【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part4


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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part4

18 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/03/28(土) 20:26:01.21 ID:L8PbMu60

    両手を負傷したレンチェフに替わり、バーニィが操縦する片足を損傷したグフを
    ニッキとシャルロッテのザクが両側から抱えるようにサポートしつつ行軍し、
    念の為にマニングのザクが後方からの敵の追撃を警戒する。
    ニッキの第二小隊と合流したレンチェフ達一行が野戦基地に帰り着いたのは、
    その日の夕刻、日が沈む少し前の事だった。

    「良く戻ったワイズマン伍長。レンチェフ少尉もご苦労。2人とも無事で何よりだ」
    「申し訳ありませんゲラート隊長。大事なMSをロストしてしまいました」

    本部テントの中、ゲラートの労いの言葉にもバーニィは硬い表情を崩さずに敬礼で答えた。
    後ろで肩をすくめるレンチェフに目をやりながらゲラートは苦笑する。

    「ゆっくり休めと言いたい所だが、ここは最前線だ。いつ状況が急転するか判らん。
    次の命令があるまで待機だ。レンチェフは両手の治療を」
    「こんなもん、ツバつけときゃ治りますよ」
    「ダメですよ!どう見てもⅡ度熱傷じゃないですか!
    医療スタッフに出来る限りの処置をしてもらわないと!
    まずは感染よけの注射ですね!」
    「げ・・・俺、注射だけはちょっとな」

    シャルロッテに引っ張られたレンチェフが退場すると、
    それとは入れ替わりにテントに入って来たアムロがバーニィを見つけ、小躍りして喜んだ。

    「バーニィさん!無事で本当に良かった!」
    「済まない、心配を掛けたなアムロ。お前のナビのおかげで助かった。ありがとうな」

    抱き合って喜ぶ少年兵達をしばらく目を細めて眺めていたゲラートは、
    頃合いを見計らってアムロに問うた。

    「どうだ。ヅダの改修具合は」

    真剣な眼差しのゲラートに対してアムロはバーニィから離れ、背筋を伸ばしてから向き直った。
    この剛健な軍人には、自在に周囲の空気をピンと張り詰めさせる力があるようだ。
    だが、アムロの表情は明るい。

    「先程、無事完了しました。バーニィさんが命懸けで集めた詳細なデータによって
    かなり細かい数値をリミッターに設定する事ができたんです。
    ヅダの構造上の欠陥も判明しましたので、合わせて対策を講じる事ができました。
    制限はありますが、これでヅダはザク等の汎用MSと同様に運用する事が可能です」

    「本当か!やったなアムロ!」
    「全部バーニィさんのおかげですよ」

    報告途中なのにも関わらず再び肩を抱き合って喜び合う2人。
    ゲラートはそんな2人を咎める様な事はせず、深く息を吐き出しながら静かな笑みを湛えた。


37 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/03/30(月) 12:57:27.02 ID:uIZZWIc0

    依然、敵陣の監視を続行しているル・ローアたち第一班との通信をニッキとゲラートに任せ、
    アムロとバーニィはMSに修理整備を行なっている簡易工廠テントへと赴いていた。

    この上空から発見され難い様に迷彩を施された巨大な工廠テントは、
    MS調整を野ざらしで行なわない為に敷設された重要な空間である。
    改修を完了したヅダは、懸架台の上、静かに屹立した姿で二人を出迎えた。
    バーニィは感慨深げにそのMSを見上げる。
    こいつにはあんなに危険な目に遭わされたというのに、
    何だか深い絆で結ばれた戦友と再会した気がして何だか不思議だった。
    あの、連邦軍の女性MSパイロットの声がまた思い出され、
    そのせいなのかどうなのか、少しだけ頬が熱くなった。

    「あれ?どうしたんです、顔が赤いですよ?」
    「な、何でもないよ」

    アムロの言葉を慌てて打ち消したバーニィは話題を逸らす様に、そこにいたミガキに話しかけた。
    そうだ、今は浮かれている場合じゃない。

    「もう、こいつの運用に危険は無いんですね」
    「ああ。リミッターのおかげで出力に制限が掛かるが、通常機動ならまず問題は無い。
    ただエンジンの冷却効率が悪いという欠陥は、
    初期設計構造的な物にも関連しているから完全に解決する事は不可能だ。
    最初期に設計されたMSだから構造的な熟成度は望むべくも無いんだがな」
    「そうなんですか・・・それで、リミッター付きのこいつは、どのくらいの出力になったんです?」
    「そうだな・・・出力・推力共にMS-05クラスって所だ」
    「MS-05って、旧ザクですか!?・・・そいつはちょっと、
    敵のMSに対してパワー不足なんじゃないかなあ・・・」


    バーニィは不安げにヅダを見上げた。直接敵MSと何度もやりあった彼は、
    連邦製MSの性能をイヤと言うほど思い知らされている。
    敵にMSがいない状態を前提に開発され運用されていた旧ザクでは、
    強力な敵MSには歯が立たないだろうと思えるのだ。

    「確かにそうだが、この部隊でも現在マット・オースティン軍曹がMS-05を使っているんだ。
    新型MSも急ピッチで配備されてはいるが・・・
    開発サイドの足並みが揃わずジオン軍全体にはまだまだ行き渡っていないのが実情だ。
    苦しいが、我等は手元のカードで勝負するしかない。後は、ここで戦うんだ」

    ミガキは自分のこめかみを人差し指でつついている。

    「インサイドワークという事ですか・・・」

    バーニィは嘆息したい気持ちになった。生半可な工夫ではあの敵MSには手も足も出ないだろう。
    ミガキのその言葉は、気休めにしか聞こえなかったのだ。
    だがその時、今まで黙っていたアムロが口を開いた。

    「僕は、性能の劣るMSでガンダムと互角以上に渡り合った人を知っています。
    戦い方次第で僕達にも同じ事ができるはずです」

    アムロはまたもやシャアの駆る、あの赤いザクを思い浮かべている。
    もうMSの性能に頼った戦い方をしてはいられない。
    それに、それではいつまでたってもセイラの兄、シャア・アズナブルには追いつけないだろう。
    シャアと直接会った事はないが、たぶん彼ならこんな状況でも
    不敵に笑うのではないかと思えたからだ。

    「それに、オペレーターをやっていて実感したんですが、他の隊に比べてこの部隊は、
    集団戦術用の特殊なセンサー装備が充実しています。
    それを使えば、やりかた次第でしょうが・・・充分、敵と渡り合う事ができると思います。
    バーニィさんだって、あの時、あと一歩で敵を撃破する事ができたじゃないですか」

    アムロの言葉にそうだなと頷きながらもバーニィは、
    あの敵MS・・・そういえばあの女性パイロットの声の主は、
    一体どんな顔をしているのだろうか?などと不謹慎な事を考えていた。
    何考えてんだ、今はそんな場合じゃないだろうと判ってはいるのだが、
    何故か取り止めも無くそんな事が浮かんでしまう。何だかマジで顔が熱い。


38 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/03/30(月) 12:58:54.68 ID:uIZZWIc0

    「だがな、こいつをただのMSだと思うなよ?こいつにはちょっとした仕掛けがしてあるんだ」

    まるでこれが言いたかったんだと言わんばかりにミガキがニヤリと相好を崩した。
    ギャラリーに新たな機体性能を公開してその成果を発表するとき、
    その瞬間は技術者冥利に尽きるらしい。

    「リミッターを任意で解除すれば・・・
    鎖から解き放たれたこいつは、短時間ながらヅダ本来の推力で機動する事が可能となる」

    ほう、と、アムロはミガキの言葉に瞠目した。

    「その状態での行動限界時間はおよそ5分程度だろうが、
    その時点でのエンジンの状態によっても多少増減する。
    だが、緊急回避時や戦場からの急速離脱には充分な時間だ。その用途は広いだろう。
    ただし、この機能は一度の出撃で一回しか使用できない。
    いいか、使いどころを間違えるなよ?」

    アムロは思わず心の中で快哉を叫んだ。データでしか見ていないが、
    ガンダムを越えたヅダの機動には密かに胸を躍らせていたのだ。
    しかし懸念はある。まがりなりにもバーニィが危うく命を落としかけたMSなのである。
    リミッター解除時の熱対策は本当に万全なのだろうか。

    「万が一の事を考えてスイッチ一発で背部装甲パネルをパージできるようにしておいた。
    これによりエンジンがほぼ剥き出しの状態となり、
    機内に熱が篭る事を防ぎ冷却効率を大幅にUPさせる事ができる。
    が、これはあくまでも緊急時のものだ。背部の装甲板が無くなる訳だからな。
    特に戦闘中はむき出しのエンジンに攻撃を受けたらひとたまりもないだろう。
    基本的にリミッター機能は万全だ。この装置を使う必要は無いだろうが、
    もうMSの不備で悲惨な事故だけは起きて欲しくないんだ・・・」

    アムロの問いにミガキは辛そうにそう答えた。
    ヅダをめぐる一連の事故は技術者として身に詰まされるものがあるのだろう。
    バーニィはそこまで考えた時にふいにめまいを感じてよろめいた。
    顔だけではなく身体全体が何だか熱く、重い気がする。
    変だな、今は別に・・・あの連邦パイロットの事を考えてはいないんだけど。

    「どうしたんですバーニィさん!?」
    「・・・いや、だから、なんでもないよ、ちょっとだけふらついただけだ」

    異常に気付いたアムロが声を掛ける。
    ロレツも怪しくなっているバーニィの額にミガキが急いで手をやると、その髭面を曇らせた。

    「いかんな。かなりの熱がある。医療テントに運ぼう。アムロはゲラート隊長に報告してくれ」
    「わ、判りました」

    アムロが踵を返してテントを出ようとした時、ちょうど入って来たニッキと鉢合わせした。
    ニッキの顔は緊張している。

    「敵の大隊に動きがあったとル・ローア少尉から連絡が入ったぞ。
    パイロットは至急、本部テントに全員集合しろとゲラート隊長からの通達だ・・・
    って、おい、一体どうしたんだ?」

    ニッキはミガキに支えられている状態のバーニィに気が付いて目を丸くした。
    バーニィは朦朧とする意識の中で「何でもありません大丈夫です」
    とニッキに答えたつもりだったが、その声は誰の耳にも聞こえていなかった。


67 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/01(水) 19:06:02.49 ID:lZpxH1g0
    「ワイズマン伍長の容態はどうだ?」

    本部テントに入って来たミガキに対し、作戦室中央の大ぶりな机の周りに、
    フェンリル隊全員を集め行われていたブリーフィングを一時的に中断してゲラートは尋ねた。

    アムロは唾をごくりと飲み込んだ。隊員達も皆、不安そうな顔でミガキの言葉を聞いている。


    「心配ありません、ただの過労だそうです。
    いちおう被爆検査もしてみましたが、結果は陰性でしたよ。
    危険な菌やウィルスも血液からは特に検出されませんでした」

    ホッと安堵の声が一同の口から漏れる。

    「まだ地球の環境に慣れないうちに過酷な連戦が続いたらしいですから、
    一時的にホメオスターシスが低下してしまったんでしょう。
    今は、栄養剤を飲んで眠っています。
    まあ、昔も今も、体調を戻すには栄養の摂取と睡眠・・・に勝るものはありませんからね」

    もともと2部隊を不眠不休で経由する強行軍で地球に降下し、
    着任と同時に最前線で対MS戦闘に駆りだされたバーニィの体調は、
    万全とは程遠いものだったのだろう。
    そして自分以外の小隊が全滅するという前回の戦闘でのダメージが抜け切らないうちに
    フェンリル隊に転属させられ、すぐに欠陥MSで連邦の新型MSと
    連戦するハメに陥ったバーニィ・・・
    倒れるのも無理はないとアムロは思った。
    だがそんな中、泣き言一つ言わず、バーニィは自ら望んで過酷な任務を全うしたのだ。
    この束の間の休息は彼が手にするべき当然の権利だろう。
    アムロがそれをゲラートに進言しようとした時、
    先に口を開いたのは両手を治療してここに駆け付けたレンチェフだった。

    「隊長、奴は良くやりましたよ。今回だけはゆっくり休ませてやって下さい」
    「私からもお願いします、ゲラート隊長」
    「今回の作戦、バーニィの穴は俺が埋めます。
    俺も皆さんにそうやってカバーして貰いましたからね」

    レンチェフに続き、シャルロッテは厳しい顔で、ニッキは陽気に声を上げる。
    自分が言おうとしていたセリフを全て彼らに言われてしまい、
    所在無さげに口をぱくぱくさせながらアムロは、
    ニッキが彼を“バーニィ”という愛称で呼んだ事を嬉しく感じた。
    誰が心配するまでも無くバーニィは、
    正式な仲間として隊の信頼を勝ち取っていたのである。

    「・・・そうだな。MSが1機失われた事でもあるし、
    どちらにしてもパイロットが一人余る。
    この作戦、ワイズマン伍長には本部就き予備パイロットとしての任務を与える」

    前線と本部の位置が離れ過ぎている今回の作戦では、
    名目はどうあれ予備パイロットの出番は無い。
    ただ休息を認めると言うのではなく、そこに何らかの役割を持たせているのが
    何事に対しても厳格なゲラートらしかった。
    そして、これならばバーニィが目を覚ました時、周囲に引け目を感じずに済むだろう。
    ゲラートは素早くアムロに視線を移した。

    「アムロ准尉、改修したヅダに搭乗しろ。ワイズマン伍長の必死の努力を無にするなよ?」
    「了解!」

    アムロはゲラートに敬礼を返す。バーニィは実力で皆に認められた。今度は僕の番だ。
    良い顔つきをしているアムロを見たゲラートは、
    彼の中に秘められた闘志を感じ取り、心配は無いなと頷いた。


    「ブリーフィングを再開する」

    ゲラートの言葉には無駄が一切無い。
    フェンリル隊の全員は再び、机の上に広げられた大きな地図の上に目を戻した。


112 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/04(土) 01:22:26.48 ID:aW/Znqk0

    『6機の戦車を従えた小型陸戦艇が、監視中の敵大隊に合流しました。
    画像を照合したところ、新型MSを搭載し、
    レンチェフ達と交戦したという件の陸戦艇に間違いは無いと思われます』

    ル・ローアからこの連絡が入った後、ゲラートは直ちにフェンリル隊パイロットを招集し
    襲撃作戦を練っていた。
    経緯はどうであれ、結果的に小型陸戦艇を取り逃がし、まんまと敵部隊との合流を許してしまった。
    しかも敵駐屯地の周辺にジオンのMS部隊が潜んでいる事まで露呈させてしまったのである。
    事態は悪化していると言わざるを得なかった。
    マ・クベに襲撃を指定されたマルヨンマルマル時まで8時間程しか残されていない。

    「レンチェフ、本当にその両手はMSの操縦に支障ないんだな?」
    「大丈夫です。痛みもほとんどありませんぜ」

    ゲラートの言葉に特殊グローブを両手に嵌めたレンチェフは嗤って見せた。
    この内部に特殊なハイドロロコイドルト素材で作られたゲルパッドを内蔵したグローブは、
    炎症を抑え感染を防ぎ自然治癒力を極限まで高める作用がある。
    これは軽度の負傷兵が戦闘を支障なく行なう為に開発されたものであり、
    連邦・ジオンを問わず現在の軍隊においてこのシートパッドは必携品なのであった。
    宇宙世紀に入って医療テクノロジーはかなりの進化を見せており、
    皮肉な事に戦争がそれを更に加速させてもいたのである。
    ちなみに注射もこの時代、もはや針などを皮膚に刺したりしない無針注射器が主流となっていたが、
    レンチェフはこれが殊の外苦手だった。それには理由もあったのだが・・・

    「よーし。これでル・ローア少尉のMS-07A、レンチェフ少尉のMS-07B、
    俺、マニング軍曹、シャルロッテ少尉、スワガー曹長のMS-06J、マット軍曹のMS-05B、
    そしてアムロのEMS-10F・・・都合8機のMSが作戦に投入できる事になった訳だ」
    「EMS-10F・・・?」

    聞き慣れないMSの形式番号に目を丸くしたアムロにニッキが片目をつぶる。

    「そう。もうアレは『イカサマEMS-04』じゃない。
    バーニィのおかげで正真正銘の改良機になったんだ。
    今後はアレを正式にEMS-10F『ヅダ改』と呼ぼうぜ」
    「Fはフェンリル隊の現地改修機という意味ね。ニッキにしては良いアイディアじゃないの。
    隊長、構いませんよね?」
    「いいだろう。許可する」

    シャルロッテの問いにゲラートは笑みを浮かべて頷いた。彼女は更に言葉を続ける。


    「でも、敵は大部隊です『ヅダ改』を加えた8機のMSと言えど、
    無謀に突撃する訳にはいきませんよね隊長」
    「そうだな。俺は取り敢えず3通りの襲撃作戦を考えた。皆の意見を聞きたい」

    一人一人の目を見ながらのゲラートの言葉に全員がその身をグッと乗り出した時、
    ル・ローアからの緊急通信が再度コールされた。

    『こちらル・ローア。監視中の敵大隊から各方面に向けて
    偵察部隊と思わしきMS部隊が多数派遣されています』
    「くそっ!討ち漏らしたあの陸戦艇からの情報で、俺達が近くに潜んでいる事がバレちまったんだ。
    奴ら、この基地を人海戦術で見つけ出すつもりだぜ」

    レンチェフが唸る。彼にとってこの事態は痛恨の思いしかない。
    ただでさえ此方は数が少ないのだ、受身になったら、確実に負ける。
    多少強引でも敵部隊に“奇襲”を仕掛けるしかフェンリル隊が生き残る術は無いのである。
    この場所を敵に発見されてからでは全てが水泡に帰する。ゲラートは決断した。

    「全員MSに搭乗せよ!ブリーフィングは引き続き、
    予定していたポイントまでの移動中に相互無線にて行なう!闇夜のフェンリル隊、出撃!!」

    「「「了解!」」」

    ゲラートの命令にパイロット全員が敬礼で答え、速やかに本部テントを後にした。
    ここが正念場である。
    1人残されたゲラートはオペレーター席に腰を下ろすと素早くレシーバーを装着し、
    まずはル・ローアを呼び出した。


124 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/05(日) 02:53:46.46 ID:/6flwJU0

    切り立った崖に囲まれ、砂地の所々にもごつごつとした低い岩山が顔を出す殺風景で荒涼とした荒野。
    闇夜のフェンリル隊のターゲットであるビッグ・トレーは、そこにいた。

    ビッグ・トレーの周囲には数多くの小型陸戦艇が、まるで王を取り巻く様に駐屯しており、
    更にその外周を61式戦車がぐるりと囲む様に展開、十重二十重の防御陣を構築している。
    多数の投光機が焚かれ夜明け前にも関わらずその周囲は昼間のように明るい。
    ビッグ・トレーはさながらライトアップでもされているかの様な風情だった。
    アムロは夜半から一段と激しさを増した砂嵐とも呼べる程の突風に耐えながら
    ナイトビジョンを内蔵した双眼鏡を覗き続けた。

    アムロ達一行は、あの後敵MSと遭遇することなくニッキ達第二班が当初、
    敵を監視する予定だったポイントに無事到着する事ができていた。
    ちょうどル・ローアの第一班が潜伏している地点とは敵大隊を挟んで反対方向にあたる位置だ。
    この場所は第一班よりも敵との距離が近い為、
    敵の様子を監視するにはこれしか方法が無かったのである。
    陸戦艇の間にMSは見えない。が、ル・ローアの報告では
    確認できただけでも十数機のMSがこの大隊には配備されているという。
    現在偵察から戻っていないMS以外は陸戦艇の中でこの砂嵐を避けているのだろう。

    アムロはもう一度、陸戦艇と61式を数えてみた。
    ビッグ・トレーの他には陸戦艇が12。61式戦車が53。何度数え直してもその数に変化は無い。
    アムロは油断無く敵を監視しながらも、
    MSの中で移動中に行なわれたブリーフィングの様子を思い出していた。
    ゲラート発案による3つの襲撃計画はどれも見事なものであったが、
    その中でも最も成功率が高いだろうと思われる作戦が採用され、既にその役割分担も決められていた。

    今までは自分自身の力量を頼みに単独で突出し、
    常にスタンドプレー同然で戦っていたアムロにとって、
    MSでの本格的な連携作戦の参加は初めてであった。
    チームで戦い、チームで勝利する。そこにヒーローは生まれないが、
    一人一人が与えられた役割を忠実にこなす事で全員が生き残る確率が増す。
    戦争において生き残る事とは勝利と同義なのである。
    やってみせるさとアムロは思う。後は静かに作戦開始時刻を待つだけだ。

    「アムロ。ご苦労、見張り交代だ」

    ニッキ少尉に背中を叩かれ、我に返ったアムロは、
    小高い岩場のスキマに設えられた監視用の偽装網からもぞもぞと這い出し、
    今の所異常はありませんと言いながら彼に双眼鏡を手渡した。
    代わりにニッキは持っていたパワーバーをアムロに手渡してから偽装網に潜り込み、
    先程アムロがいたポジションまで這い上がると、双眼鏡で敵大隊の監視を再開する。

    「食欲は無いかも知れないが食っておけ。イザと言う時の踏ん張りが違う」
    「ありがとうございます、遠慮なく頂きます」

    パッケージを急いで破くと、アムロはこの軍用非常食にかぶりついた。
    ジオン製のパワーバーは連邦のそれと比べて格段に味が良い。
    続いてアムロはお尻のポケットから小型の水筒を取り出して咽も潤す。
    砂粒でジャリついていた口の中が洗い流され、人心地がついた。


125 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/05(日) 02:55:48.52 ID:/6flwJU0
    「・・・ゲラート隊長達は大丈夫でしょうか」
    「万が一の時の用心にマニング軍曹のザクを基地に残して来ているんだ。
    あっちは彼に任せるしかない。俺達は俺達のやるべき事をやるだけだ・・・ん?」

    ニッキの覗く双眼鏡の視界に、俄かに異変が起こっていた。
    サイレンの音も風に乗って微かに連邦軍野営地から聞こえて来る。

    「おいおい・・・こいつはまるで、猟犬が獲物を見つけた時みたいな反応だぜ・・・」

    ニッキのその言葉を裏付ける様に、陸戦艇の内部に待機していたMSが次々と現れ出したのである。
    その時、アムロとニッキのレシーバーにル・ローアから緊急コールが入った。

    『緊急事態だ!敵の斥候が友軍部隊と戦闘に入った!
    どうやら俺達の野戦基地とは敵部隊を挟んで真逆の地点にジオン地上軍が潜伏していたらしい!』
    「何ですって!?俺達以外にこの部隊を狙っているジオンの部隊がいたんですか!?」
    『どうやらそうらしいな!敵を欺くにはまず味方からって諺もある。
    もしかしたら俺達が襲撃している背後から敵を突く腹積もりだったのかも知れんな!』

    それはゲラートが予測した通りの事態でもあった。
    ル・ローアの推測はまさに正鵠を射ていたのだが、今の彼にはそれを知る術は無い。
    マ・クベの命令により、味方である筈のフェンリル隊にすら極秘で潜伏していた部隊は、
    皮肉な事にフェンリル隊よりもその規模が大きかった為に
    連邦軍の斥候部隊をやり過ごす事が出来ずに発見されてしまったのである。
    本来の計画ではフェンリル隊を生贄にして、悠々と敵本隊の背後を襲う筈が、
    暴かれたゲリラの隠れ家同然に連邦軍の強力なMSが殺到するハメになってしまったのだ。
    みるみる目前の部隊からMSが出払って行くのをニッキは半ば呆然と眺めていた。
    それは敵の防衛網の綻びを意味していた。

    「やったぜ!ここは暫く友軍部隊に頑張ってもらって・・・
    あの厄介な敵のMSを出来るだけ減らしといて貰いましょうよ!その後で俺達は」
    『バカ者!むざむざと仲間を見殺しにするつもりか!?第一班は偽装解除!
    直ちに友軍の救援に向かえ!ガードが甘くなった敵本体への襲撃は、第二班のみで行なえ。
    お前達ならば可能だ、やれ!』

    ニッキの軽口をゲラートは叱責で切り捨てたのである。ニッキは思わず首をすくめた。

    『第一班、ル・ローア了解!』
    「第二班、ニッキ・ロベルト了解・・・すみませんでした!アムロ、行くぞ!」

    偽装網から這い出したニッキはアムロを促してMSに向かう。

    別れ際に聞いたラルの言葉どおり、ゲラート率いるフェンリル隊は素晴らしいとつくづく感じる。
    アムロはヅダのコックピットに滑り込みながら、ふとラルの懐かしい顔を思い出していた。


158 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/08(水) 20:20:14.07 ID:KjuvSm.0
    ビッグ・トレーの艦橋を震わせた激しい衝撃に、
    グリーン・ワイアット大将は手にしていたイングリッシュティーを取り落とし、
    マイセンのカップは床に落ちて砕け散った。

    「な・・・何事だ!?」
    「こ、後方に被弾しました!!8時の方向から敵MSが現れた模様!我が隊は攻撃を受けています!」
    「馬鹿な!伏兵が潜んでいたとでもいうのか!?」

    ワイアットが視線を移すと、メインモニターには
    視界を遮る砂嵐を掻き分ける様に姿を見せた4機のジオン製MSが、
    ノイズ混じりながらもその姿をクッキリと映し出している。
    5機のMSのいでたちは一言で言うならば重武装。後方には両手にバズーカを抱えているザクもいる。
    必殺の装備を整え襲撃に挑んで来た様子がありありと窺える。
    見る間に前衛の2機、マシンガンを両手に構えたザクと凶悪な殺気を纏ったグフが
    最前列の61式戦車隊に襲い掛かった。

    前衛を勤めるニッキのザクは、まず脚部に装着された3連ロケットランチャーを発射、
    前方に密集していた61式数両を苦もなく吹き飛ばすと、
    抉じ開けた敵の防衛線に機体を踊り込ませ、マシンガンを周囲に乱射する。
    同じく前衛で敵陣に切り込んだレンチェフのグフは、ヒート・ロッドを薙ぎ払う様に振り回し、
    61式戦車の残骸を次々と生み出して行く。そのすさまじい勢いはさながら荒れ狂う暴風の様だった。
    今回の作戦の場合、陸戦艇からの攻撃は殆んど考慮しなくていい。
    あまりにも距離が近すぎる為、長射程の武器ばかりを装備した陸戦艇からでは
    味方を巻き込みかねない砲撃はできなくなるからだ。
    それでも流石に、巨大な主砲の覗くビッグ・トレーの正面だけには立つ訳にはいかなかったが。

    側方に展開した61式を撃破する事に集中していたニッキは後方に位置していた数両が、
    自分の背中を狙い砲塔を旋回させた事に気付いていなかった。
    だが、アラートで自分がロックオンされた事を知ったニッキのザクが振り返る前に、
    それらの61式戦車は側面からのマシンガンの掃射で爆発炎上してしまった。

    「サンキューアムロ!」

    ニッキのその声に軽く手を上げて答えたアムロのヅダは、すぐに前衛MS2機の周囲に意識を戻した。
    今回の襲撃作戦でアムロはウイングガードのポジションを任されている。
    臨機応変に前衛のMSを援護し、バックスのMSを護衛する「遊撃」がその役割だ。
    バックスのシャルロッテが駆るザクは2丁のバズーカと特殊爆弾を装備する決戦仕様であり、
    機動力が極端に低く接近戦に対応できない為に護衛機が必要なのだった。
    本来はこの作戦はル・ローアの第一斑と共同で当たる筈だったのだが、
    第一斑が作戦から外れた為に全てを第二班で遂行せねばならなくなったのである。
    だが、そのかわりに現在敵の部隊にはMSが不在だ。
    これは僥倖と言っても差し支えないぐらいの好機であった。

    「何故だ何故なんだ!・・・周囲警戒の責任者は誰だ!?極刑ものだぞ!」

    普段のエセ紳士然とした態度とは打って変わってヒステリックに取り乱す上官を、
    ブラン・ブルターク大尉はうんざりした眼差しで冷ややかに眺めていた。
    敵は目前にいるのだ、今は責任者の追及をしている場合じゃなかろうに。
    無能な上官に振り回される泥縄の現場。貧乏籤を引いたなとブランは天井を見上げた。
    もともとのケチの付け始めはこのビッグ・トレーのエンジンが完全に壊れた事だった。
    巨大な船体が仇になり、他の同型艦で曳航する事ぐらいでしか移動する事もままならないだろうが、
    もちろんこの場に他で作戦行動を執っているビッグ・トレーを呼び寄せる事など不可能だ。
    ならば座乗している司令官だけでも他の艦に乗り換えて
    残りの部下もさっさと撤退なり進撃なりさせればいいものを、
    この無能な上官は自分のメンツに拘るあまり、この巨大陸戦艇を離れる事を頑なに拒否し、
    エンジンを何とか修理させる事に固執したのだ。
    何の事は無い、それがジオンの勢力圏内ともいえるこの場所に
    連邦軍の大規模で奇妙な駐屯地が出来上がった理由だったのである。

    『自分の部隊を見捨てずにここに居残るのでは無く、
    権力の象徴たるビッグ・トレーを簡単に降りられるかというのが真意だというのが救われんな』

    もちろん救われないのは部下の方である。ブランは心中で溜息をついた。

    「何をぼさっとしているブルターク大尉!こんな時の為に貴様等を残しておいたのだぞ!
    さっさと出撃準備に入らんか!」

    怯えを孕んだワイアットの視線がブランを見ている。
    この無能者と一緒の空気を呼吸する事に、そろそろ苦痛を感じていたブランは
    形式だけの敬礼を残すと、せいせいした面持ちで第一艦橋を後にした。


174 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/09(木) 20:44:20.22 ID:3z/i5f20

    累々とした残骸の中で前衛2機のMSはようやく動きを止めた。

    最前列でアタッカーとして切り込んだレンチェフのグフとニッキのザクは、
    中距離からアムロ、後方からシャルロッテの的確な援護を受け、
    大したダメージを受ける事無くビッグ・トレーを取り囲む様に防衛陣を構築していた
    53両の61式戦車を一両残らず壊滅させる事に成功したのである。
    この様な近距離からでは巨大戦艦の三連装砲は使用できないし、周囲に展開している小型陸戦艇は
    ビッグ・トレーを背にしているジオンのMSに対して攻撃を仕掛ける事はできない。
    連邦側からすると正に「詰み」の状態であった。

    『ヘープナー少尉、ターゲットに爆弾を設置して砲台と足回りを完全に破壊しろ。
    その後指揮官を武装解除させて乗組員を全員外へ引きずり出せ。降伏し投降する様に呼び掛けるんだ。
    アムロ准尉は周囲警戒。ニッキ少尉とレンチェフ少尉はそのまま第一斑の援護に向かえ。
    ミノフスキー粒子で敵の本陣が陥落した事が伝わらず戦闘が継続している可能性が高い』

    道なりに設置してきたセンサーポールのお蔭で本部にいるゲラートの指示が各MSに明瞭に響き渡る。

    「これを持って行って。敵のMSは強力みたいよ、気張んなさい」
    「助かる。なるべく早く皆を連れて戻るからな」

    シャルロッテのザクから、まだ残弾が残っているバズーカを一丁受け取ると
    ニッキのザクはレンチェフのグフと共に岩山の向こうに姿を消した。
    それを見届ける間も無くシャルロッテは行動を開始する。
    多数携行してきた小型爆弾をザクの手でビッグ・トレーの要所に次々と設置して行くその手際の良さに、
    アムロは周囲を抜かりなく警戒しながらも舌を巻いていた。
    猛烈な自信家のシャルロッテというこの女性、確かに言うだけの能力はあるのだ。

    だがその刹那、アムロは嫌な気配をビッグ・トレーの内部に感じた。

    数多くのエンジンの胎動が聞こえる。
    それも、その全てがこちらに向けて敵意を放出しているようだ。これはまさか――
    見るとビッグ・トレー前面のハッチが前開きに開いて行くのが
    側面に位置しているヅダから辛うじて見る事ができた。アムロの全身が総毛立つ。

    「シャルロッテ少尉!早く!早くこっちに!」
    「慌てないでよ、これで最後なんだから」
    「敵艦の格納庫が開いたんです!奴ら、MSを隠していたんですよ!」
    「な、何ですって!?あっ・・・!!」

    ビッグ・トレーの左舷にいたシャルロッテのザクが身体を起こすのと、
    飛来した砲弾にその左肩のショルダーガードが吹き飛ばされたのは同時だった。
    ぐらりと体勢を崩したザクが船体側舷を滑り落ちてくるのを駆け寄って来たヅダが
    ヒザのクッションを思い切り効かせて受け止めた。

    「あ・・・うぅっ・・・」

    ありがとうアムロと言おうとしたシャルロッテは激しい吐き気と眩暈を感じ、そのまま口をつぐんだ。
    激しい衝撃に脳が揺さぶられているのだ。アムロに受け止めて貰えなかったならザクは頭から落下し、
    地面に叩きつけられていただろう。その場合、恐らく彼女の命はなかった筈だ。
    ヅダはそっと地面にザクを横たえると彼女を背後に守る様に前に出て、
    その前腕部に装着された特製シールドを構えた。

    わらわらとビッグ・トレーから飛び降り地表に降り立ったのは、
    先程シャルロッテを砲撃したガンキャノンを含む、何と8機もの連邦製MSだった。


216 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/12(日) 19:19:08.00 ID:SbbCK0c0

    「馬鹿野朗が!」

    ガンキャノンに搭乗したブラン・ブルターク大尉は、
    ビッグ・トレーに取り付いていたザクを仕留め損なった自分自身に毒づいた。
    どうもこのガンキャノンというMSはしっくり来ない。自分の性に合わないのだ。
    腰抜けのワイアットから、ようやく出撃命令が出たと思ったらこのザマだ。
    どうやら長い待機期間中に腕の方もサビ付いてしまったらしい。

    「全員密集隊形で敵を追い詰めろ!だがまだ発砲はするなよ!」

    部下である7機の陸戦型ジムに指示を飛ばしながらブランはガンキャノンを彼らとは逆に一歩後退させた。
    敵戦力はビッグトレーのモニターで既に解析済みだ。
    前方にいるのは手負いのMS-06ザクともう1体のMSのみ。
    ザクじゃない方の詳細は不明だが、携行武器はザクマシンガンに間違いは無い。
    あの武器ではこちらのMSの装甲を撃ち抜く事ができない事は実証済みだ。
    それに先程から観察していた限りでは何やら動きがえらく鈍い。
    あれではこちらのジムのスピードに付いては来れないだろう。やろうと思えば何時でも殺れる。

    『パイロットの投降は許さん。なぶり殺しにしてやる・・・!』

    残忍な衝動がブランの中に湧き上がる。
    ワイアットは自分が率いる部隊よりもまず、自身とビッグ・トレーの保守を第一に考える男であり、
    いかなる時も、自らの座乗艦に搭載された8機のMSを出し惜しみ、
    決して出撃させようとはしなかった(その分酷使される随伴艦が搭載するMSこそ良い面の皮であった)。
    今回も敵戦力を損耗させるという名目で、
    50両以上もいた友軍の61式戦車が全滅するまで出撃する事が許されなかったのである。
    味方の兵士を見殺しにせざるを得なかったブランのストレスは今や限界に達していた。


    「ア、 アムロ・・・私に構わず・・・退却しなさい・・・・・・」

    眩暈が治まらず、自由にならない身体をもどかしそうに捩りながらシャルロッテは声を絞り出した。
    今のこの状態ではオートパイロット無しではザクを立たせる事すらできないだろう。
    プライドの高いシャルロッテにとって、
    自分の存在が他人を危険に晒す事になる事など絶対にあってはならない失態であった。

    「このままでは貴方までやられてしまう・・・ニッキ達の後を追って・・・彼らと合流を・・・」

    ぐっと込み上げてくるものを堪えきれず、彼女はヘルメットの中で吐瀉物を吐き出した。
    苦しさと情けなさに涙が溢れ出す。
    普段、周囲にさんざん偉そうな事を言っておきながらこの姿は何なのだと、
    折れそうになった彼女の心を遮ったのはスピーカーから聞こえて来たアムロの闊達とした声だった。

    「シャルロッテ少尉。このまま立ち上がる事をせずに、じっとしていて下さいね」

    シャルロッテは驚いた。横たわる彼女のザクを庇う様に、
    目の前では体勢を限りなく低くしてシールドを構えたヅダが迫り来る8体の敵と対峙し、
    こちらに背中を向けている。
    このギリギリの状況で少年は何かを狙っている。まさか、敵に仕掛けるつもりなのか。

    「な、何をするつもりなの!?ダメよ!無茶しないで・・・!」
    「大丈夫です。すぐ終わらせますよ」

    やけに冷静な声でアムロが答える。彼女は恐怖した。そんな馬鹿な、幾らなんでも無謀に過ぎる。
    シャルロッテは必死に訴える。
    何も判っていない、逃げなさい、あなたは戦闘経験が浅く怖い物知らずなだけなのだと。
    しかしその後、いくら彼女が必死に呼び掛けても、一向にアムロからの返事は無かったのである。


217 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/12(日) 19:20:29.64 ID:SbbCK0c0
    このカラクム砂漠はコロニーが地球に落ちてからというもの、
    地形と気流の関係でカスピ海から吹き付ける海風が渦を巻き、
    台風並みの竜巻を伴う激しい砂嵐が断続的に巻き起こる地帯と化してしまっていた。
    その砂風の渦はカラクム砂漠を北上しアラル海を抜け、
    バイコヌール地方まで達する事すら稀ではなかったのである。

    だが今、ゴッ!という音の残滓を残してあれ程吹き荒れていた砂嵐が瞬時に掻き消えた。
    完全なる無風、砂嵐の渦の中心である「目」の部分に周囲の地帯が突入したのである。

    今までの嵐がまるで幻だったかの様な環境の激変に、
    敵も味方も一瞬の空白が生じたその時、アムロはただ一人動いた。
    敵はMS8機。ほぼ3小隊分に匹敵するMSにたった一機で突撃するなど通常で考えたら正気の沙汰ではない。
    しかも、自由自在の機動で敵を撹乱できる宇宙とは違い、ここは重力に縛られ動きを制限された地上なのだ。
    だが敵は今だ密集隊形のままであり部隊フォーメーションがとれていない状態だ。お誂え向きに風も止んだ。

    アムロは迷わずヅダ改のコンソールに新たに設えられた小さな透明なカバーを跳ね上げ、
    中のスイッチを強く押し込んだ。

    途端にコックピット内に赤色灯が点灯した。一瞬モニターに照り返したアムロの顔も紅に染まる。
    緊急事態を示すアラート音が断続的に鳴り始め、メインモニターの右下部にデジタルタイマーが表示された。
    リミットタイムは05:21:09。
    敵はガンキャノンを含む8機のMS、流石に数が多いか。少々骨が折れそうだ。


    だが、やれる。

    アムロはぺろりと舌で唇を湿らせた。
    このヅダ改ならやれる。
    バーニィが命賭けで生み出したこのMSの力を自分ならば最大限に引き出せるという確信がある。
    そしてオペレーターを経験して培った知識と戦法を総動員すれば、この難局を切り抜ける事ができる筈だ。
    緊張を伴う高揚感の中で彼は、ラル隊の目前でWBを襲撃した時の事を明瞭に思い出していた。

    あの時はガンダムのモニターにリミットタイムを表示させていたのだ。
    コックピット内に赤色灯はなかったけれど。
    アムロは思わずクスリと笑った。それは妙に心地良く、精神を研ぎ澄ますのに丁度良い儀式となった。

    「EMS-10Fリミッター解除!カウントダウン開始!ブラインドフィルターON!」

    ヅダのモノアイが一段と輝きを増し、ギョロリと敵MSを睨み付けた。
    それは羊の皮を被った狼が、拘束されていた鎖を引き千切り獰猛な牙を剥き出した瞬間であった。


245 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/15(水) 17:46:45.32 ID:/nS4O/M0
    【05:19:28】

    ヅダはゆっくりと、まるで握手でも求めるかの様に手を前方に差し出した。
    その掌に乗っていた小さな塊りはヅダの手を離れ、
    軽い放物線を描きながら前進して来ている7機のジムの頭上に達した。
    放り投げられて来た塊りを、虚を突かれた7機のジムは、呆けた様に目で追っている。

    「グレネードだっ!防御・・・!」

    後方でそれに気付いたブランが叫ぶが、途端に強烈な閃光が周囲に弾け、
    夜明け前のカラクム砂漠にクッキリと光と影の陰影を刻み付けた。
    ミガキ特製、光量5倍の対MS用閃光手榴弾が炸裂したのだ。

    「うおおっ!」「しまった!?」「!!」「モニターが!」「あっ!」「!?」「何だ!?」

    そのヅダのあまりに何気ない動きに意表を突かれ、閃光を間近で捉えてしまった7機のジムは、
    シールド防御が間に合わず、モニターがホワイトアウトするという事態に陥った。
    連邦のMSパイロットはジオンのそれと比べると練度が低い。図らずもそれを実証する事態であった。

    アムロはそれを見逃さない。フットペダルを踏み込むとバーニアを吹かし、
    およそ100メートルの距離を弾丸の様に一気に飛び越え、敵陣の懐に入り込んだ。
    瞬間、あの時バーニィを驚愕させた強烈なGが今度はアムロを襲う。
    が、寧ろアムロはそれを心地良い加速だと感じ、その凶悪なベクトルを全て攻撃に転化した。

    「ぐぶっっ・・・!」

    轟音と共に機体に加えられた激烈な一撃に、ジムのパイロットの意識は消し飛んだ。
    敵の集団に飛び込んだヅダは加速を緩めないまま、
    左前腕部に装着されたスパイクシールドによるパンチを棒立ちのジムの顔面に叩き付けたのである。
    頭部を完全に砕かれた一体の陸戦用ジムがもんどりうって後方に吹き飛ばされて来る。
    ブランは何が起こったのかと目を見開いて眼前に展開している光景を眺めているしかなかった。

    『どうせなら、そのまま敵をブン殴れるスパイクが欲しいな』

    以前WBのブリッジで、MSにおけるシールドの有効性を話し合っていた時にオルテガ中尉がそう言い、
    メイ・カーウィンがスケッチして見せた特殊シールドが今、ヅダには装着されている。
    連邦軍のMSにはザクのメインウェポンである120ミリマシンガンが通用しない。
    そしてザクのシールドは肩に固定されてしまっている為、取り回しが悪い。
    その現実にアムロは攻撃と防御を兼ね備えた接近戦の武器としてミガキ達メカマンに「これ」を提案し、
    ヅダ改修の傍らで急造して貰ったのだ。
    通常ザクの右肩に装着されているL字型の装甲版を、
    方向を逆にして左手の前腕部に取り付けてあると思えばいい。
    その内部にはグリップが取り付けてあり、
    これを握り込む事で拳まで完全に覆うシールドを固定するのだ。
    オルテガの提案通り、ナックルガードの部分には3本のスパイクが埋め込んであり、
    その鋭い切っ先は凶悪な輝きを放っている。
    これはナックルガードの部分にボルト穴を切り、
    ザクのショルダーガード用スパイク(スパイクのみ取り外し可能なタイプ)を移植したものである。
    現地改修の急場凌ぎに違いは無かったが、その威力は予想以上だった。


246 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/15(水) 17:48:37.03 ID:/nS4O/M0
    「な、何だ!?」

    後方にいたブランは眼前で繰り広げられている光景に驚いている暇すら無かった。
    密集したMSの足元から白煙が激しく立ち上り始めたのである。
    あらかじめアムロは、飛び込みざまに敵MSの足元めがけて数個のスモーク・グレネードを放っていたのだ。

    「各種センサー起動。パッシブセンサー及びサーマルセンサーON!」

    濛々たる白煙に視界が遮られるが、種類の異なるセンサーを同じモニターの画面で素早く照合解析する事で、
    見え難かった周囲の敵の位置をほぼ完全に特定する事が可能となるのだ。
    こんな戦法、ガンダムだけに乗っていた時には考えもしなかっただろう。
    これはアムロが性能の劣るMSを補佐するオペレーターを経験した事で
    初めて身に付けたテクニックであった。
    敵は密集している為、視界が遮られた状態では後方にいるガンキャノンも下手に味方を援護する事は出来ず、
    周囲のジムは同士討ちを恐れてビームサーベルを振る事も出来ない。

    ヅダの独壇場であった!

    アムロは左のバーニアだけを吹かして機体を急激にターンさせながら、
    スパイクシールドを左フックの要領で右にいたジムの脇腹にえぐり込ませた。
    ルナチタニウムの装甲をひしゃげさせ、ボディをエビ反らせながら吹き飛ぶジム。
    スパイクシールドはとてつもなく重く、遠心力をも利用しなければ使いこなす事は不可能な武器である。
    しかしアムロはMS-07Hに搭乗した時の経験で、重心移動を攻撃に転用する術を身に付けていた。

    「重さに逆らわず、利用する!動きを止めずに、攻撃する!」

    アムロは自らの攻撃の手順を確認するように叫びながら、
    3機目のジムに機体の回転を利用した足払いを掛け、
    後方に転倒させてからその頭部をスパイクシールドで打ち砕いた。

    「!!」

    稲妻がアムロの脳裏に閃く。ヅダが背中から袈裟懸けに切り裂かれるイメージが浮かんだのだ。
    それはまさに、センサーの解析範疇を超えた超感覚だった。

    「背部装甲、パージ!!」

    咄嗟にアムロは爆発ボルトを点火してヅダの背部エンジンを覆う装甲板を後方に吹き飛ばした。
    それはミガキが念の為にヅダに追加した緊急装置だったが、
    吹き飛ばされた装甲板は、視界が利かなくなった恐怖のあまり、
    ヅダの背後で闇雲にビームサーベルを振り回していたジムに、ヅダ本体の代わりに切り裂かれた。

    「や、やった!手応えがあっ・・・!」

    機体の動きを止めた未熟なジムのパイロットが快哉を叫ぶ暇をアムロは与えなかった。
    次の瞬間、スパイクシールドの一撃で正面からコックピットを潰されたジムは、
    墓石の様に後ろに倒れ込んだのである。
    同時にスパイクシールドの内部で握り込んでいたグリップの付け根が折れ、
    シールドは地響きを立ててヅダの足元の砂地に落下した。

    「しまった、溶接した部分が衝撃に耐え切れなかったのか・・・!」

    アムロは地面に転がったスパイクシールドを残念そうに見つめた。もうこの装備は使用不能だ。
    だが、急造品にしては良く持ってくれたと言えるだろう。


247 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/15(水) 17:52:55.62 ID:/nS4O/M0
    【03:52:07】

    アムロはちらりとタイマーを確認してからヅダの手に残ったグリップを捨てると、
    素早くヒートホークを抜き、いまだ白煙が立ち込める中、残る敵MS2体に迫る。
    シールドと装甲を同時に失ったヅダの防御力は限りなく低下してしまった。
    油断する事は決して許されない。
    だが、敵からこちらは見えないが、こちらから敵の位置は丸見えだ。
    ヅダのヒートホークがたちまち赤熱してゆくのが判る。
    アムロに狙われた2体のジムの命運は、風前の灯火であった。


    【02:17:24】

    ブランは忸怩たる思いだった。
    彼の搭乗しているガンキャノンは白兵戦を得意とするMSでは無い為、
    乱戦に陥っている現場に飛び込むことができないのだ。
    1機、また1機と部下のジムが落とされて行くのが、切れ切れに届く断末魔の通信でそれと判る。
    ガンキャノンに搭載されている音紋センサーで、白煙の中で蠢くMSを察知する事ができてはいるのだが、
    敵味方入り乱れている為に迂闊に砲撃を仕掛ける事もできなかったのである。
    事ここに至っては、スモークが晴れるまで待つか、
    敵がスモークから飛び出して来た所を狙い撃つしかない。
    ブランはキャノン砲の砲身を跳ね上げ、ビームライフルを構えていた。
    敵MSの武器は白兵戦用の物だったから、こちらを攻撃する為には接近して来る必要があるはずだ。

    「俺の射撃からは逃げられんぞ。姿を現した時が貴様の最後だ・・・!」

    彼はビームライフルの射撃に絶対の自信を持っていた。
    白煙の中、恐らく敵であろうMSの機影は追えている。照準も既に付け終えている。
    が、完全に敵だと確信が持てない為にトリガーが引けないだけなのだ。
    まさか部下のMSを誤射する訳にもいくまい。


248 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/15(水) 17:53:38.81 ID:/nS4O/M0

    だがその時、目を凝らしスコープを覗き込むブランの瞳に緊張が走った。
    次の瞬間、ガンキャノンの機体は断続的な激しい衝撃に打ち据えられ、
    ブランは覗き込んでいたスコープにヘルメットを激突させたのである。
    メインモニターは激しい衝撃と共にブラックアウトし、
    緊急事態を知らせるアラートがけたたましく叫び始める。
    ダメージモニターには今の被弾でガンキャノンの頭部と右マニュピレーターが欠損した事が示されていた。
    それはこのMSが一瞬で戦闘不能にされてしまった事を意味していた。

    「まさか・・・銃撃されたのか・・・!」

    朦朧とする意識の中でブランは驚愕していた。
    白煙の中からマシンガンの掃射を浴びせ掛けられた、のである。

    「何故だ・・・敵のマシンガンではこちらの装甲を撃ち抜けなかった筈だ・・・むうっ!?」

    ふたたび巻き起こり始めた砂嵐に白煙が吹き飛ばされると、
    そこには累々と地に倒れ伏す陸戦型ジムの中、
    ただ1機の敵MSが肩膝をついた姿勢でこちらにマシンガンの銃口を向けている姿が現れた。

    「やはり敵の武器は、敵のMSにも通用するみたいだな」

    ヅダが手にしているのは100ミリマシンガン。
    それは、ブランの部下の陸戦型ジムが携行していた武器であった。
    アムロは乱戦の中、倒した敵MSからこれを奪い取っていたのである。
    しかしスモークというブラインドの中、照準が連動していない筈の敵の銃で、
    ターゲットに攻撃を命中させるなど並の技量では無い。
    ブランは敵パイロットの恐るべき才能に燃えるような嫉妬を覚え、
    逆にそれが彼の敗北感を圧して意識を明確なものにした。

    「くそおっ・・・!こんな所では・・・死なんぞ!」

    ブランは必死で意識を保つと、破損したガンキャノンの上半身の「Aパーツ」を強制排除し、
    コアブロックを下半身の「Bパーツ」から上空へ射出させた。
    アムロは冷静に狙いを付け、変形したコアファイターに向けて100ミリマシンガンを掃射する。
    弾丸はコアファイターのフラップに命中し、安定を失った同機はコントロールを失い、
    西の空に落下軌道で飛び去った。
    どちらにしろ、あのコアファイターを追跡する戦力はこちらには無いのだ。
    墜落を免れるかどうかはパイロットの腕次第だろう。

    【00:00:00】

    タイムアウトを告げる警告音が短く3回鳴り響くと、
    コックピット内の赤色灯は消え、アラームも鳴り止んだ。
    静寂を取り戻したシートでアムロはヒートゲージを確認する。
    問題は無い、温度は通常通りに下がりつつある。
    ミガキの言葉は嘘ではなかったのだ。
    アムロは今度こそ深く息を吐き出しながら、
    地面に片膝を付けたままだったヅダをゆっくりと立ち上がらせた。

    横たわるザクの中でシャルロッテは見た。

    吹き荒ぶ砂風の中、荒野に昇り行く太陽の光を照り返す、
    敵の残骸の中から立ち上がったMSの雄々しい姿を。
    そこに彼女は、劣勢のジオン軍に誕生した、
    運命を逆転する力を持った英雄の姿を垣間見た気がしたのである。


318 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/21(火) 00:31:13.36 ID:OpRCNhY0
    巨大な岩山の裂け目に巧妙に偽装し潜伏していたジオン軍MS部隊を襲撃する為に
    ワイアット提督から直々に駆り出されたクリスチーナ・マッケンジーとマット・ヒーリィは、
    それぞれの陸戦型ジムで強襲部隊に参加していた。
    襲撃部隊は既に敵と交戦に入っている先行偵察隊を含め、
    陸戦型ガンダム2機と陸戦型ジムで構成される全12機からなる。
    数的には4小隊の合同作戦という事になるのだが、実態は各部隊からの寄せ集めの集団であり、
    小隊間の連携が取れているとはお世辞にも言えるものでは無かった。
    場当たり的な作戦を突発的にワイアットから指令された為、小隊員が一同に会した時、
    果たして現場の指揮官を誰にするかも厳密には決められていなかったのである。
    部隊が混乱するのも当然であった。

    それでも奇襲に成功していた先行部隊は陸戦型ジムの性能の高さにも助けられ、
    ジオンMS部隊の主力を占めるザクを次々と撃破していった。
    しかし、当初こそアイドリングも殆ど済んでいない敵MSを蹂躙していた連邦軍だったが、
    完全に戦闘準備を整えた1機の新型MSドムが現れると状況は一変した。
    ドムの装甲はザクとは比較にならないほど厚く、
    携行するバズーカの威力は陸戦型ジムをも吹き飛ばし、
    操縦するパイロットの練度も高かったのである。
    しかもジオン軍のMS部隊は現れたドムを指揮官として連携し、
    完全に体勢を立て直す事に成功してしまった。
    ジム部隊は一転して、一機、また一機と敵MSに包囲され、
    集中攻撃で各個撃破されて行く立場となったのである。
    経験の浅い連邦軍は完全に浮き足立っていた。

    「マット中尉!中尉が全部隊の指揮を執って下さい!このままでは!」
    「だめだ!ここで俺が口を出したら部隊が更に混乱してしまう!」

    クリスの提言を即座に却下しながらマットは、
    この混乱を招いた原因たる2機の陸戦型ガンダムを睨み付けた。
    この二機のMSに搭乗する2人の大尉が、
    それぞれ現場での指揮権を最後まで譲らずにいた為に指揮系統が2つ存在する事となり、
    壊滅寸前だった敵に付け入る隙を与える事となってしまったのである。
    瓦解寸前なのは今や連邦軍の方であった。

    マットの所属するMS第三小隊はあくまでも特殊部隊である。
    ラリー・ラドリー少尉のジムもロストしてしまった為、
    本来はオデッサまでは実戦に参加しない筈のクリスを伴い、
    殆ど数合わせ同然でこの作戦に合流させられたマットに発言権など無いに等しかった。
    はっきりとは判らないが、現在も稼動しているこちらのMSは恐らく8機を割っていると思われた。
    このままでは確かにジリ貧である、マットの頬を一筋の汗が流れ落ちたその時、
    彼らの背後で突如爆発音が鳴り響いた。

    「な、何だ!?」
    「て、敵です!背後からも敵のMS部隊が!」

    この状況で挟撃・・・!
    マットはくず折れそうな絶望感に囚われそうになるのを辛うじて回避すると、
    クリスの操縦するジムへ呼び掛けた。

    「マッケンジー中尉、俺から決して離れるんじゃないぞ!」
    「り、了解です!」

    この期に及んでは最早、自分の力の及ぶ限り1人でも多くの友軍兵士の命を救う事に全力を尽くすしかない。
    悲壮な決意を固めたマットは知る由も無かった。
    後背から新たに現れた敵の部隊の中には偶然にも彼と同じ名前を持つマット・オースティン軍曹がいる事を。

    彼らの背後を突いたのは、ゲラートの命により、
    おっとり刀で駆け付けたル・ローアが率いる「闇夜のフェンリル隊」第一班だったのである。


358 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/23(木) 01:00:50.70 ID:I/Na6/.0

    指揮車であるホバートラックで全てをモニターしていたゲラートは、瞑目していた。

    アムロの戦闘能力は、軍人として羨望を覚える程の凄まじいものだった。
    相手の視界を完全に奪い、データ解析行いながら戦闘を行うというスタイルは
    ゲラートも想定しシミュレートした事がある。
    が、誰に教えられた訳でも無いのにもかかわらず、
    実戦でそれをやってのける15歳の少年が存在したとは・・・
    これを痛快と言わずして何と言うのか。
    年若き部下のズバ抜けた戦闘センスを目の当たりにして、驚くと同時に、
    ふつふつと込み上げて来る笑いも抑える事ができない。
    ゲラートは通信装置をONにした。

    「ヘープナー少尉。現状を報告せよ」
    『・・・・・』
    「ヘープナー少尉!聞こえないのか!?」
    『は・・・はい!失礼しました・・・アムロ准尉が・・・その・・・信じられないんですが
    敵MS・・・8機・・・を、一人で・・・殲滅させました・・・・・・あっ!あれは!?』

    突発的な何かを目撃して、呆けた様な声を出していたシャルロッテの声が正気を取り戻したのが判る。
    ゲラートは眉をひそめた。

    「どうしたヘープナー少尉」
    「信号弾です!ターゲットの巨大陸戦艇が信号弾を打ち上げました!」

    砂嵐が過ぎ去った朝焼けの空に、まばゆい光球がいくつも炸裂する。
    事ここに至って、ようやくワイアットの座乗するビッグ・トレーは、
    揮下の部隊に対し「総員撤退」命令を発布したのだった。


359 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/23(木) 01:03:37.95 ID:I/Na6/.0
    ル・ローア達に後背を付かれたマット・ヒーリィと
    クリスチーナ・マッケンジーら連邦軍MS部隊の苦闘は続いていた。
    乱戦となればMSの扱いに慣れていない連邦軍は更に不利となる。
    こうなっては自分が殿(しんがり)となって後方からの敵を食い止めている間に
    指揮官機の元に散開している部隊員を集合させ、
    全MSが総力を結集して突破口を開くしか道は残されていない。
    元々こちらのMSの方が性能は高い。
    数さえ揃えば陸戦型ジムの部隊はジオン軍にとって脅威の軍団と化す筈なのである。
    マットはそれを、陸戦型ガンダムに搭乗する2人の大尉に進言しようと回線を開いた。

    「!!」

    刹那、サブモニターを横切った影にマットは反射的にジムのシールドを上げ、振り向きざまに構えさせる。
    鈍い衝撃と共に何かがシールドにぶつかり、そのままクリスのジムの足元に跳ね返ってごろりと転がる。
    それは、今まさにマットが通信しようとしていたゴードン大尉が搭乗する陸戦型ガンダムの頭部であった。

    「ああっ!?」

    物言わぬメインカメラに見つめられたクリスが短い悲鳴を上げる。
    この哀れな髑髏は件のドムに白兵戦を挑まれ、
    ヒート剣の一閃によって瞬く間に切り伏せられてしまった成れの果てである。
    見るともう一人の大尉が搭乗する陸戦型ガンダムも、見るからに手練れだと判るツノ付きのザクに、
    背後からバズーカの直撃を食らい、今まさに沈んだ所だった。

    「マット中尉!12時方向にビッグ・トレーからと思われる信号弾を確認しました!」
    「何だって!?」

    クリスの通信にメインカメラを振り向けると、確かに朝焼けの空には、
    幾つもの光球が輝きを放っている。マットは我が目を疑った。

    「『総員撤退』だと!?馬鹿な!ビッグ・トレーが墜ちたのか!?」
    「我々のいない隙にジオンの別働隊に襲われたのかも知れません!急いで戻らないと・・・!」
    「いや、撤退命令は出ている。ならば、ここから俺達は本来の作戦行動に戻ろう。
    このままポイントBに向かう。上手くすれば戦技研の陸戦艇部隊と合流できるだろう」

    そう。今回戦技研の試験部隊はワイアットの横槍で進路を捻じ曲げられて合流させられただけで、
    元々こんな場所で駐屯する予定など無かったのだ。
    モニター越しにクリスに厳しい表情を見せたのは一瞬、
    マットは作戦参加中の全MS部隊員に繋がる非常回線に切り替えた。

    「作戦行動中の全部隊員に緊急連絡!ゴードン、クライフ両大尉がやられた!
    俺はMS第三小隊のマット・ヒーリィ中尉だ。
    現時点からこの場の指揮は俺が執る!異議は認めない!
    全員生き延びる為に俺の指示に従って冷静に行動をしてくれ!」

    マットの通信にほうほうの体で集まって来た陸戦型ジムは僅か4機のみであった。
    12機いた筈の連邦が誇る新鋭MSが半数に減ってしまったのだ。
    いずれの機も損傷が目立つ惨々たる有様であった。

    「ワイアット提督のビッグ・トレーが墜ちた。後背からも敵が迫っている。
    ここは挟撃を避ける為に前方の敵陣を全力で突破する。
    俺を含め3機がフォワード、3機がバックスだ。フォーメーションを崩すな。
    バックスはシールドを構え後方をマシンガンで牽制しつつ後退だ。
    フォワードは俺が指定する敵を集中攻撃。移動速度は一番足の遅いMSに合わせる。
    ここから先は一人の犠牲者も出すな!行くぞ!」

    マットの激で堅牢なフォーメーションを組み上げ、
    一丸となって移動し始めたMS部隊にクリスは目を見張った。
    あれほど優勢だったジオンのMSも、今はこちらに迂闊な攻撃を仕掛けてくる事ができないでいるのだ。
    指揮官によって、こんなにも機動が違うものか。先程までとは雲泥の差だ。
    やはりどんなに優れた兵器でも、それを操る人間によってその性能が
    生かされも殺されもするのだという事実を改めて思い知らされる。
    例のドムとツノ付きザクも岩陰から悔しそうにこちらを窺うのみだ。
    いかに新型であろうとこちらのマシンガンで集中攻撃を受けたら耐えられるものでは無いからだろう。

    「敵は恐らく深追いはして来ないだろうが油断するな!
    包囲網を突破するまで決して気を抜くんじゃないぞ!」

    まるで心中を見透かしたかの様にマットから檄が飛ぶ。
    クリスは改めて気を引き締め直した。確かに気を抜くのはまだ早い。
    連邦軍のMS残存部隊はここが正念場なのであった。


360 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/23(木) 01:04:49.66 ID:I/Na6/.0
    打ち上がった信号弾を確認すると、
    こちらを遠巻きにしていた12両の小型陸戦艇は蜘蛛の子を散らすが如く、
    最大戦速で次々とこの場から逃げ出し始めた。
    非情な様だがボスの陥落は、ボスからの束縛が無くなった事をも意味している。
    MS部隊は出払い、61式戦車と虎の子のMS8機を失った連邦軍はもう、
    ビッグ・トレーに取り付いた敵MSに対してまともに反撃する術を持っていない。
    ならば、戦闘能力を殆んど持たない陸戦艇は、
    ボスの墜ちたこの場所にいつまでも留まる訳にはいかなかったのである。
    彼らにとって幸いな事に「ボスが撤退命令を出した」のだ。全力で逃げても敵前逃亡にはならない。

    砂煙を巻き上げて敗走する陸戦艇群の様子を、
    アムロとシャルロッテはそれぞれのMSコックピットでモニター越しに見ているしかなかった。
    ザクはビッグ・トレーの艦橋にバズーカを向けていなければならなかったし、
    ヅダは開け放たれた格納庫に侵入し緊急脱出用の連絡艇にマシンガンを構えていなければならなかった。
    たかだか2機のMSでは、この巨大な陸戦艇をフリーズさせておく事しかできない。
    ル・ローアやニッキ、レンチェフらの仲間達がここに戻り、
    この艦を完全制圧下に置くまでは2人共に持ち場を離れる訳にはいかなかったのだ。

    あの後どうにか(無理矢理)体調を回復させたシャルロッテは、
    てきぱきと爆破作業を再開し、ビッグ・トレーをたちまちの内に無力化した。
    周囲は砂漠である。アムロがここでこうしている限り
    ビッグ・トレーの乗員はどこにも脱出する事はできない。

    敵から奪い取ったマシンガンをヅダに構えさせながらも、
    さっきからアムロはシャルロッテがやけに静かなのが気になっていた。
    ・・・怒っているのだろうか?
    確かにあの時、自分を置いて逃げろと指示したシャルロッテの上官命令を
    アムロは平然と無視してしまったのだ。
    結果オーライとは言え、プライドの高い彼女の逆鱗に触れてしまった可能性は非常に高い。

    「アムロ」
    「はははい!」

    戦々恐々としていたアムロは突然のシャルロッテからの通信に度肝を抜かれた。


383 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/26(日) 19:30:53.86 ID:gxoLk.I0

    ニッキとレンチェフが現場に到着した時にはもう既に戦闘は行われておらず、
    ル・ローアたち第一斑の三人は生き残った友軍の兵士に協力して
    生存者の救助に当たっている所だった。
    ニッキは思わず眉根を寄せてあたりを見回した。ひどい有様である。
    ジオン兵の夥しい損耗がなされた戦場の傷跡は生々しい。
    ざっと見ただけで約10体のザクが残骸と化し、
    本部として機能していたであろうギャロップやカーゴも無残に破壊され尽くされている。
    こちらからは見えないが、岩山のむこう、あちこちから黒煙がたなびき上がっている所を見ると、
    被害はこの倍、いや三倍はあろうかと思われた。
    MSを含む実働部隊をバックアップする人員も含めて、
    兵員の死傷者は100名を越えているのではないだろうか。

    「ニッキ、レンチェフ、こっちだ」

    眼下で横たわる負傷者を介護しながらル・ローアが手を振っているのが確認できる。
    そこへ後方から新型MSドムとツノ付きのザクを従えた
    マット・オースティン軍曹のMS-05がやって来て合流した。
    ドムとツノ付きザクはそれぞれのコックピットハッチを開放し、
    中のパイロットがヘルメットを脱ぎこちらに向かって敬礼する。
    ニッキとレンチェフもそれに習い、ハッチを開けて敬礼を返す。
    MSパイロットだけに通じる簡易儀礼であった。


384 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/26(日) 19:31:25.97 ID:gxoLk.I0
    「突撃機動軍MS強襲機甲中隊所属ソフィ・フラン少尉です」
    「同じく、サンドラ少尉。よろしく」
    「お2人共、それぞれ所属するMS部隊が壊滅されてしまったそうですが、
    残存部隊を指揮されて連邦のMSを撃退する事に成功されました。
    正直、このお2人がいなかったなら友軍の全滅は免れなかったでしょうな」

    マット軍曹が紹介した2人のパイロットは共に妙齢の女性だった。
    ドムに搭乗したソフィ少尉は髪が長く切れ長の瞳をした10代後半と思われる美女、
    ツノ付きザクを駆るサンドラ少尉はショートカットで背が高い、
    見るからにワイルドな物腰の女性だ。こちらは20代後半という所だろうか。
    ソフィは尉官を示すマントを着用しているが、
    サンドラはタンクトップのアンダーシャツ着用で女性ながら大きく胸元を開け、
    筋肉質な肌を惜しげもなく露にしている。
    敬礼をしたまま、先に口を開いたのはソフィ少尉の方だった。

    「我々MS強襲機甲中隊はマ・クベ指令からベドウィン作戦の一環として、
    『闇夜のフェンリル隊』には極秘で別の地点に潜伏し、
    フェンリル隊の襲撃に呼応して敵大隊を強襲するよう命じられていたのです。
    命令により、あなた方に連絡する事を厳に禁じられていたとは言え、
    友軍を囮として利用するような行動を甘んじて取っていた事をお詫びします。
    これは、この作戦に参加した兵員の総意だとお考え下さい」
    「言い訳する訳じゃないけど、あたしたち下っ端には上からの命令にどうこう言うなんてできっこない。
    不満や疑問があってもやらざるを得なかったんだ。だが、結果はご覧の通りさ。
    因果応報って奴かも知れないね」

    うなだれる2人にニッキは事情は了解しましたと声を掛けた。
    わだかまりが無いと言えば嘘になるが命令を拒否できない一兵士に罪は無い。
    悪いのは全てオデッサのマ・クベ指令なのだ。マ・クベ許すまじ。
    だが今はマ・クベに呪いの言葉を吐き出す前にやる事がある。
    事は急を要するのだ、ニッキはマットに向けて呼び掛けた。

    「マット軍曹、ここはこの2人にお任せして俺達はシャルロッテとアムロの元に急いで戻りましょう。
    いくらシャルロッテが優秀でも一人でビッグトレーの完全制圧は無理でしょうが・・・
    彼女なら強引にやりだしかねません」
    「さっき信号弾が上がった所を見ると、どうやら上手くやったらしいが、
    早い所戻ってやらんと心細いだろうからな」

    ニッキの提案にレンチェフが頷く。
    大急ぎで駆けつけた為にセンサーポールを設置する暇さえ無かったのだ。
    ゲラート隊長とのレーザー通信も不可能な今、現場がどうなっているか判らない。
    可能性は低いが連邦の援軍でも現れたらアムロとシャルロッテだけでは対応できないだろう。
    一刻も早く、彼らの元に戻ってやる必要があった。

    「聞いた通りだ。我々は仲間の所に戻らせてもらう。ここは任せて宜しいか?」

    いつの間にかグフに搭乗していたル・ローアがシートベルトを締めながらモニター越しに声を掛ける。
    ソフィとサンドラは顔を見合わせ、頷き合った。

    「ここからは我々だけで大丈夫です。これまでの御厚情に感謝します。すみやか作戦にお戻り下さい」
    「助かる。救援はなるべく早く遣させる」

    ソフィの言葉に硬い表情で頷くとル・ローアのグフは皆を促して踵を返した。
    遅れて合流したスワガー曹長のザクを交え、フェンリル隊5機のMSは
    ビッグトレーを制圧している筈のアムロとシャルロッテの元へと急ぐ。


    彼ら全員がそこに転がる何体もの敵MSの残骸に息を呑み、
    頬を紅潮させたシャルロッテがまくし立てるアムロの武勇伝に瞠目するのは、
    これより暫く後の事であった。


397 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/28(火) 15:31:27.60 ID:fd9uT9w0
    相次いで飛来するガウ攻撃空母や輸送機の群れを下から見上げる構図は
    アムロに軽い既視感を想起させた。
    今回はある意味WBを鹵獲したあの時よりもジオン側の対応に緊張感が見受けられる。

    連邦軍オデッサ攻撃部隊南部支隊司令グリーン=ワイアット中将は
    100名余のビッグ・トレー乗組員共々ジオン軍の捕虜となり、
    その身柄はカスピ海を越えてオデッサ近くの一大集積基地ロストフ・ナ・ドヌーに
    護送される事になったのである。
    鹵獲したビッグ・トレー内部にも検閲が入り、アムロに破壊された比較的軽微な損傷のMSも
    次々と輸送機に搬入されて現場は騒然とする趣が暫く続くであろうと思われた。

    そんな中、ソフィ、サンドラ両少尉も搭乗MSと共に正式にフェンリル隊への編入が承認された。
    これは、部隊が壊滅し行き場の無くなった2人の希望とゲラートの戦力増強要請が
    司令部に同時に叶えられた結果であった。
    大戦功を挙げた部隊には褒賞と一応の便宜を与えねば一般兵の士気にかかわる。
    ニガ虫を噛み潰した様なマ・クベの顔が見えるようだとニッキは笑った。
    まああの男は最初からそんな顔付きではあったがなとル・ローアも含み笑いで返す。
    体調を完全に回復したバーニィが隊に復帰すると、隊員達の盛り上がりは最高潮に達した。
    バーニィは肝心な時に役に立たなかった自分が情け無いとひたすら恐縮していたが、
    皆は気にするなと笑い飛ばし、アムロは自分が出撃できたのはバーニィのお蔭だと
    素直に感謝の意を伝えた。
    なごやかな雰囲気の中、笑顔をふと真顔に戻し、シャルロッテがアムロに向き直った。

    「アムロ、丁度良いわ。あの時の約束、今やってみせてくれない?」
    「え、今ここで、ですか?」
    「そう。みんないるし、場所も広いし、人数も足りるでしょ?」
    「何の話だ?」

    話が見えないル・ローアが2人の会話に割り込む。

    「アムロが煙幕の中で8機の敵MSを一瞬でやっつけたシミュレーションよ。
    それを再現してもらう約束をしていたの」
    「え!?アムロが8機のMSを一瞬で!?・・・いや、ははは嘘でしょう?・・・?」

    復帰したばかりでそんな話は寝耳に水のバーニィが素っ頓狂な声を上げ周りを見渡すが、
    笑っている者は誰もいない現実に笑顔を張り付かせる。
    ソフィ、サンドラ両名もMS乗りとして今の話には興味津々。瞳を見交わして成り行きを見守っている。

    「正直、あの時のシャルロッテの説明は要領を得なかったからなあ。
    話半分で聞いていたんだ。夢でも見てたんじゃ無いかってな」
    「必死で戦っている時に衝撃を食らったりすると意識が飛ぶ場合があるだろう。
    それじゃないのか?アムロが善戦したのは確かなんだろうが、
    一人で8機のMSを落としたというのはあまりにも非現実的すぎる」

    ニッキとル・ローアが本音を漏らすと、シャルロッテからアムロの活躍を口頭で聞いたメンバーも、
    済まなさそうに次々と同様の認識だった事を暴露した。

    「そうね・・・もし私もニッキから同じ話を聞いていたら、
    バッカじゃないの?さっさと顔を洗ってきなさい!・・・と言ったでしょうね」
    「なんだよ!」

    あてつけのような物言いにニッキが両目を吊り上げるがシャルロッテは無視した。

    「でも私は間違いなくこの目で見たのよ。
    スモークの中で何が起こっていたのか知りたいの。お願いアムロ」

    シャルロッテはあどけない表情を残す15歳の少年をまっすぐ見つめた。
    その瞳は真摯な輝きを放っており、邪念など微塵も感じられない。
    アムロは熱く、そして透き通った視線に思わずどきりとした。

    「・・・判りました。それじゃ皆さんは敵のMS役をやって下さい。配置はこうです」

    ホバートラックの横でフェンリル隊メンバーによる戦闘再現シミュレーションが始まった。
    通りすがりにミガキに呼び止められたゲラートは、一同のすぐ横で面白そうにそれを見物している。

    砂地に横座りしたシャルロッテ(行動不能のザク)を前に、立膝を付いたアムロ(ヅダ)が身構え、
    バーニィ(ガンキャノン)を一人後方に置いた敵役の7人(陸戦型ジム)が
    10メートルを隔てて対峙している。
    それはMSを人間に置き換えた、あの時の状況の再現であった。
    バーニィはごくりと唾を飲み込んだ。これは、絶望的な状況である。
    もしも自分がこの状況に置かれたならば、
    果たして敵の軍団と戦う事を選択するだろうかと思えたのだ。
    それは多かれ少なかれフェンリル隊の面々も感じている様で、
    各々が頭の中でこの状況で取るべき最善の行動を模索している様であった。


398 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/28(火) 15:32:34.04 ID:fd9uT9w0

    「いきます。まず僕はヅダのリミッターを解除してから閃光弾を敵の頭上にこうやって放り投げました」
    「待って、どうしてゆっくり下から投げたの?」
    「急いで上手から投げると警戒されると思ったんです。なんとなくですけど」

    シャルロッテの問いに事も無げに答えるアムロに一同は舌を巻いていた。
    心理的な駆け引きと言ってしまえばそれまでだが、
    この切羽詰った状況で「ゆっくり」行動するのには相当なクソ度胸を必要とする。
    この少年は一瞬の閃きでそれをやってのけたのである。

    「全ての敵がシールド防御する事無く閃光を直視したのを見て、
    スモーク・グレネードを2個、敵の足元に放ってからバーニアを吹かして敵陣に近付き、
    そのままの勢いでまず、スパイクシールドの一撃を・・・最前にいた敵に食らわせました」

    軽く走って来たアムロが左ストレートパンチをル・ローアの顔面に当てるフリをする。
    ル・ローアはアムロの走って来た勢いそのままに後方に数歩歩いた後に仰向きに倒れた。
    スケールは違うが、恐らく現実でも同様の事が起こった筈だ。
    眉を上げながらレンチェフが思わず口笛を吹いた。

    「各種センサーを起動し周囲の敵の位置を把握しながら右足を軸にして、
    こう身体をスラスターで回転させ・・・後ろの敵を・・・」

    その場の全員が息を呑んだ。アムロは簡単に言っているが事はそう単純ではない。
    単独のセンサーでは複数の敵の位置を完全に特定する事はできず、
    刻々と位置を変える敵に対応するには小まめなモニター切り替えと素早い解析が必須なのである。
    戦闘と解析を同時に行う事の困難さはやってみれば判る。
    脇腹をパンチで抉られたフリのスワガーが輪から離脱し、
    後ろから足を薙ぎ払われて転倒したマニングの顔前でアムロの拳が止まると
    周囲の溜息が「おお!」「なるほどな!」等の快哉に変わった。
    一切の無駄が無く、流れる様な動きは美しかった。
    本当にMSの機動でこれをこなしたのだとしたら、
    アムロの操縦技術は並外れていると言わざるを得ない。


399 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/04/28(火) 15:32:52.70 ID:fd9uT9w0

    「ここで僕は『嫌な感じ』がしてヅダの背部装甲をパージしたんです」
    「待て、嫌な感じってのは何だ。センサーで敵を確認したんじゃないのか?」

    それまで理詰めで動いていたアムロの機動とは正反対の言葉にル・ローアが戸惑った様な声を出す。
    ル・ローアの見解にシャルロッテも同意だった。
    彼女も不確定要素を極力排除し理屈と効率でMSを動かす事を旨としている。
    いわゆる女の勘という奴も、肝心な時に思いの他当てになりはしない事を彼女は知っているのだ。

    「違います。何か危険な圧力みたいな物を背後から感じて咄嗟に・・・」
    「ふむ。で、その結果は?」
    「切り離した装甲板は、すぐ後ろまで迫って来ていた敵MSのビームサーベルに切り裂かれました」

    アムロは斜め後方にいたレンチェフをアムロの真後ろの位置まで移動させた。
    レンチェフはこんな感じかとばかりに剣を振るマネをしてみせる。

    「で、動きの止まった敵に振り向きざまにこう・・・」

    今度はレンチェフのボディに正面からアムロは腰の入った拳を軽く当てる。

    「コックピット直撃だ。一撃アウトだな」

    ニヤリと笑ったレンチェフはそのまま尻餅を付く様に後ろに倒れ、輪から抜けた。
    うむむとル・ローアが唸るのがシャルロッテには聞こえた。
    背部装甲板を排除するのは本来ならば自殺行為に相当する。
    特に戦闘中にそれをするのは正気の沙汰ではないのだ。
    結果オーライと言ってしまえばそれまでだが、そう毎回幸運が続く訳でもなかろう。
    それまで満点に近いシミュレーションを見せ付けていたアムロが
    いきなり行った不確定要素に根ざした行動。
    自分以上に理屈人間のル・ローアにはそれが気に入らないのかしらとシャルロッテは思ったが、
    意外な言葉が彼の口から飛び出した。

    「アムロ、お前はニュータイプって奴かも知れんな」
    「ニュータイプ?」

    どこかで聞いたような言葉にアムロが思わず聞き返す。しかしル・ローアは首を振った。

    「詳しくは知らん、前の部隊にいた時に聞いた事があるだけだ。
    何でも敵の姿を遠くから察知するだの、無線無しで遠く離れた他人と会話できるだの・・・
    荒唐無稽すぎて話にならん与太話だ」

    ル・ローアはしかしアムロをじっと見ている。

    「・・・と、たかを括っていたのだがな。済まん、続けてくれ」


432 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/01(金) 19:59:02.27 ID:1OAvLr20
    フェンリル隊総出で行われているシミュレーションは大詰めを迎えていた。

    ニッキ少尉、マット軍曹、サンドラ少尉の演じるジムを
    架空のヒートホークで次々と斬り倒したアムロは、
    倒れざまのサンドラの手から架空のマシンガンをもぎ取り、
    片膝を付いた姿勢から離れた位置にいるバーニィに狙いを付け、架空の引き金を引く。
    それで全てが終わったのだった。

    「この後、撃破したガンキャノンから離脱したコアファイターを狙撃しましが、
    撃墜は確認していません。以上です」

    周囲で見ていた隊員達から思わずおおおと溜息が漏れる。
    アムロの言葉が終わった瞬間、アムロが放った架空の銃弾に貫かれたバーニィは肩を落とし、
    両膝をがくりと地面に付けてうなだれてしまった。
    せっかく回復した体調が、何だかまた悪化してしまったかの様な脱力感を感じる。
    実は、これが始まった時からバーニィは自分が敵のガンキャノンパイロットだった事を想定した
    脳内シミュレーションを行っていたのだ。

    「・・・何も出来なかった・・・負けた・・・」

    どうも自分はアムロの技量を相当に見くびっていたらしい事に、
    今更ながらに気付かされたバーニィだった。
    なんだか本当に色々と負けてしまった様な気がする。
    それ程アムロの動きにはムダが無く、付け入る隙が見出せなかった。
    今では敵対していた連邦のMSパイロット達に同情すら禁じ得ない程だ。
    アムロの操縦技術と状況判断のセンスは掛け値なしに「天才的」であった。
    己が自身の技量をこの15歳の少年のそれと比較したフェンリル隊それぞれのメンバーは、
    そこに露になった冷酷な一つの現実を受け容れなければならなかった。
    それは、歴戦を戦い抜いた事で高い矜持を持つに至った彼らにとっては
    ある意味、残酷な事実でもあった。

    「何と言うか・・・准尉殿が敵でなくて本当に良かったと言わざるを得ませんなあ・・・」

    最年長のマット軍曹がぽりぽりとスキンヘッドをを掻きながら
    全員の心情を代弁する様に言葉を絞り出すと、ようやくその場の固まっていた時間が動き出した。

    「バーニィ、アムロ、そちらのお2人さんと、我が隊の新人は粒揃いだな。
    今後は遠慮なくアテにさせて貰うぜ?」

    脱帽した様に笑いながらソフィとサンドラを交互に見やるレンチェフ。
    サンドラは肩をすくめて苦笑いを見せ、
    ソフィは何か思う所があるのか静かな闘志を湛えた瞳をアムロに向けつつ頷いた。

    「ちくしょお!何だか面白くねえな!おいアムロ、俺はぜってーお前ぇに負けねえからな!」
    「言っておくけど私も負けないわよ!?腕を磨き直してあなたに挑戦します!
    その時は逃げないでちゃんと受けてね!?」

    ニッキとシャルロッテの素直な発言は、若者の特権でもあった。
    マニングとスワガーを含め、隊の年長組は、
    アムロに対し対抗心を表立って剥き出しにできる彼らを少しだけ羨ましそうに眺めていた。
    そんな中、アムロはふと目に飛び込んで来た光景にぎょっとした。
    バーニィがアムロに向けて敬礼をしていたのである。

    「ちょ・・・ちょっと何やってるんですかバーニィさん!?」
    「お忘れですかアムロ准尉。初めてお会いした時に自分は准尉に対して
    『一人前と認めたら敬語を使い敬礼もする』と、言ったのですよ」

    にっこり笑っているバーニィにアムロは急いで飛びつき、
    よそよそしく敬礼している右手を強引に下ろさせた。冗談ではない。

    「敬語なんてやめてくださいよ!僕の事は今まで通り呼び捨てでお願いします!」
    「いや、それでは軍の規律が・・・」
    「色々なサポートで僕の力を引き出して下さったのはバーニィさんです!
    そうだ、次からはあのヅダ改にはバーニィさんが乗って下さい!」
    「何言ってんだアムロ!あのMSのパイロットは・・・!」

    「おっと。残念だが、ヅダ改はもう使えんぞー」

    「え・・・・?」「ミガキさん?」

    それまでゲラートの横で成り行きをずっと見守っていたミガキが、
    唐突にアムロ達の話に割り込んで来た。
    そしてその言葉は・・・淡々としたその口調とは裏腹に実に衝撃的なものであった。


433 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/01(金) 20:00:50.04 ID:1OAvLr20
    「聞こえなかったか?ヅダ改は、もう、使えん、と、言ったんだ」
    「「ええええっっー!?」」

    見事にアムロとバーニィのハモッた叫び声が晴れた砂漠に響き渡った。

    「砂嵐の中で防塵処理を施した装甲を外しちまったのが致命的だったみたいだな。
    エンジンや駆動系、電子機器まで細かい砂粒が入り込んじまっててどうにもならん。
    アレはエンジンその他の完全オーバーホールが必要だ。
    だが、この最前線でそんな悠長な事をやっている暇は無い。
    バラして新しく入ったドムのパーツにしちまった方が効率がいい」
    「そ、そんな・・・」

    アムロは目の前が真っ暗になる思いだった。
    確かに装甲を排除した後、少しだけ動きに違和感を感じてはいたのだが、
    まさかそこまでマシン全体が重篤な状態に陥っていたとは・・・
    地球の重力下での砂嵐を完全に甘く見ていたようだ。

    「ま、あんまり気を落とすな。パイロットが無事ならMSは換えが利く。
    お前さん方に相応しいMSは、そのうち隊長がマ・クベから分捕ってくれるそうだ」
    「・・・任せておけ」

    ミガキの言葉に頷いた何やら自信ありげなゲラートの様子に、アムロは少しだけ胸を撫で下ろした。
    しかしヅダ改の解体とは、かえすがえすも残念だ。
    あの機体はある意味ガンダム以上の『面白さ』があったのに。


    「・・・嵐の様に現れたゴーストファイターはその名の通り、
    見た者だけの瞳にその荒ぶる姿を刻み付け・・・
    また人知れず、砂漠の風に消えたんだな」


    またぞろ吹き始めたつむじ風を見つめながら、バーニィがぽつりと呟いた。


466 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/03(日) 23:58:21.25 ID:AaMKSZk0
    中規模なファット・アンクル部隊に空輸される形で旧イラン高原を渡り、
    ゲルマーン基地で補給した後、フェンリル隊は3日を掛けて
    ペルシャ湾の入り口であるホルムズ海峡にある港湾基地バンダル・アッバースに到着した。
    これまでとはうって変わり、地べたを這いずる移動ではなく、快適な空の旅であったが
    これは、マ・クベの隊に対する評価が改善されたからでは決して無いであろう事も、
    ゲラートは心得ていた。
    使える兵は、より有効な場所で使い潰す。多分それだけの事なのだろう。
    今、彼らはドックの前で、浅黒く海焼けし、顎鬚を蓄えた精悍な男と対峙している。
    年齢は30代後半といった所か。

    「遠路はるばるご苦労だった。
    突撃機動軍戦略海洋諜報部隊レッド・ドルフィン隊隊長のハーネス大佐だ。
    バンダルへようこそフェンリル隊の諸君」

    他部隊の上官から久し振りに聞いた労いの言葉にゲラート少佐以下、
    フェンリル隊の全員が敬礼で答える。
    そんな中、ハーネスは部隊の中に年端もいかない少年がいる事に気が付き、
    ゲラートに怪訝そうな目を向けた。

    「ご心配には及びません。ウチのスーパールーキーです」

    視線の意味を酌んだゲラートが敬礼のまま、すかさず答える。
    フェンリル隊の全員が意味ありげな笑みを浮かべているのを見て納得した訳でも無かったが、
    ハーネスはこの場でその件についてはそれ以上詮索しなかった。

    「まずはゆっくり休んでくれと言いたい所だが、現状、そうも言ってはおれん。
    着任早々で済まないがすぐに作戦行動に入らせて貰いたい。事は一刻を争うのだ」
    「構いません。空路での移動中に休養は十分に取らせて頂きました」

    ゲラートの言葉にハーネスが頷く。

    「助かる。先日、チャゴス諸島のディエゴ・ガルシア基地とマドラス基地が
    相次いで連邦軍の手に落ちたのは知っての通りだ。
    奴等はオデッサへの足掛かりとしてトリントンからの輸送船団をディエゴ基地で中継させ、
    紅海を北上、スエズ運河を抜け黒海に到達する海上ルートを確保するつもりらしい。
    だが、我々は断じてそれを許す訳にはいかない」

    ハーネスは一旦言葉を切った。連邦の構築しつつあるシーレーンを叩く、
    そういう事かとアムロは思わずごくりと唾を飲み込んだ。

    「奴等の狙いは紅海の入り口であるアデン港湾基地だ。
    ここが落とされるとスエズ運河はたやすく突破されてしまうだろう。
    我々はこれよりユーコン級潜水艦に分乗しアデンに向かう。
    水陸両面から連邦軍の上陸部隊を迎え撃つ為にだ。
    奴等の船団は既にディエゴ基地を出航している。猶予は残されていない。以上だ。質問は?」
    「海洋部隊はジオンが連邦を圧倒していると聞きました。
    マドラス基地はまだしも、何故、デイェゴ基地が敵の手に渡ってしまったのですか?」

    ハーネスの言葉に敏に反応したのはシャルロッテだった。
    怖い物知らずのその態度に、いつもながら隊員達はヒヤヒヤさせられる。
    しかしハーネスは見かけ以上に肝要な人物らしく、彼女のぶしつけな問いにも誠実に答えた。

    「物量に任せた爆撃と・・・連邦に新型の海中兵器が現れたんだ。
    我が隊のユーコン級潜水艦1隻とザク・マリンタイプ2機も・・・そいつ等に、やられた」

    苦渋の表情を浮かべるハーネスに流石のシャルロッテも絶句する。
    ドックに吹き込んで来た海風の香りも一瞬、変わってしまった気がした。


488 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/05(火) 01:54:25.38 ID:ikK4D9Q0
    「機動性の高い小型潜水艇の群れと、
    ジオンのお株を奪う様な水中用MSに寄ってたかって袋叩きにされたんだ」

    鍔付きの帽子を目深にかぶり、
    着崩した軍服のはだけた胸元に尖ったペンダントを認識票を共にぶら下げた男が、
    フェンリル隊の背後から野太い声を掛けた。
    フェンリル隊員全員が驚いて振り返る中、
    シャルロッテだけがその礼を欠いた態度に眉根を吊り上げる。

    「ジオンの水陸両用MSは確かに高性能だと言われてはいるが、
    高性能の新型機が配備されている部隊は少数しかない。
    我が隊に2機配備されていたMSM-01も水陸両用MSの実験機で、
    水中戦闘ができるレベルじゃなかった」
    「いきなり失礼でしょう!まずは我々に姓名と階級ぐらいは名乗られては如何ですか?」

    誰何されたその声に顔を少しだけ上げ、鍔の隙間から激昂するシャルロッテをちらりと見たその男は、
    興味が無さそうにふいと視線を下げ、その瞳を再び鍔の陰に隠してしまった。
    馬鹿にされた気がしたシャルロッテが憤然とその男に歩み寄ろうとするのを、
    両脇からニッキとバーニィが必死に押し止める。

    「彼の非礼は私から詫びよう。
    元々レッド・ドルフィン隊には3人のパイロットがいたのだが、
    2機のMSM-01が撃墜されてしまった為・・・
    今では彼が我が隊唯一のパイロットとなった、ヴェルナー・ホルバイン少尉だ」
    「・・・!」

    ハーネスの言葉に思わず戸惑いを見せたシャルロッテの顔から怒りが消え失せる。
    顔を上げたホルバインの瞳が鍔の奥でぎらりと輝いた。

    「心配はいらねえよ隊長。死んだ仲間の分も俺が埋め合わせをしてやるさ。
    あの新型の水陸両用MSでな」
    「・・・熱くなるなホルバイン。あれはまだテストも済んでいないんだ。
    まともに戦えるかどうかも判らんのだぞ」
    「いや、俺には判る。あの図体は決して見かけ倒しじゃねえよ」

    アムロがホルバインの視線を追うと、ドックの奥の暗がりに異形な巨体が鎮座しているのが見えた。
    大きな嘴を付けた楕円形の体が4本足の台座に乗せられている様な、
    一種異様なその姿はアムロがそれまで見てきたMSのイメージを大きく逸脱するものだった。

    「あれが・・・MSなんですか?」
    「ああ。キャリフォルニア基地から送られて来たMSM-10【ゾック】だ。
    こいつで連邦の連中に一泡吹かせてやるぜ」

    アムロの問いにホルバインは浅黒い顔を歪めて不敵に笑って見せたのである。


506 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/05(火) 23:42:46.78 ID:ikK4D9Q0
    潜水艦へのMS搬入等で全ての人員が慌しく動き回る中、ハーネス大佐を見つけたシャルロッテは、
    自身の作業を一時中断して彼の元に駆け寄った。

    「何だと?どういう意味だ」
    「ですから、大佐が先程、あのMSM-10を『まともに戦えるかどうか判らないMSだ』
    と仰られていたその発言の意味をお聞きしたいのです」

    シャルロッテのその質問に答える事は機密情報に関し聊かの問題がある事ではあったが、
    今後彼らは部隊は違えど同じ船に乗り込み一蓮托生となる。
    引っ掛かる部分を出来るだけ減らし、相互理解を深める事が互いに生き延びる最良の手段である事を
    歴戦の艦乗りであるハーネスは承知していた。
    彼女の真剣な表情を認めたハーネスは、小さく息を吐き出して作業の手を止めた。

    「MSM-10【ゾック】はその全身に強力なメガ粒子砲を9門も装備する拠点攻撃用MSだ。
    連続砲撃を可能にする為にザクの4倍ものジェネレーター出力を持ち、
    机上の計算ではアレ一機で公国軍のMS一個中隊分の火力スペックがある」
    「メガ粒子砲9門・・・」

    シャルロッテはあの扁平なMSの持つ、あまりの火力に驚いた。だがそれでは質問の答えになっていない。
    ハーネスの懸念は一体なんだと言うのだろう。

    「・・・だが、MSM-10の武装は、その9門のメガ粒子砲しかない。
    逆に言えばあのMSはメガ粒子砲しか装備されていないんだ。この意味が判るか?」
    「ま、まさか・・・MSM-10には水中で使用できる武器が無い・・・と、いう事なんですか!?」

    察しのいいシャルロッテの言葉に、ハーネスは厳しい表情で曖昧に頷いた。


    「そう。海中で強力なメガ粒子砲を発射すれば水蒸気爆発を起こしかねんからな・・・
    アレは、海中を高速で移動し海岸線に上陸した後、強襲揚陸部隊の後方から支援砲撃を行う事を目的に、
    『陸上で運用される』事を前提に開発されたMSだ。だから基本的に水中戦は想定されていない。
    いや、当初はされていなかった、と、言うべきか」
    「・・・?」

    ハーネスの歯切れの悪さに眉根を寄せるシャルロッテ。

    「しかし開発の途中で連邦軍の海洋部隊にも対応すべきだとする意見が上から出たらしく、
    MSM-10のメガ粒子砲は急遽『エーギルシステム』に差し替えられたんだ」
    「えーぎるシステム?」

    聞いた事の無い単語にシャルロッテが戸惑う。事の深刻さを示すように、
    ハーネスの精悍な顔にさっと暗い影が差し込んだ。

    「水中でメガ粒子砲を無理矢理発射させる為に考案された非常に不安定なシステムだ。
    その開発中にも・・・システム上の不備から、どうやら犠牲者を多く出したらしい、いわく付きのシロモノだ。
    そして『エーギルシステム』は結局、完成したとは言い難い不完全な状態のまま・・・MSM-10に搭載された」
    「で・・・でもホルバイン少尉は水中で戦闘を行なうと言われていましたが!」
    「どちらにせよ我々には、水中の敵MSに対抗できる兵器は、もうあのゾックしか残されていない。
    敵と遭遇するまでにテストをできるだけ重ね、微調整を繰り返しながら
    少しずつでもシステムの完成度を高めていくしかあるまい。
    果たしてその時間があるかどうか疑問だが・・・」

    シャルロッテはぶつけ様の無い憤りに無言で身体を震わせた。
    バーニィの命を奪いかけたヅダといい、
    ジオンの兵器はどうしてこうも現場の兵士に負担を掛ける物が多いのだろう。
    しかもザビ家に軽んじられている者の多くがその危険な任に就かされていると見るのは、
    うがち過ぎだろうか。

    「状況は厳しいが、最善を尽くしてやるしかない。
    君達もできるだけホルバインに協力してやってくれないか。奴はぶっきらぼうだが、ああ見えて仲間想いの熱い男だ」

    そう言って上官であるにも関わらず軽く頭を下げたハーネスだったが、
    あの不遜な男の顔を思い浮かべたシャルロッテは即答する事ができなかった。


522 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/08(金) 01:55:11.51 ID:SagvIa20
    全ての人員と機材、そしてMSの積み込みを完了したユーコン級3隻からなる
    レッド・ドルフィン隊の潜水艦隊は、慌しくバンダル・アッバースを出航した。
    しかし航海を始めてすぐに、ハーネス大佐はホルバイン少尉の搭乗する
    MSM-10【ゾック】を水中で発進させると、直ちに各潜水艦を浮上させ停泊させた。
    時間は惜しいが、これから行なう調整実験の為にはどうしても艦を停める必要がある為である。
    しかし、時間は限られていた。目的地のアデン港には2日半の航程で到着しなければ作戦に間に合わないからだ。
    ゾックに搭載された「エーギルシステム」の調整に掛けられる時間はあまりにも少ないのだった。

    「諸君等にホルバインがこれから実験する『エーギルシステム』について簡単に説明しておこう。
    『エーギルシステム』とは、水中でメガ粒子砲を発射する際、
    水の分子とビーム粒子の摩擦熱で水蒸気爆発が起きる事を防ぐ為に考案されたシステムを指す」

    フェンリル隊の面々を前にしたハーネス大佐は、厳しい表情で一同に向かって口を開いた。

    「まずMSM-10に装備されたメガ粒子砲の先端中心部から、
    目標に向けてパイロットブレットと呼称する超小型魚雷を先行射出する。
    そして水中にブレット後方に巻き起こる気泡の≪射路≫を発生させ、
    その≪射路≫をトレースする形で電磁的に亜音速まで減速したビームを発射する・・・と、いうものだ」

    フェンリル隊のパイロット達と共にハーネスの説明を聞いていたミガキの顔が見る見る曇った。
    そのシステムでは、ビームの縮退収束率やその他の煩わしい数値設定が
    『深度』や『海の状態』によってケース・バイ・ケースになる筈だ。
    はっきり言って設定が間違っていた場合、ビームを撃った瞬間、
    射路に関係なく機体が水蒸気爆発に巻き込まれる可能性は非常に高い。
    何かのトラブルでビームが十分に減速されずに打ち出された場合も同様の事態が起こるだろう。
    それにブレットは水棲生物などの異物や海流等の外的要因によって直進しない可能性があるのにも関わらず、
    後発するビームは直進しかできないのだ。
    もし曲がった射路にビームが真っ直ぐ突っ込んだら・・・これまた水蒸気爆発は確実だ。
    つまり「エーギル」を搭載しているMSM-10を水中で運用する限り、
    どうやっても安定には程遠い、信頼性に著しく欠ける兵器となってしまう筈なのである。

    事ここに至った今、それを言っても詮無い事なので敢えて発言はしていないが、
    実はこのシステムの改善案も、ミガキの頭には浮かんでいる。
    だが、自分が役に立てるのは、この実験の後、
    MSM-10とホルバインが無事この潜水艇に帰還してからの話になるだろう。
    今はただ、命懸けの実験に挑むホルバインの無事をひたすら祈るしか無い。
    ミガキは指令室の天上を見上げ、静かに瞑目した。

    『こちらホルバイン、急速潜行完了。ゾックの海中機動は良好だ。実験予定ポイントに到着。いつでもいいぜ』
    「了解。沈降速度そのまま3メートルを維持。実験開始せよ」

    ハーネスと会話するホルバインのぶっきらぼうな声音が司令室に響く。
    不安そうな顔で思わずスピーカーを見つめたシャルロッテは、
    先程から我知らず両の拳を胸の前に組み、硬く握り締めていた。


523 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/08(金) 01:55:59.94 ID:SagvIa20
    『エーギルシステム作動。システム異常なし。最終チェック異常なし。
    ・・・カウントダウンを開始してくれ隊長』
    「了解。慎重にな。カウントダウン開始。30・・・29・・・28・・・」

    ホルバインの要請を受け、ハーネス大佐自身がレシーバーのマイクに向かってカウントダウンを開始する。
    だが暫くすると、ハーネスのカウントダウン以外は
    誰もが一言も発せず静まりかえっていた筈の司令室に異音が響き始めた。
    始めは細く、だんだん太く。それは、どうやらスピーカーから漏れ出る、
    ホルバインの発する奇妙な雄叫びらしかった。

    『ウォォォォオオオオオ・・・・・・!』

    司令室に響き渡る奇声にフェンリル隊はとまどった。あまりの恐怖に、
    まさかあのパイロットの気が触れてしまったのではないかと誰もが訝しむ中、
    ホルバインの奇声に動じなかったハーネスのカウントダウンは終了しようとしていた。

    「3・・・2・・・1・・・!」
    『イイ~ヤッハァーー!!』

    ホルバインが叩き付ける様にスイッチを押すと、MSM-10の右肩上部にある2番砲口先端から
    パイロットブレットが音もなく射出され、その後を追う様に一拍遅れてメガ粒子の奔流が迸った。
    その全てが計算通りのタイミングであった。
    だがその瞬間、ゾックの至近距離で激しい気泡を伴う大爆発が巻き起こり、
    ゾックの機体は後方へと激しく吹き飛ばされた。
    海面に浮上していた3機のユーコン級潜水艦も、下方から突如巻き起こった水柱に突き上げられ、
    身体を固定していなかった人員は残らず壁か床か天上にその身を打ち付けられる羽目になった。

    「いてててて・・・!」
    「マット軍曹!」「大丈夫ですか軍曹!?」

    船体が衝撃を受けた瞬間、マットは目の前にいたアムロとバーニィを抱え込むようにして
    守りながら床を滑り、結構な勢いで背中をコンソールの角にぶつけてしまったのだ。

    「へへへ、なあに、こういうのも自分の役目なんでさあ・・・」

    しゃがみ込んだアムロとバーニィの前で横向きに床に倒れたまま強がって見せるが、
    あのタフなマット軍曹がすぐに立つ事ができないでいる。もしかすると何処か骨折でもしたのかも知れない。
    アムロが周りを見回すと、床に投げ出された仲間達がよろよろと身体を起こす所だった。
    取り敢えず重傷者は見当たらない。2人を庇った分、マットのダメージが一番大きかったようだ。

    「ホ・・・ホルバイン少尉!応答してください!ホルバイン少尉!」

    見ると片目をつぶり片手で額を押さえたシャルロッテが必死にコンソール備え付けのマイクに叫んでいる。
    彼女の何回目かの呼び掛けに対して、くぐもった声がスピーカーから流れ出た。

    『・・・・・・すまねえ・・・し・・・・・しくじっちまった・・・・・・ぜ』

    安堵の表情を浮かべるシャルロッテの後ろからハーネスが自分のインカムから会話に割り込んだ。

    「無事だったかホルバイン。現状を報告せよ。機体のダメージはどうか。単独で潜水艦までの帰還は可能か?」
    『2番砲塔近くで大規模な水蒸気爆発、確認。機体損傷は
    ・・・1番バラストに軽微な異常を確認するも自力航行には支障なし。
    実験の続行は可能。隊長、こいつの装甲は並みじゃねえぜ』
    「いや、実験は一旦中止する。速やかに帰還せよ」
    『・・・了解』

    整備は完璧だったにも関わらず「エーギルシステム」の実験は完全に失敗した。
    ホルバインは暗澹たる気持ちを、消沈しそうになる魂の炎を、
    胸元に下がる尖ったペンダントを掌に握りこむ事で必死に振り払おうとしていた。

    「じいさん・・・俺はまだ負けちゃいねえよな・・・?」

    海面が近付くにつれて次第に明るさを増して行く周囲の景色に向けて、彼は独りごちた。


537 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/09(土) 20:30:47.14 ID:EEA6fqo0
    「突発的な海流の変化によるパイロットブレットの気泡消失が、
    MSM-10の水中メガ粒子砲発射実験失敗の原因だったと推測されます」
    「それはつまり、まっすぐ立ち上る煙が横殴りの風に吹き散らされた・・・みたいなもんか」
    「端的に言えばその通りです。これはシステム上の問題ですので、
    今後も同様の事象が何時でも起こりうるという事でもあります」

    つまりゾックのメガ粒子砲とは、
    使用可能かどうかが刻一刻と変化する海流の「良し悪し」で決定するという事なのだ。
    運が良ければ水中でビーム発射ができるが、悪ければ水蒸気爆発。
    そんな気まぐれな兵器はとても実戦使用に耐え得るものでは無い。
    そしてシステムが「故障」をして実験が失敗した訳ではないので、
    修理して再度実験に挑む、という選択も取る事ができない。
    レッド・ドルフィン隊のメカニックチーフであるルベロス軍曹の説明に頭を抱えたくなるのを必死で堪え、
    ううむとハーネスは唸りながら顎髭に手をやって考え込んだ。

    「いいさ隊長。ゾックには両腕にクローが装備されてるんだ。いざとなりゃ敵MSを引っ掛けてやる」
    「・・・小回りの利かないあの機体でどうやって奴等に対抗するつもりだ?
    俺はもう二度と部下を敵になぶり殺しにされて失いたくは無いんだ」
    「・・・」

    ハーネスの言葉に黙り込むホルバイン。
    重苦しい空気がMSデッキに垂れ込める。が、その暗雲を振り払う様な明るい声で、
    ドルフィン隊のやり取りをそれまで黙って聞いていたミガキが声を上げた。

    「ちょっと宜しいですかね。私から2つ程提案があるんですが」

    少しだけ驚いた顔をしたハーネスは、それでもミガキの言葉の先を促した。
    完全な手詰まり状態の今、この状況を少しでもマシにできる手があるなら、
    それがたとえ外様のネコの手であっても構わない。

    「まずは『エーギルシステム』自体の改良、
    もう一つはMSM-10にアームズオフィサーを搭乗させるというプランです」
    「どういう事か。順を追って説明してくれ」

    ハーネスは身を乗り出した。ホルバインやルベロスも真剣な目でミガキの言葉を聞き漏らすまいとしている。
    ミガキは頷いて、まずはエーギルシステムの改良ですがと言を繋いだ。

    「パイロットブレットを連射式にするんです。
    間断無くブレットを射出する事でビームの『射路』たる気泡が消失するリスクを減らす事ができるでしょう」
    「な、なるほど!」

    さすがミガキだと憧憬の眼差しでルベロスは思わず膝を打った。
    ジオンのメカニック達の間では、旧ジオン共和国テクノクラートであったミガキの名を知らぬ者はいない。
    その名は彼らメカニックの間では、高い技術力と当時の政治力をバックボーンにした数々の逸話と共に、
    殆んど生きた伝説と化していたのである。
    メカニックだけに留まらずジオン軍にミガキのシンパは多く、
    マ・クベに目を付けられるまでの事ではあったが彼の所属するフェンリル隊には、
    目立たぬように各方面から便宜が図られる事も多かった。


538 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/09(土) 20:31:14.56 ID:EEA6fqo0
    「現在は単発式のパイロットブレット発射装置を、マガジンを増設して連射式に設定するだけですから、
    その改修は問題ないでしょう」

    ルベロスの素直な反応にミガキは頷く。

    「もう一つ。MSM-10は9門もメガ粒子砲があるのにも関わらず、
    一人で全ての武器管制を行わなければならず、パイロットに相当の負担をかけています。
    特に水中戦では、起こりうる咄嗟の事態に迅速に対応できません。
    これは、MSM-10が元々陸上で砲台代わりに使用される事を前提に開発されたものだからだと思われます」

    言われてみれば確かにその通りだとハーネスは思った。
    開発コンセプトが途中で変化したのにも拘らず、それに対応せずに完成を急いでしまったツケが
    こんな所にも出てしまったのだ。

    「そこで、MSM-10を複座にします。幸いにも大型のコックピットスペースには余裕がある。
    予備シートを設えて、コ・パイ(副操縦士)にそこで武器管制を行わせるのです。
    そうすればメインパイロットは操縦だけに専念する事ができます」
    「ありがてぇ。ゾックの出力はケタ違いなんだ。
    武器管制の手間が省けりゃ思い切りぶん回す事ができそうだぜ」
    「そう。自在にビームが発射できるなら、水中で冷却効率を高めたMSM-10に死角は無い。
    これで【ゾック】は比類なきMSに生まれ変わる筈です」

    ホルバインとミガキの掛け合いに周囲から歓声が上がる。ゲラートやハーネスも思わず嘆息を漏らした。
    しかしその時、はた、とハーネスの顔が曇った。

    「・・・だが、水中で刻々と変化する周囲の状況を解析しつつ、
     素早い判断力で的確に敵に攻撃を加える事は、生半可な技術者では不可能だろう。
    コ・パイには相当に熟練した管制オペレーターを配置しなければならないな」

    その困難さを憂慮しての発言だったが、またもやフェンリル隊の全員が、
    口元に各自思わせぶりな笑みを浮かべながら、今度は視線を同じ方向に向けている。
    皆の視線のその先にいる年端も行かない少年が、こちらを真っ直ぐに見つめているのを
    ハーネスとホルバインは不思議そうに見つめ返した。


578 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/13(水) 11:42:32.08 ID:FdjoMoU0
    レッド・ドルフィン隊とフェンリル隊のメカニック達はミガキの総指揮の元、
    一致団結してMSM-10の改修作業に取り掛かった。
    何が何でも目的地に到着する前に全ての作業を終わらせねばならない。
    各隊員は粛々と、そして迅速に作業をこなして行く。
    アムロやホルバインもコックピット周りに張り付き、新たにセッティングし直され、
    レイアウトが変化した計器類のチェックに余念が無い。
    特にアムロはこの後ハーネス大佐から水中で使用する特殊索敵センサー
    及びメガ粒子砲のレクチャーを受け、その全てを頭に叩き込んでおかねばならないのだ。
    するべき事は決定している以上、後は時間との戦いである。
    2隊合同で事に当たる場合、通常はどちらの隊がイニシアチブを取るかで
    余計な軋轢が生まれかねないケースではあったがミガキの存在がその心配を杞憂なものにしたのである。
    各隊間のコミュニケーションは非常に良好であった。

    だが、そんな中、慌しく艦内で動き回っている人員とは対照的に、
    まったくもって手持ち無沙汰だったのがアムロを除くフェンリル隊のパイロット達である。
    彼らの扱える水陸両用MSでも余分にあれば話は違ったのだろうが、それも叶わぬ現状、
    陸に上がるまでは単なるドルフィン隊の居候でしか無いのだ。食客と呼ぶのもおこがましい立場である。
    ただでさえ畑違いな潜水艦の中、余計な手出しは逆に迷惑を掛けてしまいそうで、
    精々が邪魔にならない様に居住区の片隅で小さくなっているぐらいしか居場所が無い。
    陸に上がったカッパならぬ水に入ったフェンリル。名にしおう精鋭部隊の面目丸つぶれであった。
    しかし、早々と諦観を決め込んだ情けない男性陣を尻目に、
    奮起したのがシャルロッテ、ソフィ、サンドラのフェンリル隊女性陣である。
    彼女らは分散して艦内の清掃や給食用の調理、食事の配膳等を猛然とこなし始めたのであった
    (意外な事に、その中で最も手際が良かったのはワイルドで男勝りがウリだった筈のサンドラ少尉だった)。
    食堂室で整然と食事する事が望めぬ現況、
    しかもむさ苦しい男所帯で日々を過ごして来たレッド・ドルフィン隊にとって
    彼女達の行動は大なる好評をもって受け入れられ、2隊の結束をより強める結果となった。
    (ソフィの清楚な容姿を侮ってその臀部に不届きな手を伸ばした男が、
    彼女が振り向きざま笑顔で放った回し蹴りを側頭部に食らって昏倒した、
    という一例もあるにはあったが、不幸な事故として内々に処理されてしまった)


579 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/13(水) 11:43:31.46 ID:FdjoMoU0
    2時間半もの間コックピットシートに座り込んでいたホルバインは、
    配置換えに手こずった計器の動作が何とか正常に行なわれるのを確認して、
    ようやく一息つく事ができた。
    まだ調整を続行しているエンジニアに一声掛けてからコックピットを抜け出し、
    大きく伸びをすると隔壁に背中をもたれさせて座り込み、俯いて目を閉じた。
    水中実験から休息無しでぶっ続けでの作業に、さすがに少し疲れたと感じる。

    「・・・食事の配膳です。これを食べ終わったら自室に戻り作戦開始まで仮眠を取れ、
    と、ハーネス大佐からの命令です」

    突然上から掛けられた声にホルバインが片目を開けると、
    そこには不機嫌そうな顔をしたシャルロッテがいた。
    フードトレーを満載したキャスター付きラックを押しながらデッキ内を巡っているらしい。
    ホルバインは判ったと素直に彼女の手からトレーを受け取ると、すぐにもそもそと食事を摂り出した。

    「あんたら、何であのアムロって餓鬼をゾックに乗せようとしてるんだ」

    食事を頬張りながら、眼を上げずにホルバインは側に立つシャルロッテに問う。
    言葉は穏やかだがその声音には少しの怒りが含まれている。
    シャルロッテは眉根に力を入れてから、思い切った様にキッパリと言い切った。

    「それが最良の人選だからです」
    「なるほど。もし奴が死んでも、あんたらの隊にとって最小限の戦力低下で済むという訳か」

    その瞬間、ホルバインが目深に被っていた帽子がシャルロッテの平手打ちで跳ね飛ばされ、
    数メートルの床を滑って行った。この暴挙には流石のホルバインもいきり立った。

    「何すんだ!」
    「残念だわ。あなたが作戦前のパイロットじゃなければ良かったのに」

    ホルバインは愕然とした。確かに自分の顔には毛一筋ほどの傷もついておらず、
    トレーに乗った食事もスープ一滴こぼれてはいない。    打撃角度、スピード共に計算され尽くした恐るべき早業の平手打ちだったようだ。

    「闇夜のフェンリル隊を舐めないでよね。私達は戦力を出し惜しみしたりしないわ。
    アムロが選ばれたのは、彼が・・・」
    「何だってんだ!」
    「・・・今回の任務に一番相応しい技術と才能を持っているからよ。悔しいけど」

    本当に悔しそうなシャルロッテの顔は、演技などでは決して無い苦渋に満ち溢れていた。
    鼻白んだ表情で「マジかよ」と呟くホルバインに、シャルロッテは前回の戦闘の事を簡単に話して聞かせる。
    信じがたいと言いながらも次第に身を乗り出して話に聞き入るホルバイン。

    「まるでニュータイプ。そう、アムロはニュータイプなのかも知れないってル・ローア少尉が・・・」
    「おい!めったな事を口にしない方がいいぜ」

    それまでおとなしく聞いていたホルバインは、急いで周りを見渡すと、
    声をひそめつつ鋭い口調で彼女の言葉を遮った。


580 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/13(水) 11:44:14.97 ID:FdjoMoU0
    「ジオンは本気でニュータイプを軍事利用する為に特殊機関を設立したらしい。
    素養が少しでも認められた兵士は、有無を言わさずそこへ連れて行かれちまう。
    で、その機関から元いた部隊に帰って来た奴はいないらしい・・・ってな話を、
    こないだ員数合わせで宇宙から配属されて来た新入りがしていたんだ」
    「まさか・・・」
    「本当だ。得体の知れない実験のせいで頭がおかしくなった奴もいるそうだ。
    そいつはひょんな事からその事を知ってしまったが為に、中立コロニーに常駐するエリートコースから一転、
    こんな最前線に送られるハメになったんだと嘆いていた」
    「ジオンが中立コロニーにそんな機関を?そ、それじゃ完全に南極条約違反じゃないの!」
    「戦争だからな、俺だっていまさらキレイ事を言うつもりは無いが・・・
    赤い彗星みたいな現役エースならばともかく、一介の兵士なら遠慮なく奴等にしょっ引かれちまうだろうぜ。
    大事な仲間を怪しげな奴等の玩具にされたくねえと思うなら、絶対に目立たせるな。
    奴等の耳と目はどこに在るか判らん。ニュータイプなんざ知りませんってな顔をして
    大人しくしていた方が身の為だ」
    「待って、その人に詳しく話を聞きたいわ。どこにいるの?」
    「死んだよ」


    息を呑むシャルロッテ。


    「作戦中じゃないぜ。陸でだ。基地内の自室で心臓麻痺。着任して2日目だったかな」

    強烈な吐き気と共に、背中にちくちくする汗が噴き出してきたのが判る。
    突如、今まで信じて立っていた足元の地面がぐずぐずと崩れて行く錯覚に囚われたシャルロッテは、
    上手く思考をまとめる事が出来ずにいた。

    「雑兵に過ぎない俺が偉そうな事を言う訳じゃないが、
    以前にも増して最近のジオン軍には何だか変な焦りを感じる。何かロクでもない事が起こる前兆かも知れん」

    蒼白な表情で立ち尽くすシャルロッテに、ホルバインは溜息をつくと表情と声のトーンを少しだけ変えた。

    「だがまあ、それもこれも命在ってのモノダネだ。取り敢えずは次の作戦で生き残る方が先決だな。
    厄介な事は後で考えようぜ」

    そう言いながら立ち上がったホルバインにハッとしてシャルロッテは眼を向ける。
    ホルバインは彼女に食べ終わったトレーを手渡した。

    「あんたらを見縊っていた事は謝る。アムロがそんな凄い奴だったとは正直驚いたぜ。
    こいつは本番が楽しみだな」

    自室に向かって歩き出したホルバインはちらりと後ろのシャルロッテを振り返ると、
    一瞬だけその口元に微笑らしきものを見せ、後は振り返らずにMSデッキを出て行ってしまった。


634 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/17(日) 22:51:03.48 ID:KOtcJN20
    アデン湾の入り口にあたるソコトラ島南端を迂回した地球連邦海軍第3船団は、
    旗艦たるヒマラヤ級航空母艦【フォート・ワース】に駆逐艦2隻とジュノー級潜水艦3艇を随伴させた
    万全の布陣でアデン基地奪還作戦に臨んでいた。
    特にジュノー級潜水艦の一隻である【アナンタ】は前回ジオン軍のレッド・ドルフィン隊と単艦で交戦し、
    搭載されている水中型MS【RGM-79Dジムダイバー】と
    水中型モビルポッド【RB-79Nフィッシュアイ】の集中攻撃により
    敵水中用MS2機と潜水艦一隻を撃沈せしめていた。
    後一歩まで奴等を追い詰めた、ただでさえ強力な戦力に加え今回は、
    同等の艦載戦力を有した同型潜水艦2艇と空母に搭載した対潜攻撃機も攻撃に加わるのである。

    アナンタ艦長ブーフハイム中佐は、今回の攻撃は戦力層の薄いジオン軍に
    防ぎきれるものではないだろうと余裕綽々で考えていた。
    邪魔なジオン水中部隊を一蹴した後は空母に搭載されたガンペリーで陸上用MSを上陸させ、
    航空機で援護を行いつつすみやかに基地を制圧する強襲作戦である。
    面白くも無いが何の問題も無く粛々と作戦は完了するだろう。スペースノイド共の歯ごたえの無い事、夥しい。
    音に聞こえたジオン水中MS部隊も実際に戦ってみればどうという事は無かった。全く馬鹿馬鹿しい。
    我が軍の腰抜け共が敵を恐れ過ぎたのだとブーフハイムはキャプテンシートでせせら笑った。

    実際は彼の部隊が撃沈したドルフィン隊のMS2機は、ジオン軍水陸両用MSの試作機に過ぎず、
    連邦軍が恐れるジオンの水陸両用MSとは別物であったのだが、今のブーフハイムにはそれを知る由も無い。
    彼がその認識を改めるのは、これから暫く後の事になる。

    「フォート・ワースより入電!作戦海域に到着、先行部隊を出撃させよ」
    「よし、フィッシュアイ部隊、ジムダイバー発進!遼艦にも伝えろ!」

    オペレーターの伝達を素早く実行に移したブーフハイムは随伴する2艇の潜水艦にも全機出撃を促した。
    その数、フィッシュアイ18機、ジムダイバー3機の計21機。
    フィッシュアイ3機×2の2部隊を1機のジムダイバーの隊長が率いる万端のフォーメーションである。
    フィッシュアイは一時的に生産されたとは思えない程の機動力を誇り、
    個別の攻撃力には劣るものの大量に戦線に投入して運用すれば潜水艦など恐るるに足らない兵器となった。
    敵を発見次第、今回は空母からも対潜攻撃機も発進し、戦闘に参加するのだ。この一分の隙も無い布陣で、
    前回取り逃がした、あのスペースノイド共が乗る潜水艦を全て海の藻屑と消してやろう。
    貴様等には分不相応な地球の海で死ねる事を有難く思うのだなと、ブーフハイムは熱狂的な瞳を輝かせ、
    その口の端を吊り上げた。


651 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/20(水) 20:02:24.53 ID:ziwUeqU0
    「なるほどな・・・そいつは面白そうだ」
    「ええ、MSM-10の性能を水中で100%発揮するにはこの戦法が一番だと思うんです」
    「後は、耐久力の問題か」
    「少尉の実験によって、ゾックの頑丈さが証明されています」
    「ふふ、そうだったな」

    何やら熱心に話し込みながらホルバインとアムロは、
    レッド・ドルフィン隊旗艦ユーコン級攻撃型潜水艦【U-5】のブリーフィングルームに姿を現した。
    ドアを抜け部屋に入った2人は同時に息を飲み込む。
    その場を支配する張り詰めた空気に異常を感じ取ったのである。
    そこには一様に暗い顔をしたフェンリル隊パイロットが勢揃いしており、
    ハーネスとゲラートの沈痛な表情がその場の重さに拍車をかけていた。

    「2人とも休息中に呼び出して済まない。ソコトラ島周辺海域に設置したセンサーが敵の動きをキャッチした。
    まずはこれを見てくれ」
    「これは・・・」

    ハーネスが指し示す壁のスクリーンに映し出されたのは、画面の上半分を席巻する無数の光点群だった。
    光点全てが敵だとすると、とてつもない大軍である。その数はざっと見て20を越えており、
    じわじわとこちらへ迫って来ているのが確認できる。

    「海中の戦力だけでこれだ。ソコトラ島観測所からの連絡によれば、
    後方には護衛艦に守られたでかい航空母艦も控えているらしい。    爆撃機や対潜攻撃機も戦闘時には投入されると見るべきだろう」
    「これに対してこちらの水中戦力は3隻の潜水艦と改修が終わったとは言え、たった1機だけのMSだ。
    正面からぶつかるのは得策ではない、と、ゲラート少佐とも意見の一致を見た」

    ゲラートの冷徹な分析に、ハーネスは悔しさを滲ませながら言を重ねた。

    「我々は敵に追いつかれる前に、このままアデン基地まで後退する。
    そこでフェンリル隊のMSを降ろし、奴等を地上で迎撃する作戦を取る」
    「・・・それじゃあ、みすみす敵に先手を許しちまいますぜ。物量に勝る奴等の思うツボだ」

    それはハーネスやゲラートにも判っている。
    今回の作戦、ジオン軍は何よりもまず先に、連邦軍の水中部隊を叩きつぶさねば勝機は薄い。
    紅海へ敵の侵入を許してしまえばアデン基地は背後を突かれ、海と陸から挟撃されてしまうからだ。
    マ・クベがオデッサの防衛用に引き上げさせてしまった為に、
    現在アデン基地の守備隊にはMSが配備されていない。
    基地への爆撃を許し、空母に満載されているであろう敵MSを
    無傷で上陸させてしまえばその時点で趨勢は決するだろう。
    そして、もしアデン基地を放棄して敗走した場合、
    数に劣るジオンは2度と彼の地を奪回する事は叶わないだろう事も。
    いや、そもそもそれ以前に海と陸から敵に包囲された状況では自分達が無事に逃げ出す事すら困難だろう。
    判っている。そんな事は充分判っているのだ。しかし。

    「・・・部下に無謀な突貫をさせる訳にはいかん。ここは無理せず基地まで下がる。
    既に他の部隊に向けて救援要請は出してあるが、どこもかしこも人手不足で、援軍はアテにできん。
    ここは我々だけで何とかするしかない。戦力のムダ撃ちはさせられんのだ」

    そう厳しい顔で言い切ったハーネスに対し、ホルバインはちらりとアムロと目配せをし、
    その眼が頷いたのを確認してから口を開いた。


652 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/20(水) 20:03:24.62 ID:ziwUeqU0
    「MSM-10は単独で敵陣に突っ込むぜ。
    その間に隊長達は急いでアデン基地に向かい、敵を陸上で迎え撃つ準備を整えといてくれ」
    「馬鹿ね!あなた達をむざむざ死なせたくないと考えてる隊長達の配慮が判らないの!?」

    一同は驚いて声の主に注目した。ハーネスやゲラートが口を開く前に、
    なんと激昂したシャルロッテが後ろからホルバインを叱り飛ばしたのである。
    そのあまりの剣幕に、両隊長は口を噤み、フェンリル隊はきまりが悪そうにあちらこちらに視線を泳がせている。

    だが、その時ホルバインはニヤリとシャルロッテを、見たのだ。
    その不敵な笑顔の意味が判らず怪訝な表情を浮かべるシャルロッテ。どうもこの男を相手にしていると調子が狂う。

    「俺達はむざむざと死んだりしねえ。勝算がある」
    「勝算ですって?」
    「ああ。俺達に必殺の作戦有り、だ。
    だがそれには・・・MSM-10の周りにできるだけ味方がいない方が都合がいい。
    だから、今回の状況はおあつらえ向きだ。なあ、アムロ」

    ホルバインのその言葉に今度ははっきりと頷く赤毛の少年。
    シャルロッテは昂ぶる気持ちをムリヤリ押さえ付けて両腰に手をやり、
    一息吐いた後にもう一度ホルバインの顔を凝視した。
    その揺らぎの無い眼差しはどう見ても虚勢を張っている様には見えない。
    ふと、アムロの自信に満ちた表情にも目が留まった。

    「恐らくこの戦いで水中戦の概念が変わる。任せてくれハーネス隊長」

    自信満々に言い放つホルバインに2人の隊長も視線を見交わした。
    もう躊躇している時間は残されていない、敵はこの瞬間にも迫り来ているのだ。
    ハーネスは指揮官として今、決断を下さねばならなかった。

    「・・・判った。MSM-10出撃だ。
    だが、あくまでも敵部隊を足止めし、我々が迎撃態勢を整える時間を稼ぐのが目的だ。
    ある程度敵に損害を与えた後は包囲される前に速やかにアデン基地に帰還せよ。
    いいか、決して無理をするんじゃないぞ!」

    実際ホルバインとアムロがこれからやろうとしているのは、その命令とはまさに逆の事なのだった。
    が、それを説明している時間はありそうに無い。結果で証明するのみだと2人は腹を括った。

    「了解」「了解っ!」

    2人はハーネスの命令に敬礼で答え、一瞬視線を合わせた後、
    急いでMSM-10【ゾック】の待つデッキへ向かう。
    突如鳴り響いた甲高いアラート音にバーニィはモニターを振り返った。
    敵の大群が警戒水域を突破し、さらに迫りつつある事を知らせる警告音だ。
    MSを失った彼は、今回戦闘オペレーターを勤める事になっており、
    航海中そのレクチャーもスワガーから受け終えていた。
    アムロに負ける訳にはいかないと、シャルロッテやニッキだけではなく、
    彼もまた密かに気合を入れていたのである。
    激戦が予想されるアデン湾はもうすぐであった。


692 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/23(土) 15:46:09.68 ID:sJMd1fE0
    「緊急支援要請だと?」

    地中海アレキサンドリア基地近海に潜航する、
    ユーコン級を遥かに凌駕する大型潜水艦マッド・アングラー。
    その司令室で一際目立つ赤い軍服に身を包み、
    ヘッドギア状の仮面で顔を隠した男はそう言って振り返った。
    仮面のせいで表情は窺い知れないが、理知的な声音と隙の無い物腰が、
    彼が只者ではないであろう事を雄弁に物語っている。

    「これは我々と同じ潜水艦部隊のレッド・ドルフィン隊からのものです。
    現在、アデン基地防衛作戦を遂行中、敵の水中大部隊に遭遇せり、至急応援を乞う、と」
    「大佐、ドルフィン隊は過日の戦闘の際、2機の水中用MSを失ったと聞いてます。
    ウチに搬入される筈だった新型が1機、今回の作戦に合わせて急遽配備されたらしいですが、
    それがどうも欠陥品だったみたいで」

    ジオン海洋諜報部隊に独自のネットワークを持ち、
    事情通を自称するコノリー少尉が通信担当のポラスキニフ曹長を補足する。

    「我々が大西洋から急遽この地中海担当に鞍替えさせられたのは、
    もともとこの海域担当のドルフィン隊がマ・クベ大佐から、その作戦を勅命された為だった
    ・・・という訳ですな。
    相変わらずあの御仁は、子飼い以外の部隊には、無謀な作戦を押し付けたがりますなあ」

    マッド・アングラー隊艦長のフラナガン・ブーン大尉が、
    この深海からでは見え様も無い筈のオデッサの方角を正確に睨み付けた。
    潜水艦乗りは隔離された特殊な環境がそうさせるのか、仲間意識が非常に強い。
    特にハーネス大佐とは顔見知りであるブーンは憤りもひとしおであった。
    ふうむと顎に手をやり考え込んだ仮面の男にブーンが続ける。

    「しかしこの海域を離れるとなると、他の部隊にここを任せる段取りが必要です。
    ここからだとシーサーペント隊かマンタレイ隊でしょうが
    ・・・どちらにしてもすぐに救援に向かうという訳にはいきません。
    それに、こちらには例の任務もあります」

    「フラナガン機関・・・クレタ島の施設か、厄介だな」


693 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/23(土) 15:46:55.30 ID:sJMd1fE0
    仮面の男は顎に手をやったままコリノーを振り返った。

    「我々より早くアデン基地に駆け付けられそうな部隊はあるか?」
    「正確には判りませんが・・・公式には現在我々が彼の地に最も近い位置にいる潜水部隊だと思われます」

    コリノーの言は暗に、味方に対しても存在を秘匿して非公式に活動している諜報部隊の事を指している。
    だが、そんな部隊が例え近海にいたとしても救援要請に応じるとは、とても思えない。
    仮面の男は顎から手を離し、バサリとマントを翻した。

    「判った。それではマッド・アングラーを動かさず、MSだけを救援に向かわせよう」
    「しかし、ここからでは全速力で向かってもアデンまで2日は掛かります」
    「アレキサンドリア基地で輸送機を借り受ける。ラサ、マーシー、一緒に来い」
    「はっ!」「了解!」

    状況を把握した後は即断即決である。両曹長の敬礼に返礼した仮面の男はその場の人員に素早く指示を飛ばした。

    「ブーン、後は任せる。任務続行だ。
    他の者も、後々マ・クベに付け入る隙を与えない様に、残りのMSで哨戒は怠るな」
    「了解でありますシャア大佐!」

    各々が心酔し、全幅の信頼を寄せる隊長に対し、
    一同を代表して声をあげたブーン以下マッド・アングラー隊の面々は誇らしげに敬礼を向けている。
    踵を返したシャア・アズナブル大佐の仮面の奥に隠された仄暗い瞳が鋭く煌いた。

    「アデン基地到着までに3~4時間という所か。それまで彼らが持ち堪えてくれていれば良いのだがな」

    援軍とはいえ無謀な突入は何の意味もなさない。
    マッド・アングラー隊の指揮官であるシャアは、戦況と敵味方の趨勢をしたたかに見極めねばならないのだ。
    基地が墜ちていた時は言わずもがなだが、突入時、友軍の状況があまりにも劣勢であり
    基地が陥落寸前だった場合等は、不本意だが戦闘に参加せず引き返す選択も視野に入れなければならないだろう。
    なぜなら連邦軍はアデン基地を足場に大部隊を編成した後、
    紅海を北上し地中海に侵入して来るはずだからである。
    その時、敵を迎え撃つ矢面に立たされるのは他ならぬマッドアングラー隊なのだ。
    後の作戦に備える為にも、部隊の戦力を擦り減らす事は極力避けねばならない。
    冷酷な様だが、それが現実だった。

    「MSデッキ!大佐が出撃されるぞ!ズゴック発進準備に掛かれ!ゴックとアッガイもスタンバイだ!急げよ!」

    シャアがMSで出撃する。
    艦内マイクに大声で指示を出しながらも、シャアの神技的なMS操縦に惚れ込んでいるブーンは、
    その機動を目の当たりにできない自分の立場に少々の落胆を感じつつも、
    浮き立つ様な気持ちを抑え切れずにいた。
    不謹慎だと言われれば返す言葉も無いが、こればかりはどうしようもない。


740 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/26(火) 20:25:35.52 ID:b7FKNZ20
    「聴音装置に反応!潜水艦より発進した敵新型水中機動兵器は、アクティブ・ソナーを使用している模様です!」
    「馬鹿め・・・スペースノイドは海戦の初歩も知らんらしいな」

    アナンタ艦長ブーフハイム中佐は、水測士の報告にクククと笑いを漏らした。
    迂闊にソナーを使用して水中で周囲を探査すると、自身の位置を相手にも明確に晒す事となる。
    それが意図したものかどうかは判らないが、どうやら敵はノーガードで打ち合う戦闘をご所望の様だ。

    「後方の3隻の潜水艦は全速力で戦線を離脱して行きます!こちらに向かって来る敵は機動兵器1機のみです!」

    これで敵の罠という線は消えたと言える。
    互角の戦力で殴りあうならまだしも、彼我の戦力差は20対1を越えているのだ。
    その差は常識的に考えて勝負にすらならない。敵にもそれは判っている筈だ。

    「仲間を逃がす為に、玉砕覚悟のオトリになるという訳か。
    スペースノイドのクセになかなか味な真似をするではないか」
    「待って下さい!敵機動兵器、深度を下げ海底に接地・・・いや、完全に着底して静止しました!
    アクティブ・ソナー依然発信中!」

    つまり、敵は死に場所を定めたという訳だ。ブーフハイムは浮き立つ気持ちを押さえるのに必死だった。

    「よし!1隊を正面上方、2隊をそれぞれ逆側面から回り込ませろ!
    だが近付き過ぎるなよ!敵を全周包囲した後、距離1000でフィッシュアイ一斉に短魚雷射出だ!」

    恐らく敵は、こちらをおびき寄せ最終的に・・・できるだけ多数の敵を巻き込んで果てるつもりなのだろう。
    が、そんなカミカゼに付き合ってやる義理などこちらには無い。わざわざ奴に近付いてやる必要など無いのだ。
    この様な事態を想定し、接近戦用の武器であるフィッシュアイの連装式ロングスピアは、
    短魚雷と有線式誘導魚雷管に換装済みだ。

    完全にこちらの読み勝ちである。

    後はじっくりと敵を取り囲んだ後、安全圏から悠々と追尾魚雷をお見舞いしてやればいい。
    簡単な話だ。それでカタは付く。
    ミノフスキー粒子の効かない海中で、距離1000で四方八方から同時に放たれた追尾魚雷など
    例えデコイを使用しようと避けられるものでは無いのだ。
    一発でも当たれば十分。直撃はせずとも衝撃波で機体外装に少しでも亀裂が入れば
    後は水圧がこちらの味方となって敵にトドメを刺してくれる。
    あの愚かで哀れな一機を始末したらすぐに、尻尾を巻いて逃げ去った潜水艦の追撃に入ろう。
    その時は空母フォート・ワースに対潜攻撃機の投入を要請すれば万全だ。

    そして、敵の水中部隊を一掃したら、アデン基地に対して「あれ」を使用して一気に決着をつけるのだ。

    こちらはハナから空母に搭載された陸上用MSの出番など、作ってやるつもりは無い。
    今日こそ、暗い海底に押し込められた潜水艦部隊の実力を、陸上部隊の奴等に見せつけてやる時なのだ。

    ブーフハイムの脳内シミュレーションは完璧だった。
    これまで軍人として、どちらかと言えば冴えない道を歩んで来た彼の目の前にぶら下がった、
    栄光を掴み取る千載一遇のチャンス。
    彼はまるで舌なめずりでもするかの様に、血走った目をギラつかせてその手を大きく伸ばしたのだった。


764 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/30(土) 13:26:10.19 ID:YMT9fOE0
    水深の浅いうちは、たゆたう様に揺らめき見えた太陽の光も、
    この深い海の底では一滴すらその輝きを感じ取る事はできない。
    完全な静寂――

    だがその静寂の中、瞑目したアムロは周囲を取り囲んで行く敵意を明敏に感じ取っていた。
    水測用のヘッドホン越しに聞こえていた静寂の音色に、明らかに違う何かが混じり込んで濁り出したのだ。
    その殺意と言い換えてもいいザラつく気配は、アムロを少しだけいらいらさせている。

    急遽追加された火器管制シートに座る彼の目の前には今、
    画面が中央で2分割された大型のディスプレイモニターがあり、
    そこには左右それぞれにMSM-10【ゾック】の前面と後面の映像が映し出されていた。
    大型MSであるゾックには通常の倍以上のサブカメラが機体の各所に取り付けられており、
    任意で切り替えることができる。
    これは、各種ソナー対応のレーダーサーチ画面に切り替えることも可能だ。
    アムロは神経を研ぎ澄まし、敵の変化を待っている。
    いや、正確に言うならホルバインの合図を待っている。水側員の経験が無いアムロには、
    経験が物を言うこの「音の変化」を聞き分ける作業だけはホルバインに任せるしか無かったのだ。

    ごぼっという微かな音が、その時確かにアムロの鼓膜を震わせた。

    「魚雷発射管注水音確認!来るぞ!」

    ホルバインの大声にアムロは両目を見開いた。
    素早く眼前のモニターを周囲レーダーサーチ画面に切り替えると、
    ゾックの上方にいち早く展開していた小隊から発射された無数の魚雷が直線的に迫り来るのを、
    3D光点表示で確認できた。

    アムロにとって、待ちに待ったのはこの瞬間だったのである。

    「カウンターブレット発射!」

    ゾック頭頂部に装備された1番メガ粒子砲口がグリグリと魚の目の様に可動し、
    斜め上方から迫る敵魚雷に正対する位置に発射角度を正確に調整した。
    その中央から連続発射された高速パイロットブレットが、気泡を巻き上げつつ敵の放った魚雷と交差した瞬間、
    アムロはトリガー親指部分にあるボタンを押し込んだ!

    「メガ粒子砲発射!」

    ザクの4倍という強力なジェネレーター出力に練り上げられたメガ粒子の奔流は、
    まるで南海を貫く龍が如く嬌声を上げて迸り、瞬く間にゾックに迫っていた魚雷を連鎖的に爆散させるや、
    そのまま敵の魚雷が自らの気泡で付けた道筋をさかのぼり、
    魚雷を発射したばかりのフィッシュアイ5機を粉々に消し飛ばした。

    いや、正確に言うならば、全ての敵を貫いたのはビームでは無い。
    彼らの眼前で大規模な水蒸気爆発が起こったのである。
    爆発に巻き込まれた5機のモビルポッドの薄い装甲はひとたまりもなかった。
    機体に亀裂が及んだ後は、奇しくも彼らの指揮官であるブーフハイムが予想した通り、
    水圧によって圧壊してしまったのだ。
    水圧は彼らの「味方」だけにはならなかったのである。


765 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/05/30(土) 13:26:46.71 ID:YMT9fOE0
    電磁気的に亜音速まで減速したビームを発射するとはいえ、ビームはパイロットブレットより速い為、
    ブレットを「追い越した」時点で水蒸気爆発を起こす。
    ならばその水蒸気爆発を武器として使えないかとアムロは考えたのだ。
    そして、敵の水中兵器が巻き起こす気泡はゾックが発射するパイロットブレットと同じ「射路」を
    敵まで付けてくれる道筋となる。
    そしてその道筋が途切れた場所で水蒸気爆発が引き起こるのだ。つまり敵の至近距離で、である。
    例え敵にビームは直撃しなくとも、至近距離での大規模な水蒸気爆発は十分に大ダメージを与えうる。
    果たしてその結果は予想以上のものであった。

    そして―――

    「2時、4時、11時、から魚雷接近!」
    「バブルパルス弾幕を張ります!衝撃に備えて下さい!」

    ホルバインの警鐘にアムロの指が鮮やかにキーボードを叩くと、
    2分割だったモニター画面の右側が9分割に切り替わった。
    これはそれぞれの画面が、ゾックの別個に稼動するメガ粒子砲からの視点に対応している。
    海底に接地しているゾックには周囲全天360度、死角はどこにも存在しない。
    アムロは入力デバイスをトラックボールに持ち替えた。
    例によって左側モニターの3D表示は中央下のゾックを示すアイコンに対して
    迫り来る無数の魚雷が表示されている。
    アムロは魚雷と自機の中間地点あたりに照準を次々にロックオンすると、
    開いている片手で9分割された画面のいくつかに次々とダイレクトタッチして行く。
    この画面はタッチパネル機能も付随しているのだ。
    タッチされた画面は赤色に変化し、冷却が終了するまでは次撃発射が不可能な事を表している。
    だがここは冷却水に事欠かない海底である。超強力なジェネレーターを持つゾックは、
    よほどの事が無い限り、連続発射が不可能になる道理はなかった。
    ゾックから放たれたメガ粒子砲は次々と水蒸気爆発を巻き起こし、
    そこに突っ込んで来た魚雷群を誘爆で一掃してしまった。
    撃ち漏らしは皆無でゾックまで届いた魚雷は一発も無い。ホルバインはアムロの腕前に思わず口笛を鳴らした。

    ≪Mコマンド≫戦法

    中世期の地球で開発された、このタイトルのコンピューターゲームにライブラリで
    夢中になった経験のあるアムロは、この防御手段を頭の中でそう名付けていた。

    『ゾックの恐ろしさは「強力な水中砲台」ってだけじゃねえぜ。そいつをこれから敵共に見せ付けてやる』

    ホルバインもまた自らの出番に備え、静かに闘志を燃やしている。
    しかし今はただ、操縦レバーを軽く握り締めるだけに止めておくのみであった。


824 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/06/04(木) 19:35:48.28 ID:X7b6VMg0
    二度、三度と長大な斬光が漆黒の海底を刹那照らし出すごとに、圧倒的であった筈の友軍部隊はその数を減じ、
    気が付いた時には総勢が半分以下となっていた。

    「ば・・・馬鹿な!何故だ!?いったい何が起こっている・・・!?」

    ブーフハイムは顎関節が脱臼でもしたかの様に大口を開け、次には歯噛みしながら、
    友軍の発するビーコンが次々と消滅してゆくレーダーモニターを眺めているしかなかった。

    「て、敵MSは信じ難い事に、水中で強大な威力のメガ粒子砲を発射しているようです!」
    「ふざけた事を抜かすな!ジオンのMSがメガ粒子砲だと!?水中で!?そんな事は絶対にありえん!」
    「ご覧下さい!撃破されたフィッシュアイから最後に送られて来たデータです。
    敵は、小型魚雷の気泡をトレースするようにビームを発射しています。
    なるほど、確かに、この方法ならば不安定ですが水中でのビーム発射が可能だと思われます!」

    思わず感心した様な声で報告する技術参謀に激昂したブーフハイムは被っていた帽子を床に叩き付けた。
    彼の矜持にしてみればMSが運用し、敵に致命的なダメージの与えることが可能なビーム兵器は
    連邦軍だけにしか存在してはならない筈だった。
    空母フォート・ワースに搭載している我が軍の新型MSRGM-79ジムをして、
    連邦軍でもようやく量産に成功した≪ビーム・スプレーガン≫が装備されたばかりだというのに、
    ジオンのMSがそれに先んじている筈が無いではないか。
    しかも水中でビームを発射するMSが存在するなど、彼にとっては到底認められる事態ではなかったのである。
    しかし、現実問題として、このままでは敵のビーム攻撃によって部隊の被害が増すばかりだ。
    指揮官として辛うじてだが、眼前で起きている事態に目を背けずにいる分別を持ち合わせていた彼は、
    技術参謀に怒りの矛先を向ける事で、何とか精神の平衡を保つ事に勤めようとした。

    「ええい!何か方法は無いのか!敵のビーム攻撃を封じる手段は!?」
    「艦長。恐らく敵は、移動しながらビームを発射する事は不可能なのでは無いでしょうか?」
    「何っ!?それは本当か!」

    意外な技術参謀の言葉に一瞬、ブーフハイムの顔から怒気が消え失せた。

    「気泡をトレースしてビームを発射している以上、
    自身が高速で動けば動くほど気泡の射路が途切れてしまうはずです。
    だから敵は海底に静止して砲台となっているのでしょう。つまりは、奴はそこから動けない筈。
    危険な砲台にはこちらから近付いてやらなければ無力化できます」

    彼にとっては正直、技術参謀の説明は今ひとつ良く判らなかったのだが、この状況を打開できるなら何でも良い。
    ブーフハイムは辛うじて撃沈を免れている部下達に向けて作戦変更の檄を飛ばした。

    「作戦行動中の全部隊に通達する!直ちに包囲中の敵MS攻撃を中止、散開し、
    隊長機を中心に部隊を再編成した後、アデン基地方面に退却中の敵潜水艦を追撃せよ!
    もし敵MSが追い駆けて来たとしても、奴はビームを撃てない!魚雷で今度こそ仕留めてやれ!」

    どうにかビーコンで確認できるのはジムダイバー2、フィッシュアイ9の機影のみ。
    当初の大部隊から鑑みるに惨憺たるありさまである。MSが2機、
    撃破されずに残っていたのは幸いと言うべきか。
    戦果を何一つあげていないこの状態では、
    空母に対潜攻撃機の出動を要請する事はできないとブーフハイムは考えた。
    もしも彼の部隊を尻目に対潜攻撃機が潜水艦を撃沈でもしようものなら、
    ブーフハイムの部隊は大打撃を受けただけで何一つ戦果をあげられなかった事になる。
    指揮官として無能の烙印を押されるその事態だけは何としてでも避けねばならない。
    敵の水中部隊を撃破すれば少なくとも最低限、ブーフハイムに課せられた役割は果たせた事になるのだ。

    敵MSの意外な性能に予想外の損害を出す事になってしまったが・・・まだだ。まだ負けてはいない。
    ブーフハイムはじっとりと汗の滲んだ両掌を、何度もスラックスに擦り付けた。


925 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/06/06(土) 19:44:52.00 ID:AaX.MPQ0
    操縦桿に手を掛けたままレーダーモニターを凝視していたホルバインは逸早く、敵の異変に気が付いた。

    「見ろよアムロ!やっこさん達、蜘蛛の子散らす様に逃げ始めたぜ!」

    ようやく敵部隊はこのゾックを撃破しようとする事が如何に困難な事か気が付いたという事なのだろう。
    だが、その決断は遅きに失した。そして、この事態は既に2人によって予想されていたのである。

    「さて。敵さんは尻尾を巻いて母艦に帰投するか、
    それとも残存部隊を再編成してレッド・ドルフィン部隊を追撃するか・・・?」

    半眼にしたホルバインが薄く呟く。
    緒戦に躓いた敵艦隊が、このまま空母を引き連れてディエゴ・ガルシアあたりまで引き返してくれる
    と言うのなら見逃してやらない事も無い。
    いくら水中では無敵のゾックとはいえ、1機だけで敵水上艦隊まで相手にするのは少々骨が折れる仕事だろう。
    ハーネスには出撃を認めさせる為にああ言ったが、本来ゾックの性能は集団戦の中でこそ光るものなのだ。
    一度仕切り直し、戦力を整える事さえできたなら、再度同じ規模の敵と交戦する時でも、
    今回の様にハイリスクな戦法を避ける事で戦いの様相は全く違ったものになるだろう。

    だが、モニターには表示されている光点が集まり出し、
    見る間にアデン基地の方角に向けて移動を始めた様子がくっきりと映し出されている。
    どうやら連邦軍は後者の作戦行動を選択した様だ。
    おいおい、そいつは見逃せねえぜとホルバインは凄みの効いた笑みを浮かべた。
    アムロの顔にも緊張が走る。だが、慌てはしない。

    「敵にもう一撃、仕掛けます!」

    それ程に改装されたエーギルの性能は高いのだ。
    アムロは慎重に狙いを定めると、現在部隊再編の為に個別に逃走している敵をそのまま狙う事はせず、
    速度と進行方向からベクトルを割り出し、未来予測される敵の集合地点に向けてパイロットブレットを射出した。
    水中での高速射出と安定直進のみを追及し開発されたブレットは、
    通常の魚雷を遥かに凌駕したスピードで敵を追い越し目標地点に到達、
    間髪入れずに発射されて来たメガ粒子砲の巻き起こした大規模な水蒸気爆発が同時に2撃、
    またもや集結中の連邦軍部隊を吹き飛ばす事になった。

    ゾックに搭載されたエーギルシステム内臓のメガ粒子砲は有効射程2000M、
    最大射程は理論値ながら2800Mにも達する。
    アムロは逃走を図る敵の集団に再度、射程圏内ギリギリで痛烈な打撃を与える事に成功したのである。

    連邦軍のパイロット達は皆、ソナーレーダーで迫り来る超高速超小型魚雷を把握してはいたのだが、
    何しろ対象が他に類を見ない程の高速であり、誘導式魚雷の類では無い為に
    妨害兵器で進路を捻じ曲げる事も叶わず、自機の進行方向に向け連射されて来ているターゲットに対して
    迎撃魚雷も役には立たず、水中を全速力で航行している機体をすぐに静止させる事も不可能であり・・・
    結果、直撃を免れた機体もバブルパルスによって次々と戦闘不能の状態に陥っていった。

    「そんじゃあ、行くぜアムロ!アゴ引いとけ!」

    今ここに、砲台としてのゾックの役割は終わったのである。
    ようやく回って来た出番に、嬉しそうに笑ったホルバインの瞳が、まるで人懐こい子供のように揺れている。
    この男、こんな表情もするのかと意外に思いながらも、
    アムロは頷くと同時に身体を固め、そのままの姿勢を取った。
    満足そうに頷いたホルバインがフットペダルを踏み込み一気にレバーを引くと、
    海底に陣取っていたMSM-10【ゾック】は、まるで地上でロケットが発射する時の噴煙の如く、
    大量の海底の泥砂を濛々と巻き上げるや、その巨体からは想像も出来ないような急加速で飛び出し、
    水中巡航形態に移行した瞬間、最大加速で敵残存部隊への追撃に入った。


956 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/06/08(月) 01:43:32.42 ID:1wln5ac0
    「う・・・ああ・・・!」
    「どうしたんだい!また頭痛かい?」

    船倉の片隅で両腕で頭を抱え込み、またもや蹲ってしまった少女に、
    お下げに結わえた赤毛を揺らしながらミハル・ラトキエは急いで駆け寄った。
    ミハルの前で頭を抱え震えているこの褐色の肌の少女は、これまでも頻繁に酷い頭痛を訴え、
    その度に怖い怖いと、うわ言を口にしていたのである。

    港を出航してからもう何日が過ぎたのだろう。こんな環境ではそれも無理は無いとミハルは思う。
    見渡せば、だだっ広いだけの薄汚い船倉には二十数人の子供達が肩を寄せ合うように腰を降ろしている。
    部屋の隅には幾つかの簡易便器が備え付けられ、唯一外界と通じるハッチは外から施錠され硬く閉ざされており、
    食事の定時配膳時以外は開かれる事は無い。
    船の最下層にあるこの部屋は、喫水線より低い位置にあるため窓は無く、
    頼りなく薄ぼんやりと灯る常夜灯がオレンジ色の光を投げかけ、今現在が昼なのか夜なのかすら判らない。
    その光がそこに押し込められた子供達の頬を絶望の色に染めているのだ。

    マドラス基地がまだジオンの支配下にあった頃、
    ジオン占領地で複数の収容施設に分かれて暮らしていた戦争孤児達は、
    連邦軍がマドラス基地を攻撃した直後、とあるジオンの部隊によって港があるムンバイに集められ、
    有無を言わさず偽装貨物船の船倉に押し込められたのである。
    なんでも、なんとか島にあるというもっと立派な施設に移されるのだそうだ。

    何かがある・・・と、ミハルはいぶかしんでいた。

    自分を含めここにいる子供たちは皆、無力であり、
    ジオンにとっては(連邦でも同じだろう)ごく潰しの存在の筈だ。
    自分達が生み出した哀れな孤児に懺悔して、今さら慈善事業を開始した訳でもあるまい。
    そんな殊勝な奴等はそもそも初めから戦争を始めないだろう。
    足手まといにしかならない存在をわざわざ危険を犯してまで連れ出すのにはそれ相応の理由、
    メリットが無ければならない。
    そしてどうやらそれは、自分達にとっては歓迎すべからざる理由であろうという事も、
    ミハルには薄々察しがついていた。

    「ああ・・・また・・・人の命が消える・・・ああ・・・また・・・!」

    きっと酷い頭痛のせいで意識が混濁しているのだろう。
    ぶるぶると震えながら恐れおののく少女の細い肩を、ミハルはしっかりと抱き締めた。
    一人一枚割り当てられた毛布しかない船倉では、柔らかいベッドに彼女を横たえてやる事も叶わず、
    今の自分にできる事と言えば、きつく抱き締めて震えを止めてやる事ぐらいだった。

    「ジル、ミリー、あんた達も来な」

    ミハルは優しい声で彼女の幼い弟妹を呼び寄せると震える彼女の脇に座らせ、
    三人をまとめて抱え込むように腕を回すと目を閉じた。

    「どうだい?こうしていると、少しは怖くないだろ、ララァ?」

    ミハルはララァの耳元で、この船のこの船倉で初めて出会った時に彼女の口から聞いた名前を呟いた。
    その声音にようやく目を上げたララァ・スンは、
    汗ばんだ褐色の顔に張り付いた自らの髪の毛をどうにか拭う事ができた。
    だがその瞳からはまだ怯えは消えていない。
    常人には聞こえぬ死に逝く者の断末魔に苛まれているのだ、と、ミハルは唐突に思い当たった。

    「近くの海で、また・・・戦争が・・・たくさんの人が・・・ああ・・・!」

    ミハルはララァの気がふれているとは思わなかった。
    もちろん詳細など判るはずも無いが今この場所にいるという事は、
    彼女もこれまでに何かしら不幸な人生を送って来た事に間違いは無いだろう。
    彼女の持つこの不可思議な感性が、その辛酸を舐めた日々の中で、
    もしかしたら彼女に芽生えた『救い』なのかも知れない。
    上手く言葉にはできないが、そう感じるのだ。

    それにしても船が揺れる。食器を下げに先程この部屋に入って来た男によると、外は嵐になっているらしい。
    彼女達の運命を象徴する様に、逆巻く大波は、
    彼女達の乗船する偽装貨物船【フォルケッシャー号】を散々に翻弄した。
ツールボックス

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