320 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 05:22:32.06 ID:AgCPeYID0 [82/97]
【九十五話】むよ ◆XNr1qS4uc 様


私は、あまり大きくない病院に事務として勤務しています。ベッド数は100床程度ですが療養型もあるため、入院している患者さんの8割は高齢者です。また、介護付き有料老人ホームやグループホームとも提携しているので、外来に来る患者さんも6割が後期高齢者です。
ほぼ毎日、入院患者の1人か2人は亡くなっています。また、提携施設より急患として搬送されますが、実際は医師が死亡確認のみ行う場合もあります。
あれは、私が遅番担当の日でした。遅番は他の事務の者が定時で上がった後、1時間ほど残って、夜間の事務当直に引き継ぎを行わななければなりません。
その日は他の職員は残業せず、皆が早々に定時上がっており、事務室内にいるのは私だけでした。それまで特に電話や来院者もおらず、外来廊下や事務室内はとても静かでした。
あと30分程で事務当直が来るので、それまで自分の仕事をしようとPCの前に座っていると、急に電話が鳴りました。
電話に出てみると、近くの救急隊からの収容依頼でした。患者は提携施設に入居している男性の高齢者で、呼吸も弱くサチュレーションもかなり低下しているとのことでした。
時間外の対応マニュアル通り、この時間帯だと技師が不在のためレントゲンやMRIは取れないこと、特別な検査等も出来ないことを救急隊に伝え、それでも来院希望なのか確認しました。
救急隊は、とにかく医師に診察してもらいたいとの希望でしたので、当直の医師にその旨を伝え、当院にて収容となりました。
あと10分程度で到着するとのことだったので、急いでカルテを探し遅番担当の看護師に連絡して、救急処置室の鍵を開けに行きました。
救急処置室は外来診察室の裏手になり、入院患者も通院患者も殆ど通らない場所にあります。
しばらくすると救急車のサイレンが玄関前で止まり、救急隊が到着したのがわかりました。
救急隊から患者搬送票を受けとり、救急治療室に案内しました。
救急隊員の1人は患者に心臓マッサージを行っており、患者の顔色的にもう駄目っぽいことがわかりました。
しかし来院していることはしているので、医師が診察しなければなりません。
救急処置室にいた看護師と医師に引き継ぎ、自分は事務処理の為事務室へと戻りました。

321 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 05:24:28.47 ID:AgCPeYID0 [83/97]
戻る途中、救急隊員に付き添いはいないのか確認しました。施設に入居している人が搬送された場合、その施設のスタッフが付き添いで来ることが殆どです。
しかし、救急隊員が言うには、施設のスタッフは後から別の車で来ること、患者に身寄りはなく近くに知り合い等もいないとのことでした。
よろしくお願いします、の言葉とストレッチャーと共に、救急隊員は帰っていきました。
蘇生するにしてもしないにしても、会計は発生します。遅番の自分はその処理をしなければなりません。事務室に戻り十数分が過ぎたころ、内線が鳴りました。
出てみると、処置室の医師からでした。駄目だったので死亡診断書を作成する、用紙を持ってきて欲しいとのことです。
ブランクの診断書を用意して、処置室に向かいます。外来廊下に、自分の足音が響きます。
処置室の扉を開けると部屋の奥にストレッチャー、その上に患者さんだった方がいます。
更に、その横たわった体の頭のすぐそばに、1人のお婆さんがいました。こちらに背を向け腰を曲げ、患者さんだった方の顔と触れあわんばかりに、自分の顔を寄せていました。
白髪の髪をお団子に結っており、それが乱れて後れ毛が飛び出ていました。
黄色い地に大きな花柄のワンピースとその白髪頭が不似合いで、思わずじっと見てしまいました。
肝心の医師も看護師も処置室にはおらず、早々に書類処理がしたい自分としては、少しイラッとしてしまいました。そのまま処置室のドアを閉め、医師のPHSにコールしてみました。
医師は外来診察室の一室にいるとのこと、私は足早にその診察室に向かいました。医師に用紙を渡して、医師が処置内容を記載したカルテを受けとり、事務室に戻りました。
PC にて会計処理をしながら、先ほど処置室で見かけたことを思いだしました。
外来廊下は救急隊員と自分しか通ってないはずだし、救急車に同乗していた付き添いもいなかったはずです。入院患者さんは大抵お仕着せの寝間着を着ているはずだし…
この世のものではなかったのか?
もしも生きている人にだったとしても、なぜそんなに顔を寄せる必要があるのか?
疑問に思いながらも、患者さんだった方が生保だったことを確認し、ホッとしました。生保なら、診療費を取りっぱぐれることはありませんから。

(終)
最終更新:2016年06月24日 00:32