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「どうして、すぐ返事しなかったの?」
「うーん、なんでなのかな。自分でも、よくわからない」
青山と別れ、多恵と二人で下校しながら、先程までの顛末を報告する。

「まあ、さゆりちゃんなら、よりどりみどりだろうから、急がなくてもいいんだけどね」
「よりどりみどり、ねぇ……あのさ、多恵ちゃん」
「なに?」
「多恵ちゃんは、まだ見ぬ王子様じゃなくて、実際に人を好きになったことって、ある?」
「あるよ。というか、現在進行形だけど」
「えっ!? そっ、そうなの!?」
これには驚いた。多恵にそういう相手がいたなんて、まったく気がつかなかった。

「うん……実は、片思い中なんだ……」
「あの、マッチョの吉田君?」
「あはは。ううん。吉田君も嫌いじゃないけど、ほんとに好きな人は、別にいるよ」
「誰か聞いていい? 私の知ってる人?」
「うふふ。それはナイショ」
「えーっ、教えてよ~」
「ヒミツヒミツの恋なのです」
「それって、もしかして……不倫?」
「いや……違うから……」
頭に手をあて、首を横に振る多恵。確かに、多恵に不倫など、ありはしないか。

「そっ、そうだよね。でも、ふーん。多恵ちゃんも、恋する乙女だったんだねぇ」
「でなければ、あの乙女ノートは作れません」
「そっか、そだよね。ねぇ、その人のこと、本当に、好き?」

立ち止まった多恵が、俺の顔を覗き込んだ。
「えぇ、好きよ」

乙女心の微妙な機微が理解できない俺にだって、解った。
これが、恋をする乙女の瞳なのだ。儚くも可憐で、美しい。

「俺も、恋をすれば、そんな瞳ができるのだろうか」
「ええ。さゆりちゃんだけの王子様が、現れればね」
「そうか」
俺は空を見上げる。目に刺さるほどの青に眩みながら、俺の王子様の姿を思い描く。
その顔はまだ、へのへのもへじのままだった。



翌日から俺は、毎週のように男子生徒に呼び出され、告白されまくってしまった。
青山に続き、中川、他のクラスの男子A(名前は忘れた)、斉藤、男子B、男子C、吉田。
なんなんだ……いったい。

「で、どうするの?」
「どうするって、どうしましょう……」
登校時。ゲタ箱の蓋を開けながら、多恵の疑問文に疑問文を返す。

上履きを取ろうとして、手に何かが当たる。これは……。
「ほほう。ラブレターね。今の時代、かえって新鮮かもね」
「こ、これが。ら、ラブレター」

水色の便箋を裏返す。
「あらあら、ついに長田君からも」
「長田君……あなたまで……」
「迷惑?」
「……いいえ。もちろん、嬉しいわ。でも」

俺は長田のことを思い出す。
スポーツも勉強も、下から数えた方が早い。
たいていは教室の隅でマンガを読んでいて、喋るのは苦手。
背は低く、体の線も細い。ああいうのを女顔というのだろう。

つまり、その―――
「あんまり王子様って感じじゃ、ない?」
多恵に先を越される。
「悪い人じゃ、ないと思うんだけどね……」

昼休みに、人通りの少ない階段の踊り場で、中身を確認する。
“拙い字で一生懸命書きました”という文字はやはり、告白文だった。
とってつけたように並ぶ、俺への美辞麗句が空々しいが、書き慣れていないのだろう。
はてさて、どうしたものやら。
これといって時間指定はなかったので、放課後、こちらから長田を屋上に呼びつける。

「えっと、あの、その……」
顔を赤くして、もじもじとしている長田。
なんだか、こいつの方が恋する少女っぽくて、思わずじっと観察してしまう。

「その、あの……」
素晴らしいもじもじ具合だと思うが、それでは話が進まない。俺の方から口を開く。

「長田君、あの、お手紙ありがとう」
「うっ……うん」
「その、お気持ちは嬉しいのだけれど……ごめんなさい」
「あっ、いや。べっ、べつにいいんだっ!」
俺が頭を下げると、長田は頭と両手をぶんぶんと振り回した。

「そっ、その、僕みたいなダメな奴が、高原さんと付き合おうなんて……」
「そんなに自分を卑下しないで」
しまった。そのつもりはなかったが、冷たい口調になってしまったかもしれない。
自嘲的な台詞は、聞いていてあまり気持ちのいいものじゃない。

「うっ、うん。そうだね……あっ、あの、これからもクラスメートとしては接してくれるかな」
「もちろんよ。これからも、仲良くしてくれると、嬉しいわ」
「ありがとう……それじゃ」
彼を失意の底まで落胆させるかと思ったが、比較的冷静なようだ。
とはいえ、去っていく長田のしょぼくれた背中を見るのは、少しばかり、胸が痛んだ。

・・・



俺の部屋で、多恵と紅茶をすする。
「なんだか、悪いことしたな」
「長田君のこと?」
「騙してるみたいでさ……」
「そう思うんだったら、早く王子様を見つけて、本物の恋する乙女になりなさい」
「そっか……そうだな」

・・・

翌日、青山からデートの誘いがあった。
告白の返事は保留したままだが、
「彼氏ヅラはしないから。友達として、楽しく遊びたいだけだよ」
とまで言われては、断る理由がない。

週末、青山と待ち合わせる。
多恵の見立ててくれた、ひらひらしたスカートで、駅前の広場に一人ぽつんと立つ俺は、
誰がどう見ても、デートの待ち合わせにしか見えやしない。

こざっぱりした格好で現れた青山は、こちらに片手を上げて笑顔を見せる。
なかなか様になっている。さすがは青山。
どこに連れて行ってくれるのやらと思っていたら、行き先は遊園地だった。
ふっ。青山といえども、所詮は一介の高校生に過ぎないか。

「きゃーっ! わーっ! あははははーっ!」
「さゆりちゃん、楽しそうだね……」
しまった。つい調子に乗って、絶叫マシンに連投してしまった……。
少しばかり青ざめた顔の青山に、頭を下げる。

「ごっ、ごめんなさい。私ったら、はしゃいじゃって」
「いや。さゆりちゃんが楽しければ、それでいいんだよ」
髪をかき上げながら、かっこつけた台詞を言う青山。目の焦点は合っていないが。

一日、遊園地で遊んだあと、夕食は、こぢんまりしたレストランへ。
値段もリーズナブルそうだが、料理はなかなか美味かった。やるな青山。

・・・

「今日は本当にありがとう。とても、楽しかったわ」
「なら、僕も嬉しいよ」
夜の公園を歩きながら、礼を言う俺に、青山はまた、髪をかき上げて答える。
少しばかりクサい仕草を減点しても、青山はなかなかに好印象だ。
彼に促され、ベンチに腰掛ける。

「さゆりちゃん」
「はい?」
名を呼ばれ、彼の方を向くと、頬に手を添えられた。
ちょっ、青山、もっ、もしかして……。

「さゆりちゃん、だめかな?」
「えっ。そっ、その……」
青山……お前、今日は彼氏ヅラしないって言ってたじゃないか……。

青山の顔が近づいてきて、俺は目を閉じてしまう。
こいつの手をふりほどくことなど、俺には造作もないはずなのに。
意に反して俺の体は固まり、小刻みに震えることしかできない。
いったい、どうしたんだ俺。
このまま、キスされてもいいと、思っているのか、俺は。



「ひゅーひゅーお熱いねー」
俺と青山の腰が、がっくりと砕ける。
なっ、なんなんだその台詞は……それはないだろう……。

見上げると、そこには男が三人ほど、俺達を取り囲むように立っていた。
今時恥ずかしくないのかと言わんばかりのヤンキーファッションに身を包んでいる。
俺は化石時代にタイムスリップしたのだろうか……

「なんなんだ、お前らっ!」
せっかくの行為を中断された青山が、勢いよく立ち上がる。

「いやー、俺達もその娘と仲良くしたいなー、と思ってさ~」
続く台詞が、あまりにテンプレートだったので、俺は思わず吹き出しそうになる。

「カノジョ、怖いのかな。ブルブル震えちゃってるよ~」
いや。笑いを堪えているだけだ。

「おにーさんには用はないから、ケガしたくなかったら、有り金おいて帰ってくれていいよ」
「ふっ」
ヤンキーの挑発に、青山が髪をかき上げ、三人の前に進み出る。

「おっ? やる気かニイちゃん」
これ見よがしにポキポキと指の関節を鳴らすヤンキー達。だめだ。もう、笑いが……。

「へっ?」
「あれっ?」
笑いを堪えきれず、俯いていたので、一瞬、何が起こったのか解らなかった。
顔を上げると、青山の姿が、ない。
ヤンキー達の視線の先を追いかける。いた。
十数メートル先に、猛ダッシュで走り去ろうとしている青山を発見。

「さゆりちゃーん、あと、よろしくー!」
「えっ? よろしくって、なに……」
夜の公園のベンチに、ヤンキー三人に囲まれ、一人取り残される俺。
もう、ぽかんとした顔をするしかない、俺+ヤンキー×3。

「ぎゃははははっ!」
「あ、あいつっ、逃げやがったぜーっ!」
「はははっ、姉ちゃんも災難だったなーっ!」
「はぁ……そうね。これには落胆するしかないわ……」
けたたましく笑うヤンキー達の中で、一人どんよりと落ち込んでしまう俺。

「なあ、姉ちゃん。あんな野郎より、俺達と楽しくやろうぜ」
「ごめんなさい。私、今日は傷心なので、このまま帰らせてもらえないかしら?」
「ぎゃはは。ショウシンなのはわかるけど、今からは付き合ってもらうぜ~」
ああ、めんどくさい。
今日の青山はなかなか良かったのに、とんだチキン野郎だ。
普通の高校生であれば、ヤンキー相手にブルッちまうのも、無理はないのかもしれないが、
その分をさっ引いても、女を残して一人逃げるなど、ありえないだろう……。

「さっ、姉ちゃん、ちょっとそこの茂みまでいってみよーか」
乱暴に腕を掴まれる。こんな奴等に体に触られるなど、俺からすればとんだ不覚だ。
まあいい。1分以内に勝負をつければ、誰にも目撃はされないだろう。

「やめろっ!」
俺が立ち上がるのと同時に、少し離れたところから、男の声が上がった。
おっ、青山が改心して戻ってきたのか。それにしては、少々声が高い気がするが。



立っていたのは制服姿の、長田だった。

「そっ、その、手を、は、離せっ!」
長田。声が裏返っているぞ。足が震えているぞ。顔面が蒼白だぞ。

「あ~ん、なんだおめー」
「そっ、そのっ、汚い手を、離せと、いっ、言ってるんだっ!」
その勇敢さは買うが、長田、お前、勝算はあるのか?

俺の腕を掴んでいる一人を残して、ヤンキー二人が長田に近寄っていく。
「おぅおぅ、さっきの兄ちゃんと違って、勇敢なことでっ、よっ」
喋りながらパンチを一発。もろに食らう長田。
おいおい。そのくらい避けられるだろ……。
長田は、腹を抱えてうずくまる。いかん。いくら苦しくても、それでは反撃のしようがない。

「ぎゃはははっ! なんだこいつ、てんで弱っちいでやんのー」
あっという間にボコられていく長田。
長田……お前、後先考えないのは、勇敢とは言わないんだぞ……。

どうする。俺はあいつを助けてやることができる。
しかし、それでは長田に、俺の本性がバレてしまう。今日まで必死に演じてきたというのに。
思い出せ。ここまで来れたのは、ひとえに多恵の尽力のおかげだ。
“ヤンキーと殴り合いの喧嘩をしているところを、クラスメートに見られました”
なんて、彼女に合わせる顔がない。

ぐったりした長田を残し、ヤンキー達がこちらに戻ってこようとする。
いや、一人の足が止まった。
ボロ雑巾のようになった長田が、それでも、足にしがみついているからだ。

「なんだよ、しつけーな」
ヤンキーの足が振り上げられた。

「止めろっ!」
「へっ?」
俺の口から、ドスのきいた声が上がり、ヤンキーどもはきょとんとする。
ああもう。腕を掴んでいた一人を、背負って投げ飛ばす。

地面に叩きつけられた男のうめきを背に聞きながら、バカ面を晒している二人の方に飛び出す。
スカートが邪魔で、思うようにスピードが出ない。
が、手前にいる方の男の顔は、まだ呆けたままだ。いける。楽勝だ。

男の眉間に拳を打ち込む。生憎だが、容赦をしている余裕はない。
俺は短時間で事を済ませなければならないのだ。

残り一人になった男は、ようやく事態を飲み込めたようだ。
懐に手を突っ込んでいる。凶器でも出すつもりか。
案の定、ナイフが振りかざされたが、もう遅い。俺の射程距離だ。

その場で一回転。ふわりと舞い上がるスカート。
瞬間、足が自由になる。さあ、俺のパンツを見たのだから、お前は死ね。
足を上げ、二回転目。男の顔を横からなぎ倒すように、回し蹴りを決める。
不自然な角度に首を曲げながら、泡を吹いて沈む男。

「ふう」
息を整える。この間、数十秒もかかってないはずだ。目撃者はいないだろう。
ここにいる、ボロ雑巾の一人を除いては……。

・・・




「つっ……こっ、ここは……?」
「あっ、気がついた? だいじょうぶ?」
「えっ、あっ、あれ?」
ここは、俺の部屋。長田はきょろきょろとあたりを見回している。
少なくとも、女の部屋でする作法ではないな。

とりあえず、容態を確認する。
「ここは私の部屋よ。我慢できないほど痛むところはない? 骨は折れてないようだけど」
「えっ? いつっ。あっ、あの、高原さん。痛いけど、我慢できないほどじゃない」
「そう。良かったわ。今日は、本当にありがとう」
「えっ? えっと、“ありがとう”って……」
「覚えてないの? ほら、私が男の人にからまれてて……」
「あっ、ああ、うん。でも」
「ええ。長田君が乱暴されていたところに、謎の正義の味方が現れて、私達を助けてくれたのよ」
「正義の味方?」
「あははっ。おかしいよねっ。でも、その人が自分でそう言ったんだから、しかたないのよ。
 その人が、ばばーって、あの人たちをやっつけてくれたの」
早口になる俺。苦しいのは自分でも解るが、長田ならなんとか……。

「……やっつけたの、高原さんだよね?」
ちっ。

「今、“ちっ”って……」
この野郎。覚えていたか。
あのとき、既に意識が朦朧としていたようだから、これで騙せるかと思ったのに。
念のため、記憶を完全になくすよう、俺自ら、とどめを刺しておいたというのに。
そのせいで、完全に失神した長田を放置するわけにもいかず、
他人に見られる危険を冒してまで、タクシーを拾い、こいつを背負ってきたのだ。
まったく、世話を焼かせてくれる。

乙女のために、その5。何かをお願いするときは、満面の笑みで。
「ねぇ、長田君」
「えっ?」
「今日のこと、誰かに話したら……わかってるよね」
「はっ、はいっ!」

途中から3オクターブほど声を下げると、長田はぶるぶると震えながら返事をした。
空いている椅子に座って、ため息をつく。
「はぁ。せっかくここまで、バレずにきたんだけどな……」
「……」

長田は押し黙っている。なんだ。幻滅させてしまったか。
「悪かったな、こっちが俺の地だ」

顔を上げた長田が、おずおずと口を開いた。
「……学校では、猫かぶってたの?」
「人聞きの悪い。猫かぶっているんじゃなくて、目指しているんだ」
「……目指すって、なにを?」
「だから……その、女の子らしい女の子というか、乙女というか」
「なっ、なんで?」
「なんでって、そりゃ、お、俺だって、男の子と付き合ってみたいというか……」

後半は口籠もってしまい、聞き取れるような声ではなかったが、
長田には伝わったようで、驚いた顔をしている。
「えっ? 高原さんて、誰かと付き合ったことないんだ?」
「おっ、お前はあるのかよっ!」
「いっ、いや、ぼっ、僕もないけど……でも、高原さんは美人でかわいいのに」
「だから、それを目指してるんだって」



「よくわからないけど……女の子らしさを目指しているのなら、もう十分だと思うけど……」
「なにが十分なもんか。どこの世界にヤンキー相手に立ち回りをする乙女がいるってんだ」
「そっ、それは、僕を助けるために……」
「そうだよっ! だいたい、お前がかっこよく、あいつらを倒していれば、
 俺も今頃は、“長田君、すてき♪”って、なってた筈だったんだよっ!」
「そっ、それは、ごめん……」
「まったく、いいようにボコられやがって」
「ごめん……」

すっかりしょげている長田が哀れで、視線を逸らせてから、少し慰めてみる。
「……でも、まあ、お前は無謀だったが、女のために体を張るところは、なかなか良かった」
「でも、ただ殴られただけだったし……」
「いや。男には負けるとわかっていても、戦わなければならないときがある。
 それがわからん奴は、男じゃない。お前は弱いかもしれないが、男だった」
「高原さんって、女の子の世界より、男の世界の方が詳しそうだね」
「……それを言うな」
「あっ、あはは。ごめんなさい」
「まあいい。今日はもう遅いし、泊まっていけ。家に連絡はしておけよ」
「えっ。でも、それは悪いよ」
「お前、解ってないな。体を動かそうと思っても、きっと痛くて無理だぞ」
「えっ?」

長田はベッドから這い出ようとするが、苦しげに顔を歪めることしかできない。
俺は長田の体を支えて、再びベッドに寝かせてやる。
「ほらな」
「くっ……うん。ごめん、迷惑かけて」
「一晩寝れば、動けるようにはなるだろう。痛みは残るがな。とにかく、今は寝てろ」
「でも、女の子の家に泊まるなんて……」
なんだその、“不安でしょうがないです”みたいな顔は。

「別に襲ったりはしないぞ?」
「そうじゃなくてっ! 逆っ!」
「はぁ? 起き上がれもしない男を泊めて、なんの危険があるってんだ。
 まぁ、たとえお前がピンピンしてても、返り討ちにする自信はあるけどな」
「えっと……それは、そうだけど」
「それに、せっかくだから、お前、ちょっと俺に付き合え」
「えっ?」
「こんな機会、めったにないしな。長田、お前今日、晩飯食ったか?」
「ううん。食べてないけど、あんまり食欲ないかも……」

俺は呼吸を整えて、自分の口調を切り替える。
「だめよ、長田君。無理にでも食べないと。ちょっと待っててね。軽く作ってくるから」
「へっ?」
せっかく乙女モードを発動してやったというのに、なんだそのリアクションは。

「だから、“男の看病をする女の子”の練習がしたいから、付き合えってんだよ」
「あっ、うん。ありがとう、高原さん」