267 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 04:03:11.50 ID:AgCPeYID0 [53/97]
【77話】Big ◆iq3nGde8rU 様

山の中の濃霧は、登山界ではガスと言うことも多いですね。
ひどいときには、まったく視界を失って遭難の原因となることもあります。
実際、すぐ目の前を行く人の後頭部や、
自分のはいている登山靴さえ見えなくなることもあるのです。
登山をしない人でも、飛行機が雲海に突っ込み窓の外が一面に白くなるのを、
見た経験がある方もいるのではないでしょうか。霧と雲は基本的には同じものです。
「五里霧中」という故事成語があります。
国語の試験問題に出て、「夢中」という誤答例が紹介されることがありますが、
「五里霧」は五里四方に立ち込める深い霧という意味で、
中国の正史の一つである『後漢書』に初出します。
今夜させていただく話は、こうした山中での濃霧に関するものです。

『体をつかめ』

山行、この場合は近代的な登山ではなく、山菜採りや渓流釣り、
猟などで山に入った場合の山人の心得ですが、一寸先も見えないような濃霧の中では、
行動をせずに晴れ間を待つのがベストです。
しかしなかなかそうも言ってはいられません。時間的な制約もあり、
どうしても先へ進まなければならない場合、
例えば4人同行であれば、リーダーが先頭に立ち、
後ろの3人は両手を空けて前の人の腰をつかんで、そろそろと行動をします。
このとき、ザイルを伸ばしたものをつかんだり、
前を行く人のザックをつかんだりするのはあまりよくないことのようです。
こういう話があります。あるとき4人の一行が、冬に集団で巻き猟をした帰り、
ひどい濃霧に出くわしました。そこらの山塊一体がつつまれてしまったのです。

268 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 04:04:27.17 ID:AgCPeYID0 [54/97]
リーダーの指示で、先にお話したように一列縦隊になり、前の者の腰をつかんで、
そろそろと下っていったのですが、3番目の男は手に獲物のウサギを下げておったため、
前の者の腰から手を離してザックの一部をつかんでしまいました。
そのまま20分ほど下ったところで、前の者がまったく動かなくなったのです。
視界はきかなくとも、ザックをつかんだ感触は間違いないので、
「おおい、どした。なんで止まっとる」と声かけをしても返事はなし。
今度は最後尾の者が声をかけましたが、やはり同じでウンともスンとも言わない。
そこで手探りでザックの前を探ってみると、驚いたことにザラザラとした木の感触。
立木がザックを背負っているとしか思えませんでした。
しかし、そんなことがあるはずはない。それはそうでしょう。
そこまで前の者をつかんで、立ち止まりもせずに歩いてきたんですから。

これは何かに化かされていると感じた男は、後ろの男に、
その場に腰掛けるように言い、2人でブカブカと煙草をふかし始めました。
物の怪や獣の化かしには、煙草の煙がよいとされていたのですよ。
そうして、霧が晴れるのをじっくりと待ちました。
視界が回復してびっくり仰天、やはりさきほど手さぐりしたとおりに、
大きなブナの木がザックを背負った形になっていたのです。
そして、そのザックは2人目の男のものに間違いはありませんでした。
ためすがめつ調べても仲間のザックなので、少々気味悪くとも持って山を降りました。
幸いなことに、前にいた2人もすでに山を下りて里に入っていましたが、
2人目の男のザックは当然ながら、なし。両腕を通して背負っているものが、
本人が気づかないうちにするりと脱げてなくなってしまっていたのです。

(終)
最終更新:2016年06月24日 00:25