117 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 23:27:34.39 ID:WCE2gmw+0 [11/22]
『蛍狩り』


 晩春から夏にかけての風物詩と言えばズバリ、『蛍(ほたる)』ですよね。
『いきなり何だよその強引な前振りは!』と思われた方、ごめんなさい。
 だけど俺、この小昆虫が好きでしてねえ。夏の夜を彩るあの華奢な容姿からは到底想像出来ないけど、幼虫時にはカワニナとかタニシとかの淡水系巻き貝に手当たり次第
頭を突っこんでは根こそぎ食い散らす、その獰猛さとのギャップがまずたまらない。
 そして成虫期には殆ど餌を口にすること無く、ひと夏の生を終えるってな儚さもまた侘びし気で何とも言えないところである。
 ちなみに聞き慣れぬ響きであるHNの『スヴィトリアーク』ってのも、実はロシア語で『蛍』の意味だったり…。
 無駄話はこのくらいにしておくとして、これからのお話はそんな蛍を愛でるために訪れた山峡の渓流で体験した出来事。


「おーい。高校の頃遊んでた連中集めてさ、お前の帰省祝いにひと晩泊まりがけで蛍見物としゃれ込みたいなって思ってんだけど、どうよ?」
 幼なじみからそんな電話が掛かって来たのは、夏休みに俺が故郷に戻って数日経った頃である。
「そいつはありがたい提案だねえ。しかしさ、足、あるの?」
「俺、この間免許取ったんだよ。それに加えてキャンプ道具も準備万端、心配すんな」

 程無くして、俺と旧友3人を詰め込んだおんぼろハイエースは砂利道の震動に軋んだ悲鳴を上げながら、県境に近い山間の渓流へと赴いたのである。
 蛍の行動が活性化するのはひと晩に三度程と言われている。宵の口と午前0時、そして夜半の午前3時辺りが活発に飛び回る時間帯らしい。そんなタイムスケジュールを
織り込んだ俺らが現地に到着したのは、山の向こうに夕陽が沈みつつある午後7時前であった。

118 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 23:28:42.51 ID:WCE2gmw+0 [12/22]
「まだいくらか明るいうちに準備しちまおうや」
 俺の他3人の友人は、仮に名前をA、B、Cとしておこう。この蛍狩りの発起人となった幼なじみのAはさすがメンバー随一のアウトドア派だ。
手際よく天幕を張って雨溝を掘りペグを打ち、あっという間に宴の場を設営し終えたものである。
 往路の途中で買い込んだおにぎりやスナック菓子へ手を付けるのもそこそこに、俺たちは薄暮の中でようやく互いの再会を祝す乾杯の声を
上げたのであった。
 会話が弾み辺りも闇に包まれた頃、清流のほとりに茂る草木の中で本日の主人公達の淡い光がひとつ、またひとつと瞬き始める。
「お。お出ましになったね」
「一匹光り出すと、次から次へと現れるなあ。まともな一眼レフと三脚でも持ってくれば良かったよ」
 河の面を渡るかすかな涼風に身を委ね、明滅を繰り返しながら闇の中を飛翔し続ける数知れぬ光の粒を目で追う俺たち。

「美しい。これって、最高の贅沢ってやつかも知れねえなあ」
 団扇を扇ぎながら伝法な口調で呟くBに、度の強い眼鏡を光らせながら頷くC。
「うん。確かに都会じゃ滅多にお目にかかれない光景だよね。環境破壊にエアロゾル…」
 そんな幻想的な情景に時が経つのも忘れていた俺たちが腕時計を覗き込んだ頃には、既に時刻は午後の10時を過ぎていた。
 「さて、明日も早いしそろそろおねんねしようかね」
 Aの音頭で皆がテントへと戻ろうとしたその矢先、俺は山の端にポツンと漂う奇妙な光源を認めたのである。

119 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 23:29:55.96 ID:WCE2gmw+0 [13/22]
「ちょっと、あそこ見てみ。何だありゃ、あれも蛍かね」
「え?…違うね。蛍にしちゃあの発光色はルシフェリン系のそれでは無いよ。そもそも蛍の発光素子と言うのはさ、体内のアデノシン三リン酸による…」
 空気を読めぬ理数系のCが極めて無駄な蘊蓄を語ろうとするのを遮り、今度はAが素っ頓狂な声をあげた。
「おいおい。蛍なんかよりも明らかにでかいだろ…って、あっちからも来るぞ!」

 振り返ると今度は逆の方角から、同じ様に緋色の光をたたえた何かが、短い尾を曳きゆっくりと飛来して来たのである。
 鉢合わせする形となった二つの発光体は、ヒューヒューと鳴る風切り音の中お互いの周囲を巡りつつ時折絡まり合いながら、まるで意思を持ってでもいるかの様に
山影のシルエットを背景に睦み合っていた。そう、丁度若い男女がまるで逢瀬を楽しむかの如く…。
 5分ほども経ったであろうか、それらは絡まりながらひときわ高く舞い上がったと思うや否や、フッと深山の木々の中に吸い込まれ、そして消えた。

「………おい、確かに見たよな?」
「うん、見ちまった。…なあ、予定変更して戻ろうぜ。気味悪ぃや」
「無理だわ。今から帰るっつっても、運転手の俺がビール飲んじまってるもんよ」
「こんな事になるんなら、家で黙って量子力学概論のレポートでもやってた方が良かった…」

 結局俺たちは空が白み始めるまで、Aの持参した虫除けなどをものともせずにテントの中まで襲い来る蚊やアブ、ブユに散々悩まされながら、まんじりともせず
数時間を過ごさざるを得なかったのである。

120 名前:スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw @転載は禁止[sage] 投稿日:2015/08/29(土) 23:31:24.80 ID:WCE2gmw+0 [14/22]
 実はこの河では戦国時代にまで遡れる遙か古、道ならぬ恋に落ちた若い男女二人がお互いの身の行く末を儚んで自らの命を絶ったという悲しい言い伝えが…
などと言うありがちな後日談など、これっぽっちも無い。
 あの夜に見たものは一体…。某教授が語る様なプラズマボールだったのか、それともこの世のものならざる何かだったのであろうか。
 それを確認する術を残念ながら俺は持たない。
 あれの正体を知るものはおそらく、漆黒が支配する闇夜の中を無数の光跡を残して舞い続けていた、あの蛍たちだけなのかも知れなかった。


【了】
最終更新:2016年05月29日 04:54