瞬く煌きに(商店街繁盛記2) 作:勇城 珪(ゆーき)
毎日が楽しかった、毎日が夏だった……
そう言い切ることができた少年時代。
宿題もあり、プールもあり、ラジオ体操まであった。
そんなことをふと思ったので、士郎は北霧(キタキリ)に訊いた。
「最近、ラジオ体操をやらないって噂聞いたか?」
二人は大漁のモロモロが入った籠を背中に持ち、北区の住宅街から、おどろき商店街に向かい道を急いでいた。
「人数が集まらないんだってさ。」
首にかけたタオルで、北霧は顔についた大量の汗を拭い、残念そうに答えた。
士郎と北霧は、二人の共通した夏の想い出を語り合った。
士郎とは『水路士郎(ミズジ・シロウ)』。
『霧生ヶ谷蕎麦・水路』に住んでいる将来有望な、すり身職人で、志穂の弟。
北霧は士郎の親友で、二人は毎朝早くモロモロを取りにくるのだ。
そうして暫く歩みを続け、商店街の外れにさしかかると、二人の目は一点に集中した。
「おい、ジイサンとこの看板が無い……」
どちらともなく声が出ると、毎日子供たちの活気で溢れていたはずの店の前で二人は立ちつくした。
『鈴木商店』、それが店の名前。
自分たちが小さい頃、十円玉三枚を毎日握り締めて集まったところ。
いわゆる駄菓子屋であり、ジイサンは『霧生ヶ谷蕎麦・水路』の常連でもあった。
その『鈴木商店』があるべき日常だった、看板が無いのである。
閉じられた店の前にいても埒が明かない。
俺たち二人は、蒸し暑い朝霧を浴びた体のまま、裏へ回ってジイサンの家の玄関を目指したが、既に人の気配はなかった。
二人は肩を落として『水路』へ歩き出した。
商店街を進み、二人は裏道に入った。
そこは、お世辞にも綺麗とは言えない場所であり、商人の息遣いが見える場所。
無秩序に並べられた搬入済みのコンテナや、店に並ぶ『活きのいい商品』の残照がドリップとなって悪臭を放つ。
衛生的にも悪く、好きな人間などいないと思われる。
士郎と北霧が慣れていても無視できない臭いだ。
途中二人は、商店街の人々から挨拶されたり、挨拶したりと道を進む。
客はいなくとも、街は生きている。
色々複雑な精神状態で、二人は背中の重みと共に足を速めた。
後ろから北霧の声がかかる。
「ジイサンにもう会えないのかな?」
その声に、士郎は顔をしかめながら答えた。
「さあ、歳だしな……」
太陽が昇り、引き付けられていく臭いが吐き気を誘い、話も進まない。
そのまま裏通りを歩いていくと、霧生ヶ谷の水路と商店街がいつの間にか並んでいる。
まさに並走と言った感じで、古くから存在する店はこの付近にあり、衛生的だ。
その中に『霧生ヶ谷蕎麦・水路』も混ざっている。
士郎と北霧は店の裏に着くと、籠をそのままロープ結わえ、沈めた。
「さて今日は、どんな蕎麦食いたいか?」
笑って言う士郎だったが、北霧は真面目な顔になって辞退しつつ、何か焦燥感に駈られる様子で「俺は、ちょっと行くところが……」、と真面目な顔をした。
だから士郎も気だるそうに頭を掻き、「バイト代は今日のノートに回してやるよ。」と素っ気無く店に入っていった。
北霧は話の分かる相方に感謝して、水路の上流を目指した。
- * - * - * -
北区の水源を辿って行くと、その先は微妙である。
あるものは地面から噴出して流れとなり、それ以上は調べられない。
別のものも、大小様々な天然のトンネルとなって霧生ヶ谷中と繋がっている。
北霧は誰も来ない、地図で言えば『霧谷区』と『北区』の境のちょっとした場所へやってきた。
水路の土手から水面に降り、脹脛(フクラハギ)を濡らす。
トンネルの入り口は崩れないように人の手が加えられているが、暫く進むと岩石がデコボコのままだ。
ポケットに忍ばせていたペンライトに電源を入れ、周りを照らした。
北霧がジイサンから聞いた話だと、昭和初期に霧生ヶ谷水脈として完全整備する話があったようだが戦争で放置されたらしい。
結局、整備計画は軍が駐屯した要害の一部だけに施行された。
それが今の『時が緩やかな』霧生ヶ谷市を作っているのだろうか?
それは北霧には分からない。
とにかく、ジイサンとの思い出の場所へ一直線に進んだ。
「きっとそこに居る。」
北霧は天然のトンネルを二時間かけて進んだ。
薄暗く狭い場所を抜けると、広間のようなところに出た。
どこからか軽く自然光が入ってくる為、全体的に薄暗いがライトは要らない。
「ジイサンとの思い出の場所だ。」
自分が小学生の頃、遊びで入った水路で迷子になり、ここにジイサンがいた。
そんなことを思い出して、ジイサンを探した。
ジイサンは、「この奥に守らなければならないものがある。」そう言っていた。
突然後ろから声がかかる。
「おい、ボウズ? 初めまして。」
優しそうな声だったが、急なことなので北霧は飛び上がって尻餅をついた。
「あー、あ、あ、ズボンがビショビショじゃないか……」
暗闇から浮かび上がったのは、カワイイ頭だった。
体裁悪そうに北霧は手足の泥を拭いながら、「なんだ!? 亀爺かよ。」と顔をしかめた。
「亀爺?、ふぉ、ふぉ、ふぉ、ワシはフィラデル……」
茶色い甲羅にちょこんと伸びた首と頭を捻り、亀は考え込んで答えた。
「ワシの名前、何だっけ?」
話を聞いている方は脱力してしまった。
「亀爺、鈴木のジイサン知らないか?」
「顔を綺麗にしてから、話を続けようではないか……」
若者の張りのある、テンポの良い声とは対照的に、亀はゆっくりゆっくり話す。
北霧がシャツの袖で顔を拭うと、百と言う位はおおよそ超えているであろうと思われる亀に、自己紹介をした。
「俺は北霧。子供の頃会ったと思うよ。」
「お前さんが子供と言うと、ワシが『B-ニジュウ何たら』に狙われたときかのう……」
亀は北霧で遊んでいるようだ。
『B-ニジュウ何たら』について思い出そうとしていた亀は、暫く間を置き、手をこちらへ出すと、笑った。
「『鈴木の坊や』ならこっちじゃ。一緒に来るんじゃ……」
亀はサッカーボールくらいの大きさの甲羅を北霧に向けて、進みだす。
北霧はバシャバシャと歩いて細い水路をついて行った。
「ジイサンを坊や扱いか……」、そう呆気に取られつつ亀に従った。
水路を進んでいると、突然、亀が見えなくなった。
慌てて北霧が探しても姿が見えない。
十分後、「なぜ潜らんのじゃ?」と亀が戻ってきて言うものだから、北霧は疲れたように「俺は一分も息止められないよ」と答えた。
すると亀は水路に大きなエコーをかけて、
「最近の若者は駄目じゃなぁ、浦島なんか海の底まで我慢したと言うのに。」、と無邪気に手で水面を叩いている。
それから十五分くらい進んで、「ほら、ここだ!」と言われた。
周りを見ると、空が見え、開けた空間に変なものがある。
中央に石の台座があり、その上に置かれた机には、霧生ヶ谷の城にあるのと同じような金のモロモロが二組鎮座していた。
鈴木のジイサンもそこにいた。
- * - * - * -
「ジイサン! 俺だよ!」、北霧が叫ぶ。
齢七十五を過ぎてなお精悍な顔をしているジイサンは、北霧の姿を見ると手招きをしている。
「亀爺、ありがとな。」、と言い、ジイサンの方へ走っていく。
ジイサンは北霧がそばによってきたのを確認すると、
「これは忘れられた話だ。」、と言って目を瞑りながら語りだした。
『ワシとアイツは一緒に戦争を生き抜いた親友同士だ。
アイツは空襲に巻き込まれて、ほとんど目が見えなくなった。
疎開で霧生ヶ谷市へ来ていたワシたちは、毎日のようにモロモロを食べて生活した。
あるとても晴れた満月の夜、モロモロたちが一斉に水路を逆に泳いでいくではないか!
何か導かれるようにモロモロたちとここへ来た。
そうして、ここには巨大なモロモロがいたのだ!
満月の光が『彼』、いや、ヌシモロに満遍なく降り注ぐと、立って踊りだした。
ワシはモロモロが分裂したかのように増えていくのを目の当たりにして、美しさに絶句した。
しかし、アイツの目にも見えたのだ!
アイツは「目に入ってきた」と言うと、俺と時間を共有するようにその場に食い入った。
ワシはアイツが薄っすらとヌシモロの煌きを見て、話を合わせているんだと思った。
だが違った、分裂したモロモロがアイツを囲むと、味蕾でアイツの身体の味を確かめ始めたのだ。
アイツは「モロモロが俺の悪いところを食っている」、と叫んだ。
暫くしてモロモロたちがいなくなると、アイツは俺の顔に泥がついてると泣きながら言うのだ。
なぜかは分からないが、夜が明けるまで彼の視力が戻ったのだ……
アイツとワシは、晴れた満月の日がある時は二人でここを訪れ、語り合った。
ある時までは……』
北霧が「ある時って……」、と台座に手をつき真面目に聞き返す。
「モロモロ信仰の代弁者にされてしまってな。」、口元を引き締めてジイサンは吐き捨てた。
『モロウィン』、恐らくこれのことをジイサンは言っているのだろう。
北霧は「あいつら、最近暴走してるなあ。」と毒づくと、ジイサンも「アイツがいなくなったからな。」と相槌を打つ。
「なあ、北霧ボウズ、ワシは頃合が良いので引退しようと思う。この場所へはもう来ないでくれ。」
そう切なく笑うジイサンに、北霧は寂しそうに「ヌシモロをを守るため?」と訊いた。
「ヌシモロは守人がいるから大丈夫。しかし、この場所はモロウィン過激派に見つからないようにしたい。」
と、ジイサンは言った。
すると広間の入り口から忘れられた声がする。
「大丈夫じゃ、もう誰も案内せんよ。さて、若人よ行くぞ!」
亀の優しい言葉に、ジイサンは無精髭を触りながら笑った。
「ジイサン、老後はどうするんだ? 店は?」、北霧はゆっくり泳ぎだした亀を横目に尋ねた。
「娘も孫も遠い国に行っちまったからなあ。」とジイサンは背を向けて小さく、声を漏らした。
- * - * - * -
北霧は地上に戻ってきた。
今日の出来事を士郎に話すべきかどうか悩んでいる。
ちなみに帰り道は、行きと全く違う水路を通らされた。
亀爺の思惑通り、道はすっかり忘れた。もうあそこには二度と行けないだろう。
商店街に戻ると、なんとなく鈴木商店に向かった。
「なんだよ、お前ら!」
店の裏で士郎の声がする。
考えることは同じらしく、ジイサンの想い出を感じたいのだろう。
だが、例の変態集団に見つかってしまったのだ。
北霧が士郎を探してやってくると、全身タイツの男たちが一目散に逃げていくところだった。
びっくりして立ち尽くすと、士郎が背の高い青年を紹介してくれた。
「北霧~♪、この人って、鈴木のジイサンの孫で、アメリカから帰って来たんだって~♪」
青年は身長185cmはありそうで、黒味がかった金髪に暗いグリーンの瞳だ。
北霧は先程のジイサンの言葉を違う意味で理解しており、馬鹿らしくなったが、青年と握手した。
彼は北霧の手を握ったまま大きく揺さぶったので、腕が取れるかと思っただろう。
青年は、『ジム・鈴木』と言うらしい。
生まれも育ちもアメリカで、ジイサンの娘さん(母親)と二人暮しらしい。
彼はジイサンが隠居したので、店を譲り受けたそうだ。
新たな『おどろき商店街』のメンバーだ!
- * - * - * -
さて、商店街の新たなメンバーが現れ、モロウィンをやっつけた。
しかも外人枠ができる。
そんなヤツを放っておけない団体がある。
彼に接触した人物は誰であろう? 恐らく団体について堪能な英語で甘美に語ったと思われる。
片言の日本語を話すモログリーンが現れたのは、三日後だった。
モロ戦隊の新戦力として、商店街新聞に取り上げられた彼。
インタビューを受けた『霧生ヶ谷蕎麦・水路』の女性店主は、コメントに難儀したと言う。
―― 続くのか?
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