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恋する乙女に、俺はなる5」(2007/10/08 (月) 00:31:21) の最新版変更点

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目覚ましの鳴る音で、いつも通り、俺は目覚めた。 回らない頭で、体を起こしてから、素っ裸であることに気づく。 なんで、パジャマはおろか、下着まで脱ぎ散らかしているのだろうか。 「はっ! 優一っ!」 きょろきょろとまわりを見回してみるが、そこに優一の姿はない。 代わりに、机の上に、メモ書きが一枚。 “親が起き出す前に失礼します。さゆりさん、よく寝てるようだから、  起こさないで帰ります。では、学校でお会いしましょう” 微妙に堅苦しいというか、なんというか。 まあいい。先に帰ってくれて、よかった。 何故だか今頃になって、沸騰しそうになっている俺の顔を、見られなくて済んだ。 ……水風呂でも浴びてくるか。 優一というイレギュラーは排され、いつも通り、多恵と二人の朝。 多恵はもう、優一に興味がなくなったのか、取り立てて、彼の話は振ってこない。 校門のところで、優一を顔を合わし、挨拶を交わす。 優一の顔は、心なし赤いが、俺は普段通りだ。たぶん。 多恵に言われたこともあり、特にベタベタすることもなく、三人並んで教室に向かう。 いつもと変わらない今日。なんだか、昨夜、あんなに痴態を晒したのが、嘘みたいだ。 昼食は昨日に引き続き、三人で取る。 昨日と違い、クラスの皆が、俺達に向ける視線は穏やかだ。 多恵が聞いたところによれば、青山が、かいつまんで説明したらしい。 ……もちろん、視線が穏やかなのは、俺が大人しくしているから、というのもあるだろうが。 学食に行っているのだろうか、青山の姿は教室にはなかった。 授業も終わり、校門をくぐる俺達。優一だけは、ここから反対方向だ。 当たり前のように別れの挨拶をしようとする優一の耳を、掴んで引き寄せる。 「いててっ! ちょっ? さゆりさん!?」 「大人しくしろ。周りがいるんだ」 「はっ、はい。なにか?」 「どうして、俺をデートに誘わん?」 「へっ?」 「まったく。首を長くして待っていたのに、一日終わってしまったじゃないか」 「でっ、でも……」 「それともなにか? お前は俺の体だけが目当てで、デートなどに興味はないのか?」 「そっ! そんなことないっ!」 声を荒げて、ぶるぶると首を振る優一。仕方ないので、耳元から口を離す。 「優一君。じゃあどうして?」 乙女のために、その9。 不満を述べるときは、拗ねたように唇を尖らせて、小石を蹴飛ばす(ポーズだけ)。 「そっ、その、僕、どこに誘ったらいいか、わからなくて」 「そんなの、どこでもいいわよ」 「それがその、普段、遊ぶようなところにいかないから、全然、思いつかなくて」 「はぁ……優一君が、一番最近行った、行楽地は?」 「えっと……その……動物園」 「動物園!? なんで?」 「その、僕、いつもマンガ読んでるでしょ。で、その、自分でも、少し、描くんだ」 「描くって……マンガを? へー、見せて見せて!」 「そんなっ、見せられるほど上手じゃないよ……で、練習のために、動物のデッサンを」 「ああ。それで動物園ね」 「うん。だから、デートにはちょっと……」 「うん。じゃあ、誘って?」 「へっ?」 「動物園、いいじゃない。デートに誘って?」 謎のパントマイムを始める優一。えぇと、これは動転してるのか? 「さっ、さゆりさん、明日の土曜日、どどど動物園に、ご一緒しませんか?」 「はいっ。よろこんでっ!」 乙女のために、その10。 申し出を受けるときは、花の咲いたような笑顔で。 おぉおぉ。優一の顔が真っ赤になっている。かわいいかわいい。 「……どんな茶番なんだか」 振り返ると、多恵が、呆れたように頭を振っていた。 ・・・ 「おーっ! ゾウさんっ!」 「うわーっ! キリンさんだーっ!」 「あははっ! おサルおサルっ! うきーっ!」 「さっ、さゆりさん……」 「おっと」 猿のボスに威嚇をしていた俺の袖の裾を、恥ずかしそうに引っ張る優一。 今日は土曜日、天気は晴れ。動物と親子連れで賑わう市内の動物園に、俺達はやってきた。 優一を引きずり回して、片っ端から、動物を見て回る。 「さゆりさんが、こんなに動物好きだったなんて、知らなかったよ」 「ん? まあ、嫌いじゃないな。動物は、見てて飽きない」 「虎と睨み合いになったときは、どうしようかと思ったけど……」 「あはは。奴とはいいライバルになれそうだ」 「ライバル、虎なんだ……」 一周したところで、ベンチに二人、腰掛けた。 「はーっ。だいたい見て回ったかな」 優一が、肩からかけている大きな鞄をつつく。 「これ、なんだ?」 「あっ、その、何持ってくればいいかよく解らなくて、その、いつもと同じ準備しちゃって」 鞄の中から優一が取り出したのは、スケッチブック。 「へえ。そんなに俺に見てもらいたいんだな。しょうがない、見てやるか」 「その、下手でも、笑わないでね……」 画用紙をめくっていく。マンガちっくな絵を想像していたのだが、本物みたいに描かれている。 「へー。上手いじゃないか」 「あっ、ありがとう……」 マンガもこんな絵柄なのかと思いつつページをめくると、デフォルメされた動物たちが現れた。 「ふーん。おっ、このカバ、いいな。眠そうな大あくびが、完全に再現されている」 「どっ、どうも」 「お前が描くのは、動物ばっかりか? 人は描かないのか?」 「そんなことないよ。マンガだし、動物とか人とか、風景とかも」 「じゃあ、俺を、描いてくれ。だめか?」 「えっ、その、だめじゃない。描きたいです」 「そうかそうか」 スケッチブックを見終わった後、今度は俺の鞄から、弁当箱を取り出す。 「さゆりさん、これ、一人で作ったの?」 「まあな」 「すっ、すごいや。さゆりさんって、やっぱり料理、上手なんだね」 「ふっ。褒めるのは食ってからにしろ」 のんびりと、時間は過ぎていく。 ここは市内の動物園で、さして何かが起こるわけでもない。 俺の弁当を食べて、おそらくはその美味さに感動して、泣き出した優一をあやしてやったり。 芝生の上に座る俺の姿を、優一に描いてもらったり。 他愛もない、なんてことのない、別に誰からも羨ましがられないであろう時間。 けど、誰かにくれてやるのは、惜しいと思える時間。 優一が描いた俺の絵は、満面の笑みを浮かべた俺を取り囲むように、たくさんの動物たち。 「あははっ! これじゃ俺がサーカスの猛獣使いみたいじゃないか」 動物たちの真ん中で、大きく口を開けて笑う俺は、乙女らしくはないのかもしれないが、 俺は、気に入った。 それから一週間。“とりあえず”付き合っている俺達。 一緒に遊んで、ご飯を食べて。勉強などもしたりして。 ああ、そうだな。少しばかり、エッチなことも、するけどな。 金曜日の夕方。俺はなぜか、部屋に一人。 優一は、“俺に頼まれたモノの手配”とやらで、今日は忙しいらしい。 あいつはいったい、どういう手段でエッチなビデオを用意しているのだろうか? 明日持って行くから、という優一。こいつは昼間っから、爛れた生活を送りたいとみえる。 多恵は多恵で“用事があるから。時間取れたら寄るけど、期待しないで”と、中途半端な返答。 うーん、気を遣ってくれているのか、呆れられているのか…… ぽっかりと時間が空いてしまった。 部屋着にしているシャツと短パンに着替えてから、ベッドの上で大の字になる。 ……することがない。 ぼんやりと、思い出す。このベッドの上で、優一とさんざん、エッチなことをしたのだ。 恥ずかしいような、楽しいような、呆れるような、こそばゆいような、気持ち。 ベッドのシーツに鼻の先をこすりつける。優一の匂いは、残っているだろうか。 くんくん。くんくん。 解るような、解らないような。 シャツをまくり上げ、優一にされたように、自分の胸を揉んでみる。 あまり、くすぐったくはない。自分でしているからか。 むにむにむにむに、揉んでみる。 少しだけ、気持ちいい気がする。 今までの人生の中で感じてきた気持ち良さ――― おいしいものを食べて、お腹がいっぱいになったとき。 寒い冬の朝に、暖かい布団の中で、ぬくぬくとしていたとき。 ―――そういうのとは違う、気持ちよさ。 これが、エッチな気持ちよさ、というものだろうか。 下腹部に手を伸ばす。ショーツの下の、窪んだ部分を、指の腹で押さえる。 にゃんだろう。んー、な行がにゃ行になる。 じんわりする。じーん、って感じ。 優一の前でしたときは、そういうふうには感じなかったが。 いや……自覚はなかったが、あのときは、少しばかり、ぶっきらぼうだったかもしれない。 女の子の、女の子である部分を触るには、男らしすぎる、触り方だったかもしれない。 やっぱり、優一の前で、自分のあそこをいじるのは、恥ずかしかったのかもしれない。 少しだけ、思考が幼くなる。指を動かしてみる。 下腹部から、体の中を通って、頭へと届く、しびれる刺激。 氷を噛んだときの冷たいしびれでなく、虫に刺されたときの腫れるようなしびれでなく、 砂糖菓子を食べたときのような、甘いしびれ。 今まで、甘いもので体がしびれたことなどないが、言葉にするとそうなってしまう。 知らないうちに、声を出すのを堪えていた。 それに気づいてから、もし堪えなければ、自分が甘い声を出してしまうからだと気づく。 誰も聞いていないのだ。気にせず、喘いでいいと解っているのだが、それができない。 恥ずかしいからか。照れくさいからか。エッチな刺激に慣れていないからか。 もっと、指の動きを激しくすれば、もっと、指を奥まで差し入れれば、 あまく、はしたなく、かわいらしく、いやらしい、あえぎごえが、もれるのだろうか。 「くっ。あっ、あんっ……」 自分の口から、息がもれた気がするが、その音は耳には届かない。 自分の指が、なにかに濡れている気がするが、その肌触りは、よく解らない。 「なにしてるの?」 飛び跳ねるように体を起こす。視界の中に対象者を収めてから、理解と動作に時間がかかる。 「えっ?」 ようやく声を出したときには、開いた部屋のドアの先に、多恵が立っているのだと解った。 「なにしてるの?」 「えっ? いっ、いや、その」 「ねぇ、なにしてるの?」 すたすたと、こちらに歩み寄ってくる多恵。眼鏡の奥の瞳からは、感情を見いだせそうにない。 「えっと、まあ、その、答えなきゃいけないか」 「なにしてるの」 「多恵、お前がこういうことに抵抗があるのは解るが、  俺は、こういうのも、女の子らしい女の子における、楽しさと喜びの一つじゃないかと……」 「なにしてるのって聞いてるのっ!」 「だから、オナニーしてたんだよっ!」 「はっ! もうあの男に、やられちゃったワケ!? 男のものが忘れられないんだっ?」 「なっ! まだやってないっ! 処女でもオナニーぐらいするだろう?  それとも何か、俺はエッチな気分にさえ、なっちゃいけないのかっ!」 「……まだなんだ」 「えっ?」 とたん、多恵は俯いてしまう。俺には何が何だか解らない。 優一とセックスまでしたと思って、優一でオナニーしていると思って、あんなに怒ったのか。 多恵が、眼鏡を外した。 涙が、レンズの縁を伝って、ぽろぽろと頬に落ちているから。 溢れる涙を次々と、拭っていかなければならないから。 「多恵、すまん……俺は、お前が望むような、清楚で可憐な乙女には……」 なれない、と言い切ろうとする自分が、身勝手に思えてたまらない。 「……違う」 「えっ?」 「違うの。ごめん。ごめんなさい。謝らなければならないのは、私」 拭いきれない涙を頬にのせたまま、多恵は顔を上げて、無理矢理な微笑みを作る。 多恵が否定するものが、俺には、まだ理解できない。 「私が、オナニーなんか、生まれてから一度もしたことがない、お堅い女の子だと思ってるでしょ」 「えっ? まっ、まあ……」 そうでなければ、俺はお前を、ここまで失望させてはいないだろう。 「毎日してるよ。オナニーぐらい。あはは、笑っちゃうよね。  さゆりちゃんが今してた、あんなかわいいオナニーなんか、小学生の頃からしてたよ」 「えっ?」 「しってる? ちゃんと、女の子のオナニーのための道具ってあるんだよ。  今度貸してあげるね。あぁでも、そういうのって、他人のを使うのって、嫌だよね」 「……多恵、だったら、なんで」 「ねぇ……誰のことを想って、してたの?」 「えっ。別に、特定の誰かを想像してたわけじゃ……  いや、まあ、優一のことを考えなかったって言えば、嘘になるけど」 「私が、毎日毎日、誰のことを想って、オナニーしてるか知ってる?」 「そんなの」 解るわけがない―――と、言おうとして、唐突に気づく。 彼女が激怒した意味。泣いている意味。その瞳の中の、想いの意味。 「さゆりちゃんだよ」 「あ―――」 俺は戸惑う。 お前は、俺を好きだというのに、他の男にくれてやるため、力を尽くしてくれたというのか。 そのくせ、今になって泣き出すなんて、だったら初めから、協力しなければいいじゃないか。 俺は感謝する。 今まで、俺の勝手な我が儘のために、親身になってくれたのは、俺を愛していてくれたからか。 だからこそ、俺はこんなにも順調に、恋する乙女を目指せたのか。 「―――多恵、ありがとう」 恋する乙女になりたいなどと言って、愛されたがっていた俺は、愛されていた。 ぽろぽろと涙を流しながら、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、多恵は俺に近寄ってくる。 俺に覆い被さってくる。俺の体の上に、自分の体を重ねてくる。 俺は、気安く多恵に触れていたが、多恵の方から俺に触れてくることはなかった。 愚鈍な俺は、そんなことにさえ、今まで気がつけなかった。 多恵の震える唇が、俺の唇に重ねられる。多恵の舌が俺の唇をなぞっていく。 「ごめんね。さゆりちゃん。好きになって、ごめんね」 「いいんだ」 「私、ダメだよね。本当は、さゆりちゃんと長田君のこと、応援しなきゃならないのに」 「いいんだ」 「恋する乙女になれるよう、手を引いたのは私なのに」 「いいんだ。多恵」 多恵の体を抱きしめる。 細くて柔らかい、力を込めれば折れてしまいそうな、か弱い背中を抱きしめる。 多恵の頬を舐めてやる。つたう涙を舐めてやる。 多恵の手が、俺の頬に添えられる。首筋をなぞり、胸の上に重ねられる。 その手の上に、自分の手を重ねて、言う。 「好きなだけ、触っていいから」 「……うん」 多恵が触りたいと思うのなら、触らせてやりたい。 多恵の手のひらが、俺の胸を揉んでいく。優しく丁寧だが、臆することなく大胆だ。 優一とは違う。くすぐったくはない。性的な快楽のみを、与えてくれる。 「あっ、多恵っ、あんっ」 自分でも知らないうちに、喘ぎ声をもらしていた。シャツをまくられ、露わになった胸を吸われる。 「あっ、あぁん」 自分でも聞いたことのないような、甘ったるい喘ぎ声。 多恵の舌先で乳首を転がされて、くねらせてしまう、自分の体。 多恵の指が、するすると、俺の穿いていた短パンを下着ごと脱がせていく。 屈んだ多恵に、まだ濡れたままのところを、口に含まれる。 「んーっ!」 一瞬で、世界が、認識できなくなる。 絶え間なく多恵により与えられる快楽が、俺の体を満たし、他のことを追い出していく。 辛うじてできるのは、想像だけだ。 今の俺は多分、多恵の小さな舌の動きにあわせて、大きく体を震わせる、壊れた操り人形だ。 体の、女の子の体の中心を、多恵の口の中に含まれてしまった。 今、俺の体を支配するのは、俺の頭ではなく、俺の子宮を震わせる、多恵だ。 息が続かないように思える。 操られ、体をのたうち回らされ、嬌声をあげさせられてしまう。 思考がぼんやりしてくる。まとまらない。遮られる。 ―――停止する寸前に、多恵が俺の体から舌を抜いた。 「さゆりちゃん、私に、くれる?」 あげる? 何を。 舌の代わりに、指を差し込まれる。奥まで。奥まで。 犯される。 多恵が望むものは、俺の処女。その証としての血。 別に、別に、くれてやってもいい。 取るに足らないものとは思わないが、多恵がほしいのなら、くれてやってもいい。 俺が持っているものの中で、多恵に渡せないものなど、何もない。 それが俺のものだったなら、多恵は絶対大事にしてくれる、その確信が、俺にはある。 俺の処女は一つしかない。あげられるのは一人だけだ。 こういうのは、早い者勝ちだ。優一にはあげられそうにない。 俺が誰にあげたいとか、考えてはいけない。 ああ。ごめんな、優一。 ・・・ 唐突に、快楽の檻から解放された。 俺の体は、俺のものになり、動かすことができるようになった。 聞こえる。泣き声が、聞こえる。 多恵が俺を抱きしめながら、すすり泣くのが、聞こえる。 「ぐすっ……ごめんなさい……」 「どうして、謝る……」 「……言ったから」 「なにを」 「さゆりちゃんが……“ごめんな、優一”って、言ったから……」 「……そうか」 多恵の嗚咽だけが響く。 理解している。 多恵が俺の言葉に耳を貸さなければ、俺の体からは、血が流れていたことを。 多恵がやめてくれたから、俺はまだ、少女のままであることを。 そして、 「多恵、すまん。俺は、俺は俺の初めてを、優一にあげたいみたいだ」 「……うん」 「俺は、優一に、恋しているんだ」 俺は、何も解っていなかった。 優一に、処女をくれてやっていいと思ったその意味を、解っていなかった。 優一に恋愛感情を抱いていたのに、そのことに気づいていなかっただけだ。 裸の優一に抱きつきたいと思うのは、それは、優一に恋していたからだ。 優一のおちんちんを握りたいと思うのは、それは、優一を愛してやりたいと思ったからだ。 そのことに、今、気づいた。 「おめでとう。さゆりちゃん。“恋する乙女”に、なれたんだね」 「……ありがとう。多恵のおかげだ……けど、だから、すまない……」 「ううん」 「一つ、聞いていいか?」 「……うん」 「いつから」 いつから、多恵は俺への好意を、隠し続けていたのだろうか。 「初めて会ったときから」 俺達は幼なじみだ。それこそ、物心つく前から一緒に遊んでいた。 初めて会った日のことなんか、 「覚えてないぞ」 「うん。私も」 しばらく、声もなく、ただ、互いの顔を見る、俺達。 俺は、多恵の望みを叶えてやることはできない。俺自身の都合のために。 ならば、多恵のためにも、俺は多恵の前から消えた方がいいのだろうか。 「なぁ、多恵。馬、馬はさ、目の前にぶら下げられたにんじん、食べられないなら、  視界から消えた方がいいか?」 「ふふっ。さゆりちゃん、例えが悪いよ。  お馬さんは、食べられなくても、にんじんを見ていたい。  走る目的にはならないにしても、走る理由にはなるから」 「難しいことを言う」 「私も、聞いていい?」 「ああ」 「友人だと思っていた子が、単に欲情しているだけだったとしたら、どう思うの?」 「少しは、例えろよ」 「単刀直入に聞かないと、さゆりちゃん、解んないだろうし」 「……そうだな」 「親切面したその裏で、毎日毎日、想像の中でさゆりちゃんを犯してるなんて、気持ち悪いよね」 「想像の中の俺は、どんな感じだ?」 「実際の方が、乱れてたよ」 「じゃあ、別に、いい。実際の俺に幻滅される方が、なんか屈辱だぞ」 くすくすと笑う多恵。 「さゆりちゃんが、あんなに乱れるなんて、ちょっと驚いたよ」 「いや、自分でもびっくりなんだけどな」 「そうなんだ?」 「えっ、ああ。昨日までは、俺はエッチに向いてないんじゃないかと思っていたくらいだ」 「まぁ、私が上手だからねぇ」 「……だったら教えてくれればよかったのに」 「それは、私を選んだときのご褒美だから。私を選ばなかった人には、ご褒美はありません」 「ちぇ」 「ふふっ。これから、さゆりちゃんの好きな人と、ゆっくり、勉強していけばいいよ」 「多恵……」 「本当は、私が背中を押してあげなくちゃいけなかったんだけど、だめだね、人間ができてなくて」 「お前は十分できてるよ」 「そんなことないよ。もし、私がさゆりちゃんくらい強かったら、長田君を半殺しにしてるよ」 「ははっ。それはやめてやれ。あいつは、相手が今のお前でも抵抗できん」 「私の代わりに、殴っといて」 「俺がか? その役を俺がするのも、どうかとは……」 「殴った後は、ちゅーでも、セックスでも、アナルプレイでも、好きなだけしていいから」 「……アナルプレイってなんだ?」 さゆりは俺の耳元で、ごにょごにょと囁く。 「そっ……そんなことをするのか?」 「うん。他にも……」 ……かいつまんで説明される特殊プレイに、俺はくらくらしてしまう。 ・・・ 翌日、優一が家にやってきた。 とりあえず、思いっきり殴っておく。 「どうして!? 今日はまだ“高原さん”って言ってないのに……」  ふっとばされた優一が、殴られた頬をさすりながら、問うてくる。 「優一、すまん。そして、聞いてくれ」 「はぁ。聞きますけど……」 「お前が、俺の“王子様だ”」 「え?」 「前に、お前に処女をあげることを考えてやってもいいと言ったな。  言い直す。俺は、お前に、初めてをあげたいんだ」 「さっ、さゆりさん? どうしたの急に?」 「……俺は、昨日、親友から、告白された」 「えっ、うっ、うん」 「俺はそれを、断った。処女は、お前に、くれてやりたいと思ったからだ」 「さゆりさん……」 「そいつは、今まで俺を、いつも助けてくれた。いつもそばにいてくれた。  そいつがいなければ、俺は今、ここでこうしてはいないに違いない。  ならば、俺の体の一部は、彼女のものであるとするのが、公平だろう。  だが、俺にはそれができない。俺が処女をくれてやれるのは、一人だけだからだ」 「うん」 「なぁ、優一。俺の体は全部、お前にくれてやる。お前の好きに扱っていい。  だが、俺の心の一部は、多恵のものだ。お前に全部あげることはできない」 「……それで、いいんじゃないかな」 なんてこともないかのように、優一は言った。 「そうなのか?」 「さゆりさんは、僕に何を望むの?」 「えっ?……別に、多くは望まない。俺がお前を気に入っている部分がなくなると困るが、  そういう性質は、そう変わらないだろうし。  あとは、俺の体で、適度に欲情してくれれば、それで十分だ。  そうだな。他の女に欲情するのは、控えてもらいたいかな」 「もう少し、望んでもらいたい気もするけど……僕も、さゆりさんに望むのは、だいたい同じだよ。  さゆりさんの中の、松木さんを大切に思う心まで、なくしてほしいとは思わないよ。  まあ、確かに、もし松木さんが男の人だったら、もう少し悩む気もするけど」 「どうして、多恵だと解った?」 「さっき、“多恵”って言ったよ」 「あっ、ああ、そうか……」 自分では落ち着いているつもりだったが、そうではないのかもしれない。 「俺は、次に多恵に求められたら、拒めないかもしれない」 「うーん。松木さんがそうするとは思わないけど、  もしそうなっても、さゆりさんは義理堅いから、やっぱり拒むと思うよ?」 「えらく、俺を買ってるんだな」 「買ってる買ってる。義理堅くなけりゃ、こんな話、しないよ」 「そうか」 「そうだよ。それにまあ、女の子同士なんだし、ちゅーくらいなら、別にいいんじゃない?」 「すまん。実は唇は、もう奪われた」 「あっ……そうですか」 「ついでに、体中をまさぐられ、あんあんと喘いでしまった」 「……あれ?」 「正直、処女を奪われる寸前だった」 「……さゆりさん、実は結構、流されやすい?」 「あー、うん。自分でも少しそう思う」 「あはは。その、好きな人に愛の告白と、浮気?の告白を同時にされて、僕はどうしたものやら」 困っているのか、そうでもないのかよく解らない、とぼけた口調。 「ああ。そうだな。俺はお前を、困惑させたいわけじゃない。失望させたいわけじゃない。  お前に快楽を与え、お前を俺の虜にすることが、今の俺の望みだ」 「いや、それはもう、既に虜なんですけどね」 「いいや。俺の体で、お前の思考を麻痺させ、正常な判断を狂わせ、  俺が世界最上の女性であると勘違いさせるのが、俺の野望だ」 「いや、冷静に判断しても、僕にとっては、さゆりさんは世界最上ですけどね」 「ふっ。まあ、見ているがいい。お前の脳髄を溶かしてやろう」 「さゆりさん……僕のこと、ほんとに“王子様”と思ってくれてる?」 「何を言う。そう思うからこそ、俺の体全てを駆使してやろうと言っているのだぞ」 「はあ。今日はなんだか、自信満々ですね」 「知識は、財産だからな」 「エロ本でも読みましたか?」 「そんなところだ」 俺には、多恵教えてくれた知識がある。 「知識だけで、その自信というのが、凄いです」 「相手は童貞だしな。おちんちん握ってやるだけでも、もう意のままじゃないか」 「はあ。まあ、そうですが」 「よし。じゃあ、持ってきたブツを出せ」 「えっ? 自信満々なのに、見るんだ?」 「まっ、まあ、念には念を入れてだな……」 「実は自信ない?」 「うるさいっ! さっさとついてこいっ!」 優一を後ろに従えて、どすどすと足音を立てながら、リビングに向かう。

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