暁に死して、月に再び黄泉返り。
長い浜辺を海沿いに歩いて行く一人の女子高生がいた。丈を上げたセーラー服のスカートや、額に巻いた白いハチマキは海風が吹くにつれて、大きくはためいている。ショートカットの髪とそのハチマキ、そしてスカートから覗く太い脚を、見る人に、彼女が何らかのスポーツをやっている印象を与えるのは言うまでもない。
彼女の名前は春日野さくら。
スポーツをやっているというのは、まさにどんぴしゃりである。彼女は、ストリートファイトに明け暮れる、格闘少女なのだ。
それも、決して弱くない。類まれな才能を秘めたその肉体は、これまでも見様見真似で多くのファイターを倒してきたほどである。
「うーん……確かにあの人だったよね」
そんな彼女の手元には、革製の写真入れが握られていた。これは、通学の際もいつも、常に持ち歩いていた物だ。
そして、その中に収められているのは、彼女の「心の師匠」とでもいうべき屈強な男の精悍な後ろ姿である。
『リュウ』
写真の男は、そんな名前だった。彼も、額に白いハチマキを巻いているが、この事がまさに、さくらがハチマキを巻く理由だ。
このさくらという少女は、ある時見かけたこの男に追いつく為に、ストリートファイトの世界に足を踏み入れたのである。
一度は、師匠になってほしいと頼んだ相手だった。
そして、彼は「憧れの人」だった。
……これではまるで恋をしている少女のようだが、恋心があるわけではない、と思う。
ただ、強さとは何なのか、ストリートファイトとは何なのか──それを考える切欠をくれた、憧れの人に会いたいと、これまでずっと願ってきたのだ。
以前、ようやく追いついて、一戦交えて……今はそれから少しした時だった。
いつものようにそれを確認するように見つめながら浜辺に足跡を刻んでいるわけだが、今日は少しそれを見つめる意味が違った。
「やっぱり、この戦いに参加させられちゃってるのかな……」
この殺し合いに参戦させられた際も──薄暗い闇の中で、確かにさくらは、その男らしき影を見ていたのである。写真ではなく、そこにいたのは生身の彼だ。
だが、ほんの一瞬で視えなくなってしまったので、それが本当に彼なのかはわからない。もしかしたら他人の空似という事もありうる。
少なくとも、それは幻影などではなかった筈だ……。
そう、ここには、リュウが来ているのだ。きっと勘違いなどではない。
ひとまずは、この殺し合いの中に“いる”という前提で、さくらは、のんびりとこの浜辺を歩きながら、その人に再び会う事を考えた。
今も、……たとえ殺し合いが行われている真っ最中だとしても、結局、彼と会う事が、さくらの目的である。
彼はまだまだ強くなっているのだろうか。
さくら自身も前に戦った時よりずっと強くなっている。
今度戦ったら、どのくらいやれるだろうか──。
ここで会ってもまた、あの男と一戦交えて、強くなった自分を見てもらいたい。
まあ、当面の方針はそんなところだ。
それからは、その後ではあの人とともに、この殺し合いを始めた『ノストラダムス』も倒そうと考えている。そっちがついでになってしまうのは自分としても少し妙に感じるが、それが彼女らしい一本気な性格であった。
「ん?」
そんなさくらの視界に、また、別の参加者の姿が映った。
波打ち際に立ち、何か海の方をずっと見つめている、何者か……。
背の高さを見た所では、おそらく男性だろう。しかし、少なくとも写真の男ではないのは誰の目にも明白だった。
彼は、凛として立ち構えながら、腕を組んで海の向こうをじっと見続けている。
「誰だろう?」
さくらは止まる事を知らなかったので、その男との距離は徐々に近づいていった。
中国で出会った人たちが着ていたような服を着ている……口髭の生えた初老の男性。
そして──これは勘に近い蛾、数多のストリートファイトを経た経験からか、その男が只者ではないのをすぐに感じ取った。
もしかしたら、結構強い相手かもしれない。……いや、おそらくそうだと思う。
それならば。
(……あの人の事、知ってるかな? ついでに、ストリートファイトできるかも聞いてみよう!)
そう、あの人も、あのハチマキの男の人の事を知っている可能性がある。
その想いがさくらを突き動かす。
さくらは通常の女子高生よりも少し無警戒であった。あらゆる情報を戦って得て来た性格のせいもある。
今行うべきが殺し合いだとしても、彼は殆ど躊躇なく、その人に話しかけようとするかもしれない。
さくらは、初老の男性のもとに走りだしていった。
◆
東方不敗マスター・アジアは、水面に映る夜の月を見ていた。
ゆらゆらと美しく揺れる月を見ていると、──どうにも気が狂いそうになる。
(何故だ……)
いや、実際そうなのかもしれなかった。
自分は、おそらく気が狂っている……。
そうでなければおかしいくらいだ。
(何故、ワシは今ここにいる……)
自分は、かつて一度死んだ筈であった。
弟子との死合の果てに、自然とは何か、人とは何かを知った東方不敗は──暁の下に見送られ、病魔に命を落とした。
……その筈であった。
弟子の腕の中で、死と言う実感さえ覚えた。安らかでありながら、恐怖に抱かれているような想いが肉体を蝕み、やがて、遂に感覚は心だけになり、それも遂に消え去った。
それがここに来る前の彼の最期の記憶だった。
あまり良い気分とも言えないが、あれを経験した後は、本来ならもう二度と目を覚ます事はない……。
しかし、彼は、どういうわけか目覚めた。
目覚めた時はまるで、長い眠りから産み落とされたような心地である。
死んだ記憶があるのに五代満足など、気が狂っている以外の理由で説明できるものであろうか。
(……何故、ワシを呼んだのだ)
波が高鳴る音を聞きながら考えた。
自然をいくら愛しても、自然は人の疑問に答えてはくれない。
……殺し合い。
又の名を、バトルロイヤル。
その始まりに、東方不敗は『ノストラダムス』なる者の言葉を聞いたが、それはまるで東方不敗に課された『地獄』のように聞こえた。
かのガンダムファイトを人と人との間で繰り返すような不気味な行い。
そして、その対象者はファイターだけではなく、殆ど無作為に選ばれている。
それを取り行う『ノストラダムス』なる者は、人を甦らせる術さえも持っているという。
東方不敗は、ひとまずは、それを信じた。言うならば──自分自身がその証人の一人である。
その点はノストラダムスが言った通りだ。死者の蘇生を経験した者がいるという話もされたが、そう言われた時点で彼はそれを実感していた。
自分はまさに、その蘇った人間なのだと。
……しかし、納得はしなかった。
再三言うが、これはまるでガンダムファイトを人と人とで行うかのような、無益な争いだ。
爆弾付の首輪などという罪な人工物を人間の首に嵌め込み、六十七名もの人間を殺し合わせようと画策する。
この殺し合いを開いた者──『ノストラダムス』。
なんと悪意に満ちた催しか。
彼は、わざと東方不敗に、繰り返される過ちを見せようとしているのではないか?
ガンダムファイトが正しい闘争などではなかったように、これもまた、戦争と同じ歪み切った争いに過ぎない。
これが人間のする事だろうか。
やはり、──醜い人間はいるのだと思った。
それでも──もう二度と彼は、少数の人間の悪意に屈する事はない。
人間も自然の一部だと……弟子たちが教えてくれた。
人間を殺すも許されざる行いであるが、死んだ人間を蘇らせるもまた、自然に反する行いである。
今こうして自分が生きているのもまた、その道理に合えばあってはならぬ事だろう。
しかし。
今から、自然の摂理に逆らい生きる自分の命を絶とうとはしない。
これは、言うならば一つの機会だといえよう。
かつて試みた、誤った償いは、今こそ本当の償いとなるべき時なのである。
そう。東方不敗は一度死んだ。
ならば──今宵の月にかけて。
そう、この馬鹿げた殺し合いを止めるのが己の役目だ。
たとえその過程で死が待っていようとも、何せ一度死んだ身。
後に生きる人間や自然の為に使えるのならば、自由に使ってみせよう。
自然に身を任せ、去りゆくのはその後で良い。
「おーい、おじさーん!」
と、東方不敗は、後方から突きつけられた甲高い声に耳を貸すように、振り向いた。
彼の真っ白なおさげ髪が、それと同時に風に靡いた。
誰かが近くにいるらしい。
とはいえ、至近距離というほどでもないので、まだ気配を察知していなかった。
「ヌゥ……」
彼が振り向いたその先にあるのは、セーラー服の少女だった。無警戒にこちらに向かって大きく手を振り、駆け寄ってくる若い娘だ。
ここから五十メートルほど離れた地点。
見た所は女子高生だが、まともな女子高生に比べると少々、明るいというか、物怖じしない性格であるようだった。
しかし、やはり、その性格はこの場においては、必ずしも長所とはなり得ない。あまりに無警戒すぎるだろう。
こんな何もない場所で大声を出すのも警戒心が足らなさすぎるとしか言いようがない。
「……なんだ、小娘。ワシは今忙しい」
「えー。何してたの……? 暇そうにしか見えないけど」
ザーッ、と、両脚でブレーキをかけるように止まるさくら。
東方不敗もこういうが、結局は月を見ていただけである。
だが、どうもこの手の軽い娘は苦手であり、つっけんどんとした態度で返したのだった。
単に関わりたくはない。礼儀知らずな今どきの若者だ。
「……まあいいや。あたしの用はすぐに済むから!」
彼女はあっさり話題を切り替えて、そう言った。
「ねえ、おじさん! 頭にこーんなハチマキした男の人知らない!? 探してるんだけど」
「──ハチマキ、だと!?」
「知ってるの!?」
この時、東方不敗が、愛弟子のドモン・カッシュを連想したのは言うまでもない。
彼女が着用しているハチマキは白色、ドモンのものは赤色であったが、色そのものは問われなかったので、その特徴からふとドモンが捜索されているのかと思った。
だが、彼女は、すぐに手元に写真があるのを思い出し、それを東方不敗に見せた。──そこに映っているのは、ドモンとは似ても似つかぬ男だ。
「あ、ほら……この人!」
「なんだ、ドモンではないのか……。ならば、ワシは知らん」
「そうか……人違いか。うん……でも、ありがと!」
目上に敬語一つ使えない娘なのかと思ったが、何故か不思議と不快感は覚えない。敬意がないわけではないのが手に取れるからだ。
むしろ、ただの純粋な子供のような少女だった。
思った印象とは少し違った。
(しかし……)
本当に警戒というのを知らない。
それはもしかすると、それは己の強さの過信が故かもしれない、と東方不敗は思う。
(ふむ……)
東方不敗は、その少女の全身を見つめた。
──見れば、両腕、両脚には、女性としてはかなり発達した筋肉が備わっている。
見た所では、ただの女子高生ではなさそうだ。ファイターとしても成り立ちそうな体つきである。
──だからこそ、自分は平気だと思っているのだ。
自分ならば、たとえ相手が悪意を持つ者であろうが敗北を喫する筈がないと。
彼女はそう思っているのだろう。
だが、世の中には常に上には上がいる者である──頂点に立つにはその挫折を相当経験する。
この若さでは、まだそれに気が付くより前なのかもしれない。
本来ならば、自ずとそれを知るのが良いのだが、この状況ではそれに気づいた時には命がない可能性もあるわけだ。
相手は殺しにかかってくるのだから。
……だとすれば、東方不敗はその身を以て教えるのが良いだろうか、などと考えていた時である。
「あ、それからもう一つ!」
「なんだ? 小娘」
忘れていたかのように大きく声を張り上げたさくらに、東方不敗は答えた。
この娘にも、これ以上、まだ用があるというのだろうか。
「ねえ、おじさんって、もしかして格闘とか拳法とかやってるの?」
「……何?」
「こんな時に何だけど、あたしとストリートファイトしない?」
彼女が積極的に「戦闘」を求めてくる性格であったのは意外であった。
すぐにでも東方不敗の方から彼女の油断を突いて一撃喰らわせ、一度痛い目を見せてみようと思った程なのだが、彼女自ら「ストリートファイト」なる物を望んでいるらしい。
おそらく、近頃の若者の流行だ。路上の喧嘩試合のようなものだろう。
東方不敗自身は、遥かにハードな「ガンダムファイト」のファイターなのだが……。
まあ良い。受けて立たない理由はない。
「……小娘。名は?」
「春日野さくら! 高校二年」
「ほう。ならばさくらよ。……ワシの名は知っているか?」
「……えーと、ごめんなさい! わかんない!」
「フン……ならば教えてやろう!」
格闘をやりながらにして、知らぬのかと思う東方不敗であったが、だからこそ名乗り甲斐という物がある。
呆れながらも、どこか乗り気で、彼は張り上げた声で叫んだ。
「ワシこそ、かつて東方不敗マスター・アジアと呼ばれた男よ!!」
ザパァ!
まるで彼の高らかな名乗りに呼応するかのように、波が激しく跳ねた。
東方不敗のバックで荒れる高波が、彼の凄みを伝える。
稲妻が轟いたような気がしたが、それは気のせいである。
「……」
その名前を聞いたさくらが、少し首をひねりながら、考えた。
なんだか凄そうな名前には感じたが、さくらは全くそんな名前に心当たりはなかったようだ。
「……誰?」
東方不敗は思わずずっこけそうになるのを抑えた。
こやつ、格闘の道を志しながら、ワシの事を知らんのか……と。
しかし、知らないならば知らないで結構だ。
そう、東方不敗は格闘家なのだ。実力さえ教えれば、名前や権威など必要はない。
「……まあ良い。知らぬならば、実力を以て教えてやろう」
「へへ……そう来なくっちゃ!」
二人の格闘家が向かい合う。
構えた後の二人の眼差しは、実に真剣な物であった。
まるで殺し合いを始めた者たちのように……。
浜辺を舞台にしたストリートファイトが始まる──。
◆
──Round 1──
──Fight!!──
「ハァッ!」
さくらは高く飛び上がり、足を伸ばして突き出した。
まずは上段からいきなりの飛び蹴り。
だが、東方不敗は両手を顔の前で組んでガードする。
落下したさくらは、東方不敗の身体に向けて何度かキックを叩きこむ。
しかし、手ごたえらしい手ごたえはない。
「フンッ」
──東方不敗は、攻撃を仕掛ける様子は一切なく、さくらの攻撃方法を見極めているようだった。
それこそが隙になるであろうと考え、赤いグローブを巻いた腕を突きだし、東方不敗に向けて高くパンチを振りかざす。
回転をかけたアッパー──その名も、咲桜拳。
彼女は、思い切りその技の名を叫ぶ。
「咲桜拳!」
「ぬぅ……弱いわぁっ!」
しかし、まともに受け、高く跳ね飛ばされたはずの東方不敗にダメージを与えた実感がない。
彼の耐久値が高すぎたのだろうか。
「はぁっ!」
着地しても尚、次の攻撃を仕掛けてこない東方不敗に向けて、もう一度攻撃を仕掛ける。
回転蹴り──。
スカートがめくれて、赤いブルマーがめくりあがる。まるで駒のように回りながら、相手の顔面に踵を叩きつける技。
「春風脚!」
「まだまだぁ!」
東方不敗のガードは固い。
それでも、波打ち際にまで追い詰められた東方不敗には逃げ場はないはずだ。
この距離ならば──あの技も。
「波動拳!」
さくらの両腕から、青い波動が放出される。
それは、リュウの使う技から唯一ほぼ性格にコピーした技──波動拳。
流石の東方不敗も、石破天驚拳にも似た気功の技に少しは驚いたようである。
「ぬぅ……!? なかなかやるな、小娘……だが」
しかし、彼は残像が見えるほどに素早く後方に飛び、十メートルほど離れたところで波の上に右足を乗せて立つ。
真の達人は水の上に立つ事さえも容易なのである。
「──気力が足りんわッ! それでは余程距離を詰めねば当たる事はないッ!!」
水上に立つ東方不敗に、さくらはぎょっとする。
「ええっ!? そんなのアリ!?」
距離が遠ざかったゆえに、波動拳のエネルギーは空中に消える。──これがさくらの波動拳の弱点である。
リュウの放つ波動拳に比べて、その射程があまりに短い。
壁際に追い詰めたつもりだったさくらだが、この東方不敗を前には、海は壁ではないのだ。
そして、次に構えたのは──呆気に取られ思わず戦いを忘れたさくらではなく、東方不敗の方であった。
「──知るがいい、小娘ッ!! この戦い、強さで生き残りたいならば……このくらいの芸当はやってみせい!!」
東方不敗の右手に、少しだけ時間をかけてエネルギーが溜まっていく。
これが武道を極めた者にこそ可能となる、流派東方不敗の必殺の技であった。
本来なら滅多な事では使わないつもりであったが、この状況下、目の前の小娘に戦いの厳しさを教えるには丁度良いだろう。
エネルギーが充分に満たされた時、
──東方不敗の右拳が突きだされる。
「石破天驚拳!!」
“驚”
掌の形のエネルギーが猛スピードでさくらに迫った。
それは、さくらの目にもあまりに見慣れぬ攻撃であり、このさくらさえも戦慄させる技であった。
巨大な掌が、海を裂き、波を立てながらさくらを襲う。
「くっ!」
さくらは慌ててガードを行うが、東方不敗の一撃はあまりに強かった。
まさに、巨大な壁が圧し掛かってくるような攻撃である。
さくらのHPは次の瞬間、満タンの状態から丸ごと全て持って行かれていた。
判定は言うまでもない。
──K.O.!!──
倒れたさくらの身体を、波が一度撫ぜて引いていった。
◆
さくらがあっさりと敗北を喫した後、Round 2はなかった。
これ以上戦闘を行う意味がないとはっきり悟ったのである。
起き上がったさくらの目線の先には、海に半身を浸かりながら、こちらへゆっくりと向かい歩いて来る東方不敗の姿があった。
尻を突きながら、まだピヨピヨとひよこの飛んでいる頭を何とか叩く。
「やるね、おじさん……」
「わかったか、小娘。……これに懲りたら、二度と不用意に他人に声をかけん事だ。ワシが以前までのワシならば貴様は死んでおったぞ」
「……あはは。参りました」
これはつまり──東方不敗からさくらへの手荒い教育的指導だったのだと、彼女もすぐに理解した。
世の中にはこんな強い相手がいる……。
この場では、あまり迂闊にこういう強い相手に戦いを申し込んでいたら死んでしまうかもしれない……。
そういう事を、東方不敗は教えてくれたわけである。
その想いは、確かに受け取ったさくらであった。流石の学習能力だといえよう。
東方不敗も、さくらの態度を見て、彼女が少なからず反省しているのを理解したのか、すぐに告げた。
「……まあ良い、小娘。その白いハチマキの男に会った時は、貴様の事を話してやる」
「あ。ありがと、おじさん」
なんとか手加減を受けていたお陰か、さくらは、すぐに立ち上がった。もう一度、自分の頬をぽんぽんと叩いた。
もう一戦出来るといえば出来るのだが、それに意味はないであろう。お互い、敵意がない事も、どの程度の強さを持っているのかも理解したはずだ。それに、東方不敗はリュウの手がかりも持っていない。
東方不敗は、それからもう一言付け加えた。
「──だが、その代わり、赤いハチマキをしたドモンという男に会ったならば……ワシに会うた事は内密に頼む」
「どうして?」
「……今更、顔を会わせようなどという物ではない。ワシが奴に教える事などもう何もないのだ」
「へえ、そのドモンって、おじさんの弟子なんだ」
「ああ」
その直後に、東方不敗は、デイパックの中から取り出した武器をさくらに向けて投げた。
さくらの足元に、一つのアイテムがどさりと落ちる。
何だろう、と見てみた。
それは、トンファー型警棒である。東方不敗がデイパックを確認した際に入っていた道具であったが、武器ならば腰に巻いた帯を使えば充分である。
ましてや、こんなトンファーなど彼には必要なかった。
「ワシに武器は必要ない。身を守る為に持っていけ、小娘。いらなければ捨てても構わん」
「え? 本当に?」
「ワシにはこの身体一つあれば充分よ」
さくらにとっても、それは随分と説得力のある一言に聞こえた。
東方不敗は初老の男性の見た目に反して、あまりに強すぎる。それも、一切武器を使わずにして……だ。
さくらですら、殆ど手も足も出ずに敗北を喫したほどである。
……まあ、さくらも武器を使うタイプではないのだが。
「あたしもそのつもりだったけど……。まあいっか! もしかしたら、何かに使えるかもしれないしね」
さくらは、屈んで、トンファー型警棒を拾い上げ、適当に構えた。
初めて構えたにしては、かなり上手く右腕の上でトンファーを弄んでいた。
なかなか様になっている、と自分でも思ったようだ。
それから、彼女はすぐに走り去る事になった。
「ありがとう! おじさん」
そんなお礼だけを東方不敗に残して。
しかし、東方不敗からすれば、礼も必要なかった。彼女が目の前から去り、もう少し落ち着く暇が出来ただけで充分だ。
彼女もしばらくは平気だろう。
……そう、忠告をちゃんと聞いていればの話だが。
◆
(力が弱まっているのか……?)
浜辺にただ一人残った東方不敗は、違和感を覚えていた。
春日野さくらが軽く気を失う程度に手加減するつもりで石破天驚拳を放ったつもりが、さくらはノックアウトされても気絶まではいかなかった。
それは、決してさくらの耐久性が高かったからではないであろう。
思いの外、実力が発揮できなかったという実感が東方不敗の中には残っている。
(まあ良い……これだけの力が残っていれば、モビルファイター程度には負ける事もないだろう……)
東方不敗は、それだけ考えて、その身を黒衣と仮面に纏った。
これは東方不敗が唯一必要としたランダム支給品だ。
これを纏う事で、東方不敗は今後、弟子に会ったとしてもその正体を明かさずに済む。
シュバルツ・ブルーダーがそれを行ったように──。
そう、これから先、ここに居るのは「東方不敗マスター・アジア」ではない。
罪に惑い、弟子に完敗した一人の死者なのである。
──覚悟は決まった。
この命、主催者を撃退し──この先、新しく自然を守る者たちの為に使ってみせようぞ、と。
【D-6 海辺/1日目 深夜】
【春日野さくら@ストリートファイターシリーズ】
[状態]:健康、疲労(小)、全身びしょ濡れ
[装備]:トンファー型警棒@ターミネーター2
[道具]:支給品一式、リュウの写真、ランダム支給品1~3
[思考]
基本行動方針:リュウを探して、共にノストラダムスを倒す。
1:リュウを探す。
2:ドモンに出会っても、東方不敗の事は教えない。
[備考]
※参戦時期はZERO2終了後。
※デイパックの中身をろくに見ていません。
【東方不敗マスター・アジア@機動武闘伝Gガンダム】
[状態]:健康、放課後の魔術師の仮面と衣装着用(普段の服はその下にちゃんと着用)
[装備]:放課後の魔術師の衣装セット@金田一少年の事件簿
[道具]:支給品一式
[思考]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:人間も自然の一部と認め、それを汚すノストラダムスを倒す。
2:ドモンに直接会うつもりはない。姿と正体を隠しておく。
[備考]
※参戦時期は、死亡後。
※東方不敗を蝕んでいた病魔は取り除かれていますが、それによって減衰していた分の体力はそのままです。
【トンファー型警棒@ターミネーター2】
東方不敗マスター・アジアに支給。
精神病院の警備員たちが所持していたトンファーの形の警棒。
作中ではサラ・コナーが奪って使用しており、警備員たちを攻撃。腕を折る者まで現れた。
トンファーと言うと両手に一つずつ装着するイメージがある人もいるかもしれないが、これは片方だけ。
【放課後の魔術師の衣装セット@金田一少年の事件簿】
東方不敗マスター・アジアに支給。
「学園七不思議殺人事件」に登場する怪人・放課後の魔術師の衣装。
仮面は不動高校の資料室にあったパプアニューギニアの仮面で、衣装はただの暗幕。つまり、衝動的な殺人を誤魔化す為に即興で怪人のフリをしていた事になる。
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最終更新:2015年11月13日 07:48