【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5

【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5


37 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/11(木) 13:16:13.53 ID:MSCP.no0
とてつもないGがアムロの骨格を軋ませ呼吸を困難なものにする。
この体がシートにむりやり押さえ付けられる様な感覚は、ガンダムがWBのカタパルトから発進する時に掛かるそれと酷似していた。
まさか水中でここまでの加速がなされるとは。まともに身体を動かす事もままならない。
だが、このような状況の中でアムロの瞳に映るホルバインの横顔は、信じ難い事に、これ以上無いほど嬉しそうなのだ。

「敵さんの迎撃準備が整わないうちに各個撃破だ!距離500で反転する!前・後で一撃づつだ!やれるな?」
「や・・・やって・・・みます!」
「上等!」

歯を食いしばりながら言葉を搾り出すアムロに対して、大口を開けて笑うホルバイン。
この男、この様な状況の方が生き生きして見えるのは気のせいではなさそうだ。
ホルバインは、こういった極限状態では“スイッチ”が入るのかも知れない。
それが何のスイッチなのかは知らないが・・・と、アムロは思い通りに動かない腕を宥めすかし、眼前のモニターを何とか操作し、メガ粒子砲発射トリガーに慎重に手を掛けた。
細かく狙いを付ける必要は無い。敵は正面にいた!

「メガ粒子砲発射!」

ゾックの頭頂部に装備された1番砲口からゾックの進行方向に向けてパイロットブレットが射出されるや、ビームの奔流がその後を追う様に迸り、そのまま敵MSに殺到し、派手に水蒸気爆発を巻き起こした。
ゾックには9門のメガ粒子砲が装備されているが、パイロットブレットの気泡が巻き起こす射路が必要なエーギルシステムは基本的に水中で移動しながらのメガ粒子砲発射は想定されていない。
だが、頭頂部位にあるこの1番砲口に限り、進行方向と同ベクトル時のみ「進行方向に向けて」発射する事ができる。
敵と正対せねばならない為にリスクは増すが、その威力を考えるなら充分に引き合うものであった。

「ヤッハー!ウォォ!ヤーハハハハッハー!!」

ハイテンションな奇声を上げながらホルバインは、すかさずゾックの機体を45度バンクさせ、そのまま斜めに上方宙返りさせる。
ターン開始時と終了時で進行方向を180度変え、速度を減少させる代わりに深度を上げるテクニックである。
ホルバインは水平潜航には移らず、進行方向はそのまま、ゾックの機首を40度ほど持ち上げた。
これにより、両肩上部に装備されたメガ粒子砲口を可動させる事で、自身の後方へのビーム攻撃が可能となった。
これは、前後対称の得意な形状を持つゾックならではの機動であった。
強力な推力に支えられ、スピードは、落ちない。

撹拌されるミキサーの中のバナナの気持ちはいかばかりかと慮ったアムロはしかし、少しだけ愉しい気分になって口元を綻ばせた。
この加速機動、悪くない!

「メガ粒子砲、発射!」

グリグリと起き上がり角度を変えた、ゾックの両肩上部に装備された6番7番砲口から強力なメガ粒子ビームが2撃、またもや後方の敵軍に浴びせ掛けられ、狙いは違わず今度は敵陣の中央で巨大な水蒸気爆発を巻き起こす事に成功した。
混乱の中での再々度の痛撃である。確認する必要はあるが、これで敵部隊は殆んど壊滅状態だろう。

だが、ここで一息入れる訳には行かない。
敵に時間的猶予を与えず、親玉たる潜水艦と空母を速攻で叩きに行くべきだ。
ゾックの機体を水平に戻しながら、ホルバインは冷静にそう決断していたのである。



94 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/12(金) 20:11:13.32 ID:1n11QXg0
「壊滅だと・・・!?何故だ!?相手はたった・・・たった1機のMSなんだぞ!」
「・・・遺憾ながら、敵MSの性能は我々が考えるより遥かに高かった、と、言わざるを得ません」
「貴様っ!?何を今さら!!」
「艦長!敵MSがこちらに向けて迫って来ます!」

技術参謀に掴み掛からんばかりにキャプテンシートから腰を浮かせたブーフハイムを押し止めたのは水測員からの一報だった。

「う、撃て!撃て!魚雷で奴を叩き落せ!」
「管制室。魚雷発射だ。敵は1機、外すなよ!」

ヒステリックに喚き散らすブーフハイムの言葉を冷静に翻訳した参謀はこの艦では副長も兼ねている。
これまでも【アナンタ】では見慣れた毎度毎度の光景、その苦労はいかばかりのものであっただろう。



「水中音発生、前方から魚雷です!」
「構わねえ!このまま突っ込むぜえ!」

アムロの報告にホルバインは不敵に答える。
その言葉通り、ほぼ正面から迫り来る3本の魚雷に対し、ゾックは敢えてビームを発射せず、ギリギリまで引き付けてから高速バレルロール(高速で機首を上げ、同時にロールを行う事で横倒しの樽の内側をなぞるように螺旋を描き機動する)で三本の魚雷の横をすり抜け躱してみせた。
そしてロールが終了した地点、ゾックは既に真正面に敵潜水艦を捉えている。
ターゲットとなる敵潜水艦は3隻。だがこれは先程こちらに向けて魚雷を発射した艦ではない。
ホルバインは、ゾックに一番近い潜水艦を狙うと見せかける為に突撃を掛け他艦の油断を誘い、バレルロールでダミーの敵をアッサリすっ飛ばすと、敢えて後方に位置している敵への射路を開いたのだ。

「パイロットブレット射出!メガ粒子砲発射!」

阿吽の呼吸でアムロが放った攻撃が的確に敵潜水艦のエンジン部を捉え、巨大な爆発を伴い轟沈せしめた。
アムロとホルバインは一瞬互いの視線を合わせ、また各々の仕事に向き直る。
言葉など必要は無かった。
アムロはホルバインのタフな技量に憧憬を覚え、ホルバインはアムロの判断力とカンの良さを頼もしく感じた。

背中を預けられる。

2人にとってその認識だけで十分だったのである。



120 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/15(月) 00:21:44.24 ID:WaUI52o0
縦横無尽に水中を跳び回る敵MSが2隻目の友軍潜水艦を撃沈したのを見届けると、ブーフハイムは覚悟を決めた様にキャプテンシートの肘掛の先にある小さなパネルを操作した。

「艦長!!何を!?」

その動きに気付いた参謀の質問を無視してブーフハイムは操作を続行する。

「まさかこの状況でアレを発射するおつもりなのですか!?」
「こちらにはこの切り札があるのだ!ジオンの基地など一撃で撃破してくれる!」

参謀は考えられないとばかりにキャプテンシートに詰め寄った。

「無意味です!アレによる攻撃は、我々がジオン水中部隊を掃討している事が大前提です。
連邦軍がアデン基地への制海権を手中にしていてこそ、初めて意味があるものなのです!
今は、それよりも全速で後退しつつ【フォート・ワース】に救援を要請して対潜攻撃機を・・・」
「黙れ!黙れ!黙れ!このままやられっ放しで戻れるものか!」

血走った眼を剥いて激昂する艦長をなるべく刺激しないように細心の注意を払いながら、参謀は冷静に言葉を続け説得を試みた。

「【気化弾頭ミサイル】・・・艦長。アレ自体は確かに南極条約で使用禁止の条項はありません。
しかし人道的見地から逸脱した大量破壊兵器です。
作戦立案時に、アレを使用するタイミングは入念に検討されたではありませんか。
例えアレを使用してジオン軍を掃討したとしても、ジオン水中部隊が健在なこの状況では、我々の空挺部隊はアデン基地に突入できません。
空母をもし敵の水中部隊に沈められでもしたら、連邦軍はジオンの勢力圏内で孤立してしまうからです。
つまり、我々はどのみち基地を制圧できないのです。
アレを使えば、ジオンどころかアデン基地周辺の街も消滅します。
連邦軍は世論を敵に回す事になり、巻き込まれる一般市民は、無駄死にです」

ちなみにこのミサイル、もちろんミノフスキー粒子のせいで誘導する事はできないが、自機とターゲットポイントの正確な位置関係が把握されている為、放物線を描く様に打ち出す事で狙った場所へ「落とす」事ができる。
着弾までの時間も割り出せるので、タイマーによる空中爆散も思いのままだ。
一方、空から降ってくるミサイルに対し、地上から迎撃ミサイルを撃つ事は不可能である。

「黙れと言った!貴様のような臆病者に用は無い!ジオンなど、俺だけで倒す!!ミサイルサイロ開け!!」
「・・・!」

ゴゥンと艦の上部に設置されたサイロが開いたのが艦内に響く微かな音と振動で感じ取れる。
この艦長を説得し切れなかったのだと理解した参謀は、慙愧の思いで唇を噛むしかなかった。

121 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/15(月) 00:22:36.73 ID:WaUI52o0
2隻の潜水艦を沈める事に成功したゾックは、残る1隻に機首を向ける為の反転中に異常を察知した。

「この音は・・・!!逆進中の敵艦が、上部ハッチを開けています!」
「何だと!?」

アムロの声に驚いたホルバインがレーダーモニターを見ると、最後の標的たる光点から高速で分離した新たな光点がゾックの脇を掠める様に通り過ぎ、みるみる深度を上げてゆくのが確認できる。
途端、アムロの脳裏に電光が奔った。これは・・・!

「ホルバイン少尉!アレを逃がしちゃ駄目だ!追って下さい!」
「くっ・・・!!」

反転機動を中途で無理矢理キャンセルしたゾックがミサイルを追って強引な上昇を開始する。

「アップ90度!急速浮上!」

ホルバインはアムロの要求に「何故だ」とは聞かなかった。
一蓮托生であり一心同体。この短い時間の中で、交わす言葉は少なくとも、2人は互いを信頼できるかけがえの無い相棒だと認識していたのである。

「アムロ!敵さん、後ろから魚雷を撃ちやがったぜ!」

ゾックがミサイルを追い掛けて上昇を始めた為、逃げていた筈の敵潜水艦が一転、こちらに向けて追尾魚雷を放ったのである。
アムロもモニターでそれに気が付いていたが、斜線が重ならない為にどうする事もできない。
ゾックは進行方向の前後にしかビームが発射できないからだ。
だが最短距離でミサイルを追うのを止める事はできない。
ここは危険を承知で後方から迫り来る魚雷に最大限の注意を払いつつこのままミサイルを追い、ミサイルを撃墜させた後、その時点で至近距離まで迫っている筈の魚雷を迎撃するか避けるかするしか無いだろう。
深度が上がり水面がみるみる迫る。スピードの遅い水中で仕留められねば恐らく前を行くミサイルの撃墜は不可能だ。
ホルバインはミサイルの上昇角度にゾックの浮上ベクトルを合わせる様に慎重に機動を調整し、やがて上昇するミサイルの真下に回りこむ事に成功した。
アムロの眼には今や目前のミサイルしか見えていない。
コイツをここで取り逃がすと取り返しの付かない事になる。何故だかそれだけは確信できていた。
計測によると、ゾックとパイロットブレットの方がミサイルより数段速い。
これならば、エーギルシステムが使用できる筈だとアムロは判断した。
ミサイル自身の吐き出す気泡も「射路」として利用できるだろう。

「メガ粒子砲、発射!」

精神を集中し、機をギリギリまで見極めたアムロの放った一撃が、上昇中のミサイルを貫き木っ端微塵に吹き飛ばした。
ミサイル撃破を確認したホルバインは、魚雷回避の為の緊急ロールをゾックに掛ける。
海面スレスレではあったが、兎にも角にも水中で爆散した気化弾頭ミサイルは、その本来の威力を千分の一も発揮させる事ができず、空しく海中に消えたのである。
しかしその時、廻る天地の中、思わず快哉を叫ぼうとしたアムロの言葉を遮る様に轟いたホルバインの叫び――

「駄目だ!衝撃に備えろ!」

――それとほぼ同時に激しい衝撃がゾックを突き上げ、コックピットの2人を弾き飛ばした。


153 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/16(火) 19:49:36.99 ID:PdjxDFg0
鮮血がコックピットに飛び散った。
本来単座だったゾックに短時間で補助シートを増設した為、その機材の一部は仮止めされた様な状態であり、コックピットエリアを歪める程の衝撃で床のパネルの一部が弾け跳びホルバインの脇腹を抉ったのだ。

「ホルバイン少尉!」
「・・・騒ぐんじゃねえよ・・・!」

どくどくと血の流れ出した脇腹を押さえたホルバインは、それでも手負いのゾックを上昇させ、海面から機体上部を浮上させるとコックピットハッチを開いた。
外は激しい嵐であった。強風と雨粒が容赦なくコックピットに吹き込み、2人の足元に赤い水溜りを作ってゆく。

「アムロ、お前は脱出しろ。お前の着ているライフジャケットは灯火ビーコン付だ。運が良ければ助かるだろう」
「そんな!?ホルバイン少尉はどうするんです!」

ホルバインは咳き込み少しだけ血を吐くと、弱々しいが不敵な笑みを浮かべた。

「決まっているだろう。あの野朗にオトシマエを付けに行くのさ」
「僕も一緒に行きます!」
「バカ野朗!見ろこの嵐を!この中をジャケット一つで漂うなんざ自殺行為だ!
手負いのコイツで、もう一度潜り戦闘を仕掛けるのも正気の沙汰じゃねえ!
進むも地獄、引くも地獄なんだよ!
なら、二手に分れりゃどっちかは助かるかも知れねえだろうが!」

ホルバインは痛みをこらえてベルトを外し、傾いたシートから立ち上がるとアムロのシートベルトを外し、その胸倉を掴んで無理矢理シートから引き剥がした。
怪我人とは思えない程の力にアムロは抗う事ができなかった。

「嫌だ!ホルバインさん!」

涙声で抵抗するアムロを無視してホルバインは自分の首に掛かっていた銛のペンダントを引き千切り、アムロの胸ポケットに押し込む。
これは彼の「じいさんの形見」であり、戦場から生きて帰る為のお守りであった。
だが、ホルバインは自分が負った傷が致命傷だという事を悟っていた。
ならば、これはこの赤毛の少年に持たせるのが正しいだろう。

ホルバインは何も言わず、雨風吹き込むハッチから、アムロの身体をゾックの外へ無造作に放り出した。
空中で彼に向けて手を伸ばしたアムロの泣き顔を激しい雨と波飛沫が洗い流す様に叩き、その絶叫を轟く雷と逆巻く強風が掻き消した。


213 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/19(金) 11:11:48.78 ID:3F9OKks0
時化の激しい波に揺さぶられ、吐くものも出し尽くした子供達がぐったりと身を寄せているその中で、蹲っていたララァがふいに顔を起こした。

「そんなに泣かないで・・・」
「え?」

まともに歩く事もできない船室で一人だけ気丈に動き回り、幼い弟妹や具合の悪い子供達の面倒を見ていたミハルは、微かに聞こえたララァの声に振り返った。
少々ガラは悪いものの、生来の面倒見の良さとその人となりで、ミハルは何とは無しにこの集団のリーダー格となっていた。

「ララァ、どうしたんだい?・・・また何か聞こえた?」

ミハルはララァに声を掛けながら近付くと、後半は耳元でそっと囁いた。
ララァの“この能力”を他人にはあまり知られない方が良い様な気がしていたからである。

何故なら彼女が≪不幸≫になるかも知れないから。
ただ漠然とだが、ミハルにはそう思えて仕方が無かった。

「駄目・・・届かない・・・悲しみが深すぎて・・・閉じてしまった・・・」
「・・・?」

眉間に皺を寄せて悲しそうにするララァに、ミハルはどうしてやる事もできない。
一体彼女には何が見えているというのだろうか。

「・・・ブッダは・・・死は無だと言ったって・・・」
「・・・」

今度はララァはミハルの方を見ずに、まるで誰かに語りかける様に、視点を固定したままポツリとそう漏らした。
この娘はたまにこういう不思議な言い回しで、独り言のような言葉を紡ぎ出す。
正直、その意味など学の無い自分には判るはずもないが、その落ち着いた声音と深遠な瞳の色が相まって、
何故だか妙に心が落ち着くのを感じる。
何となく側にいたくなる。そんな不思議な吸引力が彼女には備わっているのかも知れない。

果たして、その視線の先には何が見えるのかしらと試しに眼を凝らしてみるミハルだったが、
彼女の眼ではどうやっても薄暗い部屋の汚い壁しか見る事はできなかった。


380 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/22(月) 21:10:10.18 ID:HShbR7E0
海面にアムロを残し、潜行というより落下に近い軌道でゾックは再び水中に没した。
後方からの魚雷を避けきれず、至近距離で炸裂した爆圧の衝撃でバランサーに深刻なダメージを受けたMSM-10は、今やパイロットと同様、満身創痍の状態であった。
恐らくこの状態で潜水したら2度と浮上する事は叶わないだろうという事もホルバインには判っていた。
しかし、あの潜水艦を放っておく事はできない。
アレは仲間の為に今、ここで狩り獲っておかねばならない獲物なのだ。
今日はこのゾックで大漁を挙げたが、最後の最後にケチが付いたんじゃ締まらねえ。
大量の失血の為、朦朧とする意識の中で彼はそれだけを考えていた。
奇跡的にコックピットブロックへの浸水は無く、気密は保たれている。
先程までは焼ける様に感じていた脇腹の痛みも、何故か今は全く感じなくなった。
これならこの命が尽きるまでにアレを仕留められるかもしれない。いいぞ。やはり今日の俺はツイている。
ホルバインは嬉しそうに口から溢れ出て来る血を片腕で拭った。
刹那、ゾックを追う様に深度を上げて来ていた敵潜水艦が、こちらに向けて2本の追尾魚雷をまたもや放った。
しかしゾックは先程とは同一の機体とは思えない程よたよたした機動ながらも、何と魚雷を2本とも躱してみせたのである。
それは現在のMSM-10の状態を鑑みれば完全に常識を超えた拳動であり、彼の技量の高さをして始めて為しえた奇跡であった。

だが、その急激な旋回がホルバインの傷を更に深いものにしてしまった。

ホルバインは、急激に自分の身体の力が抜けてゆくのを感じた。
血だらけの左掌が操縦桿からずるずると滑り落ちて行くのをどうする事もできない。
同時に視界が少しづつ暗くなって行く。
待て、待て、まだだとホルバインは眼を見開いてモニターを凝視する。
敵は正面にいる筈だ。まだ辛うじて動かす事のできる右手で1番砲口のトリガーを絞るが、エーギルシステムは動作不全を起こしており、パイロットブレットすら発射する事ができなかった。
構うものかとホルバインはそのままゾックを突入させ、すれ違いざまそのクローによる決して浅くは無い一撃を【アナンタ】の舷側に見舞う事に成功した。
船体を破られた【アナンタ】は水圧によりたちまち圧壊し始め、ブーフハイムらと共に、そのまま海の藻屑と消えてゆく。

しかし自分がその生涯で最後に仕留めた獲物の行く末を確認する事無くホルバインは眼を閉じた。
だが彼にはまだやる事があった。彼は今にも途切れそうな意識を集中させるとオール回線でこの海域の全ての兵士達に呼び掛けたのである。

「・・・俺はジオン公国レッド・ドルフィン隊所属のヴェルナー・ホルバイン少尉・・・この海域の洋上に要救助者・・・若い兵士だ・・・敵でも味方でも誰でもいい・・・奴を助けてやってくれ・・・」

あの状況、アムロが無事に救助される可能性はゼロに近いだろう。
この通信によって味方に保護されるなら言う事は無いが、例え敵の手に落ちたとしても、そこから先の運命を切り開く事ができるかも知れない。
だが死んでしまえばその僅かな可能性すら失う事になるのだ。
何より一番大事な事はここで命を落とさない事だ。ホルバインはそう考えたのだった。


自らの血に塗れた右腕がゆっくりと操縦桿から離れる。いい。もう自分ができる事は何も無いのだから。
ホルバインは頭を静かに後ろに倒した。ただ達成感だけが彼を包んでいた。

やけに静かだ、そして深く、暗い。
ミシミシとゾックの機体に亀裂が奔って行くのが判る。この頑丈な機体にも流石に限界が来た様だ。
自分はこれから死ぬのだろうか。死ぬと人間はどうなるのだろうか。
怖い・・・怖い所に行くのだろうか。

≪・・・ブッダは・・・死は無だと言ったって・・・≫

へえ。そうなのか?
そのブッダって奴は知らないが、無なら怖いってのも無しだよな?ありがとうよお嬢さん。気持ちがずいぶんと楽になったぜ。

意識の中で褐色の肌の少女と邂逅したホルバインはそして、視界いっぱいに広がる海を見た。
彼のじいさんにとっては空想でしかなかった本物の海に抱かれて、彼は幸せであった。

381 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/22(月) 21:10:32.78 ID:HShbR7E0


「・・・MSM-10の反応、消えました・・・」
「何てこった・・・」

アッガイに搭乗しているマーシーからの通信を受け、ゴックを操縦するラサは天を見上げた。
ここはアデン湾の北西、ゾックが沈んだ地点から約10キロ離れた海中である。
アデン基地まで輸送機で運ばれレッド・ドルフィン隊と合流したシャア達は、無事アデン基地に上陸したフェンリル隊と入れ替わるように彼らの潜水艦に乗り込みここまでやって来た。
連邦艦隊が近い事もあってレッド・ドルフィン隊の潜水艦より先行してシャア達3機の水陸両用MSは戦闘海域に向かっていたその途中、偶然にホルバインの通信を拾ったのだ。
赤いズゴックを駆るシャアは唇を引き締めた。

「間に合わなかったか・・・だが、ホルバイン少尉。貴君の要請、このシャア・アズナブルが確かに受け取ったぞ」

そしてシャアは仮面の下の眉根を一瞬歪め――

「海は見えたか・・・海兵」

悲しそうにその瞳を遠いものにして無意識にそう、ひとりごちた。


445 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/27(土) 12:27:11.48 ID:W99uheY0
今、ホルバインが死んだ――
最後の瞬間、それをアムロは感じ取る事ができた。
激しい風と雨に打たれ、逆巻く荒波に翻弄されながらアムロは慟哭していた。

幾度と無く絶叫を繰り返した為に咽は切れ、海水を何度も飲み込んだ為に激痛が生じ、声はもはや枯れ果てた。
だが、この程度の苦痛は死に行くホルバインの激痛に匹敵するものではなかっただろうとアムロは顔を両手で覆った。

ホルバインを殺したのは自分だ。
自分がもっと早くあのミサイルを撃墜していれば。

いや違う。

自分があの時、ミサイルを追う様に指示を出したが為に、結果的にあの優秀なパイロットを死なせてしまった。
全ての責任は自分が負うべきだったのに。
それなのに何故、ホルバインは死に、自分はこうして生きている?

何がニュータイプだ!

人を不幸にするこんな能力など、いらない。
この激しい雨と風と波に揉まれてその全てがこの体から流れ出してしまえばいい・・・

アムロはまたもや高波に呑まれると、暫く後に波間に浮かび上がり・・・
そんな状態を何度か繰り返した後、やがて意識を消失していった。









しかしどんなに激しい波に打ち据えられようと、アムロの身に付けたライフジャケットは決して沈まず、その灯火は消える事無く彼の存在を波間に誇示し続けていた。
それはまるで、ホルバインが最後に託した願いの様に。
そしてその小さいが確かな光は、民間の中型漁船を模した偽装貨物船【フォルケッシャー】からもはっきり視認されていたのである。

446 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/27(土) 12:27:51.48 ID:W99uheY0
「船長!洋上三時の方向に灯火(フラッシュライト)とビーコンシグナル確認!要救助者です!識別信号はジオン軍のものです!」
「・・・厄介だな・・・連邦艦の動きはどうだ」
「変わらずです、駆逐艦と思われる一隻が急速に接近中。通信はまだ届きませんが、恐らくこちらを臨検するつもりだと思われます」
「ふうむ・・・我々には重要な任務がある。ここまで来て連邦軍に尻尾を掴まれる訳にはいかんのだ。
ここは、あえてあの灯火に気が付かないフリをしてやり過ごすのも手か・・・」

そのあまりにも無慈悲過ぎる船長の発言に、双眼鏡から眼を離さないまま、がっしりとした体格のククルス・ドアン少尉は憤った。

「何を言うんですか船長!一刻も早く助けてやらなければ死んでしまいますよ!
それに見て下さい!どう見てもあれは子供だ!
いくらこっちが隠密だからって、このまま見殺しにするつもりですか!」

ドアンの声に貧相な顔をした船長は、面倒臭そうな顔でその手から双眼鏡をもぎ取り、自分の目を凝らした。

「・・・なるほど確かに子供の様だな。
本国からは学徒兵の話はまだ聞いていないが・・・
だが、宜しい。連邦艦艇が到着するより先に奴を確保し【船底】に運び込め。
検体が増えれば、マガニー博士に到着が遅れた事の申し開きが少しは立つだろう」

ぎょっとしてドアンは船長を振り返った。

「検体!?まさか船長、あの兵士を【施設送り】にするつもりなのですか!?」
「それしかなかろう?今ここで彼を助けるというのはそういう事だ。
それに君が言った通り、ここで死ぬよりはマシな選択だと思うが」

いけしゃあしゃあと答えた船長をドアンは憎々しげに睨み付けた。
生死不明の状態で正規の手続き無しにあそこに送られた兵士は、秘密裏に登録を抹消され2度と原隊へは戻れないだろう。
しかし、それでもドアンは素早く救助用の救命胴衣を身に付けるとフックを確認しロープを肩に担いだ。

「・・・確かにこの状況では彼の身柄は【船底】に隠すしか無いでしょうね。
しかし最重要軍事機密に関わるあの部屋を見た者は、どちらにせよ、と、いう訳ですな・・・
了解です。慎重に船を寄せてください、私が救助に向かいます」
「奴の着ているライフジャケットは切り裂いて海に投棄しろ。急げよ」

後ろから掛けられた船長の声をドアンは無視して強風吹き荒ぶ甲板に走り出た。
しかし命令を苦々しく反芻しながらも彼は、太い二の腕に巻き付けたベルトに刺さるナイフのチェックは怠らなかったのであった。


478 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/28(日) 19:26:35.72 ID:3BSp6bU0
ゴトンと鈍い音がすると硬くロックされていた扉がゆっくり開き、びしょ濡れの大柄な男が、ミハル達が身を寄せ合う部屋に入って来た。

「済まないが手を貸してくれ」

男は誰かを背負っているようだ。
大柄な男がククルス・ドアン少尉だという事が判ると部屋の空気が明らかにほっとしたものに変わる。
ミハルは無言で彼の元に駆け寄った。
ドアンはこの船の乗組員の中で唯一、子供達に優しく接してくれる軍人だった。
他の奴等の様に邪険にもしなければ、ミハルやララァを嫌らしい眼で見たりもしない。
子供の一人が熱を出した時は自分が使用していたであろう寝具を譲り、熱が下がるまで寝ずに看病までしてくれた。
ミハルは、そんなドアンの態度に内心感謝し、少しだけ心を許してもいたのである。

『済まない』

いつもそれが彼の口癖だった。

「この子、軍人さんだね?」
「ああ。海に浮いていたんだ。この近くで海戦があったらしい。あと15分も遅かったら危なかったが・・・
水は吐かせたし、今は呼吸も脈拍も正常だ。暫くすれば眼を覚ますだろう」

てきぱきと毛布を敷いて簡易の寝床を拵えたミハルは、ドアンの背中から小柄な兵士を降ろすのを手伝い、頭を打たせない様に注意しながらゆっくりと体を仰向けに横たえた。

「まだ子供じゃないか・・・あたしより年下かも知れないね」
「ジオンも兵隊がいなくて苦しいのさ」

ぽつりと呟いたドアンの横顔をミハルはハッとした様に見つめる。

「良いのかい?さっきから迂闊にそんな事をあたしなんかに・・・」
「おっと・・・そうだったな。済まん。どうも俺は軍人には向いていないらしい」

ここで彼女に謝ってしまうのがドアンという男なのだろう。
朴訥に頭を掻きながら身を起こした巨漢を見て、ミハルはくすりと笑ってしまった。
もちろんドアンは怖い軍人であり、自分よりも遥かに年上の筈なのだが、何となく微笑ましく感じてしまう。変だろうか。

「事情によって彼は今後君達と行動を共にすることになった。済まないが少しの間辛抱してくれ。後でまた来る、彼を頼む」

ミハルに後を託すと、ドアンは急いで部屋を出て行った。
またもや外から重く閉められた扉に、ミハルは溜息を吐く。
しかし次の瞬間には、寝かされた兵士の周りに興味津々で集まる子供達の姿があった。

「こらこら!触るんじゃないよ!おや、珍しいねララァ。あんたまで」

子供達の中には、普段から何事にもに無関心だったララァが混じっていたのである。
ララァはその澄んだ目を近づけて、昏々と眠っている少年兵の顔を凝視している。

「とても辛い目にあったのね・・・だから・・・」

ゆっくりと手を少年の顔に伸ばしたララァは、その閉じられた瞼の端から新たに流れ落ちた涙の雫を、その掌でそっと拭い取った。

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最終更新:2009年07月10日 18:56
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