「『……ふん、なんだい、これは?』」
少年が着るような半ズボンとシャツに身を包んだ、だが胸の膨らみによって
それとわかる少女――の、普段の口調を真似しながら、男は、笑みを浮かべた。
「……似てないよ」
「あう」
少女は男の冗談をにべもなく切り捨てた。
朝早くから、大勢の人間の声が響くその場所は、最近出来た大規模テーマパークだ。
その入り口で、二人は会話を交わしている。
「……で、なんなんだよ、これは?」
「『何って……デート、だけど』」
「……何か微妙に似てるのが悔しいなぁ……ってデートぉ!?」
「他の何だと思ったんだい?」
「そりゃ……今度は野外プレイなのかぁ、とか」
今日は手が自由だったので、男は頭を掻いた。
苦笑しながらの呟きに、少女は目を細める。
「君は……本当にエロいよね」
「お互い様だと思うんですけどー」
「否定はしないよ」
普段と違う、性別をそのままに示した衣装――可愛らしいブラウスとスカートだ――を
身にまとった少女は、にこやかに笑う。
「ま、今日はそういうのは無しだ。たまには息抜きがしたいという君の希望を叶えよう。
創作活動には息抜きが必要だろうしね」
「……で、君とデート?」
「……不服ですか?」
「不服は無いッス!」
「よろしい」
少女は、男の手を取り、言った。
「じゃあ、行こ?」
「……おおせのままに」
――そして、三時間後。
「も゙ゔがんべんじで~」
男は息も絶え絶えといった様相でテーブルに突っ伏していた。
まあ、絶叫系ばかり三時間ぶっ通しで乗れば、そうなるのも無理はないかもしれない。
対して、少女の方はというと――
「ふぅ……実はこういった物に乗るのは初めてだったんだけど……
なかなかに楽しいね」
――充実した表情を浮かべていた。
「……な゙んで君゙ば平気な゙んだぁ~?」
「いやぁ、驚いているんだけどね、自分でも」
昼を随分と過ぎているせいか、フードコートには二人の他に人影は無かった。
「気分が悪いのかい?」
「え゙え゙~悪゙い゙でず~」
「いささか大げさなような気もしないではないけど……はい、こっちおいで」
「ごっ゙ぢっ゙で……え゙?」
引き寄せられ、無理矢理寝かされた男は、頭に柔らかい感触を覚え、目を開いた。
少女の顔が――普段浮かべる不敵な笑みとは百八十度違う、柔らかい微笑みが見える。
「………………」
「……なんだい? 鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
男は、膝枕をされていた。
それに気付いた時には、既に男の身体を何ともいえない心地よさが支配し、
一瞬感じた驚きを拭い去っていた。
「すまなかった……少し、はしゃいでしまったようだ。
せっかく、君に息抜きしてもらおうと思ったのにね……」
「………………」
「しばらく休んでくれ。気分がよくなったら……今度は、のんびりした乗り物に乗ろう」
「……そう、だな」
少女の柔らかい掌が、男の額を、髪を、頬を撫で――そして、顎をとらえる。
何故か赤らめた頬を隠そうともせずに、少女は男の顔を真っ直ぐに見つめた。
「……」
「……どうした?」
「キス、してもいいかい?」
「……なんだそりゃ」
「嫌だって言っても、するけどね」
「……おおせのままに」
ん、という息を止める音。
少女の顔が、上気した頬が、軽く突き出された口唇が近づいてくる。
男は、口唇に柔らかい感触を覚えながら瞳を閉じ、頭と口唇とに感じる心地よさに
さらわれるように眠りに落ちた。
「……んはっ」
安らかな寝息が聞こえ始めて、ようやく少女は男の口から己の口唇を離した。
今までしたものとは違う、ただ口唇をあわせるだけの口付け。
だが、少女は呟くように言った。
「凄く……気持ち良かったな……」
風が、どこか遠くから歓声を運んでくる。
「……ん」
歓声を運ぶ風が、少女の短い髪を揺らす。膝の上の男の髪も揺れ、顔にかかった。
少女はその髪をよけ、男の顔を見た。
「……好き、だよ」
小さな、とても小さなその呟きは、風に乗る事は無い。
少女は、男の顔を見つめながら、自らも瞳を閉じ……眠りに落ちた。
「………………」
男は頭を抱えていた。
「………………まあ、丸三日間、缶詰だったし、な」
そして、言い訳するように呟き、苦笑した。目の前の紙に書き連ねられた文字列を見つめながら。
「……なかった事に、しよう」
そういいながら、男はその紙を両の手で引き裂く――つもりだった。
だが、男の手の動きは止まり……そっとその紙束を引き出しの中に隠し、鍵をかける。
「………………はぁ」
ため息をつき、座りっぱなしで軽く痛む腰を伸ばしながら、男はまた頭を抱えた。
「……何、考えてんだろうな、俺は」
小さな、とても小さなその呟きは、部屋から漏れる事はない。
男は、一人の少女の顔を無意識に思いながら、瞳を閉じ……眠りに落ちた。
最終更新:2007年10月08日 19:30