314 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 05:14:35.53 ID:AgCPeYID0 [78/97]
【93話】かぐら ◆Ccp.OZqu04w2 様
『ターゲット』

10年ぐらい前に私が聞かせてもらった話なんですけどね。

このかた、某市で看護師をされてる女性だったんですが、霊感があるっていうんです。
病院なんかに勤めていると、実に様々なものがみえるらしいですね。
で、あまりにみえすぎるものだから、もう慣れっこだった。

話というのは何かというと、この女性の住んでる街から私の街の方へ向かうのに幾つかルートがある。
有料区間を使わない、A峠という場所を通る狭くて暗い峠道のことなんですがね。
私の界隈でも、結構ここは怖い話があるよなんて教えてくれる人がいるんですが。
この女性も過去に何度か通っていて、おかしなことが幾つかあったっていうんです。
ところが、彼女にとってはどれも日常で起こる些細な出来事の延長ぐらいのもんだった。

「ただねえ、あれだけは怖かったよ」

妙に楽しそうに私に話してくれたのは、あるとき例によってその峠を車で通ったときのことなんですね。
まあ、慣れているとはいえあんまり気持ちのいい場所じゃないんで、本当は通りたくないんだけど、
何かの事情でどうしても通らなきゃいけなくて、夜のA峠をたった一人で車で飛ばしたっていうんです。
そしたら、もう頂上かその付近へ着くかぐらいのところで、
誰も乗っていないはずの後部座席から人の息遣いを感じる。
明らかに何者かがそこにいる気配がする。
誰も乗せてきていないし、出発してから車も停めてない。

この世の者ではない。
すぐにそう感じました。
だけど彼女、慣れてるもんだから、

――ああ、今度は何か乗ってきちゃったか。

315 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 05:15:29.93 ID:AgCPeYID0 [79/97]
そのぐらいのもんです。
でも後部座席の“なにか”が、ゆ っ く り と運転席の自分のほうへ顔を近づけてくるのがわかった。
どんな奴なんだろう。
彼女、不意にそう思ったそうです。よし、正体みてやろうと思って、スピードを若干緩めた。
緩めながら、ルームミラー越しに、その何かに目をやった。

途端、

う゛う゛う゛っ!!!

全身がぞくっとして、体が固まってしまったそうです。


後部座席に乗ってたそれ。
人だったそうです。
ただそれ、正確には、この世に存在してはいけないヒトだった。
それ、自分とまったく同じ顔・姿・格好をした、ナニカなんです。
もう一人の自分が、後部座席に座って、ミラー越しに自分のほうをじぃ~っと睨んでる。
その顔がなおも、ぐぐっと自分のほうへ寄ってくるのがわかる。

――やばいやばいやばいやばいどうしようどうなっちゃうんだろう。

色々みてきたけれども、とうとう“自分自身”が出てきてしまった。
これはまずい。初めてそう感じたそうです。
ハンドルを握る手をガタガタ震わせていると、その顔がもう自分の斜め後方すぐ傍にある。
その口が、彼女の耳元までぐっと近づいてきて。

「お ま え だ れ だ。わ た し は ふ た り も い ら な い ん だ よ」

あまりの恐怖に目の前が真っ暗になって、そこから目的地の駐車場までの道程の記憶があまり無いそうです。
しかし、ともかく事故にも遭わず無事に辿り着いた。

316 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 05:16:57.67 ID:AgCPeYID0 [80/97]
「あれだけは怖かったね」

彼女、私にそんな具合に話してくれました。

でもこの話、続きがあったんです。
正確には、後になって、私の頭の中で何かが弾けて引き出されたというかな。
仕事中だったんですけどね、何かの拍子に、女性に聞かせてもらったその話がふっと頭をよぎったんです。
妙に楽しそうに私に語ってくれたその彼女。
そう、その顔を目の奥で思い浮かべたとき、あることに気が付いたんです。
瞬間、ぞくっとしました。

私に向かって実際にその話をしてくれた、看護師の彼女。
それ、
後部座席に座っていたほうの彼女だったんじゃないかな。
そう思ったんですよね。

これ、理屈とかそういうの抜きにですよ。
いわゆる第六感的な何かとでもいうんでしょうかね、それが核心だよと訴えてくるんです。
だけど、もしそれが、私の感覚が正しくてその通りだったとしてですよ。
元の彼女、
一体どこへ行ってしまったんですかね?

【了】
最終更新:2016年06月24日 00:31