シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

フルムーン不思議探検隊

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フルムーン不思議探検隊 作者:甲斐ミサキ

 

 霧生ヶ谷第一庁舎職員食堂にて。
「ナットー」
 無視。黙々と目の前のざるそばの山に集中する。
「なぁ、ナットーよぅ」
 我慢するものの、割り箸が震えて猪口のつゆが飛散し、テーブルに染みが浮く。
「ナットー新人ー」
 閃光一閃。
 形状記憶ハリセンはアラトの暗器だ。一瞬で名詞サイズに折りたたまれる。
「これ以上ナットー言うと、ミストマの女の子をお茶に誘ってたの敦子ちゃんに言ってやるからな! 一体なんやねんっ!」
 アラトは目の前でおちょくり倒している男を張り倒した。「ひゃっほうー」と本田が叫びながら椅子から落ちる。すぐに起き上がってなにごともなく豚カツに箸を刺しているのはクマムシ並の生命力だとしか思えない。
「あの噂、ホントだったみたいだぜ。敦子ちゃんが応対したって言ってた」
 あの噂。少年少女三名が霧生ヶ谷市を行脚して不思議を捜し歩いているという噂。

 無論知っていた。生活安全課の仕事で訪問するハルさん宅でも目撃情報を聞いていたからだ。少女を筆頭に羊羹齧りながらたっぷり語りあったとか。
「ほらさぁ、「杉山さん通り魔事件」があったばかりだろ。小学生野放しにも出来ないと思ってさ」
 本田の言うことにも一理ある。不思議は安全でいられて初めて不思議なのであって、危険が及べばその名は怪異に変わる。通り魔事件はまさにその悪例だ。
「分かった。その情報に免じて、敦子ちゃんには黙っておこう、本田。ミストマの件に関してはね。ほかに確か冥土喫茶狂気山脈で……」
「おぉ、俺はぁ敦子ちゃん一筋なんだぁ~~~」
 ハリセンの痕を頬に貼り付けたまま悲痛な本田のドップラー効果を無視して、アラトは早速調査に乗り出した。
 *
 目撃情報は多伎に渡り、霧生ヶ谷市の地図に赤いシールが次々増えていく。北区。六道区の「下弦の月」。霧谷区。夜桜をキリコと観にいった時に出会った三人がその一味かと思った。一人は中学生らしい雰囲気でしっかりした印象があったのを思い出す。西区、南区ではそれらしい目撃情報は得られなかった。そういえば、いつのまにか生活安全課の出入り業者と化した便利屋翠煙さんも「マッドサイエンス?」ときらきらした瞳で見つめられたと言っていたっけ。
 一ノ瀬杏里、日向春樹、日向大樹。この三人の名前はすぐに洗い出せた。礼儀正しい子達でハルさんが覚えていたのだ。ハルさんの情報を元に、霧生ヶ谷市の各地を回っているフシがある。
 *
 一之瀬宅。
 夏の陽はきつい。霧生ヶ谷は湿気が多い分、熱気がまとわりつくのだ。北区にある彼女の住所はハルさんが知っていた。何か不思議あったら訪ねて来てくださいっ、と渡されたとかで、そのお鉢が今、アラトに回ってきている。ネクタイを不承不承締めながらチャイムを押した。二階の窓が開き「はぁ~い」と小さな顔が元気な返事をした。
「あの、お母さんかお父さんかいてるかな。霧生ヶ谷市生活安全課の……」アラトが窓に向けて呼びかけ、少女と目が合う。途端、ずしんばたんごろごろずってんと派手な音が木霊し、玄関が弾けた。
「マッドサイエンス? マッドサイエンス?」
「え、いや僕はマッドサイエンスでは……」
「お兄さん、夜桜の人でしょ!」ずびしと少女、杏里の指がアラトの眉間を狙っている。確かにアラトはこの少女を知っている。この子があの無謀な……。
「キリコさんのゲボクー」下僕の意味を知っているのかと小一時間問いたい気もしたがそうもいくまい。アラトは込み上げるものを飲み込みながら辛抱強く問うた。
「お父さんかお母さんは?」
「私だけだよ、ね。勧誘? 勧誘?」杏里の手には大事そうにフォトフレームが握られており、その中には……キリコさんのカメラ目線があった。アラトはそれを凝視し、そして根負けした。弟子入り志願の女の子か。
 とりあえず玄関内に入れてもらい、説明を始めた。不思議は安全でいられて初めて不思議で、そして夜は不思議じゃなくても子供だけの行動は何処の都市部でも危険はあることなど。霧生ヶ谷市は治安はいい。しかし、突発的な引ったくりや通り魔というのは未然には防げないのだ。なので不思議ツアーはしてもいいが、昼間にと。
「でも私、不思議追っかけてればキリコさんに会えると思って……」少ししょんぼりした表情を見せる杏里。その考えは正しいがあの人はちょっと特殊、いわゆる不思議をマッドにサイエンスする人だからな、と心の中で苦笑する。
 どう言ってもこの子は折れないだろうと思った。不思議を聞く時の瞳の輝きなど、キリコとそっくりで、暴挙に出る前に妥協案を出した方がいい。
「じゃあご両親にこう言って許可を貰うこと。僕も口ぞえしてあげるから」ぼしょぼしょと耳元で妥協案をささやく。刹那、杏里の瞳に稲妻が宿った。
「お兄さんありがとー」杏里が手を出し、シェイクハンド。協定成立だ。
 *
 数日後の宵闇。杏里宅にアラトが出向くとそこには杏里、大樹、春樹の三人がいた。春樹が礼儀正しくアラトに挨拶する横で大樹がマッチョサイエンスってやっぱすんげーパワーなんだぜーと騒ぎ、すかさず杏里が注意している。杏里のご両親には「わたしたちの町霧生ヶ谷の仕事」という夏休み体験学習の一環だと説明した。実際、キリコはともかくアラトは仕事の一環でこの三人の面倒を見るには違いないのでウソではない。
 モロキップを四人分アラトが購入し、不夜城の明るさな北区外縁堀通り前から中央公園前まで市バスに乗りこむ。中央公園といえば諸諸城ばかりが目立つが、基本的には自然公園であり、美観区域でもあるから生態系豊富な地としても知られている。今夜の目的は、そこに出没するキリコを観察することだった。
 中央公園前で降りると、ミストマで苺練乳パンと珈琲牛乳を四人前買う。
「張り込みにはパンと牛乳だろ」とアラトがいうと大樹は大喜びではしゃいだが、春樹は礼儀正しく弟の分までお礼を言っている。よく出来た子だなぁと感心してふと横の杏里を見ると思わず含んだ珈琲牛乳を吹き出した。
「行儀悪いわねー、名取お兄さん」
 澄ました表情で杏里が注意するがその格好はどうみても……
「いいでしょ、これ夏モデルなの」
 そういえば杏里はやたらと大きなリュックを背負っていたが、俗に「ずるモロ」と呼称されるキグルミ。頭からかぶり、首と肩、腰のベルトで固定したモロモロの被り物だ。
「夏にそんなもの着るなんて」アラトが眩暈する。
「内側に冷えペタリンを貼り付けることが出来て寒いぐらい。私、キリコさんに会うんだから正装しなくちゃと思って」うふふと笑っている。マッド……。
「おっと、キリコさんを見せてあげる約束はしたけど、会わせる約束はしてないんだな。杏里ちゃん。その格好は可愛いと思うけどね」
「ええ~どうして~! 横暴だわっ。異議ありよ!」
「今夜のキリコさんの目的が採集で、騒ぐと目的を果たせないから。こっそり観察するので我慢して欲しいな」
 杏里がフォトフレームを煙が噴くほど見つめる。愛しのキリコが近くにいるだけでどうにかなりそうな若き血潮が煮えたぎってることだろう。アラトがぽりと頬を掻く。
「分かった……名取お兄さん。遠くからでも見たい」
 四人はさっそく公園の奥へと足を進めた。
 月齢が満月に近い。こんもりした茂みの中に小さな空間があり、月影を満身に浴びながらそこにキリコが立っていた。捕虫網を手にしている。
「キリコさん……本物! 何してるの?」「マッチョきたの」「マッドだ、春樹」
「いいから、よく明るい地面を見ておきな」
 キリコの影が伸びている以外なにもない。
 ふっ。
「杏里、今何か行った!」「でもよく分かんなかった」「また来たぞ」
 地面を黒い影が幾つも過ぎる。その上空には相変わらず何もない。
 刹那。
 神速の如き捕虫網が宙を舞った。更にもう一度。二度。
 振るたびに地面の黒い影が減っていく。
「キリコさんは夜行性な月影蝙蝠の捕獲に来たんだ。連中は偏光する体毛で自分の姿を闇に溶け込ます。でも影だけは消せない。影の大きさで上空との距離を測ってハナススリアルキの捕獲糸を精製して編んだ特製網で捕まえたってわけ。連中素早いから」
 杏里の瞳が燃えている。月影蝙蝠かキリコの手練に燃えているのかは分からないけど燃えている。
 心なしがキリコが茂みのこちら側に視線をやった。そして……独りごちる。
「あー、そろそろ弟子が欲しい頃よね。でも夜遊びする子じゃなくて義務教育くらいは出てもらわきゃ」
「ハイッ! 頑張って勉強しますっ!」思わず杏里が直立して叫んだ。キリコの口元がぷるぷる動いていたがなんとか堪えている。
 興奮冷めやらない三人を送っていったあと、アラトは真霧間家の門戸を叩いた。
「アラトくん、あんなので良かったの? わたし会っても良かったのに」
 キリコはリラックスした部屋着で、先ほど捕まえた月影蝙蝠の入ったケージを満足そうに眺めている。彼らも真霧間家の秘密動物園に放たれることだろう。
「ありがとうございます。小学生の夜歩きはやっぱ危険ですし、そこは追及されると痛いでしょう?」
「まぁ、確かに。あの頃から一端のマッドサイエンティストだったわたしには、何も言えないけど、建前として。本音は今からでもビシビシ鍛えた方がいいのよ」
「いいんです。憧れは憧れのままでいるから、追い求められるものだって」
「真夏の夜は音速の夢の如しってこと……か。彼女にとって夢で終わるかは彼女次第。
 で、それはそれとして、ただ働きにはさせないわよ。報酬は?」
「不肖ながらこの身と『付喪神百年午睡』で」
「夜はこれからこれから。物質転送機械の実験台になってもらおうかな」
 キリコがにやりとした。こんな時の彼女こそマッドサイエンティストなのだ。
「殺虫剤でハエとか蚊とか仕留めておいてくださいよ……触角はご免です」
 いつもながらアラトは己の運命の行き先にうなだれた。 

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