【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5別館-2

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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5別館-2 385 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21:14:56 ID:/DfUl1eg0 今にも泣きそうな面持ちのナナイ・ミゲルが06R-3Sの最終調整が行われているハンガーに到着したのは「模擬戦」が行われる一時間前の事だった。 通常ここは彼女には無縁の場所であったが、ゼロがこのMSに搭乗する以上、彼の調整はギリギリまで行なうべきだとするナナイのたっての希望が受け容れられたものであった。 ナナイは元々サイド6においてNT研究の傍らフラナガン博士が提唱していたサイコ・コミュニケーター(通称サイコミュ)の開発に携わっていたメンバーであり、 この施設でも施設の代表者だったマガニー博士の元、主に重力下におけるサイコミュの研究を担当していた。 (NTは緊張状態に置かれると≪感応波≫と呼ばれる特殊な波動を発し、これが周囲のミノフスキー粒子を振動させ、遠くまで伝播させるという特性がある。 その現象を受信、増幅してNTパイロットの意志のままに兵器を操らせようというシステムがサイコミュである) この施設では当初、ここに運び込まれる機動兵器に試験的にサイコミュを搭載し、重力下(水中も含む)における運用の可能性を研究する予定だった。 その為にここには、大型のミノフスキー粒子発生装置までが設置されていたのである。 しかしここで技術的な壁が立ちはだかった。 計画を強力に推し進めていたマガニーの予測に反し、サイコミュを地上(水中)で運用している既存の兵器に搭載できる程に小型化する事がどうしても叶わなかったのだ。 この時代のサイコミュシステムは「手探り状態」での開発が否めず、あまりにも大型に過ぎたのである。 結局、地上兵器にサイコミュを搭載する事は断念されてしまう。 サイコミュ搭載用の機動兵器は形状やサイズに制限の無い空間用のMAに絞られる事となり、 失意のマガニーはフラナガンに協力し開発体制を整える為に地上での研究成果を手に、宇宙へと上がったのであった。 一方クルスト・モーゼスは、独自の概念で研究を続けていたEXAMが、サイコミュのノウハウを一部システムに組み込む事によって飛躍的に運用効率がアップする事を発見してからというもの、 それまでの「施設の異端児」という汚名を返上するかの様に、サイコミュの研究に最も熱心に取り組む研究者となっていた。 彼にとってサイコミュの完成度が高まる事は、ひいてはEXAMの完成度を高める事に他ならなかったのである。 しかし、機関の方針としてはあくまでもサイコミュ研究が主導であり、いわばEXAMは副次的な産物に過ぎない筈であった。 だがそのある種偏執的とも言える研究姿勢はマガニーの目に留まり、サイコミュと平行したEXAMの研究が許され、今回暫定的とは言え施設の責任者の地位を手に入れる事ができた。 こうしてマガニーの不在を契機に、地上施設での研究はクルストを中心としたEXAMシステムの開発にすげ替わったのであった。 クルストはサイコミュの技術主任であるナナイを遠ざける形で、部下のローレン・ナカモトを中心にEXAMの特別開発チームを編成していた。 ナナイが気付いた時には試作システムは既に完成しており、NTの被験者が生体接続されるのを待つばかりの状態となっていたのである。 386 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21:16:46 ID:/DfUl1eg0 被験者には、つい先日、ハマーン・カーンが選ばれた。 鎮静剤と代謝抑制剤、そして睡眠導入剤を投与され、虚ろな眼差しでシステム内のシートにぐったりと横たわった12歳の少女が、 研究員の手によって無機的にシステムに接続されて行く様子を、ナナイはモニターでただ見ているしか無かった。 直接EXAMには関わりの無いナナイは、現場に立ち会う事も許されなかったのである。 やがて全ての接続が終わり、ハマーンの横たわる棺桶に酷似した形状のシステムの外装蓋が閉じられた。 小さく外装に開けられた楕円形の窓からは被験者の顔が確認できる造りになっている筈だったが、 小柄なハマーンの顔は彼女の周囲をのたうつコードとパイプに埋まり殆んど見えなくなってしまう有様であった。 今、その様子を思い出し、慙愧の思いでナナイは顔をしかめる。 EXAMはサイコミュ以上に人間をマシンの一部と見做す忌まわしいシステムだった。 ポテンシャルは極めて高いが不明な部分も多く、起動した場合、どんな事が起こるのか全くもって予想が付かない。 クルストは自信満々だが、不測の事態が引き起こされる可能性は極めて高いとナナイは踏んでいた。 そして、クルストが、まるでその不測の事態を「待ち兼ねている」かの様に見えるのは、うがち過ぎだろうか・・・ 387 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21:17:48 ID:/DfUl1eg0 ナナイの前には今、ジオン軍の一般兵が身に付けるパイロットスーツを着込んだ赤毛の少年がいる。 彼はこの後、後方に屹立する06R-3Sに乗り込み、恐るべきEXAMを搭載した08-TXと極めて実戦に近い模擬戦を行うのだ。 ≪極めて実戦に近い≫という注釈が付くのは、他でもないクルストがわざわざそう宣言したからである。 まさか実弾を使用するとは思えないが、クルストが何を考えているのか判らない以上、予断は許されない。 08-TXのパイロットのニムバス・シュターゼン大尉は苛烈な性格のエースパイロットだと聞かされた。 凶悪で不安定なシステムに手加減を知らない性格のパイロットが搭乗するのだ。 模擬戦とは言え、幾らなんでも相手が悪すぎる。 しかも間の悪い事に、少年の乗る06R-3Sはスペシャルチューンが施されてしまっている。 これはナナイが捏造したシミュレーション・データを元に機体の反応速度を80%も高めたもので、通常の人間ではとても扱えるシロモノでは無いのである。 反応が速過ぎて、戦闘速度では、まともに走ることすらままならない筈だ。 まさに虚構のNT専用機。 現在ここでNTだと認定されているハマーンですら、このMSは持て余すだろう。 このMSを自在に乗りこなせるとしたら、それは言葉は悪いが一種の「化け物」であると言えるのでは無いだろうか。 目の前のあどけない表情を残した少年には、望むべくも無い―― 「・・・ごめんなさい、ゼロ。私達、あなたに何て言えば良いのか・・・」 震える手でボードに挟まった資料を握り締めながらナナイは少年に詫びた。 この島に存在するMSが、予定通りこの一機だけだったならば、戦闘速度で機動させる必要など無かった。 通常兵器に対して睨みを効かせているだけで、MSという最強兵器の意味は十分にあったのだ。 しかし、ドアンと練り上げたその脱出計画は完全に歪められてしまった。 勇気を持って計画に参加してくれていたこの少年は、想像の範疇を超えた危険な戦いに挑もうとしている。 しかもその危機は全て、ドアンとナナイがお膳立てしたものに他ならない。 だがナナイは、この期に及んでこの少年に更に残酷な依頼をしなければならなかった。 彼女はそれを伝える為に、どうしてもここに来る必要があったのである。 「でも、もうここしかチャンスは無いの。私達は機を見て例の作戦を実行に移します。 だから・・・あなたには・・・」 だから、あなたにはなるべく時間を稼いで貰いたい。 あなたには、子供達がドアンの手引きで脱出するチャンスを何としてでも作り出して貰わなければならない―― そう、言わねばならなかったナナイは唇が震え、どうしても言葉を継ぐ事ができなかった。 そんなムシの良い頼みが、どうして出来るというのだ。 06R-3Sは機動性を高める為に徹底的な軽量化が施され、内部の装甲板が相当に抜き取られてしまっている。 例え模擬弾であっても至近距離でコックピット周りに一撃を食らえば操縦者はただでは済むまい。 少年は、自分の命を守る事で精一杯になる筈だ。 それどころか・・・・・・ 「大丈夫ですよ。ナナイさん」 俯きかけた自分に向けて掛けられた若々しい声に、ナナイは驚いて顔を上げた。 その声は、目の前の少年が発した物だと改めて気付いた彼女は瞠目する。 「ゼロ・・・あなた、声が・・・!」 「ごめんなさい。本当は数日前から回復していたんです。 でもドアンさんが『余計な事を喋らずに済むから、たとえ咽が治っても出来るだけ声が出せないフリをしておけ』って」 屈託無く笑う赤毛の少年に、こちらを責める色は微塵も無い。 そうだったのと答えながら、ナナイは彼の顔をまじまじと見つめてしまった。 「例の計画、詳しくドアンさんに船の中で聞いています。予定通りに実行するんですね」 「・・・そうよ。取っ掛かりは違っちゃったけど、私達にとって千載一遇の機会である事に違いは無いもの」 でも・・・と言い澱んだナナイに、少年はちらりと後方のMSを見やってからまた笑顔を向けた。 「このMS、今までに乗ったジオンのMSの中で、一番しっくり来るかも知れません。 何だか、そう感じるんです」 「え?ジオンのMS?・・・えっ?・・・あなた一体・・・」 慌てたナナイに苦笑しながら少年は、落ち着いた仕草でヘルメットを手に取った。 「上手くやって見せます。任せておいて下さい。それから」 ヘルメットを手馴れた様子で被りながら少年はナナイに目を向ける。 「僕の名前はアムロ。アムロ・レイです」 照れ臭そうに言いながら少年はバイザーを閉じ、呆気に取られているナナイの前で踵を返すと、 暖気を終えて彼を待つ鋼鉄の巨人に向けて歩き出した。 442 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/06(金) 18:09:36 ID:AsqfvSt60 全身が蒼く塗装され、両肩に装備されたスパイクアーマーだけが真紅に彩られたニムバス・シュターゼン大尉の操る 08-TX[EXAM]【イフリート改】が、揮下の屍食鬼隊が操縦する同型の2機を従えて施設の中庭に設置された大型リフトから現れた時、 模擬戦の相手である06R-3S【先行試作型ゲルググ】は既に対峙する所定の位置に付いていた。 「成る程。話には聞いていたが、確かにザクとは全く違うフォルムだな」 ジオン本国では現在急ピッチで高性能な次期主力MS【ゲルググ】を開発していると聞く。 その新型MSの残滓が相手のMSからは濃厚に漂っている。ニムバスは面白くも無さそうに鼻を鳴らした。 「こけ脅しです。ニムバス隊長の腕前ならばあんな奴、問題無く一蹴できます」 通信機に割り込んで来たクロード中尉の言葉に、ニムバスの眉根が跳ね上がった。 「黙れ!ヒヨッコの分際で余計な軽口を叩くな!」 「し、失礼しました、お許し下さい・・・!」 恐縮して黙り込んだクロード機を見て、ニムバスは微かに溜息を漏らす。 彼の部下となる屍食鬼隊員として配属されたクロードとクローディアの兄妹は、投薬と暗示による精神操作、 脳外科手術等での≪調整≫を受けており、ザビ家と屍食鬼隊の隊長であるニムバスに対して絶対的な崇拝と服従を刷り込まれていた。 しかし彼らの兵士としての実力はお世辞にも高いとは言えず、促成栽培でMSの操縦法を叩き込まれただけの彼らでは、 実戦では恐らく敵の良いマトになるのが関の山だろうとニムバスは睨んでいた。 だが彼らはそれぞれ配属時に中尉と少尉の階級を与えられた為か、無根拠の過剰な自信に満ち溢れており、実力主義のニムバスにしてみれば「度し難い」と苦々しく感じていたのである。 兄妹はクルストの実験によって他者との共感をシャットアウトされてしまった為、敵に対して極めて冷酷に振舞える兵士になった、そうだ。 クルストはそう言って誇らしげに笑っていた。 だが、当たり前の話だが【相応の実力が伴わねば、敵に対して冷酷に振舞える状況が作り出せない】ではないか。 常識で考えれば、その思考回路が狂っている事が判るだろう。 こんな欠陥兵器を作り出して悦に入るクルストの様な頭でっかちの輩を、ニムバスは唾棄すべき存在だと断定している。 しかし、今は耐えねばならない。 栄光の戦場に返り咲く為に、である。 その為には、半人前の兵士の育成も、愚にもつかないシステムのモルモットの役割も甘んじて受けようではないか。 そう考えながらゆっくりと08-TX[EXAM]の歩を進めたニムバスは、自らのヘルメットに繋がった何本ものケーブルを忌々しそうに見やった。 ケーブルはヘッドレストを介して後方にある何やら怪しげな装置に接続されている。 この装置を取り付けた為に08-TX[EXAM]の後頭部は通常のものより肥大してしまったと聞く。 そして彼のヘルメットも、現在は跳ね上がっているフェイスガードがシステム起動時には下がり、顔全体がすっぽりと覆われてしまう独特の形状をしている。 「貴様らはここで命令があるまで待機だ。くれぐれも勝手なマネはするなよ」 「了解」「了解です」 2機のイフリート改を下がらせたニムバスは歩を進め、06R-3Sの正面に08-TX[EXAM]を移動させた。 「EXAMか・・・」 ニムバスが呟いた瞬間、中庭と隣り合った施設の建物を隔てる様に、地中から高さ20メートルもの破防壁が次々とそそり立ち、完全に建物と中庭を分断した。 弾性の異なった超鋼スチール合金製の金網が三重に張られたこの防壁は、ザクマシンガンですら撃ち抜く事は不可能な強度を誇る。 ジオンの秘密施設であるここには、非常事態に備えて数多くの仕掛けが施されており、これもその一つであった。 やろうと思えば施設全体を同様の防壁で囲む事が可能だが、今回はその一部分を作動させたのである。 「フン。これで施設への被害を気にせず心置きなく戦えるという訳か」 既に施設に設置された発生装置から濃密に散布されたミノフスキー粒子が電波を遮断し始めた。 ニムバスのヘルメットのフェイスガードが作動し、ゆっくりと彼の顔を覆い隠してゆく。 一時的に視界を奪われた彼の背中を我知らず、一筋の汗がつたう。 得体の知れない新システムでの戦い。百戦錬磨のニムバスにしても、やってみるまでは判らない。 ニムバスは心得ていた。自信と過信は、違うのだという事を。 449 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/08(日) 20:27:29 ID:cK9npAl.0 MSを仰臥状態で搭載できるサムソントレーラーの巨大な荷台は、例えMS-06 を積載していても十分な余裕がある。 しかし「この荷物」はいささか何時もとは勝手が違った。 規格が合わない固定器具は何の役にも立たず、応急処置としてワイヤーとベルトで荷台に括り付けてあるだけだ。 それにしても「これ」は06と比べて一回り大きく、遥かに重い。運転しているコズンはさぞかし冷汗をかいている事だろう。 現在このトレーラーは可能な限りのスピードでアムロとハマーンがいるという施設に急行しているのである。 「流石にシャア大佐の情報網は正確だったな。 このMSが動かぬ証拠となり、クルストの息の根を止める事ができるだろう」 クランプはそう言いながら、眼下に横たわる規格外のMSを眺めた。 彼とバーニィはサムソンのペイロードには乗らず、万が一の時に備えてトレーラーの荷台にいるのである。 荷台にはMSごとすっぽりと幌が掛けられており、物騒なその外観を申し訳程度に隠している。 これがある為に2人とも、地中海特有の強烈な日差しに焼かれる心配は無い。 「連邦軍が密かにクレタ島に侵入していて、あんな廃工場でこんなMSを組み立てていただなんて・・・ 話を聞いていても、この眼で見るまでは信じられませんでした」 「どうやらパーツごとに小分けして持ち込み、あそこでは最終的な組み立てだけを行い、クルストの亡命に合わせて陽動作戦を行うつもりだったらしいな。 廃工場の提供者、船舶での運搬と、こいつはかなり大掛かりな仕掛けだ。 こんなマネは民間の中にも多数の協力者がいなきゃとても出来ない相談だ。厄介だな」 「所詮、ジオンは侵略者なんですね・・・」 ポツリと漏らしたバーニィの一言には答えず、クランプは両手を頭の後ろに組み、幌がなければ見えているであろう筈の青空を振り仰いだ。 コズン・クランプ・バーニィを含むシャアを筆頭にした小部隊が、彼の部下に監視させていた連邦軍の秘密駐屯地を襲撃したのは今から数時間前の事だった。 シャア指揮による要所を押さえたその電光石火の制圧に、少人数の連邦兵はなす術が無かった。 殆んど抵抗らしい抵抗もしないまま全ての連邦兵は捕虜となり、彼らが組み立て終えていたMSも無傷で鹵獲する事ができたのである。 このMSはクルストが亡命を企み連邦軍をこの島に引き入れた十分な証拠となる。 現在シャアの部下が拘束している捕虜の証言(自白)を合わせれば、クルストの逃げ道は無いだろう。 本来ジオンのMSを運搬するサムソンに連邦製のMSを操縦して積載したのはバーニィだった。 彼は以前アムロの為に連邦とジオンのMS比較性能表を作成した事があり、その際に連邦製MSの操縦マニュアルにも眼を通していたのである。 とは言え、流石にその機動はぎこちない物ではあったが、まがりなりにも敵のMSを動かすスキルを披露した事で、彼の株は大いに上昇したのであった。 450 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/08(日) 20:28:25 ID:cK9npAl.0 「後はコイツを情報部の連中とクルストのクソ野朗に突きつけてやりゃあ、余計な血が流れずに済むかも知れねえ。 後は時間との戦いだ」 「それなんですが・・・」 「ん?どうした」 言い澱むバーニィに不審そうにクランプが目を向ける。 そう言えば、クランプから見ても最近ずっとバーニィの様子は変だった。 何かに考え込む様な仕草が頻繁に見られ、彼特有の溌剌さが見られなくなっていたのだ。 「シャア大佐の事です」 「・・・!」 バーニィは眼を合わせない。 「今回、シャア大佐は、目的の為には子供達の犠牲も厭わないと言っていましたよね」 「・・・」 ゆっくり、ぎこちない程ゆっくりとクランプは眼をバーニィから逸らし、正面を向くと黙り込んだ。 「それとシャア大佐は・・・アムロが海で奴等に拉致されたかも知れないって事・・・ 感付いていらした筈なのに・・・クランプ大尉達がやって来るまで、俺達に何も話しては下さいませんでした」 「・・・」 「もしあの時、大尉達が来て下さらなかったら・・・ 状況が変わらなかったらシャア大佐はたぶん・・・俺達に何も言わず、地中海にお戻りになって」 「やめろ!」 咄嗟にバーニィの言葉を遮り腰を浮かせそうになったクランプは、慌ててトレーラーの荷台に座り直した。 息が荒い。普段冷静なクランプが動揺している。しかしバーニィはあえてクランプを見る事はしない。 「キャスバル・レム・ダイクン・・・ジオンの正当なる後継者。 俺達の、本来の従うべき指導者・・・でも・・・」 「・・・」 「俺は、いや俺達は、もしかしたらとんでもなく冷酷な、それこそザビ家と変わらないくらいに冷酷な」 「もうやめろ!」 横に座るバーニィの胸倉を掴んで引き寄せたクランプは目を寄せる。 バーニィも初めて彼の眼を正面に睨み返した。 「お前に何が判る!こいつはラル中佐や俺達の悲願だったんだよ! いいか、二度と・・・!」 その時、胸元を掴まれたまま何かを言い掛けたバーニィを遮る様に、傍らに置いてあった通信機の呼び出し音が鳴り響いた。 サムソンの操縦席からである。 クランプは慌ててバーニィを離し、イヤホンを耳に当てた。 「どうした・・・何っ!?了解だ!」 何があったんですと眼で問い掛けるバーニィに、クランプは深刻な顔を向けた。 「前方のフラナガン研究施設から戦闘音確認。どうやらMS同士がドンパチやっているらしい」 「な、何ですって!?それじゃあ・・・!」 「糞ッたれ!一足遅かったって事か!」 荷台の淵まで這いずって移動したクランプは幌の隙間から前方を覗き見る。 山の尾根沿いにある施設の向こうから土煙が上がっている。 こちらから戦いの様子は見えないが、あれは明らかにMSが高速機動している時に巻き起こるものだ。 「バーニィ!お前は念の為コイツの中で待機してろ!最悪の場合は出撃もありうるぞ!」 「む、無理ですよ!?」 「無理でもやる時ゃやるんだよ!」 とんでもない事になってしまったと言いながら、それでもバーニィは幌の中を伝いながら鹵獲したMSに近付いて行く。 クランプはそれを見届けながらまた幌の外を見やった。 施設の建物が近付くにつれ、明瞭にマシンガンの発射音が聞えて来た。 幼い子供達が大勢いる筈の建物を震わせて断続的な発射音が鳴り響いている。 きっと子供達は怖がっているだろう。可哀相に―― 我知らずそう考えたクランプは、無意識のうちに拳を握り締め顔を歪めていた。 487 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13:14:29 ID:yaqlXUMQ0 突如脳内に流れ込んで来た情報の奔流に、ニムバスの身体は激しく硬直した。 そのあまりの圧力に彼は発汗し、血圧と心拍数は急激に上昇する。 頭部を完全に覆うヘルメットの中で息苦しさを感じたニムバスは大きく口を開け舌を突き出し空気を求めるが、うまく深呼吸する事ができない。 それどころか、指一本自由に動かす事ができないと判ると、そのまま意識が薄らいでゆく事にニムバスは恐怖した。 「馬鹿な・・・私は・・・ジオンの騎士・・・・・・」 それが、彼が意識を喪失する寸前に発する事が出来た精一杯の言葉だった。 敵MSの手にしたマシンガンの銃口がいきなり上がり、模擬戦開始の合図が発せられる前に発砲された瞬間、アムロはすでにシールドを構え終えており、きっちりとした防御姿勢でその一掃射をブロックする事ができていた。 それは、当初から目前の敵MSの醸し出す雰囲気の異常さを感知し、その挙動に細心の注意を払っていたアムロだったからこそ防げた不意打ちであった。 「くっ・・・!やはり撃って来たかっ!」 強烈にコックピットを揺るがす衝撃に耐えながら、アムロは食いしばった歯の隙間から怒りの言葉を絞り出す。 しかし予測していたとは言え・・・これはまさに手段を選ばぬ「敵意」と「狂気」の発露であった。 ぞっとする程の執念をはらんだ害意に、皮膚が粟立ちチリチリと総毛立っているのが判る。 08-TX[EXAM]はまるで、あざ哂う様に機体を揺するとマガジンを撃ち尽くしたマシンガンを06R-3Sに向けて投げつけ、ヒートソードを引き抜きそのまま一足飛びに切り込んで来た。 飛んで来たマシンガン本体をシールドで咄嗟に跳ね返したアムロは、シールドが動いた一瞬の間隙を狙ってコジ入れられて来たソードの凶刃を06R-3Sが手にしていたマシンガンの銃身の背部で滑らせるように受け流し、、相手の身体ごと横に弾いた。 体勢を崩された08-TXは一瞬無防備な背中を晒したのも束の間、すかさず空いている左手でもう一本のヒートソード抜き放ち、切っ先を06R-3Sに向けて払う様に振るった為、アムロはそれ以上追撃する事ができなかった。 ちらりと補助モニターで確認すると06Rー3Sのマシンガンの銃身はソードの高熱に晒された為に溶け崩れている。 アムロは躊躇なく一発も撃たぬまま使用不能となったマシンガンを投げ捨て、試作型ゲルググの背部に一本だけ装備されたビームサーベルのグリップを引き抜き手に取った。 ビームの刃はあえて発生させない。 エネルギーの節約、それだけが目的ではない。 タイマン勝負中の敵に、わざわざこちらの間合いを教えてやる必要など無いのだ。 実体の無いビームの刃は変幻自在のトリッキーな戦法が可能なのだという事を、ヒート系の武器が標準装備のジオン製MSに多く搭乗したお蔭でアムロは改めて気付く事ができたのだった。 本来06R-3Sに装備されていた白兵戦用武器はヒートサーベルであったが、鹵獲したガンキャノンのビームライフルとガンダムのデータを解析する事でビームライフルと共にビームサーベルの開発期間が大幅に短縮された。 これにより、試作品のビームライフルを扱える様にジェネレーター出力を1390KWにまで強化していた06R-3Sにも、完成したばかりのビームサーベルを装備する事ができたのである。 ちなみに現在アムロ機が手にしているこれは、開発中のMS-14にも同型の物が装備される予定の純正品であり、同時期に開発されていたYMS-15【ギャン】用に開発されたビームサーベルと比べ格段に高い完成度を誇っていた。 488 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13:16:02 ID:yaqlXUMQ0 それにしてもとアムロは冷たい汗を背中に感じる。 敵の動きは尋常ではない。その内部の人間の存在をまるで省みていないかの様な瞬発機動。 不意打ちにより無理矢理相手の隙を作り出す強引な戦法。 明らかにコックピットを狙ってきた容赦のない攻撃。 恐らくNT用に強化されたこの機体でなければ、先ほどの攻撃は受け切れなかっただろう。 だが何よりも気になるのは、一刻も早く、全てを、自らの操縦者すらをも、破壊し尽くしてやろうとする強烈な殺意の波動。 「・・・相手パイロットはもう一人いるのか・・・?」 直感から思わず口をついて出た言葉に、アムロは慄然とした。 対峙しているMSに乗り込んでいるパイロットは傀儡! この違和感、そう考えれば、全てに辻褄が合う。 瞬間、アムロの目の前の景色が切り替わった。 戦闘濃度で散布されているミノフスキー粒子とEXAMの一部に使用されているサイコミュが、 NT達の感応力を劇的に引き上げていたのである――― 瓦礫の中に血に塗れた傷だらけの女の子がしゃがみ込み、泣いている。 アムロはすぐに、この少女こそが目の前のMSの真の操縦者なのだと理解した。 どこか見覚えのあるその少女は、全身を苛む痛みから逃れようと、周りにあるもの全てに憎悪を剥き出しにしていた。 それはまるで、道端に打ち捨てられ、死にかけた子猫のように。 『消えろ・・・!消えろ・・・!みんな、私の前から消えて無くなれっ・・・!』 少女は周囲の全てを、壊そうと考えていた。 全てを、自分を、全部壊せば、この痛みが消えるかも知れないから。 その時、少女の目がふいに上がり、こちらを向くと生身のアムロを見据えた。 『何故・・・!?何故お前は消えない・・・?』 自分を不思議そうに見上げる少女を怯えさせない様に、アムロはゆっくりと近付いてゆく。 『君を助けに来たんだ』 『嘘だっ!近付くなぁっ!』 闇雲に突き出されて来たヒートソードの切っ先をシールドの縁で横に払いながらアムロは冷静に相手の出方を観察していた。 ビジョンの中での少女との会話は実際の時間では0.1秒にも満たなかっただろう。 アムロは本来の意味で目の前のMSを操る少女と、幻影の中で会話しながら、現実で行われているMS戦闘も同時に行っているのである。 敵MSを操縦している筈のパイロットは意識を喪失しているのか、その気配は微塵も感じられない。 MSの動きは完全にあの少女の感情とシンクロしている所を見ると、恐らく少女がパイロットの肉体を操ってMSを操縦させているのだろうと思える。 そうだとすれば、やり方はある筈だ。そう祈る様に決め付けたアムロは、もう一度意識を集中させた。 『嘘じゃない!僕は本当に・・・!』 『もう騙されないぞ!騙されるもんか!お父様も!フラナガンも!クルストも!ナナイも!嘘つき!みんな大っ嫌いだ!!』 少女の絶叫と共に神速の速さで繰り出される二刀流ヒートソードによる斬撃を、シールドをずたずたに切り裂かれながらも06R-3Sは全て躱してみせた。 必殺の攻撃を避けられた少女が驚いた様に身を竦ませる。 『そんな・・・!今のを躱すなんて・・・!』 『僕たちは、本当に君やこの施設の子供達を助けたいと思っているんだ! 嘘だと思うなら、もっと深く僕の中に入ってみろ!』 『うぅっ・・・!』 肩口から突進して来た08-TX[EXAM]のスパイクアーマーに引っ掛けられたシールドを遂に跳ね飛ばされた06R-3Sは態勢を入れ替えると、頭部に装備されたバルカン砲で牽制しながらバックステップで距離を取った。 『どうした?身体が、痛むのかい?』 『うるさい!うるさい!うるさぁいっ!!』 二刀を振り回し、遮二無二斬りかかって来た08-TX[EXAM]に対し、遂に06R-3Sはビームサーベルの刃を伸ばし4合を交えた末、右手のヒートソードによる斬撃を鍔迫り合いの形でがっちりと受け止めた。 しかしその為に、2体のMSは完全に動きを止める結果となった。 少女が哂う! 『馬鹿め! これで終わりだっ!』 容赦無く、がら空きのボディに水平斬りに叩き込まれて来た左手のヒートソード。 しかしアムロは06R-3Sの持つビームサーベルグリップの反対側からもビームの刃を発生させ、これを受け止めたのである! 『な、何だと!?』 驚愕する少女に構わず06R-3Sはそのままグリップ両端にビームの刃を発生させた【ビーム・ナギナタ】を両手で旋風の様に回転させると、08-TX[EXAM]の左手のサーベルを横に弾き、右前腕部をその手に握るサーベルごと斬り飛ばした。 489 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13:16:42 ID:yaqlXUMQ0 『あっ・・・!』 『そうか、君は・・・!』 その機体同士が密着した一瞬、アムロとハマーンは同時に思い出した。 2人はこれが初対面では無かったのだという事を。 あの日、寒々としたラボで、ハマーンはアムロと擦れ違い、そして助けられた。 赤毛の少年は無言だったが、その手はとても温かく力強かった事を覚えている。 その暖かい掌の持ち主が、もう一度こちらに、力強い手を差し伸べて、また自分を助けると言ってくれているのだ! 驚きと共にそう安堵した瞬間ハマーンは、何の抵抗も無くするりとアムロの意識の中へ入る事ができた。 『ナナイとドアン・・・』 『そうだ。みんなを助ける為に命を懸けている。僕だってそうだ』 全てを理解したハマーンの頬に、今まで流していた涙とは質の違う涙が新たにつたう。 それと共に、彼女の内面を侵食していた全ての物に向けた敵愾心が陽炎の様に薄れてゆく・・・ 「むっ!?何故だ!何故EXAMは停止した!?」 その時研究室では、模擬戦の様子をモニターを凝視していたクルストが大声を上げていた。 まるで先程までの激しい戦いが嘘だったかの様に、画面の中では2機のMSがお互いにもたれ掛かるような体勢のまま、動きを止めてしまっている。 アムロとハマーンの精神邂逅など知る由もないクルストにとって現状は、突然EXAMシステムが全く動作しなくなったとしか映っていない。 バグ!?いや、そんな事は有り得ない。EXAMが起動を拒否しているとでも言うのだろうか。 「クルスト博士!システム内の生体ユニット・・・ハマーン・カーンの意識が戦いを拒んでいる模様です!」 「役立たずの小娘が・・・!」 ローレン・ナカモトの報告にクルストは舌打ちした。 時間が無いのだ。見るものを見届けたら急いで準備に掛かる必要があると言うのに、少なくともEXAMの再起動を確認してからでなければ、この場を離れる事ができないではないか。 「構わん!ハマーンの身体に電流を流せ!苦痛と恐怖を、怒りの衝動に変えるのだ!」 「判りました!」 ひとかけらの逡巡も無く、ナカモトは弱電流のスイッチを入れる。 その瞬間、EXAMシステムのカプセルに収められた少女の肢体がびくんと跳ねた―― 498 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 19:42:17 ID:yaqlXUMQ0 ハマーンを拷問の如く苛む苦痛が再び襲い始めた事を、彼女と半ば意識を共有していたアムロは鋭敏に感じ取っていた。 『なんて事を・・・!どうすれば君を助ける事ができる?』 『このMSの頭部を壊して・・・!お願い!!私をここから解き放って・・・!!』 『判った!それが君の望みなら!!』 強がりの仮面を脱ぎ捨て、哀願するハマーンの残像を網膜に焼付けると、アムロはスライドさせる様に機体を素早く擦れ違わせ、後方に向けてビームナギナタの切っ先を突き出した。 ビームの刃は正確に08-TX[EXAM]の後頭部から前頭部だけを貫き、モノアイの部分から一瞬、ビームの刃を覗かせた【イフリート改】は、そのままつんのめる様に前方に倒れ、動かなくなった。 08-TX[EXAM]のキャノピーは前開き式である。パイロットの生死は不明だが、頭部を破壊され片腕を失ったMSの体がうつ伏せになっている為、単独での脱出は困難だろう。 アムロは深く息を吐き出し、瞬間、残心を解く事ができた。 「クルスト博士!ニムバス機が完全に沈黙しました!」 「口程にも無い奴!だがやはり、これが、ジオンのMSの限界なのだ・・・!」 暫し瞑目するクルスト。 ジオンのMSに見切りを付けて連邦に亡命する。 クルストが密かにそう決意したのは、鹵獲された木馬に搭載されていたRX-78【ガンダム】のデータを目の当たりにしたからだった。 MS開発の分野においては後発である筈の連邦が開発したMSが、明らかにジオンのそれを凌駕していたのである。 そしてジオンのMSに比べRX-78は、その発展性や未来性をも容易に推測できる程のポテンシャルを秘めていた。 EXAMを搭載するMSは性能が高ければ高い程良い。 いや寧ろ、高くなければ折角のEXAMシステムが十分にその力を発揮できないのだ。 ここでの実験における不甲斐無い結果は、ある意味クルストの考えが正しかった事を証明したのである。 何せ敵は旧人類の共通の敵ニュータイプだ。 整った環境と潤沢な研究資金さえあれば、EXAM研究を完成させる場はジオンでも連邦でも構わないとクルストは考えていた。 「私の選択は、やはり正しかったのだ。 だがゼロめ・・・!NTめ!その名前、決して忘れんぞ!」 クルストはコンソールからデータチップを抜き取るとナカモトに、素早く眼で指示を出した。 それに頷いたナカモトは、待機中であるクロード・クローディア兄妹の搭乗している予備機の08-TX[EXAM]のシステムを、密かにBモードで起動する。 「な・・・何だこれは!?」 「お兄様!?身体が勝手に・・・ぐぅっ・・・!?」 突如勝手に動き始めた機体に驚く2人だったが、やがて先だってのニムバスと同様に脳内に止め処なく流れ込んで来る情報に身体が硬直し、常軌を逸したG、そして遠心力に振り回された挙句、2人ともやがて意識を喪失するに至った。 EXAMはまだ沈黙していなかった。ハマーンの苦痛により増幅された狂気のコントロールがこの2機により再開されたのである。 2機の08-TX[EXAM]はまず、眼下に展開している生身の警備隊員を文字通り、蹴散らした。 驚いて逃げ出す者には容赦なく携行しているマシンガンから実弾を浴びせ掛ける。 何が何だか判らぬままに味方である筈のMSに襲われた施設員達はパニックに陥り、その場はたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。 Bモード、すなわち≪システム暴走≫である。 便宜的に暴走などという表現を使用してはいるが、これは操縦者による一切の入力を受け付けず、敵味方関係無しにシステムが停止するまで破壊と殺戮を行なわせる様に意図的に仕組まれたプログラムであった。 コントロールは不能だが、システムは苦痛を与え続けているハマーンと接続されている為、その戦闘力は驚異的なものになる。 これは、一時的に施設内を大混乱に陥らせる為にクルストとナカモトが共謀して仕掛けた『置き土産』であった。 「データ回収は完了した。行くぞ」 「お供いたします」 ここでやるべき事はもう無い。 既に狂った様に暴れ始めている2体の08-TX[EXAM]の対応と各所からの問い合わせに大わらわとなった研究室のスタッフに「すぐに戻る」と声を掛けてから、クルストはナカモトと共に研究室を急ぎ足で退出し、迅速に所定の場所に向かうのだった。 そして、彼らは二度と、ここへ戻る事は無かったのである。 515 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20:47:45 ID:QiJkzDOo0 クルスト・モーゼスによってEXAMの実験から実質的に閉め出された格好のナナイ・ミゲルは、ハンガーからアムロの搭乗した06R-3Sを送り出すと直ちに子供達の元に駆け付けていた。 今、彼女のいる食堂ではそれぞれに不安そうな表情を抱えた少年少女達が、暴れるMSの巻き起こす地響きで断続的に揺らされる食堂で恐ろしげに身を寄せ蹲っている。 地面から持ち上がり施設と中庭を二つに切り分けた分厚い特殊合金製の金網が張られた防壁。 しかし今その金網は、突如荒れ狂い出した2体のMSが激突した事によって大きく撓んでいる。 現在そのうちの1機とゼロ、いや「アムロ・レイ」の搭乗したMSは激しく交戦を繰り広げている。 先程の模擬戦で目の当たりにしたアムロの操縦技術は驚嘆に値するものだった。 しかし、アムロ機と戦っていない残りの一機は施設に対しての無差別破壊を継続している。 万が一、防壁が突破され、MSの攻撃に直接晒されたとしたら、この建物などひとたまりもないだろう。 そんな事になる前に、子供達を全て避難させる必要がある。 中庭に面した食堂で、鉄格子の嵌まった窓から外の様子を見ていたナナイは遂に決断した。 「ミハル、ララァ。今から言う事を良く聞いて欲しいの」 「なに?」「・・・」 脱出の準備を整える為にドアンが不在の今、全てを話し協力を求められるのは年長者のこの二人しかいない。 しかしナナイは、いかにも機転の利きそうなミハルの瞳と思慮深く落ち着いたララァの双眸を見て、何故だか奇妙な安心感を覚えるのだった。 「今、ドアンがあなた達をここから脱出させる準備を整えています。 彼が戻って来るまでに施設の中にいる子供達を一人残らずここに集めておきたいの」 その思いがけないナナイの言葉に、驚いて顔を見合わせるミハルとララァ。 だがすぐに状況を察したミハルは明るい表情に変わり、決意を込めた視線で向き直った。 「判った。ここにいない子供達を、手分けして連れて来ればいいんだね?」 すぐにミハルはその場にいる子供の数を数え、足りない人数は3人で名前はケンとジャックとマリーだとナナイに告げる。 「ナナイさんはそっちのドアから出て遊技室とトイレを回ってみて。 ケンとジャックは多分遊技室にいると思うんだ。 マリーは恐いとトイレに長く閉じこもるクセがあるから」 ナナイはミハルがここ数日の間に、約50名もいる子供達の顔と名前、それどころか行動パターンまで把握してしまっている事に驚いた。 22歳の自分より、遙かにしっかりしているのでは無いだろうかと彼女は密かに焦りを感じる。 「ジル。ミリーとここの子供達を頼むよ。みんなおとなしく待っているんだ、いいね」 「わかった」「うん」 ミハルの指示に、彼女の弟と妹は素直に頷く。 516 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20:49:03 ID:QiJkzDOo0 「ナナイさん。あたし達は念の為にあっちのドアから出て寮室の方を手分けして見て来るよ。ララァ、行こう!」 「気をつけてね!あ、でも無理はしないで!危ないと感じたらすぐに戻るのよ!」 ナナイの言葉に手を挙げて答えたミハルはララァを伴い食堂を抜け、施設員が慌ただしく行き交う大きな通路に出た。 通常なら警備員が監視の目を光らせている筈だったが、非常事態の現在、二人の少女の行動を咎めだてする者は皆無である。 どうやら暴れているMSの対応に全ての保安人員が刈り出されている様だ。 急いで二手に分かれ、寮室をチェックし終えた2人は合流し、互いに誰も残っていなかった事を確認する。 子供達のいる食堂に戻ろうとしたミハルの袖を、ララァが引っ張ったのはその時だった。 「3人は、ミハルの言う通りの所にいたのよ。子供達はナナイに任せておけば大丈夫。 私達は、ハマーンを助けに行きましょう」 思いがけないララァの提案にミハルは驚く。 「ハマーンの居場所が判るの?」 「彼女はずっと泣いているわ。でも今なら助け出せる」 ミハルを見つめるララァの澄んだ眼差しに偽りは微塵も無い。 そこにいない誰かと会話し、遠くの物を見る事のできるララァの不思議な能力を何度も目の当たりにしているミハルは彼女の言う事を疑わなかった。 そしてララァは、決して嘘を吐いたり人を騙したりする人間ではないという事も、心得ている。 無理矢理連れ去られたハマーンの事をずっと気にかけていたミハルは、大きく頷いた。 「うん、行こう。ハマーンを助けに!」 ララァの先導で通路を走り出した2人の横を、大量の書類を抱えて慌しく行き交う所員や、大小さまざまな大きさのコンテナを台車に載せた男達が急ぎ足で擦れ違って行く。 その誰もが2人の少女に一度は目を向けるものの、そのまま通り過ぎて行くのみだ。 保安要員では無い研究者達は厄介事を嫌い、皆自分と自分の抱えたデータの避難を優先させていた為だった。 一瞬彼等に眼を向けたララァだったがすぐに前方に向き直り、ぎゅっと眉根を寄せた眼差しで口元を引き締めた。 「身近にある人の死に感応した頭痛」が先程からまた一段と強く、ララァを襲い始めている。 だが、今はそれに構っている場合では無いのだと彼女は必死にその痛みに耐えていたのである。 517 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20:49:33 ID:QiJkzDOo0 ララァの誘導はまるで建物の内部構造を知り尽くしているかの如く一切の迷いというものが無かった。 やがて通路を駆け抜け何階層もの階段を駆け下りた2人は、遂に誰に妨害される事も無いまま、施設の深部に足を踏み入れる事ができたのだった。 警報は、鳴らない。 彼女達の姿は監視室のモニターに映し出されていたが、本来その部屋にいなければならない筈の監視員が不在だったからである。 しかしその時、前を行くララァの様子がおかしい事にミハルは気が付いた。 見る間にララァの動きは鈍り、遂にはよろよろと壁にもたれ掛かるとそのまま片手で側頭部を押さえ、しゃがみ込んでしまったのである。 「ララァ!あなた、また頭痛が・・・!」 くず折れたララァに駆け寄るミハルの耳に、曲がり角の向こうからこちらに向けて早足で歩き来る複数の足音が聞えて来た。 ここで見つかるのは流石にまずい。ミハルは動けなくなっているララァを抱え、足音が近付いて来る方向を鋭く睨み付けた――― 553 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/22(日) 15:53:46 ID:E0at1uVU0 新たに攻撃を仕掛けて来た08-TX[EXAM]からは、先程の少女の気配が感じられない。 鋭く繰り出されて来るヒートソードをビームナギナタで払いながらアムロはそれを訝しんでいた。 恐らく彼女の身体に加えられている苦痛が、外部とのコンタクトを阻害しているのだろう。 つまりはそれ程までに彼女は追い詰められているのだという事を意味する。 どうする。どうすれば彼女を、みんなを助けられる。 アムロは焦るが、目の前のMSはこちらの逡巡によって生まれる隙を見逃してくれそうも無い。 そして最初は気のせいかとも思ったが、今アムロは確信している。 自らの操縦する06R-3Sの追従能力が低下して来ている事を。 何より関節の動きにラグが出始めている。 この事態は重力下においてアムロの瞬発機動が、MSの関節部分に多大な負荷を掛け過ぎてしまった事によって起こったものだった。 恐らくNT用に反応速度を強化した06R-3Sでなければオーバーヒートを引き起こしていた事だろう。 もともと急遽チューンUPされた06R-3Sは長時間の稼働を想定されていないアンバランスな機体である。 これは、反応速度強化に合わせた関節部分の強化がされていなかった06R-3SというMSに起こるべくして起こったトラブルと言えた。 このゴリゴリした振動と軋み、これは流体パルスシステムで駆動するアクチュエーター内部に亀裂が無数に走り、磨耗して剥がれ落ちた微小な内材が更に内部を傷付け動きを悪くしているのだとアムロは看破する。 しかし泣き言を言っても始まらない。 今は一刻も早く目前の1機を片付け、無差別に荒れ狂い、防壁に突進を掛けている残りの1機を打ち倒すしかないのである。 アムロは、自分自身が逃げ出す事など一切考えていなかった。 パイロットスーツの中で認識票と共に胸にぶら下がった銛のペンダントが、カチャリと微かな音を立てる。 それは、アムロを守り抜いて命を落としたヴェルナー・ホルバイン少尉の形見であった。 アムロは一瞬だけ胸元に誇らしげな表情を見せると、敵MSの繰り出して来る凄まじい斬撃をまたもや鮮やかに弾き返した。 587 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23:16:08 ID:eWyR5SZ60 「一体どうなっているんだ!クルスト博士が所在不明とは!?」 「俺達だけではどうにもならん。実験の続行はこれ以上不可能だ」 「お、おい!システムは稼働中なんだぞ、ハマーン・カーンはあのまま放っておいて良いのか!?」 「稼働中?暴走中の間違いだろう?アレはもう制御不能だ」 「クルスト博士とナカモトはデータと共に姿を消したんだ。 俺達は、もしかしたらとんでもない貧乏クジを引かされたのかも知れんぞ」 戸惑いと怒りの口調を隠しもせず大声で言い争いながら、白衣を着た数人の研究員が低く積まれた資材の前をバタバタと足早に通り過ぎ、脇目もふらずに階段を駆け上ってゆく。 余裕の無い男達は資材の陰にララァ・スンを庇う様に抱えたミハル・ラトキエが身を竦ませて縮こまっていた事など、気付きもしなかった。 男達の足音が完全に消えた事を確かめると、ミハルはようやく大きく息を吐き出し身体を起こす事ができた。 「奴ら、確かにハマーンの名前を口にしてた。間違いない、ハマーンはこの先にいるんだ」 依然、心臓は跳ね身体は小刻みに震えているが、こんな所で挫けてはいられないと彼女は気力を奮い立たせる。 「ミハル・・・」 「ララァ!気がついたの?」 苦しそうに身を起こすララァの顔をミハルは心配そうに覗き込む。 「ごめんなさい。ひどい頭痛で身体が・・・」 「頑張ってララァ、ほら、あたしが支えてあげるから!」 急いで肩を貸そうとしたミハルをしかし、ララァはやんわりと首を振って拒絶した。 「ここからは、ミハルが一人で行くのよ。そして、ハマーンを救ってあげて欲しいの」 「えっ!?ララァは?ど、どうして私一人で、なの?」 驚いて聞き返すミハルにララァは澄んだ瞳を向けた。 「今の私が一緒にいたら、足手まといになってしまうだけ。 でも、あなたが行かなければハマーンを救えない」 「??」 「あなたがいないとハマーンは・・・例え助け出されたとしても救われない・・・ 私はここに隠れていれば平気。もう行って。詳しく話して・・・いる時間・・・は、無いのよ・・・」 再び強い痛みが襲うのかララァは苦しげにそう言いながらミハルを自分から引き離す。 弱々しい力ながらも力強い意志で押し退けられたミハルは戸惑うばかりだった。 588 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23:17:21 ID:eWyR5SZ60 「で、でも、やっぱりララァをこんな所に置いて行くなんてできないよ・・・! それに、ハマーンを助けると言ったって、ララァがいてくれなきゃ、あたし、どうしたら良いのか・・・」 「らしくないわ、ミハル」 自信なさげなミハルにララァは微笑む。 「大丈夫。あなたらしく行動すれば、ハマーンも、あなたも、子供達も、私もナナイもドアンも・・・きっと全てが上手く行くから」 ララァはきらきらとした目でミハルを見つめている。 しかし、その自信たっぷりな眼差しに答えられる根拠を自分の中に見出す事ができないミハルは思わず泣き出したくなってしまった。 不思議な能力に恵まれたララァと違い、自分は特殊な能力など持たない唯の人間なのだ。 「私、ハマーンに話し掛けてみるわ。彼女の心に力を貸せば、彼女はきっと囚われている檻を中から開ける事が出来る。後はあなたが・・・!」 ララァは強い期待を込めた瞳をミハルに向けている。 ミハルは正直ララァのやろうとしている事は良く判らなかった。しかし、信頼する友達がここまで自分を頼りにしてくれている。 そう思うと胸の中に、じんと暖かいものが広がって来る。 「ララァ・・・判ったよ。必ずハマーンを助け出してここに戻って来る」 一転、覚悟を決めたミハルは笑顔を見せた。 何の事は無い。ララァを信じていたからこそ、ここまで無事に来れたのである。 そのララァが≪全て上手く行く≫と言ってくれた。考えてみれば最初から悩む必要など無かったのだ。 吹っ切れた途端に活力が湧いて、ミハルは勢い良く立ち上がる事が出来た。 もう足は震えていない。こうなった時の彼女は怖い物無しである。 運命に身を任せ、流されるままに人生を過ごして来たララァは、そんなミハルを眩しそうに見上げている。 運命に≪逆らう≫のではなく≪切り開く≫。なんという素晴らしい生き方なのだろう。 前向きなバイタリティは、周囲の人間にも少なからずアクティブな影響を与える。 それはNTすら例外ではない。 ララァも、もし相手がミハルでなかったら、ハマーンを助けに行こう等とは提案しなかったかも知れないのだ。 すぐに戻るからねと言い残し、ララァの示した方角へミハルは急いで走り去った。 ララァは彼女の消えた方向をしばらく見つめた後に、再び身を横たえると少しだけ寂しそうに目を閉じた。 運命の歯車が切り替わり力強く回り始めた事を、今は彼女だけが確信していたのである。 589 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23:18:17 ID:eWyR5SZ60 ララァ・スンの指し示した通路の突き当りには大掛りな研究施設があり、その最深部にはカプセル状の装置が設置されていた。 装置の稼働音は聞えているが、人影は全く見当たらない。 やはり先程の研究員達が話していた通り、全ての人員が逃げ出してしまったのだろう。 ドアのロックを始め、全てのセキュリティが解除されていた為、迷う事無くこの場所に辿り着いたミハル・ラトキエはあたりを見回すと、数多く並ぶモニターの一つに釘付けになってしまった。 「・・・・・・ハマーン!!」 押し殺した悲鳴に似た声が、両掌を口に押し当てたミハルの口から漏れ出た。 それは恐らくカプセル内部を映し出しているモニターであり、無数のチューブに埋もれ、苦しげに瞑目して横たわる少女の顔が映し出されていたのである。 蒼白いライトに照らし出されたその顔は、ハマーン・カーンその人であった。 ミハルは急いでカプセルに駆け寄ると小さな窓に張り付く様にして中を覗き込む。 ちらりと特徴的な彼女の髪が見えた。確かにこの中にハマーンがいるのだ。 「こんな女の子に、なんて酷い事を・・・!」 一旦カプセルから離れたミハルはコンソールに近付くが、迂闊に操作する事はさすがに思い止まざるを得なかった。 びっしりとパネルに並ぶボタンやスイッチ類を下手にいじればカプセル内のハマーンにどんな事が起こるか判らないからである。 しかしその時、途方に暮れているミハルの後ろで一つのモニターがハマーンの脳波変化を感知した。 4~8Hzから8~13Hzの脳波律動に変わったのである。 つまりハマーンは、眼を覚ましつつあるのだ。これはシステム的には想定外の非常事態といえた。 自動的にセーフティが働いて、プログラムを強制終了させる。演出されていたシステム暴走は、ミハルの目前で唐突に終わりを迎えたのだった。 被験者の覚醒を感知して突如けたたましく鳴り響いたアラートの中、目の前でゆっくりと開いて行くカプセルカバーを、ミハルはただ茫然と見つめるしか無かった。 590 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23:18:54 ID:eWyR5SZ60 眼を開いたハマーンの前には、泣き笑い顔のミハルがいた。 何の邪心も企みも無くハマーンの名を呼び、ただ一心にこちらの無事を喜んで涙を流している人が目の前にいる。 今のハマーンには、それが判る。 この女性(ひと)は、何の見返りを望む事も無く、危険を顧みずこんな場所まで来てくれたのだ。 ハマーンは体に纏わりついたチューブを払い除けて身体を起こし、カプセルを覗き込む様に屈んでいたミハルに抱き付いた。 弾みに身体に差し込まれていた電極が次々と抜け落ちてゆく。 「ハマーン・・・良かった・・・!」 「怖い夢の中で泣いていたら・・・ララァに逢ったの・・・」 「ララァに?」 「がんばれって・・・負けないで一緒に戦おうって・・・・・・!」 ミハルは目を閉じたままハマーンを抱き締め、今ここにはいない友達を想った。 『私、ハマーンに話し掛けてみるわ。彼女の心に力を貸せば、彼女はきっと囚われている檻を中から開ける事が出来る。後はあなたが・・・!』 ララァは約束通り、言った通りの事をやってくれたのだ。 彼女の助けがあったからこそハマーンはこのカプセルから自力で抜け出す事ができたのだろう。 今度は、自分が役目を果たす番だ。 「行こうハマーン、みんなの所へ」 ミハルはそう言いながら近くに脱ぎ捨ててあった白衣をハマーンに羽織らせると、慎重にカプセルから降り立たせた。 体力と精神力を限界まで酷使したハマーンの足取りはおぼつかないが、ミハルは小柄なハマーンに肩を貸し、急いで出口のドアに向かおうとする。 彼女達の前に、手に手に小銃を携えた男達が立ちはだかったのは、その時だった――― 600 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21:17:26 ID:XL5HNQ/Y0 ミハルとハマーンの前に立ち塞がった男達の先頭にいるリーダーらしき男は鮮やかな赤いパイロットスーツを着込み、奇妙な仮面を付けたヘルメットを被っている。 その男はこちらに銃を向けていた部下に命じ、全ての銃口を下げさせた。 「失礼だが、ハマーン・カーン嬢とお見受けする」 物騒な出で立ちからは想像できない程の丁寧な物言いに二人の少女は顔を見交わす。 ハマーンは慎重に仮面の男に向き直り口を開いた。 「いかにも。私がハマーンだ」 いつもの強気な物言いで答えたハマーンは、心中で語尾が震えてしまったのを悔やんだ。 それを察知したのか仮面の男はふと口元を緩めてから、何と彼女に向けて敬礼したのである。 「ご無礼をお許し下さい。私はシャア・アズナブル大佐であります。 マハラジャ・カーン提督から極秘でハマーン様を保護するよう申しつかり参上致しました」 「何!?お父様が?」 と、その時、戸惑う少女の前にシャアの両脇から無言で進み出たクランプとコズンが、支え合って立っている状態のミハルとハマーンを引き離したのである。 「な、何をする!?」 「ハマーン!」 狼狽したハマーンとミハルは同時に声を上げるが男達は全く意に介す素振りも見せない。 「時間がありません。我々は急ぎここから脱出します。ご同行を」 「待ってくれ!今この施設では子供達を脱出させる為に必死で戦っている者達がいるんだ。 彼らに協力して皆の脱出をサポートをして欲しい!」 しかしハマーンの必死の呼び掛けを、仮面の男は冷たく跳ね返したのである。 「残念ですが、それは応じかねます」 「な、何故だ!?あなた達の協力があれば、きっとみんなの脱出は成功するのに!?」 「我々のこの行動は非合法なものです。ハマーン様を秘密理にお連れする為に、目立つ行為は極力避けねばなりません」 「そんな!で、ではここにいる子供達はどうなる!?」 EXAMを介してのアムロやララァとの共振による邂逅で、以前に比べNTであるハマーンの直感力は数段高まっていた。 シャアはハマーンに対し、あえて脱出後この施設を、ここにいる子供達ごと吹き飛ばして証拠隠滅する作戦である事を伏せていた。 が、彼女はシャアの物腰から不吉な企みを感じ取ったのである。 青ざめたハマーンの問いに、ハマーンをミハルから引き離したクランプが強い口調で叫んだ。 「全てはマハラジャ様との約束、そしてハマーン様の安全が優先されるのです!」 「いやだ!離せぇっ!みんなを犠牲にして私だけ逃げ出すなんて絶対に嫌だっ!!」 「・・・お連れしろ」 「いやだ!いやだ!ミハル―――ッ!!!」 「何て情けない男達なんだろうねっ!!」 唐突に上がった怒りの絶叫に、その場の時間は凍り付いたように止まった。 泣き叫んでいたハマーンもその迫力に思わず涙を忘れる程だった。 声の主はコズンに腕を捕まれたままのミハルであった。 601 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21:19:07 ID:XL5HNQ/Y0 「手をお放しよ!ハマーンみたいなか弱い女の子を泣かせるなんて、あんたらそれでも男かい!?」 ミハルは拘束された腕をそのままにあたりをぐるりと見回す。 「自分のやってる事、みっともないとは思わないのかい!?」 任務の為と割り切ってはいたが、実は今回の作戦には誰もが負い目を感じている。 少女の糾弾は男達の抱える急所を鋭く抉ったのである。 自分が腕を掴んでいるそばかす顔の少女に真正面から睨み付けられ、直球の詰問をぶつけられたコズンは思わず視線を逸らしかけた。 この場にバーニィがいなくて本当に良かったと彼はばつが悪そうに渋面を作るのが精一杯だった。 相手は武装した屈強な兵士なのだ、下手に逆らえば何をされるか判らない。が、ミハルは目の前の情けない男共に怒りをぶつけずにはおれなかった。 ララァの言葉を借りるなら、これこそがまさに彼女らしい行動であったのである。 「そこの仮面を付けた赤い男!」 「・・・私の事かな」 びしりと指差され名指しされたシャアは渋々答える。真っ直ぐな瞳で自分を見つめるこの少女から、何故か眼を逸らす事ができない。 「そうさ!あんた、仮面を付けた赤い男は子供達のヒーローだって事、知らないのかい!?」 「初耳だな」 「それじゃ教えてあげるよ。赤ずくめの服を着て仮面で正体を隠した男は大昔から【正義の味方】って事になってるんだ!」 ミハルの言葉にその瞬間、その場にいる男達の脳裏に子供の頃に胸躍らせたTVヒーローの姿が鮮やかに甦った。 戦争が始まる前までコロニーも地球も分け隔てなく放映されていたその番組は、超長寿シリーズを誇り、どんな世代でも必ずその子供時代に合わせたヒーローが存在しているという稀有な例であった。 当然、ここにいる男達は全てその洗礼を受けている。それは、幼き頃よりコロニーと地球を渡り歩いた経験を持つシャアすら例外ではなかった。 確かに、その歴代シリーズにおいて赤いコスチュームを身に付けた男はすべからくヒーローチームのリーダーだった。 「私だって現実の世界は子供番組みたいに単純じゃない事は判ってるさ! でも、力の限り弱きを助け、悪しきを挫く! それが子供達に見せ付けてやるべき大人の姿じゃないのかい!?」 しかしミハルの言葉にシャアは冷笑で答えた。 「あんなリアルではない物と一緒にされては迷惑だな」 「リアルじゃない?」 「無償で戦う正義の戦士か?下らんな。そんな酔狂な人間が現実にいる筈は無い!」 指導者だった父親が謀殺され、命からがらザビ家の追っ手から妹と共に地球まで落ち延びた過去を持つシャアである。 その荒んだ境遇の中でシャアは、この世に弱き者の為に身を捨てて戦う正義の味方なぞ存在しない事を身に染みて思い知ったのだった。 存在しないヒーローに頼る事はできない。 だから彼は世間一般の子供に許される甘えを捨て、幼きながら修羅の道を歩き始めた。 そうせねば生きていけなかった。 シャアもまたハマーンと同様、いかなる子供よりも早く大人にならねばならなかったのである。 しかし――― 「いいや、いるね!」 「ふざけるな!そんな人間がどこに存在すると言うのだ!」 あっけなく自信満々に答えたミハルにシャアが激昂した。 それはある意味シャアの人生訓の否定だった。取るに足りない小娘の言葉としても聞き捨てならない。 普段シニカルに構え、沈着冷静で心情を滅多に表に出さないシャアがこの娘には完全に冷静さを欠いている。 602 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21:20:27 ID:XL5HNQ/Y0 「おいお前、いい加減に・・・」 明らかな異常事態にコズンがミハルを黙らせようと声を掛ける。 が、その瞬間、クランプがコズンを鋭く眼で制した為に彼はそれ以上言葉を継ぐ事ができなくなってしまった。 驚くコズンにクランプは『言わせろ』と目で言っている。 クランプが何がしかを期待した目を少女に向けている事を確認したコズンは微かに頷くと、そのまま2人のやり取りを見物する事にした。 「ドアンがそうさ!」 「ドアンだと?」 「ククルス・ドアン。今もあたし達を助ける為に頑張ってくれているんだ」 誇らしげに彼の名前を呼んだミハルに憧憬と少々の寂しさが入り混じっているのを感じ取ったハマーンは、複雑な顔で彼女を見つめた。 しかしシャアはそんなミハルを見て可笑しそうに唇を歪める。 「その男にはお前達を助ける何らかの理由があるのだ。無償でなどあるものか」 「何だって?」 「そのドアンとやらが軍人ならば恐らくは金か地位・・・危険に見合った報酬が約束されている筈だ。何の見返りも無く、人は動かんさ」 しかしミハルはそう嘯いたシャアに憐れみを含んだ視線を投げ掛ける。 「・・・可哀想に。そういう風にしか考えられないなんて、よっぽど辛い生き方をして来たんだろうね。でも世の中にはそうじゃない人だっているんだよ」 「買い被らないでくれミハル。報酬はある」 通路側、一同の後ろから突然掛けられた声に全員が振り返り一斉に銃を向ける。 ミハルの言葉に何かを言い返しかけたシャアが視線を向けた先には大柄な体格の男が、上げた両掌をこちらに向けて静かに立っていた。 「贖罪。それが俺の報酬だ」 「ドアン!逃げて!」 「ドアンだと?この男がか・・・」 脱出準備を整えてナナイの元に戻ったドアンはミハルとララァが帰っていない事を聞き、まさかと思いつつもこの場所へ赴いた。 彼が駆け付けた時は彼女達は兵士の一団に取り囲まれた状態であり、単独での突入は不可能の状態であった為、通路の影に身を隠してシャアとミハルのやり取りを聞いていたのである。 「どうやら大佐殿にも何やら事情がおありの御様子。お互いに余計な時間を使わず、ここは穏便に事を済ませることは望めないでしょうか?」 武装した集団の前に身一つで歩き出るには半端ではない度胸が必要なだけでは無く、タイミングも重要だ。 この大男は少女と自分の言い争いによって兵士達の殺気が殺がれた瞬間を見計らって姿を現したのだろうとシャアは機敏な男の動きに舌を巻いた。 対峙するドアンとシャアを中心に緊迫した空気が一同に張り付いた瞬間、外部の様子を映し出しているモニターに膝から崩れ落ちたMSが映し出された。 「ああっ!危ないアムロ!」 それを目にして思わず叫んだハマーンに、その場の兵士達全員が振り返った。 603 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21:21:11 ID:XL5HNQ/Y0 「アムロですって!?もしかして、あのMSを操縦しているのはアムロ・レイなんですかい!?」 「そう、そうだ。アムロも私達の為に戦ってくれているんだ!お願いだ、アムロを助けてくれ!」 コズンの言葉にすがり付くようにハマーンが哀願する。 全員の視線がシャアに集中する。クランプが思い切ってシャアを促した。 「大佐。アムロ救出は我々の初期目標だった筈です。予定を変更する旨、バーニィに連絡を取って宜しいですな?」 「・・・止むを得ん。予定を変更する」 シャアはゆっくりと兵士の間をすり抜けてドアンに近付き、その顔をまじまじと見回した。 「貴様とは初めてでは無いな?」 「覚えておられましたか。嵐の海で一度お会い致しました」 ふむとシャアはドアンとの邂逅を思い出す。あの時シャアは真実の顛末を聞きだす為にフォルケッシャー船長ではなく、わざわざ後方に控えていたドアンを聴取したのだ。 つまりドアンは嘘を吐けない人間だという事を、シャアに初見で看破されていたのである。 「貴様の階級と目的を簡潔に述べよ」 「戦略情報部所属、ククルス・ドアン少尉であります。 私はこれよりジオン軍を脱走し、この施設の地下ドックに係留されている潜水艦に子供達全員を乗せ、しかるべき安全な島まで運んだ後、暫時隠遁する所存であります」 「計画の進捗具合はどうか」 「この2人と途中で潜伏していた1名を連れて戻れば全て完了であります」 ミハルはハッとした。ドアンはここに来るまでにララァを見つけていたのだ。 「計画の変更を要請する。このハマーン・カーンは我等と共に行く。これは彼女の父親からの依頼である。彼女の安全は赤い彗星の名において保障しよう。 計画変更受諾の場合、我々は貴様の計画に協力する用意がある。そうでない場合は」 「了解しました。今は大佐殿のご事情を詮索するつもりはありません。 ジオンきってのエースである赤い彗星を信用致します。ハマーンの事を宜しくお願いします」 敬礼を向けたドアンを見て、やったぜと小さく叫びながらコズンは通信機に手を伸ばす。クランプはハマーンの腕を放しホッとしたように天井を見上げている。 ミハルはハマーンともう一度抱き合い、その目を後方に立つシャアに向けた。 シャアも無言でミハルを見つめている。 あまりにも境遇の違う二人の男女は、暫しそのままの姿勢で向き合った。 「くそっ!駄目か!」 膝から崩れ落ちた06R-3Sのコックピットでアムロは痛恨の声を絞り出した。 対峙していた一体の08-TX[EXAM]の動きが突然鈍ったのを見逃さず、何とか無力化する事ができたが、同時に試作型ゲルググの右膝が完全に破損してしまったのだ。 重力下において下肢の破損はそのMSの無力化を意味する。06R-3Sはもう戦闘不能だった。 しかし動きは鈍ったもののまだ一機の08-TX[EXAM]が破壊活動を継続している。 施設を守る防壁は今や紙の様に折れ曲がり、MSの攻撃は建物に及ぼうとしているのに、アムロはそれを止める事が出来ない自分に毒づいたのだった。 しかし、その時であった。外部からの通信を示すシグナルがコックピットに響き渡ったのである。 「応答せよ!アムロ、聞こえるか!」 「バ、バーニィさんなんですか!?」 驚くアムロの搭乗する06R-3Sの前に、施設と外部を隔てる低いフェンスをなぎ倒して巨大なサムソントレーラーが回り込んで来た。 その荷台には白いボディカラーの【ガンダムもどき】が積載されている。 「待たせたなアムロ!お前の為に、わざわざ連邦製のMSを持って来てやったぜ!!」 得意気にトレーラーの運転席で手を振るバーニィの意図を確認したアムロは急いでシートベルトを外し、ハッチを開放すると急いでコックピットから地上に飛び降りた。 バーニィに飛び付きたくなる衝動を必死で堪えながら急いで【ガンダムもどき】に向かう。 懐かしい仲間との抱擁は、後回しだった。今はとにかく暴れまわるMSを鎮圧する事が先決だったのである。 663 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/10(木) 12:44:11 ID:pSG2ZpQ.0 RX-78-XX【ガンダム・ピクシー】それがこの機体の正式名称らしい。 [ガンダムもどき]のコックピットに滑り込み、メインモニターを起動させたアムロはまずその事実を機体スペック画面で確認した。 06R-3Sのモノアイから俯瞰で見た限りでは荒野で黒い三連星達と相対したあの[ガンダムもどき]に見えたのだが、近付いてみると、このMSはあきらかに件のMSよりも「細身」であった。 すっきりした外観は例の[ガンダムもどき]よりもRX-78に近く、ガンダムを一回り痩せさせたイメージである。 しかし華奢では無く、人間で例えるならば明らかに絞り込まれた肉体のそれに近い印象を受ける。 「コアブロック・システムと宇宙空間装備が排除されているのか・・・」 機体データ画面を素早く切り替えて各部チェックを行っていたアムロは初めて目にする連邦軍の新型MSの性能に目を輝かせた。 「アポジモーター増設でジェネレーター出力、スラスター推力は共にガンダムを超えてる・・・ ビーム・ステルスコート塗布・・・?な、何だろうコレは」 この完全陸戦用MSには、その効力は今ひとつ不明ではあったが、最新技術と共に謎のテクノロジーも満載されている様だ。 ピクシーのコックピットレイアウトはガンダムのそれと酷似している。 微かに漂うジオン製MSの物とは異なる、RXシリーズに一貫して使われているシートレザーの放つ独特な臭い。 その懐かしくも嗅ぎ慣れた香りと耳に馴染んだシステム起動音が妙に心を落ち着かせ、やれる、という確信を深めてゆく。 アイドリングは既に終了している。 シートベルトを装着したアムロは慎重にフットペダルを踏み込み、機体の上半身を起き上がらせながらバランサーの具合を確かめる。 胸部のダクトから排気が成されると同時にRX-78-XX【ガンダム・ピクシー】のデュアルカメラが一瞬輝きを増して瞬いた。 664 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/10(木) 12:44:51 ID:pSG2ZpQ.0 速い。そして、何よりも軽い。 乗り潰してしまったが06R-3Sもアムロの操縦に素晴らしい追従性を発揮してくれていた。 が、このMSの動きには06R-3Sにそこはかと無くあった「無理矢理速めた感」が全く感じられない。 非常に静か且つスムース、安定感が抜群だ。 これが最初から高い反応速度を想定して建造されたMSとそうでないものとの違いなのだろうか。 明らかにRX-78よりもスピードを増しているその挙動に、アムロの胸は知らず高鳴る。 しっかりと両の足で大地を踏み締め立ち上がったガンダム・ピクシーは、眼下のトレーラーにワイヤーでマウントされているXX専用銃【90mmサブマシンガン】を見下ろした。 このウージータイプの短銃身マシンガンは、取り回しは軽快そうだが集弾率は低そうだ。 敵MSの動きはトリッキーである。間違っても周囲の施設に被害を与えたくない今回は、弾丸を撒き散らすこの武器は使用しない方が賢明だろう。 「ビーム・ダガー・・・?」 白兵戦用の武装をチェックしたアムロは見慣れない表記に眼が留まった。 いわゆる刀身が短いビームサーベルで、エネルギー消費が少ない為に長時間の使用が可能らしい。 ビームサーベルを「太刀」に例えるなら、「脇差(わきざし)」程の長さのこれを逆手で二刀構えるのが想定された使用法の様だ。 卓抜したスピードで敵MSの懐に入り込み、一瞬の隙を突いて必殺の一撃を敵の急所に突き入れる・・・ RX-78-XX【ガンダム・ピクシー】は、まさにそれだけの為に開発された対MS戦専用MSだった。 当然その運用には相当な操縦技量が要求されるのだろう。どう考えても一般向きではないMSである。 アムロはその設計思想に一種の潔さを感じたものの、さまざまな局面で連戦を重ねて来た今となっては、一つの戦い方に特化したMSは現場では運用し辛いんだよな・・・と両手離しで開発陣を褒め称える気持ちには到底なれなかった。 アムロ自身は知る由も無かったが、このピクシーは本来オデッサ作戦発動前にホワイトベース(WB)へ配備される筈のMSであった。 想定されていたパイロットも「RX-78の操縦者」つまりアムロ・レイその人である。 しかしWBがジオンに鹵獲されるという事態を受け、急遽行き場を失ったRX-78-XXは結局、その操作性の難しさからMSの運用に不慣れな連邦軍パイロット達に敬遠され基地を転々とした挙句、解体寸前で今回の作戦に駆り出されたのであった。 数奇な運命を経て巡り合ったパイロットとマシンはしかし、この刹那の邂逅に浸っている暇は無かった。 防壁を完全に破壊し終えた08-TX[EXAM]に軽快な動きで背後から接近したRX-78-XXは、両腰に装備されていたビームダガーを素早く引き抜くと、逆手一文字に構えたその切っ先を神速で閃かせた。 684 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13:08:51 ID:s91I.d2Y0 爆発音と共に突如ラボが吹き飛んだのはシャア達一行がラボを出た直後の事であった。 まさに間一髪、被害を受けた者が一人も出なかったのは幸運であったと言えるだろう。 恐らくクルストによって密かに仕掛けられていた時限爆弾が爆発したのだろうとシャア達は推測したが真相は不明である。 クルストにとって貴重なサンプルである筈のハマーンをも犠牲にして、自分が姿を消す為の攪乱と時間稼ぎ、加えてデータ消去を同時に行うという強引な手段。 周到なクルストならば、やりかねない。が、計画通りならば同様の事を、この施設の子供達相手に自分達が行っている筈だったのだとクランプは密かに冷や汗を流した。 シャア達にはまだやる事が残されていた。姿を消したクルスト博士の捜索である。 クルストが連邦への亡命を画策している事が判明している以上、表向きクレタ島を含むこの海域の警備を担当しているマッド・アングラー隊はザビ家の手前、それをみすみすと許す訳にはいかないのだった。 しかしシャアの想像以上にクルストの行動は迅速だった。 あらゆる局面で今回の作戦は後手を踏んではいたが、それでもこの事件において戦略情報部所属のククルス・ドアンという人物が新たに現れた事は僥倖だった。 シャア達にとってドアンという人物の出現は、何が何でもクルストを探し出す必要が無くなった事を意味していたからである。 つまり、都合の悪い事は全て「連邦に亡命するクルスト」か「ジオンを脱走し隠遁するドアン」に押し被せてしまう事が可能となったのだ。 首尾良くクルストを見つけ出せた場合は、ドアンを子供達と脱出させた後にクルストの口を封じ、その後に施設を完全に爆破して証拠を隠滅する。 ザビ家への報告はクルストの亡骸に、証拠として鹵獲した連邦のMSを添えて行う。施設の爆破はクルストの仕業であり、その際に一部の施設職員と共に収容されていた子供達は全滅した・・・とすれば亡命未遂事件として事は終わり、その後の追及は免れるだろう。 一方クルストが発見できなかった場合は上に報告する際に『クルストの亡命は全て戦略情報部のドアンの手引きであり画策だった』という事にしてしまう。 この場合、ドアンの所属する戦略情報部はキシリアの直属であるという事実を最大限に利用するのである。 戦略情報部員のドアンに『キシリア様の命令で動いている』と言われた為に一般兵の我々は、その行動を制限する事はおろか、追及、詮索する事すらできなかったのだと陳情すれば、ここから先は戦略情報部の責任となる。 戦略情報部の不祥事イコール、キシリアの責任。つまりそれは、一般兵には責任追及が不可能である事を意味している。 現在地上を統括するマ・クベも戦略情報部とは太く繋がっており、クルスト亡命が公になれば自らの保身に躍起とならねばならないだろう。 シャアとしてはそこに付け込む隙を見出したい所だ。 そして誰もが、まさかクルストの亡命とドアンの脱走が別件であるなどとは夢にも思うまい。 それにしても【亡命】あるいは【脱走】という重大な不祥事を引き起こした兵士の所属部署がよりにもよってフラナガン機関及び戦略情報部という、共に秘密主義で特権の塊りたるキシリア直属であったのだ・・・ザビ家としては最悪の事態だろう。 どちらにしろ、真相がザビ家に露見する心配は無い。が、勿論そこには『当事者がジオンに捕まらねば』という注釈が付くのは言うまでもない。 死んだ事になっている、あるいは、全ての罪を被った「当事者ドアン」には何が何でも上手く逃げ出して貰わねばならない。 冷徹なシャアがドアンに対し【貴様の計画に協力する用意がある】と言ったのは、つまりはそういう事なのであった。 685 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13:10:26 ID:s91I.d2Y0 シャア達一行は二手に分かれた。 クランプとコズンはドアンとミハルに同行し、待機している子供達を連れて脱出用の潜水艦がある地下ドックまで彼等をガードする役割を担う。 シャアとアンディはハマーンをバーニィの待つサムソン・トレーラーに送り届けた後クルストの捜索を兼ねて別ルートから地下ドックへ向かい、先行しているコズン達と合流する手筈である。 地下ドックはラボを除けば施設の最深部に位置しており、顔の知れたクルストがのこのこと地上からは脱出できない以上、何らかの方法でここから逐電するだろう可能性は極めて高いと見るべきだった。 「ララァ!無事で良かった・・・!」 「ミハル・・・」 手はず通りに資材の陰に隠れていたララァと再会したミハルは堅く抱き合った。 「約束通り戻ってきたよ。ありがとう、あんたのお陰でハマーンを助ける事ができた」 「うふふ。違うわ、あなたがハマーンを救ったのよ」 目を瞑ったララァは愛おしそうにミハルの頭をそっと撫でた。 ララァには朧気ながら見えていた。 もしハマーンがシャア達に無理矢理連れていかれそうになったあの時、ミハルがいなければどうなっていたか・・・ 施設は爆破されドアンの脱出作戦は失敗し、ミハルやララァを含む子供達は全員が死亡するという最悪の結果に終わっていた。 その事態を目の当たりにしたハマーンは絶望し、暗く心を閉ざしてしまう。 以後彼女は、周囲の大人達全てを憎みながら成長し、暗き怨念と復讐の炎に身を焦がす人生を送る事となる・・・ ララァが別れ際にミハルに言った「あなたがいないとハマーンは助け出されても救われない」の意味がそこにあった。 しかし今、自分を抱きしめているこのあどけない顔をした少女は、自分が担った役割を想像すらしていないだろう。そしてこれからも・・・ そう考えるとララァは少しだけ、彼女が羨ましく思えるのだった。 「話は後だ。今は先を急ぐぞ」 ドアンは軽々とララァを抱き上げると、通路を駆け抜け階段を駆け上がった。 クランプ、コズン、ミハルも急いでそれに続く。 電源がいつ切れるか判らない為エレベーターは使用しない。クルストが仕掛けた時限爆弾は複数ある可能性が高いのだ。 華奢とは言え女性を一人抱えたまま全力で階段を駆け上っているくせに息の一つも切らさないドアンに、内心驚嘆しながらコズンは声を掛けた。 「こんな山の麓の施設に海まで繋がってる地下ドックがあるなんて思いもしなかったぜ」 「島の内部まで浸食している鍾乳洞を利用した、あくまでも緊急脱出専用の狭いドックだ。 係留してある潜水艦も一隻のみだ。 そして、潜水艦を使用する場合は戦略情報部員の許可が必要だ」 「お、なるほど。旦那はそいつを自由に使えるって訳だ」 「素人に潜水艦を操縦する事はできん。 施設に常駐している戦略情報部の連中は保安要員も兼ねているからな。 しかしUHT認証を登録して来たからもう俺しかあの潜水艦は動かせん」 こいつは使える奴だ、と、コズンとクランプはドアンの資質を見抜いていた。 武装した自分達の前に無手で現れたクソ度胸といい、この体力。加えて状況判断や思考能力も極めて高いとくれば、これはもうラル隊にスカウトしたくなる人物である。 このまま脱走させてしまうには非常に惜しい人材だ。 体がデカいからコックピットは窮屈かもしれないが、コイツはMS乗りとしても相当やるだろうぜとコズンは確信していた。 「潜水艦でどこに逃げるつもりだ?海峡は二つとも封鎖されているから地中海から外には出られないぞ」 「それについては考えがある。奴らのウラをかくのさ」 ニヤリと笑ったドアンが食堂の扉を開けると、彼らの到着を首を長くして待っていた子供達の歓声が一同を出迎えた。 686 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13:11:06 ID:s91I.d2Y0 ミハルやララァの元に子供達が殺到する中、ララァを降ろしたドアンにナナイが駆け寄り首筋に抱き付いた。 「済まない、心配を掛けた。ハマーンは無事だ。あと一踏ん張り頑張ろう。力を貸してくれ」 ドアンにしがみついたまま、涙を浮かべて何度も頷くナナイを、ミハルは寂しそうな笑顔で見つめている。 「大丈夫よミハル。あなたにだって素敵な人が・・・」 「え?ななななに言ってるのよララァ?あたしは別に!」 「おい急げ!MSが迫って来てるぞ!」 窓の外を見ていたクランプの大声がその場にいた全員の会話を中断させ、緩みかけていた緊張感を再び張り巡らせた。 「よし。行こう。先導してくれ」 「おう」 「済まないが殿(しんがり)を頼む。 保安要員の俺に警備隊のマッド・アングラーが随行しているんだ、普通に考えたら誰にも手出しはできない筈だが、不測の事態には相応に対処してくれ」 「任せておけ」 子供達の前で銃撃戦は可能な限り避けたいが、非常の場合は背に腹は代えられない。 先導するコズンと後詰めのクランプは共に機関銃のセーフティを外しながらドアンに頷いた。 714 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 20:53:16 ID:henTU8lc0 爆発はその後、施設の重要地点を中心に数回に渡って起きた。 それは明確に意図された爆破そのものであり、最初に起こったラボの爆発もその一環である事は最早疑う余地は無かった。 「おおっ、手際が良いな!」 扉から出て来たアンディが思わず感心した声を上げた。 シャアとアンディがハマーンを連れて施設裏手の非常口から表に出ると、そこにはもう既にバーニィが、トレーラー部分を切り離したサムソントップを横付けさせていたからである。 サムソントレーラーは全長50メートルにも達する巨大車両であり、自在に扱うには熟練を要する。細やかな動きが可能なMSとは違い、慣れていない者では方向転換の切り返しすらままならない。 即席の運転手たるバーニィは、それならばと、思い切って不要となったトレーラー部分を切り離したのだろう。 MSやマゼラアタック等の戦闘車両の運搬を想定して開発されたサムソンはそれ自体、簡易装甲車並の強度を持っている。防御用の機銃を構え、緊急用脱出機構をも備えるこれの中にいれば、そう簡単にハマーンに危険が及ぶ事はないだろう。 「大佐。この身軽な車両の方がここから先、何かと都合が良いでしょう。ワイズマン伍長の判断は、的確です」 そう言いながらアンディは、建物の向こう側で繰り広げられているMS同士の戦闘に釘付けとなっているシャアとハマーンを振り返った。 「アムローッ!」 ここからではもちろん言葉など届くべくも無いが、両手を握り締めたハマーンは、思わずそう声を上げていた。 「むっ・・・!?」 対照的にシャアは微かに呻いた。 分厚い特殊合金製の金網越し、しかも施設の建物にその姿の下半身が遮られている為に2体のMSの戦いの全貌を窺う事はできなかったが、シャアは白いMSの機動に見覚えがあった。 そのMSは確かに数時間前、連邦軍のアジトを急襲し、鹵獲したガンダムタイプのMSである。 あの「木馬」に搭載されていた、散々自分達を苦しめた「白いMS」が連邦軍によって量産されている・・・ その事実はシャアをして心胆を寒からしめたが、エンジンに火の入っていないMSは単に「白いMS」に似ただけの量産機に過ぎなかった。 しかし、目前で生き生きと躍動しているあのMSの姿はどうだ。 かつて自分と何度も激闘を交わしたあの「白い奴」そのものではないか・・・! シャアはアンディがハマーンをサムソンの後部ペイロードに乗り込ませるのを確認しながらひらりとステップを駆け上がり、運転席のバーニィに側窓ごしに声を掛けた。 「あのMSを操縦しているのはアムロという兵士だと言ったな?」 「は、はい!ご覧の通り、アムロは敵MSと未だ交戦中であります!」 少々緊張気味にバーニィが敬礼しながら答えると、シャアは試す様な口調で訪ねた。 「援護は必要か?」 「いいえ!それには及びません・・・と、存じます!」 慣れない言い回しに口調が変だ。 が、シャアは即断即答したバーニィに興味を持った。 「ずいぶん自信満々に言い切ったものだな。 貴様より年下の少年兵なのだろう?しかも搭乗しているのは鹵獲した連邦のMSだ。心配ではないのか?」 しかしその時の、シャアの質問に対して[よくぞ聞いてくれた]と言わんばかりのバーニィの笑顔こそ見物であった。 「大丈夫であります!彼は【木馬】からの、いえ、連邦軍からの亡命兵なのでありますからして!」 「何、木馬だと!?」 シャアの目がギラリと光ったが、バーニィはそれに気付かず言葉を続ける。 「自分は何度も目の当たりにしていますが、奴の戦闘センスは抜群です! MSに乗っているアムロを一対一で倒せる奴なんて、はは、連邦にもジオンにも・・・」 得意げに口上を垂れていたバーニィの顔がそこで引きつった。 「あ、い、いえ!申し訳ありません! も、もちろんジオンのエース、赤い彗星たる大佐は、別であります!」 「木馬からだと・・・やはりな」 恐縮しきって再度敬礼を振り向けるバーニィを気にも止めず、シャアは確信を込めてそう一人ごちた。 715 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 20:54:23 ID:henTU8lc0 なんという因果だろう。ジオンを散々に翻弄した白いMSのパイロットが今、彼の味方として目の前で戦っているのだ。 何度も追い詰めつつ、結果的に苦杯を舐めされられ続けた白いMSと木馬。 その木馬を青い巨星ランバ・ラルが無傷で鹵獲した、と、聞かされた時は我が耳を疑ったものだ。 木馬とあの白いMSを仕留めるのは、いや、仕留められるのは自分しかいない。そんな密かな自負があったからである。 だが、ガルマ・ザビを謀殺する為にシャアは木馬を利用した。 今でも脳裏に鮮烈に焼き付いているシアトルでの光景。 そう、あの時自分は、息を潜めている木馬を発見しておきながら、その木馬を討つ事よりも、あえて「復讐」を選択したのだ。 シャア・アズナブルは知らず瞑目している。 その結果、シャアは辺境の潜水鑑部隊に左遷され、木馬を追う権利を失ったのである。 「大佐、ハマーン嬢の収容は完了しました」 地上に降り立ったアンディがシャアにそう声を掛けたのと、眼前の白いMSが08-TX[EXAM]の首を、逆手で構えたビームサーベルで抉り斬ったのはほぼ同時の事だった。 その頭部は放物線を描いて遥か後方の道路脇に落下し、首を失った08-TX[EXAM]はゆっくりと後ろに崩れ落ち動かなくなった。 暫くは臨戦態勢を解かず、倒れたMSの様子を窺っていた白いMSだったが、やがて体勢を戻し建物越しにこちらを静かに見下ろす様に立ち上がった。 「見事なものだ。更に腕を上げたな、ガンダム」 「・・・へっ?」 微かに呟いたシャアの声が耳に入ったバーニィが思わず聞き返したものの、シャアは構わず彼に向き直った。 「あのMSにはこの車両を警護させろ。貴様と2人で何が起ころうと、我々が戻るまでここを死守するのだ。できるな?」 「り、了解であります!」 再度表情を引き締めたバーニィは再び敬礼をシャアに向ける。 このバーナード・ワイズマンという新兵、まだまだ頼りの無い部分があるものの、物怖じしない性格と、任務をそつなくこなす柔軟性は見所があるとシャアは踏んでいた。 アムロという優秀なパイロットが駆る白いMS【ガンダム】と組ませれば、臨機応変に任務を遂行できるだろう。 シャアは期待を込めた答礼をバーニィに返すと、頼むぞと声を掛けてからアンディの待つ地上に飛び降りた。 「大佐」 「うむ、我等も行くぞ。何としてでもクルスト・モーゼスを見つけ出すのだ」 施設内部に戻る前にふと視線を感じたシャアは背後に立つガンダムを振り返った。 瞬間、シャアの身体を再び電流の様な緊張感がぞわりと駆け抜ける。 白いMSは、シャアを見ていた。 人間を模したデュアルセンサーとシャアの双眸が中空でぶつかり見えない火花を散らす。 しかしガンダムは次の瞬間、シャアから視線を外し、ゆっくり背を向けると周囲警戒態勢に入ったのである。 「・・・そうか、もうお前と戦う事は無いのだな」 そう呟いたシャアは言い知れぬ安堵感と引き換えにした一抹の寂寥感を胸に、アンディを伴い、再び施設の建物の中に消えたのだった。 736 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:36:51 ID:NzTR5ps.0 ドアン達一行の前にやがて、小学校の体育館を二つ並べた程の空間が開けた。 ここが施設の最深部、脱出専用の中型潜水艦が格納されている地下ドックである。 施設のあちこちで次々と巻き起こる爆発の中、一隻のみの潜水艦は健在だった。 地上の喧騒が嘘の様に、現在ここには誰の姿も無い。 潜水艦は、三分の二程水に沈んだ状態で係留されており、搭乗用可動式タラップが潜水艦上部の閉じたメインハッチに接合されている。 彼等をじっと待ってくれていた潜水艦の前でドアンは安堵の溜息を漏らした。 一息つく事もせずドック中央にある制御室に駆け込んだドアンは、UHT認証――マスターコードを入力して外部から潜水艦のロック状態を解除する。 プシュッという圧力音と共に潜水艦上部のメインハッチが静かに開いた。これで潜水艦は再び使用可能となったのである。 「よし。急いで子供達を乗り込ませよう。小さい子から順にだ」 ミハルやララァと共にタラップ上で子供達を誘導するナナイに制御室から出てきたドアンは感謝の目を向ける。 ザビ家直属の情報部が使用する車両、船舶、航空機に設定されている機密性が極めて高いマスターコード。 それを書き換える事ができたのは、コードデータを密かに解析したナナイの手腕があったからである。 長い時間を掛けて彼女と練り、積み上げてきた脱出計画が一つ一つ実を結んでいる。 遠大に見えた計画があと少しで完遂しようとしているのだ。 「旦那にゃ無用の忠告かも知れねえが、気を付けてな」 「恩にきる。ここまで順調に事が運んだのは君達のお陰だ」 「まだ爆発は起きるかも知れん。最後まで気を抜くなよ」 後方を警戒しながら声を掛けて来たコズンとクランプにドアンは深く頭を下げた。 50人もの子供達を引き連れての移動中、トラブルに見舞われなかったのは、やはりマッドアングラー隊の随行があればこそであった。 「ここからはもう我々だけでやれる。君達も、一刻も早くここから脱出してくれ」 ドアンとがっちりと握手を交わしたクランプとコズンが背を向けた時、気が付いた様にドアンは彼等を呼び止めた。 「礼と言っては何だが、いくつか俺の知っている情報を提供しよう。 これは戦略情報部でも一部しか掴んでいないトップシークレットだ」 コズンとクランプは思わぬドアンの申し出に眼を丸くしている。 「連邦軍はオデッサ攻略にあたって、黒海を挟んだアンカラに兵力を集め始めている」 「何だって!?」 「アンカラに長距離砲撃用MSを多数配置して、対岸からオデッサに砲撃の雨を降らせるつもりらしい。 拠点防衛の為に動けないジオン軍にとって、これは致命的な痛手となるだろう。 ある意味、爆撃機からの攻撃よりも厄介だ。なにしろ誘導兵器では無い分、ミノフスキー粒子のジャミングが効かんからな。場所さえ特定できれば砲弾は確実に命中する。 だが、この事実を掴んでいてもマ・クベは一向に動く気配を見せない。それが何故なのかは知らんがな」 コズンとクランプの顔から音を立てて血の気が引いた。 オデッサの友軍が『敵の砲撃は黒海の対岸からだ』と気付いた時にはもう手遅れだろう。その頃には既に連邦軍は防御陣形を敷き終えている筈だからである。 そもそも、ただでさえ兵力の少ないジオン軍が、戦闘中のオデッサからアンカラに攻撃隊を別個に振り向けるのはどう考えても不可能だ。 「脱走する俺にはもう関係の無い話だが、こいつはこれからオデッサに飛び込む君達には有益な情報だろう。それから」 「ま、まだあるのか」 冷汗を流しながらクランプは呟いた。必要な情報とはいえ、自軍に不利な状況が次々と判明して行くのは心臓に悪い。 「マ・クベはオデッサ地下に核ミサイルを隠し持っている」 「何だと!?」「マジかよ!?」 クランプとコズンの驚いた声が重なった。 738 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:39:14 ID:NzTR5ps.0 「前時代の遺産らしいがな。奴は戦況が不利と見たら迷わずこいつを発射してオデッサにいる友軍ごと連邦の大部隊を吹き飛ばすつもりだ」 口の中が一気に干上がったコズンが小さくむせた。クランプの手は機関銃を握ったままぶるぶると震えている。 「マ・クベが側近を引き連れて宇宙へ脱出してから核ミサイルは発射されるだろう。 ジオン宇宙軍をそっくり残したまま、一つの基地と引き換えに連邦の大物を多数に含む大軍を殲滅させる、これがマ・クベの【切り札】だ」 もはや彫像の様に表情を無くした二人の前で、ドアンはゆっくりと言葉を続けた。 「その場合、ジオン軍の犠牲者は全てザビ家から『ジオンの崇高な目的の為に散った勇者』として、もれなく十字勲章が贈られる予定だそうだ」 「・・・ふ、ふざけやがって!」 「マ・クベめ・・・そこまでやるか・・・!」 怒りを露わにする2人だったが、その機先を制するようにドアンは言葉を続けた。 「時間が無い。マ・クベに対する恨み言は後にしてくれ。 実は、伝える情報はもう一つある」 「・・・」「オーイ・・・」 げんなりしながら絶句した2人の顔を見てドアンは苦笑する。 「安心しろ、こちらは朗報だ。連邦軍の中にはジオンのスパイが何人も潜り込んでいる。 その中でも最大の大物がヨーロッパ方面軍の一角、西部攻撃集団砲兵司令部を指揮下に置くエルラン中将だ」 「連邦の中将だと!?」 「エルランはオデッサ作戦中、核ミサイルが発射される前に機を見て寝返る。 こいつを上手く利用すれば戦局の一発逆転が可能だろう」 クランプとコズンは思わず目を見交わした。絶望的な状況を打破する一縷の望みが見えた気がしたのである。 「マ・クベに核を使わせないで戦いを終結させるには、圧倒的な勝利が必要だ。いいか、マ・クベもそうだがエルランの動きから絶対に目を離すな」 「ドアン!こっちは良いよ!」 メインハッチから上半身を覗かせてミハルがこちらに向けて大きく手を振っている。どうやら準備が整った様だ。 「俺たちはとりあえずキプロスの近くにある無人島に身を潜めるつもりだ。戦争の早期終結を望むと君達のボスに伝えておいてくれ。 それから、あのアムロという兵士にククルス・ドアンが感謝していたと」 「必ず伝えるぜ!貴重な情報をありがとうよ」 「気をつけて行きな」 ぶっきらぼうな別れの挨拶だったが、軍を抜ける人間に階級差などは意味が無い。 2人ともう一度固い握手を交わした後ドアンはタラップを渡り、彼を手招きしていたミハルを促して潜水艦のハッチの中に潜り込んだ。 クランプとコズンがドックの入り口まで後退した時、丁度そこにシャアとアンディが降りてきて4人が鉢合わせの状態となった。 739 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:40:31 ID:NzTR5ps.0 「大佐!」 「クルストはいたか?」 「残念ながら、それらしき人物は見当たりませんでしたぜ、うおっ!?」 突然鈍い爆発音が響き、ドック奥にある機械室が吹き飛んだ。 それほど大きな爆発ではなかったが、密閉された空間で起こった爆風はシャア達を煽り、その振動はアームに固定されたままの潜水艦を大きく揺さぶった。 「畜生!ここにまで爆弾かよ!」 腰を落とした姿勢でコズンはあたりを見回した。シャア達に怪我は無い。 潜水艦と中の連中は無事だろうかとドックの様子を伺おうとしたコズンだったが、彼の携帯する通信機が短いアラームを何度も鳴らした為に慌ててそれを耳に当てた。 『そちらは無事か!?』 スピーカーの向こうからドアンの緊迫した声が聞こえる。 「旦那か!こちらは心配ない。そっちはどうだ?」 『船体のダメージは無さそうだが・・・むっ!?』 「どうした!?」 『隔壁が開かん・・・!どうやら今の爆発で何らかのセーフティが掛かったらしい!』 「何だと!?ちょっと待ってろ!」 外海と隔てる隔壁がシーケンス通りに開かなくては潜水艦はここから脱出する事ができない。 コズンが慌てて首を巡らすと、水路に張り出したデッキの突端に隔壁の手動スイッチが確認できた。 「OKだ。デッキの端っこに手動開閉装置がある。遠隔操作が無理なら手動で隔壁を開けてやる!」 「待て!それは許可できん!」 瞬間、壁に掛けてあったパーソナルジェットを手に勢い良く飛び出そうとしたコズンをシャアが厳しい声で制したのである。 驚いた顔でコズンが聞き返す。 「な、何故です!?このままじゃ!」 「良く見ろ。開閉装置の真後ろにある圧搾空気タンクに炎が迫っている。恐らくあれは、数分持たずに爆発するだろう」 「・・・!」 コズンが見ると、確かにシャアの言う通り、先程の爆発で生じた炎が舐める様に圧搾空気を表すアルファベットが書かれた中型のタンクを覆っている。 その一部は既に熱で変形しているようにすら見える。 「ランバ・ラルから預かった大事な部下をむざむざ危険な場所にやる訳にはいかんのだ。これからの事もある。無駄死には、許さん」 「・・・・・・!!」 手動装置が爆発に巻き込まれて使用不能になる前に作動させなければ潜水艦の退路は絶たれてしまう。しかし・・・ ぎゅっと唇を噛んで絶句したコズンの手からシャアは通信機を抜き取った。 「シャア・アズナブル大佐だ。手動スイッチ周辺が現在極めて危険な状況にある。 我々はこれ以上、手を貸す事ができない。悪く思うな」 『・・・いえ。これまでの御協力を感謝します。我々の事はお気になさらず脱出して下さい。こちらは、私が何とかします』 「・・・健闘を祈る」 クランプ、アンディ、コズンからの絶望的な視線を受けながらシャアは冷徹に通信を切った。 部隊長としての判断は間違ってはいない。そう自嘲しようとしたシャアの眼がその時、信じられない物を見るが如く見開かれた。 潜水艦上部のハッチが再び開き、そこから赤い髪をふたつのおさげに結わえた少女が飛び出したのである。 それは、シャアに哀れみの視線を向けて可哀相だと言った、あの、そばかす顔の少女だった・・・! 740 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:41:39 ID:NzTR5ps.0 シャアが見る間に少女は自ら出て来たハッチを閉めると、勢い良くタラップを駆け降り、ステップを伝って手動開閉装置に向かって走り出した。 「おいバカ!何やってんだあいつは!?」 コズン達も仰天している。今その場所に近付くのは自殺行為だというのはタンクの周囲で燃え上がる炎を見れば素人だって判る筈なのだ。が、少女は走るスピードを緩めない。 その時再び、シャアの持つ通信機にドアンからの呼び出し音が響いた。 『通信を横で聞いていたミハルが勝手に出て行ってしまった! スイッチを手動で動かすつもりだ!頼む!彼女を止めてくれ!!』 「何だと・・・自から望んで危険な場所に赴くというのか!?何故だ!?」 「仲間の為ですよ!」 顔を伏せたままのクランプが大声を出した。驚いた様にシャアが振り返る。 「・・・損得や理屈抜きに、あの子は皆を助けたいと思ってるんでしょう」 「馬鹿な!」 仲間と言っても所詮は赤の他人に過ぎない。 いくら仲間が助かったとしても、自分自身が死んでしまっては意味が無いではないか。 誰だって自分が一番可愛い。どんなに綺麗事で飾ろうと、土壇場で人は自らのメリットを考えて行動するものだ。 それなのに、何故あんな人間がいるのだ。 シャアはふいに眩暈を感じた様にふらついた。 それはシャアの中に巣食うシニカルな何かが否定された瞬間だった。 これまで心に刻んで生きて来た普遍的な認識が、目の前の少女の行動でがらがらと音を立てて崩れてゆくのが判る。 勢いを増す火勢に煽られながらもミハルは何とか装置の前に辿り着いた。 少女はためらい無くコンソール中央に設えられた大きなレバーに手を伸ばす。が、ビクともしない。全体重を掛けて思い切り引いてみたが、一ミリすら彼女の力では動かす事ができなかった。 炎は既に彼女の背後まで迫り、熱で炙られたミハルの全身からは珠の様な汗が噴き出している。 この場所にドアンを来させる訳にはいかなかった。 彼にもしもの事が起きれば、潜水艦を操縦する人間がいなくなってしまうからである。 『ミハル!聞えるか!?何て無茶をするんだ!!』 「ドアン!?」 コンソールパネルには固定式の通信機が組み込まれている。これによりオープン回線で潜水艦内の人員と外部の作業員が直接会話できる仕様になっているのだ。 ミハルはすぐに突き出ているマイクに口を寄せた。 「操作が良く判らないんだ!レバーがびくともしないんだよ!」 スピーカーの向こうでドアンがぐっと息を呑むのが判った。 事ここに至ってはミハルの無茶な行動を叱り付けるのは後回しだった。 『・・・良く聞いてくれ。まずパネルの右上にある透明なカバーを弾き上げて中の赤いボタンを押すんだ。 そうすると大きなレバーの右横にあるランプがグリーンに変わる筈だ』 「・・・うん、緑に変わった!」 『これでレバーは動かせる筈だ。やってみてくれ』 「あ、やった!動く動く!これでいいの?」 『レバーを最下段まで押し下げたら今度は・・・』 その後幾つか与えられたドアンの指示をミハルは的確にこなし、遂に手動操作は完了し、潜水艦の前面にある隔壁がゆっくりと開き始めた。 「あはは!やったあ!扉が開いたよドアン!」 『手動操作でゲートを開いた場合、シーケンスは全自動で行われるから、モタモタしていると潜水艦は隔壁間に閉じ込められてしまう。ミハル、急いで戻って来てくれ!』 「わかっ・・・・・・・・・!」 身を翻したミハルの背後にあったタンクが爆裂したのは、その時だった 741 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:42:35 ID:NzTR5ps.0 強烈な圧力がミハルの身体を跳ね飛ばし、彼女は驚いた表情のまま、不自然な態勢で空中に舞った。 衝撃でほどかれた髪の毛が広がり、眼前を弄って前方に流れるのを見たミハルは、ああ、髪の毛を少し切りたかったなと少しだけ残念に思った。 見る間に視点は天地が逆となり、ミハルは自分が頭から落下しているのだとぼんやり認識した。 この態勢ではどうあっても助かりそうも無いと彼女はまるで人事の様に諦観し目をつぶった瞬間―― ドサリと彼女の身体を包み込む様な衝撃が被ったのである。 驚いて目を開けるミハルの顔の前に、あの無表情な仮面があった。 「ミハルと言ったな?賢くは無い行動を取ったものだ」 「あ、あんたは・・・!」 ミハルは仮面の男に抱きかかえられる格好で宙を飛んでいたのである。 信じられない思いでミハルが首を巡らすと、男の背中にはジェットパックらしき物が装備されているのが見えた。 どうやら彼はこれで空を飛んで来、爆発で吹き飛ばされたミハルを地上スレスレでキャッチしたらしい。 ミハルは思わず息を呑んだ。彼が背負っているのはどう見ても一人用らしきパーソナルジェットである。 こんな真似は神業に近いのだという事は、彼女にだって判る。 続いて二本目のタンクが爆発した瞬間、仮面の男は空中で姿勢をぐるりと変え、ミハルを庇い爆風に自分の背中を向ける姿勢を取った。 「ぐっ・・・!」 「あっ!?」 爆風をもろに背で受ける格好となった仮面の男の頭に何かの破片がぶつかり、男が被っていたヘルメットと共にヘッドギア状のマスクを弾き飛ばした。 その右肩にも鋭い金属片が突き刺さったのを見て、ミハルは小さく悲鳴を上げる。 しかし男は事も無げに手にしていた通信機を口に当てた。 「ミハルという娘は無事保護した。こちらは何の問題も無い」 『大佐!!・・・感謝します・・・ありがとう・・・!!』 ミハルの耳にも通信機の向こうからはドアンの安堵した声が聞えた。 「もう時間が無い。この娘は我々の部隊が預かろう、行け!」 『それは・・・いえ、判りました。口幅ったい様ですが、シャア大佐を信用致します。ミハルを、よろしくお願いします』 「ドアン!」 通信機に顔を近づけたミハルに、ドアンから大佐と呼ばれた男は通信機を向けてやる。 『ミハル、気を付けて行くんだぞ。ジルやミリーは任せろ、この戦争が終わればまた逢える』 「うん!うん!ドアンも元気でね!ララァやみんなも!」 742 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:43:18 ID:NzTR5ps.0 潜水艦が沈んで通信機にノイズが掛かり、会話ができなくなると、シャアは手近な地上に降り立ち膝をついた。 素早く彼の腕から降りたミハルは、シャアが勢い良く肩に刺さった鉄片を抜き取るのを見て思わず目を背けた。 破けた軍服からは血が流れ出しているが、生地の色が赤い為、注意して見なければ全く見分けが付かない。 「私がケガをした事を、他の人間には絶対に話さないでいてくれ」 「え・・・で、でも・・・!」 「部下にリスキーな行動を禁じた私が、リスキーな行動でケガをしたのではサマにならん。 私にも面子というものがあるのだ」 ミハルは、強がりながら痛みを堪えて苦笑いしているシャアの顔をまじまじと見つめた。 あの冷たく無表情に見えた仮面の下には、こうも人間らしい表情を浮かべる素顔があったのだ。 「シャア大佐!ご無事ですか!」 慌てて駆け寄ってくるクランプら三人がそばに寄る前に、シャアはポケットから予備のマスクを取り出して素早く装着し、立ち上がった。 「みっともない所を見せた。ヘルメットが無ければ即死だったかも知れんな」 「いやいや!さすが大佐だ!あんな芸当は大佐以外誰もできませんぜ!」 「パーソナルジェットを引っ掴んで大佐が飛び出した時はどうしようかと思いましたよ!」 「潜水艦も無事出奔したみたいで何よりです。我々も急いで脱出しましょう」 コズンやクランプ、アンディと会話するシャアの挙動はキビキビとしており、肩口に裂傷を負っている様にはとても見えない。 ミハルはその場にいる兵士とは全く違った眼差しをシャアに向けていた。 「ん、そう言えばこの娘は?」 「戦場では民間人を可能な限り保護する義務がある。我々と行動を共にさせるしかあるまい」 明後日の方向を向きながら冷たく答えたシャアを見て、ミハルはくすりと笑みを漏らした。 何だか目の前に立つシャアが、意地っ張りのガキ大将に見えたのである。 「みんなを助けてくれてありがとう。あたしはミハル・ラトキエ。よろしくね」 そう言いながら一同に向けてぺこりと頭を下げたミハルを、シャアはさりげなく肩越しに振り返って見つめていた。 788 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16:23:50 ID:NrK.Pzgw0 「だから駄目だって言ってるだろう!この車両は譲れない。他を当たってくれよ!」 サムソントップの側窓から上半身を乗り出した姿勢で眼下を見下ろしながら、やや困った様に、しかし断固とした強い口調でバーニィは声を張り上げた。 「頼む!怪我人がいるんだ!搬送用のエレカが足りない。このトラックなら大勢の人間が運べるだろう!?」 地上から見上げ、バーニィに懇願している男の着ている白衣は泥と血で汚れている。 その姿は施設から命からがら逃げ出して来た状況を雄弁に物語っており、必死な口調のなによりの証明であった。 しかし、バーニィは厳しい表情で頑なに首を振ると、助手席に置いてあったマシンガンを男に掲げて見せたのである。 「駄目と言ったら絶対に駄目だっ!それ以上近づくと実力で排除せざるを得ないぞ!」 見るからに童顔で人の良さそうな青年兵士に突然突きつけられたマシンガンの銃口に、白衣の男は顔を引き吊らせた。 「お、お前は鬼か!人でなしめ!」 「何と言われようが駄目なものは駄目なんだ!」 同じ様な用向きの申し出を、こうして威嚇込みで断ったのはもう何人目だろうか。 大声で悪態を吐きながら退散して行く白衣の男の後ろ姿を見ながらバーニィは小さくため息をつきながら目を転じた。 今や施設のあちこちは倒壊し、火の手こそ見えないものの薄ぼんやりと煙が周囲に立ちこめている。 先ほどから、慌ただしく何台もの車両がサムソントレーラーの前を通り過ぎてゆくのが否応なく目に入っている。 そのどれもが施設から脱出して来た施設職員を乗せている。 施設内に爆発物が多数仕掛けられている事が明らかになった為、一時的にジオン軍御用達の港湾施設にケガ人を含む関係者全員を避難させる事になったらしかった。 しかし施設に配備されていた車両は思いの外少なく、小型車両でのピストン輸送を余儀なくされていた。 元来他人と歩調を合わせるのを苦手とする研究員達は我先にと車両に殺到し、そこには殺伐とした争いすら生まれていたのである。 更にはパニックに陥っている施設職員達をまとめ上げるリーダーがいないという事態が混乱に拍車をかけた。 施設の長たるクルストの失踪と、ニムバスら屍食鬼隊MSの暴走によって保安要員が壊滅してしまった為である。 入り乱れる車両の中には民間業者も混じっていた為、今や施設の表門から搬入口にかけては、入れ替わり立ち替わり出入りする車両で大混乱の様相を呈していた。 表からこそ見えないものの、施設の裏手に目を移せば飴細工の様にひしゃげ曲がった防護フェンスが張られたままの中庭には未だ無残な姿を晒したままの亡骸が累々と転がったままの惨状であった。 だが、何があろうとこの車両を明け渡す訳にはいかない――― そう気合を入れ直したバーニィの顔が、パッと輝いた。 シャア達クルスト捜索部隊が続々と施設から戻って来たのである。 789 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16:25:07 ID:NrK.Pzgw0 「ご苦労だったワイズマン伍長」 「はっ・・・!」 眼下から掛けられたシャアの声に万感の想いを込めて敬礼で答えたバーニィは、一行の中に見慣れない少女がいるのを見て眼を丸くした。 「あたしはミハル・ラトキエ。よろしくね」 クランプに手を引かれて後部ペイロードのドア前までよじ登った少女は、運転席から身を乗り出して見ているバーニィに笑顔を見せた。 「あ、ああ。バーナード・ワイズマン伍長だ」 「いい子だろう?ああ見えて、お前より勇気があるかも知れないぜい?」 「わっ!な、何すんですかコズン中尉!」 事態が今ひとつ理解できず呆けた様に答えたバーニィを車内に押し込めながら、コズンが強引にドアを開けて運転席に乗り込んで来たのである。 「だがな」 自分の尻でシートの横へ横へと押し退けたバーニィにコズンは顔を寄せた。 何事かとバーニィは身を軽く竦ませる。 「間違ってもあの娘に手を出そうなんて思うな。あのミハルって娘はシャア大佐のお気に入りなんだからよ」 「はぁあ!?」 上半身だけコズンにのし掛かられた状態でバーニィは眼を白黒させた。 さっきチラリと見ただけだが、あんなどう見てもイモ臭い、いや、垢抜けない顔をした少女が「あの」シャア大佐に釣り合うとはとても思えない。 「いやでも・・・え?嘘でしょう?」 「バカヤロウ、俺には判る。お前は男と女の、ひいては人生の機微って奴を知らんだけだ」 「そんなもんですか・・・・」 複雑な表情を見せながら、バーニィはコズンの身体を押し戻すと、襟元を緩めてシートに座り直した。 シャアとミハルの一連のやりとりを知らないバーニィには、今は人生の先輩たるコズンの言い分を拝聴するしか術は無い。 790 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16:25:54 ID:NrK.Pzgw0 「ハマーン!来たよ!」 「ミハル!!??」 サムソントレーラーの運転席とは防弾壁で仕切られた後部ペイロードでシートの片隅に身を縮め、心細さのあまり自らの両肩を抱いて震えていたハマーン・カーンは、ドアを開けるなり両手を広げて駆け込んで来たミハルに驚きながらも抱きついた。 「ごめんよハマーン!寂しかっただろ?ごめんよ・・・」 「~~~~~~~~~~~~~~~~・・・・・・」 ミハルの胸にぎゅっと抱き締められたハマーンの眼からは涙が溢れ、咽からは嗚咽が漏れ出るだけで言葉にならなかった。 その様子をミハルに続いて車内に入って来たクランプとアンディが優しい眼で見つめている。 「でもミハル・・・どうしてここに?みんなは?」 「みんな無事に逃げられたよ。大佐が、あたしとみんなを助けてくれたのさ」 涙でべしょべしょのハマーンの顔をハンカチで拭ってやりながらミハルは誇らしげに答える。 が、その途端にハマーンはさっと不安の色を滲ませた。 「大佐って・・・あの赤い色の服を着た・・・?」 「そう。シャア・アズナブル大佐。本当は、とっても優しい人だったんだよ」 くすくすと面映ゆそうに笑うミハルをハマーンは不思議な顔で見つめている。 偶然にもサムソンの運転席とペイロード、同じ車両上のそれぞれ独立した空間には、現在それぞれに怪訝な表情を浮かべた最若年層の2人が振り分けられていた。 そしてコズン言う所の人生の機微とやらを理解するには、まだまだ彼等には時間が必要らしかった。 聞くとは無しに彼女達のやり取りを聞いていたクランプの鼻の奥がツンと痛む。 彼等の主であるシャアを『優しい人』と評した少女に、少なからず心が震えてしまったのである。 不意に上を向いたクランプの肩に、アンディがにっこり笑いながらポンと手を置いた。 826 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:27:23 ID:7eqOoE8g0 コックピットにアラームが鳴り響く。 急いで通信ボタンをONにすると、飛び込んできたのは興奮気味にまくし立てる若い声だった。 「アムロ。連絡が遅れてすまない! 今、全員が無事に帰還した。全てが上手く行ったぞ!」 「本当ですかバーニィさん!それじゃドアンさんや子供達も・・・!」 バーニィからこれまでの経緯を含め、全ての事情を説明されていたアムロにとって、それは待ちに待っていた嬉しい知らせだった。 RX-78-XXのコックピットでアムロは小躍りしたくなるのを必死で堪える。が、弾む声までは抑える事ができない。 「おーう、無事に全員が脱出して行ったぜぇ」 「コズン中尉!」 「お、全員じゃねえな。約一名はこっちの預かりだった」 突然通信に割り込んで来た懐かしいコズンの声に、アムロの顔が更に笑顔になる。 どうやらバーニィの横から通信機をひったくったらしい。 アムロには最後のセリフの意味が判らなかったが、それを聞き返す前にいきなりコズンに怒鳴られてしまった。 「このバカ野郎が!みんなに心配かけやがって・・・!」 「・・・すみませんでした・・・・・・」 怒鳴りつつもコズンの声は、掠れていた。 深い安堵の沈黙が数秒間、まるで通信障害でも起きたかの様にサムソンとRX-78-XXのコックピットを包み込む。 瞑目したアムロの脳裏にはあの嵐の海での光景が焼き付いていた。 そう。この優しい人達と、再び会える保証は無かった。 改めて今、自分達は戦場にいるのだという事に気づき愕然としてしまう。 しかしだからこそ、この瞬間に、価値がある。 やがて、小さく一度鼻をすすり上げた音とへへへと言う照れくさそうなコズンの笑いがその沈黙を破った。 「詳しい話は後だ。早いところ戻って来い!さっさと、ずらかるぞ」 「そ、そうだ、ここに長居するのは危険なんだ。急げアムロ」 コズンの横から声を入れているらしきバーニィの声音も、何だかくぐもって聞こえる。 どうやら彼も、コズンとアムロの会話を聞いて感極まっていたらしい。 「それなんですが・・・」 「ん、どうした。何か問題でもあるのか?」 アムロの逡巡を感じたコズンの表情と声が変わる。 「それがですね・・・」 戸惑った様な声がアムロの口から漏れ出る。 先程から彼の目は、施設の中庭を映し出しているモニターに、正確にはその中の人影に釘付けになっていたのである。 827 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:28:46 ID:7eqOoE8g0 ニムバス・シュターゼン大尉は、破壊された08-TX[EXAM]のコックピットからようやく這い出す事ができていた。 特異な形状のヘルメットを脱ぎ捨てた彼は、堪え切れずにその場で膝をつき、二度、三度と地面に向けて嘔吐する。 脳が痺れ、掻き出される様な不快感はまだ残留している。 涙を浮かべ胃の内容物を吐き出しながらニムバスはEXAM起動時の猛烈な違和感を思い起こし、こうして意識を保っていられたのがまるで奇跡の様だと思えるのだった。 実際、ニムバスの強靭な意志がEXAMに晒された自身の精神を繋ぎ止めていたのだが、現在彼の中に有るのは惨めな敗北感のみであった。 クルストからはEXAMとはパイロットのサポートシステムだと聞かされていた。が、実際は逆であった。 システム起動と同時にニムバスは身体をEXAMに完全に乗っ取られ、憐れな傀儡と化したのである。 クルストに騙され、填められたのだと気付いた時にはもうどうする事もできなくなっていた―――― しかしNTならぬニムバスにはアムロとハマーンの意識レヴェルの邂逅こそ感知できなかったものの、彼の身体を介して展開されたMS戦闘は明瞭に「感じ取る事」ができていた。 そして衝撃的な事に、彼の身体を乗っ取ったシステムの技量は荒削りながらも明らかにニムバスのMS操縦技術を凌駕していた。 にも関わらず、結局そのシステムが操るMSは眼前の敵に破れてしまったのである。 クルストにまんまと騙され、システムの支配に負け、システムの技量にも負け、そのシステムの操るMSも眼前の敵に破れ去った。 それは流石のニムバスも、自分の実力とは、たかがその程度のものだったのだと強制的に認識せざるを得ない程の、見事なまでの負けっぷりであった。 ニムバスの人生において、ここまで完璧に叩きのめされた経験はかつて無い。 いっそ清々しいと言える程の完膚なきまでの敗北に、悲しみの涙すら出ない。 さっき嘔吐しながら滲んだ涙は、そういったものとは質の違う涙なのである。 「ぐっ・・・・・・」 それでもニムバスは体の力を振り絞り、全てを投げ出し倒れ込む事無く立ち上がった。 自分は屍食鬼隊の隊長で有るのだという辛うじて残った責任感が、彼の意識を失わせる事をギリギリの所で拒んだのである。 自分の意識喪失中に何が起こったのか、彼の搭乗していたMSのすぐそばに一体、少し離れた施設の脇に一体、彼の部下が搭乗している筈の08-TX[EXAM]が無残な姿で転がっている。 もしMSの内部に部下が取り残されているのならば、隊長として放っておく事はできない。 ニムバスはふらつく足で手近な08-TX[EXAM]に近付くと、コックピットブロックの下を覗き込んだ。 MSは、うつ伏せに倒れ地面にめり込んでいる為にハッチを開ける事は不可能であった。 事態を確認するとニムバスは、自身の両手を使い、黙々とMS下の瓦礫をどかし、土を掘り始めた。 やがて手袋の先が破れ、指先に血が滲んだが気にもしない。まるでその行為が贖罪でも有るかの様にただひたすら彼は土を掘り続けた。 『あの・・・お手伝いしましょうか・・・?』 どの位の時間がたったのだろうか。突然背後から掛けられた外部スピーカーによる音声に、泥だらけになったニムバスは虚ろな瞳でのろのろと振り返った。 焦点の合っていなかった彼の目が、その巨体を見上げながら次第に正気を取り戻してゆく。 「連邦の・・・MSだと!?」 ニムバスはいつの間にか背後に立っていた白いMS――RX-78-XX――に向けて腰のホルスターから銃を抜きかけた。が、一瞬自嘲的な笑みを浮かべると、彼はどうでもいいとばかりに自らの銃から手を離したのである。 「・・・いや。どんな奴であろうが今は助けが有り難い。 すまんがこのMSを裏返してくれ。出来るだけそっと頼む」 『判りました。下がっていてください』 「恩にきる」 本人はそれに全く気がついていないが、プライドが異常に高く鼻持ちのならなかったかつてのニムバスを知る者が聞いたら耳を疑う様な台詞を彼はさらりと口にしていた。 “弱い自分”に余計な拘りなど意味が無い。それよりも使えるものなら何でも使わせてもらう。そして、そんな“弱い自分”を助けてくれる者には、素直に感謝する。 今や彼の思考は極めてシンプルであった。 徹底的に打ちのめされた事で余分な険と肩の力が抜けたニムバスは、憑き物が落ちたかの様に実に自然体であった。 828 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:29:46 ID:7eqOoE8g0 やがて、小さな地響きを立てて仰向けにされたMSのコックピットハッチを開放したニムバスは、中にいたクロードを、同様にもう一体の08-TX[EXAM]からもクローディアを引きずり出す事ができた。 二人とも見た目に外傷は無い。が、ヘルメットを外され、地面に仰臥して寝かされたクロード、クローディア共、眼は開いているにも関わらず意識が無かった。 呼吸はしているものの半開きになった口からは涎が零れ落ちている。 ニムバスが何度も耳元で彼らの名を呼び、叫んでも二人の瞳は正気の光を取り戻す事は無かった。 やりきれない表情でその場にヘたり込み、がっくりとうなだれたニムバスの横手から、その時声が掛けられた。 「二人を表門まで運びましょう。今ならまだ病院に向かうエレカに間に合うと思います」 疲れ切った表情で見上げるニムバスの前には、少年とおぼしき赤毛のジオン軍兵士がしゃがみこんでいた。 学徒兵だろうかと一瞬ニムバスがいぶかしんだのも無理は無い。それほどその兵士は若かったのである。 しかしその瞳の色は深く、年齢にそぐわない落ち着いた雰囲気を醸し出している。 ニムバスには判る。これは断じて、うわついた若造にありがちな虚勢やハッタリではなく、堂々とした自信に裏打ちされた漢の目だ。 恐らく、この少年兵がくぐってきた修羅場は一つや二つではないのだろう。 自らを常に最前線に置き、死線を幾度も乗り越えて来たニムバスならばこそ、それが判る。 「なるべくコックピットには衝撃が伝わらない様に、皆さんのMSは無力化したつもりだったんですが・・・」 何気なく漏らした少年兵のつぶやきに、ニムバスの目が見開かれる。 「何だと!?それではまさか貴様が・・・あの06R-3Sのパイロットだったと言うのか!?」 「は、はい。でも06R-3Sは少尉と戦って壊れました。これは連邦軍からの鹵獲品です」 目の前の少年兵は、倒れ伏した08-TX[EXAM]の遙か後方に片膝をついて搭乗降着姿勢を取ったままでいる06R-3Sを指さし、彼の後ろに立つMSを見上げた。 「なんという・・・・・・」 【ジオンの騎士】を気取っていた自分は、こんな年端もいかぬ少年兵に叩きのめされていたのである。 もはやニムバスの口からは乾いた笑いすら出てこない。 いくらこの少年が戦場で経験を積んでいるのだとしても、踏んだ修羅場の数ならばニムバスには、ジオン軍の誰にも引けを取らない自信があった。 つまりそれは戦士としての資質の差―――― 「急ぎましょう」 内心の葛藤で動けなくなってしまったニムバスを促すように少年兵はクローディアを背負おうとしている。 我に返ったニムバスは急いでクロードを背負うと少年兵の隣に並び施設の表門に向けて歩き出した。 ここからだと、ひしゃげた破防壁を抜け、ぐるりと施設の建物を回り込んで行かねばならない。 829 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:31:04 ID:7eqOoE8g0 「・・・貴様は、何故こんな所にいるのだ」 少年兵に視線を向けずにニムバスはポツリと訊いた。 それは、様々な事実を受け止めねばならない彼が飽和状態の思考の中で紡ぎ出した、あまりにも漠然とした問い掛けだった。 が、少年兵はその質問を、違う意味と捉えたらしい。しばらくの沈黙の後、彼もニムバスを見ずに口を開いた。 「最初は単なる意地でした」 そして少年兵はニムバスを振り向かずに言葉を続ける。 しかし口調が明らかに変わり、その顔には微かな笑みすら浮かんでいる。 「でも今は違います」 信念を宿した言葉には力がある。ほう、とニムバスは思わず彼の横顔に見入った。 羨ましい、と彼は素直に嫉妬し、苦渋に満ちた顔で赤毛の少年から目を逸らし口を開いた。 「私には、命を懸けて守ってやりたい女がいた。 私とは身分が偉く違うが・・・その女の為に戦う事に誇りと喜びを感じていたのだ」 「・・・」 少年兵は歩きながらニムバスの言葉をじっと聞いている。 「その女の為ならば危険な場所にも真っ先に飛び込んだ。 誰よりも長く戦場に留まってその女の歩く道を切り開こうとしたのだ。 余りに凄惨な現場に怯え、逃げだそうとした上官を手に掛けた事すらある」 「・・・」 「だがどうやら私は、その女に利用されたあげく、アッサリと捨てられてしまったらしい」 「そんな・・・」 衝撃を受けた様に少年兵は歩みを止めた。 ちょうど建物の角を曲がった直後である。そこは車両と人員がひしめき合う正面搬入口の外れに位置していた。 明らかに多数の怪我人を乗せていると判る中型のエレカに人を掻き分け近付きながら、ニムバスは言葉を続ける。 「別にその事はいい。私に力が無かったのと、人を見る目が無かっただけの話だ。 が、お笑い草なのは間違いない」 既にクレタ島に送られた時点で、キシリアにとってニムバスなぞ、どうなろうが構わない存在になっていたのだろう。 彼の崇拝するキシリア・ザビは、人体モルモットとしてニムバスをクルストに払い下げたのである。 状況を冷静に見れば、そうとしか考えられない。 今までは”状況を冷静に見る事”ができていなかっただけなのだ。自分の事を客観的に見るしかなくなった今ならば、認めたくなかった現実、知りたくなかった真実も受け容れる事ができる。 クロードとクローディアの2人を黙々とエレカのシートに座らせたのに続き、自分もエレカに乗り込もうとしたニムバスはしかし、運転席から顔を出した白衣の男に大声で遮られた。 「怪我人はまだいるんだ!ピンピンしてるあんたは後だ!」 「この2人は私の部下だ!」 ニムバスも大声で怒鳴り返すが、男は面倒臭そうに声を荒げた。 「軍人さん!病院行きの貴重なエレカのスペースにあんたを座らせる余裕は無いな! このエレカは心配しなくても港湾施設内のメディカルセンターへ直行する! 重傷者はそこからアレキサンドリア基地に搬送だ!悪いがあんたの出る幕はねえよ!」 つまり役立たずは去れと言っているのだ。 ニムバスは黙り込んで頷き、彼の部下達を一瞥してからエレカを離れた。 所在無いその姿に少年兵が思わず後ろから声を掛ける。 「待って下さい!大尉は、これからどうされるんです?」 「・・・見ての通り私の部隊は壊滅し、上司のクルストも姿を消した。 私はその責任と能力を問われる事になるだろう。 恐らく降格され、一兵卒としてオデッサの最前線に送られるだろうが、なに、それは望むところだ。 せいぜい派手に散り花を咲かせてやる」 「だ、駄目ですよ!」 凄絶な笑みで質問に答えたニムバスに、赤毛の少年兵は目の色を変えて詰め寄った。 その必死の形相を怪訝そうに見返すニムバス。 830 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:32:52 ID:7eqOoE8g0 「絶対に死に急いじゃ駄目です!死に場所を勝手に決めないで下さい!」 「貴様に何が判る!私にはもう信じられる物は何一つ残っていないのだ!」 敬愛していたキシリアにも、直属の上司たるクルストにも、自身の実力にすら裏切られた、それは血を吐く様なニムバスの叫びだった。 「それでもです!」 「何だと!?貴様、私にこれ以上、生き恥を晒せと言うつもりか!!」 「そうです!無駄に死ぬよりはずっとマシだ!」 「貴様ッ・・・・・・!」 我知らず少年兵の胸倉を掴み上げていたニムバスはしかし、強い光を湛えた彼の瞳に射竦められた。 「殴りたいなら殴って下さい。 うまくは言えませんが僕は・・・いろんな人に命を救われたから『ここ』で生きています。 だから僕の命は僕だけの物じゃない。最後の最後まで足掻いて生きる義務がある。 あなただって、そうでしょう?」 「・・・・・・」 絶句したニムバスの脳裏に戦死して行った彼の部下達の顔が次々と浮かぶ。 確かにこのまま死んでしまっては、ジオンの栄光を夢見て死んだ彼等に合わせる顔が無い。 「ならば、私の部隊に来るがいい」 「!」「!?」 少年兵とニムバスの後ろにはいつの間にか真紅の軍服に身を包んだ仮面の男が立っていた。 二人とも会話に夢中になり過ぎてこの男の接近に全く気がついていなかったのである。 「シャア・アズナブル大佐だ。話は聞かせて貰った」 「・・・・!!」 「シャア・アズナブル・・・【赤い彗星】か・・・!」 まるで電光に撃たれた様に表情を無くした少年兵の横でニムバスは彼の名を複雑な表情を浮かべながら反芻した。 以前のニムバスであればジオンきってのエースに敵愾心をむき出しにしていた所だろう。 「私の部隊はこれからオデッサに向かう。パイロットは一人でも多い方が良い」 「ふ・・・員数合わせという訳ですか。なるほど、今の自分には、ふさわしいですな・・・」 既にプライドをずたずたに切り裂かれているニムバスにとって、もはやそこは憤慨するポイントではない。 が、やはり他人から下される自身の低評価には一抹の寂しさがある。 「それだけではない。もしかしたら貴様に【信じられる物】とやらを与えてやれるかも知れん」 「・・・軽く見られたものですな」 ニムバスの両目がすっと細まった。 自信は砕かれたが誇りを捨てた訳ではない。 ニムバスの瞳の奥に上官のシャアに対して剣呑な光が新たに宿った。 しかしその苛烈な光は生きる活力となり、消えかけていた彼の魂に再び火を入れる結果となった。 不敵な輝きを取り戻したニムバスの目が、信じる物は自ら見つけ出さねば意味などないと言っている。 恩着せがましく押し付けられた糧を跳ね除ける力ぐらいは、今のニムバスにも残っているのだ。 831 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:33:59 ID:7eqOoE8g0 「私と来いニムバス・シュターゼン、貴様の噂は聞いている。 悪い様にはしない。今はこれだけしか言えんがな」 「判りました。しかし大佐の部隊に入るにあたって一つだけ条件があります」 そう言いながらニムバスは挑戦的な眼をシャアに向ける。 駄目ならダメで結構、上官侮辱あるいは不敬罪で処罰するなら勝手にしろという不敵な面構えである。だいぶ調子が戻ってきた様だ。 本来、上官に向かって条件を付けるなど言語道断の行為だが、今のニムバスの心境はある意味怖いもの無しであった。 仮に相手がギレン総帥であっても同じように注文を付けた事だろう。 「・・・言ってみるがいい」 この泥にまみれた男が一体どんな要求をするのか。興味深そうな声音でシャアが聞き返す。 しかしニムバスは一旦シャアから視線を外し、何と横に立つ少年兵を振りかえった。 「貴公の名前と階級を教えて頂きたい」 「あ・・・アムロ・レイ・・・准尉です」 「承知」 戸惑いながら答えた赤毛の少年を見てニムバスはニヤリと笑い、軽く頭を下げてからシャアに向き直った。 「私の階級など何でも結構。自分を、アムロ准尉直属の部下として配置して頂きたい」 「えっ・・・!?」 ニムバスの横には目を丸くした少年兵が立ちすくんでいる。 現在ニムバスは大尉でありアムロの遥か上官にあたる。 つまりニムバスはアムロの下に付く為にわざわざ自身の降格を申し出ているのだ。どう考えても正気の沙汰ではない。 しかしシャアは顎に手を当てると感心した様に口元を綻ばせた。 「なるほど。伊達に戦場を渡り歩いて来た訳ではないという訳か、慧眼だな」 「私は今、放り捨てた命をアムロ准尉に拾われ突き返されたのです。 ならばその命、有効に使わせて頂く所存」 「ま、待って下さい!僕に部下なんて・・・!」 「良いだろう。准尉を筆頭に小隊を組む場合はその様に取り図ろう」 「有り難き幸せ」 焦るアムロを尻目に畏まった拝礼の姿勢を取ったニムバス。彼の入隊はそれで決まってしまった。 832 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:34:36 ID:7eqOoE8g0 シャアに促されサムソンに向かうニムバスの後姿を見ながらシャアは――― 始めてアムロ一人だけに向き直った。 「アムロ君と言ったな?君と、こうして生身の身体で相対するのは、初めてだな」 辺りには慌しく行き交う人々の喧騒と次々通り過ぎるエレカの巻き起こす砂煙が濛々と立ち込めている。 こんな雑踏の中での邂逅など予想してもいなかった。が、今はこの騒がしさが逆に有り難いと2人には思える。 「まずはアルテイシアの事、礼を言う。君がいなかったなら、私は恐らく木馬を撃墜していただろう」 シャアは完全にアムロがガンダムのパイロットだという事を前提に話をしている。 凄い自信家なのだなとアムロは思う。だが傲岸ではない。その推量は正しいからだ。 「いいえ。僕は僕のやれる事をやっていただけですから」 気負いは無い。そして以前戦っていた時と比べて随分安定している。そうシャアはアムロを分析した。 落ち着きが出た分、凄みを増しているのだ。 「私は、木馬に関して君の取った行動の理由をいまさら聞こうとは思わん。 君が私と共に戦う同志となった。その事実だけで、十分だ」 「・・・!」 シャアの言葉にアムロは驚く。何と、さも愉快そうにシャアが笑っているではないか。 これは決して演技などではない、まるで恋焦がれた思い人をようやく手に入れたかの如く、シャアは心の底から自分という人間を歓迎しているのだとアムロは直感した。 「君は、君の信念で戦え。そして、君にしかできない事をやってみせろ」 「僕にしかできない事・・・」 シャアの言葉はアムロの肩に入りかけていた余分な力を抜くのに十分だった。 この人の下でやっていけるかも知れない、そう思わせる何かがそこにはあった。 「良く来てくれたアムロ・レイ。頼りにさせて貰うぞ」 「はい、よろしくお願いしますシャア・アズナブル大佐」 それはシャア、アムロ共に、自身が驚くほど素直な言葉だった。 そしてまるで磁石が引き合うかの様に、自然と差し出されたシャアの右手をアムロも自然に握り返した。 ――――遂に両雄は並び立った。 連邦とジオンのトップエースがここに、轡を並べたのである。 .
【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5別館-2 385 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21:14:56 ID:/DfUl1eg0 今にも泣きそうな面持ちのナナイ・ミゲルが06R-3Sの最終調整が行われているハンガーに到着したのは「模擬戦」が行われる一時間前の事だった。 通常ここは彼女には無縁の場所であったが、ゼロがこのMSに搭乗する以上、彼の調整はギリギリまで行なうべきだとするナナイのたっての希望が受け容れられたものであった。 ナナイは元々サイド6においてNT研究の傍らフラナガン博士が提唱していたサイコ・コミュニケーター(通称サイコミュ)の開発に携わっていたメンバーであり、 この施設でも施設の代表者だったマガニー博士の元、主に重力下におけるサイコミュの研究を担当していた。 (NTは緊張状態に置かれると≪感応波≫と呼ばれる特殊な波動を発し、これが周囲のミノフスキー粒子を振動させ、遠くまで伝播させるという特性がある。 その現象を受信、増幅してNTパイロットの意志のままに兵器を操らせようというシステムがサイコミュである) この施設では当初、ここに運び込まれる機動兵器に試験的にサイコミュを搭載し、重力下(水中も含む)における運用の可能性を研究する予定だった。 その為にここには、大型のミノフスキー粒子発生装置までが設置されていたのである。 しかしここで技術的な壁が立ちはだかった。 計画を強力に推し進めていたマガニーの予測に反し、サイコミュを地上(水中)で運用している既存の兵器に搭載できる程に小型化する事がどうしても叶わなかったのだ。 この時代のサイコミュシステムは「手探り状態」での開発が否めず、あまりにも大型に過ぎたのである。 結局、地上兵器にサイコミュを搭載する事は断念されてしまう。 サイコミュ搭載用の機動兵器は形状やサイズに制限の無い空間用のMAに絞られる事となり、 失意のマガニーはフラナガンに協力し開発体制を整える為に地上での研究成果を手に、宇宙へと上がったのであった。 一方クルスト・モーゼスは、独自の概念で研究を続けていたEXAMが、サイコミュのノウハウを一部システムに組み込む事によって飛躍的に運用効率がアップする事を発見してからというもの、 それまでの「施設の異端児」という汚名を返上するかの様に、サイコミュの研究に最も熱心に取り組む研究者となっていた。 彼にとってサイコミュの完成度が高まる事は、ひいてはEXAMの完成度を高める事に他ならなかったのである。 しかし、機関の方針としてはあくまでもサイコミュ研究が主導であり、いわばEXAMは副次的な産物に過ぎない筈であった。 だがそのある種偏執的とも言える研究姿勢はマガニーの目に留まり、サイコミュと平行したEXAMの研究が許され、今回暫定的とは言え施設の責任者の地位を手に入れる事ができた。 こうしてマガニーの不在を契機に、地上施設での研究はクルストを中心としたEXAMシステムの開発にすげ替わったのであった。 クルストはサイコミュの技術主任であるナナイを遠ざける形で、部下のローレン・ナカモトを中心にEXAMの特別開発チームを編成していた。 ナナイが気付いた時には試作システムは既に完成しており、NTの被験者が生体接続されるのを待つばかりの状態となっていたのである。 386 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21:16:46 ID:/DfUl1eg0 被験者には、つい先日、ハマーン・カーンが選ばれた。 鎮静剤と代謝抑制剤、そして睡眠導入剤を投与され、虚ろな眼差しでシステム内のシートにぐったりと横たわった12歳の少女が、 研究員の手によって無機的にシステムに接続されて行く様子を、ナナイはモニターでただ見ているしか無かった。 直接EXAMには関わりの無いナナイは、現場に立ち会う事も許されなかったのである。 やがて全ての接続が終わり、ハマーンの横たわる棺桶に酷似した形状のシステムの外装蓋が閉じられた。 小さく外装に開けられた楕円形の窓からは被験者の顔が確認できる造りになっている筈だったが、 小柄なハマーンの顔は彼女の周囲をのたうつコードとパイプに埋まり殆んど見えなくなってしまう有様であった。 今、その様子を思い出し、慙愧の思いでナナイは顔をしかめる。 EXAMはサイコミュ以上に人間をマシンの一部と見做す忌まわしいシステムだった。 ポテンシャルは極めて高いが不明な部分も多く、起動した場合、どんな事が起こるのか全くもって予想が付かない。 クルストは自信満々だが、不測の事態が引き起こされる可能性は極めて高いとナナイは踏んでいた。 そして、クルストが、まるでその不測の事態を「待ち兼ねている」かの様に見えるのは、うがち過ぎだろうか・・・ 387 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21:17:48 ID:/DfUl1eg0 ナナイの前には今、ジオン軍の一般兵が身に付けるパイロットスーツを着込んだ赤毛の少年がいる。 彼はこの後、後方に屹立する06R-3Sに乗り込み、恐るべきEXAMを搭載した08-TXと極めて実戦に近い模擬戦を行うのだ。 ≪極めて実戦に近い≫という注釈が付くのは、他でもないクルストがわざわざそう宣言したからである。 まさか実弾を使用するとは思えないが、クルストが何を考えているのか判らない以上、予断は許されない。 08-TXのパイロットのニムバス・シュターゼン大尉は苛烈な性格のエースパイロットだと聞かされた。 凶悪で不安定なシステムに手加減を知らない性格のパイロットが搭乗するのだ。 模擬戦とは言え、幾らなんでも相手が悪すぎる。 しかも間の悪い事に、少年の乗る06R-3Sはスペシャルチューンが施されてしまっている。 これはナナイが捏造したシミュレーション・データを元に機体の反応速度を80%も高めたもので、通常の人間ではとても扱えるシロモノでは無いのである。 反応が速過ぎて、戦闘速度では、まともに走ることすらままならない筈だ。 まさに虚構のNT専用機。 現在ここでNTだと認定されているハマーンですら、このMSは持て余すだろう。 このMSを自在に乗りこなせるとしたら、それは言葉は悪いが一種の「化け物」であると言えるのでは無いだろうか。 目の前のあどけない表情を残した少年には、望むべくも無い―― 「・・・ごめんなさい、ゼロ。私達、あなたに何て言えば良いのか・・・」 震える手でボードに挟まった資料を握り締めながらナナイは少年に詫びた。 この島に存在するMSが、予定通りこの一機だけだったならば、戦闘速度で機動させる必要など無かった。 通常兵器に対して睨みを効かせているだけで、MSという最強兵器の意味は十分にあったのだ。 しかし、ドアンと練り上げたその脱出計画は完全に歪められてしまった。 勇気を持って計画に参加してくれていたこの少年は、想像の範疇を超えた危険な戦いに挑もうとしている。 しかもその危機は全て、ドアンとナナイがお膳立てしたものに他ならない。 だがナナイは、この期に及んでこの少年に更に残酷な依頼をしなければならなかった。 彼女はそれを伝える為に、どうしてもここに来る必要があったのである。 「でも、もうここしかチャンスは無いの。私達は機を見て例の作戦を実行に移します。 だから・・・あなたには・・・」 だから、あなたにはなるべく時間を稼いで貰いたい。 あなたには、子供達がドアンの手引きで脱出するチャンスを何としてでも作り出して貰わなければならない―― そう、言わねばならなかったナナイは唇が震え、どうしても言葉を継ぐ事ができなかった。 そんなムシの良い頼みが、どうして出来るというのだ。 06R-3Sは機動性を高める為に徹底的な軽量化が施され、内部の装甲板が相当に抜き取られてしまっている。 例え模擬弾であっても至近距離でコックピット周りに一撃を食らえば操縦者はただでは済むまい。 少年は、自分の命を守る事で精一杯になる筈だ。 それどころか・・・・・・ 「大丈夫ですよ。ナナイさん」 俯きかけた自分に向けて掛けられた若々しい声に、ナナイは驚いて顔を上げた。 その声は、目の前の少年が発した物だと改めて気付いた彼女は瞠目する。 「ゼロ・・・あなた、声が・・・!」 「ごめんなさい。本当は数日前から回復していたんです。 でもドアンさんが『余計な事を喋らずに済むから、たとえ咽が治っても出来るだけ声が出せないフリをしておけ』って」 屈託無く笑う赤毛の少年に、こちらを責める色は微塵も無い。 そうだったのと答えながら、ナナイは彼の顔をまじまじと見つめてしまった。 「例の計画、詳しくドアンさんに船の中で聞いています。予定通りに実行するんですね」 「・・・そうよ。取っ掛かりは違っちゃったけど、私達にとって千載一遇の機会である事に違いは無いもの」 でも・・・と言い澱んだナナイに、少年はちらりと後方のMSを見やってからまた笑顔を向けた。 「このMS、今までに乗ったジオンのMSの中で、一番しっくり来るかも知れません。 何だか、そう感じるんです」 「え?ジオンのMS?・・・えっ?・・・あなた一体・・・」 慌てたナナイに苦笑しながら少年は、落ち着いた仕草でヘルメットを手に取った。 「上手くやって見せます。任せておいて下さい。それから」 ヘルメットを手馴れた様子で被りながら少年はナナイに目を向ける。 「僕の名前はアムロ。アムロ・レイです」 照れ臭そうに言いながら少年はバイザーを閉じ、呆気に取られているナナイの前で踵を返すと、 暖気を終えて彼を待つ鋼鉄の巨人に向けて歩き出した。 442 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/06(金) 18:09:36 ID:AsqfvSt60 全身が蒼く塗装され、両肩に装備されたスパイクアーマーだけが真紅に彩られたニムバス・シュターゼン大尉の操る 08-TX[EXAM]【イフリート改】が、揮下の屍食鬼隊が操縦する同型の2機を従えて施設の中庭に設置された大型リフトから現れた時、 模擬戦の相手である06R-3S【先行試作型ゲルググ】は既に対峙する所定の位置に付いていた。 「成る程。話には聞いていたが、確かにザクとは全く違うフォルムだな」 ジオン本国では現在急ピッチで高性能な次期主力MS【ゲルググ】を開発していると聞く。 その新型MSの残滓が相手のMSからは濃厚に漂っている。ニムバスは面白くも無さそうに鼻を鳴らした。 「こけ脅しです。ニムバス隊長の腕前ならばあんな奴、問題無く一蹴できます」 通信機に割り込んで来たクロード中尉の言葉に、ニムバスの眉根が跳ね上がった。 「黙れ!ヒヨッコの分際で余計な軽口を叩くな!」 「し、失礼しました、お許し下さい・・・!」 恐縮して黙り込んだクロード機を見て、ニムバスは微かに溜息を漏らす。 彼の部下となる屍食鬼隊員として配属されたクロードとクローディアの兄妹は、投薬と暗示による精神操作、 脳外科手術等での≪調整≫を受けており、ザビ家と屍食鬼隊の隊長であるニムバスに対して絶対的な崇拝と服従を刷り込まれていた。 しかし彼らの兵士としての実力はお世辞にも高いとは言えず、促成栽培でMSの操縦法を叩き込まれただけの彼らでは、 実戦では恐らく敵の良いマトになるのが関の山だろうとニムバスは睨んでいた。 だが彼らはそれぞれ配属時に中尉と少尉の階級を与えられた為か、無根拠の過剰な自信に満ち溢れており、実力主義のニムバスにしてみれば「度し難い」と苦々しく感じていたのである。 兄妹はクルストの実験によって他者との共感をシャットアウトされてしまった為、敵に対して極めて冷酷に振舞える兵士になった、そうだ。 クルストはそう言って誇らしげに笑っていた。 だが、当たり前の話だが【相応の実力が伴わねば、敵に対して冷酷に振舞える状況が作り出せない】ではないか。 常識で考えれば、その思考回路が狂っている事が判るだろう。 こんな欠陥兵器を作り出して悦に入るクルストの様な頭でっかちの輩を、ニムバスは唾棄すべき存在だと断定している。 しかし、今は耐えねばならない。 栄光の戦場に返り咲く為に、である。 その為には、半人前の兵士の育成も、愚にもつかないシステムのモルモットの役割も甘んじて受けようではないか。 そう考えながらゆっくりと08-TX[EXAM]の歩を進めたニムバスは、自らのヘルメットに繋がった何本ものケーブルを忌々しそうに見やった。 ケーブルはヘッドレストを介して後方にある何やら怪しげな装置に接続されている。 この装置を取り付けた為に08-TX[EXAM]の後頭部は通常のものより肥大してしまったと聞く。 そして彼のヘルメットも、現在は跳ね上がっているフェイスガードがシステム起動時には下がり、顔全体がすっぽりと覆われてしまう独特の形状をしている。 「貴様らはここで命令があるまで待機だ。くれぐれも勝手なマネはするなよ」 「了解」「了解です」 2機のイフリート改を下がらせたニムバスは歩を進め、06R-3Sの正面に08-TX[EXAM]を移動させた。 「EXAMか・・・」 ニムバスが呟いた瞬間、中庭と隣り合った施設の建物を隔てる様に、地中から高さ20メートルもの破防壁が次々とそそり立ち、完全に建物と中庭を分断した。 弾性の異なった超鋼スチール合金製の金網が三重に張られたこの防壁は、ザクマシンガンですら撃ち抜く事は不可能な強度を誇る。 ジオンの秘密施設であるここには、非常事態に備えて数多くの仕掛けが施されており、これもその一つであった。 やろうと思えば施設全体を同様の防壁で囲む事が可能だが、今回はその一部分を作動させたのである。 「フン。これで施設への被害を気にせず心置きなく戦えるという訳か」 既に施設に設置された発生装置から濃密に散布されたミノフスキー粒子が電波を遮断し始めた。 ニムバスのヘルメットのフェイスガードが作動し、ゆっくりと彼の顔を覆い隠してゆく。 一時的に視界を奪われた彼の背中を我知らず、一筋の汗がつたう。 得体の知れない新システムでの戦い。百戦錬磨のニムバスにしても、やってみるまでは判らない。 ニムバスは心得ていた。自信と過信は、違うのだという事を。 449 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/08(日) 20:27:29 ID:cK9npAl.0 MSを仰臥状態で搭載できるサムソントレーラーの巨大な荷台は、例えMS-06 を積載していても十分な余裕がある。 しかし「この荷物」はいささか何時もとは勝手が違った。 規格が合わない固定器具は何の役にも立たず、応急処置としてワイヤーとベルトで荷台に括り付けてあるだけだ。 それにしても「これ」は06と比べて一回り大きく、遥かに重い。運転しているコズンはさぞかし冷汗をかいている事だろう。 現在このトレーラーは可能な限りのスピードでアムロとハマーンがいるという施設に急行しているのである。 「流石にシャア大佐の情報網は正確だったな。 このMSが動かぬ証拠となり、クルストの息の根を止める事ができるだろう」 クランプはそう言いながら、眼下に横たわる規格外のMSを眺めた。 彼とバーニィはサムソンのペイロードには乗らず、万が一の時に備えてトレーラーの荷台にいるのである。 荷台にはMSごとすっぽりと幌が掛けられており、物騒なその外観を申し訳程度に隠している。 これがある為に2人とも、地中海特有の強烈な日差しに焼かれる心配は無い。 「連邦軍が密かにクレタ島に侵入していて、あんな廃工場でこんなMSを組み立てていただなんて・・・ 話を聞いていても、この眼で見るまでは信じられませんでした」 「どうやらパーツごとに小分けして持ち込み、あそこでは最終的な組み立てだけを行い、クルストの亡命に合わせて陽動作戦を行うつもりだったらしいな。 廃工場の提供者、船舶での運搬と、こいつはかなり大掛かりな仕掛けだ。 こんなマネは民間の中にも多数の協力者がいなきゃとても出来ない相談だ。厄介だな」 「所詮、ジオンは侵略者なんですね・・・」 ポツリと漏らしたバーニィの一言には答えず、クランプは両手を頭の後ろに組み、幌がなければ見えているであろう筈の青空を振り仰いだ。 コズン・クランプ・バーニィを含むシャアを筆頭にした小部隊が、彼の部下に監視させていた連邦軍の秘密駐屯地を襲撃したのは今から数時間前の事だった。 シャア指揮による要所を押さえたその電光石火の制圧に、少人数の連邦兵はなす術が無かった。 殆んど抵抗らしい抵抗もしないまま全ての連邦兵は捕虜となり、彼らが組み立て終えていたMSも無傷で鹵獲する事ができたのである。 このMSはクルストが亡命を企み連邦軍をこの島に引き入れた十分な証拠となる。 現在シャアの部下が拘束している捕虜の証言(自白)を合わせれば、クルストの逃げ道は無いだろう。 本来ジオンのMSを運搬するサムソンに連邦製のMSを操縦して積載したのはバーニィだった。 彼は以前アムロの為に連邦とジオンのMS比較性能表を作成した事があり、その際に連邦製MSの操縦マニュアルにも眼を通していたのである。 とは言え、流石にその機動はぎこちない物ではあったが、まがりなりにも敵のMSを動かすスキルを披露した事で、彼の株は大いに上昇したのであった。 450 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/08(日) 20:28:25 ID:cK9npAl.0 「後はコイツを情報部の連中とクルストのクソ野朗に突きつけてやりゃあ、余計な血が流れずに済むかも知れねえ。 後は時間との戦いだ」 「それなんですが・・・」 「ん?どうした」 言い澱むバーニィに不審そうにクランプが目を向ける。 そう言えば、クランプから見ても最近ずっとバーニィの様子は変だった。 何かに考え込む様な仕草が頻繁に見られ、彼特有の溌剌さが見られなくなっていたのだ。 「シャア大佐の事です」 「・・・!」 バーニィは眼を合わせない。 「今回、シャア大佐は、目的の為には子供達の犠牲も厭わないと言っていましたよね」 「・・・」 ゆっくり、ぎこちない程ゆっくりとクランプは眼をバーニィから逸らし、正面を向くと黙り込んだ。 「それとシャア大佐は・・・アムロが海で奴等に拉致されたかも知れないって事・・・ 感付いていらした筈なのに・・・クランプ大尉達がやって来るまで、俺達に何も話しては下さいませんでした」 「・・・」 「もしあの時、大尉達が来て下さらなかったら・・・ 状況が変わらなかったらシャア大佐はたぶん・・・俺達に何も言わず、地中海にお戻りになって」 「やめろ!」 咄嗟にバーニィの言葉を遮り腰を浮かせそうになったクランプは、慌ててトレーラーの荷台に座り直した。 息が荒い。普段冷静なクランプが動揺している。しかしバーニィはあえてクランプを見る事はしない。 「キャスバル・レム・ダイクン・・・ジオンの正当なる後継者。 俺達の、本来の従うべき指導者・・・でも・・・」 「・・・」 「俺は、いや俺達は、もしかしたらとんでもなく冷酷な、それこそザビ家と変わらないくらいに冷酷な」 「もうやめろ!」 横に座るバーニィの胸倉を掴んで引き寄せたクランプは目を寄せる。 バーニィも初めて彼の眼を正面に睨み返した。 「お前に何が判る!こいつはラル中佐や俺達の悲願だったんだよ! いいか、二度と・・・!」 その時、胸元を掴まれたまま何かを言い掛けたバーニィを遮る様に、傍らに置いてあった通信機の呼び出し音が鳴り響いた。 サムソンの操縦席からである。 クランプは慌ててバーニィを離し、イヤホンを耳に当てた。 「どうした・・・何っ!?了解だ!」 何があったんですと眼で問い掛けるバーニィに、クランプは深刻な顔を向けた。 「前方のフラナガン研究施設から戦闘音確認。どうやらMS同士がドンパチやっているらしい」 「な、何ですって!?それじゃあ・・・!」 「糞ッたれ!一足遅かったって事か!」 荷台の淵まで這いずって移動したクランプは幌の隙間から前方を覗き見る。 山の尾根沿いにある施設の向こうから土煙が上がっている。 こちらから戦いの様子は見えないが、あれは明らかにMSが高速機動している時に巻き起こるものだ。 「バーニィ!お前は念の為コイツの中で待機してろ!最悪の場合は出撃もありうるぞ!」 「む、無理ですよ!?」 「無理でもやる時ゃやるんだよ!」 とんでもない事になってしまったと言いながら、それでもバーニィは幌の中を伝いながら鹵獲したMSに近付いて行く。 クランプはそれを見届けながらまた幌の外を見やった。 施設の建物が近付くにつれ、明瞭にマシンガンの発射音が聞えて来た。 幼い子供達が大勢いる筈の建物を震わせて断続的な発射音が鳴り響いている。 きっと子供達は怖がっているだろう。可哀相に―― 我知らずそう考えたクランプは、無意識のうちに拳を握り締め顔を歪めていた。 487 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13:14:29 ID:yaqlXUMQ0 突如脳内に流れ込んで来た情報の奔流に、ニムバスの身体は激しく硬直した。 そのあまりの圧力に彼は発汗し、血圧と心拍数は急激に上昇する。 頭部を完全に覆うヘルメットの中で息苦しさを感じたニムバスは大きく口を開け舌を突き出し空気を求めるが、うまく深呼吸する事ができない。 それどころか、指一本自由に動かす事ができないと判ると、そのまま意識が薄らいでゆく事にニムバスは恐怖した。 「馬鹿な・・・私は・・・ジオンの騎士・・・・・・」 それが、彼が意識を喪失する寸前に発する事が出来た精一杯の言葉だった。 敵MSの手にしたマシンガンの銃口がいきなり上がり、模擬戦開始の合図が発せられる前に発砲された瞬間、アムロはすでにシールドを構え終えており、きっちりとした防御姿勢でその一掃射をブロックする事ができていた。 それは、当初から目前の敵MSの醸し出す雰囲気の異常さを感知し、その挙動に細心の注意を払っていたアムロだったからこそ防げた不意打ちであった。 「くっ・・・!やはり撃って来たかっ!」 強烈にコックピットを揺るがす衝撃に耐えながら、アムロは食いしばった歯の隙間から怒りの言葉を絞り出す。 しかし予測していたとは言え・・・これはまさに手段を選ばぬ「敵意」と「狂気」の発露であった。 ぞっとする程の執念をはらんだ害意に、皮膚が粟立ちチリチリと総毛立っているのが判る。 08-TX[EXAM]はまるで、あざ哂う様に機体を揺するとマガジンを撃ち尽くしたマシンガンを06R-3Sに向けて投げつけ、ヒートソードを引き抜きそのまま一足飛びに切り込んで来た。 飛んで来たマシンガン本体をシールドで咄嗟に跳ね返したアムロは、シールドが動いた一瞬の間隙を狙ってコジ入れられて来たソードの凶刃を06R-3Sが手にしていたマシンガンの銃身の背部で滑らせるように受け流し、、相手の身体ごと横に弾いた。 体勢を崩された08-TXは一瞬無防備な背中を晒したのも束の間、すかさず空いている左手でもう一本のヒートソード抜き放ち、切っ先を06R-3Sに向けて払う様に振るった為、アムロはそれ以上追撃する事ができなかった。 ちらりと補助モニターで確認すると06Rー3Sのマシンガンの銃身はソードの高熱に晒された為に溶け崩れている。 アムロは躊躇なく一発も撃たぬまま使用不能となったマシンガンを投げ捨て、試作型ゲルググの背部に一本だけ装備されたビームサーベルのグリップを引き抜き手に取った。 ビームの刃はあえて発生させない。 エネルギーの節約、それだけが目的ではない。 タイマン勝負中の敵に、わざわざこちらの間合いを教えてやる必要など無いのだ。 実体の無いビームの刃は変幻自在のトリッキーな戦法が可能なのだという事を、ヒート系の武器が標準装備のジオン製MSに多く搭乗したお蔭でアムロは改めて気付く事ができたのだった。 本来06R-3Sに装備されていた白兵戦用武器はヒートサーベルであったが、鹵獲したガンキャノンのビームライフルとガンダムのデータを解析する事でビームライフルと共にビームサーベルの開発期間が大幅に短縮された。 これにより、試作品のビームライフルを扱える様にジェネレーター出力を1390KWにまで強化していた06R-3Sにも、完成したばかりのビームサーベルを装備する事ができたのである。 ちなみに現在アムロ機が手にしているこれは、開発中のMS-14にも同型の物が装備される予定の純正品であり、同時期に開発されていたYMS-15【ギャン】用に開発されたビームサーベルと比べ格段に高い完成度を誇っていた。 488 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13:16:02 ID:yaqlXUMQ0 それにしてもとアムロは冷たい汗を背中に感じる。 敵の動きは尋常ではない。その内部の人間の存在をまるで省みていないかの様な瞬発機動。 不意打ちにより無理矢理相手の隙を作り出す強引な戦法。 明らかにコックピットを狙ってきた容赦のない攻撃。 恐らくNT用に強化されたこの機体でなければ、先ほどの攻撃は受け切れなかっただろう。 だが何よりも気になるのは、一刻も早く、全てを、自らの操縦者すらをも、破壊し尽くしてやろうとする強烈な殺意の波動。 「・・・相手パイロットはもう一人いるのか・・・?」 直感から思わず口をついて出た言葉に、アムロは慄然とした。 対峙しているMSに乗り込んでいるパイロットは傀儡! この違和感、そう考えれば、全てに辻褄が合う。 瞬間、アムロの目の前の景色が切り替わった。 戦闘濃度で散布されているミノフスキー粒子とEXAMの一部に使用されているサイコミュが、 NT達の感応力を劇的に引き上げていたのである――― 瓦礫の中に血に塗れた傷だらけの女の子がしゃがみ込み、泣いている。 アムロはすぐに、この少女こそが目の前のMSの真の操縦者なのだと理解した。 どこか見覚えのあるその少女は、全身を苛む痛みから逃れようと、周りにあるもの全てに憎悪を剥き出しにしていた。 それはまるで、道端に打ち捨てられ、死にかけた子猫のように。 『消えろ・・・!消えろ・・・!みんな、私の前から消えて無くなれっ・・・!』 少女は周囲の全てを、壊そうと考えていた。 全てを、自分を、全部壊せば、この痛みが消えるかも知れないから。 その時、少女の目がふいに上がり、こちらを向くと生身のアムロを見据えた。 『何故・・・!?何故お前は消えない・・・?』 自分を不思議そうに見上げる少女を怯えさせない様に、アムロはゆっくりと近付いてゆく。 『君を助けに来たんだ』 『嘘だっ!近付くなぁっ!』 闇雲に突き出されて来たヒートソードの切っ先をシールドの縁で横に払いながらアムロは冷静に相手の出方を観察していた。 ビジョンの中での少女との会話は実際の時間では0.1秒にも満たなかっただろう。 アムロは本来の意味で目の前のMSを操る少女と、幻影の中で会話しながら、現実で行われているMS戦闘も同時に行っているのである。 敵MSを操縦している筈のパイロットは意識を喪失しているのか、その気配は微塵も感じられない。 MSの動きは完全にあの少女の感情とシンクロしている所を見ると、恐らく少女がパイロットの肉体を操ってMSを操縦させているのだろうと思える。 そうだとすれば、やり方はある筈だ。そう祈る様に決め付けたアムロは、もう一度意識を集中させた。 『嘘じゃない!僕は本当に・・・!』 『もう騙されないぞ!騙されるもんか!お父様も!フラナガンも!クルストも!ナナイも!嘘つき!みんな大っ嫌いだ!!』 少女の絶叫と共に神速の速さで繰り出される二刀流ヒートソードによる斬撃を、シールドをずたずたに切り裂かれながらも06R-3Sは全て躱してみせた。 必殺の攻撃を避けられた少女が驚いた様に身を竦ませる。 『そんな・・・!今のを躱すなんて・・・!』 『僕たちは、本当に君やこの施設の子供達を助けたいと思っているんだ! 嘘だと思うなら、もっと深く僕の中に入ってみろ!』 『うぅっ・・・!』 肩口から突進して来た08-TX[EXAM]のスパイクアーマーに引っ掛けられたシールドを遂に跳ね飛ばされた06R-3Sは態勢を入れ替えると、頭部に装備されたバルカン砲で牽制しながらバックステップで距離を取った。 『どうした?身体が、痛むのかい?』 『うるさい!うるさい!うるさぁいっ!!』 二刀を振り回し、遮二無二斬りかかって来た08-TX[EXAM]に対し、遂に06R-3Sはビームサーベルの刃を伸ばし4合を交えた末、右手のヒートソードによる斬撃を鍔迫り合いの形でがっちりと受け止めた。 しかしその為に、2体のMSは完全に動きを止める結果となった。 少女が哂う! 『馬鹿め! これで終わりだっ!』 容赦無く、がら空きのボディに水平斬りに叩き込まれて来た左手のヒートソード。 しかしアムロは06R-3Sの持つビームサーベルグリップの反対側からもビームの刃を発生させ、これを受け止めたのである! 『な、何だと!?』 驚愕する少女に構わず06R-3Sはそのままグリップ両端にビームの刃を発生させた【ビーム・ナギナタ】を両手で旋風の様に回転させると、08-TX[EXAM]の左手のサーベルを横に弾き、右前腕部をその手に握るサーベルごと斬り飛ばした。 489 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13:16:42 ID:yaqlXUMQ0 『あっ・・・!』 『そうか、君は・・・!』 その機体同士が密着した一瞬、アムロとハマーンは同時に思い出した。 2人はこれが初対面では無かったのだという事を。 あの日、寒々としたラボで、ハマーンはアムロと擦れ違い、そして助けられた。 赤毛の少年は無言だったが、その手はとても温かく力強かった事を覚えている。 その暖かい掌の持ち主が、もう一度こちらに、力強い手を差し伸べて、また自分を助けると言ってくれているのだ! 驚きと共にそう安堵した瞬間ハマーンは、何の抵抗も無くするりとアムロの意識の中へ入る事ができた。 『ナナイとドアン・・・』 『そうだ。みんなを助ける為に命を懸けている。僕だってそうだ』 全てを理解したハマーンの頬に、今まで流していた涙とは質の違う涙が新たにつたう。 それと共に、彼女の内面を侵食していた全ての物に向けた敵愾心が陽炎の様に薄れてゆく・・・ 「むっ!?何故だ!何故EXAMは停止した!?」 その時研究室では、模擬戦の様子をモニターを凝視していたクルストが大声を上げていた。 まるで先程までの激しい戦いが嘘だったかの様に、画面の中では2機のMSがお互いにもたれ掛かるような体勢のまま、動きを止めてしまっている。 アムロとハマーンの精神邂逅など知る由もないクルストにとって現状は、突然EXAMシステムが全く動作しなくなったとしか映っていない。 バグ!?いや、そんな事は有り得ない。EXAMが起動を拒否しているとでも言うのだろうか。 「クルスト博士!システム内の生体ユニット・・・ハマーン・カーンの意識が戦いを拒んでいる模様です!」 「役立たずの小娘が・・・!」 ローレン・ナカモトの報告にクルストは舌打ちした。 時間が無いのだ。見るものを見届けたら急いで準備に掛かる必要があると言うのに、少なくともEXAMの再起動を確認してからでなければ、この場を離れる事ができないではないか。 「構わん!ハマーンの身体に電流を流せ!苦痛と恐怖を、怒りの衝動に変えるのだ!」 「判りました!」 ひとかけらの逡巡も無く、ナカモトは弱電流のスイッチを入れる。 その瞬間、EXAMシステムのカプセルに収められた少女の肢体がびくんと跳ねた―― 498 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 19:42:17 ID:yaqlXUMQ0 ハマーンを拷問の如く苛む苦痛が再び襲い始めた事を、彼女と半ば意識を共有していたアムロは鋭敏に感じ取っていた。 『なんて事を・・・!どうすれば君を助ける事ができる?』 『このMSの頭部を壊して・・・!お願い!!私をここから解き放って・・・!!』 『判った!それが君の望みなら!!』 強がりの仮面を脱ぎ捨て、哀願するハマーンの残像を網膜に焼付けると、アムロはスライドさせる様に機体を素早く擦れ違わせ、後方に向けてビームナギナタの切っ先を突き出した。 ビームの刃は正確に08-TX[EXAM]の後頭部から前頭部だけを貫き、モノアイの部分から一瞬、ビームの刃を覗かせた【イフリート改】は、そのままつんのめる様に前方に倒れ、動かなくなった。 08-TX[EXAM]のキャノピーは前開き式である。パイロットの生死は不明だが、頭部を破壊され片腕を失ったMSの体がうつ伏せになっている為、単独での脱出は困難だろう。 アムロは深く息を吐き出し、瞬間、残心を解く事ができた。 「クルスト博士!ニムバス機が完全に沈黙しました!」 「口程にも無い奴!だがやはり、これが、ジオンのMSの限界なのだ・・・!」 暫し瞑目するクルスト。 ジオンのMSに見切りを付けて連邦に亡命する。 クルストが密かにそう決意したのは、鹵獲された木馬に搭載されていたRX-78【ガンダム】のデータを目の当たりにしたからだった。 MS開発の分野においては後発である筈の連邦が開発したMSが、明らかにジオンのそれを凌駕していたのである。 そしてジオンのMSに比べRX-78は、その発展性や未来性をも容易に推測できる程のポテンシャルを秘めていた。 EXAMを搭載するMSは性能が高ければ高い程良い。 いや寧ろ、高くなければ折角のEXAMシステムが十分にその力を発揮できないのだ。 ここでの実験における不甲斐無い結果は、ある意味クルストの考えが正しかった事を証明したのである。 何せ敵は旧人類の共通の敵ニュータイプだ。 整った環境と潤沢な研究資金さえあれば、EXAM研究を完成させる場はジオンでも連邦でも構わないとクルストは考えていた。 「私の選択は、やはり正しかったのだ。 だがゼロめ・・・!NTめ!その名前、決して忘れんぞ!」 クルストはコンソールからデータチップを抜き取るとナカモトに、素早く眼で指示を出した。 それに頷いたナカモトは、待機中であるクロード・クローディア兄妹の搭乗している予備機の08-TX[EXAM]のシステムを、密かにBモードで起動する。 「な・・・何だこれは!?」 「お兄様!?身体が勝手に・・・ぐぅっ・・・!?」 突如勝手に動き始めた機体に驚く2人だったが、やがて先だってのニムバスと同様に脳内に止め処なく流れ込んで来る情報に身体が硬直し、常軌を逸したG、そして遠心力に振り回された挙句、2人ともやがて意識を喪失するに至った。 EXAMはまだ沈黙していなかった。ハマーンの苦痛により増幅された狂気のコントロールがこの2機により再開されたのである。 2機の08-TX[EXAM]はまず、眼下に展開している生身の警備隊員を文字通り、蹴散らした。 驚いて逃げ出す者には容赦なく携行しているマシンガンから実弾を浴びせ掛ける。 何が何だか判らぬままに味方である筈のMSに襲われた施設員達はパニックに陥り、その場はたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。 Bモード、すなわち≪システム暴走≫である。 便宜的に暴走などという表現を使用してはいるが、これは操縦者による一切の入力を受け付けず、敵味方関係無しにシステムが停止するまで破壊と殺戮を行なわせる様に意図的に仕組まれたプログラムであった。 コントロールは不能だが、システムは苦痛を与え続けているハマーンと接続されている為、その戦闘力は驚異的なものになる。 これは、一時的に施設内を大混乱に陥らせる為にクルストとナカモトが共謀して仕掛けた『置き土産』であった。 「データ回収は完了した。行くぞ」 「お供いたします」 ここでやるべき事はもう無い。 既に狂った様に暴れ始めている2体の08-TX[EXAM]の対応と各所からの問い合わせに大わらわとなった研究室のスタッフに「すぐに戻る」と声を掛けてから、クルストはナカモトと共に研究室を急ぎ足で退出し、迅速に所定の場所に向かうのだった。 そして、彼らは二度と、ここへ戻る事は無かったのである。 515 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20:47:45 ID:QiJkzDOo0 クルスト・モーゼスによってEXAMの実験から実質的に閉め出された格好のナナイ・ミゲルは、ハンガーからアムロの搭乗した06R-3Sを送り出すと直ちに子供達の元に駆け付けていた。 今、彼女のいる食堂ではそれぞれに不安そうな表情を抱えた少年少女達が、暴れるMSの巻き起こす地響きで断続的に揺らされる食堂で恐ろしげに身を寄せ蹲っている。 地面から持ち上がり施設と中庭を二つに切り分けた分厚い特殊合金製の金網が張られた防壁。 しかし今その金網は、突如荒れ狂い出した2体のMSが激突した事によって大きく撓んでいる。 現在そのうちの1機とゼロ、いや「アムロ・レイ」の搭乗したMSは激しく交戦を繰り広げている。 先程の模擬戦で目の当たりにしたアムロの操縦技術は驚嘆に値するものだった。 しかし、アムロ機と戦っていない残りの一機は施設に対しての無差別破壊を継続している。 万が一、防壁が突破され、MSの攻撃に直接晒されたとしたら、この建物などひとたまりもないだろう。 そんな事になる前に、子供達を全て避難させる必要がある。 中庭に面した食堂で、鉄格子の嵌まった窓から外の様子を見ていたナナイは遂に決断した。 「ミハル、ララァ。今から言う事を良く聞いて欲しいの」 「なに?」「・・・」 脱出の準備を整える為にドアンが不在の今、全てを話し協力を求められるのは年長者のこの二人しかいない。 しかしナナイは、いかにも機転の利きそうなミハルの瞳と思慮深く落ち着いたララァの双眸を見て、何故だか奇妙な安心感を覚えるのだった。 「今、ドアンがあなた達をここから脱出させる準備を整えています。 彼が戻って来るまでに施設の中にいる子供達を一人残らずここに集めておきたいの」 その思いがけないナナイの言葉に、驚いて顔を見合わせるミハルとララァ。 だがすぐに状況を察したミハルは明るい表情に変わり、決意を込めた視線で向き直った。 「判った。ここにいない子供達を、手分けして連れて来ればいいんだね?」 すぐにミハルはその場にいる子供の数を数え、足りない人数は3人で名前はケンとジャックとマリーだとナナイに告げる。 「ナナイさんはそっちのドアから出て遊技室とトイレを回ってみて。 ケンとジャックは多分遊技室にいると思うんだ。 マリーは恐いとトイレに長く閉じこもるクセがあるから」 ナナイはミハルがここ数日の間に、約50名もいる子供達の顔と名前、それどころか行動パターンまで把握してしまっている事に驚いた。 22歳の自分より、遙かにしっかりしているのでは無いだろうかと彼女は密かに焦りを感じる。 「ジル。ミリーとここの子供達を頼むよ。みんなおとなしく待っているんだ、いいね」 「わかった」「うん」 ミハルの指示に、彼女の弟と妹は素直に頷く。 516 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20:49:03 ID:QiJkzDOo0 「ナナイさん。あたし達は念の為にあっちのドアから出て寮室の方を手分けして見て来るよ。ララァ、行こう!」 「気をつけてね!あ、でも無理はしないで!危ないと感じたらすぐに戻るのよ!」 ナナイの言葉に手を挙げて答えたミハルはララァを伴い食堂を抜け、施設員が慌ただしく行き交う大きな通路に出た。 通常なら警備員が監視の目を光らせている筈だったが、非常事態の現在、二人の少女の行動を咎めだてする者は皆無である。 どうやら暴れているMSの対応に全ての保安人員が刈り出されている様だ。 急いで二手に分かれ、寮室をチェックし終えた2人は合流し、互いに誰も残っていなかった事を確認する。 子供達のいる食堂に戻ろうとしたミハルの袖を、ララァが引っ張ったのはその時だった。 「3人は、ミハルの言う通りの所にいたのよ。子供達はナナイに任せておけば大丈夫。 私達は、ハマーンを助けに行きましょう」 思いがけないララァの提案にミハルは驚く。 「ハマーンの居場所が判るの?」 「彼女はずっと泣いているわ。でも今なら助け出せる」 ミハルを見つめるララァの澄んだ眼差しに偽りは微塵も無い。 そこにいない誰かと会話し、遠くの物を見る事のできるララァの不思議な能力を何度も目の当たりにしているミハルは彼女の言う事を疑わなかった。 そしてララァは、決して嘘を吐いたり人を騙したりする人間ではないという事も、心得ている。 無理矢理連れ去られたハマーンの事をずっと気にかけていたミハルは、大きく頷いた。 「うん、行こう。ハマーンを助けに!」 ララァの先導で通路を走り出した2人の横を、大量の書類を抱えて慌しく行き交う所員や、大小さまざまな大きさのコンテナを台車に載せた男達が急ぎ足で擦れ違って行く。 その誰もが2人の少女に一度は目を向けるものの、そのまま通り過ぎて行くのみだ。 保安要員では無い研究者達は厄介事を嫌い、皆自分と自分の抱えたデータの避難を優先させていた為だった。 一瞬彼等に眼を向けたララァだったがすぐに前方に向き直り、ぎゅっと眉根を寄せた眼差しで口元を引き締めた。 「身近にある人の死に感応した頭痛」が先程からまた一段と強く、ララァを襲い始めている。 だが、今はそれに構っている場合では無いのだと彼女は必死にその痛みに耐えていたのである。 517 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20:49:33 ID:QiJkzDOo0 ララァの誘導はまるで建物の内部構造を知り尽くしているかの如く一切の迷いというものが無かった。 やがて通路を駆け抜け何階層もの階段を駆け下りた2人は、遂に誰に妨害される事も無いまま、施設の深部に足を踏み入れる事ができたのだった。 警報は、鳴らない。 彼女達の姿は監視室のモニターに映し出されていたが、本来その部屋にいなければならない筈の監視員が不在だったからである。 しかしその時、前を行くララァの様子がおかしい事にミハルは気が付いた。 見る間にララァの動きは鈍り、遂にはよろよろと壁にもたれ掛かるとそのまま片手で側頭部を押さえ、しゃがみ込んでしまったのである。 「ララァ!あなた、また頭痛が・・・!」 くず折れたララァに駆け寄るミハルの耳に、曲がり角の向こうからこちらに向けて早足で歩き来る複数の足音が聞えて来た。 ここで見つかるのは流石にまずい。ミハルは動けなくなっているララァを抱え、足音が近付いて来る方向を鋭く睨み付けた――― 553 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/22(日) 15:53:46 ID:E0at1uVU0 新たに攻撃を仕掛けて来た08-TX[EXAM]からは、先程の少女の気配が感じられない。 鋭く繰り出されて来るヒートソードをビームナギナタで払いながらアムロはそれを訝しんでいた。 恐らく彼女の身体に加えられている苦痛が、外部とのコンタクトを阻害しているのだろう。 つまりはそれ程までに彼女は追い詰められているのだという事を意味する。 どうする。どうすれば彼女を、みんなを助けられる。 アムロは焦るが、目の前のMSはこちらの逡巡によって生まれる隙を見逃してくれそうも無い。 そして最初は気のせいかとも思ったが、今アムロは確信している。 自らの操縦する06R-3Sの追従能力が低下して来ている事を。 何より関節の動きにラグが出始めている。 この事態は重力下においてアムロの瞬発機動が、MSの関節部分に多大な負荷を掛け過ぎてしまった事によって起こったものだった。 恐らくNT用に反応速度を強化した06R-3Sでなければオーバーヒートを引き起こしていた事だろう。 もともと急遽チューンUPされた06R-3Sは長時間の稼働を想定されていないアンバランスな機体である。 これは、反応速度強化に合わせた関節部分の強化がされていなかった06R-3SというMSに起こるべくして起こったトラブルと言えた。 このゴリゴリした振動と軋み、これは流体パルスシステムで駆動するアクチュエーター内部に亀裂が無数に走り、磨耗して剥がれ落ちた微小な内材が更に内部を傷付け動きを悪くしているのだとアムロは看破する。 しかし泣き言を言っても始まらない。 今は一刻も早く目前の1機を片付け、無差別に荒れ狂い、防壁に突進を掛けている残りの1機を打ち倒すしかないのである。 アムロは、自分自身が逃げ出す事など一切考えていなかった。 パイロットスーツの中で認識票と共に胸にぶら下がった銛のペンダントが、カチャリと微かな音を立てる。 それは、アムロを守り抜いて命を落としたヴェルナー・ホルバイン少尉の形見であった。 アムロは一瞬だけ胸元に誇らしげな表情を見せると、敵MSの繰り出して来る凄まじい斬撃をまたもや鮮やかに弾き返した。 587 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23:16:08 ID:eWyR5SZ60 「一体どうなっているんだ!クルスト博士が所在不明とは!?」 「俺達だけではどうにもならん。実験の続行はこれ以上不可能だ」 「お、おい!システムは稼働中なんだぞ、ハマーン・カーンはあのまま放っておいて良いのか!?」 「稼働中?暴走中の間違いだろう?アレはもう制御不能だ」 「クルスト博士とナカモトはデータと共に姿を消したんだ。 俺達は、もしかしたらとんでもない貧乏クジを引かされたのかも知れんぞ」 戸惑いと怒りの口調を隠しもせず大声で言い争いながら、白衣を着た数人の研究員が低く積まれた資材の前をバタバタと足早に通り過ぎ、脇目もふらずに階段を駆け上ってゆく。 余裕の無い男達は資材の陰にララァ・スンを庇う様に抱えたミハル・ラトキエが身を竦ませて縮こまっていた事など、気付きもしなかった。 男達の足音が完全に消えた事を確かめると、ミハルはようやく大きく息を吐き出し身体を起こす事ができた。 「奴ら、確かにハマーンの名前を口にしてた。間違いない、ハマーンはこの先にいるんだ」 依然、心臓は跳ね身体は小刻みに震えているが、こんな所で挫けてはいられないと彼女は気力を奮い立たせる。 「ミハル・・・」 「ララァ!気がついたの?」 苦しそうに身を起こすララァの顔をミハルは心配そうに覗き込む。 「ごめんなさい。ひどい頭痛で身体が・・・」 「頑張ってララァ、ほら、あたしが支えてあげるから!」 急いで肩を貸そうとしたミハルをしかし、ララァはやんわりと首を振って拒絶した。 「ここからは、ミハルが一人で行くのよ。そして、ハマーンを救ってあげて欲しいの」 「えっ!?ララァは?ど、どうして私一人で、なの?」 驚いて聞き返すミハルにララァは澄んだ瞳を向けた。 「今の私が一緒にいたら、足手まといになってしまうだけ。 でも、あなたが行かなければハマーンを救えない」 「??」 「あなたがいないとハマーンは・・・例え助け出されたとしても救われない・・・ 私はここに隠れていれば平気。もう行って。詳しく話して・・・いる時間・・・は、無いのよ・・・」 再び強い痛みが襲うのかララァは苦しげにそう言いながらミハルを自分から引き離す。 弱々しい力ながらも力強い意志で押し退けられたミハルは戸惑うばかりだった。 588 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23:17:21 ID:eWyR5SZ60 「で、でも、やっぱりララァをこんな所に置いて行くなんてできないよ・・・! それに、ハマーンを助けると言ったって、ララァがいてくれなきゃ、あたし、どうしたら良いのか・・・」 「らしくないわ、ミハル」 自信なさげなミハルにララァは微笑む。 「大丈夫。あなたらしく行動すれば、ハマーンも、あなたも、子供達も、私もナナイもドアンも・・・きっと全てが上手く行くから」 ララァはきらきらとした目でミハルを見つめている。 しかし、その自信たっぷりな眼差しに答えられる根拠を自分の中に見出す事ができないミハルは思わず泣き出したくなってしまった。 不思議な能力に恵まれたララァと違い、自分は特殊な能力など持たない唯の人間なのだ。 「私、ハマーンに話し掛けてみるわ。彼女の心に力を貸せば、彼女はきっと囚われている檻を中から開ける事が出来る。後はあなたが・・・!」 ララァは強い期待を込めた瞳をミハルに向けている。 ミハルは正直ララァのやろうとしている事は良く判らなかった。しかし、信頼する友達がここまで自分を頼りにしてくれている。 そう思うと胸の中に、じんと暖かいものが広がって来る。 「ララァ・・・判ったよ。必ずハマーンを助け出してここに戻って来る」 一転、覚悟を決めたミハルは笑顔を見せた。 何の事は無い。ララァを信じていたからこそ、ここまで無事に来れたのである。 そのララァが≪全て上手く行く≫と言ってくれた。考えてみれば最初から悩む必要など無かったのだ。 吹っ切れた途端に活力が湧いて、ミハルは勢い良く立ち上がる事が出来た。 もう足は震えていない。こうなった時の彼女は怖い物無しである。 運命に身を任せ、流されるままに人生を過ごして来たララァは、そんなミハルを眩しそうに見上げている。 運命に≪逆らう≫のではなく≪切り開く≫。なんという素晴らしい生き方なのだろう。 前向きなバイタリティは、周囲の人間にも少なからずアクティブな影響を与える。 それはNTすら例外ではない。 ララァも、もし相手がミハルでなかったら、ハマーンを助けに行こう等とは提案しなかったかも知れないのだ。 すぐに戻るからねと言い残し、ララァの示した方角へミハルは急いで走り去った。 ララァは彼女の消えた方向をしばらく見つめた後に、再び身を横たえると少しだけ寂しそうに目を閉じた。 運命の歯車が切り替わり力強く回り始めた事を、今は彼女だけが確信していたのである。 589 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23:18:17 ID:eWyR5SZ60 ララァ・スンの指し示した通路の突き当りには大掛りな研究施設があり、その最深部にはカプセル状の装置が設置されていた。 装置の稼働音は聞えているが、人影は全く見当たらない。 やはり先程の研究員達が話していた通り、全ての人員が逃げ出してしまったのだろう。 ドアのロックを始め、全てのセキュリティが解除されていた為、迷う事無くこの場所に辿り着いたミハル・ラトキエはあたりを見回すと、数多く並ぶモニターの一つに釘付けになってしまった。 「・・・・・・ハマーン!!」 押し殺した悲鳴に似た声が、両掌を口に押し当てたミハルの口から漏れ出た。 それは恐らくカプセル内部を映し出しているモニターであり、無数のチューブに埋もれ、苦しげに瞑目して横たわる少女の顔が映し出されていたのである。 蒼白いライトに照らし出されたその顔は、ハマーン・カーンその人であった。 ミハルは急いでカプセルに駆け寄ると小さな窓に張り付く様にして中を覗き込む。 ちらりと特徴的な彼女の髪が見えた。確かにこの中にハマーンがいるのだ。 「こんな女の子に、なんて酷い事を・・・!」 一旦カプセルから離れたミハルはコンソールに近付くが、迂闊に操作する事はさすがに思い止まざるを得なかった。 びっしりとパネルに並ぶボタンやスイッチ類を下手にいじればカプセル内のハマーンにどんな事が起こるか判らないからである。 しかしその時、途方に暮れているミハルの後ろで一つのモニターがハマーンの脳波変化を感知した。 4~8Hzから8~13Hzの脳波律動に変わったのである。 つまりハマーンは、眼を覚ましつつあるのだ。これはシステム的には想定外の非常事態といえた。 自動的にセーフティが働いて、プログラムを強制終了させる。演出されていたシステム暴走は、ミハルの目前で唐突に終わりを迎えたのだった。 被験者の覚醒を感知して突如けたたましく鳴り響いたアラートの中、目の前でゆっくりと開いて行くカプセルカバーを、ミハルはただ茫然と見つめるしか無かった。 590 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23:18:54 ID:eWyR5SZ60 眼を開いたハマーンの前には、泣き笑い顔のミハルがいた。 何の邪心も企みも無くハマーンの名を呼び、ただ一心にこちらの無事を喜んで涙を流している人が目の前にいる。 今のハマーンには、それが判る。 この女性(ひと)は、何の見返りを望む事も無く、危険を顧みずこんな場所まで来てくれたのだ。 ハマーンは体に纏わりついたチューブを払い除けて身体を起こし、カプセルを覗き込む様に屈んでいたミハルに抱き付いた。 弾みに身体に差し込まれていた電極が次々と抜け落ちてゆく。 「ハマーン・・・良かった・・・!」 「怖い夢の中で泣いていたら・・・ララァに逢ったの・・・」 「ララァに?」 「がんばれって・・・負けないで一緒に戦おうって・・・・・・!」 ミハルは目を閉じたままハマーンを抱き締め、今ここにはいない友達を想った。 『私、ハマーンに話し掛けてみるわ。彼女の心に力を貸せば、彼女はきっと囚われている檻を中から開ける事が出来る。後はあなたが・・・!』 ララァは約束通り、言った通りの事をやってくれたのだ。 彼女の助けがあったからこそハマーンはこのカプセルから自力で抜け出す事ができたのだろう。 今度は、自分が役目を果たす番だ。 「行こうハマーン、みんなの所へ」 ミハルはそう言いながら近くに脱ぎ捨ててあった白衣をハマーンに羽織らせると、慎重にカプセルから降り立たせた。 体力と精神力を限界まで酷使したハマーンの足取りはおぼつかないが、ミハルは小柄なハマーンに肩を貸し、急いで出口のドアに向かおうとする。 彼女達の前に、手に手に小銃を携えた男達が立ちはだかったのは、その時だった――― 600 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21:17:26 ID:XL5HNQ/Y0 ミハルとハマーンの前に立ち塞がった男達の先頭にいるリーダーらしき男は鮮やかな赤いパイロットスーツを着込み、奇妙な仮面を付けたヘルメットを被っている。 その男はこちらに銃を向けていた部下に命じ、全ての銃口を下げさせた。 「失礼だが、ハマーン・カーン嬢とお見受けする」 物騒な出で立ちからは想像できない程の丁寧な物言いに二人の少女は顔を見交わす。 ハマーンは慎重に仮面の男に向き直り口を開いた。 「いかにも。私がハマーンだ」 いつもの強気な物言いで答えたハマーンは、心中で語尾が震えてしまったのを悔やんだ。 それを察知したのか仮面の男はふと口元を緩めてから、何と彼女に向けて敬礼したのである。 「ご無礼をお許し下さい。私はシャア・アズナブル大佐であります。 マハラジャ・カーン提督から極秘でハマーン様を保護するよう申しつかり参上致しました」 「何!?お父様が?」 と、その時、戸惑う少女の前にシャアの両脇から無言で進み出たクランプとコズンが、支え合って立っている状態のミハルとハマーンを引き離したのである。 「な、何をする!?」 「ハマーン!」 狼狽したハマーンとミハルは同時に声を上げるが男達は全く意に介す素振りも見せない。 「時間がありません。我々は急ぎここから脱出します。ご同行を」 「待ってくれ!今この施設では子供達を脱出させる為に必死で戦っている者達がいるんだ。 彼らに協力して皆の脱出をサポートをして欲しい!」 しかしハマーンの必死の呼び掛けを、仮面の男は冷たく跳ね返したのである。 「残念ですが、それは応じかねます」 「な、何故だ!?あなた達の協力があれば、きっとみんなの脱出は成功するのに!?」 「我々のこの行動は非合法なものです。ハマーン様を秘密理にお連れする為に、目立つ行為は極力避けねばなりません」 「そんな!で、ではここにいる子供達はどうなる!?」 EXAMを介してのアムロやララァとの共振による邂逅で、以前に比べNTであるハマーンの直感力は数段高まっていた。 シャアはハマーンに対し、あえて脱出後この施設を、ここにいる子供達ごと吹き飛ばして証拠隠滅する作戦である事を伏せていた。 が、彼女はシャアの物腰から不吉な企みを感じ取ったのである。 青ざめたハマーンの問いに、ハマーンをミハルから引き離したクランプが強い口調で叫んだ。 「全てはマハラジャ様との約束、そしてハマーン様の安全が優先されるのです!」 「いやだ!離せぇっ!みんなを犠牲にして私だけ逃げ出すなんて絶対に嫌だっ!!」 「・・・お連れしろ」 「いやだ!いやだ!ミハル―――ッ!!!」 「何て情けない男達なんだろうねっ!!」 唐突に上がった怒りの絶叫に、その場の時間は凍り付いたように止まった。 泣き叫んでいたハマーンもその迫力に思わず涙を忘れる程だった。 声の主はコズンに腕を捕まれたままのミハルであった。 601 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21:19:07 ID:XL5HNQ/Y0 「手をお放しよ!ハマーンみたいなか弱い女の子を泣かせるなんて、あんたらそれでも男かい!?」 ミハルは拘束された腕をそのままにあたりをぐるりと見回す。 「自分のやってる事、みっともないとは思わないのかい!?」 任務の為と割り切ってはいたが、実は今回の作戦には誰もが負い目を感じている。 少女の糾弾は男達の抱える急所を鋭く抉ったのである。 自分が腕を掴んでいるそばかす顔の少女に真正面から睨み付けられ、直球の詰問をぶつけられたコズンは思わず視線を逸らしかけた。 この場にバーニィがいなくて本当に良かったと彼はばつが悪そうに渋面を作るのが精一杯だった。 相手は武装した屈強な兵士なのだ、下手に逆らえば何をされるか判らない。が、ミハルは目の前の情けない男共に怒りをぶつけずにはおれなかった。 ララァの言葉を借りるなら、これこそがまさに彼女らしい行動であったのである。 「そこの仮面を付けた赤い男!」 「・・・私の事かな」 びしりと指差され名指しされたシャアは渋々答える。真っ直ぐな瞳で自分を見つめるこの少女から、何故か眼を逸らす事ができない。 「そうさ!あんた、仮面を付けた赤い男は子供達のヒーローだって事、知らないのかい!?」 「初耳だな」 「それじゃ教えてあげるよ。赤ずくめの服を着て仮面で正体を隠した男は大昔から【正義の味方】って事になってるんだ!」 ミハルの言葉にその瞬間、その場にいる男達の脳裏に子供の頃に胸躍らせたTVヒーローの姿が鮮やかに甦った。 戦争が始まる前までコロニーも地球も分け隔てなく放映されていたその番組は、超長寿シリーズを誇り、どんな世代でも必ずその子供時代に合わせたヒーローが存在しているという稀有な例であった。 当然、ここにいる男達は全てその洗礼を受けている。それは、幼き頃よりコロニーと地球を渡り歩いた経験を持つシャアすら例外ではなかった。 確かに、その歴代シリーズにおいて赤いコスチュームを身に付けた男はすべからくヒーローチームのリーダーだった。 「私だって現実の世界は子供番組みたいに単純じゃない事は判ってるさ! でも、力の限り弱きを助け、悪しきを挫く! それが子供達に見せ付けてやるべき大人の姿じゃないのかい!?」 しかしミハルの言葉にシャアは冷笑で答えた。 「あんなリアルではない物と一緒にされては迷惑だな」 「リアルじゃない?」 「無償で戦う正義の戦士か?下らんな。そんな酔狂な人間が現実にいる筈は無い!」 指導者だった父親が謀殺され、命からがらザビ家の追っ手から妹と共に地球まで落ち延びた過去を持つシャアである。 その荒んだ境遇の中でシャアは、この世に弱き者の為に身を捨てて戦う正義の味方なぞ存在しない事を身に染みて思い知ったのだった。 存在しないヒーローに頼る事はできない。 だから彼は世間一般の子供に許される甘えを捨て、幼きながら修羅の道を歩き始めた。 そうせねば生きていけなかった。 シャアもまたハマーンと同様、いかなる子供よりも早く大人にならねばならなかったのである。 しかし――― 「いいや、いるね!」 「ふざけるな!そんな人間がどこに存在すると言うのだ!」 あっけなく自信満々に答えたミハルにシャアが激昂した。 それはある意味シャアの人生訓の否定だった。取るに足りない小娘の言葉としても聞き捨てならない。 普段シニカルに構え、沈着冷静で心情を滅多に表に出さないシャアがこの娘には完全に冷静さを欠いている。 602 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21:20:27 ID:XL5HNQ/Y0 「おいお前、いい加減に・・・」 明らかな異常事態にコズンがミハルを黙らせようと声を掛ける。 が、その瞬間、クランプがコズンを鋭く眼で制した為に彼はそれ以上言葉を継ぐ事ができなくなってしまった。 驚くコズンにクランプは『言わせろ』と目で言っている。 クランプが何がしかを期待した目を少女に向けている事を確認したコズンは微かに頷くと、そのまま2人のやり取りを見物する事にした。 「ドアンがそうさ!」 「ドアンだと?」 「ククルス・ドアン。今もあたし達を助ける為に頑張ってくれているんだ」 誇らしげに彼の名前を呼んだミハルに憧憬と少々の寂しさが入り混じっているのを感じ取ったハマーンは、複雑な顔で彼女を見つめた。 しかしシャアはそんなミハルを見て可笑しそうに唇を歪める。 「その男にはお前達を助ける何らかの理由があるのだ。無償でなどあるものか」 「何だって?」 「そのドアンとやらが軍人ならば恐らくは金か地位・・・危険に見合った報酬が約束されている筈だ。何の見返りも無く、人は動かんさ」 しかしミハルはそう嘯いたシャアに憐れみを含んだ視線を投げ掛ける。 「・・・可哀想に。そういう風にしか考えられないなんて、よっぽど辛い生き方をして来たんだろうね。でも世の中にはそうじゃない人だっているんだよ」 「買い被らないでくれミハル。報酬はある」 通路側、一同の後ろから突然掛けられた声に全員が振り返り一斉に銃を向ける。 ミハルの言葉に何かを言い返しかけたシャアが視線を向けた先には大柄な体格の男が、上げた両掌をこちらに向けて静かに立っていた。 「贖罪。それが俺の報酬だ」 「ドアン!逃げて!」 「ドアンだと?この男がか・・・」 脱出準備を整えてナナイの元に戻ったドアンはミハルとララァが帰っていない事を聞き、まさかと思いつつもこの場所へ赴いた。 彼が駆け付けた時は彼女達は兵士の一団に取り囲まれた状態であり、単独での突入は不可能の状態であった為、通路の影に身を隠してシャアとミハルのやり取りを聞いていたのである。 「どうやら大佐殿にも何やら事情がおありの御様子。お互いに余計な時間を使わず、ここは穏便に事を済ませることは望めないでしょうか?」 武装した集団の前に身一つで歩き出るには半端ではない度胸が必要なだけでは無く、タイミングも重要だ。 この大男は少女と自分の言い争いによって兵士達の殺気が殺がれた瞬間を見計らって姿を現したのだろうとシャアは機敏な男の動きに舌を巻いた。 対峙するドアンとシャアを中心に緊迫した空気が一同に張り付いた瞬間、外部の様子を映し出しているモニターに膝から崩れ落ちたMSが映し出された。 「ああっ!危ないアムロ!」 それを目にして思わず叫んだハマーンに、その場の兵士達全員が振り返った。 603 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21:21:11 ID:XL5HNQ/Y0 「アムロですって!?もしかして、あのMSを操縦しているのはアムロ・レイなんですかい!?」 「そう、そうだ。アムロも私達の為に戦ってくれているんだ!お願いだ、アムロを助けてくれ!」 コズンの言葉にすがり付くようにハマーンが哀願する。 全員の視線がシャアに集中する。クランプが思い切ってシャアを促した。 「大佐。アムロ救出は我々の初期目標だった筈です。予定を変更する旨、バーニィに連絡を取って宜しいですな?」 「・・・止むを得ん。予定を変更する」 シャアはゆっくりと兵士の間をすり抜けてドアンに近付き、その顔をまじまじと見回した。 「貴様とは初めてでは無いな?」 「覚えておられましたか。嵐の海で一度お会い致しました」 ふむとシャアはドアンとの邂逅を思い出す。あの時シャアは真実の顛末を聞きだす為にフォルケッシャー船長ではなく、わざわざ後方に控えていたドアンを聴取したのだ。 つまりドアンは嘘を吐けない人間だという事を、シャアに初見で看破されていたのである。 「貴様の階級と目的を簡潔に述べよ」 「戦略情報部所属、ククルス・ドアン少尉であります。 私はこれよりジオン軍を脱走し、この施設の地下ドックに係留されている潜水艦に子供達全員を乗せ、しかるべき安全な島まで運んだ後、暫時隠遁する所存であります」 「計画の進捗具合はどうか」 「この2人と途中で潜伏していた1名を連れて戻れば全て完了であります」 ミハルはハッとした。ドアンはここに来るまでにララァを見つけていたのだ。 「計画の変更を要請する。このハマーン・カーンは我等と共に行く。これは彼女の父親からの依頼である。彼女の安全は赤い彗星の名において保障しよう。 計画変更受諾の場合、我々は貴様の計画に協力する用意がある。そうでない場合は」 「了解しました。今は大佐殿のご事情を詮索するつもりはありません。 ジオンきってのエースである赤い彗星を信用致します。ハマーンの事を宜しくお願いします」 敬礼を向けたドアンを見て、やったぜと小さく叫びながらコズンは通信機に手を伸ばす。クランプはハマーンの腕を放しホッとしたように天井を見上げている。 ミハルはハマーンともう一度抱き合い、その目を後方に立つシャアに向けた。 シャアも無言でミハルを見つめている。 あまりにも境遇の違う二人の男女は、暫しそのままの姿勢で向き合った。 「くそっ!駄目か!」 膝から崩れ落ちた06R-3Sのコックピットでアムロは痛恨の声を絞り出した。 対峙していた一体の08-TX[EXAM]の動きが突然鈍ったのを見逃さず、何とか無力化する事ができたが、同時に試作型ゲルググの右膝が完全に破損してしまったのだ。 重力下において下肢の破損はそのMSの無力化を意味する。06R-3Sはもう戦闘不能だった。 しかし動きは鈍ったもののまだ一機の08-TX[EXAM]が破壊活動を継続している。 施設を守る防壁は今や紙の様に折れ曲がり、MSの攻撃は建物に及ぼうとしているのに、アムロはそれを止める事が出来ない自分に毒づいたのだった。 しかし、その時であった。外部からの通信を示すシグナルがコックピットに響き渡ったのである。 「応答せよ!アムロ、聞こえるか!」 「バ、バーニィさんなんですか!?」 驚くアムロの搭乗する06R-3Sの前に、施設と外部を隔てる低いフェンスをなぎ倒して巨大なサムソントレーラーが回り込んで来た。 その荷台には白いボディカラーの【ガンダムもどき】が積載されている。 「待たせたなアムロ!お前の為に、わざわざ連邦製のMSを持って来てやったぜ!!」 得意気にトレーラーの運転席で手を振るバーニィの意図を確認したアムロは急いでシートベルトを外し、ハッチを開放すると急いでコックピットから地上に飛び降りた。 バーニィに飛び付きたくなる衝動を必死で堪えながら急いで【ガンダムもどき】に向かう。 懐かしい仲間との抱擁は、後回しだった。今はとにかく暴れまわるMSを鎮圧する事が先決だったのである。 663 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/10(木) 12:44:11 ID:pSG2ZpQ.0 RX-78-XX【ガンダム・ピクシー】それがこの機体の正式名称らしい。 [ガンダムもどき]のコックピットに滑り込み、メインモニターを起動させたアムロはまずその事実を機体スペック画面で確認した。 06R-3Sのモノアイから俯瞰で見た限りでは荒野で黒い三連星達と相対したあの[ガンダムもどき]に見えたのだが、近付いてみると、このMSはあきらかに件のMSよりも「細身」であった。 すっきりした外観は例の[ガンダムもどき]よりもRX-78に近く、ガンダムを一回り痩せさせたイメージである。 しかし華奢では無く、人間で例えるならば明らかに絞り込まれた肉体のそれに近い印象を受ける。 「コアブロック・システムと宇宙空間装備が排除されているのか・・・」 機体データ画面を素早く切り替えて各部チェックを行っていたアムロは初めて目にする連邦軍の新型MSの性能に目を輝かせた。 「アポジモーター増設でジェネレーター出力、スラスター推力は共にガンダムを超えてる・・・ ビーム・ステルスコート塗布・・・?な、何だろうコレは」 この完全陸戦用MSには、その効力は今ひとつ不明ではあったが、最新技術と共に謎のテクノロジーも満載されている様だ。 ピクシーのコックピットレイアウトはガンダムのそれと酷似している。 微かに漂うジオン製MSの物とは異なる、RXシリーズに一貫して使われているシートレザーの放つ独特な臭い。 その懐かしくも嗅ぎ慣れた香りと耳に馴染んだシステム起動音が妙に心を落ち着かせ、やれる、という確信を深めてゆく。 アイドリングは既に終了している。 シートベルトを装着したアムロは慎重にフットペダルを踏み込み、機体の上半身を起き上がらせながらバランサーの具合を確かめる。 胸部のダクトから排気が成されると同時にRX-78-XX【ガンダム・ピクシー】のデュアルカメラが一瞬輝きを増して瞬いた。 664 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/10(木) 12:44:51 ID:pSG2ZpQ.0 速い。そして、何よりも軽い。 乗り潰してしまったが06R-3Sもアムロの操縦に素晴らしい追従性を発揮してくれていた。 が、このMSの動きには06R-3Sにそこはかと無くあった「無理矢理速めた感」が全く感じられない。 非常に静か且つスムース、安定感が抜群だ。 これが最初から高い反応速度を想定して建造されたMSとそうでないものとの違いなのだろうか。 明らかにRX-78よりもスピードを増しているその挙動に、アムロの胸は知らず高鳴る。 しっかりと両の足で大地を踏み締め立ち上がったガンダム・ピクシーは、眼下のトレーラーにワイヤーでマウントされているXX専用銃【90mmサブマシンガン】を見下ろした。 このウージータイプの短銃身マシンガンは、取り回しは軽快そうだが集弾率は低そうだ。 敵MSの動きはトリッキーである。間違っても周囲の施設に被害を与えたくない今回は、弾丸を撒き散らすこの武器は使用しない方が賢明だろう。 「ビーム・ダガー・・・?」 白兵戦用の武装をチェックしたアムロは見慣れない表記に眼が留まった。 いわゆる刀身が短いビームサーベルで、エネルギー消費が少ない為に長時間の使用が可能らしい。 ビームサーベルを「太刀」に例えるなら、「脇差(わきざし)」程の長さのこれを逆手で二刀構えるのが想定された使用法の様だ。 卓抜したスピードで敵MSの懐に入り込み、一瞬の隙を突いて必殺の一撃を敵の急所に突き入れる・・・ RX-78-XX【ガンダム・ピクシー】は、まさにそれだけの為に開発された対MS戦専用MSだった。 当然その運用には相当な操縦技量が要求されるのだろう。どう考えても一般向きではないMSである。 アムロはその設計思想に一種の潔さを感じたものの、さまざまな局面で連戦を重ねて来た今となっては、一つの戦い方に特化したMSは現場では運用し辛いんだよな・・・と両手離しで開発陣を褒め称える気持ちには到底なれなかった。 アムロ自身は知る由も無かったが、このピクシーは本来オデッサ作戦発動前にホワイトベース(WB)へ配備される筈のMSであった。 想定されていたパイロットも「RX-78の操縦者」つまりアムロ・レイその人である。 しかしWBがジオンに鹵獲されるという事態を受け、急遽行き場を失ったRX-78-XXは結局、その操作性の難しさからMSの運用に不慣れな連邦軍パイロット達に敬遠され基地を転々とした挙句、解体寸前で今回の作戦に駆り出されたのであった。 数奇な運命を経て巡り合ったパイロットとマシンはしかし、この刹那の邂逅に浸っている暇は無かった。 防壁を完全に破壊し終えた08-TX[EXAM]に軽快な動きで背後から接近したRX-78-XXは、両腰に装備されていたビームダガーを素早く引き抜くと、逆手一文字に構えたその切っ先を神速で閃かせた。 684 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13:08:51 ID:s91I.d2Y0 爆発音と共に突如ラボが吹き飛んだのはシャア達一行がラボを出た直後の事であった。 まさに間一髪、被害を受けた者が一人も出なかったのは幸運であったと言えるだろう。 恐らくクルストによって密かに仕掛けられていた時限爆弾が爆発したのだろうとシャア達は推測したが真相は不明である。 クルストにとって貴重なサンプルである筈のハマーンをも犠牲にして、自分が姿を消す為の攪乱と時間稼ぎ、加えてデータ消去を同時に行うという強引な手段。 周到なクルストならば、やりかねない。が、計画通りならば同様の事を、この施設の子供達相手に自分達が行っている筈だったのだとクランプは密かに冷や汗を流した。 シャア達にはまだやる事が残されていた。姿を消したクルスト博士の捜索である。 クルストが連邦への亡命を画策している事が判明している以上、表向きクレタ島を含むこの海域の警備を担当しているマッド・アングラー隊はザビ家の手前、それをみすみすと許す訳にはいかないのだった。 しかしシャアの想像以上にクルストの行動は迅速だった。 あらゆる局面で今回の作戦は後手を踏んではいたが、それでもこの事件において戦略情報部所属のククルス・ドアンという人物が新たに現れた事は僥倖だった。 シャア達にとってドアンという人物の出現は、何が何でもクルストを探し出す必要が無くなった事を意味していたからである。 つまり、都合の悪い事は全て「連邦に亡命するクルスト」か「ジオンを脱走し隠遁するドアン」に押し被せてしまう事が可能となったのだ。 首尾良くクルストを見つけ出せた場合は、ドアンを子供達と脱出させた後にクルストの口を封じ、その後に施設を完全に爆破して証拠を隠滅する。 ザビ家への報告はクルストの亡骸に、証拠として鹵獲した連邦のMSを添えて行う。施設の爆破はクルストの仕業であり、その際に一部の施設職員と共に収容されていた子供達は全滅した・・・とすれば亡命未遂事件として事は終わり、その後の追及は免れるだろう。 一方クルストが発見できなかった場合は上に報告する際に『クルストの亡命は全て戦略情報部のドアンの手引きであり画策だった』という事にしてしまう。 この場合、ドアンの所属する戦略情報部はキシリアの直属であるという事実を最大限に利用するのである。 戦略情報部員のドアンに『キシリア様の命令で動いている』と言われた為に一般兵の我々は、その行動を制限する事はおろか、追及、詮索する事すらできなかったのだと陳情すれば、ここから先は戦略情報部の責任となる。 戦略情報部の不祥事イコール、キシリアの責任。つまりそれは、一般兵には責任追及が不可能である事を意味している。 現在地上を統括するマ・クベも戦略情報部とは太く繋がっており、クルスト亡命が公になれば自らの保身に躍起とならねばならないだろう。 シャアとしてはそこに付け込む隙を見出したい所だ。 そして誰もが、まさかクルストの亡命とドアンの脱走が別件であるなどとは夢にも思うまい。 それにしても【亡命】あるいは【脱走】という重大な不祥事を引き起こした兵士の所属部署がよりにもよってフラナガン機関及び戦略情報部という、共に秘密主義で特権の塊りたるキシリア直属であったのだ・・・ザビ家としては最悪の事態だろう。 どちらにしろ、真相がザビ家に露見する心配は無い。が、勿論そこには『当事者がジオンに捕まらねば』という注釈が付くのは言うまでもない。 死んだ事になっている、あるいは、全ての罪を被った「当事者ドアン」には何が何でも上手く逃げ出して貰わねばならない。 冷徹なシャアがドアンに対し【貴様の計画に協力する用意がある】と言ったのは、つまりはそういう事なのであった。 685 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13:10:26 ID:s91I.d2Y0 シャア達一行は二手に分かれた。 クランプとコズンはドアンとミハルに同行し、待機している子供達を連れて脱出用の潜水艦がある地下ドックまで彼等をガードする役割を担う。 シャアとアンディはハマーンをバーニィの待つサムソン・トレーラーに送り届けた後クルストの捜索を兼ねて別ルートから地下ドックへ向かい、先行しているコズン達と合流する手筈である。 地下ドックはラボを除けば施設の最深部に位置しており、顔の知れたクルストがのこのこと地上からは脱出できない以上、何らかの方法でここから逐電するだろう可能性は極めて高いと見るべきだった。 「ララァ!無事で良かった・・・!」 「ミハル・・・」 手はず通りに資材の陰に隠れていたララァと再会したミハルは堅く抱き合った。 「約束通り戻ってきたよ。ありがとう、あんたのお陰でハマーンを助ける事ができた」 「うふふ。違うわ、あなたがハマーンを救ったのよ」 目を瞑ったララァは愛おしそうにミハルの頭をそっと撫でた。 ララァには朧気ながら見えていた。 もしハマーンがシャア達に無理矢理連れていかれそうになったあの時、ミハルがいなければどうなっていたか・・・ 施設は爆破されドアンの脱出作戦は失敗し、ミハルやララァを含む子供達は全員が死亡するという最悪の結果に終わっていた。 その事態を目の当たりにしたハマーンは絶望し、暗く心を閉ざしてしまう。 以後彼女は、周囲の大人達全てを憎みながら成長し、暗き怨念と復讐の炎に身を焦がす人生を送る事となる・・・ ララァが別れ際にミハルに言った「あなたがいないとハマーンは助け出されても救われない」の意味がそこにあった。 しかし今、自分を抱きしめているこのあどけない顔をした少女は、自分が担った役割を想像すらしていないだろう。そしてこれからも・・・ そう考えるとララァは少しだけ、彼女が羨ましく思えるのだった。 「話は後だ。今は先を急ぐぞ」 ドアンは軽々とララァを抱き上げると、通路を駆け抜け階段を駆け上がった。 クランプ、コズン、ミハルも急いでそれに続く。 電源がいつ切れるか判らない為エレベーターは使用しない。クルストが仕掛けた時限爆弾は複数ある可能性が高いのだ。 華奢とは言え女性を一人抱えたまま全力で階段を駆け上っているくせに息の一つも切らさないドアンに、内心驚嘆しながらコズンは声を掛けた。 「こんな山の麓の施設に海まで繋がってる地下ドックがあるなんて思いもしなかったぜ」 「島の内部まで浸食している鍾乳洞を利用した、あくまでも緊急脱出専用の狭いドックだ。 係留してある潜水艦も一隻のみだ。 そして、潜水艦を使用する場合は戦略情報部員の許可が必要だ」 「お、なるほど。旦那はそいつを自由に使えるって訳だ」 「素人に潜水艦を操縦する事はできん。 施設に常駐している戦略情報部の連中は保安要員も兼ねているからな。 しかしUHT認証を登録して来たからもう俺しかあの潜水艦は動かせん」 こいつは使える奴だ、と、コズンとクランプはドアンの資質を見抜いていた。 武装した自分達の前に無手で現れたクソ度胸といい、この体力。加えて状況判断や思考能力も極めて高いとくれば、これはもうラル隊にスカウトしたくなる人物である。 このまま脱走させてしまうには非常に惜しい人材だ。 体がデカいからコックピットは窮屈かもしれないが、コイツはMS乗りとしても相当やるだろうぜとコズンは確信していた。 「潜水艦でどこに逃げるつもりだ?海峡は二つとも封鎖されているから地中海から外には出られないぞ」 「それについては考えがある。奴らのウラをかくのさ」 ニヤリと笑ったドアンが食堂の扉を開けると、彼らの到着を首を長くして待っていた子供達の歓声が一同を出迎えた。 686 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13:11:06 ID:s91I.d2Y0 ミハルやララァの元に子供達が殺到する中、ララァを降ろしたドアンにナナイが駆け寄り首筋に抱き付いた。 「済まない、心配を掛けた。ハマーンは無事だ。あと一踏ん張り頑張ろう。力を貸してくれ」 ドアンにしがみついたまま、涙を浮かべて何度も頷くナナイを、ミハルは寂しそうな笑顔で見つめている。 「大丈夫よミハル。あなたにだって素敵な人が・・・」 「え?ななななに言ってるのよララァ?あたしは別に!」 「おい急げ!MSが迫って来てるぞ!」 窓の外を見ていたクランプの大声がその場にいた全員の会話を中断させ、緩みかけていた緊張感を再び張り巡らせた。 「よし。行こう。先導してくれ」 「おう」 「済まないが殿(しんがり)を頼む。 保安要員の俺に警備隊のマッド・アングラーが随行しているんだ、普通に考えたら誰にも手出しはできない筈だが、不測の事態には相応に対処してくれ」 「任せておけ」 子供達の前で銃撃戦は可能な限り避けたいが、非常の場合は背に腹は代えられない。 先導するコズンと後詰めのクランプは共に機関銃のセーフティを外しながらドアンに頷いた。 714 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 20:53:16 ID:henTU8lc0 爆発はその後、施設の重要地点を中心に数回に渡って起きた。 それは明確に意図された爆破そのものであり、最初に起こったラボの爆発もその一環である事は最早疑う余地は無かった。 「おおっ、手際が良いな!」 扉から出て来たアンディが思わず感心した声を上げた。 シャアとアンディがハマーンを連れて施設裏手の非常口から表に出ると、そこにはもう既にバーニィが、トレーラー部分を切り離したサムソントップを横付けさせていたからである。 サムソントレーラーは全長50メートルにも達する巨大車両であり、自在に扱うには熟練を要する。細やかな動きが可能なMSとは違い、慣れていない者では方向転換の切り返しすらままならない。 即席の運転手たるバーニィは、それならばと、思い切って不要となったトレーラー部分を切り離したのだろう。 MSやマゼラアタック等の戦闘車両の運搬を想定して開発されたサムソンはそれ自体、簡易装甲車並の強度を持っている。防御用の機銃を構え、緊急用脱出機構をも備えるこれの中にいれば、そう簡単にハマーンに危険が及ぶ事はないだろう。 「大佐。この身軽な車両の方がここから先、何かと都合が良いでしょう。ワイズマン伍長の判断は、的確です」 そう言いながらアンディは、建物の向こう側で繰り広げられているMS同士の戦闘に釘付けとなっているシャアとハマーンを振り返った。 「アムローッ!」 ここからではもちろん言葉など届くべくも無いが、両手を握り締めたハマーンは、思わずそう声を上げていた。 「むっ・・・!?」 対照的にシャアは微かに呻いた。 分厚い特殊合金製の金網越し、しかも施設の建物にその姿の下半身が遮られている為に2体のMSの戦いの全貌を窺う事はできなかったが、シャアは白いMSの機動に見覚えがあった。 そのMSは確かに数時間前、連邦軍のアジトを急襲し、鹵獲したガンダムタイプのMSである。 あの「木馬」に搭載されていた、散々自分達を苦しめた「白いMS」が連邦軍によって量産されている・・・ その事実はシャアをして心胆を寒からしめたが、エンジンに火の入っていないMSは単に「白いMS」に似ただけの量産機に過ぎなかった。 しかし、目前で生き生きと躍動しているあのMSの姿はどうだ。 かつて自分と何度も激闘を交わしたあの「白い奴」そのものではないか・・・! シャアはアンディがハマーンをサムソンの後部ペイロードに乗り込ませるのを確認しながらひらりとステップを駆け上がり、運転席のバーニィに側窓ごしに声を掛けた。 「あのMSを操縦しているのはアムロという兵士だと言ったな?」 「は、はい!ご覧の通り、アムロは敵MSと未だ交戦中であります!」 少々緊張気味にバーニィが敬礼しながら答えると、シャアは試す様な口調で訪ねた。 「援護は必要か?」 「いいえ!それには及びません・・・と、存じます!」 慣れない言い回しに口調が変だ。 が、シャアは即断即答したバーニィに興味を持った。 「ずいぶん自信満々に言い切ったものだな。 貴様より年下の少年兵なのだろう?しかも搭乗しているのは鹵獲した連邦のMSだ。心配ではないのか?」 しかしその時の、シャアの質問に対して[よくぞ聞いてくれた]と言わんばかりのバーニィの笑顔こそ見物であった。 「大丈夫であります!彼は【木馬】からの、いえ、連邦軍からの亡命兵なのでありますからして!」 「何、木馬だと!?」 シャアの目がギラリと光ったが、バーニィはそれに気付かず言葉を続ける。 「自分は何度も目の当たりにしていますが、奴の戦闘センスは抜群です! MSに乗っているアムロを一対一で倒せる奴なんて、はは、連邦にもジオンにも・・・」 得意げに口上を垂れていたバーニィの顔がそこで引きつった。 「あ、い、いえ!申し訳ありません! も、もちろんジオンのエース、赤い彗星たる大佐は、別であります!」 「木馬からだと・・・やはりな」 恐縮しきって再度敬礼を振り向けるバーニィを気にも止めず、シャアは確信を込めてそう一人ごちた。 715 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 20:54:23 ID:henTU8lc0 なんという因果だろう。ジオンを散々に翻弄した白いMSのパイロットが今、彼の味方として目の前で戦っているのだ。 何度も追い詰めつつ、結果的に苦杯を舐めされられ続けた白いMSと木馬。 その木馬を青い巨星ランバ・ラルが無傷で鹵獲した、と、聞かされた時は我が耳を疑ったものだ。 木馬とあの白いMSを仕留めるのは、いや、仕留められるのは自分しかいない。そんな密かな自負があったからである。 だが、ガルマ・ザビを謀殺する為にシャアは木馬を利用した。 今でも脳裏に鮮烈に焼き付いているシアトルでの光景。 そう、あの時自分は、息を潜めている木馬を発見しておきながら、その木馬を討つ事よりも、あえて「復讐」を選択したのだ。 シャア・アズナブルは知らず瞑目している。 その結果、シャアは辺境の潜水鑑部隊に左遷され、木馬を追う権利を失ったのである。 「大佐、ハマーン嬢の収容は完了しました」 地上に降り立ったアンディがシャアにそう声を掛けたのと、眼前の白いMSが08-TX[EXAM]の首を、逆手で構えたビームサーベルで抉り斬ったのはほぼ同時の事だった。 その頭部は放物線を描いて遥か後方の道路脇に落下し、首を失った08-TX[EXAM]はゆっくりと後ろに崩れ落ち動かなくなった。 暫くは臨戦態勢を解かず、倒れたMSの様子を窺っていた白いMSだったが、やがて体勢を戻し建物越しにこちらを静かに見下ろす様に立ち上がった。 「見事なものだ。更に腕を上げたな、ガンダム」 「・・・へっ?」 微かに呟いたシャアの声が耳に入ったバーニィが思わず聞き返したものの、シャアは構わず彼に向き直った。 「あのMSにはこの車両を警護させろ。貴様と2人で何が起ころうと、我々が戻るまでここを死守するのだ。できるな?」 「り、了解であります!」 再度表情を引き締めたバーニィは再び敬礼をシャアに向ける。 このバーナード・ワイズマンという新兵、まだまだ頼りの無い部分があるものの、物怖じしない性格と、任務をそつなくこなす柔軟性は見所があるとシャアは踏んでいた。 アムロという優秀なパイロットが駆る白いMS【ガンダム】と組ませれば、臨機応変に任務を遂行できるだろう。 シャアは期待を込めた答礼をバーニィに返すと、頼むぞと声を掛けてからアンディの待つ地上に飛び降りた。 「大佐」 「うむ、我等も行くぞ。何としてでもクルスト・モーゼスを見つけ出すのだ」 施設内部に戻る前にふと視線を感じたシャアは背後に立つガンダムを振り返った。 瞬間、シャアの身体を再び電流の様な緊張感がぞわりと駆け抜ける。 白いMSは、シャアを見ていた。 人間を模したデュアルセンサーとシャアの双眸が中空でぶつかり見えない火花を散らす。 しかしガンダムは次の瞬間、シャアから視線を外し、ゆっくり背を向けると周囲警戒態勢に入ったのである。 「・・・そうか、もうお前と戦う事は無いのだな」 そう呟いたシャアは言い知れぬ安堵感と引き換えにした一抹の寂寥感を胸に、アンディを伴い、再び施設の建物の中に消えたのだった。 736 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:36:51 ID:NzTR5ps.0 ドアン達一行の前にやがて、小学校の体育館を二つ並べた程の空間が開けた。 ここが施設の最深部、脱出専用の中型潜水艦が格納されている地下ドックである。 施設のあちこちで次々と巻き起こる爆発の中、一隻のみの潜水艦は健在だった。 地上の喧騒が嘘の様に、現在ここには誰の姿も無い。 潜水艦は、三分の二程水に沈んだ状態で係留されており、搭乗用可動式タラップが潜水艦上部の閉じたメインハッチに接合されている。 彼等をじっと待ってくれていた潜水艦の前でドアンは安堵の溜息を漏らした。 一息つく事もせずドック中央にある制御室に駆け込んだドアンは、UHT認証――マスターコードを入力して外部から潜水艦のロック状態を解除する。 プシュッという圧力音と共に潜水艦上部のメインハッチが静かに開いた。これで潜水艦は再び使用可能となったのである。 「よし。急いで子供達を乗り込ませよう。小さい子から順にだ」 ミハルやララァと共にタラップ上で子供達を誘導するナナイに制御室から出てきたドアンは感謝の目を向ける。 ザビ家直属の情報部が使用する車両、船舶、航空機に設定されている機密性が極めて高いマスターコード。 それを書き換える事ができたのは、コードデータを密かに解析したナナイの手腕があったからである。 長い時間を掛けて彼女と練り、積み上げてきた脱出計画が一つ一つ実を結んでいる。 遠大に見えた計画があと少しで完遂しようとしているのだ。 「旦那にゃ無用の忠告かも知れねえが、気を付けてな」 「恩にきる。ここまで順調に事が運んだのは君達のお陰だ」 「まだ爆発は起きるかも知れん。最後まで気を抜くなよ」 後方を警戒しながら声を掛けて来たコズンとクランプにドアンは深く頭を下げた。 50人もの子供達を引き連れての移動中、トラブルに見舞われなかったのは、やはりマッドアングラー隊の随行があればこそであった。 「ここからはもう我々だけでやれる。君達も、一刻も早くここから脱出してくれ」 ドアンとがっちりと握手を交わしたクランプとコズンが背を向けた時、気が付いた様にドアンは彼等を呼び止めた。 「礼と言っては何だが、いくつか俺の知っている情報を提供しよう。 これは戦略情報部でも一部しか掴んでいないトップシークレットだ」 コズンとクランプは思わぬドアンの申し出に眼を丸くしている。 「連邦軍はオデッサ攻略にあたって、黒海を挟んだアンカラに兵力を集め始めている」 「何だって!?」 「アンカラに長距離砲撃用MSを多数配置して、対岸からオデッサに砲撃の雨を降らせるつもりらしい。 拠点防衛の為に動けないジオン軍にとって、これは致命的な痛手となるだろう。 ある意味、爆撃機からの攻撃よりも厄介だ。なにしろ誘導兵器では無い分、ミノフスキー粒子のジャミングが効かんからな。場所さえ特定できれば砲弾は確実に命中する。 だが、この事実を掴んでいてもマ・クベは一向に動く気配を見せない。それが何故なのかは知らんがな」 コズンとクランプの顔から音を立てて血の気が引いた。 オデッサの友軍が『敵の砲撃は黒海の対岸からだ』と気付いた時にはもう手遅れだろう。その頃には既に連邦軍は防御陣形を敷き終えている筈だからである。 そもそも、ただでさえ兵力の少ないジオン軍が、戦闘中のオデッサからアンカラに攻撃隊を別個に振り向けるのはどう考えても不可能だ。 「脱走する俺にはもう関係の無い話だが、こいつはこれからオデッサに飛び込む君達には有益な情報だろう。それから」 「ま、まだあるのか」 冷汗を流しながらクランプは呟いた。必要な情報とはいえ、自軍に不利な状況が次々と判明して行くのは心臓に悪い。 「マ・クベはオデッサ地下に核ミサイルを隠し持っている」 「何だと!?」「マジかよ!?」 クランプとコズンの驚いた声が重なった。 738 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:39:14 ID:NzTR5ps.0 「前時代の遺産らしいがな。奴は戦況が不利と見たら迷わずこいつを発射してオデッサにいる友軍ごと連邦の大部隊を吹き飛ばすつもりだ」 口の中が一気に干上がったコズンが小さくむせた。クランプの手は機関銃を握ったままぶるぶると震えている。 「マ・クベが側近を引き連れて宇宙へ脱出してから核ミサイルは発射されるだろう。 ジオン宇宙軍をそっくり残したまま、一つの基地と引き換えに連邦の大物を多数に含む大軍を殲滅させる、これがマ・クベの【切り札】だ」 もはや彫像の様に表情を無くした二人の前で、ドアンはゆっくりと言葉を続けた。 「その場合、ジオン軍の犠牲者は全てザビ家から『ジオンの崇高な目的の為に散った勇者』として、もれなく十字勲章が贈られる予定だそうだ」 「・・・ふ、ふざけやがって!」 「マ・クベめ・・・そこまでやるか・・・!」 怒りを露わにする2人だったが、その機先を制するようにドアンは言葉を続けた。 「時間が無い。マ・クベに対する恨み言は後にしてくれ。 実は、伝える情報はもう一つある」 「・・・」「オーイ・・・」 げんなりしながら絶句した2人の顔を見てドアンは苦笑する。 「安心しろ、こちらは朗報だ。連邦軍の中にはジオンのスパイが何人も潜り込んでいる。 その中でも最大の大物がヨーロッパ方面軍の一角、西部攻撃集団砲兵司令部を指揮下に置くエルラン中将だ」 「連邦の中将だと!?」 「エルランはオデッサ作戦中、核ミサイルが発射される前に機を見て寝返る。 こいつを上手く利用すれば戦局の一発逆転が可能だろう」 クランプとコズンは思わず目を見交わした。絶望的な状況を打破する一縷の望みが見えた気がしたのである。 「マ・クベに核を使わせないで戦いを終結させるには、圧倒的な勝利が必要だ。いいか、マ・クベもそうだがエルランの動きから絶対に目を離すな」 「ドアン!こっちは良いよ!」 メインハッチから上半身を覗かせてミハルがこちらに向けて大きく手を振っている。どうやら準備が整った様だ。 「俺たちはとりあえずキプロスの近くにある無人島に身を潜めるつもりだ。戦争の早期終結を望むと君達のボスに伝えておいてくれ。 それから、あのアムロという兵士にククルス・ドアンが感謝していたと」 「必ず伝えるぜ!貴重な情報をありがとうよ」 「気をつけて行きな」 ぶっきらぼうな別れの挨拶だったが、軍を抜ける人間に階級差などは意味が無い。 2人ともう一度固い握手を交わした後ドアンはタラップを渡り、彼を手招きしていたミハルを促して潜水艦のハッチの中に潜り込んだ。 クランプとコズンがドックの入り口まで後退した時、丁度そこにシャアとアンディが降りてきて4人が鉢合わせの状態となった。 739 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:40:31 ID:NzTR5ps.0 「大佐!」 「クルストはいたか?」 「残念ながら、それらしき人物は見当たりませんでしたぜ、うおっ!?」 突然鈍い爆発音が響き、ドック奥にある機械室が吹き飛んだ。 それほど大きな爆発ではなかったが、密閉された空間で起こった爆風はシャア達を煽り、その振動はアームに固定されたままの潜水艦を大きく揺さぶった。 「畜生!ここにまで爆弾かよ!」 腰を落とした姿勢でコズンはあたりを見回した。シャア達に怪我は無い。 潜水艦と中の連中は無事だろうかとドックの様子を伺おうとしたコズンだったが、彼の携帯する通信機が短いアラームを何度も鳴らした為に慌ててそれを耳に当てた。 『そちらは無事か!?』 スピーカーの向こうからドアンの緊迫した声が聞こえる。 「旦那か!こちらは心配ない。そっちはどうだ?」 『船体のダメージは無さそうだが・・・むっ!?』 「どうした!?」 『隔壁が開かん・・・!どうやら今の爆発で何らかのセーフティが掛かったらしい!』 「何だと!?ちょっと待ってろ!」 外海と隔てる隔壁がシーケンス通りに開かなくては潜水艦はここから脱出する事ができない。 コズンが慌てて首を巡らすと、水路に張り出したデッキの突端に隔壁の手動スイッチが確認できた。 「OKだ。デッキの端っこに手動開閉装置がある。遠隔操作が無理なら手動で隔壁を開けてやる!」 「待て!それは許可できん!」 瞬間、壁に掛けてあったパーソナルジェットを手に勢い良く飛び出そうとしたコズンをシャアが厳しい声で制したのである。 驚いた顔でコズンが聞き返す。 「な、何故です!?このままじゃ!」 「良く見ろ。開閉装置の真後ろにある圧搾空気タンクに炎が迫っている。恐らくあれは、数分持たずに爆発するだろう」 「・・・!」 コズンが見ると、確かにシャアの言う通り、先程の爆発で生じた炎が舐める様に圧搾空気を表すアルファベットが書かれた中型のタンクを覆っている。 その一部は既に熱で変形しているようにすら見える。 「ランバ・ラルから預かった大事な部下をむざむざ危険な場所にやる訳にはいかんのだ。これからの事もある。無駄死には、許さん」 「・・・・・・!!」 手動装置が爆発に巻き込まれて使用不能になる前に作動させなければ潜水艦の退路は絶たれてしまう。しかし・・・ ぎゅっと唇を噛んで絶句したコズンの手からシャアは通信機を抜き取った。 「シャア・アズナブル大佐だ。手動スイッチ周辺が現在極めて危険な状況にある。 我々はこれ以上、手を貸す事ができない。悪く思うな」 『・・・いえ。これまでの御協力を感謝します。我々の事はお気になさらず脱出して下さい。こちらは、私が何とかします』 「・・・健闘を祈る」 クランプ、アンディ、コズンからの絶望的な視線を受けながらシャアは冷徹に通信を切った。 部隊長としての判断は間違ってはいない。そう自嘲しようとしたシャアの眼がその時、信じられない物を見るが如く見開かれた。 潜水艦上部のハッチが再び開き、そこから赤い髪をふたつのおさげに結わえた少女が飛び出したのである。 それは、シャアに哀れみの視線を向けて可哀相だと言った、あの、そばかす顔の少女だった・・・! 740 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:41:39 ID:NzTR5ps.0 シャアが見る間に少女は自ら出て来たハッチを閉めると、勢い良くタラップを駆け降り、ステップを伝って手動開閉装置に向かって走り出した。 「おいバカ!何やってんだあいつは!?」 コズン達も仰天している。今その場所に近付くのは自殺行為だというのはタンクの周囲で燃え上がる炎を見れば素人だって判る筈なのだ。が、少女は走るスピードを緩めない。 その時再び、シャアの持つ通信機にドアンからの呼び出し音が響いた。 『通信を横で聞いていたミハルが勝手に出て行ってしまった! スイッチを手動で動かすつもりだ!頼む!彼女を止めてくれ!!』 「何だと・・・自から望んで危険な場所に赴くというのか!?何故だ!?」 「仲間の為ですよ!」 顔を伏せたままのクランプが大声を出した。驚いた様にシャアが振り返る。 「・・・損得や理屈抜きに、あの子は皆を助けたいと思ってるんでしょう」 「馬鹿な!」 仲間と言っても所詮は赤の他人に過ぎない。 いくら仲間が助かったとしても、自分自身が死んでしまっては意味が無いではないか。 誰だって自分が一番可愛い。どんなに綺麗事で飾ろうと、土壇場で人は自らのメリットを考えて行動するものだ。 それなのに、何故あんな人間がいるのだ。 シャアはふいに眩暈を感じた様にふらついた。 それはシャアの中に巣食うシニカルな何かが否定された瞬間だった。 これまで心に刻んで生きて来た普遍的な認識が、目の前の少女の行動でがらがらと音を立てて崩れてゆくのが判る。 勢いを増す火勢に煽られながらもミハルは何とか装置の前に辿り着いた。 少女はためらい無くコンソール中央に設えられた大きなレバーに手を伸ばす。が、ビクともしない。全体重を掛けて思い切り引いてみたが、一ミリすら彼女の力では動かす事ができなかった。 炎は既に彼女の背後まで迫り、熱で炙られたミハルの全身からは珠の様な汗が噴き出している。 この場所にドアンを来させる訳にはいかなかった。 彼にもしもの事が起きれば、潜水艦を操縦する人間がいなくなってしまうからである。 『ミハル!聞えるか!?何て無茶をするんだ!!』 「ドアン!?」 コンソールパネルには固定式の通信機が組み込まれている。これによりオープン回線で潜水艦内の人員と外部の作業員が直接会話できる仕様になっているのだ。 ミハルはすぐに突き出ているマイクに口を寄せた。 「操作が良く判らないんだ!レバーがびくともしないんだよ!」 スピーカーの向こうでドアンがぐっと息を呑むのが判った。 事ここに至ってはミハルの無茶な行動を叱り付けるのは後回しだった。 『・・・良く聞いてくれ。まずパネルの右上にある透明なカバーを弾き上げて中の赤いボタンを押すんだ。 そうすると大きなレバーの右横にあるランプがグリーンに変わる筈だ』 「・・・うん、緑に変わった!」 『これでレバーは動かせる筈だ。やってみてくれ』 「あ、やった!動く動く!これでいいの?」 『レバーを最下段まで押し下げたら今度は・・・』 その後幾つか与えられたドアンの指示をミハルは的確にこなし、遂に手動操作は完了し、潜水艦の前面にある隔壁がゆっくりと開き始めた。 「あはは!やったあ!扉が開いたよドアン!」 『手動操作でゲートを開いた場合、シーケンスは全自動で行われるから、モタモタしていると潜水艦は隔壁間に閉じ込められてしまう。ミハル、急いで戻って来てくれ!』 「わかっ・・・・・・・・・!」 身を翻したミハルの背後にあったタンクが爆裂したのは、その時だった 741 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:42:35 ID:NzTR5ps.0 強烈な圧力がミハルの身体を跳ね飛ばし、彼女は驚いた表情のまま、不自然な態勢で空中に舞った。 衝撃でほどかれた髪の毛が広がり、眼前を弄って前方に流れるのを見たミハルは、ああ、髪の毛を少し切りたかったなと少しだけ残念に思った。 見る間に視点は天地が逆となり、ミハルは自分が頭から落下しているのだとぼんやり認識した。 この態勢ではどうあっても助かりそうも無いと彼女はまるで人事の様に諦観し目をつぶった瞬間―― ドサリと彼女の身体を包み込む様な衝撃が被ったのである。 驚いて目を開けるミハルの顔の前に、あの無表情な仮面があった。 「ミハルと言ったな?賢くは無い行動を取ったものだ」 「あ、あんたは・・・!」 ミハルは仮面の男に抱きかかえられる格好で宙を飛んでいたのである。 信じられない思いでミハルが首を巡らすと、男の背中にはジェットパックらしき物が装備されているのが見えた。 どうやら彼はこれで空を飛んで来、爆発で吹き飛ばされたミハルを地上スレスレでキャッチしたらしい。 ミハルは思わず息を呑んだ。彼が背負っているのはどう見ても一人用らしきパーソナルジェットである。 こんな真似は神業に近いのだという事は、彼女にだって判る。 続いて二本目のタンクが爆発した瞬間、仮面の男は空中で姿勢をぐるりと変え、ミハルを庇い爆風に自分の背中を向ける姿勢を取った。 「ぐっ・・・!」 「あっ!?」 爆風をもろに背で受ける格好となった仮面の男の頭に何かの破片がぶつかり、男が被っていたヘルメットと共にヘッドギア状のマスクを弾き飛ばした。 その右肩にも鋭い金属片が突き刺さったのを見て、ミハルは小さく悲鳴を上げる。 しかし男は事も無げに手にしていた通信機を口に当てた。 「ミハルという娘は無事保護した。こちらは何の問題も無い」 『大佐!!・・・感謝します・・・ありがとう・・・!!』 ミハルの耳にも通信機の向こうからはドアンの安堵した声が聞えた。 「もう時間が無い。この娘は我々の部隊が預かろう、行け!」 『それは・・・いえ、判りました。口幅ったい様ですが、シャア大佐を信用致します。ミハルを、よろしくお願いします』 「ドアン!」 通信機に顔を近づけたミハルに、ドアンから大佐と呼ばれた男は通信機を向けてやる。 『ミハル、気を付けて行くんだぞ。ジルやミリーは任せろ、この戦争が終わればまた逢える』 「うん!うん!ドアンも元気でね!ララァやみんなも!」 742 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:43:18 ID:NzTR5ps.0 潜水艦が沈んで通信機にノイズが掛かり、会話ができなくなると、シャアは手近な地上に降り立ち膝をついた。 素早く彼の腕から降りたミハルは、シャアが勢い良く肩に刺さった鉄片を抜き取るのを見て思わず目を背けた。 破けた軍服からは血が流れ出しているが、生地の色が赤い為、注意して見なければ全く見分けが付かない。 「私がケガをした事を、他の人間には絶対に話さないでいてくれ」 「え・・・で、でも・・・!」 「部下にリスキーな行動を禁じた私が、リスキーな行動でケガをしたのではサマにならん。 私にも面子というものがあるのだ」 ミハルは、強がりながら痛みを堪えて苦笑いしているシャアの顔をまじまじと見つめた。 あの冷たく無表情に見えた仮面の下には、こうも人間らしい表情を浮かべる素顔があったのだ。 「シャア大佐!ご無事ですか!」 慌てて駆け寄ってくるクランプら三人がそばに寄る前に、シャアはポケットから予備のマスクを取り出して素早く装着し、立ち上がった。 「みっともない所を見せた。ヘルメットが無ければ即死だったかも知れんな」 「いやいや!さすが大佐だ!あんな芸当は大佐以外誰もできませんぜ!」 「パーソナルジェットを引っ掴んで大佐が飛び出した時はどうしようかと思いましたよ!」 「潜水艦も無事出奔したみたいで何よりです。我々も急いで脱出しましょう」 コズンやクランプ、アンディと会話するシャアの挙動はキビキビとしており、肩口に裂傷を負っている様にはとても見えない。 ミハルはその場にいる兵士とは全く違った眼差しをシャアに向けていた。 「ん、そう言えばこの娘は?」 「戦場では民間人を可能な限り保護する義務がある。我々と行動を共にさせるしかあるまい」 明後日の方向を向きながら冷たく答えたシャアを見て、ミハルはくすりと笑みを漏らした。 何だか目の前に立つシャアが、意地っ張りのガキ大将に見えたのである。 「みんなを助けてくれてありがとう。あたしはミハル・ラトキエ。よろしくね」 そう言いながら一同に向けてぺこりと頭を下げたミハルを、シャアはさりげなく肩越しに振り返って見つめていた。 788 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16:23:50 ID:NrK.Pzgw0 「だから駄目だって言ってるだろう!この車両は譲れない。他を当たってくれよ!」 サムソントップの側窓から上半身を乗り出した姿勢で眼下を見下ろしながら、やや困った様に、しかし断固とした強い口調でバーニィは声を張り上げた。 「頼む!怪我人がいるんだ!搬送用のエレカが足りない。このトラックなら大勢の人間が運べるだろう!?」 地上から見上げ、バーニィに懇願している男の着ている白衣は泥と血で汚れている。 その姿は施設から命からがら逃げ出して来た状況を雄弁に物語っており、必死な口調のなによりの証明であった。 しかし、バーニィは厳しい表情で頑なに首を振ると、助手席に置いてあったマシンガンを男に掲げて見せたのである。 「駄目と言ったら絶対に駄目だっ!それ以上近づくと実力で排除せざるを得ないぞ!」 見るからに童顔で人の良さそうな青年兵士に突然突きつけられたマシンガンの銃口に、白衣の男は顔を引き吊らせた。 「お、お前は鬼か!人でなしめ!」 「何と言われようが駄目なものは駄目なんだ!」 同じ様な用向きの申し出を、こうして威嚇込みで断ったのはもう何人目だろうか。 大声で悪態を吐きながら退散して行く白衣の男の後ろ姿を見ながらバーニィは小さくため息をつきながら目を転じた。 今や施設のあちこちは倒壊し、火の手こそ見えないものの薄ぼんやりと煙が周囲に立ちこめている。 先ほどから、慌ただしく何台もの車両がサムソントレーラーの前を通り過ぎてゆくのが否応なく目に入っている。 そのどれもが施設から脱出して来た施設職員を乗せている。 施設内に爆発物が多数仕掛けられている事が明らかになった為、一時的にジオン軍御用達の港湾施設にケガ人を含む関係者全員を避難させる事になったらしかった。 しかし施設に配備されていた車両は思いの外少なく、小型車両でのピストン輸送を余儀なくされていた。 元来他人と歩調を合わせるのを苦手とする研究員達は我先にと車両に殺到し、そこには殺伐とした争いすら生まれていたのである。 更にはパニックに陥っている施設職員達をまとめ上げるリーダーがいないという事態が混乱に拍車をかけた。 施設の長たるクルストの失踪と、ニムバスら屍食鬼隊MSの暴走によって保安要員が壊滅してしまった為である。 入り乱れる車両の中には民間業者も混じっていた為、今や施設の表門から搬入口にかけては、入れ替わり立ち替わり出入りする車両で大混乱の様相を呈していた。 表からこそ見えないものの、施設の裏手に目を移せば飴細工の様にひしゃげ曲がった防護フェンスが張られたままの中庭には未だ無残な姿を晒したままの亡骸が累々と転がったままの惨状であった。 だが、何があろうとこの車両を明け渡す訳にはいかない――― そう気合を入れ直したバーニィの顔が、パッと輝いた。 シャア達クルスト捜索部隊が続々と施設から戻って来たのである。 789 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16:25:07 ID:NrK.Pzgw0 「ご苦労だったワイズマン伍長」 「はっ・・・!」 眼下から掛けられたシャアの声に万感の想いを込めて敬礼で答えたバーニィは、一行の中に見慣れない少女がいるのを見て眼を丸くした。 「あたしはミハル・ラトキエ。よろしくね」 クランプに手を引かれて後部ペイロードのドア前までよじ登った少女は、運転席から身を乗り出して見ているバーニィに笑顔を見せた。 「あ、ああ。バーナード・ワイズマン伍長だ」 「いい子だろう?ああ見えて、お前より勇気があるかも知れないぜい?」 「わっ!な、何すんですかコズン中尉!」 事態が今ひとつ理解できず呆けた様に答えたバーニィを車内に押し込めながら、コズンが強引にドアを開けて運転席に乗り込んで来たのである。 「だがな」 自分の尻でシートの横へ横へと押し退けたバーニィにコズンは顔を寄せた。 何事かとバーニィは身を軽く竦ませる。 「間違ってもあの娘に手を出そうなんて思うな。あのミハルって娘はシャア大佐のお気に入りなんだからよ」 「はぁあ!?」 上半身だけコズンにのし掛かられた状態でバーニィは眼を白黒させた。 さっきチラリと見ただけだが、あんなどう見てもイモ臭い、いや、垢抜けない顔をした少女が「あの」シャア大佐に釣り合うとはとても思えない。 「いやでも・・・え?嘘でしょう?」 「バカヤロウ、俺には判る。お前は男と女の、ひいては人生の機微って奴を知らんだけだ」 「そんなもんですか・・・・」 複雑な表情を見せながら、バーニィはコズンの身体を押し戻すと、襟元を緩めてシートに座り直した。 シャアとミハルの一連のやりとりを知らないバーニィには、今は人生の先輩たるコズンの言い分を拝聴するしか術は無い。 790 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16:25:54 ID:NrK.Pzgw0 「ハマーン!来たよ!」 「ミハル!!??」 サムソントレーラーの運転席とは防弾壁で仕切られた後部ペイロードでシートの片隅に身を縮め、心細さのあまり自らの両肩を抱いて震えていたハマーン・カーンは、ドアを開けるなり両手を広げて駆け込んで来たミハルに驚きながらも抱きついた。 「ごめんよハマーン!寂しかっただろ?ごめんよ・・・」 「~~~~~~~~~~~~~~~~・・・・・・」 ミハルの胸にぎゅっと抱き締められたハマーンの眼からは涙が溢れ、咽からは嗚咽が漏れ出るだけで言葉にならなかった。 その様子をミハルに続いて車内に入って来たクランプとアンディが優しい眼で見つめている。 「でもミハル・・・どうしてここに?みんなは?」 「みんな無事に逃げられたよ。大佐が、あたしとみんなを助けてくれたのさ」 涙でべしょべしょのハマーンの顔をハンカチで拭ってやりながらミハルは誇らしげに答える。 が、その途端にハマーンはさっと不安の色を滲ませた。 「大佐って・・・あの赤い色の服を着た・・・?」 「そう。シャア・アズナブル大佐。本当は、とっても優しい人だったんだよ」 くすくすと面映ゆそうに笑うミハルをハマーンは不思議な顔で見つめている。 偶然にもサムソンの運転席とペイロード、同じ車両上のそれぞれ独立した空間には、現在それぞれに怪訝な表情を浮かべた最若年層の2人が振り分けられていた。 そしてコズン言う所の人生の機微とやらを理解するには、まだまだ彼等には時間が必要らしかった。 聞くとは無しに彼女達のやり取りを聞いていたクランプの鼻の奥がツンと痛む。 彼等の主であるシャアを『優しい人』と評した少女に、少なからず心が震えてしまったのである。 不意に上を向いたクランプの肩に、アンディがにっこり笑いながらポンと手を置いた。 826 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:27:23 ID:7eqOoE8g0 コックピットにアラームが鳴り響く。 急いで通信ボタンをONにすると、飛び込んできたのは興奮気味にまくし立てる若い声だった。 「アムロ。連絡が遅れてすまない! 今、全員が無事に帰還した。全てが上手く行ったぞ!」 「本当ですかバーニィさん!それじゃドアンさんや子供達も・・・!」 バーニィからこれまでの経緯を含め、全ての事情を説明されていたアムロにとって、それは待ちに待っていた嬉しい知らせだった。 RX-78-XXのコックピットでアムロは小躍りしたくなるのを必死で堪える。が、弾む声までは抑える事ができない。 「おーう、無事に全員が脱出して行ったぜぇ」 「コズン中尉!」 「お、全員じゃねえな。約一名はこっちの預かりだった」 突然通信に割り込んで来た懐かしいコズンの声に、アムロの顔が更に笑顔になる。 どうやらバーニィの横から通信機をひったくったらしい。 アムロには最後のセリフの意味が判らなかったが、それを聞き返す前にいきなりコズンに怒鳴られてしまった。 「このバカ野郎が!みんなに心配かけやがって・・・!」 「・・・すみませんでした・・・・・・」 怒鳴りつつもコズンの声は、掠れていた。 深い安堵の沈黙が数秒間、まるで通信障害でも起きたかの様にサムソンとRX-78-XXのコックピットを包み込む。 瞑目したアムロの脳裏にはあの嵐の海での光景が焼き付いていた。 そう。この優しい人達と、再び会える保証は無かった。 改めて今、自分達は戦場にいるのだという事に気づき愕然としてしまう。 しかしだからこそ、この瞬間に、価値がある。 やがて、小さく一度鼻をすすり上げた音とへへへと言う照れくさそうなコズンの笑いがその沈黙を破った。 「詳しい話は後だ。早いところ戻って来い!さっさと、ずらかるぞ」 「そ、そうだ、ここに長居するのは危険なんだ。急げアムロ」 コズンの横から声を入れているらしきバーニィの声音も、何だかくぐもって聞こえる。 どうやら彼も、コズンとアムロの会話を聞いて感極まっていたらしい。 「それなんですが・・・」 「ん、どうした。何か問題でもあるのか?」 アムロの逡巡を感じたコズンの表情と声が変わる。 「それがですね・・・」 戸惑った様な声がアムロの口から漏れ出る。 先程から彼の目は、施設の中庭を映し出しているモニターに、正確にはその中の人影に釘付けになっていたのである。 827 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:28:46 ID:7eqOoE8g0 ニムバス・シュターゼン大尉は、破壊された08-TX[EXAM]のコックピットからようやく這い出す事ができていた。 特異な形状のヘルメットを脱ぎ捨てた彼は、堪え切れずにその場で膝をつき、二度、三度と地面に向けて嘔吐する。 脳が痺れ、掻き出される様な不快感はまだ残留している。 涙を浮かべ胃の内容物を吐き出しながらニムバスはEXAM起動時の猛烈な違和感を思い起こし、こうして意識を保っていられたのがまるで奇跡の様だと思えるのだった。 実際、ニムバスの強靭な意志がEXAMに晒された自身の精神を繋ぎ止めていたのだが、現在彼の中に有るのは惨めな敗北感のみであった。 クルストからはEXAMとはパイロットのサポートシステムだと聞かされていた。が、実際は逆であった。 システム起動と同時にニムバスは身体をEXAMに完全に乗っ取られ、憐れな傀儡と化したのである。 クルストに騙され、填められたのだと気付いた時にはもうどうする事もできなくなっていた―――― しかしNTならぬニムバスにはアムロとハマーンの意識レヴェルの邂逅こそ感知できなかったものの、彼の身体を介して展開されたMS戦闘は明瞭に「感じ取る事」ができていた。 そして衝撃的な事に、彼の身体を乗っ取ったシステムの技量は荒削りながらも明らかにニムバスのMS操縦技術を凌駕していた。 にも関わらず、結局そのシステムが操るMSは眼前の敵に破れてしまったのである。 クルストにまんまと騙され、システムの支配に負け、システムの技量にも負け、そのシステムの操るMSも眼前の敵に破れ去った。 それは流石のニムバスも、自分の実力とは、たかがその程度のものだったのだと強制的に認識せざるを得ない程の、見事なまでの負けっぷりであった。 ニムバスの人生において、ここまで完璧に叩きのめされた経験はかつて無い。 いっそ清々しいと言える程の完膚なきまでの敗北に、悲しみの涙すら出ない。 さっき嘔吐しながら滲んだ涙は、そういったものとは質の違う涙なのである。 「ぐっ・・・・・・」 それでもニムバスは体の力を振り絞り、全てを投げ出し倒れ込む事無く立ち上がった。 自分は屍食鬼隊の隊長で有るのだという辛うじて残った責任感が、彼の意識を失わせる事をギリギリの所で拒んだのである。 自分の意識喪失中に何が起こったのか、彼の搭乗していたMSのすぐそばに一体、少し離れた施設の脇に一体、彼の部下が搭乗している筈の08-TX[EXAM]が無残な姿で転がっている。 もしMSの内部に部下が取り残されているのならば、隊長として放っておく事はできない。 ニムバスはふらつく足で手近な08-TX[EXAM]に近付くと、コックピットブロックの下を覗き込んだ。 MSは、うつ伏せに倒れ地面にめり込んでいる為にハッチを開ける事は不可能であった。 事態を確認するとニムバスは、自身の両手を使い、黙々とMS下の瓦礫をどかし、土を掘り始めた。 やがて手袋の先が破れ、指先に血が滲んだが気にもしない。まるでその行為が贖罪でも有るかの様にただひたすら彼は土を掘り続けた。 『あの・・・お手伝いしましょうか・・・?』 どの位の時間がたったのだろうか。突然背後から掛けられた外部スピーカーによる音声に、泥だらけになったニムバスは虚ろな瞳でのろのろと振り返った。 焦点の合っていなかった彼の目が、その巨体を見上げながら次第に正気を取り戻してゆく。 「連邦の・・・MSだと!?」 ニムバスはいつの間にか背後に立っていた白いMS――RX-78-XX――に向けて腰のホルスターから銃を抜きかけた。が、一瞬自嘲的な笑みを浮かべると、彼はどうでもいいとばかりに自らの銃から手を離したのである。 「・・・いや。どんな奴であろうが今は助けが有り難い。 すまんがこのMSを裏返してくれ。出来るだけそっと頼む」 『判りました。下がっていてください』 「恩にきる」 本人はそれに全く気がついていないが、プライドが異常に高く鼻持ちのならなかったかつてのニムバスを知る者が聞いたら耳を疑う様な台詞を彼はさらりと口にしていた。 “弱い自分”に余計な拘りなど意味が無い。それよりも使えるものなら何でも使わせてもらう。そして、そんな“弱い自分”を助けてくれる者には、素直に感謝する。 今や彼の思考は極めてシンプルであった。 徹底的に打ちのめされた事で余分な険と肩の力が抜けたニムバスは、憑き物が落ちたかの様に実に自然体であった。 828 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:29:46 ID:7eqOoE8g0 やがて、小さな地響きを立てて仰向けにされたMSのコックピットハッチを開放したニムバスは、中にいたクロードを、同様にもう一体の08-TX[EXAM]からもクローディアを引きずり出す事ができた。 二人とも見た目に外傷は無い。が、ヘルメットを外され、地面に仰臥して寝かされたクロード、クローディア共、眼は開いているにも関わらず意識が無かった。 呼吸はしているものの半開きになった口からは涎が零れ落ちている。 ニムバスが何度も耳元で彼らの名を呼び、叫んでも二人の瞳は正気の光を取り戻す事は無かった。 やりきれない表情でその場にヘたり込み、がっくりとうなだれたニムバスの横手から、その時声が掛けられた。 「二人を表門まで運びましょう。今ならまだ病院に向かうエレカに間に合うと思います」 疲れ切った表情で見上げるニムバスの前には、少年とおぼしき赤毛のジオン軍兵士がしゃがみこんでいた。 学徒兵だろうかと一瞬ニムバスがいぶかしんだのも無理は無い。それほどその兵士は若かったのである。 しかしその瞳の色は深く、年齢にそぐわない落ち着いた雰囲気を醸し出している。 ニムバスには判る。これは断じて、うわついた若造にありがちな虚勢やハッタリではなく、堂々とした自信に裏打ちされた漢の目だ。 恐らく、この少年兵がくぐってきた修羅場は一つや二つではないのだろう。 自らを常に最前線に置き、死線を幾度も乗り越えて来たニムバスならばこそ、それが判る。 「なるべくコックピットには衝撃が伝わらない様に、皆さんのMSは無力化したつもりだったんですが・・・」 何気なく漏らした少年兵のつぶやきに、ニムバスの目が見開かれる。 「何だと!?それではまさか貴様が・・・あの06R-3Sのパイロットだったと言うのか!?」 「は、はい。でも06R-3Sは少尉と戦って壊れました。これは連邦軍からの鹵獲品です」 目の前の少年兵は、倒れ伏した08-TX[EXAM]の遙か後方に片膝をついて搭乗降着姿勢を取ったままでいる06R-3Sを指さし、彼の後ろに立つMSを見上げた。 「なんという・・・・・・」 【ジオンの騎士】を気取っていた自分は、こんな年端もいかぬ少年兵に叩きのめされていたのである。 もはやニムバスの口からは乾いた笑いすら出てこない。 いくらこの少年が戦場で経験を積んでいるのだとしても、踏んだ修羅場の数ならばニムバスには、ジオン軍の誰にも引けを取らない自信があった。 つまりそれは戦士としての資質の差―――― 「急ぎましょう」 内心の葛藤で動けなくなってしまったニムバスを促すように少年兵はクローディアを背負おうとしている。 我に返ったニムバスは急いでクロードを背負うと少年兵の隣に並び施設の表門に向けて歩き出した。 ここからだと、ひしゃげた破防壁を抜け、ぐるりと施設の建物を回り込んで行かねばならない。 829 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:31:04 ID:7eqOoE8g0 「・・・貴様は、何故こんな所にいるのだ」 少年兵に視線を向けずにニムバスはポツリと訊いた。 それは、様々な事実を受け止めねばならない彼が飽和状態の思考の中で紡ぎ出した、あまりにも漠然とした問い掛けだった。 が、少年兵はその質問を、違う意味と捉えたらしい。しばらくの沈黙の後、彼もニムバスを見ずに口を開いた。 「最初は単なる意地でした」 そして少年兵はニムバスを振り向かずに言葉を続ける。 しかし口調が明らかに変わり、その顔には微かな笑みすら浮かんでいる。 「でも今は違います」 信念を宿した言葉には力がある。ほう、とニムバスは思わず彼の横顔に見入った。 羨ましい、と彼は素直に嫉妬し、苦渋に満ちた顔で赤毛の少年から目を逸らし口を開いた。 「私には、命を懸けて守ってやりたい女がいた。 私とは身分が偉く違うが・・・その女の為に戦う事に誇りと喜びを感じていたのだ」 「・・・」 少年兵は歩きながらニムバスの言葉をじっと聞いている。 「その女の為ならば危険な場所にも真っ先に飛び込んだ。 誰よりも長く戦場に留まってその女の歩く道を切り開こうとしたのだ。 余りに凄惨な現場に怯え、逃げだそうとした上官を手に掛けた事すらある」 「・・・」 「だがどうやら私は、その女に利用されたあげく、アッサリと捨てられてしまったらしい」 「そんな・・・」 衝撃を受けた様に少年兵は歩みを止めた。 ちょうど建物の角を曲がった直後である。そこは車両と人員がひしめき合う正面搬入口の外れに位置していた。 明らかに多数の怪我人を乗せていると判る中型のエレカに人を掻き分け近付きながら、ニムバスは言葉を続ける。 「別にその事はいい。私に力が無かったのと、人を見る目が無かっただけの話だ。 が、お笑い草なのは間違いない」 既にクレタ島に送られた時点で、キシリアにとってニムバスなぞ、どうなろうが構わない存在になっていたのだろう。 彼の崇拝するキシリア・ザビは、人体モルモットとしてニムバスをクルストに払い下げたのである。 状況を冷静に見れば、そうとしか考えられない。 今までは”状況を冷静に見る事”ができていなかっただけなのだ。自分の事を客観的に見るしかなくなった今ならば、認めたくなかった現実、知りたくなかった真実も受け容れる事ができる。 クロードとクローディアの2人を黙々とエレカのシートに座らせたのに続き、自分もエレカに乗り込もうとしたニムバスはしかし、運転席から顔を出した白衣の男に大声で遮られた。 「怪我人はまだいるんだ!ピンピンしてるあんたは後だ!」 「この2人は私の部下だ!」 ニムバスも大声で怒鳴り返すが、男は面倒臭そうに声を荒げた。 「軍人さん!病院行きの貴重なエレカのスペースにあんたを座らせる余裕は無いな! このエレカは心配しなくても港湾施設内のメディカルセンターへ直行する! 重傷者はそこからアレキサンドリア基地に搬送だ!悪いがあんたの出る幕はねえよ!」 つまり役立たずは去れと言っているのだ。 ニムバスは黙り込んで頷き、彼の部下達を一瞥してからエレカを離れた。 所在無いその姿に少年兵が思わず後ろから声を掛ける。 「待って下さい!大尉は、これからどうされるんです?」 「・・・見ての通り私の部隊は壊滅し、上司のクルストも姿を消した。 私はその責任と能力を問われる事になるだろう。 恐らく降格され、一兵卒としてオデッサの最前線に送られるだろうが、なに、それは望むところだ。 せいぜい派手に散り花を咲かせてやる」 「だ、駄目ですよ!」 凄絶な笑みで質問に答えたニムバスに、赤毛の少年兵は目の色を変えて詰め寄った。 その必死の形相を怪訝そうに見返すニムバス。 830 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:32:52 ID:7eqOoE8g0 「絶対に死に急いじゃ駄目です!死に場所を勝手に決めないで下さい!」 「貴様に何が判る!私にはもう信じられる物は何一つ残っていないのだ!」 敬愛していたキシリアにも、直属の上司たるクルストにも、自身の実力にすら裏切られた、それは血を吐く様なニムバスの叫びだった。 「それでもです!」 「何だと!?貴様、私にこれ以上、生き恥を晒せと言うつもりか!!」 「そうです!無駄に死ぬよりはずっとマシだ!」 「貴様ッ・・・・・・!」 我知らず少年兵の胸倉を掴み上げていたニムバスはしかし、強い光を湛えた彼の瞳に射竦められた。 「殴りたいなら殴って下さい。 うまくは言えませんが僕は・・・いろんな人に命を救われたから『ここ』で生きています。 だから僕の命は僕だけの物じゃない。最後の最後まで足掻いて生きる義務がある。 あなただって、そうでしょう?」 「・・・・・・」 絶句したニムバスの脳裏に戦死して行った彼の部下達の顔が次々と浮かぶ。 確かにこのまま死んでしまっては、ジオンの栄光を夢見て死んだ彼等に合わせる顔が無い。 「ならば、私の部隊に来るがいい」 「!」「!?」 少年兵とニムバスの後ろにはいつの間にか真紅の軍服に身を包んだ仮面の男が立っていた。 二人とも会話に夢中になり過ぎてこの男の接近に全く気がついていなかったのである。 「シャア・アズナブル大佐だ。話は聞かせて貰った」 「・・・・!!」 「シャア・アズナブル・・・【赤い彗星】か・・・!」 まるで電光に撃たれた様に表情を無くした少年兵の横でニムバスは彼の名を複雑な表情を浮かべながら反芻した。 以前のニムバスであればジオンきってのエースに敵愾心をむき出しにしていた所だろう。 「私の部隊はこれからオデッサに向かう。パイロットは一人でも多い方が良い」 「ふ・・・員数合わせという訳ですか。なるほど、今の自分には、ふさわしいですな・・・」 既にプライドをずたずたに切り裂かれているニムバスにとって、もはやそこは憤慨するポイントではない。 が、やはり他人から下される自身の低評価には一抹の寂しさがある。 「それだけではない。もしかしたら貴様に【信じられる物】とやらを与えてやれるかも知れん」 「・・・軽く見られたものですな」 ニムバスの両目がすっと細まった。 自信は砕かれたが誇りを捨てた訳ではない。 ニムバスの瞳の奥に上官のシャアに対して剣呑な光が新たに宿った。 しかしその苛烈な光は生きる活力となり、消えかけていた彼の魂に再び火を入れる結果となった。 不敵な輝きを取り戻したニムバスの目が、信じる物は自ら見つけ出さねば意味などないと言っている。 恩着せがましく押し付けられた糧を跳ね除ける力ぐらいは、今のニムバスにも残っているのだ。 831 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:33:59 ID:7eqOoE8g0 「私と来いニムバス・シュターゼン、貴様の噂は聞いている。 悪い様にはしない。今はこれだけしか言えんがな」 「判りました。しかし大佐の部隊に入るにあたって一つだけ条件があります」 そう言いながらニムバスは挑戦的な眼をシャアに向ける。 駄目ならダメで結構、上官侮辱あるいは不敬罪で処罰するなら勝手にしろという不敵な面構えである。だいぶ調子が戻ってきた様だ。 本来、上官に向かって条件を付けるなど言語道断の行為だが、今のニムバスの心境はある意味怖いもの無しであった。 仮に相手がギレン総帥であっても同じように注文を付けた事だろう。 「・・・言ってみるがいい」 この泥にまみれた男が一体どんな要求をするのか。興味深そうな声音でシャアが聞き返す。 しかしニムバスは一旦シャアから視線を外し、何と横に立つ少年兵を振りかえった。 「貴公の名前と階級を教えて頂きたい」 「あ・・・アムロ・レイ・・・准尉です」 「承知」 戸惑いながら答えた赤毛の少年を見てニムバスはニヤリと笑い、軽く頭を下げてからシャアに向き直った。 「私の階級など何でも結構。自分を、アムロ准尉直属の部下として配置して頂きたい」 「えっ・・・!?」 ニムバスの横には目を丸くした少年兵が立ちすくんでいる。 現在ニムバスは大尉でありアムロの遥か上官にあたる。 つまりニムバスはアムロの下に付く為にわざわざ自身の降格を申し出ているのだ。どう考えても正気の沙汰ではない。 しかしシャアは顎に手を当てると感心した様に口元を綻ばせた。 「なるほど。伊達に戦場を渡り歩いて来た訳ではないという訳か、慧眼だな」 「私は今、放り捨てた命をアムロ准尉に拾われ突き返されたのです。 ならばその命、有効に使わせて頂く所存」 「ま、待って下さい!僕に部下なんて・・・!」 「良いだろう。准尉を筆頭に小隊を組む場合はその様に取り図ろう」 「有り難き幸せ」 焦るアムロを尻目に畏まった拝礼の姿勢を取ったニムバス。彼の入隊はそれで決まってしまった。 832 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01:34:36 ID:7eqOoE8g0 シャアに促されサムソンに向かうニムバスの後姿を見ながらシャアは――― 始めてアムロ一人だけに向き直った。 「アムロ君と言ったな?君と、こうして生身の身体で相対するのは、初めてだな」 辺りには慌しく行き交う人々の喧騒と次々通り過ぎるエレカの巻き起こす砂煙が濛々と立ち込めている。 こんな雑踏の中での邂逅など予想してもいなかった。が、今はこの騒がしさが逆に有り難いと2人には思える。 「まずはアルテイシアの事、礼を言う。君がいなかったなら、私は恐らく木馬を撃墜していただろう」 シャアは完全にアムロがガンダムのパイロットだという事を前提に話をしている。 凄い自信家なのだなとアムロは思う。だが傲岸ではない。その推量は正しいからだ。 「いいえ。僕は僕のやれる事をやっていただけですから」 気負いは無い。そして以前戦っていた時と比べて随分安定している。そうシャアはアムロを分析した。 落ち着きが出た分、凄みを増しているのだ。 「私は、木馬に関して君の取った行動の理由をいまさら聞こうとは思わん。 君が私と共に戦う同志となった。その事実だけで、十分だ」 「・・・!」 シャアの言葉にアムロは驚く。何と、さも愉快そうにシャアが笑っているではないか。 これは決して演技などではない、まるで恋焦がれた思い人をようやく手に入れたかの如く、シャアは心の底から自分という人間を歓迎しているのだとアムロは直感した。 「君は、君の信念で戦え。そして、君にしかできない事をやってみせろ」 「僕にしかできない事・・・」 シャアの言葉はアムロの肩に入りかけていた余分な力を抜くのに十分だった。 この人の下でやっていけるかも知れない、そう思わせる何かがそこにはあった。 「良く来てくれたアムロ・レイ。頼りにさせて貰うぞ」 「はい、よろしくお願いしますシャア・アズナブル大佐」 それはシャア、アムロ共に、自身が驚くほど素直な言葉だった。 そしてまるで磁石が引き合うかの様に、自然と差し出されたシャアの右手をアムロも自然に握り返した。 ――――遂に両雄は並び立った。 連邦とジオンのトップエースがここに、轡を並べたのである。 893 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 01:18:46 ID:MXT8s4bM0 [2/5] 「皆さん!お久ぶr」 「うらァ!」 「わぁっっ!?」 ペイロードのハッチを開け、勇んでサムソンに乗り込んだアムロは、内部にいた懐かしい面々を前に頬を上気させ敬礼しようとした瞬間、大声で笑いながら親しげに近付いて来たコズンに・・・突然ヘッドロックを決められて目を白黒させた。 「捕まえたぞコノヤロウ!さあ!俺達を心配させた罪を償いやがれ!」 サムソンの広いサルーンの中、コズンはヘッドロックをガッチリ決めたまま嬉しそうにアムロを振り回し、クランプやバーニィもそれに参加してアムロを寄ってたかってモミクチャにする。 そんな眼前で繰り広げられている手荒い祝福のシーンを、ミハルとハマーンはこれが軍隊式なのかしらと呆れ顔で眺めている。 何せその場の全員が、なにより弄くり回されているアムロ本人がやたらと幸せそうにしているので、諫めるのも何だか憚られる風情だったのだ。 が、しかし――― 「スキンシップはもうその辺で良かろう。准尉への狼藉をこれ以上、見過ごす事はできんな」 頃合を見計らった様に、部屋の隅から進み出て来たニムバスが、アムロの頭を抱え込んでいるコズンの肘に何気無い仕草で手を置いた。 「うお痛てぇっ!?」 途端、肘から先にまるで電流が奔った様に感じたコズンは慌ててアムロを開放したのである。 曲がった肘関節の隙間を触れると腕神経に直接刺激を与える事ができる。 どんな怪力の持ち主であろうと、この際の電流にも似た激痛に耐えて筋力を保持する事は不可能なのだ。 学生の頃、学校の椅子の背もたれに肘の関節をぶつけて指先に電流が奔り、持っていたペンを取り落とした時の記憶が鮮やかにコズンの脳裏に甦った。 しかしこの動作を狙った相手に対して一瞬のうちにこなすには、それ相応の知識と経験が必要であることは言うまでもない。 この技は主に掴み合いになっている喧嘩の仲裁をする時などに揮われる。つまりはこの男、相当に鉄火場慣れしているのである。 「准尉、お怪我はありませんか」 「あ・・・いえ、はい、大丈夫ですニムバス大尉」 「それは何よりです」 恐縮して頭を下げるアムロに対して余裕の笑みを見せながら、あくまでも慇懃な態度を崩さないニムバス。 それはどう見ても時代がかった主従関係にしか見えない。もちろん主がアムロで従がニムバスという構図である。 こいつは何がどうなってやがるんだとコズンは痺れの残る腕をさすりながら、怪訝な顔でクランプやバーニィとしきりと顔を見合わせている。 彼等の様子を後ろから眺めながら、ミハルとハマーンはつい先程ニムバスが単独でこのサムソンに乗り込んで来た時の事を思い出していた。 泥の様な睡魔に抗いきれずシートの片隅でハマーンと頭を預け合ってウトウトしていたミハルは、外部に通じるハッチが開いた音で目を覚ました。 しかしその途端、ハマーンの身が小さく強張り、微かに震え出したのである。 彼女の視線の先には今しがた入ってきたばかりの男がいる。一体どうしたのだろうとミハルが不審に思ったのも無理からぬ事であった。 「本日よりこの隊にアムロ准尉の部下として配属されたニムバス・シュターゼン大尉だ。宜しく頼む」 ニムバスと名乗った金髪の男は厳しい顔でそう言い放ったかと思うと、呆気に取られる一同を無視してペイロードの奥のシートを陣取り、高く足を組み上げ、何と腕組みしたまま瞑目してしまったのである。 そのポーズはつまり他者との会話の拒否、を表明しているのだろう。取り付く島が無いとはこういう態度の事を言う。 このニムバス、階級こそクランプと同じ大尉ではあるが、その何者をも寄せ付けない刺々しい雰囲気はクランプとは対照的であった。 突っ込み所満載であるその発言にも、大尉と言う階級とその物腰から誰も疑問をぶつける事ができない。 突如現れた異分子に、場の雰囲気が次第に重苦しくぎこちないものへと変わって行った――― しかし、そんな正体不明だった男が今、アムロと談笑しているのだ。 まあアムロは少々戸惑い気味にも見えるが、全くもって周囲の人間には訳が分からない。 894 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 01:19:35 ID:MXT8s4bM0 [3/5] 「い、いやしかしアムロが無事で本当に良かった。フェンリル隊の皆もこれを知ったらきっと・・・」 「待て貴様。准尉に対してその口のきき方は何だ」 「うえっ・・・?」 白けかけた空気を読み、アムロへ勤めて明るく声を掛けたバーニィはしかし、ニムバスに睨まれ逆に凍りついてしまった。 「貴様の姓名と階級を聞いておこうか」 「バ、バーナード・ワイズマン・・・伍長・・・であります」 「何だと!?伍長のくせに貴様・・・!」 「や、やめて下さいニムバス大尉!バーニィさんには僕の方から敬語はやめて欲しいとお願いしたんです!」 色を失ったバーニィと激昂するニムバスの間に割り込んだアムロだったが、ニムバスは厳しい顔を崩さず、噛んで含める様にアムロに語りかけた。 「いけません准尉。いくら年下だとはいえ、軍隊において階級は絶対の基準なのです。 仲が良いのは結構ですが、馴れ合いが過ぎると知らず知らずのうちに部隊の士気が緩みます。 それにこんな様子が他の部隊に知れたら物笑いの種になるどころか、我が部隊の信用は確実に失墜する事になるでしょう」 「まさかそんな・・・」 「事実です。規律の甘い部隊が戦場でヘマをやらかす場面を私は何度もこの目で見てきた。 もしも私が他部隊の隊長ならば、そんな部隊には安心して背中を預けられない。 そうなれば事はもう准尉や伍長だけの問題では無くなるのです」 舌鋒は鋭いが、ニムバスの言は極めて正論であった。 アムロ、バーニィはもちろんコズンやクランプすら一言も言い返す事ができない。グゥの音も出ないとはこの事だった。 確かに彼等の所属するラル隊は他の部隊と比べて比較的自由な気質がウリだ。 それは軍属でもないハモンを部隊に同行させている事などからも明らかだ。 が、自由と奔放は違う、そこにはやはり確固としたケジメが必要であるのだと、ニムバスは言外に言っているのだった。 クランプやコズンはアムロに対して軽口を叩くバーニィをまるで問題視していなかった。 しかし、それはある意味、ラル隊の自由に慣れきってしまった結果の、軍隊感覚の麻痺、であったとは言えないだろうか。 例えばバイコヌール基地で出会ったシーマ・ガラハウの部隊も、現在は曹長であるジョニー・ライデンを副指令格として重用していたが、かの部隊は基地指令シーマ直々の裁量で「部隊内に限り」という制限付きで、実績実力が共に申し分の無いライデンにある種の特務権限を与えている稀なケースに過ぎない。 ラル隊における部隊長ラルとハモンの関係も、似て非なるものではあるがまた然りだ。共にあるのは権限を握るトップの意向と覚悟である。 アムロとバーニィという、いわゆる下っ端兵士の個人的な関係である今回のケースとは事情は全く異なるのである。 895 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 01:20:47 ID:MXT8s4bM0 [4/5] 参ったなとガックリうなだれながらもクランプは、ニムバスの糾弾を密かに有り難いと感じていた。 どんなに留意していても、ラル隊の様に孤立した部隊の中では、どうしてもタガが緩むのである。それがいずれ重大なミスを引き起こさないとどうして言えるだろう。 贔屓無し、完全に第三者からの目線。時には外部からのこういった強烈な指摘が秩序の維持には必要なのだ。 もちろん、それを糧にして部隊を再度引き締める事ができるかどうかはその部隊の資質次第ではあるのだが・・・ きまりが悪そうに頭を掻くコズンを筆頭に、消沈してしまったラル隊の面々を前に、しかしニムバスは少しだけ表情を和らげた。 「ですがこの部隊のチームワークの良さは伺えます。互いが信頼という絆で深く繋がっている部隊は、強い」 弾かれた様にラル隊の全員が顔を上げた。 そうそうその通り俺達けっこうやりますよと全ての顔が言っている。 「要は自覚と切り替えがきっちり出来ていればいいという事だ。今後はそれを肝に銘じておけワイズマン伍長」 「はっ!了解でありますニムバス大尉!」 感激し背筋を伸ばして最敬礼を向けるバーニィに頷きながらも、ニムバスは砕けた様に苦笑した。 「ふふふ。だが偉そうな事を言うのもここまでだ。実を言うと私は近く降格される予定なのでな」 「何と・・・」 アムロを除き、仰天する一同。こういう場合、当の本人には一体何と言えば良いのだろうか。 「諸君より階級が下になったらこき使ってくれて構わん。遠慮は無用で頼むぞ」 「いや、そう言われましても・・・」 いやいやいやとアムロを除き今度は恐縮する一同。 理屈はそうかも知れないが、ニムバスの言葉をいくらなんでも額面通りに受け取る訳にはいくまい。 いくら降格が宣言されていようが、今この場所で全員が説教されたばかり。しかも現在は未だ大尉なのであるからしてゾンザイな口調で答えるのも憚られる。 それどころか、本当にニムバスが降格されたとしたら、彼に対する以後の対応が非常にややこしく面倒臭い事になるのは明白であった。 「どうした、何の騒ぎだ?」 その時、開けっ放しになっていた運転席に通じている小さなハッチからアンディが顔を出した。 そのあまりにノンキな声音と顔を出迎えたのは、一同の吐き出す声無き溜息の合唱だった。 「揃ったな」 そこへ丁度外からシャアが入って来、この場にいるメンバー全員が一同に会する事になった。 「ん、どうかしたのか?」 いえ何の問題もありませんと少し疲れた顔でシャアの問いにクランプが答えると、一同はそれぞれに頷いた。 実は問題は大有りなのだが、それを言っても詮無い事だ。 「どうやらクルストにはまんまと逃げられたらしい。我々は一歩遅かった様だ。 港には網を張っているが、クルストが引っ掛かるかは保障の限りでは無い。 そこで我々はこれより再度トレーラーを接続し、連邦より鹵獲したMSを積み込んだ後ザクソンに向かう。 が、その前に、中庭で破損しているMSは爆薬で完全に破壊し、施設に残された医薬品や食料その他の使える物資をできるだけトレーラーの空いているスペースに積み込まねばならん」 「なるほど。補給が滞りがちなラル隊への土産と言う訳ですな?」 コズンがニヤリと笑うとシャアもそうだと口元を緩めた。 「これからオデッサに向かう我々が、どうせ廃棄される貴重な物資を有効に使ってやろうと言うのだ。誰にも文句は言わせんさ。 やっている事は火事場泥棒と、そう変わらんがな」 少々自嘲気味なシャアの言葉に一同も思わず笑いを漏らす。ジオン軍にとって物資一つは血の一滴にも等しいのだ。 一気に和やかになった空気の中、アムロは自分を見つめているハマーンの視線に気が付いた。 と、彼女はちらりとアムロの横に立つニムバスへと視線を向けた。心なしかニムバスの人となりに安心した様に見えるのは決して思い過ごしでは無いだろう。 彼女とは、EXAMの介入無しで改めて話をしてみたい。きっと・・・ 「よし、それじゃアムロ准尉!とっとと仕事に掛かりましょうか!」 「あ、ま、待って下さいバーニィさん!」 バーニィはアムロの背中をぽんと叩くといち早く外部へ通ずるハッチを開けて出て行ってしまった。 彼にとってこの対応がニムバスの言うケジメであり、アムロに対する態度の落とし所なのだろう。 アムロは一瞬ハマーンへ視線をやったものの、バーニィに遅れじと、急いでハッチを潜り抜けると彼の後を追った。 920 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/21(日) 19:22:42 ID:6rGhjt.E0 [2/4] 施設での残務作業を終えた一行は、サムソントレーラーにRX-78-XXを搭載すると一路、マッドアングラー隊が軍港として秘密理に使用しているザクロスに向かった。 小湾ザクロスは表向きクレタ島がジオンの管理下にある事を隠蔽する目的で設置された拠点であり、この島において最大の港であるイラクリオンのちょうど反対側に位置していた。 先のコロニー落下による被害で放棄された港であり、辺り一帯に民家も無く、現在港湾施設は朽ち果てるに任せた状態で封鎖され、民間人の立ち入りは禁止されている。 しかしザクロスはクレタ島の中でジオン軍の集積基地のあるロドス島に向かうに最も適した地であり、オデッサ、アレキサンドリア両基地にも海路で比較的容易に行き来する事ができるという正に秘密基地としては絶好の条件を兼ね備えていたのである。 今回、施設の避難者達を乗せた車両は全てイラクリオンに向かった。 これはザクロスがあくまでもシークレットポイントであるという点と、メディカルセンター等の施設は全てイラクリオンに集中していた為であった。 日が暮れる頃ようやくザクロスに辿り着いた一行は、港の片隅にうち捨てられているかの様に佇む、うらぶれた3階建てビルに隣接した大型ガレージの中にサムソントレーラーを収納し、シャッターを下ろすとようやく一息つく事ができた。 規模は小さいがこの建物が実質、地中海におけるマッドアングラー隊のアジトである。 今回ブーンを筆頭とするマッドアングラー本隊は、シャアの指示で配備されたMS全てと共にイラクリオン港を海上で封鎖する為に出払っており、現在この地にいるのは彼等のみであった。 「手の空いている者はコンテナを下ろすのを手伝ってくれえ」 締め切られたガレージ内に響くコズンの呼び掛けに、サムソンを降車して思い思いのポーズで身体を伸ばしていた一行の中からすぐにバーニィとアムロが応じ、ニムバスもアムロに続く形で作業に加わった。 シャア、クランプ、アンディの面々は何事かを話しながら隣接しているビルの入り口に向かって歩き始めている。 その時リフト作業車に向かおうとしていたコズンに小走りでミハルが近付き声をかけた。 「あたしも何か手伝うよ」 「いや、お前さんにはこのビルの厨房へ行って皆のメシを作って貰いてえんだ。食材はこの中から適当に見繕ってくれ」 コズンはそう言いながら自分の後ろに降ろされたばかりのコンテナを親指で指し示した。 ミハルがコンテナに歩み寄って確認すると、いくつかの中型のコンテナの上部は開いており、中にはジャガイモを始め数種類の野菜や真空パックされた肉類がぎっしりと入っているのが確認できた。 ミハルの後ろについて来たハマーンも、興味深そうにコンテナを覗き込んでいる。 「俺達はこれから今後の打ち合わせをする予定なんだが、その時に食事も一緒に済ませたい。何か手軽に食べられるもの、頼めるか?」 「判った。やってみるよ」 「わ、私も手伝うよミハル!料理なんて作るの・・・初めてだ」 きらきらした眼で服の裾を掴むハマーンにミハルはにっこり笑って頷く。 あの時、アムロをなんだか妙に意識していたハマーンに、隣にいたミハルはすぐに気がついた。 2人の間に何があったのかは全く判らなかったが、きっとアムロに対して何らかのきっかけをハマーンは欲しがっているのだろう、そうミハルには思えたのである。 何せ、あの後結局アムロはトレーラーの荷台にバーニィ等と乗り込んでしまった為、ペイロードにいたハマーンとは顔を合わせる事もできなかったのだ。 この事がその取っ掛かりになればいいねとミハルは心中密かにエールを送り、微笑ましい気持ちで真剣な表情のハマーンを見つめた。 921 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/21(日) 19:23:16 ID:6rGhjt.E0 [3/4] 盛り上がっている女性陣の様子を見ていたコズンは頭を掻きながら苦笑する。 施設ではボサボサに乱れていたハマーンの髪は、ミハルによって今は前髪を残した形で綺麗に整えられ、高い位置で結わえられた可愛い二つのお下げになっている。 コズン達の目前で爆風でほどけたミハルの髪も、彼女自身の手で、こちらは元通り低い位置でのお下げに整えられていた。 むさ苦しい男達の中で黙々と髪の手入れをする少女達の様子は気高く、その場の男共に何とも言えない新鮮な感動をかき立てていたのである。 「あ~普段ロクな物を食ってねえ俺達軍人は、常にうまいメシに飢えてんだ。お2人さんには期待してるぜい」 照れ隠しでミハルをからかう様にコズンはおどけて笑うと踵を返し、後ろ手を振って作業に戻ろうとする。 「ミハル!何にしよう?何を作ろう?何を作るの?いっぱい作れるよ?」 「あはは落ち着いてよハマーン。ここにある材料を一度に全部使う訳にはいかないよ」 「そ、そうか・・・」 背後から聞える明らかに落胆したハマーンの声にコズンは思わず小さく噴き出してしまった。 普段虚勢を張った口調と表情で他人と会話しているハマーンは、ミハルに対してだけは12歳という年齢に相応しい喋り方に戻る。 その現象を彼女自身は気付いていない様だが、おそらくこちらの喋りが彼女本来のものなのだろう。 それはこの数時間の間、彼女を交えたサムソンの中での会話を見聞きしていた全ての同乗者の共通した認識となっていた。 そんなハマーンにコズンのイタズラ心がむくむくと頭をもたげ、またもや噴き出しそうになるのを必死で抑え、彼は極めて真面目な顔で振り返った。 「そうそうハマーン様。ジオン軍では料理を失敗した奴は厳罰に処せられますんで、くれぐれもご注意を・・・」 「な、何だと、そんな軍規が!?」 例によってコズンが話しかけた途端にハマーンの口調が肩肘の張ったものに変わってしまうが、コズンは気付かぬふりで頷いた。 「そおです。貴重な物資や食材を無駄にした奴は万死に値するのです。宜しいですか、くれぐれも・・・」 「・・・・・・・ミ、ミハル、どうしよう・・・」 「・・・コズン中尉?」 すっかり蒼くなってしまったハマーンの肩を抱き、からかうのもいい加減にしなさいという面持ちでコズンを軽く睨んだミハルは、そっとハマーンの耳元に囁いた。 「大丈夫だよハマーン。心を込めて料理すれば失敗なんかする筈ないさ。 それに、イザって時にはあたしもあんたも空っぽになったこのコンテナに隠れちゃえばいい。フタを閉めりゃ見つかりっこないよ」 「がははは、そいつはいい。是非ともかくれんぼするハメにならないような味の料理を頼みますぜ」 ミハルの言葉に破顔し、その場を離れかけたコズンの表情がそこで固まった。 「・・・コンテナに、隠れる、だと・・・・・・!?」 笑顔だったコズンの表情がみるみる険しいものに変わってゆく。が、彼はちょうど2人の少女に背を向けていた為、彼女達を怯えさせずに済んだ。 「そう言えば、クルストの野朗、いろんな地元の業者に繋ぎをつけて・・・だからわざと施設内部を混乱させ・・・・・・そういう事か・・・!」 そう小さく呟くなりコズンは突如走り出し、慌しくシャア達の後を追って建物の中へ消えてしまった。 その様子を見て何事かと思わずハマーンと顔を見合わせたミハルは、やがて腰に手を当てて一つ溜息をつくと、不安そうな彼女にウインクする。 「さあ、張り切ってすっごくおいしいご飯を作るよハマーン。きっとアムロも喜んでくれるはずさ」 その瞬間、ハマーンの顔が真っ赤に染まった。 940 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/27(土) 20:18:48 ID:NDGUrcSY0 [2/5] 「貴様・・・!おめおめと、よくもそんな報告を私に出来たものだな・・・!!」 断続的ににノイズの入る大型モニターの画像には、元々血色が不良気味な顔色を更に蒼白にさせた痩身の男が映っていた。 激発しそうな感情を必死に抑え付けているのが、微かに震える口元から容易に窺い知れる。 しかしそれとは対照的にモニターのこちら側にいるシャア・アズナブル大佐は不敵な笑みを微かに浮かべていた。 「事実を事実として報告したまでだよマ・クベ大佐。フラナガン機関のクルスト・モーゼス博士はクレタ島の施設を自ら爆破し逃走した。 報告通り、研究データと共に連邦へ寝返った可能性が高い」 「それを貴様は指を咥えて見ていたという訳か!?」 「マッドアングラー隊の任務はあくまでも外部からの脅威に対する施設の警護に限定されていた筈だ。 我々の権限を、その様に縮小したのは貴様だろう」 ぐっと言葉に詰まるマ・クベ。 キシリアに引き抜かれ、大佐として登用されたシャアに危機感を覚え、施設の警備にわざわざ揮下の戦略情報部をあてがったのは確かにマ・クベ自身であった。 「今回我々は民間からの情報を元に連邦のアジトを急襲、制圧した際、敵兵を鎮圧し新型MSを鹵獲したが、我々の権限で出来る事はここまでだ。 施設内部で起こったゴタゴタに我々は関与も対処もできん」 「・・・」 「連邦のアジトを制圧したとほぼ同時刻に爆発が起きたと知らされ、我々は施設に急行したがクルストの姿は既に無かった。 その際、我々は施設内において強権を持つ戦略情報部所属ククルス・ドアンの指示に従い、検体と一部研究員の施設退去をサポートするハメになったが、これはクルスト脱出の陽動だった可能性が高い」 「陽動・・・だと・・・!?」 「施設内部では我々は戦略情報部員の指示に従わねばならん。 その戦略情報部員と、暫定とは言えフラナガン機関のトップが結託して連邦への亡命を企てていたのだ。 そう考えれば全ての辻褄が合う。 何故ならば脱出したククルス・ドアンの潜水艇も、その後どの基地にも戻らず消息を絶ってしまったからだ」 「ばかな・・・!」 「地上におけるフラナガン機関と戦略情報部は共に欧州方面軍司令部管轄、つまり貴様の管理下にある筈だな?」 マ・クベの顔色は今や紙の様に白い。 「・・・マ・クベ大佐。この責任をどう取るつもりだ?」 「せ、責任?この私が責任だと!?貴様ぬけぬけと・・・・・・!」 「何をするにしても決断は早い方がいい。貴様がぐずぐずしているのならば、私が貴様に代わって今回の顛末をキシリア様にお伝えせねばならん」 「余計なマネはするな!」 マ・クベは思わず声を荒げた。 941 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/27(土) 20:19:22 ID:NDGUrcSY0 [3/5] 「キシリア様へのご報告は詳細な調査の後、私自ら行う! それよりもシャア!貴様はどうなのだ!?貴様も名目は地中海エリア警備責任者なのだぞ!責任を免れる事はできん!!」 「そうだな。この件については私にもケジメが必要の様だ」 「な、なんだと・・・?」 醜い責任の擦り付け合いに発展しそうだった雲行きをいきなりスカされてマ・クベは面食らった。 「私はマッドアングラー隊を解散させ、オデッサ防衛戦に参加するつもりだ。 それについては便宜を図って貰いたい事がある」 「貴様がオデッサに来るというのか・・・便宜とは何だ」 予想外の申し立てにマ・クベは口元が緩みそうになるのを必死で抑えていた。 ジオンのトップエースであるシャアはかねてよりオデッサ防衛戦に参加しない旨を表明しており、キシリアもそれを認めていた。 しかしその特権を放棄し、自らが率いる部隊を解散させた後、激戦が予想される大会戦へ赴くと言うのである。 それはマ・クベにとっても現在のジオン軍にとっても、恐らく最も都合の良い責任の取り方である事に間違いは無かった。 自分の指揮下にシャアという因縁のライバルが入るという点も、見逃せない。 「簡単な話だ。私に木馬部隊の指揮権を預けて貰いたい」 「む・・・ランバ・ラルの部隊か」 マ・クベの薄い眉が片方だけぴくりと跳ね上がった。 「木馬が青い巨星ランバ・ラルに鹵獲された事は聞いている。子供じみていると笑われるかも知れんが、あの艦には少なくは無い思い入れがあってな。 どうせならあの木馬を手足の様に動かし戦ってみたい」 「ふむ・・・貴様が唯一撃ち漏らし、左遷される原因となった因縁の戦艦だったな」 一時の狼狽が嘘の様に、モニターの向こうのマ・クベは尊大な態度でシャアに対した。 来るべきオデッサ防衛戦を前に、ラル隊には現在ダグラス・ローデン大佐率いる「MS特務遊撃隊」とゲラート・シュマイザー少佐の「闇夜のフェンリル隊」が合流している。 ウラガンに狼藉を働いたかどでマ・クベに見捨てられ木馬に常駐している「黒い三連星」を含め、今や木馬はザビ家にとっての厄介者を寄せ集めた大部隊となっているのだった。 意図的にそれはラルを筆頭に多くの旧ダイクン派からなる軍人によって構成され、戦場で異様に目立つその船影は常に最前線に配置される宿命となった。 栄達も昇進も木馬にいては意味が無い。どれほど勲功をあげようが、階級が上がろうが、結局は激戦の中で使い潰される運命だからである。 恐らくシャアはその事実を知らない。まともな軍人ならば、わざわざその様な場所に身を置こうとは考えない筈だからだ。 これは、マ・クベにとって好都合と言えた。 942 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/27(土) 20:20:21 ID:NDGUrcSY0 [4/5] 「・・・よかろう。貴様の殊勝な態度に免じて木馬を預けようではないか。キシリア様への報告は今回の件も含めて私からしておく」 辞令はすぐに送ると付け加えたマ・クベの勿体を付けた物言いに、シャアは気付かれない程小さな安堵の息を吐き出した。 「恩にきる。今回の汚名はオデッサで返上させて貰おう」 「期待しているぞ。補給は一切送れんが、悪く思うな。こちらも何かと物入りなのでな」 すました顔で嘯くマ・クベに対し、シャアも勤めて平静な態度で応える。 「了解した。それはこちらで何とかしよう。それから」 「何だ、まだ何かあるのか?」 いらいらと一刻も早く通信を切りたがっているマ・クベに対し、何食わぬ顔でシャアは言葉を続けた。 「施設に取り残されていた3名の児童を保護している。彼等の処遇は、こちらの判断で構わんな?」 「貴様は無能か!?下らん事をいちいち聞くな!!」 遂に激昂したマ・クベ。どうやらシャアにからかわれていると思ったらしい。 「それを聞いて安心した。勝手にやらせて貰うとしよう」 「通信を切るぞ!!」 勢い良くブラックアウトしたモニターを見て、初めてシャアは声を上げて笑った。 「お、お見事でしたシャア大佐・・・!」 アジトの建物の中にある通信室。 その隅から一部始終を見ていたアンディは、赤い彗星の手腕に感服していた。 シャアは策士と名高いマ・クベに対し揺さぶりを掛け、会話の主導権を握ると一気に全てのお膳立てを整えてしまったのだ。 「マ・クベは無能な男では無いが、それ故ある意味思考が読みやすい。こちらが騙されていると思わせられれば、後の誘導は容易いものだ」 「心に刻んでおく事にします」 尊敬を込めた視線でアンディはシャアを見た。自分達のボスはマ・クベ等とは格が違っていたのである。その事実を目の当たりにできた事が何よりも嬉しい。 と、2人が同時にドアの方を振り返った。 「・・・何だか良い匂いがしますね」 「うむ。これは・・・」 腕まくりをしてキッチンに入っていったミハルの料理が出来たに違いなかった。 思い出した様にシャアとアンディの腹の虫が鳴り始めるのを彼等はそれぞれに自覚した。 人間である以上、空腹には勝てない。どんなヒーローも、腹ペコでは戦う事ができないのである。 「皆を集合させてくれ。取り敢えず腹に何かを詰め込もう。会議はその後だ」 照れ臭そうに笑うシャアに、もちろんアンディも異存のあろう筈がなかった。 .

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