙袋はわけわからんことを言いながら殴られ続ける。
 マジで強いよこいつ。しかもめちゃくちゃ本気だよ、眼球飛び出しそうなぐらい目を開いている。ああくそ、あの眼球を逆に奥まで押し返してやりたい。
「読みにくい名字しやがって……」
「え?」
「何もねぇよ」 
 京之領のコントローラーを抜いてやる。
「え、あれ動かなくなった?」
 俺はさも聞こえていない、といった風に装いながらマッチョを斬りまくる。さっきまで借りてきた猫のようだった紙袋だったが、今はちょいと切れ気味で狩りの最中のゴットファーザーだぜ。って、ゴットファーザーって何だっけ?
「ちょ、涼成待って。コントローラー動かない」
 動かない、と言い切った瞬間、画面には「KO」の文字が表示される。第1ラウンドは俺の勝ちだな。
「接触悪いんじゃね? ほら早くしろよ、第2ラウンド始まるぞ」
「え、ちょっと待って!」
 言ってる間に第2ラウンドが始まり、俺の使う紙袋がまた圧勝。京之領は唖然としている。
「今のは無効だ! 動かなかったし当然だよね」
「いや、俺の勝ちだな。お前の管理不行き届きだ」
「認めない。絶対に認めないよ!」
 いちいちうるせぇな、俺の勝ちだろ。
「あ、その顔は、いちいちうるさい俺の勝ちだ、っていう顔だ」
 やはり動物的な勘は鋭いらしい。アホではなく、野生に近いのだろうか。ああ、確かに裸で山を走り回ってそうだ。
「京之領、今回は偶然俺が勝っただけだ。お前かなり強かった」
「え、そう?」
 また嬉しそうに笑う。山を裸で走り回る野生のアホだった。
「あー、飽きた。お茶淹れてくれよ」
「さっき持ってきたでしょ」
「ゲームしてる間に冷えちまったよ。だから淹れ直せ」
「俺はお前の何なんだよ」
「下僕」
「せめて疑問形にしてくれよ!」
 文句を言いながらもお茶を淹れに行くあいつはやはり下僕だな。俺が親分であいつが子分。盃を交わしてるんだ。
 特技は散らかす事。散らかすという、迷惑以外の何物でもない行為が京之領っぽさを醸し出している。
「茶」
「早いな」
 ものすごく不満そうだが、茶に何かした形跡は見当たらない。俺なら確実に悪戯するな。画鋲入れてみたり。
「そういえば知ってる? 最近、大栄に出た謎の流れ者の話」
 ふむ、何だかんだで根に持ったりはしないようだ。さすが、裸で山を走り回る野生でアホ。忘れるのは得意だな。
「何の話だ?」
「なんでも、急に大栄に乗り込んで来たんだって」
 霧生ヶ谷2大馬鹿高校の片割れである大栄高校。もう一つは松風高校だ。この名称、高校受験した奴なら誰に聞いても知ってるだろう。
 俺と京之領は松風高校に通っている。両高、六道区にあるから不思議だな。
「それで?」
「で、長門に会いたいって言い出したんだって。あ、長門ってのは3年の長門光輝ね」
 長門光輝、大栄高校のトップだ。俺は会ったことがないから顔も知らないが、噂は色々と聞く。
「そんで、普通に会わせればいいのにさ、生田がしゃしゃり出てきたんだって」
「生田って生田正行だよな?」
「そうそう、2年の。そんで生田が、あろうことか人を集めてその流れ者を囲んで袋叩きにしようとしたんだ」
 生田正行とは面識がある。色の白い小太り野郎だ。中学の時に散々揉めた上、決着はついていない。タイマンの約束を生田が破り、俺は袋叩きにされた。思い出しただけで殺意が湧いてくる。これこそ無尽蔵というやつだ。
「10人近くいたらしいんだけどさ……」
 京之領の表情が濁る。
「10人を?」
「いや、今の言い方はちと語弊があった。その流れ者はさ、すっげぇ入れ墨してんだって。それにびびって戦意喪失」
「入れ墨?」
「そう。背中一面に浪裏白跳張順だってさ」
 浪裏白跳張順ってのはたしか、水滸伝の108星の1人だったはずだ。しかしまた、妙な奴が来たもんだな。
「何者だよ、そいつ」
「いやぁ、よくわかんないらしいんだけど。見たところ、歳は高校生くらいだったらしいよ」
「高校生で背中一面に? そんな奴、いるんだなぁ」
「今、情報集めてるんだけどさ」
 噂をすれば何とやら。京之領の携帯電話が鳴る。どうでもいいが、この歌嫌いだ。
「涼成、例の流れ者が今松風にも来てるんだって!」
「行くぞ。何だかんだ言ったが、結局バイクで来たからな。後ろ乗れよ」
「よし」
 高校に入ったらこういうことはやめて勉強しようと思ってたけど、無理だな。この忙しなさがたまらない。中学、いや兄貴の影響でかその前からずっとこんな感じだ。
 ましてや、背中一面に入れ墨の男が松風に来たとなれば、黙ってはいられない。
「急げよ涼成!」
 俺達の敵を言っておこうか。
 退屈と、大人の勝手な高校生らしさだ。

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