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一瞬の花火




 幾つもの難事件や悲しき復讐鬼たちを目の当りにしてきた少年名探偵・金田一一にとって、最も悲しかった殺人事件はなんだったのろう。

 恋人の復讐の為に凶行を繰り返した、オペラ座館のファントムの事件か。
 愛した人間を──涙を流しながら、しかし──殺すしかなかった悲しい殺人マシンの、六つの館の事件か。
 友人・佐木竜太が殺された、あの赤い部屋の事件か。
 小学校来の親友が起こした、魔犬たちの巣食う研究所の事件か。
 些細なすれ違いを切欠に、金田一のかつての友達たちが殺し合わなければならなかったあの雪の降る村の事件か。
 はたまた金田一がその館に足を踏み入れたばかりに起きてしまった、悲しい誤解の事件か。

 それとも……この、一面のラベンダー畑の中で起きた、夏の青森を彩る事件なのだろうか。

 結局、どれが最も悲しかったのかは、当人すらもわからないし比べる事もないだろう。
 ただ。
 ──これだけの悲しい事件の結果を目の当りにした名探偵も、その中で共通していた事を一つだけ見抜いていた。
 そして、“その事”は同時に、殺人劇のもう一人の主人公たる多くの犯罪者たちも、名探偵と同じように知っていったのだ……。

 たとえ悪魔のような人間に出会い、大切な何かを奪われ、その人間を“殺す”しかないほど憎んだとしても、復讐の果ての殺人の後に残るのは、耐えられないほどの罪の意識と、悲しみと、虚しさだけだという事だ。

 復讐を果たした後も、かつての自分が失われていく恐怖や、止まる事のない手足の震えは止まらなくなる。
 どんな目的で始まったとしても、犯罪はやがて、後悔へと形を変えていく。
 誰にも許されない事をしてしまったという自責が、大切な物は決して元に戻らず浮かばれないという結果が、当人を苦しめる。
 殺人の悪夢は絶え間なく殺人者の夢の中に出てくる。
 血で汚れた手をどれだけ拭っても、それは決して簡単には落ちない。
 かつて、悪魔たちに殺されてしまった大事な人との優しい思い出を時に思い浮かべようとするなら……それと一緒に、自らの罪が纏わりついて放れなくなっていく。
 戦場の兵士たちが、残酷に敵を殺しながら、家で家族に温かい子守歌を歌うその切り替えが──“自分の恨みの為”に人を殺した彼らには、絶対に許されなかった。

 そして、中には、自らの死を以て幕を引こうとした者も──そして、本当にその命を自ら絶つ事で幕を引いた者もいた。

 悲しい動機を知って、──決して許されない事だとわかっていながらも──お互いがどこかで共感し合っていたはずの“名探偵”と“犯罪者”の間に、最大にして決定的な認識の違いが生まれるのは、いつも、その最期の時だ。
 確かに殺人という手段が許される事ではなかったとしても……それだけの憎しみを抱えた復讐鬼たちの気持がわかる事は、金田一にもあった。

 しかし、最後に、その罪の果てに自殺し、身体の力と、最後の心を失った犯人たちの亡骸を前にした時には、彼はこう思い続けるだろう。



 ──どんなにどん底でも、どんな暗闇の中を生きていても、やり直しのきかない人生なんてないはずなのに。
 ──生きてさえいれば、罪は償えるはずなのに。本気で望めばやり直せるはずなのに。



 ──どうして。



 ──どうして……。






 ……ラベンダーの香がした。

 それは、和泉さくらが、そして、彼女の亡き父が最も好きな花の香だった。その温かい香が、彼女を暗闇の中から目覚めさせた。
 少しの躊躇と共に起き上がって見てみると、周囲は見紛う事なきラベンダーの紫色に囲まれている。どこか懐かしい、一面のラベンダー畑。暗闇の中でも星の灯りに照らされて、充分に映える不思議な色。

 彼女自身の偽りの家──それが、この蒲生邸のラベンダー荘だ。
 有名画家の蒲生剛三が資産で建てた巨大な敷地の家の別館……かつて、忌まわしき殺人事件の起きた場所であった。この屋敷の中で、二人の人間が殺された。
 ……忘れる由もなかった。

「……」

 さくら自身、その殺人事件が“終わり”を迎えた後だというのに、こうしてこの場にいるのが不思議でならなかった。
 少なくとも、さくらがこのバトルロイヤルに招かれる直前までは、さくらの周囲には何人もの観衆が見守っていた筈だ。
 そっと首に手を触れてみると、彼女の首には金属の固い物が押し付けられるように巻かれている。間違いなく、船の上で二人の命を奪った首輪がさくらの首にも巻かれているという事だった。
 つまり、バトルロイヤルは夢でも何でもなく、確かに行われているのである。

「……」

 この場所に来たせいで、あの冷たい感覚の後にここに招かれたように感じたが、いや、決してそういうわけではなさそうだ。本館で殺人事件の全貌が暴かれ、一度船の上で殺し合いの説明が行われ、再びこのラベンダー荘に来ている……というのは奇妙でしかない。
 ここに来るまでの時系列を纏めてみると、矛盾が生じた。
 バトルロイヤルの説明の後に殺人事件の説明が行われたわけではない。だが、さくらがいる場所からはラベンダー荘が見えている。

 ……“地獄”に、来てしまったのだろうか?
 それとも、自分が混乱しているだけなのだろうか?

 さくらは、ふと、自分の足元に転がっていたデイパックに目をやった。こんなデザインの鞄を持っていた事はないし、さくらのように大豪邸のお嬢様があまりデイパックなどを背負う物でもない。

「これは……?」

 思わず、声が出た。
 それを手繰り寄せて、ファスナーを開け、中の物をそっと取りだした。……やはり、自分の物と見て間違いなさそうである。
 彼女が最初に手にしたのは、地図だ。
 そういえば、“ノストラダムス”と名乗る人物は、同じように地図を支給していると言っていた覚えがある。
 地図を見ると、知っている場所の名前が書いてあった。

「“蒲生の屋敷”……ここが?」

 さくらは、自分がいるのは、見た事もない島の一角であり、そのB-2というエリアに属する場であるのを、その地図を見てようやく知った。
 蒲生の屋敷があるのは、本来なら青森県の某所である。
 いや、それだけではない。マップ中には「東京タワー」まである。「コロッセオ」があのイタリアのコロッセオならば尚の事不思議だし、どう考えてもこの場は常識では考えられないミステリーに満ち溢れていた。

 しかし──。
 さくらは、すぐに、その事に頓着しなくなった。

「……!」

 さくらの手が、わなわなと震えた。
 彼女が次に取りだしたのは、この殺し合いに招かれている人間の一覧がリストアップされた用紙だったのだ。
 和泉さくら、という彼女の本当の名前が書かれたその名簿をずっと下に辿っていくと、忘れてはならない名前がある。

「金田一君……!」

 金田一一……そうだ、彼も参加していたのだ。
 あの場で、“ノストラダムス”が二人の人間を殺した時、さくらの頭の中は、恐怖とショックで真っ白になった……。だから、その後で、誰かがノストラダムスに声をかけた事の印象が少し薄れていたのかもしれない。

 ──いや、きっと、そうだった。

 さくらは、誰かが目の前で死んだ事に、恐ろしさに震えずにはいられず──そして、大好きな人がその後で、また正義感の行動を取った瞬間を見逃すほどに、心が不穏に騒ぎ続けていたのである。
 しかし、……考えてみれば、彼は、あの広間で確かにノストラダムスに反目した。まるでBGMのように聞き流していたのは、彼の声に違いない。
 思い返してみると、いつもの「ジッチャンの名にかけて」という台詞も確かにこの耳で聞いたような記憶があった……。

 金田一一──キンダイチハジメ。
 さくらの友人であり、さくらを何度も助けてくれた想い人であった。──片想い、と言ってしまえばそれまでだが。

 しかし、それがより一層、ここが地獄であるという事の信憑性を高めた気がした。
 さくらは宗教を信じていたわけではなかったが、もしかしたら、──「地獄」というものが本当にあって、それが罪人にとっての苦痛を煽る物ならば、金田一がここに連れてこられるというのは、さくらにとっても、至極の苦痛の一つだろう。
 どうして……。────どうして?

「……どうして!」

 たとえば。
 さくらだけがここに連れてこられるならばまだわかる。
 しかし、金田一が、さくらのせいで連れてこられたというのなら、それは許されてはならない。
 何故なら。

 “さくらは死んでいて、金田一は生きているはずなのだから……“

「どうして、金田一君が……」

 さくらは、その場にへたり込んだのだった。
 かつて、さくらが死ぬ時──最後に感覚を停止する聴力は、金田一の言葉を捉えていた。

──バカだよ……お前は……──

 本当に、自分は馬鹿だったのかもしれない……。
 自分でも悲しくなるほどに……。






 ──和泉さくらは、殺人者だった。

 人を殺したくて殺したわけではない。──理由もなしに殺人を行う人間ではなかったし、むしろ、大人しく、純粋で、心優しい部類の少女であった。
 そして、それは全く、演技などではなく、何かの歯車で狂ってしまったわけでもない。彼女は、今も決して、殺人などをしないだろうし、もし、困った人間がいれば手を貸そうとするかもしれない。

 そんな人間が殺人を犯す理由のパターンは絞り込める。
 事故によるもの、正当防衛によるもの、そうせざるを得ない状況に追い込まれたもの……大方そんなところだろう。

 ──彼女の場合は、彼女の純粋さを憎しみで上塗りさせるほどにあくどい人間が、彼女の殺人の被害者だったのだ。






 さくらが殺したのは、さくらの父を殺した人間たちだった。
 彼女の父・和泉宣彦は芽の出ない画家で、さくらたちの家族は、北海道の高原で、貧しいながらも幸せに暮らしていたのだ。
 そんな宣彦の才能を見つけた蒲生剛三という男が、彼の絵を自分の絵として発表する為に、彼を利用し、用済みとなった時に殺した。
 蒲生の協力者には、海津という女医もいた。
 ……さくらが殺したのは、蒲生と海津──この二人の人間だ。
 そして、蒲生もさくらの身体を狙っていたし、海津はさくらを殺そうとさえしていた。──真性の下衆たちであり、さくらも、もし彼らの殺害を実行できなければ、死んでしまっていたかもしれない。
 結果的に、さくらが“勝利”した。
 順調に殺害計画は遂行され、二人の人間の命を奪うに至ったのである。

 しかし、そんなさくらの胸中に残ったのは、決して、父の無念を晴らす事が出来た達成感などではなく──むしろ、あの幸せだった家庭から遠ざかったような……いや、もう二度と手が届かないように閉ざされてしまったような、そんな感覚だった。
 ただただ、不快な物が纏わりついていた。

 だから──さくらは、全ての殺人計画を終えたら、後は自らの命を絶つつもりだった。

 ……最初はそんなつもりはなかったかもしれない。
 怪盗紳士に罪を着せたのは、「あんな連中を殺して罪に問われたくはない」からだったかもしれないし、「神出鬼没の怪盗ならば罪を着せても捕まらない」からだったかもしれない。
 画家の子供に生まれただけに、美術品を盗む怪盗紳士を許せない心は少なからずあったと思う。

 つまり、最初は上手く逃げるつもりだったという事だ。
 それでも、ある時から、全てを終え、金田一たちが館から去ったら、自ら死を選ぶつもりになった。
 もう自分には何もないと思ったからだ。もうさくらには、父も母もない。

 ……そして、何より、生きていく度に纏わりつく、忌まわしき殺人の記憶に耐えられない事も、よくわかったのだ。
 たとえ、どんな人間が相手でも、誰かを殺した時に平気ではいられなかった。

 ──そして、彼女は、金田一たちの目の前で、隠していたナイフで自らの胸を刺した。

 そう、最後の記憶──さくらの友人、金田一一がその明晰な頭脳と推理力を以て、さくらが犯した罪を全て暴いた後の事だった。
 去ったはずの彼は、真相を全て突き止めて帰って来たのである。
 真相を暴かれた時、彼の言う事には一切反論をしなかった。
 何せ、それは全て事実と寸分違わぬ物ばかりだ。
 まさに、反論の余地がないのである。“本物の怪盗紳士”の正体を暴いた時もそうだった。……彼は、本当に、偉大なる祖父・金田一耕助の血を引く名探偵として、貶す所がない。

 以前、不良の女子生徒に絡まれたさくらを助けてくれた時もそうだ。
 そして、殺人事件に巻き込まれた“振り”をしていたさくらを、勇気づけた時も……。
 あるいは、さくらが犯した罪を全て暴いた時の金田一も、それは強い正義感が成した行動だったのだろう。

 ……彼は本当に凄い。
 名探偵と殺人犯でありながら──二人は対立する関係でもなく、むしろ、お互いを少なからず大事に想う友人同士だったと言えよう。
 さくらは、金田一の事が純粋に好きだった。
 教室でいつも明るく笑っているクラスメイト。ちょっと馬鹿にも見えるが、いざという時には優しく、機転が利いて頼りになる男子。
 うちのクラスのみんなを笑わせてくれる太陽のような存在だった。

 本来なら決して巻き込みたくはなかったし、金田一の前で事件の全貌を明かされたくなどなかった。

 ……とはいえ、これが因果応報なのだろう。
 人を殺した報いが、“最も知られたくなかった人に、その罪を暴かれる”という結末だったに違いないのだ。






 今、殺し合いの場に来たさくらの手の中には、その時と同じように、刃が握られていた。
 ナイフというにはあまりに大きい。それは、まさしく、刀そのものだった。
 刃渡りは、ギリギリデイパックに入る程度という所で、よくこんな物を持ち歩いていたのだと思ってしまう。
 しかし、結局のところ、さくらにとって、そんな事はどうでも良かった。

 いずれにせよ、死んだはず──決して、一命を取り留めたなどと言う事があるはずなかった──のさくらがこうして生きている限り、あらゆるミステリーが許される状況になっているのかもしれない。
 異常な事が付きつけられているとしても、さくらはもう“正常”など求めない。

「金田一くん……」

 感情がある限り、苦痛は決して止まない。
 心を閉ざす唯一の手段は、死ぬ事だけだ。
 たとえ、一度死んだとしても……やる事は変わらない。

 切っ先を自らの腹部に向けてみた。
 ──あの時と同じように。

「お父さん……お母さん……」

 剣を持つ手は、一瞬止まった。
 ──そうだ。
 さくらは、かつて自分が死ぬ時、もしかしたら、父や母に会えるかもしれないと少し思っていた。
 しかし、それは決して叶わなかった。この殺し合いに巻き込まれたからだ。
 だからか、あの時のように、思い切りがつかなかった。

「──」

 それに、この場には金田一がいる……。
 もし──仮にもし、自分の罪が何らかの形で、彼を巻き込んでしまったというのなら、まずはそう……彼に謝りたい。
 彼は大事な友達だった。恋人には、なる事はできなかったが……。

 昔、さくらが死のうとした時、金田一は真っ先に駆け寄り、必死になっていた。
 力を失っていくさくらの目の前で、金田一が力を振り絞り、声をあげていたのがわかった。
 そして……さくらがゆっくりと目を閉ざした時、金田一の声が死にかけた脳に届いたのだ。

──バカだよ……お前は……──

 これまで、いじめられて罵倒される事はあっても、こんなに優しく、悲しそうな語調が耳に届いた事はなかった。
 彼がどういう意味で言ったのかは、さくらにもわからない。
 しかし──少なくとも、さくらを本心から貶す意味でそんな事を言う人間でないのは、さくらもこれまでで重々理解していた。

「駄目だぁーーーー!!!」

 さくらが手を止めた時、誰か、男の声が響いた。
 はっとしてそちらを見ると、さくらとそう変わらない──といっても、少し年下だろうが──年齢の、妙な恰好をした男の子が慌てて駆け寄って来たのだ。
 その姿に、さくらは思わず、はっと、かつての金田一の姿を重ねた。

「!?」

 彼は、呆然とするさくらの元まで、すぐに近づいていた。
 そして、息を荒げ、さくらを睨むように見つめながら、刀を、強い力で思い切り奪い取ったのだ。
 だが、刀は空中で彼の手を離れ、空を舞って地面に突き刺さった。
 流石に驚いて、さくらは彼の瞳を見た。

 彼の瞳は──真っ赤になっていて、泣いているのだとわかった。






 少年──ポップは、決して強い人間ではなかった。
 いや、むしろ、どんな人間よりも弱く、もしかすれば「あさましい」と言えてしまう人間だったかもしれない。
 自分が助かる為ならば仲間を置いて逃げる事だってあった。弱くて、卑怯で、どうしようもないほどに普通の人間だ……。

 しかし、そんな彼も、今は──誰よりも強い心を持つ人間になっていた。

 大事な師や旅で出会った人たち、そして心強い仲間たちと共に、バーン率いる魔王軍と戦ってきたこれまでの道程で、彼は悪に立ち向かう勇気を得た。自分に打ち勝つ正義を得た。
 それどころか、強敵を前にしても、その身一つで一生懸命に戦い続けるほど……強き戦士になった。
 勇気と正義だけは、勇者と──ダイと、並ぶほどである。

 そんな彼も、この凄惨な殺し合いに招かれた時は、すぐに……涙を流した。

 この前にあった出来事が彼にとって強い劣等感を煽る物だったせいもあるが、やはり、クロコダインという大事な仲間を喪った事が決定的だった。
 どれだけ回復呪文(ホイミ)を唱えても……死んだクロコダインには効き目はなかった。
 第一、矢に串刺しにされて死んでいるのだ──どうしようもない。それでも、何度も何度も彼にホイミを唱えた。
 結果、全てが虚しく……クロコダインはここにおらず、ポップはここにいるというわけだ。

「クソッ……間に合わなかった……クロコダインのおっさん……」

 あそこで見せたクロコダインによる反逆。
 それは、まぎれもなく彼の正義が発した強き意志。

 だが、ポップにはそれだけの勇気が無かった。
 仲間を殺されても、立ち上がる事さえできなかったのだ。
 アバンの使徒たちが持つ「アバンのしるし」が光り輝き起きるはずの大破邪呪文……ミナカトールを起こそうとした時もそうだ。
 自分は、クロコダインのように上手にやる事が出来ないのかもしれない。

 そう……。

 あの大破邪呪文を起こそうとしていた時に、ポップはこの殺し合いに招かれたのである。
 しかし、ただ一人、ポップのしるしだけが光らなかった。
 今も、その“お飾り”のしるしは、ポップの手元にある。
 少し前まではアバンという師から受け継いだ誇りだったその石を見つめても、彼の劣等感を煽り続けるだけだった。今にでも捨てたくなる。

 ……自分だけが。

 そう、五人もいて、自分だけが、この石を光らせる事が出来なかった。
 生まれながらの戦士や、勇者ではないポップのぶつかった才能の限界である。
 あの後、ミナカトールの呪文を起こす人間に“欠員”が出来たはずだが──それは一体、どうなってしまったのだろう。
 あの呪文が起こせなければ、何千、何万という人が死んでしまうとヒュンケルは言っていた。
 と、その時、ポップは思い出した。

「そうだ……ダイ……」

 クロコダインの亡骸に駆け寄ったのは、自分ともう一人。
 かけがえのない親友──勇者ダイだ。
 彼も大破邪呪文の為に必要なアバンの使徒の一人である。
 ……よりにもよって、二人も欠員しているわけだ。あの後、マァムやヒュンケルたちは──どうなったのだろう。
 とにかくあの呪文が中断された事に、安心してしまう自分の弱い心を、ポップはすぐに振り払った。

「……ダイ! いるか!? いたら返事してくれ!」

 ポップは、泣きながらも大きく叫んだ。
 しかし、彼の言葉は決して遠くまで響かない。大事な仲間の死の傷跡は思った以上に深く、声を殺して泣くのが精一杯だったのかもしれない。
 まるで喉の中だけで反響しているようだった。むせかえるような喉の痛みと、詰まった鼻では、遠くまで聞こえるほど騒がしく声を張れるわけもない。

「……クソォッ!」

 ポップは、この時、一度、座り込んでしまった。
 彼の周りは、一面、紫色の植物に囲まれている。鼻が詰まっていて気にならなかったが、凄く温かい香がした。
 紫の綺麗な植物、この香り……なんという名前なのだろう。

 それで……少し落ち着いてから、ポップは手元にあったデイパックの中身を確認した。
 そう、考えてみれば、この中に入っているものは、今日を生きる糧だ。上手くすれば、意外な使い方をする事で主催打倒の手がかりになるかもしれない。

 少なくとも、どれだけ打ちのめされていようとも、ポップは「正義感」だけは捨てない人間だった。
 こんな時でも、大魔王バーンや、ノストラダムスを倒す事は頭から外していないのである。
 むしろ、それを強く願っていたからこそ、しるしが光らなかった事や、クロコダインが死んだ事にあまりに強いショックを受けていたのだろう。
 ──みんなでやり遂げる、という事が出来なくなったからだ。

「ん? 名簿……?」

 ポップは、この殺し合いに招かれた者の名前が載ったリストを手に取っていた。
 ダイを探す彼の意思が呼応したのかもしれない。
 すると、その名簿には、ダイ以外にも、ポップの知る名前が幾つか載っているのがわかったのだった。

「キルバーン……バーン……ハドラー……だって!?」

 そこにあったのは、今、ダイやポップたちが倒そうとしている者たちの名である。
 大魔王や、かつての魔王が敵になっている。一応、名目上、ポップはダイや彼らと「最後の一人」の座をかけて争っている事になるわけだ。
 ノストラダムスの言葉に乗る気はないが、もしポップが最後の一人を志す場合、実力の時点で大きな壁が出来ている。
 流石に正攻法での勝利は不可能なのは明らかである。
 彼らが同名の別人や偽物でない限りは、ポップの実力の遠く及ばない所にあるだろうし、現状ではポップも負けを認めよう。
 ダイですら、バーンなどとは今、真正面から一対一で戦って勝てるのかは微妙な所であるといっていい。
 だが……それ以上に気になったのは──。

「ノストラダムスは……あいつらより強いってのかよ!」

 そう、あの三人を拉致して連れてくるノストラダムスの実力だ。
 おそらくは、彼らより上にあるといっていい。何らかの魔法や術でも使えば別だが、彼らがそんな物に引っかかるだろうか。
 大魔王を倒すには、クロコダインを含めた何人もの仲間が絶対的に必要だった。

 ……いや、しかし、考えようによってはプラスな部分もある。
 バーンやハドラーがここに連れてこられてきているという事は、元の世界で戦っている者たちも大破邪呪文の中断以上の混乱に見舞われているわけだ。魔王軍も地上侵攻を進める事ができないという事になる。

 それに、ポップの目的は最後の一人になる事ではなく、ノストラダムスを倒す事だ……。
 もし、バーンやハドラーが同じ目的を持っているとするなら──いや。
 ハドラーはともかく、バーンやキルバーンともなると、ポップや弱者は必要とせず、そもそも協力して脱出を寝返るほど対等な関係とはしないかもしれない。

 やはり。
 ポップがすべきは、ダイとの合流だ……。
 仮にバーンたちと出会っても、上手く行くかはわからない以上、うっかり遭遇しない限りは、上手にバーンたちを避けながらダイたちを見つけたい。

(よしっ! ……泣いてても仕方ねえよな。
 今俺がやるのは、大破邪呪文(ミナカトール)を完成させる事じゃなくて、ノストラダムスを倒す事だ!
 それなら、こいつが光らなくたって……これまで通り、ダイと一緒に、勇気で乗り越えればいいんだ!)

 ポップは、そう思って思い切り立ち上がった。
 すると、ポップの視界には、先ほどまで全く見えなかった、“別の参加者”の姿があった。背の高いラベンダーたちに囲まれた場所では、お互いの姿が見えにくかったが、確かにポップはそれを確認した。

 どうやら──ポップより多少年上程度の女性である。
 そして──彼女は、その手に剣を持ち、今にも自分の身体に突き刺そうとしているのである。
 あれは……。

「!?」

 ポップは、飛び上がりそうなほど驚愕した。
 苦しんで死ぬより、自らの手で命を絶とうとしたのだろうか。そう、まさにその瞬間である。──刃を自らに向けるなど。
 しかし、その少女の命がこのまま尽きるのを、ポップは強く嫌悪した。

 頭の中に浮かぶのは、やはり……。
 やはり……。

(おっさん……!!)

 クロコダインが──大事な仲間が死ぬ姿が、脳をちらついて、離れなかった。
 ポップは、止んだはずの涙を再び流し、奥歯を噛みしめた。
 いつか──そう、いつか、幼い日に両親に問うた、答え難い質問と、その答えを彼は不意に思い出した。

──どうして……──

 誰かが死ぬというのは、どういう事か。
 誰かが生きると言うのは、どういう事か。
 そして……目の前に、自ら命を絶とうとする人間がいたら、ポップは──どうすればいいのか。
 今度は、彼が泣いたまま発した叫びも、遠く響いた。

「駄目だぁーーーー!!!」

 彼は、少女の自殺を止める為に、駆け出したのだ。
 それは勇者の証や意志などではなく、彼の根っこの部分が脊髄反射を起こしたゆえの行動と言い換えても良かった。






──どうしても人は死んじゃうの!? どうしてずっと生きていられないの!?──






 そして、時間は、“現在”に戻った。

 五十メートルほどの距離を、ラベンダーをかき分けながら疾走したポップは、肩で息をしていた。
 この程度の距離では、普通はそうそう息が切れる事もない。
 しかし、泣きながら──嗚咽とともに、必死でもがくようにして、彼は、和泉さくらが死のうとするのを止めたのだった。
 さくらも、直前には躊躇していたので、結果的にはそれは無意味だったかのように思える行為だったが、実際のところ、ポップ自身が大事な事に気づくのに、大きく意味のある瞬間だった。
 遠い日の夜の事が頭に浮かぶなど……。

「──どういう理由が……あんのかは……知らないけどさ……、今……こうしてわけのわからない状況で怖いのかもしれないけど……!」

 さくらは、呆然と、彼の姿を見つめていた。
 何故か、それが、金田一少年の言いそうな事に思えたからだ。
 はっとして、目を大きく開いているさくらの顔面に、ポップは、自分が今──この殺し合いにいる誰よりも強く思っている感情を叩きつけた。

「──だけど、自分から死んじゃ駄目だ!」

 目をぎゅっとつぶり、肘で両目を擦ってから、ポップは言った。
 その手の中──拳は、固く閉ざされている。何か、強い想いが、彼の拳を強く握らせていた。

「……俺の……俺の仲間だって……クロコダインだって……死にたくなかったはずなのに……あいつらに殺されちまったんだよ……!
 なのに、……なのに……、生きてる奴が、自分から命を捨てようなんて、絶対変だ……! 俺は認めねえ……!」

 唖然とするさくらを余所に、ポップは続ける。
 さくらも、彼の知り合いが──あの広間で殺されたピンクのワニ男だったのだと悟った。
 あれは作り物のようにしか見えなかったが、しかし、ポップの表情や言葉は偽物ではなかったし、さくらの思考は混乱を極めたようである。

「どうして!? どうして自分から命を捨てちまおうとするんだ!」

 ポップは激しい語調で問うた。
 何故か、その言葉がさくらの胸には、鋭利な刃物のように深く突き刺さる。
 どこの誰ともわからない人間の言葉であるが、他人のような気はしなかった。
 まるで、目の前に金田一がいるような気分だった。

「……君は?」
「そんな事どうだっていいだろ! わけを話してくれよ……!」

 ポップの息が整い始めた。
 ここでさくらの声を初めて聞いてから、今、自分は会話をしているのだという事に気づいたのだろう、息は整っていくのではなく、整わされ始めた。
 ポップは少し、頭の中で考えをまとめる。……あまり上手に纏まったわけではないが、ポップは落ち着いて、言った。

「俺は……俺は、みんな一緒に生きて、こんな所から脱出したいんだ……。だから、誰にも死なないでほしい……」

 さくらの瞳は曇ったまま、ポップの方を見つめていた。
 彼が誰なのかはよくわからない。……いや、彼は今、名乗る事さえも拒んだ。
 ただ単に、自殺という行為への怒りが彼を突き動かしていたのである。だから、もう一度冷静に名前を聞けば、答えてくれるかもしれない。
 だが、そんな事は、今はいい。
 彼は、そんな事よりも、さくらが死のうとした理由を知りたいらしかった。

「……」

 さくらも少し悩んだ。
 相手は初対面の人間だ。何かを打ち明けるには抵抗がいる。ましてや、それは、本来、あまり他者に向かって話す事でもなかった。
 しかし……。
 初対面の人間だからこそ、容易く打ち明けられる事というのもある。
 さくらが犯した罪とは、全く無縁な少年だ。

「……あたし、人を殺したの……」

 呟くように、俯いてそう言ったさくらに、ポップは驚いたようだった。
 殺し合いが始まって、まだそう時間は経過していなかったが……まさか、と。
 しかし、そんな様子を察してか、さくらは首を振った。

「……ううん……ここに来てからじゃないわ。ここに来る前の話よ。
 お父さんの命を奪った奴らを二人、この手で殺したの……」

 ポップは、饒舌にさくらに言葉を投げかけていたはずの口を噤んだ。
 何も言われず、ポップが少し恐れているように見えたさくらは、却って気が楽になった。
 まるで置物を相手に話しているようで、──あまり気がねする必要が無い。

「……でもね、その人たちを殺したその時思ったの。
 お父さんたちとの思い出は……私自身が、穢してしまったんだって……」

 ポップの目は、殺人を犯した人間を見る目ではなかった。
 普通の人を見て、人を殺した事のない普通の人の悩みを聞いているような気持ちになっていた。
 結局は、ノストラダムスもさくらも同じ殺人者に分類されるかもしれないが、彼女だけは除外しても良いような気持ちになる。

「あなたが誰だかはわからないけど……もし、本当に脱出したいなら、私を仲間に入れない方がいいかもしれない……」

 ごくり、とポップは唾を飲み込んだ。
 さくらの重い言葉は、まるでポップの心臓を締め付けていくようだ。
 しかし、意を決して、彼は言った。

「でも……でも俺、よくわかんねえけど、──人を殺すのも悪い事だけど、自分の命を捨てるのも同じくらい悪い事だろ?
 ……それに、罪の意識ってやつを感じるなら、あんた、やっぱり悪い人じゃねえよ! ……死んじゃったら勿体ねえよ」

 今度は上手く言葉が纏まるかわからず、少し手探りになった。
 ポップには人を殺した経験などないし、それを踏まえて相手に納得のいく言葉をかけられるのかは全くわかなかった。
 ただ一つだけ。──やはり、それでも、自ら死ぬのは間違っているという意見だけは変わらなかった。

「それに、やっぱり……償う方法が死ぬしかないなんて事はないはずだぜ!
 だって、そうだろ……? 今からやり直しちゃいけないなんて、誰が決めたんだよ!」

 そして──まるで紡ぐように出たその一言が、何か、さくらをはっとさせた。
 やり直す──その言葉が、さくらの中で引っかかったのだ。
 そんな言葉をいつか、語りかけられたような……そんな気もした。

「え……?」

 そんなさくらにも気づかぬまま、ポップは続けた。
 今ポップが口にしているのは、さくらを説得する言葉というより、彼自身の願望と言った方が近かった。
 しかし、それが却ってさくらの心を揺さぶったのかもしれない。

「だって……人は必ずいつか死ぬんだ。──だから、一生懸命、生きてるんだ!
 あんただって、最後の時が来るまで、一生懸命生きて、今からだってやり直せばいいじゃないかよ!
 俺、もう誰にもクロコダインみたいに死んで欲しくないんだ……! どんな人間にだって、あがいてもがいて、一瞬でも長く生きてほしいんだ……。
 そいつが……そいつが、俺たち人間の、一番の強さだって、思ってるから……」

 クロコダインと言う仲間の死を受けたばかりだからこそ……彼は、ひたむきにそう言い続けたのだろう。もう、目の前で誰かが死ぬのを見たくは無かった。
 そして、生きている誰かが、大事な命を捨てて行くのも……。
 目を丸めたまま、さくらは、彼に訊いた。

「きみ、名前は……?」
「……俺は、ポップ。あんたは?」
「和泉、さくら……」

 苗字と名前の概念は殆どなかったが、何となくどこが名前かはポップにもわかった。
 とにかく、さくらが唖然としているのはポップにもよくわかる。
 初対面の人間をこれだけ強く説得したのだ。──誰だって少しは驚くだろう。

「……イズミ・サクラ、か。なら、サクラ……一緒に脱出したいなら、絶対大丈夫だぜ! 俺の仲間もきっと、サクラの事をわかってくれる。
 ダイっていってさ……凄く良い奴なんだぜ! まあ、俺と違って、あいつは女の子の事には、鈍感だけど……」

 それから、ポップはもう少し元気で前向きな気持ちでさくらに語りかけた。
 さくらが少しでも心を開いてくれたと思ったからだ。それはポップにとっても純粋に喜ばしい事だった。
 少なくとも、今ここで命を絶つ事はないだろうし、少しはポップの言葉を胸にしまってくれたような気がする。
 ふと、知り合いの話題で、ポップも気になる事があった。

「そうだ、サクラは……?」
「え?」
「サクラは、ここに知り合いが来てたりしないのか?」

 そう問われて、さくらは、少しだけ躊躇してから、金田一の名前を告げた。
 考えてみれば、脱出したい人間にとって、金田一はきっと、最大のブレインになる。
 彼は頭が良いだけではなく、正義感も誰よりも強い──ポップとは、きっと仲良くやれるのではないかと思った。
 さくらも、ポップに悪印象は全く無い。彼が純粋に脱出したいというのが、さくらにも伝わったのだ。

「……金田一くん、っていう友達がいるわ」
「キンダイチ? ……それって、確か、ノストラダムスの正体を暴くとか言ってた奴じゃねえか! 詳しく教えてくれよ!」

 やはり、船の一室で金田一が啖呵を切ったのは間違いないらしいと、さくらは知る事になった。

 金田一は、やはりあの時も……名探偵だったのだ。
 そんな彼に想いを馳せながら、さくらは一度、ポップとちゃんと話してみる事を決めた。



【1日目 深夜】
【B-2 蒲生の屋敷・ラベンダー畑】

【和泉さくら@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康、恐怖と震え
[装備]:神刀滅却@サクラ大戦
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[思考]
基本行動方針:?????
0:ポップと話す。
1:金田一くんに会いたいような、会いたくないような…。
2:自分は生きていて良いのだろうか?
[備考]
※参戦時期は死亡後。
 金田一の説得は、「バカだよ……お前は……」まで聞き取ったようです。
※金田一と同じクラスだったので、小田切進の事は知っているはずですが、現在のところ特に意識はしていないようです。

【ポップ@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
[状態]:健康、悲しみ
[装備]:アバンのしるし@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[思考]
基本:打倒ノストラダムス。 誰にも死んでほしくない。
0:サクラと話す。特に、キンダイチという人間の事が気になる。
1:ダイを探し、一緒にノストラダムスを倒す。
2:バーン、キルバーンを警戒。ただし、ハドラーは…。
[備考]
※参戦時期は26巻「大破邪呪文の危機…!!!」終了後。
 その為、アバンのしるしを光らせる事が出来ていません。


【支給品紹介】

【神刀滅却@サクラ大戦】
和泉さくらに支給。
「二剣二刀」の一つであり、帝国華撃団総司令・米田一基中将が持つ、霊力を帯びた直刀。
所持者を正しい方向へと導く力を授けられると言われる。
後に大神一郎に託され、「二剣二刀の儀」に使われた。

【アバンのしるし(勇気)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
ポップの所持品(ただし支給品枠1減)。
アバンに教えを受けた「アバンの使徒」たちだけが卒業証書代わりに持つ石。
輝聖石という特殊な石で作られており、敵から受けるダメージを軽減し、所有者の力を高める事が可能。つまり、強力なおまもりである。
いざという時には、彼らの身を守る魔力を発動するが、確実に生存を約束する物ではない。
五種類あるが、ポップが持っている石は、「勇気」の力に呼応する。



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