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乙女のために、その6。あーんをするときは、手を添えて。

「はい。あーん」
私は長田君の口元に、お粥をついだれんげを差し出します。

「えっ。いっ、いや、その、高原さん。自分で食べますから……」
長田君は顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと振っています。照れ屋さんですね。

「ほらほら、照れない照れない。怪我人なんだから、遠慮することないのよ」
「いやっ。ほんと、はっ、恥ずかしいですから……」
もう、しょうがないですね。きりがないので、低い声でぼそりと呟いてみます。

「……練習だっつってんだろ」
「はっ! はいっ! よっ、喜んでいただきますっ!」
恥ずかしそうに目を白黒させながら、長田君は口を開けました。
熱くて火傷しないように、ふうふうと息を吹きかけてから、れんげを彼の口元に運びます。
はふはふもぐもぐと、おとなしく食べる長田君。うふふ、なかなかかわいいですね。

「おいしい……」
「そう? まだ食欲が残ってて良かったわ。
 本当にボコられると、二、三日は何も喉を通らなくなるから……」
「あったんだ……そんなこと……」
「うふふ……」
「あっ、あはは……」
二人の乾いた笑いが、空間を支配します。余計なことを言ってしまいました。

「……すまん。“おいしい”からリテイクしてくれ」
「あっ、うん。でも、本当においしいよ」
「うふふ、ありがと。でも、お粥なんて、誰が作っても、そんなに変わらないわよ」
「僕、料理できないから、よく解らないけど、高原さんは料理得意じゃないの?」
「得意ってほどじゃないけど、人並み程度にはね」
会話しながらも、長田君の口に、つぎつぎお粥を放り込んでいきます。

「高原さんの料理、食べてみたいな―――って、ごめん。練習なのに、何言ってんだろ」
「あはは。いや、練習の台詞としては、なかなかいいぞ。やるじゃないか、長田」
「えっ? そっ、その、思ったことを、つい言っちゃっただけで」
「いいさ。俺の前では、素直に思ったこと喋ってればいいよ」
「うっ、うん」
「そうだな。金がないときに腹が減ったら、俺のところに来い。なんか食わせてやるぞ」
けたけたと笑いながら、言ってやる。実のところ、料理には結構自信がある。
これだけは、付け焼き刃の女の子らしさと違い、昔からしていたのだ。

「あっ、ありがとう」
「おう。おっと、練習練習。“嬉しいっ! がんばって作るねっ!”―――どうだ?」
「えっ、うん。すごくかわいらしいと思う。けど……」
「なんだ? 言いたいことがあるなら、素直に言え。悪いところを指摘されないと、練習にならん」
「その、今の、とても良かったと思うけど、あの、“なんか食わせてやる”の方が、嬉しかった」
「なんで? 言葉遣い良くないだろ?」
「だって……そのときの高原さんの笑顔が、ほんとに嬉しそうだったから」
「今のは、演技って、バレバレか?」
「うっ、ううん。そんなことない。さっきから、別人かと思うくらいだもん。
 でっ、でも。その、やっぱり、地の高原さんを知っちゃうと……」
「演技だとわかってしまう?」
「地の高原さんの方が、かわいいなぁって思ってしまう」
「へっ?」



こいつは、何を言っているのだろうか。
俺が精一杯演じてる“理想の女の子”より、ガサツで口の悪い俺の方が好きだというのか。
なんとも、変わった奴だ。

「お前は、女の子らしい俺が好きだったんじゃないのか? 告白までしたくせに」
「そっ、それは、そうなんだけど」
「俺の本性を知って、幻滅じゃないのか?」
「そっ、そんなこと、ない。今の表情がころころ変わる高原さんも、かっ、かわいいと思う」
「へっ、へー。じゃっ、じゃあ、俺がこんなままでも、俺と付き合いたいとか、思うんだ?」
「えっ? そっ、その、ぼ、僕もう、フラレてるし……」
「質問に答えろっ!」
「はいっ! 付き合いたいですっ!」
「よしっ! 付き合ってやるっ!」
「えっ?」
思わず膝を叩いて答えてしまった。なっ、何を言っているんだ。俺は。

「いっ、いや、地のときは、つい、勢いに任せて喋ってしまうというか……」
「あっ、そっ、そうですか……」
「その、正直なことを言うと、俺はまだ、恋愛というものが、よくわからんのだ」
「うん……」
「俺は、ずっとこんなだったんだが、それじゃ恋愛なんてできないって、思ったんだ。
 それで、多恵に―――松木に教えてもらって、“理想の乙女”を目指してみたんだ」
「そうだったんだ」
「今は、結構楽しい。まるで、毎日踊りを踊ってるみたいだ」
「うん。高原さんはいつも優雅で、まるで舞姫みたいだと思って、毎日眺めてたよ」
「お前は気を許すと、とたんに歯の浮く台詞を言うんだな」
「あっ! いっ! そのっ!」
「それなのに、お前は地の俺の方がいいのか」
「舞台を下りても、舞姫には舞姫の輝きがあるんじゃないかな」
「お前はもしかして、調子に乗っているのか?」
「ごっ、ごめんなさい……」
さっきから顔が火照る。まったく、なんてクサい台詞ばかりいうんだ、こいつは。

「まあいい。多恵は“恋心”というやつも教えてくれた。
 が、それはまだ、知識だけで、俺は、お前を男として好きなのかどうか、さっぱりわからん」
「あはは。改めて言われると、ちょっとへこんじゃうね……」
「しかし、それは、今現在の話だ。俺は、生まれ変わろうとしている。
 いつか、誰かに恋をするようになるかもしれん。というか、それが最終目的だ」
「うん」
「おっ、お前のことを、好きになるかもしれん」
「そっ、それはどうかな……」
「いや。今日の件で、お前の評価は結構上がった」
「……ボコボコにされたけどね」
「まあ、可能性の話だ。他の誰かを好きになる可能性も、誰も好きになれない可能性もある」
「それはそうだけど、どうしてそんなこと言うの?」
「だから―――それでよければ、しばらく俺と付き合ってみないか」
「へっ?」
「虫のいい話だとはわかっている。
 俺に好意的なお前につけ込んで、俺はお前を、今みたいに、ていよく練習台にしたいんだ。
 それでよければ―――よいわけはないだろうが、こんなことを頼めるのは、お前だけだし」
「いいよ」
「えっ?」
かなり悩む、もしくは断るだろうと思っていたが、長田は即答した。



ぽつぽつと喋り出す長田。
「高原さんは、誠実な人なんだね」
「お前の好意につけ込んでいると言っている」
「だって、“本当に好きかは解らないけど、とりあえず付き合ってみよう”って、
 別に普通だよ。付き合わないと解らないことだって、たくさんあるだろうし、
 付き合い始めるのに、確たる約束事は、いらないんじゃないかな」
「それは……そうかもしれんが」
「機会をもらえるなら、高原さんに好きになってもらえるよう、努力もできるし」
「本当に、いいのか?」
「それは、こっちが聞きたいんだけど」
「よし。きまりだ」
「うん」

かくして、俺と長田は付き合うことになった。
付き合う、かあ。いやいや、なかなか、照れるな……。
いや、待てよ。付き合うんだから、こうやって、ぼんやりしててもいいものか?

「えーっと、そうだな。じゃあ、ちゅーでもするか?」
「へっ?」
「いや、だって、付き合うんだし。長田君、キスして♪」
「わーっ! わーっ!!」
俺が顔を寄せると、長田はジタバタと暴れ出した。

「なんだ、取り乱して」
「だっ、だって、高原さん、きっ、キスしたことあるの?」
「もちろん、ない。ファーストキスだ」
「だっ、だったらもっと、大事にしないとだめだよっ!」
「お前は俺とちゅーしたくないのか? お前もファーストちゅーは大事か?」
長田は真っ赤な顔をブルブルと横に振って答える。

「しっ、したいけどっ! そういうのは、もっとちゃんと好きになってからじゃないとダメっ!
 高原さん、さっき、“お前のことを好きかどうかわからん”って言ったばかりじゃないっ!」
「しかし、俺達は付き合うことにしたんだろう?」
「付き合う→即ちゅーって、そんな大人じゃないの。僕達っ!」
「そういうのは、大人の恋愛か?」
「そうっ! 高校生は、もっと時間をかけるのっ!」
「そうか……そうだな。ステップが大切なんだな」
「わっ、わかってくれて、なにより……い、イタタタタ」
思い出したように、痛みに顔を歪める長田。まったく、この程度で取り乱すなど、うぶな男だ。

「暴れるからだぞ」
「びっくりさせるようなこと言わないでよ」
「うーん、じゃあ、手、繋いだりはいいか?」
「うっ、うん。そのくらいは、いいんじゃないかと思う」
「よし。手、出せ」
「今から?」
「いいって言ったじゃないか。ほらっ」
「あっ、うん」

長田が右手を出してきたので、それを自分の右手で握ってみる。にぎにぎ。うーん。
「……握手?」
「そっ、そうとも言えるね……」
「……思っていたのと違うんだが」
「その、まあ、初めはこんなもんなんじゃないかな……」
「そうなのか。うーん。まあ、そうかもしれんな」

この姿勢では、握手というより、旦那の臨終をみとる健気な妻のようだ……。




時計を見る。もう遅くなってしまった。
とうにお粥は空になっているし、今日はそろそろ休ませよう。

「さて、そろそろ寝るか。お前はそこでいいとして―――」
「ほっ、ほんとにいいの?」
「しつこいぞ。反論は却下だ。リビングにはソファーと毛布があるんだ。
 よく、そこで寝ちまうんだけどな」
「じゃ、じゃあ僕が……い、いえ、なんでもないです」
じろりと睨んで、長田の反論を黙殺する。

「しかし、俺は思う。付き合っている二人は、一つのベッドに……」
「だめっ! だめっ! イタタタタっ! それはだめっ!!」
また長田が、ベッドの中でツイストダンスを踊り出した。関節きしむくせに……。

「くっ。あはははっ!」
「へっ?」
「ふふん。からかっただけだ。俺だって、そういうのは、ちゅーのあとだと知っている」
「そっ、そうですか……」
「なんだ。残念なのか?」
「高原さんは、男心も勉強してくれると嬉しい」
「それは女心より難しいのか?」
「……同じ程には」
「それは時間がかかるな。おいおい教えてくれ」
「うん」
「じゃあ、おやすみ。って、えーと」
「なに?」

もらったラブレターにちゃんと書いてあったと思うのだが、思い出せん……。
「すまん。お前、名前、なんだったっけ?」
「とほほ……優一です」

しょげる姿を見ると、罪悪感が胸にちくちくと刺さる。少しは贖罪してやろう。
長田だって、女の子らしい仕草で“おやすみ”してあげれば、嬉しいに違いない。
「おやすみなさい。優一君」
「あっ、うん。おやすみなさい。高原さん」
「違う。お前も俺に、とほほと言わせたいのか」

何故だか少し腹が立つ。なんで俺が“優一”君なのに、こいつは“高原”さんなのか。
「えっ? あっ、ああ。おやすみなさい。さっ、さゆりさん」
「明日からは、いつも名前で呼び合うからな」
「がっ、学校でも?」
「当然。全校公認のカップルになろう」
「うっ。ぼっ、僕、確実にいじめられるよ……」
本質がそうだとは思わないが、表面的に軟弱なところは、どうにかならないか。優一よ。

「ふん。俺は学校では地を出さんから、お前を助けてやれん。自分でどうにかしろ」
「確かに、それで高原さんに助けられるのも悲しいから、自分で頑張るよ……」
「よし。じゃあ、ご褒美というか、少しだけフライングだな」
「えっ?」

俺はかがみ込んで、優一の頬に自分の唇を押し当てた。
「えっ!? えーっ!!?」
「ははは。お休み、優一。いい夢を見ろ。俺が出てくる夢がいいだろう」
「おっ、おやっ、おやっ、おやっ、おやっ」
壊れたレコードのようになっている優一を残して、俺は部屋を出た。

「コレハイッタイドウイウコトカシラ」
翌朝、いつも通りに俺を迎えにきてくれた多恵の前に、優一と揃って顔を出すと、
彼女は何故か、カタカナ変換だった。

「おはよう多恵。俺達、付き合うことにしたから」
「ハ?」
「私達、付き合うことにしたの」
「ヘ?」
乙女口調で言い直してみたが、多恵には何故か、伝わらなかった。

「……おい、優一。俺はこれ以外の表現を知らん。お前から何か言ってくれ」
「あっ、うん。そっ、その、松木さん、このたび僭越ながら、高原さんと……」
「さゆり、だと言ってるだろう」
「えっ、あっ。さゆりさんとお付き合いさせていただくことになりました、長田優一です」
「オマエノナナドシットルワ」
「多恵が人にそんな口をきくなんて、珍しいな……って、わわ、おいっ!」
いきなり多恵に腕を引っ張られる。気がつけば、残された優一から、数十メートル離された。
通行人が、ちらほら視界に入る。

「ねっ、ねえっ! どうしちゃったのよっ! 多恵ちゃんっ!」
「どうしたじゃないわよっ! なんで長田君と一緒に出てくるのよっ!」
「あっ、漢字変換戻ったね」
「そんなことはどうでもいいっ!」
「はっ、はい」
多恵が俺にこんな口をきくなんて初めてだ。ちょっとショック……。

「あなた、昨日は青山君とデートだったんじゃないのっ!」
「あー、青山君はダメね」
「どうしてっ!」
「彼、ちょっとヤンキーに絡まれただけで、私一人残して、逃げちゃったのよ」
「……とんだチキン野郎ね」
「全くよ」
「それでどうして、長田君になってるの?」
「哀れ、暴漢の慰み者にならんとしていた私の前に、颯爽と現れたのが優一君だったのよ」
「もっ、もしかして、あの長田君が、やっつけちゃったの?」
「いいえ。どちらかというと、やっつけられたわ」
「じゃあ、誰がやっつけたの?」
「どちらかというと、私」
「どっちが王子でお姫様なんだか……」
「それで、昏倒した彼を放置するわけにもいかないから、一晩泊めてあげたのよ」
「まっ、まあ、そこまではいいわ。よくないけど。それが、どうして付き合うことに?」
「話の流れで、なんとなく」
「さゆりちゃん、長田君のこと、好きになったの?」
「まあ、悪い人じゃないしね」
「前は、そう言って断ったじゃない」
「そうなんだけど、とりあえず付き合ってみようかな、と」
「とりあえず? だったら、もうちょっと他に選択肢があるんじゃないの?」
「だったら、別に優一君でもよくない?」
「とにかく私は反対よっ!」
「どうして?」
「さゆりちゃんには、もっと相応しい男の子がいるはずよっ!」
「前に優一君に告白されたときは、別に反対しなかったじゃない?」
「あのときは、さゆりちゃんが乗り気じゃないって解ってたし!」
「多恵ちゃんは、私のこと、よく解るのね」
「今のさゆりちゃんは、さっぱり解らないけどねっ!」
「そう? ほんとは、解ってるでしょ?」
「……」
とたん、多恵は俯いてしまった。考え込んでいるのか、単に怒りを堪えているだけなのか。
どうして、彼女がこんなに激昂するのか、俺にはよくわからない。
相手が優一だからだろうか?
それとも、誰であろうと、熟考して選んだ男でないなら、彼女の同意は得られないのか?

「……だいたい、解るけど。それって、恋なの? 単に気に入っただけじゃないの?」
「さすが多恵ちゃん。そうね。でも、付き合ってみれば、解るんじゃないかと思って」
「……」

多恵は答えない。話が一段落ついたように見えたのか、こちらに優一が呼びかけてきた。
「あのー、そろそろ急がないと遅刻すると思うんですけどー」
「キシャーっ!!」
多恵が優一を威嚇する……なんで猛禽類?

・・・

多恵と二人、学校までの道を歩いていく。五メートルほど後ろに優一。
とりあえず優一には、つかず離れず後をついてくるように言っておく。
次の角を曲がれば、もう校門だというのに、多恵はまだ頭を横に振っている。

角を曲がると、校門の前に人影が見えた。
もちろん、登校中の生徒が、わらわらと校門をくぐっているわけだが、
その男だけは、何かを、誰かを捜すかのようにきょろきょろとしている。

「青山め……」
まだ青山の方は、俺たちに気づいていないようだ。
慌てて角を引き返し、小声で手招きして、優一を呼び寄せる。

「おいっ、優一っ、ちょっと来いっ」
「うっ、うん」
「さゆりちゃん、なんのつもりよ?」
不思議そうな顔をしながらも、駆け寄ってくる優一に、いぶかしげな視線を向ける多恵。

「そこに青山が立ってる。ちょうどいいから、昨日の礼をしてやる」
「ああ。あのチキン野郎ね……まあ、しょうがないか。今は黙認しましょう」
「なんのこと?」
一人、話についてこれていない優一に、俺は向き直る。

「いいから。お前は何があっても、うんうん頷いてろ」
「うっ、うん……って、ちょっ、高原さんっ!?」
優一の腕を取り、肩にしなだれかかるように、体を寄せる。

「さゆり。今から“高原”って言ったら、その回数だけお前を殴る」
「はっ、はいっ!」
「ねぇ……ちょっと、やりすぎじゃない? 手、繋ぐぐらいでいいでしょ」
「このくらいの方がわかりやすい。じゃあ、いくぞ」
何食わぬ顔で、優一にべったりしながら、校門まで歩いていく。
ほどなく、青山と目が合う。

「あっ! さゆりちゃんっ! 昨日は大丈夫だった? 本当にごめん……って」
申し訳なさそうにしていた青山の顔が、驚きに変わる。

「あら、青山君、昨日は楽しかったわ。どうもありがとう」
優一の肩にしなだれかかったまま、満面の笑みで挨拶してやる。

「あの、それ、なんなの?」
青山が優一をカクカクと指さしながら、わかりきったことを聞いてくる。
「何って、優一君よ。あはは、青山君ってば変なの。クラスメートの顔、忘れたの?」
青山に見えないように、優一の背中をつねる。

「いっ! おっ! おはよう、青山」
「なんで、そんなにくっついてるの?」
優一の挨拶を無視した青山が、俺と優一の接地点をカクカクと指さす。

「なぜって、それはもちろん、優一君とお付き合いしてるから」
「へっ!?」
青山の、どこを指しているともわからない指が、ガクガクと震える。
「うそだぁ!」
「本当よ、ねぇ」
握った腕に力を込めると、こくこくと頷く優一。

「どうしていきなりっ!?」
「どうしてって、優一君が好きだから」
「なんでっ!?」
「そんなこと言われても、好きってことに理由はいらないでしょ?」
「そうじゃなくてさっ!」
「さゆりちゃん、青山君はさゆりちゃんと長田君の馴れ初めを、聞きたいんじゃないかな」
俺達の後ろから、多恵が首を出す。

「そうなの?」
「そっ、そうっ!」
「えっと。昨日、青山君に置いてきぼりにされて、私、すごく悲しかったわ」
「そ、それは……ごめん」
「あの人たちが怖くて怖くて、泣き出したら、そこにたまたま通りかかった優一君が、助けてくれたの」
「えぇっ!?」
「優一君、私とあの人たちとの間に入って、戦ってくれたの」
「この長田がぁ?」
「……そうね。優一君、あんまり強くなかった。もうボコボコに殴られちゃった。
 彼の顔、まだ痣が残ってるでしょう。ほら、腕もこんなに」
優一の腕の袖をまくってやる。実際、痣だらけだ。

「制服だって、私が洗って泥は落としたけど、あちこちすり切れてるでしょう?
 殴られて、倒されて、蹴られて、転がされて……そうね、正直、とっても、格好悪かったわ。
 でもね、それでもね、優一君、倒れても倒れても立ち上がって、私を守ろうとしてくれたの。
 何度も立ち上がってくるものだから、あの人たちも呆れちゃったみたいで、
 私たちをおいて、帰っていっちゃった。
 倒れた優一君を見て、私は、とても格好いいと思ったわ。とても、好きだと思ったわ」
「……」
乙女のために、その7。愛を語るときは、頬に涙を浮かべながら、歌うように。
俺の声は、青山にどんな風に届いただろうか。彼は何も言わずに、俯いてしまった。

「青山君も、この先一緒に過ごす女の子の前では、格好よくあってね」
「……ああ」
青山は優一を一瞥すると、背を向けて校門をくぐっていった。
俺の話に納得したようだったので、それなりに意味はあったようだ。

「……あまーい」
青山の背中が見えなくなったところで、多恵がぼそりと呟く。

「いや、相当へこんでたでしょ、あれは」
「甘いわよ。昨日のことだって、さゆりちゃんじゃなかったら、どうなってたことか」
「そうだけど。彼も次からは、がんばるんじゃない?」
「まあ、さゆりちゃんがいいなら、いいんだけど……
 それはそうと、ほんとにこの男は、倒されても倒されても立ち上がってきたの?」
優一を指さしながら、多恵が問うてくる。
「いいえ。わりと瞬殺ぎみだったので、とっととフォローに入ったわ」
「めんぼくない……」
「まっ、そんなところでしょうね」
がっくりと肩を落とす優一と、腰に手を当てて鼻息の荒い多恵。

優一の腕を引き寄せながら、耳元で囁いてやる。
「でも……格好いいと思ったのは、ほんとだぞ」
「えっ? ちょっ? そのっ!」
「何を慌ててるの、優一君? さぁ、このまま教室まで行きましょう?」
「はぁ……クラス中がパニックになるわよ……」