シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

極道キッチン

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極道キッチン 作者:冴木

東区の小さいながら洒落た洋菓子店で、180後半はあろうかというほどの大男がもじもじしながらケーキを選んでいた。
「えーと……このショコラケーキと、モンブランを……」
「はい。……谷口さんは本当にケーキがお好きなんですね?」
店長兼パティシエの白瀬雪乃が微笑むのを見て、大男……『谷口霧五郎』は顔を真っ赤にしながらもじもじうなずいた。あまり女性と話すのは得意ではないらしい。
この店──シュネーケネギン──は、『白雪姫』という意味を持つらしい。谷口は三年ほどここに通いつめて、ようやくそれを最近聞き出した(それが始めて雪乃と交わす普通の会話であった)。
彼女はその店名と同じく、雪のように白い肌をしている……と思い、それを言おうとした。
……実際言わなかったが。彼女を形容するには、あまりに陳腐な気がしたからだ。
代金を渡し、店を出るときに雪乃のほうを振り向くと、また微笑んでくれた。
谷口はそれをみて、とても満足した気持ちになれるのだ。
 
 
 
霧生ヶ谷市立南高校から徒歩五分、ちょっと古びたビルの一階に『その店はある』。
名前は『軽食喫茶・諸諸組』。決してその手の事務所ではない。れっきとした喫茶店である。
「数馬、このキャベツを千切りして、皿に盛り付けといてくれ」
「オッケェ、キャベツ刻んだ!!」
谷口はここのオーナーシェフをしている。自分も従業員も店の名前もヤクザのようだが、
実を言えば、三年前までは本当に極道であった。
極道と言うのは、ただ暴力的に振舞っていれば言いわけでもない。かといって、仁義に生きるだけではもう生きていけないのが実情だ。霧生ヶ谷の大侠客、第23代目『諸田太郎左衛門豪一郎』は、400年続いた諸々組を仕方なく解体する事を決定した。現代の極道のようなシノギを見つけることも出来ず、かと言って仁義では金は生まれない。組員を養う事が出来ないのだ。解散した諸諸組は、別の組に霧生ヶ谷のシマを任せて、諸諸組の構成員は続々と別の組に移っていったのだが、諸諸組若頭筆頭であった谷口はそうしなかった。
彼は料理の腕を生かし、カタギに戻ることにしたのである。
現在店にいる従業員二人は、元諸諸組の構成員である。
「すいませーん、モロパフェお願いします」
「オッケェ、モロパフェか……刻んだ!」
さっきから刻んだ刻んだと盛んに叫びながら調理をしているのは、元諸諸組舎弟頭の星貝数馬。
はっきり言って直情的馬鹿だ。だが、ケンカは強いし絶対に諦めないしぶとさを持っている。
そんな彼を谷口は信頼していた。ただ、無駄口を叩くヒマがあるなら動いて欲しい。
「数馬、オムライスを早く持って来いよ。客が帰るだろう」
嫌に顔貌が整った男が厨房ののれんをくぐってきた。彼はこの店の経理とウエイターを担当している大和自由。はっきり言って金に汚い。物凄く汚い。後鬼畜。
正直あまり信用が置けないのだが、彼が店に居なければならない理由はいくつかある。
谷口は体が大きいだけではない。とんでもなくこわもてなのだ。普段は抑えているが、料理に集中すると、小動物くらいなら半径3m以内に近づけさせないほどである。
よって、接客は出来ない。客が店に近づけない。
数馬はと言うと、まず記憶能力が壊滅的に無い。
オーダーなんて覚えられない。しかも喧嘩っ早いので、客に何をするか分からない。
よって、接客は出来ない。
最後に、元ヤクザばかりの怖すぎる店に誰が来たいというのだ。
大和は元ヤクザだが、見てくれはいい。何よりも落ち着いているし、ヤクザとしてのオーラを消せる。
彼目当てに訪れる女性客も居るほどだ。
なんだかんだで、一人でも欠けると店は成り立たなくなってしまうのだ。
「後、谷口の兄貴。また『来てます』よ」
「……まさか、モロパフェを頼んだのは……」
「その『まさか』です。早く行かないと機嫌が悪そうですよ」
現在午前一時半。混む時間帯である正午は過ぎ、奥様方が近所の噂と大和を話のタネにする三時ごろまで時間はある。人はあまり居ない。
厨房を出て、ボックス席の一角を見やると、案の定居る。
身長は140cmほどの小柄な老人が、立派な髭に生クリームを付けながらモロパフェを食べていた。
「……オヤジさん、一体どうしたんです」
「ん?おお、霧五郎!またお邪魔しておるぞ。美味いのう、やはりぱふぇは最高じゃ!」
老人はこのモロパフェが痛くお気に入りらしい。
まぁ、特に変わった物は入っていないごく普通のパフェであるが、老人には珍しいのだろう。
老人の名前は『諸田太郎左衛門豪一郎』。そう、諸諸組23代目組長その人だ。
傍目から見ればただの老人であるが、背中に背負う日本刀がそれをぶち壊している。
もうヤクザでは無いのだから、いい加減銃刀法違反を止めろといわれているが、一向に聞こうとしない頑固な老人だ。
「……で、オヤジさん。今日もまた『アレ』ですか?」
「ヌホホ……わかっておるのう!その通りよ!ワシはこの名刀『霧霞』をお前に託すまでは死ねんのじゃい!!」
霧霞。江戸時代から続いた諸諸組の至宝である。諸田老人が言うには、この刀を次の代に伝え、霧生ヶ谷に巣食う魔物を断つのが諸諸組組長の勤めであるらしい。
ええか、お前が暗誦出来るようになるまで伝えてやるわい!この刀はな、諸諸城の堀に巣食っておったお化けモロモロを退治した渡世人に、その当時の諸諸城城主の河澄宗孝公が褒美として下さった、霧蓮宝燈で研がれし人ならざらぬ者を断つ刀!そして、そのお化けモロモロを退治した渡世人こそ!わが先祖・諸田太郎左衛門豪一郎なんじゃ!」
「オヤジさん、その話はもう何度も聞いた。だがよ、俺はもうカタギだ。そんなもん持って振り回したくねーよ。オヤジさんも捕まりたく無いならそんなもんを持ち歩くんじゃねぇ」
諸田老人は、その後もモロパフェを食べつつ騒いでいたが、今日は女子高生が来ないと知るやいなや、代金を払って帰っていった。彼がここに来る理由は、モロパフェを食べる・霧霞を伝承しようとする・女子高生と絡もうとする(意外と上手くやっており、霧生ヶ谷の相談ジジイと名乗るほどだ)。
60%くらいは女子高生との絡みが目的、と谷口はにらんでいる。
老後は何かと退屈なようである。
 
 
「兄貴、オヤジはなんていってたんだ?」
厨房に戻ると、数馬が勝手に作ったチキンライスを食べていた。
数馬にしては気が利いていて、もう二皿分も作っていた。もちろん、大和も一緒に食べている。
「また昔話だ。いい加減刀を持ち歩くのを何とかしたいもんだな」
「そうですね。……諸諸組も無くなったのに、オヤジさんもヒマですね……」
全くだ。谷口はそう思った。
だが、諸田老人はただヒマなだけとは思えないほどしつこい。たまにそう思う時がある。
 
チキンライスを食べ終わり、食後の一服……の前に、今朝シュネーケネギンで買ってきたケーキを思い出した。折角、雪乃さんが作ったケーキだ。タバコを吸ってから食べれば、罰が当たる。
冷蔵庫を開けると、シュネーケネギンの箱が姿を現す。
……どうも様子がおかしい。シールが破れている。もちろん谷口は空けていない。
「……数馬。大和。お前ら、ケーキ食ったか?」
「いいや、俺は食ってねぇ。絶対に食ってねぇ。そう思うだろ、アンタも!」
口の端にチョコを付けたまま、数馬が叫ぶ。
「全くですよ。人を疑うのはよくありませんよ、谷口の兄貴」
巧妙に隠したつもりなのか、チキンライスのスプーンにモンブランのクリームを付けた大和も主張する。
 
 

この後、二人が半殺しの目にあったのは言うまでもない。

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