身体性・プライム-行動リンクの研究 -自己変容を中心に-


  近年,姿勢や感覚情報が社会的判断や社会的行動に影響を及ぼす身体性の研究が多く行われています.また,概念をプライムすることによって自動的に行動が生じるプライム-行動リンクの研究も多く行われています.しかし,身体性やプライム-行動リンクに関しては,再現できななど多くの疑問が持たれ,批判の対象となっています.しかし,私の研究室での研究を含め,多くの実験によってこの現象が起こることが示されており,現象として存在していることは否定できないと思います.問題とすべきなのは,どのような過程でこのような現象が起きているのかを明らかにし,起きると起きないときの境界条件を,実証研究によって明らかにすることだと考えています.

  そこで,科研費の補助を受けて(基盤研究(C)「社会的行動や社会的判断の自動性のメカニズムの解明-自己表象の変容の役割-」 研究代表者:沼崎誠, 課題番号:25380845),身体性とプライム-行動リンクの過程についての研究を行っています.特に,自己の変容の役割に焦点を当てて実証研究を行っています.

  具体的には,身体性に関しては,上(vs. 下)を向く姿勢が自尊心に及ぼす効果が,目の存在によって調整されるかの研究や,堅い-柔らかい感覚や温かさ感覚が,他者に対する判断ばかりでなく自己の判断にも影響を及ぼすかについて実証研究を行っています.プライム-行動リンクに関しては,恋人概念が閾下プライムによって活性化すると,ジェンダー・ステレオタイプに一致した行動が自動的に生じるか,また,その過程で自己ステレオタイプ化が起こっているかを明らかにする研究を行っています.

  今後は,身体性と状況の交互作用や手続き的知識のプライムについて検討を行っていきたいと考えています.

偏見・ステレオタイプの研究


  平成11年に男女共同参画社会基本法の制定・施行,および,男女雇用機会均等法の改正が実施され,ジェンダーに基づいた性役割的偏見や差別を無くしていこうという社会情勢にあります.このような中で「男女平等」ということを正面切って反対を唱えることは,特に若い人の間では少なくなってきています.また,ジェンダー差別をしないと自分自身を捉えている人も多いと思います.しかし,現実にはジェンダーに基づいた偏見や差別が若い人の間にも相変わらず存在することは否定できません.そこで,単純な質問紙法では現れてこない性役割的偏見や差別が,特定の状況においては顕在化してしまう理由や心理的過程を,また,そのような偏見や差別を女性側が受け入れてしまう心理的過程を,実験手法により明らかにしようとしています.

  具体的には,日本人男性の潜在的ジェンダー・ステレオタイプの内容と,その活性化と適用の様態を明らかにしようとしています.自己や内集団やシステムへの脅威や,通常では望ましい男女関係と考えられている異性愛関係がプライムされると,家庭志向女性,キャリア志向女性,家庭-キャリア両方志向女性への,「暖かさ」や「有能さ」に関する評価がどのように変化するかを検討しています.また,この評価の変化が,ステレオタイプの活性化により説明できるかを社会的認知研究の手法を用いて検討しています.

  また,日本人女性の潜在的ジェンダー・ステレオタイプの内容と機能も明らかにしようとしています.女性にとってのジェンダー・ステレオタイプの機能については,あまり検討されていませんが,高地位の女性はある種の状況では女性から強く嫌われるという現象はしばしば指摘されています.この現象を,自己や内集団やシステムへの脅威や異性愛関係がプライムされた状況で,この現象が出現するかどうかを検討することにより,この偏見現象の機能を検討しています.そして,この現象もステレオタイプの活性化により説明できるかを検討しています.

  さらに,自己ステレオタイプ化という心理過程によって,女性が自分自身に,自分や周りの男女が持っているステレオタイプを自分自身に適用することにより,結果的に偏見や差別を受容してしまう,ステレオタイプや偏見の維持過程についても検討しています.

社会的相互作用内での自己形成


 自己概念が社会的状況の中でどのように形成・維持・変容されるかを明らかにするために,自己に関する情報収集研究・自己呈示の効果に関する研究を行ってきています.

 自己に関する情報収集研究では,客観的基準があるときの意識的な情報選択を,高揚的情報収集行動・査定的情報収集行動・確証的情報収集行動を対比させながら,それら行動を規定する個人差要因及び状況要因を明らかにしてきました.

 自己呈示の効果に関する研究では,自己呈示が他者に与える効果の研究と,自己呈示が呈示者に与える効果の研究を行っています.自己呈示が他者に与える効果に関する研究としては,セルフ・ハンディキャッピングの効果,自己高揚/自己卑下的呈示の効果について検討しています.自己呈示の呈示者に対する効果に関する研究としては,セルフ・ハンディキャッピングが呈示者に与える効果,自己高揚的/自己抑制的呈示と外向的/内向的呈示が呈示者に与える効果を検討しています.

 また,自己呈示の呈示者に対する効果である「自己呈示の内在化」についてもデータを取っています.この自己呈示の内在化と呼ばれる現象は,従来は呈示対象者の反応を媒介とする第1の過程,認知的不協和や自己知覚といった私的な自己内の第2の過程が指摘されていました.この2つの過程に加えて,第3の過程-想定された受け手をを媒介とする過程,を考慮する必要があると考えています.これは呈示の場面にいない自分にとって重要な他者の反応を推測することによって生じる過程です.現在,この自己呈示の内在化の過程を,段階を追ってデータを取り精細に検討するためのデータを取っており,この過程をより明らかにしようと考えています.

 また,自己呈示行動の自動性についても研究を行っています.近年の社会心理学の研究では,目標的志向的行動が意識や意図の介在なしに自動的に生じることが示されるようになってきています.意図的な行動の典型であると考えられる自己呈示行動でも,関係性の手がかりが与えられるだけで自動的に生じるかについてデータを取っており,自己呈示的な女性の摂食行動が生じることを示すデータを得ています.

進化心理学の視点からの研究


 1980年代後半以降,知覚といったものばかりでなく,高度な心理メカニズムも進化の産物であり,この観点から人の思考・感情・行動を考える進化心理学という大きな流れが生じています.集団の維持には,人々が相互に情報を交換しながら印象を形成していく過程が重要であり,そのために言語が進化したという有力な説もあります.これまで行ってきた社会心理学での自己呈示や相互作用場面での印象形成研究の知見を生かして,この問題にアプローチしてみたいと考えています.

 具体的には,第一に,ハンディキャップを持った人の能力がどのように推測されるかの研究を行っています.ハンディキャップは能力の推測にネガティブな効果とポジティブな効果の両方を持つことが明らかになっていますが,進化生物学のハンディキャップ仮説を適用して,その過程をより明確にしていきたいと考えています.
 第二に,「社会集団を維持するために言語能力が進化的に獲得されてきた」と「性淘汰から男女では配偶行動や集団形成において注目する情報が異なる」という2つの進化心理学的仮定から,人々が相互に情報を交換しながら印象を形成していく過程に関わる実証可能な仮説を導きだし,会話の記憶を調べる実験社会心理学の手法を用いて検証していこうと考えています.このような研究を行うことにより,現在の重要な社会的行動の理解を深める契機となるばかりではなく,進化的歴史によって現在のヒトにビルトインされている心理メカニズムの一端を明らかにし,前記の大きな進化心理学的仮定について考えるための材料を提供することが期待できると思っています.
































最終更新:2020年05月05日 20:24