【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part8


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9 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 16:59:44 ID:DcvHquOk0







「遅くなりました」

ニッキ・ロベルト少尉を伴い「青い木馬」のブリーフィングルームに現れたニムバス・シュターゼン中尉は、部屋の中央で彼の到着を待ち構えていたシャア・アズナブル大佐

にそう言いながら近づいた。

「ご苦労。ニッキ少尉、もういいのか」
「は、ご心配をお掛けしましたがもう大丈夫であります」

ニッキは痛めた方の手で敬礼を向けた。一見した所、そのしぐさにぎこちなさは見られない。
生気を取り戻したその様子に、シャアの後ろでランバ・ラル中佐と共に控える彼の上官ゲラート・シュマイザー少佐も、厳しい眼差しの中に安堵した光を宿している。

「大佐、オデッサ本営内部に送り込む為の方便として都合よく利用しただけで、もともと少尉の怪我は大したものではないのです。お気遣いは無用に願います」
「ふふふゲラート、その割にはやけにホッとした顔をしているではないか」
「・・・ラル中佐、余計な発言は控えて頂きたい」

憮然としたゲラートを豪快に笑い飛ばしたラルは恐縮するニッキに向けて軽く頷き、ニッキも嬉しそうに頭を下げてこれに答えた。

「報告を聞こうニムバス。例の核ミサイルの在り処は判明したか」
「はい、しかし残念ながら、ミサイルサイロからは既に運び去られた後でした」

シャアにニムバスがそう報告すると、場にじわりと重い空気が流れる。

「むう、それでは」
「恐らく、マ・クベ麾下のダブデに運び込まれたものと思われます」
「中尉には確信がありそうだな?」

ゲラートが発した問いに、ニムバスは頷いた。

「ミサイル発射施設が周辺地域にありません。マ・クベがあれを切り札と考えている以上、ダブデから直接発射する以外選択肢は無いのです。それに」

ニムバスが目で促すとニッキが口を開いた。

「表立ってはないですが、既に核ミサイルのダブデ搬入に関してはオデッサ中の噂になっています。
噂の大元を辿って行くと当日臨時でそちらに回されていたという現場作業員に行き当たりました。つまりミサイル搬入の当事者と言う訳です」

ほうとシャアとラルがニッキに注目する一方、ゲラートは鷹揚に頷いたのみである。
彼の意外と抜け目のない性格とコミュニケーション能力の高さを知り抜いているゲラートにとって、この程度の捜査報告は驚くには値しない。

「これは自分が直接本人に確認したので間違いありません。例の図面通りのミサイル一機、間違いなくダブデに搬入したそうです。
どうやら俺達が流した情報の信憑性の高さに、マ・クベお膝元・・・鉱山基地の連中は皆ブルッて、いえ、相当ナーバスになっていたみたいですね。
中には噂の真偽を直接マ・クベに詰問したバカもいたそうで、マ・クベに対する不満と不安は日増しに高まり続けているようです」

ゲラートが厳しい顔を少しだけ綻ばせた。

「極秘情報をリークして一般兵にマ・クベの思惑をスッパ抜き、彼への疑念を抱かせると同時にその動静を互いに監視させる・・・
我々の目論見通りに事態は進んでいると言っていいでしょう。
欲を言えば下からの突き上げでマ・クベがミサイルの使用を断念してくれれば良かったのですが、流石にそれほど甘い相手では無いという事でしょうな」

10 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17:00:32 ID:DcvHquOk0
ふうむと顎に手をやったシャアにニッキは更に言を継いだ。

「オデッサの傷病施設に送られた自分は、内部で状況収集に勤め、ニムバス中尉と合流した後、厳重な警備を突破して
密かにミサイルサイロ近づいたんです。が・・・」
「少尉、いらん言い訳はするな。我々がモタついたせいで事態はより困難なものになったのだぞ」

身振り手振りを交えて熱弁を始めたニッキを鬱陶しそうにニムバスが遮った。
しかし、ニッキはけろりとしたもので一向に口を噤もうとはしない。
 
「まあ、でも自分はこれで良かったかもと思っていたりしますがね」
「なんだと、それはどういう意味だ」

すっと剣呑に細まったニムバスの眼光には委細も動じず、ニッキは体の向きを変え彼の顔を正面から見つめ返した。
この若者、これでなかなか度胸が据わっており言うときには言う。

「もしあそこにミサイルがあったなら」
「・・・」

何を言うつもりだとニムバスはニッキを睨み付けた。

「中尉は・・・・・・自分自身を犠牲にしてでも施設の破壊を」

ラルとゲラートはぎょっと目を剥いた。シャアは微動だにしないが仮面のせいでそうと判別できなかっただけであろう。
数瞬の沈黙の後、ニムバスは極めてゆっくりと口を開いた。

「・・・迂闊だぞ少尉。憶測で物を言うな」

その声は低く心なしか掠れている。

「とぼけても無駄ですよ。俺の集めた情報を聞き出すなり中尉は俺にすぐ原隊復帰しろと命令した。
一人より二人、それに一応は傷病兵のレッテルが貼られている俺が一緒にいた方が、基地内の行動は何かと有利な筈なのに」
「・・・」

遂にニムバスが黙り込んだ。この沈黙は反論の余地がない事を意味している。
詭弁の類がすぐに出てこない所は騎士を自認する彼の潔癖さに依るものだろう。


「潜入は自分一人でやると言って譲らなかった。だから俺はピンときたんですよ。
ああこの人を単独にしちゃいけないなとね。だから何だかんだと中尉に引っ付いて行動したんです」
「貴様」

表情には出さないものの、正直ニッキという男を見縊っていたとニムバスは心中で苦笑いしている。
良くいるタイプの軽い熱血バカかと思っていたが、流石に切れ者ゲラート率いるフェンリル隊に所属しているだけの事はある。
ニムバスはニッキから視線を外しちらりとゲラートを窺うと

「・・・」

ゲラートも無言でニムバスを凝視していた。
実はゲラートも常々、ニムバスはごく一部の例外を除き他者を見下す癖が抜けきっていないと感じていたのでる。
侮りは油断に直結する。
この悪癖は早々に根絶しておかねば、いつか取り返しのつかない事態を引き起こすだろうという懸念もあった。
だがプライドの高い人間にそれを面と向かって言う事は決して得策ではないという事もまた、ゲラートは経験で知っている。
こういうタイプは良くも悪くも自身の経験でしか物事を身に染み込ませる事が出来ないのである。

しかし今回の事を受けて明敏なニムバスは他者を顧慮するデータの更新を行うだろう。時を待った甲斐があったというものだ。
それを引き出したニッキの行動はフェンリル隊隊長として誇らしくもある。が、調子に乗り易い彼を敢えて褒めるつもりもない。
ゲラートは静かに床に視線を落としそのまま瞑目すると、隣のラルにだけ微かに聞こえるなんとも複雑な含み笑いを漏らした。

11 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17:01:14 ID:DcvHquOk0
「状況は把握した」

心の底では互いを認め合っている二人にわだかまりは無い。
シャアの言葉で視線を外し、ニムバスとニッキは再び正面に向き直った。

「では当初の予定通りに事を進めよう」
「はい。これが最終的な作戦要綱です。細部の変更は可能ですので叩き台にして頂ければ」

ニムバスからパネルに挟み込まれた紙媒体のファイルを受け取ったシャアは、ざっと目を通しながらぱらりとページを捲った。
他の媒体も無いではないが、オンリーワンの重要書類はやはりこれに限る。

「エルラン中将、ユーリ・ケラーネ少将両名への最終確認は済ませてあります。・・・こちらの指示で全ては手筈通りに」
「流石だな」

シャアは満足そうに笑いながらファイルを後方のラルに手渡した。
急いで内容を確認したラルとゲラートは目を合わせ頷く。ニムバスは叩き台と言ったがこれは殆ど決定稿に近いプランであろう。
様々な場所に張り巡らせていた策謀の支流が次第に寄り集まり遂に今、一つの大きな奔流になろうとしているのである。

ほう、とファイルを見ていたラルがうなった。
軍団長を筆頭に構成員の名前がずらりと並び、各員の搭乗MSや装備、携帯武器までが詳細に網羅されているリストである。
ニムバス一人でこれを作成したのだとすれば相当の時間と労力を費やした筈であった。

「この攻撃軍団の編成表は?」
「ここキエフに集められた大小30程の機動部隊を再編し、各軍団長の性格や搭乗MSの特性を考慮して割り振りました。
現時点では恐らくこれがベストの布陣だと思われます」

「そいつを聞かせて貰おうじゃねえか」

「ガイア大尉」

ブリーフィングルームの扉からどやどやと入って来たのはガイアをはじめとする【黒い三連星】の3人と、シーマ・ガラハウ、ジョニー・ライデン両人であった。
各々【青い木馬】隊の誇る一騎当千のエースパイロット達である。

「ニムバスが戻ると言うので私が召集を掛けた。我々は一蓮托生なのだからな」

シャアの視線の先には彼の影武者を勤めたジョニー・ライデン中尉がいる。
彼も腕組みしながらシャアに視線を返した。

「俺も聞きてえな、ニムバス教授様の作戦って奴をよ」
「逸るんじゃないよジョニー、アタシ等は大佐の命令通りにやりゃ良いだけさ」

いつもの如くライデンを嗜めながらばさりと長い髪を払ったシーマ・ガラハウ中佐も、口とは裏腹に楽しそうである。
シャアやラルと共に、ずらりと並んだ彼等の姿はやはり圧巻であった。

12 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17:02:32 ID:DcvHquOk0
「諸君、いよいよだ」

一同を見回したシャアは暫し言葉を切った。

「核ミサイルを随意に使用できるマ・クベにこの戦の主導権を握らせてはならない。
奴の全軍に向けた作戦発動命令を待ってはならないのだ。我々は、奴に先んじて動かねばならない。したがって」

誰かがごくりと喉を鳴らした。互いの胸の高鳴りが聞こえて来る様だとラルは場の雰囲気に手ごたえを感じている。
彼の経験からして、こういう時の戦に負けはない。


「我々はかねてからの手筈通り、ここキエフの戦力だけで敵本隊に払暁強襲を仕掛け、一気に決着をつける」


シャアの宣言に一同の目がギラリと光った。


「天候予測によると数日後この地を巨大な嵐が見舞う。諸君、実に我々に相応しい晴れ舞台だと思わないか」
「雨舞台だろう、嵐なんだから」

すかさず入ったライデンの茶々入れに、全員がそれぞれの仕草でどっと笑う。
いい感じに肩の力が抜ける、これが他の部隊には見られない【青い木馬】隊独特の強さだろう。

ゲラートが手元のスイッチを押すと床のスクリーンが点灯した。映し出されたのはデジタル処理された戦場の俯瞰図である。
連邦軍の布陣が地形に合わせて青で表示され、対するジオン軍は赤色で表されている。見るからに青色の表示領域が分厚いのが判る。
今回の戦いにおいて連邦軍は全軍総司令官レビルの座乗するビッグトレー型陸上戦艦と同型の艦をいくつも戦場に投入し、ジオン軍の攪乱を目論んでいた。
しかしエルランの背信行為により軍の布陣が筒抜けになってしまった今、彼等の偽装は丸裸同然だったのである。
敵本陣を現す光点が布陣の中央奥に点滅し、やがてその光点目掛けて中央やや右寄りから黄色い矢印が表示された。

「先鋒はガイア、オルテガ、マッシュがそれぞれ率いる部隊に任せる」
「へへへ」「任せておけ」「腕が鳴るぜ」

マッシュ、オルテガと共に嬉しそうに手指を鳴らしたガイアは一同を振り返るや「悪いな、一番槍は頂きだ!」と獰猛に笑った。
【黒い三連星】たる彼らの操る重モビルスーツMS-09【ドム】は機動力と突破力に優れ、部隊の先陣を切るにはうってつけである。
ジオン軍の中でも特に名の知られた彼らが先頭に立てば全部隊の士気が高まるだろう。もちろん彼らに付き従う一般兵のMSには高機動タイプを中心に厳選してある。

「敵の前面に楔を打ち込むのだ。包囲網を蹴散らして敵陣正面を何としてでもこじ開けろ」
「俺達を誰だと思ってる?機を見て離脱しても構わんのだよな」
「判断は任せる。戦場を掻き回せ」
「今回ばかりは敵に同情したくなるな」

髭だらけの口元を愉快そうに歪めたガイアの言葉は強がりではないだろう。
が、ジオンでも異例な3人一組の独立部隊として活動してきた彼らに、果たして単独の指揮官が務まるだろうかという慎重な声が当初ゲラートから上がったのは事実だ。
その為シャアは敢えて【黒い三連星】を分割してそれぞれ部隊の指揮を任せ、一人ひとり指揮官としての資質をこの一か月の間試し続けてきたのである。
そしてそれは誰もが認める成果となって表れた。

常に前線に身を置いてきたシャアは現場の状況を知り尽くしている。
刻々と変化する戦況に柔軟に対応するには後方から余計な口出しをせず、作戦目的だけ伝えた後は信頼のおける指揮官にゲタを預けてしまった方が
総じて良い結果をもたらす事を弁えているのである。
これは後方勤務の官僚、例えばマ・クベ等にはまず出てこない発想であろう。
彼らにとってのボスであるシャアがこういう料簡でいてくれる事はプライドと実力を兼ね備えた【黒い三連星】にとってなによりもやりやすく
また、思う存分に能力を発揮できる絶好の環境でもあった。

13 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17:03:05 ID:DcvHquOk0
敵正面にぶち当たった黄色い矢印が離脱すると混乱をきたした青色の布陣に乱れが生じ、すかさずそれを突く様に新たな矢印が表示された。


「右翼はジョニー・ライデンの部隊をあてる」
「おう」

腕組みをしたライデンがニヤリと白い歯を見せた。感情を露わにしがちな彼が静かに闘志を燃やしている。
【深紅の稲妻】と呼ばれる彼の乗機はMS-08TX【イフリート】
もともと高い機動力をチューンナップで更に引き上げ、恐るべき強襲型へと変貌を遂げた地上専用MSスペシャルバージョンである。
そのスピードは地上戦においてノーマルセッティングのガンダムを遥かに凌ぐ。手持ち武器の他に二振りの専用ヒート・ソードを携え迫撃と乱戦に無類の強さを発揮する。
つい先日バイコヌール経由で大量に送り届けられて来たメイ・カーゥイン発案の楕円形超鋼スチール合金製シールドを携えて出撃すれば
このMSの泣き所であるやや薄めの装甲を補う事もできるだろう。

余談だがジオニック社の造兵廠の片隅でこっそり試作されたそのシールドはやけに評判が良く、遂には熾烈なプレゼン合戦の末に決定した次期主力MS【ゲルググ】にも正式

採用される運びとなったらしい。
話を聞いたメイはそれならついでに盾だけじゃなくその新型MSも送ってくればいいのにとぼやいたものである。
ちなみに彼女がこのMSにチューンを施した際、パイロットの希望通り機体色をダークレッドに塗り替えている。
ライデンの高い技量はこの凶悪でクセのあるMSの持つポテンシャルを十二分に引き出すだろう。
また彼はいかなる分隊機動も難なくこなす指揮官としての能力も併せ持ち、その上面倒見がよく部下からも慕われ・・・というまことに稀有な人材でもあった。

ライデンの部隊を現す矢印の隣に並行してもう一本、更に新たな矢印が表示された。

「右翼は最も敵の布陣が厚い。従ってシーマ・ガラハウの部隊もここに配置する。深追いはするな、しばらくの間敵を抑え込めればいい」
「了解致しました」

階級がはるかに低いライデンの後の指名だったがシーマに異存のあろう筈がない。
シャアは彼等二人のコンビネーションについて様々な方面から報告を受けている。
ひとたび戦闘となれば手柄を争って反目する指揮官が多い中、阿吽の呼吸で互いを補え合えるこの二人が率いる部隊ならば
まず戦線が崩壊する事はないだろうとの読みがある。

実質的な海兵隊の首魁、シーマ・ガラハウ中佐の愛機もライデンと同じくMS-08TX【イフリート】であるが、カスタムセッティングは幾分趣を異にする。
端的に表すとすればスピードや攻撃力よりも通信機能の強化により重点を置いた指揮官機仕様だと言えるだろう。
素早い情報伝達が生死を分ける近代戦において、増設された複合通信装置はここ一番で彷徨する兵達の拠り所となる。
先陣を切って敵に切り込むライデンとは対照的に、フィールド全体を見渡し的確な指示で兵を叱咤激励するシーマの【イフリート】は戦場の灯台と呼ぶべき機体なのである。


画面はその後いくつかのエフェクトが掛かり、いくつかの矢印が表示された後、崩れた敵陣を貫き敵の本陣目掛けて一直線に伸びる矢印が現れた。

「本隊は私とランバ・ラルの部隊が担う。【青い木馬】の守りにはフェンリル隊が、遊撃にはダグラス・ローデン大佐の部隊に勤めて貰う」

ダイクンの息子と轡を並べる万感の思いがあるのだろう、ラルの顔が密かに上気している。
【青い巨星】ことラルの愛機YMS-07B【グフ】は強力な地上専用MS。操縦者と共に幾多の修羅場を潜り抜けてきた円熟の機体である。
配下のラル隊も総じて練度が高く、MS抜きでの荒仕事も先頭に立って行える強者揃いだ。今回の作戦、彼ら無しでは考えられない。

14 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17:03:47 ID:DcvHquOk0
「大将、ちょっと質問いいかな」
「?、なんだライデン」

突然手を上げたライデンにシャアの気が削がれた。
が、ライデンがわざわざ場の空気を止めた事には何か意味があるのだろうと彼の言葉を待つ。
いつの間にかシャアを『大将』呼ばわりし始めたライデンを、本来は自身もそう呼びたいであろうラルはご満悦で眺め、うるさ型のゲラートが何となく咎められずにいるのが

興味深い。
ちなみにライデンはラルの事を敬愛を込めて『親父殿』、ゲラートを『(鬼)教官』と呼んでいる。シーマを『姉御』と呼べるのも、宇宙広しと言えど彼だけであろう。

「マ・クベの野郎、俺達がレビルの艦を制圧したら、悔し紛れに俺達に向けて核ミサイルを発射すんじゃねえのか?」

確かに、それはそれで有りそうな話だとガイア達は顔を見合わせた。しかしシャアは首を振る。

「いや、奴は物事の損得を天秤(はかり)にかける。奴がミサイルを発射するとしたら・・・条件は2つだろう」
「2つだって?」
「2つだ」
「・・・」

天井を見上げて暫し思いを巡らせたライデンは、やがて一歩前に出るとニムバスの脇腹を肘で小突いた。

「2つだとよ、お前判るかニムバス教授」

どうやら彼にとっての新たなニックネーマーが一人増えたらしい。
コメカミに青筋を浮かべかけたニムバスだったが、何かを諦めた様に溜息をついて心を静めた。

「・・・一つ目はジオン側の戦力が枯渇してオデッサ陥落が確定的となった場合」
「ま、そいつは判る。もう一つは?」
「シャア大佐がジオン・ダイクンの遺児だという事が奴に露見した時」
「――――なるほどな」

ザビ家の意向で意図的にダイクン派が多く集められたこの最前線キエフに君臨する指揮官が当のダイクンの遺児となれば、マ・クベならずとも国家転覆の危機を感じるだろう


その場合キシリア・ザビに心酔するマ・クベが何を置いても、どんな甚大な犠牲を払ってでも後顧の憂いを絶とうと思い切った行動に出る事は容易に想像できる。
2度目の訪問時にユーリ・ケラーネからジュダック拘束の顛末を聞かされていたニムバスは微かに眉をひそめた。
シャアの秘密は未だマ・クベの知る処ではない。しかし事が公になるのは時間の問題だろう、ぐずぐずしてはいられないのである。

「大佐、部隊配置がまだ全て発表されていませんが」
「そうだな、左翼の配置だが」

シャアがラルから戻された手元の資料に目を落としたのを見てニムバスは姿勢を正した。
正面突破作戦なのにも関わらず、左翼の部隊には殿軍と同様の働きが求められる過酷なセクションだ。そこにはニムバス自身の名前が記してある。

15 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17:04:13 ID:DcvHquOk0
「左翼にはクランプ、コズンを隊長とした部隊を編成する」
「!?」

驚くニムバスを尻目にシャアは後方のラルを振り返った。

「問題は無いな」
「は、いずれもワシが手塩にかけた優秀なMS乗り。必ずやご期待に副う働きを見せるでしょう」

軽く頷いたシャアはニムバスを見る。

「ニムバス・シュターゼン。君には別にやって貰いたい事がある」
「は、いや、しかし・・・!」
「聞け。君の進言通り、アルテイシアはこの地から遠ざけた」
「は・・・」

今回の作戦でキャスバルに万が一の事があったとしてもアルテイシアが無事ならダイクン派は旗頭を失う事は無い。
補給を名目にアルテイシアをこの地から遠ざけ、護衛としてアムロを随伴させるよう提案したニムバスの案にラルやゲラートは大いに賛成しシャアも許可を出した。
彼の計画では更に、今後ダイクン派の強力な手駒になるであろうマハラジャ・カーン、の愛娘ハマーン・カーンも決戦前にこの艦から脱出させ
アムロ等と補給地で合流させる手筈となっていた。
彼女の護衛にはバーナード・ワイズマンを推してある。
バーニィにはその際『オデッサ防衛戦には参加せず、このままバイコヌール基地に移動すべし』という旨の命令書を持たせる予定であった。

「どうやら手違いで、ハマーン嬢は一足早くアルテイシアと合流を果たしているらしいのだ」
「な、なんと・・・」

怪訝な顔をしたニムバスだったが、何をどう聞けばいいのか戸惑っている間にシャアは言葉を継いだ。

「君には直ちにアルテイシアのいる補給基地に向かって貰いたい。ワイズマン伍長と共にな」
「し、しかし、それでは・・・!」

セイラにかこつける形で、乱戦が前提の極めて危険な戦場から年若いアムロとバーニィを回避させたニムバスの意図は誰が見ても明らかであった。
だからこそ、彼は最も危険だと思われる左翼の備えを自らが受け持つつもりだったのである。

「行けよ、お前は十分に下ごしらえをやってのけたんだ。それはここにいる皆が知ってる。仕上げは俺等に任せとけ」
「ライデン・・・」
「どうせここのケリがついたら俺達も宇宙に上がる。・・・んだろ姉御?」

ライデンがシーマを振り向くと、彼女はそっぽを向きエホンとわざとらしい咳ばらいをした。

「どうせなら月かコロニーで再会しようぜ?お、宇宙要塞ってのもいいな」

ライデンは戸惑うニムバス越しに視線を【黒い三連星】にやった。

「なあ?お前らもそう思うだろ?」

言われたガイアはじろりとニムバスを一瞥する。

「当たり前だ。この戦に女子供と貴様の出る幕は無いわ」
「ガイア大尉・・・」
「姫さん達をよろしくな」
「・・・」

マッシュの隻眼も笑っている。

「くそう、メイの奴・・・この艦を離れる様に言ったのに、テコでも動かねえ・・・まったく・・・・・・!!」

小声で発したつもりが周囲には大きく聞こえたオルテガのぼやきにシーマとニッキは噴き出した。
武骨そうに見える彼にも、思うところはあったらしい。ラルは歩を進め俯くニムバスの前に立った。

「これからのジオンは若者が作る。そして君にはこれからも若い彼等の懐刀となって貰わなければ困るのだ。頼めるな?」
「・・・・・・!」


絶句したニムバスに、ラルは自らの大きな手を力強く差し出した。


113 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18:27:57 ID:lKXfDKJM0

セイラ・マスとハマーン・カーンの搭乗したザメルが小高い場所に設営された物資集積所から様子を伺うと、ヒルドルブと対峙していた敵MS2機のうちの1機がすぐさまこちらに向けて砲口を立ち上げた。

「!!」

轟音と共に発射された連弾がザメルの脇を掠めて後方へ飛び去ってゆく。
衝撃でびりびりと痺れる機体に、2人の口から悲鳴が漏れる。ロクに狙いをつけていない攻撃とはいえ、戦いに慣れぬ少女達の度肝を抜くには十分であった。
双方の陣地が近いこの地ではミノフスキー粒子の濃度が濃く、レーダーは気休め程度にしか機能していない。
場馴れしている敵なのだとセイラ・マスは直感した。

「ぜ、前下方10時に敵・・・!!一機が向かって来るわ、対応してハマーン!!」

急激なスライド移動の衝撃に晒されたハマーンだったが、横Gに耐えながら懸命に照準モニターを操作する。
この不安定な状況下においても彼女の動作は驚くほど速く、正確であった。

「このっ!」

モニターの端にちらりと映った敵影を確認するやハマーンは20ミリバルカン砲のトリガーを絞った。

「ハマーン!?」
「牽制だっ!!」

年端もいかない少女に人間を傷つけたり殺めたりして欲しくない。できれば敵パイロットに危害を加えさせずにこの戦闘を切り抜けたい――――
甘い考えだと判ってはいるものの心の奥底では漠然とそう願っていたセイラは、ハマーンが躊躇なく相手に向けて引き金を引いた事に衝撃を受けた。

「・・・」

が、セイラはすぐに首を振る。
そのハマーンを全て承知で戦場に引きずり出したのは自分ではなかったか。
もとより誰しもが生を求めてあがく戦場で余計な事を考えているヒマなど、あろう筈がなかったのである。

ザメルの放った弾丸は当たりこそしなかったが敵MSの動きが一瞬鈍る。
ぞくぞくと肌を粟立てたハマーンは我知らず笑みを浮かべた。
慣れ親しんだ「あの感覚」が蘇りつつある。

クレタ島での戦闘シミュレーションは多岐に渡り、地上戦を想定したものも多く含まれていた。
幾多のシミュレートをこなすうち、サブ兵装で敵の足を止め、フェイントで敵を翻弄し強力なメイン武器で仕留める戦法がハマーンの得意戦術として確立していった。
やれる。実機でも同じようにやれる。そう確信したハマーンはトリガーを握り直した。
このMS最強の兵装である680ミリカノン砲はこの至近距離では使えない、ならば―――

「あっ!?」

ロックオンしかけた敵影が急激に遠ざかり、身体がガクンと前のめりにシートベルトに食い込む。
セイラがザメルを急速後退させた事を悟ったハマーンは歯噛みして怒りの声を上げた。

「何やってるんだっ!?チャンスだったのに!!」
「ここは一旦下がりましょう」
「下がってどうする!敵は・・・!!」
「来たわよ」

パイロット2人の呼吸が全く合わないザメルの動きはぎこちない。
対照的に、小高い丘を駆け上ってきた敵影は集積地のコンテナを跳ね飛ばし、あるいは轢き潰しながら猛然とこちらに向けて突撃を開始した。
こちらには全くの迷いというものが無い。勢いの差は歴然だった。

114 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18:29:12 ID:lKXfDKJM0
モニター越しとはいえ、キャタピラ履きのそれが砂塵を巻き上げて迫り来る様はシミュレーションとは全く違う物理的な迫力があり、加えて敵から放射される殺気はハマーンを戸惑わせる。

「右に回り込むわ!」

言うなりセイラは敵を正面に捉えたまま機体をドリフトさせ背後を取ろうと試みた。
これはホバー駆動ならではの挙動であり、突撃中の敵MSには追尾不能の筈だった。

「はっ!?」

セイラが怯む。
突如、敵機の側面から黒い塊が切り離され、スライドするザメルの前にドスンと放り出されたのである。

「ダメッ!」

鋭い声を発したハマーンに呼応するようにセイラはザメルの「左手」を懸命に伸ばし、集積所の地面に突き立っていた金属製の標識を掴む事に辛うじて成功した。

「ぐぅっ・・・・・・っ!!」

急激な遠心力による激しい衝撃で機体が軋む。
運動ベクトルが唐突に変わったザメルは掴んだ標識を軸に半回転、ポールに打ち付けられていた金属プレートを弾き飛ばし「左手」のマニュピレーターをもぎ取られたものの、なんとか敵の置き土産に突っ込む事だけは回避したのである。
負け惜しむ様に黒い塊は片手を失ったザメルの背後で傲然と爆発を起こした。恐らく起爆タイマーを内臓した対MS用重地雷の類であろう。

「なんてこと・・・あのMSは武器の塊だわ・・・!」
「うっ・・・げほっげほっ・・・・・・!!」

表情をこわばらせたセイラの背後でハマーンが苦しそうに咳込んだ。

「ハマーン!?」
「のどに・・・げほっ・・・へ、へいきだっ・・・!」

強がるハマーンだが、シミュレーションでは味わった事の無い不規則で強烈な遠心力に面食らっているのは明らかだ。
急がなければとセイラは焦る。
戦いが長引くほど、体力の無い自分やハマーンとって不利な状況に追い込まれてしまう。
まずは何としてでも距離を取って―――

「!」「!?」

横合いの砂煙を抜け、またもこちらに向けて全速で正面突撃を敢行してきた敵に、2人の少女は凍りついた。
戦いのセオリーを全く無視した、あのアムロの心胆すら寒からしめたガンタンク部隊の捨て身の戦法は少女達に対しても、着実に心理的なアドバンテージを取りつつあったのである。

「この・・・!」

慌ててバルカン砲を向けるハマーンだが、敵の斉射するボップガンの衝撃で照準を定める事が出来ない。
遂には激しく機体をぶつけられた瞬間、スッと下半身の力が抜けた彼女は恐怖の悲鳴を上げていた。

「ハマーン!敵を引き剥がして!!」

ガンタンクに後ろから圧し掛かられた状態で絡み合った2体のMSは、山積みになっていた廃棄コンテナに突っ込んだ状態で動きを止めている。

「うう・・・」
「しっかりしてハマーン!はっ!?」

後部座席で朦朧となっているハマーンを振り返ったセイラは、けたたましく鳴り始めたアラートに視線を移し、正面モニターの映像に息を呑んだ。
視界が真っ赤に染まり、波打っているのである。

「これは・・・火!?」

明らかにザメルの装甲が炎に覆われている。
まさか武器庫に引火したのかと絶望的になりかけたセイラだったが、幾つかの外部モニターの切り替えでその導引を見出した。

115 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18:30:34 ID:lKXfDKJM0

「火炎放射器!!」

信じがたい事だが、敵MSがザメルに圧し掛かり、こちらをホールドしたまま火炎放射を敢行しているのだ。
砲弾を満載したMS同士である、片方が爆発すれば当然もう一方も無事には済むまい。
しかし火炎を浴びせかけ続ける敵には一切の躊躇が無いように見える。まさに理解不能の攻撃だが、これは紛れもなく現実なのだ。

「こちらを道連れに自爆するつもり!?ハマーン!!ハマーン!!起きなさい!!」

混濁していた意識の奥底に何か大切な呼びかけを聞いた気がした瞬間、ハマーンの意識は急速に覚醒していった。

「あ・・・ここは・・・」
「良かった、まだ戦闘中よハマーン。やれて?」

すぐに状況を理解したハマーンは、心の中で不甲斐ない自分を叱咤しつつも敢然と前を見据えて瞳を上げた。

「もちろんだ!」
「頼りにしているわ」

モニターを凝視したハマーンは一転、現在ザメルが陥っている異常な状態に気付く。

「火!?なんだこれは、一体・・・うっ・・・!」
「あ・・・!?」



電流の如き軽い頭痛を覚えたセイラは顔を顰めた。まるで時が止まった一瞬にハマーンと会話を交わした気がしたのである。



「よし、判った!!」

そう言うなりハマーンはザメルの上半身を軋ませながら、残った右手で敵MSを引き剥がしにかかった。
自らの置かれた状況を完璧に把握し、打開策を探っているのだ。
一方のセイラは外部モニターを駆使して機体チェックを再開した。こうなれば二人乗りを生かした分担作業が可能となる。
彼女はその時「なぜ急にハマーンが状況を把握できたのか」とは考えもしていなかった。


「敵の機体がリアスカートに引っ掛かっているわ、これじゃ・・・!」

思いきりホバーを吹かすも、コンテナに埋まり敵MSを引きずる格好になっているザメルは身じろぎすら出来ない。

「バカな・・・何を考えてるんだ・・・!?」

火炎放射は続いている。ハマーンは信じられないと震えた声を出した。
明らかな誘爆狙い・・・としか思えない。しかしここで相打ちに持ち込もうとする意図が理解できないのだ。

「なぜ・・・!?」

敵パイロットは命が惜しくないのだろうか?
まるで、敵味方関係なく、死ぬまで戦い続けるという狂戦士に対した時の如き得体の知れない冷たい恐怖がハマーンの身体を這い上る。

「理由を考えるなって、アムロが言っていたわ」
「え・・・」

冷静な口調に意表を突かれ、ハマーンは前席に座るセイラを見おろした。

116 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18:31:42 ID:lKXfDKJM0

「理由を考えようとすると動きが止まる、だから緊急の時は目の前の危機にいち早く対処するだけの方がいいって。
相手の都合を考えるのは後回しでいいって」
「アムロが・・・」

確かにここで敵の心情を理解したとしても状況は変わらず意味はない。
アムロの顔を思い浮かべたハマーンは、萎みかけた勇気が再び湧き出る気がした。

「奥の手を使いましょう。よくて?」

という、セイラの提案に

「ん!なら、操縦をこっちに回して!!」

と、ハマーンは嬉しそうに口角を上げて答え、12歳の少女にそぐわぬ不敵な表情を浮かべた。




ガコッ!!




くぐもった鈍い金属音と共に、砲台部分ともいえる後部スカートが切り離され、ザメルが「立ち上がった」。
膝を伸ばし、文字通り「2本の足で」立ち上がったのである。

アムロが搭乗したカーキカラーのザメルと彼女達モスグリーンのザメルは厳密に言えば同型機ではない。
セイラ達のザメルは強大な680ミリカノン砲台ユニットを分離可能とし、二足歩行型MSとしても運用できる様にとコスト無視で試作された前期型である。
つまりこれは知る人ぞ知る、前期型YMS-06Mザメル(メルザウン・カノーネ)のみに盛り込まれた隠しギミックであった。

「こんのぉあっ!!」

呆気に取られ、思わず火炎放射を止めた敵MSを思い切りザメルは「蹴りつけ」た。
パージされたザメルの後部スカート部を抱きかかえる格好で勢いよく横転したガンタンクはぴくりとも動かない。
全高13.7Mのガンタンクが横倒しになったのであるから内部に掛かる衝撃は相当のものであった筈である。
パイロットは良くて失神、運が悪ければ命を失っている事だろう。
しかし逆三角形に両目を釣り上げたハマーンは相手の様子を伺いながら、ホバーを使わぬ二足歩行でじりじりとザメルを後ずさりさせ始めたではないか。

「な、何をするつもりなの!?待って!待ってハマー・・・キャ――――――――――――――――――――――!!」

セイラの甲高い悲鳴がドップラー効果で戦場に尾を引いた。
ただならぬハマーンの様子に不穏なものを感じ取った彼女が声を上げた時にはもう、ザメルの巨体は猛烈な加速と共に宙を舞っていたのである。

「おりゃー!!!」

とどめとばかりに助走をつけたジャンプキックをガンタンクの底部に見舞ったザメルは地響きを立てて着地した。
シャフトがへし折れ、明後日(あさって)の方向に体をよじりながら地面にめり込んだガンタンクは再起不能である。

「・・・見たか、XAMEL キック!!」

余韻に浸るハマーン。実は彼女もサイド3で例のTV番組を男の子達に交じって隠れ見ていたクチであった。

「いたた・・・やりすぎよハマーン」

ヘルメットを脱ぎながらセイラはぐったりとシートに頭を預けた。髪の毛がいく筋か顔に掛かるが払い除ける気力も出ない。
彼女の知る限り、MSの白兵戦とは断じてこういうものでは無いはずだ。

117 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18:32:41 ID:lKXfDKJM0
『よう、どうやらやっつけたみたいだな。こっちもケリがついたぜ』

セイラが気怠く瞼を開くとモニターにはソンネンのニヤニヤ笑いが映し出されている。
気を取り直したセイラが眼下へモノアイを向けると、白煙を燻らせて沈黙する敵機のそばに無傷のヒルドルブが見えた。こちらは危なげなく完勝したらしい。
恐らく敵の捨て身の攻撃も、一対一では百戦錬磨のソンネンに通用しなかったのであろう。

『お前達が敵を減らしてくれたおかげで楽させて貰ったぜ。ま、なんだ、良くやったと褒めといてやる』
「有難うございますソンネン少佐、みんなハマーンの「あ―――――――――――――――――――――――っ!?」

会話中、いきなり大声を張り上げたハマーンにセイラとソンネンは閉口した。

『・・・なんだ、おい』
「わ、判りません、ハマーン、何があったの?」
「・・・ぇ?・・・いや、なんでも・・・・・・なぃ・・・」

信じられないものを見る様に視線を落としていたハマーンは、顔を上げた。
しかし視線が一向に定まらず、さっきまでの威勢の良さがウソのようにオドオドしている。
明らかに彼女はショックを受け、かつ、激しく動揺していた。

『?、何だか判らねえが、取り敢えず敵パイロットを引きずり出したらそっちへ合流する。遠くへ行くんじゃねえぞ』
「了解」

通信を切るとセイラは改めてシートから身を乗り出しハマーンを振り返った。
うつろに目を見開いたままモニターを見つめるハマーンの顔は血の気を失い真っ青である。
心なしか小さく震えている彼女の瞳には現在、何も映し出されていないに違いない。
いつもの自信満々な姿とは正反対の、途方に暮れるか弱い少女がそこにいた。

「ぐっ・・・・・・うっ・・・ふぐっ・・・・・・」

やがて微かに聞こえ始めた嗚咽は次第に大きくなり、ぽろぽろとハマーンの両目から涙が零れ落ちた。
異変を感じたセイラは急いでシートベルトを外し、立ち上がろうとする。

「く、来るなぁっ・・・!!」
「!」
「うっ・・・うっ・・・お願い、来ないで・・・・・・」

今にも消え入りそうな怯え声を上げたハマーンを見て、セイラは彼女がしでかしてしまった、ある生理的な失態に思い当たった。

『セイラさん、ハマーン、無事ですか!?』
「ひっ・・・アムロ・・・!?」

折も折、外部モニターにはザメルの近くで手を振るアムロの姿が映し出されている。
ついにハマーンは背中を丸め、両手で顔を覆ったまま動かなくなってしまった。こんな姿、彼にだけは見られたくないに違いない。
セイラは外部スピーカーに通じるマイクに口を寄せた。

「アムロ、2人とも無事だから心配しないで。少し機体のチェックをしてから降りることにします」
『判りました、それじゃ僕は使える物資を探してきます』

しっかりしたセイラの言葉に、アムロは安心して踵を返し、荷台の曲がったエレカに乗り込んだ。どうやら資材置き場のどこかで見つけて来たらしい。
アムロが離れていくのをモニターで確認し、セイラは後ろを振り返らずに口を開いた。

「ハマーン」
「・・・・・・」

シートの上で膝を抱え込んですすり泣くハマーンは固まったまま動かない。

「確か、あなたの後ろの荷物には兵士用の衣類が入っていたはずなの。確認して貰えて?」
「え」

ハマーンは涙で濡れた顔を上げた。

「初めての実戦で汗をかいたでしょう?風邪をひかないうちに急いで着替えてしまいなさい」
「う・・・うん」

弾かれた様に立ち上がったハマーンはシートの後方に手を伸ばし、小型コンテナを引き寄せた。
現金なもので当初は自分を押さえつけていた忌々しい箱が、今は宝箱のように思える。

「ほ、ほんとだ!・・・よかった・・・!」

セイラの言った通り、中には透明フィルムでパックされた真新しいジオン兵士用の制服がぎっしりと収められていた。
上下繋ぎのジャンプスーツである。一般兵用のそれは流石に彼女の体には大きすぎるがこの際贅沢は言っていられないだろう。
透明フィルムにプリントされたサイズを確かめたハマーンは、中でも最も小さいと思われる一着を引っ張り出し、安堵のため息をついた。
ジオンでは最もポピュラーな深い緑色の軍服。
耐ショック、耐熱に優れた厚手の生地で縫製されたそれは、通常はパーソナル・ジェットとセットで用いられる突撃装備用の武骨なものであったが、今のハマーンにとっては、どんなきらびやかなドレスよりも有難いものだ。
もう一つのコンテナからジオン謹製のミリタリータオルも幾枚か取り出したハマーンは、着ていた整備作業用のツナギを下着ごと脱ぎすてた。

118 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18:33:47 ID:lKXfDKJM0








「どんなアンバイだ」
「ソンネン少佐」

アムロの足元の地面にはロープで両手足を拘束された連邦軍兵士が転がっている。

「小便臭いガキのお前が、良く一人でやれたもんだな」

ソンネンはアムロの後ろに横たわる敵MSの残骸を見上げながら笑った。
言葉は悪いが、これは最大級の褒め言葉であろう。常に物事を斜っぱに見る癖のある彼が、素直にアムロの手際に感服している。
ギョロリとした目で憮然とこちらを見上げている敵兵士は、これのパイロットであったのだろう。

「運が良かっただけですよ」

『小便臭い』云々の、ソンネンの揶揄を込めた軽口をファットアンクルの中でさんざん浴びせられ、彼の軽口は一種の枕詞なのだと諦観しているアムロはそう答えた。
あながちそれは謙遜でもなかったのだが、敵兵士が下から抗議の声を上げた。

「おい、ちょっと聞きたいんだがな、ジオンにはコイツみたいなガキのパイロットがウジャウジャいやがるのか?」
「さあな」

すげなく答えるソンネン。少なくとも尋問する権利は向こうには無い。
見たところ敵の兵士に大きな怪我はなく、すこぶる付きで元気もいい。運のいい奴だとソンネンは心中で笑った。

「胸糞の悪い話だ、地獄に落ちやがれ」

横になったままの敵兵士は顔の横の地面に唾を吐き捨てた。

「この人の名前はミロス・カルッピ、技術少尉だそうです」
「あん?技術少尉がなんで最前線でMSなんぞに乗ってんだ」

ソンネンの視線がカルッピを値踏みするように動く。カルッピは再び顔を上げた。

「それは尋問か」
「おお、ま、それだ」
「・・・俺達は囚人部隊なのさ。後は判るだろう」

囚人という穏やかではない響きにアムロは目を見張った。
しかしソンネンは平然としたものである。

「囚人ねえ。一体何をやらかした」
「予算横領、物資の横流し、着服、何でもやったぞ」
「へへへ、なかなか清々しいじゃねえか」

何故だか嬉しそうにソンネンはカルッピを引き起こして座らせ、両手が使えない彼にポケットから出した煙草を一本咥えさせてやると、ライターで火を付けた。

「俺ともう一人のクズワヨって奴は、いつもツルんでそんな感じの悪さを繰り返してた。
だからどんな罰を受けようが仕方がねえ、自業自得だ」

美味そうに煙を吐き出しながらカルッピは遠い眼をした。

「だが俺達の隊長は違う。軍にハメられた」
「なんだと」
「スパイ幇助の濡れ衣を着せられたのさ。特赦して欲しければ戦えってよ」
「・・・」

カルッピの横顔を見つめるソンネンは眉間にしわを寄せ、厳しくも複雑な表情を浮かべている。
アムロはこの朴訥な敵兵の言葉に嘘は無いのではないかと漠然と感じていた。

119 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18:34:34 ID:lKXfDKJM0
「・・・やさぐれた俺達んとこに放り込まれた隊長は、身体を張って俺達に良い思いをさせてくれた」

ざっとあたりを砂混じりの風が通り過ぎ、アムロは思わず顔をそむける。

「だから俺達は隊長の為に命を懸ける。隊長が行けと言えば、活火山の火口にだって飛び込むぜ」

納得した様にアムロは頷いた。端から心服する人物に自らの命を捧げていなければ、あんな捨て身の攻撃が出来る筈はなかったのだ。

「だがもう、隊長が死んじまったんじゃあそれも終わりだ。どうにでもしやがれ」

ふと、生気を失った表情に変化したカルッピの咥え煙草の先端からぽろりと灰が落ちた。

「誰が死んだって言った?」

ニヤリと笑ったソンネンを、カルッピが驚いた顔で凝視する。

「い、生きてる・・・のか!?」
「向こうに拘束してある。お仲間も無事だ。
流石に無傷とは行かなかったみたいだがな、2人とも命に別状はない」
「ブラボー!!ウゥウワァオオォォォ!!」
「うおアチッ・・・テメッ!?」

カルッピが叫んだ瞬間、彼の口から火のついた煙草が飛び、むき出しの二の腕に当たって跳ね返ったが、ソンネンは苦笑して流した。

「先にお前の女隊長さんに尋問したのさ、だがあのヤロウ名前と階級以外何も喋りやがらねえ。
どうしたモンかと思ってたんだが、お前さんが思いの外素直な奴で助かったぜ」
「あちゃあ・・・しくじったぜ・・・俺りゃあ、てっきり・・・」

嘆くカルッピを見下ろしたままソンネンが片手を上げて合図を送ると、遠く離れたコンテナの陰からトラックタイプの車両が現れた。
運転しているのはセイラ、助手席にはハマーンが見える。アムロは想いきり、2人に向けて手を振った。
グリーンの軍服を着たハマーンも、少しだけはにかみながらこちらに向けて手を振りそれに答えた。

120 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18:35:37 ID:lKXfDKJM0
「セイラさん!」
「アムロ、無事で良かった」
「ええ、お互いに・・・」

トラックから降りたセイラとアムロは暫し無言で見つめ合った。
やや疲労した様子ではあるが、風に流れる金髪を押さえ笑顔を浮かべる彼女を、アムロは改めて美しいと思う。

「どうしたのハマーン、早くいらっしゃい」
「う、うん・・・」

セイラは何故かトラックの助手席でもじもじしているハマーンに声を掛けた。
助手席側のドアから降車したハマーンは、おずおずとアムロの前に立つ。

「ハマーン、君も無事で本当に良かった、心配していたんだ」
「うん・・・その・・・セイラ姉様に助けられた」
「セイラさんに?」

アムロの視線にセイラはほんの少しだけ肩をすくめた。
ハマーンがセイラをちらりと仰ぎ見た視線には、今までの様な棘がない。
そして彼女が初めて口にした『セイラ姉様』というフレーズも、何だか新鮮な響きがある。

「服、着替えたんだね。なかなか似合うよ」
「えへへ」

両袖を肘までまくり上げたハマーンのジャンプスーツ姿は意外にもサマになっていた。
安全性を考慮するという意味合いでも、戦場では格段にこちらの方が適しているのは言うまでもない。
更に2人と会話を続けようとしたアムロだったが

「おいガキ、捕虜を下ろすぞ。ぼさっとしてねぇで手伝え!」
「は、はい了解です!」

トラックの荷台を開けたソンネンにどやしつけられ、慌てて彼の元に馳せ参じるしかなかった。








「隊長さんて、女の方だったんですね」

エレカの荷台から降ろされた敵兵の2人を見てアムロは目を丸くした。

「・・・フン、カルッピ、どうやらアンタ余計な事をペラペラと」
「あ、いや、済まねえ、この通りだ」
「まあ良いじゃねえすか隊長、また三人こうやって無事に再会できたんだし」
「やかましい!お前は黙ってなクズワヨ!!」

セイラとさほど体格の変わらぬ小柄な女性に、大の大人2人が恐縮しまくる図と言うのは何とも珍妙であった。

「あ、それじゃあ、身体を張ってというのは・・・痛っ!?」
「小便臭いガキのお前はそこまでにしときな」

呟く様な言葉を漏らしたアムロの頭を強く抑え込んだソンネン。
彼はアムロの頭に置いた手をそのままに、セイラとハマーンを振り返った。

「んで、そっちの小便臭い小娘2人は」



ギンッ



ソンネンは、半笑いで「イ」の発音をしかけた表情のまま顔を引き攣らせた。

いつもの如くの軽口を叩きかけた瞬間、風圧が感じられる程の強烈な殺気を2人から浴びせ掛けられたのである。
共に切れ長の瞳を持つ端正な顔立ちの少女2人が氷の刃の如き凄絶な眼光を向け、怒りの表情で睨み付けて来るのだ。
ソンネンにしてみれば因果応報とはいえ、何故今回に限って、という疑問を禁じ得ない。
運悪くソンネンの後ろにいた為にワリを食う形で2人の眼光に晒されたアムロは、彼女達の背後に揺らめく恐ろしげな影までハッキリと見てしまった。

「・・・ソンネン少佐。この際はっきり申し上げておきますが・・・以後、下品な物言いは謹んで下さい・・・」

ゴゴゴというSEをバックに、まるで氷のナイフで切りつけて来るが如くの、セイラの良く通る声が響く。
硬直するソンネンの陰でアムロは改めて震えあがっていた。
一体何が彼女の逆鱗に触れたかは知る由もないが、ある特定のシチュエーション下において、セイラが極めて恐ろしく変貌する事を彼は経験で知っている。

「・・・」

無言でツインテールを逆立て、真っ赤な顔、逆三角形の双眸で突き刺す視線を向けて来るハマーンの形相も、これまた凄まじい勢いだ。
まるであたりの温度が一気に数度、低下した気さえする。

121 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18:36:19 ID:lKXfDKJM0

「ひっひっひ・・・このオヤジをびびらすなんざ、アンタ等もなかなかやるじゃないか」

凍りついた時間を解放したのは、何と拘束されたままの敵の女隊長であった。
小娘にやり込められる上官の姿に、立場を越えて溜飲が下がったのであろう。

「ちっ・・・」

ばつが悪そうに頭をかくソンネン。アムロも呪縛が解けたように肩の力が抜けた。

「そっちの少年!」

アムロはびくりと身を竦ませる。件の女性兵士が馴れ馴れしく声を掛けて来たのである。
粗野な感じがセイラとは対照的な女性だが、その風貌は意外に整っている。鼻っ柱は相当に強そうだ。

「アタシはアリーヌ・ネイズン技術中尉だ。こっちはドロバ・クズワヨ曹長」
「いいんですかい隊長?」
「構わないさ、状況は変わりゃしないよ」
「まあ、確かに」

突然オープンになった女隊長と敵兵士のやりとりにソンネンは顔をしかめた。
こちらに女子供が多くいるのを見て敵は明らかに緊張感を緩め、あろうことか場の主導権を握りにかかっている。
敵味方の馴れ合いは怖い。下手をすると何かのはずみで形勢が逆転しないとも限らないからだ。

正直な所、捕虜達の処遇は現在のソンネンの手に余る。
この3人をどこかの部隊に引き渡すにしても、作戦前のこのタイミングではすんなり事の運ばない可能性が大だ。
辛うじて、ここは最前線のはずれに位置する名もなき物資集積所であった為、機密めいたものは何もないのが唯一の救いだと言えるだろうか。
自分一人だけだったなら最悪、後腐れの無い手段も取れたのだが・・・と、ソンネンは幼な顔のハマーンを見やった。

「お前ら、これからどうするつもりだ」
「はあ?アタシ等は捕虜だよ?どうするか決めんのはそっちだろうが」
「ククク違いねえな。ガキ共、ちっとばかし離れてろ」

何かを決意したらしきソンネンはアムロ達を下がらせるなり右手で銃を構え、ポケットから取り出したナイフを左手に持つとアリーヌ達3人が拘束されていたロープを次々と切り裂いてゆく。
呆気にとられている一同を無視して結局ソンネンは三人を解放してしまった。

「ソンネン少佐!?」
「黙ってろガキ、責任は俺がとる。
それにこう見えてこっちの2人はアバラと足をやってる。武器もねえから何も出来ねえ」

慌てて声を上げたアムロをソンネンは制した。

「・・・何のつもりだい」

手首をさすりながら発したアリーヌの訝しげな問いに、ソンネンは顎で荷台の曲がったエレカを指し示す。

「あいつをくれてやる。何処へなりと行っちまいな」
「何だって!?アタシ等を見逃すってのかい!?」

ソンネンの言葉に驚いたのは彼を除くその場の全員だったが、ソンネンには悪びれた様子もありはしない。

122 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18:37:05 ID:lKXfDKJM0

「あいにく俺は厄介事が嫌いな性分でな、さっさと行かねえと撃ち殺すぜ」
「ふ、怪我人を・・・南極条約を知らないのかい」
「ヘッ、囚人共に言われたかァねぇな」
「隊長、こりゃチャンスですぜ!このまま軍に戻らず、ずらかっちまいましょう」

喜色を浮かべたカルッピを驚いた顔でアリーヌは睨み付けた。

「・・・貴様、もう一度言ってみろ」
「何度でも!どうせノコノコ戻ったって、豚箱に戻されるか死ぬまで使い潰されるだけだ」
「俺もそう思います」
「クズワヨ」

足を痛めているクズワヨは少しだけ顔をゆがめた。

「隊長の気持ちは判りますがね、この広い戦場で『奴』と出くわす確率は極めて僅かだ。
だったら他の方法を考えた方が良い」
「他の方法・・・」
「そうです。俺らが自由に動けるようになりゃあ幾らでも方法は見つかるはずだ。
このままじゃ奴を探し出す前にこっちがくたばっちまいかねない」
「まあしかし、隊長がどうしてもってんなら俺等は地獄の果てまでお供しますがね」

片目をつぶったカルッピを見て黙り込んだアリーヌに、ソンネンは拳銃を構え直した。

「会議は終わったか?なら早くしな、それとも」
「判ったよ。アンタのご厚意に甘えさせてもらう事にしよう。カルッピ、手を貸しな」

唯一大きな怪我の無いカルッピが2人をエレカに押し上げる。
ここでの上官であるソンネンが彼らの処遇を決定した以上、アムロ達はその作業を見守っているしかない。

「・・・取り敢えず礼は言っておくよ。生きていられたら、いつか借りは返す」
「いいから早いとこ行っちまいな」

助手席に座ったアリーヌの言葉を、追い払う様な手つきでソンネンは煩そうに聞き流した。

「そうだ。一つ良い事を教えてやろう」
「あ?」
「クライド・ベタニーという男に気を付けな」
「なにっ!?それはどういう意味だ!?」

聞き捨てならない情報に流石のソンネンも真顔になった。アムロ達も驚いてアリーヌを見つめる。

「アタシは奴に復讐する為に戦っていたのさ、本当はこの手で息の根をと思ってたんだけど・・・
この際、アンタ等がどうにかしてくれりゃあ、それで良しとしよう」
「・・・」
「アンタ等が首尾良くやってくれりゃあそれで良いし、そうならなけりゃ奴が何処にいようとアタシが地獄の果てまで追い詰めて・・・必ず」
「隊長」

あまり喋りすぎるとせっかく解放してくれた敵の気が変わりかねない。
クズワヨのそういう懸念を感じ取ったアリーヌは口を噤み、ソンネン等に一瞥をくれると連邦軍の部隊が展開しているであろう方向とは逆方向にエレカの進路を取り、そのまま走り去っていってしまった。

「あの人の言ってたクライドって、何者なんでしょう」
「・・・やれやれ、最後の最後で面倒臭え事を聞いちまったな。
だが、どうやら放っておく訳にもいかねえようだ」

アムロとソンネンが話していると、セイラがアムロのそばに近づき、ソンネンに目を合わせた。

「もしかしたら、スパイなのではないでしょうか」
「ス、スパイ!?」

アムロが驚くが、ソンネンは真顔のままだ。

「いきなりだな」
「ただの勘ですけれど」
「女の勘って奴か。そいつぁ・・・」

唇をゆがめて言葉を煙らせたソンネン。果たしてその後には「信じられる」「信じられない」と、どちらが続いたのであろうか。

123 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18:37:39 ID:lKXfDKJM0

「私は、あの人達に引き金を引いていたのか・・・」

じっと3人の連邦兵が消えた荒野を見つめ、ぽつりと呟いたハマーンの肩をセイラはそっと抱いた。
砂混じりの風が強くなり始めた荒野、風に髪を弄られて寄り添い立つ2人。
アムロは、戦いの中で彼女達に育まれたのであろう絆を感じずにはおれない。

「アムロ、あれを!」

突然何かに気付いたハマーンが空の彼方を指差した。
逆光に目を細め、良く目を凝らすと確かに地平線に近い空にポツンと浮かぶ黒いシミのような飛行物体が、ローター音を響かせながらこちらへ向かって来るのがはっきり識別できた。

「・・・おい、警戒態勢だ!お前らは岩陰に隠れてろ!!」

ジオンの飛行機にしては見慣れないそのシルエットにソンネンはヒルドルブへ走る。
しかしアムロは笑顔で彼を呼び止めた。

「待って下さい、あれは味方です!!」

少しずつ大きくなる機体は色こそ緑に塗り替えられているものの間違いなく【青い木馬】の艦載輸送機【ガンペリー】であった。



『アムロ准尉!よくぞ御無事で!!』

そう外部スピーカーを通じて上空から喜びの声を掛けたニムバスは、副操縦席のバーニィに目くばせすると彼等の眼前でガンペリーを90度横に向け、コンテナに大きくペイントされたジオンのエンブレムを露わにしつつ着陸態勢に入った。

185 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20:41:12 ID:dXrWvj9g0 [2/9]

青い木馬隊の駐屯するキエフ鉱山第123高地。
灼熱の太陽が中天を望むこの時刻になっても、ハンガーの中では前夜からの突貫整備が引き続き行われており、作業員の顔に疲労の色は濃い。
しかし、決戦近しの雰囲気が場の空気を張りつめさせ、疲れを感じぬ異様なテンションで作業は進行していた。

「予備のシャフトを回してくれ、確か7番ケージに幾つかストックがあったはずだ」
「解りました」
「ああそれからリコライザー計数は400から800の間でいい」

【真紅の稲妻】たるジョニー・ライデン中尉の指示に、ベテランの整備兵は苦笑した。

「やけに狭いですね、まあ中尉なら大丈夫なのでしょうが」
「ふっふっふ、そういう事だ」

愛機イフリートの足元で胸を張り、自信満々に笑うライデンにつられて周囲の整備兵も笑う。
名の知られたエースパイロットであるにもかかわらず気さくな彼は、整備兵からの人気も高い。
いや、むしろ彼を遠ざけ蛇蝎の如く忌み嫌うのは「無能な上官」のみに限定される、と言っても過言ではないだろう。
「まともな上官」であるならば、どんな不遜な態度を取ろうが常に圧倒的な戦果を上げ続ける彼を、やがて認めざるを得なくなるからである。

「おっと・・・」

眼の端に赤い軍服を確認すると、ライデンが動いた。

「すぐ戻る。整備を続けてくれ」
「了解です」

整備兵達の輪から外れ、急ぎ足で近づいてくるライデンにシャアは軽く手を上げた。

「ご苦労だな、ライデン」
「どうした大将、何か問題でも?」
「いや、こちらは目途がついたのでな、ハンガーを巡検中だ。そちらこそ問題は無いか」
「決戦は明日なんだ、間に合わせるさ」

少し疲れた顔で笑うライデン。が、そこにはエネルギーが満ち溢れており、決して戦意が衰えている訳では無い事が誰の眼にも明らかだ。

「これも姐御がウラから手を回してあれこれと物資を調達してくれたおかげだな」
「うむ。シーマ中佐の手腕にはいつも感心させられる。彼女がいなければ、今度の作戦も不可能だっただろう」
「そんな事より、だな」

エホンとライデンは咳払いしたのち声をひそめた。

「彼女はいいのか」

ハンガーの喧噪にかき消されそうな声音だったが、シャアには確かにそう聞こえた。

「・・・?、何のことだ」
「彼女だ、彼女」
「・・・ミハルの事か」

このやろうという目つきでライデンは睨む。

「じれってえな、テメエの彼女ったら他にいねえだろうが」
「・・・すまない」

ライデンが何をいらついているのか全く判っていないシャアは仮面の向こうで怪訝な目をしている。


「あー・・・彼女をどうするつもりだ」

抑揚のない声でライデンが問う。

「どうする、とは?」
「お前、なんで彼女をニムバス達に同行させなかった」
「?」

質問の意味がさっぱり解らない。

「例の作戦が始まったら敵も必死で反撃してくるだろう。
俺達は速攻を望んじゃいるが、戦局ってのはいつ何時どう転ぶか判らねえ。【青い木馬】も無傷じゃ済まねえ可能性がある。
このまま作戦に突入して彼女を、直接の戦火に巻き込んでいいのか」
「な、なんだと!?」

電光に打たれたかの如く硬直するシャア。

「お前なら、何とでも理由を付けて彼女を安全な場所へ避難させる事ができただろう。
俺はてっきりそうするもんだと思ってたんだ。
だが今日になってもミハルはまだ【青い木馬】にいるじゃねえか。いいのか、このままで」
「わ・・・私は、そんな事を・・・・・・!」

呆然と佇むシャア。その間、数秒。

「考えたことも無かった、ミハルが私のそばを離れる事など考えも・・・いやしかし・・・・・・!」
「おいおいおい」

ぐらりと上体を崩したシャアの腕を慌ててライデンは引っ掴んだ。

「そうか、お前の言う通りだ・・・私はミハルの事など何も・・・何という事だ」
「お、おいしっかりしろ大将、よろけてる場合じゃねえぞ」

ふらつくシャアを抱える様にライデンは急いでその場を離れた。
こんなシャアの姿を兵達に見せたくはない。総大将には泰然と構えていて貰わねば困るのである。




















「いいかい?」

いつもの如くミハルが【青い木馬】のキッチンで洗い物をしていると、何時かの様にシーマが顔を出した。
ミハルの両手には泡の付いた金属製の大きなボウルが握られている。洗浄機に入りきれないこれはどうしても人の手で掃除をせねばならない。

186 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20:44:40 ID:dXrWvj9g0 [3/9]
「シーマ中佐、どうしたんだい」
「重要事項の伝達さ。明日のランチは無しだよ」
「え?あはは、そんな事をわざわざ?」

ミハルは笑顔で顔にかかった一筋のほつれ毛を、泡の付いた手の甲で顔の脇に流した。

「うーん、本当はもう一つ・・・」
「なんだい、あらたまって」
「実はねえ、見ちまったのさあ」
「見た?何を」
「おまえが夜、シャア大佐の部屋に入ってくとこ」

ミハルの取り落とした金属製のボウルが派手な音を立て、泡を飛び散らせながら調理室の床を転がった。

「あ~、責めるなんて野暮なことはしないよ、勘違いしないでおくれ」
「・・・」
「悪いと思ったんだけど、何日か見張らせてもらったよ。おまえ、毎晩・・・」

普段は健康的なミハルの顔面が一瞬で蒼白となった、だが、そんな彼女を見つめるシーマの眼は優しい。

「ちゃんと、避妊はしているかい?なんなら」
「そっそんな!!」

一転、真っ赤な顔で両腕を突き出したミハルはその体勢のまま小刻みに両の掌を振った。

「恥ずかしがらなくてもいいよ。大丈夫、誰にも漏らしたりしてない」
「そ、そうじゃなくって、大佐とは、その、何も・・・!」
「ははは、男と女が毎晩一緒にいるんだ。何もなかったら逆に不自然ってもんさね」
「・・・」
「ゴメンよ、アタシゃ疑り深い性格でねえ。
この前ああは言ったけど、何か弱みでも握られてるのかもと余計な心配も少しだけ、しちまってたのさ」
「・・・」
「けど、安心したよ。おまえと大佐がそういう仲なら・・・」
「・・・」

悲しそうに何度も首を振るミハルを見てシーマは眉をひそめる。

「ちょっとお待ち。・・・まさか、おまえ達、本当に何も?」
「・・・・・」

始めはからかいの笑顔を向けていたシーマだったが、ミハルの様子に嘘がない事を確信した途端に笑顔が消えた。

「あはは、た、大佐が、あたしなんかに興味を持つ筈ないよ。そんなの、当たり前じゃないか」
「・・・何を言っているんだい。あのガキはおまえにゾッコンさ、アタシには判る」
「そんな事、あるわけないよ!」

シーマは呆れてミハルを見つめ、片手を自らの腰にやった。
このもどかしい少女をどうしたものか。

「だって、あ、あたしは難民だし、この通りちっともキレイじゃないし、その、胸だって小さいし・・・」

無理に明るく振舞おうとしても、表情の端々にはどうしても悲しみが滲み出てしまう。
殺伐とした戦場においても輝く様な美貌を失わないセイラの笑顔がちらりとミハルの脳裏をかすめる。

「おやめ。アタシは卑屈な子は嫌いだよ」

シーマはぴしゃりとミハルの言葉を遮った。
しかし、普段あれほど明るく闊達だったミハルの胸中に巣食っていた意外なコンプレックスに驚きを隠せない。
女傑シーマの一喝にびくりと首をすくめたミハルが恐る恐る視線を上げると、なにやら顔を横に向けたシーマの眉間には深い縦線が刻まれている。
ただ、この静かな怒りはミハルに向けたものではない事だけは判る。

「あのガキふざけやがって・・・女の気持ちを、一体何だと思っていやがるんだ」
「ど、何処へ」
「決まってるじゃないか、あのヒョウロク玉をぶっちめに行くのさ」
「や、やめておくれよ!!」
「ミハル」
「・・・大佐は素敵な人で、あたしの命の恩人なんだよ。だから、あたしは少しでもお役に立とうって決めたんだ。本当に、それだけでいいんだよ」

必死で両手を広げこちらの行く手を阻もうとするミハルの姿に、シーマは我慢がならなかった。
たとえ振り向かれることが無かろうが好きな男に尽くし抜こうという心掛けは、いじらしいかも知れない。だが、まるで自分に言い聞かせるような言葉は、痛々しい。




「それじゃあ聞くが」



わざと厳しい顔を作ったシーマが問う。

「もし大佐が他の女にたらし込まれたとしても、おまえはそれでいいってのかい」

きつい問いにミハルはびくりと縮み込んだが、やがて悲しい笑顔を浮かべた。

「・・・いいよ。大佐が選んだひとだもの、きっと、素敵な女性に違いないもの・・・」
「ば、バカを言うんじゃないよ、全く!」

そう返されるとは思ってもいなかったシーマは堪らずミハルに一歩近づいた。

「アイツが好きなんだろ?そうやって、やせ我慢をするんじゃない」

真剣な顔で瞳を覗き込んできたシーマにミハルは静かに首を振る。

「昨日『青い木馬』に来た145小隊の人数が・・・前と比べてすごく減っていたんだ」



シーマの表情が固まった。

187 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20:45:42 ID:dXrWvj9g0 [4/9]

第145小隊。腕利きの12名で構成された偵察部隊である。
彼らは運悪く任務遂行中に敵部隊と鉢合わせしてしまい壊滅の危機に陥った。
結果的にはマッシュ率いるMS隊による救援が間に合い、辛くも死地からの脱出に成功したものの、ベテランの戦闘員3名を失い、負傷した4名がオデッサへ後送されていったのである。
ジオン軍キエフ駐留部隊にとって、オデッサ外周に陣取り、つるべ打ちの如く突撃を敢行していた一時の連邦軍の勢いが弱まる中で被った久々の損耗。
現時点で人的被害を何よりも回避せねばならないこちらとしては、何とも痛すぎる事態といえた。


「・・・もし・・・大佐が大ケガしたり・・・し、死んじゃったら・・・どうしよう・・・」

何かをずっと堪えて来たミハルはとうとう、震える声で忍び泣きを漏らした。
何の事はない、戦場でいつ、愛しい男に舞い降りるか知れない死神を恐れる少女にとって、自分の恋など二の次だったのである。

「・・・」

嗚咽するミハルをしっかりと抱き止めたシーマは眼を閉じた。少女の髪からは太陽の香りがする。
考えてみれば―――
しっかり者といえど、戦争の最前線に身を置く少女にとって、思うところは多かろう。

「恋に焦がれて鳴くセミよりも、鳴かぬホタルが身を焦がす・・・か」

「・・・?」
「今のおまえみたいなのを言い表した大昔の言葉だよ。
まァ、おまえみたいないい子に好かれてアイツは果報者だって話さ」

不思議そうに見上げるミハルに、セミやホタルの実物を知らないシーマは苦笑する。

「・・・まったく、おまえ達は一体全体どういう関係なんだい。包み隠さずにイチからちゃんと説明をおし」

この女傑には如何なごまかしも通用しないだろう。
腕組みをしたシーマを前にして、ミハルは観念するしかなかった。















「私は、自己中心的にしか物事を考えられん欠陥人間だ」

呆然自失の体で備え付けのベンチに座り込み、右手で頭を抱え込んだシャア。
その横の壁に腕組みして立ち、彼を見下ろすライデンは無言である。
ハンガーの隅に設えられた簡易の休憩室。安っぽい飲料のサーバーには『故障中』と殴り書きされた紙が無造作に貼り付けられている。
いつもは誰かしらいるこの空間だが、今は珍しく彼等2人だけだ。

188 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20:46:22 ID:dXrWvj9g0 [5/9]

「その事を教えてくれたのは他ならぬミハルだったというのに、私は・・・!」
「あの娘がそう言ったのか」

シャアを見ずにライデンが問う。

「・・・直接口に出した訳では無い。だが、彼女の・・・私に、いや、他人に対する接し方を近くで見ていればイヤでも気付かされる」
「すげえな、彼女は最強だ」

ライデン手放しのミハル賛辞である。
こう言っては何だが、このシャアという捻くれまくった男をここまで悔い改めさせるなど、彼女以外の誰ができるというのだろう。

「なあ大将、お前は知らんかもしれんが、兵たちの間ではミハルの人気、絶大なんだぜ。
何せ性格がいい。そして彼女の作るメシはとびきり美味い」
「知っている。そんな事は当然だ」

憮然としてシャアは顔を上げた。以前の食堂の一件で、それは肌で感じている。

「ほう、それじゃ熱烈な想いを綴ったラァヴ・レェタァーを何通も、彼女が兵達から差し出されているのも知ってるな?」
「なに」

思わずシャアは腰を浮かせた。

「初耳だ、ミハルはそんな事何も・・・」
「偶然俺がその場面に出くわしてな。悪いがこの娘は売約済みだとその場で全員のラブレターを没収して破り捨てた。いやあ恨まれたぜえ」
「・・・」
「その後、念の為、各部隊にミハルへの個人的アプローチ禁止を非公式に通達しておいた。
ふっふ、やっぱこういう場合、海兵隊隊長シーマ・ガラハウ中佐の名前は効くぜ」

どうやら無断でシーマの名前をちらつかせたらしい。
彼女にバレたらどうなるか想像するだに恐ろしいが、この男はどこ吹く風である。

「私の知らない所で大事になっていたのだな・・・ここは、礼を言うべきなのだろうな?」
「おう全くだぜ面倒掛けやがって。
だが、あの娘にはそんだけの価値があるってこったぜ大将。お前には彼女を守りきる義務がある」
「・・・そうだな」

力なく再びベンチに座り込むシャア。自己嫌悪系のダメージは思ったよりも深そうだ。

「ミハルはいい。彼女といると、毎日がその、何というか、とてもいいのだ」
「ふん。もっと素直に幸せだと言えこの野郎」
「ライデン、お前は何の下心もなく・・・他人に優しくできるか」
「・・・うーん」

天井を見上げるライデン。即答するのはなかなか難しい質問だ。

「優しくと言っても簡単ではない。相手の気持ちを考えてやらねばそれは単なる自己満足で終わるからだ。
しかし彼女はそれをやる。私にだけではない、ミハルはそれを誰に対しても自然にできる。
信じられんが、彼女はそうやって生きてきた。
そんな人間などフィクションの中でしか存在しないのだと決めつけていた私は、彼女に打ち負かされたのだ。完膚なきまでに」

シャアは静かに握り拳を作り、それを額に押し当てる。

「そして私はミハルを手放せなくなったと言う訳だ。彼女の安全など考えもせずにな。
このままでは彼女に危険が及んでしまう事を、お前の言葉で気付かされたのだ。自分勝手で自己中心的な、情けない男だ、私は」

自己批判をしながら本気で落ち込んでいる人間に追撃はできない。
そこでライデンはシャアが少しだけ落ち着くのを見計らい、思いつくままの言葉を口にした。

「ははは、まるで彼女、ニュータイプみてえだな」
「ニュータイプ・・・だと?」

ふと顔を上げるシャア。
悪評高いフラナガン機関のイメージが強いそれは、ミハルとは対極の存在に思える。
ミハルがニュータイプ。そんな事は今の今まで考えた事も無かった。

189 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20:47:18 ID:dXrWvj9g0 [6/9]
「お前の親父さんが言ってたんだろ?
アカの他人同士で互いを判り合うとかなんとか。それってよ、お互いを心の底から思いやるって事でも、あんじゃねえのかな」
「・・・!」

これは目からウロコの新説かもしれない。現にシャアはマスクの向こうの眼を瞠目させている。

「ミハルみたいな優しい人間が増えていきゃあ、そりゃあ世の中幸せになるだろうぜ。
実際にお前が、そうやって幸せになったみたいによ、皆が幸せになれる」

虚を突かれた様に黙り込んだシャアの心に、ライデンの言葉が少しづつ沁みわたって行く。

「そうか・・・人類の革新たるニュータイプの概念は、元々軍事利用などを想定したものでは無かった筈だ」

ゆっくりと、自らの言葉を噛みしめる。

「実を言えばなライデン、私は父の唱えたニュータイプ論を常々胡散臭く思っていたのだ。そんなに都合良く人間が超能力者に変われる筈は無いとな」

「おーお、実の息子にそうまで言われちゃ、親父さんも立つ瀬がないな」

「だが・・・『互いを心の底から思いやる』か。
父の言うニュータイプ・・・高い洞察力と状況認識力を持った人間というのが、そういう意味だとするならば話は別だ。
それならば、いつの日にか人類全体がニュータイプに革新するというのも夢ではないかもしれん。
何せ、特殊な能力も、飛び抜けた才能も必要としないのだからな」
「お、ちょいと甘っちょろいが悪くねえぜそれ。
アカの他人に勝手に心の中を覗き見られるのは御免だが、気持ちを酌んで貰えるなら感謝だってできるってもんさ」
「以前の私ならば、そんな夢物語と鼻で笑い飛ばしていただろう。しかし今は違う」

そばかすの頬を赤らめ、はにかんで笑うミハルの姿を思い浮かべたシャアは確信を込めて頷いた。

「現在ジオンや連邦で言われているニュータイプとは『戦争に利用できる何某かの能力者』を便宜的にそう呼んでいるだけだ。
だが私は、ニュータイプの本質とは、こちらの方が近しい様に思えてならない」
「なるほどなあ、ニュータイプってなあ、つまりは『優しい奴』てえ訳か。判り易いぜ。
ま、それになるにはまず、個人個人の覚悟と努力は必要だろうけどな?」
「ああ、ある意味理想的な人間像だ。半端な努力ではきかんだろう。特に私の様な人間には」

果たして自分にできるのだろうかとシャアは自問する。

そしてもし、人類全体が本気でこの理想を追い求めるとするならば、少なくとも拙速強引な手段を避け、じっくりと時間を掛けて社会や教育などを整え直してやる必要があるだろう。
簡単な事ではない。今の自分には全貌もハッキリと見えてはいない。

だが、道は険しいがやるだけの価値があるのではないかとも思える。

何より、もしこれが実現すれば、他ならぬミハルの望みを叶えてやれる、と、今更ながらにシャアは思い当たった。

「そいじゃあ、まずは身近な人物を思いやる事から始めねえとな?」
「うっ・・・」

ガックリと項垂れるシャア。
ニュータイプへの旗振り役はライデン言うところの『他人を思いやれる優しい奴』でなければ話にならないのである。
まことにもって、ニュータイプへの道は険しいと言わざるを得ない。

「あ、悪りい、足元を掬う気はなかったんだがな・・・
え~あ~・・・・・・何だ、ところでよ、お前、まだ彼女に手、出してねえのか?」
「・・・ああ」

強引すぎるライデン渾身の話題変えがこれである。
彼なりに一応フォローのつもりなのだろうが、話のギャップに口をきくのも億劫だ。一気に体が重くなった気もする。

「そりゃどうなんだ、余計なお世話かも知んねえが・・・」
「・・・正直、葛藤で頭がおかしくなりそうになっている」

もはや取り繕う気にもならないシャアに対し、ライデンは意外にも真面目な心配顔を浮かべている。

「お前なあ」
「ミハルは私に恩義を感じている。私に迫られたら断れん程のな。
男としてその弱みに付け込む事などできん」
「いや、そりゃそうかもだけどよ・・・」
「それに前にも白状したが、私の手は血まみれだ。この手で彼女を抱く事など」

「アンタ、ミハルの気持ちをちっとも判っちゃいない様だね。これだからガキは困るのさ」

突然、彼等の背にした壁の後ろからシーマが現れた。
どうやら彼等の会話はすっかりと聞かれてしまっていたらしい。

190 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20:47:47 ID:dXrWvj9g0 [7/9]

「・・・シーマ・ガラハウ!?」
「うお、姐御、いつからそこに!?」
「はて、いつからだったかねえ」

とぼけるシーマ。この女傑の前では大抵の男共は形無しになってしまう。

「ライデン、貴様」
「いやいやいや待て待て大将、知らねえって!!」
「話はすっかりミハルから聞いた」

言いたいことは山ほどあるがと前置きしたシーマはシャアを見据えた。
気圧されまいと立ち上がるシャア。

「・・・彼女の気持ちと言ったな、それはどういう意味だ」
「直接聞けばいいじゃないか。あの娘はアンタの部屋にいる。
巡検はアタシに任せて、アンタはすぐに行ってやりな」
「いやしかし、大事な作戦を前に」
「ああその作戦中に指揮官がモヤモヤしてたら全軍の士気に関わるんだよ」

いつの間にか2人の立場は対等、いや逆転しているが、その場の全員にとってそんな事はもはや問題では無かった。

「・・・判った。後を頼む」
「ああ、任せな」
「感謝する」

風の様に立ち消えたシャアを見送ると、シーマは笑いながらため息を吐いた。

「感謝、か、随分と素直になったもんだねえ」
「いやあ驚いたぜ姐御、しかしあいつら、大丈夫かね」
「ふふ、さあて?今の2人は磁石みたいになっちまってるからねえ、目と目が合えば、あとはもう、言葉なんざいらないかも知れないねえ、んふふふふふ」

楽しそうに含み笑いを漏らす。
ライデンは知っている。これは何らかの企みが目論見通りに運んだとき特有の笑い方だ。

「ははあ・・・何となく判ったぜ姐御。あの娘を焚き付けたな?」
「人聞きの悪い。秘めた思いを吐き出させてやったと言っとくれな」

悪びれもせずに笑うシーマにライデンも苦笑するしかない。
まあ、こういった事(奥手カップルの面倒を見る)は彼女に任せておいた方が手っ取り早いかもしれないとライデンは思い直した。
例えその方法が多少強引であったとしても、である。

「それとライデン、アンタもまだまだ女の気持ちを判っちゃいないねえ」
「な、何だよ急に」

矛先がこちらに向いた事に戸惑うライデン。こういう場合は要注意だ。

「女ってなあねえ、好きな男から一時も離れたくはないもんなのさ。それがどんな危険な場所であろうがね。
訳知り顔で、そんな二人を引き離そうなんざ、ヤボの極みさね」
「そ、そんな事を言ってもよ、もし万が一の事があったらどうすんだよ」
「馬鹿だねえ」

すいと手を伸ばすシーマ。軍服姿の彼女だが、その仕草は艶めかしい。

「好いた男の腕の中で死ねるなんざ、それこそが女にとっての本望って奴じゃないかさあ」


ライデンの顎を撫でながら妖艶に笑う。
情念の深さでは誰にも引けを取らない女傑なのであった。

234 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/01/04(土) 12:43:30 ID:05oW2UKs0
デメジエール・ソンネン少佐からこれまでの状況を聞き終えたニムバス・シュターゼン中尉は、苦い表情で溜息をついた。

『准尉の安全を最大限に配慮した筈が、こうも裏目に出てしまっていたとは・・・』

味方に偽装した敵の不意打ちと、新型機動兵器群による強襲。
結果的にとはいえ彼等を最前線でもかくや、というレベルの危機的状況に、ニムバスの采配が追い込んでしまったことになる。

敵と直接対峙するキエフよりも遥か後方のこの地まで敵が侵入して来ている事態は憂慮すべきであろう。
しかしその窮地を自力で切り抜けたアムロ達は賞賛に値する。
安堵と共にニムバスは、誇らしげな視線をバーナード・ワイズマンと何やら話し込んでいるアムロ・レイの後ろ姿に向けた。


「ハマーン!まったく君って子は・・・!」
「きゃ・・・」
「待って下さい!もうハマーンは充分反省してます!」

ハマーン・カーンに詰め寄るバーニィをアムロが押し止めている格好である。
当のハマーンはというと、困り顔のセイラ・マスの後ろにさっと隠れた後に、おずおずと小さく顔をのぞかせた。

「結果的には僕もハマーンに助けられた。ここにこうしていられるのも、ハマーンの・・・」
「そういう事じゃない!甘やかしちゃ駄目だ!!」

バーニィの剣幕にアムロは驚いた。彼のこんなに激昂した姿は今まで見た事がなかった。

「・・・いいかいハマーン。俺達はチームで動いてる。
たった一人の勝手な行動がチーム全員を危機に陥らせる。それを君はもっと知るべきだ」
「・・・」

抑えた声で真剣に憤りをぶつけてくるバーニィから、勝気な瞳をぷいと背け、ハマーンは唇をへの字に曲げた。
彼女の気性からして、こういうシチュエーションではまず素直には謝るまい。それが判っているセイラとアムロは途方に暮れるしかない。

「ミハルが泣きそうな顔で君を探していたぞ」
「!」

びくりと大きく跳ね上がったハマーンは視線をバーニィに戻した。

「彼女だけじゃない、大佐だって、他の皆だって、休息を取っていた人も、手のすいている人は貴重な睡眠時間を削って君を捜索したんだ」
「あ・・・」

ぽろりとセイラの背後からまろび出たハマーンはそのまま呆然と立ち尽くす。

「複数の目撃者の存在で君の行方に目星がついたからようやく落ち着いたけど・・・一時は本当に大騒ぎにって、お、おい、ハマーン!!」

突然踵を返すと後方のガンペリーの陰に走り込んでしまったハマーンにバーニィは荒い声を上げた。

235 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/01/04(土) 12:44:11 ID:NJAelHWE0 [2/6]
「ありがとうバーニィ、後は私に任せてちょうだい」
「は、はい、すみません出すぎた真似を・・・よろしくお願いします」

急いでハマーンを追い掛けてゆくセイラに頭を下げるとバーニィは恐縮した。
他人に説教など断じて自分の柄ではない。
しかし
訓練生時代から集団行動を誰よりも重視してきた。
だからこそここまで生き延びて来れたと自負もしている身としてはハマーンの身勝手な行動を到底見過ごす事はできなかったのである。

「やっぱりバーニィさんは大人ですね、僕ではあんな風に彼女を叱ることなんて出来ませんでした」
「やめてくれ・・・」

尊敬の眼差しを向けてくるアムロに背を向け、今度はバーニィが逃げ出す番だった。




「ハマーン?」

コンテナの陰で身をかがめ、何かを覗き込んでいるハマーンの思いつめた様子にセイラは眉をひそめた。

「はッ!?」

息を呑むセイラ。
少女の手にした大ぶりの軍用ナイフが、小さな背中越しに鈍い光を放つのが見えたのだ。

「あなた、いったい何をしているの!?」
「セイラ姉様」

こちらを振り返ったハマーンの瞳に狂気は感じられず、むしろ、明確な意思と決意が込められている。

「・・・お願いがあるの」

自らの小さな手には不釣合いな軍刀に目を落とし、ハマーンはしっかりとした口調でそう言いきった。






荷揚げ用リフトのサイドハッチを開き、ぐずるエンジンと格闘していたアムロは、誰かが近づいて来る気配を背中越しに察した。

「アムロ、何か手伝うことはないか」
「ハマーンか、助かるよ。それじゃその箱から・・・」

先ほどの一件以来しばらく姿を見せなかったハマーン。
だが、背後から掛けられたいつも通りの声に、作業に熱中していたアムロは手を止めず、横にある工具箱を指差した。

「これ?」
「そう、その中から」

横に並んでしゃがんだハマーンを見た途端、アムロの手からスパナが滑り落ちた。

236 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/01/04(土) 12:45:02 ID:NJAelHWE0 [3/6]
「ハ・・・ハマーン!?ど、どうしたんだその髪!?」

ハマーンの髪が、砂混じりの風に短くふわりとなびいた。
彼女の桃色掛かった美麗な髪は、肩できれいに切り揃えられていたのである。

「セイラ姉様に切ってもらった。どうだ、似合うだろう」
「ハマーン・・・どうして・・・」
「じゃまだったから切った」

アムロは言葉を無くした。

「前から切りたいと思ってたんだ。その、わずらわしいと思って」

短くなった髪を一房つまみ上げて、少しだけおどけるハマーン。
アムロは悲しい顔で、ツインテールに整えられた自らの髪を、小さな鏡で角度を変えながら幸せそうに何度も眺めていたハマーンの姿を思い出していた。
この娘が自分の髪を邪魔だなどと思っていた筈はないのである。

「そんな顔をするなアムロ。アムロがそんな顔をすると・・・」

ふいに一粒、少女の目から涙が零れ落ちた。

「あ、あれ・・・?」

止め処なく流れ落ち始めた涙をどうすることもできず、少女はうつむいて何度も顔を両手の甲でぬぐった。

「あれ・・・あれ・・・おかしいな・・・」
「ハマーン」

一歩近付いたアムロに少女は慌てて背を向けた。

「・・・ちょっと顔を洗ってくる・・・」
「ぐはっ・・・!」

堪え切れず走り出そうとしたハマーンは

二人の背後から近付いて来ていたバーニィに前かがみの姿勢で思い切りぶつかってしまった。

「ぐほおぉ・・・」

膝からくず折れ、悶絶するバーニィ。
運悪くハマーンが右手の甲で涙を拭う体勢だったため、彼女の鋭角な右エルボーが突き刺すようにミゾオチにめり込んだのである。

237 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/01/04(土) 12:45:45 ID:NJAelHWE0 [4/6]
「だ、大丈夫ですか」

アムロの声にしゃがみ込んだまま顔を上げたバーニィは、走り去る少女の後姿に違和感を覚えた。

「彼女、髪が」
「・・・ええ」

「二人とも、ハマーンの気持ちを察してあげてちょうだい」

やって来たのはセイラであった。

「それじゃやっぱり」
「そう。あれは彼女なりのけじめよ」
「え、え、げほっ!俺のせいですか!?」

むせ込みながら慌てるバーニィにセイラは首を振った。

「それだけではないわ。彼女は同じ失敗を繰り返さないよう、掛け替えのない髪を切って自分を戒めたの」
「まさか・・・あんな女の子が、そこまで自分に厳しくなれるなんて・・・」

慄くバーニィに、彼女はそういう子なのと頷くセイラ。
自分の髪を手入れしている道具でハマーンの髪を切った際、セイラは彼女の中に燃え滾る炎の様な魂を改めて感じていた。
向かいどころを誤ればあの紅蓮の炎は間違いなく彼女自身を焼き尽くしてしまうだろう。
そんな危うさをあの少女は孕んでいる。
が、カンと頭の良さを感じさせる物言い、勝気でいて繊細な感性、生まれ持った気品、素直で直線的な行動力、どれもいまだ発展途上ではあったが、だからこそ、それ等全てが彼女の大きな魅力だとも言える。
見るもの全てを魅了する炎のカリスマ性を彼女が発揮しだすのは、もうすぐだろう。
セイラは微かな不安が身内をよぎるのを感じた。それがどういった類のものかは判らない。

ちらりとアムロを見やり、セイラはざわめく胸中を無理やりに押さえ込んで平静を装った。







「ここにいたのか」
「アムロ」

転がっていた古タイヤに腰掛け、ぼんやりと黄昏を眺めていたハマーンはこちらを振り向いた。
逆光のため、表情は良く判らない。

238 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/01/04(土) 12:46:13 ID:NJAelHWE0 [5/6]

「さっきはごめん。その髪型、すごく似合ってるって皆言ってた。僕もそう思う」
「リクエストしたんだ、セイラ姉様みたいにしてって」

裾広がりにふくらんだ髪は、そういえばセイラのそれに似ている。
ハマーンの横に腰掛けたアムロは、雲の出てきた地平線に目をやった。
天候は、これから未明にかけて荒れに荒れるらしい。

「そうだったのか。並んだらきっと、姉妹みたいに見えるよ」
「ミハルやセイラ姉様みたいに、やさしくて綺麗で、強い人になれるかな・・・」

消え入るようにポツリと漏らした少女の弱音を、アムロは聞こえなかったフリをした。

「戻ろうハマーン、ここからが正念場だ」
「うん。アムロのいるところが私のいるところだ」

悪戯っぽく笑って立ち上がったハマーンは不意に湿った風になぶられた。
乾いた土に染み込んだ埃っぽい水の香りがする。

「・・・雨の匂いだ」

そう言って短くなった髪をかきあげたハマーンはなんだか妙に大人びていて、アムロは思わず目を見張った。わず目を見張った。

291 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19:41:09 ID:u8M96SRo0 [2/9]


「どうだ?」

ミガキの問い掛けにメンテナンスハッチの中に頭を突っ込み入れていた男は、上体を起こし上気した顔を向けた。

「噂には聞いていたが、いやあ実物はやはり凄い」

長身の男は眼前のMSをしげしげと見上げた。
ランバ・ラルからの要請でメイがその全身を白銀色に塗り替えたばかりのRX-78-2ガンダムである。
ガンダムが懸架されているハンガーベッドの周囲には、このMS専用のものと思われるパーツや備品の類が山積みになっている。
ここ【青い木馬】の第2デッキは、今やジオン製のMSをも格納整備する様になった第1デッキとは違い、このガンダムの為だけに存在している(メイ・カーウィンに言わせると「スペシャル」な)空間であった。

「何とかなりそうか」
「僕はこれの開発に直接関わった訳じゃない。が、技術は全て連邦製だ、問題は無い」

ブロンドの髪をオールバックに固めた優男は好青年風の笑みを浮かべる。
その自信満々な態度は職人肌のミガキにも安堵感を与えた。

「そうか良かった。これで更に俺達の・・・」
「!?ちょっと!」

そこへメイ・カーウィンが血相を変えて駆け込んできた。彼女の背後には例によってオルテガが巨体を揺らしながらドスドスと続く。

「あなた誰!?ミガキさん、これは私がアムロから預かった大切なガンダムなのよ!?
他のメカマンには勝手に弄らせないでってあれほど!!」
「い、いやスマン、そんなに怒るなメイ」

髭だらけで強面のミガキが年端もいかない少女に叱られているのを面白そうに眺めながら、当事者の青年はにこにこと笑っている。

「噂通り、元気なお嬢さんだね」
「なんですって」

メイは怒りの眼をオールバック男に向けた。やけに甘いオー・デ・コロンの匂いが鼻に付く。
良かった、と、メイは内心ほくそ笑んだ。
どうやら自分はこの男を嫌いになる事ができそうだ。

292 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19:42:26 ID:u8M96SRo0 [3/9]

「あ~、メイこいつはな」

メイの背後で殺気を燻らすオルテガを制する様にミガキが割って入った。

「1031連隊から急遽回されてきたんだ、アムロと同じ、その、連邦軍からの『ころび組』だよ」
「!・・・亡命者ってこと?」

メイはもう一度ミガキ越しに男の顔を見た。男は相変わらず微笑みを絶やさない。

「しかもこいつは連邦軍の技術士官だった男だ。このガンダムを始めとするRXシリーズにも造詣が深いそうだ。
こいつにどうしてもRX-78が見たいとせがまれて、ついな」
「だからって!!」
「メイには悪いと思ったが、俺達には時間が無いのも事実だ。そうだろう?」

ぐっと言葉に詰まるメイ。
連邦軍の技術を解析し吸収してゆく作業は時たま壁にぶち当たる。
その壁を乗り越える為に掛かる時間と労力は確かに馬鹿にできないものがあった。
ここに連邦軍の技術に関するアドバイザーがいれば・・・そう望んだことが何度もある。

「僕が来たからにはもう安心だ。何でも聞いてくれて構わない。
いやいっそ、この艦にある連邦製のメカは僕がチーフとなって」
「お断りするわ」
「・・・!」

話の腰を小娘に折られてオールバックは口を醜く歪めた。
優男が台無しだがメイはこの人物の内面の一端を、垣間見た気がした。

「まあまあ、2人とも冷静になれ。
訳ありが集まってるこの艦に争い事は珍しくもないが、忘れるな、今はもう味方同士なんだぞ」
「ミガキさん・・・」

ミガキにそうまで言われてしまっては、メイもこれ以上態度を硬化させる訳にはいかない。

「・・・技術主任のメイ・カーウィンよ」
「クライド・ベタニーだ。宜しく頼むよお嬢さん」

メイがしぶしぶ出した手をクライドは優しく握り、笑顔と共に甘い匂いを振り撒いた。














「捕虜が口走ったという、クライド・ベタニーという名前、見覚えがあります」

厳しい顔のニムバスがそう告げると、なんとも言えない怖気がアムロの背中を奔り抜けた。

293 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19:43:09 ID:u8M96SRo0 [4/9]

「我々は既に作戦行動中です。本来は・・・この場は敢えて何も言わずに准尉をバイコヌール基地にお連れするべきだったのかも知れませんが」

ガンペリーを背にしてソンネンと並び立ったニムバスは
ちらりとセイラを見やり、首を巡らせてハマーンとバーニィを見てから正面のアムロに視線を戻した。

「これは我々の立場を根こそぎ覆される可能性のある非常事態です。
座視する訳にはいかない、僭越ながらそう判断させて頂きました」

ニムバスの表情は渋い。
骨を折って実現させた・・・アムロ達年少組を最前線から遠ざけ安全な場所に移す、と言う当初の予定が台無しだ。
彼にとっても、これは考えに考え抜いた末の、いわばギリギリの決断であり、進言だった。

「話の流れから推測するに、そのクライドという人物は、恐らく連邦軍のスパイでしょう」
「あー、やっぱ中尉もそう見るかい」
「間違いは、無いと思われます」

厄介そうに口を挟んだデメジエール・ソンネン中佐に、ニムバスは首肯した。

「私の記憶が確かならば、我々と入れ違いのタイミングで【青い木馬】に配属された補充兵リストの中に、奴の名が」
「な、なんですって!?」

アムロ達は息を呑んだ。
数多のデータ、リストと格闘し、たった一人で123高地のMS部隊を再編してのけたニムバスがそう言うのだ、信憑性は疑うべくもないだろう。

「経歴が特殊だったのでクライド・ベタニーの名は印象に残っていたのです」
「・・・こいつぁつまり、ゲリラ屋どもの動きが敵に筒抜けになるって事か」

ラルを綽名で呼んだソンネンは顔を顰め、帽子の鍔を引き下げた。
これが事実なら、彼らが今まさに、満を持して発動しようとしている一大奇襲作戦には致命的な事態である。

「あるいは情報攪乱を含めた破壊工作」

ニムバスの一本だけ立てた人差し指に、ぞくりとセイラの身体が震えた。

294 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19:43:56 ID:u8M96SRo0 [5/9]

「むしろ単独潜入ならばこちらの方が可能性は高い。特に主戦力が出払った後が狙い目だ。
もしも私が敵陣営にスパイを送り込めたなら、最低この2つのミッションを並行して行わせます」

バーニィは冷や汗を拭った。
つくづく思い知らされる。このニムバスという男が味方にいる自分達は何とラッキーなのだろう。

「鹵獲され、今やジオンの【青い木馬】となった新型艦は連邦軍にとっていまいましい存在のはず。
本当なら奪還したいところでしょうが制圧するには人数が足りない。ならば、いっその事、破壊を狙う。
要人の暗殺という線もなくはないが、状況から見て今回はその可能性は薄いと見るべきでしょう」
「なぜだ」
「青い木馬はオデッサ本陣ではないからです」
「なるほど、確かにあそこにマ・クベはいねえやな。ザコの頭をいくら叩いても大勢に影響はねえか」
「・・・」

ニヤリと笑ったソンネンにニムバスは無言で頷いた。
実はあの艦には、今やジオンにとってマ・クベの様な小物などとは比べものにならないVIPが座乗しているのだが、それはまだ同胞に対しても秘匿されておかねばならない真実だった。
そしてシャアの正体が明かにされていない現在、ジオンのトップエースとはいえ、一兵士に過ぎない彼が個人的に狙われるとは考え難い。
ともあれ、事態は急を要した。

「ア、アムロ、どうしよう!?」

ハマーンがアムロの腕に取りすがる。
彼女の微かに震える指先から、爆発に巻き込まれるミハルやメイのイメージを察したアムロは大丈夫だと頷いた。

「落ち着くんだハマーン。これに気付いた僕たちがいる」
「准尉の仰る通りです。我々の動き次第で状況は打開できる。ただ・・・」

言いかけたニムバスの頬に大粒の水滴がぼたりと落ちた。
夕焼けの残光が消え、夜が始まる。ついに、雨が降り始めたのである。












深夜未明、雷鳴とどろく豪雨の中、軍用ヤッケを羽織った連邦軍兵士は、ずぶ濡れの体を震わせ悪態を吐き続けていた。

「冗談じゃねえぞカーターの○○野郎、今度は絶対に吠え面かかせてやるからな」

双眼鏡を覗きながらも悪態は止まらない。
金はもとよりポケットの中のタバコも酒も、支給品のチョコレートすらも
根こそぎ賭けポーカーのカタに巻き上げられてしまった彼は、もはやそうする事しかできない。

295 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19:44:37 ID:u8M96SRo0 [6/9]

「待てよ、最初から奴の手札はおかしかった。あそこでAが重なるなんざ有り得ねえ」

ふと冷静さを取り戻した彼は、覗いているゴーグルの端に、ちらりと光が瞬いた気がして目をしばたたかせた。
暗視装置付きの双眼鏡ではあるが、今日は激しい雨と暴風に加え、上空を頻繁に閃く雷光のせいで性能が数段落ちている。
やはりと言うべきか、あわてて目を凝らしてみたものの光は見えない。
音紋装置も強風と不規則に大地を叩くスコールのせいで、殆ど役には立っていない。

「くそう、ついてねえぜ」

ここは高台に陣取る敵部隊を監視する為に設えられた定点観測ポイントである。
彼は恐らく現在、連邦軍兵士の中で敵に最も近い位置にいる。

不幸な男はオデッサの最前線で肩を落とした。


「よりにもよってこんな日に・・・」

突如

地の底から響く様な轟音が空気を切り裂いて飛来し、男はあたりの地面ごと吹き飛ばされた。
泥濘の中をごろごろと転がった男は口の中に入ったドロを吐き出しながら、ぼんやりと自身が何らかの襲撃にあった事を悟る。
浅い水たまりの中でうつぶせに倒れた男は、数秒の後、呻きながらも何とか上体を起こす事に成功した。
奇跡的に致命傷は受けていない様だと安堵する男の視線の先には後方、味方である連邦軍の陣営がある。

「な・・・何だありゃあ!?」

不幸な男の両目が見開かれた。
天空閃く稲光に照らし出されたシルエットは
轟音を上げて味方の陣営に向かう『地を滑る巨人の群れ』だったのである。

296 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19:45:31 ID:u8M96SRo0 [7/9]



「おいガイア!どうやら敵の斥候がいたみたいだぜ?」
「放っておけ、どうせ俺達のスピードにゃ追い付けん。ここまで来ればな!」

後方モニターを気にするマッシュの言葉をガイアが笑い飛ばす。
例え今から警報を発令したとしても、もう、遅い。

「・・・メイの奴、しっかり隠れていやがるかな」
「オルテガ!戦いに集中しろ!敵は目の前なんだぞ!!」
「わ、判ってる!」

珍しく零したオルテガの独り言にガイアの叱責が飛んだ。
出撃前にも、何かと不機嫌だったオルテガをガイアは不審に感じていたのである。
しかし、これから飛び込む鉄火場では雑念は命取りになる。何があったのかは知らないが、ここは踏ん張って貰うしかない。

「見えたぜえ!いただきだ!!」

マッシュの声が荒ぶる。連邦軍の駐留地点が露わとなったのだ。
彼等のドムの後方にぴたりと従う7機の黒いMS軍団は、先頭をゆくガイアの合図でそれぞれの得物を構え直し、フォーメーションを鮮やかに組み替えた。
一大強襲作戦の先鋒を担うこの部隊に課せられた最大の難関は敵に見つからずに接近する事であった。
そこで部隊編成の際、ニムバスは全機に闇にまぎれる漆黒の塗装を命じたのである。


高機動型陸戦MS部隊――――
【黒い三連星】を中心として選抜されたこの10機は
その脚部に熱核ジェット・エンジンを搭載し、大地を高速で移動できるホバー機動が可能なMSで構成されている。

が、機体の統一はされていないというのが正直なところだ。
黒い三連星が搭乗しているMS-09【ドム】こそ純正の完成形をしているものの、その他は試作品や実験機を現地改修したものばかりで多種多様な外観をしている。
機体の中には旧ザクの頭部を使用しているものもある程だ。

だがしかし、これを操るパイロット達の技量と練度は、おしなべて高い。
そして今回の作戦における彼等の戦意も非常に高く、強襲部隊編入の打診を断る者は、ただの一人もいなかった。

かつてアムロも搭乗経験のあるMS-07HはMSを飛行させる事を目的に開発されたがその道は苦難の連続であった。
小さなものを含めると事故やトラブルも枚挙にいとまがなく、必然的に冷静沈着で腕が立ち、そして、強運で命知らずなパイロットのみが文字通り生き残ったのである。
各方面からオデッサの地に集ったこれらのパイロットを再編する際、ニムバスにはある確信があった。
日頃から彼らは軍内でも『役立たず』『無駄飯食らい』の誹りを受けており、何よりも実戦での手柄に飢えていると。

297 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19:46:25 ID:u8M96SRo0 [8/9]

「雄叫びを上げろ!!」


ガイアの指示で、連邦兵の目前に迫った巨大な一つ目巨人達が同時に吠えた!


金属同士が擦れ合うような130デシベルの不協和音がMS達の外部スピーカーから一斉に発射されたのである。
その凄まじい叫音の奔流は並み居る連邦兵達を魂の奥底から震撼させ、硬直させた。

この咆哮の中では逃走も反撃も、命令伝達すらままならない。
何より、大の大人が身体を震わせるほどに、怖い。
巨大なMSはそれだけでも恐ろしいのに、至近距離のこれが大音量で吠えるのだ。
その物理的な恐怖は筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。
彼等にとって聴力機能に障害の出るレベルの騒音と恐怖から身を守る術は、両手で耳を塞ぎ、体を丸めて耐える・・・ぐらいしか無いのだった。

雷鳴とどろく嵐の夜、狂った様な叫び声を上げながら迫り来る一つ目巨人の群れ

この場にいた哀れな連邦兵の脳裏に恐らく一生涯消える事の無いであろうトラウマを刻み込みつつ、ガイアは苦笑する。
この『雄叫び戦法』を提案したのは今や【青い木馬】の軍師となったニムバス・シュターゼンであった。

「ここまで覿面に効くとはな・・・」

実は「敵歩兵にMSの恐ろしさを再認識して頂こう」と薄く笑ったニムバスをガイアは内心でバカにしていたのである。

『いくさ場はビビったもんが負けだ、要は相手をいかにビビらすかだ』

そう言えば自分も普段からそう豪語し、喧嘩の時には怒号で威嚇し敵の心を折りに行っているではないか。
戦争でも相手は機械ではなく人間。心理的なアプローチが有効なのは間違いない。
あいにくMSや戦闘車両に乗り込んでいる相手には通じないが、これは未だ配備されたMSがジオンと比べて格段に少ない連邦軍には極めて効果的な戦法だった。

「全く、恐ろしい野郎だぜ」

獰猛な笑みを携えながら、ガイアは目前に迫った敵戦車にジャイアント・バズを発射した。
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