【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part3-2

【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part3-2

    ウラガンは、ラルとシーマに対してすぐに戻るからこのままここに待機していろと言い残し、
    ガンキャノンを輸送機に搭載する為、部下と共に格納庫を出て行ってしまった。

    それを見届けたシーマは厳しい顔のまま大股でメイの元に歩み寄り、
    そのずんずんと迫るシーマの迫力に思わず前に出たオルテガを「どきな!」と蹴り飛ばしてからメイの前に立った。
     すぐラルもメイの前にやって来て、
    メイの周りにシーマ、ラル、ライデン、オルテガ、バーニィが集まる形となった。
    そんな中、何事かと目を丸くする彼女にシーマは小さく頭を下げたのだった。

    「ごめんよ・・・アタシ達が不甲斐無いばかりに、あんたみたいなカタギの娘に嫌な思いをさせちまってさ」

    「全くだ。これではダグラス大佐に顔向けができん」

     シーマに続いてラルもメイに頭を下げる。
    通常の部隊であれば将校が軍属に頭を下げるなど考えられない光景である。
    横柄な軍人に酷い扱いをされた事のあるメイは2人の真摯な態度に胸が熱くなるのを感じていた。

    「だ、大丈夫ですよシーマ中佐、ラル中佐。私、オルテガ中尉のおかげで頑張れましたもん」

     両手の掌を体の前に出し小刻みに振ってみせるメイの、
    その言葉を聞いた瞬間のオルテガの顔こそちょっとした見ものだった。
    それは何気なく振り向いたバーニィが数秒間硬直してしまった程のモノである。
    どうやらシーマに蹴られた痛みも一瞬で吹き飛んでしまったらしい。

    「うん。アンタは頑張った。よくやった・・・あんなウドの大木よりも頼りにならなかった自分が情け無いよ」

    ウドの大木とは俺の事かとムッとするオルテガの横をすり抜けて来たライデンが、メイにゆっくり話かける。

    「姐御はあの時、君みたいな女の子が単独でザクに乗っている事を知らずに撃墜命令を出していたんだ。
    君に会った後、その事をずっと悔やんでいた。『他にやり様があった』ってね」

    「そうだったんですか・・・」

    メイはそおっとシーマを見上げてみる。怖い人だと思っていたのだが、
    彼女を見つめるシーマからは、心からの謝罪の他に偽りの気持ちは微塵も感じられない。
     しかし次の瞬間メイは、シーマの身体から次第に吹き上がって来る殺気を感じ取り、
    思わず身を固くするのだった。

    「ウラガン・・・あの野朗、必ず殺してやる・・・!
    アタシら一家にナメたマネをした奴がどうなるか、身を持って知るがいいさ・・・」

    「姐御、そう殺意をむき出しにしちゃメイが怖がるって」

    苦笑いするライデン。男女問わず見所のある者を仲間に引き入れたがるのは姉御の癖だ。
    どうやら彼女の中ではいつの間にかメイもシーマ一家にカウントされてしまっているらしい。
    ライデンが改めてメイに声をかける。

    「しかし、意外だったな。あの白いMSが赤いのより劣るとは。俺はてっきり・・・」

    「いいえ。RX-78ガンダムは、RX-77ガンキャノンとは比較にならないほど優れたMSです」


    片目をつぶりながら事も無げに告白するメイの言葉に一同は、一瞬自分の耳を疑った。


    「な、何だってえ!?
    だ、だが、さっきの君の説明だと、だれがどう聞いたって・・・」

    驚くライデンにメイは少しだけはにかんで見せた。
    一同が呆気に取られる中、ついにラルまでが口を開いた。

    「メイ君、詳しく話してくれ。どういう事なのだ」

    「連邦軍のMS技術解析用に分解するならRX-77で充分なんです。
    それなのにあの人は『性能の高いMSの方を分解解析する』と言っていたでしょう?
    RX-78の様に『実戦に投入すべき機体』を
    わざわざ研究用に解体するなんてとんでもない!・・・と思ったんです。
    それにアムロの愛機・・・あ、いえ、ラル隊の重要な戦力となるMSを、あんな男に横取りされたく無かった。
     タネ明かしをしちゃいますと、ですね・・・
    ガンキャノンの性能の高い所だけをアピールして、あとは上手く話をすり替えちゃったんです」

    てへっと悪戯っぽく舌を出すメイだが、話が良く見えないので誰も突っ込みを入れる事ができない。
     彼女はもしかしたらかなり高度な事を言っているのではないのだろうか?
    ラルも困った様な顔で先を促すしかなかった。

    「実測はしていませんが・・・
    例えばRX-78とRX-77ではビーム・ライフル使用時の照準合わせやロックオンの速さなどには
    雲泥の差が有るはずです。
     当然、RX-77よりフィールド・モーターの稼動ロスを大幅に改善し、
    アクチュエーター精度を飛躍的に高める事に成功したRX-78の方が驚異的に速く、そして正確です。
     これは射撃だけではなくMSの全ての機動に当て嵌まる基本的な要素なのです。
    こうした総合的な完成度の高さが発揮する・・・スペック表では見えない機動が戦果の多寡を分けていたのです。
    ビーム・ライフルの射程、威力、精度は確かにRX-77の方が優れていますが、裏を返せばそれは・・・」

    「それは劣っている機体性能を武器がカバーしている」

    「正解ですライデン曹長。RX-78は元々接近戦用に開発されたMSですから、
    射程や威力を多少落とした分、耐久性と連射性能をUPさせた新型ビーム・ライフルが装備されたのです。
     それでもこの武器には戦艦の主砲クラスの破壊力はありますから、
    生半可な機動兵器など一撃で沈めてしまえるでしょう。
    それに、RX-77のキャノン砲は、弾を撃ち尽くした後はその巨大な機構がデッドウエイトとなってしまうのですが、
    汎用性に優れたRX-78はキャノン砲をバックパックとして背負う事が可能な様に最初から設計されています。
    これならアウトレンジでキャノン砲弾を撃ち尽くした後にバックパックを切り離し、
    身軽になって白兵戦に移行する事ができます。
     その設計図がメモリー内に残されていましたので、
    WBに備蓄されていた機材からキャノン砲付きバックパックをを組み立てる事が可能です。
    連邦の3機の試作MSの中で、恐らく奇跡的に飛び抜けた性能を獲得したのがRX-78だったんです」


    「驚いたな・・・まんまとウラガンを欺いたって訳か・・・
    それじゃもしかして、白兵戦の武器に関しての意見も・・・?」

    「はい。本当は、ビーム・サーベルは刀身の質量と重量が無い分だけ振りのスピードが速く、慣性にも左右されない為、
    ヒート系の武器に比べて取り回しが断然有利になります。
     それにヒート系武器は、武器自体の重さと武器を振るスピードで対象物を溶断する威力が多少増減するのですが、
    ビーム・サーベルにはそれがありません。早く振ってもゆっくり振っても切れ味は同じなのです。
    これは白兵戦時にかなりのアドバンテージになる筈です。そして宇宙空間での戦闘時にも・・・
     ちなみにビーム・サーベル系の武器の開発はビーム・ライフルの内部機構から基礎技術は応用できると思います。
    開発期間は、ジオンのラボの実力次第ですね。次期主力MSに採用されるかどうかは五分五分でしょう。」

    突然シーマが愉快そうに笑い出した。
    一通り笑った後に感心したような視線をメイに向ける。

    「気に入ったよ!可愛い顔をしてなかなかやるじゃないかメイ。
    あんたも立派な悪党さね。あたしらの仲間に相応しいってもんだ」

    「実は、RX-78ガンダムの戦闘データを見ていて思い付いたアイディアがあるんです。
    もしそれが上手くいけば多分アムロの、あ、いえ・・・
    我が部隊の戦力アップに繋がるはず。正直に言うと、あんな人に私の計画を邪魔されたくなかったんです」

    悪党と言われたメイは、周囲の予想に反してニコリとした笑顔を見せ、
    ちょっと胸を張って技術者としての表情をも垣間見せたのだった。


    「シーマ様!ウラガンの野朗が戻って来ましたぜ!」

    格納庫の入り口でウラガン一行の動向を見張っていた整備員の合図である。
    一同は緩みかけていた表情を引き締め直すと、再び厄介な来訪者を出迎える心構えを整えた。


    「RX-77の積み込みは無事完了した。それでは貴様等に新たな指令を通達する。が、その前に・・・
    今回の作戦で貴様等と同じく命令を受け既に動き出している
   『闇夜のフェンリル隊』からMSと人員支援の要請があった。
     本来は、一部隊の要求などにいちいち取り合ってはいられないのだが、
    今回は最重要任務であるからして、マ・クベ大佐も特別に支援を御決意された」

    恩着せがましいウラガンの態度に、何を抜かしていやがるという顔でライデンが睨み付ける。
    シーマは怒りの表情でウラガンに噛み付いた。

    「まさかMSをあたし等の部隊から徴収するつもりかい!冗談じゃないよ!こっちだって戦力に余裕は無いんだ!」

    「その必要は無い。MSは既にこちらで用意した物を2機、別機でオデッサから持って来ている。
    ランバ・ラル中佐の部隊からは、彼の部隊に2名のパイロットを供出するだけでいい」

    「むう・・・2名のパイロットをゲラート少佐の部隊に転属させろと言うのか・・・!」

     ウラガンの言葉にラルは思わず考え込んだ。
    ラル隊は総じてベテラン揃いの部隊であり、
    誰もがどんな状況にも適応して的確に任務を遂行する事が出来る人材だと信頼している。
    だが、部隊の中で果たして誰を派遣するのが最適なのだろうか。
     現在ダグラス大佐の護衛の為に2名の隊員が抜けているラル隊にとって、それは頭の痛い要請だった。
    しかしウラガンはラルの葛藤を見越した様にニヤリと笑うと手にしていたファイルをめくり出した。

    「人選に悩むのは当然だな。ならばこちらで決めてやろう。
    部隊リストの最末席に登録されているこの2人に決定だ。
    こいつらならば貴様の部隊の戦力低下も最小限で済むだろう」

    「な、何だと!?」

     ラルは思わずバーニィを振り返った。突然の事に驚いた彼も何事かとラルを見返す。
    ラル隊には現在16名の兵士が登録されているが、
    パイロットの登録順ならば末席にはアムロと先日隊に加わったばかりの新兵バーニィの名前が記載されている筈だ。

    「貴様に代わって厄介払いをしてやろうと言うのだ。
    特にこのアムロ・レイという亡命兵の、我が軍に対する役割は既に終了している」

    「えっ・・・アムロが・・・他の部隊に転属ですって!?」

    ウラガンの言葉にメイがいきり立った。それでは彼女の密かな計画が水泡に帰してしまう。
    せっかくガンダムを守り通しても肝心のアムロがいなくなってしまっては意味が無いではないか。
    そんなメイを尻目にウラガンは冷酷に宣言した。

    「アムロ・レイ准尉、バーナード・ワイズマン伍長の2名はこれより直ちに輸送機に乗り込み、
    フェンリル隊と合流する為に現地に飛んで貰う。20分後だ。準備を急がせろ」

     まさかここで自分の名前が出て来るとは思わなかったバーニィは、それでも何とか動揺を押し隠して敬礼すると、
    失礼しますとラルに声を掛けてから急いでその場を後にした。自分達が時間に遅れる事でラル達に迷惑が掛かるのだ。
     まずはアムロにこの事を知らせてやり、急いで彼の身の回りの物をまとめてやらなければならないとバーニィは考えた。
    運命の流転に翻弄されながらも彼は、自分に課せられた役割を果たそうとしていたのだった。


     大柄なベッドに突っ伏したまま(何故かブーツだけはキチンとベッド脇に揃えられていた)
    だらしなく眠りこけていたアムロを叩き起こし、身の回りの物を手近な軍用バッグに詰めさせたバーニィは
    大急ぎで自室に駆け戻り、自分の荷物をずた袋に放り込むと、
    まだ寝惚けているアムロを後ろから急かしつつ基地内を全速力で走り抜け、
    指示されていた輸送機前に1分前に到着する事に成功した。

    「ふん、時間通りだな。それでは輸送機に搭乗せよ」

    「待て。別れを言うぐらいの事は良かろう」

     何の感慨も無しに2人を搭乗させようとしたウラガンをラルが制する。
    その眼はあくまでも鋭く、有無を言わさぬ迫力があった。
    ウラガンは思わずラルから眼を逸らし「早くしろ」と吐き捨てるのが精一杯だった。

    「ラル中佐、転属って一体どういう事なんです!?僕にはまだ、何が何だか・・・」

    「済まんなアムロ。今ここでお前に詳しい事情を話してやる時間が無い。
    ゲラートはワシの戦友であり極めて優秀な指揮官だ。
    彼の元で学ぶ事も多いだろう。だから、これだけは覚えておけ。
    命さえ失わねばワシらはまた必ず共に戦う事ができる様になるだろう。絶対に、死ぬな・・・!」

    「ラル大尉とまた一緒に・・・!」

    「バーニィ、アムロをよろしく頼む。そして必ず、お前も無事に戻って来るのだぞ」

     バーニィはラルに敬礼をしてわかりましたと答える。ラルは返礼でそれに答えた。
    アムロは彼らを見送る人垣の中にセイラの姿を見つけた。
    彼女はハモンに支えられる様に立ち竦んでいる。
    視線に気付いたハモンがアムロに眼を向け「心配するな」と頷いた。

    「達者でなアムロ。向こうでも上手くやるんだぜ?」

    「無駄死にだけはするなよ?ヤバそうな橋は渡るんじゃないぞ」

     やけに陽気そうに振舞うコズンと心配顔のクランプが代わるがわる声を掛けて来る。
    アムロは「はい、皆さんもどうかお元気で」と声を返しながら、鼻の奥が痛くなり、
    何だか視界がぼやけて来るような感覚を無理やり笑顔で振り払っている自分に気が付いた。
     本当は自分は、この人達と別れるのが悲しいし寂しいし嫌だと・・・感じているのだ。
    それは今まで、全てにおいてシニカルに物事を考えがちだったアムロという少年にとって、新鮮な感覚だった。
    もし旧WBのクルーと同じ状況で別れる事になったとしたら、果たして自分はこんな気持ちになっていただろうか?
    それを考えると、自分は何か大切なものを・・・ラル隊の面々に教えてもらったような気がするのだ。
     見ると、ラル隊の後方で腕組みをしたライデンとそれに寄り添うシーマが見える。ガイア達三連星の姿もあった。
    アムロが少しだけ頭を下げるとライデンは頷き、シーマは軽く手を上げて見せた。

    「?」

    そこでアムロはふと、何事かを言い争う男女の声を聞いた。
    その声はどんどん大きく近付いて・・・

    「ふざけんじゃないわよ!!これは一体どういう事なの!?」

    湿っぽくなりそうだった空気を一転させたのは、
    アムロ達が乗り込む予定の輸送機から駆け下りてきたメイ・カーウィンの怒声だった。


    「ふざけんじゃないわよ!!これは一体どういう事なの!?」

     それはウラガンに向けた怒声だった。
    ずんずんと近付いて来るメイをすかさず2人の兵士が制止する。

    「ちょっ・・・!何するのよ!放して!」

    「何事だ小娘」

     ウラガンが五月蝿そうに対応する。先程の態度とは雲泥の差だ。
    メイの窮地にオルテガが前に出ようとするのをガイアが抑えた。
    驚きの表情で眼を剥くオルテガに「今はまずい」とだけ短く伝える。

    「今見て来たけどアムロ達と共に『闇夜のフェンリル隊』に送られる2機のMSって・・・!
    EMS-04ヅダ・・・じゃない!!
    冗談じゃないわ!エンジンを回し過ぎると爆発を引き起こす欠陥機じゃないの!」

     ジオニック社の社員でもあるメイは、流石にこのツィマッド社製MSの禍々しい欠陥部分を心得ていた。
    基本的な性能はどれもザクを凌駕しながらコンペディションで採用を見送られたのはその為であった事ぐらい
    ジオンのメカニックであるならば承知していて当然といえたのである。
    しかしそんなメイの抗議をウラガンは柳に風と受け流す。

    「EMS-04 ?間違えるな、EMS-10だ!欠陥のあったエンジンを新型エンジンに改装し、制御システムも見直されている。
    そして何よりこの機体は、オデッサ防衛に投入する為、地上戦用に機体を換装調整したEMS-10J型なのだ。新型だぞ」

    「EMS-04の安全性が確保されたって言うの・・・!?」

    「当たり前だ。充分な働きを期待される最前線に送るMSが欠陥品の訳が無かろう」


     存外だとうそぶくウラガンの言葉に本当かしらとメイは疑いの眼を向ける。
    基本設計にもともと無理があった機体なのだ。果たしてそう簡単に改修できるものだろうか。
    もう少し時間があれば徹底的に調査できるのだが・・・
     残念ながら輸送機に積み込まれ、梱包状態のMSではエンジンに火を入れる事すら許されない。
    ウラガンの言葉が嘘か真か判別する方法が今は無いのだ。悔しそうにメイは引き下がり、アムロに向き直った。

    「アムロ、それからバーニィ。あれは危険なMSかも知れないの。
    くれぐれもあのMSにスグに乗ったりしないでね?
    ちゃんと向こうの整備責任者に見て貰って安全を確認してから・・・」

    「最前線でそんな暇があればだがな」

     メイの言葉にウラガンが割り込む。
    メイは思い切り彼を睨み付けるが、ウラガンはにやにやと笑っている。メイは思い切ってアムロに抱きついた。
    いきなりの事態に驚くアムロの耳にメイがそっと口を寄せた。

    「さよならは言わない。絶対に死んじゃダメよ?
    RX-78は任せといて。あなたが帰るまでに最強のMSにしておくからね」

     言うだけ言うとアムロの返事を待たずにメイはすぐに離れた。
    アムロはそんなメイに頷いて見せると踵を返し、行きましょうとバーニィを促して輸送機に向かう。
    タラップを上る際バーニィは一同を振り返り敬礼をしたが、
    アムロは結局一度も振り返らずに輸送機に乗り込んだのだった。


     アムロとバーニィを乗せた輸送機が滑走路を飛び立つのを確認したウラガンは
    ゆっくりとガイア、マッシュ、そしてオルテガの側に近付いて来た。
     彼らの側には今は誰もいない。
    ウラガンのラル隊に対する仕打ちは、傍から見ていてもあからさま過ぎて反吐が出そうなものであったが、
    心情を押し隠して三人は敬礼でウラガンを迎えた。

     黒い三連星の任務は当初、ラル隊が奪取した木馬を連邦軍の手からオデッサ基地まで護衛する事にあった。
    キシリアはドズルとの確執を越えてでもWBの戦略的価値を重要視した為、
    揮下の部隊をドズル配下のラル隊の元へ派遣する事を決意したのである。
     しかし状況が変化した今、ウラガンはマ・クベから『黒い三連星へのオデッサ帰還命令』を
    彼らに通達するよう言い渡されていた。
    だがウラガンは、自らの欲望の為に彼らを利用しようと考えていた。

    「貴様らは今後も、最前線へ赴き続けるラル隊と行動を共にしろとのマ・クベ様からの命令だ」

     意外なウラガンの言葉に驚いて顔を見合わせるガイアとマッシュ(オルテガは逆に一瞬嬉しそうな表情を見せた)。
    最前線に留まるのは吝かではないが、何とも違和感を覚える通達だった。
    ウラガンはガイアとマッシュの反応を見てニヤリと笑うと、思わせぶりに切り出した。

    「だが貴様らが俺に協力するのならば、特別に俺からマ・クベ様にとりなしてやっても良いぞ。
    黒い三連星のオデッサへの帰還をな。
    貴様らも使い捨て部隊と心中したくはなかろう?」

    「失礼。使い捨て・・・の所をもう少し詳しくご説明願えますかな?」

     内心の怒りと動揺を見せない様、務めて事務的にガイアは尋ねた。
    こんな芸当は直情的な他の2人には無理である。
    相手が乗ってきたと勘違いしたウラガンは、態度を更に大きなものにしながら五月蝿そうに答えた。

    「この作戦を命じられた奴等は全滅するまで最前線で転戦を強いられ、使い潰される運命だ。
     まあ、ザビ家の不興を買った奴等の末路だな。
    今後奴等と行動を共にするという事は、どのみち遅かれ早かれ・・・そういう事だ。
    そんな惨めな奴等と心中するのは嫌だろうと言っているのだ。全く、そのくらい察しろ、馬鹿め」

    「若造~・・・!」「この野朗・・・・・・!」

     高圧的なウラガンの言葉と、その内容のあまりの卑劣さに奥歯を軋ませ唸り声をすり潰すマッシュとオルテガを、
    まるで能面の様に表情を消したガイアが抑えた。しかし彼が怒っていない訳ではない、むしろその逆だった。
     怒りが頂点を越えた時、ガイアの顔から一切の表情が消え失せるのだ。
    すなわち怒れば怒るほど冷静さを取り戻し、思考は明敏になって行く。
    それは彼が戦場で戦い抜くうちに身に付けた一種の特技だった。

     命を懸けて同胞の為に戦う戦士をザビ家はいったい何だと思っているのだ。
    身内の喧嘩で軍を振り回し、挙句の果てに・・・
    だが、まだだ。まだ爆発してはならない。肝心な事を聞き出すまでは。

    「なるほど。それで、ウラガン殿への協力とは?」

    ニヤリとウラガンが笑う。完全にガイア達を支配下に置いたと確信したのだ。


    彼は近くに誰もいないのをもう一度確認すると小声で言った。

    「さっさと貴様らのドムを輸送機に搭載しろ。
    その後、メイ・カーウィンと、あの金髪の女を密かに連れ出し、俺の輸送機に乗せるんだ。
    レビルを拉致した貴様等なら容易いだろう」

     ウラガンが顎で指し示した先にはセイラがいる。
    ガイアは更なる怒りとこの男に対する嫌悪感から我知らず髪の毛が逆立つのを感じた。
    ウラガンはガイアに輸送機の側にあるフタの開いた中荷物用のコンテナを指差し、
    パックされた医療キットを手渡すと話を続けた。

    「この無針麻酔注射器を使え。女共を眠らせたらあの小型コンテナに2人を放り込み、
    外からロックすれば中でどれだけ騒ごうが音は外には漏れん。後はそれを輸送機に積み込み、
    知らん顔で離陸してしまえば奴等が気が付いた時には手遅れだ。
     もちろんその時は貴様等も俺と共にオデッサに向かっているので証拠は何も無い。
    その後は奴等が何を言って来ようが知らぬ存ぜぬを貫き通せばこの件はウヤムヤになるだろう。
    そうこうしている内に奴等は最前線に送られ全滅する。
    文句を申し立てる奴等はいなくなる。完璧だ。何の問題も無い」

     ガイアはウラガンの語る悪巧みのあまりの手際の良さに愕然とした。
    もしかして、これが初めてではないのかも知れないと。
     この男は本気で、こんな卑劣で悪辣極まりない拉致劇の片棒を、
    誇り高き『黒い三連星』に担がせようと言うのだ。
    ガイアの口から思わず自嘲の笑い声が漏れる。俺達も見くびられたものだ。そう思うと無性に悲しかった。
     「・・・連れ去った女達はどうされる」と一通り笑った後にガイアは聞いた。
    その笑い声を勘違いしたウラガンは、更に得意げになって答えた。

    「薬を使って俺の意のままにするに決まっているだろう。側に置いてせいぜい可愛がってやるさ。
    戦場で死なずに済むんだ、感謝して貰いたいぐらいだ。まあ、飽きたら貴様らに・・・」

     その時、ウラガンは左顎の奥歯が砕け折れる嫌な音を骨伝導で直接聞いた。
    折れた4本の奥歯は対角線上にある右頬の肉を突き破り飛び出してゆく。ウラガンは飛び散る自分の歯を、
    珍しい物でも見る様に眺めていた。
     ウラガンは右眼に何か近付いて来るのを感じた。それは巨大な握り拳。
    次の瞬間、頭蓋骨に掛かった重い衝撃にウラガン自身は言葉を発する事すら出来なかったのだが、
    代わりにウラガンの頚椎が声無き悲鳴を上げた。
     吹っ飛ばされるウラガンの胴体を、横から飛んで来た鋭いキックが迎え撃つ。
    左の11番、12番の浮遊肋骨が簡単に蹴り砕かれ、ウラガンはそのまま滑走路面に崩れ落ちた。

    「殺すなオルテガ。後が面倒だ」

    ウラガンに対する一連の攻撃を見舞ったオルテガに対して、腕組みをしたガイアが静かに声を掛ける。
    ウラガンの頭を蹴り潰す体勢でいたオルテガは、上げていた足をゆっくりと下ろした。


    ウラガンはずりずりと後ずさりながら、信じられない物を見る眼で三人を見ている。

    「き・・・sまr・・・どういう・・つもr・・・」

     顎関節を痛め、歯が欠けたウラガンの発する言葉は不明瞭であった。
    口角からダラダラと血を流し口からヒューヒューと息が漏れている。

    「折角のお誘い、申し訳ないが慎んでお断りさせて頂く。
    我らは今後もラル隊と運命を共にする所存だと、マ・クベ大佐にはそうお伝え頂きたい」

    「き・・・きしゃまr・・・・!」

    「何事ですかウラガン中尉!」

     わらわらと異変に気付いたウラガンの部下が走り寄って来る。
    その手にはそれぞれ小銃があり、明らかにそれはガイア達を狙っていた。

    「k・・・こ、こいちゅr・・・を・・・・!」

    「事を荒立てるおつもりならば、今の話、ラル中佐、シーマ中佐にこの場でお話させて頂くが?」

     素早いガイアの囁きにウラガンは三連星を指差したまま、口をぱくぱくさせる事しかできなくなってしまった。
    ウラガンには信じられなかった。どう考えても悪い取引では無かったはずだ。
    この条件を蹴られるとは思ってもいなかったのだ。
    二重の意味で。

     自力で歩く事が出来なくなったウラガンは部下に抱えられて輸送機に戻り、
    三連星に対して後悔するなよと捨てゼリフを残し、
    接収したガンキャノンを携え、ほうほうの体でオデッサに逃げ帰って行った。
     詳しい状況を把握していないラルやシーマ達は、唖然と・・・それを見送る三連星の後姿を見ていた。
    ガイア達はさばさばとした顔で彼らを振り返る。

    「これで俺達も晴れて貴公らの一味となったぞ、ランバ・ラル中佐!
    何を企んでいるか知らんが今後は隠し事は無しで頼む!」

    「すまない・・・だが歓迎するぞガイア大尉、マッシュ中尉、
    オルテガ中尉!貴君等に今こそ全てを話そうではないか!」

     夕闇のバイコヌール基地滑走路に長く延びる逞しい二つの影はやがて手を取り合った。
    それは、それまでの弐傑の立場を鑑みると、奇跡的な光景であった。


     輸送機の中のパイロット待機スペースは薄暗く、そして狭い。
    内壁に設えられた仮設椅子に前屈みになって座っていたバーニィは、
    ゆるゆると顔を上げ、隣の席に同じ様な態勢で座っているアムロを見た。
    アムロは常夜灯に照らしながら夢中で資料の束を繰っている。
    それは出発前にバーニィがメイの協力を得てまとめていたあの資料だった。
    出発のどさくさにもこれだけは忘れる訳にいかなかった物だ。

    「凄いですよバーニィさん・・・!MSの機動で改善すべきポイントが山程見つかりました・・・
    なるほど、そうだったのか・・・!
    僕はどうやら、連邦のMSでの機動を無理やりジオン製MSに当て嵌めていた部分があったみたいです」

    「駆動系のシステムが違うんだ、それは当然だろうな。
    ジオンが採用している流体パルスシステムに則した動きをさせてやれば、MSの能力がもっと引き出せる筈だ。
    そして、どんな細かい部分でも、その積み重ねで戦場での生死の確立が大幅に変わるからな。だが・・・」

    バーニィは目の前にあるMSを憂鬱そうに見上げた。


    「・・・MS自体に欠陥がある場合は話が別だがな」

    「メイの言ってた事、本当なんでしょうか」

     アムロも釣られて目の前のヅダを振り仰いだ。
    2機のヅダはもう梱包されてはいない。離陸直後、輸送機内の整備兵が総出で梱包材を剥がしてしまったのだ。
     だったら最初から梱包なんてしなきゃ良かっただろうにとバーニィは思う。
    つまりはバイコヌール基地でヅダの内部を調べられ「都合の悪い部分」を見つけられない様にしていた・・・
    としか考えられないのだった。

    「奴ら」ならやりかねない。
     
    バーニィはこれまでの経験で、「ザビ家の奴ら」のやり方にかなりの不審を抱く様になっていた。
    何故かは判らないが、自分はどうやらジオンを牛耳るザビ家の帝国を≪あっち側≫だとすると
    ≪こっち側≫に属してしまったらしい。

    漠然とだが、そう感じるのだ。

     だが、バーニィはそれを不幸だ、と嘆くのでは無く、したたかにその状況を打破する手段を模索する性格だった。
    絶対に諦めず、頭を使い力を尽くした上で出た結果ならば、
    たとえそれがどんな物であろうと納得する事も出来るだろう。
     バーニィは普段はどちらかと言えば冴えない部類の、目立たない一般兵に過ぎない。
    だが、彼は自分でも気が付いてはいないが逆境に滅法強く、追い詰められるほどに力を発揮するタイプだった。
    集中力も研ぎ澄まされ勘が冴える。
    それが訓練部隊において実戦さながらの模擬戦闘訓練で彼が活躍する理由だったのである。

    そのバーニィの研ぎ澄まされた勘が『このMSはヤバイ』と叫んでいるのだ。警戒せずにはおれないだろう。


    「この輸送機はどこに向かっているんです?」

    「セルダルに近い野戦基地だ。そこで君達は『闇夜のフェンリル隊』と合流する事になる」

     アムロの問いに、デッキに下りて来ていた初老の副操縦士は気さくに答えた。
    孫ほどの年齢の2人に下された最前線勤務命令に彼は胸を痛めている風であった。
     バイコヌール基地でウラガンの横柄さに辟易していたバーニィは、
    自分達に向けられた、まともなジオン軍人の反応に少しだけホッとする物を感じた。


    「ベドウィン作戦の成功を祈っておるよ。無理はせんようにな」

    「ベドウィン・・・それが今回の作戦名なんですか。どういう意味なんでしょう」

    聞き慣れない単語をアムロが聞き返す。バーニィも興味深そうにしている。

    「ベドゥインてのは、遊牧民という意味であるそうだ。
    一箇所に留まらず各地を転戦して連邦に攻撃を仕掛ける作戦らしいから、
    恐らくそう名付けられたのではないかな」

     好々爺然とした副操縦士の言葉にそうなんですかと頷きながらも、
    バーニィの研ぎ澄まされた例の勘は、その語感に不吉な物を感じ取っていた。

     実際、ベドウィンとは「バーディヤ(町ではない所)に住む人々」という意味を持っていた。
    実は、この場合の町とは≪ザビ家の庇護≫を指している。
     つまりベドウィンという作戦名は、ザビ家に疎まれた人々が行なう作戦だという事を暗に指し示す物だったのである。
    この作戦に参加させられた部隊はそれだけで、ジオン軍内部での今後の立場が決められてしまう事になるだろう。
    だがそんな裏事情などは一部の関係者しか知らされておらず、まだ一般の兵士の預かり知る所ではなかった。

     バーニィはもう一度ヅダを見上げた。これから自分達の命を預ける禍々しいMS。
    メイの言葉をもう一度反芻する。さてどうするか。どうコイツを扱うのがベストなのだろう。

     ゆっくりと目を閉じたバーニィを見て、副操縦士はアムロに「君も少し仮眠を摂るといい」と声を掛けた。
    星空を低空で飛ぶ輸送機は、明日の昼前には現着する予定だと聞かされていた。


    砂漠の中のごつごつした岩山に囲まれた窪地に―――彼らの野戦基地はあった。

    「アムロ・レイじゅ・・・准尉、た、ただいま着任しました」
    「同じくバーナード・ワイズマン伍長、着任しました」

     まだ自分の階級の呼称にすら慣れていないらしい少年兵と、どう見ても学徒上がりの新米兵士の敬礼に、
    ゲラート少佐以下「闇夜のフェンリル隊」のメンバーはそれぞれの表情で驚きと少々の落胆・・・を見せた。

    「おいおい・・・確か少佐はベテランパイロットの補充を申請してた筈じゃありませんでしたっけかね?」

    「やめろロベルト少尉。
    遠路ご苦労だった。私が『闇夜のフェンリル隊』の指揮官、ゲラート・シュマイザー少佐だ。君達を歓迎する」

     文句を言いかけた若い兵士をたしなめつつ、ゲラート少佐は2人に返礼を返す。
    体格のがっしりとした凛とした軍人だとアムロは感じた。自然と背筋が伸びる。

    「おや。もうベテラン気取りでありますか少尉殿?数ヶ月前までは確か少尉殿もヒヨッコ扱いを・・・」

    「だああ!判りましたよ!それをコイツらの前で言わないで下さいよ!悪かったです!」

    「ホントにそうよ。自分を棚に上げて何を偉そうに言っているんだか」


    スキンヘッドの巨漢にからかわれ、気の強そうな若い女性兵士に切り捨てられた若い兵士は
    情け無い顔で白旗を揚げた。

    「俺はル・ローア少尉だ。宜しく頼む」

    髪を短髪に刈り上げた生真面目そうな兵士が一歩前に出てそう言うと、
    アムロとバーニィに後ろの三人を親指で指した。

    「あの薄らデカイ奴がマット・オースティン軍曹。キャリアに任せたMS操縦の腕はまあ確かだが・・・
    戦闘中に奴が吐き出す下らん駄洒落は一切聞き流せ。釣られたらお前らの負けだからな」

    「は・・・はあ」

     本人を目の前にして、判りました!と返事をするのもはばかられる気がして
    アムロは何だかあいまいな答えをしてしまった。

    「真ん中で面白くもなさそうな顔をしている若い奴がニッキ・ロベルト少尉。
    奴もつい数ヶ月前まで士官学校に通っていた学生だった。
    そういう意味では君達に一番立場が近い。判らない事は奴に聞け。
    奴に判る程度の事ならその問題は解決するだろう。ただ少しでも調子に乗ってる兆候が見られた場合は」

    「不肖ニッキ・ロベルト、今現在より性根を入れ替え、誠心誠意事に当たる所存であります!」

     やけくそでロベルト少尉が派手な敬礼を見せている。
    その様子にアムロとバーニィは思わず噴き出してしまった。それと同時に二人の肩の力が抜けてゆく。
    笑いながらもバーニィは、もしこれがルーキーの緊張をほぐす手段であるのなら
    相当なチームワークだと感心した。


    「こっちの女性がシャルロッテ・ヘープナー少尉。彼女の言う事にはとりあえず逆らうな。以上だ」

    途端にその言葉にヘープナー少尉が両目を吊り上げて反応した。

    「ひどい!それじゃまるで私が強引極まりない、すごく怖い人間に聞こえるじゃないですか!
    訂正して下さい!今すぐに!」

    「すまなかった。訂正する。
    ・・・・・・と、こういう事だ。肝に銘じておけ?」

    ぷりぷり怒るヘープナー少尉に見えないようにル・ローア少尉が真面目な顔で2人に忠告する。
    それを目の当たりにしたアムロとバーニィは全てが了解出来たような気がして、
    慌てた様子で揃って敬礼して見せた。

    「あと3人『闇夜のフェンリル隊』にはパイロットがいるが、
    現在哨戒任務中で出払っている。彼らが戻り次第紹介しよう。
    その後すぐにブリーフィングに入る予定だ。着任早々で済まないが、君達も参加してくれ」

    ゲラート少佐のその言葉はここが最前線である事をアムロとバーニィに否応無く思い出させるものだった。
    セイラやラル中佐達は今頃どうしているのだろうか。ふとアムロはそう思いかけ、
    慌ててそれを頭から打ち消した。
    この戦場で生き抜く為には、余計な事を考えている暇など無いはずなのだから。


     哨戒任務からレンチェフ少尉、マニング軍曹、リィ・スワガー曹長の3人が帰還すると、
    速やかにブリーフィングは開始された。
    「闇夜のフェンリル隊」が移動指揮車として使用している装甲トラックの横に仮説テントが設置され、
    当面はそこが彼らの司令部となっていたのである。
     当初レンチェフ、マニング、スワガーも一様に補充兵であるアムロとバーニィの年齢の若さに戸惑ったが、
    兵士に関する台所事情が苦しいジオンには良くある事だと笑い飛ばし、二人に対して歓迎の意を示した。

    「さて諸君。申請どおりに2名のパイロットと2機のMSを受領し・・・
    戦力を増強する要求が叶えられた我々には、
    マ・クベ司令から下されている作戦を実行する義務が生じた」

     そのゲラート少佐の言葉に、テント内の空気が一気に重苦しいものに転じた様にアムロには感じられた。
    バーニィもゲラートの不自然な言い回しに何か不吉なものを嗅ぎ取った。
    それではまるで、自分達がここに来ない方が良かったとも取れるような発言ではないか。

    「敵は連邦軍の大物が乗り込む大型陸戦艇ビッグ・トレー。その周りを小型の陸戦艇と戦車がウヨウヨ。
    先行量産MSも多数配備されてる大部隊を俺達だけで殺れと言われてもなあ・・・」

    「まさかあのマ・クベ司令がこちらの要求をここまで迅速に呑むとは思いませんでしたなあ。
    こんな事ならもっと吹っ掛けときゃ良かったですかね?MS10機補充せよ!とか」

     ニッキ少尉のぼやきをオースティン軍曹が受け、ジョークを交えてゲラートに問う。
    もちろんそんな申請は一部隊からの要求にしては非常識すぎて即却下されてしまうのがオチだ。

    「マ・クベ司令はこちらに一切補給をしないで作戦命令を出す事だって考えられたんだ。
    ギリギリここまでなら引き出せると踏んでの申請だった。この結果は上出来と言えるだろう」

    「そうですね。まがりなりにも我が隊は、これで小隊が3チーム組める様になった訳ですから
    戦術の幅は圧倒的に広がりますよ」

     ゲラートの言葉をル・ローアが受ける。
    2人とも、実力が未知数のアムロとバーニィをいきなりの実戦に投入せざるを得ないと考えていた。
    もちろんベテランパイロットに補佐させようと思ってはいたが、最前線に余剰兵力は無いのだ。
    それにしても、まだ圧倒的に戦力が少ない。
    まともに敵とぶつかる訳にはいかない状況は変わっていなかった。

    ゲラートは詭計を用いるしかないと考えていた。

    だが、そんな彼の計画を根本から覆す大声が、テントに駆け込んで来た髭面の男から発せられた。

    「作戦立案はちょっと待って下さい!搬入された2機のMSは使えません!」


    「ミガキ整備班班長!?」

     全速力で駆け込んで来たミガキを丁度入り口の側にいたオースティン軍曹が受け止め、
    髭面の男に驚いた声を上げる。
    ゲラートは厳しい顔で尋ねた。今の発言はただ事ではない。

    「・・・ミガキ。それはどういう事だ。2機のMSが使えないとは」

    「あれはEMS-04ヅダです!忌まわしい『ゴースト・ファイター』なんですよ!」

     ざわりと一同が揺れる。
    性能試験の場において空中分解事故を引き起こした欠陥機。
    それはジオンのMSパイロットならば一度は耳にした事がある呪われた「ふたつ名」であった。

    「待って下さい!あれを受領する時、ウラガン中尉は確かEMS-10だと言っていたんです!
    EMS-04ではなく欠陥のあったエンジンを新型エンジンに改装したEMS-10の地上仕様のJ型だと!」

     必死に食い下がるバーニィ。こちらはただでさえ新米兵士2人だというのに、
    この上MSも使用不能であるのなら、この隊にとって自分達は「役立たず」「お荷物」になってしまうではないか。
    焦るバーニィにミガキは諭す様に語り掛けた。

    「・・・申し訳ないが、アレは2体とも地上戦仕様にはなってはいるが、中身はEMS-04そのものだ。
    私はアレを良く知っている。間違いない。
    出力を上げすぎると機体が耐え切れず分解する事だろう。恐らく地上では、より爆発する危険性が高いと思われる。
    エンジンも改装されてはおらんな。どうやら我々はマ・クベ司令に一杯食わされたらしい。
    ・・・こんな不安定で危険なシロモノは実戦に投入する事はとてもできんよ」

    「そんな・・・!」「なんですって・・・!」

    アムロとバーニィは目の前が真っ暗になって行くのを感じた。
    やはりヅダが安全性が確保されたMSに生まれ変わったというウラガンの言葉は嘘だったのだ。
    メイ・カーゥインにある程度予測されていた事態とはいえ実際にその事実が判明すると、
    どうしようもない憤りを感じる。

    「作戦を、見直さなければならない様だな・・・!」

    ゲラートは搾り出すような声を出した。
    一同はその言葉に対して一言もない。
    マ・クベのあまりの仕打ちに憤りが強すぎて言葉を発する事ができないのだ。
    だがそんな硬直した空気の中、ただ一人だけが顔を上げた者がいた。


    「ゲラート少佐。自分をヅダに搭乗させてください」

    決然とそう言い放ったのはバーニィだった。


    「出力を上げ過ぎなければ大丈夫なのでしょう?慎重に運用すれば・・・」

    「冷静になれワイズマン伍長」

    「・・・そうだ、リミッターだ!リミッターを取り付ければヅダの出力が危険域まで上がるのを防ぐ事が」

    「冷静になれと言っている!」

     ゲラートの一喝がバーニィを黙らせた。
    普段もの静かな隊長の雷に、ツワモノ揃いのフェンリル隊員達が揃って首をすくめる。

    「リミッターを付けるのはそう簡単にはいかんよ。対象となる機体の実働データが不可欠だ。
    だが、納品されたばかりのコイツにはそれが無いし、詳細なデータを計測する時間的な余裕もない」

    ゲラートの後ろから控えめに声を掛けたミガキにバーニィは噛み付く。

    「どうしてです?ヅダはザクと同時期に開発された機体なんでしょう?
    あの2機の正体が新型ではなく・・・EMS-10ではなくEMS-04のままなら、
    詳細なデータはもう記録されている筈じゃないですか!」

    「測定されているのは全てヅダが宇宙で運用されたデータだ!
    あの2体は始めて地上用に改修されたヅダなんだぞ。
    EMS-04ヅダが重力下で機動した場合のデータなんぞこの宇宙のどこにも存在しない!」

     辛抱強く説得するミガキ。バーニィの顔には明らかに焦りがある。
    それが自分達の、この隊における存在意義を無にしない為に、というのは明白だ。
     そしてそれは何とかして「闇夜のフェンリル隊」の役に立とうとする意識の表れでもあった。
    だが、だからこそゲラートもミガキも断じてそんな彼の意見を認める訳にはいかなかったのである。
    しかしバーニィは諦め切れなかった。

    「データがあれば良いんですね?それなら、自分が作戦を遂行しながら実働データを採取します!」

    「おい!何を言い出すんだ。
    いつ爆発するか判らんMSで敵と闘いながらデータ収集をするだと?バカも休み休み言え!」

     バーニィを非難するル・ローアの主張は当然のものであった。もしも作戦行動中にヅダに何かがあった場合、
    事は本人だけではなくチーム全体に及ぶ。
    気まぐれな時限爆弾みたいなMSと共同作戦を展開する事は隊にとって自殺行為なのだ。

    「お願いします!やらせて下さい!これじゃ自分達がここに来た意味が無くなってしまいます!」

    必死で頭を下げるバーニィ。悔し涙が滲みそうになる。自分達2人はラル隊の代表なのだ。
    このままではラルにも顔向けできないではないか。

    「お前なあ・・・いい加減に・・・」

    「作戦行動中は俺が責任を持って面倒見ますよ。それなら良いでしょう、ゲラート少佐」

     
     バーニィの肩に手を掛たニッキを見てゲラートに声を掛けたのは、
     腕組みをしたまま成り行きを見守っていたレンチェフだった。


   
     驚いて顔を上げるバーニィ。


    「その代わり、面倒を見るのはワイズマン伍長。お前だけだ。アムロ准尉はここに置いていけ」

    「もちろんです。自分も最初からそのつもりでした」

    「な!?何言ってるんですバーニィさん!僕も一緒に行きますよ!」

     
     アムロが慌てて2人の会話に割り込む。自分だってバーニィと同じ気持ちでいたのだ。
    一人だけ仲間外れなんて絶対に御免だ。だがバーニィはアムロの両肩を掴み、諭す様に話し掛ける。


    「データ収集にはMS2機も必要ない。
    それにバックアップするMSが増えるとレンチェフ少尉の負担が増すんだ。
    お前はここにいて俺が送るデータを漏らさず記録しておくんだ。いいな」

    「そんな・・・そんなのないですよ・・・それじゃバーニィさんだけ危険な目に・・・!」

    「アムロお前、知らないのか?仕官の死亡率は前線より後方の方が高いんだぜ?」

     笑いながらそう言うバーニィにアムロは何も言えなくなってしまった。
    まただ。またちっぽけな自分は目上の人達の石垣に守られようとしている。
     しかしその石垣を突破して前に出るには「理屈」という名のハンマーが必要だった。
    が、咄嗟にそれが見つけられない自分にアムロは歯噛みした。
    もしも自分が頭の切れる大人だったなら、たやすくそれを手にする事ができたのだろうか ?


    ゲラートは厳しい表情で静かに口を開いた。


    「どういう事だレンチェフ」

    「なあに、俺が同じ立場なら、コイツと同じ事を言ってるんじゃないかと思いましてね。
    新入りにとっちゃ最初が大事だって事です。古株の奴等にナメられる訳にはいかねえんですよ。
    部隊を渡り歩いてきた俺にはコイツの気持ちが良く判るんです」

    「レンチェフ少尉・・・」

     バーニィが思わず感謝の言葉を紡ぎ出そうとするのをレンチェフは目で止め、
    更に言葉を続ける。

    「それに聞く所によると、
    サイド3直属の技術試験隊・・・って連中が実際にその≪敵と闘いながらデータ取り≫って作業を
    やってるらしいですな。
    どうせあのMSもそこら辺から流れて来た物なんじゃないですか?奴等にできて俺達にできん事は無いでしょう」

    「・・・その技術試験隊に所属したテストパイロット達がことごとく命を落としている事実を、
    お前は知っているのかレンチェフ」

    「ウチの隊員を、それと同じ目にはこの俺が合わせやしませんよ」


    冷徹なゲラートの眼差しをギラリとレンチェフの鋭い眼光が射抜いて見せた。


    ビッグ・トレー襲撃作戦は2日後の早朝、マルヨンマルマル時に決行せよ。
    マ・クベに下された命令書には御丁寧にも「襲撃決行の日時」まで記載されている徹底ぶりだった。

    この周到さ。ゲラートには嫌な予感と共に一つ思い当たる事があった。
    まがりなりにも敵は連邦軍の大物が乗る巨大陸上戦艦なのだ。
    ジオン側としたら是が非でも落としたい獲物に違いない。
    だが、普通に考えてそんなビッグ・ターゲットを小隊一つに単独で襲撃させるだろうか?
    マ・クベは狡猾非情ではあるが決して無能な司令官では無い。
    幾つかのMS隊が並行してこの襲撃作戦には投入されている筈だとゲラートは睨んでいた。
    だがフェンリル隊にはその旨の通達は一切無い。何故か。そこから導き出される仮説は一つ。

    「闇夜のフェンリル隊」は囮なのではないだろうか。

    フェンリル隊とは敵陣営を挟んで反対方面に布陣している友軍が、フェンリル隊が敵MSをおびき出し、
    引き付けて交戦している隙に敵本陣の後背を突く。
    例え敵MSとフェンリル隊が刺し違えて全滅したとしても、
    本陣を壊滅させてしまえばジオン側の勝利・・・という寸法だ。
    だがゲラートはジオン軍人としての立場からこの予測を口外する訳にはいかなかった。
    その代わり、我が隊をジオンの捨て石には断じてさせはしない。
    彼は全身全霊をかけて隊員の生命を守る為の指揮を執らねばならない事を心得ていた。

    結局「闇夜のフェンリル隊」はレンチェフの提案を呑む形でチーム編成がなされた。
    作戦で使えるMSは多ければ多い方が良いに決まっている。
    それだけ作戦立案の幅と全員が生き残る確率が増すからだ。
    それはバーニィとレンチェフに一縷の望みを託したゲラート苦渋の決断でもあった。

    第一班はル・ローア少尉、マット軍曹、スワガー曹長。
    第二班はニッキ少尉、シャルロッテ少尉、マニング軍曹。
    そしてレンチェフ少尉とバーニィの第三班である。
    ヅダの安全性に疑問符が付く以上、行動を共にするMSは少ない方が望ましい。
     このチーム割りは妥当なものであった。
    あまり時間的な猶予は残されてはいないが、
    こうして「闇夜のフェンリル隊」にとって2機のヅダが使えるかどうかを判別するテストを兼ねた偵察作戦が
    開始されたのである。

    襲撃を予定している敵大隊の本隊にはまだ手を出す訳にはいかない。
    彼らを狙うこちらの存在を知られる事も避けながら、できるだけ敵の情報を集めねばならない困難な作戦だった。
    敵は大部隊である。まともに正面からぶつかる事はできない。
    どこかに突破口を見つけるしかないのだ。「穴」を開ければ、巨大なコロニーだってそこから崩壊するだろう。

    第一班と第二班はMSで敵大隊のそれぞれ逆方向の側面に回り込む様に展開し、敵の動向を広範囲に監視する。
    それはターゲットとなる敵大隊に合流するべく進軍して来る小規模な連邦軍の部隊もあり、
    気を抜くと挟撃されかねない危険な任務であった。
    一方、第三班はゲラートとアムロ達のいる野戦基地の周囲の哨戒任務を命じられた。
    他班に比べて比較的危険度は低いがここは最前線である。不測の事態も十分に起こりうる。


    今、バーニィのヅダとレンチェフのグフは荒涼とした岩場と岩場の間の砂地を進んでいる。

    ヅダの操作感覚は悪くない。むしろザクより“柔らかい”気すらする。
    強いて言うならエンジンの吹き上がりがややピ-キーだが、それもレスポンスの良さだと捉える事もできる。

    「どうだ?ヅダの調子は?」

    「驚きました。全てにおいて操作感覚がフラットなザクと対照的なMSですが、
    これはこれでアリですね。良い感じです」

    迷彩を施されたセンサーポールを立てながらバーニィは後方にいるレンチェフに答えた。
    バーニィの立てているポールは指令車とレーザー通信の中継局として機能する。
    ミノフスキー粒子が散布されている戦場でも、これがあれば指令車を介して他のチームと通信が可能となるのだ。
    もちろんヅダの機動データもリアルタイムで後方に送る事ができる。
    今、そのデータを指令車でモニターしているのはアムロであった。
    そして彼はゲラートから直々に申し付けられ、何と3つのチームに指示を送るオペレーターの役割をも担っていた。

    『気温が高く、背部エンジン周りの機体温度はすでに摂氏80度を越えています。
    今のところ機体に異常はありませんが、引き続き慎重に機動を行って下さい』

    「了解だ。そっちはどうだ新米オペレーター?」

    『・・・正直、まだ慣れませんが大丈夫です。僕だって、やってみせます』

    バーニィの問いに、少しだけ緊張した声音でアムロが答える。
    オペレーターとしての経験は無駄ではない。
    後方の考えが理解できればパイロットとして、より有効な判断が出来る様になる
    というゲラートの言葉はもっともだと思えた。
    「私だって最初はMSが届かなくてオペレーターをやっていたの。頑張んなさい」
    とシャルロッテ少尉にも応援された。
    何より命を懸けて任務を遂行しているバーニィの役に少しでも立ちたかったアムロは、
    自分に役割を与えてくれたゲラートのこの采配に感謝した。
    そしてそういう切羽詰った状況は、時として人を往々にして成長させる事にもなるのだった。
    ゲラート少佐は今、オペレーターシートに座っているアムロの後方に腕組みをして無言で立ち、
    静かに彼を眺めている。
    アムロは理解していた。これは、時間的な余裕が無い中でのテストなのだと。
    配属された新人2人の能力がどんなものなのか、「闇夜のフェンリル隊」全員に試されているのだ。
    「こいつは使えない」と判断したら、ゲラートは即座にアムロを押しのけてオペレーター席に座るだろう。


    『こちら第一班、ル・ローア少尉だ。予定ポイントに到着、遠いが二時方向上空に3機の航空機影が通過。
    友軍機と思われるがどうか』

    「りょ、了解、待って下さい、ええと・・・あった!そうです。
    オデッサの偵察機の飛行ルートに時間、位置、共に合致です」

    ややぎこちなくはあるが、正確な操作でアムロはル・ローアの問いに対する答えを見つける事ができた。
    「了解」と言いながらマイクの向こうでル・ローアがニヤリとする気配が感じられた。

    『こちら第二班、ニッキ・ロベルト。現在ポイントに向け移動中。
    敵部隊が駐屯していると思われる場所から戦闘機が2機上がった!画像を送るから確認してくれ!』

    今度はニッキからの通信だった。
    特徴的なシルエットを持つ戦闘機がモニターに映し出される。
    データを照合するまでもなく、それはアムロには馴染み深いものであった。

    「2機ともコア・ファイターという連邦軍の小型戦闘機です。友軍の偵察機を牽制する為に出撃したと思われます。
    あれは航続距離が出ないので、心配はありません」

     ほう、流石に連邦の機体には詳しいなとゲラートがアムロを見る。
    アムロとバーニィが着任した時に輸送機の機長から渡された資料に2人のプロフィールがあった。
    中でも目を引いたのが連邦からの亡命兵だというアムロの経歴だった。
    ジオンでも噂になっていた「白いMS」と「木馬」を手土産にジオンに亡命した、
    民間から徴用された整備兵上がりのパイロット見習い・・・
    ジオンに木馬をもたらした功で准尉となった15歳の少年。

    その経歴を聞かされたフェンリル隊の面々は、それぞれに複雑な思いがあったのだろうが、
    皆さんどうか僕を呼び捨てで呼んで下さい、宜しくお願いします、
    と頭を下げたアムロに概ね全員が好感を持った様だった。


    『待って下さい!振動センサーが何かを捉えました。前方から・・・
    これは、恐らく小規模の敵部隊が、移動しているものだと思われます!』

     突然、緊迫した声がバーニィから入る。
    それと同時に地上用ヅダに搭載された振動センサーが捉えたデータがアムロの乗る装甲ホバートラックに送られて来た。
    何故よりにもよってバーニィのいる第三班の前に現れるんだと思いながらもアムロは、
    またもや少々ぎこちない操作でそのデータを解析し、その内容を割り出す事に成功した。

    「出ました。敵の陣容は小型陸戦艇1、小型戦闘車両が恐らく6・・・MSは、データには存在しません。
    進路から見て、敵大隊に合流するものと思われます」

    『これ以上敵の戦力を増やす訳にはいかねえ!ここで叩いちまうぜ!』

    レンチェフ少尉からの通信は、至極当然の提案であったが、
    それはバーニィが駆る不安定なヅダを戦闘に巻き込む事を意味していた。
    アムロには咄嗟の判断が付かず、思わず後ろのゲラートを振り返った。


    「敵部隊への強襲を許可する」

     アムロの視線を受けるとゲラートは頷いてそう答えた。
    陸戦艇と戦闘車両が相手ならば2機のMSで充分に撃破できるだろう。
    テスト中のヅダに無理をさせずに戦闘データを採取させる意味でもうってつけの相手だと判断したのだ。
    急いでアムロはコンソールに向き直るとレンチェフに命令を通達する。

    「ゲラート隊長から許可が下りました。第三班は敵部隊へ強襲を行って下さい」


     しかし、アムロは微かな頭痛と共にモニターに表示されている敵陣営の中に潜む、
    危険な何かを感じ取っていた――
    じっとりと両手に汗が滲み、動悸が早まる。もしかしたら、自分は何か大きな見落としをしているのかも知れない。
    大急ぎでヅダから転送されて来たデータをもう一度分析し直してみるが、
    そこには小型陸戦艇1、小型戦闘車両6という、先ほど第三班に連絡した以上の情報は見出す事ができない。
    アムロは焦った。既に「嫌な予感」は確信へと変わっているのだ。が、それを他人に証明する手立てが無い。

    『了解だ。連邦の奴等、皆殺しにしてやるぜえ!ワイズマン伍長、
    お前はデータ取りが優先だ!あまりヅダを前に出すなよ?』

    『りょ、了解!』

     物騒な言葉と共に 臨戦態勢に入ったレンチェフとバーニィの会話がモニターされている。
    アムロはもどかしい思いで2人に注意を促す事しかできなかった。

    「レンチェフ少尉!バーニィさん!敵の動きに気をつけて!常に不測の事態に備えて下さい!」

    『お前に言われるまでも無いが了解だ!』

     苦笑しながらレンチェフが答える。
    確かにそれは、ベテランパイロットが若葉マークの付いたオペレーターから念押しされる事では無かったからだ。
     アムロは祈る様な面持ちでモニターを凝視した。
    自分は今、MSのコックピットに座っていないのだという事に改めて気付く。
    これから何が起ころうと、誰の元にも駆け付ける事はできない。
    戦闘を音声でサポートする事以外、今のアムロにできるのはただ、見守る事と祈る事だけなのであった。


    岩場に囲まれた谷間を小型陸戦艇と、それを挟む様に前後に3機づつ展開した61式戦車が
    こちらに向けて進んで来るのが小さく見える。

    「さて、ワイズマン伍長。お前ならどう攻める?」

     高台の様になっている岩場の稜線から慎重にグフのモノアイを覗かせる事で敵の戦力を直接視認したレンチェフは
    バーニィに突然そう聞いて来た。
    グフから転送されてきた画像をモニターで見ていたバーニィは、暫く考えてから口を開いた。

    「こちらは哨戒任務中でしたから、携行している武器に破壊力が足りません。
    まず、2機のMSで何とか陸戦艇のエンジン部分を破壊し、動けなくしてから二手に別れ、
    前後に展開している戦車を叩き、最後に陸戦艇の止めを刺す・・・というのはどうでしょう」

    「効率が悪いな。戦力が一時分散するのも良くねえ。側背から攻撃を食らう可能性も大だ。30点」

    容赦の無いレンチェフの指摘にグッと黙り込んだバーニィだったが、
    もう一度画像を見直してから再び目を上げた。

    「それでは地形を最大限に利用します。まず前衛に展開している3機の戦車を2機のMSで破壊し、
    その残骸で陸戦艇の進路を塞いでその動きを封じておいてからエンジンを破壊。
    完全に動けなくしてから後衛の戦車を叩き、
    最後に陸戦艇の止めを刺す・・・どうでしょうか」

    レンチェフはニヤリと口元をゆがめた。

    「頭の切り替えが早いな。お前、見込みがあるぜ。
    だがそのままのプランでは80点しかやれんな」

    「80点ですか・・・」

    「がっかりすんな。大まかな流れはそれでいいんだ。付け足しの要素で点が加算される」

     バーニィは、レンチェフのその舌なめずりをした様な声音にぞくりとする物を感じた。
    彼は、一体何を言おうとしているのだろう。


    「前衛の戦車は『生殺し』にしろ。
    まだ生きている味方を踏み潰しては進めないだろうから、完全に陸戦艇の足を止めることが出来る。
     そして、立ち往生している陸戦艇のエンジンではなく艦橋をまず破壊しろ。指揮系統を潰すんだ。
    その後『生殺し』しておいた戦車を完全に破壊する。車輌から逃げ出した兵士も1人残らず殺す。
    後は後衛の戦車3台を叩く。以上だ」

    「な・・・!」

     レンチェフの言葉にバーニィは言葉を失った。
    それは相手の情や仲間意識につけこんだ、あまりにも非道な作戦だった。
    それはバーニィに、ここは戦場で戦争とは所詮、人殺しの応酬なのだと改めて気付かせる現実でもあった。

     そして――これまでの2人の会話を指揮車でモニターしていたアムロも、
    バーニィと同様にレンチェフの作戦に衝撃を受けていた。
    確かに自分達は戦争をしている。今さら奇麗事を言うつもりなど無い。だが、何かが違う気がする。
    うまく説明できないが、レンチェフの感覚はあまりにも異質だと思えるのだ。
     アムロが縋る様にゲラートを振り返ると、彼もまた苦渋に満ちた表情を浮かべている所だった。
    第三班のリーダーはレンチェフであり、現場の指揮は彼に一任されている。
    遠く離れた指揮車からでは現場の行動を臨機応変に指示する事など不可能だからだ。
    そしてリーダーはゲラートが任命した。
    ここは彼に任せるしかない。ゲラートの渋面は、彼の複雑な内面の葛藤が滲み出したものだった。

    だが、アムロはゲラートのその人間味溢れる表情を見た時・・・
    少しだけ、ほんの少しだけ、救われた気がしたのだった。


    「音紋センサーが特徴的な駆動音を捉えました。前方2時の岩陰に、ジオンのMSらしき機影が潜んでいます。
    機数は2。一機はMS-07グフだと思われますが、もう一機はデータにありません」

     オペレーターのキビキビとした声に、クリスチーナ・マッケンジー中尉は振り返った。
    サイド6リボーコロニーから地球に下りて数ヶ月、
    地球連邦軍戦技研究団のテストパイロットとして後方勤務を常任していたクリスにとって、
    任務中に遭遇した始めての敵MSである。

    「流石に戦技研特製の陸戦艇だな。強化されたセンサーでなければ見逃していた所だ」

     艦長が一段高いキャプテンシートから、座乗している陸戦艇の性能の高さを称賛する。
    もともと戦技研は直接戦闘を行う部署ではない。
    だが今回は試験部隊としてオデッサ作戦に投入する新兵器を最前線の部隊に届け、
    最終データを採取する事が任務であった。
    その為、外部から実戦慣れした小隊に同行してもらい、艦の運用も任せている。
    艦長もオペレーターも戦闘要員も、全ては外様の構成だが、こんな場合は彼らに任せておいた方が安心できる。

    「前方の61式を砲撃させながら下がらせろ、MSを出すぞ。至急デッキに連絡を!」

    「艦長。私も出ます」

     思いがけないクリスの提案に、艦長は驚いた。
    戦技研の連中は、実際に戦闘が起きたら、どうせただ震えているだけの存在だろうとタカを括っていたのだ。
    それに彼女は今までに戦場に出た事が一度も無かった筈だ。

    「待ちたまえ。君の操縦技術が非常に高いというのは聞いているが、
    本来機体の調整を担当している君が実戦で戦う事ができるとは、とても思えないのだが」

    「ご心配には及びませんわ艦長、私は前に出ないで皆さんの援護に徹するつもりです。
    ロングレンジで攻撃する事を主眼に開発されたアレの長所と短所を、今現在いちばん理解しているのは私ですから。
    それに、敵MSは2機。この陸戦艇にはスペースの問題で3機しかMSが搭載できませんでしたから、
    数的な意味でも、私も出た方が良いと思えますが」

     艦長は唸った。彼女の言った事は確かにその通りだった。
    クリスチーナ中尉の操る新型のMSを前線に届ける為に、
    この部隊の護衛として揮下の小隊から2機のMSしかこの陸戦艇に搬入できなかったのだ。
    通常の3機構成のフォーメーションが組めない小隊機動は、戦闘力が何割も落ち込む事だろう。
     ただでさえジオンのMS乗りの技量は連邦軍のそれを大きく上回るのだ。2対2では苦戦は必至だった。
    艦長は、心中でクリスに礼を述べながら決断を下した。

    「判った。中尉、出撃を頼む、くれぐれも無理をせんようにな。
    現場では我が隊員の指示に従うんだ。2人とも優秀なMS乗りだ、信頼してくれていい。
    その機体を前線に届ける事が最重要だという事を忘れるな。危なくなったら、退くんだ」

    「了解。MSデッキに向かいます!」

    クリスは緊張した面持ちで敬礼を艦長に向けると、急いでブリッジを後にした。


     こちらに向かい行軍していた筈の陸戦艇はその動きを止め、
    前方に展開した3台の戦車はこちらに砲撃を行いながらじりじりと後退して行く。
    あくまでも牽制が目的の為であろう、照準をロクに付けていないその砲撃がこちらに当たる事は無かったが、
    それはレンチェフとバーニィにとって、事態が急激に悪化した事を知らしめるものであった。

    「・・・察知されたな」

     敵に気取られず、もっと引き付けた位置から奇襲を仕掛けるつもりだったレンチェフは舌打ちした。
    「闇夜のフェンリル隊」はさまざまなセンサー類を駆使して戦う特殊部隊だが、
    どうやら敵の索敵装置はこちらと同等か、それを上回るらしい。モニターを凝視していたバーニィは目を疑った。
    戦車が巻き起こした砂煙を掻き分けて、のそりと巨大な人型のシルエットが現れたのだ。
    それは、こちらの目論見が完全に崩れ去った事を意味する想定外の光景だった。

    「あれを!陸戦艇の後部ハッチからMSが出て来ました!3機です!」

    「連邦め・・・こんな小さな部隊にまでMSを配備していやがるのか・・・!」

     レンチェフの驚きは無理のないものだった。つい先日まで「連邦軍にMSは存在しなかった」のだ。
    最近は連邦にも先行量産型のMSが配備され始めたと言っても、それはあくまでも大部隊に限られたもので、
    従来の兵器のみで構成された小隊や中隊が、まだ殆んどの連邦軍の主力を占めていたのである。
     神ならざる身のレンチェフにとって、この小部隊がまさかそのMSの、よりにもよって新型を、
    前線に投入する為だけに編成されたものだとは知る由もなかった。

    『第三班!作戦中止だ!直ちにその場から撤退しろ!』

     素早くアムロの横に移動したゲラートが、コンソールから突き出しているマイクを掴むと大声で指示を出した。
    相手の戦力は陸戦艇1、戦車6に加えてMS3機。対してこちらは2機のMSのみ。あまりにも分が悪すぎる。
    しかも一機は欠陥品の可能性が高い不安定なシロモノである。間違っても正面からぶつからせる訳にはいかなかった。

     しかし、そのゲラートの言葉が終わらないうちにグフとヅダの身を隠している岩場の上部が閃光と共に瞬時に蒸発した。
    思わず身を竦める2機のパイロット。

    「うおっ!何だ!?」

    「き、強力なビーム砲で長距離狙撃されたみたいです!」


 
     陸戦艇からの攻撃かとグフの顔を覗かせると、陸戦艇と戦車はもうかなり後方まで後退しているのが見えた。
    まさかと目を転じると3機のMSのうち最後方に位置している濃緑のペイントを施された一体が、
    片膝をついた状態で長尺の砲銃をこちらに向けている。今の狙撃はそいつの仕業だと考えて間違いはなさそうだった。

    「・・・聞いての通りだ隊長。どうやら連邦の新型が混じっていやがるらしい。
    奴等はこちらを逃がすつもりは無さそうだ。
    それに、このまま退ったら、奴等が追撃してきた場合、俺達の野戦基地が発見されてしまう可能性がある」

    『待て!レンチェフ!』

    「隊長も判っている筈だ。ここは・・・やるしかねえ。ワイズマン伍長、お前にも覚悟を決めてもらうぜ?」

    「了解です。いつでも準備は出来ています」

    予想に反して落ち着いた声音のバーニィに、レンチェフは歯を見せて笑った。

    「上等だ。まず俺が出て前衛の2機を引き受ける。
    お前はその隙に≪上≫を抜けてあの緑色に接近戦を仕掛けろ。この意味は判るな?
    相手は狙撃者だ。常に動き回れば狙いを付けられんはずだ。間違っても立ち止まるんじゃないぞ!」

    そう言うなりレンチェフのグフは岩場を乗り越え、敵前に身を晒す様に崖を滑り下って行った。


     急転した危機的な状況に凍り付いていたアムロだっだが、
    その時突然、指揮車にル・ローアからのコールが入った。慌てて回線を繋ぐ。

    『こちら第一班ル・ローア!ゲラート隊長!我々は直ちに引き返して第三班の援護に向かいます!』

     センサーポールを介して回線が繋がっている為に情報がリアルタイムで共有できているフェンリル隊である。
    仲間の危機に際してもその対応は早い。が、いかんせん互いの位置が遠すぎた。

    「いや、第一斑は現場を動くな。そのまま敵大隊の監視を続けるんだ。
    第三班の援護には第二班を向かわせる。
    ニッキ少尉、聞いていたな?ナビゲートに従って現場へ向かってくれ」

    『ニッキ・ロベルト了解!第二班は最大戦速で現場へ向かいます!』

    『第一斑ル・ローア了解・・・くそっ!』

     ル・ローアの逸る気持ちが痛いほど判るゲラートだったが、
    第一班の位置からでは現場到着までに、およそ40分を要する。
    それにもう既に偽装網を被って慎重に敵部隊を偵察し始めている彼らは、
    迂闊にその場を動く事は許されないのだった。
    しかし、ニッキの第二班が最大戦速で向かったとしても、
    第三班の元に到着するのに20分は掛かってしまうだろう。
    ゲラートは一瞬、ここにあるもう一機のヅダで自から出撃する事まで検討したが、
    すぐにその考えを打ち消した。
    ヅダは今、リミッターを取り付ける為の改修中なのだ。
    現在は整備パネルが全て開けられている状態だろう。出撃は、不可能だ。
    ゲラート目を閉じた。

     サイは投げられてしまったのだ。全ての指示を出し終えた指揮官は、もはや隊員達を信じる事しかできない。
    だが、彼が手塩にかけて育て上げた「闇夜のフェンリル隊」は、信じるに値する実力がある筈だ。

     眉間に深く皺を刻み込みながらゲラートは目を開いた。
    彼はただ、この場所で部下からの報告を待つしかないのだった。


    ヘルメットの中の自分の息遣いがやけに大きく聞こえる。

     バーニィはタイミングを計っていた。
    レンチェフに言われた通り、自分の役目は一番奥に陣取った緑色のMSを撃破する事だ。
    落ち窪んだ渓谷の底の部分で対峙している格好の敵MS2機とレンチェフのグフ、合わせて3体のMSを、
    谷の淵から高度を利用したジャンプで一気に飛び越し、
    最後方に位置取りをしている緑のMSに一気に肉薄するのだ。
    事ここに至ってはヅダの安全性を鑑みている余裕は無い。敵は恐らく連邦の新型MSだ。
    チャンスは一度、仲間の為にも失敗は許されないのだ。

     前衛の敵MS2機は、いずれも既に戦った事があるあの先行量産型だ。
    あの時は無残にやられてしまったが・・・今度はそうはいかない。

     バーニィが見つめるモニターの中では、崖下に滑り降りたレンチェフのグフが、
    左右に不規則にステップを踏みながら敵MSに近付いてゆくのが見える。
    敵前衛MS2機はマシンガンを乱射するがグフの動きを捉える事はできない。
    見る間にグフはシールドの下からヒート・ソードを抜き放ち手近な一体に切りかかった。

    今だ!

    バーニィは新たなセンサーポールを身を隠していた岩の上部に突き立てると、
    その反動を利用して思い切りペダルを踏み込みバーニアを噴射させ、最大推力で岩陰からヅダをジャンプさせた。

    「ぐうぅッ!?」

    その直後、凄まじい加速がバーニィを襲う!

    「な、なんてパワーなんだ!」

     シートに身体が押さえ付けられ、体重が何倍にも増加したのではと思える強烈なGにバーニィは驚愕した。
    ザクのジャンプとは全く違う。
    これはまるで戦艦のカタパルトから射出された時の加速みたいだとボンヤリ考え始めたバーニィは、
    自分は失神しかけているのだと気が付き、必死の集中力で意識を保つ事に辛うじて成功した。

     轟音と共にバーニィのヅダが、頭上をミサイルのようなスピードで飛び越して行くのを、
    状況が咄嗟に理解できない2機の陸戦型ジムは茫然と見上げた。

    「オラァ!余所見してんじゃねえぞ!」

     言うなりレンチェフのグフはヒート・ソードを構えたまま右手のヒート・ロッドを振るう。
    狙いは違わずロッドは手近な陸戦型ジムのシールドごと左手のマニュピレーターの前腕部を切り飛ばした。


     フレームがギシギシと嫌な音を立てている。あまりの加速にヅダの機体が悲鳴を上げているのだ。
    出力全開で行う急加速に比例してパワーゲージがぐんぐん上昇し、
    約4秒間のスラスター噴射でレッドゾーンに突入する事をバーニィは横目で確認した。
    だが、まだだ。
    まだ推力を緩める訳にはいかない。 3体のMSは上手く飛び越せたが、緑色のMSにはまだ届かないのだ。
    バーニィは前回の戦闘で敵MSの「硬さ」を、高い代償を払う事で思い知らされていた。
    ザクマシンガンを手にしているヅダにとって、
    敵MSの装甲を撃ち抜くにはとにかくギリギリまで接近する必要があるのだった。
    接近さえ出来れば、あのでかいビーム砲も使えなくなるだろうという読みもある。

    「!」

     だがバーニィは、緑色MSのパイロットが、
    ミサイル並みの速さで自分に突っ込んで来ようとしているこのヅダに、一切動じていない事に気が付いた。
    狙撃姿勢を全く崩さず、長大なビーム砲で冷静にこちらに狙いを付けている。

    「うわあっ!?」

     その瞬間バーニィはペダルを戻すとエンジンをカットし、
    スラスターノズルを真横に向けてからバーニアを再点火する事でヅダのジャンプ軌道を真横に強引に捻じ曲げた。

    その時バーニィは、先程まで本来はヅダがいる筈だった空域を、
    強力なビームの光条が通過して行くのをはっきりと見た。

    ほぼ直角に掛かる強烈な横Gに耐えながら逆噴射して急制動を掛けると、
    バーニィのヅダは緑色のMSの左横手に回り込んで着地する事に成功した。
    それは、バーニィ自身が驚くほどの、シミュレーションでも成功した事の無いような、見事なMS機動であった。

    「外れた!?」

     自信を持って放った必殺の一撃がかわされたショックで、思わずクリスは声を上げてしまった。
    ロングレンジ・ビーム・ライフル。
    RGM-79(G)先行量産型陸戦ジムに携行されるべく、
    地球連邦軍戦技研究団によって開発された長距離狙撃用の強力な新兵器である。
    大気圏内でもその威力は落ちず、戦艦クラスの装甲でも容易に打ち抜く事ができる。
    連邦軍では、これを装備した陸戦型ジムを便宜的に「ジム・スナイパー」と呼称している。
    クリスはこのジム・スナイパーの搬送と運用試験を兼ねてオデッサに赴く所だったのである。
    だが桁違いの威力を誇るこの武装も、エネルギー消費が激しく連射する事ができないという欠点を持っていた。
    大ぶりな武装特有の取り回しの悪さも手伝って、接近戦には全くもって向かない武器でもある。
    その意味ではヅダに接近戦を命じたレンチェフの読みは正しいと言えた。

    「食らえっ!」

     絶好の位置を捉えたヅダはジムに向けてザクマシンガンを乱射する。
    が、ここまで接近しているというのに銃弾が命中してもジムのボディには傷一つ付かない。
    まるで豆鉄砲の様に弾き返される弾丸にバーニィは毒づくしかなかった。


    「くっ!」

     いつまでも驚いていてはいられない。
    クリスはロングレンジ・ビーム・ライフルを手放すと、
    ジムの腰にマウントされている100ミリマシンガンを手に取った。
    それは、バーニィの脳裏に恐怖の対象として刷り込まれている物だった。

    あの武器は、ザクの胸部装甲を簡単に撃ち抜く!

     一瞬身を竦ませたバーニィは、ヅダの機体を前に出す事を躊躇した。
    だが、このポジションからの後退は、 更なる不利な状況を作り出す事は明白だった。


    『バーニィさん!スモーク・グレネードを使うんだ!』


     頭で考える前に、バーニィはスピーカーから突然掛けられたアムロの声に弾かれるように反応していた。
    ヅダのシールド裏にラッチされていたグレネード弾を引き千切ると、地面に向けて思い切り投げ付ける。
    途端にグレネード上部から白煙が勢い良く噴き出し、見る間に周囲を覆い尽くして行く。

    『体勢を低く構えて!そのまま10メートル左横に移動!』

     言われるままにバーニィがヅダの姿勢を低くすると、
    その上をジムが放ったマシンガンの銃弾が通り過ぎて行った。
    コックピットで思わず息を吐き出すバーニィ。

     発煙手榴弾スモーク・グレネード。 それは「闇夜のフェンリル隊」所属のMSが標準装備する特殊弾である。
    サーマル・センサーやパッシブ・センサー、化学センサー等の特殊索敵装置の運用実験と、
    それを用いた特殊新戦術の開発が任務の同隊において、
    敵味方の視界を覆い、視野を限定する状況は望むところなのであった。
    敵味方とも視界ゼロのフィールド、つまり「闇夜」で本領を発揮する。
    それこそが「闇夜のフェンリル隊」の所以なのである。
    だがそれには指揮車からの正確なナビゲートが前提であり、必要不可欠ではあったが・・・

     バーニィは、アムロに言われた通りそろりと地面を這う様にヅダの機体を移動させる。
    ジムは突然白煙に撒かれた事で冷静な判断力を失っているのだろう、
    見当違いな方向に向けてマシンガンを乱射している。
    予断を許す事はできないが、とりあえず一息つく事ができたバーニイは、通信する余裕が生まれた。

    「ア、アムロなのか!?お前・・・!」

    『バーニィさん!このホバートラックには隊のMSから送られて来る
    さまざまなセンサーからの情報を詳細に解析する装置が装備されていて、
    例えMSパイロットが目隠しされている状態でも、こちらからサポートすれば戦闘する事が可能みたいなんです。
    これから僕がナビゲートします!データを逐一送りますから指示に従って敵を攻撃して下さい!』

    恐るべき戦術センスを見せた15歳の少年にゲラートは震撼した。

     アムロはオペレーターの任務の中で正確にフェンリル隊の本質を見抜き、
    バーニィに対して最大限のナビゲートをするつもりでいる。
    そして、先程のバーニィのMS機動も目を見張るものがあった。
    緊急時ではあるが、軍人として、この稀有な才能を持った少年兵達に血がたぎる様な感動を抑える事ができない。
    大袈裟ではなく未来への可能性を垣間見た気がする。
    単語しか聞いた事は無かったが「ニュータイプ」とは彼らの様な者を言うのかも知れないと密かにゲラートは思った。


    バーニィが最後に突き立てたセンサーポールのお蔭で通信が明瞭にできる事にアムロは胸を撫で下ろした。
    ヅダの機体データも滞りなく届いているが、ただ一つだけ気がかりな事がある。

    ヒート・ゲージが下がり難いのだ。

    通常機動の場合は然程でもなかったが、
    明らかにスラスターをレッド・ゾーンに入れた時から冷却装置の利きが悪くなっている。
    ミガキが言っていた「出力を上げすぎると機体が耐え切れず分解する」という不吉な言葉が頭をよぎる。
    先程のバーニアジャンプ時の推力と、空中で軌道を変えたパワーは、
    驚くべき事にデータ的にはガンダムをも越えていた。
    旧式の装甲材質であんな機動を続けたら、確かにヅダの機体はもたないだろうと思える。
    が、バーニィは既に敵の懐に潜り込む事に成功しているのだ。
    今後バーニアを全開して敵とやりあうような事態にそうそう見舞われるとは思えない。
    “大丈夫だ、慎重に戦えば、やれる”アムロはそう判断した。

    「敵MSが発する音波と赤外線傍受。音響解析システム作動、音響センサー解析データ、送ります!」

    アムロの言葉通りヅダのメインモニターに朧げながら敵の姿がリアルタイム映像で、くっきりと映し出された。
    敵は完全にこちらを見失っており、周囲に向けてマシンガンを散発している。
    こちらは敵が、どちらを向いて攻撃しているかすら判別が可能だ。
    文字通り五里霧中である敵MSとは何という違いであろう。

    「見ての通り、こちらからは敵MSの位置が丸見えです。
    ですが敵MSにはマシンガンが効きません。念の為シールドを前面に構えて、
    体勢を低くしたまま相手に近付き、ヒート・ホークで攻撃して下さい!」

    「了解!見てろよ!」

    言うなりバーニィは手にしていたザクマシンガンを、ジム・スナイパーの横に放り投げた。


    突然、敵の投げ付けた手榴弾の白煙に巻かれ視界を完全に奪われたクリスは軽いパニックを起こしていた。
    士官学校を主席で卒業した彼女だったが、当時連邦軍にはMSが存在しておらず、
    このようなシチュエーションを想定した訓練など受けた事がなかったのである。
    ジムにも音響センサー等は装備されていたが、
    いつ何時敵に襲われるかも知れないという恐怖がクリスの冷静な判断を妨げていた。
    しかし、その音響センサーが激しく反応する。岩砂を蹴りつける様な音をジムの右横に捉えたのだ。
    「敵!」反射的にそちらに向けてマシンガンを乱射するクリス。しかし、一向に手応えはない。
    その時、訝しむクリスを、突然、下から突き上げるような衝撃が襲った。


   「「キャアァッ!」」

    激しい衝撃に揺さぶられ悲鳴を上げはしたが、視線の先でモニターを追い、
    各部のダメージチェックを素早く行なうクリス。
    血の滲む思いで繰り返し訓練を重ね身に付けた基本操作は、咄嗟の事態でも自然に体が動く。
    そしてそれにより、冷静さも取り戻されてゆく。
    クリスチーナ・マッケンジーは今や完全にパニックを脱していた。

    「しまった!浅かったか!?」

    白煙の中で踏み込みが半歩足りず、下から切り上げたヒート・ホークは敵MSのマシンガンの銃身を斬り飛ばすだけで
    MS本体にダメージを与える事が出来なかった。
    千載一遇のチャンスをモノに出来なかったバーニィは悔いたが、
    ヒート・ホークの刃を反してすかさず上からの斬撃を見舞う。

    「くっ!」「何っ!?」

    振り下ろしたヅダのヒート・ホークを持った右手首は、咄嗟にジムの左手に掴まれ、
    ジム本体に刃が届く前にその攻撃を阻まれていた。
    ジムはすかさず破損したマシンガンを捨て右手でビーム・サーベルを抜き、
    動きを止めたヅダの脇腹を抉る様に横薙ぎに斬りつける。

    「そうはいくか!」「あっ!?」

    完全に決まったと思ったジムのビーム・サーベルを持った右手首も、今度はヅダの左手に掴まれていた。
    奇しくも互いが互いの動きを封じる状態となり、スモーク・グレネードの白煙が晴れると
    そこには巨人同士が力比べをしている体勢が現出していたのである。

    「このおぉぉぉっ!」

    パワーは陸戦型ジムの方がヅダよりも勝っている。
    だがバーニィは巧みに重心を移行して力点をずらし、ギリギリとヅダ押し込んでゆく。
    もう少しで敵MSの頸部にヒート・ホークの熱刃が届く。
    バーニィはフットペダルを踏み込むと、更にヅダに力を込めさせた。

    『駄目だ!バーニィさん!パワー落として!』

    「ア、アムロ!?」

    突然掛けられたアムロの声に思わずペダルを戻したバーニィは、逆にジムに押し込まれる体勢になってしまった。
    急いでバランスを取り事なきを得るが、不利になってしまった姿勢は変わらない。バーニィは声を荒げた。

    「アムロどういうつもりだ!?もう少しで・・・」

    『パワーを全開にした時の、エンジン周りの温度上昇率が異常なんです!冷却が全然追いつかない!
    ヅダの内部構造を見ると、このまま温度が上昇した場合、
    エンジン近くを通っている推進剤のパイプが誘爆する可能性が高いと思います!』

    慌てて計器を見るバーニイ。確かにパワーをダウンさせた筈なのにヒートゲージは依然レッドゾーンから下がっておらず、
    背部エンジン周辺の機体温度は既に160度を超えようとしている。
    バーニィは戦慄した。アムロの言うとおり試験飛行中の空中爆発の原因とは、恐らくこれだったのだ。
    ヅダのエンジンが背面にほぼ剥き出しになっている理由は、
    エンジンとコックピットを少しでも離す為でもあったのかも知れない。
    このままパワーを上げ続けると危険だという事は判った。しかし、こちらは不本意ながら力比べの真ッ最中だ。
    パワーを緩める事は競り合いに負ける事、すなわち敵のビーム・サーベルに貫かれる事を意味する。

    「うおっと!?」

    言う間に強く込められて来たパワーを押し返す為に、再度出力を上げざるを得ないバーニィ。
    またもやジリジリと温度を上げ始めるエンジン。八方塞りとはまさにこの事だった。


    「レンチェフ少尉!ワイズマン伍長が非常事態なんです!援護して貰えませんか!?」

    一秒でも時間が惜しい。
    アムロは、すがる様な気持ちで2機のMSを相手にしているレンチェフのグフに援護を要請した。
    無理は百も承知の上である。
    だが百戦錬磨のレンチェフも、敵MS2機の連携攻撃には相当に手こずっていた。
    最初にヒート・ホークで片腕を切り落とした奴もそうだが、
    隊長マークを付けた一体が特に「手練れ」なのである。
    接近戦を得意とするグフの間合いを完全に見切られ、有効な反撃を行う事ができないのだ。
    そんな不利な戦いにおいて撃墜されないで済んでいるのは、
    ひとえにレンチェフの技量が高かったからに他ならない。

    「クッ・・・!済まねえ、ワイズマン伍長、もう少し・・・もう少しだけ持たせてくれ!
    必ずこいつらを何とかして駆け付ける・・・!」

    アムロとバーニィのやり取りを聞いていたレンチェフは、血息を搾り出すような声で新米のバーニィに詫びた。
    「自分で何とかしろ」と突き放すのではなく自分の不甲斐なさを詫びたのである。
    だが、2機の陸戦型ジムを1機のグフでその場に釘付けにしているレンチェフを誰が責められるというのだ。
    アムロは唇を噛んで俯いたが、ヅダのコックピットでその言葉を聞いたバーニィは、胸が熱くなるのを感じていた。
    あの残虐な作戦を聞かされた時は正直、レンチェフの人間性を疑った。
    が、彼がそうなるには何か深い理由があったのかも知れないと今は思う事ができる。
    自分の為に頑張ってくれているレンチェフの為にも、今、こんな事で死ぬ訳にはいかないとバーニィは思った。
    敵にやられるのではなく、欠陥MSの自爆で死ぬなんてあまりにも惨めだ。
    その巻き添えになる敵MSパイロットも浮かばれまい。

    ・・・

    敵パイロットに思いが及んだその時、バーニィの頭にはある考えが浮かんだ。

    『バーニィさん!背部装甲温度が190度を超えました!250度に達したら、恐らく・・・!!』

    アムロの切迫した声に、バーニイはハッと我に返った。
    250度で恐らくパイプが融解し、推進剤に引火する。アムロは言外にそう言っているのだ。
    コックピットの中も、遂に温度が上がり始めた。
    焦ったバーニィはペダルを戻すが、何とロックしてしまっていて踏み込んだ状態のまま出力が上がり続けている。
    恐らく制御系の電気系統が熱で故障したか、高温で機器が歪んでしまったのだ。
    もう一刻の猶予もならない。
    打てる手があるなら打つべきだ。死んでしまってからでは後悔すらもできない。
    当たって砕けろだ。・・・いや、砕けるのは嫌だから足掻いている訳なのだが・・・
    バーニィはもう一度、レッドゾーンの上限にまで達したヒートゲージを確認すると、
    息を深く吐き出して呼吸を整え・・・

    一切の通信機器をOFFにした。


    完全に外部との通信を遮断したバーニィは、スピーカーをONにした。
    対峙しているMSとは手を繋ぎ合っている状態だ。これなら「お肌の触れ合い回線」が使える筈だ。

    『聞こえているか。そちらのパイロット!この声が聞こえたら、どうか応答してくれ!』

    ヅダの外装を振動させた音声がダイレクトにジムのコックピットに響き、
    クリスの耳にバーニィの声が明瞭に届いた。
    宇宙空間でノーマルスーツのヘルメットを接触させ会話する方法と原理は同じである。
    これなら周波数を気にせずに敵とでも交信する事ができる。

    「誰!?まさかジオンのパイロットが通信を?」

    思わずこちらも律儀にスピーカーをONにして会話してしまったクリスは、
    その直後、迂闊だったかしらと少しだけ後悔した。
    昔から母には良く「あなたは人が良すぎる」と注意されていた。
    「いつか悪い人に騙されちゃうんじゃないか」と、いつも両親に心配を掛けていた性格は、
    こんな時でもやはり顔を出してしまう。

    『よ、良かったあ!シカトされたら万事休すだったんだ!
    こちらはジオン公国突撃機動軍≪闇夜のフェンリル隊≫所属のバーナード・ワイズマン伍長だ。
    応答してくれて感謝する!』

    バカ正直に敵に対して自分の所属を明かす声は、思わず気が抜けてしまう程に若々しかった。
    声の主は恐らく自分と同等かそれより若年かも知れない。
    その素朴な声音と、苦笑しそうな程のバカ正直さ加減に危うく親しげなものを感じそうになったクリスは
    「いつか悪い人に騙され・・・」というセリフと共に両親の心配そうな表情を思い出し慌てて頭を振った。


    「戦闘中に敵と会話するなんて!前代未聞だわ!」

    戸惑いながら怒っている相手の綺麗な声をはっきり聞き取ったバーニィは、
    あれ?敵のパイロットは女の子だったのかと意外に思った。
    それは冷静沈着にこちらに狙いを付けていたあの恐ろしげなMSのイメージと全く結び付かない様な、
    可愛い声だった。

    「す、済まない!緊急事態なんだ。そちらのサーモ・センサーで俺のMSをサーチしてみてくれ!話はそれからだ!」
    「・・・!!これは!?」
    「見ての通りだ。エンジンが過熱暴走してる。このままだと遠からず推進剤に引火して、君を巻き込んでドカンだ」
    「じょ、冗談じゃないわ!早くパワーを下げてエンジンを冷却しなさいよ!」
    「残念ながらパワーコントロール不能だ。それに、こちらが力を緩めたら君にやられちまうだろ?」

    確かにそうだとクリスは虚を衝かれた。
    一瞬自分が会話している声の主と戦闘をしている事を失念していたのだ。なんと言う事だろう。
    冷静に考えても、ルナ・チタニウムで装甲されている陸戦型ジムとはいえ、
    こんな至近距離でMSが爆発したら、ただで済むとは思えない。
    だからと言って敵を前にして戦闘を手加減したり放棄したりする事は連邦軍に対する重大な裏切り行為であり、
    軍規に違反する事になってしまう。
    元々が生真面目で素直な性格に加えてエリートであるクリスにはそれ以外の選択はありえなかった。
    つまりこの体勢でいる以上、2人は共に自爆の時を待つしか無いという事になってしまう。
    クリスは目の前が真っ暗になるのを感じた。

    「俺は正直、こんな事で死ぬのはまっぴらなんだ。君はどうだ?」
    「私だって嫌よ!まだ恋だってした事無いのに!!」

    クリスの言葉にバーニィは少し笑ってから、思い切って切り出した。
    シートにもたれた背中が焼けるように熱いが、気取られ無い様に細心の注意を払っている。

    「聞いてくれ、ハッピーな提案があるんだ。俺が合図したら君のMSでこちらを蹴り飛ばしてくれ」
    「な、なんですって!?」
    「できればコックピットを避けてくれると有難いな。その瞬間俺は君のMSを解放する。それで君は自由になれる。
    俺は地面に倒れたコイツから脱出する。このMSは爆発する。
    そして君は脱出した俺を見逃す。どうだい、ハッピーだろ?」

    クリスは呆れた。何て穴だらけな取り引きなのだろう。
    いくらなんでも「敵の善意」に頼り過ぎなのではないだろうか。
    こんな男が恋人や亭主だったら、パートナーは気が休まる日がないだろうと思える程の能天気さに何だか腹が立つ。
    自分を大事にしない男は嫌いだ。ハッピーなのは、この男の頭の中だ。

    「あなたって・・・馬鹿なの?私が約束を破ったらどうするつもり?」
    「どちらにしろこのままじゃ俺はお終いなのさ。だが俺はカミカゼじゃない。
     だったら少しでも生き延びる可能性がある行動を取りたいんだ。
    それに、少ししか喋ってないけど・・・
    そんな事をいちいち俺に注意してくれる様な“お人好し”な君なら信用できる人間だと思える。
    見立て違いならそれまでだ」
    「・・・!」
    「行くぞ!3秒後だ!3・2・1・来い!」

    クリスはその刹那、巧妙にコックピットを避け、
    加速がパイロットに極力加わらない様にジムの足でヅダを後方の砂山へ押し倒し、
    自らはバーニアジャンプを使い後方へ飛び退いた。
    モニターに映ったヅダからはもう既に間接部分から黒煙が上がり始めており、
    いつ爆発してもおかしくない状態に見えた。
    パイロットはまだ出てこない。
    クリスは祈りを込めるような視線で固唾を呑んでモニターを見つめている自分に、まだ気が付いていなかった。


    「こちらワイズマン伍長。アムロ聞こえるか!敵MSから距離を取る事に成功した!
    機体温度上昇中。エンジンコントロールは既に不能!残念だが爆発はもう避けられない!
    これより直ちに脱出する!」

    仰向けに倒れたヅダのコックピットの中でバーニィは再び通信回線をONにすると、
    マイクにそう叫びながらシートベルトを外した。
    ありがたい事に敵のパイロットはヅダの機体をノーダメージで押し倒してくれた。
    後は爆発前にここから抜け出すだけだ。

    『バーニィさん!良かった!通信が途絶えた時はどうなる事かと思いましたよ!
    ・・・機体背部装甲温度230度超えてます!脱出急いで下さい!』

    アムロの弾んだ声が届く。
    その言葉にバーニィは、先程の敵MSパイロットとの会話は味方には聞かれていない事を改めて確認し、安堵した。
    敵と会話したり取引めいた事を仕組んだりした事が記録されると、後々面倒な事になりかねない。
    バーニィはそれを懸念してあらかじめ外部通信を全て切っておいたのである。

    「心配を掛けてすまなかった。高温のせいで通信機器の調子が悪かったんだ!」

    都合の悪い事は全てエンジン暴走のせいにしてから、バーニィはハッチの緊急開放レバーを引く。
    これは緊急時、一切の電源が切れた状態でもコックピットハッチをイジェクトオープンする為にあり、
    コックピットの内外に設置されている。
    制御系の電気系統が熱によって次々とダウンしている今、これが一番確実な外部への脱出手段のはずだった。

    「!?」

    びくともしないレバーに愕然とするバーニィ。
    急いでハッチの開閉スイッチを押す。こちらも反応は無い。ハッチは1ミリも動く気配を見せないのだ。

    「うそだろ・・・・!?」

    破壊されたザクの半開きになったコックピットハッチから自力で脱出する事ができず、
   友軍のMSに引き摺られて戦場を離脱したあの時の事が鮮明に思い出される。
    しかも今回陥った状況は、更に凶悪さを増している。
    あの時のハッチは少しだけ開いたが、今回はぴたりと閉じられたままだ。
    これは図らずも“希望の扉”をも暗示しているのではあるまいか?
    一難去ってまた一難。
    ともかくバーニィは自身のハッチとの相性の悪さと運の悪さに呪いの言葉でも吐き出したい心境になっていた。


    『バーニィさん!どうしたんです!急いで脱出を!』

    絶望感とコックピット内の熱で危うく思考停止になりかけたバーニィは、アムロの声で正気を取り戻した。
    だが、それはバーニィにとってまた深い絶望感を思い出させるだけの残酷な時間だったのだろうか。

    「緊急レバーが作動しない・・・ハッチが開かないんだよ・・・アムロ・・・はは脱出不能だ」

    『なんですって・・・!?』

    アムロはバーニィの置かれた状況を把握し戦慄した。
    今や高温のコックピットに完全に閉じ込められてしまったバーニィは、爆発を待つまでも無く、
    蒸し焼きにされようとしているのだった。
    背部の温度センサーは240度を指している。恐らくコックピット内に熱が篭り、
    機器かフレームが膨張し歪んでしまったのだろう。

    『諦めちゃダメだ!MSを動かして体勢を変えてみて下さい!』

    「さっきからやってるが・・・もうこのヅダは指一本動かん・・・万事休す・・・か・・・」

    暑さで朦朧となる意識を必死に保ちながらバーニィは計器類を操作しようとするが思う様に手が動かない。
    何だか呼吸も、熱の為にし辛くなっている気がする。
    こいつはヤバイなと思った瞬間、先程会話した敵MSパイロットの声が突然思い出された。
    あの綺麗で凛とした魅力的な声を。
    こんな事なら名前ぐらいは聞き出しておけば良かった。そう思いながらバーニィは、ゆっくりと気を失っていった。


    「どけえっ!!」

    極限まで絞り込んだ気合と共に放たれたヒート・ロッドの攻撃は、
    狙い違わず陸戦型ジムの両足を薙ぐ様に切り払った。
    2機の内の1機、既に片腕にしていたジムを捨て身の攻撃で、
    レンチェフのグフは戦闘不能に追い込む事に成功したのである。
    だが、その代償に、長く伸ばしたヒート・ロッドをもう1機のジムのビーム・サーベルに断ち切られ、
    グフの右足頚部を敵のマシンガンに撃ち抜かれるというダメージを負ってしまった。
    普段のレンチェフなら決してこんな無謀な戦い方はしなかっただろう。
    だが今は未曾有の緊急事態だった。

    「ワイズマン伍長!バカヤロウ応答しろ!ワイズマン伍長!」

    荒い息を吐きながらレンチェフは必死にバーニィに呼び掛けるが全く応答は無い。
    どうやらコックピットで気を失っているらしい。

    「アムロ准尉!爆発まであとどの位だ!?」
    『もう、いつ爆発してもおかしくない温度に達してしまっています!』

    アムロの絶望的な報告にギリッと歯を噛み締めたレンチェフのグフはその時、誰もが予想しない行動に出た。
    対峙していた残り1機のジムに背を向けると「撃ちたきゃ撃ちやがれ!」と吐き捨て、
    倒れているヅダに向かって全速力で走り出したのである。
    あっけに取られたのか――
    敵のジムは自分に無防備な背中を晒して、
    仰向けに倒れ煙を吹いている味方MSの元に駆けてゆくグフに対してマシンガンを発砲しないでいる。
    が、あと200メートル程で辿り着くという地点で、グフは右足から崩れるように地面に倒れ込んでしまった。
    マシンガンで撃たれた右足のシリンダーが重大な機能不全を引き起こしていたのである。
    だが、すかさずヒート・ソードを地面に突き立て上体を起こすグフ。
    地面までまだ結構な高さがあるが昇降用のワイヤを使っている余裕は無い。
    コックピットハッチが開くと同時にヘルメットを被ったままのレンチェフが地上に迷わず飛び降りた。
    シートの下から引っ張り出したであろう大振りのサバイバルパックを走りながら背負うと、
    そのまま爆発寸前であろうヅダに駆け寄って行く。
    時間はもう、幾ばくも残されてはいない。
    レンチェフは、疾走のスピードを上げると、ただがむしゃらにヅダを目指した。


    暗闇の中、ゆらめく視界の片隅にゆっくりと光が差し込まれて来る。
    最初は線のような光の帯が少しづつ広がり、やがて世界は光に溢れ、埋め尽くされて行く・・・

    その光の中心にバーニィは天使のシルエットを見た。

    あの時聞いた敵MSパイロットの素敵な声でバーニィの名を呼び、両腕をしきりとこちらへ差し伸べている。
    半開きの目をしたバーニィは朦朧とする意識の中でぼんやりと、
    ああ、あの手を取れば、魂が肉体から引き抜かれて天上に上り、この苦しみから全て解放されるんだなと思った。

    だが、自分の身体は妙に重く、思い通りに動かせず、天使の手を取る事が出来ない。
    すると、天使は優しげな雰囲気から一転、やけに荒い言葉でバーニィをなじり出したではないか。
    なんだよ。その言葉遣いは。天使のクセに。
    だいたい天使様なら不可思議なパワーとかでもって、ほらこう、
    ふんわりと人間の魂を天国までエスコートしてくれるのが筋ってもんじゃないのか。
    ぶつぶつとウツロな声で抗議するバーニィに対し、すっかりその声音を変化させた天使は、
    少々キレ気味にその野太い声を荒げバーニィを罵倒しながら太い右腕を伸ばし、
    バーニィのノーマルスーツの胸倉をむんずと掴みあげた。
    おいおい乱暴だなこの天使は。
    それにいくら何でもガタイ良すぎだろうと性懲りも無くボソボソ文句を垂れ流したバーニィは、
    ヘルメット越しに見えるゴッツイ顔をした天使に

    「バカヤロウ!勝手に死ぬ事は許さねえ!
     残念だが俺は天使じゃなく天邪鬼な悪魔なんだよ!」

    そう怒鳴り付けられながら、魂どころか肉体ごとヅダのコックピットから一気に引きずり出される。
    ヅダの腹の上でヘルメットのバイザーを開けられたバーニィは、気圧差に激しく咳き込みながら正気を取り戻し、
    目前にあるいかつい顔を振り仰いだ。

    「レ・・・レンチェフ少尉!?・・・あれ?・・・天使は?」
    「いつまでも寝惚けてんじゃねえ!さっさとずらかるぜ!!走れるか!?」

    不安定なヅダのテストを兼ねた今回の偵察行において、
    万が一の事を考えてパイロット用のノーマルスーツを着込んでいたバーニィは、
    熱や煙に巻かれたコックピットでも窒息せずに済んでいた。
    急いで四肢を確認するが、目立った外傷や重大な機能不全は見られない。これなら充分走る事ができそうだ。
    大丈夫ですというバーニィの様子を確認するとレンチェフは素早くヅダから飛び降りた。バーニィもそれに続く。

    「2人とも急いで!ヅダはもう爆発します!」

    ヘルメットの中に明瞭にアムロの声が響く。
    これはレンチェフが置き去りにしたグフからレーザー通信を経由しているのだ。
    ヅダからおよそ50メートル離れた場所に小ぶりな岩場があった。
    全身から黒煙を噴き出していたヅダが遂に爆発したのは、
    走りに走り抜いた二人がその影に転がり込んだ瞬間の事だった。


    「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

    爆風が頭上を通り過ぎた後、心臓が口から飛び出しそうな程の二人は、まずは呼吸を整える事に全霊を傾けた。
    荒い息を吐きながらバーニィは隣で岩に背を預けて同じ様に呼吸を整えているレンチェフを見、思わず息を呑んだ。
    彼の両手は無残に皮が捲れ、焼けただれていたのである。

    あの後ヅダに辿り着いたレンチェフは、コックピットの外からハッチの緊急開放レバーを引いてみた。
    だが内部の熱でフレームが歪んでしまった為に、ハッチは既に開かなくなっている。
    それを確認したレンチェフは、背負ったパックからバールのような工具を取り出すと
    ハッチの淵に僅かなスキマを作ってそれをねじ込み、
    怪力に任せてコックピットを無理矢理こじ開けたのだ。
    ヅダの機体はその時点でかなりの高温であった。
    バーニィの様にパイロット用のノーマルスーツを特に着用していなかったレンチェフは、
    その作業中に両腕に大きなダメージを負ってしまったのである。

    「・・・レンチェフ少尉が俺を助けて下さったんですね・・・」
    「バカヤロウ!ゲラート少佐にお前の面倒は俺が見るとタンカ切っちまったからに決まってんじゃねえか!
     俺にもメンツって奴があらあな!」

    手をひらつかせながら邪険に言い放つレンチェフの物言いに、
    感極まったバーニィが礼を言おうと向き直ると同時に・・・
    こちらにマシンガンの銃口を向けている巨大な陸戦型ジムの影が、太陽の光を2人から遮った。

    「・・・来ると思ったぜ」

    レンチェフが不敵に笑う。今の彼にはそれしかできない。
    何より優先したのは今そこにある仲間の危機を救う事だった。
    敵に背を向け、愛機のグフも乗り捨てた、その結果がこうなる事は初めから判っていた事だった。
    もとより生身の連邦兵に対してMSのマシンガンを躊躇無く浴びせてきたレンチェフである。
    何の事は無い、今度は自分の番が巡って来ただけの話だった。
    この状況、もし敵の立場が自分なら、笑いながらトリガーを引く事だろう。
    自分だけは助かろうなどとは思っていない。だが。

    「・・・すまねえなワイズマン伍長。結局」
    「いいえ。感謝しています、レンチェフ少尉」

    バーニィはレンチェフの言葉を遮ると、はっきりとそう言い、突きつけられているマシンガンの銃口を睨み付けた。

    ・・・

    ・・・

    時が止まったかのような数瞬が流れる。

    ・・・

    ・・・

    一向に敵MSのマシンガンからは弾丸が吐き出されて来ない。


    「・・・なんだあ!?てめえ!俺達をいたぶるつもりか!?早く撃てぇ!!」

    業を煮やしたレンチェフが怒鳴った。
    マシンガンを構えているのはレンチェフが「手練れ」だと認めたあのジムだ。
    レンチェフは冷汗を流した。まさか自分達を捕虜にでもしようとしているのではないかと不安になったのだ。
    冗談ではない。連邦軍の捕虜になるなら死んだ方がマシだ。
    唾棄すべき連邦軍の捕虜になるぐらいなら死を選ぶ。レンチェフはそういう男だった。
    もしそうなりそうになったら、バーニィに被害が及ばない様に拳銃で自殺してやる。
    そっと腰の銃を火傷した手で確かめる。大丈夫、感覚は残っている。引き金ぐらいは引けそうだ。

    だが、その時、彼らに向けられていたマシンガンの銃口が2度、横に振れた。

    「!?」「え!?」

    瞠目する2人の目の前を再びジムのマシンガンの銃口が2度、往復する。
    その指し示す先にはレンチェフの乗り捨てたグフがある。
    信じられない事だが、目の前のこのジムは2人に『行け』と言っているのだ。
    思わずレンチェフは髪を逆立てて逆上した。敵に情けを掛けられる。彼にとってこんな屈辱的な事は無い。

    「ふざけるな!何故だ!?何故敵の俺を逃がす!?」

    『憎しみが戦いを広げている・・・なぜそれが判らない!』

    「な・・・なんだと!?」

    思わず敵のMSに向けて叫んだのは殆んど怒りによる反射的な行動だった。
    だが、そのレンチェフの言葉に陸戦型ジムは外部スピーカーを使い返答してきたのである。
    それだけを言い残すと、絶句したままその場を動こうとしないレンチェフに呆れたのか、
    陸戦型ジムはマシンガンを下ろしゆっくりとその場を離れ、
    後方で佇む緑色のMSを促すようにその場を去っていった。
    茫然とその場に佇むレンチェフとバーニィを残して・・・


    「あ・・・あの・・・!」

    クリスは並んで歩いている陸戦型ジムの隊長機に声を掛けた。
    ちなみにグフに両足を破壊され戦闘不能となったジムのパイロットはすでにクリスが救出し、
    自らが操縦するジムの掌の上に乗せている。

    「急いでこの場を離れよう。新たに3機の敵MSが近付いていると連絡が入った。恐らく奴らの仲間だろう。
     ここは迂回するルートで進み大隊と合流するぞ。追っては来ないと思うが一応追撃に備える。
    予備のスナイパー・ライフルはあるんだろう?」

    「は、はい。それは大丈夫です。念の為3丁のライフルを用意して来ましたので。
     それより、その、マット・ヒーリィ中尉!
    あのジオン兵達を助けて下さって、あ、ありがとうございました・・・」

    クリスは感謝の気持ちを正直にマットに伝えた。が、何でその事に礼を言うのか自分でも良く判らない。
    あのパイロットの声と言葉が何だか耳から離れないのだ。こんな不安定なの自分じゃない。
    どんな厄介事でもクールにそつなくこなす自信が今までの自分にはあったはずだ。
    断じてこんなのは自分じゃないと、クリスは何だか混乱してきた。

    「今回俺たちMS特殊部隊第三小隊の任務は、あくまでも君達戦技研の護衛だからね。
    下手に敵を捕虜にしたりすると、むしろ今後、任務の障害 になってしまう。
    それに俺はあまり好きじゃないんだ。殺し合いってやつがさ・・・」

    「また隊長の理想主義が始まりましたか?」
    「うるさいぞラリー少尉」

    クリスのジムの掌で運ばれているラリー・ラドリー少尉から陽気な声で茶々が入った。
    この分なら体調に異常は無さそうだとマットとクリスは密かに胸を撫で下ろす。
    3人はあえて言葉にはしなかったが、あの仲間を助ける為に命を掛けた兵士の行いを見て
    三者三様に心が打たれたのも事実だった。
    マット中尉の言葉はさりげなかったが、クリスの心を大きく揺さぶる。
    本当は自分だってそうなのだ。いや、きっとあのパイロットもそうに決まっている。
    顔も知らない相手だが何故か確信めいたものを感じている。
    何だか胸が痛い。クリスは体を丸めるように背中を曲げ、大きく背筋を伸ばし深呼吸してみたが、
    胸の痛みは一向におさまらなかった。

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最終更新:2010年05月23日 15:13
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