158 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 00:31:46.60 ID:AgCPeYID0 [6/97]
【43話】まんじゅう ◆PP2Ugyol5s 様
『ついてくる』

同僚の父、Kさんは山歩きが趣味で、よく休日を利用し関東近郊の山へ赴いていたそうです。

数年前ひょんな事からカメラに凝り始めたKさんは、山歩きのついでに四季折々の自然をカメラに納めるようになりました。

そんなある日の事。いつもの様にトレッキングを楽しんでいたKさんは、山道から少し外れた場所に咲いた一輪の野花にカメラを構えました。
何枚か撮影してみたものの、なかなか思うようなアングルで写真が撮れません。
焦れったくなったKさんは、思わず身を乗り出し、その拍子に足を滑らせ数メートル下の斜面に滑落してしまいました。

幸い怪我もなくカメラも無事です。
「しまったなぁ。しかし夏も終わりとはいえまだまだ暑いし、この山は気軽なトレッキングが楽しめる初心者向けの山。遭難した話も聞かないし、まぁ大丈夫だろう」
そう楽観的に考えたKさんは一旦休憩し、山道に戻ろうとめぼしい場所に向けて道なき道を進みました。

しかし、何の手入れもされていない山の中を進むのは難しいものです。ましてやKさんは山歩きが趣味とはいえ、藪漕ぎの経験などありません。
ようやく山道らしきものに行き着いた頃には、日は暮れかかり辺りには夜の気配が漂い始めていました。

Kさんは心細く不安になる気持ちを何とか奮い立たせ、リュックの中に入れていた携帯用ライトで先を照らしてみました。

山道は随分荒れており、長い間人が通った形跡は見当たりません。野草が繁茂し、大きな石が転がる道を見失わないようにKさんは必死で歩きました。

どれくらい歩いたでしょう。
同じ様な風景が続く山の中、ふとKさんは自分の後方に何かがいる事に気づきました。
草を踏みしだく音、時折石にあたる爪の「チャッ」という音。微かに聞こえる息遣い。
狸か狐か。それとも何か他の野生動物でしょうか。ここいらに熊が出る話は聞きませんが、Kさんはライトを向けて確認してみました。

薄ぼんやりした明かりに照らされた後ろには、見た感じ生き物はおらず、荒れた山道しか見当たりません。
隠れたか逃げたか、まぁ良い先を急がなければ。Kさんは明かりを前に戻し歩き続けました。

159 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 00:32:45.18 ID:AgCPeYID0 [7/97]
一向に麓に近づく雰囲気がなく、暗い山道を足を取られながら進むうち、Kさんの中で少しづつ焦りと恐怖が膨らんできます。
後ろに先程と同じ気配をまた感じましたが、好奇心旺盛な狐か何かが自分を窺っているのだろう、
そう思ったKさんは相手にしませんでした。

「疲れた…」滴る汗を拭い、水分を補給しようと立ち止まったKさんですが、ふいに嫌な事に気付きました。
後方の気配は未だ変わらず、「ザサッ、チャッ…チッ」という足音に「…ハッ、ハッ…フーっ」という吐息。明確にKさんの後をつけてきている意思を感じます。
更に、最初に感じたよりも、かなり大きい。
足音の重さや雰囲気で、姿を確認せずとも人は大体の大きさを察することが出来ます。
少なくとも大型犬くらいはある、そう感じたKさんは追いつかれる事に恐怖を感じ、歩みを早めました。

「チッ、チャッ…ハッ、ハッ…」
これだけの大きさのある野生動物。Kさんはこの音の主に当てはまりそうな動物を片っ端から考えましたが思い当たりません。恐怖で散漫になる思考に、じわりと嫌な、嫌なイメージがKさんの脳裏に浮かびました。

「ガサッ、チャッ…チャッ」
石にあたる爪は、マニキュアの剥げたボロボロの女の爪。

「…フーッ、ハッハッハッ…」
ざんばら髪の合間から覗く、裂けたような大きな口から漏れる荒い吐息。

そんな訳ない!そんな訳ない!
自分はアイツを見ていないのだから、これは疲労と恐怖が見せる何かだ!!

そう必死に自分に言い聞かせるKさんですが、何故か後ろにいるのはアレに違いないと確信していました。
まるで自分の頭の後ろに目の様な器官があって、後ろの映像をKさんの脳内に流し込んでいる。そんな感覚でした。

160 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 00:33:36.13 ID:AgCPeYID0 [8/97]
ボロボロの爪の赤いマニキュア。泥だらけの汚い長い髪。四つん這いの体もどこかおかしく、ギクシャクと部分がどこか欠損しているよう。

違う!違う!
恐怖のあまり走り出したKさんですが歩き詰めの体は限界で、のろのろと歩く速度でしか進めません。太ももや脹ら脛がビキビキと痙攣しているのが分かりました。

「…、…◯◯ぁ◯ー…」

ゆっくりとですが確実に後ろの気配はKさんに近づき、吐息に混じって何事か呟きが聞こえてきます。

痛いほど乾いた喉から嗚咽が漏れ、視界が滲んでいるのに、Kさんは自分が泣いているのに気づきました。
走って逃げ出したいのに、今にも止まってしまいそうな身体。
もう無理かもしれない。後ろを振り返って終わりにしてしまいたい。
Kさんがそんな事を思った時、鬱蒼とした木々の先にぼんやりとした明かりと人の気配がしました。

「おーい!…おーい!誰かっ」
弱々しい嗄れた声でしたが、Kさんの助けを呼ぶ声は幸いにも聞き届けられました。

Kさんに気づいた1人がライト片手に、木々の合間を縫ってこちらに向かって来てくれます。
どうやら壮年の男性のようでした。

161 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 00:34:44.19 ID:AgCPeYID0 [9/97]
「どうしましたー?」
大丈夫ですか?そう言おうとしたであろう相手はライトに照らされたKさんを見て絶句しました。
相手の恐怖に固まった顔と視線から、「あぁ、後ろのアレを見たなこの人…」そう思ったのを最後にKさんは気を失ってしまいました。

Kさんが意識を取り戻した時、既に時刻は明け方でした。
痛む体を引きずって寝かされていたテントから出ると、そこは見知ったキャンプ場で、どうやらKさんはここの裏手に辿り着き、倒れたところを介抱されていたようです。
心配していた周りの人が車で病院まで送ってくれる事になり、ほっとしたKさんですが、皆の中に1人だけKさんと視線を合わさず遠巻きにしている人がいます。

昨夜、Kさんを発見してくれた、あの男性でした。
爽やかな早朝の光の中では、あの夜の事が嘘の様に感じられ、Kさんは一言お礼を言おうと、その男性に近づきました。

口を開きかけたKさんは、しかしその男性に遮られ、

「あのね。あなたもう山に入らないほうが良いと思うよ。私ももう行くことはないと思う」

そう一方的に告げられたそうです。


〈完〉
最終更新:2016年06月24日 00:10