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137 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 23:57:42.11 ID:WCE2gmw+0 [21/22] 【37話】スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw 様 『誘(いざな)われたら気をつけて』  俺はかつて駆け出しのライダーだった頃、地元のバイクショップが主催するツーリングクラブに所属していた。そこで俺はバイクのメンテナンスやツーリングのノウハウを 諸先輩の皆様に色々と叩き込まれたものだ。そうした先輩の一人にNさんという方が居た。  飄々としたいでたちのそのNさんはひと口で言えばホント『いいひと』。  つまらない相談にも笑顔で接してくれる上に、クラブの新参者で年下で、しかも中型バイクまでしか乗れない俺にすら、いつも敬語で受け答えしてくれたものだ。  とある春の日に、ショップのテーブル越しに彼が語ってくれたのが以下のお話。  大型免許取りたてだった頃のNさんは、1週間程度のスケジュールで東日本をのんびりと旅した事があったらしい。そして道行きには、彼の友人の住む地に立ち寄り旧交を 温めるというプランも含まれていたそうだ。  それは、まさにその旧友の実家に立ち寄らんとしていた時の出来事であったと言う。  盛夏の深夜、Nさんを乗せたカワサキGPZ900Rは、心地良いエキゾースト・ノートを奏でながら緩やかなカーブの続く路上を疾走していた。  開通したてであるとのその道路は、路面の各種表示も綺麗に真っ白真黄色、アスファルトはひび一つ無い濡れ羽色、雨でも降れば湯気のひとつも立ちそうなそれこそ文字 通りの『ヴァージン・ロード』だったそうだ。自然とNさんの心も躍る。 「気持ちのいい道だなあ。この分なら早朝にはあいつの街に着けるかもな」  その時、Nさんの目には前方で扇状に揺れる赤い灯が見えた。  細かく点滅する光源に近づくにつれ、それが道路工事における片側一車線規制の交通誘導員が振る誘導棒の生み出す赤色灯である事が判ったNさん。  ちなみに『片側一車線規制』とは、中央線を挟んで上下を通過出来る車両が一台分ずつの道路の片側どちらか一方で路面工事などの作業が行われている場合、作業中の 車線を通過しようとする車両をとうせんぼしてから反対車線の交通状況を確認後、一時的に反対車線での通行を促して工事区間終了後に本来の車線へと復帰させる規制の 事であるッ!…って、頭じゃ判ってても文字に起こすと何言ってるのか判んない状況ですね。ですからあんまり鵜呑みにしない方がいいです、責任持てませんので…閑話休題 138 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 23:59:20.73 ID:WCE2gmw+0 [22/22] 「開通してさほど経って無いってのに、この真夜中に保守作業か何かかな…大変だなあ」 扇状に振られていた手の動きを止め、頭上に誘導棒をピタリと静止させた誘導員の数メートル手前まで 徐々に減速してゆくNさん。それに伴い愛車GPZのエンジン音も、まるで鍋物でも煮ているかの様なアイドリング時のそれに変わってゆく。  そんなNさんに今度は深々と頭を下げる誘導員。  バイクを停車させたまではよかったものの、Nさんはちょいと首を捻った。  それも当然、通常ならば派手な注意標識や進路指示灯、そして何よりも五月蠅い作業音がこれでもかとばかりに自己主張する工事現場が前方に見える筈であるのに、そこには静寂に包まれた 深夜の暗がりしか広がっていなかったわけなのだから。 「してみりゃ、誘導員の前に『○○メートル先工事中』の看板、あったっけか?」  そんなNさんの心中を知ってか知らずか、今度は誘導員は頭上にかざしていた誘導灯を自分の体と平行に、下半身沿いの半弧を描く形で進行方向へと向けて何度も何度も振り流す。これは 常識的に考えると、勿論『青信号』と同等の意味を有するジェスチャーだ。 『え、いいの?対向車両はまだ一台も通過して無いんだよ。いいの?』  前方を指さしながらフルフェイスのバイザーを開き、アイコンタクトを試みるNさん。 誘導員はそんなNさんを一瞥し、薄明かりの下でその表情までは窺い知れなかったものの、確かにこくりと頷いた。 「本当にいいのかなあ」  納得いかぬ気持ちのまま、Nさんのバイクは対向車線へと躍り出てゆく。  走り出してから十数秒、左車線をいくらチラ見しても相変わらず工事の『こ』の字も窺えない。ただのっぺりとした路面だけが、青白い道路照明灯にぼんやりと照らされているのみである。  不可解な誘導員の存在に対する疑念が心中を支配していたせいか、Nさんの集中力は若干弛緩していたのであろう。けたたましいクラクションの響きでふと気がつくと、彼の僅か前方には猛然と 迫り来る一対の馬鹿でかいヘッドライトが目映い銀光を放っていた。 139 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/30(日) 00:00:24.13 ID:ujnfAOrg0 [1/23] 「…うぉっ!」 『視覚情報が脳みそに届く前に、反射的に舵切ってました』とは後日のNさんの弁。間一髪で本来の走行車線へ流れた彼をあざ笑うかの如く、轟音と共に傍らをすれ違ってゆく大型貨物…。 「あのまま行ってたら、逝ってたわ。しかしあの立ちんぼ野郎、どこの誰だか知らないがこんな辺鄙な山ん中でタチの悪い悪戯しやがって…」  本来は温厚である筈のNさんの怒りは、翌日彼の友人に会うまで治まる事は無かったそ うだ。 「…しかしな、お前の『こっち来る時はこの道来いよ。出来たてのホヤホヤだから走り心地いいと思うよ』ってな台詞を真に受けて、えらい目に遭いそうになったぞ」  Nさんの愚痴をひと通り聞いていた彼の友人は、一部始終を聞き終えて口を開いた。 「悪い事したなあ。お前が言ってたその場所で、ちょうど開通する一年ほど前に工事作業車の誘導してたおっさんが、よろけたはずみでダンプに巻き込まれちゃったんだそうだよ。炎天下の 誘導だったから頭がボーッとしちゃってたのかもって事で、現場の安全管理ミス含めてこっちじゃ当時、さんざんニュースで取り上げられてたもん。それかもな」 「それかもなってお前、あっさり…ってか、それ知ってたんなら何でそんな道を俺に!」「仕方ないだろ、俺だってそんなもんが出るなんてのは初耳だもの。しかしまた何でだろうね、昔の現場が 懐かしくて出ただけならともかくその誘導員、ひょっとしたら寂しくてお前をこの世じゃないどこかへ誘導しようと…」 「やめてくれよお…」  先程までの腸の煮えくり返りもどこへやら、終いにはすっかり涙目のNさんだったそうで…。 140 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/30(日) 00:01:52.63 ID:ujnfAOrg0 [2/23] 「…それでですね、俺ってビビリなもんだから、帰りは不案内ながらも別ルート駆けて来たんですよ。そこでもかなり怖い思い、しましてねえ」 「そいつは大変でしたねNさん、口調が稲川淳二ですよ。それからどうしました?」  そこまで話し終えた後、トレードマークのバンダナ頭を掻くNさんのネクスト・ストーリーに更なる興味が湧いた俺。 「別ルートも同じく深夜走行を余儀なくされたんですよ。そしたら漆黒の闇の中、延々と砂利道の続く九十九折れの山道でしょ…ちょっと気を抜けば谷底ですよ、谷底!ようやっと 舗装路に出たら今度は対面から威勢のいい四輪の走り屋どもが中央車線はみ出して特攻紛いのコーナリングして来るしで、あの晩何度死にかけましたかね俺」 「…ひょっとして、今ここにいるのは本当に生きてるNさんなんですか?はははは」  おちゃらけてテーブルの下を覗き込み、足の有無を確かめる素振りの俺にNさんは少し唇の端を歪める。 「笑いごとじゃありませんよ。ホントにあの誘導員、どうせなら他人の迷惑顧みねえあの走り屋どもの前に化けて出て、奴らをまとめてあの世へいざないやがれってんだよ。使えね 野郎だぜ、全く…」 『Nさんのその喋り方、面前で初めて聞いた!』  前半と後半との彼の口調の見事なギャップがやたらと可笑しかった半面、ちょっとNさんの本性が垣間見えてどことなく怖い気がした春の夕暮れだった…。 【了】
137 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 23:57:42.11 ID:WCE2gmw+0 [21/22] 『誘(いざな)われたら気をつけて』  俺はかつて駆け出しのライダーだった頃、地元のバイクショップが主催するツーリングクラブに所属していた。そこで俺はバイクのメンテナンスやツーリングのノウハウを 諸先輩の皆様に色々と叩き込まれたものだ。そうした先輩の一人にNさんという方が居た。  飄々としたいでたちのそのNさんはひと口で言えばホント『いいひと』。  つまらない相談にも笑顔で接してくれる上に、クラブの新参者で年下で、しかも中型バイクまでしか乗れない俺にすら、いつも敬語で受け答えしてくれたものだ。  とある春の日に、ショップのテーブル越しに彼が語ってくれたのが以下のお話。  大型免許取りたてだった頃のNさんは、1週間程度のスケジュールで東日本をのんびりと旅した事があったらしい。そして道行きには、彼の友人の住む地に立ち寄り旧交を 温めるというプランも含まれていたそうだ。  それは、まさにその旧友の実家に立ち寄らんとしていた時の出来事であったと言う。  盛夏の深夜、Nさんを乗せたカワサキGPZ900Rは、心地良いエキゾースト・ノートを奏でながら緩やかなカーブの続く路上を疾走していた。  開通したてであるとのその道路は、路面の各種表示も綺麗に真っ白真黄色、アスファルトはひび一つ無い濡れ羽色、雨でも降れば湯気のひとつも立ちそうなそれこそ文字 通りの『ヴァージン・ロード』だったそうだ。自然とNさんの心も躍る。 「気持ちのいい道だなあ。この分なら早朝にはあいつの街に着けるかもな」  その時、Nさんの目には前方で扇状に揺れる赤い灯が見えた。  細かく点滅する光源に近づくにつれ、それが道路工事における片側一車線規制の交通誘導員が振る誘導棒の生み出す赤色灯である事が判ったNさん。  ちなみに『片側一車線規制』とは、中央線を挟んで上下を通過出来る車両が一台分ずつの道路の片側どちらか一方で路面工事などの作業が行われている場合、作業中の 車線を通過しようとする車両をとうせんぼしてから反対車線の交通状況を確認後、一時的に反対車線での通行を促して工事区間終了後に本来の車線へと復帰させる規制の 事であるッ!…って、頭じゃ判ってても文字に起こすと何言ってるのか判んない状況ですね。ですからあんまり鵜呑みにしない方がいいです、責任持てませんので…閑話休題 138 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 23:59:20.73 ID:WCE2gmw+0 [22/22] 「開通してさほど経って無いってのに、この真夜中に保守作業か何かかな…大変だなあ」 扇状に振られていた手の動きを止め、頭上に誘導棒をピタリと静止させた誘導員の数メートル手前まで 徐々に減速してゆくNさん。それに伴い愛車GPZのエンジン音も、まるで鍋物でも煮ているかの様なアイドリング時のそれに変わってゆく。  そんなNさんに今度は深々と頭を下げる誘導員。  バイクを停車させたまではよかったものの、Nさんはちょいと首を捻った。  それも当然、通常ならば派手な注意標識や進路指示灯、そして何よりも五月蠅い作業音がこれでもかとばかりに自己主張する工事現場が前方に見える筈であるのに、そこには静寂に包まれた 深夜の暗がりしか広がっていなかったわけなのだから。 「してみりゃ、誘導員の前に『○○メートル先工事中』の看板、あったっけか?」  そんなNさんの心中を知ってか知らずか、今度は誘導員は頭上にかざしていた誘導灯を自分の体と平行に、下半身沿いの半弧を描く形で進行方向へと向けて何度も何度も振り流す。これは 常識的に考えると、勿論『青信号』と同等の意味を有するジェスチャーだ。 『え、いいの?対向車両はまだ一台も通過して無いんだよ。いいの?』  前方を指さしながらフルフェイスのバイザーを開き、アイコンタクトを試みるNさん。 誘導員はそんなNさんを一瞥し、薄明かりの下でその表情までは窺い知れなかったものの、確かにこくりと頷いた。 「本当にいいのかなあ」  納得いかぬ気持ちのまま、Nさんのバイクは対向車線へと躍り出てゆく。  走り出してから十数秒、左車線をいくらチラ見しても相変わらず工事の『こ』の字も窺えない。ただのっぺりとした路面だけが、青白い道路照明灯にぼんやりと照らされているのみである。  不可解な誘導員の存在に対する疑念が心中を支配していたせいか、Nさんの集中力は若干弛緩していたのであろう。けたたましいクラクションの響きでふと気がつくと、彼の僅か前方には猛然と 迫り来る一対の馬鹿でかいヘッドライトが目映い銀光を放っていた。 139 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/30(日) 00:00:24.13 ID:ujnfAOrg0 [1/23] 「…うぉっ!」 『視覚情報が脳みそに届く前に、反射的に舵切ってました』とは後日のNさんの弁。間一髪で本来の走行車線へ流れた彼をあざ笑うかの如く、轟音と共に傍らをすれ違ってゆく大型貨物…。 「あのまま行ってたら、逝ってたわ。しかしあの立ちんぼ野郎、どこの誰だか知らないがこんな辺鄙な山ん中でタチの悪い悪戯しやがって…」  本来は温厚である筈のNさんの怒りは、翌日彼の友人に会うまで治まる事は無かったそ うだ。 「…しかしな、お前の『こっち来る時はこの道来いよ。出来たてのホヤホヤだから走り心地いいと思うよ』ってな台詞を真に受けて、えらい目に遭いそうになったぞ」  Nさんの愚痴をひと通り聞いていた彼の友人は、一部始終を聞き終えて口を開いた。 「悪い事したなあ。お前が言ってたその場所で、ちょうど開通する一年ほど前に工事作業車の誘導してたおっさんが、よろけたはずみでダンプに巻き込まれちゃったんだそうだよ。炎天下の 誘導だったから頭がボーッとしちゃってたのかもって事で、現場の安全管理ミス含めてこっちじゃ当時、さんざんニュースで取り上げられてたもん。それかもな」 「それかもなってお前、あっさり…ってか、それ知ってたんなら何でそんな道を俺に!」「仕方ないだろ、俺だってそんなもんが出るなんてのは初耳だもの。しかしまた何でだろうね、昔の現場が 懐かしくて出ただけならともかくその誘導員、ひょっとしたら寂しくてお前をこの世じゃないどこかへ誘導しようと…」 「やめてくれよお…」  先程までの腸の煮えくり返りもどこへやら、終いにはすっかり涙目のNさんだったそうで…。 140 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/30(日) 00:01:52.63 ID:ujnfAOrg0 [2/23] 「…それでですね、俺ってビビリなもんだから、帰りは不案内ながらも別ルート駆けて来たんですよ。そこでもかなり怖い思い、しましてねえ」 「そいつは大変でしたねNさん、口調が稲川淳二ですよ。それからどうしました?」  そこまで話し終えた後、トレードマークのバンダナ頭を掻くNさんのネクスト・ストーリーに更なる興味が湧いた俺。 「別ルートも同じく深夜走行を余儀なくされたんですよ。そしたら漆黒の闇の中、延々と砂利道の続く九十九折れの山道でしょ…ちょっと気を抜けば谷底ですよ、谷底!ようやっと 舗装路に出たら今度は対面から威勢のいい四輪の走り屋どもが中央車線はみ出して特攻紛いのコーナリングして来るしで、あの晩何度死にかけましたかね俺」 「…ひょっとして、今ここにいるのは本当に生きてるNさんなんですか?はははは」  おちゃらけてテーブルの下を覗き込み、足の有無を確かめる素振りの俺にNさんは少し唇の端を歪める。 「笑いごとじゃありませんよ。ホントにあの誘導員、どうせなら他人の迷惑顧みねえあの走り屋どもの前に化けて出て、奴らをまとめてあの世へいざないやがれってんだよ。使えね 野郎だぜ、全く…」 『Nさんのその喋り方、面前で初めて聞いた!』  前半と後半との彼の口調の見事なギャップがやたらと可笑しかった半面、ちょっとNさんの本性が垣間見えてどことなく怖い気がした春の夕暮れだった…。 【了】

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