「恋する乙女に、俺はなる3」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

恋する乙女に、俺はなる3」(2007/10/08 (月) 00:29:41) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

乙女のために、その6。あーんをするときは、手を添えて。 「はい。あーん」 私は長田君の口元に、お粥をついだれんげを差し出します。 「えっ。いっ、いや、その、高原さん。自分で食べますから……」 長田君は顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと振っています。照れ屋さんですね。 「ほらほら、照れない照れない。怪我人なんだから、遠慮することないのよ」 「いやっ。ほんと、はっ、恥ずかしいですから……」 もう、しょうがないですね。きりがないので、低い声でぼそりと呟いてみます。 「……練習だっつってんだろ」 「はっ! はいっ! よっ、喜んでいただきますっ!」 恥ずかしそうに目を白黒させながら、長田君は口を開けました。 熱くて火傷しないように、ふうふうと息を吹きかけてから、れんげを彼の口元に運びます。 はふはふもぐもぐと、おとなしく食べる長田君。うふふ、なかなかかわいいですね。 「おいしい……」 「そう? まだ食欲が残ってて良かったわ。  本当にボコられると、二、三日は何も喉を通らなくなるから……」 「あったんだ……そんなこと……」 「うふふ……」 「あっ、あはは……」 二人の乾いた笑いが、空間を支配します。余計なことを言ってしまいました。 「……すまん。“おいしい”からリテイクしてくれ」 「あっ、うん。でも、本当においしいよ」 「うふふ、ありがと。でも、お粥なんて、誰が作っても、そんなに変わらないわよ」 「僕、料理できないから、よく解らないけど、高原さんは料理得意じゃないの?」 「得意ってほどじゃないけど、人並み程度にはね」 会話しながらも、長田君の口に、つぎつぎお粥を放り込んでいきます。 「高原さんの料理、食べてみたいな―――って、ごめん。練習なのに、何言ってんだろ」 「あはは。いや、練習の台詞としては、なかなかいいぞ。やるじゃないか、長田」 「えっ? そっ、その、思ったことを、つい言っちゃっただけで」 「いいさ。俺の前では、素直に思ったこと喋ってればいいよ」 「うっ、うん」 「そうだな。金がないときに腹が減ったら、俺のところに来い。なんか食わせてやるぞ」 けたけたと笑いながら、言ってやる。実のところ、料理には結構自信がある。 これだけは、付け焼き刃の女の子らしさと違い、昔からしていたのだ。 「あっ、ありがとう」 「おう。おっと、練習練習。“嬉しいっ! がんばって作るねっ!”―――どうだ?」 「えっ、うん。すごくかわいらしいと思う。けど……」 「なんだ? 言いたいことがあるなら、素直に言え。悪いところを指摘されないと、練習にならん」 「その、今の、とても良かったと思うけど、あの、“なんか食わせてやる”の方が、嬉しかった」 「なんで? 言葉遣い良くないだろ?」 「だって……そのときの高原さんの笑顔が、ほんとに嬉しそうだったから」 「今のは、演技って、バレバレか?」 「うっ、ううん。そんなことない。さっきから、別人かと思うくらいだもん。  でっ、でも。その、やっぱり、地の高原さんを知っちゃうと……」 「演技だとわかってしまう?」 「地の高原さんの方が、かわいいなぁって思ってしまう」 「へっ?」 こいつは、何を言っているのだろうか。 俺が精一杯演じてる“理想の女の子”より、ガサツで口の悪い俺の方が好きだというのか。 なんとも、変わった奴だ。 「お前は、女の子らしい俺が好きだったんじゃないのか? 告白までしたくせに」 「そっ、それは、そうなんだけど」 「俺の本性を知って、幻滅じゃないのか?」 「そっ、そんなこと、ない。今の表情がころころ変わる高原さんも、かっ、かわいいと思う」 「へっ、へー。じゃっ、じゃあ、俺がこんなままでも、俺と付き合いたいとか、思うんだ?」 「えっ? そっ、その、ぼ、僕もう、フラレてるし……」 「質問に答えろっ!」 「はいっ! 付き合いたいですっ!」 「よしっ! 付き合ってやるっ!」 「えっ?」 思わず膝を叩いて答えてしまった。なっ、何を言っているんだ。俺は。 「いっ、いや、地のときは、つい、勢いに任せて喋ってしまうというか……」 「あっ、そっ、そうですか……」 「その、正直なことを言うと、俺はまだ、恋愛というものが、よくわからんのだ」 「うん……」 「俺は、ずっとこんなだったんだが、それじゃ恋愛なんてできないって、思ったんだ。  それで、多恵に―――松木に教えてもらって、“理想の乙女”を目指してみたんだ」 「そうだったんだ」 「今は、結構楽しい。まるで、毎日踊りを踊ってるみたいだ」 「うん。高原さんはいつも優雅で、まるで舞姫みたいだと思って、毎日眺めてたよ」 「お前は気を許すと、とたんに歯の浮く台詞を言うんだな」 「あっ! いっ! そのっ!」 「それなのに、お前は地の俺の方がいいのか」 「舞台を下りても、舞姫には舞姫の輝きがあるんじゃないかな」 「お前はもしかして、調子に乗っているのか?」 「ごっ、ごめんなさい……」 さっきから顔が火照る。まったく、なんてクサい台詞ばかりいうんだ、こいつは。 「まあいい。多恵は“恋心”というやつも教えてくれた。  が、それはまだ、知識だけで、俺は、お前を男として好きなのかどうか、さっぱりわからん」 「あはは。改めて言われると、ちょっとへこんじゃうね……」 「しかし、それは、今現在の話だ。俺は、生まれ変わろうとしている。  いつか、誰かに恋をするようになるかもしれん。というか、それが最終目的だ」 「うん」 「おっ、お前のことを、好きになるかもしれん」 「そっ、それはどうかな……」 「いや。今日の件で、お前の評価は結構上がった」 「……ボコボコにされたけどね」 「まあ、可能性の話だ。他の誰かを好きになる可能性も、誰も好きになれない可能性もある」 「それはそうだけど、どうしてそんなこと言うの?」 「だから―――それでよければ、しばらく俺と付き合ってみないか」 「へっ?」 「虫のいい話だとはわかっている。  俺に好意的なお前につけ込んで、俺はお前を、今みたいに、ていよく練習台にしたいんだ。  それでよければ―――よいわけはないだろうが、こんなことを頼めるのは、お前だけだし」 「いいよ」 「えっ?」 かなり悩む、もしくは断るだろうと思っていたが、長田は即答した。 ぽつぽつと喋り出す長田。 「高原さんは、誠実な人なんだね」 「お前の好意につけ込んでいると言っている」 「だって、“本当に好きかは解らないけど、とりあえず付き合ってみよう”って、  別に普通だよ。付き合わないと解らないことだって、たくさんあるだろうし、  付き合い始めるのに、確たる約束事は、いらないんじゃないかな」 「それは……そうかもしれんが」 「機会をもらえるなら、高原さんに好きになってもらえるよう、努力もできるし」 「本当に、いいのか?」 「それは、こっちが聞きたいんだけど」 「よし。きまりだ」 「うん」 かくして、俺と長田は付き合うことになった。 付き合う、かあ。いやいや、なかなか、照れるな……。 いや、待てよ。付き合うんだから、こうやって、ぼんやりしててもいいものか? 「えーっと、そうだな。じゃあ、ちゅーでもするか?」 「へっ?」 「いや、だって、付き合うんだし。長田君、キスして♪」 「わーっ! わーっ!!」 俺が顔を寄せると、長田はジタバタと暴れ出した。 「なんだ、取り乱して」 「だっ、だって、高原さん、きっ、キスしたことあるの?」 「もちろん、ない。ファーストキスだ」 「だっ、だったらもっと、大事にしないとだめだよっ!」 「お前は俺とちゅーしたくないのか? お前もファーストちゅーは大事か?」 長田は真っ赤な顔をブルブルと横に振って答える。 「しっ、したいけどっ! そういうのは、もっとちゃんと好きになってからじゃないとダメっ!  高原さん、さっき、“お前のことを好きかどうかわからん”って言ったばかりじゃないっ!」 「しかし、俺達は付き合うことにしたんだろう?」 「付き合う→即ちゅーって、そんな大人じゃないの。僕達っ!」 「そういうのは、大人の恋愛か?」 「そうっ! 高校生は、もっと時間をかけるのっ!」 「そうか……そうだな。ステップが大切なんだな」 「わっ、わかってくれて、なにより……い、イタタタタ」 思い出したように、痛みに顔を歪める長田。まったく、この程度で取り乱すなど、うぶな男だ。 「暴れるからだぞ」 「びっくりさせるようなこと言わないでよ」 「うーん、じゃあ、手、繋いだりはいいか?」 「うっ、うん。そのくらいは、いいんじゃないかと思う」 「よし。手、出せ」 「今から?」 「いいって言ったじゃないか。ほらっ」 「あっ、うん」 長田が右手を出してきたので、それを自分の右手で握ってみる。にぎにぎ。うーん。 「……握手?」 「そっ、そうとも言えるね……」 「……思っていたのと違うんだが」 「その、まあ、初めはこんなもんなんじゃないかな……」 「そうなのか。うーん。まあ、そうかもしれんな」 この姿勢では、握手というより、旦那の臨終をみとる健気な妻のようだ……。 時計を見る。もう遅くなってしまった。 とうにお粥は空になっているし、今日はそろそろ休ませよう。 「さて、そろそろ寝るか。お前はそこでいいとして―――」 「ほっ、ほんとにいいの?」 「しつこいぞ。反論は却下だ。リビングにはソファーと毛布があるんだ。  よく、そこで寝ちまうんだけどな」 「じゃ、じゃあ僕が……い、いえ、なんでもないです」 じろりと睨んで、長田の反論を黙殺する。 「しかし、俺は思う。付き合っている二人は、一つのベッドに……」 「だめっ! だめっ! イタタタタっ! それはだめっ!!」 また長田が、ベッドの中でツイストダンスを踊り出した。関節きしむくせに……。 「くっ。あはははっ!」 「へっ?」 「ふふん。からかっただけだ。俺だって、そういうのは、ちゅーのあとだと知っている」 「そっ、そうですか……」 「なんだ。残念なのか?」 「高原さんは、男心も勉強してくれると嬉しい」 「それは女心より難しいのか?」 「……同じ程には」 「それは時間がかかるな。おいおい教えてくれ」 「うん」 「じゃあ、おやすみ。って、えーと」 「なに?」 もらったラブレターにちゃんと書いてあったと思うのだが、思い出せん……。 「すまん。お前、名前、なんだったっけ?」 「とほほ……優一です」 しょげる姿を見ると、罪悪感が胸にちくちくと刺さる。少しは贖罪してやろう。 長田だって、女の子らしい仕草で“おやすみ”してあげれば、嬉しいに違いない。 「おやすみなさい。優一君」 「あっ、うん。おやすみなさい。高原さん」 「違う。お前も俺に、とほほと言わせたいのか」 何故だか少し腹が立つ。なんで俺が“優一”君なのに、こいつは“高原”さんなのか。 「えっ? あっ、ああ。おやすみなさい。さっ、さゆりさん」 「明日からは、いつも名前で呼び合うからな」 「がっ、学校でも?」 「当然。全校公認のカップルになろう」 「うっ。ぼっ、僕、確実にいじめられるよ……」 本質がそうだとは思わないが、表面的に軟弱なところは、どうにかならないか。優一よ。 「ふん。俺は学校では地を出さんから、お前を助けてやれん。自分でどうにかしろ」 「確かに、それで高原さんに助けられるのも悲しいから、自分で頑張るよ……」 「よし。じゃあ、ご褒美というか、少しだけフライングだな」 「えっ?」 俺はかがみ込んで、優一の頬に自分の唇を押し当てた。 「えっ!? えーっ!!?」 「ははは。お休み、優一。いい夢を見ろ。俺が出てくる夢がいいだろう」 「おっ、おやっ、おやっ、おやっ、おやっ」 壊れたレコードのようになっている優一を残して、俺は部屋を出た。 「コレハイッタイドウイウコトカシラ」 翌朝、いつも通りに俺を迎えにきてくれた多恵の前に、優一と揃って顔を出すと、 彼女は何故か、カタカナ変換だった。 「おはよう多恵。俺達、付き合うことにしたから」 「ハ?」 「私達、付き合うことにしたの」 「ヘ?」 乙女口調で言い直してみたが、多恵には何故か、伝わらなかった。 「……おい、優一。俺はこれ以外の表現を知らん。お前から何か言ってくれ」 「あっ、うん。そっ、その、松木さん、このたび僭越ながら、高原さんと……」 「さゆり、だと言ってるだろう」 「えっ、あっ。さゆりさんとお付き合いさせていただくことになりました、長田優一です」 「オマエノナナドシットルワ」 「多恵が人にそんな口をきくなんて、珍しいな……って、わわ、おいっ!」 いきなり多恵に腕を引っ張られる。気がつけば、残された優一から、数十メートル離された。 通行人が、ちらほら視界に入る。 「ねっ、ねえっ! どうしちゃったのよっ! 多恵ちゃんっ!」 「どうしたじゃないわよっ! なんで長田君と一緒に出てくるのよっ!」 「あっ、漢字変換戻ったね」 「そんなことはどうでもいいっ!」 「はっ、はい」 多恵が俺にこんな口をきくなんて初めてだ。ちょっとショック……。 「あなた、昨日は青山君とデートだったんじゃないのっ!」 「あー、青山君はダメね」 「どうしてっ!」 「彼、ちょっとヤンキーに絡まれただけで、私一人残して、逃げちゃったのよ」 「……とんだチキン野郎ね」 「全くよ」 「それでどうして、長田君になってるの?」 「哀れ、暴漢の慰み者にならんとしていた私の前に、颯爽と現れたのが優一君だったのよ」 「もっ、もしかして、あの長田君が、やっつけちゃったの?」 「いいえ。どちらかというと、やっつけられたわ」 「じゃあ、誰がやっつけたの?」 「どちらかというと、私」 「どっちが王子でお姫様なんだか……」 「それで、昏倒した彼を放置するわけにもいかないから、一晩泊めてあげたのよ」 「まっ、まあ、そこまではいいわ。よくないけど。それが、どうして付き合うことに?」 「話の流れで、なんとなく」 「さゆりちゃん、長田君のこと、好きになったの?」 「まあ、悪い人じゃないしね」 「前は、そう言って断ったじゃない」 「そうなんだけど、とりあえず付き合ってみようかな、と」 「とりあえず? だったら、もうちょっと他に選択肢があるんじゃないの?」 「だったら、別に優一君でもよくない?」 「とにかく私は反対よっ!」 「どうして?」 「さゆりちゃんには、もっと相応しい男の子がいるはずよっ!」 「前に優一君に告白されたときは、別に反対しなかったじゃない?」 「あのときは、さゆりちゃんが乗り気じゃないって解ってたし!」 「多恵ちゃんは、私のこと、よく解るのね」 「今のさゆりちゃんは、さっぱり解らないけどねっ!」 「そう? ほんとは、解ってるでしょ?」 「……」 とたん、多恵は俯いてしまった。考え込んでいるのか、単に怒りを堪えているだけなのか。 どうして、彼女がこんなに激昂するのか、俺にはよくわからない。 相手が優一だからだろうか? それとも、誰であろうと、熟考して選んだ男でないなら、彼女の同意は得られないのか? 「……だいたい、解るけど。それって、恋なの? 単に気に入っただけじゃないの?」 「さすが多恵ちゃん。そうね。でも、付き合ってみれば、解るんじゃないかと思って」 「……」 多恵は答えない。話が一段落ついたように見えたのか、こちらに優一が呼びかけてきた。 「あのー、そろそろ急がないと遅刻すると思うんですけどー」 「キシャーっ!!」 多恵が優一を威嚇する……なんで猛禽類? ・・・ 多恵と二人、学校までの道を歩いていく。五メートルほど後ろに優一。 とりあえず優一には、つかず離れず後をついてくるように言っておく。 次の角を曲がれば、もう校門だというのに、多恵はまだ頭を横に振っている。 角を曲がると、校門の前に人影が見えた。 もちろん、登校中の生徒が、わらわらと校門をくぐっているわけだが、 その男だけは、何かを、誰かを捜すかのようにきょろきょろとしている。 「青山め……」 まだ青山の方は、俺たちに気づいていないようだ。 慌てて角を引き返し、小声で手招きして、優一を呼び寄せる。 「おいっ、優一っ、ちょっと来いっ」 「うっ、うん」 「さゆりちゃん、なんのつもりよ?」 不思議そうな顔をしながらも、駆け寄ってくる優一に、いぶかしげな視線を向ける多恵。 「そこに青山が立ってる。ちょうどいいから、昨日の礼をしてやる」 「ああ。あのチキン野郎ね……まあ、しょうがないか。今は黙認しましょう」 「なんのこと?」 一人、話についてこれていない優一に、俺は向き直る。 「いいから。お前は何があっても、うんうん頷いてろ」 「うっ、うん……って、ちょっ、高原さんっ!?」 優一の腕を取り、肩にしなだれかかるように、体を寄せる。 「さゆり。今から“高原”って言ったら、その回数だけお前を殴る」 「はっ、はいっ!」 「ねぇ……ちょっと、やりすぎじゃない? 手、繋ぐぐらいでいいでしょ」 「このくらいの方がわかりやすい。じゃあ、いくぞ」 何食わぬ顔で、優一にべったりしながら、校門まで歩いていく。 ほどなく、青山と目が合う。 「あっ! さゆりちゃんっ! 昨日は大丈夫だった? 本当にごめん……って」 申し訳なさそうにしていた青山の顔が、驚きに変わる。 「あら、青山君、昨日は楽しかったわ。どうもありがとう」 優一の肩にしなだれかかったまま、満面の笑みで挨拶してやる。 「あの、それ、なんなの?」 青山が優一をカクカクと指さしながら、わかりきったことを聞いてくる。 「何って、優一君よ。あはは、青山君ってば変なの。クラスメートの顔、忘れたの?」 青山に見えないように、優一の背中をつねる。 「いっ! おっ! おはよう、青山」 「なんで、そんなにくっついてるの?」 優一の挨拶を無視した青山が、俺と優一の接地点をカクカクと指さす。 「なぜって、それはもちろん、優一君とお付き合いしてるから」 「へっ!?」 青山の、どこを指しているともわからない指が、ガクガクと震える。 「うそだぁ!」 「本当よ、ねぇ」 握った腕に力を込めると、こくこくと頷く優一。 「どうしていきなりっ!?」 「どうしてって、優一君が好きだから」 「なんでっ!?」 「そんなこと言われても、好きってことに理由はいらないでしょ?」 「そうじゃなくてさっ!」 「さゆりちゃん、青山君はさゆりちゃんと長田君の馴れ初めを、聞きたいんじゃないかな」 俺達の後ろから、多恵が首を出す。 「そうなの?」 「そっ、そうっ!」 「えっと。昨日、青山君に置いてきぼりにされて、私、すごく悲しかったわ」 「そ、それは……ごめん」 「あの人たちが怖くて怖くて、泣き出したら、そこにたまたま通りかかった優一君が、助けてくれたの」 「えぇっ!?」 「優一君、私とあの人たちとの間に入って、戦ってくれたの」 「この長田がぁ?」 「……そうね。優一君、あんまり強くなかった。もうボコボコに殴られちゃった。  彼の顔、まだ痣が残ってるでしょう。ほら、腕もこんなに」 優一の腕の袖をまくってやる。実際、痣だらけだ。 「制服だって、私が洗って泥は落としたけど、あちこちすり切れてるでしょう?  殴られて、倒されて、蹴られて、転がされて……そうね、正直、とっても、格好悪かったわ。  でもね、それでもね、優一君、倒れても倒れても立ち上がって、私を守ろうとしてくれたの。  何度も立ち上がってくるものだから、あの人たちも呆れちゃったみたいで、  私たちをおいて、帰っていっちゃった。  倒れた優一君を見て、私は、とても格好いいと思ったわ。とても、好きだと思ったわ」 「……」 乙女のために、その7。愛を語るときは、頬に涙を浮かべながら、歌うように。 俺の声は、青山にどんな風に届いただろうか。彼は何も言わずに、俯いてしまった。 「青山君も、この先一緒に過ごす女の子の前では、格好よくあってね」 「……ああ」 青山は優一を一瞥すると、背を向けて校門をくぐっていった。 俺の話に納得したようだったので、それなりに意味はあったようだ。 「……あまーい」 青山の背中が見えなくなったところで、多恵がぼそりと呟く。 「いや、相当へこんでたでしょ、あれは」 「甘いわよ。昨日のことだって、さゆりちゃんじゃなかったら、どうなってたことか」 「そうだけど。彼も次からは、がんばるんじゃない?」 「まあ、さゆりちゃんがいいなら、いいんだけど……  それはそうと、ほんとにこの男は、倒されても倒されても立ち上がってきたの?」 優一を指さしながら、多恵が問うてくる。 「いいえ。わりと瞬殺ぎみだったので、とっととフォローに入ったわ」 「めんぼくない……」 「まっ、そんなところでしょうね」 がっくりと肩を落とす優一と、腰に手を当てて鼻息の荒い多恵。 優一の腕を引き寄せながら、耳元で囁いてやる。 「でも……格好いいと思ったのは、ほんとだぞ」 「えっ? ちょっ? そのっ!」 「何を慌ててるの、優一君? さぁ、このまま教室まで行きましょう?」 「はぁ……クラス中がパニックになるわよ……」

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: