【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part7-1

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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part7-1 8 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/12/13(月) 00:22:24 ID:cpY5quGU0 [1/6] 「諸君、このオデッサでの会戦は、我々にとって単なる通過点に過ぎないという事を忘れるな」 ミハルとハマーンの手伝いをしようとハモン、そしてセイラとメイが示し合わせてブリッジを出て行ったのを見届けた後、シャアはそう言って全員を振り返った。 「サイド3のアンリ准将が密かに、しかし着々と足場を固めてくれているそうだ」 シャアの言葉に、アンリの勅使として派遣されて来たアンディが誇らしげに胸を張った。 アンリ・シュレッサー准将はザビ家の支配するジオン本国にあって、旧ダイクン派の軍人をはじめ反ザビ家の政治家や有力者を秘密裏に統括している。 殆ど絶望視していたキャスバルが生存していたとの報告が、彼を奮い立たせた事は間違いない 政治的な基盤を持たぬシャア達にとって、アンリの働き無くしてその未来は望むべくも無いだろう。 「ジオン軍がこの戦いに勝利すれば大きく戦局も変わるだろう。だが」 シャアはそこで、もう一度全員の顔を見回した。 「この話の続きは、再びこの場所で、諸君らと共にオデッサ勝利の祝杯を上げてからするとしよう。 その際ここにいるメンバーの一人でも欠けている事は許さん。肝に銘じておけ」 「・・・ハッ!」 感激の面持ちでラルが敬礼すると、場の全員がそれに倣った。 「あー・・・俺達はもう一蓮托生だから構わんがなあ」 しかしその時、一同の後方から黒い三連星のガイアが突然、場にそぐわぬ厳つい声を上げたのである。 何事かと振り返った全員が注目する中、ガイアの視線はアムロの横に立つニムバスだけに向けられている。 「・・・そうでない奴にシャア大佐の秘密が漏れると厄介だぜラル中佐ァ」 「む?何の話だガイア大尉」 いぶかしげにそう聞き返したラルの横を無言ですり抜け、ガイアはそのままニムバスの2メートルほど手前で立ち止まった。 アムロはオルテガとマッシュがいつの間にかブリッジに一つしか無いドアの前に移動し終えている事に気が付き、イヤな予感に身体を強張らせた。 「・・・知ってるぜえ。お前、キシリアの忠犬ニムバス・シュターゼンだろう?」 「キシリアの威光を笠に着て親衛隊気取りだった自称『ジオンの騎士』様が、何でこんな所にいるんだ?ああん?」 ドアの前で外部への退路を塞いでいる格好のオルテガとマッシュがニムバスに睨みを効かせている。 珍しくオルテガがメイと別行動をとったのには、こういう理由があったのだ。 「シャア大佐やアムロに取り入り、まんまと青い木馬に潜り込んだまでは良かったが、どっこい俺達の目は誤魔化せんぞ。残念だったなスパイ野朗」 「俺達は大佐やアムロみたいに甘くねえ。人間てのはそう簡単に変われるもんじゃねえのさ。 ・・・生きてここから出られると思うなよ?」 「・・・!」 咄嗟にいつのも鋭い舌鋒でガイアとマッシュに反論しようとしたニムバスはしかし、心配そうに自分を見つめているアムロの顔を直視した途端、ハッと口をつぐんでしまったのである。 長い間とらわれていたキシリア崇拝の枷から解き放たれた事で、ニムバスは自身の過去の姿を極めて冷静な視点で振り返る事ができる様になっていた。 もはや痛恨の思いしかその記憶からは見出せないが、そこには確かに無様な自分がいたのである。 だからそんな『唾棄すべき姿』を知っている者が、ここにいる自分に疑いを持つのは無理もあるまい・・・と、今のニムバスは思い巡らせる事ができてしまう。 現に、あのジョニー・ライデンもそうだったではないか。 9 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/12/13(月) 00:23:34 ID:cpY5quGU0 [2/6] 「グラナダでは、うっかりキシリアの陰口を漏らした俺の部下が貴様に見咎められ、半殺しの目に合わされた。 俺達がそれを知ったのは、貴様と入れ替わりに月に戻った後だった」 「・・・・・・」 ニムバスは固く目を閉じた。 ガイアの言った事は嘘ではない。全ては自分の蒔いた種なのだ。 長い間燻っていた怒りの炎を今まさに燃え立たせようとしているガイアに『現在の自分の心境は違う』のだと、どんなに言を尽くして説明をしてもムダだろう。 せいぜいが都合のいい自己弁護だと思われるのが関の山だ。 そして何より、この分ではこの先また同じ様な事が何度も起こるに違いないという諦観が、雄弁なニムバスから完全に言葉を消し去った。 その頭の片隅には、ここで自分が消え去ってしまえば、自分の事でこれ以上アムロに迷惑を掛けずに済むという考えも過ぎっている。 しかし、ガイアは深く何かを考え込んで絶句したニムバスを見て、悪い意味での確信を持った。 「見ろアムロ。奴はやはりキシリアのスパイだったんだ。黙っているのが何よりの証拠だ」 「違う!何を言ってるんですかガイア大尉!!どうしたんですニムバス中尉!違うって言って下さい!!」 「え?え?ニムバス中尉!?このままじゃ本当にスパイだと思われてしまいますよ!?」 突然石の様に固まってしまったニムバスに動転するアムロとバーニィを横に押し退け、ガイアはゆっくりとホルスターから拳銃を抜いてニムバスにピタリと狙いをつけた。 「ち、ちょっ、ガイア大尉、物騒な物は・・・ナシにしましょうや」 「おい!場所を弁えろ!!シャア大佐の前なんだぞ!」 「黙れ。貴様らはコイツのキシリアに対する忠誠と狂信を知らんのだ。 野放しにしておくと腹を食い破られるぞ」 引きつった笑顔を浮かべ両手を開いてとりなそうとしたコズンと、拳銃を見て色をなしたクランプを、ガイアはぴしゃりと遮った。 「お騒がせして済みませんなシャア大佐。とりあえずコイツは拘束して独房にぶち込んでおきます」 「待て。・・・ニムバス、お前は本当にこのまま何も弁明しないつもりなのか」 「・・・・・・」 シャアはそう言葉を掛けたが、ニムバスは相変わらず無表情に押し黙ったまま動かない。 当の本人がこれではシャアとしてもどうする事もできなかった。 「しょ、少尉。こりゃいったい全体どうなってやがるんです?」 「黙って見てな。コレは他所モンの通過儀礼みたいなもんよ」 思わぬ成り行きに、ニムバスとは初対面となる闇夜のフェンリル隊にも動揺が走っている。 だがマット・オースティンの懸念を、数多くの部隊を渡り歩いて来たレンチェフがポケットに手を突っ込んだまま余裕タップリに一蹴した。 「そんな悠長な事を言っていて良いんですか!?」 「あのニムバスとかいうのが本物ならば何の心配もいらん」 その横ではシャルロッテの小声での抗議を、今度は腕組みをしたル・ローアが遮った。 サンドラ、ソフィのフェンリル隊女性陣も眼前の成り行きを固唾を呑んで見つめている。 と、そこへ 「ちょっと待ちな」 突然、ジョニー・ライデンが不機嫌な面持ちで前に進み出、ニムバスとガイアの間に割って入ったのである。 瞬間、ガイアの脳裏に以前アムロに近付こうとした際、今の自分と同様にクランプとコズンの2人によって前を遮られたオルテガの姿が甦った。 場所も確かこのブリッジだった筈だ。 彼等にとっては面白くも無い巡り合わせであろう。 ニムバスに背を向け、ガイアに対したライデンはその鋭い眼光を心持ち柔らげた。 10 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/12/13(月) 00:24:25 ID:cpY5quGU0 [3/6] 「落ち着きなよおっさん。コイツは普段はやたらと口数が多いくせに、肝心な所じゃあ余計な事を考えすぎて無口になっちまう面倒臭い奴なのさ」 意外なライデンの言葉に背後のニムバスが息を呑み、その瞳が大きく見開かれた。 「何のマネだ若造・・・貴様、そいつの肩を持つつもりか!?」 「そんなつもりはねえ。俺もおっさん達と同じ様に、最初はコイツに疑惑を持ったんだ。 だがコイツの疑いは晴れてるぜ。俺が直に拳を交えて確かめた」 ギリリッという歯軋りの微かな音を聞いた気がして、コズンは慌てて隣に立つシーマを振り返った。 ニムバスの前に立った為にガイアの銃は、今はライデンの心臓に狙いを付けている。 シーマはその状況が気が気ではなかったが、ここはライデンの正念場なのだ。それが判る彼女だけに、今は動けないでいるのである。 「拳を交えた、だと?そいつと本気で殴り合ったって事か」 「いや拳だけじゃねえ、蹴りも関節技も使ったアルティメットでだ」 「ほう、どこで戦(や)った」 「ロドス島のハンガーさ。ここの連中が証人だ」 そう言いながらライデンが視線を周囲に向けると、それは本当かと俄かにガイアの目の色が変わった。 ちらりとシャアを見やると、彼はガイアにその通りだと軽く頷く。 オルテガとマッシュも興味深そうな顔で目配せするとドアの前を離れ、ガイア達に近寄って来た。 「それで、貴様らのどっちが勝った!?」 「ん?どっちと言われてもなあ・・・」 ガイア達の予想外の食いつきに戸惑うライデン。 そういえば、黒い三連星は3度のメシよりもケンカや格闘技に目がないと話には聞いた事がある。 彼等3人、見るのも戦るのも殊のほか好きらしい。 「・・・悔しいが、多分勝ったのはニムバスの方だろうな」 「いや、状況を鑑みるにそれは正確な判定では無い。どちらかと言えばライデンの方が優勢だった」 「ふざけるな。ありゃどう見てもお前の勝ちだったろうが!」 自分の立場も忘れ後ろから異を唱えて来たニムバスに、振り返ったライデンが本気で口を尖らせた。 意表を突いた成り行きに、彼等以外の一同は呆気に取られた顔をしている。 「・・・男って」 微かに聞こえた溜息混じりの呆れ声は、シャルロッテの物だったろうか。 「あのなあ!誰にも言わなかったが俺はあの後3日間、アゴがガタついてメシが上手く食えなかったんだぜ」 「私だって数日間、肩より上に右腕が上がらなかったのだ!総合的に被ったダメージはこちらの方が上だ!」 思わずアムロとバーニィは顔を見合わせた。そんな素振りは2人とも微塵も見せてはいなかったのである。 意外な場面で知られざる事実判明、と、いったところか。 「四十肩じゃねえのか」 「なんだと!?」 「まあ待て。待てお前ら。それで?コイツと殴り合った貴様は、コイツを信じるに足る男だと踏んだ訳だな?」 「おうよ。殴り合いの中では誤魔化しは効かねえからな」 「判ってるじゃねえか若造!確かに拳は嘘をつかねえ!」 オルテガの問い掛けに自信たっぷりに頷いたライデンを見て、マッシュも我が意を得たりと首肯した。 基本的に酒と拳で判り合うのが彼等【黒い三連星】の流儀なのだ。 酒とケンカのヤれない奴は信用しねえ・・・そう彼等は普段から主張してはばからない。 そんな彼等だからこそ、どんな理屈よりも納得できる心理がある。真理と言い換えてもいい。 命を掛けた刹那にこそ、その人間の持つ本性が無慈悲に暴かれ、さらけ出されるのだ。 極限状況では咄嗟に、真っ直ぐな人間は真っ直ぐな、臆病な人間は臆病な、姑息な人間は姑息な、卑怯な人間は卑怯な振る舞いをしてしまう。 どんな人間でも絶対に、戦いの中で自身の持つ内面を隠し通す事は不可能なのだ。 そしてこれは何も生身のケンカに限った事では無く、MS戦においても当て嵌まる。 その見極めを瞬時に行い、対処し得るからこそ、彼等は名パイロットたり得ているのである。 マッシュは愉しそうに、その隻眼をガイアに向けた。 「ようガイア、この野朗のミソギは済んでいるらしいぜ?」 「そのようだが・・・いや、しかしな・・・」 そう言いながらも、いつの間にかガイアは銃を下げている。 11 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/12/13(月) 00:25:44 ID:cpY5quGU0 [4/6] 3人の態度から殺気が消えかけている事を察知したライデンは、畳み掛けるように言を継いだ。 「コイツが何か不始末をやらかした時は、俺が責任を取ってやるぜ」 「調子に乗るな若造!貴様に責任なんぞ取れるか!!」 一転、にべもないガイアの言葉にライデンは口をへの字に曲げた。 確かに昇進したとは言え、たかだか中尉でしかない自分には分の過ぎた申し出だった。 「それじゃあアタシら海兵隊がケツを持ってやろうじゃないか」 「む・・・」 両手を腰に一歩前に出、ここぞとばかりにそう言い放ったシーマにガイアは言葉を失った。 にわかには信じ難い光景だ。 確かにパイロットとしての腕はあるが尊大な態度で周囲から疎まれ、抜き身の刃物の様だった『あのニムバス』が、まさかここまで隊の連中の信頼を勝ち得ていようとは。 「姐御・・・」 「この場は預かるよ。まさか不服だと言いはすまいね?」 ライデンの感謝の視線を満足そうに受け止めながら、シーマはガイアに向けて片方の口角を上げて笑った。 「どうなんだい!・・・それとも、アタシの顔を潰すつもりかい?」 シーマの眉間には深い縦皺が刻まれ、軽い口調とは裏腹に目が笑っていない。 ガイアは思わずブリッジの天井を見上げた。 この状況、下手にゴネると厄介な事になってしまう。個人の話がいつの間にか軍団のメンツの問題にすり替わってしまったからだ。 これはいわゆるヤクザ者、いやアウトロー特有の手打ち・・・場の納め方であり、他ならぬ黒い三連星が兵隊同士のイザコザにおいて双方を引かせる時に使う常套手段でもあった。 「ガイア大尉、聞いての通りだ。それに元々このニムバス・シュターゼンは私自ら招聘したのだ。 もし彼が我が隊に不利益をもたらす行いをしでかしたならば、それは私の責任でもある」 「判りましたよシャア大佐。これじゃあまるで俺だけが悪モンみたいじゃないですか」 きまりが悪そうに銃をホルスターに戻したガイアが髭だらけの顔で苦笑すると、ほっと場の空気が緩んだ。 「良かった!ニムバス中尉!」「ニムバス中尉!」 胸をなで下ろしながらニムバスの元にアムロとバーニィが駆け寄る。 シーマがああ宣言した以上、今後はニムバスに面と向かって疑惑を口にする輩は皆無となるだろう。 彼女が率いる海兵隊の恐ろしさは、それ程までに味方をも震え上がらせているからである。 「皆に感謝しろよニムバス・シュターゼン」 「はい・・・」 ガイアの言葉に感激を隠し切れず、瞑目して小さく頷いたニムバスの横顔を見たライデンは 『と、言ってもコイツが忠誠を誓っているのは、実はシャアじゃなくアムロなんだけどな』 と彼だけが知っている真実を心中で呟き、少しだけ複雑な笑みを浮かべたのだった。 「―――ライデン」 「おっと勘違いすんなよニムバス。俺は見当違いな連中が気に食わなかっただけだ」 神妙な面持ちでこちらを振り返ったニムバスに顔も合わせず、今度は邪険に背を向けたライデン。 暫く無言だったニムバスは、やがて静かにシーマに頭を垂れ、ライデンの背中に「感謝する」とだけ呟くとアムロとバーニィに促され、ハンガーに向かう為ブリッジを出て行った。 12 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/12/13(月) 00:26:05 ID:cpY5quGU0 [5/6] ニムバスにとって大事なのはアムロのみであって、シャアが何ほどの者であろうが正直どうでもいいのだろうと、ライデンはそんなニムバスの後姿をチラリと見ながら思った。 アムロの命令でニムバスは動く。そのアムロがシャアに従う限り、間接的にではあるがニムバスも従う事になる。つまりはそういう事なのだ。 ニムバスの性格からして、今回の件を皆に感謝こそすれ恩義に感じる事は無いだろう。 つまり、今後もしもアムロがシャアと袂を分かつ事になった場合、ニムバスは迷わずアムロに付くという事を意味している。 取り越し苦労かも知れないが、ジオン・ズム・ダイクンの寵児を頭に据えたこの軍団の行く末が限りなく不透明である以上、そういうケースも絶対に無いとは言い切れない。 しかし―――それもまた良しだ、と、ライデンは無邪気に笑い飛ばした。 何より、気に入らない奴の風下に立つ事は、絶対にできない性分だと自分で理解しているライデンである。 他でもないライデン自身が、一軍を率いる将としてシャアという男の器がどの程度の物か、これからじっくりと見極めてやるつもりでいるのだから他人の事をとやかく言える立場ではないのだ。 姐御の手前、一旦は引き下がって見せたが、やはりこればかりは譲ることはできない。 盟友と認めたならば例え何があろうと地獄の底まで付き合うが、到底コイツのやり方にはついて行けねえとなったら、姐御と一緒にどんな状況でもケツを捲くる自信はある。 要は『シャアが俺達に愛想を尽かされなければ良い』のだ。 ――――と、兵隊にあるまじき勝手な結論を出し、面白くなってきやがったぜと、この状況を楽しんでしまうのがジョニー・ライデンという男だった。 さてさて、鬼が出るか蛇が出るか・・・ 「ニタニタ笑ってんじゃないよ全く!本当に余計な事に首を突っ込みたがる男だねアンタは!」 そんなライデンの後ろ頭を平手ではたいたシーマは、彼を怖い顔で睨みつけた。 「・・・なかなかユニークな連中揃いで先が思いやられますな」 「しかし、能力は押しなべて高い者ばかりだ。こういう個性的な人材をうまく使いこなせてこそ・・・」 眼前で巻き起こった騒ぎには敢えて介入せず、一同の最後尾で静観を決め込んでいたゲラートとラルは、その顛末を見届けた後、ひとしきり笑いあった。 人間とは誰も皆、一人ひとりが個性的な縦糸と横糸の様なものだ。 そうラルとゲラートは以前、酒を酌み交わしながら語り合った事がある。 何かを成し遂げようとした時に生じる人間関係とは、それら種々の糸が縦横無尽に組み合わさって形と色を成し、一枚のタペストリーを織り上げてゆくさまに似ている。 その際、糸同士が緻密に組み合わされればされる程、織物としての強度や作品としての完成度もまた増してゆくのだ。 我々の場合、最終的なその仕上がりは、果たしてどのようなものになるのだろうと老練な戦士達は思いを馳せた。 胎動を始めた新たな軍団の屋台骨を陰で支える2人の気苦労は、当分終わりそうも無い。 39 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/01/13(木) 20:50:55 ID:htlOcCCU0 [2/6] 上下ハッチが完全に開放された「青い木馬」の右舷第1デッキに軽い地響きをたてて踏み入って来たのは、ジオン軍の中ではひときわ異彩を放つ白いMS【ガンダムピクシー】であった。 アムロはデッキ内に敷かれたカタパルトレールの上でピクシーの足を止め、モニター越しに懐かしいデッキ内部を見まわして感慨に耽る。 カタパルトレールの後ろには3基の斜立式MS整備ベッドが、その上部にはコアブロック換装用のクレーンが2基懸架されている。 それら全てが以前のままである事を確かめると、アムロは小さく安堵の息を吐き出した。 今後は、ここが再び彼の家となるのだ。 青い木馬の直衛と、定員を遙かにオーバーしているこの地の格納庫の負担を軽減させる目的で、アムロの小隊はここに配置される事になったのである。 ニムバスとバーニィのザク改も、アムロに引き続きここへやって来る手筈になっているが、格納庫の中がMSでひしめき合っている為に発進に手間取り、まだその姿は見えていない。 『RX-78は任せといて。あなたが帰るまでに最強のMSにしておくからね』 あの時、アムロとの別れ際にメイがそう宣言したRX-78-2【ガンダム】は残念ながら現在、左舷第2デッキの方に格納されている為にここでその姿を見る事はできない。 本人の口からは具体的に聞き損ねていたが、アムロとしてはメイの手によって改造(?)されたであろうガンダムがどんな姿になっているか楽しみである反面、正直、不安もあった。 「よう、トップエースのご帰還だ!」 「ミガキさん!」 しかし、デッキの入り口で様々な想いを胸に立ち尽くしていたピクシーを陽気な声で出迎えてくれたのは、むさ苦しい髭面に人なつこい笑みを浮かべたフェンリル隊のテックチーフであった。 アムロは慎重な挙動でピクシーを移動させ、誘導灯を振るミガキの指示通りに一番奥のMSベッドに固定させると、急いでシートベルトを外しコックピットから抜け出した。 「お久しぶりです!」 ピクシーの足元でがっちりとアムロの手を握った途端、ミガキは何故か笑みを消して大真面目な顔を作った。 「聞いたぞアムロ、何でも小隊長になったらしいじゃないか」 「は、はい、でもそれは・・・」 「メイがまるで自分の事みたいに威張っていたぞ。 何で彼女がお前の事で俺に威張るのか意味が判らんがな」 「参ったな・・・」 再び白い歯を見せて笑うミガキから困った様に目を逸らしたアムロの目がふと止まった。 彼の視界の先にあるのは、デッキの奥に山積みされた「いわく有りげな」装甲パーツである。 渋くモスグリーンに塗装されたそれは以前のWBではついぞ見た事のなかったものだ。 艦船用の外装補修建材に見えない事も無いが、各所から飛び出したバーニアや接合器具からは兵器の匂いがする。 40 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/01/13(木) 20:52:01 ID:htlOcCCU0 [3/6] 「ミガキさん、あれは・・・何です?」 「ほう気付いたか、流石だな」 アムロの手を離したミガキの目が嬉しそうにキラリと光る。例の技術屋のアレだ。 「あれはお前さんのRX-78-2を強化させる為の増加装甲だ。 メイと俺が首っ引きでこの艦とガンダムに残ってたデータベースを解析し、ここに積載されていたパーツを駆使して組み上げたものだ。 足りない部分には代用品を充てたから純正品とはちと違う部分もあるがな・・・」 「それじゃあ、もしかしてあのキャノン砲も?」 アムロがパーツの更に後方に見える単砲身を指さすと、ミガキはそうだと頷いた。 こちらはゾンザイに転がっている他のパーツよりも若干丁寧に扱われ、デッキ奥の大型エレベーターに乗せられている。 「データにはFSWS・・・恐らくは計画名だろうが・・・それの一環としてガンダムの様々な強化案が示されていた。 元々試作機としてハイスペック過ぎるぐらいに作られたRX-78には恐るべき拡張性が備わっているらしい。 ま、中にはどう見ても実現は不可能そうなシロモノもあって玉石混合ではあったがな」 苦笑するミガキにアムロは眼を輝かせて肯是した。 とりあえず考えうる限りのアイディアを出し尽くしてみるところから、そういう事は始まると思えるのだ。 「ここに配属されてからというもの、俺やメイを始めとしたメカニック達は自分の仕事と平行してここに入り浸り、連邦製MSの解析と技術の吸収に勤めた。 中破していたRX-75【ガンタンク】を分解してパーツに戻し、その一部を使ってあの装甲の足りない部分を補い・・・」 そう言いながらミガキは顎先で先程の増加装甲を指し示し 「・・・お前さんのガンダムも俺達の手でオーバーホールを完了させる事ができた。 もちろん正常に稼動する事はチェック済みだぞ」 そう言葉を続け、誇らしげに胸を張った。 「お陰で我々の技術力も随分向上したよ。 今じゃ連邦製MSの整備だって無難にこなせる。後は慣れの問題だ」 事も無げにそう言ってのけたミガキのがっちりとした身駆に、アムロは羨望の眼差しを向ける。 「凄いなあ・・・メカニックの皆さんの努力には、いつも本当に頭が下がります」 「なあに、好きなんだよ。みんな新しい知識に飢えているのさ。 寝る間も惜しんでやってるのは、つまりそれが面白いからなんだ」 規模こそ違うが、アムロ自身も寝食を忘れてメカの組立てに没頭した経験など数え切れないほどある。 お前なら判るだろう?と、それを見透かしたように笑うミガキにアムロは思わず口もとを綻ばせた。 「こいつにはあの360ミリロケット砲の他に小型ミサイル発射装置と外付け式の2連装ビームライフルが付く。 火力に関しては圧倒的だ。 増加装甲自体に補助推進装置が内蔵されているから機動力を損なう事もない」 「す、凄いですね・・・メイが言っていた『最強のMS』ってこれの事だったんだ」 「・・・ところがな」 しかし、ミガキは一転表情を顰めた。 41 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/01/13(木) 20:53:07 ID:htlOcCCU0 [4/6] 「この増加装甲、データ通り一旦はお前さんのガンダムに装着してはみたものの、どうも計測結果が芳しくない」 「え、どういう事です?」 ミガキの口調に不安を覚えたアムロの表情からも笑顔が消えた。 「何度シミュレートしても増加装甲のジェネレーターパワーに肝心のガンダムが振り回されて挙動にロスが出てしまう。 この機体をまともに制御しようとすると反応出力を絞らざるを得ず、結局・・・素体のガンダムよりも機動力は30パーセントもダウンしてしまった」 「さ、30もですか・・・それは・・・」 「うん。ザクにも劣る数値だ。対MS戦を想定したら絶望的だな。 まあ、堅い装甲と高火力を頼みに敵陣へ単独で突っ込んで一撃を見舞う戦法も無くはないし、単純に装甲値が上がればお前のサバイバビリティも増す。 だがメイは今お前が乗って来たXX【ピクシー】の戦闘データを見て、躊躇無くこのプランを捨てた」 「捨てた?」 「そうだ。重爆撃機よろしく一撃離脱戦法のみに特化したMSはお前向きじゃないって事に確信を持ったのさ。 メイは完全にガンダムをお前専用のマシンと考えているからな。コンセプトの相違を容認できる筈がない。 ちなみに・・・」 ミガキは太い腕を組み、体を斜めに傾けた。 「その意見には俺も賛成した。恐らくお前はオールラウンドで高い技量を発揮できる希有なパイロットだ。 わざわざ使い勝手を限定されたMSに乗るべきじゃあない。 それに貧乏なジオンと違い、量産型のMSにも強力なビーム兵器を標準装備しようとしてる連邦軍だ。 大量に展開した敵MSにビームの段幕を張られたらこの機体では為す術がない」 「それじゃあ・・・」 「このプランはペンディングだな」 そう言いながらミガキは両手の人差し指でバツ印を作り、アムロに向けた。 「せっかく装着したコイツがひっぺがされてここに転がってるのはそういう理由だ。 だから今あっちにあるお前さんのガンダムは、まっさらの純正品だ」 「そうだったんですか・・・何だかちょっと安心したような残念なような・・・それじゃメイもさぞがっかり・・・」 「ところがそうでもない」 ここでミガキが再び眼を輝かせてぐっと身体を乗り出したのである。 「え?」 「メイに抜かりは無い。もう一つ、とっておきのプランがある」 メイの才能に惚れ込んでいるのがその言葉尻から窺い知れる。 ミガキにとって今までのは単なる前振りに過ぎず、どうやらここからが本題らしい。 「そいつは完全にお前向きのものだ。 それどころか、これが実用化されれば今までの駆動系の常識がひっくり返る事、請け合いだ」 「え?え?いったい何の話です?」 なんだかウキウキしている様子のミガキだったが、全く話が見えないアムロとしては戸惑うばかりだ。 「アムロ、お前、搭乗したMSをことごとく『遅い』と感じているだろう」 「・・・!」 ずばりと核心を突かれたアムロは驚いて口ごもった。 42 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/01/13(木) 20:53:45 ID:htlOcCCU0 [5/6] 「機体を徹底的に軽量化し、アポジモーターを増設したこのXXはお前の操作に辛うじてついていけているが・・・」 ミガキはアムロの後ろに立つピクシーを振り仰いだ。 「しかしもう、これ以外のMSでは恐らく、お前の反応速度に対応する事ができんだろう。 ジオンの地上用MSでは最速のレスポンスを誇るイフリートですら、お前は物足りなく感じる筈だ。 かと言って本気を出したお前の操縦に無理矢理晒されれば駆動系はボロボロ、機体は最悪オーバーヒートを起こす。 データ的に見れば、お前のRX-78-2も例外じゃなくそうなる」 アムロはぐっと唇を噛んだ。ミガキの推測は恐らく正しい。 クレタ島でニムバス達と対したあの時、今まさにミガキの語った理由で彼は1機のMSを乗り潰していたのである。 それはニュータイプ実験用に極めてタイトなチューンを施されたMSだったにも拘らず、だ。 「つまりお前さんの乗るMSには装甲や武装の強化ではなく、まずそちら方面のパワーアップが必要だったんだ」 「で、でも反応速度を極端に上げると、物理的に機体に掛かる負荷が増大していずれは・・・」 アムロの苦言をミガキは手を上げて遮った。 ハッと我に返るアムロ。釈迦に説法という奴だった。専門家の彼がそれに気付いていない筈がないのだ。 「メイが以前から研究していた隠し玉だ。 初めて見せられた時は俺も驚いたが理論は・・・まあ完璧だった。 同じ技術屋としては少々悔しいが彼女みたいなのを本当の天才というのだろう。 流体パルスのシステム自体がネックだったんだが、連邦製のMSが手に入った事でクリアの目が出たのさ。 フィールドモーターなら・・・いける筈だ」 ミガキの言葉はいつの間にか自分に向けての物になっている。 「ミガキさん?」 「そうは言っても、もうひと山ふた山は越えなきゃならん課題もあるがな・・・」 「おーいアムロー!」 その時、腕組みしていた両手を腰に何やら考え込んだミガキの上から元気な声が掛かり、同時に二人は壁際に設置されたステップ上に立つ声の主を見上げた。 「食事の用意ができたよー!パイロットは食堂に全員集合だって!!」 2階の窓程もある高さのフェンスから身を乗り出し、こちらに手を振っているのは件の天才少女メイ・カーウィンである。 ミハルやハマーンの手伝いをしていた彼女が、わざわざアムロを呼びに来てくれたのだろう。 こうして見ると、どこにでもいる無邪気な14歳の女の子にしか見えないが、彼女の秘めたるエネルギーは計り知れない。 「判った、2人がここに到着次第、そっちに向かうよ」 「早く来ないと冷めちゃうよ?私も料理、手伝ったんだから・・・」 しかし口を尖らせかけたメイは次の瞬間、笑顔を取り戻した。 ニムバスとバーニィの搭乗したザク改2機が、ようやく姿を見せたからである。 ミガキはアムロを下がらせると、再びシグナルライトを手に鮮やかな手並みで彼等の誘導を始め、瞬く間にぴたりと2機のザク改を整備ベッドに納めてしまった。 ジオン製MSと連邦製MS用整備ベッドの規格が合わなかったらどうしよう、と密かに心配していたアムロだったがそれは杞憂に終わった。 どうやら2台のベッドには既にザク改に合わせた調整が成されていた様である。 ミガキの言葉ではないが彼等の仕事に抜かりは無いのだ。この人達に任せておけば間違いはない。 ザク改に続いてわらわらと乗り込んで来たメカニック達に指示を飛ばしているミガキを見て、アムロはその思いを新たにするのだった。 240 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/04/18(月) 14:19:29 ID:B90M/2Y.0 [2/6] 「美味ぇ!!美味ぇ!!・・・すげえ美味ぇ!!どうなってんだ!?」 「・・・俺は今までの人生で、こんなに美味い物を食べた事は・・・なかったな・・・」 焼きたてパンと熱々の濃厚なスープで煮込まれたハンバーグを口にしたレンチェフが大はしゃぎする横で、生真面目なル・ローアが声を詰まらせながら呟いた。 身内の人間が褒められるのは誇らしいものだ。 自分達もつい先日まで同じ様なやりとりをしていたシャア隊の面々だったが、今はすっかりそれを棚に上げ、 青い木馬の食堂でミハルの料理に驚嘆しまくる彼等の反応をにやにや笑って眺める余裕がある。 「信じられん、これは本当に補給物資だけで・・・」 「もちろんですぜ少佐。正真正銘ウチのミハルが凄腕なんでさあ。 まあこう言っちゃあ何ですがね?今ジオンで一番美味い物を食ってるのは・・・」 「うむ。ギレンでもキシリアでもなく恐らく我々だ。これは決して誇張では無い。 我々はついているぞ諸君、この幸運を存分に享受しようではないか」 ゲラートの質問を得意げにコズンが受け、上座のシャアが締めた瞬間、青い木馬の食堂がどっと沸いた。 なにしろ宇宙育ちの彼等にはお馴染みの味気ない「単なる合成タンパクの塊り」でしかない筈のハンバーグが、魔法の様に立派な「料理」に変化してしまったのである。 ある程度食べ物の味というものを諦めて育たざるを得なかったスペースノイド達が ミハルの料理に感激するのも無理はないと言えただろう。 「ハモン、これは一体どういう事なのだ、我々が常日頃から口にしていた同じ食材が、こうも違う味になるとは到底信じられん」 「それがあなた、あの子ったらハンバーグの具材をほぐして炒めた野菜を混ぜ、もう一度形成して焼き直したのです」 「な、なんと」 自分のフォークに突き刺さったハンバーグをしげしげと眺めるラル。 このふっくらとした歯ざわりは、見えないところで掛けた手間の産物だったのだ。 そしてハモンは初めて入った厨房の筈なのに素晴らしい手際の良さだったとミハルを褒め、私ではとてもああはいきませんわと、ちょっと悔しそうに微笑した。 「お前にそこまで言わせるとは・・・」 ランバ・ラルは驚きを禁じ得ないでいる。 ハモンは決して料理下手ではなく、生活全般をそつなくこなすいわゆる出来る女性だ。 その分、秘めたるプライドも相当に高い。 しかしそんな彼女が今は完全に脱帽している。 初対面でミハルを気に入った彼女の眼に狂いはなかった事の方が嬉しいのであろう。 「私の下に欲しいくらいです。きっとあの娘なら料理だけではなく、教え込めばどんな仕事でもこなせる様になるでしょう」 「まさかな」 それはあまりにも贔屓の引き倒しであろうとラルはいぶかしんだが、こういう時に冗談を言うハモンではない。 「・・・気に入らないねえ」 「んぐっ?ど、どうした姐御、これ美味いじゃないか?」 隣のシーマが突然立ち上がったのに驚いたライデンは、飲み込みかけていたパンを危うく咽に詰まらせそうになった。 彼等の席はちょうどラルやハモンとは背中合わせの位置にある。 シーマは何も言わず後ろのハモンにちらりと肩越しの視線をやってから席を離れ、そのまま食堂奥のドアから厨房に入って行ってしまった。 「シーマ中佐、どうされたんです?」 「さァな・・・」 正面に座るアムロにそう聞かれても、取り残された形のライデンは気の抜けた返事で彼女を見送るしかない。 浅くは無い付き合いの中で、こういう言動をとった場合の彼女は何やら思うところがあり、加えて誰かにべたつかれるのを非常に嫌うことを知っていたからである。 241 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/04/18(月) 14:20:36 ID:B90M/2Y.0 [3/6] 「しかしオルテガの奴、こんなウマイ物を食いっ逸れるなんざ、ついてねえな」 食事を頬張りながら黒い三連星のマッシュが苦笑する。 「メイ嬢ちゃんが急にハンガーに呼び戻されたんだ、奴としちゃ放っておけんだろう」 まあ仕方あるまいとガイアは思う。 メイは一人で戻れるから食事をしていけとさんざん薦めたのだが、それを強く拒否し同行を譲らなかったのはオルテガの方なのだ。 「中尉達の分は後で私達が届けてあげましょう。ね、アムロ」 「そ、そうですね。2人共きっと喜びます」 セイラの提案に頷くアムロ。ガイアはそんな2人に宜しく頼むと嬉しそうに笑った。 「大佐、前々から思っていたのですが、この美味しい食事を我々以外の部隊にも ほんの少しづつでも分けてやる事はできないでしょうか」 「うん?」 意外なアンディの申し入れにシャアは顔を上げた。 「現在、ここキエフ鉱山基地本部には周辺地域に集った約30の部隊の中から毎日ローテーションで小隊が選出され護衛の任についています。 その小隊のメンバーをここに招いて昼食を振る舞うのです」 「おお、それはいい!」 膝を叩いてそれに同意したのはランバ・ラルだった。 疲労の蓄積が夥しいジオン兵の慰労には美味い料理は何よりのものだろう。 「良い案だとは思うが、それではミハルの負担が増えてしまうのではないか。ただでさえ・・・」 「厨房に人員を回します!ミハルさんばかりに負担を負わせないように。 ですから、どうか」 少しだけ消極的なシャアにアンディは食い下がった。 「・・・判った。ミハルに頼んでみるとしよう。 だがあくまでも、それを引き受けるかどうか決めるのは彼女だ」 「ありがとうございます!私からも彼女に誠心誠意お願いしてみるつもりです」 ほっとしたアンディの顔にも笑顔が戻った。 地上に住む人間に比べ、僅かな物を分け合う仲間意識はスペースノイドは非常に強いのである。 242 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/04/18(月) 14:22:05 ID:B90M/2Y.0 [4/6] 「邪魔するよ」 「おや?シーマ中佐。珍しいね、どうしたんだいこんな所に」 広めのキッチンで一人、使い終わった調理器具を片付けていたミハルだったが、 いきなり現れたシーマに振り返って笑顔を向け、すぐにまた洗い物に戻った。 「いつもいつも良っく働くねえ、おまえは」 トレイが重ねられたラックに身体を預けて腕組みをしたシーマが、周りを見回してあきれた様な声を出す。 結構な人数分の食事を拵えた後であるにもかかわらず、厨房内はきちんと整頓されている。 その奥にはちゃんと人数分、食後のコーヒーを出す用意がされているのが流石である。 「そう思うなら、少しはミハルの手伝いをすればいいのに」 言いながらコーヒークリームのポットを持ったハマーンが、シーマの横を擦れ違いざまに一瞬責める様な視線を向けた。 「あーそりゃ悪かったね・・・」 とんだ藪蛇だったと苦笑しながら髪を掻き上げるシーマ。 ハマーンにとっては人間同士が勝手に拵えた階級や立場など何の意味もなさないものであろう。 無垢な少年少女の視線は時として、様々な柵に捉われる大人をあざ笑うようにして真実を真正面から射抜く。 「何か用があって来たんだろ。なに?」 「・・・こんな事言うのはアタシのガラじゃないんだけどね」 シーマはそう言いながらそっとミハルに近付く。 「いいかい。まわりの連中に良い様に利用されるんじゃないよ。 おまえはべつに軍属じゃない。何かを命令されても気に入らなきゃ断るんだ。いいね」 「利用?」 耳の近くでそう囁いたシーマに笑顔のまま怪訝そうに振り返ったミハル。 厳しい顔のシーマとは対照的な表情だ。 「おまえみたいな小器用な子は上の奴等に都合のいい様に振り回され・・・ ボロボロになるまでコキ使われて、そのまま見捨てられちまう事が多いんだよ。 アタシはそんなケースを・・・山ほど見て来てるんだ」 何だか辛そうなシーマを見てミハルはハッとした。 それは他の誰でもなく自身の経験を語っているのではないのだろうかと思えたのである。 「今後、おまえに対する要求がどんどんエスカレートしたあげく・・・例えばそうだね・・・ 連邦軍の艦艇に単独で潜入しろなんて命令が出てもアタシは驚かないね」 「まさか」 あまりにも荒唐無稽な例えにミハルは声を出して笑いかけた が、シーマの顔はあくまでも真剣であり冗談を言っている様には見えない。 「例えばの話さ。 で、能力の無い奴ならその命令を結局実行に移せないまま終わるだろう。 上からは無能の烙印を押されるかも知れないが、命を落としかねない様なヤバイ橋は渡らずに済む」 それはそれで幸せなんだとシーマは続け、眉根をきつく寄せた。 「・・・だがおまえは、頭の回転が早く、度胸もいい。 どんな事でも恐らく、それなりに何とかこなしちまうに決まってる。だからヤバイんだ」 「あはは・・・買い被りすぎだよ、あたしにそんな」 「だああもう、じれったいねえ!」 「あっ」 シーマはミハルの肩を掴み、無理やりにこちらを向かせた。 洗浄剤のついた泡だらけの手がシーマの軍服を汚すが気にもしない。 「これでもアタシはおまえを気に入ってるんだ。あのお姫さんなんかよりもずっとね。 シャア大佐はどうやらおまえを大事にしようとしているみたいだが、大佐が不在の時がまずい」 「シーマ中佐・・・」 「これだけは約束しな。 今後、誰かに何か厄介な事を言いつけられてもすぐに引き受けたりせず、大佐がいない時はアタシに相談するんだよ」 「えっ・・・で、でも」 「いいね。判ったね?」 有無を言わさず噛んで含めるように言い聞かせたシーマにミハルは小さく頷くしかなかった。 243 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/04/18(月) 14:23:10 ID:B90M/2Y.0 [5/6] 「ブッ」 それを見た瞬間、口に含んでいた水を小さく噴き出したのはコズンである。 「・・・なんだ貴様ら揃いも揃ってその顔は」 煎れたてのコーヒーを満たしたカップを並べたキャスターを押して厨房から現れたのは 眉間に深い縦皺を刻んだシーマ・ガラハウ中佐その人であった。 「あぃっ、いえ?・・・ぇえっ!?」 憮然としたシーマに射抜かれる様な視線を放たれたバーニィは極めて不明瞭な返答をしてしまった。 女傑シーマ・ガラハウ中佐の給仕。 世に珍しい物は数あれど、これ程に似つかわしくない、もとい、想像するに難い光景というのもそう無いだろう。 食堂にいた全員が石像の様に動きを止め、眼を丸くして彼女を凝視しているか、あるいは完全に明後日の方向に眼を逸らしているかのどちらかだった。 眼を逸らしている方がシーマの視線を受けない分だけ賢明だと言えるが、このレアな光景をじっくり鑑賞しないというのもそれはそれで惜しい気がする。 だがそんな葛藤渦巻く空気の中、例外が約一名、喜び勇んで手を上げた。 「姐御、ひとつくれー」 そのライデンの声を皮切りに、呪縛が解けたかのように挙手が続く。 「私も貰おう」 「こ、こっちにも3つ、いや4つお願いします」 「自分にも頂きたい」 「へへ、こりゃ他の部隊の奴等に自慢できるぜ」 「折角なのでワシにも」 「・・・あなた」 「甘ったれんじゃないよ!?飲みたい奴は勝手にここへ取りに来な!!」 ガチャンとキャスターをテーブルにぶつけるとシーマは真っ赤な顔でライデンを睨み付け、さっさとコーヒーから離れた。 正直、ここまであからさまな反応を受けるとは思っていなかった。 ハマーンの手前、何気に引き受けてしまったが、これは、痛恨の大失態だったかも知れぬ。 ぐぬぬと臍を噛んだシーマだったが、全ては後の祭りであった。 299 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:18:51 ID:HyDvZoDE0 [2/8] 彼等が食事をしている間はと、律儀に席を外していたジェーン・コンティ大尉が戻ってきた事で、青い木馬の食堂は即席のブリーフィングルームと化していた。 参加者はそのまま食事を摂っていたメンバーである。 「第一地上機動師団【ヨーロッパ方面制圧軍】司令官ユーリ・ケラーネ少将によると ワルシャワを発ったレビル将軍の座乗する陸上戦艦【バターン】を擁する西部攻撃集団第3軍は現在、旧ウクライナ領に入り、一週間後には攻撃発起点たるキエフ近郊に到達する予定だそうです」 オデッサのある東欧中央部をじわじわと挟み込む様に包囲網を狭めてきた連邦軍が、総大将の到達をもって遂にその配置を完了しようとしているのである。 いやがうえにも緊張感が高まるが、しかしシャアは周囲に張り詰めるそれとは別の事実を口にした。 「『レビル将軍の座乗艦』に『一週間後に到達する予定』か。断言したものだな。 ユーリ・ケラーネ少将は余程確実な情報元をお持ちの様だ」 そう言いながらゲラート少佐の隣に立つジェーン・コンティ大尉に眼をやると、彼女は切れ長の瞳を細め意味深に微笑んだ。 ウエーブの掛かった美しいブロンドをきっちりと結い上げたジェーン大尉は本来、現在この場にはいないMS特務遊撃隊所属であり、ダグラス・ローデン大佐の秘書官を勤める女性である。 が、この状況下においては各隊間を緻密に飛び回る連絡員役に徹している。 元々彼女はキシリア直属の情報機関出身であり、キシリア直々に親ダイクン派を集結させたダグラス・ローデン率いるMS特務遊撃隊の監視の為に送り込まれた経緯がある。 しかしキシリアの与り知らぬ事ではあったが、情報部時代に携わった数々の事件から他でもないジェーン自身が、実はこの時すでに心中は打倒ザビ家を目論む親ダイクン派に鞍替えしていたのである。 ダグラスの隊に出向した彼女は、さまざまなコネクションを駆使した情報を迅速に、秘密裏にダグラス達に流し、彼等の危機を未然に防いで来た実績を持つ。 「御明察恐れ入りますシャア大佐。すでに御存知かも知れませんが 第3軍に帯同しているエルラン中将が我々に内通しております故、情報の精度が極めて高いのです」 まさか連邦軍の中枢にスパイが、ましてや殆んど自分の側近である男が間諜だとは、流石のレビルも思ってはいまい。 エルランの事は以前クレタ島においてククルス・ドアンから聞かされていたものの、しかしここでユーリとエルランがつながるとは・・・と、一同から驚きの声が漏れた。 「連絡役のジュダックはマ・クベの子飼いですが、多額の報酬と引き換えにユーリ少将にもエルランからの情報を流しているのです。 もちろんこの事を、マ・クベ大佐は知りません」 「・・・成る程。そのジュダックという男、軍人としては唾棄すべきだが、そのお陰で我々も敵の足取りがきっちりと追える。 痛し痒しというところだな」 ジェーンに答えたのはランバ・ラルだった。 無骨な軍人である彼は、命令以外に損得で立ち回るその手の輩は許し難いものがあるのだろう。 「失礼します」 そう言って入って来たのはブリッジに出向いていたクランプだった。 「オデッサ本営からの定時連絡です」 そう言って渡されたバインダーに眼を通すと、ラルは軽く溜息をついた。 「マ・クベは何と言って来ている」 「は、具体的な事は何も。相も変わらず現場を死守せよの一点張りです」 飲み掛けのコーヒーをテーブルに戻すと、シャアはふむと唇をゆがめた。 事態はジオンにとって悪い方向へと整いつつあるが、マ・クベが統括するオデッサの動きは極めて鈍い。 300 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:20:03 ID:HyDvZoDE0 [3/8] 「こうしている間にも連邦の奴等は着々と態勢を整えてやがるんだ。 このままじゃ、ジリ貧ですぜ。俺達は一体、どう動きゃいいんだ」 「あなた、マ・クベ大佐は一体何を考えているのでしょう」 普段は泰然と構えているコズンが珍しく声を荒げると、ハモンが心配そうにラルに質した。 しかし、腕組みをして岩の様に瞑目してしまったラルはそれに答えない。 あまりにも状況を見極める材料が少ない為に、流石のラルをしても迂闊に判断ができないのである。軽率に部隊を動かす事など勿論できない。 それは、口にこそ出さないがシャアにしてもシーマにしても、あるいはゲラートにしても同様であった。 重苦しい沈黙にたまらずに口を開いたのは傍らに座るライデンだった。 「奴の事だ、前線の兵士をガンガン使い潰して・・・ 連邦がいい加減に疲弊した所へ虎の子の本隊を投入するつもりなんじゃねえのか。 奴直属のMS部隊がオデッサに控えてるってのが専らの噂だぜ」 「それにしたって数が違いすぎる。連邦の物量を甘く見るんじゃないよ」 自他共に認める策謀家であるシーマの目から見れば、ライデンの認識はまだまだ甘いといわざるを得ない。 しかしライデンは面白く無さそうに彼女に口を尖らせた。 「俺じゃねえよ。マ・クベの野朗がそんな考えだったらって話だ」 「あり得ないね・・・奴の頭はアンタよりもう少し良く回るだろうさ」 「畜生、悪かったな!」 シーマに言い負かされ、憮然と頬杖をついて椅子に座り込んだライデンは、 何の気なしに矛先を目の前に座るニムバスへ向けた。 「よおニムバス、お前はどう見る」 その言葉に一同の注目が集まるが、しかしニムバスは涼しい顔でコーヒーカップに口を付け、ゆっくりと目を閉じてしまった。 「・・・分を超える。私は戦略を語る立場には無い」 「何だよ愛想のねえ野朗だな」 「何とでも言え」 しかし彼等の素っ気無い会話はここで途切れはしなかった。 突然シャアがニムバスに視線を向けたのである。 「ニムバス。そう言わずライデンの質問に答えてはくれまいか。 私も君の意見が聞いてみたいのだ」 公国軍総司令部が参謀として熱望し、総帥府軍務局が咽から手が出るほど欲した人材であるニムバス・シュターゼンは、果たして現状をどう読んでいるのだろうという純粋な興味がシャアを突き動かしたのである。 しかし当のニムバスはと言えば、軍団総大将のシャアを前にしながら、何食わぬ顔でまず横に座るアムロを振り返った。 「准尉、いえ隊長。不肖このニムバス・シュターゼン。発言しても宜しいでしょうか?」 「え、も、もちろんですニムバス中尉。ど、どうぞ」 「ありがとうございます。それでは・・・」 いきなり話を振られどぎまぎするアムロを見てニムバスはにこりと笑みを浮かべると一転、不敵な顔をライデンに向け直した。 「アムロ准尉のお許しが出たぞ。何が聞きたいのだライデン」 この野朗、幸せそうな顔をしやがってと心中で苦笑するライデン。 こいつは衆目の前で、自分の主は誰なのかという事をまんまと表明して見せたのだ。 ならばと、ライデンは単刀直入に切り込んでやる事にした。 301 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:21:02 ID:HyDvZoDE0 [4/8] 「このオデッサ。ジオンはこのまま戦って勝てると思うか?」 「負ける」 「即答かよ!」 全員が息を呑む暇も無く入ったライデンの突っ込みは、何とか一同の空気を凍らせずに済んだ。 「待て待て、何で俺達が負けると言い切れるんだ?」 「圧倒的な物量の違い。これに尽きる」 ニムバスの言はシンプルで無駄がない。 「いやいやしかしだな、ジオンには数多の強力なMSがあるんだぜ。 操縦に熟達したパイロット達も大勢な。 数の劣勢をひっくり返したMSの有効性はルウムで証明されてる。 連邦にも配備され始めたとは言え、現状はまだジオンのMSの方が」 「そうだな。MSの数だけはジオンが連邦に勝る点だ。 では逆に聞こうライデン。通常兵器に対しMSの優位性とは何だ」 2人のやり取りを聞いていたバーニィは思わず首を竦めた。 あれは完璧にアムロ小隊ブリーフィング時におけるニムバス教官そのものではないか。 「そりゃ決まってる。どんな状況にも対応できる汎用性と縦横無人に戦場を駆け回る機動性だ」 「だが足を止めてオデッサという拠点に張り付いたMSは、最大の武器である機動力を完全に殺されるだろう」 「うー?・・・」 威勢の良かったライデンが言葉に詰まった。 「動けないMSなどデカイだけの単なる砲台に成り下がるのだ。それは最早、MSである意味すらない」 「あー・・・」 「MSは拠点防衛には向かない。ルウムとは状況が天と地ほども違う」 きっぱりと断言したニムバスに対し何とか劣勢を挽回しようと、ライデンは頭をフル回転させた。 「そ、それじゃあMSが小隊単位で四方八方に打って出て、連邦の駐屯地を片っ端から・・・」 「早期ならそれも可能だったろう。が、現在の様に敵に厚く布陣されてしまっていてはもう仕掛ける事は不可能だ。 下手に動けば各個撃破の憂き目に合う。それほど敵の数は多いのだ。 そしてガラ空きになったオデッサ本営を敵が悠々と占領してジ・エンドだな」 ランバ・ラルは無言で頷いた。ニムバスの見識は極めて正しいと思える。 ゲリラ屋を自称する彼が思い切った動きに出られないのは正にそれが理由だったのである。 「おい、それじゃ打つ手なしって事か?このまま連邦軍に押し潰されて俺達は」 「ちっとは落ち着きなジョニー」 「いや、だってよ姐御・・・!」 「ニムバスは『このまま戦えば負ける』って言ってるのさ。熱くなるんじゃないよ」 「そ、そうなのか・・・?」 シーマに諫められたライデンが一息ついた所でニムバスは再び口を開いた。 「ライデン。このオデッサ防衛戦に決着を付ける、最も重要なファクターは何だと思う?」 「重要なファクターだと?」 「最も重要な、だ」 「お前が言っていた戦力の彼我差だろう」 「違うな」 意表を突かれた様に一瞬、ライデンが押し黙った。 「何だと・・・?そ、それじゃあ兵員の士気だ」 「それも違う」 ライデンとニムバス。無言の睨み合いを切り、ゆっくりと口を開いたのはニムバスの方だった。 「マ・クベは間違いなくこの作戦をそれありきで考えている。 先のジェーン大尉の話を聞いてそれは確信に変わった。 この期に及んで、あの策士が動かないのはそれが理由だ」 一つの事に思い当たったライデンの顔が、みるみる険しくなってゆく。 「・・・・・・核ミサイルか」 憎々しげなライデンの言葉にニムバスは静かに頷いた。 彼の周囲が静かにどよめく。それは、ニムバスの言葉の説得力を皆が認めはじめている証だった。 302 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:21:58 ID:HyDvZoDE0 [5/8] 「そうだ。奴は早晩、核ミサイルを使ってこのオデッサごと連邦軍の主力を吹き飛ばし、葬り去るつもりでいる。 当然その際多数の同胞も巻き込む訳だが・・・マ・クベとその側近は宇宙へ脱出し、無傷の宇宙軍と合流すれば大局的に見た場合ジオンの勝利は目前だ」 「・・・コズン達から核ミサイルの話は聞いていたが・・・奴は本当にやると思うか」 「やる。これまでの奴の動きを見れば疑う余地は無い。オッズは無効だ」 つまりこの予想は絶対に外れないという事であろう。 「私の考察はすべて、それを念頭に置いている。 それを踏まえてもらえないのであれば、これより先は話す意味は無い」 「・・・いいぜニムバス、続けてくれ」 観念した様にライデンはどっかと椅子に座り直した。 「我々が選ぶべき道は2つある。一つ目はさっさとここから逃げ出してしまう事」 「何だと!?」 色をなしたライデンを無視してニムバスは話を続ける。 「この【青い木馬】は単独で大気圏を離脱できる艦だと聞く。とりあえず上空へ脱出し、そのまま宇宙へ出てしまえばいい。 どんな敵も、あるいは味方もだが、我らを追ってくる事はできない」 「仲間を見捨てての敵前逃亡じゃないか!」 「理由など後から幾らでもでっち上げる事ができる。サイド3のアンリ准将の力を借りれば磐石だろう」 「話にならねえ・・・!」 「この方法のメリットは、ここにいる誰一人欠ける事無く宇宙にステージを移せる事だ。 今後どう動くつもりにせよ、陰日向のダイクン派と連携して動けばシャア大佐の巻き返しは可能だろう」 「・・・・・・」 ライデンは敢えてシャアを振り向く事はしなかった。 確かに今の彼等は単なるジオンの尖兵ではない。できるだけ同志の戦力を温存したいのは山々だった。 しかし・・・ 「もしその方法を採るなら、悪いが俺はここを抜けさせて貰うぜ」 突然口を開いたガイアの言葉に隣のマッシュもニヤリと笑って頷いた。 「俺はもうここの奴等と同じ釜の飯を食っちまったからな。最後まで一緒に戦ってやらにゃ面目が立たんのさ。 だがあんたらの事は口が裂けても口外せんよ」 「俺もガイアと同じだ。オルテガは・・・まあ好きにするさ」 恐らくオルテガはメイと行動を共にするであろう事は想像に難くない。 だがガイアもマッシュもそれを咎め立てるつもりなど毛頭なかった。 「・・・もう一つは」 ニムバスの言葉に俯きかけていたライデンはハッと顔を上げた。 303 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:24:46 ID:HyDvZoDE0 [6/8] 「マ・クベが核ミサイルを発射する間も無く、完膚なきまでの勝利で戦闘を終えてしまう事」 「それだ」 思わずライデンは机を叩いて立ち上がっていた。 「いいじゃねえか、それで行こうぜ!」 「簡単に言ってくれるが、こちらのプランはそう簡単にはいかないぞ。 しかも我々はオデッサに駐屯する部隊全てを動かせる立場には無い。せいぜいがこの地にいる大小含めて約30程の部隊しか使えない。 その上でオデッサ全軍を勝ちに導かねばならないのだ。生半可な事ではない」 「上等だ」 ライデンの顔に彼らしい生気が戻って来たのを見てシーマは微笑んだ。 燻っていたエンジンに火が入ったのだ。一旦こうなればレッドゾーンまで一気に加速するのがジョニー・ライデンという男である。 こういう表情をした時の赤い稲妻は、限界を超えてその能力を発揮するのだという事を、この場では彼女のみが知っている。 「なあそうだろうシャア大佐?」 こちらへ振り向いたライデンに、シャアは鷹揚に頷いた。 「そうだな。地球に降下した兵、特にこの最前線にいる兵士達は、ザビ家によって選別され配置されている。 つまり立場的にザビ家に厭われたり、ダイクン派に近しい者が多い」 我等と同様になと周囲を見回しながらシャアが続けると、一同から大きな笑い声と歓声が上がった。 「できれば彼等を見捨てる事は避けたい」 「やってやろうぜ!作戦を聞かせろニムバス」 「情報をくれたククルス・ドアンの旦那も確か同じ事を言っていた気がするぜえ。うまい手があるのか?」 ぐっと身を乗り出したライデンの後ろからこう聞いて来たのはコズンである。 しかし心配そうな口調とは裏腹に、表情は期待を込めてニヤケている。 「周到な準備と下ごしらえが必要だが、こちらは優秀な実行部隊には事欠かない。 やり方次第では十分に可能だろう。 しかし、その前に確認しておかねばならない事がある」 そう言いながらニムバスは冷静な眼をコズンに据え直した。 304 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:25:07 ID:HyDvZoDE0 [7/8] 「エルランは、核ミサイルの存在を知っているのか?」 「?いや、ドアンの旦那は確か『エルランはオデッサ作戦中、核ミサイルが発射される前に機を見て寝返る』とだけ言ってたな」 「・・・それで合点がいった。エルランは間違いなく核ミサイルの存在を知らされていない」 「む、何故そうだと判る?」 「ミサイルを発射するかどうか、全てがマ・クベの思惑次第になっているという点でだ。 敵陣にいるエルランにとってこれ程リスキーな取り引きはないだろう。 考えてもみろ、戦局がどうなろうがマ・クベの一存で有無を言わさず敵と共に始末されるんだぞ? 一般兵ならまだしも、既に連邦軍の中将たる地位にある人物が、そんな一か八かの賭けに乗る必要なぞあるものか。 今後も恐らく、マ・クベの口からエルランにミサイルの存在が知らされる事は無いだろう」 「その通りですわニムバス中尉」 頬を上気させ感服した様に口を挟んだのはジェーンだった。彼女もニムバスの智謀に少なからず興奮しているのだ。 「この期に及んでマ・クベから何の指示も無い事にエルランは焦りを感じている模様です。 しかし連絡役のジュダックも、エルランにせっつかれてもどうする事もできないとユーリ少将にぼやいていたそうです。 これらの事態を考え合わせると、エルランが核ミサイルの存在を知っているとは到底思えません」 「ははーん。冷酷なマ・クベの事だ。スパイのエルランに余計な動きをさせず、情報だけ送らせて後腐れなく綺麗サッパリ・・・って訳か」 ヤバイくらいに今の状況と辻褄が合うぜとコズンが納得した様に顎に手をやると、ニムバスは厳しい顔で頷いた。 「そうだ。恐らく予想以上の敵の数を見て、マ・クベはエルラン絡みの戦術を放棄したのだろう。 つまり『機を見て寝返る』のくだりが抹消されたと見るべきだ。 エルランは、見捨てられたな。 もし仮にエルランがミサイルの事を知らされていたとしたら、現在の彼は生きた心地もしていない筈だ。 どちらにせよ、か・・・フム。どうやら落とし所はこのあたりだな」 そう言いながら沈黙し、深く考え込んだニムバスを見て、壁際に座っていたレンチェフが呆れた様に隣のル・ローアに囁く。 「・・・おい。おい。おい。あいつは一体何者なんだ。単なるMS乗りじゃなかったのかよ。 この訳わかんねえ状況をすっかり解析しちまったぜ」 「俺が知るか。だが只者ではない事は確かだ、黙って見ていろ」 理論派のル・ローアとしては、戦術ではなく精緻を尽くした戦略を語る目前のニムバスに、リスペクトと共に軽くは無い嫉妬を感じざるを得ない。 「で、どうする、ニムバス」 おもむろに顔を上げたニムバスに、ごくりと唾を飲み込んでライデンが聞いた。 「切り札入りのカードは揃った。 これらを的確に駆使すれば、この戦い、勝機が見えて来るだろう。 だが時間が無い。一刻も早く動かねば、その勝機すら失う事になる」 そうニムバスが答えた途端、シャアはすっくと立ち上がった。 「詳しく話してくれ。その勝機をな」 ヘルメットを脇に置き、マスクを外した素顔のシャアは、ニムバスの周りに集まり来ていた人垣の真ん中にゆっくりと腰を下ろした。 324 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/08(水) 19:39:39 ID:E6Gg1S/M0 [2/5] 昼の間は照りつける太陽が思うさま大地を焼き、陽炎がゆらぐオデッサの最前線。 軍服の前をはだけた2人のジオン兵が黙々とスコップを揮い、汗まみれで灼熱の大地を削っている。 ヘルメットから滴る汗はいつしか塩の筋を描き、軍靴は泥だらけになっている。 それはまるで果てしなく続く作業にも思われたが、やがてそのうちの一人が遂に、根負けした様に身を起こした。 「おい、知ってるか」 もう中年に差し掛かっているだろうひょろりとした体型の如何にもひ弱そうな兵隊が、右の尻ポケットから取り出したよれよれのタバコを咥えながら、先程から共に塹壕堀りをしていた同僚に声を掛けた。 「は、何をです?」 手を止めて振り向いたその顔は若く意外と幼い。 彼は昨日こちらに配属されてきたばかりの人員だったが、仕事の要領を覚えるのが早い事に加え、持ち前の人当たりの良さと人懐っこい態度でたちまちのうちに周囲に馴染んでしまっていた。 「・・・核ミサイルの噂を」 「か、核ミサイルッ!?」 「馬鹿っ!声が大きい!!」 せっかく声をひそめて話掛けた相手に突然大声を上げられ、痩せぎすの兵隊はタバコに火を点けるのも忘れて目を剥いた。 「す、すみません・・・」 「気をつけろよ、全く。余計な事で上に睨まれたくはないだろう」 戦場において、不確かな情報を無責任にばら撒く行為は厳罰の対象になる事は今も昔も変わらない。 しかし若いその兵士は一度は首をすくめたものの、興味深そうに話に乗ってきた。 「待てよ・・・そう言えばそんな噂、他の場所でも聞いた事があったような・・・」 「ほ、本当か、どんなだ」 「確かオデッサのマ・クベ司令が戦況がやばくなったら、とか何とか」 「それ、それだ。やっぱり他でも噂になってるのか」 おどおどと不安そうに顔を寄せて来た兵士に対し、若い兵士は思案顔を向けた。 「はあ、俺、幾つか陣地を渡って来たんですが、多かれ少なかれどこでもそんな噂は耳にしましたね。 どうせデマのたぐいだろうと聞き流していたんですが・・・ 良くあるらしいじゃないですか、戦場じゃあそういうの」 「俺も最初はそう思ってたさ。だ、だがな・・・ちょっとこれを見てみろ」 ひょろりとした兵士は火の点いていないタバコを咥えたまま周囲を見回し、誰も見ていない事を確認するとおもむろに左の尻ポケットから小さく畳まれた紙片を取り出し開いて見せた。 325 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/08(水) 19:41:31 ID:E6Gg1S/M0 [3/5] 「な、何ですかこれは・・・!」 若い兵士が大げさに眼を見開いたのも無理は無い。 それは前時代的なフォルムで無機質に描かれた、核ミサイルの断面図だったのである。 良く見ると図面の端々にトップシークレットを示す当時の表記がなされているのが確認できる。 「見ての通りだ。どうもオデッサ基地には前世紀、核ミサイルが配備されてたらしいんだ。 こんな物まで出回っているのを見せられちゃあ、一概に眉唾だとは言い切れんだろう」 しかし若い兵士は手渡されたそれを改めて胡散臭げに眺め直した。 「いや偽物でしょうコレ・・・だって例えそうだとするなら、これって最高機密じゃないですか。 そんな簡単に俺たちの手に入るわけ・・・」 「それがな」 痩せた兵士は若い兵士から紙片をひったくると更に声をひそめた。 彼が喋ると下唇に張り付いたタバコがぶらぶらと揺れる。 「ここだけの話、どうもオデッサ本営からどこだかに向かう連絡機が、機体の不調だか連邦にやられたかで墜落したらしい。 パイロットは見つからなかったらしいが、どうやらその機体からデータ回収した部隊がだな・・・」 「はあ、その図面を見つけ出したと。デマにしちゃあ手が込んでるな・・・」 「あくまでも噂だし情報漏洩は厳罰だ。他言無用だぞ」 「わかりました」 とは言ってもこんな最前線で塹壕掘りをしている一般兵が、コピーされた物だとはいえ、こんな図面を所持しているのだ。 情報漏洩の広さ、既に推して知るべしであろう。他言無用が聞いて呆れる。 「これはあくまでも俺の推測だがな、墜落機からこの情報を入手した奴は、この地にいる仲間達にこの理不尽な事態を密かに知らせたくて、たぶんワザとデータを漏らしたんだと思うんだ」 「ははあ、なるほど・・・」 こうして噂には更に尾ひれが付いて行くのだろうなと、若い兵士はぶらぶら揺れるタバコを見つめながら感慨深げに聞いている。 「ジオン十字勲章なんぞクソ食らえだ。 俺だけじゃないぞ。マ・クベ指令の指先一つで訳も判らず消し飛ばされていた可能性を考えると、この情報提供者に感謝している者は多い」 熱く怒りを露にした兵士は、しかし突然がっくりとうなだれた。 「ま、だからと言って、いまさら俺達にはどうする事もできんがな。 この情報がガセだって事を祈って戦い続けるしかない。 もしもの時は・・・精々が奴の夢の中に化けて出てやるくらいが関の山さ」 「ええ。やっぱりこんなの単なるデマですよ、気にしない方がいい」 「・・・お前のお気楽さが羨ましいよ」 溜息をついた痩せた兵士が大事そうに紙片を畳み、ポケットにねじ込むと丁度上から声が掛かった。 「おい若いの!迎えが来たぞ!第87高地に移動だってよ!」 「了解です」 持っていたスコップを突き刺し、額の汗を首に掛けていたタオルで拭うと若い兵士は微笑んだ。 「何だ忙しいなお前、またどっかへ移動か」 「仕方ありません。どこも人手不足なんですよ」 苦笑する若い兵士の肩を、痩せた兵士はポンポンと二度叩いた。 「死ぬんじゃないぞ、お互いにな。また会おうバーナード伍長」 「またお会いしましょう軍曹。それから、宜しければ俺の事はバーニィと呼んで下さい。 みんなそう呼びます」 「判ったよ。バーニィ」 痩せた兵士を残し、塹壕から軽やかに駆け上ったバーニィをコズンが迎えた。 「どうだ」 「予想以上に広まるのが早いですね。ここでは俺の出番はありませんでした」 「そうか。よし、次行くぞ」 それきり、駐屯地脇に着陸している輸送機に乗り込むまで2人が口を開く事はなかった。 326 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/08(水) 19:41:58 ID:E6Gg1S/M0 [4/5] ―――ジオン兵の間に広まるよう流出させたミサイルの図面は、ジェーン・コンティが秘密裏に入手してきた本物であった。 もちろん漏洩元が割れない様に偽装は巧妙に施してある。 職業柄ジェーンはこういった情報操作に長けており、この秘密の作業を嬉々として請け負った――― 輸送機の離陸寸前、バーニィは塹壕から這い出して来た痩せた兵士を確認し口元に笑みを浮かべた。 まさかあの兵士も、各ジオン駐屯地で核ミサイルの噂をばら撒いて回っているのが我々だとは夢にも思わないだろう。 取るに足りない一兵士が呟いた噂話は、裏づけとなるミサイルの図面という別方向からの情報によって一気に信憑性を増し、彼等の目論見どおり爆発的に一般兵の間に浸透したのだ。 なにしろ今回は遂に、バーニィ自身が他者から核ミサイルの噂を聞かされるに至った。 いつの間にか噂の伝わるスピードに追い抜かれてしまっていたのである。 今後果たして、マ・クベがオデッサに蔓延するこの『真実の噂』をどう処理するか見ものではあるが、残念ながらシャア達にそれをゆっくりと見物している暇は無かった。 【青い木馬】の主だった面々は現在、それぞれ別の役割を割り振られ、戦場に散っている。 全ては迅速に、ジオンを勝たせる為の作戦を遂行する為にだ。 核ミサイルなど撃たせはしない。 あの、タバコを咥えた気の良い軍曹も死なせはしないとバーニィは気合を入れ直した。 各地で奮闘している仲間達の姿を思い浮かべながら、泥だらけの足を投げ出したバーニィは、輸送機の副操縦席で暫しのまどろみの中に埋没していった。 普段は口数の多いコズンも、寝入ったバーニィの横顔を操縦席から確認すると、再び機が着陸態勢に入るまでの約1時間を珍しく無言で通した。 346 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 20:00:32 ID:J00.gFv.0 [2/7] 頭部にブレードアンテナの付いた赤いザク改は絶好調であった。 C型ザクで編成された友軍の防御陣地を一気に突破せんと突出して来た61式戦車と連邦製MSの混成部隊のド真ん中に単独で踊り込むや、新装備のMMP-80ザクマシンガンを撃ち散らし、ハンド・グレネードを放り、初期モノと比べて幾分刃渡りの伸びた新型ヒートホークを揮いまくって敵を散々に翻弄した挙句、ほぼ1機のみで敵部隊を敗走に追い込んだのである。 出力が桁違いとなった足回りのスラスターを擬似ホバーとして使用し、まるでドムの様に滑空する悪鬼の様な赤いザクは連邦兵達を残らず震え上がらせた。 「使えるぜ・・・!」 コックピットに座る仮面の男は、速やかに機体を後退させながらザク改の手にするMMP-80の感触をレバー越しに確かめた。 従来のMMP-78ザクマシンガンとは段違いの速射性と命中性、そして何といっても貫通力が素晴らしい。 そのうえ弾倉がドラム型から箱型に変更された為にジャミング率が低下し持ち運びも容易となった。 口径こそ120ミリから90ミリに小型化されたものの弾丸の威力そのものがアップし、装弾数も増加しているとなれば、全てのスペックが上位互換されたといって差し支えはないだろう。 MMP-80を投入すれば連邦軍の新型MSとも十分に渡り合える事が、この戦闘で改めて実証されたのである。 『シャア大佐!』 「引けクランプ大尉。ここはもういい、輸送機に帰還するぞ」 『了解、であります!』 後方に陣取り的確に援護射撃を加えていたクランプのザク改を下がらせると、仮面の男は赤いザク改に更に退避行動を取らせるべく機動をかけた。 『失礼します、シャア大佐、お目にかかれて光栄であります!!』 「おっと・・・おま、いや、君は?」 突然割り込んで来た通信に、仮面の男は慌てて口元を引き締めた。 『は、先程援護して頂いた第262戦団のスラブ少尉であります』 「少尉、無事で何よりだったなあ」 『赤い彗星の噂に違わぬ実力、感服いたしました。大佐は我が軍の誇りです! 共に戦える我らは幸せであります!!』 戦闘濃度に散布されたミノフスキー粒子の為にやや走査線が入っているものの、その向こうの少尉が感激の眼差しでこちらを見ているのをクッキリとスクリーンは映し出している。 同じ様にこちらの映像も向こうのモニターに映し出されている筈だが、仮面を付けた男の口は、なぜか素直に笑っているのではなさそうだった。 「・・・いつでも私は救援に駆けつける。もうひと踏ん張りだ、気を抜かずに行け少尉」 『は!ご武運をシャア大佐!!』 上気した顔で敬礼した士官の映像は唐突に切れた。と、入れ替わるように今度はシーマ・ガラハウの顔が通信モニターに映し出された。 『あっはっは!・・・ご苦労様でありますシャア大佐!』 「・・・・・・」 苦い虫を噛んで潰した様に口元を歪めた仮面の男は、大笑いした後、わざとらしく大真面目な敬礼を向けたシーマにようやく 「覚えてろよ姐御・・・」 とだけ小さく呻きながらコンソールを叩き、通信用の【一般回線】を【秘匿回線】に切り替えた。 『どうしてどうして、大佐っぷりが板について来たじゃないかジョニー』 「大佐っぷりとか言うな!俺だって好き好んでやってる訳じゃねえんだ!!」 もちろんこのシーマとの通信は【秘匿回線】にて行われている為、他の者は味方と言えど聞く事はできない。 『しかしどうした風の吹き回しだい、アンタが大嫌いなシャア大佐のダミーを引き受けると言い出した時は何かの冗談かと思ったよ』 「・・・まあ、ちょっとな」 マスクのせいで視野が狭くなるかと危惧していたが実際はそうでもない。 シャア・アズナブルの赤い軍服で身を包んだジョニー・ライデンは、その仮面の下から突き出た鼻先を手袋を嵌めた指先で軽く擦った。 347 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 20:01:48 ID:J00.gFv.0 [3/7] 一人ハンガーへ向かっていたライデンを後ろから追いかけて来たシャアが呼び止めたのは、ブリーフィング直後の事であった。 その場でシャアに何かを耳打ちされたライデンは不審そうに顔をしかめた。 「ああん?それは俺がやるって話だったろう」 「いや、やはり私が直接行くべきだ。 私ならば相手の出方に対して柔軟に対応できる。ここでしくじる事は絶対に許されんからな」 意外なシャアの申し出に、ライデンは戸惑いを隠す事ができない。 ちなみに彼の上官を上官とも思わない口ぶりは相変わらずだったが、シャアは既にそんな事は気にもしていなかった。 「いやまあそりゃそうだけどよ。危険だぜ?ある意味虎の口に飛び込むみたいなモンだからな。 ラルの親父やゲラートのおっさんも許さねえだろ。キャスバル様ァ~に何かあっては・・・ってな」 キャスバル様、の所で故意に揶揄を込めて来たライデンの言葉を、シャアは事も無げに聞き流した。 「説得するさ。何せ作戦の成功率はこちらの方が圧倒的に高いのだ、渋々でも認めざるを得まい。 その間、お前には私のダミーを演じていて貰いたい。お前ならば、やれるだろう」 「わからねえな」 茶化しが空ぶったライデンは憮然としてシャアを睨みつけた。この男の考えが全く読めない。 「ダイクン派の御大将としてどーんと構えてりゃいいじゃねえか。アブねえ事や面倒臭え事は俺ら下っ端に任せてよ。 何でわざわざ自分から危険な目に遭いたがるんだ?」 「こういう時は、軍団のトップが敢えて先陣を切るべきなのだ。でないと示しがつかんだろう。全軍の士気にもかかわる」 「・・・・・・・・・」 しかしライデンはシャアの言葉を全くもって信用せず、シラケた視線で一瞥しただけだった。 間の悪い無言の時間が数瞬、2人の間をすり抜けてゆく。 「・・・そんな建前は、どうやらお前には通用しないようだな」 そう言いながら腰に手をやり、何かを考え込んだまま俯いてしまったシャアに油断の無い眼光を向けたまま、ライデンは大きく頷く。 「当たり前だ。正直に言え」 そのまま数瞬――― やがてシャアはライデンに向けて少しだけ目線を上げ、諦めた様に口を開いた。 「・・・ミハルにな。いいところを見せたい」 「んが?」 いきなり何を言い出すんだコイツはとあんぐり口を開けたライデンに、シャアは肩の怪我が完治してからもほぼ毎夜続いているミハルとの逢瀬を手短に話した。 流石に最初は驚いた表情を見せたライデンだったが、その後は意外にも茶々を入れる事無くシャアの話にじっと耳を傾けている。 「脱ぎ散らした衣服をミハルは文句も言わず片付けてくれる。衣服の傷みも針と糸できっちり直す。 スツールにはキャンプの片隅で摘んできた小さな花を飾り、散らかった部屋も片っ端から整頓してくれる。 彼女に下心など何も無い。見返りなど、何も求めない。 掃除ぐらいはやれると言ったらミハルは笑ってこう言ったのだ。 『大佐の掃除は荒くて、結局もう一度掃除し直す事になるから同じ』だと。 それを言われた時の情けなさが判るかライデン」 だれだって得意な事とそうじゃないことがあるだろ?苦手な事を嫌々すると効率も悪いし出来も良くないしでいい事なんてないんだよ。 だからあたしがやってあげる。掃除って好きだし、大佐さえ迷惑じゃなけりゃ・・・あたしがここに来る限りいつだって大佐の事は全部やってあげるよ。 そう言ってまたミハルは屈託なく笑った。 348 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 20:02:42 ID:J00.gFv.0 [4/7] 「そう言われて私は考えた。それならば私の得意な事とは一体何か、とな。 ・・・その後、絶望的な気持ちになった」 「・・・・・・」 「私の得手はろくでもないものばかりだった。彼女に胸を張れるものなど何一つとして無いと改めて気がついたのだ」 「うわ、耳がいてえ」 何某か思い当たる事があったのだろう。ライデンもまるで自分の事の様に思わず身をよじった。 「だが私にも矜持と言う物がある。 だからミハルに聞いたのだ、なんでもいい、お前が望むものは何かとな」 この期に及んでシャアはこの時、隠し持っている財産の事を思い浮かべていた。 あれだけの金塊があれば、まず相当な物が買い与えてやれる筈だった。 「ミハルは連邦とジオンの引き起こした戦争で両親を失い、幼い兄妹と共に施設に収容されたそうだ。 もし彼女が金銭的なものではなく連邦やジオン、あるいはその両方に復讐を望んでいるのならば話は早い。 私の得手もそれならば存分に生かせるだろう。必要とあらば【父の名】すらも利用して彼女の望みを叶えてやれる、そう考えていた」 ギラリと仮面の奥の瞳が妖しく輝いた気がしてライデンは眉をひそめた。 復讐の為にたった一人でジオン軍に潜入し、実力と謀略を駆使して大佐まで這い上がったシャアである。 この男がそちらの方面で本腰を入れたら叶わぬ野望は無いのではないかという、底知れぬ執念を感じる。 恐らく全てを手に入れる事はできないまでも、執拗に標的を追い詰めて最終的には蜂の一刺し、ぐらいはやってのけるだろう。 しかしこの得体の知れない「負の想念」が滲み出ているからこそ、今までライデンはシャアに対して警戒感を解ききれずにいたのである。 「・・・彼女は何と答えたんだ」 擦れた声でのライデンの問いに一拍の後、シャアは口を開いた。 「家族や友達、宇宙や地球に住んでいる人間同士が仲良く安心して暮らせる世の中・・・だそうだ」 ミハルの望みが物騒なものでなかった事にとりあえず安堵し、思わずいろいろな意味で天を仰いでしまったライデンだった。 しかし、それはそれでとてつもない望みではある。 「大きく出たなオイ・・・」 「いや、聞かれたから素直に思うままを答えただけであって、ミハルはこれを私に要求した訳ではないさ。 彼女にはそんな駆け引きは出来ん。 しかしこれは、私のプライドが叩き壊されるかどうかの瀬戸際なのだ」 もちろん、トランクひとつ分の金塊などではどうにもならない。 「・・・だから私は、私のやれる最大限の事をやる事にした。 この計略が上手く行けば両軍共にオデッサでの被害は最小限で済む。ミハルの望みに、一歩近付く事になる」 今ならば、ガルマの心境が少しだけ理解できる。 かつて本質を知りもせず『女性の為に功を焦るのは良くない』と冷淡に嘯いた男は悔恨していた。 「ほおお?」 ライデンはさも面白そうに腕組みをした。先程とは明らかにシャアに向ける目が違っている。 「つまりその成果をミハルに見せつけたいと」 「・・・そうだ」 「ジオン国民、ダイクン派、他の誰でもなく、ただ一人の惚れた女に格好つけてみせたいと」 「・・・そうだ」 「あわよくば褒めて貰いたいと」 「・・・そうだ」 突然クククと笑い出したライデンは、片腕でシャアの首をガッチリ抱え込んだ。 前向きなヘタレは嫌いではない。そういう輩は援護してやりたくなるのがジョニー・ライデンの性分だった。 「くだらねえ綺麗事をほざいたら蹴っ飛ばしてやるつもりでいたが、いいぜそういうの。 いいだろう大将、協力するぜ。そのかわり、勝ち戦の後は一杯奢れよ」 「判った。とっておきの奴を振舞おう」 ギリギリと絞まる腕の中で仮面の下の顔が笑っていた。それはシャアが自分に初めて見せるウソ偽りのない笑顔である事を、ライデンは確信していた。 この男はこんな風に、笑うのだ。 349 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 20:03:27 ID:J00.gFv.0 [5/7] 「いやーしかし判らんもんだな、お前とあの娘がねんごろだとは・・・」 「・・・私は指一本、彼女には触れていない」 「はああああああああああああ!?」 シャアがそう言った瞬間、今日で一番、ライデンの瞳が見開かれ顎関節症もかくやと思わせるほど口が大きく開いた。 彼のアイデンティティからすれば、そんなバカな事は到底ありえない状況であるはずだった。 腕が緩んだのを見計らい、シャアはするりとライデンの拘束から抜け出した。 「・・・いや指一本は言い過ぎだったな、手とか肩には」 「いやいやいやそーゆー事じゃねえ!ちょっと待てよ、ロドス島からこっち、結構日にち経ってるぞおい。 その間2人きりでいて、何にも無いはねえだろう」 「・・・彼女は特別な女性だ。この私の血まみれの手で彼女を抱く事はできんさ」 シャアのスカした答えに何故だかライデンの血管がブチ切れた。 ミハルの為にも、ここは怒ってやっていい場面だろう。 「古臭えオペラやってんじゃねーんだよボケが!健気に毎晩やって来る彼女が可哀相だろうが!」 「? 意味が判らんな」 あ、ダメだコイツとライデンの力が抜けてゆく。 世間ズレしている様でいて、根っこの所はどうしようもないお坊ちゃんなのだ、コイツも。 この分では恐らくまともな恋愛など、一度として経験した事が無いに決まっている。 これは厄介なカップルに介入してしまった様だと、ライデンは自らの体勢をぎこちなく立て直しながら内心頭を抱えた。 ・・・以上のやり取りを、武士の情け的な意味合いで、ライデンは今のところシーマにすら話していなかった・・・ 350 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 20:04:17 ID:J00.gFv.0 [6/7] 「心境の変化・・・って奴かなうん。まあ仕方ねえから面倒見てやるか・・・ってな」 「ふーん?あんだけ大佐に突っかかってたアンタがねえ・・・」 何があったか知らないが、金や権力に擦り寄っていくライデンで無い事だけは確かである。 まだ完全に納得がいった訳では無いものの、まあここはひとまず見逃してやるかとシーマは薄く笑った。 いざとなればプライベートで白状させる方法を色々と持っている彼女には、絶対的な余裕がある。 「まあ、いいさ。これで大佐は誰の目も気にせず自由に動ける様になったんだからね」 シーマの言う「誰」とは大方にマ・クベの息のかかった諜報員を指す。 ダイクン派が多く集う青い木馬には間違いなくマ・クベの監視の目が絡み付いている。シャアがオデッサ防衛戦に正式に参戦した以上、その姿は確実に多方面からマークされていると見るべきだった。 シャアの姿が無いとなれば、マ・クベはこちらの動きに気付く可能性がある。それだけは、何としても避けねばならない。 現在シーマは分隊を率いて木馬を離れ、ライデン扮するシャアの影武者を引き連れて守りの薄いオデッサの最前線を廻り、疲労した将兵を鼓舞すると共に連邦軍に押され気味な各部隊の援護に奔走している訳だが、すなわちこの行動はジオン軍各部隊に対し、シャアの居場所を誇示するデモンストレーション的な意味合いが強かった。 「ヘッ、敵味方に素顔がバレてないってのは盲点だったよな。 この目立つ服装も、ダミーをやるならむしろ都合が良いってなもんだぜ」 ニヤリと笑ったライデンは自ら着込んでいる赤い軍服を指差したが、戦場においてシャアのダミーは簡単に勤まりはしない事をシーマは心得ている。 本物のシャアと同様に赤いザクを駆り、戦場では敵味方双方に圧倒的な技量差を見せ付ける事ができて初めてジオンの英雄「赤い彗星」の影武者たりえるのだ。 シャア専用にタイトなチューンUPを施されたMSを苦もなく乗りこなす卓抜した技量、そして体格や背格好までを考え合わせると、この役目は正に「真紅の稲妻」ジョニー・ライデンしか果たし得ないものであっただろう。 「ルウムの時は良くシャアと間違えられた」と豪語するライデンの面目躍如である。 とまれ、こうしてライデンが稼ぎ出した時間を使い、一般兵用の軍服を着込み飾りの無いヘルメットを着用した本物のシャアは堂々と、誰にも見咎められずに青い木馬を離れる事ができた。 「さてさて・・・お膳立ては整えたぜ大将。次はお前の番だ」 上手くやるんだぜとひとりごちたライデンは、自分より3つほど年下であるシャアの素顔を思い浮かべると、マスク越しに夕闇の迫る空を振り仰いだ。 そして自分達が留守の間に何事も起こらねばいいが、と、今は遠くこの空の下にいる青い木馬にも思いを馳せた。 370 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 20:35:34 ID:NNjPWFdI0 [2/6] オデッサ鉱山基地から飛び立った偵察機ルッグンはモルドバを抜け、カルパティア山脈の連峰をギリギリにかすめて飛び、ユーリ・ケラーネ少将率いるヨーロッパ方面制圧軍の駐留するリボアに到着した。 この飛行ルートは今や、地上において連邦軍の包囲に邪魔されずに外界と行き来できるジオン軍唯一の抜け道である。 ただしカルパティア山脈の天候は非常に変わり易い。 操縦桿を握るジュダックも、このルートを飛び慣れているにもかかわらず、荒れた天候に巻き込まれて冷汗を流した事は幾度もあった。 だがこんな危険な思いも恐らくこの往復が最後となるだろう。 そんな気安さからか、ジュダックは鼻歌交じりでルッグンを巨大陸戦艇ダブデの飛行甲板に着陸させると意気揚々とデッキに降り立った。 「整備と燃料の補給だ。手を抜くなよ」 驚いた様にデッキに出て来た整備員にいつも通りの横柄な口調で指示を加えた後、ジュダックは軽い足取りでダブデの艦橋に向かう。 「いやはや驚いたな。まさかこのタイミングで現れるとは!」 艦橋に入るなり、大きく両腕を開いてオーバーリアクション気味に声を上げジュダックを迎えたのはこの艦の主、ヨーロッパ戦線の師団司令官ユーリ・ケラーネ少将である。 袖裂きにして着崩した軍服の前をはだけさせ、金のネックレスと共にこれ見よがしに筋肉質な胸元を誇示するそのワイルドな出で立ちは、自らの体躯に少なからぬコンプレックスを持つジュダックを何時もいらいらさせる。 彼の後ろには秘書であるシンシアの姿も見えるが、何やら黒いアタッシュケースを抱え持っているのが不似合いだ。 「ふん。こちらにはこちらの都合があるのだ。それよりもやけに着艦許可が出るのが遅かったな」 「いや悪かった。こちらにも、こちらの都合があったんでな」 階級では遥かにユーリの方が上ではあるものの、マ・クベ直属の間諜であるジュダックはまるで同格の様にユーリと接する。 が、これはジオン軍においてザビ家の恩寵を享受している一派に共通する姿勢であり、なにもジュダックに限ったものではなかった。 ユーリとしてはもちろん面白かろう筈も無いが、そんな表情は今のところおくびにも出していない。 「あまりタルんでいるようなら、マ・クベ様に報告せねばならんぞ」 「まあ許せや、俺達は一蓮托生じゃねえか。それより今回、マ・クベ司令はエルランに何と?」 「金が先だ。それと、そろそろその女をな」 ジュダックの視線に晒されたシンシアはびくりと身をすくめたが、ユーリはその巨躯でさりげなくジュダックの視線を遮った。 「悪いがシンシアだけは勘弁してくれ。その分今回はホレ、張り込んだぜ」 シンシアに持って来させたアタッシュケースをユーリが開くと、そこには金のインゴットがびっしりと収められているのが見えた。 371 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 20:36:28 ID:NNjPWFdI0 [3/6] 「おお」 「おっと・・・情報が先だ」 喜色を浮かべて手を伸ばそうとしたジュダックの前で、ユーリはバタンとケースを閉じてしまったのである。 舌打ちしたジュダックは渋々、エルランに向けたマ・クベの指令をユーリに喋りはじめた。 このダブデは元々、連邦軍の元に赴くジュダックの為にマ・クベが設定した中継地である。 間諜としてジオンと連邦、両陣営の軍籍を持つジュダックも互いの陣営に敵方の飛行機で直接乗りつける事はできない為、中継地たるこのダブデで軍服と飛行機を「着替える」必要があったのである。 マ・クベにとって隠密を旨とする任務の関係上これは苦肉の策でもあったのだが、彼が徹底的に指示した緘口令の間隙をぬい、ジュダックに「手土産」持参で接触しまんまと彼から情報を引き出す事に成功したのは海千山千のユーリならではの手腕であった。 全てを聞き終えた後、完全に表情を消したユーリの手からジュダックはものも言わず金塊入りのアタッシュケースをもぎ取ると踵を返し、その後はたと気がついた様に振り返った。 「そう言えば、私のドラゴン・フライはどこだ。飛行甲板には見えなかったようだが?」 連邦軍の軽連絡機ドラゴン・フライ。 いつもはダブデの飛行甲板にスタンバイしている筈のドラゴン・フライが無かったが為に、今回はそこへルッグンを着陸させた訳だが。 「・・・しゃあねぇな。今頃ノコノコ現れたお前が悪いんだ。ま、悪く思うな」 半笑いのユーリがそう言って片手を上げた途端、小火器を構えたユーリの部下がドアの影から現れ、銃口を向けつつジュダックを取り囲んだのである。 「なっ、何っ!?」 動転したジュダックは手にしていたアタッシュケースを取り落とし、落ちた衝撃で飛び出した金塊が床に散らばった。 「ど、どういう事だ貴様ら!?」 「ああ騒ぐんじゃねえよ、うるせえ。どの道お前はもう終わりなんだからよ」 面倒臭そうにひらひらと手を振るユーリにジュダックは仰天して眼を剥いた。 「なに!?いったい何を貴様!?私にこんな事をしてただで済むと・・・!!」 「悪いな、俺達は主をとっ換えたんだ」 「あ、主を、とっ換え・・・何だと!?」 冗談ではない。 「そうだ、権力を簒奪したザビ家からジオン本来の継承者にな」 「何・・・・・・!?」 ざっと音をたてて血の気がジュダックの顔から引いた。こいつは今、何と言った!? 「この金塊は手付けだとさ。ケチ臭いマ・クベと違って太っ腹だぜ。 まあ、陰険なマ・クベの下はいい加減ウンザリしてたし、今回は事が事だ、こんなモンがなくても俺等はキャスバル派に乗り換えたがな。 だが貰えるものは有り難く貰っとくのが俺の主義だ。だからこれは返してもらうぞ」 銃を突きつけられて一歩も動けないジュダックの足元に散らばる金塊をユーリはそう言いながらゆっくりと拾い集め再びアタッシュケースに収めると、フタを閉め直してから立ち上がり、後方のシンシアに再びそれを手渡した。 372 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 20:37:26 ID:NNjPWFdI0 [4/6] 「ユーリ様、あまり余計な事は」 アタッシュケースを受け取る際、ジュダックとの会話をたしなめる様に口を挟んだシンシアに、ユーリはにやりと笑った。 「そういやニムバスって奴にもそう言われてたな。 まあ、構うものかよ。どうせコイツはここから生きては出られねえ。冥土の土産というやつだ」 見る間にジュダックの体ががたがたと震えはじめる。何かの間違いではないらしいという実感がようやく追いついてきたのである。 「兵達の間で蔓延している核ミサイルの噂、あれは本当らしいな。 さんざコキ使っといてそれかよ。俺達をコケにしやがって・・・貴様ら絶対に許さねえからな」 「・・・っ!!」 一転、静かに殺気を孕んだユーリの強烈な眼光に射すくめられ、ジュダックの恐怖は頂点に達した。 「・・・始末は後だ。ぶち込んどけ」 意味をなさない悲鳴に似た抗議の声を上げるジュダックを無視し、五月蝿そうに手を振って部下にそう命じたユーリは、周囲から銃を突きつけられた状態で両脇を抱えられ、つんのめる様に連行されて行くジュダックの後姿をシンシアと共に苦い表情で見送った。 「上手く行くでしょうか」 「行くかじゃなく、何としてでも上手く行かせるんだ。俺たちの手でな」 ダメなら核ミサイルで全員アウトだとはユーリは敢えて口にしなかった。 特にダイクン派という訳でもなかったユーリがザビ家とダイクン派のどちらを選ぶか・・・ 常時ならば簡単に答の出せる物ではなかったかもしれない。 しかし今回に限り選択の余地は無かった。 核ミサイルで連邦軍もろとも吹き飛ばされない為には、迅速にダイクン派に組するしかなかったのである。 結果的に、何にも増して【マ・クベの核ミサイル】が戦場に散らばるジオン兵士達の支持をダイクン派に急速に固める決め手になった事は皮肉であった。 「大きな事を言っていたあのサハリン家のお坊ちゃんも結局、この大事な戦(いくさ)に間に合わなかったしな・・・」 「ギニアス様からの連絡は相変わらず途絶したままです」 「けっ・・・!役立たずがっ・・・!!」 ここを切り抜けたらあのボンボン締め上げてやるぜ、そう吐き捨てたユーリは凶悪に歪んだ視線を隠す様にポケットから取り出した色の濃いサングラスをかけた。 「それにしても、肝が据わっていやがったなあのキャスバルって若造。ギニアスなんぞとは偉い違いだ」 「はい。とても素敵なお方でしたわ」 「おいおい」 ぽっと顔を赤らめたシンシアにユーリのサングラスがずり落ちた。 「俺の前でそれを言うかよ」 「あら御免あそばせ。でもきっと、キャスバル様はもう、想う人がおありですよ」 そう言いながらすっとうなじの後れ毛を払ったシンシアの仕草ををぽかんと見つめていたユーリは、慌ててサングラスをかけ直した。 「・・・何だそりゃ、女の勘って奴か」 照れ隠しでそう呟いたユーリにシンシアはさあどうでしょうと微笑んだ。 373 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 20:38:05 ID:NNjPWFdI0 [5/6] 「今はあいつに賭けるしかねえが、不思議とあいつなら大丈夫だろうと思える。 あーいう雰囲気が大事なんだ。 軍団を束ねるボスにしては些か若すぎるが、見込みはあらあな」 人物評価は非常に辛いユーリ・ケラーネ少将には珍しく、手放しの褒め湛え様である。 それにしても間一髪であった。 ジュダックの来訪が2時間ほど早ければ、ニアミスしていてもおかしくはなかった。 つまり、つい今しがたまで当のキャスバルはここにいたのである。 「厄介な事にならずに済んで何よりだった。ツキもある」 この勝負、いけるぜと豪快に笑ったユーリはサングラスを嵌めた目で、ダブデの艦橋から沈み行く夕日を眺めた。 その方向には今やそう遠く無い場所にオデッサに向かう連邦軍の大部隊がいるはずである。そして 「敵の真っ只中に飛び込んで行った、命知らずの我らがボスに乾杯だ」 いつの間にかシンシアが用意していた酒盃を、ユーリは太陽に向けて掲げていた。 部屋へ入ってくるなり、その連邦軍兵士は彼の前で敬礼して見せた。 とうに人払いは済ませておいた為、この部屋には彼等2人しかいない。 「・・・貴様か、ジュダックの代理で来たというのは」 手元の資料と目の前の人物とを交互に見比べながらエルランは、ようやく来たかと安堵した声を上げた。 この男が乗って来たドラゴン・フライは既に、機体番号からジュダックが使用していたものである事が判明している。 当然の如く名前や認識番号等全てのデータを洗ってみたものの、不審な箇所は何一つ見つからなかった。 つまり、こいつは本当に、ジュダックの代理としてマ・クベが用意した男に間違いは無いとエルランは判断したのである。 しかし、機に同乗していたもう一人の兵士は念の為別室で待機させている。 会談に応じるのはあくまでも一人だけだ。念には念を入れるに越した事はあるまい。 目の前の人物の資料には眼底色素に異常があり、ガンマ線量が一定値を超える状況下でのバイザー着用必須・・・となっているのが目を引く。 「は、クワトロ・バジーナ大尉であります」 大きめのバイザーをキラリと輝かせた兵士は、まるでエルランを見下すように、不敵な声でそう答えた。 393 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/20(水) 19:36:50 ID:S4mLdpSQ0 [2/5] 「オデッサ作戦」とは、ジオンの大規模採掘基地があるオデッサ周辺地域の奪回と、バルカン半島から東欧にかけて広く展開するジオン軍の一掃を目的とする連邦軍の一大反攻作戦である。 ジオン軍の執拗な妨害にあいながらも物量に勝る連邦軍先発部隊は先日遂に、全て所定の場所に配置を完了し、後はレビルが座乗するビッグ・トレー級陸上戦艦【バターン】を擁する本隊の到着を待つばかりとなっていた。 旧地域におけるルーマニアとブルガリアのちょうど国境地帯にあたるルセ近郊の山岳地帯をぬう様に流れる川のほとり。 厳密に言えば実際のオデッサから遠く離れたこの地域も「オデッサ作戦」の作戦範囲である。 ここには現在、連邦軍の機動部隊が駐留している。 レビル将軍率いる本隊が欧州方面からオデッサに攻め込む事を考えるとここはオデッサの後背と言えなくもない。 が、ここにいる部隊はかの地を牽制包囲する為だけに布陣しているに過ぎず、戦力自体は小規模なものである。 ジオン軍にとって今回の作戦は≪篭城戦≫に近いものがあり、実質的にここの戦力がオデッサ作戦において駆りだされる確率はほぼゼロに近い。 唯一、ジオン兵と戦火を交える可能性があるとすればオデッサが落ちた場合の、ジオン敗走兵の掃討くらいだろう。 大量の兵器と人員を投入した大作戦であればある程、こうしたエアポケット的な安全地帯が発生する。 「異常なし。全て世は事もなし・・・」 仲間のいる野営地から離れ、小高い丘の上で一人歩哨に立っていた軍曹は、交代の人員が麓からやって来たのを確認すると、ほっとした様に首に掛けていた双眼鏡を外した。 「おい聞いたか。『マ・クベは核ミサイルをオデッサに隠し持っている』らしいぜ・・・」 「は?」 ねぎらいの挨拶もそこそこに、やって来た少尉にいきなりそう切り出された新米の軍曹は、すぐにはその意味が理解できずポカンと口を開けた。 「さっきガラツから戻ったグラッデンがそう言っていた。 どうやら今、オデッサに駐留してる連邦兵達の間ではその噂でもちきりらしい」 「マ・クベって、敵の、あの、オデッサ鉱山基地指令ので、ありますか? 何ですって?核ミサイルって・・・は?」 やや子供っぽさを表情に残した軍曹は混乱しつつも無理やり笑おうとしたが、真剣な上官の顔を見てそれが冗談でない事を悟った。 「詳しくは判らんが、どうやらジオンの通信を偶然傍受した奴がいたらしい。 ああ、通信を傍受したのは一人だけじゃなかったとも言ってたな」 「・・・」 渡された双眼鏡を首に掛けながら淡々と少尉は話を続ける。 普段は陽気なこの少尉が、先程から眼前の軍曹とは長く視線を合わせようとしない。 「『戦況が悪化すればマ・クベは戦術核ミサイルを発射し、オデッサにいる友軍ごと連邦の大部隊を吹き飛ばす』だとか 『ジオン軍の犠牲者は十字勲章を贈られ、その家族はザビ家から一生涯の生活を保障される』だとか・・・内容はゴキゲンなものばかりだったそうだ。 指揮官は即座に緘口令を敷いたらしいが、ま、内容が内容なだけに情報が漏れ出るのを完全に押さえる事は不可能だった・・・って訳だろうな」 「そ、そんな・・・南極条約違反じゃないですか!!」 「・・・そうだな、うむ。お前は正しいよ。じゃあお前、それをマ・クベに言って来い」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 一陣の風が2人の間をすり抜ける。 「ここに配属された時は俺の運も捨てたものじゃねえと思ってたが、どうやら甘くはなかったかも知れんな」 「そんな・・・」 途方に暮れた軍曹を無視するように少尉は無言で双眼鏡を覗き込んだ。 394 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/20(水) 19:38:30 ID:S4mLdpSQ0 [3/5] 当初、それは単なる“噂”であった。 しかしどこからか流れて来たその“噂”は妙な信憑性を孕んでおり、オデッサ攻略の為に配備中の連邦兵の間に浸透し、彼等を徐々に浮き足立たせていった。 そして遂には前時代時に実際に配備されていたというミサイルの詳細な図面が出回るに至り、今や連邦兵にとってもこの“噂”は、末端の一兵卒すら知らぬ者は無い“公然の秘密”に近い認識となっていたのである。 中には冷静に、戦場にありがちなデマに踊らされるなと“噂”を笑い飛ばす兵士もいた。 が、ジオン軍が実際に敢行したコロニー落としという狂信的な行いを引き合いに出されると、その者も口を噤むしかなかった。 ジオン軍がコロニー落としを敢行した際、地球重力に捉われる寸前までコロニー【アイランド・イフィッシュ】を直衛した機動護衛軍の中には、コロニー落下を阻止せんとする地球連邦軍の必死の攻撃から自身を盾にしてコロニーを護る“殉死MS”が数多く見られたのである。 連邦兵のアイデンティティでは到底理解しがたいその行動は、彼等に決死のスペースノイドには常識が通用しないのだという概念を強烈に刻み込んでいたのだった。 『マ・クベは核ミサイルをオデッサに隠し持っている』・・・ そして前線の連邦全軍に混乱をきたしつつあるこの不吉な“噂”は今まさにオデッサに乗り込まんとブレストに到達していた連邦軍の本隊に届くに至った。 ―――複数の部隊の兵士がこの内容のジオンの暗号通信のやりとりを傍受し、解読したのは紛れも無い≪事実≫だったからである。 果たしてそれは、連邦軍本隊のオデッサへの進撃速度を覿面に鈍らせる効果を招いた。 先遣隊が首を長くして待っているにも拘らず、予定到着日を三日過ぎ五日が過ぎても、待てど暮らせど連邦軍の本営となるべきレビル将軍の座乗艦である陸戦艇バターンはオデッサに到着しない。 レビル将軍を筆頭とする徹底交戦派と進撃慎重派の意見が割れ、ここに来て全軍の移動スピードががた落ちになってしまったのだ。 進撃を命ずるレビル将軍に対し、進撃慎重派に属するバターン艦長はエンジン不調を訴える。 レビルが何と言おうが艦長は原因不明だと繰り返すのみで埒があかないのだ。 まるで亀の歩みの如くの「及び腰」。今やそれが誰の目にも明らかな連邦軍の進軍速度だった。 395 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/20(水) 19:38:50 ID:S4mLdpSQ0 [4/5] 「是非も無い!!」 ビッグ・トレー級陸上戦艦【バターン】内部の作戦司令室。 並み居る将官たちの前でいらいらとレビルは吐き捨てた。 「敵に時間を与えてはいかんというのが何故判らんのだ!! こうしている間にも敵は着々と迎撃態勢を整えているのだぞ!!」 「そうは言われましてもレビル将軍」 レビルを挟み、デスクを兼ねた巨大なスクリーンコンソールの対面に座ったバターン艦長ジェイファー少将はどこか緊張感の抜けた顔で口を開いた。 「記録によれば確かに前時代、オデッサの地にミサイルサイロが存在し、戦術核が存在していたのは事実。 ここはもっと慎重に事を運ぶべきなのではありませんかな?」 そのもったいぶった言い口に、レビルはうんざりと聞き返す。 「慎重?慎重とは具体的に何を指すのかね」 「特殊部隊や工作員をオデッサの地に潜入させて、ミサイルの無力化を図るのです」 「いい案だ。敵が皆、ジェイファー君の様に悠長でいてくれるならば有効な作戦だろう」 「な・・・!」 レビルの一言でばっさりと切り捨てられたジェイファーは絶句し顔色を赤から青へと目まぐるしく変えた。 「報告によれば核ミサイルに関する暗号の強度は然程強くなかったと聞く。 敵はこの情報を我々に“確実に解読させたかった”のだよ。 これが何を意味するのか・・・!」 レビルにひと睨みされたジェイファーは言葉に詰まった。 「仮にミサイルが実在するにしても“我々がそれを知った事を知られてしまっている”今、オデッサの警戒はアリの這い入る隙間も無いほど厳重になっているだろう。 そこへのこのこと工作員を派遣するつもりかね?」 「・・・じ、実はもう既に・・・」 「馬鹿な事を!!それでは犬死にだ!!」 レビルは思わずデスクを左掌で叩き、右手の親指と中指で両のこめかみを押さえた。 配下の足並みが揃わず将兵の不満や独断専行が抑えられない。 将軍である自分への求心力が思った以上に低下しているのを痛切に感じる。 思えばレビル肝入りの新鋭試作艦ホワイトベースがガンダムごと敵に鹵獲されてからというもの、連邦の戦略は失態続きであった。 彼等にとって最も計算外だったのは、オデッサ集結前に部隊の多くが統制の取れたジオン軍MS遊撃隊にゲリラ戦を仕掛けられ各個撃破されてしまった事であろう。 これにより連邦軍は当初想定していた三分の二程の兵力しかこの作戦に投入できなかったのである。 特に大部隊を率いてオデッサ攻略の一翼を担うと目されていたコリニー提督の横死による突然の離脱は連邦の軍略を根底から覆した。 更にここへ来て、密かに黒海対岸に大量に配備していた長距離支援砲撃部隊が、敵MS部隊の強襲によって壊滅したと報告が入ったのである。 満を持して統合司令部が送り込んだ砲撃士官も部隊合流前に敵の奇襲を受け、キャンプ地に逃げ帰ったと聞く。 斯様に最近のニュースといえば連邦軍の失態を報じるものばかりで、磐石の態勢を敷きジオン軍を押し潰そうと考えていた連邦の趨勢は今回の問題も含め、にわかに怪しいものとなってしまった。 そうなると、軍人とはいえ金と権力で地位を手に入れた者が多い連邦軍の上級将校達の顔色が先のジェイファーの如く、にわかに変わった。 彼等の戦意は元々高くはない。 オデッサ作戦においても戦火の及ばない後方の絶対安全地帯に陣取り、作戦参加の箔だけ付けたいと考えていた多くの将官は【核ミサイル】の情報に、前線の兵士以上に震え上がってしまったのである。 話が違う、と、言う訳だ。 それでも今ここにいる連中はジャブローに篭ったまま出てこないモグラ共に比べれば幾分マシな部類ではあるとレビルは考えている。 が、一旦臆病風に吹かれた人間をなだめすかして前進させるのはやっかいだ。 もはや無言で掌を振っただけで皆は前進してくれないのだ。 殆んど孤立無援の状態でオデッサに挑まねばならない将軍の苦悩は深かった。 しかしその時、オデッサ作戦の見直しを口にしかけた少将の言葉を制し、一人の男が立ち上がったのである。 「愚にもつかない敵の偽情報に惑わされてはならん。 レビル将軍の言われる通り、ここは迅速にオデッサへ向かうべきだ」 「おお、エルラン君!」 救われた様な顔でレビルが目を上げたのを見て、エルラン中将は頷いた。 彼の胸中を、将軍をはじめこの場の人員は知る由も無い。 しかし結局この発言が功を奏し、レビル将軍の率いる西部攻撃集団第3軍はようやく通常のスピードで進軍を再開する事ができたのである。 当初の予定を大きくずれ込み、暦は11月も半ばを過ぎようとしていた。
【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part7-1 8 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/12/13(月) 00:22:24 ID:cpY5quGU0 [1/6] 「諸君、このオデッサでの会戦は、我々にとって単なる通過点に過ぎないという事を忘れるな」 ミハルとハマーンの手伝いをしようとハモン、そしてセイラとメイが示し合わせてブリッジを出て行ったのを見届けた後、シャアはそう言って全員を振り返った。 「サイド3のアンリ准将が密かに、しかし着々と足場を固めてくれているそうだ」 シャアの言葉に、アンリの勅使として派遣されて来たアンディが誇らしげに胸を張った。 アンリ・シュレッサー准将はザビ家の支配するジオン本国にあって、旧ダイクン派の軍人をはじめ反ザビ家の政治家や有力者を秘密裏に統括している。 殆ど絶望視していたキャスバルが生存していたとの報告が、彼を奮い立たせた事は間違いない 政治的な基盤を持たぬシャア達にとって、アンリの働き無くしてその未来は望むべくも無いだろう。 「ジオン軍がこの戦いに勝利すれば大きく戦局も変わるだろう。だが」 シャアはそこで、もう一度全員の顔を見回した。 「この話の続きは、再びこの場所で、諸君らと共にオデッサ勝利の祝杯を上げてからするとしよう。 その際ここにいるメンバーの一人でも欠けている事は許さん。肝に銘じておけ」 「・・・ハッ!」 感激の面持ちでラルが敬礼すると、場の全員がそれに倣った。 「あー・・・俺達はもう一蓮托生だから構わんがなあ」 しかしその時、一同の後方から黒い三連星のガイアが突然、場にそぐわぬ厳つい声を上げたのである。 何事かと振り返った全員が注目する中、ガイアの視線はアムロの横に立つニムバスだけに向けられている。 「・・・そうでない奴にシャア大佐の秘密が漏れると厄介だぜラル中佐ァ」 「む?何の話だガイア大尉」 いぶかしげにそう聞き返したラルの横を無言ですり抜け、ガイアはそのままニムバスの2メートルほど手前で立ち止まった。 アムロはオルテガとマッシュがいつの間にかブリッジに一つしか無いドアの前に移動し終えている事に気が付き、イヤな予感に身体を強張らせた。 「・・・知ってるぜえ。お前、キシリアの忠犬ニムバス・シュターゼンだろう?」 「キシリアの威光を笠に着て親衛隊気取りだった自称『ジオンの騎士』様が、何でこんな所にいるんだ?ああん?」 ドアの前で外部への退路を塞いでいる格好のオルテガとマッシュがニムバスに睨みを効かせている。 珍しくオルテガがメイと別行動をとったのには、こういう理由があったのだ。 「シャア大佐やアムロに取り入り、まんまと青い木馬に潜り込んだまでは良かったが、どっこい俺達の目は誤魔化せんぞ。残念だったなスパイ野朗」 「俺達は大佐やアムロみたいに甘くねえ。人間てのはそう簡単に変われるもんじゃねえのさ。 ・・・生きてここから出られると思うなよ?」 「・・・!」 咄嗟にいつのも鋭い舌鋒でガイアとマッシュに反論しようとしたニムバスはしかし、心配そうに自分を見つめているアムロの顔を直視した途端、ハッと口をつぐんでしまったのである。 長い間とらわれていたキシリア崇拝の枷から解き放たれた事で、ニムバスは自身の過去の姿を極めて冷静な視点で振り返る事ができる様になっていた。 もはや痛恨の思いしかその記憶からは見出せないが、そこには確かに無様な自分がいたのである。 だからそんな『唾棄すべき姿』を知っている者が、ここにいる自分に疑いを持つのは無理もあるまい・・・と、今のニムバスは思い巡らせる事ができてしまう。 現に、あのジョニー・ライデンもそうだったではないか。 9 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/12/13(月) 00:23:34 ID:cpY5quGU0 [2/6] 「グラナダでは、うっかりキシリアの陰口を漏らした俺の部下が貴様に見咎められ、半殺しの目に合わされた。 俺達がそれを知ったのは、貴様と入れ替わりに月に戻った後だった」 「・・・・・・」 ニムバスは固く目を閉じた。 ガイアの言った事は嘘ではない。全ては自分の蒔いた種なのだ。 長い間燻っていた怒りの炎を今まさに燃え立たせようとしているガイアに『現在の自分の心境は違う』のだと、どんなに言を尽くして説明をしてもムダだろう。 せいぜいが都合のいい自己弁護だと思われるのが関の山だ。 そして何より、この分ではこの先また同じ様な事が何度も起こるに違いないという諦観が、雄弁なニムバスから完全に言葉を消し去った。 その頭の片隅には、ここで自分が消え去ってしまえば、自分の事でこれ以上アムロに迷惑を掛けずに済むという考えも過ぎっている。 しかし、ガイアは深く何かを考え込んで絶句したニムバスを見て、悪い意味での確信を持った。 「見ろアムロ。奴はやはりキシリアのスパイだったんだ。黙っているのが何よりの証拠だ」 「違う!何を言ってるんですかガイア大尉!!どうしたんですニムバス中尉!違うって言って下さい!!」 「え?え?ニムバス中尉!?このままじゃ本当にスパイだと思われてしまいますよ!?」 突然石の様に固まってしまったニムバスに動転するアムロとバーニィを横に押し退け、ガイアはゆっくりとホルスターから拳銃を抜いてニムバスにピタリと狙いをつけた。 「ち、ちょっ、ガイア大尉、物騒な物は・・・ナシにしましょうや」 「おい!場所を弁えろ!!シャア大佐の前なんだぞ!」 「黙れ。貴様らはコイツのキシリアに対する忠誠と狂信を知らんのだ。 野放しにしておくと腹を食い破られるぞ」 引きつった笑顔を浮かべ両手を開いてとりなそうとしたコズンと、拳銃を見て色をなしたクランプを、ガイアはぴしゃりと遮った。 「お騒がせして済みませんなシャア大佐。とりあえずコイツは拘束して独房にぶち込んでおきます」 「待て。・・・ニムバス、お前は本当にこのまま何も弁明しないつもりなのか」 「・・・・・・」 シャアはそう言葉を掛けたが、ニムバスは相変わらず無表情に押し黙ったまま動かない。 当の本人がこれではシャアとしてもどうする事もできなかった。 「しょ、少尉。こりゃいったい全体どうなってやがるんです?」 「黙って見てな。コレは他所モンの通過儀礼みたいなもんよ」 思わぬ成り行きに、ニムバスとは初対面となる闇夜のフェンリル隊にも動揺が走っている。 だがマット・オースティンの懸念を、数多くの部隊を渡り歩いて来たレンチェフがポケットに手を突っ込んだまま余裕タップリに一蹴した。 「そんな悠長な事を言っていて良いんですか!?」 「あのニムバスとかいうのが本物ならば何の心配もいらん」 その横ではシャルロッテの小声での抗議を、今度は腕組みをしたル・ローアが遮った。 サンドラ、ソフィのフェンリル隊女性陣も眼前の成り行きを固唾を呑んで見つめている。 と、そこへ 「ちょっと待ちな」 突然、ジョニー・ライデンが不機嫌な面持ちで前に進み出、ニムバスとガイアの間に割って入ったのである。 瞬間、ガイアの脳裏に以前アムロに近付こうとした際、今の自分と同様にクランプとコズンの2人によって前を遮られたオルテガの姿が甦った。 場所も確かこのブリッジだった筈だ。 彼等にとっては面白くも無い巡り合わせであろう。 ニムバスに背を向け、ガイアに対したライデンはその鋭い眼光を心持ち柔らげた。 10 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/12/13(月) 00:24:25 ID:cpY5quGU0 [3/6] 「落ち着きなよおっさん。コイツは普段はやたらと口数が多いくせに、肝心な所じゃあ余計な事を考えすぎて無口になっちまう面倒臭い奴なのさ」 意外なライデンの言葉に背後のニムバスが息を呑み、その瞳が大きく見開かれた。 「何のマネだ若造・・・貴様、そいつの肩を持つつもりか!?」 「そんなつもりはねえ。俺もおっさん達と同じ様に、最初はコイツに疑惑を持ったんだ。 だがコイツの疑いは晴れてるぜ。俺が直に拳を交えて確かめた」 ギリリッという歯軋りの微かな音を聞いた気がして、コズンは慌てて隣に立つシーマを振り返った。 ニムバスの前に立った為にガイアの銃は、今はライデンの心臓に狙いを付けている。 シーマはその状況が気が気ではなかったが、ここはライデンの正念場なのだ。それが判る彼女だけに、今は動けないでいるのである。 「拳を交えた、だと?そいつと本気で殴り合ったって事か」 「いや拳だけじゃねえ、蹴りも関節技も使ったアルティメットでだ」 「ほう、どこで戦(や)った」 「ロドス島のハンガーさ。ここの連中が証人だ」 そう言いながらライデンが視線を周囲に向けると、それは本当かと俄かにガイアの目の色が変わった。 ちらりとシャアを見やると、彼はガイアにその通りだと軽く頷く。 オルテガとマッシュも興味深そうな顔で目配せするとドアの前を離れ、ガイア達に近寄って来た。 「それで、貴様らのどっちが勝った!?」 「ん?どっちと言われてもなあ・・・」 ガイア達の予想外の食いつきに戸惑うライデン。 そういえば、黒い三連星は3度のメシよりもケンカや格闘技に目がないと話には聞いた事がある。 彼等3人、見るのも戦るのも殊のほか好きらしい。 「・・・悔しいが、多分勝ったのはニムバスの方だろうな」 「いや、状況を鑑みるにそれは正確な判定では無い。どちらかと言えばライデンの方が優勢だった」 「ふざけるな。ありゃどう見てもお前の勝ちだったろうが!」 自分の立場も忘れ後ろから異を唱えて来たニムバスに、振り返ったライデンが本気で口を尖らせた。 意表を突いた成り行きに、彼等以外の一同は呆気に取られた顔をしている。 「・・・男って」 微かに聞こえた溜息混じりの呆れ声は、シャルロッテの物だったろうか。 「あのなあ!誰にも言わなかったが俺はあの後3日間、アゴがガタついてメシが上手く食えなかったんだぜ」 「私だって数日間、肩より上に右腕が上がらなかったのだ!総合的に被ったダメージはこちらの方が上だ!」 思わずアムロとバーニィは顔を見合わせた。そんな素振りは2人とも微塵も見せてはいなかったのである。 意外な場面で知られざる事実判明、と、いったところか。 「四十肩じゃねえのか」 「なんだと!?」 「まあ待て。待てお前ら。それで?コイツと殴り合った貴様は、コイツを信じるに足る男だと踏んだ訳だな?」 「おうよ。殴り合いの中では誤魔化しは効かねえからな」 「判ってるじゃねえか若造!確かに拳は嘘をつかねえ!」 オルテガの問い掛けに自信たっぷりに頷いたライデンを見て、マッシュも我が意を得たりと首肯した。 基本的に酒と拳で判り合うのが彼等【黒い三連星】の流儀なのだ。 酒とケンカのヤれない奴は信用しねえ・・・そう彼等は普段から主張してはばからない。 そんな彼等だからこそ、どんな理屈よりも納得できる心理がある。真理と言い換えてもいい。 命を掛けた刹那にこそ、その人間の持つ本性が無慈悲に暴かれ、さらけ出されるのだ。 極限状況では咄嗟に、真っ直ぐな人間は真っ直ぐな、臆病な人間は臆病な、姑息な人間は姑息な、卑怯な人間は卑怯な振る舞いをしてしまう。 どんな人間でも絶対に、戦いの中で自身の持つ内面を隠し通す事は不可能なのだ。 そしてこれは何も生身のケンカに限った事では無く、MS戦においても当て嵌まる。 その見極めを瞬時に行い、対処し得るからこそ、彼等は名パイロットたり得ているのである。 マッシュは愉しそうに、その隻眼をガイアに向けた。 「ようガイア、この野朗のミソギは済んでいるらしいぜ?」 「そのようだが・・・いや、しかしな・・・」 そう言いながらも、いつの間にかガイアは銃を下げている。 11 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/12/13(月) 00:25:44 ID:cpY5quGU0 [4/6] 3人の態度から殺気が消えかけている事を察知したライデンは、畳み掛けるように言を継いだ。 「コイツが何か不始末をやらかした時は、俺が責任を取ってやるぜ」 「調子に乗るな若造!貴様に責任なんぞ取れるか!!」 一転、にべもないガイアの言葉にライデンは口をへの字に曲げた。 確かに昇進したとは言え、たかだか中尉でしかない自分には分の過ぎた申し出だった。 「それじゃあアタシら海兵隊がケツを持ってやろうじゃないか」 「む・・・」 両手を腰に一歩前に出、ここぞとばかりにそう言い放ったシーマにガイアは言葉を失った。 にわかには信じ難い光景だ。 確かにパイロットとしての腕はあるが尊大な態度で周囲から疎まれ、抜き身の刃物の様だった『あのニムバス』が、まさかここまで隊の連中の信頼を勝ち得ていようとは。 「姐御・・・」 「この場は預かるよ。まさか不服だと言いはすまいね?」 ライデンの感謝の視線を満足そうに受け止めながら、シーマはガイアに向けて片方の口角を上げて笑った。 「どうなんだい!・・・それとも、アタシの顔を潰すつもりかい?」 シーマの眉間には深い縦皺が刻まれ、軽い口調とは裏腹に目が笑っていない。 ガイアは思わずブリッジの天井を見上げた。 この状況、下手にゴネると厄介な事になってしまう。個人の話がいつの間にか軍団のメンツの問題にすり替わってしまったからだ。 これはいわゆるヤクザ者、いやアウトロー特有の手打ち・・・場の納め方であり、他ならぬ黒い三連星が兵隊同士のイザコザにおいて双方を引かせる時に使う常套手段でもあった。 「ガイア大尉、聞いての通りだ。それに元々このニムバス・シュターゼンは私自ら招聘したのだ。 もし彼が我が隊に不利益をもたらす行いをしでかしたならば、それは私の責任でもある」 「判りましたよシャア大佐。これじゃあまるで俺だけが悪モンみたいじゃないですか」 きまりが悪そうに銃をホルスターに戻したガイアが髭だらけの顔で苦笑すると、ほっと場の空気が緩んだ。 「良かった!ニムバス中尉!」「ニムバス中尉!」 胸をなで下ろしながらニムバスの元にアムロとバーニィが駆け寄る。 シーマがああ宣言した以上、今後はニムバスに面と向かって疑惑を口にする輩は皆無となるだろう。 彼女が率いる海兵隊の恐ろしさは、それ程までに味方をも震え上がらせているからである。 「皆に感謝しろよニムバス・シュターゼン」 「はい・・・」 ガイアの言葉に感激を隠し切れず、瞑目して小さく頷いたニムバスの横顔を見たライデンは 『と、言ってもコイツが忠誠を誓っているのは、実はシャアじゃなくアムロなんだけどな』 と彼だけが知っている真実を心中で呟き、少しだけ複雑な笑みを浮かべたのだった。 「―――ライデン」 「おっと勘違いすんなよニムバス。俺は見当違いな連中が気に食わなかっただけだ」 神妙な面持ちでこちらを振り返ったニムバスに顔も合わせず、今度は邪険に背を向けたライデン。 暫く無言だったニムバスは、やがて静かにシーマに頭を垂れ、ライデンの背中に「感謝する」とだけ呟くとアムロとバーニィに促され、ハンガーに向かう為ブリッジを出て行った。 12 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/12/13(月) 00:26:05 ID:cpY5quGU0 [5/6] ニムバスにとって大事なのはアムロのみであって、シャアが何ほどの者であろうが正直どうでもいいのだろうと、ライデンはそんなニムバスの後姿をチラリと見ながら思った。 アムロの命令でニムバスは動く。そのアムロがシャアに従う限り、間接的にではあるがニムバスも従う事になる。つまりはそういう事なのだ。 ニムバスの性格からして、今回の件を皆に感謝こそすれ恩義に感じる事は無いだろう。 つまり、今後もしもアムロがシャアと袂を分かつ事になった場合、ニムバスは迷わずアムロに付くという事を意味している。 取り越し苦労かも知れないが、ジオン・ズム・ダイクンの寵児を頭に据えたこの軍団の行く末が限りなく不透明である以上、そういうケースも絶対に無いとは言い切れない。 しかし―――それもまた良しだ、と、ライデンは無邪気に笑い飛ばした。 何より、気に入らない奴の風下に立つ事は、絶対にできない性分だと自分で理解しているライデンである。 他でもないライデン自身が、一軍を率いる将としてシャアという男の器がどの程度の物か、これからじっくりと見極めてやるつもりでいるのだから他人の事をとやかく言える立場ではないのだ。 姐御の手前、一旦は引き下がって見せたが、やはりこればかりは譲ることはできない。 盟友と認めたならば例え何があろうと地獄の底まで付き合うが、到底コイツのやり方にはついて行けねえとなったら、姐御と一緒にどんな状況でもケツを捲くる自信はある。 要は『シャアが俺達に愛想を尽かされなければ良い』のだ。 ――――と、兵隊にあるまじき勝手な結論を出し、面白くなってきやがったぜと、この状況を楽しんでしまうのがジョニー・ライデンという男だった。 さてさて、鬼が出るか蛇が出るか・・・ 「ニタニタ笑ってんじゃないよ全く!本当に余計な事に首を突っ込みたがる男だねアンタは!」 そんなライデンの後ろ頭を平手ではたいたシーマは、彼を怖い顔で睨みつけた。 「・・・なかなかユニークな連中揃いで先が思いやられますな」 「しかし、能力は押しなべて高い者ばかりだ。こういう個性的な人材をうまく使いこなせてこそ・・・」 眼前で巻き起こった騒ぎには敢えて介入せず、一同の最後尾で静観を決め込んでいたゲラートとラルは、その顛末を見届けた後、ひとしきり笑いあった。 人間とは誰も皆、一人ひとりが個性的な縦糸と横糸の様なものだ。 そうラルとゲラートは以前、酒を酌み交わしながら語り合った事がある。 何かを成し遂げようとした時に生じる人間関係とは、それら種々の糸が縦横無尽に組み合わさって形と色を成し、一枚のタペストリーを織り上げてゆくさまに似ている。 その際、糸同士が緻密に組み合わされればされる程、織物としての強度や作品としての完成度もまた増してゆくのだ。 我々の場合、最終的なその仕上がりは、果たしてどのようなものになるのだろうと老練な戦士達は思いを馳せた。 胎動を始めた新たな軍団の屋台骨を陰で支える2人の気苦労は、当分終わりそうも無い。 39 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/01/13(木) 20:50:55 ID:htlOcCCU0 [2/6] 上下ハッチが完全に開放された「青い木馬」の右舷第1デッキに軽い地響きをたてて踏み入って来たのは、ジオン軍の中ではひときわ異彩を放つ白いMS【ガンダムピクシー】であった。 アムロはデッキ内に敷かれたカタパルトレールの上でピクシーの足を止め、モニター越しに懐かしいデッキ内部を見まわして感慨に耽る。 カタパルトレールの後ろには3基の斜立式MS整備ベッドが、その上部にはコアブロック換装用のクレーンが2基懸架されている。 それら全てが以前のままである事を確かめると、アムロは小さく安堵の息を吐き出した。 今後は、ここが再び彼の家となるのだ。 青い木馬の直衛と、定員を遙かにオーバーしているこの地の格納庫の負担を軽減させる目的で、アムロの小隊はここに配置される事になったのである。 ニムバスとバーニィのザク改も、アムロに引き続きここへやって来る手筈になっているが、格納庫の中がMSでひしめき合っている為に発進に手間取り、まだその姿は見えていない。 『RX-78は任せといて。あなたが帰るまでに最強のMSにしておくからね』 あの時、アムロとの別れ際にメイがそう宣言したRX-78-2【ガンダム】は残念ながら現在、左舷第2デッキの方に格納されている為にここでその姿を見る事はできない。 本人の口からは具体的に聞き損ねていたが、アムロとしてはメイの手によって改造(?)されたであろうガンダムがどんな姿になっているか楽しみである反面、正直、不安もあった。 「よう、トップエースのご帰還だ!」 「ミガキさん!」 しかし、デッキの入り口で様々な想いを胸に立ち尽くしていたピクシーを陽気な声で出迎えてくれたのは、むさ苦しい髭面に人なつこい笑みを浮かべたフェンリル隊のテックチーフであった。 アムロは慎重な挙動でピクシーを移動させ、誘導灯を振るミガキの指示通りに一番奥のMSベッドに固定させると、急いでシートベルトを外しコックピットから抜け出した。 「お久しぶりです!」 ピクシーの足元でがっちりとアムロの手を握った途端、ミガキは何故か笑みを消して大真面目な顔を作った。 「聞いたぞアムロ、何でも小隊長になったらしいじゃないか」 「は、はい、でもそれは・・・」 「メイがまるで自分の事みたいに威張っていたぞ。 何で彼女がお前の事で俺に威張るのか意味が判らんがな」 「参ったな・・・」 再び白い歯を見せて笑うミガキから困った様に目を逸らしたアムロの目がふと止まった。 彼の視界の先にあるのは、デッキの奥に山積みされた「いわく有りげな」装甲パーツである。 渋くモスグリーンに塗装されたそれは以前のWBではついぞ見た事のなかったものだ。 艦船用の外装補修建材に見えない事も無いが、各所から飛び出したバーニアや接合器具からは兵器の匂いがする。 40 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/01/13(木) 20:52:01 ID:htlOcCCU0 [3/6] 「ミガキさん、あれは・・・何です?」 「ほう気付いたか、流石だな」 アムロの手を離したミガキの目が嬉しそうにキラリと光る。例の技術屋のアレだ。 「あれはお前さんのRX-78-2を強化させる為の増加装甲だ。 メイと俺が首っ引きでこの艦とガンダムに残ってたデータベースを解析し、ここに積載されていたパーツを駆使して組み上げたものだ。 足りない部分には代用品を充てたから純正品とはちと違う部分もあるがな・・・」 「それじゃあ、もしかしてあのキャノン砲も?」 アムロがパーツの更に後方に見える単砲身を指さすと、ミガキはそうだと頷いた。 こちらはゾンザイに転がっている他のパーツよりも若干丁寧に扱われ、デッキ奥の大型エレベーターに乗せられている。 「データにはFSWS・・・恐らくは計画名だろうが・・・それの一環としてガンダムの様々な強化案が示されていた。 元々試作機としてハイスペック過ぎるぐらいに作られたRX-78には恐るべき拡張性が備わっているらしい。 ま、中にはどう見ても実現は不可能そうなシロモノもあって玉石混合ではあったがな」 苦笑するミガキにアムロは眼を輝かせて肯是した。 とりあえず考えうる限りのアイディアを出し尽くしてみるところから、そういう事は始まると思えるのだ。 「ここに配属されてからというもの、俺やメイを始めとしたメカニック達は自分の仕事と平行してここに入り浸り、連邦製MSの解析と技術の吸収に勤めた。 中破していたRX-75【ガンタンク】を分解してパーツに戻し、その一部を使ってあの装甲の足りない部分を補い・・・」 そう言いながらミガキは顎先で先程の増加装甲を指し示し 「・・・お前さんのガンダムも俺達の手でオーバーホールを完了させる事ができた。 もちろん正常に稼動する事はチェック済みだぞ」 そう言葉を続け、誇らしげに胸を張った。 「お陰で我々の技術力も随分向上したよ。 今じゃ連邦製MSの整備だって無難にこなせる。後は慣れの問題だ」 事も無げにそう言ってのけたミガキのがっちりとした身駆に、アムロは羨望の眼差しを向ける。 「凄いなあ・・・メカニックの皆さんの努力には、いつも本当に頭が下がります」 「なあに、好きなんだよ。みんな新しい知識に飢えているのさ。 寝る間も惜しんでやってるのは、つまりそれが面白いからなんだ」 規模こそ違うが、アムロ自身も寝食を忘れてメカの組立てに没頭した経験など数え切れないほどある。 お前なら判るだろう?と、それを見透かしたように笑うミガキにアムロは思わず口もとを綻ばせた。 「こいつにはあの360ミリロケット砲の他に小型ミサイル発射装置と外付け式の2連装ビームライフルが付く。 火力に関しては圧倒的だ。 増加装甲自体に補助推進装置が内蔵されているから機動力を損なう事もない」 「す、凄いですね・・・メイが言っていた『最強のMS』ってこれの事だったんだ」 「・・・ところがな」 しかし、ミガキは一転表情を顰めた。 41 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/01/13(木) 20:53:07 ID:htlOcCCU0 [4/6] 「この増加装甲、データ通り一旦はお前さんのガンダムに装着してはみたものの、どうも計測結果が芳しくない」 「え、どういう事です?」 ミガキの口調に不安を覚えたアムロの表情からも笑顔が消えた。 「何度シミュレートしても増加装甲のジェネレーターパワーに肝心のガンダムが振り回されて挙動にロスが出てしまう。 この機体をまともに制御しようとすると反応出力を絞らざるを得ず、結局・・・素体のガンダムよりも機動力は30パーセントもダウンしてしまった」 「さ、30もですか・・・それは・・・」 「うん。ザクにも劣る数値だ。対MS戦を想定したら絶望的だな。 まあ、堅い装甲と高火力を頼みに敵陣へ単独で突っ込んで一撃を見舞う戦法も無くはないし、単純に装甲値が上がればお前のサバイバビリティも増す。 だがメイは今お前が乗って来たXX【ピクシー】の戦闘データを見て、躊躇無くこのプランを捨てた」 「捨てた?」 「そうだ。重爆撃機よろしく一撃離脱戦法のみに特化したMSはお前向きじゃないって事に確信を持ったのさ。 メイは完全にガンダムをお前専用のマシンと考えているからな。コンセプトの相違を容認できる筈がない。 ちなみに・・・」 ミガキは太い腕を組み、体を斜めに傾けた。 「その意見には俺も賛成した。恐らくお前はオールラウンドで高い技量を発揮できる希有なパイロットだ。 わざわざ使い勝手を限定されたMSに乗るべきじゃあない。 それに貧乏なジオンと違い、量産型のMSにも強力なビーム兵器を標準装備しようとしてる連邦軍だ。 大量に展開した敵MSにビームの段幕を張られたらこの機体では為す術がない」 「それじゃあ・・・」 「このプランはペンディングだな」 そう言いながらミガキは両手の人差し指でバツ印を作り、アムロに向けた。 「せっかく装着したコイツがひっぺがされてここに転がってるのはそういう理由だ。 だから今あっちにあるお前さんのガンダムは、まっさらの純正品だ」 「そうだったんですか・・・何だかちょっと安心したような残念なような・・・それじゃメイもさぞがっかり・・・」 「ところがそうでもない」 ここでミガキが再び眼を輝かせてぐっと身体を乗り出したのである。 「え?」 「メイに抜かりは無い。もう一つ、とっておきのプランがある」 メイの才能に惚れ込んでいるのがその言葉尻から窺い知れる。 ミガキにとって今までのは単なる前振りに過ぎず、どうやらここからが本題らしい。 「そいつは完全にお前向きのものだ。 それどころか、これが実用化されれば今までの駆動系の常識がひっくり返る事、請け合いだ」 「え?え?いったい何の話です?」 なんだかウキウキしている様子のミガキだったが、全く話が見えないアムロとしては戸惑うばかりだ。 「アムロ、お前、搭乗したMSをことごとく『遅い』と感じているだろう」 「・・・!」 ずばりと核心を突かれたアムロは驚いて口ごもった。 42 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/01/13(木) 20:53:45 ID:htlOcCCU0 [5/6] 「機体を徹底的に軽量化し、アポジモーターを増設したこのXXはお前の操作に辛うじてついていけているが・・・」 ミガキはアムロの後ろに立つピクシーを振り仰いだ。 「しかしもう、これ以外のMSでは恐らく、お前の反応速度に対応する事ができんだろう。 ジオンの地上用MSでは最速のレスポンスを誇るイフリートですら、お前は物足りなく感じる筈だ。 かと言って本気を出したお前の操縦に無理矢理晒されれば駆動系はボロボロ、機体は最悪オーバーヒートを起こす。 データ的に見れば、お前のRX-78-2も例外じゃなくそうなる」 アムロはぐっと唇を噛んだ。ミガキの推測は恐らく正しい。 クレタ島でニムバス達と対したあの時、今まさにミガキの語った理由で彼は1機のMSを乗り潰していたのである。 それはニュータイプ実験用に極めてタイトなチューンを施されたMSだったにも拘らず、だ。 「つまりお前さんの乗るMSには装甲や武装の強化ではなく、まずそちら方面のパワーアップが必要だったんだ」 「で、でも反応速度を極端に上げると、物理的に機体に掛かる負荷が増大していずれは・・・」 アムロの苦言をミガキは手を上げて遮った。 ハッと我に返るアムロ。釈迦に説法という奴だった。専門家の彼がそれに気付いていない筈がないのだ。 「メイが以前から研究していた隠し玉だ。 初めて見せられた時は俺も驚いたが理論は・・・まあ完璧だった。 同じ技術屋としては少々悔しいが彼女みたいなのを本当の天才というのだろう。 流体パルスのシステム自体がネックだったんだが、連邦製のMSが手に入った事でクリアの目が出たのさ。 フィールドモーターなら・・・いける筈だ」 ミガキの言葉はいつの間にか自分に向けての物になっている。 「ミガキさん?」 「そうは言っても、もうひと山ふた山は越えなきゃならん課題もあるがな・・・」 「おーいアムロー!」 その時、腕組みしていた両手を腰に何やら考え込んだミガキの上から元気な声が掛かり、同時に二人は壁際に設置されたステップ上に立つ声の主を見上げた。 「食事の用意ができたよー!パイロットは食堂に全員集合だって!!」 2階の窓程もある高さのフェンスから身を乗り出し、こちらに手を振っているのは件の天才少女メイ・カーウィンである。 ミハルやハマーンの手伝いをしていた彼女が、わざわざアムロを呼びに来てくれたのだろう。 こうして見ると、どこにでもいる無邪気な14歳の女の子にしか見えないが、彼女の秘めたるエネルギーは計り知れない。 「判った、2人がここに到着次第、そっちに向かうよ」 「早く来ないと冷めちゃうよ?私も料理、手伝ったんだから・・・」 しかし口を尖らせかけたメイは次の瞬間、笑顔を取り戻した。 ニムバスとバーニィの搭乗したザク改2機が、ようやく姿を見せたからである。 ミガキはアムロを下がらせると、再びシグナルライトを手に鮮やかな手並みで彼等の誘導を始め、瞬く間にぴたりと2機のザク改を整備ベッドに納めてしまった。 ジオン製MSと連邦製MS用整備ベッドの規格が合わなかったらどうしよう、と密かに心配していたアムロだったがそれは杞憂に終わった。 どうやら2台のベッドには既にザク改に合わせた調整が成されていた様である。 ミガキの言葉ではないが彼等の仕事に抜かりは無いのだ。この人達に任せておけば間違いはない。 ザク改に続いてわらわらと乗り込んで来たメカニック達に指示を飛ばしているミガキを見て、アムロはその思いを新たにするのだった。 240 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/04/18(月) 14:19:29 ID:B90M/2Y.0 [2/6] 「美味ぇ!!美味ぇ!!・・・すげえ美味ぇ!!どうなってんだ!?」 「・・・俺は今までの人生で、こんなに美味い物を食べた事は・・・なかったな・・・」 焼きたてパンと熱々の濃厚なスープで煮込まれたハンバーグを口にしたレンチェフが大はしゃぎする横で、生真面目なル・ローアが声を詰まらせながら呟いた。 身内の人間が褒められるのは誇らしいものだ。 自分達もつい先日まで同じ様なやりとりをしていたシャア隊の面々だったが、今はすっかりそれを棚に上げ、 青い木馬の食堂でミハルの料理に驚嘆しまくる彼等の反応をにやにや笑って眺める余裕がある。 「信じられん、これは本当に補給物資だけで・・・」 「もちろんですぜ少佐。正真正銘ウチのミハルが凄腕なんでさあ。 まあこう言っちゃあ何ですがね?今ジオンで一番美味い物を食ってるのは・・・」 「うむ。ギレンでもキシリアでもなく恐らく我々だ。これは決して誇張では無い。 我々はついているぞ諸君、この幸運を存分に享受しようではないか」 ゲラートの質問を得意げにコズンが受け、上座のシャアが締めた瞬間、青い木馬の食堂がどっと沸いた。 なにしろ宇宙育ちの彼等にはお馴染みの味気ない「単なる合成タンパクの塊り」でしかない筈のハンバーグが、魔法の様に立派な「料理」に変化してしまったのである。 ある程度食べ物の味というものを諦めて育たざるを得なかったスペースノイド達が ミハルの料理に感激するのも無理はないと言えただろう。 「ハモン、これは一体どういう事なのだ、我々が常日頃から口にしていた同じ食材が、こうも違う味になるとは到底信じられん」 「それがあなた、あの子ったらハンバーグの具材をほぐして炒めた野菜を混ぜ、もう一度形成して焼き直したのです」 「な、なんと」 自分のフォークに突き刺さったハンバーグをしげしげと眺めるラル。 このふっくらとした歯ざわりは、見えないところで掛けた手間の産物だったのだ。 そしてハモンは初めて入った厨房の筈なのに素晴らしい手際の良さだったとミハルを褒め、私ではとてもああはいきませんわと、ちょっと悔しそうに微笑した。 「お前にそこまで言わせるとは・・・」 ランバ・ラルは驚きを禁じ得ないでいる。 ハモンは決して料理下手ではなく、生活全般をそつなくこなすいわゆる出来る女性だ。 その分、秘めたるプライドも相当に高い。 しかしそんな彼女が今は完全に脱帽している。 初対面でミハルを気に入った彼女の眼に狂いはなかった事の方が嬉しいのであろう。 「私の下に欲しいくらいです。きっとあの娘なら料理だけではなく、教え込めばどんな仕事でもこなせる様になるでしょう」 「まさかな」 それはあまりにも贔屓の引き倒しであろうとラルはいぶかしんだが、こういう時に冗談を言うハモンではない。 「・・・気に入らないねえ」 「んぐっ?ど、どうした姐御、これ美味いじゃないか?」 隣のシーマが突然立ち上がったのに驚いたライデンは、飲み込みかけていたパンを危うく咽に詰まらせそうになった。 彼等の席はちょうどラルやハモンとは背中合わせの位置にある。 シーマは何も言わず後ろのハモンにちらりと肩越しの視線をやってから席を離れ、そのまま食堂奥のドアから厨房に入って行ってしまった。 「シーマ中佐、どうされたんです?」 「さァな・・・」 正面に座るアムロにそう聞かれても、取り残された形のライデンは気の抜けた返事で彼女を見送るしかない。 浅くは無い付き合いの中で、こういう言動をとった場合の彼女は何やら思うところがあり、加えて誰かにべたつかれるのを非常に嫌うことを知っていたからである。 241 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/04/18(月) 14:20:36 ID:B90M/2Y.0 [3/6] 「しかしオルテガの奴、こんなウマイ物を食いっ逸れるなんざ、ついてねえな」 食事を頬張りながら黒い三連星のマッシュが苦笑する。 「メイ嬢ちゃんが急にハンガーに呼び戻されたんだ、奴としちゃ放っておけんだろう」 まあ仕方あるまいとガイアは思う。 メイは一人で戻れるから食事をしていけとさんざん薦めたのだが、それを強く拒否し同行を譲らなかったのはオルテガの方なのだ。 「中尉達の分は後で私達が届けてあげましょう。ね、アムロ」 「そ、そうですね。2人共きっと喜びます」 セイラの提案に頷くアムロ。ガイアはそんな2人に宜しく頼むと嬉しそうに笑った。 「大佐、前々から思っていたのですが、この美味しい食事を我々以外の部隊にも ほんの少しづつでも分けてやる事はできないでしょうか」 「うん?」 意外なアンディの申し入れにシャアは顔を上げた。 「現在、ここキエフ鉱山基地本部には周辺地域に集った約30の部隊の中から毎日ローテーションで小隊が選出され護衛の任についています。 その小隊のメンバーをここに招いて昼食を振る舞うのです」 「おお、それはいい!」 膝を叩いてそれに同意したのはランバ・ラルだった。 疲労の蓄積が夥しいジオン兵の慰労には美味い料理は何よりのものだろう。 「良い案だとは思うが、それではミハルの負担が増えてしまうのではないか。ただでさえ・・・」 「厨房に人員を回します!ミハルさんばかりに負担を負わせないように。 ですから、どうか」 少しだけ消極的なシャアにアンディは食い下がった。 「・・・判った。ミハルに頼んでみるとしよう。 だがあくまでも、それを引き受けるかどうか決めるのは彼女だ」 「ありがとうございます!私からも彼女に誠心誠意お願いしてみるつもりです」 ほっとしたアンディの顔にも笑顔が戻った。 地上に住む人間に比べ、僅かな物を分け合う仲間意識はスペースノイドは非常に強いのである。 242 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/04/18(月) 14:22:05 ID:B90M/2Y.0 [4/6] 「邪魔するよ」 「おや?シーマ中佐。珍しいね、どうしたんだいこんな所に」 広めのキッチンで一人、使い終わった調理器具を片付けていたミハルだったが、 いきなり現れたシーマに振り返って笑顔を向け、すぐにまた洗い物に戻った。 「いつもいつも良っく働くねえ、おまえは」 トレイが重ねられたラックに身体を預けて腕組みをしたシーマが、周りを見回してあきれた様な声を出す。 結構な人数分の食事を拵えた後であるにもかかわらず、厨房内はきちんと整頓されている。 その奥にはちゃんと人数分、食後のコーヒーを出す用意がされているのが流石である。 「そう思うなら、少しはミハルの手伝いをすればいいのに」 言いながらコーヒークリームのポットを持ったハマーンが、シーマの横を擦れ違いざまに一瞬責める様な視線を向けた。 「あーそりゃ悪かったね・・・」 とんだ藪蛇だったと苦笑しながら髪を掻き上げるシーマ。 ハマーンにとっては人間同士が勝手に拵えた階級や立場など何の意味もなさないものであろう。 無垢な少年少女の視線は時として、様々な柵に捉われる大人をあざ笑うようにして真実を真正面から射抜く。 「何か用があって来たんだろ。なに?」 「・・・こんな事言うのはアタシのガラじゃないんだけどね」 シーマはそう言いながらそっとミハルに近付く。 「いいかい。まわりの連中に良い様に利用されるんじゃないよ。 おまえはべつに軍属じゃない。何かを命令されても気に入らなきゃ断るんだ。いいね」 「利用?」 耳の近くでそう囁いたシーマに笑顔のまま怪訝そうに振り返ったミハル。 厳しい顔のシーマとは対照的な表情だ。 「おまえみたいな小器用な子は上の奴等に都合のいい様に振り回され・・・ ボロボロになるまでコキ使われて、そのまま見捨てられちまう事が多いんだよ。 アタシはそんなケースを・・・山ほど見て来てるんだ」 何だか辛そうなシーマを見てミハルはハッとした。 それは他の誰でもなく自身の経験を語っているのではないのだろうかと思えたのである。 「今後、おまえに対する要求がどんどんエスカレートしたあげく・・・例えばそうだね・・・ 連邦軍の艦艇に単独で潜入しろなんて命令が出てもアタシは驚かないね」 「まさか」 あまりにも荒唐無稽な例えにミハルは声を出して笑いかけた が、シーマの顔はあくまでも真剣であり冗談を言っている様には見えない。 「例えばの話さ。 で、能力の無い奴ならその命令を結局実行に移せないまま終わるだろう。 上からは無能の烙印を押されるかも知れないが、命を落としかねない様なヤバイ橋は渡らずに済む」 それはそれで幸せなんだとシーマは続け、眉根をきつく寄せた。 「・・・だがおまえは、頭の回転が早く、度胸もいい。 どんな事でも恐らく、それなりに何とかこなしちまうに決まってる。だからヤバイんだ」 「あはは・・・買い被りすぎだよ、あたしにそんな」 「だああもう、じれったいねえ!」 「あっ」 シーマはミハルの肩を掴み、無理やりにこちらを向かせた。 洗浄剤のついた泡だらけの手がシーマの軍服を汚すが気にもしない。 「これでもアタシはおまえを気に入ってるんだ。あのお姫さんなんかよりもずっとね。 シャア大佐はどうやらおまえを大事にしようとしているみたいだが、大佐が不在の時がまずい」 「シーマ中佐・・・」 「これだけは約束しな。 今後、誰かに何か厄介な事を言いつけられてもすぐに引き受けたりせず、大佐がいない時はアタシに相談するんだよ」 「えっ・・・で、でも」 「いいね。判ったね?」 有無を言わさず噛んで含めるように言い聞かせたシーマにミハルは小さく頷くしかなかった。 243 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/04/18(月) 14:23:10 ID:B90M/2Y.0 [5/6] 「ブッ」 それを見た瞬間、口に含んでいた水を小さく噴き出したのはコズンである。 「・・・なんだ貴様ら揃いも揃ってその顔は」 煎れたてのコーヒーを満たしたカップを並べたキャスターを押して厨房から現れたのは 眉間に深い縦皺を刻んだシーマ・ガラハウ中佐その人であった。 「あぃっ、いえ?・・・ぇえっ!?」 憮然としたシーマに射抜かれる様な視線を放たれたバーニィは極めて不明瞭な返答をしてしまった。 女傑シーマ・ガラハウ中佐の給仕。 世に珍しい物は数あれど、これ程に似つかわしくない、もとい、想像するに難い光景というのもそう無いだろう。 食堂にいた全員が石像の様に動きを止め、眼を丸くして彼女を凝視しているか、あるいは完全に明後日の方向に眼を逸らしているかのどちらかだった。 眼を逸らしている方がシーマの視線を受けない分だけ賢明だと言えるが、このレアな光景をじっくり鑑賞しないというのもそれはそれで惜しい気がする。 だがそんな葛藤渦巻く空気の中、例外が約一名、喜び勇んで手を上げた。 「姐御、ひとつくれー」 そのライデンの声を皮切りに、呪縛が解けたかのように挙手が続く。 「私も貰おう」 「こ、こっちにも3つ、いや4つお願いします」 「自分にも頂きたい」 「へへ、こりゃ他の部隊の奴等に自慢できるぜ」 「折角なのでワシにも」 「・・・あなた」 「甘ったれんじゃないよ!?飲みたい奴は勝手にここへ取りに来な!!」 ガチャンとキャスターをテーブルにぶつけるとシーマは真っ赤な顔でライデンを睨み付け、さっさとコーヒーから離れた。 正直、ここまであからさまな反応を受けるとは思っていなかった。 ハマーンの手前、何気に引き受けてしまったが、これは、痛恨の大失態だったかも知れぬ。 ぐぬぬと臍を噛んだシーマだったが、全ては後の祭りであった。 299 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:18:51 ID:HyDvZoDE0 [2/8] 彼等が食事をしている間はと、律儀に席を外していたジェーン・コンティ大尉が戻ってきた事で、青い木馬の食堂は即席のブリーフィングルームと化していた。 参加者はそのまま食事を摂っていたメンバーである。 「第一地上機動師団【ヨーロッパ方面制圧軍】司令官ユーリ・ケラーネ少将によると ワルシャワを発ったレビル将軍の座乗する陸上戦艦【バターン】を擁する西部攻撃集団第3軍は現在、旧ウクライナ領に入り、一週間後には攻撃発起点たるキエフ近郊に到達する予定だそうです」 オデッサのある東欧中央部をじわじわと挟み込む様に包囲網を狭めてきた連邦軍が、総大将の到達をもって遂にその配置を完了しようとしているのである。 いやがうえにも緊張感が高まるが、しかしシャアは周囲に張り詰めるそれとは別の事実を口にした。 「『レビル将軍の座乗艦』に『一週間後に到達する予定』か。断言したものだな。 ユーリ・ケラーネ少将は余程確実な情報元をお持ちの様だ」 そう言いながらゲラート少佐の隣に立つジェーン・コンティ大尉に眼をやると、彼女は切れ長の瞳を細め意味深に微笑んだ。 ウエーブの掛かった美しいブロンドをきっちりと結い上げたジェーン大尉は本来、現在この場にはいないMS特務遊撃隊所属であり、ダグラス・ローデン大佐の秘書官を勤める女性である。 が、この状況下においては各隊間を緻密に飛び回る連絡員役に徹している。 元々彼女はキシリア直属の情報機関出身であり、キシリア直々に親ダイクン派を集結させたダグラス・ローデン率いるMS特務遊撃隊の監視の為に送り込まれた経緯がある。 しかしキシリアの与り知らぬ事ではあったが、情報部時代に携わった数々の事件から他でもないジェーン自身が、実はこの時すでに心中は打倒ザビ家を目論む親ダイクン派に鞍替えしていたのである。 ダグラスの隊に出向した彼女は、さまざまなコネクションを駆使した情報を迅速に、秘密裏にダグラス達に流し、彼等の危機を未然に防いで来た実績を持つ。 「御明察恐れ入りますシャア大佐。すでに御存知かも知れませんが 第3軍に帯同しているエルラン中将が我々に内通しております故、情報の精度が極めて高いのです」 まさか連邦軍の中枢にスパイが、ましてや殆んど自分の側近である男が間諜だとは、流石のレビルも思ってはいまい。 エルランの事は以前クレタ島においてククルス・ドアンから聞かされていたものの、しかしここでユーリとエルランがつながるとは・・・と、一同から驚きの声が漏れた。 「連絡役のジュダックはマ・クベの子飼いですが、多額の報酬と引き換えにユーリ少将にもエルランからの情報を流しているのです。 もちろんこの事を、マ・クベ大佐は知りません」 「・・・成る程。そのジュダックという男、軍人としては唾棄すべきだが、そのお陰で我々も敵の足取りがきっちりと追える。 痛し痒しというところだな」 ジェーンに答えたのはランバ・ラルだった。 無骨な軍人である彼は、命令以外に損得で立ち回るその手の輩は許し難いものがあるのだろう。 「失礼します」 そう言って入って来たのはブリッジに出向いていたクランプだった。 「オデッサ本営からの定時連絡です」 そう言って渡されたバインダーに眼を通すと、ラルは軽く溜息をついた。 「マ・クベは何と言って来ている」 「は、具体的な事は何も。相も変わらず現場を死守せよの一点張りです」 飲み掛けのコーヒーをテーブルに戻すと、シャアはふむと唇をゆがめた。 事態はジオンにとって悪い方向へと整いつつあるが、マ・クベが統括するオデッサの動きは極めて鈍い。 300 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:20:03 ID:HyDvZoDE0 [3/8] 「こうしている間にも連邦の奴等は着々と態勢を整えてやがるんだ。 このままじゃ、ジリ貧ですぜ。俺達は一体、どう動きゃいいんだ」 「あなた、マ・クベ大佐は一体何を考えているのでしょう」 普段は泰然と構えているコズンが珍しく声を荒げると、ハモンが心配そうにラルに質した。 しかし、腕組みをして岩の様に瞑目してしまったラルはそれに答えない。 あまりにも状況を見極める材料が少ない為に、流石のラルをしても迂闊に判断ができないのである。軽率に部隊を動かす事など勿論できない。 それは、口にこそ出さないがシャアにしてもシーマにしても、あるいはゲラートにしても同様であった。 重苦しい沈黙にたまらずに口を開いたのは傍らに座るライデンだった。 「奴の事だ、前線の兵士をガンガン使い潰して・・・ 連邦がいい加減に疲弊した所へ虎の子の本隊を投入するつもりなんじゃねえのか。 奴直属のMS部隊がオデッサに控えてるってのが専らの噂だぜ」 「それにしたって数が違いすぎる。連邦の物量を甘く見るんじゃないよ」 自他共に認める策謀家であるシーマの目から見れば、ライデンの認識はまだまだ甘いといわざるを得ない。 しかしライデンは面白く無さそうに彼女に口を尖らせた。 「俺じゃねえよ。マ・クベの野朗がそんな考えだったらって話だ」 「あり得ないね・・・奴の頭はアンタよりもう少し良く回るだろうさ」 「畜生、悪かったな!」 シーマに言い負かされ、憮然と頬杖をついて椅子に座り込んだライデンは、 何の気なしに矛先を目の前に座るニムバスへ向けた。 「よおニムバス、お前はどう見る」 その言葉に一同の注目が集まるが、しかしニムバスは涼しい顔でコーヒーカップに口を付け、ゆっくりと目を閉じてしまった。 「・・・分を超える。私は戦略を語る立場には無い」 「何だよ愛想のねえ野朗だな」 「何とでも言え」 しかし彼等の素っ気無い会話はここで途切れはしなかった。 突然シャアがニムバスに視線を向けたのである。 「ニムバス。そう言わずライデンの質問に答えてはくれまいか。 私も君の意見が聞いてみたいのだ」 公国軍総司令部が参謀として熱望し、総帥府軍務局が咽から手が出るほど欲した人材であるニムバス・シュターゼンは、果たして現状をどう読んでいるのだろうという純粋な興味がシャアを突き動かしたのである。 しかし当のニムバスはと言えば、軍団総大将のシャアを前にしながら、何食わぬ顔でまず横に座るアムロを振り返った。 「准尉、いえ隊長。不肖このニムバス・シュターゼン。発言しても宜しいでしょうか?」 「え、も、もちろんですニムバス中尉。ど、どうぞ」 「ありがとうございます。それでは・・・」 いきなり話を振られどぎまぎするアムロを見てニムバスはにこりと笑みを浮かべると一転、不敵な顔をライデンに向け直した。 「アムロ准尉のお許しが出たぞ。何が聞きたいのだライデン」 この野朗、幸せそうな顔をしやがってと心中で苦笑するライデン。 こいつは衆目の前で、自分の主は誰なのかという事をまんまと表明して見せたのだ。 ならばと、ライデンは単刀直入に切り込んでやる事にした。 301 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:21:02 ID:HyDvZoDE0 [4/8] 「このオデッサ。ジオンはこのまま戦って勝てると思うか?」 「負ける」 「即答かよ!」 全員が息を呑む暇も無く入ったライデンの突っ込みは、何とか一同の空気を凍らせずに済んだ。 「待て待て、何で俺達が負けると言い切れるんだ?」 「圧倒的な物量の違い。これに尽きる」 ニムバスの言はシンプルで無駄がない。 「いやいやしかしだな、ジオンには数多の強力なMSがあるんだぜ。 操縦に熟達したパイロット達も大勢な。 数の劣勢をひっくり返したMSの有効性はルウムで証明されてる。 連邦にも配備され始めたとは言え、現状はまだジオンのMSの方が」 「そうだな。MSの数だけはジオンが連邦に勝る点だ。 では逆に聞こうライデン。通常兵器に対しMSの優位性とは何だ」 2人のやり取りを聞いていたバーニィは思わず首を竦めた。 あれは完璧にアムロ小隊ブリーフィング時におけるニムバス教官そのものではないか。 「そりゃ決まってる。どんな状況にも対応できる汎用性と縦横無人に戦場を駆け回る機動性だ」 「だが足を止めてオデッサという拠点に張り付いたMSは、最大の武器である機動力を完全に殺されるだろう」 「うー?・・・」 威勢の良かったライデンが言葉に詰まった。 「動けないMSなどデカイだけの単なる砲台に成り下がるのだ。それは最早、MSである意味すらない」 「あー・・・」 「MSは拠点防衛には向かない。ルウムとは状況が天と地ほども違う」 きっぱりと断言したニムバスに対し何とか劣勢を挽回しようと、ライデンは頭をフル回転させた。 「そ、それじゃあMSが小隊単位で四方八方に打って出て、連邦の駐屯地を片っ端から・・・」 「早期ならそれも可能だったろう。が、現在の様に敵に厚く布陣されてしまっていてはもう仕掛ける事は不可能だ。 下手に動けば各個撃破の憂き目に合う。それほど敵の数は多いのだ。 そしてガラ空きになったオデッサ本営を敵が悠々と占領してジ・エンドだな」 ランバ・ラルは無言で頷いた。ニムバスの見識は極めて正しいと思える。 ゲリラ屋を自称する彼が思い切った動きに出られないのは正にそれが理由だったのである。 「おい、それじゃ打つ手なしって事か?このまま連邦軍に押し潰されて俺達は」 「ちっとは落ち着きなジョニー」 「いや、だってよ姐御・・・!」 「ニムバスは『このまま戦えば負ける』って言ってるのさ。熱くなるんじゃないよ」 「そ、そうなのか・・・?」 シーマに諫められたライデンが一息ついた所でニムバスは再び口を開いた。 「ライデン。このオデッサ防衛戦に決着を付ける、最も重要なファクターは何だと思う?」 「重要なファクターだと?」 「最も重要な、だ」 「お前が言っていた戦力の彼我差だろう」 「違うな」 意表を突かれた様に一瞬、ライデンが押し黙った。 「何だと・・・?そ、それじゃあ兵員の士気だ」 「それも違う」 ライデンとニムバス。無言の睨み合いを切り、ゆっくりと口を開いたのはニムバスの方だった。 「マ・クベは間違いなくこの作戦をそれありきで考えている。 先のジェーン大尉の話を聞いてそれは確信に変わった。 この期に及んで、あの策士が動かないのはそれが理由だ」 一つの事に思い当たったライデンの顔が、みるみる険しくなってゆく。 「・・・・・・核ミサイルか」 憎々しげなライデンの言葉にニムバスは静かに頷いた。 彼の周囲が静かにどよめく。それは、ニムバスの言葉の説得力を皆が認めはじめている証だった。 302 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:21:58 ID:HyDvZoDE0 [5/8] 「そうだ。奴は早晩、核ミサイルを使ってこのオデッサごと連邦軍の主力を吹き飛ばし、葬り去るつもりでいる。 当然その際多数の同胞も巻き込む訳だが・・・マ・クベとその側近は宇宙へ脱出し、無傷の宇宙軍と合流すれば大局的に見た場合ジオンの勝利は目前だ」 「・・・コズン達から核ミサイルの話は聞いていたが・・・奴は本当にやると思うか」 「やる。これまでの奴の動きを見れば疑う余地は無い。オッズは無効だ」 つまりこの予想は絶対に外れないという事であろう。 「私の考察はすべて、それを念頭に置いている。 それを踏まえてもらえないのであれば、これより先は話す意味は無い」 「・・・いいぜニムバス、続けてくれ」 観念した様にライデンはどっかと椅子に座り直した。 「我々が選ぶべき道は2つある。一つ目はさっさとここから逃げ出してしまう事」 「何だと!?」 色をなしたライデンを無視してニムバスは話を続ける。 「この【青い木馬】は単独で大気圏を離脱できる艦だと聞く。とりあえず上空へ脱出し、そのまま宇宙へ出てしまえばいい。 どんな敵も、あるいは味方もだが、我らを追ってくる事はできない」 「仲間を見捨てての敵前逃亡じゃないか!」 「理由など後から幾らでもでっち上げる事ができる。サイド3のアンリ准将の力を借りれば磐石だろう」 「話にならねえ・・・!」 「この方法のメリットは、ここにいる誰一人欠ける事無く宇宙にステージを移せる事だ。 今後どう動くつもりにせよ、陰日向のダイクン派と連携して動けばシャア大佐の巻き返しは可能だろう」 「・・・・・・」 ライデンは敢えてシャアを振り向く事はしなかった。 確かに今の彼等は単なるジオンの尖兵ではない。できるだけ同志の戦力を温存したいのは山々だった。 しかし・・・ 「もしその方法を採るなら、悪いが俺はここを抜けさせて貰うぜ」 突然口を開いたガイアの言葉に隣のマッシュもニヤリと笑って頷いた。 「俺はもうここの奴等と同じ釜の飯を食っちまったからな。最後まで一緒に戦ってやらにゃ面目が立たんのさ。 だがあんたらの事は口が裂けても口外せんよ」 「俺もガイアと同じだ。オルテガは・・・まあ好きにするさ」 恐らくオルテガはメイと行動を共にするであろう事は想像に難くない。 だがガイアもマッシュもそれを咎め立てるつもりなど毛頭なかった。 「・・・もう一つは」 ニムバスの言葉に俯きかけていたライデンはハッと顔を上げた。 303 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:24:46 ID:HyDvZoDE0 [6/8] 「マ・クベが核ミサイルを発射する間も無く、完膚なきまでの勝利で戦闘を終えてしまう事」 「それだ」 思わずライデンは机を叩いて立ち上がっていた。 「いいじゃねえか、それで行こうぜ!」 「簡単に言ってくれるが、こちらのプランはそう簡単にはいかないぞ。 しかも我々はオデッサに駐屯する部隊全てを動かせる立場には無い。せいぜいがこの地にいる大小含めて約30程の部隊しか使えない。 その上でオデッサ全軍を勝ちに導かねばならないのだ。生半可な事ではない」 「上等だ」 ライデンの顔に彼らしい生気が戻って来たのを見てシーマは微笑んだ。 燻っていたエンジンに火が入ったのだ。一旦こうなればレッドゾーンまで一気に加速するのがジョニー・ライデンという男である。 こういう表情をした時の赤い稲妻は、限界を超えてその能力を発揮するのだという事を、この場では彼女のみが知っている。 「なあそうだろうシャア大佐?」 こちらへ振り向いたライデンに、シャアは鷹揚に頷いた。 「そうだな。地球に降下した兵、特にこの最前線にいる兵士達は、ザビ家によって選別され配置されている。 つまり立場的にザビ家に厭われたり、ダイクン派に近しい者が多い」 我等と同様になと周囲を見回しながらシャアが続けると、一同から大きな笑い声と歓声が上がった。 「できれば彼等を見捨てる事は避けたい」 「やってやろうぜ!作戦を聞かせろニムバス」 「情報をくれたククルス・ドアンの旦那も確か同じ事を言っていた気がするぜえ。うまい手があるのか?」 ぐっと身を乗り出したライデンの後ろからこう聞いて来たのはコズンである。 しかし心配そうな口調とは裏腹に、表情は期待を込めてニヤケている。 「周到な準備と下ごしらえが必要だが、こちらは優秀な実行部隊には事欠かない。 やり方次第では十分に可能だろう。 しかし、その前に確認しておかねばならない事がある」 そう言いながらニムバスは冷静な眼をコズンに据え直した。 304 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/05/24(火) 00:25:07 ID:HyDvZoDE0 [7/8] 「エルランは、核ミサイルの存在を知っているのか?」 「?いや、ドアンの旦那は確か『エルランはオデッサ作戦中、核ミサイルが発射される前に機を見て寝返る』とだけ言ってたな」 「・・・それで合点がいった。エルランは間違いなく核ミサイルの存在を知らされていない」 「む、何故そうだと判る?」 「ミサイルを発射するかどうか、全てがマ・クベの思惑次第になっているという点でだ。 敵陣にいるエルランにとってこれ程リスキーな取り引きはないだろう。 考えてもみろ、戦局がどうなろうがマ・クベの一存で有無を言わさず敵と共に始末されるんだぞ? 一般兵ならまだしも、既に連邦軍の中将たる地位にある人物が、そんな一か八かの賭けに乗る必要なぞあるものか。 今後も恐らく、マ・クベの口からエルランにミサイルの存在が知らされる事は無いだろう」 「その通りですわニムバス中尉」 頬を上気させ感服した様に口を挟んだのはジェーンだった。彼女もニムバスの智謀に少なからず興奮しているのだ。 「この期に及んでマ・クベから何の指示も無い事にエルランは焦りを感じている模様です。 しかし連絡役のジュダックも、エルランにせっつかれてもどうする事もできないとユーリ少将にぼやいていたそうです。 これらの事態を考え合わせると、エルランが核ミサイルの存在を知っているとは到底思えません」 「ははーん。冷酷なマ・クベの事だ。スパイのエルランに余計な動きをさせず、情報だけ送らせて後腐れなく綺麗サッパリ・・・って訳か」 ヤバイくらいに今の状況と辻褄が合うぜとコズンが納得した様に顎に手をやると、ニムバスは厳しい顔で頷いた。 「そうだ。恐らく予想以上の敵の数を見て、マ・クベはエルラン絡みの戦術を放棄したのだろう。 つまり『機を見て寝返る』のくだりが抹消されたと見るべきだ。 エルランは、見捨てられたな。 もし仮にエルランがミサイルの事を知らされていたとしたら、現在の彼は生きた心地もしていない筈だ。 どちらにせよ、か・・・フム。どうやら落とし所はこのあたりだな」 そう言いながら沈黙し、深く考え込んだニムバスを見て、壁際に座っていたレンチェフが呆れた様に隣のル・ローアに囁く。 「・・・おい。おい。おい。あいつは一体何者なんだ。単なるMS乗りじゃなかったのかよ。 この訳わかんねえ状況をすっかり解析しちまったぜ」 「俺が知るか。だが只者ではない事は確かだ、黙って見ていろ」 理論派のル・ローアとしては、戦術ではなく精緻を尽くした戦略を語る目前のニムバスに、リスペクトと共に軽くは無い嫉妬を感じざるを得ない。 「で、どうする、ニムバス」 おもむろに顔を上げたニムバスに、ごくりと唾を飲み込んでライデンが聞いた。 「切り札入りのカードは揃った。 これらを的確に駆使すれば、この戦い、勝機が見えて来るだろう。 だが時間が無い。一刻も早く動かねば、その勝機すら失う事になる」 そうニムバスが答えた途端、シャアはすっくと立ち上がった。 「詳しく話してくれ。その勝機をな」 ヘルメットを脇に置き、マスクを外した素顔のシャアは、ニムバスの周りに集まり来ていた人垣の真ん中にゆっくりと腰を下ろした。 324 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/08(水) 19:39:39 ID:E6Gg1S/M0 [2/5] 昼の間は照りつける太陽が思うさま大地を焼き、陽炎がゆらぐオデッサの最前線。 軍服の前をはだけた2人のジオン兵が黙々とスコップを揮い、汗まみれで灼熱の大地を削っている。 ヘルメットから滴る汗はいつしか塩の筋を描き、軍靴は泥だらけになっている。 それはまるで果てしなく続く作業にも思われたが、やがてそのうちの一人が遂に、根負けした様に身を起こした。 「おい、知ってるか」 もう中年に差し掛かっているだろうひょろりとした体型の如何にもひ弱そうな兵隊が、右の尻ポケットから取り出したよれよれのタバコを咥えながら、先程から共に塹壕堀りをしていた同僚に声を掛けた。 「は、何をです?」 手を止めて振り向いたその顔は若く意外と幼い。 彼は昨日こちらに配属されてきたばかりの人員だったが、仕事の要領を覚えるのが早い事に加え、持ち前の人当たりの良さと人懐っこい態度でたちまちのうちに周囲に馴染んでしまっていた。 「・・・核ミサイルの噂を」 「か、核ミサイルッ!?」 「馬鹿っ!声が大きい!!」 せっかく声をひそめて話掛けた相手に突然大声を上げられ、痩せぎすの兵隊はタバコに火を点けるのも忘れて目を剥いた。 「す、すみません・・・」 「気をつけろよ、全く。余計な事で上に睨まれたくはないだろう」 戦場において、不確かな情報を無責任にばら撒く行為は厳罰の対象になる事は今も昔も変わらない。 しかし若いその兵士は一度は首をすくめたものの、興味深そうに話に乗ってきた。 「待てよ・・・そう言えばそんな噂、他の場所でも聞いた事があったような・・・」 「ほ、本当か、どんなだ」 「確かオデッサのマ・クベ司令が戦況がやばくなったら、とか何とか」 「それ、それだ。やっぱり他でも噂になってるのか」 おどおどと不安そうに顔を寄せて来た兵士に対し、若い兵士は思案顔を向けた。 「はあ、俺、幾つか陣地を渡って来たんですが、多かれ少なかれどこでもそんな噂は耳にしましたね。 どうせデマのたぐいだろうと聞き流していたんですが・・・ 良くあるらしいじゃないですか、戦場じゃあそういうの」 「俺も最初はそう思ってたさ。だ、だがな・・・ちょっとこれを見てみろ」 ひょろりとした兵士は火の点いていないタバコを咥えたまま周囲を見回し、誰も見ていない事を確認するとおもむろに左の尻ポケットから小さく畳まれた紙片を取り出し開いて見せた。 325 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/08(水) 19:41:31 ID:E6Gg1S/M0 [3/5] 「な、何ですかこれは・・・!」 若い兵士が大げさに眼を見開いたのも無理は無い。 それは前時代的なフォルムで無機質に描かれた、核ミサイルの断面図だったのである。 良く見ると図面の端々にトップシークレットを示す当時の表記がなされているのが確認できる。 「見ての通りだ。どうもオデッサ基地には前世紀、核ミサイルが配備されてたらしいんだ。 こんな物まで出回っているのを見せられちゃあ、一概に眉唾だとは言い切れんだろう」 しかし若い兵士は手渡されたそれを改めて胡散臭げに眺め直した。 「いや偽物でしょうコレ・・・だって例えそうだとするなら、これって最高機密じゃないですか。 そんな簡単に俺たちの手に入るわけ・・・」 「それがな」 痩せた兵士は若い兵士から紙片をひったくると更に声をひそめた。 彼が喋ると下唇に張り付いたタバコがぶらぶらと揺れる。 「ここだけの話、どうもオデッサ本営からどこだかに向かう連絡機が、機体の不調だか連邦にやられたかで墜落したらしい。 パイロットは見つからなかったらしいが、どうやらその機体からデータ回収した部隊がだな・・・」 「はあ、その図面を見つけ出したと。デマにしちゃあ手が込んでるな・・・」 「あくまでも噂だし情報漏洩は厳罰だ。他言無用だぞ」 「わかりました」 とは言ってもこんな最前線で塹壕掘りをしている一般兵が、コピーされた物だとはいえ、こんな図面を所持しているのだ。 情報漏洩の広さ、既に推して知るべしであろう。他言無用が聞いて呆れる。 「これはあくまでも俺の推測だがな、墜落機からこの情報を入手した奴は、この地にいる仲間達にこの理不尽な事態を密かに知らせたくて、たぶんワザとデータを漏らしたんだと思うんだ」 「ははあ、なるほど・・・」 こうして噂には更に尾ひれが付いて行くのだろうなと、若い兵士はぶらぶら揺れるタバコを見つめながら感慨深げに聞いている。 「ジオン十字勲章なんぞクソ食らえだ。 俺だけじゃないぞ。マ・クベ指令の指先一つで訳も判らず消し飛ばされていた可能性を考えると、この情報提供者に感謝している者は多い」 熱く怒りを露にした兵士は、しかし突然がっくりとうなだれた。 「ま、だからと言って、いまさら俺達にはどうする事もできんがな。 この情報がガセだって事を祈って戦い続けるしかない。 もしもの時は・・・精々が奴の夢の中に化けて出てやるくらいが関の山さ」 「ええ。やっぱりこんなの単なるデマですよ、気にしない方がいい」 「・・・お前のお気楽さが羨ましいよ」 溜息をついた痩せた兵士が大事そうに紙片を畳み、ポケットにねじ込むと丁度上から声が掛かった。 「おい若いの!迎えが来たぞ!第87高地に移動だってよ!」 「了解です」 持っていたスコップを突き刺し、額の汗を首に掛けていたタオルで拭うと若い兵士は微笑んだ。 「何だ忙しいなお前、またどっかへ移動か」 「仕方ありません。どこも人手不足なんですよ」 苦笑する若い兵士の肩を、痩せた兵士はポンポンと二度叩いた。 「死ぬんじゃないぞ、お互いにな。また会おうバーナード伍長」 「またお会いしましょう軍曹。それから、宜しければ俺の事はバーニィと呼んで下さい。 みんなそう呼びます」 「判ったよ。バーニィ」 痩せた兵士を残し、塹壕から軽やかに駆け上ったバーニィをコズンが迎えた。 「どうだ」 「予想以上に広まるのが早いですね。ここでは俺の出番はありませんでした」 「そうか。よし、次行くぞ」 それきり、駐屯地脇に着陸している輸送機に乗り込むまで2人が口を開く事はなかった。 326 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/08(水) 19:41:58 ID:E6Gg1S/M0 [4/5] ―――ジオン兵の間に広まるよう流出させたミサイルの図面は、ジェーン・コンティが秘密裏に入手してきた本物であった。 もちろん漏洩元が割れない様に偽装は巧妙に施してある。 職業柄ジェーンはこういった情報操作に長けており、この秘密の作業を嬉々として請け負った――― 輸送機の離陸寸前、バーニィは塹壕から這い出して来た痩せた兵士を確認し口元に笑みを浮かべた。 まさかあの兵士も、各ジオン駐屯地で核ミサイルの噂をばら撒いて回っているのが我々だとは夢にも思わないだろう。 取るに足りない一兵士が呟いた噂話は、裏づけとなるミサイルの図面という別方向からの情報によって一気に信憑性を増し、彼等の目論見どおり爆発的に一般兵の間に浸透したのだ。 なにしろ今回は遂に、バーニィ自身が他者から核ミサイルの噂を聞かされるに至った。 いつの間にか噂の伝わるスピードに追い抜かれてしまっていたのである。 今後果たして、マ・クベがオデッサに蔓延するこの『真実の噂』をどう処理するか見ものではあるが、残念ながらシャア達にそれをゆっくりと見物している暇は無かった。 【青い木馬】の主だった面々は現在、それぞれ別の役割を割り振られ、戦場に散っている。 全ては迅速に、ジオンを勝たせる為の作戦を遂行する為にだ。 核ミサイルなど撃たせはしない。 あの、タバコを咥えた気の良い軍曹も死なせはしないとバーニィは気合を入れ直した。 各地で奮闘している仲間達の姿を思い浮かべながら、泥だらけの足を投げ出したバーニィは、輸送機の副操縦席で暫しのまどろみの中に埋没していった。 普段は口数の多いコズンも、寝入ったバーニィの横顔を操縦席から確認すると、再び機が着陸態勢に入るまでの約1時間を珍しく無言で通した。 346 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 20:00:32 ID:J00.gFv.0 [2/7] 頭部にブレードアンテナの付いた赤いザク改は絶好調であった。 C型ザクで編成された友軍の防御陣地を一気に突破せんと突出して来た61式戦車と連邦製MSの混成部隊のド真ん中に単独で踊り込むや、新装備のMMP-80ザクマシンガンを撃ち散らし、ハンド・グレネードを放り、初期モノと比べて幾分刃渡りの伸びた新型ヒートホークを揮いまくって敵を散々に翻弄した挙句、ほぼ1機のみで敵部隊を敗走に追い込んだのである。 出力が桁違いとなった足回りのスラスターを擬似ホバーとして使用し、まるでドムの様に滑空する悪鬼の様な赤いザクは連邦兵達を残らず震え上がらせた。 「使えるぜ・・・!」 コックピットに座る仮面の男は、速やかに機体を後退させながらザク改の手にするMMP-80の感触をレバー越しに確かめた。 従来のMMP-78ザクマシンガンとは段違いの速射性と命中性、そして何といっても貫通力が素晴らしい。 そのうえ弾倉がドラム型から箱型に変更された為にジャミング率が低下し持ち運びも容易となった。 口径こそ120ミリから90ミリに小型化されたものの弾丸の威力そのものがアップし、装弾数も増加しているとなれば、全てのスペックが上位互換されたといって差し支えはないだろう。 MMP-80を投入すれば連邦軍の新型MSとも十分に渡り合える事が、この戦闘で改めて実証されたのである。 『シャア大佐!』 「引けクランプ大尉。ここはもういい、輸送機に帰還するぞ」 『了解、であります!』 後方に陣取り的確に援護射撃を加えていたクランプのザク改を下がらせると、仮面の男は赤いザク改に更に退避行動を取らせるべく機動をかけた。 『失礼します、シャア大佐、お目にかかれて光栄であります!!』 「おっと・・・おま、いや、君は?」 突然割り込んで来た通信に、仮面の男は慌てて口元を引き締めた。 『は、先程援護して頂いた第262戦団のスラブ少尉であります』 「少尉、無事で何よりだったなあ」 『赤い彗星の噂に違わぬ実力、感服いたしました。大佐は我が軍の誇りです! 共に戦える我らは幸せであります!!』 戦闘濃度に散布されたミノフスキー粒子の為にやや走査線が入っているものの、その向こうの少尉が感激の眼差しでこちらを見ているのをクッキリとスクリーンは映し出している。 同じ様にこちらの映像も向こうのモニターに映し出されている筈だが、仮面を付けた男の口は、なぜか素直に笑っているのではなさそうだった。 「・・・いつでも私は救援に駆けつける。もうひと踏ん張りだ、気を抜かずに行け少尉」 『は!ご武運をシャア大佐!!』 上気した顔で敬礼した士官の映像は唐突に切れた。と、入れ替わるように今度はシーマ・ガラハウの顔が通信モニターに映し出された。 『あっはっは!・・・ご苦労様でありますシャア大佐!』 「・・・・・・」 苦い虫を噛んで潰した様に口元を歪めた仮面の男は、大笑いした後、わざとらしく大真面目な敬礼を向けたシーマにようやく 「覚えてろよ姐御・・・」 とだけ小さく呻きながらコンソールを叩き、通信用の【一般回線】を【秘匿回線】に切り替えた。 『どうしてどうして、大佐っぷりが板について来たじゃないかジョニー』 「大佐っぷりとか言うな!俺だって好き好んでやってる訳じゃねえんだ!!」 もちろんこのシーマとの通信は【秘匿回線】にて行われている為、他の者は味方と言えど聞く事はできない。 『しかしどうした風の吹き回しだい、アンタが大嫌いなシャア大佐のダミーを引き受けると言い出した時は何かの冗談かと思ったよ』 「・・・まあ、ちょっとな」 マスクのせいで視野が狭くなるかと危惧していたが実際はそうでもない。 シャア・アズナブルの赤い軍服で身を包んだジョニー・ライデンは、その仮面の下から突き出た鼻先を手袋を嵌めた指先で軽く擦った。 347 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 20:01:48 ID:J00.gFv.0 [3/7] 一人ハンガーへ向かっていたライデンを後ろから追いかけて来たシャアが呼び止めたのは、ブリーフィング直後の事であった。 その場でシャアに何かを耳打ちされたライデンは不審そうに顔をしかめた。 「ああん?それは俺がやるって話だったろう」 「いや、やはり私が直接行くべきだ。 私ならば相手の出方に対して柔軟に対応できる。ここでしくじる事は絶対に許されんからな」 意外なシャアの申し出に、ライデンは戸惑いを隠す事ができない。 ちなみに彼の上官を上官とも思わない口ぶりは相変わらずだったが、シャアは既にそんな事は気にもしていなかった。 「いやまあそりゃそうだけどよ。危険だぜ?ある意味虎の口に飛び込むみたいなモンだからな。 ラルの親父やゲラートのおっさんも許さねえだろ。キャスバル様ァ~に何かあっては・・・ってな」 キャスバル様、の所で故意に揶揄を込めて来たライデンの言葉を、シャアは事も無げに聞き流した。 「説得するさ。何せ作戦の成功率はこちらの方が圧倒的に高いのだ、渋々でも認めざるを得まい。 その間、お前には私のダミーを演じていて貰いたい。お前ならば、やれるだろう」 「わからねえな」 茶化しが空ぶったライデンは憮然としてシャアを睨みつけた。この男の考えが全く読めない。 「ダイクン派の御大将としてどーんと構えてりゃいいじゃねえか。アブねえ事や面倒臭え事は俺ら下っ端に任せてよ。 何でわざわざ自分から危険な目に遭いたがるんだ?」 「こういう時は、軍団のトップが敢えて先陣を切るべきなのだ。でないと示しがつかんだろう。全軍の士気にもかかわる」 「・・・・・・・・・」 しかしライデンはシャアの言葉を全くもって信用せず、シラケた視線で一瞥しただけだった。 間の悪い無言の時間が数瞬、2人の間をすり抜けてゆく。 「・・・そんな建前は、どうやらお前には通用しないようだな」 そう言いながら腰に手をやり、何かを考え込んだまま俯いてしまったシャアに油断の無い眼光を向けたまま、ライデンは大きく頷く。 「当たり前だ。正直に言え」 そのまま数瞬――― やがてシャアはライデンに向けて少しだけ目線を上げ、諦めた様に口を開いた。 「・・・ミハルにな。いいところを見せたい」 「んが?」 いきなり何を言い出すんだコイツはとあんぐり口を開けたライデンに、シャアは肩の怪我が完治してからもほぼ毎夜続いているミハルとの逢瀬を手短に話した。 流石に最初は驚いた表情を見せたライデンだったが、その後は意外にも茶々を入れる事無くシャアの話にじっと耳を傾けている。 「脱ぎ散らした衣服をミハルは文句も言わず片付けてくれる。衣服の傷みも針と糸できっちり直す。 スツールにはキャンプの片隅で摘んできた小さな花を飾り、散らかった部屋も片っ端から整頓してくれる。 彼女に下心など何も無い。見返りなど、何も求めない。 掃除ぐらいはやれると言ったらミハルは笑ってこう言ったのだ。 『大佐の掃除は荒くて、結局もう一度掃除し直す事になるから同じ』だと。 それを言われた時の情けなさが判るかライデン」 だれだって得意な事とそうじゃないことがあるだろ?苦手な事を嫌々すると効率も悪いし出来も良くないしでいい事なんてないんだよ。 だからあたしがやってあげる。掃除って好きだし、大佐さえ迷惑じゃなけりゃ・・・あたしがここに来る限りいつだって大佐の事は全部やってあげるよ。 そう言ってまたミハルは屈託なく笑った。 348 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 20:02:42 ID:J00.gFv.0 [4/7] 「そう言われて私は考えた。それならば私の得意な事とは一体何か、とな。 ・・・その後、絶望的な気持ちになった」 「・・・・・・」 「私の得手はろくでもないものばかりだった。彼女に胸を張れるものなど何一つとして無いと改めて気がついたのだ」 「うわ、耳がいてえ」 何某か思い当たる事があったのだろう。ライデンもまるで自分の事の様に思わず身をよじった。 「だが私にも矜持と言う物がある。 だからミハルに聞いたのだ、なんでもいい、お前が望むものは何かとな」 この期に及んでシャアはこの時、隠し持っている財産の事を思い浮かべていた。 あれだけの金塊があれば、まず相当な物が買い与えてやれる筈だった。 「ミハルは連邦とジオンの引き起こした戦争で両親を失い、幼い兄妹と共に施設に収容されたそうだ。 もし彼女が金銭的なものではなく連邦やジオン、あるいはその両方に復讐を望んでいるのならば話は早い。 私の得手もそれならば存分に生かせるだろう。必要とあらば【父の名】すらも利用して彼女の望みを叶えてやれる、そう考えていた」 ギラリと仮面の奥の瞳が妖しく輝いた気がしてライデンは眉をひそめた。 復讐の為にたった一人でジオン軍に潜入し、実力と謀略を駆使して大佐まで這い上がったシャアである。 この男がそちらの方面で本腰を入れたら叶わぬ野望は無いのではないかという、底知れぬ執念を感じる。 恐らく全てを手に入れる事はできないまでも、執拗に標的を追い詰めて最終的には蜂の一刺し、ぐらいはやってのけるだろう。 しかしこの得体の知れない「負の想念」が滲み出ているからこそ、今までライデンはシャアに対して警戒感を解ききれずにいたのである。 「・・・彼女は何と答えたんだ」 擦れた声でのライデンの問いに一拍の後、シャアは口を開いた。 「家族や友達、宇宙や地球に住んでいる人間同士が仲良く安心して暮らせる世の中・・・だそうだ」 ミハルの望みが物騒なものでなかった事にとりあえず安堵し、思わずいろいろな意味で天を仰いでしまったライデンだった。 しかし、それはそれでとてつもない望みではある。 「大きく出たなオイ・・・」 「いや、聞かれたから素直に思うままを答えただけであって、ミハルはこれを私に要求した訳ではないさ。 彼女にはそんな駆け引きは出来ん。 しかしこれは、私のプライドが叩き壊されるかどうかの瀬戸際なのだ」 もちろん、トランクひとつ分の金塊などではどうにもならない。 「・・・だから私は、私のやれる最大限の事をやる事にした。 この計略が上手く行けば両軍共にオデッサでの被害は最小限で済む。ミハルの望みに、一歩近付く事になる」 今ならば、ガルマの心境が少しだけ理解できる。 かつて本質を知りもせず『女性の為に功を焦るのは良くない』と冷淡に嘯いた男は悔恨していた。 「ほおお?」 ライデンはさも面白そうに腕組みをした。先程とは明らかにシャアに向ける目が違っている。 「つまりその成果をミハルに見せつけたいと」 「・・・そうだ」 「ジオン国民、ダイクン派、他の誰でもなく、ただ一人の惚れた女に格好つけてみせたいと」 「・・・そうだ」 「あわよくば褒めて貰いたいと」 「・・・そうだ」 突然クククと笑い出したライデンは、片腕でシャアの首をガッチリ抱え込んだ。 前向きなヘタレは嫌いではない。そういう輩は援護してやりたくなるのがジョニー・ライデンの性分だった。 「くだらねえ綺麗事をほざいたら蹴っ飛ばしてやるつもりでいたが、いいぜそういうの。 いいだろう大将、協力するぜ。そのかわり、勝ち戦の後は一杯奢れよ」 「判った。とっておきの奴を振舞おう」 ギリギリと絞まる腕の中で仮面の下の顔が笑っていた。それはシャアが自分に初めて見せるウソ偽りのない笑顔である事を、ライデンは確信していた。 この男はこんな風に、笑うのだ。 349 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 20:03:27 ID:J00.gFv.0 [5/7] 「いやーしかし判らんもんだな、お前とあの娘がねんごろだとは・・・」 「・・・私は指一本、彼女には触れていない」 「はああああああああああああ!?」 シャアがそう言った瞬間、今日で一番、ライデンの瞳が見開かれ顎関節症もかくやと思わせるほど口が大きく開いた。 彼のアイデンティティからすれば、そんなバカな事は到底ありえない状況であるはずだった。 腕が緩んだのを見計らい、シャアはするりとライデンの拘束から抜け出した。 「・・・いや指一本は言い過ぎだったな、手とか肩には」 「いやいやいやそーゆー事じゃねえ!ちょっと待てよ、ロドス島からこっち、結構日にち経ってるぞおい。 その間2人きりでいて、何にも無いはねえだろう」 「・・・彼女は特別な女性だ。この私の血まみれの手で彼女を抱く事はできんさ」 シャアのスカした答えに何故だかライデンの血管がブチ切れた。 ミハルの為にも、ここは怒ってやっていい場面だろう。 「古臭えオペラやってんじゃねーんだよボケが!健気に毎晩やって来る彼女が可哀相だろうが!」 「? 意味が判らんな」 あ、ダメだコイツとライデンの力が抜けてゆく。 世間ズレしている様でいて、根っこの所はどうしようもないお坊ちゃんなのだ、コイツも。 この分では恐らくまともな恋愛など、一度として経験した事が無いに決まっている。 これは厄介なカップルに介入してしまった様だと、ライデンは自らの体勢をぎこちなく立て直しながら内心頭を抱えた。 ・・・以上のやり取りを、武士の情け的な意味合いで、ライデンは今のところシーマにすら話していなかった・・・ 350 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/06/18(土) 20:04:17 ID:J00.gFv.0 [6/7] 「心境の変化・・・って奴かなうん。まあ仕方ねえから面倒見てやるか・・・ってな」 「ふーん?あんだけ大佐に突っかかってたアンタがねえ・・・」 何があったか知らないが、金や権力に擦り寄っていくライデンで無い事だけは確かである。 まだ完全に納得がいった訳では無いものの、まあここはひとまず見逃してやるかとシーマは薄く笑った。 いざとなればプライベートで白状させる方法を色々と持っている彼女には、絶対的な余裕がある。 「まあ、いいさ。これで大佐は誰の目も気にせず自由に動ける様になったんだからね」 シーマの言う「誰」とは大方にマ・クベの息のかかった諜報員を指す。 ダイクン派が多く集う青い木馬には間違いなくマ・クベの監視の目が絡み付いている。シャアがオデッサ防衛戦に正式に参戦した以上、その姿は確実に多方面からマークされていると見るべきだった。 シャアの姿が無いとなれば、マ・クベはこちらの動きに気付く可能性がある。それだけは、何としても避けねばならない。 現在シーマは分隊を率いて木馬を離れ、ライデン扮するシャアの影武者を引き連れて守りの薄いオデッサの最前線を廻り、疲労した将兵を鼓舞すると共に連邦軍に押され気味な各部隊の援護に奔走している訳だが、すなわちこの行動はジオン軍各部隊に対し、シャアの居場所を誇示するデモンストレーション的な意味合いが強かった。 「ヘッ、敵味方に素顔がバレてないってのは盲点だったよな。 この目立つ服装も、ダミーをやるならむしろ都合が良いってなもんだぜ」 ニヤリと笑ったライデンは自ら着込んでいる赤い軍服を指差したが、戦場においてシャアのダミーは簡単に勤まりはしない事をシーマは心得ている。 本物のシャアと同様に赤いザクを駆り、戦場では敵味方双方に圧倒的な技量差を見せ付ける事ができて初めてジオンの英雄「赤い彗星」の影武者たりえるのだ。 シャア専用にタイトなチューンUPを施されたMSを苦もなく乗りこなす卓抜した技量、そして体格や背格好までを考え合わせると、この役目は正に「真紅の稲妻」ジョニー・ライデンしか果たし得ないものであっただろう。 「ルウムの時は良くシャアと間違えられた」と豪語するライデンの面目躍如である。 とまれ、こうしてライデンが稼ぎ出した時間を使い、一般兵用の軍服を着込み飾りの無いヘルメットを着用した本物のシャアは堂々と、誰にも見咎められずに青い木馬を離れる事ができた。 「さてさて・・・お膳立ては整えたぜ大将。次はお前の番だ」 上手くやるんだぜとひとりごちたライデンは、自分より3つほど年下であるシャアの素顔を思い浮かべると、マスク越しに夕闇の迫る空を振り仰いだ。 そして自分達が留守の間に何事も起こらねばいいが、と、今は遠くこの空の下にいる青い木馬にも思いを馳せた。 370 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 20:35:34 ID:NNjPWFdI0 [2/6] オデッサ鉱山基地から飛び立った偵察機ルッグンはモルドバを抜け、カルパティア山脈の連峰をギリギリにかすめて飛び、ユーリ・ケラーネ少将率いるヨーロッパ方面制圧軍の駐留するリボアに到着した。 この飛行ルートは今や、地上において連邦軍の包囲に邪魔されずに外界と行き来できるジオン軍唯一の抜け道である。 ただしカルパティア山脈の天候は非常に変わり易い。 操縦桿を握るジュダックも、このルートを飛び慣れているにもかかわらず、荒れた天候に巻き込まれて冷汗を流した事は幾度もあった。 だがこんな危険な思いも恐らくこの往復が最後となるだろう。 そんな気安さからか、ジュダックは鼻歌交じりでルッグンを巨大陸戦艇ダブデの飛行甲板に着陸させると意気揚々とデッキに降り立った。 「整備と燃料の補給だ。手を抜くなよ」 驚いた様にデッキに出て来た整備員にいつも通りの横柄な口調で指示を加えた後、ジュダックは軽い足取りでダブデの艦橋に向かう。 「いやはや驚いたな。まさかこのタイミングで現れるとは!」 艦橋に入るなり、大きく両腕を開いてオーバーリアクション気味に声を上げジュダックを迎えたのはこの艦の主、ヨーロッパ戦線の師団司令官ユーリ・ケラーネ少将である。 袖裂きにして着崩した軍服の前をはだけさせ、金のネックレスと共にこれ見よがしに筋肉質な胸元を誇示するそのワイルドな出で立ちは、自らの体躯に少なからぬコンプレックスを持つジュダックを何時もいらいらさせる。 彼の後ろには秘書であるシンシアの姿も見えるが、何やら黒いアタッシュケースを抱え持っているのが不似合いだ。 「ふん。こちらにはこちらの都合があるのだ。それよりもやけに着艦許可が出るのが遅かったな」 「いや悪かった。こちらにも、こちらの都合があったんでな」 階級では遥かにユーリの方が上ではあるものの、マ・クベ直属の間諜であるジュダックはまるで同格の様にユーリと接する。 が、これはジオン軍においてザビ家の恩寵を享受している一派に共通する姿勢であり、なにもジュダックに限ったものではなかった。 ユーリとしてはもちろん面白かろう筈も無いが、そんな表情は今のところおくびにも出していない。 「あまりタルんでいるようなら、マ・クベ様に報告せねばならんぞ」 「まあ許せや、俺達は一蓮托生じゃねえか。それより今回、マ・クベ司令はエルランに何と?」 「金が先だ。それと、そろそろその女をな」 ジュダックの視線に晒されたシンシアはびくりと身をすくめたが、ユーリはその巨躯でさりげなくジュダックの視線を遮った。 「悪いがシンシアだけは勘弁してくれ。その分今回はホレ、張り込んだぜ」 シンシアに持って来させたアタッシュケースをユーリが開くと、そこには金のインゴットがびっしりと収められているのが見えた。 371 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 20:36:28 ID:NNjPWFdI0 [3/6] 「おお」 「おっと・・・情報が先だ」 喜色を浮かべて手を伸ばそうとしたジュダックの前で、ユーリはバタンとケースを閉じてしまったのである。 舌打ちしたジュダックは渋々、エルランに向けたマ・クベの指令をユーリに喋りはじめた。 このダブデは元々、連邦軍の元に赴くジュダックの為にマ・クベが設定した中継地である。 間諜としてジオンと連邦、両陣営の軍籍を持つジュダックも互いの陣営に敵方の飛行機で直接乗りつける事はできない為、中継地たるこのダブデで軍服と飛行機を「着替える」必要があったのである。 マ・クベにとって隠密を旨とする任務の関係上これは苦肉の策でもあったのだが、彼が徹底的に指示した緘口令の間隙をぬい、ジュダックに「手土産」持参で接触しまんまと彼から情報を引き出す事に成功したのは海千山千のユーリならではの手腕であった。 全てを聞き終えた後、完全に表情を消したユーリの手からジュダックはものも言わず金塊入りのアタッシュケースをもぎ取ると踵を返し、その後はたと気がついた様に振り返った。 「そう言えば、私のドラゴン・フライはどこだ。飛行甲板には見えなかったようだが?」 連邦軍の軽連絡機ドラゴン・フライ。 いつもはダブデの飛行甲板にスタンバイしている筈のドラゴン・フライが無かったが為に、今回はそこへルッグンを着陸させた訳だが。 「・・・しゃあねぇな。今頃ノコノコ現れたお前が悪いんだ。ま、悪く思うな」 半笑いのユーリがそう言って片手を上げた途端、小火器を構えたユーリの部下がドアの影から現れ、銃口を向けつつジュダックを取り囲んだのである。 「なっ、何っ!?」 動転したジュダックは手にしていたアタッシュケースを取り落とし、落ちた衝撃で飛び出した金塊が床に散らばった。 「ど、どういう事だ貴様ら!?」 「ああ騒ぐんじゃねえよ、うるせえ。どの道お前はもう終わりなんだからよ」 面倒臭そうにひらひらと手を振るユーリにジュダックは仰天して眼を剥いた。 「なに!?いったい何を貴様!?私にこんな事をしてただで済むと・・・!!」 「悪いな、俺達は主をとっ換えたんだ」 「あ、主を、とっ換え・・・何だと!?」 冗談ではない。 「そうだ、権力を簒奪したザビ家からジオン本来の継承者にな」 「何・・・・・・!?」 ざっと音をたてて血の気がジュダックの顔から引いた。こいつは今、何と言った!? 「この金塊は手付けだとさ。ケチ臭いマ・クベと違って太っ腹だぜ。 まあ、陰険なマ・クベの下はいい加減ウンザリしてたし、今回は事が事だ、こんなモンがなくても俺等はキャスバル派に乗り換えたがな。 だが貰えるものは有り難く貰っとくのが俺の主義だ。だからこれは返してもらうぞ」 銃を突きつけられて一歩も動けないジュダックの足元に散らばる金塊をユーリはそう言いながらゆっくりと拾い集め再びアタッシュケースに収めると、フタを閉め直してから立ち上がり、後方のシンシアに再びそれを手渡した。 372 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 20:37:26 ID:NNjPWFdI0 [4/6] 「ユーリ様、あまり余計な事は」 アタッシュケースを受け取る際、ジュダックとの会話をたしなめる様に口を挟んだシンシアに、ユーリはにやりと笑った。 「そういやニムバスって奴にもそう言われてたな。 まあ、構うものかよ。どうせコイツはここから生きては出られねえ。冥土の土産というやつだ」 見る間にジュダックの体ががたがたと震えはじめる。何かの間違いではないらしいという実感がようやく追いついてきたのである。 「兵達の間で蔓延している核ミサイルの噂、あれは本当らしいな。 さんざコキ使っといてそれかよ。俺達をコケにしやがって・・・貴様ら絶対に許さねえからな」 「・・・っ!!」 一転、静かに殺気を孕んだユーリの強烈な眼光に射すくめられ、ジュダックの恐怖は頂点に達した。 「・・・始末は後だ。ぶち込んどけ」 意味をなさない悲鳴に似た抗議の声を上げるジュダックを無視し、五月蝿そうに手を振って部下にそう命じたユーリは、周囲から銃を突きつけられた状態で両脇を抱えられ、つんのめる様に連行されて行くジュダックの後姿をシンシアと共に苦い表情で見送った。 「上手く行くでしょうか」 「行くかじゃなく、何としてでも上手く行かせるんだ。俺たちの手でな」 ダメなら核ミサイルで全員アウトだとはユーリは敢えて口にしなかった。 特にダイクン派という訳でもなかったユーリがザビ家とダイクン派のどちらを選ぶか・・・ 常時ならば簡単に答の出せる物ではなかったかもしれない。 しかし今回に限り選択の余地は無かった。 核ミサイルで連邦軍もろとも吹き飛ばされない為には、迅速にダイクン派に組するしかなかったのである。 結果的に、何にも増して【マ・クベの核ミサイル】が戦場に散らばるジオン兵士達の支持をダイクン派に急速に固める決め手になった事は皮肉であった。 「大きな事を言っていたあのサハリン家のお坊ちゃんも結局、この大事な戦(いくさ)に間に合わなかったしな・・・」 「ギニアス様からの連絡は相変わらず途絶したままです」 「けっ・・・!役立たずがっ・・・!!」 ここを切り抜けたらあのボンボン締め上げてやるぜ、そう吐き捨てたユーリは凶悪に歪んだ視線を隠す様にポケットから取り出した色の濃いサングラスをかけた。 「それにしても、肝が据わっていやがったなあのキャスバルって若造。ギニアスなんぞとは偉い違いだ」 「はい。とても素敵なお方でしたわ」 「おいおい」 ぽっと顔を赤らめたシンシアにユーリのサングラスがずり落ちた。 「俺の前でそれを言うかよ」 「あら御免あそばせ。でもきっと、キャスバル様はもう、想う人がおありですよ」 そう言いながらすっとうなじの後れ毛を払ったシンシアの仕草ををぽかんと見つめていたユーリは、慌ててサングラスをかけ直した。 「・・・何だそりゃ、女の勘って奴か」 照れ隠しでそう呟いたユーリにシンシアはさあどうでしょうと微笑んだ。 373 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 20:38:05 ID:NNjPWFdI0 [5/6] 「今はあいつに賭けるしかねえが、不思議とあいつなら大丈夫だろうと思える。 あーいう雰囲気が大事なんだ。 軍団を束ねるボスにしては些か若すぎるが、見込みはあらあな」 人物評価は非常に辛いユーリ・ケラーネ少将には珍しく、手放しの褒め湛え様である。 それにしても間一髪であった。 ジュダックの来訪が2時間ほど早ければ、ニアミスしていてもおかしくはなかった。 つまり、つい今しがたまで当のキャスバルはここにいたのである。 「厄介な事にならずに済んで何よりだった。ツキもある」 この勝負、いけるぜと豪快に笑ったユーリはサングラスを嵌めた目で、ダブデの艦橋から沈み行く夕日を眺めた。 その方向には今やそう遠く無い場所にオデッサに向かう連邦軍の大部隊がいるはずである。そして 「敵の真っ只中に飛び込んで行った、命知らずの我らがボスに乾杯だ」 いつの間にかシンシアが用意していた酒盃を、ユーリは太陽に向けて掲げていた。 部屋へ入ってくるなり、その連邦軍兵士は彼の前で敬礼して見せた。 とうに人払いは済ませておいた為、この部屋には彼等2人しかいない。 「・・・貴様か、ジュダックの代理で来たというのは」 手元の資料と目の前の人物とを交互に見比べながらエルランは、ようやく来たかと安堵した声を上げた。 この男が乗って来たドラゴン・フライは既に、機体番号からジュダックが使用していたものである事が判明している。 当然の如く名前や認識番号等全てのデータを洗ってみたものの、不審な箇所は何一つ見つからなかった。 つまり、こいつは本当に、ジュダックの代理としてマ・クベが用意した男に間違いは無いとエルランは判断したのである。 しかし、機に同乗していたもう一人の兵士は念の為別室で待機させている。 会談に応じるのはあくまでも一人だけだ。念には念を入れるに越した事はあるまい。 目の前の人物の資料には眼底色素に異常があり、ガンマ線量が一定値を超える状況下でのバイザー着用必須・・・となっているのが目を引く。 「は、クワトロ・バジーナ大尉であります」 大きめのバイザーをキラリと輝かせた兵士は、まるでエルランを見下すように、不敵な声でそう答えた。 393 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/20(水) 19:36:50 ID:S4mLdpSQ0 [2/5] 「オデッサ作戦」とは、ジオンの大規模採掘基地があるオデッサ周辺地域の奪回と、バルカン半島から東欧にかけて広く展開するジオン軍の一掃を目的とする連邦軍の一大反攻作戦である。 ジオン軍の執拗な妨害にあいながらも物量に勝る連邦軍先発部隊は先日遂に、全て所定の場所に配置を完了し、後はレビルが座乗するビッグ・トレー級陸上戦艦【バターン】を擁する本隊の到着を待つばかりとなっていた。 旧地域におけるルーマニアとブルガリアのちょうど国境地帯にあたるルセ近郊の山岳地帯をぬう様に流れる川のほとり。 厳密に言えば実際のオデッサから遠く離れたこの地域も「オデッサ作戦」の作戦範囲である。 ここには現在、連邦軍の機動部隊が駐留している。 レビル将軍率いる本隊が欧州方面からオデッサに攻め込む事を考えるとここはオデッサの後背と言えなくもない。 が、ここにいる部隊はかの地を牽制包囲する為だけに布陣しているに過ぎず、戦力自体は小規模なものである。 ジオン軍にとって今回の作戦は≪篭城戦≫に近いものがあり、実質的にここの戦力がオデッサ作戦において駆りだされる確率はほぼゼロに近い。 唯一、ジオン兵と戦火を交える可能性があるとすればオデッサが落ちた場合の、ジオン敗走兵の掃討くらいだろう。 大量の兵器と人員を投入した大作戦であればある程、こうしたエアポケット的な安全地帯が発生する。 「異常なし。全て世は事もなし・・・」 仲間のいる野営地から離れ、小高い丘の上で一人歩哨に立っていた軍曹は、交代の人員が麓からやって来たのを確認すると、ほっとした様に首に掛けていた双眼鏡を外した。 「おい聞いたか。『マ・クベは核ミサイルをオデッサに隠し持っている』らしいぜ・・・」 「は?」 ねぎらいの挨拶もそこそこに、やって来た少尉にいきなりそう切り出された新米の軍曹は、すぐにはその意味が理解できずポカンと口を開けた。 「さっきガラツから戻ったグラッデンがそう言っていた。 どうやら今、オデッサに駐留してる連邦兵達の間ではその噂でもちきりらしい」 「マ・クベって、敵の、あの、オデッサ鉱山基地指令ので、ありますか? 何ですって?核ミサイルって・・・は?」 やや子供っぽさを表情に残した軍曹は混乱しつつも無理やり笑おうとしたが、真剣な上官の顔を見てそれが冗談でない事を悟った。 「詳しくは判らんが、どうやらジオンの通信を偶然傍受した奴がいたらしい。 ああ、通信を傍受したのは一人だけじゃなかったとも言ってたな」 「・・・」 渡された双眼鏡を首に掛けながら淡々と少尉は話を続ける。 普段は陽気なこの少尉が、先程から眼前の軍曹とは長く視線を合わせようとしない。 「『戦況が悪化すればマ・クベは戦術核ミサイルを発射し、オデッサにいる友軍ごと連邦の大部隊を吹き飛ばす』だとか 『ジオン軍の犠牲者は十字勲章を贈られ、その家族はザビ家から一生涯の生活を保障される』だとか・・・内容はゴキゲンなものばかりだったそうだ。 指揮官は即座に緘口令を敷いたらしいが、ま、内容が内容なだけに情報が漏れ出るのを完全に押さえる事は不可能だった・・・って訳だろうな」 「そ、そんな・・・南極条約違反じゃないですか!!」 「・・・そうだな、うむ。お前は正しいよ。じゃあお前、それをマ・クベに言って来い」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 一陣の風が2人の間をすり抜ける。 「ここに配属された時は俺の運も捨てたものじゃねえと思ってたが、どうやら甘くはなかったかも知れんな」 「そんな・・・」 途方に暮れた軍曹を無視するように少尉は無言で双眼鏡を覗き込んだ。 394 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/20(水) 19:38:30 ID:S4mLdpSQ0 [3/5] 当初、それは単なる“噂”であった。 しかしどこからか流れて来たその“噂”は妙な信憑性を孕んでおり、オデッサ攻略の為に配備中の連邦兵の間に浸透し、彼等を徐々に浮き足立たせていった。 そして遂には前時代時に実際に配備されていたというミサイルの詳細な図面が出回るに至り、今や連邦兵にとってもこの“噂”は、末端の一兵卒すら知らぬ者は無い“公然の秘密”に近い認識となっていたのである。 中には冷静に、戦場にありがちなデマに踊らされるなと“噂”を笑い飛ばす兵士もいた。 が、ジオン軍が実際に敢行したコロニー落としという狂信的な行いを引き合いに出されると、その者も口を噤むしかなかった。 ジオン軍がコロニー落としを敢行した際、地球重力に捉われる寸前までコロニー【アイランド・イフィッシュ】を直衛した機動護衛軍の中には、コロニー落下を阻止せんとする地球連邦軍の必死の攻撃から自身を盾にしてコロニーを護る“殉死MS”が数多く見られたのである。 連邦兵のアイデンティティでは到底理解しがたいその行動は、彼等に決死のスペースノイドには常識が通用しないのだという概念を強烈に刻み込んでいたのだった。 『マ・クベは核ミサイルをオデッサに隠し持っている』・・・ そして前線の連邦全軍に混乱をきたしつつあるこの不吉な“噂”は今まさにオデッサに乗り込まんとブレストに到達していた連邦軍の本隊に届くに至った。 ―――複数の部隊の兵士がこの内容のジオンの暗号通信のやりとりを傍受し、解読したのは紛れも無い≪事実≫だったからである。 果たしてそれは、連邦軍本隊のオデッサへの進撃速度を覿面に鈍らせる効果を招いた。 先遣隊が首を長くして待っているにも拘らず、予定到着日を三日過ぎ五日が過ぎても、待てど暮らせど連邦軍の本営となるべきレビル将軍の座乗艦である陸戦艇バターンはオデッサに到着しない。 レビル将軍を筆頭とする徹底交戦派と進撃慎重派の意見が割れ、ここに来て全軍の移動スピードががた落ちになってしまったのだ。 進撃を命ずるレビル将軍に対し、進撃慎重派に属するバターン艦長はエンジン不調を訴える。 レビルが何と言おうが艦長は原因不明だと繰り返すのみで埒があかないのだ。 まるで亀の歩みの如くの「及び腰」。今やそれが誰の目にも明らかな連邦軍の進軍速度だった。 395 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/07/20(水) 19:38:50 ID:S4mLdpSQ0 [4/5] 「是非も無い!!」 ビッグ・トレー級陸上戦艦【バターン】内部の作戦司令室。 並み居る将官たちの前でいらいらとレビルは吐き捨てた。 「敵に時間を与えてはいかんというのが何故判らんのだ!! こうしている間にも敵は着々と迎撃態勢を整えているのだぞ!!」 「そうは言われましてもレビル将軍」 レビルを挟み、デスクを兼ねた巨大なスクリーンコンソールの対面に座ったバターン艦長ジェイファー少将はどこか緊張感の抜けた顔で口を開いた。 「記録によれば確かに前時代、オデッサの地にミサイルサイロが存在し、戦術核が存在していたのは事実。 ここはもっと慎重に事を運ぶべきなのではありませんかな?」 そのもったいぶった言い口に、レビルはうんざりと聞き返す。 「慎重?慎重とは具体的に何を指すのかね」 「特殊部隊や工作員をオデッサの地に潜入させて、ミサイルの無力化を図るのです」 「いい案だ。敵が皆、ジェイファー君の様に悠長でいてくれるならば有効な作戦だろう」 「な・・・!」 レビルの一言でばっさりと切り捨てられたジェイファーは絶句し顔色を赤から青へと目まぐるしく変えた。 「報告によれば核ミサイルに関する暗号の強度は然程強くなかったと聞く。 敵はこの情報を我々に“確実に解読させたかった”のだよ。 これが何を意味するのか・・・!」 レビルにひと睨みされたジェイファーは言葉に詰まった。 「仮にミサイルが実在するにしても“我々がそれを知った事を知られてしまっている”今、オデッサの警戒はアリの這い入る隙間も無いほど厳重になっているだろう。 そこへのこのこと工作員を派遣するつもりかね?」 「・・・じ、実はもう既に・・・」 「馬鹿な事を!!それでは犬死にだ!!」 レビルは思わずデスクを左掌で叩き、右手の親指と中指で両のこめかみを押さえた。 配下の足並みが揃わず将兵の不満や独断専行が抑えられない。 将軍である自分への求心力が思った以上に低下しているのを痛切に感じる。 思えばレビル肝入りの新鋭試作艦ホワイトベースがガンダムごと敵に鹵獲されてからというもの、連邦の戦略は失態続きであった。 彼等にとって最も計算外だったのは、オデッサ集結前に部隊の多くが統制の取れたジオン軍MS遊撃隊にゲリラ戦を仕掛けられ各個撃破されてしまった事であろう。 これにより連邦軍は当初想定していた三分の二程の兵力しかこの作戦に投入できなかったのである。 特に大部隊を率いてオデッサ攻略の一翼を担うと目されていたコリニー提督の横死による突然の離脱は連邦の軍略を根底から覆した。 更にここへ来て、密かに黒海対岸に大量に配備していた長距離支援砲撃部隊が、敵MS部隊の強襲によって壊滅したと報告が入ったのである。 満を持して統合司令部が送り込んだ砲撃士官も部隊合流前に敵の奇襲を受け、キャンプ地に逃げ帰ったと聞く。 斯様に最近のニュースといえば連邦軍の失態を報じるものばかりで、磐石の態勢を敷きジオン軍を押し潰そうと考えていた連邦の趨勢は今回の問題も含め、にわかに怪しいものとなってしまった。 そうなると、軍人とはいえ金と権力で地位を手に入れた者が多い連邦軍の上級将校達の顔色が先のジェイファーの如く、にわかに変わった。 彼等の戦意は元々高くはない。 オデッサ作戦においても戦火の及ばない後方の絶対安全地帯に陣取り、作戦参加の箔だけ付けたいと考えていた多くの将官は【核ミサイル】の情報に、前線の兵士以上に震え上がってしまったのである。 話が違う、と、言う訳だ。 それでも今ここにいる連中はジャブローに篭ったまま出てこないモグラ共に比べれば幾分マシな部類ではあるとレビルは考えている。 が、一旦臆病風に吹かれた人間をなだめすかして前進させるのはやっかいだ。 もはや無言で掌を振っただけで皆は前進してくれないのだ。 殆んど孤立無援の状態でオデッサに挑まねばならない将軍の苦悩は深かった。 しかしその時、オデッサ作戦の見直しを口にしかけた少将の言葉を制し、一人の男が立ち上がったのである。 「愚にもつかない敵の偽情報に惑わされてはならん。 レビル将軍の言われる通り、ここは迅速にオデッサへ向かうべきだ」 「おお、エルラン君!」 救われた様な顔でレビルが目を上げたのを見て、エルラン中将は頷いた。 彼の胸中を、将軍をはじめこの場の人員は知る由も無い。 しかし結局この発言が功を奏し、レビル将軍の率いる西部攻撃集団第3軍はようやく通常のスピードで進軍を再開する事ができたのである。 当初の予定を大きくずれ込み、暦は11月も半ばを過ぎようとしていた。 435 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 20:53:40 ID:qWliwFLY0 [2/5] シャア達が【青い木馬】を離れて暫くすると、劇的ともいえる変化が戦場に訪れた。 何と、あれほどジオン兵を苦しめ抜いていた連邦軍の昼夜問わずの波状攻撃が、ぱったりと止んでしまったのである。 それどころか、たまにこちらに仕掛けられる威嚇攻撃も、統制が執れていないのが丸判りの散発的なものばかりとなった。 何かしらのっぴきならない騒動が巻き起こっている事が容易に窺い知れる程、連邦軍は完全に浮き足立ってしまったのである。 どこまでの効果かは判然としないものの、敵の陣営に仕掛けた情報工作がまんまと功を奏しているであろう事はタイミング的にみてほぼ間違いは無さそうであった。 本来ならばこの機に乗じてオデッサを包囲する敵に強力な一撃を加えたいところではあったが、完全な防御陣形を敷いた【青い木馬】とその周辺の部隊に動きは無い。 シャアを筆頭に【青い木馬】に集う一騎当千のパイロット達の殆んどが出払ってしまっている現状、来るべき決戦を前にして今この時期に無謀な突貫を仕掛け戦力を擦り減らす事だけは絶対に避けねばならないと、ランバ・ラルが兵達の突出を厳に戒めていたからである。 そんな中アムロも、ニムバス、バーニィの2名がいない為に小隊行動が取れず、黒い三連星のオルテガと交代する形で【青い木馬】直衛を任されていた。 「・・・ま、真っ白になっちゃった・・・んだね・・・」 「んふふーいいでしょー!」 自らのMSを見上げたまま困惑の表情を浮かべるアムロと対照的にメイ・カーゥインは胸を張った。 アムロはメイの横に立ち、じっと腕を組んだまま動かないミガキに視線を向ける。 「あんまりメイを責めるなよアムロ。これはこれで、考えうる最善のカラーリングなんだ」 「そうなんですか・・・・・・?」 ミガキにそう言われてもアムロの疑問は、晴れない。 その時、開け放たれたハッチのスロープを上り【青い木馬】の右舷第1デッキにセイラと共に踏み入ってきたランバ・ラルは、後方に屹立する【ガンダム・ピクシー】の足元で、それぞれが何やら違った表情を浮かべている3人を見つけ怪訝な顔で近付いた。 「ここにいたかアムロ。うん?なんだお前たちその顔は」 「ラル中佐。セイラさん・・・」 ラルやセイラの姿を認めても、アムロの顔には戸惑いが残っている。 「どうしたのアムロ。ラル中佐はあなたを探していたのよ」 「僕を?」 「うむ。お前に頼みたい事があってな。それより一体どうしたというのだ」 「実は・・・」 「これよこれ!中佐もセイラも見て見て!!じゃーん!」 アムロ達の会話に突然メイが横から割り込み、彼等の後方にあるピクシーを芝居がかった仕草で指し示した。 「まあ・・・」 「ほう」 思わず2人は目を見張った。 入ってきた時には気付かなかったが、今やアムロ専用機となった【ガンダム・ピクシー】の全身が、目の覚めるようなシルバーホワイトに塗り換えられていたのである。 かつてボディや四肢の一部に施されていたレッドやダークブルーの部分も全て、白銀色に染め変えられている。 両胸のエアインテイク部など極一部にダークグレーが配色されている事と左肩に赤くジオンのマークが入っている事を除けば、完璧なホワイトカラー。 言っては何だがボディに派手なトリコロールカラーをペイントされていたRX-78-2ガンダムよりも、今はこのピクシーの方が断然、白い。 436 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 20:54:33 ID:qWliwFLY0 [3/5] 「・・・いくらなんでも目立ち過ぎじゃないかなあ」 「何言ってるのよ!このMSは目立たなきゃ駄目なのっ!」 「えっ・・・」 「なるほどそういう事か、メイの言う事も一理ある」 メイの言葉を聞いて合点がいったという風にラルが頷いた。 「我々が想像していたよりもすこぶる早く、連邦のMS配備は進んでいるという事だ。 乱戦になった場合、確かにアムロのこの機体は敵MSと見分けが付かなくなる恐れがあるな」 あっと叫んだアムロはセイラと顔を見交わした。 極限状態の中、例え識別信号を出していたとしても、一瞬の見た目で敵だと誤認しピクシーに引き金を引いてしまうジオン兵士がいないとどうして言えるだろう。 「そうなの。始めはデザート迷彩とかザクカラーの緑とかを塗りたくってやろうかとも考えてたんだけど」 さも当然のように韜晦するメイの言葉を聞いてアムロは口元を引きつらせた。 迷彩ガンダム、それはちょっとイヤかも知れない。 しかし自分にとっては馴染み深いガンダムも、ジオンにとっては異質な鹵獲兵器であるのは当然だった。 「でも各戦線から上がって来たデータを見ると、敵の量産型MSにどうもそういうカラーリングの奴がいるらしいの。 敵に同じのが居ちゃ意味無いのよ。だったらいっそ全部白!の方が潔いでしょ?判り易いし。 名付けて【白い流星】作戦!!」 「し、白い流星・・・」 メイにびしりと指を突きつけられたアムロはその迫力におののいて一歩後ずさった。 それはメイにとってアレだろうか、赤い彗星とか青い巨星とかの一連のナニの様なモノだろうか。 「そ。これからジオンの各部隊にこれの機体データを流すわ。 それに『この【白い流星】は味方だから絶対に後ろから撃つな』ってラル中佐がサイン入りの書面を付けてくれると更にグー」 今度はしゃきんとラルに向けてサムズアップを決めたメイの手を、しかしラルはやんわりと押し下げた。 「よかろう。しかしそこは【白い流星】ではなく【白いMS】と書くとしよう。 何故なら二つ名とは、大勢の人間ががその者の働きを認めた時に初めて、敬意を込めて呼称するようになるものだからだ。 二つ名の自称、ほどみっともないものは無いぞ」 ―――今ここにニムバスが居たら、かつて【ジオンの騎士】と自称していた自分を省みてのたうち回ったに違いない。 重要な任務を遂行する為にバーニィと同様、現在青い木馬を離れている彼は、【青い巨星】のこの言葉を聞かずに済んで幸運だったと言えるだろう――― 閑話休題。 その場の勢いに任せてラルの言質を取ろうとしていたメイは、思わずがくりとうなだれ気の毒なほどに消沈してしまった。 「・・・あちゃ~・・・ドサクサ紛れに【白い流星】襲名にはラル中佐のお墨付きを貰おうと思ってたんだけど・・・ダメだったかあ」 「もうっ!メイのドジ!役立たずっ!」 その時、突然大声をあげた誰かがピクシーの影からぴょんと飛び出した。 437 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 20:54:55 ID:qWliwFLY0 [4/5] 「ハマーン!?いつから?もしかしてずっとそこにいたのか?」 アムロが驚いたのも無理は無い。 ぷりぷり怒りながら一同の前に姿を現したのは、何と作業着のいたる所に白いペンキを付けたハマーン・カーンだったのである。 いつかのメイの言いつけ通り、ブカブカのヘルメットを被っているのが律儀だ。 良く見ると彼女の右目の下と左頬にも白いペンキがくっついている。 「もうちょっと上手くやりなさ・・・やれなかったのか!俗物っ!!」 「ごめんごめん。【白い流星】作戦大失敗。 でも確かにラル中佐の言ってる事は正しいもん。それと俗物はやめて」 気が付いたように途中から口調をガラリと変え、真っ赤になって詰め寄って来るハマーンをうんざりしながらメイがなだめる。 どうやらジオン軍にアムロの二つ名を一気に浸透させようとした【白い流星】作戦は彼女達2人の企みであったらしい。 しかしメイのこの手腕、当初から比べると随分とハマーンの扱い方が手馴れて来たなとアムロなどは感心せざるを得ない。 「ハマーン、あなたもガンダムの塗り替えを手伝ってくれてたのね」 「むっ」 声を掛けてきたセイラに無言でキツイ一瞥をくれたハマーンは一転、すました顔でアムロに向き直った。 相変わらず敵視されてるなあと内心の動揺を押し隠してセイラは苦笑するしかない。 「どうだアムロ、【白い流星】の名は私が考えたのだぞ?」 「ありがとうハマーン、皆にもそう呼ばれるようにがんばらなきゃな」 「大丈夫だ、アムロなら、すぐだ」 満面の笑みを浮かべたハマーンのその言葉に肯是したラルはアムロの肩に力強く掌を置いた。 「乱戦になれば誤射は頻繁に起こるものだ。これは恐らくMS戦でも変わるまい」 ゲリラ戦を得意とするラルならではの言葉には含蓄がある。 連邦も本格的にMS配備配備を進めている現在、敵味方入り乱れてのMS戦というケースは今後珍しくなくなるだろう。 「白という色は戦場で確かに悪目立ちをするが、裏を返せばそれだけ味方に撃たれる危険性は減る。 ならばそれを利用するのだアムロ。己を標(しるべ)として進むがいい。この意味はいずれ判る時が来るだろう」 「は、はい・・・」 ふいにラルの掌から流れ込んできた暖かいものが、アムロの言葉を詰まらせた。 「そして、これまでの働きを鑑みれば、お前もパーソナルカラーを持っていい頃合だろう」 「パーソナルカラー・・・」 それはエースの証でもあるのだとラルは続けた。 「この際だ、今後お前はこの白銀色をパーソナルカラーとするがいい。 これまでの働きとこれからの可能性を考えれば誰にも文句は言わせん。メイ」 「了解っ!アムロ専用機には今後、シルバーホワイトの塗装を施します!」 嬉しそうに敬礼したメイにラルは鷹揚に頷いた。 「他にもジオンには白を自らのカラーとするパイロットがいるかも知れんが、なあに構うものか」 「その通りだ、シャア大佐とライデンの例もある。もしウダウダ文句をつけてきたら実力で黙らせてやれ」 ラルの言葉の後を受け、どうやら何処かの誰かを思い浮かべたらしきミガキは『こいつは見ものかも知れん』と小さく呟き、大きな身体を揺すりながら何時もの様に豪快に笑った。

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