会社と自宅を往復するばかりの毎日で、転勤してきたばかりの俺には
とりわけ友人もおらず、ましてや恋人なんかもいなかった。
アパートの自宅で一人食べるコンビニ弁当にもそろそろ飽きが来た。
しかし外食は金がかかるし、自炊など出来やしない。
会社の上司や同僚など飲みに行く事はあったが、それも大して楽しくは無かった。
まだ転勤して来て2週間という短い期間では、気ばかり使ってしまい逆に疲れるのだ。
気の合った同僚を探すにも、もう暫らく時間がかかりそうだ。
シャワーを浴び、冷えたビールを一気に飲みほすとソファーに腰を降ろした。
コンビニで買って来た弁当と二本目のビールを机に置くと、おもむろにテレビを付ける。
どの番組にも大して興味が湧かないが、
適当にドラマでも見て夜の時間を潰すのが日課になっている。
「はぁ……明日も仕事か…めんどくせぇな」
その時、インターホンが鳴った。
こんな時間に誰か訪ねて来るのは珍しい、
大屋かと思い玄関を開けた先には一人の女性が立っていた。
「あの~、木村さんですよね?夜分遅くすいません…隣の広瀬ですけど」
そこにいたのは隣の部屋に住む広瀬という女性だった。
何度か挨拶する程度でまともに言葉なんて交わした事なんて無かった彼女が
どうして今頃……不思議に思ったが彼女の口から出た言葉に更に驚く。
「あの~、申し訳無いんですけど…風呂貸してくれません?
なんかうちの風呂壊れちゃったみたいなんですよ、こんな遅くだし業者の人とか呼べなくて」
「え?……風呂…?いいですけど…え?……」
俺男だからまずくない?と言葉を続けようと思ったが、
厭らしい事を考えてると思われそうで何故か言えなかった。
「いいっすか?すいません。じゃ、お邪魔しまーす」
「え!?ちょ……」
止める間も無く、彼女は部屋に足を入れた。
そのまま風呂借りますねーと言うとそそくさと風呂場へと消えて行った。
「はぁ~気持ちよかった。有難う御座います」
何分かして彼女は風呂から出てきた。
あつかましいと言うか、しっかりしていると言うか、
男の部屋に何の戸惑いも無く足を入れる彼女に俺は僅かながら脱却していた。
「ビールあります?」
「は?てか風呂だけだろ?」
「いいじゃん別に。堅い事言わない」
彼女はそう言って冷蔵庫からビールを取り出すと、俺の隣に腰かけた。
彼女を初めて見た時は高校生ぐらいの顔が整った少年だと思ったほどだ。
中世的な外見と言えば良いのだろうか、化粧気が無く、
服装も男性的で髪は肩に掛かるくらいのミディアムショートだ。
しかし、透き通る程白い肌が何処か女性的なものを強調させている。
真っ黒な髪と、紅も引いてない赤い唇が余計そう感じさせるのかも知れない。
「ねぇ、あんたさ。挨拶は良くするけど喋った事無かったよね?名前は?歳は?」
「え?あぁ…木村アキラ……24…だけど…君は?」
「広瀬ユカリ、20歳だよ。あ、僕、男に興味無いから」
「は?え…レズ?」
「……ふ…はははは…冗談だよ、やだなぁ…本気にしないでよ。
でも男みたいでしょ?昔から良く言われるからね」
それからたわいもな会話を交わしたが、彼女は本当に少年のようだった。
私では無く、僕と自分の事を呼び、男性のような口調で。
名前だけは女の子らしいのに、と思いながら俺は深夜まで彼女と喋った。
こんなに久しぶりに誰かと言葉を交わし、大笑いしたのは久しぶりだったから。
最終更新:2007年10月07日 23:38