【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6-2

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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6-2 547 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:44:55 ID:wU4zbHzw0 [2/8] 砂塵が舞い、容赦なく太陽が照りつける荒涼とした大地。 今、その荒れ果てた黄土色の大地にめり込むようにして、片腕を吹き飛ばされた1機のMSが横倒しに崩れ落ちた。 腰部の辺りに千切れた動力パイプがだらりと垂れ下がりしばらくスパークしていたが、やがてそれも途絶えた。 ぼんやりと霞んだ視界。鼻の奥をツンと刺すアドレナリンのキナ臭い匂い。 口の中に広がる鉄の味。 確か以前にもこんな事があった気がする。いつだったっけな。 「おいっ!応答しろニッキ!!無事か!?」 『ル・ローア少尉、状況を報告して下さい!』 「ニッキのザクが直撃を食らった!ゲラート隊長に一旦後退すると伝えてくれ!」 『りょ・・・了解!』 「レンチェフ!!」 「了解だ!援護するから先に行け!!」 そうだあれは確か、ハイスクール時代、ガールフレンドのアリスをめぐって同級生の・・・ ・・・同級生の・・・誰だったっけな・・・・ リブル・・・そうだリブルだ。 リブルと本気で殴りあった時だ。 奴のパンチをもろにアゴに食らった時の感じに似ている。 いや、あの時のガールフレンドはジェニーだったかな・・・ 何だか首が痛くて思考がまとまらない。 「ぐっ・・・げほっげほっ・・・」 横倒しになったコックピットの中で小さく身を捩ったニッキ・ロベルト少尉は、身体に食い込むシートベルトの痛みに顔をゆがめ、小さく咳き込んだ。 「ニッキ!生きていたか!」 「・・・・・・ル・ローア少尉・・・」 安堵したル・ローアの声が耳朶に響き、ニッキはようやく片目をはっきりと開ける事が出来た。 衝撃でどこかにぶつけた際に割れたヘルメットバイザーの破片でコメカミを切ったのだろう。 顔面に流れ落ちた血液が入り込んで固まり、右の瞼は開かない。 「・・・やっちまったか・・・」 痛恨の面持ちでニッキが自嘲する。ザク乗りにとってこれはある意味予想されていたアクシデントだった。 初期型のザクⅡを地上用に改装したMS-06J【陸戦型ザクⅡ】の中には、重力下において≪ある角度から≫想定された以上の衝撃を受けると、パイロットの首に掛かるGを打ち消す為に一瞬だけシートベルトがたわみ、その際にヘルメットの一部がサイドパネルの一部分に当たってしまうという構造的な欠陥を抱えているものがあった。 ≪ある角度から≫という注釈が付く為に、衝撃を受けたケース全てに当てはまる訳ではないが、しばしば戦闘中にザクに搭乗するパイロットの被っているヘルメットバイザーが破損する事故が起きるのは、これが主な原因であった。 パイロット達はこの現象を忌み嫌っていたが設計段階で生じたコックピットレイアウト自体の問題である為、これらの機種における問題点の改善は根本的に不可能であった。 結局パイロット達には、事故を回避するには機体に重大な衝撃を受けるな、つまり、ヘマをするな・・・と揶揄を込めて厳命されるに留まった。 パイロット達が安心して身を預けられるコックピットは、後の機種、例えば06FZ等の完成を待たねばならなかったのである。 548 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:46:16 ID:wU4zbHzw0 [3/8] 「ぐあっ・・・」 ヘルメットを脱ごうとしたニッキは激痛でうめき声を上げた。 だらりと垂れ下がった右手が肩から上にあがらない。恐らくこちらは、骨折か脱臼をしているに違いない。 辛うじて動く体で必死にもがくニッキだったが全てのモニターがブラックアウトしている為にコックピット内は薄暗く、ほとんど何も見えない。 僅かに生き残った計器の明かりだけが自分は今、ザクの操縦席にいるのだという事を教えてくれているに過ぎないのだ。 「先行していたお前は、潜んでいた伏兵に至近距離からロケットランチャーの集中攻撃を浴びたんだ」 「ロケット・・・そうか・・・畜生・・・・・・ザクが歩兵にやられるなんて・・・」 「連邦も必死なんだ、命があっただけマシだと思え。動けるか?」 「・・・さっきからやってますが・・・すみません・・・」 「判った。もうしばらく後退したらハッチを開けてやるから、少しだけ辛抱していろ」 普段は彼に辛らつなル・ローアの声が今はやけに優しい。 「こちらル・ローア、ニッキは負傷している模様。 機体の損傷も激しく作戦続行不能。現在、ザクを牽引しつつポイントFに後退中」 『了解。どうか慎重に後退して下さい・・・!』 ニッキのいる暗いコックピットの中に、ル・ローアとセイラ・マスの通信のやりとりだけが響き、やがて機体がガリガリと振動し始めた。 ル・ローアのMS-07A【先行量産型グフ】が動けなくなったニッキのザクを引き摺って移動しているのだろう。 次第に意識がはっきりして来るのと同時に、ニッキの瞳には悔恨の涙が溢れ出した。 注意力が散漫になっていた。 もっとしっかり周囲を警戒していればこんな事にはならなかったのだ。 疲労と慢性的な睡眠不足など、理由にもならない。 「青い木馬隊」では通信士を勤めているセイラや整備班長のミガキはもちろん、14歳のメカニック少女ですら不眠不休で働いているのだ。 自分だけ文句など、言える筈が無い。 それなのに自分は彼等が精魂を込めて整備してくれた貴重なMSを、こうしてスクラップにしてしまったのだ。 そして今後はこのザク1機分の負担が、仲間たちに余分にのし掛かる事になる。 悔やんでも、悔やみきれない。 「泣くな!鬱陶しい!!」 微かに通信から聞こえるニッキのすすり泣きを一喝したル・ローアだが、彼も体調の悪さを精神力で補っている状態だった。 彼だけでは無い。それほど青い木馬隊の誰もが疲れ切っていたのである。 549 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:47:27 ID:wU4zbHzw0 [4/8] 「オデッサ作戦」それは、ジオンの大規模採掘基地があるオデッサ周辺地域の奪回と、バルカン半島から東欧にかけて広く展開するジオン軍の一掃を目的とする連邦軍の一大反攻作戦である。 ジオン軍の執拗な妨害にあいながらも物量に勝る連邦軍は、遂に先発部隊の配置を全て完了し、後はレビル将軍が座乗するビッグ・トレー級陸上戦艦【バターン】を擁する本隊の到着を待つばかりとなっていた。 旧地域でいうウクライナの中央、ドニエラル川のほとりにある鉱山基地キエフ。 厳密に言えば実際のオデッサから遠く離れているこの地は「オデッサ作戦」の最前線である。 そのキエフ鉱山基地第123高地に配置されたランバ・ラル中佐率いる「青い木馬隊」は、正式なオデッサ作戦発動前なのにもかかわらず四六時中、敵の攻撃に晒される事となった。 いまだ本隊が到着していないが、連邦軍は布陣が完了している先発部隊だけで順次、キエフに対し小規模な突撃を開始したからである。 物量に勝る連邦軍は、夜昼を分かたず各隊持ち回りで「押さば引け、引かば押せ」の揺さぶりを掛け、ジオン側を消耗させたと見るや迅速に退却するという波状攻撃を仕掛けた。 連邦の先発部隊にはMSが配備されておらず、61式戦車が中心である。 しかしそのぶん逃げ足は速く、おっとり刀で飛び出してきたザクをあざ笑う様に引くのが常の戦法だった。 かと言って戦力の絶対数が少ないジオンのMSが迂闊に単独で突出すると、待ってましたとばかりに広く布陣している連邦軍から十字砲火を受けてしまう。 先程のニッキのザクを例に取るまでも無く、連日の出撃で疲労困憊のジオン兵に罠も掛け放題である。 もちろんこれはあくまでも本隊到着までのつなぎであり、ジオン軍を牽制する目的以外の何ものでもない、豊富な物資を惜しげも無く投入できる連邦ならではの攻撃方法といえた。 制空権が辛うじてジオンにある以上、派手な爆撃などはできないが、兵員数差に物を言わせた完全交代制を確立し休養十分で戦いに望める連邦兵に対し、常にストレスに苛まれ、休む事なく戦闘を強いられるジオン兵。 これはジオン側にとって戦力をじわじわと削り取られる悪夢の戦法であり、戦いの趨勢は明らかであった。 しかしそれでもジオンは善戦している。 青い木馬隊指揮官ランバ・ラルと黒い三連星、ラルを補佐するゲラート・シュマイザー、ダグラス・ローデンの率いる部隊が獅子奮迅の働きを見せていたからである。 だがそれも限界に近いとル・ローアは感じていた。 つい昨日、拡大する敵の線戦を抑える為にフェンリル隊のスワガーとマニング、そしてサンドラはダグラス率いるMS特務遊撃隊に一時的に組み込まれ、青い木馬隊の守りを離れたばかりだった。  こんな状態が続けば、今後第二第三のニッキとなるのは自分かも知れないのだ。 ジオンには何か、大きな転換点が必要だった。それには・・・ 「いけねえ!奴ら増援を投入してきやがったぜ!!MSがいやがる!!」 レンチェフの大声でスピーカーの音が割れている。 ル・ローアがモニターに目を転ずると、61式を背後に下がらせた3機の連邦製MSがマシンガンを手にこちらに進んで来ているのが見えた。 オレンジがかった赤色のボディカラーには見覚えがある。たしか奴の持っているマシンガンは、ザクの装甲を紙の様に撃ち抜くはずだ。 「・・・敵はこちらが消耗するチャンスを狙っていたんだ。弾はあるか?」 「奴らを牽制する為に撃ち尽くしちまったよ。あと一斉射で終わりだな」 ル・ローアの問いに不敵な笑いを浮かべてレンチェフは答える。 彼の操縦するMS-07B【グフ】は装弾数が元々少ない上に連日の出撃で機体のコンディションも万全とは言いがたい。 そして白兵戦が主眼に置かれたグフは銃器の類を装備した敵MS複数を相手にするには分が悪い。 どれもこれもマイナスな状況だが、ま、なるようになるさとレンチェフはひとりごちた。 「・・・・ル・ローア少尉・・・俺の事は・・・」 「お前は黙ってろ!!」 またもやル・ローアがニッキを怒鳴りつけた。 動けないザクの中から聞えるニッキの声はか細く、息も絶え絶えである。 ル・ローアは静かに奥歯を噛み締めた。 狼の紋章を胸に抱く戦士は、決して仲間を見捨てたりはしない。 自分達は何としてでも目の前の敵を撃退し、重傷の仲間を無事に連れ帰らねばならないのだ。 550 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:48:32 ID:wU4zbHzw0 [5/8] 「すまんなレンチェフ、付き合ってもらうぞ」 「おう、やるしかねえぜ。ここが抜かれたら俺達のヤサの守りがガラ空きになっちまうからな」 「そういう事だ」 普段はあまりソリの合う2人では無かったが、互いの実力は認める間柄だ。 連携するに不備はない。 「セイラ聞えるか、ル・ローアだ。ゲラート隊長に繋いでくれ」 『了解、回線まわします』 緊迫した状況を察したセイラは無駄な問答や余計な手順を一切省き、涼やかな声でゲラートへ直接回線を繋ぐ。 ル・ローアは、状況の機微を瞬時に読むこの美貌のオペレーターを結構気に入っていた。 これは、素性やルックスだけでは決してその人間を認めない超堅物の彼にしては、非常に珍しい事だった。 『ゲラートだ』 「隊長、新たに現れた3機の敵MSを捕捉。交戦に入ります」 『・・・了解。至急増援を送る、それまで持ち堪えろ。これは命令だ、レンチェフも判ったな』 「了解!」「了解でありマース!」 ゲラートの命令に対しル・ローアは生真面目に、レンチェフはややおどけた復命を返す。 ル・ローアのコメカミに青筋が浮いた。 セイラとは大違いだ。この期に及んでコイツのこういう所が気に食わんのだとル・ローアは舌打ちしたい気分になった。 「・・・隊長はああ言ってくれたが戦力の余分は無い筈だ」 「判ってるよ。他の部隊は現在ほかの地点の防御に駆り出されているからな」 ル・ローアもレンチェフも、ゲラートの言葉はこちらに対する精一杯の手向けである事くらい承知している。 「稼働率は?」 「70%って所かな」 「ふ・・・俺のMS-07Aも似た様なものだ」 以前、レンチェフは当時隊にいたバーニィのヅダを援護する為に敵MS2体と大立ち回りを演じたが、機体コンディションがガタ落ちの今回はそうもいかないだろう。 「・・・もしアムロなら、奴ら相手にどう戦うかな?」 「んあ?何だ、やぶから棒に」 ニッキのザクを岩陰に引っ張り込みながらル・ローアがそう呟くと、レンチェフは虚を突かれたみたいな顔で返事を返した。 彼の脳裏にはバーニィと共に配属されて来た時の、あどけない顔をした赤毛の少年が思い出されている。 そう言えば、アムロが操るヅダ改の大活躍をまくし立てたシャルロッテの熱弁は・・・ちょっとした見物だった。 しかし多少の誇張はあったかも知れないが、アムロがヅダ改1機で8機もの敵MSを撃破したのは紛れも無い事実なのである。 たかだか3機のMSに対して決死の覚悟を決めなければならない凡人の自分達とは何という違いだろう。 「ニュータイプだっけか?そんな妙ちくりんな奴の考えなんざ知るか。 想像したくもねえ。不愉快だ!」 「ふふふ、確かに自分の手の届かない所にいる奴の事なんか、考えたくも無いもんだよな」 「ナニか言ったか!?」 噛み付くような勢いでレンチェフが怒鳴ると、ル・ローアはそれとは対照的な冷笑で応えた。 「聞こえなかったか?ならばもう一度言ってやろう」 「うるっせえ!黙れバーカ!!」 プライドの高いレンチェフはそう応えるしかなかったのだろう、内心では自分も同じだとル・ローアは苦笑した。 アムロは年齢も戦歴もMS搭乗時間も、全てにおいてル・ローア達には遠く及ばない。 にもかかわらず、パイロットとしての腕前は遥かに2人を凌駕している。 面白くない、全くもって面白くないが、そこには努力の類では埋められ無い何かが厳然として存在するのを認めざるを得ないのだ。 もはや自分達があの赤毛の少年に勝るものといえば唯一、経験の差ぐらいのものだろう。 それが判るだけに、二人共悔しくて堪らないのだ。 気に入らない連中を片っ端から上も下も関係なくぶっ飛ばして来たレンチェフだったが、相手が15歳の少年ではそれすらできない。 面白くない事、おびただしい。 ・・・しかし口では何と言おうと、仲間意識が強く部下想いの彼等は、結局何だかんだとアムロやバーニィ等の新兵の世話を焼いてしまうに決まっているのだったが。 551 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:49:45 ID:wU4zbHzw0 [6/8] 「そんな事よりだ、姫さん、いるかい?」 『はい、レンチェフ少尉』 レンチェフの突然の指名にも、セイラは慌てず冷静に対応する。 彼の目論見を察し、ル・ローアは顔を曇らせた。 「いつもの奴。頼むわ」 『・・・・・・』 ミノフスキー粒子が濃い為にモニターに顔は映らないが音声は明瞭に聞こえる。 セイラは数瞬だけ黙り込んだ後、万感の思いを込めて口を開いた。 『皆さんなら出来ます、どうかお気をつけて・・・!』 「お」 「・・・へへ、あんがとよ。 やっぱし隊長よりも姫さんにそう言われた方が、不思議とやれそうな気がするぜ」 ・・・同感だ。 戦闘前に不謹慎だぞとレンチェフを嗜めようとしたル・ローアの顔が綻ぶ。 レンチェフはもちろん、言わずもがなだ。 3機の敵MSはもうすぐ、射程圏内に入る。 「さあて。そろそろ行こうかい」 「うむ・・・む?待て、今敵の後方で何か光ったぞ」 その時、2人のグフの集音マイクが遅れて届いた微かな爆発音を拾った。 カメラをズームしたレンチェフが息を呑む。 552 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:50:57 ID:wU4zbHzw0 [7/8] 「お、おい!ザクの群れだ!!敵の背後から現れたザクの群れが、61式をさんざんに蹴散らしてやがるぜ!」 「何だと、まさか・・・!」 ル・ローアも目を見張った。大混乱に陥った敵を蹂躙するどの機体も、通常のザクとは明らかに動きが違う。 良く見るとMSはザクだけではない。中にはグフやドムすら凌駕する機動を見せているものもある様だ。 「見ろ!先頭のザクの色を!!」 「おお!!」 華麗なステップで二連装150ミリ砲をかわし、返す刀で61式を撃破したザクの全身は赤くペイントされ、頭部にはブレードアンテナが装備されている。 それは、彼等が待ちに待っていた男が帰還した事を意味していた。 「あれは、赤い彗星・・・!」 「来たか!!む?」 快哉を叫びそうになったル・ローアの顔が引き締まった。 自軍の混乱に戸惑いを見せていた3機の敵MSが、一斉にこちらに向かって走り出したのである。 迂闊にこちらに背を向け、挟撃される愚を避けたのだ。 まずはこちらのMSを叩き、後顧の憂いを断ってから味方の援護に向かうつもりなのだろう。 戦術としては極めて正しいが、ル・ローア達にすればまずい事態が継続してしまった事になる。 しかし事態の急激な変転は続いていた――― 『10時方向、低空より高速で進入して来る機影あり!あっ・・・これは・・・!』 「おわ!?」 セイラの警告を聞くまでも無く、大混乱に陥っている敵陣の頭上を切り裂く様に1機のファットアンクルが飛び越えて来、同時に3機のMSが前部のハッチから吐き出されたのである。 先頭で飛び出した白いMSは、空中で更に加速をくわえ、まさに白い矢となり、こちらに向かって走り来ていたMS一体の首を後ろから追い抜きざまに切り飛ばした。 白いMSはスラスターを緩めず片足で着地しそのままジャンプすると空中で二度三度と軌跡を変え、反転するや、2体のグフの前に背中を見せてふわりと着地したのである。 白いMSが右の逆手で構えていたビームダガーを腰のホルスターに戻すと同時に、首の無くなった敵MSはつんのめる様に地面に倒れ伏した。 恐らく内部のパイロットは何が起こったのか理解できてはいない事だろう。 全てが別次元の戦いであった。 白いMSには僅かに遅れたものの、見る間に追い付いた2機のザクは仲間がやられて動転している残り2体の敵MSに襲い掛かった。 その間もこちらに背中を向けている白いMSは油断無く、いつでも2機のフォローに入れる体勢を取っているのがル・ローアには判る。 しかし白いMSの助けを受ける事も無く、2機のザクは相手をそれぞれバズーカとヒートホークで屠って見せた。 呆気にとられているル・ローアとレンチェフのグフに、白いMSが振り返る。 「ル・ローア少尉!レンチェフ少尉!お久し振りです、アムロ・レイ准尉、ただいま戻りました!」 コックピットハッチを開けて敬礼していたのは、紛れもないあの、赤毛の少年であった。 583 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10:36:08 ID:wSWchi/M0 [2/5] チューンUPされた赤いザク改を颯爽と駆るシャアを筆頭に、それぞれのイフリートで縦横無尽に暴れまわるシーマとライデン、新型ザクの圧倒的な感触を楽しむ様に敵を撃つクランプ、コズン、アンディ。 シャアの率いるMS部隊は駐屯していた連邦軍の分隊を早々に壊滅させた後、直ちに隣接して布陣している別の敵部隊を強襲すべく進撃を開始した。 シャアの目論見どおり、現在オデッサに篭もっている兵員と機動兵器が本作戦に投入されるジオンのほぼ全ての戦力だと認識していた連邦軍にとって、新たなMS部隊の強襲は寝耳に水の出来事となった。 敵陣営は混乱し、まともな迎撃態勢を執れずにいる。シャアとすればこのチャンスに乗じてできるだけ「青い木馬」隊周辺の敵戦力を殺ぎ取っておきたい所である。 手持ちの武器で可能な限り敵を叩く。腕の見せ所だぞとシャアは笑い、頼もしき彼の部下達もそれに対して不敵な笑顔で答えた。 進撃前にシャアは、アムロの小隊はこのまま4機の輸送機と共にル・ローア達と同行し、先に「青い木馬隊」本隊と合流するよう別命を下していた。 VTOLで離着陸できる4機の輸送機のうち、アムロの小隊を載せ戦場に駆けつけたファットアンクル以外の3機は現在、安全な場所で待機している。 それ等の輸送機はシャア達が敵部隊を殲滅し、進路がクリアとなってからこちらに呼び寄せる手筈となっている。 今頃はちょうど連絡が届き、輸送機はこちらに向かっている筈だ。 それらの中で待機し、皆の無事を案じていたミハルやハマーンも胸を撫で下ろしている事だろう。 ちなみに4機ある輸送機のうち、3機はMS運搬用だが残りの1機にはさまざまな補給物資が満載されている。 ロドス島集積基地にはMSこそ無かったものの、これらの輸送機をはじめ資材・食材などの豊富な物資がストックされており、シャアは今回それらほぼ全てを徴用した形となった。 補給が滞りがちなジオン兵にとって、これらは何よりの活力となる事だろう。 動かなくなったザクのハッチが外から強制開放され、ル・ローアとレンチェフの二人掛かりでコックピットからニッキが助け出されるのを、地面に降り立ったアムロとバーニィは不安げに見つめている。 「ニッキ少尉!」 「しっかりして下さいニッキ少尉!!」 「・・・よ、ようアムロ、バーニィも・・・元気そうじゃないか、お前ら・・・」 地面に横たえられたニッキ・ロベルトは自分をのぞき込む二人を見て、満身創痍ながらもそう言って笑った。 レンチェフの手でヘルメットを慎重に外されたニッキの血だらけの顔を、アムロはポケットから引っ張り出した滅菌布で丁寧に拭う。 その間に素早くニッキの身体を検査したル・ローアは小さく安堵のため息をついた。 「ど、どうなんですル・ローア少尉、ニッキ少尉の具合は・・・!?」 「チアノーゼ無し、拍動、血圧共に正常。内蔵にダメージは無さそうだ。 右肩脱臼と軽いムチウチ、あとは顔面の切り傷だけだな。大した事はない」 心配顔のバーニィに対し、ル・ローアは事も無げに言い放った。 「だ、脱臼でしょう?・・・重傷じゃないですか!」 思わず抗議の声を上げたアムロを、ニヤニヤ笑いのレンチェフが遮る。 「重傷?違うぜアムロ。脱臼なんてモンはなぁ・・・!」 「あ、ちょ・・・!待って下さいレンチェフ少尉!アムロ!少尉を止めろ!!早く!!」 戸惑い顔のアムロを押し退け、自分を薄ら笑いを浮かべて見下ろしているレンチェフを恐怖の眼差しで見上げるニッキ。 やがてレンチェフのゴツイ腕でガッシリと肩を掴まれ、強引に上半身を起こされたニッキの切ない悲鳴に続いてグキッという鈍い音が真昼の荒野に響き渡った。 「ピーピーうるせえよ。ホレ、入ったぜ」 「~~~~~~~~~~・・・・・・」 レンチェフにそう言われても、涙目でガックリと頭を垂れているニッキは言葉も出せない。 荒療治の瞬間は目を逸らしてしまったアムロだったが、だらりと垂れ下がっていたニッキの腕が、一瞬のうちに通常の位置に戻されているのを見て目を丸くした。 少々荒っぽくは見えたが、それは迅速で的確な施術であったのだ。 MS備え付けの救急キットからハサミを取り出したレンチェフはニッキの軍服を素早く切り裂き、治療を施した肩に医療用テープを何重にも巻き付け、むき出しになっ た上半身に腕を固定する様に更にテープを巻き付けた。 その段取りは異様に手慣れていて、迷いというものが無い。衛生兵も真っ青というやつだ。 584 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10:37:23 ID:wSWchi/M0 [3/5] 「この腕は2週間は動かすな。今日から3日間はシャワーも禁止だ」 「わかりました・・・ぁあ有り難うございます・・・」 何時にないほど真面目な顔のレンチェフにそう言われたニッキは、蚊の鳴くような声で大人しく従うしかない。 「ん?何だアムロ」 憧憬の眼差しで自分を見ているアムロに気付いたレンチェフは怪訝な表情を浮かべる。 「・・・いえ、その。尊敬、してました」 「よせやい。こんなのは誰でも経験さえ積みゃできる」 顔を歪め掌を追い払う様に振ったレンチェフだったが、アムロに賞賛されてまんざらでもなさそうだなとル・ローアは苦笑した。 「ニッキ、役立たずとなったお前はオデッサに後送だ」 「ル・ローア少尉・・・」 一転、厳しい顔でこちらに向き直ったル・ローアにそう告げられたニッキは絶句する。 「ついでに精密検査をキッチリしてもらえ。念の為だ。 間抜けなお前の抜けた穴は、このアムロが十分に埋めてくれるだろうから心配するな」 「・・・・・・」 「そんな・・・!」 再度抗議の声を上げかけたアムロを抑え、ふたたび俯いたニッキは唇を噛みしめた。 すべてが言われた通りであり、異論を差し挟む余地はない。 無駄を嫌うル・ローアは、事実しか口にしないのだ。 「悔しいか?ならば一日でも早く身体を治して隊に復帰しろ」 「・・・了解です」 ニッキには判っている。 ル・ローアは全てにおいてこういう言い方しかしないが、これが彼流の不器用な優しさなのだ。 「はああ・・・」 まだまだだとニッキは深呼吸しながら小さく首を振った。 普段は誰も口にしないがレンチェフとル・ローアは一兵卒から叩き上げの少尉であり、シャルロッテや自分は士官学校出の新米少尉だ。 階級は同じでも現場での、いや人間としての実力はいろんな意味で雲泥の差だというのを嫌でも実感させられるのはこんな時だ。 うかうかしてはいられないなとニッキはアムロとバーニィを見た。 アムロは言うまでもないが、バーニィもなかなかどうして磨けば光る原石だとニッキは睨んでいる。 意地でも自分より年少のこの二人には負けられない。 身体はダメージを食らってしまったが、その分燃え立つ闘志を再確認する事ができた。 そう考えると身体が熱くなり、なんだか怪我の回復が早まって行く気がする。 生きている限り汚名返上のチャンスはあると、ニッキは気持ちをすっぱり切り替える事にした。 もともとポジティブなのが自分の最大の長所だと自負している。 俺はまだやれる、やってやるぞと密かに心に誓ったニッキだった。 585 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10:38:37 ID:wSWchi/M0 [4/5] 『准尉。後方から友軍のMS接近。どうやらランバ・ラル中佐のMS-07Bのようです』 「ラル中佐が!」 その時、一行の中で唯一ザクに搭乗し、周囲を策敵警戒していたニムバスから通信が入った。 アムロとバーニィの顔がパッと輝く。 フェンリル隊の3人も随喜の目線を交わし合っている。 ゲラートは自分たちの危機に、木馬隊最後の砦たるラルに出撃を要請してくれたのだ。 援軍を送ると言った彼の言葉は嘘ではなかったのである。 そして、部隊指揮官でありながら、単機で駆け付けてくれたランバ・ラルに改めて感謝と尊敬の念を覚える。 流石に彼らの敬愛するゲラート・シュマイザー少佐が心酔している漢なだけの事はある。 「アムロ!バーニィ!良く戻った!良く戻ったな!!」 ワイヤータラップでグフのコックピットから降下しながらランバ・ラルは恰幅の良い体躯を揺らして破願した。 地面に飛び降りる間ももどかしそうに、強い力で若い2人を掻き抱く。 「男子三日あわざれば活目して見よと言う。 ワシには判るぞ。おまえ達、男の顔になったな」 逞しい腕に肩を叩かれ、2人の少年兵は感極まった。 しかし涙は見せない。ラルにそう言われてしまったからには意地でも涙は、見せられない。 だからアムロは、違う言葉を口にした。 「ラル中佐、少し痩せられたのではありませんか」 「こいつめ!十年早いわ!」 呵々と愉快そうに笑ったラルに突然一歩下がって敬礼したアムロに、バーニィも倣って敬礼する。 「アムロ・レイ准尉、バーナード・ワイズマン伍長そして」 アムロがそう言って後方のザク改を見上げると、コックピットハッチを開けて、中のパイロットが敬礼しているのが見えた。 『高い場所から失礼致します!』 外部スピーカー越しにそう言ったパイロットに向けてラルは地上から答礼を返す。 「・・・ニムバス・シュターゼン中尉の3名、シャア・アズナブル大佐の命により本日只今の時刻をもって【青い木馬隊】に合流致します!」 「アムロ准尉はシャア大佐に認められ、今や、この小隊の隊長なのでありますラル中佐!」 「な、なんと・・・!」 アムロの口上を補足したバーニィの言葉に、今度はラルが感極まった。 「・・・・・・」 「・・・」 「・・・」 こみ上げて来るさまざまな感情を胸に、敬礼の手を挙げたまま、無言の3人。 顔面がクシャクシャになりそうになるのを必死で堪えているラルの肩が震えている。 何度か口を開こうとするも、下手をすると嗚咽が漏れてしまいそうで迂闊に声を出す事ができないラルを、フェンリル隊の3人は微笑んで眺めている。 なるほど、これがこの漢の下に集った兵士が皆命知らずになる道理なのかとル・ローアは密かに感心もしている。 やがてラルは少しだけ俯き、敬礼していた掌を両目の縁に当て、軽くつまむ様な仕草を見せると一度だけ咳払いをし、再び顔を上げた。 「良く来てくれた。我々は諸君を歓迎するぞ。ようこそ【青い木馬隊】へ!」 そこには少々両目が赤い事を除けば、威風堂々としたいつものラルの顔があった。 613 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/05(日) 00:04:41 ID:h6jtlQ4o0 [2/4] 本来のジルコニウム採掘作業を行う際、各掘削地に機材や人員を派遣する中継地としての役割を担う関係上、鉱山基地キエフ第123高地には中規模な駐屯施設が敷設されている。 現在この場所を根城として「青い木馬隊」を筆頭に、大小を合わせると30を超えるジオンの部隊が集っていた。 しかしこの地に併設されていた地下格納庫に「青い木馬」たるペガサス級強襲揚陸艦の巨体が収まりきる筈もなく、施設脇に着陸した木馬の周囲は仮設プレートフェンスで覆われ、艦橋部分と主翼の一部が僅かに上部から覗いている状態になっている。 施設の周囲には急遽塹壕などが掘られたりはしたが、元々戦闘を考慮して造られてはいないフェンスや施設には防弾機能など無く、最前線の備えにしてはかなり心許ないというのが正直なところだった。 しかしランバ・ラルやダグラス・ローデンの再三の施設補強要請にも関わらず、オデッサに陣取るマ・クベ大佐はのらりくらりと補給を先延ばし、結局何の改善もされぬまま今日に至っている。 このやり切れない状況には流石のラルが「ワシの力不足だ。これでは兵士達があまりにも報われん」と嘆いたのも無理からぬ物があった。 照りつける太陽と吹き抜けてゆく砂混じりの乾いた風が、ひび割れた黄土色の大地に立つ少女の髪を弄っている。 仮設フェンスを挟み、「青い木馬」の隣に着陸した輸送機からミハル・ラトキエと共に降り立ったハマーン・カーンは、目の前を慌しく行き交うジオン兵の顔がどれも疲れ切っている事に驚いていた。 恐らく疲れているのは彼等の肉体だけではないのだとハマーンは思う。 先の見えない不安とゆるやかな絶望・・・まるで綿ボコリの様に澱んだ憔悴が、ここにいる全ての人間の身体に降り積もっているようだ。 「ハマーン、あれ、アムロ達じゃない?」 「あ・・・!」 押し寄せる周囲の感情に染まりそうになり、我知らず息苦しさを感じ始めていたハマーンは、ミハルの声に救われた様に振り返った。 ミハルの指さす先には林立する仮設テントの向こう、青いMSに先導され開け放たれた施設のハンガーに向かう数機のMSが見えた。 その中に他のジオン製MSとは明らかに異彩を放つ白いMSも見える。あれは間違いなくアムロ・レイのものだ。 頬を弾ませ思わずハンガーへ向けて駆け出しかけたハマーンだったが、突然現れた人影に前を遮られ、たたらを踏んで立ち止まった。 「失礼、ハマーン・カーン様ですね? お待ちしておりました。私はランバ・ラルの妻、ハモンと申します」 見上げるとそこには美しい金髪を結い上げた、落ち着いた眼差しの大人の女性が微笑んでいる。 ハマーンは少しだけ後ずさりし、気を取り直した様に「いかにも私はハマーンだ」と、何時もの調子で気張った名乗りを上げた。 「主人からハマーン様を丁重におもてなしするよう託って(ことづかって)おります。 そちらのミハル・ラトキエさんと、ご一緒に」 「え・・・あ、あたしも?」 いきなり自分の名前を呼ばれたミハルは目を丸くした。 これから先はジオン要人の娘であるらしいハマーンと、単なる難民でしかない自分の扱いは違って来るだろうと密かに覚悟していたのである。 でも他人からぞんざいに扱われるのは慣れていたし、大佐やハマーンの傍に自身の拠り所さえあれば何て事は無いと、そう思っていたのだ。 しかし戸惑うミハルの横でハマーンは安心したように胸をそびやかせた。 「当然だ。ミハルは私の命の恩人なのだからな!」 「ありがとう、ハマーン・・・」 ミハルはそんなハマーンを優しく抱き締める。 そんな彼女にクスクス笑いながら近付いたハモンは、ミハルの耳元でそっと囁いた。 『・・・シャア大佐がね。あなたの事をくれぐれも、ですって。あなた、大佐のお気に入りなのね』 「!」 その瞬間、ミハルはハマーンを抱き締める力を思わず強めてしまい、ハモンの言葉が聞こえなかったハマーンは満足そうな顔でにこにことミハルを見上げた。 そんな少女たちの様子を見て何かを察したらしいハモンは、それ以上は何も言わず、微笑みながらミハルからさりげなく身を離した。 614 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/05(日) 00:05:48 ID:h6jtlQ4o0 [3/4] 「2人ともお疲れでしょう。お部屋を用意してあります、こちらへ」 「ま、待って。その前にあの格納庫に行きたい・・・んだ」 踵を返して歩き出そうとしたハモンに慌てて訴えるハマーン。 ハモンが振り返るとハマーンは先程アムロ達のMSが入っていったハンガーを指さしている。 「あそこにはMSや重機があってとても危険です。 それに正直に言いますと、部外者の侵入は作業をする人達の邪魔になるのです」 「そうだよハマーン、アムロにはまた後で会えるさ」 少しだけ顔を曇らせたハモンと、慰めるようなミハルの視線に一旦はおとなしく頷いたハマーンだったが、ミハルとハモンが並んで後ろを向き、何かを小声で話しながら歩き出した隙にそっと列を抜け出し、脱兎の如く格納庫へ向かって走り出した。 走りながらハマーンがちらりと振り返ると、何だかモジモジしながらハモンの問いに答えているミハルの後姿が見えた。 遠目で判るほどに耳が赤い。 めずらしい事に普段あれだけ気の回るミハルが、ハマーンが自分の後ろからいなくなった事に全く気付いていないのである。 2人が何を話しているのかは判らないが、取り敢えずはラッキーだと彼女は小さく舌を出して笑みをのぞかせた。 戦場にそぐわない、愛らしい12歳の少女がツインテールを揺らして疲れ切った兵士達の脇を風のように駆け抜けてゆく。 何故こんな娘がここにいるのだと擦れ違う兵士達は一様に唖然としたが、それでも溌剌とした躍動感に溢れる少女がハンガーの中に消えるまでの間、彼女の姿を眼で追っていた兵士達は、暫し疲れを忘れる事ができた。 634 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01:52:03 ID:5jGRBxGU0 [2/5] 息せき切って駆け込んで来るなり、ハマーン・カーンは格納庫内部に充満する暑さと猛烈な機械油の臭いにむせかえってしまった。 クレタ島やロドス島のMSハンガーは空調がきちんと効いていたのだが、どうやらここはそうではないらしい。 口を押さえてせき込みながらもハマーンはきょろきょろと目を細めて辺りを見回し、アムロの姿を探す。 やがてハマーンの目が次第に建物内部の暗さに慣れてくるに従って、ハンガーの中にはハモンの言った通り、整備中のMSがずらりと立ち並んでいるのが見えてきた。 殺気立って仕事に臨んでいるメカニック達が機材を抱え彼女の側を次々と通り過ぎてゆくが、意外な事に、この少女を咎めだてる者は誰もいない。 血走った瞳の作業員達の表情から鑑みるに、余計な事にかかずらわっている時間は無いらしい。 しかし遂に、誰にも注意されない事を良い事に格納庫の奥に歩を進めようとしたハマーンを、 「ちょっと!あなた何!?」 という、鋭い声が竦ませた。 驚いて振り返ったハマーンが目にしたのは、ちょうど今、彼女の後から格納庫に入って来たらしい少女が物凄い剣幕でこちらを睨み付けている姿だった。 髪を無造作なポニーテールに纏め、ハマーンよりも1~2歳年上だと思われるその少女は、奇妙な事に背後に巨大な体躯の軍人を従えている。 「ここは部外者立ち入り禁止よ!?さっさと出て行きなさい!!早く!」 ポニーテール少女は建物の外を指差して大声で喚き立てた。 しかし、ほとんど自分と同年代にしか見えない少女の偉そうな物言いに、ハマーン生来の負けん気が燃え上がった。 「黙れ!私は部外者ではない!!新型MSのテストパイロットだ・・・った事もある!!」 「あのねえっ!つくならもっとマシな嘘をつきなさいよ!! あなたみたいなガキんちょがMSに乗るほどジオンは落ちぶれちゃいないわ!!」 「ガ、ガキんちょだと貴様!?私を愚弄したなっ!? き、貴様こそガキんちょのクセに!部外者はここから出て行け!!」 「ははん!」 その途端、ハマーンよりも少しだけ背の高いその少女は腕組みをし、上から目線でせせら笑った。 「お生憎様、私はここの技術主任なのー!!残念だったわね」 「なっ・・・!?貴様こそ、もっとマシな嘘をついたらどうだ!!」 少女の自信たっぷりな態度に内心たじろぎながらもハマーンは、負けてはいない。 場合によっては取っ組み合いさえも辞さない構えだ。 「あーもう面倒くさいなあ・・・オルテガ中尉、この子をここからつまみ出してちょうだい」 「えっ!?ここで俺に振るのか・・・!?」 一歩も引かないハマーンに業を煮やしたポニーテール少女は腕組みしたまま首を巡らせ、ついに背後の軍人に命令を下した。 しかし、軍服を着た類人猿似の大男には明らかに躊躇いがある。 「当ったり前じゃないの。こういう時の為に中尉はいてくれてるんでしょ?」 「いやしかし、この子はどう見てもメイより年下だしなあ・・・手荒なマネはだな・・・・・・」 「ん、もうっ!」 小さく両肩を怒らせ片足で地面を踏みつけたポニーテール少女に言外に役立たずと言われ、巨漢の軍人はその身体を申し訳なさそうに縮み込ませた。 その時、 「ハマーンじゃないか。どうしてこんな所にいるんだ?」 誰かが大声で彼女の名を呼んだ。 ハマーンが振り返ると、バーニィやニムバスら見知った顔を含む数人の男達と共に歩き来ていたアムロ・レイがこちらに向けて手を振っている。 アウェイのフィールドで心強い味方を見つけ出した時の笑みを、瞬時にハマーンは浮かべた。 635 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01:53:03 ID:5jGRBxGU0 [3/5] 「アムローッ!!」 しかし彼女がその名を口にするよりも先に、何と目前の生意気なポニーテールが彼の名を呼びながらハマーンを片手で突き飛ばし、ハマーンがよろけている隙に彼女の横を抜けてアムロに掛け寄り、あろう事かしっかりと抱きついてしまったのである。 「メイ!?」 「おかえりアムロ・・・!!」 ハマーンはあんぐりと口を開けた。どうやら二人は知り合いだったらしい。 もしかして、ここ恋人どどっど同士だとでも、と真っ白になりかけたハマーン。 しかし良く良く見れば、アムロは抱きついてきた少女をどうしたものかと持て余している。実はそれほど親密な仲、という訳でもないらしい。 それを抜け目なく見て取ったハマーンは、剣呑な息を吐き出して辛うじて平常心を取り戻す事ができた。 「久しぶりだな、メイ!」 「バーニィ!あなたも無事だったのね!良かった!!」 「ははは、ついででも嬉しいよ」 生意気なポニーテールは横から顔を出したバーニィにも笑顔を向けた。 アムロに抱きついたままでの挨拶に、バーニィは片目をつぶって苦笑している。 「そういえばアムロ、痛った――――――――――いっ!?」 真面目な目をしてアムロに何かを言い掛けた少女の尻を、その時すたすたと歩み寄ってきたハマーンが思い切り蹴り上げたのである。 腰の入った見事なミドルキックに少女の臀部はドスッと重い音を立て、その身体は瞬間、エビの様にのけぞった。 「離れろ!アムロが困ってる!!」 「~~~~~~~~~~てんめェ・・・やんのかこらぁ―――――っ!!」 「キャ――――――――――ッ!?」 アムロから離れ、涙目でお尻を押さえていた少女はハマーンのツインテールの片方を思い切り引っ張った。 「おお、こりゃいかん」 一行の最後尾から事の成り行きをニヤニヤと面白そうに眺めていたランバ・ラルだったが、泥沼のキャットファイトに発展しそうな雲行きに慌てて周囲の男達にブレイクを命じた。 絡み合って地面に転がった2人の少女は彼らの手でようやく引き離され、荒い息を吐きながら互いににらみ合った。 「落ち着けってば!やめろハマーン!!」 「放せアムロ!あ、あいつは私の顔を引っかいた!」 ハマーンの背後からフルネルソンの要領で両腕を拘束していたアムロは、彼女の右頬にくっきりと付いた3本の赤いミミズ腫れを見てゾッと肩をすくめた。 「何よ!何でアッチがアムロで私の方にはバーニィが来るのよ!!」 「そ、そんな事いていていて!足を踏むなメイ!!」 ハマーンと同じ体勢でバーニィに捕まえられているメイと呼ばれたポニーテール少女は、バーニィの拘束を振り解こうと彼の足を踏みまくっている。 「2人共いい加減にしないか!彼女はメイ・カーゥイン。 14歳だけど優秀なエンジニアなんだ。ここの技術主任でもある」 「え?ほ、本当に!?」 アムロの言葉にハマーンは目を丸くして暴れるのを止めた。 「この子はハマーン・カーン。 マハラジャ提督の娘さんで、地中海のクレタ島ではMSの開発にも携わっていた」 「ええ!?その子の言ってた事、嘘じゃなかったの!?」 メイもアムロの説明にびっくりし、バーニィの足を踏むのを忘れた。 「・・・聞いた事があるわ。ザビ家直属の何とかって機関が、地上でもニュータイプ専用のMSを開発してるって話」 一時の興奮が去り、冷静に話し始めたメイからバーニィはホッとして手を放した。 636 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01:54:17 ID:5jGRBxGU0 [4/5] 「そう。あなたが・・・・・・嘘つき呼ばわりして、ごめんなさい」 素直に自分の非を認め、頭を下げたメイに戸惑ったハマーンは、ばつが悪そうにそっぽを向いた。 その様子を見たアムロも、もう大丈夫そうだなと彼女の腕をそっと放す。 メイはハマーンの事を痛々しそうに見つめている。 今もってジオニック社と太いパイプを持つ彼女は、今大戦においてキシリア・ザビ首魁の秘密機関が、年端もいかない子供達を使って行っている非人道的な研究の事を伝え聞いていた。 サイド3からやって来たアンディがクランプとコズンを伴い、マハラジャ提督の娘の救出に向かった事をメイは知っていたし、ジオニックの別ラインから地中海の島に実験施設がある事を聞き及んでいた彼女は、アムロの言葉で全てを諒解したのである。 俯いていたハマーンが、顔を上げぬまま口を開いた。 「・・・本当の事を言うと、私がやっていたのはシミュレーションテストだけなんだ。 MSに乗った事なんて一度もない・・・だから、テストパイロットというのは、本当は・・・」 あれほど意固地だったハマーンが、ぽつぽつと素直な心情を零している。 自分に向けられた敵意にはあくまでも対抗するが、正直な気持ちには我知らず正直な気持ちで答えてしまうしおらしさが、今のハマーンにはあった。 「ううん、あなたは私の知らないMSの立派なテストパイロットよ」 いきなり自分の両手をメイに握られて、ハマーンはハッと顔を上げた。 「あなたにアドバイスを貰う事だってあるかも知れないわ。 だから今後はあなたがハンガーに入る事を許可します。その代わり、作業場では絶対にヘルメット着用よ。守れる?」 「も、もちろん!」 ハマーンは顔を輝かせながらにっこり笑っているメイの手をぶんぶんと振った。 何となくアムロを巡る争い(!)はウヤムヤになり、2人の少女が仲直りしたらしい事を察して、彼女達を取り囲んでいたアムロ、バーニィ、ニムバス、ル・ローア、レンチェフ、オルテガ、そしてラルからも安堵の溜息と笑顔が漏れる。 何せこの場にいる漢達は、揃いも揃ってうら若き女性の扱いを不得手としている者ばかりであるからして、こういう局面では全くと言っていいほど役には立たない。 「そう言えば、オルテガ中尉はメイがあれ程くっ付いているアムロをぶっ飛ばしたりはしないんですね」 「アムロの奴には借りがあるからな・・・まあ仕方あるまい」 興味深そうにこっそり話しかけて来たバーニィにオルテガは神妙に答えたが、すぐに歯を剥き出してニタリと笑った。 「だが貴様がもしメイにチョッカイを出したりしたら・・・容赦はせんぞ」 「め、滅相もないです!」 思い切り首を振りながら全否定したバーニィに、オルテガは良い心がけだと笑いながらその肩を二度三度と結構な力を込めて叩いた。 689 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00:03:42 ID:zAFEL8nQ0 [2/5] 「ラル中佐、本当に我々はシャア大佐の援軍に向かう必要はないのですか」 「若ほど戦上手な武人はおらん。引き際は弁えておられるさ。 それにライデンやシーマ殿も同行しているのだ、心配は無い。我等はただ、御帰還を待っておれば良いのだ」 目の前の騒ぎが一段落したのを見て本日何度目かの進言を口にしたル・ローアだったが、ラルに自信たっぷりにそう返されてしまえば、うるさ型の彼も引くしかない。 アムロはシャアに対するラルの信頼の深さを改めて思い知り、小さくは無い羨望を覚えた。 果たして自分は、彼と同様にラルの信頼を勝ち得る事ができるのだろうか。そんな事を考えながらアムロはメイの横に立つ巨漢に眼を向けた。 「そう言えばオルテガ中尉。ガイア大尉とマッシュ中尉はどちらにおられるのですか?」 「あいつらはそれぞれ別の小隊を率いて哨戒中だ、俺はまあ後詰めって訳だ。 こんな状況じゃあ、黒い三連星はバラけていた方が効率がいい」 こんな状況というオルテガの言葉に、アムロは広い格納庫内を見渡しながらなるほどと頷いた。 ずらりと並ぶハンガーラックに懸架・格納されているMSや兵器の類は良く言えば多種多様、悪く言えばあまりにも雑多でまとまりが無さ過ぎた。 整備待ちのMSと重機が互い違いに鎮座している、奥に見えているのは巨大な戦車であろうか。 現場の混乱が察せられるというものだ。取り敢えずやって来た部隊を到着順に詰め込みましたというのが恐らくは正しい。 これら、この地にかき集められた人員、機材を「使える部隊」に再編成する際、それを率いる能力を持つ小隊指揮官は、極めて貴重な人材だ。 普段はチームで行動している黒い三連星の3人は、それぞれが熟練の指揮官に匹敵する実力を持っている。どんな部隊も彼等に任せておけば間違いは無いだろう。 オルテガがバックスとしてここに陣取っていたからこそ、ラルはゲラートに指揮を任せ、フェンリル隊の援軍に駆けつける事も出来たのである。 「――――ラル中佐は、おいでになりますか」 その時、凛然と響き渡った涼やかな声に、一同は全員、格納庫の入り口を振り返った。 逆光の中に立つ、ラルの名を呼んだ女性のシルエットは繊細で、あたりを払うかの様な気品がある。 瞬間、吹き込んできた風にまばゆい金髪がさらりと流れ、女性の肩できらきらと輝いた。 690 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00:04:46 ID:zAFEL8nQ0 [3/5] 「セ・・・セイラ、さん・・・?」 判っている筈なのに、アムロは思わず息を呑み、そう呟かずにはいられなかった。 「あっ・・・!」 背後から強く差し込む日差しに輪郭をぼやかしたセイラがアムロを認め、彼女は光の中で笑顔になった。 ラルやメイをはじめ、ここに常駐している人間が軒並み日焼けをしているのとは対照的に、セイラの肌は以前と変わらず、透き通るほどに白い。 細くゆるやかな曲線を描く眉、聡明な意志の強さを秘めた切れ長の蒼眼、すらりと流れる形の良い鼻梁、笑う時に両の口角が悪戯っぽく上がる桜色の唇。 ―――だが そのどれもがアムロの知るセイラのものでありながら、以前の彼女と比べて圧倒的に何かが違う。 薄暗いガレージを急ぎ足でこちらに駆け寄る彼女の全身が、まるで陽の下から抜け出たそのままに、淡く光ってほのかに輝き続けている。そんな風に見えるのだ。 これは一体どういう事なのだろうとアムロは何度も瞼をしばたかせた。 横に立つバーニィも、セイラがこちらに近付いて来るにしたがって次第に強まる存在感に気圧され、眩しそうに目を細めている。 サイド3の上流階級で育ち、貴婦人と呼ばれる淑女を見慣れているはずのハマーンもセイラの醸し出すオーラに圧倒され、言葉をなくした。 仕方無さそうにハマーンの隣でメイも溜息をついている。しかし目前のセイラから目を逸らす事はできない。 「何と麗しい御方だ・・・」 同様にニムバスも感服した声で呟き、騎士らしい仕草で静かに拝礼の姿勢を取った。 真面目なル・ローアは好意的な視線を送り、レンチェフですら野卑な態度を自重してしまう。 辛うじて平静を装えているのは彼女を誇らしげに見やるランバ・ラルと、あくまでもメイのガードポジションに立つ事に拘りを見せるオルテガぐらいのものだ。 しかしその2人にしても、はたして内心でどうなのかは定かではない。 「姫様は美しくなられただろう」 「ラル中佐・・・?」 いつの間にか横に並んだラルがそっと囁き、アムロは我に返った。 「お前達と別れ各地を転戦するうちに、姫様は苦戦する我が隊の中である種の覚悟を決められた様だ」 「覚悟・・・」 「うむ。自分を偽らず、本来あるべき姿に戻られる事を、是とされたのだろう」 「あるべき姿・・・」 惚けた顔でうわ言の様にラルの言葉を反芻するアムロの前に、遂にセイラは辿り着いた。 距離が近いとより一層確信が持てる。 美しさと共に、何となく他人を拒絶する雰囲気をも内包していたかつてのセイラとは、明らかに違う。 今のセイラの輝きは、老若男女を問わず、あまたの人間を魅了せずにはおれないだろう。 691 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00:05:47 ID:zAFEL8nQ0 [4/5] 「お帰りなさい、アムロ」 「 」 嬉しそうに頬を上気させたセイラは心もち潤んだ瞳をアムロに向け、それを直視したアムロは胸の鼓動が一気に高まり、咄嗟に返事をする事ができなかった。 「・・・無事にまた会えて本当に良かった。みんな・・・とても、心配していたのよ・・・?」 「す、済みませんでした・・・」 どうして良いか判らず、取り敢えず頭を下げてしまったアムロにセイラは小さく吹き出し、左の目尻を軽く曲げた右手の人差し指で払った。 以前よりセイラの髪は伸びている。長くなった分、横への広がりが控え目になり、軽く肩と背中にかかる感じに落ち着いている。 そのプラチナブロンドをさらりと揺らし、セイラがバーニィに視線を移してようやく、アムロは息をする事を思い出した。 どうも呼吸も忘れて彼女に見とれていたらしい。きっと頭がくらくらしたのは酸欠のせいでもあったのだろう。 「もちろんあなたの事もよバーニィ」 「自分ごときにきょ、きょ恐縮でありますっ!」 セイラの笑顔に直立不動で答えたバーニィに、さっきとはえらく態度が違うじゃないのとメイが呆れた目を向ける。 「大人っぽくなったわ。2人共、何だか逞しくなったみたい」 セイラにそう褒められた少年兵2人は顔を見合わせて大いに照れた。 が、赤くなっているアムロの顔とは裏腹に、その態度にただ事ではない何かを感じ取ったハマーンの顔がみるみる蒼白となった。 次の瞬間、目の前に展開する不可視のバリヤーを突き破る勢いでハマーンは前に出、バーニィを押し退けてセイラの前に立っていた。 その際ハマーンのヒジが鋭角的にバーニィの脇腹にぶち込まれ、瞬間息の止まった彼は脇にくず折れて悶絶しているが、断じてわざとではない。 「私はハマーン・カーン。アムロは・・・私を助け出してくれたのだっ!」 「・・・!」 瞬間、セイラの眼はハッと見開かれ、目の前の少女を見る眼差しが真剣なものに変わった。 「ど、どうしたんだよ、ハマーン」 先程激しくやり合ったメイとはまるで格の違う相手を前にして、ハマーンの顔には焦りの色がありありと見て取れる。 必死で自分の腕を掴みセイラを睨み付け、どうだとばかりに胸を張っているハマーンを見て慌てるアムロとは対照的に、セイラは静かに彼女を見つめている。 しかし、やがて彼女も凛として口を開いた。 「私も、アムロに助けられたの。私にとっても、アムロは命の恩人よ」 「えっ・・・!?」 一瞬、セイラの清辣な眼光に射竦められた気がしてハマーンは硬直した。 不覚にも、牽制したつもりが真っ向から受けて立たれ、逆に虚を突かれてしまったのである。 「・・・姫様、それがしへの用向きを伺いましょう」 更に何かを口にしようとしたセイラをしかし、穏やかな声音のラルが絶妙なタイミングで制した。 セイラはあっと我に返り、ここに来た本来の目的を思い出して含羞の表情を浮かべる。 「そ、そうでした。先ほどジェーン・コンティ大尉がユーリ・ケラーネ少将の元から戻られました」 「む、それではいよいよ」 「はい。戦略情報部の今後の動きが判明したと」 「承知しました。それでは至急、ブリッジに戻ると致しましょう」 きらりと眼光を強めたラルが頷くと、固まりかけていた場の空気が再び動き出した。 ここを立ち去る切っ掛けを得てホッとした様子のレンチェフとル・ローアは、後送されるニッキを見送りにそそくさとポートへ向かい、メイは複雑な表情を浮かべながらもアムロにまた後でねと言い残し、オルテガを伴ってハンガーの奥に消えた。 一方、ブンむくれたままのハマーンは残りの一行と共にブリッジに向かう途中、血相を変えてやって来たミハルとハモンに大目玉を食らう事となった。 797 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20:23:36 ID:Km1FE2n60 [2/5] 冥い眼をした女であった。 無造作に切り揃えた癖の強い金髪を揺らし、その女が小型陸戦艇【ミニ・トレー】のブリーフィング・ルームに入って来た途端、部屋の温度が急激に下がったと感じたのはマット・ヒーリィだけではなかっただろう。 まるで目に見えない死神を纏わり付かせている様な陰の気を、女は全身から発散させていた。 「アリーヌ・ネイズン技術中尉以下ガンタンク小隊3名、只今到着いたしました」 アリーヌ、そして彼女と共に敬礼している2人を見て、ミケール・コレマッタ少佐は皮肉気に唇を歪めた。 「ふん、何とか間に合ったな。本日までに間に合わなかった場合、貴様等は揃って監獄へ逆戻りしていた所だ」 「なにをっ!?我々が遅れたのも、ヨーロッパのあちこちに駆り出されていたからだ!!」 色をなして詰め寄ろうとした部下の一人を無言で抑えるアリーヌ。その眼は冷静である。 アリーヌの部下で激昂した男は黒人、もう一人は白人だ。年齢はそれぞれ20代後半から30前半程だろうか。 ガンタンク小隊を名乗った3人ともが、幾度も修羅場を潜り抜けて来た面構えをしているところを見ると、彼等の言い分に嘘はなさそうだ。 しかしどう見ても20代前半にしか見えない小娘のアリーヌが、大柄な2人の男を完璧に支配下に置いている事をマットは奇妙に感じた。 階級が全てである軍隊では若輩者が部隊の長を務める事は珍しくは無いが、そういう場合、往々にして実力のあるベテラン兵が影ながら隊を取りまとめているものだ。 しかし、目の前の彼等は違う。 感情的に出た部下の行動を咄嗟に抑えた事で、彼女がかりそめの隊長ではないことが窺い知れる。 「ご心配は無用です。我々には確固とした目的がありますので」 「ふふふ、戦争終結後に特赦が出る様に精々頑張る事だ」 暗さを深めた眼で無表情に言い切ったアリーヌに対し、コレマッタはまたもや皮肉めいた笑いを向ける。 特赦・・・という事は、この3人は囚人兵なのかとマットは少なからず衝撃を受けた。 「貴様らガンタンク小隊と、そこにいる実験部隊の2人・・・」 こちらを振り向いたコレマッタに対し、マット・ヒーリィとラリー・ラドリーの2人は揃って渋面を浮かべる。 コレマッタが呼んだ実験部隊とは、マットが所属するMS特殊部隊第3小隊を指す。 今はこちらの方が通りがいい事も確かだが「実験部隊」はあくまでも蔑称なので本来、部隊長が直属の部下を指して使うべき言葉ではない。 それを判っていてあえて使う。つまりコレマッタとは、そういう男なのであった。 「そして、その戦技研の女を加えた我が第44独立混成部隊は!」 言いながらコレマッタは部屋の片隅に立つクリスチーナ・マッケンジーを横目でねめつける。 病的なその眼差しがねっとりと絡みつくと、気丈なクリスも生理的な嫌悪から、肌をゾッと粟立たせずにはおれなかった。 「・・・これより123高地攻略部隊の支援に向かう!」 「123?我々は144高地に向かう筈ではなかったのですか」 不審気な目を向けそう聞き返したマットも、彼自身の信念とはベクトルが逆方向を向いているこの上官を心の底から嫌っていた。 しかし麾下の部隊を次々に死地に追いやり消滅させる代わりに戦果を上げるコレマッタの手腕は、現場の強烈な批判とは裏腹に、ジャブロー上層部からはある程度の評価をもって受け容れられているのも事実だった。 結果としてコレマッタは依然として大隊指揮官であり続け、彼の元に配属された兵士達は消滅し続けた。 彼の部隊が【死神旅団】と一般兵から忌み嫌われる所以である。 ここ数日間行動を共にし、コレマッタをつぶさに観察してきたマットは、彼は信用するに値しない上官だという結論を早々と弾き出していた。 だからマットはいざとなれば、無体な命令から身体を張って部下を守る覚悟も決めている。 そしてその機会はそう遠くない日、例えば、今、この瞬間にも――― 訪れるのではないかという漠然とした予感もあった。 798 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20:24:47 ID:Km1FE2n60 [3/5] コレマッタはそんなマットの心情を知ってか知らずかくくくと笑った。 彼は猜疑心が強くヒステリー気質で、常に他者を見下し嘲笑する癖があるが、目下の者に対してはそれがあからさまに態度に出る。 「貴様はバカか?少しは頭を回らせろマット中尉。予定は変更されたのだ!!」 そんなの判る訳ねえじゃねえかとラリーが小声で毒づく横で、マットは無言で眉根を寄せた。 正式に発表されてはいないが、オデッサに篭るジオン軍が思いの他しぶとく、ここ暫くの間で連邦軍は相当の痛手を受けているらしいと専らの噂だ。 特に黒海の対岸に展開していた大規模長距離砲撃部隊が壊滅したというのが事実なら、連邦軍の思惑は大幅に狂わせられた筈だ。 ややもするとレビル将軍率いる本隊の到着が遅れているのも、戦局の悪化と関係があるのではないのかと勘ぐりたくもなって来る。 マットたちの部隊は当初こことは違う大隊に配属される予定だったが、急遽コレマッタの【死神旅団】に編入される事になった。 彼等の直接の上官であるコーウェン准将とクリスの所属する戦技研究団は共に悪名高き【死神旅団】の下に配下の優秀な人材を置く事を回避しようとしたが、結局はジャブロー本部の決定に抗う事は出来なかったのである。 「123高地を包囲している部隊の損耗がヤケに激しいのだ。全く・・・お粗末な話だ! あれだけの数を揃えても、ジオンの屑共を抑え切れんとはな!」 難儀な事に、自分のセリフに興奮して来たらしく、コレマッタの声は次第に大きくなってゆく。 「しかし私が出向くからには無様なマネは絶対に許さん! 現場に到着後、準備が整い次第、貴様らには正面突撃を敢行してもらう!」 「待って下さい」 大仰な手振りを交え、まさにこれから熱弁を揮おうとしたコレマッタをマットの冷静な声が遮り、熱狂に水を差されたこの上官は不機嫌そうに、今度は器用にアゴを歪めた。 「第3小隊だけなら構いません。しかし我々は今回、戦技研のテストパイロットであるマッケンジー中尉をガードする任務があります。 彼女を残して突撃する訳には行きません」 「何を言っている?その女も貴様らと共に突撃するのだから問題は無いではないか」 「彼女が突撃!?そんなバカな!!」 事も無げに言い放ったコレマッタにマットは驚いて食い下がった。 「何がバカだ貴様!?」 「彼女は戦闘要員じゃない! それに新兵器のロングレンジライフルは射程距離を大きく取らなければ正確なデータが・・・」 「ここの指揮官は私だ!全ての采配は任されている!」 「あなたは何を言っているんだ!!」 マットは語気が荒れるのを押さえる事ができなかった。 新兵器の開発は今後の戦局を左右しかねない重要なプロジェクトの筈だ。 だがこの上官は貴重なテストパイロットを一般兵と同様に考え、使い潰そうとしているとしか思えない。 「ぎゃあぎゃあ騒ぎなさんなよ中尉殿」 矯正されるのを覚悟の上でコレマッタに詰め寄ろうとしたマットを、今度は醒めた眼のアリーヌが、はすっぱな口調で遮った。 799 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20:25:49 ID:Km1FE2n60 [4/5] 「どうせ先陣はあたし達が切る事になるんだ。あんたらはその女のお守りしながらゆっくりついて来ればいいさ」 「何だって?」 怪訝そうにマットは聞き返す。RX-75ガンタンクなら良く知った機体だが、到底先陣を切れる様なシロモノではなかった筈だ 「勝手な事をほざくな中尉!!貴様らタンクは陸戦ジムのバックアップだ!!」 案の定、コレマッタが激昂した声で喚き散らしたものの、アリーヌは当惑顔で隣の黒人を見上げた。 「バックアップ?そりゃどうやればいいんだクズワヨ」 「さぁ?今までムリヤリ先陣を切らされてばかりでしたからねえ」 彼等のやりとりをコレマッタは全身をプルプルと震わせながら見ている。 プライドの異常に高い彼にとって、他者に馬鹿にされる事ほど我慢のできない事は無いのだろう。 「貴様ら・・・上官侮辱罪で・・・」 「お言葉ですがね隊長さん。この地上で『這いつくばった』あたし等のスピードに追いつけるMSなんて、ありゃしないんだよ」 「ガンタンクごときが・・・」 「ただのガンタンクじゃない!陸戦強襲型ガンタンクだ!!」 憎々しげに呟いたコレマッタにアリーヌは噛み付きそうな勢いで叫んだ。 しかしその耳慣れない名前をマットは確かめずにはおれなかった。 「陸戦強襲・・・何だって?」 「RTX-440の事ですね」 その時、部屋の隅でそれまで沈黙を守っていたクリスが初めて口を開いた。 アリーヌは意外そうに声の主を見やる。その顔にはほんの少しだが、人間的な表情が戻った様にマットには思えた。 「ほおう。あんた知ってるのかい」 「直接ジオン軍のMSと交戦する事を想定して開発された機体だと。でも確かあれは情報を盗まれて開発中止に・・・」 「あんたが戦技研で何を聞かされたか知らないがRTX-440は完璧さ!!それをあたし達が証明してやる!!」 「・・・・・・」 対峙する女性達の間でコレマッタが例によって何かを喚き散らしたが、その場の誰もがもう彼の事は眼中に無かった。 「途中休憩を挟んだとは言え、12時間以上走り通しでここに辿り着いたんだ。少しばかり寝かせて貰うよ」 「待て貴様!話はまだ済んでいないぞ!!」 2人の部下を促して踵を返したアリーヌにコレマッタは憤慨したが、振り返ったアリーヌは彼ではなくクリスとだけ一瞬視線を合わせると、キーキー騒ぐ上官を無視し、そのまま部屋を出て行ってしまった。 「よし、俺達も行こう。今のうちに少しでも身体を休めておくんだ」 「了~解ッ!」「わかりました」 「ま、待て!!」 アリーヌ達に続き、マットと彼の指示に嬉々として応じたラリーとクリスも唖然とするコレマッタの横を悠々と通り過ぎてブリーフィング・ルームを後にした。 その直後、偶然部屋の前を通りかかったオペレーターが、中で何事かを叫びながら、コレマッタが部屋備え付けの備品を手当たり次第に叩き壊しているであろう音を耳にしたが、何も聞かなかったフリをして足早にその場を離れたのは賢明であった。 そしてその約4時間後――― 不穏な空気を載せたまま、第44独立混成部隊は鉄の嵐が吹き荒ぶ東へと進路をとったのである。 922 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20:36:04 ID:TeAiC3Jo0 [2/5] 【青い木馬】のブリッジで赤い軍服を着た男が皆の前でヘルメットとマスクを外すと、ゆるくウエーブのかかった金髪の下の精悍な表情が露わになった。 「ミハル」 シャアが初めて見せる素顔に周囲が微かにどよめく中、彼はドアの脇に立っていた少女を呼び寄せ、手に持っていたヘルメットとマスクを彼女に預けると、そのままセイラの前に進み出た。 「ああ・・・キャスバル兄さん!」 「すまないアルテイシア、苦労をかけたな・・・!」 胸の中に飛び込んだセイラを男は静かに抱き締め、2人は互いに目を閉じたまま暫しの間抱き合った。 「ハモン、ワシは夢を見ているのか・・・」 「いいえ現実ですわあなた。これはすべて、あなたが現実になされた事です」 ラルにとって、かつて父親と共に仕えたジオン・ズム・ダイクンの忘れ形見である若き兄妹の抱擁は、まさに夢にまで見た情景だった。 「いいや、ワシ一人がやれた事など僅かだ。この邂逅は、皆の力がなければ成し遂げる事はできなかった・・・」 ラルは感動に震えた声でブリッジを見渡した。 今ここにいるブリッジ・クルーは躁舵手のアコースを筆頭に、その全てをラル隊のメンバーが勤めている。 最初こそぎこちなかったものの、今や彼等は自在にこの連邦製の強襲揚陸艦を操れる様になっていた。 手塩にかけたラル自慢の部下達、百戦錬磨の部隊の極めて高い順応力が、今回またしても証明されたのである。 部屋の中央キャプテン・シートの横にはシャアと共に無事帰還したクランプとコズン、その脇には今回バイコヌールから駆け付けたシーマとライデンがいる。 特にバイコヌール基地司令代理シーマ・ガラハウのバックアップが無ければ、ここまでスムースに事は運ばなかったに違いない。 ありとあらゆる手段を用いて青い木馬隊への補給を優先させているにも関わらず、マ・クベを納得させるだけの表向きの体裁を整え、他からの文句を完璧に封じ込めて見せたシーマ。 その手腕は、意外と言っては失礼だが彼女の戦略的な経理事務処理能力の高さを浮き彫りにした格好となった。 そしてシーマの指示を実行すべく、実働部隊を一手に率いて各地を飛び回ったジョニー・ライデンの活躍も見逃せない。 彼とシーマの呼吸はまさに阿吽のそれであり、シーマはその辣腕を実にのびのびと揮う事ができたのである。 彼等の後方ではサイド3のアンリ・シュレッサーからの勅使、アンディが安堵の笑顔を浮かべている。 誠実で任務に忠実、MSパイロットとしての腕も確かなアンディは使い勝手のいい男だ。 彼の情報とアンリから送られた新型MSが、青い木馬隊に新たな力と道筋をもたらしたのである。 戦闘要員はドアの向かって右側に、まず闇夜のフェンリル隊が陣取っている。 指揮官のゲラートをはじめル・ローア、レンチェフに加え、つい今しがた哨戒任務から帰還したばかりのマット・オースティン、シャルロッテ、ソフィの面々だ。 皆が皆、頼もしい顔つきをしている。オデッサに後送されたニッキは心配だが、幸いにも命に別状は無いとの事だ。 フェンリル隊は他に3名のメンバーがいるが、ダグラス・ローデンの隊と共に遊撃任務に就いており、現在はこの場所を離れている。 ツワモノ揃いの彼等は、今後とも信頼に足る働きをしてくれるに違いない。 923 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20:37:07 ID:TeAiC3Jo0 [3/5] 顧みれば黒い三連星、ガイア・オルテガ・マッシュの3人が、後部コンソール用のシートに背中を預け、それぞれがリラックスした姿勢でこちらを眺めている。 ちゃんとオルテガの隣にはメイ・カーウィンの姿があるのが微笑ましい。 誇り高き武人である彼等には相応の実力が備わっている事は言うまでも無いだろう。 彼等は基本的に自由な行動を約束されている特殊な小隊だが、数奇な縁で今は完全に青い木馬隊に草鞋を脱いでいる。 リーダーのガイア曰く『ここは水が合う』のだそうだ。彼等にはこれからも、これまで以上の活躍をして貰わねばなるまい。 そしてブリッジ側面大型スクリーンの前に立つ3人。 アムロ、ニムバス、バーニィという、シャアを助け今後のジオンを担うであろう若武者達の姿がラルの心を打った。 中でも特に、以前はキシリアに傾倒していたというニムバスを心酔させ、わだかまり無く年上のバーニィを従え、端倪すべからざるMS操縦技術を発揮するアムロ・レイは無限の可能性を秘めた逸材だ。 何よりも彼がセイラと共にジオンに降って来なければ、シャアとセイラ、いや、キャスバルとアルテイシアは戦場で互いに刃を向け合っていたかも知れないのだ。それが、悲劇的な結末にならなかったと、どうして言えよう。 若者の未来はジオンの未来でもある。 ゆくゆくは自分の後継者・・・などとおこがましい事を言うつもりは無いが、どんな事があろうとも彼等の身は守り通してやらねばならないとラルは固く心に決めている。 アムロ達の横にはマハラジャ・カーンの娘ハマーン・カーンと先程シャアからヘルメットとマスクを受け取ったミハル・ラトキエという少女がいる。 と、ハモンはそれまで誇らしげにブリッジにいる人間を見渡していたラルが、シャアのヘルメットを抱き締めているミハルで視線を止め、一転表情を曇らせた事に気がついた。 「どうされたのです、あなた」 「・・・ハモンよ。何故にあのような娘がここにいるのだ」 ミハルを凝視したまま小さくそう呟いたラルの横顔を見て、ハモンは咄嗟に真意を測りかね、眉根を寄せた。 2人は一同からやや離れた場所に立っている為、小声で話す彼等の会話は余人に聞こえていない。 「どういう意味です?」 「何故にキャスバル様は、あんな何の変哲もない難民の娘を傍に置いているのだと言っている」 少しばかりの険を含むラルの言葉に、なにがしかを合点したハモンは、更に眉根をきつく寄せ口を開いた。 「ミハルはとても気立ての良い娘ですわあなた。私は直に彼女と話し、そう確信しました」 「ならん!キャスバル様は大事なお体なのだぞ!玉の輿を狙うおかしな虫が付いては一大事・・・!」 小声でそう言いながらハモンを振り返ったラルは、そこで初めてハモンが自分に怖い顔を向けている事に驚いて口ごもった。 「・・・そう、おかしな虫が付いては一大事なのだ」 「虫?あなたは女性を虫扱いするのですか。あなたはそんな」 「待て。すまん、虫は言い過ぎだった、許せ」 本気で怒ったハモンは怖い。すかさず詫びる事でラルは最悪の事態を回避した。このあたりの空気の読み、流石は青い巨星である。 「しかしワシは認めんぞ。側女にするにしても、あの娘の器量では・・・」 「・・・あなた」 往生際悪くぶつぶつと文句を垂れる青い巨星にハモンは呆れた目を向ける。 戦う事以外は不器用な気骨の軍人ランバ・ラルが、キャスバルという若き当主の将来を慮るとこうなるのだろう。 ハモンに言わせれば是非も無いが、頑固なラルの性格を知り抜いている彼女はアプローチを変える事にした。 「何事かをミハルに申し付けてみれば宜しいのです。そうすれば恐らく、あなたの彼女を見る目も変る事でしょう」 「言われるまでもないわ。あの小娘に自らの分と言うものを弁えさせてやるまでよ。 何よりも、それがキャスバル様の為でもあり、あの娘の為でもあるのだ」 その口調といい態度といい、口うるさく若殿の世話を焼きまくる御家老といった様相を呈して来たラルである。 しかし、今後ダイクン派の旗頭となるキャスバルの傍に上がる女性にはそれ相応の覚悟と才覚が必要となるのは紛れもない事実なのだ。 うるさ方の家臣や近従を総じて納得させる事ができなければ、どちらにせよキャスバルの側に居続ける事など不可能だろう。 そういう意味で、ラルの言い分にも一分の理はある。 ミハルにとっては災難だろうが、今回の件はその試金石になる筈だとハモンは思った。 そして、ハモンはミハルを見守る様に、頑張りなさいと心の中でエールを送ったのである。 924 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20:38:11 ID:TeAiC3Jo0 [4/5] 「・・・ランバ・ラル」 「は・・・ははっ・・・!」 セイラを抱いたまま後方に控えるラルに声をかけたシャアは、ハモンと小声で何事かをやりとりしていたラルが、慌てて居ずまいを正すのを少しだけ待ってから言葉を継いだ。 「心から礼を言う。よくぞ今日まで妹を守り通してくれた」 「勿体なきお言葉・・・!」 「また、皆に世話をかける事になる。宜しく頼むぞ」 「ははっ・・・!」 深く畏まるラルにシャアは信頼の目を向け、首を巡らせてゲラートにも頷いた。 「クランプ、皆に状況の推移を報告してくれ」 「は」 シャアに名指しされたクランプは、ラルとは対照的に緊張を感じさせない物腰で笑った。 ここ暫くの間シャアと行動を共にしてきた者の余裕である。 「1415時に連邦軍小規模駐屯地を襲撃、主に61式戦闘車両撃破、確認戦果37。 損耗なし、負傷なし。1430時までに総員、敵地より撤収。続いて―――」 紙資料を挟み込んだバインダーを片手に報告を続けるクランプの後ろで両腰に手をやっていたコズンが、目が合ったアムロに右手の親指を立ててニカリと笑った。 「攻撃対象を北東20に駐屯していた同規模部隊に変更、1450時までにこれを壊滅、撤収。損耗、負傷なし」 「予想外に敵の数が多くて、ここで弾が切れた。まあやろうと思えばもう一箇所ぐらいはいけたとは思うがな」 クランプの後を引き継ぐ形でライデンが発言すると、シャアは首を横に振った。 「いや、十分な戦果だ。ここは無理をする所ではない」 「大佐の言う通りさジョニー、今回は挨拶代わりなんだ。焦るこたないさ」 シャアに続きシーマにも窘められたライデンは、首をすくめて了解の意を示す。 「流石は若様の指揮。見事なものです」 「おだてるなラル。それとな、その、若様はやめてくれ」 少々困った顔をしたシャアの苦言に、ラルは右拳の下側を左の掌にポンと打ちつけた。 「おお、そうでしたな!キャスバル様は今や我らの頭領。それでは御屋形様と・・・」 「い、いや、そうではない。私の事は大佐でいい」 普段はクールな兄の珍しく慌てた様子を見て、セイラは涙を拭いてクスクスと笑い、同じ様に笑っていたミハルと目を合わせ、遠目で頷き合った。 「あなた。キャスバル様のお立場は、私達以外の兵達にはまだ秘密にしておかなければなりませんのでしょう?」 「ぬお、そうであった。ワシとした事が喜びのあまり浮かれておった・・・!」 ハモンの言葉を受けたラルが思わず片手を後ろ頭に添えると、一同がどっと沸いた。 苦笑しながらシャアはセイラを離し、ミハルに近付くと彼女に預けてあったマスクとヘルメットを再び装着しながら口を開いた。 「ミハル、いつもの奴をここにいる人数分頼む。 この艦の厨房の場所は判るな?運び込んだ食材は好きに使っていい」 「あいよ」 無表情なマスクとは対照的に温かみのこもったシャアの声音と、嬉しそうにそれに応じるミハルの笑顔が驚いた表情を浮かべるラルの目前で交錯した。 2人のやりとりは実に自然で、若いカップルにありがちなぎこちなさが微塵も無い。 それでいて、まるで長年連れ添った夫婦の様に、短い会話の中にお互いへの信頼感が滲み出ているのだ。 「御覧なさいましたかあなた。あの2人に横から口を出すのはヤボというものです」 ハマーンを連れ、パタパタと急ぎ足でブリッジを退出して行ったミハルを目で追っていたハモンがそう語りかけたが、穏やかな目で何事かを思い巡らせている様子のラルに、彼女の言葉は聞こえていない様だった。
【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6-2 547 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:44:55 ID:wU4zbHzw0 [2/8] 砂塵が舞い、容赦なく太陽が照りつける荒涼とした大地。 今、その荒れ果てた黄土色の大地にめり込むようにして、片腕を吹き飛ばされた1機のMSが横倒しに崩れ落ちた。 腰部の辺りに千切れた動力パイプがだらりと垂れ下がりしばらくスパークしていたが、やがてそれも途絶えた。 ぼんやりと霞んだ視界。鼻の奥をツンと刺すアドレナリンのキナ臭い匂い。 口の中に広がる鉄の味。 確か以前にもこんな事があった気がする。いつだったっけな。 「おいっ!応答しろニッキ!!無事か!?」 『ル・ローア少尉、状況を報告して下さい!』 「ニッキのザクが直撃を食らった!ゲラート隊長に一旦後退すると伝えてくれ!」 『りょ・・・了解!』 「レンチェフ!!」 「了解だ!援護するから先に行け!!」 そうだあれは確か、ハイスクール時代、ガールフレンドのアリスをめぐって同級生の・・・ ・・・同級生の・・・誰だったっけな・・・・ リブル・・・そうだリブルだ。 リブルと本気で殴りあった時だ。 奴のパンチをもろにアゴに食らった時の感じに似ている。 いや、あの時のガールフレンドはジェニーだったかな・・・ 何だか首が痛くて思考がまとまらない。 「ぐっ・・・げほっげほっ・・・」 横倒しになったコックピットの中で小さく身を捩ったニッキ・ロベルト少尉は、身体に食い込むシートベルトの痛みに顔をゆがめ、小さく咳き込んだ。 「ニッキ!生きていたか!」 「・・・・・・ル・ローア少尉・・・」 安堵したル・ローアの声が耳朶に響き、ニッキはようやく片目をはっきりと開ける事が出来た。 衝撃でどこかにぶつけた際に割れたヘルメットバイザーの破片でコメカミを切ったのだろう。 顔面に流れ落ちた血液が入り込んで固まり、右の瞼は開かない。 「・・・やっちまったか・・・」 痛恨の面持ちでニッキが自嘲する。ザク乗りにとってこれはある意味予想されていたアクシデントだった。 初期型のザクⅡを地上用に改装したMS-06J【陸戦型ザクⅡ】の中には、重力下において≪ある角度から≫想定された以上の衝撃を受けると、パイロットの首に掛かるGを打ち消す為に一瞬だけシートベルトがたわみ、その際にヘルメットの一部がサイドパネルの一部分に当たってしまうという構造的な欠陥を抱えているものがあった。 ≪ある角度から≫という注釈が付く為に、衝撃を受けたケース全てに当てはまる訳ではないが、しばしば戦闘中にザクに搭乗するパイロットの被っているヘルメットバイザーが破損する事故が起きるのは、これが主な原因であった。 パイロット達はこの現象を忌み嫌っていたが設計段階で生じたコックピットレイアウト自体の問題である為、これらの機種における問題点の改善は根本的に不可能であった。 結局パイロット達には、事故を回避するには機体に重大な衝撃を受けるな、つまり、ヘマをするな・・・と揶揄を込めて厳命されるに留まった。 パイロット達が安心して身を預けられるコックピットは、後の機種、例えば06FZ等の完成を待たねばならなかったのである。 548 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:46:16 ID:wU4zbHzw0 [3/8] 「ぐあっ・・・」 ヘルメットを脱ごうとしたニッキは激痛でうめき声を上げた。 だらりと垂れ下がった右手が肩から上にあがらない。恐らくこちらは、骨折か脱臼をしているに違いない。 辛うじて動く体で必死にもがくニッキだったが全てのモニターがブラックアウトしている為にコックピット内は薄暗く、ほとんど何も見えない。 僅かに生き残った計器の明かりだけが自分は今、ザクの操縦席にいるのだという事を教えてくれているに過ぎないのだ。 「先行していたお前は、潜んでいた伏兵に至近距離からロケットランチャーの集中攻撃を浴びたんだ」 「ロケット・・・そうか・・・畜生・・・・・・ザクが歩兵にやられるなんて・・・」 「連邦も必死なんだ、命があっただけマシだと思え。動けるか?」 「・・・さっきからやってますが・・・すみません・・・」 「判った。もうしばらく後退したらハッチを開けてやるから、少しだけ辛抱していろ」 普段は彼に辛らつなル・ローアの声が今はやけに優しい。 「こちらル・ローア、ニッキは負傷している模様。 機体の損傷も激しく作戦続行不能。現在、ザクを牽引しつつポイントFに後退中」 『了解。どうか慎重に後退して下さい・・・!』 ニッキのいる暗いコックピットの中に、ル・ローアとセイラ・マスの通信のやりとりだけが響き、やがて機体がガリガリと振動し始めた。 ル・ローアのMS-07A【先行量産型グフ】が動けなくなったニッキのザクを引き摺って移動しているのだろう。 次第に意識がはっきりして来るのと同時に、ニッキの瞳には悔恨の涙が溢れ出した。 注意力が散漫になっていた。 もっとしっかり周囲を警戒していればこんな事にはならなかったのだ。 疲労と慢性的な睡眠不足など、理由にもならない。 「青い木馬隊」では通信士を勤めているセイラや整備班長のミガキはもちろん、14歳のメカニック少女ですら不眠不休で働いているのだ。 自分だけ文句など、言える筈が無い。 それなのに自分は彼等が精魂を込めて整備してくれた貴重なMSを、こうしてスクラップにしてしまったのだ。 そして今後はこのザク1機分の負担が、仲間たちに余分にのし掛かる事になる。 悔やんでも、悔やみきれない。 「泣くな!鬱陶しい!!」 微かに通信から聞こえるニッキのすすり泣きを一喝したル・ローアだが、彼も体調の悪さを精神力で補っている状態だった。 彼だけでは無い。それほど青い木馬隊の誰もが疲れ切っていたのである。 549 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:47:27 ID:wU4zbHzw0 [4/8] 「オデッサ作戦」それは、ジオンの大規模採掘基地があるオデッサ周辺地域の奪回と、バルカン半島から東欧にかけて広く展開するジオン軍の一掃を目的とする連邦軍の一大反攻作戦である。 ジオン軍の執拗な妨害にあいながらも物量に勝る連邦軍は、遂に先発部隊の配置を全て完了し、後はレビル将軍が座乗するビッグ・トレー級陸上戦艦【バターン】を擁する本隊の到着を待つばかりとなっていた。 旧地域でいうウクライナの中央、ドニエラル川のほとりにある鉱山基地キエフ。 厳密に言えば実際のオデッサから遠く離れているこの地は「オデッサ作戦」の最前線である。 そのキエフ鉱山基地第123高地に配置されたランバ・ラル中佐率いる「青い木馬隊」は、正式なオデッサ作戦発動前なのにもかかわらず四六時中、敵の攻撃に晒される事となった。 いまだ本隊が到着していないが、連邦軍は布陣が完了している先発部隊だけで順次、キエフに対し小規模な突撃を開始したからである。 物量に勝る連邦軍は、夜昼を分かたず各隊持ち回りで「押さば引け、引かば押せ」の揺さぶりを掛け、ジオン側を消耗させたと見るや迅速に退却するという波状攻撃を仕掛けた。 連邦の先発部隊にはMSが配備されておらず、61式戦車が中心である。 しかしそのぶん逃げ足は速く、おっとり刀で飛び出してきたザクをあざ笑う様に引くのが常の戦法だった。 かと言って戦力の絶対数が少ないジオンのMSが迂闊に単独で突出すると、待ってましたとばかりに広く布陣している連邦軍から十字砲火を受けてしまう。 先程のニッキのザクを例に取るまでも無く、連日の出撃で疲労困憊のジオン兵に罠も掛け放題である。 もちろんこれはあくまでも本隊到着までのつなぎであり、ジオン軍を牽制する目的以外の何ものでもない、豊富な物資を惜しげも無く投入できる連邦ならではの攻撃方法といえた。 制空権が辛うじてジオンにある以上、派手な爆撃などはできないが、兵員数差に物を言わせた完全交代制を確立し休養十分で戦いに望める連邦兵に対し、常にストレスに苛まれ、休む事なく戦闘を強いられるジオン兵。 これはジオン側にとって戦力をじわじわと削り取られる悪夢の戦法であり、戦いの趨勢は明らかであった。 しかしそれでもジオンは善戦している。 青い木馬隊指揮官ランバ・ラルと黒い三連星、ラルを補佐するゲラート・シュマイザー、ダグラス・ローデンの率いる部隊が獅子奮迅の働きを見せていたからである。 だがそれも限界に近いとル・ローアは感じていた。 つい昨日、拡大する敵の線戦を抑える為にフェンリル隊のスワガーとマニング、そしてサンドラはダグラス率いるMS特務遊撃隊に一時的に組み込まれ、青い木馬隊の守りを離れたばかりだった。  こんな状態が続けば、今後第二第三のニッキとなるのは自分かも知れないのだ。 ジオンには何か、大きな転換点が必要だった。それには・・・ 「いけねえ!奴ら増援を投入してきやがったぜ!!MSがいやがる!!」 レンチェフの大声でスピーカーの音が割れている。 ル・ローアがモニターに目を転ずると、61式を背後に下がらせた3機の連邦製MSがマシンガンを手にこちらに進んで来ているのが見えた。 オレンジがかった赤色のボディカラーには見覚えがある。たしか奴の持っているマシンガンは、ザクの装甲を紙の様に撃ち抜くはずだ。 「・・・敵はこちらが消耗するチャンスを狙っていたんだ。弾はあるか?」 「奴らを牽制する為に撃ち尽くしちまったよ。あと一斉射で終わりだな」 ル・ローアの問いに不敵な笑いを浮かべてレンチェフは答える。 彼の操縦するMS-07B【グフ】は装弾数が元々少ない上に連日の出撃で機体のコンディションも万全とは言いがたい。 そして白兵戦が主眼に置かれたグフは銃器の類を装備した敵MS複数を相手にするには分が悪い。 どれもこれもマイナスな状況だが、ま、なるようになるさとレンチェフはひとりごちた。 「・・・・ル・ローア少尉・・・俺の事は・・・」 「お前は黙ってろ!!」 またもやル・ローアがニッキを怒鳴りつけた。 動けないザクの中から聞えるニッキの声はか細く、息も絶え絶えである。 ル・ローアは静かに奥歯を噛み締めた。 狼の紋章を胸に抱く戦士は、決して仲間を見捨てたりはしない。 自分達は何としてでも目の前の敵を撃退し、重傷の仲間を無事に連れ帰らねばならないのだ。 550 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:48:32 ID:wU4zbHzw0 [5/8] 「すまんなレンチェフ、付き合ってもらうぞ」 「おう、やるしかねえぜ。ここが抜かれたら俺達のヤサの守りがガラ空きになっちまうからな」 「そういう事だ」 普段はあまりソリの合う2人では無かったが、互いの実力は認める間柄だ。 連携するに不備はない。 「セイラ聞えるか、ル・ローアだ。ゲラート隊長に繋いでくれ」 『了解、回線まわします』 緊迫した状況を察したセイラは無駄な問答や余計な手順を一切省き、涼やかな声でゲラートへ直接回線を繋ぐ。 ル・ローアは、状況の機微を瞬時に読むこの美貌のオペレーターを結構気に入っていた。 これは、素性やルックスだけでは決してその人間を認めない超堅物の彼にしては、非常に珍しい事だった。 『ゲラートだ』 「隊長、新たに現れた3機の敵MSを捕捉。交戦に入ります」 『・・・了解。至急増援を送る、それまで持ち堪えろ。これは命令だ、レンチェフも判ったな』 「了解!」「了解でありマース!」 ゲラートの命令に対しル・ローアは生真面目に、レンチェフはややおどけた復命を返す。 ル・ローアのコメカミに青筋が浮いた。 セイラとは大違いだ。この期に及んでコイツのこういう所が気に食わんのだとル・ローアは舌打ちしたい気分になった。 「・・・隊長はああ言ってくれたが戦力の余分は無い筈だ」 「判ってるよ。他の部隊は現在ほかの地点の防御に駆り出されているからな」 ル・ローアもレンチェフも、ゲラートの言葉はこちらに対する精一杯の手向けである事くらい承知している。 「稼働率は?」 「70%って所かな」 「ふ・・・俺のMS-07Aも似た様なものだ」 以前、レンチェフは当時隊にいたバーニィのヅダを援護する為に敵MS2体と大立ち回りを演じたが、機体コンディションがガタ落ちの今回はそうもいかないだろう。 「・・・もしアムロなら、奴ら相手にどう戦うかな?」 「んあ?何だ、やぶから棒に」 ニッキのザクを岩陰に引っ張り込みながらル・ローアがそう呟くと、レンチェフは虚を突かれたみたいな顔で返事を返した。 彼の脳裏にはバーニィと共に配属されて来た時の、あどけない顔をした赤毛の少年が思い出されている。 そう言えば、アムロが操るヅダ改の大活躍をまくし立てたシャルロッテの熱弁は・・・ちょっとした見物だった。 しかし多少の誇張はあったかも知れないが、アムロがヅダ改1機で8機もの敵MSを撃破したのは紛れも無い事実なのである。 たかだか3機のMSに対して決死の覚悟を決めなければならない凡人の自分達とは何という違いだろう。 「ニュータイプだっけか?そんな妙ちくりんな奴の考えなんざ知るか。 想像したくもねえ。不愉快だ!」 「ふふふ、確かに自分の手の届かない所にいる奴の事なんか、考えたくも無いもんだよな」 「ナニか言ったか!?」 噛み付くような勢いでレンチェフが怒鳴ると、ル・ローアはそれとは対照的な冷笑で応えた。 「聞こえなかったか?ならばもう一度言ってやろう」 「うるっせえ!黙れバーカ!!」 プライドの高いレンチェフはそう応えるしかなかったのだろう、内心では自分も同じだとル・ローアは苦笑した。 アムロは年齢も戦歴もMS搭乗時間も、全てにおいてル・ローア達には遠く及ばない。 にもかかわらず、パイロットとしての腕前は遥かに2人を凌駕している。 面白くない、全くもって面白くないが、そこには努力の類では埋められ無い何かが厳然として存在するのを認めざるを得ないのだ。 もはや自分達があの赤毛の少年に勝るものといえば唯一、経験の差ぐらいのものだろう。 それが判るだけに、二人共悔しくて堪らないのだ。 気に入らない連中を片っ端から上も下も関係なくぶっ飛ばして来たレンチェフだったが、相手が15歳の少年ではそれすらできない。 面白くない事、おびただしい。 ・・・しかし口では何と言おうと、仲間意識が強く部下想いの彼等は、結局何だかんだとアムロやバーニィ等の新兵の世話を焼いてしまうに決まっているのだったが。 551 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:49:45 ID:wU4zbHzw0 [6/8] 「そんな事よりだ、姫さん、いるかい?」 『はい、レンチェフ少尉』 レンチェフの突然の指名にも、セイラは慌てず冷静に対応する。 彼の目論見を察し、ル・ローアは顔を曇らせた。 「いつもの奴。頼むわ」 『・・・・・・』 ミノフスキー粒子が濃い為にモニターに顔は映らないが音声は明瞭に聞こえる。 セイラは数瞬だけ黙り込んだ後、万感の思いを込めて口を開いた。 『皆さんなら出来ます、どうかお気をつけて・・・!』 「お」 「・・・へへ、あんがとよ。 やっぱし隊長よりも姫さんにそう言われた方が、不思議とやれそうな気がするぜ」 ・・・同感だ。 戦闘前に不謹慎だぞとレンチェフを嗜めようとしたル・ローアの顔が綻ぶ。 レンチェフはもちろん、言わずもがなだ。 3機の敵MSはもうすぐ、射程圏内に入る。 「さあて。そろそろ行こうかい」 「うむ・・・む?待て、今敵の後方で何か光ったぞ」 その時、2人のグフの集音マイクが遅れて届いた微かな爆発音を拾った。 カメラをズームしたレンチェフが息を呑む。 552 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00:50:57 ID:wU4zbHzw0 [7/8] 「お、おい!ザクの群れだ!!敵の背後から現れたザクの群れが、61式をさんざんに蹴散らしてやがるぜ!」 「何だと、まさか・・・!」 ル・ローアも目を見張った。大混乱に陥った敵を蹂躙するどの機体も、通常のザクとは明らかに動きが違う。 良く見るとMSはザクだけではない。中にはグフやドムすら凌駕する機動を見せているものもある様だ。 「見ろ!先頭のザクの色を!!」 「おお!!」 華麗なステップで二連装150ミリ砲をかわし、返す刀で61式を撃破したザクの全身は赤くペイントされ、頭部にはブレードアンテナが装備されている。 それは、彼等が待ちに待っていた男が帰還した事を意味していた。 「あれは、赤い彗星・・・!」 「来たか!!む?」 快哉を叫びそうになったル・ローアの顔が引き締まった。 自軍の混乱に戸惑いを見せていた3機の敵MSが、一斉にこちらに向かって走り出したのである。 迂闊にこちらに背を向け、挟撃される愚を避けたのだ。 まずはこちらのMSを叩き、後顧の憂いを断ってから味方の援護に向かうつもりなのだろう。 戦術としては極めて正しいが、ル・ローア達にすればまずい事態が継続してしまった事になる。 しかし事態の急激な変転は続いていた――― 『10時方向、低空より高速で進入して来る機影あり!あっ・・・これは・・・!』 「おわ!?」 セイラの警告を聞くまでも無く、大混乱に陥っている敵陣の頭上を切り裂く様に1機のファットアンクルが飛び越えて来、同時に3機のMSが前部のハッチから吐き出されたのである。 先頭で飛び出した白いMSは、空中で更に加速をくわえ、まさに白い矢となり、こちらに向かって走り来ていたMS一体の首を後ろから追い抜きざまに切り飛ばした。 白いMSはスラスターを緩めず片足で着地しそのままジャンプすると空中で二度三度と軌跡を変え、反転するや、2体のグフの前に背中を見せてふわりと着地したのである。 白いMSが右の逆手で構えていたビームダガーを腰のホルスターに戻すと同時に、首の無くなった敵MSはつんのめる様に地面に倒れ伏した。 恐らく内部のパイロットは何が起こったのか理解できてはいない事だろう。 全てが別次元の戦いであった。 白いMSには僅かに遅れたものの、見る間に追い付いた2機のザクは仲間がやられて動転している残り2体の敵MSに襲い掛かった。 その間もこちらに背中を向けている白いMSは油断無く、いつでも2機のフォローに入れる体勢を取っているのがル・ローアには判る。 しかし白いMSの助けを受ける事も無く、2機のザクは相手をそれぞれバズーカとヒートホークで屠って見せた。 呆気にとられているル・ローアとレンチェフのグフに、白いMSが振り返る。 「ル・ローア少尉!レンチェフ少尉!お久し振りです、アムロ・レイ准尉、ただいま戻りました!」 コックピットハッチを開けて敬礼していたのは、紛れもないあの、赤毛の少年であった。 583 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10:36:08 ID:wSWchi/M0 [2/5] チューンUPされた赤いザク改を颯爽と駆るシャアを筆頭に、それぞれのイフリートで縦横無尽に暴れまわるシーマとライデン、新型ザクの圧倒的な感触を楽しむ様に敵を撃つクランプ、コズン、アンディ。 シャアの率いるMS部隊は駐屯していた連邦軍の分隊を早々に壊滅させた後、直ちに隣接して布陣している別の敵部隊を強襲すべく進撃を開始した。 シャアの目論見どおり、現在オデッサに篭もっている兵員と機動兵器が本作戦に投入されるジオンのほぼ全ての戦力だと認識していた連邦軍にとって、新たなMS部隊の強襲は寝耳に水の出来事となった。 敵陣営は混乱し、まともな迎撃態勢を執れずにいる。シャアとすればこのチャンスに乗じてできるだけ「青い木馬」隊周辺の敵戦力を殺ぎ取っておきたい所である。 手持ちの武器で可能な限り敵を叩く。腕の見せ所だぞとシャアは笑い、頼もしき彼の部下達もそれに対して不敵な笑顔で答えた。 進撃前にシャアは、アムロの小隊はこのまま4機の輸送機と共にル・ローア達と同行し、先に「青い木馬隊」本隊と合流するよう別命を下していた。 VTOLで離着陸できる4機の輸送機のうち、アムロの小隊を載せ戦場に駆けつけたファットアンクル以外の3機は現在、安全な場所で待機している。 それ等の輸送機はシャア達が敵部隊を殲滅し、進路がクリアとなってからこちらに呼び寄せる手筈となっている。 今頃はちょうど連絡が届き、輸送機はこちらに向かっている筈だ。 それらの中で待機し、皆の無事を案じていたミハルやハマーンも胸を撫で下ろしている事だろう。 ちなみに4機ある輸送機のうち、3機はMS運搬用だが残りの1機にはさまざまな補給物資が満載されている。 ロドス島集積基地にはMSこそ無かったものの、これらの輸送機をはじめ資材・食材などの豊富な物資がストックされており、シャアは今回それらほぼ全てを徴用した形となった。 補給が滞りがちなジオン兵にとって、これらは何よりの活力となる事だろう。 動かなくなったザクのハッチが外から強制開放され、ル・ローアとレンチェフの二人掛かりでコックピットからニッキが助け出されるのを、地面に降り立ったアムロとバーニィは不安げに見つめている。 「ニッキ少尉!」 「しっかりして下さいニッキ少尉!!」 「・・・よ、ようアムロ、バーニィも・・・元気そうじゃないか、お前ら・・・」 地面に横たえられたニッキ・ロベルトは自分をのぞき込む二人を見て、満身創痍ながらもそう言って笑った。 レンチェフの手でヘルメットを慎重に外されたニッキの血だらけの顔を、アムロはポケットから引っ張り出した滅菌布で丁寧に拭う。 その間に素早くニッキの身体を検査したル・ローアは小さく安堵のため息をついた。 「ど、どうなんですル・ローア少尉、ニッキ少尉の具合は・・・!?」 「チアノーゼ無し、拍動、血圧共に正常。内蔵にダメージは無さそうだ。 右肩脱臼と軽いムチウチ、あとは顔面の切り傷だけだな。大した事はない」 心配顔のバーニィに対し、ル・ローアは事も無げに言い放った。 「だ、脱臼でしょう?・・・重傷じゃないですか!」 思わず抗議の声を上げたアムロを、ニヤニヤ笑いのレンチェフが遮る。 「重傷?違うぜアムロ。脱臼なんてモンはなぁ・・・!」 「あ、ちょ・・・!待って下さいレンチェフ少尉!アムロ!少尉を止めろ!!早く!!」 戸惑い顔のアムロを押し退け、自分を薄ら笑いを浮かべて見下ろしているレンチェフを恐怖の眼差しで見上げるニッキ。 やがてレンチェフのゴツイ腕でガッシリと肩を掴まれ、強引に上半身を起こされたニッキの切ない悲鳴に続いてグキッという鈍い音が真昼の荒野に響き渡った。 「ピーピーうるせえよ。ホレ、入ったぜ」 「~~~~~~~~~~・・・・・・」 レンチェフにそう言われても、涙目でガックリと頭を垂れているニッキは言葉も出せない。 荒療治の瞬間は目を逸らしてしまったアムロだったが、だらりと垂れ下がっていたニッキの腕が、一瞬のうちに通常の位置に戻されているのを見て目を丸くした。 少々荒っぽくは見えたが、それは迅速で的確な施術であったのだ。 MS備え付けの救急キットからハサミを取り出したレンチェフはニッキの軍服を素早く切り裂き、治療を施した肩に医療用テープを何重にも巻き付け、むき出しになっ た上半身に腕を固定する様に更にテープを巻き付けた。 その段取りは異様に手慣れていて、迷いというものが無い。衛生兵も真っ青というやつだ。 584 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10:37:23 ID:wSWchi/M0 [3/5] 「この腕は2週間は動かすな。今日から3日間はシャワーも禁止だ」 「わかりました・・・ぁあ有り難うございます・・・」 何時にないほど真面目な顔のレンチェフにそう言われたニッキは、蚊の鳴くような声で大人しく従うしかない。 「ん?何だアムロ」 憧憬の眼差しで自分を見ているアムロに気付いたレンチェフは怪訝な表情を浮かべる。 「・・・いえ、その。尊敬、してました」 「よせやい。こんなのは誰でも経験さえ積みゃできる」 顔を歪め掌を追い払う様に振ったレンチェフだったが、アムロに賞賛されてまんざらでもなさそうだなとル・ローアは苦笑した。 「ニッキ、役立たずとなったお前はオデッサに後送だ」 「ル・ローア少尉・・・」 一転、厳しい顔でこちらに向き直ったル・ローアにそう告げられたニッキは絶句する。 「ついでに精密検査をキッチリしてもらえ。念の為だ。 間抜けなお前の抜けた穴は、このアムロが十分に埋めてくれるだろうから心配するな」 「・・・・・・」 「そんな・・・!」 再度抗議の声を上げかけたアムロを抑え、ふたたび俯いたニッキは唇を噛みしめた。 すべてが言われた通りであり、異論を差し挟む余地はない。 無駄を嫌うル・ローアは、事実しか口にしないのだ。 「悔しいか?ならば一日でも早く身体を治して隊に復帰しろ」 「・・・了解です」 ニッキには判っている。 ル・ローアは全てにおいてこういう言い方しかしないが、これが彼流の不器用な優しさなのだ。 「はああ・・・」 まだまだだとニッキは深呼吸しながら小さく首を振った。 普段は誰も口にしないがレンチェフとル・ローアは一兵卒から叩き上げの少尉であり、シャルロッテや自分は士官学校出の新米少尉だ。 階級は同じでも現場での、いや人間としての実力はいろんな意味で雲泥の差だというのを嫌でも実感させられるのはこんな時だ。 うかうかしてはいられないなとニッキはアムロとバーニィを見た。 アムロは言うまでもないが、バーニィもなかなかどうして磨けば光る原石だとニッキは睨んでいる。 意地でも自分より年少のこの二人には負けられない。 身体はダメージを食らってしまったが、その分燃え立つ闘志を再確認する事ができた。 そう考えると身体が熱くなり、なんだか怪我の回復が早まって行く気がする。 生きている限り汚名返上のチャンスはあると、ニッキは気持ちをすっぱり切り替える事にした。 もともとポジティブなのが自分の最大の長所だと自負している。 俺はまだやれる、やってやるぞと密かに心に誓ったニッキだった。 585 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10:38:37 ID:wSWchi/M0 [4/5] 『准尉。後方から友軍のMS接近。どうやらランバ・ラル中佐のMS-07Bのようです』 「ラル中佐が!」 その時、一行の中で唯一ザクに搭乗し、周囲を策敵警戒していたニムバスから通信が入った。 アムロとバーニィの顔がパッと輝く。 フェンリル隊の3人も随喜の目線を交わし合っている。 ゲラートは自分たちの危機に、木馬隊最後の砦たるラルに出撃を要請してくれたのだ。 援軍を送ると言った彼の言葉は嘘ではなかったのである。 そして、部隊指揮官でありながら、単機で駆け付けてくれたランバ・ラルに改めて感謝と尊敬の念を覚える。 流石に彼らの敬愛するゲラート・シュマイザー少佐が心酔している漢なだけの事はある。 「アムロ!バーニィ!良く戻った!良く戻ったな!!」 ワイヤータラップでグフのコックピットから降下しながらランバ・ラルは恰幅の良い体躯を揺らして破願した。 地面に飛び降りる間ももどかしそうに、強い力で若い2人を掻き抱く。 「男子三日あわざれば活目して見よと言う。 ワシには判るぞ。おまえ達、男の顔になったな」 逞しい腕に肩を叩かれ、2人の少年兵は感極まった。 しかし涙は見せない。ラルにそう言われてしまったからには意地でも涙は、見せられない。 だからアムロは、違う言葉を口にした。 「ラル中佐、少し痩せられたのではありませんか」 「こいつめ!十年早いわ!」 呵々と愉快そうに笑ったラルに突然一歩下がって敬礼したアムロに、バーニィも倣って敬礼する。 「アムロ・レイ准尉、バーナード・ワイズマン伍長そして」 アムロがそう言って後方のザク改を見上げると、コックピットハッチを開けて、中のパイロットが敬礼しているのが見えた。 『高い場所から失礼致します!』 外部スピーカー越しにそう言ったパイロットに向けてラルは地上から答礼を返す。 「・・・ニムバス・シュターゼン中尉の3名、シャア・アズナブル大佐の命により本日只今の時刻をもって【青い木馬隊】に合流致します!」 「アムロ准尉はシャア大佐に認められ、今や、この小隊の隊長なのでありますラル中佐!」 「な、なんと・・・!」 アムロの口上を補足したバーニィの言葉に、今度はラルが感極まった。 「・・・・・・」 「・・・」 「・・・」 こみ上げて来るさまざまな感情を胸に、敬礼の手を挙げたまま、無言の3人。 顔面がクシャクシャになりそうになるのを必死で堪えているラルの肩が震えている。 何度か口を開こうとするも、下手をすると嗚咽が漏れてしまいそうで迂闊に声を出す事ができないラルを、フェンリル隊の3人は微笑んで眺めている。 なるほど、これがこの漢の下に集った兵士が皆命知らずになる道理なのかとル・ローアは密かに感心もしている。 やがてラルは少しだけ俯き、敬礼していた掌を両目の縁に当て、軽くつまむ様な仕草を見せると一度だけ咳払いをし、再び顔を上げた。 「良く来てくれた。我々は諸君を歓迎するぞ。ようこそ【青い木馬隊】へ!」 そこには少々両目が赤い事を除けば、威風堂々としたいつものラルの顔があった。 613 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/05(日) 00:04:41 ID:h6jtlQ4o0 [2/4] 本来のジルコニウム採掘作業を行う際、各掘削地に機材や人員を派遣する中継地としての役割を担う関係上、鉱山基地キエフ第123高地には中規模な駐屯施設が敷設されている。 現在この場所を根城として「青い木馬隊」を筆頭に、大小を合わせると30を超えるジオンの部隊が集っていた。 しかしこの地に併設されていた地下格納庫に「青い木馬」たるペガサス級強襲揚陸艦の巨体が収まりきる筈もなく、施設脇に着陸した木馬の周囲は仮設プレートフェンスで覆われ、艦橋部分と主翼の一部が僅かに上部から覗いている状態になっている。 施設の周囲には急遽塹壕などが掘られたりはしたが、元々戦闘を考慮して造られてはいないフェンスや施設には防弾機能など無く、最前線の備えにしてはかなり心許ないというのが正直なところだった。 しかしランバ・ラルやダグラス・ローデンの再三の施設補強要請にも関わらず、オデッサに陣取るマ・クベ大佐はのらりくらりと補給を先延ばし、結局何の改善もされぬまま今日に至っている。 このやり切れない状況には流石のラルが「ワシの力不足だ。これでは兵士達があまりにも報われん」と嘆いたのも無理からぬ物があった。 照りつける太陽と吹き抜けてゆく砂混じりの乾いた風が、ひび割れた黄土色の大地に立つ少女の髪を弄っている。 仮設フェンスを挟み、「青い木馬」の隣に着陸した輸送機からミハル・ラトキエと共に降り立ったハマーン・カーンは、目の前を慌しく行き交うジオン兵の顔がどれも疲れ切っている事に驚いていた。 恐らく疲れているのは彼等の肉体だけではないのだとハマーンは思う。 先の見えない不安とゆるやかな絶望・・・まるで綿ボコリの様に澱んだ憔悴が、ここにいる全ての人間の身体に降り積もっているようだ。 「ハマーン、あれ、アムロ達じゃない?」 「あ・・・!」 押し寄せる周囲の感情に染まりそうになり、我知らず息苦しさを感じ始めていたハマーンは、ミハルの声に救われた様に振り返った。 ミハルの指さす先には林立する仮設テントの向こう、青いMSに先導され開け放たれた施設のハンガーに向かう数機のMSが見えた。 その中に他のジオン製MSとは明らかに異彩を放つ白いMSも見える。あれは間違いなくアムロ・レイのものだ。 頬を弾ませ思わずハンガーへ向けて駆け出しかけたハマーンだったが、突然現れた人影に前を遮られ、たたらを踏んで立ち止まった。 「失礼、ハマーン・カーン様ですね? お待ちしておりました。私はランバ・ラルの妻、ハモンと申します」 見上げるとそこには美しい金髪を結い上げた、落ち着いた眼差しの大人の女性が微笑んでいる。 ハマーンは少しだけ後ずさりし、気を取り直した様に「いかにも私はハマーンだ」と、何時もの調子で気張った名乗りを上げた。 「主人からハマーン様を丁重におもてなしするよう託って(ことづかって)おります。 そちらのミハル・ラトキエさんと、ご一緒に」 「え・・・あ、あたしも?」 いきなり自分の名前を呼ばれたミハルは目を丸くした。 これから先はジオン要人の娘であるらしいハマーンと、単なる難民でしかない自分の扱いは違って来るだろうと密かに覚悟していたのである。 でも他人からぞんざいに扱われるのは慣れていたし、大佐やハマーンの傍に自身の拠り所さえあれば何て事は無いと、そう思っていたのだ。 しかし戸惑うミハルの横でハマーンは安心したように胸をそびやかせた。 「当然だ。ミハルは私の命の恩人なのだからな!」 「ありがとう、ハマーン・・・」 ミハルはそんなハマーンを優しく抱き締める。 そんな彼女にクスクス笑いながら近付いたハモンは、ミハルの耳元でそっと囁いた。 『・・・シャア大佐がね。あなたの事をくれぐれも、ですって。あなた、大佐のお気に入りなのね』 「!」 その瞬間、ミハルはハマーンを抱き締める力を思わず強めてしまい、ハモンの言葉が聞こえなかったハマーンは満足そうな顔でにこにことミハルを見上げた。 そんな少女たちの様子を見て何かを察したらしいハモンは、それ以上は何も言わず、微笑みながらミハルからさりげなく身を離した。 614 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/05(日) 00:05:48 ID:h6jtlQ4o0 [3/4] 「2人ともお疲れでしょう。お部屋を用意してあります、こちらへ」 「ま、待って。その前にあの格納庫に行きたい・・・んだ」 踵を返して歩き出そうとしたハモンに慌てて訴えるハマーン。 ハモンが振り返るとハマーンは先程アムロ達のMSが入っていったハンガーを指さしている。 「あそこにはMSや重機があってとても危険です。 それに正直に言いますと、部外者の侵入は作業をする人達の邪魔になるのです」 「そうだよハマーン、アムロにはまた後で会えるさ」 少しだけ顔を曇らせたハモンと、慰めるようなミハルの視線に一旦はおとなしく頷いたハマーンだったが、ミハルとハモンが並んで後ろを向き、何かを小声で話しながら歩き出した隙にそっと列を抜け出し、脱兎の如く格納庫へ向かって走り出した。 走りながらハマーンがちらりと振り返ると、何だかモジモジしながらハモンの問いに答えているミハルの後姿が見えた。 遠目で判るほどに耳が赤い。 めずらしい事に普段あれだけ気の回るミハルが、ハマーンが自分の後ろからいなくなった事に全く気付いていないのである。 2人が何を話しているのかは判らないが、取り敢えずはラッキーだと彼女は小さく舌を出して笑みをのぞかせた。 戦場にそぐわない、愛らしい12歳の少女がツインテールを揺らして疲れ切った兵士達の脇を風のように駆け抜けてゆく。 何故こんな娘がここにいるのだと擦れ違う兵士達は一様に唖然としたが、それでも溌剌とした躍動感に溢れる少女がハンガーの中に消えるまでの間、彼女の姿を眼で追っていた兵士達は、暫し疲れを忘れる事ができた。 634 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01:52:03 ID:5jGRBxGU0 [2/5] 息せき切って駆け込んで来るなり、ハマーン・カーンは格納庫内部に充満する暑さと猛烈な機械油の臭いにむせかえってしまった。 クレタ島やロドス島のMSハンガーは空調がきちんと効いていたのだが、どうやらここはそうではないらしい。 口を押さえてせき込みながらもハマーンはきょろきょろと目を細めて辺りを見回し、アムロの姿を探す。 やがてハマーンの目が次第に建物内部の暗さに慣れてくるに従って、ハンガーの中にはハモンの言った通り、整備中のMSがずらりと立ち並んでいるのが見えてきた。 殺気立って仕事に臨んでいるメカニック達が機材を抱え彼女の側を次々と通り過ぎてゆくが、意外な事に、この少女を咎めだてる者は誰もいない。 血走った瞳の作業員達の表情から鑑みるに、余計な事にかかずらわっている時間は無いらしい。 しかし遂に、誰にも注意されない事を良い事に格納庫の奥に歩を進めようとしたハマーンを、 「ちょっと!あなた何!?」 という、鋭い声が竦ませた。 驚いて振り返ったハマーンが目にしたのは、ちょうど今、彼女の後から格納庫に入って来たらしい少女が物凄い剣幕でこちらを睨み付けている姿だった。 髪を無造作なポニーテールに纏め、ハマーンよりも1~2歳年上だと思われるその少女は、奇妙な事に背後に巨大な体躯の軍人を従えている。 「ここは部外者立ち入り禁止よ!?さっさと出て行きなさい!!早く!」 ポニーテール少女は建物の外を指差して大声で喚き立てた。 しかし、ほとんど自分と同年代にしか見えない少女の偉そうな物言いに、ハマーン生来の負けん気が燃え上がった。 「黙れ!私は部外者ではない!!新型MSのテストパイロットだ・・・った事もある!!」 「あのねえっ!つくならもっとマシな嘘をつきなさいよ!! あなたみたいなガキんちょがMSに乗るほどジオンは落ちぶれちゃいないわ!!」 「ガ、ガキんちょだと貴様!?私を愚弄したなっ!? き、貴様こそガキんちょのクセに!部外者はここから出て行け!!」 「ははん!」 その途端、ハマーンよりも少しだけ背の高いその少女は腕組みをし、上から目線でせせら笑った。 「お生憎様、私はここの技術主任なのー!!残念だったわね」 「なっ・・・!?貴様こそ、もっとマシな嘘をついたらどうだ!!」 少女の自信たっぷりな態度に内心たじろぎながらもハマーンは、負けてはいない。 場合によっては取っ組み合いさえも辞さない構えだ。 「あーもう面倒くさいなあ・・・オルテガ中尉、この子をここからつまみ出してちょうだい」 「えっ!?ここで俺に振るのか・・・!?」 一歩も引かないハマーンに業を煮やしたポニーテール少女は腕組みしたまま首を巡らせ、ついに背後の軍人に命令を下した。 しかし、軍服を着た類人猿似の大男には明らかに躊躇いがある。 「当ったり前じゃないの。こういう時の為に中尉はいてくれてるんでしょ?」 「いやしかし、この子はどう見てもメイより年下だしなあ・・・手荒なマネはだな・・・・・・」 「ん、もうっ!」 小さく両肩を怒らせ片足で地面を踏みつけたポニーテール少女に言外に役立たずと言われ、巨漢の軍人はその身体を申し訳なさそうに縮み込ませた。 その時、 「ハマーンじゃないか。どうしてこんな所にいるんだ?」 誰かが大声で彼女の名を呼んだ。 ハマーンが振り返ると、バーニィやニムバスら見知った顔を含む数人の男達と共に歩き来ていたアムロ・レイがこちらに向けて手を振っている。 アウェイのフィールドで心強い味方を見つけ出した時の笑みを、瞬時にハマーンは浮かべた。 635 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01:53:03 ID:5jGRBxGU0 [3/5] 「アムローッ!!」 しかし彼女がその名を口にするよりも先に、何と目前の生意気なポニーテールが彼の名を呼びながらハマーンを片手で突き飛ばし、ハマーンがよろけている隙に彼女の横を抜けてアムロに掛け寄り、あろう事かしっかりと抱きついてしまったのである。 「メイ!?」 「おかえりアムロ・・・!!」 ハマーンはあんぐりと口を開けた。どうやら二人は知り合いだったらしい。 もしかして、ここ恋人どどっど同士だとでも、と真っ白になりかけたハマーン。 しかし良く良く見れば、アムロは抱きついてきた少女をどうしたものかと持て余している。実はそれほど親密な仲、という訳でもないらしい。 それを抜け目なく見て取ったハマーンは、剣呑な息を吐き出して辛うじて平常心を取り戻す事ができた。 「久しぶりだな、メイ!」 「バーニィ!あなたも無事だったのね!良かった!!」 「ははは、ついででも嬉しいよ」 生意気なポニーテールは横から顔を出したバーニィにも笑顔を向けた。 アムロに抱きついたままでの挨拶に、バーニィは片目をつぶって苦笑している。 「そういえばアムロ、痛った――――――――――いっ!?」 真面目な目をしてアムロに何かを言い掛けた少女の尻を、その時すたすたと歩み寄ってきたハマーンが思い切り蹴り上げたのである。 腰の入った見事なミドルキックに少女の臀部はドスッと重い音を立て、その身体は瞬間、エビの様にのけぞった。 「離れろ!アムロが困ってる!!」 「~~~~~~~~~~てんめェ・・・やんのかこらぁ―――――っ!!」 「キャ――――――――――ッ!?」 アムロから離れ、涙目でお尻を押さえていた少女はハマーンのツインテールの片方を思い切り引っ張った。 「おお、こりゃいかん」 一行の最後尾から事の成り行きをニヤニヤと面白そうに眺めていたランバ・ラルだったが、泥沼のキャットファイトに発展しそうな雲行きに慌てて周囲の男達にブレイクを命じた。 絡み合って地面に転がった2人の少女は彼らの手でようやく引き離され、荒い息を吐きながら互いににらみ合った。 「落ち着けってば!やめろハマーン!!」 「放せアムロ!あ、あいつは私の顔を引っかいた!」 ハマーンの背後からフルネルソンの要領で両腕を拘束していたアムロは、彼女の右頬にくっきりと付いた3本の赤いミミズ腫れを見てゾッと肩をすくめた。 「何よ!何でアッチがアムロで私の方にはバーニィが来るのよ!!」 「そ、そんな事いていていて!足を踏むなメイ!!」 ハマーンと同じ体勢でバーニィに捕まえられているメイと呼ばれたポニーテール少女は、バーニィの拘束を振り解こうと彼の足を踏みまくっている。 「2人共いい加減にしないか!彼女はメイ・カーゥイン。 14歳だけど優秀なエンジニアなんだ。ここの技術主任でもある」 「え?ほ、本当に!?」 アムロの言葉にハマーンは目を丸くして暴れるのを止めた。 「この子はハマーン・カーン。 マハラジャ提督の娘さんで、地中海のクレタ島ではMSの開発にも携わっていた」 「ええ!?その子の言ってた事、嘘じゃなかったの!?」 メイもアムロの説明にびっくりし、バーニィの足を踏むのを忘れた。 「・・・聞いた事があるわ。ザビ家直属の何とかって機関が、地上でもニュータイプ専用のMSを開発してるって話」 一時の興奮が去り、冷静に話し始めたメイからバーニィはホッとして手を放した。 636 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01:54:17 ID:5jGRBxGU0 [4/5] 「そう。あなたが・・・・・・嘘つき呼ばわりして、ごめんなさい」 素直に自分の非を認め、頭を下げたメイに戸惑ったハマーンは、ばつが悪そうにそっぽを向いた。 その様子を見たアムロも、もう大丈夫そうだなと彼女の腕をそっと放す。 メイはハマーンの事を痛々しそうに見つめている。 今もってジオニック社と太いパイプを持つ彼女は、今大戦においてキシリア・ザビ首魁の秘密機関が、年端もいかない子供達を使って行っている非人道的な研究の事を伝え聞いていた。 サイド3からやって来たアンディがクランプとコズンを伴い、マハラジャ提督の娘の救出に向かった事をメイは知っていたし、ジオニックの別ラインから地中海の島に実験施設がある事を聞き及んでいた彼女は、アムロの言葉で全てを諒解したのである。 俯いていたハマーンが、顔を上げぬまま口を開いた。 「・・・本当の事を言うと、私がやっていたのはシミュレーションテストだけなんだ。 MSに乗った事なんて一度もない・・・だから、テストパイロットというのは、本当は・・・」 あれほど意固地だったハマーンが、ぽつぽつと素直な心情を零している。 自分に向けられた敵意にはあくまでも対抗するが、正直な気持ちには我知らず正直な気持ちで答えてしまうしおらしさが、今のハマーンにはあった。 「ううん、あなたは私の知らないMSの立派なテストパイロットよ」 いきなり自分の両手をメイに握られて、ハマーンはハッと顔を上げた。 「あなたにアドバイスを貰う事だってあるかも知れないわ。 だから今後はあなたがハンガーに入る事を許可します。その代わり、作業場では絶対にヘルメット着用よ。守れる?」 「も、もちろん!」 ハマーンは顔を輝かせながらにっこり笑っているメイの手をぶんぶんと振った。 何となくアムロを巡る争い(!)はウヤムヤになり、2人の少女が仲直りしたらしい事を察して、彼女達を取り囲んでいたアムロ、バーニィ、ニムバス、ル・ローア、レンチェフ、オルテガ、そしてラルからも安堵の溜息と笑顔が漏れる。 何せこの場にいる漢達は、揃いも揃ってうら若き女性の扱いを不得手としている者ばかりであるからして、こういう局面では全くと言っていいほど役には立たない。 「そう言えば、オルテガ中尉はメイがあれ程くっ付いているアムロをぶっ飛ばしたりはしないんですね」 「アムロの奴には借りがあるからな・・・まあ仕方あるまい」 興味深そうにこっそり話しかけて来たバーニィにオルテガは神妙に答えたが、すぐに歯を剥き出してニタリと笑った。 「だが貴様がもしメイにチョッカイを出したりしたら・・・容赦はせんぞ」 「め、滅相もないです!」 思い切り首を振りながら全否定したバーニィに、オルテガは良い心がけだと笑いながらその肩を二度三度と結構な力を込めて叩いた。 689 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00:03:42 ID:zAFEL8nQ0 [2/5] 「ラル中佐、本当に我々はシャア大佐の援軍に向かう必要はないのですか」 「若ほど戦上手な武人はおらん。引き際は弁えておられるさ。 それにライデンやシーマ殿も同行しているのだ、心配は無い。我等はただ、御帰還を待っておれば良いのだ」 目の前の騒ぎが一段落したのを見て本日何度目かの進言を口にしたル・ローアだったが、ラルに自信たっぷりにそう返されてしまえば、うるさ型の彼も引くしかない。 アムロはシャアに対するラルの信頼の深さを改めて思い知り、小さくは無い羨望を覚えた。 果たして自分は、彼と同様にラルの信頼を勝ち得る事ができるのだろうか。そんな事を考えながらアムロはメイの横に立つ巨漢に眼を向けた。 「そう言えばオルテガ中尉。ガイア大尉とマッシュ中尉はどちらにおられるのですか?」 「あいつらはそれぞれ別の小隊を率いて哨戒中だ、俺はまあ後詰めって訳だ。 こんな状況じゃあ、黒い三連星はバラけていた方が効率がいい」 こんな状況というオルテガの言葉に、アムロは広い格納庫内を見渡しながらなるほどと頷いた。 ずらりと並ぶハンガーラックに懸架・格納されているMSや兵器の類は良く言えば多種多様、悪く言えばあまりにも雑多でまとまりが無さ過ぎた。 整備待ちのMSと重機が互い違いに鎮座している、奥に見えているのは巨大な戦車であろうか。 現場の混乱が察せられるというものだ。取り敢えずやって来た部隊を到着順に詰め込みましたというのが恐らくは正しい。 これら、この地にかき集められた人員、機材を「使える部隊」に再編成する際、それを率いる能力を持つ小隊指揮官は、極めて貴重な人材だ。 普段はチームで行動している黒い三連星の3人は、それぞれが熟練の指揮官に匹敵する実力を持っている。どんな部隊も彼等に任せておけば間違いは無いだろう。 オルテガがバックスとしてここに陣取っていたからこそ、ラルはゲラートに指揮を任せ、フェンリル隊の援軍に駆けつける事も出来たのである。 「――――ラル中佐は、おいでになりますか」 その時、凛然と響き渡った涼やかな声に、一同は全員、格納庫の入り口を振り返った。 逆光の中に立つ、ラルの名を呼んだ女性のシルエットは繊細で、あたりを払うかの様な気品がある。 瞬間、吹き込んできた風にまばゆい金髪がさらりと流れ、女性の肩できらきらと輝いた。 690 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00:04:46 ID:zAFEL8nQ0 [3/5] 「セ・・・セイラ、さん・・・?」 判っている筈なのに、アムロは思わず息を呑み、そう呟かずにはいられなかった。 「あっ・・・!」 背後から強く差し込む日差しに輪郭をぼやかしたセイラがアムロを認め、彼女は光の中で笑顔になった。 ラルやメイをはじめ、ここに常駐している人間が軒並み日焼けをしているのとは対照的に、セイラの肌は以前と変わらず、透き通るほどに白い。 細くゆるやかな曲線を描く眉、聡明な意志の強さを秘めた切れ長の蒼眼、すらりと流れる形の良い鼻梁、笑う時に両の口角が悪戯っぽく上がる桜色の唇。 ―――だが そのどれもがアムロの知るセイラのものでありながら、以前の彼女と比べて圧倒的に何かが違う。 薄暗いガレージを急ぎ足でこちらに駆け寄る彼女の全身が、まるで陽の下から抜け出たそのままに、淡く光ってほのかに輝き続けている。そんな風に見えるのだ。 これは一体どういう事なのだろうとアムロは何度も瞼をしばたかせた。 横に立つバーニィも、セイラがこちらに近付いて来るにしたがって次第に強まる存在感に気圧され、眩しそうに目を細めている。 サイド3の上流階級で育ち、貴婦人と呼ばれる淑女を見慣れているはずのハマーンもセイラの醸し出すオーラに圧倒され、言葉をなくした。 仕方無さそうにハマーンの隣でメイも溜息をついている。しかし目前のセイラから目を逸らす事はできない。 「何と麗しい御方だ・・・」 同様にニムバスも感服した声で呟き、騎士らしい仕草で静かに拝礼の姿勢を取った。 真面目なル・ローアは好意的な視線を送り、レンチェフですら野卑な態度を自重してしまう。 辛うじて平静を装えているのは彼女を誇らしげに見やるランバ・ラルと、あくまでもメイのガードポジションに立つ事に拘りを見せるオルテガぐらいのものだ。 しかしその2人にしても、はたして内心でどうなのかは定かではない。 「姫様は美しくなられただろう」 「ラル中佐・・・?」 いつの間にか横に並んだラルがそっと囁き、アムロは我に返った。 「お前達と別れ各地を転戦するうちに、姫様は苦戦する我が隊の中である種の覚悟を決められた様だ」 「覚悟・・・」 「うむ。自分を偽らず、本来あるべき姿に戻られる事を、是とされたのだろう」 「あるべき姿・・・」 惚けた顔でうわ言の様にラルの言葉を反芻するアムロの前に、遂にセイラは辿り着いた。 距離が近いとより一層確信が持てる。 美しさと共に、何となく他人を拒絶する雰囲気をも内包していたかつてのセイラとは、明らかに違う。 今のセイラの輝きは、老若男女を問わず、あまたの人間を魅了せずにはおれないだろう。 691 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00:05:47 ID:zAFEL8nQ0 [4/5] 「お帰りなさい、アムロ」 「 」 嬉しそうに頬を上気させたセイラは心もち潤んだ瞳をアムロに向け、それを直視したアムロは胸の鼓動が一気に高まり、咄嗟に返事をする事ができなかった。 「・・・無事にまた会えて本当に良かった。みんな・・・とても、心配していたのよ・・・?」 「す、済みませんでした・・・」 どうして良いか判らず、取り敢えず頭を下げてしまったアムロにセイラは小さく吹き出し、左の目尻を軽く曲げた右手の人差し指で払った。 以前よりセイラの髪は伸びている。長くなった分、横への広がりが控え目になり、軽く肩と背中にかかる感じに落ち着いている。 そのプラチナブロンドをさらりと揺らし、セイラがバーニィに視線を移してようやく、アムロは息をする事を思い出した。 どうも呼吸も忘れて彼女に見とれていたらしい。きっと頭がくらくらしたのは酸欠のせいでもあったのだろう。 「もちろんあなたの事もよバーニィ」 「自分ごときにきょ、きょ恐縮でありますっ!」 セイラの笑顔に直立不動で答えたバーニィに、さっきとはえらく態度が違うじゃないのとメイが呆れた目を向ける。 「大人っぽくなったわ。2人共、何だか逞しくなったみたい」 セイラにそう褒められた少年兵2人は顔を見合わせて大いに照れた。 が、赤くなっているアムロの顔とは裏腹に、その態度にただ事ではない何かを感じ取ったハマーンの顔がみるみる蒼白となった。 次の瞬間、目の前に展開する不可視のバリヤーを突き破る勢いでハマーンは前に出、バーニィを押し退けてセイラの前に立っていた。 その際ハマーンのヒジが鋭角的にバーニィの脇腹にぶち込まれ、瞬間息の止まった彼は脇にくず折れて悶絶しているが、断じてわざとではない。 「私はハマーン・カーン。アムロは・・・私を助け出してくれたのだっ!」 「・・・!」 瞬間、セイラの眼はハッと見開かれ、目の前の少女を見る眼差しが真剣なものに変わった。 「ど、どうしたんだよ、ハマーン」 先程激しくやり合ったメイとはまるで格の違う相手を前にして、ハマーンの顔には焦りの色がありありと見て取れる。 必死で自分の腕を掴みセイラを睨み付け、どうだとばかりに胸を張っているハマーンを見て慌てるアムロとは対照的に、セイラは静かに彼女を見つめている。 しかし、やがて彼女も凛として口を開いた。 「私も、アムロに助けられたの。私にとっても、アムロは命の恩人よ」 「えっ・・・!?」 一瞬、セイラの清辣な眼光に射竦められた気がしてハマーンは硬直した。 不覚にも、牽制したつもりが真っ向から受けて立たれ、逆に虚を突かれてしまったのである。 「・・・姫様、それがしへの用向きを伺いましょう」 更に何かを口にしようとしたセイラをしかし、穏やかな声音のラルが絶妙なタイミングで制した。 セイラはあっと我に返り、ここに来た本来の目的を思い出して含羞の表情を浮かべる。 「そ、そうでした。先ほどジェーン・コンティ大尉がユーリ・ケラーネ少将の元から戻られました」 「む、それではいよいよ」 「はい。戦略情報部の今後の動きが判明したと」 「承知しました。それでは至急、ブリッジに戻ると致しましょう」 きらりと眼光を強めたラルが頷くと、固まりかけていた場の空気が再び動き出した。 ここを立ち去る切っ掛けを得てホッとした様子のレンチェフとル・ローアは、後送されるニッキを見送りにそそくさとポートへ向かい、メイは複雑な表情を浮かべながらもアムロにまた後でねと言い残し、オルテガを伴ってハンガーの奥に消えた。 一方、ブンむくれたままのハマーンは残りの一行と共にブリッジに向かう途中、血相を変えてやって来たミハルとハモンに大目玉を食らう事となった。 797 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20:23:36 ID:Km1FE2n60 [2/5] 冥い眼をした女であった。 無造作に切り揃えた癖の強い金髪を揺らし、その女が小型陸戦艇【ミニ・トレー】のブリーフィング・ルームに入って来た途端、部屋の温度が急激に下がったと感じたのはマット・ヒーリィだけではなかっただろう。 まるで目に見えない死神を纏わり付かせている様な陰の気を、女は全身から発散させていた。 「アリーヌ・ネイズン技術中尉以下ガンタンク小隊3名、只今到着いたしました」 アリーヌ、そして彼女と共に敬礼している2人を見て、ミケール・コレマッタ少佐は皮肉気に唇を歪めた。 「ふん、何とか間に合ったな。本日までに間に合わなかった場合、貴様等は揃って監獄へ逆戻りしていた所だ」 「なにをっ!?我々が遅れたのも、ヨーロッパのあちこちに駆り出されていたからだ!!」 色をなして詰め寄ろうとした部下の一人を無言で抑えるアリーヌ。その眼は冷静である。 アリーヌの部下で激昂した男は黒人、もう一人は白人だ。年齢はそれぞれ20代後半から30前半程だろうか。 ガンタンク小隊を名乗った3人ともが、幾度も修羅場を潜り抜けて来た面構えをしているところを見ると、彼等の言い分に嘘はなさそうだ。 しかしどう見ても20代前半にしか見えない小娘のアリーヌが、大柄な2人の男を完璧に支配下に置いている事をマットは奇妙に感じた。 階級が全てである軍隊では若輩者が部隊の長を務める事は珍しくは無いが、そういう場合、往々にして実力のあるベテラン兵が影ながら隊を取りまとめているものだ。 しかし、目の前の彼等は違う。 感情的に出た部下の行動を咄嗟に抑えた事で、彼女がかりそめの隊長ではないことが窺い知れる。 「ご心配は無用です。我々には確固とした目的がありますので」 「ふふふ、戦争終結後に特赦が出る様に精々頑張る事だ」 暗さを深めた眼で無表情に言い切ったアリーヌに対し、コレマッタはまたもや皮肉めいた笑いを向ける。 特赦・・・という事は、この3人は囚人兵なのかとマットは少なからず衝撃を受けた。 「貴様らガンタンク小隊と、そこにいる実験部隊の2人・・・」 こちらを振り向いたコレマッタに対し、マット・ヒーリィとラリー・ラドリーの2人は揃って渋面を浮かべる。 コレマッタが呼んだ実験部隊とは、マットが所属するMS特殊部隊第3小隊を指す。 今はこちらの方が通りがいい事も確かだが「実験部隊」はあくまでも蔑称なので本来、部隊長が直属の部下を指して使うべき言葉ではない。 それを判っていてあえて使う。つまりコレマッタとは、そういう男なのであった。 「そして、その戦技研の女を加えた我が第44独立混成部隊は!」 言いながらコレマッタは部屋の片隅に立つクリスチーナ・マッケンジーを横目でねめつける。 病的なその眼差しがねっとりと絡みつくと、気丈なクリスも生理的な嫌悪から、肌をゾッと粟立たせずにはおれなかった。 「・・・これより123高地攻略部隊の支援に向かう!」 「123?我々は144高地に向かう筈ではなかったのですか」 不審気な目を向けそう聞き返したマットも、彼自身の信念とはベクトルが逆方向を向いているこの上官を心の底から嫌っていた。 しかし麾下の部隊を次々に死地に追いやり消滅させる代わりに戦果を上げるコレマッタの手腕は、現場の強烈な批判とは裏腹に、ジャブロー上層部からはある程度の評価をもって受け容れられているのも事実だった。 結果としてコレマッタは依然として大隊指揮官であり続け、彼の元に配属された兵士達は消滅し続けた。 彼の部隊が【死神旅団】と一般兵から忌み嫌われる所以である。 ここ数日間行動を共にし、コレマッタをつぶさに観察してきたマットは、彼は信用するに値しない上官だという結論を早々と弾き出していた。 だからマットはいざとなれば、無体な命令から身体を張って部下を守る覚悟も決めている。 そしてその機会はそう遠くない日、例えば、今、この瞬間にも――― 訪れるのではないかという漠然とした予感もあった。 798 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20:24:47 ID:Km1FE2n60 [3/5] コレマッタはそんなマットの心情を知ってか知らずかくくくと笑った。 彼は猜疑心が強くヒステリー気質で、常に他者を見下し嘲笑する癖があるが、目下の者に対してはそれがあからさまに態度に出る。 「貴様はバカか?少しは頭を回らせろマット中尉。予定は変更されたのだ!!」 そんなの判る訳ねえじゃねえかとラリーが小声で毒づく横で、マットは無言で眉根を寄せた。 正式に発表されてはいないが、オデッサに篭るジオン軍が思いの他しぶとく、ここ暫くの間で連邦軍は相当の痛手を受けているらしいと専らの噂だ。 特に黒海の対岸に展開していた大規模長距離砲撃部隊が壊滅したというのが事実なら、連邦軍の思惑は大幅に狂わせられた筈だ。 ややもするとレビル将軍率いる本隊の到着が遅れているのも、戦局の悪化と関係があるのではないのかと勘ぐりたくもなって来る。 マットたちの部隊は当初こことは違う大隊に配属される予定だったが、急遽コレマッタの【死神旅団】に編入される事になった。 彼等の直接の上官であるコーウェン准将とクリスの所属する戦技研究団は共に悪名高き【死神旅団】の下に配下の優秀な人材を置く事を回避しようとしたが、結局はジャブロー本部の決定に抗う事は出来なかったのである。 「123高地を包囲している部隊の損耗がヤケに激しいのだ。全く・・・お粗末な話だ! あれだけの数を揃えても、ジオンの屑共を抑え切れんとはな!」 難儀な事に、自分のセリフに興奮して来たらしく、コレマッタの声は次第に大きくなってゆく。 「しかし私が出向くからには無様なマネは絶対に許さん! 現場に到着後、準備が整い次第、貴様らには正面突撃を敢行してもらう!」 「待って下さい」 大仰な手振りを交え、まさにこれから熱弁を揮おうとしたコレマッタをマットの冷静な声が遮り、熱狂に水を差されたこの上官は不機嫌そうに、今度は器用にアゴを歪めた。 「第3小隊だけなら構いません。しかし我々は今回、戦技研のテストパイロットであるマッケンジー中尉をガードする任務があります。 彼女を残して突撃する訳には行きません」 「何を言っている?その女も貴様らと共に突撃するのだから問題は無いではないか」 「彼女が突撃!?そんなバカな!!」 事も無げに言い放ったコレマッタにマットは驚いて食い下がった。 「何がバカだ貴様!?」 「彼女は戦闘要員じゃない! それに新兵器のロングレンジライフルは射程距離を大きく取らなければ正確なデータが・・・」 「ここの指揮官は私だ!全ての采配は任されている!」 「あなたは何を言っているんだ!!」 マットは語気が荒れるのを押さえる事ができなかった。 新兵器の開発は今後の戦局を左右しかねない重要なプロジェクトの筈だ。 だがこの上官は貴重なテストパイロットを一般兵と同様に考え、使い潰そうとしているとしか思えない。 「ぎゃあぎゃあ騒ぎなさんなよ中尉殿」 矯正されるのを覚悟の上でコレマッタに詰め寄ろうとしたマットを、今度は醒めた眼のアリーヌが、はすっぱな口調で遮った。 799 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20:25:49 ID:Km1FE2n60 [4/5] 「どうせ先陣はあたし達が切る事になるんだ。あんたらはその女のお守りしながらゆっくりついて来ればいいさ」 「何だって?」 怪訝そうにマットは聞き返す。RX-75ガンタンクなら良く知った機体だが、到底先陣を切れる様なシロモノではなかった筈だ 「勝手な事をほざくな中尉!!貴様らタンクは陸戦ジムのバックアップだ!!」 案の定、コレマッタが激昂した声で喚き散らしたものの、アリーヌは当惑顔で隣の黒人を見上げた。 「バックアップ?そりゃどうやればいいんだクズワヨ」 「さぁ?今までムリヤリ先陣を切らされてばかりでしたからねえ」 彼等のやりとりをコレマッタは全身をプルプルと震わせながら見ている。 プライドの異常に高い彼にとって、他者に馬鹿にされる事ほど我慢のできない事は無いのだろう。 「貴様ら・・・上官侮辱罪で・・・」 「お言葉ですがね隊長さん。この地上で『這いつくばった』あたし等のスピードに追いつけるMSなんて、ありゃしないんだよ」 「ガンタンクごときが・・・」 「ただのガンタンクじゃない!陸戦強襲型ガンタンクだ!!」 憎々しげに呟いたコレマッタにアリーヌは噛み付きそうな勢いで叫んだ。 しかしその耳慣れない名前をマットは確かめずにはおれなかった。 「陸戦強襲・・・何だって?」 「RTX-440の事ですね」 その時、部屋の隅でそれまで沈黙を守っていたクリスが初めて口を開いた。 アリーヌは意外そうに声の主を見やる。その顔にはほんの少しだが、人間的な表情が戻った様にマットには思えた。 「ほおう。あんた知ってるのかい」 「直接ジオン軍のMSと交戦する事を想定して開発された機体だと。でも確かあれは情報を盗まれて開発中止に・・・」 「あんたが戦技研で何を聞かされたか知らないがRTX-440は完璧さ!!それをあたし達が証明してやる!!」 「・・・・・・」 対峙する女性達の間でコレマッタが例によって何かを喚き散らしたが、その場の誰もがもう彼の事は眼中に無かった。 「途中休憩を挟んだとは言え、12時間以上走り通しでここに辿り着いたんだ。少しばかり寝かせて貰うよ」 「待て貴様!話はまだ済んでいないぞ!!」 2人の部下を促して踵を返したアリーヌにコレマッタは憤慨したが、振り返ったアリーヌは彼ではなくクリスとだけ一瞬視線を合わせると、キーキー騒ぐ上官を無視し、そのまま部屋を出て行ってしまった。 「よし、俺達も行こう。今のうちに少しでも身体を休めておくんだ」 「了~解ッ!」「わかりました」 「ま、待て!!」 アリーヌ達に続き、マットと彼の指示に嬉々として応じたラリーとクリスも唖然とするコレマッタの横を悠々と通り過ぎてブリーフィング・ルームを後にした。 その直後、偶然部屋の前を通りかかったオペレーターが、中で何事かを叫びながら、コレマッタが部屋備え付けの備品を手当たり次第に叩き壊しているであろう音を耳にしたが、何も聞かなかったフリをして足早にその場を離れたのは賢明であった。 そしてその約4時間後――― 不穏な空気を載せたまま、第44独立混成部隊は鉄の嵐が吹き荒ぶ東へと進路をとったのである。 922 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20:36:04 ID:TeAiC3Jo0 [2/5] 【青い木馬】のブリッジで赤い軍服を着た男が皆の前でヘルメットとマスクを外すと、ゆるくウエーブのかかった金髪の下の精悍な表情が露わになった。 「ミハル」 シャアが初めて見せる素顔に周囲が微かにどよめく中、彼はドアの脇に立っていた少女を呼び寄せ、手に持っていたヘルメットとマスクを彼女に預けると、そのままセイラの前に進み出た。 「ああ・・・キャスバル兄さん!」 「すまないアルテイシア、苦労をかけたな・・・!」 胸の中に飛び込んだセイラを男は静かに抱き締め、2人は互いに目を閉じたまま暫しの間抱き合った。 「ハモン、ワシは夢を見ているのか・・・」 「いいえ現実ですわあなた。これはすべて、あなたが現実になされた事です」 ラルにとって、かつて父親と共に仕えたジオン・ズム・ダイクンの忘れ形見である若き兄妹の抱擁は、まさに夢にまで見た情景だった。 「いいや、ワシ一人がやれた事など僅かだ。この邂逅は、皆の力がなければ成し遂げる事はできなかった・・・」 ラルは感動に震えた声でブリッジを見渡した。 今ここにいるブリッジ・クルーは躁舵手のアコースを筆頭に、その全てをラル隊のメンバーが勤めている。 最初こそぎこちなかったものの、今や彼等は自在にこの連邦製の強襲揚陸艦を操れる様になっていた。 手塩にかけたラル自慢の部下達、百戦錬磨の部隊の極めて高い順応力が、今回またしても証明されたのである。 部屋の中央キャプテン・シートの横にはシャアと共に無事帰還したクランプとコズン、その脇には今回バイコヌールから駆け付けたシーマとライデンがいる。 特にバイコヌール基地司令代理シーマ・ガラハウのバックアップが無ければ、ここまでスムースに事は運ばなかったに違いない。 ありとあらゆる手段を用いて青い木馬隊への補給を優先させているにも関わらず、マ・クベを納得させるだけの表向きの体裁を整え、他からの文句を完璧に封じ込めて見せたシーマ。 その手腕は、意外と言っては失礼だが彼女の戦略的な経理事務処理能力の高さを浮き彫りにした格好となった。 そしてシーマの指示を実行すべく、実働部隊を一手に率いて各地を飛び回ったジョニー・ライデンの活躍も見逃せない。 彼とシーマの呼吸はまさに阿吽のそれであり、シーマはその辣腕を実にのびのびと揮う事ができたのである。 彼等の後方ではサイド3のアンリ・シュレッサーからの勅使、アンディが安堵の笑顔を浮かべている。 誠実で任務に忠実、MSパイロットとしての腕も確かなアンディは使い勝手のいい男だ。 彼の情報とアンリから送られた新型MSが、青い木馬隊に新たな力と道筋をもたらしたのである。 戦闘要員はドアの向かって右側に、まず闇夜のフェンリル隊が陣取っている。 指揮官のゲラートをはじめル・ローア、レンチェフに加え、つい今しがた哨戒任務から帰還したばかりのマット・オースティン、シャルロッテ、ソフィの面々だ。 皆が皆、頼もしい顔つきをしている。オデッサに後送されたニッキは心配だが、幸いにも命に別状は無いとの事だ。 フェンリル隊は他に3名のメンバーがいるが、ダグラス・ローデンの隊と共に遊撃任務に就いており、現在はこの場所を離れている。 ツワモノ揃いの彼等は、今後とも信頼に足る働きをしてくれるに違いない。 923 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20:37:07 ID:TeAiC3Jo0 [3/5] 顧みれば黒い三連星、ガイア・オルテガ・マッシュの3人が、後部コンソール用のシートに背中を預け、それぞれがリラックスした姿勢でこちらを眺めている。 ちゃんとオルテガの隣にはメイ・カーウィンの姿があるのが微笑ましい。 誇り高き武人である彼等には相応の実力が備わっている事は言うまでも無いだろう。 彼等は基本的に自由な行動を約束されている特殊な小隊だが、数奇な縁で今は完全に青い木馬隊に草鞋を脱いでいる。 リーダーのガイア曰く『ここは水が合う』のだそうだ。彼等にはこれからも、これまで以上の活躍をして貰わねばなるまい。 そしてブリッジ側面大型スクリーンの前に立つ3人。 アムロ、ニムバス、バーニィという、シャアを助け今後のジオンを担うであろう若武者達の姿がラルの心を打った。 中でも特に、以前はキシリアに傾倒していたというニムバスを心酔させ、わだかまり無く年上のバーニィを従え、端倪すべからざるMS操縦技術を発揮するアムロ・レイは無限の可能性を秘めた逸材だ。 何よりも彼がセイラと共にジオンに降って来なければ、シャアとセイラ、いや、キャスバルとアルテイシアは戦場で互いに刃を向け合っていたかも知れないのだ。それが、悲劇的な結末にならなかったと、どうして言えよう。 若者の未来はジオンの未来でもある。 ゆくゆくは自分の後継者・・・などとおこがましい事を言うつもりは無いが、どんな事があろうとも彼等の身は守り通してやらねばならないとラルは固く心に決めている。 アムロ達の横にはマハラジャ・カーンの娘ハマーン・カーンと先程シャアからヘルメットとマスクを受け取ったミハル・ラトキエという少女がいる。 と、ハモンはそれまで誇らしげにブリッジにいる人間を見渡していたラルが、シャアのヘルメットを抱き締めているミハルで視線を止め、一転表情を曇らせた事に気がついた。 「どうされたのです、あなた」 「・・・ハモンよ。何故にあのような娘がここにいるのだ」 ミハルを凝視したまま小さくそう呟いたラルの横顔を見て、ハモンは咄嗟に真意を測りかね、眉根を寄せた。 2人は一同からやや離れた場所に立っている為、小声で話す彼等の会話は余人に聞こえていない。 「どういう意味です?」 「何故にキャスバル様は、あんな何の変哲もない難民の娘を傍に置いているのだと言っている」 少しばかりの険を含むラルの言葉に、なにがしかを合点したハモンは、更に眉根をきつく寄せ口を開いた。 「ミハルはとても気立ての良い娘ですわあなた。私は直に彼女と話し、そう確信しました」 「ならん!キャスバル様は大事なお体なのだぞ!玉の輿を狙うおかしな虫が付いては一大事・・・!」 小声でそう言いながらハモンを振り返ったラルは、そこで初めてハモンが自分に怖い顔を向けている事に驚いて口ごもった。 「・・・そう、おかしな虫が付いては一大事なのだ」 「虫?あなたは女性を虫扱いするのですか。あなたはそんな」 「待て。すまん、虫は言い過ぎだった、許せ」 本気で怒ったハモンは怖い。すかさず詫びる事でラルは最悪の事態を回避した。このあたりの空気の読み、流石は青い巨星である。 「しかしワシは認めんぞ。側女にするにしても、あの娘の器量では・・・」 「・・・あなた」 往生際悪くぶつぶつと文句を垂れる青い巨星にハモンは呆れた目を向ける。 戦う事以外は不器用な気骨の軍人ランバ・ラルが、キャスバルという若き当主の将来を慮るとこうなるのだろう。 ハモンに言わせれば是非も無いが、頑固なラルの性格を知り抜いている彼女はアプローチを変える事にした。 「何事かをミハルに申し付けてみれば宜しいのです。そうすれば恐らく、あなたの彼女を見る目も変る事でしょう」 「言われるまでもないわ。あの小娘に自らの分と言うものを弁えさせてやるまでよ。 何よりも、それがキャスバル様の為でもあり、あの娘の為でもあるのだ」 その口調といい態度といい、口うるさく若殿の世話を焼きまくる御家老といった様相を呈して来たラルである。 しかし、今後ダイクン派の旗頭となるキャスバルの傍に上がる女性にはそれ相応の覚悟と才覚が必要となるのは紛れもない事実なのだ。 うるさ方の家臣や近従を総じて納得させる事ができなければ、どちらにせよキャスバルの側に居続ける事など不可能だろう。 そういう意味で、ラルの言い分にも一分の理はある。 ミハルにとっては災難だろうが、今回の件はその試金石になる筈だとハモンは思った。 そして、ハモンはミハルを見守る様に、頑張りなさいと心の中でエールを送ったのである。 924 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20:38:11 ID:TeAiC3Jo0 [4/5] 「・・・ランバ・ラル」 「は・・・ははっ・・・!」 セイラを抱いたまま後方に控えるラルに声をかけたシャアは、ハモンと小声で何事かをやりとりしていたラルが、慌てて居ずまいを正すのを少しだけ待ってから言葉を継いだ。 「心から礼を言う。よくぞ今日まで妹を守り通してくれた」 「勿体なきお言葉・・・!」 「また、皆に世話をかける事になる。宜しく頼むぞ」 「ははっ・・・!」 深く畏まるラルにシャアは信頼の目を向け、首を巡らせてゲラートにも頷いた。 「クランプ、皆に状況の推移を報告してくれ」 「は」 シャアに名指しされたクランプは、ラルとは対照的に緊張を感じさせない物腰で笑った。 ここ暫くの間シャアと行動を共にしてきた者の余裕である。 「1415時に連邦軍小規模駐屯地を襲撃、主に61式戦闘車両撃破、確認戦果37。 損耗なし、負傷なし。1430時までに総員、敵地より撤収。続いて―――」 紙資料を挟み込んだバインダーを片手に報告を続けるクランプの後ろで両腰に手をやっていたコズンが、目が合ったアムロに右手の親指を立ててニカリと笑った。 「攻撃対象を北東20に駐屯していた同規模部隊に変更、1450時までにこれを壊滅、撤収。損耗、負傷なし」 「予想外に敵の数が多くて、ここで弾が切れた。まあやろうと思えばもう一箇所ぐらいはいけたとは思うがな」 クランプの後を引き継ぐ形でライデンが発言すると、シャアは首を横に振った。 「いや、十分な戦果だ。ここは無理をする所ではない」 「大佐の言う通りさジョニー、今回は挨拶代わりなんだ。焦るこたないさ」 シャアに続きシーマにも窘められたライデンは、首をすくめて了解の意を示す。 「流石は若様の指揮。見事なものです」 「おだてるなラル。それとな、その、若様はやめてくれ」 少々困った顔をしたシャアの苦言に、ラルは右拳の下側を左の掌にポンと打ちつけた。 「おお、そうでしたな!キャスバル様は今や我らの頭領。それでは御屋形様と・・・」 「い、いや、そうではない。私の事は大佐でいい」 普段はクールな兄の珍しく慌てた様子を見て、セイラは涙を拭いてクスクスと笑い、同じ様に笑っていたミハルと目を合わせ、遠目で頷き合った。 「あなた。キャスバル様のお立場は、私達以外の兵達にはまだ秘密にしておかなければなりませんのでしょう?」 「ぬお、そうであった。ワシとした事が喜びのあまり浮かれておった・・・!」 ハモンの言葉を受けたラルが思わず片手を後ろ頭に添えると、一同がどっと沸いた。 苦笑しながらシャアはセイラを離し、ミハルに近付くと彼女に預けてあったマスクとヘルメットを再び装着しながら口を開いた。 「ミハル、いつもの奴をここにいる人数分頼む。 この艦の厨房の場所は判るな?運び込んだ食材は好きに使っていい」 「あいよ」 無表情なマスクとは対照的に温かみのこもったシャアの声音と、嬉しそうにそれに応じるミハルの笑顔が驚いた表情を浮かべるラルの目前で交錯した。 2人のやりとりは実に自然で、若いカップルにありがちなぎこちなさが微塵も無い。 それでいて、まるで長年連れ添った夫婦の様に、短い会話の中にお互いへの信頼感が滲み出ているのだ。 「御覧なさいましたかあなた。あの2人に横から口を出すのはヤボというものです」 ハマーンを連れ、パタパタと急ぎ足でブリッジを退出して行ったミハルを目で追っていたハモンがそう語りかけたが、穏やかな目で何事かを思い巡らせている様子のラルに、彼女の言葉は聞こえていない様だった。 .

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