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【十九話】『オフィス街の焼き鳥屋』キツネ様◆8yYI5eodys


72 名前:猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/29(土) 21:30:29.56 ID:rKZkpF2O0 [18/40]
【19話】キツネ様◆8yYI5eodys 様
『オフィス街の焼き鳥屋』

蒸し暑い夜が続きます今日この頃。
こんな晩はキンキンに冷えたビールが恋しいものでございます。
炭火で香ばしく焼き上げた熱々の焼き鳥も一緒に、如何でございましょうか。
これは行き付けの焼き鳥屋の大将が暑い夜の酒のツマミに、と語ってくれたお話。

大将の店はオフィス街の狭間にポツン、と佇んでおります。
周囲に飲み屋はおろか飲食店も無く、夕方以降は仕事帰りの客でごった返している様子をよく目に致します。
開店当初はなぜこんないい場所に店が無いのか疑問にも思ったそうですが、そこは商売人。
競合店が出てくる前に馴染みの客を掴んでしまおうと、日々商売に精を出したそうでございます。

開店から2週間ほど経った頃でしょうか。
夜の11時を過ぎた頃。
小雨がしとしとと降る夜のこと。
最後のお客を笑顔で送り出した大将は、暖簾を外して1人で片付けをしておりました。
さて、炭の火を消そうと火消壷に炭を移し終えた、その時。

テバぁ……てください……

突然の囁くような、か細い女性の声にギクリ、と大将は驚きながらも
「すみません、今日は手羽先は終わっちゃって」
と、背後のカウンターに目を遣るが、そこには誰もいない。

大将は首を傾げながら、その日はいそいそと片付けを済ませて帰宅したのでございます。

73 名前:猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/29(土) 21:36:26.35 ID:rKZkpF2O0 [19/40]
それから数日は何事もなく過ぎ、ある晩のこと。
暖簾を入れる際に雨が降っているのを見た大将は、あの晩のことを思い起こしました。
あれは気のせい、と決め込んで炭火を片付けようとした時、

おじちゃん……モツ……焼いて……

今度は絞り出すような子供の声でした。
気のせいじゃない、これは尋常じゃないぞ、と考えながらも
「臓物の類は切らしてるんだよ、ごめんねえ」
グッと堪えながらそれだけ告げると、背中のカウンターへ振り返らぬよう手早く片付けを済ませて大将は帰宅いたしました。

その後も時折夜になると声が聞こえる。
その時々によって声も老若男女、好みも各々違うのか焼いて欲しいメニューも違う。
不思議と、雨の晩に限って聞こえてくるのでございます。

これはとんでもない外れ物件を手にしてしまったと思った大将は、本気で閉店を検討したそうで。
しかし、店仕舞の前にせめて声の正体は確認しよう、そう心に誓ったのでございます。


次の雨の晩。
換気扇から聞こえる雨の音を聞きながら待つこと暫く。

…………さい……

あの声でございます。
次第に近づいて来る声。

……テバぁ……焼いて…さい…

…アシばぁ……焼いてください…

ゾウモツばぁ…焼いてくださいまし…

74 名前:猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/29(土) 21:39:37.14 ID:rKZkpF2O0 [20/40]
ままよ、と振り返る大将。
しかしながら、すぐ背後に聞こえた筈の声の主は見当たらず。

ホッとして調理場を振り返った時でした。

炭火の前に立つ黒い影が目に飛び込んで参りました。
まるで火の消えた炭のように、煤けた影。

炭火に照らされたソレは、焼け焦げた人の形をしております。
髪は半分ズルリと皮ごと剥け落ち、目鼻口は窪んで黒く、所々四肢の表面が赤黒く光っており、
その腕には……不自然に白く生々しい、骨の飛び出した手首から先、足首から先を抱えておりました。

流石の大将もその姿には恐怖を覚え、呆然と見ていることしかできません。

黒い影はゴトリ、ゴトリと手足を炭火の中にくべ始めました。
鶏肉や豚肉とは違う、何かの焼け焦げるような不快な臭気。
ジリジリと音を立てながら、脂の燃える黒い煙が上ってゆく。

どれほどの間その光景を眺めていたのでしょうか。
不意に影が大将の方を振り返り、スーッと頭を下げ、そのまま黒い靄となって換気扇に吸い込まれていったのでございます。

ふと我に返った大将は慌てて調理台に駆け寄ると、そこには手足など無く、只々火の消えた炭が転がっているだけ。
顔の筋肉が麻痺したような感覚に囚われながら、大将は淡々と炭を片付けて帰宅したそうです。

75 名前:猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/29(土) 21:46:54.78 ID:rKZkpF2O0 [21/40]
これは後日、大将が常連の老爺から聞いたそうなのですが……

大戦末期、この辺りは手酷い空襲を受け、多くの方が亡くなったそうでございます。
日が昇ってから遺体を収集してゆくのですが、
最も近い火葬場では遺体の処理が間に合わず、それでも次から次と遺体が増えていく。
その為、近くの小学校の敷地で廃材を組んで仮火葬をするのですが、折しも小雨が降り始めなかなか上手く燃えない。

漸く火が着いても火力が足りず、取分け水分の多い内臓は燃えにくかったり、手先や足先が焼け残ることが多かったとか。
それでも増え続けるご遺体を処理せねばならない。
ある程度燃えたところで遺骨とし、残った手足や臓物は小学校跡の敷地にそのまま埋葬されたそうでございます。


それから数十年も経った今日。
何度か飲食店や飲み屋が出来ては、数か月持たずに潰れる。
そうしてこの土地はオフィスのみが立ち並ぶ街になったのだそうで。

もしかすると、その潰れた飲食店の人々も大将と同じような何かを見たのかもしれません。


その話を聞いて以来、大将は時々雨の降る晩になると、店仕舞の後も炭が燃え尽きるのを待ってから帰宅するのだそうでございます。
その甲斐あってか、大将のお店は潰れる事無くつい最近、無事に5周年を迎えたそうで。


オフィス街にただ1件だけの焼き鳥屋。
雨の晩に訪れると、閉店間際、そこでは客以外の何者かに出会えるのかもしれません。


【完】