281 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 04:22:39.38 ID:AgCPeYID0 [62/97]
【82話】雷鳥一号 ◆jgxp0RiZOM 様
『消された刺青』


知り合いの話。

彼は結婚する以前、風俗に嵌まっていたのだという。
よく利用したのがデリバリー・ヘルスというやつで、彼が言うには
「今思うと、素人っぽい女の子が来るのが良かったんだろうな。
 性的にスレていないっていうか、ちと初心っぽく恥ずかしがるのが」
ということだった。
実際にそうなのかは私は知らない。残念ながら知らない。

ある晩に呼んだ女の子が、正にそんな女の子だったらしい。
行為自体に抵抗感はないけれど、マジマジと見られるのは恥ずかしい。
そんな反応に興奮しながらシャワーを浴び、ベッドインした。

イチャイチャしている内、彼女の手首に古傷があることに気がついた。
一瞬、手首を切った痕かとも思ったが、それにしては範囲が広い。
切ったと言うより、手首野辺り一面を引っ掻いて毟ったような傷。

傷痕を凝視していると、彼女の方も見られていることに気がついた様子で、
こんなことを説明してきた。

「あぁこの傷、別に自殺しようとしたとか、そんなのではないですよ。
 前に若気の至りで、当時付き合ってた彼氏の名前を彫り込んでいたんです。
 彫るっていっても本格的な刺青でなく、自分たちでやったんですけどね。
 彼氏もあたしの名前を自分の腕に刻んでました」

「”若気の至り”って、きみ、まだまだ全然若いんだけど……」
数年前に不惑を越えてしまっている彼は、聞いて少し複雑だったらしい。

282 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 04:24:33.30 ID:AgCPeYID0 [63/97]
彼の心中には気がつかず、彼女は喋り続けた。
「この元彼ってヤツが本当に浮気者で。
 何度も何度も泣かされて、結局喧嘩別れしちゃったんですよ。
 もう哀しいやら情けないやらで、別れた夜に思わず、手首の名前を
 バリバリ毟り上げたんです。
 もう血塗れになっちゃって、やってる時は夢中で感じなかったけど、
 落ち着いてきたら痛くて痛くて……泣いちゃいました」

「皮を毟れば、そりゃ痛いだろうさ」
想像してどうしようもなく顔を顰める彼を気にせず、彼女は更に続ける。
「で、夜中に病院行ったりバタバタしてたら、ヤツのことで悩んでるのが
 何か急に馬鹿らしくなって。一気に冷めたんです。
 あー、もうこれで気にせずに済むわ、なんて考えたんですが……」

「私が刺青を毟ったその翌日にですね。
 元彼、死んでたんですよ。ポックリと。
 詳しくは聞いてないんけど、心臓発作か何かだったらしくて。
 思わず、自分の手首を見つめちゃいました。
 ……私が彼の名前を消しちゃったから、彼が死んじゃった……?
 落ち着いて考えると、すごく馬鹿馬鹿しい考えだと思うんですけど、
 どうしても連想しちゃうんですよね」

283 自分:わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ @転載は禁止[] 投稿日:2015/08/30(日) 04:25:46.92 ID:AgCPeYID0 [64/97]
話の意外な展開に、彼が口をパクパクしていると、これまた気にせず
彼女はアッケラカンと宣った。
「だから、ちゃんとした整形外科で、この傷消すことに決めたんです。
 死んでからもあたしに気に掛けさせるなんて、本当むかつきますよね!
 もう綺麗さっぱりと消してしまいます」

「……えっと、ひょっとしてこの仕事を始めたのは……」
「勿論、手術代を稼ぐためです!」

頑張ります、と手を握り混む彼女の姿は、それはそれで可愛かったという。
この後、彼は風俗遊びを控えるようになり、そのまま知己に紹介された女性と
結婚をしたそうだ。

(終)
最終更新:2016年06月24日 00:27