「玉砕覚悟でキメてみたら?」
「…それで僕が登校拒否になったら歩が責任取ってくれるの?」
 結局、昼休みはその話題。文芸部の部室でパックのアップルジュースを飲みながら勇は言った。
「知らないよ。女の子が好きな女の子の心情なんて理解できないもの」
 歩はやめてよねといわんばかりに両手を挙げた。
「歩には理解できんやろーな!ええ、あの東三条先輩の魅力が!」
 けらけらと笑う勇に歩むは小さく「出てるから…」と言った。
「いいじゃない、万歳して木っ端微塵に吹き飛べばいいのよ。」
 突然、部室のドアが開き、無遠慮な声が室内に響き渡った。
「そ、そうかな…えへへ……って美命(みこと)…おわっとっと!?」
「危ない危ないよ、勇。」
 勇が腰掛けていた机から落ちそうになるのを後ろから支える歩を見て少女は言った。
「あら志摩君、また勇のY段につき合わされてたの?」
「誰がY談だよ、誰が!このエロ大魔王!」
「へっぽこ官能小説家に言われたくないわよ、くやしかったら投稿して賞をとってみなさい」
 フンッと鼻を鳴らすのは勇の部活仲間の涼城 美命(すずしろ みこと)。
 高校生とは思えないほど卓越した執筆能力と知識を兼ね備えた小説家志望のクラスメートだ。
 つい先日はソッチの業界に投稿し、賞を取ったらしい。 
「百合(レズ)なんて…バカみたい。どうせ家に帰って同人誌見ながら自慰ばっかしてるんでしょ?
だからそんなのにハマるのよ、このバーカ、バーカ。」
「うるさい!この非処女!アバズレ!万年発情してるクセに!」
 中指を突き立てる勇。その卑猥な言葉の飛び交うデルタ地帯に一人、取り残される歩。
 時々思う、もしかして自分は男として認識されていないのだろうかと…。
 この二人を見てると思う、女性という品種は怖いモノだと………………。
 鮟鱇のオスやオオカマキリのオスの心情とはこんなものだろうかと歩は妙な感慨に耽っていた。
「はん、女の悦びを知らない処女が何言っても始まらないわ。女の尻追いかけたって突っ込む棒すら
持ってないクセに何がレズよ。死ねば?このファッキン・ビッチ!」

「うう…いい気になるなよ、僕は絶対、帰ってくる!アイ・シャル・リターンだ!行くよ、歩!」
 美命の卑猥語の量に圧倒され、早々に言い返す言葉という弾丸が底を尽きた勇。
せめて一矢報いる為、ついさっきの授業で習った某陸軍元帥の台詞を吐きながら歩を促した。
「行くって…どこに?」
「一緒に昇天(イク)って意味じゃない?」
 卑猥語爆発、涼城 美命。
「なワケないだろ!二年の教室、呼び出すよ、愛しの君を!」
 もうヤケクソになったのか、はたまた覚悟を決めたのか勇は言い終わると同時にダッシュで
部室を出て行った。
「あーあ…無駄だろうけど…一応…ね。」
 席を立ち上がる歩に美命は言った。
「まだあのバカに言わないの、志摩君?」
「ん…ああ…まだね……」
「ほんと、我慢の武士ねー。徳川 家康もびっくりだわ。でも我慢もほどほどにしときなさいよ。」
「…………うん」
「今夜辺りが勝負と見た、グッドラック。いい喧嘩相手が登校拒否になったら困るしね。」
「ありがと…じゃ。」

そして放課後。
学校の屋上で勇は待っていた。既に『師匠』こと安田 桃子を通じて先方には通達済みだ。
誰もいない校舎の屋上。こういうセッティングも受け持っているというから『師匠』の通り名と人脈は半端ではない。
生徒会はおろか、教員の中にも彼女の毛細血管のようなパイプラインが張り巡らされているのだろうか。
「…………」
 キィィ…とドアが軋む音がして、勇は振り返った。
 そして出てきたのは太めの眉に凛々しい顔に意志の強そうな瞳。己の望む愛しの君。
「東三条先輩………」

「…………」
 屋上へと続く階段の入り口で待つ歩。
「落ち着かないのかね?」
 その歩に向かってふいに声が掛けられた。振り向くとそこには一人の男子生徒がいた。
 上履きの色からすると、一つ上の二年生だとわかった。
「…貴方は…確か」
「ふむ。秋田君から聞いている通りであれば、私はユーキが飼っている犬という事になる。
名は大野 薫だ。よろしく」
 訪れる沈黙。
「あの……ひょっとして今の笑う場面ですか?」
 2~3秒してから言った歩に薫は難しい顔をした。
「時間差だね。君はタイミングを外し過ぎている、本題に入ろう。君が志摩 歩少年か?」
 無理矢理だな…と思いつつ、律儀に答える歩。
「はい、そうです。」
「ユーキは渡さない」
 またしても2~3秒止まる時間。
「僕は欲しくないんですが…大野先輩、落ち着いて下さい」
 階段の踊り場で南方民族の怪しい舞を披露する薫を歩は制止した。
「あ、ああ…すまない、つい取り乱してしまったようだ。私は今、とてつもなく困惑している。
既に公認の仲だと思っていたユーキに下級生から呼び出しがかかるとはね。」
 薫は眼鏡を上げ、大真面目に言った。
「すいません。その…友人が…」
じーと見つめ合う瞳。控えめに呟く歩の表情からは何も読み取れない。それが常人ならば。
ならば薫は少々、違ったらしい。薫はフッと口元を弛め言った。
「…妬いている…ね。君は」
「いないと言えば、嘘になります。」
「彼女の心中に君はいないと思う故…何も言わない、いや、言えないのかね?」
 眼鏡のレンズの向こうにある瞳は、深淵の色をたたえている。
 まるで何もかも見透かしたような眼だが、不思議と嫌悪を抱かなかった。
 どこかで…見たような…しかし、その思考はすぐ中断された。
「…それは」
「ならば彼女のように玉砕覚悟で挑むのも一つの手かもしれない。予想では後、5秒後に
彼女―――新夜 勇君はここを通る。それも両眼に涙をいっぱい浮かべながらね。」
「…………」
「少年。君はその後を追うつもりか?」
「はい」
「なら、大丈夫だ。根拠のない独断と偏見に満ちた私の見解だがね。」
 そうこうしている内にバタンっと屋上の錆びた扉が勢いよく開き、ダッと足早に
降りてくる一つの影があった。しきりにしゃくり上げ、泣いているのが一目瞭然だ。
 そして脇目を振らず、二人の前を通り過ぎる。
「……勇」
「さぁ、少年、発進シークエンスを始めるぞ。アユム=シマ機、システムオールグ――」
 オペレーター、カオル=オオノの管制を完全に無視し、歩は駆けだした。

「ひっく…ひっく…うわああああん…っく…ひっく」
 久しぶりに勇の泣く声を聞いた。それも号泣レベルの。
 ここは歩の部屋。勇が泣き顔を見られたくないと言った為、歩が家に招き入れたのだ。
「…何か飲み物、持ってくるね」
 それだけを言い残して部屋から出てきた歩。
 幸い、兄達は出かけているらしく物音一つ無い。シーンと静まりかえった家の中。
 テーブルの上に何か書き置きがしてある。

親愛なる義弟、歩ンへ
 お兄ちゃん借りていきます。夜、遅くなるので先に寝ててね。
 ご飯は冷蔵庫の中に作っておきました。じゃ、バイ。
                     未来の義姉、霞より
 
それをポケットの中にしまうと、歩は冷蔵庫を開け、アップルジュースをとりだしコップに注ぐと
トレーに乗せ、部屋へと戻った。
部屋に戻ると、泣き腫らした眼のまま勇は座っていた。
「落ち着いた?」
「うん……ありがとう」
「はい、喉乾いたでしょ?」
 歩は優しく言うと、コップを勇に差し出した。
「ありがと……」
 勇は力無く言うと、それを受け取り、口を付けた。そしてぽつりぽつりと言い出した。
「……僕、アホみたいやろ…断られるんわかってて告白して、泣いて…そんで…ホンマ、アホやわ。
美命が言うみたいにどうしょうもないアホや…女が女好きになるなんて」
 グスッと鼻を啜る勇の言葉を歩はベッドに腰掛け、黙って聞いていた。
「歩にまで迷惑駆けて…ホンマ、ごめん。もうちょっとしたら出て行くから…」
「………」
「歩?」
 何も言わない歩に勇は顔を上げた。
「……そ、そんな事ないよ。そんなことはない、勇は断られるってわかってても勇気を出して言ったんだ。
誰も責めはしないよ。そう誰も…」
「歩…」
友人の言葉に勇は安堵した、いつもの歩だ。淡々とした口調、歩なりに気遣ってくれてるのだろう。
それと同時に優希への想いも終わったのだと勇は悟った。
「…歩、ありがと…そろそろ行くわ。」
 立ち上がる勇の手を掴み、歩は言った。
「行かないで」
今までにない歩の悲壮な声。
「ん?」
「行かないで、勇…」
「え…ちょっ…歩…どうした――きゃ!?」
 バランスを崩し、ベッドの上に倒れる勇。零れるジュースも気にせず歩は
その上に覆い被さるような格好になった。
「ちょ…あ、歩……ど、どいて」
「…す、好きなんだ、勇。…ずっと僕は勇が好きだったんだ。勇が引っ越して来た、あの日からずっと――」
「…え?」
 真っ赤になった歩の顔。いつもの口調ではなく、感情のこもった力強い言葉に勇は言葉を失った。
「でも…ずっと…その…言い出せなくて。勇の気持ちはわかってたから…勇とはいつまでも仲良くしていたかったし、僕が言い出して、勇とぎくしゃくする方が嫌だったんだ…だから…いつも…ごめん。」
 今まで堪えてきた心情を吐き出す様に歩は喋りだした。いつも何も興味が無いように振る舞っていたのは、勇に自分の想いを気付かれないようにするためだとか、いつも勇のことを眼で追っていたとか…
それは堰を切ったように止まらなかった。そしてようやく納まった時、最後に『ごめん』と言った。
「あ、歩……」
「…勇…」
 歩はそう言って勇の上から降りた。フラフラとしながら椅子に腰掛ける。
 乱れた制服を直しながら勇は鞄を持ち、足早に出て行こうとする。
 歩の部屋のドアを開けた後、少しだけ立ち止まり言った。
「一晩だけ…考えさせて…今すぐ返事はできひん。」
「……うん」
そして、パタンとドアが閉まる音がした。

その夜は二人にとってさんざんだった。勇は母の志帆から絶対何かあっただろうと詰問された。
「歩ちゃんを夕食を誘ったのに断る事なんて今まで一度もなかった」とか
「お母さんに何か隠してるんちゃうん?」とか、「まさか…デキた」とか。
勇はほとほと疲れ、自室へ籠もった。

歩は隣から毎晩のように遊びに来ていた姉妹が、妹の要(かなめ)だけになり、
今まで一度も負けたことのなかった要に惨敗した。
それをというのも要がにやにや笑いながら「お姉ちゃん気持ちええ?どんな具合やった?」とか
「お姉ちゃんて毎晩、同人誌見ながらオナニーしてるんやで」とか
「私、これから歩のこと『義兄さん』って呼ぶわ」とか絶妙のタイミングで振ってくるのだ。
歩はヘトヘトに疲れ、ベッドに倒れ込んだ。

 勇の自慰のオカズは妄想の中の優希か購入したボーイッシュ系の同人誌だった。
 机に座り、同人誌を広げながら秘所を責めるのだ。
 風呂から上がり、髪を乾かせた後、勇は自室の机に座った。
「…ん」
 もはや癖になっているのだろうか…と思うくらいこの時間になると秘所が疼く。
夕方の事があって、少し気が引けたが一度ついた火種は既に消すことのできない業火になり、
勇の身体を覆っていた。いや、むしろ、歩との事があってそれが逆に火種になったかもしれない。
鍵を開けた引き出しから同人誌を引き出すと何冊か並べる。部屋の鍵はもちろん、椅子が濡れないようにタオルも敷いた。
寝間着のボタンを外し、小振りな胸を露出させるとゆっくりと指先で乳首を摘んでみる。
「ふ…ん…」
 ピクンと引きつる身体。そしてズボンを足首まで下げ、シーツを太股まで一気に引き下げた。
 ひんやりとした外気に晒される秘所が、臀部がキュッと引き締まる。
「…は…あ、あかん…も」
 同人誌を見ながら軽く割れ目をなぞり、その敏感な突起を指で刺激する。中指を軽く埋め、
中をくちゅくちゅとかき回すとゾクゾクとしびれるような感覚が腰から脳天まで昇ってくる。
 そして勇は数あるコレクションの中でも特にお気に入りなシーンを開いた。
少年のような面持ちの少女が後ろから、背丈の小さな男の子に責め突かれ、中出しされるシーンだ。
つい昨日まではこれに自分と東三条 優希を重ねていた。
「はっ…くう…んんん…あ、ん」
 中指を深く、ゆっくりと膣の中に埋め、くちゅくちゅと中を弄る。
空いた手で胸を下から、横から、撫で回すように揉み、その先端を抓る。
そしてうっすらと眼を開け、そのページを再び見る。
(…そう言えば……この男の子…歩に似て――――)
そう意識した途端、急にゾクゾクゾクと身体の真から絶頂を告げる電撃が勇の脳天を貫いた。
「あっな、なんで…な―ああんんんんんんんんんっ!」
 今までにない絶頂感に勇の背は海老のように仰け反り、ヒクンヒクンと震えた。
途端にどっと押し寄せる疲労感。タオルはぐしゃぐしゃに濡れ、今も秘所にはねっとりとした粘液が付着している。
「はっ…はぁ…はぁ……なんで…なんでよ…こ、こんな簡単に……イクなんて…私…」
 頬を伝う涙。それは誰の為に流れ出るのだろうか。
 振られた事が悲しいから?歩に告白されたから?それとも、今まで己の中で一番近い存在だった人が
誰なのか気付かなかったから?そんな鈍感な自分をいつまでも待ち続けていた人がいたから?
 「わ…私は…歩の事―――。」


その頃の志摩家では――――
「はっはっはっ…んく…い、勇…」
 一人、寝室で激しく己の肉棒を扱く少年がいた。
初めて勇を押し倒した時の胸の高鳴りは今も静まる事はない。あの時の勇の顔
しっとりとした花弁のような唇、日焼けした肌と対極に水着の線を保ったままの白い肌。
スカートからのぞくすらりとした両脚の付け根…その奥は…。
もし、あのままあそこでシテいたら?そんな事を考えたらもう収まりがつかなかった。
「ごめん…ごめん…勇…んんく…」
妄想の中の自分が勇を激しく犯す。
(ああ……いやや!やめて…歩!)
服を剥ぎ、下着をずらして、その格好のまま組み敷き犯す。腰を無理矢理抱え、
そのはね回る尻を掴み込み、思うがままに蹂躙する。
勇の震える小振りな胸、男を知らない桜色の突起。丸みを帯び、きゅっと引き締まった官能的な尻。
そして下着に覆われた勇の未開の秘所。それを妄想の中で激しく貪り尽くす自分。
そんなシュチュエーションが最高に興奮する獣のような自分。
(やめ…な、中で…中だけは…ださんといて…お、お願いやから…か、堪忍して)
実際、あの勇にそんな言葉を吐かれたら……たぶん理性など吹き飛ぶだろう。
そして本能のまま、勇を犯し尽くすだろうと。
「い、勇の胸…勇のお尻…い、勇の…勇の――――」
妄想の中の勇に歩は己の欲望を吐き出した。それと同時に――――。
「勇、勇、勇…ん、んんうっ!」
 ぴゅっと先走り汁が飛び出し、続けてドロッとした白濁液がティッシュの中に吐き出された。
月明かりの中、いつも無関心で素っ気ない少年が唯一その内側をさらけ出し、必死に自らを慰める行為。
そしてティッシュに射精した後は猛烈な自責の念が押し寄せる。
自分は想いを寄せる異性に対して何をしているんだ?と、そしてそんな自分が出来る事は―――――。
「ごめん……勇」
ただ、謝ることだけだった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年10月08日 17:12