原作:書く人氏

『薫と優希』

僕の名前は新夜 勇(あらや いさみ)、東山高校に通う高校一年生。
実は僕には悩みがある。
高校に入った時から一目惚れ。
あの人の一挙一動に心がときめかされます。
あのキリッとした御尊顔を毎朝、拝する度に僕の鼓動が臨界点を突破しちゃいます。WOW!
ああ、あの方と是非、お近づきになりたい。
あわよくば告白したい。
そして恋人になりたい。
そんなあの人の素敵な御名前は

――――東三条 優希――――

『薫と優希外伝 勇ミ歩ム』

「――は?」
新夜 勇の第一声はそれだった。
「いや、だから東三条先輩は付き合ってるよ。」
隣で興味なさ気に発言するのは志摩 歩(しま あゆむ)。
勇にとって幼稚園からの腐れ縁……というお約束的なものはなく、
小学校の時に転校してきたお隣さんというだけだ。
「だだだ誰とだよ!誰と付き合ってるんだよ?」
勇は歩の両肩を掴み、ガクガクと揺さぶった。
「えー……顔とか名前までは知らないけど…クラスの友達が言ってた。」
「マジか…いきなり難問じゃん、僕。」
ガーンと悲壮な顔をして勇は下を向いた。
「難問もなにも…勇…」
「わかっとる。言わんでええわ、アホ!好きなモンはしゃーないやろ?」
「出てるよ。関西弁」
これまた興味なさ気に指摘する歩。
「う、うう……」
勇の欠点の一つがその口調であった。
学校では抑えているが、家ではバリバリの関西弁。
両親共に関西圏内の生まれなので自然とそれが勇にも定着してしまったのだ。
隣に越してきた歩と初めて喋った時、
『キミ、何人?』
と言われた事は今でも鮮明に覚えている。
「……わかったよ。とりあえず今日は作戦会議だから。帰ったらダッシュで僕ん家ね」
「隣だからダッシュしなくてもいいよね」
「あーもう、例えや、例え!わからんやっちゃなぁ!!」
「関西弁……」
「うるさい!」

ピンポーン
「はーい、どうぞ」
「お邪魔します」
「あら、歩ちゃん、いらっしゃ~い」
歩を出迎えてくれたのは勇の母、新夜 志帆(あらや しほ)であった。
年齢の割に若作りでハキハキしている所から、十分20代後半で通用しそうだ。
幼い頃、歩の憧れでもあった女性である。
勇と歩は10階建てのマンション暮らし。
そして、ここ新夜家と志摩家は808号室と809号室、僅かな距離を隔てて隣であった。
その両人には、あまり意識はないが、そこそこ値の張るマンションであり、両家は裕福な家庭らしい。
「勇と約束で…ちょっと、お邪魔してもかまいませんか?」
「あ、そうなん?ごめんねぇ、いっつもウチの勇が迷惑かけて。」
「いえ、こちらこそ」
歩はぺこりと頭を下げた。
「あ、そうや。歩ちゃんトコはお兄ちゃんだけやろ?今日はお兄ちゃんおるん?」
「あ…ええ、兄は大学の友人の所に泊まると置き手紙が…」
「そうなん、ならウチで晩ご飯食べていかへん?」
「あ…で、でも…」
歩は兄と2人暮らし。
その兄は大学の助教授であり、しばしば大学の研究室に、また友人宅に泊まり込み
帰ってこない。ちなみに両親はというと…
父が海外へ単身赴任中であり、母がその世話をする為に去年から海外へ行っている。
「ええの、ええの。歩ちゃんのお母さんから『お願いします』言われてんねん。気にせんといて
ウチはお父さんと勇と要(かなめ)だけやし。多い方が楽しいやん。」
「いつもいつも…その…本当にすいません。」
実際のところ、家事が苦手な歩にとって新夜家で与る食卓は何よりのごちそうだった。

「ああ、歩?適当に座っとって」
「意外……整理整頓されてるし、ベッドもちゃんとメイクされてる」
「はあ、僕はアホちゃうで?ちゃんと掃除くらいするわ、飲むモン持ってくるから待っとって」
「はいはい……」
そう言って勇は部屋を出て行った。
歩はベッドにちょこんと座り、辺りを見回す。本棚には整頓された教科書やいろんな辞典。
(そう言えば…勇って小説書くのが好きだったな)
机の上には文芸部の発表されたのだろう物語が飾られていた。
【お姉ちゃんとニャンニャン~一夏のほろ苦い思ひ出~】
「…………」
特にツッコミたくはなかった。
母校の文芸部も長くはないんだろうと思い、歩はバフっとベッドに倒れ込んだ。
俯せになり、柔らかい生地のシーツに顔を埋める。
(……勇の匂い………いつもここで勇は寝てるんだ……)

枕に頭をのせ、今度は天井をむく。
(勇が東三条先輩のことを考えながら……って、それは考え過ぎか……)
呆然とそんな事を考えていた。そしてふと、後頭部に何か平たいものがあたる感触を感じた。
(枕の下?……)
歩はパッと枕をのけた。
「………」
そこにあったのは、『超ど淫素人娘~ボーイッシュの魅力~』と銘打たれた本だった。
「………」
その本を手に取ったと同時に部屋のドアが開いた。
「歩お待た---」
「………」
止まる時間、その空間を包む気味が悪いくらいの清寂。
それをやぶったのは勇だった。
「あ、ごめん。今から…だった?」
「いや、欲情はしてないよ」
パフっと枕の下に本を置き、何事もなかったかのように歩は勇の方を向いた。
そして再び止まる時間、その空間を包む気味が悪いくらいの清寂。
それをやぶったのは歩だった。
「……昨日のオカズ?」
どんがらがっしゃん…どば、どばばばばばばばあああ!!……
歩の発言に盛大にこけた勇。
その足がクローゼットを蹴り、無理矢理押し込めていた
ゲームに大量のマンガ、同人誌、雑誌が雪崩のように崩れ落ちてきた。
そして勇を飲み込み、歩の座るベッドの辺りまで来てようやく止まった。
「………あ、このマンガ見ていい?」
勇の頭に乗っている単行本をひょいと摘み、歩は言った。
「…もうええわ…笑えば?勇の掃除って雪崩起こすんだあははははっ…とか」
「勇の掃除って雪崩起こすんだあはははは」
完全な棒読み。
「くっ……ま、まぁええわ。そんなんええから、作戦会議!」
「それだけど…もうあの人に頼むしかないと思うよ」
マンガを読みながら歩が言った。
「あの人?」
「知らない?二年で『師匠』って言われてる人」
「ああ……安田 桃子先輩かぁ……確かにあの人なら知っとぉかもな…」


その頃、お隣の志摩宅では
「ねぇ…ホントによかったの?」
「ん~何の事?」
ベッドの中でタバコを吹かしながら男が言った。
「んもう、わかってるクセに。歩ちゃんよ、歩ちゃん。絶対、声聞かれたっての」
「構わないよ。あれはあれで聞き分けいい弟だから。それより、それで余計に濡れてたのはどこの誰だっけ?」
男はタバコを灰皿に押しつけると、女の腰を抱き、股間をまさぐった。
「ん……」
女がわずかに身をよじった。
「おお…もうトロトロ。さっきの思い出した、霞?」
「あ…や……ふふ、スイッチはいちゃったら、私、もうとまらないよ、孝(たかし)?」
「そりゃ光栄だ。今日と明日は休講だし、歩はお隣さんとご一緒だ。何も問題なし、いいかね?
大野 霞君?」
「ふふ……ええ、いいわよ。孝先生……ん」



――――――――――――



原作:書く人氏

『薫と優希』



「にゃはは~ん。はい、孝、あ~ん」
「あーん」
ニコニコしながら恋人に目玉焼きを食べさせる女性。
「………」
そのデレデレな二人に見向きもせず黙々と箸を進める歩。
今日の朝食は豪勢だった。兄の恋人こと大野 霞が腕によりをかけて作ったらしいのだ。
ご飯に豆腐とワカメの味噌汁、目玉焼きとウィンナー+サラダ。
メニューは至ってシンプルなのだが…………
普段、朝食はコーンフロスト+αで済ませている歩にとっては久しぶりの米飯だ。
「ついでにサラダもあ~ん」
ぱく、もぐもぐ…
「美味い、さっすが霞。このドレッシングサイコッ!イエスイエスッ」
しきりにガッツポーズをかます兄を尻目に歩はごちそうさまをすると席を立った。
「はい、歩ちゃんもあ~ん」
「いえ、結構です。兄さん、新夜のおばさんには『兄はいない』って言ってる
あんまりはしゃがないでね。」
「だーいじょーブイブイ!まかせろーい。のほほほ」
霞と甘い朝食を取りながら笑う兄に歩は軽く溜息をついた。
そして
「いってきます」
と短く言って鞄を持つ。孝は振り返り、その後ろ姿を見送りながら手をあげる。
「気を付けて行けよ。」
「うん、大丈夫。」
「ん、いってこい。」
軽く手を振り、歩に手を振る兄、志摩 孝。
パタンとドアが閉まり、歩がマンションの廊下を駆けていく音。
「やっぱり、兄弟っていいわね。」
霞がうふふっと笑った。
「霞だって弟いるだろ…えーと確か…薫君だっけか」
「そ…でもね、やっぱり女である私と男である薫ンとは一線の隔たりがあるの」
「はははは、弟の部屋に入ってエロ本漁ってる姉が言える台詞か?」
「いやん、ばかん、それは言っちゃだめん―――って歩君はそういう事、なさそう…だよね」
ちらりと孝に眼を向ける霞。
「ああ?霞にしちゃ勘が悪りィな……歩は昔から、ただ一人にぞっこんだよ。毎晩のオカズもたぶんな。」
タバコに火をつけながら孝は言った。
「へー…意外だなぁ~そういう事に興味なさそうなのに、相手は?名前は?」
「―――――名前は」

『薫と優希外伝 勇ミ歩ム』

「えーと新夜 勇さん…で貴方が志摩 歩君ね」
昼休み、中庭のベンチで『師匠』こと安田 桃子と約束を取り付けた
勇と歩はゴクリと唾を飲み込んだ。
「それで、相談したい事って言うのは?」
「はははははい、じじじじじつはででですねえええええ」
勇はガチガチになり、今にも素の勇が飛び出しそうだった。
「実は?」
「なななななんともももももうしませうかかかかか」
「ふふ、緊張しないで。だいたい言いたいことはわかるわ」
「へっ?」
にっこり笑って眼鏡っ子先輩はこう言った。
「デキちゃったんでしょ?」
「は?」
勇の眼が点になった。
「隠さなくていいの。パパは歩君?何ヶ月なの?最近、多いのよ。そういう
相談が。でも私は思うの、若い内の誤りだからって隠し通して、中絶なんて。
赤ちゃんがかわいそう、だから、ね、一人で抱え込まないでもっとパパと―」
「え、いや…や、安田先輩?」
勇が一人の世界で身悶えている桃子を遠目に声を掛けた。
「いいの、みなまで言わなくていいのよ。辛いことだもの!でもね―――――」
「勇は妊娠してませんし、父は僕でもありません。相談というのは勇の恋の事です。」
勇に強制的に付き添わされた歩は悶える師匠にきっぱりと言った。
「え…妊娠じゃない?恋の相談?」
「はははい…そ、その実は東三条 優希先輩のことなんですが…」
「優希ちゃんのコト?」
「すす好きや…じゃなくて好きなんです。おおお女の子だけど、ぼぼぼぼ僕、東三条先輩が好きなんです」
勇、一世一代の告白(かみかみ)。
その言葉に桃子はキラリと目を光らせた。
「勇ちゃん…」
「は、はひゃい!」
「勇ちゃんて真性半陰陽者?」
「しんせいはんいんようしゃて何ですか?」
『?』を頭上に三つほど浮かべながら勇は言った。
「あー…えーとフタナリってコト。」
「ふたなり?」
勇の同人属性は純愛ボーイッシュ系なのでそっちの知識はない。
「簡単に言うとオチンチン付いてる?」
めんどくさくなった桃子が直球勝負に出た。
「オチ―――つ、付いてるワケないでしょう!?僕はれっきとした女の子です!」
「そう……それじゃあ無理ね」
桃子はやれやれと言った表情でなにやらメモ帳を取りだした。

―――大野 薫―――

「そ、その人が東三条先輩の、か、彼氏なんですか!?」
桃子の手でひらひら揺れる写真を見ながら勇は言った。
「そう。ちなみに優希ちゃんは百合趣味はないし、大野君にべた惚れよ。」
妙に甘ったるい声で桃子は語る。
「そ…そのやっぱ…ヤっちゃたりは…」
引きつった顔でおそるおそる問う勇。
(勇…出てるよ)
臂でこづく歩だったが、勇の耳には届いていないようだ。
「あははは、もちろん毎日ヤりまくりに決まってるじゃない。つい最近まで―――と、ここからは料金割増で」
「はい……」
勇は即金で諭吉さんを出した。
「毎度あり~。最近までハメ撮りしてた仲なんだよ…はっきり言って勇ちゃんの勝率は“ゼロ”と断言できるわ」
ガガリーン
勇の優希に対する希望が木っ端微塵に碎けた。
さらに桃子はトドメといわんばかりに追い打ちを掛けた。
「しかも優希ちゃんは薫君と結婚まで取り付けてるらしいわ。卒業と同時に籍入れるとか入れないとか…」
「ああ…そんな…なんで…なんでよ…くすん」
勇は大きく肩を落とし、ぐったりとうなだれた。なんとなくイントネーションが関西風。
そんな勇に桃子はポンポンと優しく肩を叩いた。
「安田先輩―――」
「大丈夫よ、勇ちゃん。私は百合も範囲に入ってるわ、貴女のコト、気に入っちゃった。どう、これから―」
何が大丈夫なのかわからなかったが桃子の上気した顔は怖いと勇は思った。
「そうですかありがとうございましたこのコトは他言無用でお願いしますでは」
歩が勇と桃子の間に割って入り、早口でまくし立てると有無を言わせず桃子の手に諭吉を握らせた。
そして、そのまま勇を引きずるようにして去っていく。
「……志摩 歩君に新夜 勇ちゃんね…新生カップル誕生か…」
一人残された桃子はぽつりと呟いた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年10月08日 17:10