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*&color(red){【二十二話】『脳内彼氏』猫虫 ◆5G/PPtnDVU} 84 名前:猫虫 ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/29(土) 22:16:02.20 ID:rKZkpF2O0 [22/40] 【脳内彼氏】 元カノと同棲していた頃の話。 俺の勤めてた会社と元カノの勤めてた会社は取引先同士で、互いの会社の人間とは幾らか面識があったので、家に帰ってからもよく仕事や職場の話をしていた。 その中でも特によく話題に上っていたのは、元カノの職場の先輩であるYという女性だった。 Yは当時、彼氏のいない30代半ばの独身女性だった。 女性の少ない職場だったせいもあるが、その部署の独身女性はYを含めても四人だけで、うち二人には彼氏がいた。 Yは自分と同じく彼氏のいない唯一の女性とだけ仲良くし、それ以外の社員に対しては男女問わず所謂『お局対応』だった。 ところが、その女性は昔の彼氏とヨリを戻して電撃結婚する事になり、相手の転勤に合わせて寿退社が決まった。 途端にYはその女性と一切口をきかなくなり、挙句に全員参加の送別会では開始五分で帰って場の空気を凍らせたそうだ。 寿退社の一件から半月ほど経った頃、Yは職場の女性達に突然すり寄り始めた。 これまではネチネチと嫌味ばかり言っていたYが妙に優しくなり、女性達は困惑した。 特に元カノのいたグループは何故かYのお気に入りとなってしまい、同期を中心とした若い仲間内でのランチに毎日あたりまえのように同席するようになった。 Yを避けてグループは次第に細分化されていき、二三人ずつの組み合わせで去っていったが、取り残された元カノと通称『天然さん』という女性は最後までYの標的となってしまった。 ある日のランチタイム、天然さんが持ち前の天然っぷりを発揮して、誰も聞けなかった質問をYにぶつけた。 「Y先輩、最近急に優しくなりましたよねー。なんかあったんですかー?」 Yは無遠慮な質問に腹を立てるどころか、待ってましたとばかりに話し始めた。 「やだ、分かる?最近彼氏ができてね、ちょっと幸せオーラ出ちゃってるのかも!」 会社帰りのYをナンパしてきたというその相手は開業医の一人息子で、三つ年下のイケメンなのだそうだ。 やっぱ女性は愛されてこそなんたらかんたらと、Yは昼休みが終わるまで延々と熱弁を振るったらしい。 85 名前:猫虫 ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/29(土) 22:18:23.59 ID:rKZkpF2O0 [23/40] それからというもの、Yはランチタイムの度に毎日毎日のろけ話を延々と語るようになった。 いつもプラス思考の天然さんも、さすがにこの事態には相当落ち込み、「ほんとごめんね…私、パンドラの箱を開けちゃったみたい」と元カノに謝った。 毎日飽きもせずのろけ話を繰り返していたYだったが、しばらくすると話の内容に変化が生じ始めた。 曰く、別の男性(イケメン弁護士)からも猛烈なアプローチを受けて二股状態になった、との事。 どっちもすっごい愛してくれてるから選べなくて、などと嬉々として語るY。 無論、内容がどう変わろうとも元カノと天然さんのウンザリ度は変わるはずもなく、二人は作り笑顔を必死に貼り付けた顔で適当に相槌を打っていた。 その空気を感じ取ってか、Yはしきりと「あなた達はどう思う?」「あなただったら何て答える?」などと話を振ってくるようになり、当時の二人のストレスは相当なものだった。 しばらく経つと、今度は四股になりかけて困っていると言いだした。 某俳優と某ジャニーズに似た男性二人から、またしても言い寄られたのだという。 これまでは半信半疑ながらも一応はYの話を信じていた元カノと天然さんだったが、ここにきて「これは明らかにおかしい」と感じ始めた。 次々に繰り出されるYと男達のエピソードも、どんな乙女ゲーだよとツッコミたくなるような内容ばかりだった。 そりゃ、人にはモテ期もあるだろうが、得てしてそれは何らかの変化に伴って始まるものだと思う。 『痩せた』『服や化粧を変えた』『進学や就職などで新しい人間関係が始まった』等、何かしらのきっかけがあってこそモテ始めるものだ。 だが、Yは女性社員へのお局対応をやめた以外、これまでと何ら変わった様子はない。 容姿も『地味』を体現したような雰囲気のままで、相変わらずぽっちゃりをだいぶ通り越してもいた。 勿論そういう女性に目がない男もいるわけだが、ほんの三カ月足らずの間にそういう趣味嗜好をもつイケメン高学歴の男ばかりが突然集まりだすというのは考えにくい。 出会いが婚活パーティーなどであれば多少なりとも話は違うのかもしれないが、なぜか四人ともYをナンパしてきたのが始まりだというのだから、さすがにちょっと無理がある気がする。 86 名前:猫虫 ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/29(土) 22:22:17.59 ID:rKZkpF2O0 [24/40] どんな話でも、あまり盛りすぎれば当然ボロが出る。 話が五股になったあたりから、Yのモテ自慢は急激に辻褄が合わないものになっていった。 Aとの思い出が数日後にはBとの思い出に変わっていたり、Cの実家が六本木から代々木に移動していたり、取り繕えば取り繕う程さらに矛盾が増えていった。 Yが今後どう話の収拾をつけていくのか、この頃には元カノも結構面白がっていた。 やがてYは六股目の男を登場させ、その男一人に決めて他の五人とは別れることにした、と言い出した。 広げすぎた風呂敷の畳み方としては悪くない設定だと俺も元カノも思った。 だが、今になって思えば、これこそ彼女が語った唯一の真実だったのかも知れない。 形はどうあれ、彼女はその男に人生を捧げる事になるのだから。 本命を決めたYは、これまでのようにのろけ話を延々と語るような事はしなくなった。 下手に話してボロが出るのを恐れているのかとも思ったが、「彼の事が大事だから、あんまり軽々しく話したくないの」と笑うYは本当に恋をしている顔だった、と元カノは言っていた。 綺麗に化粧をし、明るい色柄の流行りの服を着るようになり、少しずつ痩せてきているようでもあった。 ただ、その一方で何故か仕事のミスが増えていき、上司にこっぴどく叱られる姿をよく目にするようになった。 一度、さすがにちょっと可哀想と思った天然さんが声をかけたらしいが、「いいの、夜になれば彼に会えるから全然平気」と幸せそうに笑っていたという。 本命決定宣言から二カ月もすると、Yは見違えるほど細身になっていた。 だが、目の下には化粧で隠せないほどのクマができ、頬はこけ、どう見ても健康的な痩せ方ではなかった。 同僚達は無理なダイエットや病気を心配したが、Y本人は別にダイエットもしてないし元気だと言って一向に取り合わなかった。 しかし実際、常に上の空でまともに仕事をこなせず、出先で貧血を起こして倒れたりもするような状態だった。 87 名前:猫虫 ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/29(土) 22:25:24.17 ID:rKZkpF2O0 [25/40] ある日、事態を重く見た上司に今すぐ健康診断に行けと厳命され、Yは病院へ行くため出勤直後に退勤した。 そして、それきり会社には二度と来なかった。 三日後に上司がYの住むアパートを訪れたのだが、Yはチェーンをかけた状態のドアを少しだけ開けて応対し、近日中に辞表を郵送するとだけ言ってドアを閉めてしまったらしい。 その日の夜に元カノと天然さんもアパートへ見舞いに行ったのだが、どれだけ呼びかけてもYは出てこなかったそうだ。 数ヵ月後、俺と元カノはクリスマス一色になった新宿をぶらぶら歩いていた。 マルイの前まで来た時、「あっ」と小さく叫んで急に元カノが足を止めた。 向こうからふらつきながら歩いてきた女性も、彼女に気付くと同じく足を止め、小さく手を振った。 ガリガリに痩せこけたその女性は、Yだった。 「久しぶりね、元気だった?」 街に流れるクリスマスソングに掻き消えそうな小さな声でYは元カノに話しかけてきた。 仕事で面識があったので俺にも挨拶をしてくれたが、実際ほとんど聞き取れないほど弱々しい声だった。 異常なほど厚着をしているせいで体は膨らんで見えたが、そのぶん骨と皮しかないような顔の異様さが目立っていた。 一体どうしちゃったんですか、体は大丈夫なんですか、今どこでどうしてるんですか、と元カノは矢継ぎ早に質問を並べたが、Yはそれには答えず、うふふと笑ってからこう言った。 「あのねぇ、私、今とっても幸せなの」 「え…あの、幸せって…?」 怪訝な顔で元カノが聞くと、Yは左手の手袋を外して骨ばった手を差し出した。 「ほら、見て。先週もらったのよ。彼、一緒になろうって言ってくれたの」 88 名前:猫虫 ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/29(土) 22:28:55.62 ID:rKZkpF2O0 [26/40] Yが嬉しげに右手の指でいじってる左手の薬指には、指輪も何もついてはいなかった。 そんなYの姿に、俺は背筋が凍るような悪寒を感じた。 隣で元カノも絶句していた。 そんな俺達の様子に気付くと、Yは手袋をはめ直しながら真顔になり、「あなたたちには見えないのね」と低い声で呟いた。 一瞬の後、再び満面の笑みをこちらに向け、妙に明るく弾んだ声で続けた。 「いいのよ、私には見えるから。指輪も、彼も、私にはちゃんと見えてるんだもの。クリスマスに彼と一緒になるんだから。もうすぐよ、本当にすぐよ」 じゃあね、と言い残してふらつく足取りで去っていくYの後ろ姿を茫然と見送りながら、元カノはYの言った言葉を反芻した。 「今、『彼も』って言ったよね…」 俺も同じ部分が気になっていたが、元カノには「聞き間違えじゃない?声、小さかったし」と返した。 俺達には見えない『彼』と『一緒』になる、なんて事は考えたくなかった。 その後、Yがどうなったのかは分からない。 Yに会った二日後には元カノと天然さんが再びアパートを訪れたのだが、すでに部屋は引き払われていて空室だったそうだ。 クリスマスから年末にかけては訃報が入るんじゃないかと内心怯えながら過ごしたのだが、結局その後も元カノの会社にそういった連絡は入らなかった。 Yが霊的なものに取り憑かれていたのか、単に正気を失っていただけなのか、今はもう確かめようもない。 ただ、人が短期間でこれほどまで壊れてしまったという事実が俺は本当に怖かった。 【了】

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