シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

荒廃再夢。あるいは、一夜限りの人助け

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荒廃再夢。あるいは、一夜限りの人助け 作者:しょう

 白々とした月の明かりが、蒼い影を落とす。視界に広がるのは、砂漠だ。白い白い地平の彼方にまで続く、生命なき海。微細な、どうしてそうなったのか考えるのも億劫になるほどに研磨された骨がシャリシャリと音を立てている。見覚えのある光景だった。

 黒いドレスの女がいた。覗く手足は抜けるように白く、伸びた黒髪はユラリユラリと漂っていた。これもまた、記憶にある姿だった。

 全て覚えているがままの、そのまま変わる事のない中身だ。違うとすれば、それは迷い込んだのではなく、招かれたというその一点のみだった。だからこそ、俺は、『ああ』と深く溜息を吐いたのだ。

 かつて女を雁字搦めにしていた鎖は、幾分か緩み、しかし変わらず女を縛り付け、その端は砂の中へ消えていた。という事は、この夢の主は別の場所で女と共に悪夢と踊っているのだろう。ここは夢の世界だ。時間も距離も関係ない。女がここにいるからといって、男の傍に女がいないという証明にはならない。そもそも同じ人間が二人以上いてはならないなんてルールも存在しないのだから。

「開放された、という訳ではなさそうだね」

 問いかけではなく、あくまで確認。答えは分かり切っている。女も承知の上だったのだろう、ただ寂しげに微笑んだ。

「で、何のようなのかな? あんまりに煩いからお邪魔させてもらったけれど、俺に出来る事なんてこれっぽっちもないと思うよ」

 これも事実。前回と違い招かれた、つまりは受け入れられたという意味では多少自由がきくとは言える。だけれど、それが一体なんの役に立つというのか。ほんの一時夢を、あるいは記憶をすり替えて何に救われるというのか。そんな益体もない片棒を担がされるくらいならば、何もせずこのまま立ち去った方がどれ程有益か。そんな気持ちを隠さず、俺は問うた。と言っても、答えを聞くまでもなく俺自身の心は殆ど決まっていたわけなのだが。

 その時、女の瞳が俺を射た。視線が物理的な効力を持つ。現実ならば在り得なくとも、夢の中ならば『ない』とは言い切れない。寧ろ、唯一つを除いて現実にあるモノはすべて夢の中にあると言える。ついでに言えば、物理的に力を持つ眼という奴は存在するらしい。親父からの又聞きになるので真偽の程は半分以上怪しいが、こうやって女の視線に囚われてしまっている以上、存在すると考えた方が正しいのだろう。

 目を逸らせない。当然のように体も動かない。夢を介した束縛であれば、何かしらの干渉ができる筈だが、それも敵わない。つまりこれは、純然とした女が持つ力という事だ。それならそれでやりようはある、ただし酷く気は進まないが……。そう考え、しぶしぶ夢への侵入を開始しようとした。まさにその時、一気に『それ』が流れ込んできた。

「わかった。やるよ。だけど一度だけだ。多分一度だけしか鳴阿遼二の心がもたない。失敗したら、それっきり。やり直しはナシ。今よりずっと酷い事になるかもしれない。それでも構わない?」

 我ながら硬い声色だなと思った。実際気が向かない訳だけれども。本当なら、長い間絡みついた妄執とも言える執着を断ち切るなんて真似は間違ってもやりたいとは思わない。やろうとも思わない。だけど、逃げてしまう訳には、背を向けてしまう訳にはいかない理由が提示されてしまった。本当にどうしようもない。

 だから、せめて無様を演じぬようにしよう。

 そんな思惑を別にして、女‐橘カヤ‐が頷いて、手を差し出した。ちょっとだけ躊躇してからその手を取った。

 景色が切り替わる。場面がスライドする。突然生じた俺の姿に唖然とする鳴阿遼二がいる。狂気に足を取られていても恐怖を感じるものなのだろうか? ま、なんでもありだろう。常識以外は何でも取りそろう世界なのだし。

「何だお前は」

「ただの通りすがりだよ」

 芸のない受け答えをして俺は鎖を掴む。橘カナと鳴阿遼二を繋ぐ執念ともいえる鎖を握り締めた。

 流れ込んでくる。

 幻が。

『柔らかな日差しの中ベンチに腰掛ける二人の男女』

 それは。守谷夢人が守谷夢人として生きていくには全く必要のない事柄、経験。

『鳴阿遼二がリングケースの中から光る指輪を取り出し、橘カナの指へ……』

 必要ないと断じ、封を施し、心の奥底へ次々に放り込む。それでも、制し切れない断片が開封される。

『重苦しい空気が澱む通夜の席。鳴阿遼二がぼんやりと昇る線香の煙を見あげている。その瞳は何も映していない。橘カナの母親、キヨの声さえ届いていない』

 入って来るな。無駄な事と分かっていても思う。昔はそれを望んでさえいたのだから、止めようがないなんて事は百も承知だ。それでも、今は望んでいない。守谷夢人はもうそんな事に拠り所を求めちゃいない。

『十年間。繰り返す代わり映えのしない毎日。呼吸するように嘆き泣いたその後に続くのは永遠ともいえる君なしの世界』

 正直、飲み込まれると思った。変性を恐れていたら、このまま取り込まれてどうしようもなくなると。けれど、どうしても『今ある自分』を手放せない自分がいる。

 そんな自分に対し自嘲な笑みを浮かべる俺の中に流れ込んできたのは。

『水面に流れる和紙作りの燈籠。朧な光が水面に反射し、海へと流れていく。墨で以て和紙に書かれた名は、橘カナ』

 精霊流し。死者を死者と認め、その魂の安寧を願うある種の儀式。その光景。

 そうか、今日が。だから、橘カナは今日俺を呼んだのか。狂気が、巡る鎖が音を立てて軋んだ、そして緩んだ。それはありとあらゆるモノが偶然という名を借りて噛み合った必然。

 以前俺がここに迷い込んだ事すらも。

 だったら。

「まだ間に合うはずだろうが。お前は生きているんだからっ」

 叫びと共に渾身の力で鎖を引き千切る。呪縛が霧散した。これで俺の仕事はお仕舞い。あとは鳴阿遼二と橘カナの二人の領分だ。ここまま又悪夢を踊ろうと何かしらの決着をつけようとそれはもう俺には関係ない。

 ああ、一つ忘れていた。俺がいたことは忘れてもらわないと。覚えていたってお互い碌なことにはなりゃしない。

「ちょっと失礼」

 断りを入れて、鳴阿遼二の額に指を添える。

「これは……」

「深く考えなくていいよ。どうせ忘れて憶えちゃいないんだから。そうだね、一つだけ言っとこうか。今、まともに彼女が見えるだろ? 言いたい事聞きたい事があるなら今のうちだよ。後にも先にもこれ一回だけだから」

 そのまま、指を鳴らす。これで、完了。俺がここからいなくなれば、俺の事など憶えちゃいない。ひょっとすると夢を見ていた事すら。けど、それで十分じゃなかろうか。本当に大切な言葉は決して消えやしないんだから。

 出口をくぐる途中、橘カナが伏せ目がちな笑顔で俺に頭を下げているのを見た。確かに鳴阿遼二が好きになるのがわかる様な気がした。

 夢を出て、その場でへたり込む。削除し損ねた経験が体の中で渦を捲いている。やせ我慢も楽じゃない。

 世界が揺れる。世界が揺らぐ。世界が個人の認識に依って成り立っているならば、認識の変性は世界の変化と同一だ。そんなのは望みもしないから、なんとか排除しようと抵抗する。昔だったら喜んで受け入れていただろうけど、それは昔の話だ。
だから、断っておくならば。

 ここまでしたのは、決して二人に同情した訳でも、正義感なんてものに突き動かされたからでもない。

 あの時見せられたのは。悪夢の始まりのその初め。そう、本来ならば鳴阿遼二はあそこまで弱くはなかった。悲しみに暮れこそすれ、囚われてしまう程ではなかった。橘カナがそんな事を望んじゃいないとわかっていたのだから。それを狂わせたのは。

 影を纏った夢魔。いつか出会い、決着をつけなきゃいけないもう一人の俺。そいつが狂気の背中を押した。嵌りこんじゃいけない場所に狂った歯車を放り込んだ。

 俺がしたのは、人助けでもなんでもない。ただの尻拭いだ。それ以上でもそれ以下でもありえない。それだけのこと。

 ああ、文華の呼ぶ声が聞こえる。じゃ、そろそろ行くとしましょうか。守谷夢人が守谷夢人である為にも。

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