拳に生きる者達





一陣の風が吹く。


星の光が唯一場を照らす、荒涼とした地の上で。


一人の男が、風を一身に受けつつ静かに瞳を閉じ佇んでいた。



純白の胴着に身を包む、屈強な肉体を持つ格闘家。



その名はリュウ。



『真の格闘家』を目指し、拳に生きる一人の求道者だ。



(……殺し合い、か)


このバトルロイヤルという謎の催しに対し、リュウは己の中である答えを模索していた。

格闘家の本懐とは、拳に生きる者が目指すべき地点とは何かを。


あの日と同じ……強大な実力を持つ帝王サガットを打ち倒した時と同じ迷いが、彼の中には生じていた。
サガットは帝王の名に恥じぬ力を持っていた……当時のリュウにとって、あれ程の強敵はいなかった。
故に彼は、恐怖を覚えてしまった。
圧倒的実力を持つ敵への恐怖を、敗北―――死ぬかもしれないという恐怖を。

そしてその感情は、リュウに眠る強大な力―――殺意の波動を呼び起こさせてしまった。
殺意の波動を持って放たれた一撃は、サガットを見事打ち倒した。
帝王を地に下し、リュウを勝利に導いた。
しかし……その勝利にリュウが抱いたものは、歓喜でも安堵でもなかった。
言葉では言い表しにくい冷たさ……悲しみにも似た、空虚さであった。


これが自分の目指していた『真の格闘家』だというのか?

格闘家の行き着く先とは、勝利を得る為の絶対的な力―――相手を屠り滅ぼすだけの黒き力だというのか?


「……ほう。
 こんなところで瞑想する奴がいるとは……驚いたね」


その時だった。
リュウの前方―――このコロッセオの入場口より、一人の男がゆっくりと歩き入ったのは。
長身の、こちらもまたリュウに負けず劣らずの屈強な肉体をした男だ。
身に着けているサングラスのおかげで表情は読み取りにくいが……その身から発する闘気で、リュウは感じ取る事ができた。

この男は……この状況に対しての迷いがない。
バトルロイヤルでの闘いを望んでいる……殺し合いを望んでいると。


「見たところ、同じ武道家の様だが……このバトルロイヤルに思うところがあるといったところか?」

「ならお前は、この状況に何も思わないというのか?」


それを理解した上でなお、リュウは男に問いかけた。
同じ武道家というならば、何故そうしたのかと。

これは、単に殺し合いに乗ったか乗らないかというだけの問題ではない。
何故、拳に生きる上でその道を選んだのか。
その意味を問いかけるものでもあった。


「何とも思わない、か……そうだと答えれば嘘にはなるな。
 いきなり何の前触れも無しにこんな場に放り込まれちゃ、流石に驚きもする。
 もっとも……お前の望んでいる答えは、こんな感想じゃないようだがな」


男もまた、リュウの問いの真意を理解していた。
武道家として、血塗られた道を選んだのは何故か。
どうしてこのような道を、選ぶ事ができたのかと。


「武は、力は、敵を倒す為のモノ……命を奪うためのものだ。
 強さを突き詰めようとすれば、自然とそこに行き着く。
 命の取り合いに辿り着く……闘いに生きる者の道は、より強くなるか死ぬかの二択しかない」


武道とは突き詰めれば、敵を倒し殺す為の力だ。
ならばそれを極める為に人を殺めるのは、当然のことではないか。
故に男はその道を選んだ。
それが己が目指すべき強さの行き着く頂点であると、信じているが為に。

「違う!
 ただ相手を倒すだけの力が……命を奪うだけの黒い力が、格闘家の行き着く先であってはならない!
 皆が目指す真の格闘家への道が……無為に死に追いやるだけの悲しいものであってはならないんだ!!」


だが、リュウはそれを否定した。
あの黒き殺意の波動が……それが齎すあの空虚な闇が、本当の力である筈がないと。

今まで幾度となく、多くの者達と拳を交わしてきた。
その中で、かけがえなき多くの友と出会ってきた。
彼等と闘い競い合う中で、リュウは何度も思ってきた。


「大切な友との、ライバル達との闘いがあったからこそ俺は強くなることができた。
 尊敬すべき多くの猛者達と拳を交える事で多くを学んだ。
 互いに認め合い競い合う中で、俺は強くなれた!
 ただ屠るだけの力を振るう者には、決して得られない力がある!
 俺はそう信じている……お前の目指す道を、認めるわけにはいかない!」


こうして互いに力と技を磨きあう事で、共により高みへと行けると。
また再び、拳を交えたいと……そう何度も思ってきたのだ。
拳を交わすことで分かり合えた友との絆があるからこそ、今の自分はあるのだ。


「……甘いな。
 そんなもので得られる強さなど、タカが知れている……」


男がその言葉を受け入れられる筈もない事は、言うまでもなかった。
血塗られた道に自ら身を置き、強さを極めようとしているこの男にとって……
リュウの言葉は、甘い戯言以外の何物でもないのだから。
許す事など出来る訳がない。

まして……一目見ただけで『強い』と分かるだけの存在ならば、尚更だ。



「……戸愚呂だ。
 闘う前に、名前を聞いておこうか?」

「リュウだ……戸愚呂。
 お前がその道を歩むというなら……俺は全力でお前を止める……!」


両者が静かに構えを取った。
どうあっても譲れぬものがある。
言葉で分かりあう事などできない。

ならば、拳に生きる者として……ただ、拳を交えるのみだ。




■□■




「小手調べ……まずは30%といったところか……!」


先に仕掛けたのは戸愚呂だった。
自らの上着を脱ぎ捨てると、全身の筋肉を隆起させ、上半身を大型化させていく。
彼が持つ能力―――筋肉操作で、筋肉を発達させたのだ。
そしてそのまま間を置かず、勢いよく地を蹴り疾走。
戸愚呂はリュウに、真正面から右拳を叩きつけにかかった。


「ぬぅん!」
「ハァッ!!」


リュウはそれを左の手の甲で打ち払い―――ブロッキングし、右の拳で胴を狙いにいく。
しかし戸愚呂もまた、この一撃にすばやく反応した。
リュウの拳が胴に到達するよりも早く、右の掌で受け止めにかかったのだ。
そのまま強く握り締め、リュウの拳を封じようとする。


「ほう……!」


が……出来なかった。
リュウの一撃が、戸愚呂が想像していた以上に鋭く重たかったが為に。
掌を通じて、衝撃が腕から全身へと駆け上がっていく。
これ程の打撃は、久しく感じていない。
確かな強さを感じられる一撃だ。


「せいっ!!」


さらにリュウはそこから前に踏み込んだ。
戸愚呂が拳を受けて怯んだ瞬間、素早く右拳を引き、体ごと彼の懐に飛び込んだのだ。
そしてその左腕を両手で掴み、後ろへ振り向きつつその背に彼の巨体を背負う。
実にスムーズに、流れるような背負い投げを繰り出すリュウに成す術もなく、戸愚呂の体は宙を舞った。


「背負い投げか……俺を掴んで投げる奴なんて、本当に久しぶりだ……!」


否。
戸愚呂は投げられ宙を舞った様に見えているだけだ。
彼はリュウの投げから抜け出すのは不可能と瞬時に察知し、逆に自ら勢いを利用して高く跳んだのである。
そうする事で、地面へと叩きつけられるダメージから見事に逃れたのだ。
リュウも投げの瞬間に感じた違和感から、それは察せていた。
しかし、言うには簡単だが実際にそれを実行するのは相応の力量がなければ出来ない。
苦もなく両足から地面に着地する戸愚呂を見て、リュウもまたその事実―――戸愚呂が相当な強さを秘めている事を悟った。


「波動拳ッ!!」


故に、彼は追撃の手を緩めなかった。
戸愚呂の着地に合わせ、すかさずこの技を放ったのだ。
内なる闘気・波動を練り合わせ相手へと打ち放つ飛び道具―――波動拳を。
着地直後の不安定な体勢では、タイミングからして回避は出来ない。


「フンッ!!」


いや、そもそも回避は必要なかった。
戸愚呂は迫りくる波動拳を、拳を振り払い打ち払った。
豪腕による強引な一撃で、掻き消したのである。


「まだだ!!」


しかし、その僅かな動作の隙に。
リュウは前方へとステップし、戸愚呂との間合いを詰めていたのである。
波動拳を防御されること・迎撃されることは既に予測していた。
今の戸愚呂の様に拳の打ち払いで波動拳を破る相手とて、初めてではないのだから。

間合いに入ると共に、まずは左の拳を素早く連続で突き出す。
威力よりも速さを重視した牽制、言わばジャブの連打だ。
対する戸愚呂は、またしてもこれに素早く反応し、腕を交差させてガードをする。
しかし、そこから動きが取れない。
リュウの攻撃による固めがきいており、迂闊に反応が出来ないのだ。
ここで下手に動けば逆に拳をもらい、思わぬダメージを受けてしまいかねないが為に。


「ッ!」


だがそれは、リュウもまた戸愚呂の硬いガードを切り崩せないままでいるという事。
速さこそあれど軽い拳の連打では、戸愚呂のこの防御は到底抜けれないだろう。
ならばと、リュウは行動を切り替えた。
左拳を引くと共に、素早くその場に屈み足による攻撃へと移ったのだ。
真っ直ぐに蹴りを突き出し、その脚部を狙う。


「くっ!」


今度は防御が間に合わない。
リュウの動きが思うよりも速いからか、脚への一撃が命中することを許してしまった。
戸愚呂の体勢が僅かに崩れる。
その隙を見て、リュウは動いた。
立ち上がる勢いを乗せ、右拳を突き上げてのアッパー。
それが戸愚呂の顎に吸い込まれるように入る。
更にそのまま、上体を捻りつつ跳躍。
脚部に力をこめ、戸愚呂の側頭部目掛けて放つ……!


「竜巻旋風脚!!」


竜巻旋風脚。
前方への跳躍と共に繰り出す、空中での連続回し蹴りだ。
それは見事に戸愚呂のこめかみを捕らえ、彼を勢いよくふっ飛ばした。
その巨体が、コロッセオの闘技場に倒れ伏す。
防御の反応すらも許さない素早いコンビネーション攻撃で、リュウは見事戸愚呂を切り崩したのだ。





■□■





「……ふふっ。
 ここまで圧倒されるとは……30%の力じゃ、流石に失礼だったか」


ゆっくりと起き上がりつつ、戸愚呂は目の前に立つ男を静かに見据えた。
かけていたサングラスは今の一撃で砕け散っており、両の眼でしっかりと捉えている。
元々、30%の力では勝てる相手ではないとは踏んでいた。
あくまで小手調べのつもりであり、どれくらいできるかを確かめるために敢えてこの状態で挑んだのだが……流石にここまで圧倒されるとは思ってもみなかった。

強い。
それも道具に頼ったものでも、兄の様な特異体質に頼ったものでもない。
純粋に磨き上げた、武の力だ。
目の前の男の強さは、紛れもない本物だ。


「……嬉しいぞ。
 久々に、期待できる闘いになりそうだ……!!」


戸愚呂が歓喜の声を上げると同時に。
その上半身が、更なるパンプアップを遂げた。
一気に、筋力操作を倍の60%まで引き上げたのだ。
目の前に立つ男には、少なくともここまでの力を見せる必要があると感じたが故に。

さあ、これならばどこまでやれる?
どこまで自分の力に、この男の強さは届く……!!


「ハアァァァァッ!!」


戸愚呂は間合いを詰めることなく、その場で全力の拳を放った。
拳が届く距離ではないにも関わらず繰り出された一撃は、当然ただ空を切るのみ。



――――――ゴウッ!!



しかし……その剛拳を突き出す事で生じる風圧ならば、リュウへと届く。
60%まで力を引き上げた事で、こういった芸当も不可能ではない。
そして純粋なパワーが生み出すそれは、命中すれば拳打と同等以上の威力を発するに違いないだろう。
戸愚呂はこの攻撃を80%より低い段階で使った事はなかったが、元々80%の段階でも軽く腕を振るう程度で出来た代物だ。
やや劣るこの60%の時点でも、ビルを一棟更地に余裕で変えるだけのパワーはある。
ならばこうして全力を込めた拳を放てば使うこと自体は不可能ではないと踏んでおり、現に実現したわけである。



「波動拳ッ!!」


リュウはそれを、波動拳で迎え撃った。
波動と拳圧がぶつかり合い、掻き消える。
その瞬間、両者は同時に動いていた。
互いに真っ直ぐ、前へ。
その拳を、全力で突き出しに向かっていた。



――――――ドンッ!!



「ぬぅ……!」
「くぅ……!」


真正面から右拳同士が激突しあう。
どちらともに、拳より伝わる強い衝撃を感じつつも、一歩も下がらない。
通常、こういった場合には力の弱い方が押し合いに負けて吹っ飛ぶものだ。
だがこの二人は、微動だにしていない。
その両足がコロッセオの舞台に皹を入れつつも、力強く留まっている。
つまり、両者の威力は互角という事になるが……


「ッ……!!」


僅かに、戸愚呂の体が後ろに動いた。
リュウの拳が、戸愚呂のそれを僅かながらも押したのだ。
踏ん張っている以上、足は使えない。
ならばと、戸愚呂は空いているもう一方の拳をリュウ目掛けて繰り出した。
お互いに右拳を精一杯に突き出し合っているこの状況では、直接体へは届かない。
先程の様に拳圧で吹き飛ばすにも、この力比べの体制からでは完全には威力を発揮できないだろう。


「はぁぁっ!!」


故に狙うは……ぶつけ合っている右の拳。
そこに横からの一撃を打ち込み、リュウの体勢を強引に崩す腹だ。


「……見えたっ!」
「何……?!」


だが……同じ体勢にあるリュウもまた、考えていたのだ。
この状況下で出せる追撃は何か、敵の間合いに届く一撃は何かを。
故に戸愚呂の攻撃を察知し……反応することができた。



――――――パァンッ!!



「ぬっ……!!」


絶妙のタイミングで、リュウは左の拳を打ち下ろし。
向かってくる戸愚呂の左フックを、下へと捌いた。
剛力から繰り出される一撃を防御するのではなく、僅かに力を加えることでさばき受け流したのだ。

ザンギエフや本田をはじめ、パワーを武器にしてきたライバル達は大勢いた。
そんな闘いの中で、リュウは確かに学び成長していた。
強力なパワーを相手に打ち勝つならば、ただ真正面から受け止めるだけではいけない。
時には敢えて受け入れ、受け流すことで見えるものもある……!


「くっ!!」


命中でも防御でもない。
拳のぶつける先を見失ってしまった事で、戸愚呂の体はバランスを崩さざる得なくなってしまった。
振り払った自らの力に、引っ張られる形で……!


「オオォォォッ!!」


それに合わせて、リュウは強く右拳を突き出し戸愚呂を押し切った。
当然、戸愚呂にはこれを踏ん張れる道理などない。
後方へと下がらざるを得ず……そこへリュウの追撃が入る。



――――――ドゴォッ!!


力強く前へと踏み込んでの、上段足刀蹴り。
無防備な戸愚呂の喉元へと、その強力な一撃が叩き込まれる。


「くっ……ぬおおおぉぉぉっ!!」


しかし、戸愚呂はそれで倒れず。
逆にリュウの両足を掴み、そのまま横へと大きく振り回しにいった。
まるでプロレスのジャイアントスイングの様に、リュウの肉体を軽々とぶん回し……投げ捨てる!!


「ッ……波動拳!!」


だが、リュウとてただではやられない。
空にその身を投げ出されながらも気を練り上げ、激突寸前に地面へと波動拳を放ったのだ。
落着の衝撃を緩和し、ダメージを抑える為に。
更に、波動拳によって土煙がもうもうと舞い上がる。
リュウの姿が、その中に入り隠されてゆく。


(目くらましか……だが、狙ってやったのじゃあないな。
 あくまで意図せず起きた副産物……こいつの性格上、こんな小細工はしない。
 武道家同士の一対一での闘いである以上……!)

戸愚呂はその煙を真っ直ぐに見据えていた。
リュウがこれを利用してあらぬ方向から奇襲を仕掛けてくることは、恐らくないだろう。
一対多の戦いならばともかく、あくまで武道家同士のサシでの決闘と彼が考えているならば……小細工を用いた決着など望まない筈だから。
つまり、リュウが来るならば……それは真正面から以外ありえない。


「いいぞ……それでこそ、闘う価値がある!!
 期待した甲斐がある!」


その姿勢を、戸愚呂は心から喜んだ。
ならば自分もつまらない真似をせず、正面から相手をしようではないか。
腰を深く落とし、呼気とともに右拳に力を集中させる。
全力を込めた正拳をただ打ち込み、その拳圧を真正面より叩き込むのみだ。


「ハァッ!!」


そして繰り出された一撃は、闘技場の地を抉りながら真っ直ぐに突き進んでゆく。
やがてそれに伴い、舞い上がっていた土煙が掻き消えてゆく。
その中心には予想通り、リュウが立っていた。
迫り来る戸愚呂の攻撃を、真正面から堂々と迎え撃つべく。


「真空……!」



その両の掌に……強力な波動を込めて!



「波動拳ッ!!」


真空波動拳。
通常の波動拳よりも更に強力な波動を練り上げ放つ、必殺の一撃。
それは戸愚呂の放った拳圧と、真正面からぶつかり……



――――――ゴゥッ!!



打ち破り、なおも突き進む!

「ぬっ……ぬぅぅおおぉぉっ!!」


戸愚呂は咄嗟に両手を突き出し、その波動の一撃を受け止めた。
何と重く力強い一撃か。
自分の攻撃を相殺するどころか、貫きなおも襲いかかろうとは。


(これだけの霊力……いや、霊力とは少し違うようだが……!
 どちらにせよ、ここまでのものを練り上げるには相応の鍛錬がなければ出来ない……
 リュウ、この男……!!)


強力な波動をその身で受け、素直にリュウの実力に感心をしながらも。
戸愚呂は腕に力を込め、開いていた指を徐々に握り締めていく。
真空波動拳を、強引にパワーで圧殺しようとしているのだ。
見る者が見れば、それが如何に無茶苦茶な手であるかはよく分かるだろう。

しかし……!


「喝ッ!!」


戸愚呂は、それを成した……!
同等の闘気を込めるのでもなく、技によって威力を抑えるのでもなく。
リュウの放った必殺の波動は、ただただ強力なパワーの前に打ち消されたのだ。


「何ッ!?」


だが……驚愕の声を漏らしたのは、リュウではなく戸愚呂の方であった。
何故ならば、目の前の波動を打ち消した瞬間に彼の視界に飛び込んだのは、既に至近の距離まで近づいていたリュウだったのだから。
リュウは戸愚呂が真空波動拳を受け止めにかかったそのタイミングで、間合いを一気に詰めていたのだ。
必殺の波動ですらも、攻撃を打ち込む為の布石に変えて……!


「オオオォォォッ!!」


強く前へと一歩を踏み出し。
拳に闘気を、波動を込めて。
天へと昇る龍が如く……跳躍と共に打ち出す!


「昇龍拳ッ!!」


打ち出された拳は、真っ直ぐに……戸愚呂の胴体を打った!




■□■




「グゥゥッ!!?」


リュウの放った昇龍拳を受け、戸愚呂は思わず苦悶の声を漏らしてしまった。
自身の筋肉を突き抜け、肉体の内にまでこうも衝撃を届かせるとは。
30%では圧され、ならばと60%まで力を引き上げたが……それでも尚、勝負はリュウの優勢ときた。
何という事だ。


「……ふふ……フフハ!」


何という、嬉しい事だ。
まだまだこの男は、自分に力を出させてくれる。
こんなものではない、更なる力を引き出させてくれる。
これだ……これを期待していたのだ。
浦飯幽助に自分を上回る何かがあるかもしれぬと感じた、あの時と同じだ。
全力を出してもいいと、そう思わせるだけの強敵との勝負。
目の前の相手には……それが望める見込みがある!


「いいぞ……リュウ。
 もっとだ、もっとお前の強さを見せてみろ……俺と闘え……!!」


戸愚呂の肉体が、更なる変化を遂げる。
現段階の更に上……80%まで、自身の力を引き上げたのだ。
その姿は、今まで戸愚呂が出してきた最強の形態。
これまでその姿を見て生きてきた者は極僅かしかいない姿だ。


「戸愚呂……!?」


もはや人の範疇を超えたその異形の姿には、さすがのリュウも驚きの感情を抱かざるを得なかった。
ここまで見せてきた30%・60%の筋力操作は、まだ人間の範疇に入る姿だ。
寧ろ、全身から電気を放つ野生児や手足が自在に伸び口から火を吹くインド人を見てきたリュウからすれば、外見上は些細な変化でしかなかった。

だが……流石にこの80%の力にまでなると、話は別だ。
全身の筋力は明らかに人の範疇を逸脱しており、何より全身から放たれているこの異常とも言える闘気。
力の弱いものならば、相対しているだけでも体力を削られるであろう程だ。


「その姿……それが、お前の目指す力のあり方なのか……?」

「ああ……そうだ。
 力を、強さを求め俺が行き着いた……人を超えた力だ」


人を超えた力。
戸愚呂は自らの今の強さを、そう言い放った。
それは間違いではない。


「人を越える妖怪へと転生する事で、俺はこの力を手に入れた。
 強さを極める為に……人間を超えたのだ」


話は、50年前にさかのぼる。
かつての戸愚呂は、リュウと同じく拳に生き強さを日々磨く武道家であった。
自身の強さを何よりも信じていた。

だが……ある一度の敗北が、彼の全てを変えた。
敗れた末に、彼は大切な者達を失ってしまった……己の強さが、足りなかったが為に。
だからこそ、彼はその強さを永久に高め保つことを目指した。
そしてそれは、年と共に老いてゆく人間では成し得ない。
故に彼は、妖怪へと転生したのだ。
人あらざる存在になることで、より己の武を高めるために。

ただひたすらに、強さを得るために。



「……違う……!」


その戸愚呂の言葉を、リュウはまたしても否定する。
彼の力は間違っている……そんなあり方が、目指す強さの到達点であるはずがない。


「戸愚呂……それは人を超えた力じゃない!
 人を捨てた力だ!!」
「捨てた、か……どちらにせよ、同じ事だ!」


間合いを詰め、戸愚呂が迫る。
先程までと比較して、段違いの爆発的な勢いだ。

「人間である以上、得られる強さには限界がある!
 だからこそ俺は、人間である事をやめたのだ!!」


リュウを射程に捉えると同時に、戸愚呂は右の中段の廻し蹴りを放つ。


「違う!
 戸愚呂、お前は怖かったんだ!!
 人間のままであり続け、強さを磨く事から……お前は逃げた!」


その蹴りを力強く左の腕で受け止め、リュウは右の拳を真っ直ぐに放つ。


「俺が逃げただと……!?」


戸愚呂はその一撃を上体を逸らして回避し、蹴り足を戻すやいなや両の拳を組み、リュウの顔面めがけて打ち下ろす。


「そうだ!
 お前の言うとおり、人間は弱いかもしれない生き物だ。
 だが同時に、己を磨き高める事で強くなれる可能性を秘めている!
 それはただの力や技によるものだけじゃない!
 友との絆……自分以外の誰かの支えがあってこそ得られる強さだ!!」


鉄をも容易く砕きかねないその豪打を、リュウはバックステップで回避し、同時に波動を練り上げる。


「だからどうした!
 強さを得るのに他者の存在など不要……!
 全てを切り捨て、純粋に己のみを高める事で強さは得られる!!」


放たれた波動拳を、戸愚呂は手刀の一撃で両断する。


「それが逃げていると言うんだ!
 お前は強さを極める為に絆を捨てたんじゃない……絆から得られる強さを信じる事が出来なかったんだ!
 だから、人を捨てて得られる容易な力に走った……人である事から逃げた!!」


リュウは竜巻旋風脚で戸愚呂との間合いを詰めつつ、その頭部に蹴りを狙う。


「グゥッ……!?」


腕を上げて頭部へのダメージを防ぐも、戸愚呂の顔が苦痛に歪む。

(違う……さっきの攻撃とは!!)


威力が明らかに違う。
これはただの竜巻旋風脚ではない。
より力を、闘気を込めた必殺の奥義……!


「真空……竜巻ッ!!」


真空竜巻旋風脚。
より強い闘気を込めて放たれたその蹴りは、戸愚呂の体を大きく揺らした。
80%まで高められた戸愚呂の肉体にも、なお通用する威力が秘められていた奥義だ……!


「ウオォォ!!」


踏ん張る戸愚呂の肉体を、音と砂埃を立てて強引に後退せる。
この真空竜巻旋風脚には、これまでリュウが放ってきたどんな攻撃よりも重かった。


「俺は……お前にだけは負けるわけにはいかない!
 真の格闘家の行き着く先が、人を捨てた強さではないと……そう証明するためにも!!」


それは単なる威力だけの話ではない。
彼の魂……拳にかける想いが、しかと乗せられた攻撃であったからだ。
真の格闘家を目指すものとしての譲れぬ願いが、力を与えているのだ。


「証明、か……なら、リュウよ。
 俺がお前に勝てば……正しいのは俺の求める強さということになるな……!!」


しかしその一撃を受けてもなお、戸愚呂はその思いを否定した。
あくまでも自分は、自分の求める強さを信じると。
リュウの求める強さなど、甘い戯言でしかないと。


「ウオオォォォォォォォ!!」


唸りを上げ、戸愚呂が拳を繰り出す。
リュウの掲げる信念を、その肉体ごと打ち砕かんとするかの様に。



――――――バシィィッ!!!



「くっ……!!」


リュウはその拳を、真正面から両の腕で受け止める。
防御越しですら、肉を越え骨まで響く衝撃と威力。
まともに当たれば容易く体を吹っ飛ばされていただろう……だが、リュウはそれを受け止め踏ん張っていた。
全く後ろに下がらず……まるで、戸愚呂の信念を拳ごと受け止めるかの様に。


「なら……何故だ、戸愚呂」


その体勢のまま、リュウは静かに言葉を紡いだ。
目の前に立つ、己の強さを否定しようとする男へと……


彼は、悲しき瞳で告げた。



「何故……お前の拳からは、悲しみが伝わって来るんだ……!」


拳を通じて伝わった……戸愚呂の思いへの疑問を。





■□■




「……!?」


リュウの言葉を聞いた瞬間。
大きく目を見開くと共に、戸愚呂は咄嗟に拳を引いた。
引くしかなかった……できなかったのだ。


「……悲しみ、だと……?」


自身の拳から悲しみを感じたというこの男に……あのまま、拳を突きつけ続けることが。


「ああ……そうだ。
 お前の拳は、ただひたすらに強さを……
 敵を倒す事のみを追求するだけの拳じゃない。
 口ではそうだと言っても……拳から伝わる想いには、それ以外のものが確かにあった。
 少なくとも、俺にはそう感じられた……」


戸愚呂が強さをひたすらに追い求め続けているという点に、一切の間違いはない。
紛れもない事実なのは、疑いもないだろう。
だが……本当にそれだけなのかと、リュウにはどうしても思えてならなかった。
何故なら……彼の姿が、拳がそれを否定しているからだ。
自分と闘う中で、徐々に全力を出せる事を喜んでいる戸愚呂の姿が、その想いが。


「まるで……俺には、お前が『自分を倒せる相手を望んでいる』かのように思えてならないんだ」


闘いの中で……自己を越える存在を待ち望んでいるのではないかと。
それを自分に求めているのではないかと……そう感じさせたのだ。




■□■




「……まったく。
 くだらない事を言ってくれるな……白けちまったよ」


そんなリュウの言葉を聞き、戸愚呂は小さくため息をついた。
興が削がれたとでも言うべきか。
80%まで膨れ上がっていたその肉体が、徐々に元の体型へと戻りつつあった。
先程まで放たれていた圧倒的な闘気もまた、同様になりを潜め始めている……戦意を消したのだ。

これ以上……少なくとも今は、彼の中にリュウとの闘いを続行する意思はなかった。


「……リュウ。
 何を感じたのかは知らないが、それはお前の勝手な思い込みに過ぎない……お門違いもいいところだ」


戸愚呂は地に落としていたデイパックを拾い、コロッセオの入退場口へと足を向けた。
リュウに背を向け、ゆっくりと静かに外へと歩いてゆく。


「俺はただ、強さが欲しいから闘うだけだ。
 お前との闘いならば、更なる強さを得られると感じたから……だから闘いを望んだまでのことだ」
「戸愚呂……」


去りゆくその背を、リュウは追おうとはしなかった。
ダメージが抜けていないことも、もちろんあるが……それ以上に。
拳を通じて感じた悲しみと同じものを、その背から感じてしまったが為に。
今ここで闘いを挑んで……それが本当に正しいのかと、迷いを感じてしまったがためにだ。


「まあ……そういう意味では、俺とお前はどこか似た者同士なのかもしれないか。
 リュウ……このバトルロイヤルには、俺と同じ様な奴は山ほどいるはずだ。
 それでもなお、お前は……その甘い道を歩もうって言うんだな?」
「……ああ。
 ただ闇雲に命を奪うだけの力は、本当の強さじゃない……俺はそう信じている。
 だから、戸愚呂……お前は絶対に俺が止めてみせる」


それでも、この決着だけはいずれ必ずつけなければならない。
この拳への想いにかけて……必ず。

「ふっ……そいつは、次に出会う時が楽しみだな……」


その思いへと戸愚呂は静かに笑みを浮かべて答え、去っていった。



リュウと戸愚呂。
同じく拳に生き、しかし互いに違う頂きを目指す二人の求道者。
その第一戦は、引き分けに終わった。

果たしてこの先……決着となる第二戦は、無事に巡り来るのであろうか。

それとも……



【A-5 コロッセオ/1日目 深夜】
【リュウ@ストリートファイターシリーズ】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3、
[思考]
基本行動方針:格闘家としてこのバトルロイヤルを否定する。その為にもノストラダムスを倒し、バトルロイヤルを終わらせる。
0:ひとまずは体力の回復を待ってから行動する。
1:戸愚呂(弟)との決着をいずれつける。
  彼の求める強さを認めるわけには行かない。
2:バトルロイヤルを終わらせる為に、共に戦う仲間を探す。
[備考]
※参戦時期はZERO2のED~ZERO3からです。
  その為、真・昇龍拳をまだ会得していない可能性があります。
※殺意の波動に目覚める兆候はなく、安定した状態でいます。
  ただし、置かれている状況次第によっては殺意の波動が昂ぶり、目覚める可能性もあります。




■□■




(……倒してくれる相手を望んでいる……か)


コロッセオの外回り。
出入り口を出てすぐの地点で、戸愚呂はリュウの言葉を静かに思い返していた。

彼は、自分が妖怪へと転生したのは、人であり続ける事への恐怖に負けたことからの逃げだと言った。
自身の拳からは、悲しみが感じられると言った。
自分が……本当は誰かに倒される事を望んでいるのではないかと言った。


(案外……そうなのかも、しれないな……)


100%の力を出し切り闘える、そんな相手を求めるのは……そんな想いが根幹にあるからなのかもしれない。
ああ、リュウの言うとおりだ。

50年前のあの日……暗黒武術会決勝で、潰煉に弟子達を皆殺しにされたあの時から。
潰煉を倒し敵を討ってもなお、彼らを守れなかったという罪の意識が消えなかった、あの時から。
弱い自分自身を許せず、妖怪となることで強さを手に入れようとしたあの時から。

ずっと……きっと自分は、望んでいるのかもしれない。
強さを求める反面で、心のどこかでは、彼の様な己とは違う強さを持つ男と出会い闘う事を。


「それでも……今更、後戻りなんかも出来ないんでな……」


それでも尚、戸愚呂は己の歩む道を曲げようとは考えなかった。
自分はこうして、全てを捨てて強さを得る道を選んだのだ。
だから……試してみたいのかもしれないのだ。

リュウが言った強さは、本当に正しい強さなのか。
自分が目指す強さこそが、本当に正しい強さなのか。


武道家として……どちらの強さが正しいのかを。


【A-5 コロッセオ外/1日目 深夜】
【戸愚呂(弟)@幽遊白書】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3、
[思考]
基本行動方針:優勝を狙い、全ての参加者と闘う。
0:自分に100%の力を出させるだけの相手を探し、闘いたい。
1:リュウとの決着をいずれつける。
  彼の目指す強さと己の目指す強さと、どちらが正しい強さなのかを確かめたい。
2:可能なら、一応兄者とは合流する。
[備考]
※参戦時期は暗黒武術会決勝戦前。
  準決勝終了後から玄海殺害までの間になります。
※リュウを強敵と認識し、80%までの力を発揮しています。
  彼ならば100%の力を出せるかもしれないと期待をしています。
※100%の力を出して全力で闘った場合、肉体が耐え切れずに反動で崩壊する恐れがあります。




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最終更新:2015年11月15日 01:18