映画 『処刑人』 The Boondock Saints @ wiki

なまえ学 Nameology

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なまえ学: Nameology


ロシアン・マフィア襲撃現場となったホテルで
スメッカー捜査官: [ドリーの名札を見て] ドラポッパスカリアス (Dollapoppaskalious) 刑事
ドリー刑事    : すげぇ、俺の名前、一回で読めた
スメッカー捜査官: 私は“なまえ学 (nameology)”も専門でね……
死体の瞼の上に置かれたペニーの意味を論じ合っている時、ドリー刑事が『symbol (象徴;スメッカー捜査官流だと "symbolism") 』と言うべきところを、知ったかぶって得意げに『symbology (象徴学) 』という小難しい単語を使ったはいいが、意味が間違っていたことに対し、最終的にスメッカー捜査官が皮肉った場面。
そもそも "nameology" という単語は存在せず(最近は日本で言う『姓名学』的な名前占いの意味で使われ始めているようですが)、構造も英語本来の "name (名前)" + ギリシャ語の語尾 "-logy (~学)" という英語的には少しも学問的な響きのない単語(ちゃんとした英語では、名称を研究する学問のことを "onomatology" または "onomastics" と言います。"Onoma" はギリシャ語で『名前』のこと)。
どう見てもインテリには見えないドリー刑事に対して、『なまえ』という簡単な単語に『~学』を付けた幼稚な造語を即興で返したスメッカー捜査官の皮肉が効いている。自分の本名を初めて読み当ててくれたことに一瞬喜んでいたドリー刑事だったが……。
ということで、以下、『処刑人』のなまえ学です――:



MacManus マクマナス

  • ゲール語 (注1) の姓 Mac Maghnuis (マク・マーヌシュ) (注2) の英語形 (注3)
    • Mac はゲール語で『息子』の意。
    • Maghnuis は男子名 Maghnus (マーヌス) の属格(所有・帰属を表す格変化形) (注4)、『~ of Maghnus / Maghnus' ~ (マーヌスの~) 』の意。
    • Mac Maghnuis 全体で 『son of Maghnus / Maghnus' son (マーヌスの息子) 』 の意味になる。
  • Maghnus は、ラテン語の形容詞およびそれの名詞化 "magnus (『大きい/偉大なる者』の意)" がゲール語化したもの。
    • Magnus は、中世以前では、尊称などの一種の肩書きや聖人への贈り名として使用されたことはあるが、純粋に人名として用いられた例は、ほぼスカンジナビア、アイスランド、スコットランド島嶼部、アイルランド等の主にノルウェー系ヴァイキングの支配領域に限られていた。スカンジナビア諸国では現在も Magnus という男子名は多いが、その直接的ルーツは、ノルウェー王 Magnus I (マグヌス一世) (1024 ~ 1047年) に遡る。この名は、フランク王国~神聖ローマ帝国のカール大帝 (シャルルマーニュ) のラテン語形 Carolus Magnus から尊称の "Magnus (大帝・大王)" を取って名付けられ、その後、代々のノルウェー王やスウェーデン王の個人名として引き継がれたことから一般的な男子名になった。
    • アイルランドには、ノルウェー系ヴァイキングが同地に勢力を築いていた時代 (8 ~ 12世紀) にこの名がもたらされた。
  • MacManus 家には大きく分けてふたつの先祖系統がある。
    • 文献上、アイルランドに初めて登場する Mac Maghnuis 姓は、コノート王兼アイルランド上王の Tairrdelbach mac Ruaidri Ua Conchobair (英語形: Turlough O'Connor) の九男、Maghnus Ua Conchobair (英語形: Manus O'Connor、? ~ 1181年) に遡る。1225年、彼は父王からコノート地方の Tír Tuathail (現在のロスコモン州北部キルロナン教区に相当) の土地を与えられ、その息子たちが Mac Maghnuis の姓を名乗ったのが始まり。子孫は1500年頃まで領主として同地を支配した。
    • もう一方の系統は、アルスター地方のファーマナ全域 (現在の北アイルランドのファーマナ州に相当) を支配下に治めた領主 Donn Carrach Mag Uidhir の息子、Maghnus Mag Uidhir (英語形: Manus Maguire、? ~ 1358年) を起源とする。同地では本流の Maguire 一族に続いて権勢を誇った。Maguire 一族は、アイルランド土着の名門伯爵家のひとつとして、他のアルスター氏族らと共に、アイルランド支配強化を目論むイギリスに対しアルスター蜂起を行い、アイルランド9年戦争を戦い抜いた。しかし、遂に力尽きた伯爵らは1607年にフランスへと亡命、イギリスは政治的空白地帯となったアルスター地方に本国から大量のプロテスタント教徒を入植させ植民地化を急速に進めた。これが、現在まで尾を引く北アイルランド問題の直接的要因となる。
  • なお、アイルランド系英国人ミュージシャンの Elvis Costello の本名が Declan MacManus であるのはファンの間では有名な話 (Costello というステージ・ネームは母親の旧姓から。これもやはりアイルランド系の姓)。元々はミュージシャンを目指していた監督トロイ・ダフィーは、ひょっとするとここから名前を拝借したのかも?



Connor コナー

  • ゲール語の男子名 Conchobhar (クナフール) (注5) の英語形 (注6)
    • Con は、cu (現代アイルランド語 "cú") 『猟犬』の属格形で『猟犬の~』という意味。古のアイルランドにおいて、猟犬はヨーロッパ大陸の獅子の如く勇者のシンボルであり、『素早く機敏な勇者・戦士』の比喩としても用いられる。 (注7)
    • Chobhar (現代アイルランド語で "cabhair") は『助け・支援』の意味。 (注8)
    • Conchobhar は直訳すると『猟犬の支援』、転じて『勇ましく機敏な戦士』ということ。
  • 神話にも登場するアイルランドでは非常に古くからある伝統的な名前。
    • 例: Conchobar mac Nessa (コンホバル・マク・ネッサ) … クー・フリンが仕えた伝説上のアルスター王
  • なお、名字として使われる英語形 O'Connor は、現代アイルランドの人名では Ó Conchobhair となる。 (注9)



Murphy マーフィー

  • ゲール語の男子名 Murchadh (ムラハ) (注10) の英語形 (注11)
    • Mur は『海』の意。 現代アイルランド語で "muir"。
    • Chadh は『戦士』の意。Cf. 現代アイルランド語 "cath" =『戦闘』。
    • Murchadh は『海の戦士』という意味。
  • この名前もアイルランドでは昔から知られ、為政者の中では、古くはレンスター王 Murchad mac Bran Mut (? ~ 727年) にその名が窺える。
  • なお、名字に使われる英語形 O'Murphy や MacMurphy は現代アイルランドの人名ではそれぞれ Ó Murchaidh / Murchadha / Murchú、Mac Murchaidh / Murchadha / Murchú となる。 (注12)



Paul Smecker ポール・スメッカー

  • トロイ・ダフィーが直接これに言及したことはないが、恐らくアメリカ英語のスラング small pecker 『小さなペニス』から各語の語頭子音を入れ替えて作ったジョークと思われる。
    • "Pecker" は本来『つつく者』という意味だが(例: woodpecker 『キツツキ』)、アメリカでは『ペニス』を意味するスラングとして文献上では1902年から知られている。
  • Paul は、新約聖書に登場する使徒パウロにあやかって爆発的に普及した名前だが、本来はラテン語の形容詞『paulus (小さい・わずかの) 』を語源とし、人名としては使徒パウロ以前にもローマの執政官を輩出した Aemilius Paul(l)us (アエミリウス・パウルス) 家の家名として使われていた。
  • Smecker 姓は、非常に珍しい希少姓ではあるがアメリカに実在する。
    • チェコ、スロバキア、クロアチア、スロベニア等の旧・オーストリア帝国からの移民に多く見られる姓で、故地で Smrekar、Smreker、Smrekr 等であったものが英語風に訛ったもの。
    • この姓は、松の一種でバイオリンの表板やピアノの響板にも使われる『トウヒ』を意味するチェコ語 smrk、スロバキア語 smrek、クロアチア語・スロベニア語 smreka が語根で、全体で『トウヒ林に住む人』あるいは『トウヒ林で働く人』という意味。
  • また smecker はアメリカ英語のスラングで『ヘロイン中毒患者』の意味もある。
    • イディッシュ語(中世ドイツ語を元にしたユダヤ系民族の言語)の 『shmekn (嗅ぐ) 』が語源。[Cf. 現代ドイツ語 schmecken = 『味わう』]



Il Duce イル・ドゥーチェ

  • Il Duce は、本来、イタリアの首相でファシスト党党首ベニート・ムッソリーニ (1883~1945年) の称号。
    • Il はイタリア語の男性定冠詞
    • Duce はイタリア語で『統率者・指導者』の意味。『公爵』を意味するイタリア語 duca、英語 duke と同語源。



Rosengurtle Baumgartner ローゼンガートル・バウムガートナー

  • Rosengurtle はトロイ流のなんちゃってドイツ語。
    ドイツ語の単語 Rosengürtel がベースになっていると思われる。
    • Rosen < Rose は『バラ』のこと
    • Gürtel は『ベルト・帯』の意味。英語 girdle 『(女性用下着の)ガードル』と同語源。
    • Rosengürtel で『バラの花をあしらったベルト』のこと。しかし、これが人名として使用される可能性は極めて低い。ひょっとして、トロイ流のジョークで『バラのガードル』を意図していたのかも?
    • 余談だが、ドイツ語で『帯状疱疹』のことを "Gürtelrose" と言うが(バラの花に似た疱疹が帯状に出現することから)、これを前後を逆にして "Rosengürtel" と間違って記憶しているドイツ人も多い。
  • Baumgartner の方はれっきとしたドイツ系の姓。
    • Baumgarten 『果樹園』 + 動作主を表す -er = 『果樹園に従事する人(果樹園主、果樹園労働者など)』。また、ドイツ語圏には Baumgarten という地名も沢山あり、『Baumgarten 出身の人』という意味にもなる。
    • 別形として "Baumgärtner" という姓もある。"Baumgartner" はドナウ川南部の南ドイツ~オーストリアに多く、一方、"Baumgärtner" はドイツ中西部に多い。



David Della Rocco デイヴィッド・デラ・ロッコ

  • David は、ヘブライ語の男子名 דוד (現代ヘブライ語読み:ダヴィッド、古典ヘブライ語読み:ダーウィーズ) から。
    • 原義は『愛されし者』。
    • 旧約聖書に登場する古代統一イスラエル王国の王ダビデにより一般化した男子名。
  • Della Rocco はイタリア系の姓。Della Rocca という姓から、男子名 Rocco との連想により派生した非文法的な語形(Rocco は男性名詞なので、文法的に正しい語形は "Del Rocco" となる。実際、男性 Rocco の子孫を意味する Del Rocco という姓もある)。
    • Della は前置詞 di (~の) + 女性定冠詞 la の結合形。
    • Rocca は『城砦』の意。
    • Della Rocca で『城砦のある土地出身の~』という意味。
    • イタリア本国では、Della Rocca も、そこから派生したDella Rocco も、ナポリのあるカンパニア地方に多い姓。



……………
[注1] アイルランド、スコットランド、マン島で話されるケルト語系言語 (後二者はアイルランドからの植民によってもたらされた)。以下、ここでは特に断りがない限り、アイルランド語と同義でこの用語を使用します。
[注2] 古ゲール語~中ゲール語期 (およそ1200年頃まで) には、Mac Magnusa とも。
[注3] その他、英語形の別形として、MacMannas、MacMannes 等がある。"Mac" は "Mc" と短縮形で綴られることも。また、"Mac" を省略した Mayne、Maynes 等の別形もある。
イギリスの植民地と化したアイルランドでは、1695年~1871年の間、教育の場や公職におけるゲール語の使用が法的に事実上禁止され、ゲール語系の氏名は次第に英語風に改められるようになって行った。アイリッシュ由来の名前にゲール語風・英語風の二通りがあるのは、この時の事由によるところが大きい。また、英語化に際し、発音が異なる各種方言形を不統一に採用したことから、たいていの英語形の名前には複数のバリエーションがある。
[注4] 上記[注2]に挙げた古ゲール語~中ゲール語期の "Magnusa" は 属格の別形。
[注5] 古ゲール語~中ゲール語では Conchobar、Conchobor とも。
この名前は方言差が著しいことでも有名で、カタカナ書きすると、『コンフヴァル』、『コノヴァル』、『コンファル』、『クルーフル』、『クラウァル』、『クロホヴァル』等々、実に様々。
[注6] 英語形の別形として、Conor、Conner、Coner、Nogher、Nahor 等がある。また、イギリスの植民地時代は、ラテン語の人名 Cornelius を英語名として使っていたケースが非常に多い。
[注7] 参考: Cú Chulainn (クー・フリン) … アイルランドの伝説上の英雄。Cú 『猟犬』 + Chulainn < Culann 『クラン(人名)』の属格形または Uladh 『ウラ(地名アルスターのゲール語形)』の属格形 = 『クランの猟犬』または『ウラ(アルスター)の猟犬』
[注8] 参考: Ó Gallchobhair (英語形: Gallagher ギャラガー) … Gall 『異邦人 (地名 Gallia ガリア~今のフランス~が語源;現代アイルランド・ゲール語では主にイギリス人のことを指す)』 + chobhair < chobhar の属格形 = 『異邦よりの支援者』
[注9] "Ó" は『男性子孫』を意味し、氏族創設者の個人名の属格形の前に付く。"Conchobhair" は "Conchobhar" の属格形。つまり、"Ó Conchobhair" で、『Conchobhar の(男の)子孫』の意味。
アイルランドでは、古くは家父長制の元、血族集団が集まった氏族社会が形成されており、それがこのように名前にも反映されている。中世時代には、父親名+氏族名を繋げた複雑な名前、例えば、『Murchadh mac Maghnuis Uí Conchobhair = Murphy MacManus O'Connor = Conchobhar の(男の)子孫の Maghnus の息子である Murchadh』と名乗るのも可能であった。
[注10] 古ゲール語~中ゲール語では Murchad とも。
[注11] 英語形の別形に、Morchoe、Murrough、Morgan、Murdoch、Murdo 等がある。"Murphy" の語形は、この語を『ムルフェー』や『ムルフィー』と発音していた一部地域の方言に由来する。
[注12] Murchaidh、Murchadha は "Murchadh" の属格形。Murchú は恐らくコノート方言での発音『ムラフー』に由来すると考えられる。




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