【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5別館-1


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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5別館-1

3 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/03(金) 20:23:35 ID:I1JMKw5M0
軽い警告の後、連邦軍の駆逐艦艇からパーソナル・ジェットを背負った連邦兵が次々と【フォルケッシャー】に乗り移り、乗組員に小銃を突きつけながら問答無用の臨検が開始された。

恐らくはルーティンに近い作業なのだろう。やけに手馴れていやがるとドアンは感じた。
この船は本物の漁船を改造して作られた。その為、船舶登録番号を始め各偽装は完璧である。
そして「船底」部屋の偽装も完璧だ。
入り口のハッチは巧妙に隠され、部屋全体が特殊な材質に覆われた隠し部屋は最新鋭の各種センサーを用いてもおいそれと探り当てる事はできない。

尊大な態度の指揮官に卑屈な態度でこの船の目的地を答えるフォルケッシャー船長。
もちろん隊長に申告した行き先はあらかじめ偽装用に想定された偽の港の名だ。
この特務部隊に配属されてからというもの、ドアンの周りには虚構と嘘とまやかしばかりが蔓延り、彼は心を磨り減らされて行く感覚に苛まれていた。
この仕事はつくづく自分には向いていない。それを痛感する。

「船の隅々まで調べましたが、それらしいものは何も発見できませんでした。
この船の乗組員の身分証明もデータに照合しましたが全員シロです」
「ふん。そんな筈はないのだがな・・・」

部下の報告を一通り聞くと、不審な様子で臨検隊隊長は船長とドアンを交互に見比べ、この操舵室に集められている他の乗組員も全てねめつける様に見た。

「ジオン兵の救助ビーコンが先程までは我が艦で確かに受信されていたのだ。
それがいきなり消えた。その消えた地点にこの船がいる。おかしいではないか」

船長は無表情だが明らかに計算が狂った事を後悔している風だった。
「この任務」を始めてからもう何度も連邦軍の臨検を潜り抜けてきた船長だったが、それは全て相手が暗に袖の下を要求して来たからこそだった。
わざわざ民間の漁船商船を足止めして臨検を名目にその上前を跳ねる軍人が連邦軍には大勢いたのである。
逆に「それ」を拒んだり逆らったりすると不当に拘束され、いわれの無い罪を被せられかねない。
ネチネチとした名目をタテに営業妨害をする連邦兵に民間の船は半ば当然の如く「みかじめ料」を支払っていたのだった。
しかし逆に言えばそのシステムは判り易く、民間人は迅速に「それ」をする事で、ある程度自由な商売が保障されてもいた。

しかし今回の臨検は最初から、雰囲気からしていつもと違った。
全ての兵士がギラギラと殺気立っている。袖の下の話など微塵も出ない。これには船長もお手上げだった。

4 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/03(金) 20:24:36 ID:I1JMKw5M0
船長のあずかり知らぬ事ではあったが、先刻まで大規模な海中戦闘が行われており、ジオン軍のたった1機のMSにより、連邦側はその戦闘に投入した全ての部隊を失うという大失態を演じていたのだ。
ホルバインのオール回線での通信も駆逐艦には受信されており、最早この唯一の生存者を確保する事でしかジオンに一矢報いる方法は無く、連邦兵が血眼になるのも当然なのであった。

「隊長!あれを!」

その時、夕闇迫る海面を眼を皿の様にして見ていた兵士が大声を出して波間にたゆたう何かを指差した。
その場の全員が目を向けると、それは嵐が治まりかけた海に漂う「救命ジャケットの残骸」らしき物であった。
兵士が手持ちの投光機で照らすと表面に塗られた反射材が照り返す。その独特の光り方は救命具特有のものだ。

「あたりに人影は?」
「今のところ確認できません」

部下の報告に無言で隊長は考え込んだ。
ドアンはごくりと唾を飲み込む。
もしこのまま連邦軍に基地まで曳航される様な事態になった場合は、船長はじめ他の乗組員には申し訳ないが【船底】の事を連邦兵に明かそうと心に決めていた。
それが何日掛かるか判らないが、どうせこの船の乗組員達は連邦の基地で【船底】の存在が明らかになるまでダンマリを決め込む筈だからだ。
【船底】に食料の備蓄は無い。なるべく早くあの部屋から子供達だけは出してやる必要があった。
もちろん、それは自分達の立場を連邦に晒す自殺行為だという事を踏まえてでも、である。

「隊長!艦から緊急連絡です!ジオンの潜水艦隊が、こ、こちらへ迫っています!
水中用のMSと思われる機影も複数確認されている様です!」
「なんだと・・・!」

悲愴な決意をしていたドアンの前で、みるみる状況は急転した。

「部下を集めろ!引き上げるぞ!」
「た、隊長、臨検を終了されるのですか?」
「あのジャケットの切れ端を見ろ!ジオンの生き残りはこの漁船のスクリューに巻き込まれ、身体をズタズタに引き裂かれたのだ!今頃は魚のエサにでもなっている事だろう!任務完了だ!急げ!」

その時の隊長の頭には、たった一機でこちらの潜水部隊を壊滅させたというジオンの新型MSの事しかなかった。
にわかには信じ難い話だが、まさかそんな強力なMSが複数!?冗談ではない。
敵はやはり戦力を温存していたのだ。前衛たる潜水艦隊を失った今、駆逐艦一隻で敵と交戦する訳には行かない。
嵐の影響で空母からの航空機発進がおぼつかない現状では、敵に追いつかれる前に急いで後退するのが最良の選択だろう。

フォルケッシャーに寄せていた連邦軍駆逐艦は、臨検部隊全員の帰還を確認すると最大船速でこの場を後にしていった。
思わずへたり込みそうになるのを辛うじて堪え、ドアンは深く息を吐き出した。
まさに危機一髪であった。周りを見渡すと船長をはじめ乗組員全員の顔も青ざめている。

5 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/03(金) 20:25:21 ID:I1JMKw5M0
「応答を願う。こちらはジオン軍、マッド・アングラー隊所属のシャア・アズナブル大佐だ」

連邦軍の駆逐艦が見えなくなって暫くすると、フォルケッシャーの無線に明瞭な声で通信が入った。
見ると、海面から上半身を露出させた状態のMSがこちらに近付いて来る。
血の様に赤く塗られたその機体は、確かMSM-07と言ったはずだとドアンは思い出した。
シャアと言えばジオンで知らぬ者は無い程のエースである。軍嫌いなドアンでもその名前には聞き覚えがあった。
そのシャア大佐から更に今一度、同じ内容の通信が届く、が、船長はその通信に答えない。迂闊に答えられない事情があるのだ。
こちらの逡巡を一瞬で読み取ったかの様に、赤いMSがその単眼を揺らす。と・・・

「失礼する」

たった一言のその通信が終わるや否や、MSの胸ハッチが開き、パーソナルジェットを背負った赤い服の兵士が宙を飛んだではないか。
何という行動の早さだとドアンは瞠目した。
埒が明かないと見るや素早い行動で事態を打開しようとするその決断力は、恐らく何が起きても動じない自信に根ざしているものだろう。

流石は「赤い彗星」という事か。

ガルマ・ザビの一件で失脚したと聞いていたが・・・
噂は当てにならないとドアンは、強風をものともせずにフォルケッシャーの甲板に降り立ったシャアを眩しそうに眺めた。

「非礼は詫びよう。【サンフランシスコ】からとお見受けするが?」
「・・・!」

シャアの何気ない一言に艦長の目が見開かれる。
元々彼らの所属はキャリフォルニア・ベースにある戦略情報部であり、その仕事内容は常に極秘、同胞にも表向きには決して身分や任務を明かす事はできない。
通常で考えれば、ここアラビア海にサンフランシスコの船がいる筈は無い。
しかしシャアはキャリフォルニアをサンフランシスコと敢えて言い換える事で「そちらの事情は把握している」と、余計なやり取りを省いたのである。

「・・・そうでしたかな」

艦長は曖昧にそう答えるしか無い。
シャアの仮面が笑うように揺れた。だが口元は笑っていない。

6 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/03(金) 20:25:56 ID:I1JMKw5M0
「あなた方の行動を邪魔するつもりは一切無い。しかし我々は同胞を探している。
この海域で暫く前まで受信できていたビーコンが消えたのだ。何か心当たりは無いだろうか?」
「・・・先程の連邦軍にも同じ様な事を聞かれましたが、我々には」
「失礼。あなたにお聞きしたいのだ」

シャアは船長の言葉を遮り、後ろのドアンに呼び掛けた。
あっけに取られる船長を尻目に、何故自分に聞くのだと、いきなりの指名に一瞬驚いたドアンだったが、表情を平静なものに戻し慎重に口を開いた。

「・・・お答えできません」
「知らない、ではなく、答えられないという訳か。了解した」

船長にとってドアンの返答とシャアの反応は冷汗ものだったが、シャアはすぐにドアンから目を離し船長に向き直った為、船長は何食わぬ顔をせざるを得なかった。

「では船長にお聞きしたい。この船はこれからどこに向かうのだ」
「紅海を抜けましてロドス島に」

これは先程連邦軍の隊長に答えた場所では無い、この船の本当の目的地であった。
余計な詮索さえされなければ、ジオン兵にはそう答えた方が都合がいい。
シャアのバイザーが一瞬、照明の照り返しできらりと光った。

「奇遇だな。これから我々も地中海に戻るのだ。貴艦を護衛して送り届ける事もできるが?」
「いえ。それには及びません。どうかお気遣いなさらず」

その時新たに浮上してきた茶色いMSが、そのマニュピレーターに引っ掛けた何かを船上のシャアに掲げて見せた。

「大佐!これを見てください!ジオン製のライフジャケットです!」
「判った。残念ながら我々は≪同胞の救助に間に合わなかった≫様だ」
「・・・ちくしょう・・・!」

ゴックを操縦するラサが悔しげに声を上げるが、シャアは構わず通信機を切った。

「手間を掛けた、我々はこれで帰還する。旅の無事を祈る」
「いえ、あなたもどうかお気をつけて」

船長と短い挨拶を交わしたシャアはそのまま後ろを振り返らずにパーソナルジェットに点火し、強風の中、危なげなくMSM-07のハッチに取り付いた。
ハッチが閉まる瞬間シャアの顔がこちらに向いたが、その見えない眼差しにドアンは全てを見透かされた様な気がして全身が総毛立つのを感じた。


17 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/06(月) 15:59:50 ID:8Nam1Kc20
「ようやく嵐雲が切れて来たみたいですなあ」

輸送機の窓から眼下を見下ろしながらホッとした様にコズン・グラハム中尉は隣に座るクランプ大尉に声を掛けた。
地上に初めて降下した際、雲間に轟く雷を連邦軍の新兵器だと勘違いした過去が懐かしく思い出される。
あれから地上で幾度もの戦場を潜り抜けて来た身としては、気象の変化には幾分余裕を持って接する事ができるようになっていた。

「ここらの風はウネるらしいからな。着陸時に煽られでもしたら洒落にならん所だった。
しかし、これなら予定通りにアデンに到着できるだろう」
「へへへ。アムロとバーニィは元気でやっていやがるかな」

ぶっきらぼうながら嬉しさを隠さずにコズンはひとりごちた。
さあなと苦笑しながらシートのヘッドレストに頭を預けたクランプも、若い2人の顔を思い浮かべてまんざらではない顔をしている。
そんなクランプの目がふと、遠いものになった。
アムロやバーニィと別れてからのラル隊の日々が、まざまざと思い出されていたのだ。

ベドウィン作戦が発動してからというもの、鹵獲したWBを駆るランバ・ラル隊は、マ・クベが地球方面軍代理指令を勤めるオデッサからの指示により、小規模な部隊で作戦に投入された友軍を援護する役割を与えられ、各地を転戦させられる事となった。
それは、満足な補給も与えられないまま無謀な突貫を命令された「捨て石部隊」が壊滅するのを“身体を張って食い止める”という過酷な任務に他ならず、まさに死と隣り合わせの行脚であった。
しかし、ラル隊に正式編入した黒い三連星の活躍と、優秀な戦闘要員を率いて無事帰還したダグラス・ローデン大佐率いるMS特務遊撃隊との再合流、そして影ながら的確に戦力と物資を横流し・・・いや補給し、巧妙にラル隊のバックアップを勤めたバイコヌール基地指令代理シーマ・ガラハウ中佐の働きにより、ランバ・ラル隊は一人の欠員も出す事無く、無事その使命を果たすことができていたのである。

彼らが運用するWBはジオン軍の所属だという事を明確にする為、両サイドの丸い装甲部(メガ粒子砲収納部)中央にジオンのエンブレムが赤色で描かれ、ラルのパーソナルカラーである鮮やかなブルーのラインが急遽船体側面にリペイントされた。
ラル隊の援護により壊滅を免れた部隊も少なくはなく、「青い巨星」の名と、戦場で一際目立つ「青い木馬」は激戦に喘ぐ最前線のジオン兵を大いに奮い立たせた。
そして残存したジオン兵達は次第にラルの元に集い、その兵力はいつの間にかマ・クベが看過出来ぬほどに程に膨れ上がっていったのである。
一時的にラル隊に組み込まれた兵士達は、負傷兵及び破損したMSや車両などはシーマが合法非合法を問わず調達手配した大量の輸送機でバイコヌール基地へ後送され、戦える兵士とMSはそれぞれ小隊に再編成された後、側面からラル隊の行動をサポートする任に就いた。
皮肉な事に、作戦が進むほどラル隊は戦力が充実する事となり、次第に援護を受ける側の兵力の損耗も抑えられる結果となった。

元々ベドゥイン作戦の様なようなゲリラ的な戦いを展開する場合は、戦力の逐次投入ではなく一点集中で運用した方が効率が良く成功率も高い。
まさにゲリラ戦を得意とするラル隊の本領が発揮される形となったのである。
ジオン軍上層部により、ザビ家にとっての厄介者を体良く葬り去るという目的も含まれて提案された本作戦であったが、戦い方次第でその戦果が大いに変わる事をランバ・ラルは身を持って示して見せたのだった。

18 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/06(月) 16:00:58 ID:8Nam1Kc20
相対的に連邦軍の部隊は、多大な損害を被り、襲撃を受けた部隊の存続すら危うくなった例も稀ではなかった。
だが、そこはジオンとの国力差が30:1とも言われる圧倒的な物量を誇る連邦軍である。
甚大な被害をものともせず、当初予定されていた戦力の60%でオデッサ基地攻略作戦がいよいよ強行されようとしている今、遂にマ・クベより全軍に向けベドゥイン作戦は完了したとの通達が出される運びとなった。
新たな作戦の為、ラルの元に集っていた部隊は速やかに解散させられ、オデッサ防衛の名目で戦力の再編成が行われる事になったのである。
これは前述の通り、ラル隊の意外な善戦と、彼らの元に集った兵員戦力が馬鹿にならないものである事を密かにマ・クベが危惧した措置でもあった。

マ・クベからの新たな指令でラル隊はフェンリル隊と合流した後、オデッサの最も激戦が予測される防衛線に配備される事となったのである。
しかしランバ・ラル中佐はベドウィン作戦の事後処理が依然として終わらず「青い木馬」と共にしばらくバイコヌールを動く事ができない。
そこでコズンとクランプが言わば先遣部隊としてアデン基地に赴く事になったのである。

だがそんな折、バイコヌールに帰還したラルの元を、ある人物が訪れた。
そしてこの人物の到来が、今後彼らの行く末に一石を投じる事となるのは明白であった。

「しかし我々との同行をせがむ姫様とメイ・カーゥインを説得するのには骨が折れましたなあ」
「全くだ。姫様はすぐにラル中佐とハモン様に諭されたがメイの奴がしぶとかった。
遂にはメイが行くならとオルテガ中尉も、この輸送機にドム付きで乗り込んできそうな勢いだったからな・・・アンディ少尉も見ただろう?」

コズンの言葉を受けたクランプが、自分の隣に腰掛け先程から黙り込んでいる男に声を掛けた。
クランプの座席は窓際のコズンと通路側のその男に挟まれる格好になっている。
ラルの元を訪れた男とは、彼の事であった。

「ええ。あの元気なお嬢さん、サイド3の工廠で話には聞いていましたが、噂以上に闊達な方なので驚きました」

苦笑いしながら顔を上げたアンディが頷く。
しかし彼はその表情をすぐに俯けると険しいものに変えた。それは彼がこれから遂行しようとする任務の困難さを思い出したからに他ならなかった。

「まあ、ここで悩んでも始まらん。どちらにしろ少尉が俺達に持ち掛けた事はかなり困難・・・いや、やたらと突破する関門が多いんだ。現場の状況を伺いながら臨機応変にやるしかない」
「しかし、事態は一刻を争います。のんびり構えている訳には・・・」
「心配すんなって。あんたの話を聞いて皆がその気になったんだ。何とかするさ」

横からコズンが元気付ける様に声を掛ける。

「ちょっとばかりクセは強いが、こっちには頭と腕の両面で一騎当千のツワモノ達が揃ってる。
はばかりながら俺達も力を貸す。他に何か必要な物はあるか?」
「いえ。それ以上は望むべくもありません」

思わず笑顔を見せたアンディに、そうだろうぜと満足そうに頷いたコズンはもう一度窓の外に眼を移した。
雲の切れ間から暗い海が覗く。もう暫くすればアデン基地の明かりが見えて来るはずだ。
今回の密やかな計画、アムロには当然一働きして貰う事になるだろう。
またあの神懸ったMS機動を見れるかと思うと、不謹慎だが高揚する気分を抑える事ができない。
もうすぐだ。もうすぐ俺達にとっての全てが始まる。

さまざまな思惑を乗せた高速輸送機は一層スピードを上げると、今また厚い乱雲の残滓を切り裂いた。


31 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/09(木) 19:59:50 ID:6OCRxUFU0
ドアンが部屋を出て行くと暫くして、赤毛の少年兵はゆっくりとその憔悴しきった瞳を開いた。
ふと視線を横に向けると、彼の横に腰を下ろし、至近距離で彼の顔を覗き込んでいた褐色の肌の少女が目を合わせる。

「「・・・・・・」」

数秒間、焦点の合わない瞳でぼんやりと無言で見詰め合っていたララァと少年兵だったが・・・
突然、何かを思い出した様に目を大きく見開いた少年兵は半身を跳ね起こした。
困惑した表情で慌ててきょろきょろと周囲を見渡している。現在の状況が把握できないようだ。

「ん?気が付いたかい?」

その様子を見て、子供の一人を寝かしつけていたミハルが声を掛けた。

「危ない!」

小さく声を発したのはララァだ。
急いで立ち上がろうとした少年兵がふらついて倒れそうになったのを、ララァが間一髪しがみ付いてセーブしたのだった。
びっくりした顔で少年兵がララァを見つめ、そろそろと床にその腰を下ろす。

「やれやれ。いきなり無理するんじゃないよ。あんたは海に浮かんでいた所をこの船に助けられたんだ。ひとまずは、安心おしよ」

ひとまずは、という所に含みはあったが、少年に近付きながらミハルはなるべく明るい声を出して諭した。
九死に一生を得たこの少年に、今ぐらいは不安を与えたくはなかったのである。

「・・・・??」
「うん?何て言ったんだい?」

ミハルは思わず聞き返した。
何かをララァに言おうとした少年だったが、声が出ていない。
かすれた様な音が咽の奥からヒューヒューと聞こえるだけで明瞭な言葉が発音できていないのだ。

「あんた・・・咽が痛いだろ?たぶん声帯を痛めたんだね」

愕然として自分の咽を押さえる少年兵の顔をミハルは優しい眼で覗き込んだ。

「大丈夫。それは一時的なものだよ。
ウチの子達も大声を出して騒いだ時に良くそうなるのさ。咽の痛みが取れるまでは声を無理に出そうとしちゃいけないよ。いいね」

ミハルの言葉に少年兵はがっくりと肩を落とし、頭を垂れると、何だかそのまま動かなくなってしまった。
魂の抜け殻の様に、見るも無残に消沈している。
まるで、その存在自体が希薄になってしまったかのようだ。
嵐の海にたった一人で漂流していたという、この頼り無さそうな少年の身の上に・・・一体何が起こったというのだろう。
軍人で無い身では想像もつかないが、それはとても、ひどい事だったに違いない。
自分の置かれている状況を差し置いてミハルは彼を“可哀相”だと思った。

そんな少年兵の横顔を、ララァはじっと見つめている。
やがて彼女は小さく口を開いた。その表情が少しだけ怒っている様に見えたのはミハルの見間違いだったろうか――

「繭に入ってしまってはダメよ。あなたには・・・」

少年兵の耳元で囁く様に何かを呟いたララァの言葉は、ミハルには良く聞き取れなかった。
しかし、言葉を掛けられた当の少年兵は顔を上げる事もせず、そのうなだれた姿勢を崩す事もなかった。


44 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/13(月) 12:18:07 ID:CNDeS1WM0
潜水艦部隊を失った連邦軍艦隊はアデン基地を目前にしながらそのまま撤退を余儀なくされ、フォルケッシャー号を離れたシャア達はレッド・ドルフィン隊と共に、残酷な報告を携えてアデン基地へ帰投した。

「そんな・・・まさか・・・」

ラサから手渡されたライフジャケットの切れ端を愕然と見つめながらバーニィはぐらりとよろめき、横にあったスチール机にぶつかって派手な音を立てた。
レッド・ドルフィン、フェンリル両隊の面々も、隊長のゲラートをはじめ沈痛な面持ちでシャア達の報告を反芻している。

「信じられない・・・」

堪え切れずにしゃがみ込んで嗚咽を漏らすシャルロッテを黙ってサンドラがフォローする。
ゲラートに近付いたハーネスが深々と頭を下げた。

「お預かりした大事な兵士を死なせてしまったのは、全て俺の責任だ。真に申し訳ない」

ゲラートはハーネスの言葉を掌を見せて遮り、軽く首を振った。

「ホルバイン少尉もその命を散らされた。残念ですが、これが戦争というものです」

しかしゲラートのその表情には大きな落胆と喪失感がありありと伺われ、彫りの深い陰影を更に濃い物にしている。
あの少年には期するものがあった。それは、もしかしたらこの戦争を変えるかも知れない何かだと――
それに、何だかアムロはまだどこかで・・・いや、これは未練だ。今となっては全ては詮無い事なのだ。
そう、奥歯を噛み締めながら無理矢理頭の中で決着を付けたゲラートだった。

シャアは腕組みをしたまま無言でそんな一同の様子を興味深そうに眺めている。
相変わらずマスクに覆われたその表情からは何の感情も読み取る事ができない。
 だがその時、重い室内の空気を払拭する様な、場違いな明るい声が司令室に響き渡った。

「失礼します!クランプ大尉以下、コズン中尉、アンディ少尉、特命により着任致しました!」

大きな声を上げたのは右端に立つコズンだった。弾かれた様にバーニィが顔を向ける。
司令室の入り口で敬礼をしている3人だが、何となくコズンのそれだけが例によって崩れ気味だ。その佇まいも、懐かしい。
コズンは一同の中からバーニィの顔を見つけると、敬礼したままニヤリと相好を崩した。

「よーう、元気してたかバーニィ!・・・アムロはどこだ?」

クランプとコズンとの虚を突かれる再開に唖然としていたバーニィの顔が、コズンに呑気な声を掛けられた瞬間、堪え切れずにぐにゃりと歪んだ。


74 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/19(日) 14:15:28 ID:aiRPRHjM0
ゲラート、バーニィ、クランプ、コズン、アンディそしてシャア。
司令室から場所を移し、現在この会議室には6人の男達が集っている。
ハーネスが事後処理のため席を外した後、クランプは取り乱しているバーニィを叱りつつ、シャアに対し「もう少し詳しくお話を伺いたいので少々お時間を頂けませんか」と、場所を変える事を願い出たのだ。

シャアから改めて事の顛末を聞いたクランプとコズンは互いに顔を見合わせた後、先程から厳しい顔でバーニィに渡されたライフジャケットの切れ端を隅々まで観察している。

「すみません・・・お、俺がついてながら・・・こんな事に・・・うぅ・・・」

身体を丸めて涙を流し続けるバーニィに溜息をつきながら近付いたコズンは、俯いたその頭を上から掌で押さえ付けつつワシワシと揺さぶった。

「いつまでもメソメソ泣いてんじゃねえ。アムロはもう一人前だっただろうが。
何が起ころうがそれは自己責任だ。断じてお前のせいじゃない。それにな・・・」

言いながらコズンは首を巡らせてクランプを見た。クランプもそれに眼で頷く。

「アムロはまだ生きているかも知れねえぜ」
「ぇ・・・・・?」

掠れた声を出しながらバーニィはべしょべしょの顔を上げた。
しかしコズンは既にバーニィを見てはおらず、その視線は腕組みをして目前に立つ仮面の男に注がれている。
ふと、その仮面から僅かに覗いた口元に不敵な笑みが過ぎった。
バーニィは矢も盾も無く、どういう事なんですとコズンに先を促した。

「いいかバーニィ。良く見てみろこのジャケットを。
明らかに刃物でスッパリ切り裂かれてる。こいつは誰かに無理矢理剥がされたもんだ」
「!?」

コズンの手からジャケットの切れ端を引っ手繰ったバーニィは、涙を拭ってからもう一度眼を皿のようにしてそれを見つめてみる。
確かに繊維のほつれも無く、生地もベルトも一直線に切り裂かれている。
波に揉まれたり何かに激突したり巻き込まれて千切れたにしてはあまりにも不自然だ。

「た、確かに、これは破れたり、引き裂かれたりしたんじゃなく、鋭利な刃物で切り裂かれたみたいに見えます・・・え・・・でも誰が何の為に・・・!?」
「そのジャケットの近くにいたという漁船か!」

黙って成り行きを見守っていたゲラートが奥歯を噛み締めた隙間から唸るような声を響かせた。相当に怒っているのが判る。

「・・・戦略情報部のクソ野朗共に攫われたのかも知れんな・・・!」

ゲラートが唾棄する様にその名を口にした。バーニィにとっては初めて耳にする単語である。

75 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/19(日) 14:17:27 ID:aiRPRHjM0
「戦略情報部?」
「民間のフリをして戦場をうろつくザビ家直属の秘密部署だ。
表向きにはその存在すら極秘扱いされている。
俺達フェンリル隊の様にザビ家に疎んじられる海兵降下旅団にとっては、特にアンタッチャブルな部門でもある」

そう言いながらゲラートは目を逸らした。
純粋な眼をしたこのバーニィという青年兵士には聞かせたくない話だ。
それ程までに友軍の筈の部隊を恥じたのである。
しかしバーニィにしてみれば何が何だか判らず戸惑うばかりであった。

「アンタッチャブルって・・・」
「ジオンの暗部と言い換えてもいい。反吐が出そうな噂は山ほど聞いている。口にするのも憚られる程だ。その際たるものが」
「・・・フラナガン機関!」

それまで黙っていたアンディが遂に声を発した。視線は先程からシャアに固定されている。

「そうですよね。シャア大佐殿」
「アンディ少尉と言ったな?みだりにその名を口にするな。迂闊だぞ。
だがその名前を知っている貴様は一体、何者だ?」

アンディの不敵な問い掛けにシャアのマスクが軽い殺気を孕んで揺れる。
その言葉は穏やかだが、間違いなく有無を言わさぬ詰問が含まれている。
しかし、暫しシャアと睨み合う素振りを見せたアンディは一転、表情を嬉しげなものに変えると、
もう我慢できないとばかりの最敬礼をシャアに向けたのだった。

「ここでお会いできるとは、感激であります・・・!」
「運が良かったなあアンディ少尉。労せずして一個目の関門クリアだ」

そう言いながら片目をつぶったコズンに対して頷き返すアンディは言葉を続ける。

「自分はさる御方にシャア大佐の下に付く様に命じられ、サイド3から参りました。侵攻作戦統合司令部付きの辞令がこれであります」

親書を手渡され呆気に取られるシャアの目が、書類の最後にサインされた【アンリ・シュレッサー】の名前に釘付けとなった。

「これは・・・」

宇宙攻撃軍侵攻作戦統合司令部首都防衛大隊長官アンリ・シュレッサー。
「最後のダイクン派」とも言われている公国軍准将である。
顔を上げたシャアは、自分を見つめるアンディ、クランプ、コズンの視線を確認する。

「【木馬】に乗り込んでおられた大佐の御妹君は、現在我がランバ・ラル隊と行動を共にしておられます」

クランプの簡潔な返答に、シャアは軽くよろけ無言でスツールに手を付いたまま俯き、暫く動きを止めた。
彼の妹がランバ・ラルと共にいる。それは、シャアの正体が既に彼らに露見しているという事に他ならない。

76 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/19(日) 14:18:41 ID:aiRPRHjM0
「木馬が鹵獲されたとは聞いていたが、まさかアルテイシアが・・・
成る程。そういう事だったのか」
「事情を把握されたラル中佐は、バイコヌール基地指令シーマ中佐を介してサイド3のアンリ准将に密使を送られたのです」

ジオン・ズム・ダイクンの側近として盟友でもあったアンリ・シュレッサーとジンバ・ラルの関係は深かった。
幼少の頃、シャアと名前を変える前のキャスバルは、妹のアルテイシアと共にその両名とも当然の如く面識があったのである。

「・・・できれば、もう少し自由に動きたかったのだがな」

アンディの説明に対しシャアはそう言ったきり黙り込んだ。
仮面で判らないが、恐らくは瞑目しているのだろう。
シャア・アズナブル本人の与り知らぬ所で、自身の思惑を無視して既に運命の歯車は回り出してしまっていたのである。
素性を隠し、何らかの目的の為にジオン軍に我が身を埋没させて来たこの数年間が、フラッシュバックの様に甦り見えているのかも知れないとコズンは感じていた。
だがこの時点での真実の露呈が、シャアや我らにとって吉と出るか凶と出るかはまだ判らない。

「え?何?何なんですか?シャア大佐がどうされたんです?そんな事より・・・」
「馬鹿、バーニィお前には俺が後から詳しく教えてやる。いいから黙って聞いてろ」

訳も判らずまたもやコズンに頭を小突かれているバーニィの横で、シャアの口からアルテイシアの名前を聞いたゲラートは全てを悟り、体が打ち震えるのを抑える事ができなかった。
ダイクン派としてラルらと共にザビ家に冷遇され続けて来た過去は、この瞬間の為の試練だったのかも知れない。そう思えるほどだ。
アンディが紅潮した顔で口を開いた。

「既にアンリ准将は本国で同士と共に、来るべき日に備え、あくまでも秘密裏にですが動き始めておられます。
しかし、それに先立って、大佐に御依頼したい事が」

シャアはアンディの言葉に興味を持った様に軽く顔を上げた。

「依頼だと?」
「はい。今後我々の一翼を担うであろうVIPからの切なる願いです。
事が上手く運べばその人物の協力も取りつける事ができ、これをする事でザビ家の横暴に歯止めを掛ける事もできます」

77 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/19(日) 14:19:35 ID:aiRPRHjM0
だがその時、堪りかねた様にシャアとアンディの会話を遮ったのは、コズンの腕を払い除けたバーニィだった。
話がこのまま横道に逸れて行くのではないかと危惧したのである。

「待って下さい!シャア大佐がどうされたのか自分には全く判りませんが・・・!
今、我々が最も優先して考えなければいけないのは、生きているかも知れないアムロの事でしょう!?」
「!」

彼の絶叫にその場にいた全ての人間の動きが止まる。
真摯な眼差しで吐き出されたその言葉のあまりの正論さに、流石のコズンもやり返す事ができない。
しかしアンディは激昂するバーニィの前に落ち着いた表情をして立った。

「安心しろワイズマン伍長。俺の持って来た依頼は、恐らく君の希望と重なっているぜ」
「ど、どういう事です?」
「今回、全ての元凶は戦略情報部所属のフラナガン機関にあるという事さ。
実はジオンのあるVIPの関係者が拉致同然にその施設に引っ張られていてね。その人物の後ろ盾だったドズルが倒れた今、その関係者の身が危険なんだ。
最悪の事態が引き起こされる前に、何としてでもその施設から救出する必要がある」

アンディの言葉に息を呑むバーニィ。

「危険?救出?フラナガン機関とは一体・・・?」
「民間を偽装してサイド6に本部を置く、キシリア直属のニュータイプを軍事的に利用する事を目的として設立された秘密機関だ。
噂では、戦災孤児などを使って人体実験まがいの非人道的な研究を繰り返しているそうだ」

バーニィの問いに答えたのは何とシャアであった。

78 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/19(日) 14:21:10 ID:aiRPRHjM0
「戦場ではぐれた兵士を拉致して秘密裏に実験に使用したり、ニュータイプとして素養を見込まれた新兵を引き抜いて過酷な『調整』を施したりと、その悪行には枚挙にいとまが無い」
「戦場ではぐれた兵士を拉致・・・!」

あの漁船の行き先も合致する。間違いなく君の仲間はあの漁船によってフラナガン機関の施設に連れて行かれたのだろうとシャアは断言した。

「だが私は現在、そのフラナガン機関の研究施設がある一帯の警備責任者という肩書きを担っている。
胸のすく救出劇を演出するには、絶好のポジションだとは思わないか?」
「大佐!それでは!」

嬉しそうに声を上げるアンディを制し、シャアは軽く首を振ってゲラートに詫びた。

「すまない。この件が漏れると諸君等にも危険が及ぶ為、真実を話す事ができなかったのだ」
「キャスバル様・・・」
「だが最早、我々の間には機密も何もあるまい。
そういう事ならば、依頼された人物とその兵士をまとめてフラナガン機関の施設から救出するまでだ。
これならワイズマン伍長も文句はないだろう?」
「は・・・はい!もちろんです!」

キャスバルってシャア大佐のミドルネームかなと呑気に思いを巡らせつつ、バーニィの顔が先程までとは一転して希望に綻ぶ。

「ご立派です。しかし表立って行動してしまっては、間違いなくマ・クベの眼に留まってしまいます。
まだ我らの存在は顕にしない方が宜しいでしょう。何か妙策を考えませんと」

常日頃から【兵は詭道なり】を実践しているゲラートが思慮深い目を向けた。

「それについては私に少しばかり心当たりがある。毒をもって毒を制するというのはどうだ?」

愉しげにゲラートにそう答えたシャアは、策を巡らせ始めている自身を顧みて、この分ではキャスバル・レム・ダイクンだという正式な名乗りは暫く先になりそうだなと苦笑した。


99 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[] 投稿日:2009/07/26(日) 18:10:05 ID:WoVb74Rw0
ククルス・ドアンが【船底】の隠し扉を開けて中に入ると、部屋の隅で揉み合う2つの影があった。

何事かと眼を凝らすドアンの前で、拳が脇腹にめり込むドスッという鈍い音が室内に響く。
と、顔面を腫らした少年兵がずるずると体勢を崩し、吐しゃ物を吐き出しながら床に両膝を付いた。
しかし位置が下がった少年兵の顔を蹴り上げ様とした兵士にララァ・スンとミハル・ラトキエが必死で組み付いた為、身体を丸くして倒れ込んだ少年兵は、致命的な一撃を受けずに床に転がる事ができた。

「貴様等ァ!邪魔するな!」
「あっ・・・!」

激昂した兵士に力任せに振り払われ後ろに跳ね飛ばされたミハルは、硬く梱包された小さな積荷群に背中をぶつけ、くぐもった呻き声を上げた。

「何事だ!」
「ドアンか・・・チッ。何でもねえよ。こいつがいきなり襲い掛かって来ただけだ」

血相を変えて駆け寄るドアンに対してその兵士は、煩わしそうにララァを引き剥がしながら
床に転がった少年兵を指差して、あからさまにバツの悪い顔でそう答えた。

「嘘を言うんじゃないよ!
・・・アタシやララァを連れ出して、い、いやらしい事をしようとしやがった癖にさ!」
「貴様ァ!」
「やめろ!!」

真っ赤な顔で自分を指差したミハルに殴り掛かろうとした兵士をドアンが身体を張って制止する。
自分より一回り身体の大きなドアンの力に抑え込まれたその兵士はすぐに力を抜いて恭順を示した。

「この子は無理矢理連れて行かれそうになってたアタシ達を、必死で守ろうとしてくれたんだ!」

苦しげな顔で咳き込んでいる少年兵の背中をさすりながら、悔し涙を浮かべるミハルを見てドアンは兵士に眼を戻す。

「・・・本当なのか」
「だ、だってよ、明日の夜にはロドスだぜ!?お前と違って俺はすぐまたカラチあたりにトンボ帰りなんだ。
だったら今晩ぐらい楽しんだって・・・それにそっちの女は元々カバスにいたって話じゃねえか。
男の相手なんざ手馴れたもんだろう」

無表情ながら、すいと視線を逸らしたララァを横目にしたドアンは無言で兵士の胸倉を掴み上げ、船倉の壁にその体ごと押し付けた。
体重を掛けた簡易ネックロックに兵士の咽が押し潰され呼吸がひしゃげて止まる。兵士は大口を開けるが、もう息を吸い込む事ができない。

「この事は上に報告せず俺の胸だけに止めておいてやる。
だから、これ以上余計な口を開かずにこの部屋から消えろ。いいな?」

ドアンの言葉に兵士は何度も頷こうとしたのだが、首が極まってしまっている為に頭を縦に振る事も声を出す事も叶わず、
朦朧として来る意識と戦いながら充血した眼球を必死で上下に動かして了解の意を伝えた。


118 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/08/01(土) 19:31:22 ID:3/W8Tnw.0
赤毛の少年兵に肩を貸し、【船底】のハッチを抜けて外に出たドアンは、
ハッチの前にいた、恐らくはあの不埒な男とグルだったであろう見張りの男に対し
「こいつは重大なケガをさせられたかも知れん。メディカルルームを使うぞ」と、有無を言わさぬ鋭い眼光で一瞥すると
「今後は二度と、おかしな事を考えるなよ」と釘を刺す。
見張りが渋々頷くのを確認すると、ドアンはぐったりした少年兵を抱えて救護室に向かった。


フォルケッシャー号の救護室。
見かけは簡素な作りのこの部屋には通常時には人員は配置されておらず、現在はドアンと少年兵の2人しかいない。

「奴の所業は俺が詫びよう。済まなかった。この通りだ」

簡易ベッドに寝かされ、ぼんやりと天井の灯りを見つめている少年兵に、まずドアンは深々と頭を下げた。
顔を腫らした少年は彼を一顧だにしないでいるが、ドアンは構わず言葉を続ける。

「君のおかげであの2人は救われた。
だが、それは一時的なもので、彼女達を取り巻く環境の根本的な解決にはなっていない。
この意味が判るか」

初めてちらりと少年の目がドアンを向いた。

「俺を含むこの船の連中はジオン軍の戦略情報部に所属している。
偉そうな名前だが、やっている事はジオンの秘密部門である【フラナガン機関】に従属する犬だ。
フラナガン機関とは、ニュータイプを軍事兵器に転用する事を目的にロクでもない人体実験を繰り返す狂人共の集団。
つまり俺は、その狂人共の腐れた命令を忠実に実行している最低の人間だという訳だ」

自嘲気味に語るドアンの見解は一方的ではあったが、ある事実においては実に端的であった。
驚いた少年兵の目が大きく見開かれる。

「人体実験に使われる多くは、君やあの子達みたいな身寄りの無い戦争孤児や戦場で行方不明となった兵士達だ」

淡々と言葉を続けるドアンを少年兵は凝視している。

「様々なおぞましい検査の結果、ニュータイプとしての素養が認められた者には、調整と称した人格が崩壊するほどの過剰な投薬処置が待っている。
そうでない者は狂人共の慰み者になるか切り刻まれて生体パーツと化す。
あの部屋にいる君達全員に俺達から支給されたのは、地獄への片道切符だ」

その瞬間、ベッドから跳ね起きた少年兵の体が翻った。
素早く枕元のラックの中にあった手術用メスを掴み出し、その切っ先を振り向きざまにドアンの首に叩き付けたのである。
その容赦の無いスピードは不意打ちには申し分の無い一撃であった。
しかしドアンは冷静な動きでメスを持った手を捻り上げ、もう一方の手を後ろに回すと簡単に少年兵の動きを封じてしまったのだ。
ドアンが咄嗟に繰り出した特殊訓練を積んだ者特有のレベルの違う体術に、
少年兵の顔が愕然としたものから絶望に変わった。

「・・・そうこなくてはな。やはり俺の目に狂いは無かった」

しかし赤毛の少年兵をギリギリと拘束し、メスを奪いながらドアンはにこりと笑ったのである。

119 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/08/01(土) 19:32:53 ID:3/W8Tnw.0
「君に頼みがある・・・俺に手を貸してくれないか」

その意外な言葉に、もがき、抵抗していた少年は驚いた様な眼をドアンに向け、思わずその動きを止めた。

「俺はずっとこの腐れた【フラナガン機関】を潰し、子供達を助け出したいと考えていたんだ。
しかし、どうにもならん程この組織は深くザビ家と繋がっている。そこで俺は、自分の立場を最大限に利用して密かに情報を集めた。
そして奴等に命令されて嫌々この仕事に携わっている内部の人間を見つけ出し味方に付ける事ができたんだ」

少年兵は拘束されたままの姿勢でドアンの話を聞いている。

「フラナガン機関内部に協力者を得た事で、何とか施設を潰し子供達を助け出す算段はついた。
だが、それにはどうしても被験者に一人、勇敢な協力者が必要だった。
だから、これまでは動く事ができなかったんだ。
チャンスが訪れるまでは、狂人共に言われるがままにこの船で何十人もの子供達を・・・運ぶしかなかった。
まさに忸怩たる思いだったよ。臓物が腐って行くみたいにな。
だからあの海で漂っている君を見つけた時は、内心躍り上がった。
これは待ちに待った千載一遇のチャンスが到来したんじゃないかってな」

少年は何かを考え込むように一旦ドアンから視線を下げた。

「さっき君は自分の身を顧みずミハル達を助けた。
それは、君の心の中に自分の身を捨ててでも『弱き者を守る』という勇敢な信念があったからだろう。
そういう男ならば信頼できると踏んでこの話をしている。だが君が嫌だと言うなら話はここまでだ。
今ここで聞いた事は全て忘れてあの船倉に戻ってくれ。施設に着くまでの安全は俺が保障しよう」

駆け引きの苦手なドアンが手の内を全てをさらけ出したこの交渉は、一か八かの賭けであった。
相手の反応次第だが、いざという時には最悪の事態まで覚悟していた。

――しかし、少年はドアンの言葉に頷くと、力強い視線を向けたのである。

ドアンは安堵した様に拘束を解き、最悪の状況が回避できた事に心底胸を撫で下ろした。
少年兵は自由になった右手で、胸のポケット越しにその中身を握り締めている。
救出した際のボディチェックで、そこには銛の形をした奇妙なアクセサリーが入っている事をドアンは知っていた。

「・・・協力してくれるか。有難う、感謝する。
ここまでの戦場で何があったのかは知らないが、君にその信念を強く植え込んだ人間がいたのだろうな」

今度は自分が『弱き者を守る』番だという訳か。
ドアンの言葉に少年は口を開き何かを答えたのだが、声帯を痛めているらしき咽からは掠れた音しか漏れ出なかった。
しかしその眼差しは強い決意を孕んで電光を発し、その瞳を覗き込んだドアンを暫し打ち据える程であった。


181 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2009/08/17(月) 20:00:32 ID:0O0CueQM0
かつて、その温暖な気候から地中海の楽園と呼ばれ観光地として賑わいを見せたクレタ島。

ここは現在の地上においても僅かに観光地としての面影を残す希少な場所であった。
要衝地オデッサから適度に離れ、それでいて海路空路で容易く行き来できるこの土地に
ジオンは秘密裏にフラナガン機関の地上施設を建設した。
周辺の離島にも関連施設が次々と建設され、特に外洋から赴いた船舶はまず物資集積地であるロドス島に寄航するのが通例であった。
物資や人員を、目立たぬ様にクレタ島に上陸させる為である。

今、ロドス島において【フォルケッシャー号】から小型船舶に乗り換え、慌しくクレタ島に急ぐ第一陣の船中に赤毛の少年はいた。
彼の周りにはフォルケッシャーのあの部屋にいた少年達の姿があり、その中にはミハルの弟ジルの顔も見える。
ロドスの港で男女が分けられ別の船に乗せられる事になったのだ。
ミハルやララァ等の女性陣はすぐ後の便でクレタ島に向かう手筈になっている。
ここからは機関の管理になるからフトドキ者は逆に手を出す事ができない。
彼女達の身柄は心配は無いとドアンは赤毛の少年にそっと耳打ちしてくれた。
少年の着用していたジオンの制服は、今は貫頭衣の様な簡素な肌着に変わっている。
その時、半べそをかいて彼の服の裾を掴むジルの胸に揺れる金属製のタグがちらりと揺れた。
ジオン軍の物とは明らかに形の違うそれは、あの部屋にいた子供達全てが身に付けさせられていた個別認識票であった。
赤毛の少年も、自分の首から下げられたチェーンに通された金属製のタグを掌に乗せて見つめてみる。
これはフォルケッシャーの中で、ドアンから手渡されたものだ。

刻印番号は【BF-0000000】

このタグナンバーはイレギュラーなのだとドアンは言った。
想定外に「拾われた」少年分の認識票はフォルケッシャーには無く、取り敢えず
予備のタグに「今までに使用登録されていない数字」を刻印したものらしかった。

少年は、首に掛けられたチェーンにタグと共に通してある銛のアクセサリーを握りしめた。
衣服を剥ぎ取られた際、これだけは没収されずに済むようにドアンが便宜を図ってくれたものだ。
少年にとって今やそれは、自身の決意の証となっていたのである。

182 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2009/08/17(月) 20:02:26 ID:0O0CueQM0

素肌に薄いガウンを羽織っただけの姿で検査室に入ったハマーン・カーンは、薬物投与の残留症による酷い頭痛と吐き気、
激しい目眩に堪えきれなくなり、遂にその場にしゃがみ込んでしまった。

「ハマーン!?」

驚いたナナイ・ミゲルが駆け寄り手を差し伸べるが、ハマーンは苦しそうに俯いたままその手を乱暴に振り払った。

「・・・触るなっ!ひ、一人で立てる!」

少女の容姿にそぐわない、その乱暴な言葉遣いに絶句したナナイを無視し、この12歳の少女は
具合の悪さを精神力で圧し、自らの言葉通りふらふらと立ち上がった。
歯を食いしばり呼吸を整えたハマーンは、どうだと言わんばかりの視線をナナイに向ける。
明らかに無理をして強がっている少女の姿は痛々しく、ナナイは彼女を正視する事ができなかった。


自分は強くなければならない。


それはハマーンが常日頃から自らに強く課している決意だと言う事をナナイは知っている。
だが、そんな風に彼女を追い詰めてしまったのは、自分を含めたフラナガン機関の大人達なのだ。
そう思うたびにナナイは重い罪の意識に苛まれ、いたたまれない気持ちを胸の奥に落とし込むのだった。


こんな研究に参加すべきではなかったのだと、もう何度ナナイは悔いていただろう。
もともと精神、心理学の研究において大学で優秀な成績を修め、在学中に博士号を得ていたナナイは、新たに設立されたニュータイプ研究機関
【フラナガン機関】からの誘いに一も二も無く飛びついた。
スペースノイドとして、ニュータイプという人類が到達すべき新たな可能性を示したダイクンの思想に大きな魅力を感じていたからである。
だが、設立の当初こそ穏やかな実験や研究に終始していた機関だったが、ザビ家によって
ジオン公国が軍事国家に変貌し、次第に戦争への機運が高まってゆくにつれ状況は一変した。

キシリアが、≪ニュータイプを軍事利用する為の研究≫を正式に機関に指示したのである。
それはナナイの様に純粋なニュータイプ研究を行っていた研究者からすれば青天の霹靂とも言えるスポンサーの方針転換であった。
そしてそれは機関存続の為、ザビ家に対して迅速なる結果と成果を提示せねばならなくなった事を意味していた。

フラナガン機関は緩やかに、研究を名目にした非人道的な人体実験に手を出し始めた。

ナナイを始め数人の研究員はそれに反対したが、機関の方向性は変わる事はなかった。
そして2年後、ジオン軍が降下作戦によりオデッサを制圧した後「検体の比較的容易な入手が可能」という理由から
フラナガン機関の関連施設が地上に建設されてからは、その危険な傾向は加速度的に増して行ったのだった。
機関の性質が変貌してゆくのを誰もがどうする事もできなかったのである。
気が付いた時には研究員と機関関係者全ての手が血にまみれていた。
こうなってはもう一蓮托生、組織としての軌道修正は不可能であった。
ナナイたち研究者も、ジオンの暗部と最重要機密に関わった者として、もはや組織から離脱する事を許されなかった。
為に、今日までザビ家の指示通り研究を続行するしかなかったのである。

しかし。

ナナイはもう嫌だった。
百歩譲ってそれがどんなに意味や価値のあろう事だとしても。
自分達のやっている事は、人間としてやってはいけない事の限度を遥かに超えていると思えた。
年端も行かない子供の断末魔の声と虚ろな目の色が耳と目に焼き付いて離れない。
恐らく自分は地獄に落ちるだろう。もう、それは構わない。
せめて、これ以上の犠牲者を出す事を避けたいのだ。一部の人間による横暴をこれ以上許してはならないのだ。

それが判っているのに、無力な自分は目の前にいるこの一人の少女をも救ってやる事ができないでいる。
ナナイはそれが悔しい。自分にもっと力があったら、そう思わずにはいられない。


何かを思い詰める様に背中を丸めて黙り込んでしまったナナイをハマーンはまるで睥睨する様に睨み付けると、彼女の横をすり抜けて再び歩き始めた。
その瞳は一見すると、12歳という年齢が信じられない程に大人びて見えた。

183 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2009/08/17(月) 20:04:49 ID:0O0CueQM0
利発な上に勘の鋭い少女であったハマーンは、幼少の頃から彼女こそジオン・ダイクンの提唱したニュータイプを体現する者だと噂されており、
実父マラジャ・カーンにとっては自慢の娘であった。
マハラジャはかつてジオン・ダイクンのコントリズムに共鳴し、デギン・ザビと共にサイド3の中心に位置する政治家であった。
が、ダイクンの死後、実権を握ったザビ家の策謀により、次第にその政治力は衰退してゆく。
今から3年前、キシリアによってサイド6にフラナガン機関が設立されたおり、かねてから
ハマーンの事を見知っていたキシリアに、彼女を機関に入れる様にと命令されたマハラジャは、旧ダイクン派寄りであった自らの立場からそれを拒む事ができなかった。

幼心に父の窮状を察したハマーン自身の申し出もあり結局、当時9歳だったハマーンは出来たばかりのフラナガン機関に
「研究生」として送り出される事となったのである(これは、ハマーンの能力もさる事ながら、多分にマハラジャに対する人質の意味合いもあったと思われる)。
この時、フラナガン博士と共に、サイド6の施設からハマーンを迎えにマハラジャ邸に赴いたのが当時18才だったナナイであった。

「お父様や国のためになるのなら、私はそこに行きます」

最終的な本人の意思を確認しようとナナイが是非を問うた時、ハマーンははっきりとそう答えたものだった。
思えばこの時はまだ、ハマーンの態度は利発な普通の子供のそれと何ら変わるものではなかった。

だが、サイド6の研究施設で暫く過ごすうちに、聡いハマーンは自らを取り巻く状況から
自分のこの研究所における動向が、家族の、とみに父親の立場を左右するであろう事をはっきりと自覚した。
そして2年後、ハマーンは、サイド6よりも家族のいる場所から更に遠いこの地上施設に身柄を移される事となったのである。

彼女の意識が決定的に変化したのは、ふとした偶然からこの施設の中で良く目にする自分の様な「研究生」ではなく
「名前を番号で呼ばれている」同年代の子供達が、どんな扱いを受けているか。それを知った時であった。
彼女が知らなかっただけで、ここは悪魔達の支配する恐ろしい狂気の館だったのである。
その日を境に、ハマーンの顔から子供らしい笑顔が消えた。


しかし、自分の置かれた怖ましい現実が判明しても、12歳の少女にはここから逃げ出すすべが無かった。
そして誰も、自分をここから助け出す事は決してできないのだと言う事も理解していた。


だから。


ハマーンは強く。誰よりも強くなければならなかった。


だから、言葉遣いを変え、今まで普通に接していたナナイに対しても敵視した眼差しを向ける様になった。
今後そう≪ならなければ≫では無く、今、そうで≪なければ≫ならなかった。
そうでなければ、今すぐ絶望と恐怖で心が砕けてしまうだろうから。
そうでなければ、生きて行く事ができないから・・・



無理をして立ち上がり歩き出したものの、断続的に脳天を突き抜ける鋭い痛みがハマーンを襲い、その目に涙を滲ませる。
検査室中央に設えられている通路を、正面からこちらに向けて進んで来た人影とすれ違った時、またもや視界が霞んだ彼女は
床に横たわる太いコードに足を取られバランスを崩し前方に倒れ込んでしまった。
後方でその様子を見ていたナナイが短い悲鳴を上げる。
しかし彼女が機材の尖った縁に身体を打ち付けそうになった瞬間、横から延びてきた手が
彼女の二の腕を素早く掴み、その体を寸でのところで引き戻したのである。

184 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2009/08/17(月) 20:05:33 ID:0O0CueQM0
「あ・・・」

ハマーンは、肩まで伸ばした髪が半分顔を覆ったそのままで、自分を助けてくれた人影を振り返った。

「・・・」

自分の腕を掴んでいるのは、今すれ違ったばかりの赤毛の少年であった。
あまりハマーンと年が変わらない様に見える華奢な身体つきをしている。
少年の胸に下がる認識票と、見慣れないアクセサリーがぶつかってカチャリと微かな音を立てた。

「え・・・何・・・?」

心配そうにこちらを見ている少年が口を動かし何かを言ったのだが、掠れる様な音しか聞き取れなかったハマーンは思わず聞き返していた。

「済まないなお嬢さん、彼は咽を痛めていて声が出せないんだ」
「声が・・・」

後ろから掛けられた声に素の反応をしてしまったハマーンは、声の主がこの施設でたまに見掛ける大男だという事に気付いて表情を硬くした。
迂闊だった。この施設の大人達には決して心を許してはならないと決めていたのに。
しかし大男はハマーンの敵愾心に気がつかぬ素振りで、後ろにいたナナイに視線を移し声を掛けた。

「連れて来たぞナナイ。彼が、そうだ」
「ドアン!・・・それじゃ・・・!!」

驚いた様に両手を口にやったナナイが、赤毛の少年と、少年の肩に手を置いた大男を交互に見やり、やがてハマーンに視線を移した。
どう見てもその顔は喜びに満ちており、ハマーンを見る目は涙で潤んでいる。
その意味が判らないハマーンは戸惑うばかりだ。

「とびきりの逸材だ。MS操縦の経験もある。これで全ての準備が整った。
だが、大事なのはここからだぞ」

嬉しさを滲ませつつも慎重な大男の言葉に眼鏡を外して涙を拭ったナナイは、眼鏡を掛け直すと決意を込めた笑顔を大男に返した。

「・・・任せておいて。絶対に成功させるわ。私の命に代えてでも、ね」

2人に挟まれる体勢でやり取りを聞いていたハマーンは、そう言えばナナイの笑顔を見たのは久し振りなのだという事を思い出した。
しかし、やはり会話の意味が判らず、怪訝な表情を浮かべる。
そのあどけない表情としぐさは、先程までの彼女とはまるで別人であり、どこにでもいる12歳の少女のそれと変わらぬものであった。


211 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/08/31(月) 09:51:58 ID:Nsdi.t.60
フォルケッシャーの子供達がクレタ島のフラナガン研究施設に収容されてから3日が過ぎた頃。
施設のラボでは明らかな異変が起こっていた。
クルスト博士が率いる研究チームが、今や他の検体には目もくれず、連日たった一人の「実験体」に懸かりきりになっているのだ。
ここ数年の研究風景からするとそれは一種、異様な光景であった。

「信じられん・・・またゼロの反応計数が上がったぞ。ハマーン・カーンの計測結果を
遙かに上回っているではないか。一体これはどういう事なんだ」

クルスト博士が食い入る様に見つめる眼前のモニターには、体中にコードを取り付けられ
ベッドに寝かされた赤毛の少年の姿が映し出されている。


[ゼロ]とは赤毛の少年の事であった。


赤毛の少年は【BF-0000000】という認識番号からここでは[ゼロ]と呼ばれていたのである。
この施設の少年少女はハマーンの様な研究生を除き、全員が同様に番号で呼称されている。
ナンバーで呼ばれる彼らは単なる「検体」にすぎず、扱いはそれ以上でもそれ以下でもない筈だった。

しかし単なる検体であるゼロのデータを見つめるクルストの目の色が変わっていた。
博士の瞳は熱狂的な光を帯びて長い間モニターに釘付けであったが、一瞬後、戸惑う様に後方のナナイを振り返った。

「ナナイ、これは本当に、本当に、機器の間違いではないのか?」
「間違いありません。計器は全て正常です」

ナナイは真剣な顔でそう答える。
クルストは彼女の冷静な表情を確認すると、モニターに視線を戻し深い息を吐き出して考え込んだ。
そうだ。ナナイの仕事はいつでも常に完璧だ。
彼女の携わった実験に限って不備や落ち度など、ありえる筈がないのだ。

ならば

この計測結果は事実であり現実だという事になる。
空間認識能力も反応速度も何もかも、クルスト自身、優れたNTだと確信を持っていた
ハマーン・カーンの数値の数倍を示している。
つまりそれは通常の人間の数十倍だという事を意味する。
クルストはこれまでの研究から、ニュータイプ能力とは常人を遙かに越える反射神経や瞬間的な空間認識力の域を出ないものだと考えていた。
しかしこのデータが事実ならば、理論的にはゼロは戦闘時において軽度の未来予測すら可能だという事になってしまう。
いや勿論それはあくまでも机上の計算であり、実際にそうなるとはとても考えられないが、どちらにしても驚くべき結果である事には間違いは無い。

「何ということだ。これが本物のニュータイプの力なのか・・・」

クルストは己の中で築き上げられつつあったNTの概念が音を立てて崩れ去って行くのを感じる。
自分はまだ、ニュータイプの力を侮っていたという事なのだろうか。

極めて混乱に近い思考の坩堝に陥ってしまったクルストが再び背を向けたので、誰にも気付かれずにナナイはほっと一息つく事ができた。



システムの偽装は完璧である。



ナナイはドアンと練り上げた[クレタ島脱出計画]の為に、着々と準備を進めていた。
実験の統括責任者である彼女は、密かな細工を検査システムに施す事が可能であった。

彼女の操作で起動するそれは、あたかも被検者が≪優れたニュータイプである様に見える≫データをモニターに表示させるプログラムである。

いずれ現れるであろう「協力者」がNTである様に装う為のプログラム。
そう、この実験結果は全て、ナナイによってクルストを騙す為に仕組まれたフェイクであった。
クルストの見ているモニターに表示されている数値は、全て偽のデータだったのである・・・!

212 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/08/31(月) 09:53:58 ID:Nsdi.t.60
「クレタ島の施設には数日後、NT(ニュータイプ)用に調整するという目的で
MSが一機だけ配備される事になっている。【クレタ島脱出計画】にはどうしてもそいつが必要だ」

あの時、フォルケッシャーの医務室でドアンは赤毛の少年にそう切り出していた。

「まずはクレタ島最大の戦力となるこれを押さえ、脱出する際の陽動にも使用する。
つまり、そのMSに君がNTパイロットとして乗り込む事が計画の大前提という訳だ。
それにはまず≪君が施設随一の優秀なNTである≫という事をクルストに強烈にアピールする必要がある。
施設にある唯一のMSは、NTだとクルストに認められた者しか乗り込む事ができないからだ。
だから、君には是が非でもNTとして優れた資質が必要だ」

しかしここでドアンは一端言葉を切り、少年から申し訳なさそうに目を逸らした。

「だが、その、何だ、済まないが君がNTかどうかはその・・・判らない・・・だろう?」

少年のプライドを気遣ってなのか、言い難そうに言葉を選んでいる。

「気を悪くしないで欲しいんだが、検査の結果、もし君がNTで無いことが判明したら・・・計画はそこで頓挫する。
それだけは何としても避けねばならない」

赤毛の少年が思わずその言葉に目を丸くすると、ドアンは真剣な顔で向き直り声を落とした。

「だから、悪いが君が凄いNTであるかの様に偽装させてもらうぞ」

そう言って片目をつぶりながら苦笑した。
ナナイは既にそれ用のフェイクデータを用意している。
そいつを使えば誰でもNTになれる。いや、実際は違うがデータ上ではそう見える様に作られている。
何も君が本当にNTである必要は無いんだ。
だから君は何も心配せずに検査台に横になっていてくれとドアンは笑った。

確かにドアンは赤毛の少年の事を「とびきりの逸材」と評したが、それは彼がニュータイプであるという類の意味では勿論なかったし、
そもそも最初からNTなどという特殊な能力を自分達の協力者に望む必要など無いとドアンとナナイは考えていた。
どうせNTかどうかの判断基準は実験データが全てである以上、付け込む隙がそこにあったのである。



ナナイは普段と変わらぬ様子で≪偽装データ≫をモニターに表示させた。
彼女のごく自然な動きの中で、この重大なフェイクを見破る研究員はクルストを含め、一人もいなかった。
それはまさにナナイだからこそ可能な偽装。
クルストの思っていた通りナナイの仕事はいつでも常に完璧だった。
彼女の携わった実験に限って不備や落ち度など、ありえる筈がなかったのだ。

213 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/08/31(月) 09:55:09 ID:Nsdi.t.60
彼女の目論見通り、クルストはこの結果に夢中となり、ハマーンを始め他の子供の実験は一日前から全てが中断されている。
特にフォルケッシャーで運ばれた他の子供達に至っては、クルストが最初の被検者であった赤毛の少年の追加実験に執心した為、未だに身体検査と簡易検疫以外は行われていない状態だ。
しかしこれはドアンとナナイにとっては僥倖だった。
NTという特殊な人材はめったに見つかるものではないが、今は何としてでもクルストの目を少年一人に向けておく必要があるからだ。

ナナイがこっそり確認すると、昨日今日と薬の投与を免れたハマーンは久々に熟睡ができた様子で顔色も良く、体調も幾分回復したようだった。
人体実験による犠牲者も、この2日間は一人も出ていない。


もうすぐ、もうすぐ皆をここから助け出せる。
ナナイは組み合わせた両手の拳にぎゅっと瞑った両目を押し付けた。
計画通り、ここまでは全てが順調に運んでいる。
今は何としてでもクルストを欺き続ける事で、計画を先に進めねばならなかった。

恐らく、この様子では近いうちにクルストは少年をMSシミュレーターに乗せ、実戦データの採取に取り掛かるだろう。
だが抜かりは無い。それ用のフェイク・プログラムも既に作成してあるのだ。
あくまでも架空のデータではあるが、少年はシミュレーターにおいて、ジオンのエース「赤い彗星」も裸足で逃げ出す程の戦果を上げる事になっている。
そうなれば次の段階では搬入された実際のMSに搭乗して―――

その時、目まぐるしく今後の考えをめぐらせていたナナイの思考を寸断させる様に、
コンソールに設えられたスピーカーからアラームが鳴り響いた。

「クルスト博士、ニムバス大尉が到着されました」

要点だけの連絡であったが、弾かれた様にクルストがそれに応じる。
コンソールのマイクを掴むと応接室で待たせるように短く命令を出し、現状待機をナナイに指示すると、彼は足早にラボを出て行ってしまった。


ニムバス。初めて聞く名前である。
残されたナナイは、計画に織り込まれていない来訪者の出現に、漠然とした不安を感じざるを得なかった。


227 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/09/03(木) 19:12:16 ID:bLQG/9.A0
ニムバス・シュターゼン大尉は不機嫌だった。


開戦以来、常に最前線に身を投じて来たプライドは地に落ちた。
その苛烈な戦いぶりと優れた操縦技術で自他共に認めるエースであった筈の自分が、敵前逃亡を図ろうとした
臆病な上官を粛清した程度、の、取るに足りない理由で降格された上、事もあろうにこの様な訳の判らない場所に左遷されてしまったからである。
まさか連邦軍がオデッサ奪還の為に大部隊を集結させ、Xディは秒読みだというこの時期に
戦場に居られないという事態は「ジオンの騎士」を自認するニムバスにとっては痛恨の極みであった。

大体がニュータイプだか何だか知らないが、その様なあやふやな能力など無くとも人間は何の問題も無く戦う事ができる。
実際、我等屈強なジオン兵はそれをこれまでに十分証明してきたではないか。

「ようこそニムバス大尉。現在この研究所を任されている、クルスト・モーゼスです」

その時、憮然としているニムバスに後ろから声を掛けて来たのは、資料を片手に白衣を纏った見るからに学者然とした男だった。
クルストはニムバスが口を開く前に持参した資料をぱらぱらとめくった。

「あなたの資料は拝見させて頂いた。素晴らしい戦績だ。
適正も申し分ない。
大尉をここに招へいしたのは、我が軍が新たに創設する特殊部隊の指揮をお任せするためです」
「特殊部隊だと?そんな話は聞かされていないが」

胡散臭そうに聞き返すニムバスに対してクルストは噛んで含めるように言い直した。

「ニュータイプ研究の過程で誕生したキシリア様直属の秘密部隊だからです。設立後はキシリア様の名において多大な権限を与えられる部隊になるそうです。
大尉は任を誇られてしかるべきですぞ」
「何っ!?キシリア様が!」

ニムバスは身体を乗り出した。その目が熱狂的な輝きを発する。
その様子をクルストは満足そうに眺め頷きつつも、心の中では冷笑していた。
盲目的にザビ家に追従するこの手合いには、ザビの名をチラつかせるのが最も効率の良い操縦法なのだ。
ニムバスはきっとこの瞬間、キシリアは失態を演じて降格された自分を見捨てていなかったのだと勝手に思い込み、彼女に対して敬愛と従属の念を更に強めているだろう。
結局自分が使い捨てられている事実などには思い巡らせもしないに違いない。
極めて愚かだが、それはある意味、実に幸せな思考回路だともいえる。
プライドの高すぎる人間は、何事に対しても常に自己中心的な思考を取りたがるものだが、この男はその典型だった。まさに資料の通りである。


だがニュータイプ相手ではこうは行くまい。


迂闊な言動はこちらの思惑を読みとらせる事に繋がるだろうし、事によるとこちらの思考自体を覗かれる可能性も捨てきれない。

ハマーンや、あの恐るべきゼロの才能・・・

対策を急がねばならない。
今後現れて来るであろうニュータイプ達に対しての絶対兵器を『我々』NTではない人間達は一刻も早く手に入れる必要があるのだ。
その為には、手段を選んでいる時間は無い。目の前にいるこのニムバスという男は、その露払いにうってつけである。
せいぜいが「ジオンの騎士」とかいう陳腐で甘美な幻想の中で踊っていれば良い。

228 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/09/03(木) 19:13:23 ID:bLQG/9.A0

クルストは心中の冷笑が哄笑に変わりそうになった為、ひとまず居住まいを正して話題を変えた。
顔にまで嘲笑が浮かんでは、NTではないニムバスにも流石に不審さが伝わってしまうだろう事を恐れたのである。

「ご存知の通りここではNTを研究しております。
NTとは何か、この定義は難しいですが、一つの概念としてNT同士では強い共感現象が起こるであろうと言われております。
何故なら数多いる動物の中で、人間だけが他人と心を共有する事ができるからです。
他人の悲しみに共感して泣く、怒りに共感して怒る・・・等がそうです。これは確かに他の動物には見られない現象です。
人類が宇宙時代に適応したNTに進化するのであるならば、その傾向は強まる筈ですからな」

ニムバスはクルストの言葉を聞いてはいるが、どこか上の空であるようだ。
恐らく理解できないか、興味が無いかのどちらかであろう。
だがクルストは構わず話を続ける。

「そして研究の過程で一つの実験が行われました。【人間から他者に対する共感という心の作用を取り去る】という実験です」
「そんな事ができるのか」
「薬物投与と脳外科手術、精神操作によって可能です。
まあ確かに少々の犠牲者は出ましたが、ここは検体が豊富に確保できますので問題は無かった。
ですが結論から言うと実験は失敗でした、それは無意味な人体実験だったのです」

恐るべき事をクルストは何事も無かったかの様にさらりと言って流した。

「しかし収穫もありました【他者に共感しない者は、恐るべき兵士になりうる】という事が判明したのです。
つまり彼らは他者に対して幾らでも冷酷になれるのです。他者の痛みが彼らには理解できませんからな、当然です」

最終的に他者との共感を最大の「武器」とする筈のNTに対してそれが通用しない人間。
これはNTに対してのカウンター・ウェポンになりうるかも知れないとクルストは密かに考えていた。
が、例によってこれも口にはしない。

「当然の如く、彼らは普通の人間とのコミュニケーションに著しく欠けます。
その為に彼らは独自の部隊を編成される必要があったのです。
そして、彼らを恐怖と実力で束ねるには、大尉の様な絶対的に優秀な人材が必要です。
キシリア様が大尉を推挙された理由がそれでありましょう」

ニムバスの矜持を絶妙にくすぐりながらクルストは反応を伺う。
しかしニムバスにしてみれば細かい事よりも、キシリアの私兵同然である
戦闘能力の高い部隊を、自らが指揮するという事実に有頂天である様だった。

「それで!特殊部隊の名称は何と言うのだ!」

先程までの仏頂面が嘘の様な上機嫌さでニムバスは尋ねる。
全く単純な男だと少々クルストはうんざりしたが、もちろんそれを顔には出さない。

「キシリア様からは屍食鬼(グール)隊とする様に命令を受けております」
「何、屍食鬼隊だと・・・?」

戸惑った様にニムバスの瞳が見開かれる。
クルストは心の中で舌打ちをした。あまりにも不吉なその響きに普通の人間ならば警戒心抱くのも無理はないと思えたのだ。
だが、ニムバスのプライドがクルストの懸念を杞憂に変えた。

「成る程、ジオンの栄光を阻む連邦軍を完膚なきまでに打ち倒し、その死肉を食らい尽くす程の恐るべき戦闘部隊という訳か!
流石はキシリア様だ、その名前、慎んで拝領しよう!」

クルストは噴き出すのを抑えるのが精一杯だった。
この部隊名の本当の由来を知ったらニムバスはどんな顔をするだろうかと想像したのである。
が、クルストの顔はあくまでも穏やかな笑みを湛えたポーカーフェイスであった。


269 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/09/11(金) 20:20:52 ID:2B/bxp120
100名は収容できそうな、広いだけの殺風景な食堂部屋。
ここでは現在、ミハルやララァを含む約50名の子供達が雑然と食事を摂っていた。
特別な理由がない限り、施設の子供達はここで決められた時間にこうして食事を摂る。
表向きは戦災孤児収容施設を標榜しているこの施設において、ここは殆んど唯一、それらしき様相を呈している部屋と言えない事もなかった。


しかし役割として設置されているだけの施設職員は子供達に対しての愛情を持ち合わせておらず、配膳が済んだ後、彼らは「問題を起こさないように」とだけ一同に言い含めると時間が来るまで食堂から姿を消すのが通例だった。
当然、子供達がしっかりと食事をしているかどうかはお構い無しである。
彼らはただ、食事の配膳と食器の回収が定時に行われればそれで良いのだった。
数年間、便宜的な戦災孤児収容施設で妹弟と共に過ごしたミハルにとって、それは見慣れた光景であり日常であった。
窓の外には樹木が茂り、山の稜線の向こうには澄み切った青い空が見える。


が、窓には幾本もの太い鉄格子が嵌まっており、ここにいる子供達は外界に一切身を晒す事ができない。


そのストライプに切り取られた風景が、ミハルの心を不安にさせるのだ。
上手くは言えないが、ここは今までにいた孤児院とは決定的に何かが違っている気がする。
ここに収容されてから4日が過ぎた。
今のところフォルケッシャーに乗って来た子供達は自分を含め、施設側から特に何かをされた訳ではないが、得体の知れない淀んだ空気をこの施設の中に感じるのだ。

心配事はまだある。あの赤毛の少年はどうしているだろう。
船の中で自分とララァを助けてくれたあの少年兵とは、ここに来てから一度も顔を合わせていない。
施設内でたまに見かけるドアンに尋ねてみようとも思ったのだが、必ずといっていいほど彼の近くには厳しい顔をした施設関係者がいて、それも叶わなかった。


しかし、子供等はどんな環境であろうと、その中で遊ぶ方法を見つけ出す。
そのバイタリティは呆れるほどで、一種感動的ですらある。
ミハルはどうしようもなく押し寄せる不安感を忘れさせてくれている彼らに感謝しながら、今日もまた大声を張り上げた。

「ほらほら!食べ物で遊ばない!好き嫌いもするんじゃないよ!」

自分の食事もそこそこに、子供達の間をくるくると動き回りながら、またもや甲斐甲斐しく彼らの面倒を見ていた彼女は額の汗を拭うと、殺風景なこの部屋を見渡した。
ミハルと同年代の少年少女はここにはおらず、いるのは10歳前後の年端も行かない子供ばかりだ。
面倒見の良い彼女は、ここでも瞬く間に幼い子供達の世話役になってしまっていたのである。

270 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/09/11(金) 20:21:37 ID:2B/bxp120
その時ミハルは、子供達の集団から離れ、部屋の片隅でポツリと座っている一人の少女が、ぼんやりとした視線をこちらに向けているのに気がついた。
少女は何かを話しかけたそうに、しきりとこちらを伺い見ていたが、遂にふうと軽い溜息を漏らすと、視線を手にしたマグカップに落としてしまった。
儚げにうなだれたまま動かずにいるその少女を放っておく事ができず、ミハルはそっと彼女に近付いた。

「どうしたんだい?あんたもこっちにおいでよ」

突然後ろから掛けられた声に驚いた少女が振り返ると、そこには赤い髪を無造作にお下げに束ねたそばかす顔のミハルの笑顔があった。

「あ・・・ありがとう・・・い、いや、私に気安く話し掛けるな俗物っ!」
「ぞ、俗物?」

可憐な少女の安堵した瞳が一瞬、思い出した様に釣り上がったのをミハルは怪訝に思った。
先程の所在なさげな雰囲気から一転、少女はすっくと立ち上がり胸をそびやかす。
それでも背丈は頭ひとつ分程ミハルよりも低いが、彼女は顎を思い切り上に向けて、見下す様な視線で言い放った。

「私は公国の宰相、マハラジャ・カーンの娘、ハマーン・カーンだ!」
「おや、お偉いさんの娘さんかい?あたしはミハル・ラトキエ。よろしくね」
「!?」

気張った名乗りをいなされて、ハマーンは拍子抜けしてしまった。
普通こちらがこの様な態度をとれば、相手は警戒してしかるべきではないだろうか?
少なくとも『なんだこいつは』と眉の一つもひそめて、こちらとの距離を置こうと考えるのが当然だろう。
これが、常日頃からハマーンが他人と必要以上親しくなる事を避ける為に行っている手段だった。
彼女は常に自分自身に≪強さ≫を課していた。
だから、親しくなった相手に甘える事で、自分の弱さを克服できなくなる事を恐れていたのである。
今までの相手は皆そうやってハマーンから離れて行ったのに。
ミハルはと言うと、にこにこしながら勝手に彼女の手を取り、握手の様にぶんぶんと振り回しているではないか。
これまでこの施設で貫き通してきた態度がミハルにはまるで通用していない。ハマーンはショックを受けたが、それを悟られまいとして更に強硬な態度をとった。

「さ、触るな!私に構うなっ!」

握られていた手を引っ込めようとしたが、意外と強い力で掴まれていて振り解く事ができない。

「離せ!」
「離さないよ。だってあんた、後で泣いちゃうだろ」
「・・・!」

電光に撃たれた様にその瞬間、ハマーンの動きが止まった。
茫然とミハルの顔を見上げている。
確かに、ハマーンは孤独と寂しさのあまり、深く潜り込んだベッドの中で身体を丸め、誰にも知られない様に声を押し殺して嗚咽を漏らす事が多かった。
特に、自分に優しい言葉を掛けてくれた人を、険を込めた態度で拒絶してしまった日には涙が止め処なく流れるのだった。
なぜそれをミハルは知っているのだろう。頭の中を読まれた?まさか

「まさか、あなたニュータイ・・・」
「え、何だって?」
「違うわ。彼女は違うの」

ハマーンは、聞き慣れない言葉に戸惑うミハルの後ろからいきなり現れ、会話に割り込んで来た褐色の肌の少女を見た。
静かな水面を思わせるような瞳が印象的な彼女は、穏やかに言葉を続けた。

「彼女のは『思いやり』って言うの。おかしな能力なんて無くても、人は・・・」
「やめてよララァ。そんな上等なもんじゃないってば」

本気で照れたようにミハルはララァの声を遮ったが、片手はしっかりとハマーンの手を握ったまま離していない。
ハマーンは、ほのかに暖かいものが流れ込んで来るような不思議な感覚を覚え、ミハルの顔と彼女に握られた手を不思議そうに何度も見比べてしまっていた。


285 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/09/17(木) 13:53:55 ID:wdy40vQw0
突如、けたたましい矯声が部屋中に響き渡った。
ミハルやハマーンがぎょっとして振り返るとそこには、部屋の入り口でケタケタと狂った様に笑い続けている少女の姿があった。
年齢はミハルやララァと同じぐらいだろうか。
人形のように端正な顔立ちをした少女のウェーブの掛かった豊かな金髪が、甲高い引き攣った笑い声と共に揺れている。

「騒がしいよクローディア。何をそんなに笑っているんだい?」

クローディアと呼ばれた少女の後ろから、彼女よりやや年上らしき長身の少年が現れた。
こちらも驚くほど整った顔立ちをしている。
そして微かに面影はクローディアと似ている。兄妹なのだろうか。
髪はやはり金色で、その眼差しはあくまで穏やかだ。
だが、ミハルはその少年の醸し出す雰囲気に何やらぞくりとしたものを感じ取り、密かに肌を粟立てた。

「だってお兄さま。落ちぶれた深窓の御令嬢が自分の事を『宰相の娘』だなどと仰るものですから、わたくしおかしくて・・・」
「仕方が無いだろう、彼女は自身の置かれている立場を知らないのだ。
いつまでも夢の中にいるのも無理はないさ。極めて滑稽だがね」

長身の金髪青年は、慇懃無礼な言葉と、氷のような嘲笑をハマーンに突き刺した。

「クロード・・・クローディア・・・!」

一瞬息を呑んだハマーンが、掠れる声で2つの名前を呟いたのを聞き取ったミハルは、彼らとハマーンは顔見知りなのだと知った。

「久し振りだねハマーン・カーン。いや、墜ちた貴族のお嬢様」
「クロード貴様っ!一体何を言っている!?」

2人に対して身構えるハマーン。
身も心も憔悴しきっている彼女にとって、彼女のプライドとは今にも倒れそうな身体を支えている全てと言って良かった。
それを愚弄する者は何人であれ許す事はできない。
しかし、ハマーンにクロードと呼ばれた青年は侮蔑の眼差しを向けながらあっさりと言い放った。

「君の父親はサイド3にはもういない。ドズル中将が倒れられてすぐ最果ての資源衛星に左遷されたそうだ。中央に戻るのはもう無理だね」
「なっ・・・・!」
「公国の宰相が聞いて呆れますわ」

クロードの言葉に蒼白となったハマーンにクローディアが残酷な言葉で追い討ちを掛ける。
ふらりと体勢を崩したハマーンを、ミハルは横から慌てて支えなければならなかった。

「それから君の姉上の、ええと、何て言ったかな・・・?」
「マ・・・マレーネ姉様がどうしたと言うのだ!?」

自失しそうな意識を、気が付いた様に留めたハマーンは、何かを予感した様に恐怖に歪んだ顔で絶叫した。

「そうそう、それだ。マレーネ・カーンは3年前からドズル中将に愛人として囲われているという話だ。
まあ、名目は『侍女』だそうだが?」
「う、嘘だっ!まさか姉様がそんな・・・!」
「嘘じゃないさ。そのお蔭で君は僕達みたいな『調整』もされず、のうのうと特別扱いされて来たんだ。
当時マレーネ・カーンは16歳だったそうだが、いやドズル中将もお盛んだね」
「うふふ、ゼナ様もお可哀相に・・・」
「貴様らァーーーッッ!!!!」


瞬間、激昂して飛び出しそうになったハマーンをミハルが必死になって後ろから抱き付き押し留めた。
床に落ちたマグカップが割れ、椅子が跳ね飛んだが、ミハルはハマーンを離さなかった。

286 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/09/17(木) 13:56:37 ID:wdy40vQw0
「離せ!奴等は姉様を侮辱したんだ!離せぇっ・・・!」
「あんたを怒らせて、手を出させようとしてるのが判らないのかい?
あいつ等の思う壺だよ!?」
「・・・・!」

眼を見開いてミハルの顔を凝視するハマーン。
一瞬後、彼女の瞳には大粒の涙が盛り上がり、やがて幾筋もの軌跡を辿って頬から顎へと流れ落ちた。
食い縛った口元からは嗚咽こそ漏れ出てはいないが、この3年間、彼女が決して人前では見せなかった感情の発露がそこにあった。
つかつかと歩み寄って来たクロードは面白そうにハマーンの顔を覗き込む。

「おやあ?いつもクールで冷静なハマーン様はどこだ?」
「貴様っ!離せ!はなせえぇっ!!うあああぁ!!!」
「絶対だめだよ!あんたみたいな華奢な子は手を出したら負けなんだ!
綺麗な顔に傷でも付いたらどうするんだい!?」

泣きながら掴み掛かろうとして暴れるハマーンを押さえる為に、ミハルはハマーンを羽交い絞めにしたままぐるりと回転してクロードに背中を向ける格好となった。

「だからっ!」

その瞬間、ミハルは叫びながら勢い良くハマーンをぽんと後ろに突き飛ばした。
突き飛ばされたハマーンは正面にいたララァが驚いて抱き止める。
その反動を利用して素早く反転し、クロードに向き直ったミハルは

「あたしがっ!」

右手に乗った遠心力を直線の運動に変える事で加速を増した後

「代わりに殴るっ!!」
「ぐぶっ・・・!」

そのまま平手と握り拳の中間の様な形の掌で、クロードの左頬を右後頭骨に向けてストレートパンチ的に鋭く打ち抜いたのである。
グシャッという重い打撃音と共に、がくんと膝がくだけたクロードは床に崩れ落ち、白目を剥いて昏倒した。
唇の端からどくどくと血が流れ落ちている所を見ると、口の中の肉をざっくり切ったに違いなかった。


「女の子を虐めるなんて最低な男!ざまあご覧!」


クロードを見下ろして勝ち誇るミハル。
ララァの腕の中、びっくりしてそれを見つめるハマーンの涙も止まった。
これは孤児院時代、止むにやまれずの喧嘩(施設職員に訪ねられた時はリクリェーションという名称に変化)を行う時に拳や指先を痛めない様にと考案した張り手だった。
ミハル自身は意識していなかったが、これは完全なる掌打であり、振り向きざまに脇を締めてコンパクトに放った掌打は相撲でいう突き押しの軌道を描き、捻りの効いた裳底がモロにクロードのアゴを捉えたのである。
NTならぬ身の悲しさ。
クロードもまさかミハルが刃向かう等とは考えてもおらず、この奇襲は完璧に決まったのであった。

287 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/09/17(木) 13:57:20 ID:wdy40vQw0
「お兄様!?」

駆け寄ったクローディアが揺さぶっても耳元で何度名前を叫んでもクロードは一向に目を覚まさない。

「貴様!よくも兄様を!殺してやる!」
「やるかい!?あんたなら不意を突かなくても負けないよ!」
「待て!お前達なにをやっている!?」

ファイティングポーズを取りかけたミハルを制したのは、今更ながら戻って来た施設職員だった。

「問題を起こすなと言っておいた筈だぞ!これは一体どうした事だ!?」
「な、何でもありませんわ!ただのリクリェーションです!それより早くお兄様を医務室に!」

自分の兄が一介の少女に打ち倒された等とは流石に言えなかったのであろう、咄嗟にクローディアは話題を逸らし、懲罰房入りを半ば覚悟していたミハルは内心安堵の溜息をついた。
職員に担がれて食堂を退出してゆくクロードに付き添いながら、クローディアは怒りの視線でミハルとハマーンを睨め付けた。

「覚えていろ。私達は新たに創設されるキシリア様直属の特殊部隊に配属される事が決まった。
そうなれば貴様ら民間人など、如何する事だってできる・・・!」


ぞっとする捨て台詞を残してクローディア達が去るのを見届けると、ミハルはへなへなとその場に腰を下ろしてしまった。
驚いたハマーンが駆け寄ると、ミハルは心配ないよと笑って見せた。

「ちょっと気が抜けただけさ。それよりハマーン、細かい事情は知らないけど、あんな最低の奴の言う事を真に受けちゃいけないよ?」
「ミハル・・・」
「あんたはあんたが大好きな人達の事を信じていれば良いのさ。そうだろ?」

瞬間、またもや両の目から大粒の涙が溢れ出したハマーンは、座り込んでいるミハルにしがみ付いてわあわあと泣き出した。
これまでどんな事があっても決して厳しい顔を崩さず絶対に涙を見せなかった少女の号泣に、それまでのハマーンを知っている施設の子供達は目を疑った。
ミハルに優しく抱き締められると、当のハマーンが驚くほど涙は止め処なく流れ続け、それの量と比例して彼女は自分の身体が軽くなって行くような不思議な感覚を覚えた。
それはいつしか彼女が自分で背負い、自らを拘束していた「重し」が崩れて溶け出し、涙と共に流れ出ているからなのかも知れなかった。


319 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 16:44:16 ID:bt1/iYFE0
地中海特有のスコールが激しく降り注ぐ中、施設の敷地内に止まっている中型トラックから下ろされた小ぶりな幾つものコンテナが
倉庫に搬入されて行くのを、クルスト・モーゼス博士はじっと眺めていた。
コンテナの中身は新鮮な魚介類を瞬間冷凍した食材である。
一時的とは言えクレタ島施設の責任者となったクルストには、予算配分から研究員指導・教育まで研究室の運営が一手に任されている。
そして主任研究員には、上限はあるがある程度の金額分の物品を許可無く外部に発注できる特権があった。
施設で賄う食料・食材は基本的にオデッサからの便で届くが、マガニーが去ってから一部の海産物が
クルストの強い要望で、特別に民間業者から卸される様になっていたのである。
そして食材の鮮度を確認する為に彼は毎回こうして搬入に立会い、自ら受け取りにサインをする事を習慣にしているのだった。
施設の他の職員は彼の嗜好に内心呆れていたが、クルストは今や施設の最高責任者であり、何よりも新鮮な魚介類は
オデッサからの食材に比べて格段に美味であった為、その行いに表立って異議を申し立てる者は皆無だった。

「お待たせしました。搬入完了しました≪今日はカラマリアが多めです≫」

荷を運び終え、少しだけ緊張気味に納入表を差し出した男の言葉にクルストはぴくりと反応した。

「ご苦労さん、これが次回のリストだ。また宜しく頼む。
そして、これは少しばかりで心苦しいのだが、取っておきたまえ」

リストを手渡し、受け取りにサインしながらそう言ったクルストは、懐から紙幣が重ねて折り畳まれた束を取り出した。

「いえそんな!毎回毎回頂く訳には・・・」
「無理を言って≪危険な海≫に出て貰っているのだ。遠慮は無用だよ。
お子さんが3人もおられるのだろう?何かと入用ではないのかね?」
「・・・申し訳ありません。それでは有り難く頂きます・・・」

恐縮しながらも男は金を受け取り、かなりな分厚さのそれを窮屈そうにポケットに捻り込む。

「また≪美味い魚≫を楽しみにしているよ」

にこりと笑ったクルストは、そう付け加えたのだった―――





「施設内に連邦との内通者っ、で、ありますか!?」

クレタ島近海に潜航するマッド・アングラー潜水母艦内の一室で、素っ頓狂な声を上げたのはバーニィだ。
コズンからシャアに関する全ての事情を聞かされたばかりの彼は、息つく暇も無く告げられた驚くべき情報で、頭が飽和状態になってしまった。
シャアに対する言葉遣いも何だかおかしいが、これは慣れが解決して行くだろう。
同室内にいるコズン、クランプ、アンディの面々も緊張した面持ちをシャアに向ける。
ゲラート少佐はフェンリル隊を率いてアデン基地で待機しており、後日ランバ・ラル隊と合流して一足先にオデッサに向かう予定だ。
バーニィだけは今回、マッド・アングラー隊にフェンリル隊の名代として同行しているのであった。

321 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 16:45:37 ID:bt1/iYFE0
「確証は無い。だが、施設の責任者だったマガニーが宇宙に上がってからというもの、施設の長に繰り上がったクルスト・モーゼス博士が
頻繁に外部とコンタクトを取り始めたのは事実だ。その可能性は極めて高いと言って良い」
「その外部ってのが連邦軍だと言う訳ですかい」

相手が誰であろうと口調を変えないコズンに、シャアはそうだと答える。バーニィとは対照的だが
これは、何となくそれが許されるコズンの持つ雰囲気というものだろう。
バーニィは重ねてシャアに尋ねる。

「コンタクトって・・・通信でありますか?」
「まさかな。施設に一部の食料を納入している民間の漁師を利用しているのだ。
施設を取り仕切っていたマガニーが戻る前に、クルストは研究中のNTに関する資料を手に、連邦への亡命を実行に移そうとしていると見て間違いは無いだろう」

慌てたようにバーニィが口を挟んだ。

「待って下さい、俺には判りません。どうしてその民間業者と連邦軍が繋がっていると言い切れるんでありますか?」
「クレタ島に出入りする人間と物品は全て、警備を担当するマッド・アングラー隊がチェックしている。
だからこれはまだ我々しか掴んでいない情報だが、その漁師はつい最近、わざわざ漁場を地中海からジブラルタルを抜けたマデイラ諸島に変えた」
「マデイラ?」
「そこは連邦勢力圏で主航路の、寄港地フンシャルがある。
件の漁船はジオンの勢力圏にあるクレタと連邦が制海権を握るフンシャルを往復しているのだ」
「・・・!」

絶句したバーニィを見ながらシャアは頷く。

「自前の漁船を持っている漁師なら、この海域を出て遠くの港に赴く事は容易い。
海上ではジオンと連邦の勢力圏もそうそう意味を成さない。特にマッド・アングラーが地中海担当にまわった為、大西洋全域の監視が甘くなっている。
民間の船はどちらの港も自由に行き来できているのが実情だ。
だが、それにしてもフンシャルとクレタは、遠すぎる。そこには何かしらの意図を勘ぐらざるを得ない。
我々は、不審な船舶に対して密かに民間に偽装して追跡する事もある」

シャアは数枚の写真をスツールの上に広げて見せた。
その場の全員が注目する中、バーニィがゴクリと唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。
その隠しカメラで撮られたと思しき写真には、連邦の駐屯所に入る男の姿が数枚に渡って納められていたのである。
コズンが静かに息を吐き出しながら唸った。

「こりゃあ決まり、ですな。動かぬ証拠って奴だ」
「で、でも、クルスト博士はどうして亡命なんて考えたんでしょう?」
「さあな。学者の考える事は俺たち一般人では理解できん事もあるしなあ・・・」

そこで頭を掻きながら言葉を切ったコズンはおもむろにシャアを振り返った。

「しかし、大佐の言う【毒を持って毒を制す】の意味が判り掛けて来ましたぜ」

コズンが間延びした声でにやりと笑う、が、その瞳は濁ってはいない。
シャアは口元を緩める。打てば響く。流石はラル隊、使える男達が揃っている様だ。

322 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 16:46:37 ID:bt1/iYFE0

「うむ。来島者の中にも連邦の工作員らしき者が潜り込んで来ている。
現在は監視を付けて泳がせているが、有事の際には奴等は必ず動く。
今回の作戦は奴等の企みを利用して施設に強行突入する。名目上、警備を担当している我々にはそれが可能だ」
「クルストを始末した後に、施設は跡形もなく破壊しちまいましょう。
全てをクルストのせいにすれば問題は無いし、証拠もいろいろと隠滅できる。
俺達はその騒ぎに乗じてハマーン・カーンとアムロを助け出すって寸法だ」
「ハマーン・カーン?」
「それが俺達が密かに依頼を受けたVIP・・・マハラジャ・カーン提督の娘さんの名前だ」
「待って下さい!施設には多くの子供たちが収容されていると聞きました!彼らは一体どうなるんですか!?」

そのバーニィの問いにコズンは固まり、視線を逸らしたまま何も答え様としない。
思わず周囲の人間を見回すバーニィだったが、クランプやアンディも顔を上げず、彼の視線を受け止める者は
無表情なシャアの仮面しか見あたらなかった。

「・・・残念だが迅速に行動せねばならない我々に、余計な人員を救い出している余裕はない」
「そんな!それじゃ施設の子供達は俺達の襲撃の巻き添えに・・・!」
「黙ってろ!人的被害は最小限にするように行動するさ!
だが、ラル中佐の言葉じゃねえが、唯の人間である俺等が出来る事には限界があるんだよ!」

シャアの言葉に非難の声を上げたバーニィに対して、己の内心をねじ伏せる様な大声を、それまで黙っていたクランプが張り上げた。
クランプは、無類の子供好きだった。憐れな子供達の被る犠牲は彼の本意ではない筈なのだ。
自分だってそうだとコズンは思う。
非戦闘員の被害は出来るだけ少なくしたい。それは人間として当然の感情だろう。
しかし、何と言っても今回の救出作戦に失敗は許されないのだ。
全てにおいて任務完遂が最優先される以上、時には非常な決断を迫られる時があるに違いない。
クランプの心根を知っているコズンは、握り締めたクランプの拳が小さく震えているのを見て、いざその時になったら
彼は果たして冷静に任務が遂行できるのだろうかと不安にならざるを得なかった。


354 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 13:54:46 ID:MxpNfXls0
施設の通路を全速力で疾走するククルス・ドアンの表情は困惑に歪んでいた。
その形相に、彼の進路上にいた廊下の職員達は皆急いで身体を壁に寄せ、何事かと通り過ぎる彼の横顔を凝視する。
普段はどちらかと言えば物静かな彼が、ここまで自身の感情を周囲に露にするのは珍しい事だった。


ハマーンやララァと共に子供達を伴い、食堂から検査室へ移動中だったミハル・ラトキエは、彼らの横を慌しく走り抜けて行ったドアンの姿に驚いた。
少なくとも今までは彼らの姿を見掛けると、何かしら声を掛けてくれていたドアンが、今日はミハル達に一瞥もくれなかったのである。
只ならぬ彼の様子に不安を覚えたミハルは周りに監視の目が無いのを確認すると、後をララァに託して列を抜け出し、小走りに彼を追い掛けていた。

周囲の子供達を安心させる為に常に明るく振舞っているミハルだったが、決して心の底に澱のように降り積もってゆく不安を払拭できている訳ではなかった。
しかし、そんな彼女の心が何とか折れずに済んでいたのは何よりも、常にミハル達を全力で守ろうとしてくれているドアンの存在が感じられたからだったのだ。

ドアンと話がしたかった。
いつも通りの不器用で暖かな笑顔を向けて、彼女を、子供達を、安心させて欲しかった。
でも、さっきの彼は、今までに見た事の無い表情をしていた。
どうしたのだろう。そう考えると、ミハルは居ても立ってもいられなくなった。
その時の彼女の行動は、自分の置かれている状況よりも、むしろ彼の事を心配してのものだったのである。


だが、通路の角を曲がった所でドアンに追いついたミハルは、ドアンが丁度向こうからやって来た白衣の女性に近付いて話掛けたのを目の当たりにした瞬間、思わず廊下の角に身を隠してしまっていた。

『・・・あ、あれ?』

自分の取った咄嗟の行動に、ミハルは戸惑った。
ドアンが女性と話をしているだけなのに、何故に自分は声を掛ける事を断念して、こそこそと隠れているのだろう。
組んだ両手の下でやけにどきどきと胸が高鳴っているのは、彼に追い付く為に走ったからに違いない。
しかしミハルは、次の瞬間角の向こうから聞えて来たドアンの抑えた声にびくりと身を竦ませた。


「どういう事なんだナナイ!アレキサンドリア基地から搬入されたMSは4機もあるじゃないか!?」
「・・・事情が変わったのよドアン。新設された屍食鬼隊用に3機のMSが新たに必要になったの」
「何だって・・・!」

当初クレタ島には1機のMSしか搬入されない筈だったのだ。
これは、彼等が密かに進めている脱出計画を根底から覆す事態であった。
言葉を失ったドアンにナナイは両掌で抱えた資料をきつく握り締め、首を激しく振りながら泣きそうな声で言葉を継いだ。

「それだけじゃないわ。どうしようドアン!クルスト博士はNTの能力を移植したMSを・・・」
「待て、落ち着くんだナナイ。それ以上の話はここではまずい。PXに場所を代えよう」
「ああ・・・ドアン・・・!」


はっとしたミハルが通路の角から顔だけを突き出して覗き見ると、ドアンと彼の隣で彼の逞しい肩に支えられるようにした華奢な女性が歩き去ってゆく後ろ姿が見えた。

ミハルにとって彼らの話の内容はさっぱり理解できなかったが、そこには睦まじくお互いを支え合う、他人には決して割り込む事の出来ない一種の空気が満ちており、ミハルは彼らが既に男女の深い関係にあるであろう事を察さざるを得なかった。

「・・・」

瞬間、何故だかは判らないが体の力が、がくりと抜けるのをミハルは感じた。
それと同時に胸の奥にぽっかりと空洞でも出来てしまったかの様な違和感を覚えた彼女は、角から覗いていた首を引っ込め呆けた様な視線を床に向けた。
自分でも何がショックだったのか判らない。
が、何となくそのままドアンの後を追う事が出来ず、顔を俯けたまま、のろのろと元来た通路を戻り始めたその時だった。
彼女の名前を呼びながら一目散に駆けて来たジル・ラトキエの声を聞いたミハルは我に返り顔を上げた。

「姉ちゃん大変だ!検査室に大勢の大人達がやって来て、嫌がるハマーンを無理矢理どこかに連れてっちゃったんだよ!」
「な、何だって!?」

ぞわりと今までに感じた事のない焦燥感がミハルを貫く。
彼女の勘は昔から、どういう訳か不吉な事に限って良く当たるのだった。
思わずドアンの去った方角を振り返ったが、一瞬の逡巡の後、思い返した様に子供達がいる検査室に向かってミハルは走り出した。
走っているうちに彼女の瞳には薄っすらと涙が浮かんできたが、それが何故なのか、やはり今のミハルには判らなかった。

355 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 13:57:27 ID:MxpNfXls0
搬入機材を地下のハンガーや倉庫に直送させる為、施設の敷地内には大型車両にも対応できるエレベーターが設置されている。
今、その巨大なエレベーターの前にクルスト・モーゼス博士の姿があった。


アレキサンドリア基地から運ばれて来た、サムソンと呼ばれるMS運搬用の大型トレーラーに掛けられた幌が取り除かれるとそこには、今までに見た事のないフォルムのMSが横たわっていた。

「これがMS-06R-3S。サイド3の開発陣が通称【ザクⅢ】と呼んでいた機体です。
ドムの後を担う次期主力MS候補としてこいつと試作品のビームライフルがセットで開発されてたんですが・・・
鹵獲された例の木馬に搭載されてた赤いMSのビームライフルを解析した結果、より高性能なビームライフルが別ラインで完成しちまったんです。
で、折角ならそれを運用できるMSが良いだろうって事になって、次期主力MSゲルググは結局こいつの設計は引き継がず、データのみを基盤として完全な新設計で開発されてます。
つまりこの06R-3Sは【先行試作型ゲルググ】とも言うべき機体ですね。
宇宙用の高機動型ザクをベースにしていますが、ゲルググは汎用性を求められて開発されていた為に、こいつは地上でも十分運用が可能です。
まあ、開発経緯が特殊なので世が世なら博物館行きのシロモノでしょうがね」
「サイド3からアレキサンドリア経由という訳か。いや、素晴らしい。遠路遥々ご苦労だった」

整備兵の手を握りながら上機嫌でクルストは笑った。
笑顔を崩さずクルストは奥に控えるトレーラーを親指で指し示した。
意図を把握できない整備兵が首を傾げる。

「あちらはご希望通りの08-TX【イフリート】が3機ですが何か?」
「いや失礼。これはあくまでも仮定の話だが、08-TXと06R-3S。
同じ技量のパイロットが搭乗したとして地上戦を行わせたならば、どちらが勝つと思うかね?
メカニックとして忌憚のない意見を聞かせて欲しいのだが」


意外なクルストの言葉に少しだけ驚いた顔をした整備兵だったが、この手の話は嫌いではないのか、そうですねとしばらく考え込んだ末に目を輝かせて口を開いた。

「正式採用された物より性能が落ちるとは言えビームライフルがある分、3Sが有利だとは思います。
しかし08は機動性が極めて高く、携行しているショットガンも強力なものですから、まあ足場と間合い次第なんじゃないでしょうか。
最後にケチは付きましたが、かたやジオンの技術の粋を集めて開発されていた次期主力機候補。
こなた重力下戦闘に特化して開発された傑作機ですからね」

興奮気味にまくし立てる整備兵に労いの言葉を掛けたクルストは、その場を離れながらニヤリとほくそ笑み、手近な施設内線通話機に急いで手を伸ばした。

「私だ。ハマーン・カーンのシステム接続を急がせろ。戻り次第直ちに実験を執り行うぞ、準備を整えておけ。
それから、システム実装に際して08-TXの頭部改修を行うスタッフを至急2番ハンガーに集合させろ」

簡潔に指示を飛ばした後、通話機を戻したクルストはくくくと笑いながら一人ごちた。


「大仕事の前に出来るだけデータを集めておかねばならん。
しかし、ハマーン以外にもゼロというNTが手に入るとはな。これで心置きなく実験を行う事が出来るというものだ」

呟く様に吐き出した言葉を反芻するように一旦言葉を切ったクルストの目は狂気の色を湛え、体は痙攣でもしているかの様に震えていた。

「NT共め・・・貴様らの思い通りにはさせんぞ・・・
貴様らの力は、全て我々オールド・タイプ(OT)が利用させてもらう!!」

クルストはそう言いながら手にしていた資料をグシャリと握り潰した。


「私が開発した、このEXAM(examination) システムによって、NTは裁かれねばならんのだ!!」

くつくつと咽の奥で哂う彼は、しかし傍から見るとまるで何かに怯える様な奇妙な姿勢で二度三度と身体を捩った。


371 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/19(月) 15:35:46 ID:nmFBO1u20
「MSによる地上模擬戦を行うだと?」

他に誰の姿も無いラボの一角。
訝しげにそう聞き返したニムバス・シュターゼン大尉に対して、クルスト・モーゼス博士は鷹揚に頷いた。

「そうです。我々の押し進めるNT研究の集大成とも言える実験です」
「建前とは言え、この施設は民間を偽装しているのではなかったのか?
そんな目立つ真似は、ここがジオンの関連施設だと公言しているに等しい行為だと思うが」
「あくまでも内密なのですが、これは上からの指示なのです」
「何だと?」
「来るべきオデッサでの大会戦を前に、キシリア様が一刻も早く形になった研究成果をとお望みなのですよ。
その為には多少の無理も、止むを得ないと」
「何、キシリア様が?」

無論、これは全てクルストの企みであり、実際彼はキシリアから命令など受けてはいなかった。
今やクルストは独断で、自らの思惑を達成する事のみを念頭において行動していたのである。
≪自分が去った後≫の、この施設の行く末など、どうなろうが知った事ではなかった。
キシリアの名を出すとニムバスの目が盲目的な色に変わり、やや自身にとって都合の良い思考回路に切り替えるフシがある。
クルストはそれを敏感に察知し、またもや狡猾に利用していたのであった。


「大尉が搭乗する08-TXに搭載した新システム[EXAM]が予定通りに稼動することを実証できれば・・・
恐らく大尉は揮下の屍食鬼隊を率い、オデッサの戦いにおいて連邦を迎え撃つ一番槍を任される事になるでしょう」
「何と・・・!」

些細な不祥事で左遷された惨めな自分が、新兵器を引っ提げて勇壮に前線に返り咲く光景をニムバスは思い浮かべた。
それは現在彼の置かれている状況からの華麗な大逆転劇であり、栄光に満ちていなければならない筈の彼の人生に、極めてふさわしい物であると思えた。

「話は判った。それでそのMSに搭載されるという新システムとはどういった物なのだ?
言うまでもないが、私は【ジオンの騎士】たるエースパイロットだ。
操縦の足枷になる半端なシステムは却って邪魔だぞ」


その不躾なニムバスの言葉に、ぴくりと一瞬クルストの顔が痙攣のように揺れたが、ゆっくりと彼は笑顔を拵えると口を開いた。

「ご心配には及びません。
これは、システムに生体接続されたNTの認識能力をMSにフィードバックする一種の戦闘サポートシステムなのです」
「フン。NT・・・か。どうも私には眉唾なおとぎ話にしか聞こえんがな」
「大尉も、NTのシミュレーション・データはご覧になったのでしょう?」

しかしニムバスは腕組みをすると、怪訝そうにしているクルストの質問を切り捨てた。

「確かにあのデータは凄まじいものだった、だがな・・・
あれは何かがおかしい。違和感と言い換えてもいい。
実際にMSを操縦した事のないお前達には判らんだろうが、MS乗りならあの機動データの不自然さが判る筈だ。
あのデータは、恐らく何かの間違いだろう。
それが意図的なものか、そうで無いかは判らんがな」

じろりとニムバスはクルストを睨み付ける。

「あんなデータは作ろうと思えばいくらでも紛い物を作り出せる。
私はこの目で見た物しか信用しない主義でな」

その時クルストは顔にこそ出さなかったがニムバスの言葉に憤慨していた。
所詮OTのお前とNTの感性はレベルが違うのだ。
能力の劣った者が、自分がたどり着けない領域に対して理解できない、あるいは認めたくないだけなのだろう。
そうタカを括っていたクルストは、ニムバスの見解を端から軽視し、その証言を真剣に省みる事をしなかった。


が、実際ニムバスのパイロットとしての直感は的を射ていたのである。


彼の見た物はナナイがクルストを欺く為に作成した虚構のデータだった。
ナナイは研究員としては極めて優秀だったが、パイロットの感性等とは無縁の人間であった為、その筋のベテランから見ると微妙に不自然なデータを作成してしまっていたのであろう。
施設にはMSを自在に扱える研究員がいなかった為に、誰もがその不自然さに気が付いていなかったのだ。
そういった意味においてニムバスの見解は極めて正しく、その発言は非常に重要な要因を秘めていた。
しかし、ここに露わになった致命的な穴を、クルストはニムバスへの反感とナナイに対する信頼感、そして自らの研究への矜持によって見過ごす事になったのである。

372 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/19(月) 15:36:52 ID:nmFBO1u20


「判りました。大尉の様な実戦肌の方には、百万言を尽くして説明申し上げるよりも、直接体験して頂いた方が早く納得して頂けるでしょう」
「フン。確かにそちらの方が手っ取り早いようだな」

すれ違い続けていた二人の意見がここで始めて同意を見せたが、それは泥沼の水掛け論になりそうな状況にウンザリし、
それを回避しようとする利害が一致しただけに過ぎなかった。


「システムを搭載した08-TX[EXAM]は、極限まで機動性と運動性がチューンUPされており、並のパイロットでは到底取り回すことのできないMSです。
が、卓越した技量をお持ちの大尉ならば問題はありませんでしょうな?」
「愚問だ。性能の高いMS程、ジオンの騎士には相応しい」

『・・・せいぜいいい気になっているが良い。EXAMさえ起動してしまえばお前など・・・』
「それで、模擬戦の相手は何者だ?
言うまでもないが、半端な技量の者では私の相手として役不足だぞ」

自信満々のニムバスを内心せせら笑っていたクルストは、思考を中断させるように切り込んできたニムバスの言葉にぎくりとしたが、それを悟られない様に急いで言葉を繋いだ。

「それこそ愚問だ、と申し上げておきましょう。
相手はシミュレーターで大尉が疑問を持たれているデータを叩き出したNTです」
「ほう」


ニムバスの目がすっと細まった。

「彼の搭乗するMSも、最新の試作機06R-3Sを用意してあります。相手にとって不足は無いでしょう」
「面白い。NTの化けの皮が剥がし、お前の目を覚まさせてやるとしよう」
「結構。一切の手加減抜きで存分におやり下さい。
優れたNTである彼をEXAMが倒す事ができれば、このシステムが完成された事の、何よりの証明になりますからな」
「間違えるな。この私が敵を倒すのだ。システムでは無い!」


二人の間に見えない火花が散っている。
だが、それぞれの思惑を抱えている双方にはまた、それぞれの認識違いがあるのも事実だった。
この実験の結果が果たして、関わった人間達の運命をその後どうねじ曲げて行くのか。
この時点ではまだ誰も、想像すらしていなかった。


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