254 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 03:47:26.52 ID:AgCPeYID0 [46/97]
【72話】コソコソ ◆.PiLQRq.0A 様
『雑木林に潜む』

あるバーで、毎年夏になると怪談会が行われている。
マスターが怖い話好きで、もう何年も続いている恒例行事だ。
毎年参加させてもらっているが、選ばれた何人かの語り部が順番に話していき、
最後の方は飛び入りで参加者から語り部を募るという形式は変わらない。

今年も用意された語り部たちの話が終わり、会場は良い感じに冷え切っていた。
飛び入りの参加者を募るが、当然ながら手を挙げる人は少ない。
いつもはしばらく時間がかかるのだが、今年はすっ、と手が上がった。
五十路を少し過ぎた、がっしりとした体格の男性だった。仮にAさんとしておく。
「上手く喋れるかどうか……」と一人ごちながら、Aさんは席に着く。

もう四十年近く前の話である。
当時小学生だったAさんは、虫を捕まえるために朝早く家の近くの雑木林に出掛けたらしい。
一人じゃ危ないということで、Aさんの父親が着いてきたが、
父親的には早く帰りたい気持ちでいっぱいだっただろう。

「今となっては親父の気持ちが分かるんですよ。仕事で疲れて、朝早くから虫探しなんて……」
正気の沙汰じゃない、とAさんは苦笑いした。

「それでもその時は、そんな親父の態度が気に食わなかった。だから悪戯して困らせてやろうと思って」
Aさんは父親が見ていない隙に藪の中に隠れたそうだ。
しばらくしてAさんがいないことに気が付いた父親が声を上げ始めた。

255 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 03:48:28.12 ID:AgCPeYID0 [47/97]
――お父さん、困ってる困ってる
Aさんは父親の狼狽する姿を想像してほくそ笑んでいたらしい。
「最初は『しめしめ』と思っていたんですけどね、だんだん父親の声の調子が変わってきて…」

――お父さん怒ってる……
父親は突然居なくなった我が子を必死になって探しているのだろうが、
子供のAさんからすると「怒っている」と感じられて無理はない。
Aさんは藪の中から出るに出られなくなってしまった。

――出たら怒られる。
そう思いながらじっと身を縮めていると、徐々に父親の声が遠ざかっていった。
途端に辺りの音が大きくなる。遠くの方でかすかに父親が自分を探す声がする。
――このまま置いて行かれたらどうしよう……
段々と心細くなってきた。
怒られるのを覚悟で声を上げようとした時、

「Aー Aー」
自分のすぐ横から声がした。
自分の名前を呼ぶ声。父親の声。
でも、それは抑揚がない。合成音のような平坦な調子で
「Aー Aー」
と繰り返す。

「……誰?」
泣きそうになりながら、Aさんが声をかけた。

256 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 03:49:20.35 ID:AgCPeYID0 [48/97]
「だれー だれー」
声が変わる。自分の声になった。
Aさんは声の正体を探して藪の中を見渡しても誰もいない。
でも自分のすぐ隣で
「だれー だれー」
と声は繰り返している。

「お父さーーん!」
耐えられなくなったAさんは藪から飛び出して、父親の声のする方に泣きながら走っていった。
大泣きしながら現れたAさんを父親が抱きかかえて宥めてくれた。
背中をさすられながら、雑木林を父親と連れ立って抜け出した。

「――そして、親父の車に戻りました。ずっと怖くて泣いていたんで、親父はなんとかご機嫌取ろうとしたんでしょうね。
 『大丈夫大丈夫』って頭を撫でて『また来ような』って言ってくれました。
 『もう来たくない』って断ろうとしたんですけどね……」

Aさんはここまで話して、難しい顔をして黙り込んだ。
「気のせいかもしれないし、もう記憶も定かじゃないんですけど……」

Aさんの父親が『また来ような』とAさんに声をかけた直後、
車の後部座席から
「またいくからー」
と、声がしたそうだ。

最終更新:2016年06月24日 00:23