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*&color(#990000){【一話】『台風』猫虫 ◆5G/PPtnDVU} 6 名前:猫虫 ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 19:08:15.72 ID:rKZkpF2O0 [1/40] 【台風】1/2 Uという知り合いの農家さんから聞いた話だ。 台風が来ると「ちょっと田んぼの様子見てくる」のAAがよく貼られるが、農家さん達は本当にあんな感じで見回りに出かけてしまう。 危ないのは百も承知なのだが、一年分の収入が左右されるだけに、やはり気が気ではないのだそうだ。 特に、車に乗っていれば大丈夫だろうと考えて、多くの農家さんが軽トラに乗って暴風雨の中を出かけていく。 その日のUさんもそうだった。 夜半過ぎ、台風が間近まで迫る中、Uさんは自分の田へ見回りに出かけた。 その棚田は山懐に抱かれたような場所にあり、一番奥の田の縁には山の木々が迫っている。 田と田の間を走る未舗装の農道は軽トラがギリギリ一台通れる程度の幅で、山に突き当たった所で折り返し用の広場になっており、広場の一番奥からは山奥へと続く細い獣道が伸びている。 Uさんの田は奥から二枚目なので、普段は広場まで行って車を停めてから自分の田まで歩いて戻るのだが、深夜の時間帯に他に来る車もいなかろうと、その時はヘッドライトも点けっ放しで自分の田の脇にそのまま停車した。 田や水路の確認を終えて、Uさんが車に乗り込もうとした時。 何か気配を感じ、Uさんはヘッドライトの照らす先へと目を向けた。 光は広場の中ほどまで届いていたのだが、横殴りの雨に遮られて視界は悪い。 それでもじっと目を凝らして広場を見つめていると、高音の耳鳴りが始まった。 音自体は小さいのだが、それは雨音を相殺するかのように脳内で鳴り続け、その中でUさんの耳は聞こえるはずもない音をとらえた。 ベチャリ、ガサガサ。ベチャリ、ガサガサ。 濡れた土を踏みしめ、草木を揺らしながら、何かが山から下りてくる…そんな音が、ノイズを切り裂いて妙にクリアに響いてきた。 本能的な恐怖が肌を粟立たせ、悪寒が背中を駆け抜ける。 これはヤバイと感じたUさんだったが、逃げ出そうにも体が動かない。 音はどんどん近付いてくる。 獣道を下りきったのか、草木を揺らすガサガサという音は消え、ベチャリという音だけがゆっくりとしたペースで規則的に繰り返される。 7 名前:猫虫 ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 19:09:53.91 ID:rKZkpF2O0 [2/40] 【台風】2/3 やがて、ヘッドライトの光の端っこが照らす地面に、それはベチャリと右足をついた。 かなり遅れて、左足。 両足が揃うと、再び右足を踏み出す。 闇のように均一な黒色をした下半身が光の中に現れる。 見たくないのに、Uさんは視線を逸らす事ができない。 光の中に、ついに全身が現れる。 それは、ひどく太った人間のような形をした、泥の塊だった。 背丈は軽く2mを超えており、体を左右に大きく揺らしながら、左足を引きずるようにしてUさんの方へゆっくりと近付いてくる。 葉を付けたままの枝が体のあちこちから飛び出しており、それらが強風にあおられて ワサワサと震えていた。 目鼻も口も何もないのっぺらぼうの顔のど真ん中にも、大きな枝が斜めに刺さっていた。 ベチャッ、ズリズリズリ、という音を響かせながら、それは広場を通り抜けて農道の入り口へと足を踏み出した。 震えながら茫然とそれを見つめていたUさんだったが、次の瞬間、のっぺらぼうのそいつと目が合ったような気がした。 そいつは歩みを止め、ほんの少しだけ首を傾げてUさんをじっと見つめた。 Uさん曰く、その時がこれまでで一番ゾッとした瞬間だったという。 人間じゃない、と思ったのだそうだ。 見目形の明らかな異常さよりも、そいつの心とでもいうべき部分がUさんを凍りつかせた。 上手く言い表せないが、とした上で、Uさんはこう言った。 「感情が読み取れないとかじゃなく、感情が『なかった』んだよ、完璧に」 8 名前:猫虫 ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 19:10:18.40 ID:rKZkpF2O0 [3/40] 【台風】3/3 それを感じた瞬間、Uさんは自分の体が動く事に気が付いた。 急いで車に飛び乗り、エンジンをかけようとするが、手が震えてなかなかうまくかからない。 悪戦苦闘している最中、再び濡れた足音が聞こえ始めた。 (来てしまう、あいつが来てしまう!) ちっくしょう、つけよポンコツが!と悪態を吐いた直後、ようやくエンジンがかかった。 慌てて前を見ると、そいつはかなり近いところまで来ていた。 「ああああああ!」と叫びながら、Uさんは車を猛スピードでバックさせた。 幸いにも脱輪する事なくそのまま200m近くもバックのまま走り抜け、Uさんの軽トラは舗装された公道にお尻から飛び出した。 タイヤが悲鳴を上げるのも構わず乱暴にハンドルをきると、相当な速度超過で脱兎の如く逃げ帰った。 事故を起こさなかったのが不思議なくらいだった。 以来、台風が来てもUさんは夜の見回りへは行かなくなったそうだ。 【了】
*&color(red){【一話】『台風』猫虫 ◆5G/PPtnDVU} 6 名前:猫虫 ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 19:08:15.72 ID:rKZkpF2O0 [1/40] 【台風】1/2 Uという知り合いの農家さんから聞いた話だ。 台風が来ると「ちょっと田んぼの様子見てくる」のAAがよく貼られるが、農家さん達は本当にあんな感じで見回りに出かけてしまう。 危ないのは百も承知なのだが、一年分の収入が左右されるだけに、やはり気が気ではないのだそうだ。 特に、車に乗っていれば大丈夫だろうと考えて、多くの農家さんが軽トラに乗って暴風雨の中を出かけていく。 その日のUさんもそうだった。 夜半過ぎ、台風が間近まで迫る中、Uさんは自分の田へ見回りに出かけた。 その棚田は山懐に抱かれたような場所にあり、一番奥の田の縁には山の木々が迫っている。 田と田の間を走る未舗装の農道は軽トラがギリギリ一台通れる程度の幅で、山に突き当たった所で折り返し用の広場になっており、広場の一番奥からは山奥へと続く細い獣道が伸びている。 Uさんの田は奥から二枚目なので、普段は広場まで行って車を停めてから自分の田まで歩いて戻るのだが、深夜の時間帯に他に来る車もいなかろうと、その時はヘッドライトも点けっ放しで自分の田の脇にそのまま停車した。 田や水路の確認を終えて、Uさんが車に乗り込もうとした時。 何か気配を感じ、Uさんはヘッドライトの照らす先へと目を向けた。 光は広場の中ほどまで届いていたのだが、横殴りの雨に遮られて視界は悪い。 それでもじっと目を凝らして広場を見つめていると、高音の耳鳴りが始まった。 音自体は小さいのだが、それは雨音を相殺するかのように脳内で鳴り続け、その中でUさんの耳は聞こえるはずもない音をとらえた。 ベチャリ、ガサガサ。ベチャリ、ガサガサ。 濡れた土を踏みしめ、草木を揺らしながら、何かが山から下りてくる…そんな音が、ノイズを切り裂いて妙にクリアに響いてきた。 本能的な恐怖が肌を粟立たせ、悪寒が背中を駆け抜ける。 これはヤバイと感じたUさんだったが、逃げ出そうにも体が動かない。 音はどんどん近付いてくる。 獣道を下りきったのか、草木を揺らすガサガサという音は消え、ベチャリという音だけがゆっくりとしたペースで規則的に繰り返される。 7 名前:猫虫 ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 19:09:53.91 ID:rKZkpF2O0 [2/40] 【台風】2/3 やがて、ヘッドライトの光の端っこが照らす地面に、それはベチャリと右足をついた。 かなり遅れて、左足。 両足が揃うと、再び右足を踏み出す。 闇のように均一な黒色をした下半身が光の中に現れる。 見たくないのに、Uさんは視線を逸らす事ができない。 光の中に、ついに全身が現れる。 それは、ひどく太った人間のような形をした、泥の塊だった。 背丈は軽く2mを超えており、体を左右に大きく揺らしながら、左足を引きずるようにしてUさんの方へゆっくりと近付いてくる。 葉を付けたままの枝が体のあちこちから飛び出しており、それらが強風にあおられて ワサワサと震えていた。 目鼻も口も何もないのっぺらぼうの顔のど真ん中にも、大きな枝が斜めに刺さっていた。 ベチャッ、ズリズリズリ、という音を響かせながら、それは広場を通り抜けて農道の入り口へと足を踏み出した。 震えながら茫然とそれを見つめていたUさんだったが、次の瞬間、のっぺらぼうのそいつと目が合ったような気がした。 そいつは歩みを止め、ほんの少しだけ首を傾げてUさんをじっと見つめた。 Uさん曰く、その時がこれまでで一番ゾッとした瞬間だったという。 人間じゃない、と思ったのだそうだ。 見目形の明らかな異常さよりも、そいつの心とでもいうべき部分がUさんを凍りつかせた。 上手く言い表せないが、とした上で、Uさんはこう言った。 「感情が読み取れないとかじゃなく、感情が『なかった』んだよ、完璧に」 8 名前:猫虫 ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 19:10:18.40 ID:rKZkpF2O0 [3/40] 【台風】3/3 それを感じた瞬間、Uさんは自分の体が動く事に気が付いた。 急いで車に飛び乗り、エンジンをかけようとするが、手が震えてなかなかうまくかからない。 悪戦苦闘している最中、再び濡れた足音が聞こえ始めた。 (来てしまう、あいつが来てしまう!) ちっくしょう、つけよポンコツが!と悪態を吐いた直後、ようやくエンジンがかかった。 慌てて前を見ると、そいつはかなり近いところまで来ていた。 「ああああああ!」と叫びながら、Uさんは車を猛スピードでバックさせた。 幸いにも脱輪する事なくそのまま200m近くもバックのまま走り抜け、Uさんの軽トラは舗装された公道にお尻から飛び出した。 タイヤが悲鳴を上げるのも構わず乱暴にハンドルをきると、相当な速度超過で脱兎の如く逃げ帰った。 事故を起こさなかったのが不思議なくらいだった。 以来、台風が来てもUさんは夜の見回りへは行かなくなったそうだ。 【了】

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