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 『越前藩国に民主主義は無い』 誤解を避けるために、もう少しだけ詳しく述べるとすれば、  『越前藩国が所属するわんわん帝国のみならず、 にゃんにゃん共和国をも含んだこの新世界『アイドレス』において、 議会制民主主義という政治システムは極めて機能しにくい』のだ。  そもそも民主主義という意思決定システムは『議論を充分に尽くして判断を下す』ことを大前提とする。  しかし、この世界における意思決定は『拙速をこそ尊ぶ』。  なぜなら、状況が発生してから対処が実行されるまでのスパンが極端に短いからである。  長い時でも数日、短い時は数時間以内で国家の取るべき対応を決断せねばならない。つまりは、『戦時中』なのである。  ちなみに危急の事態に及んで、民主主義を抑制して、権力を集中させ、意思決定の速度を上げる事例は 『挙国一致内閣』『国家非常事態宣言』等の呼び名で、近現代史にも多々見受けられる。  決断の遅れが即国家の存亡に関わりかねないこの国において、藩王の判断に異を唱えた佐倉 真の行為は、確かに罪であった。  罪は、罰されなければならない。 「…………」  越前藩国藩王、セントラル越前は見えない痛みに耐えるかのように閉じていた目を開き、眼前に平伏する佐倉を見下ろした。 「罪状は『藩王に対する不敬』 佐倉 真の藩城内序列をひとつ繰り下げるとともに、罰金50エチゼンを申し付ける」 「御意、謹んで処分をお受けします」  平伏したままの姿勢で微動だにせず佐倉はそう答えた。顔の上半分を覆う仮面で表情は伺えないが、少なくとも声には不満の色は無いようだった。 「あ、あの…藩王? 降格はわかるんですけど、50エチゼンって?…帝国の通貨単位は『わんわん』のはずだと…」 刀岐乃がおそるおそる、といった感じで挙手したのを見て、セントラル越前はしたり顔で笑った。 「うむ、今、余が思いついた越前藩国の通貨単位だ、当然レートも貨幣も存在しない以上、罰金の支払いは不可能である」 「…支払い不可能な罰金刑て…どんなイヤガラセですか…」 呆れ顔で言う刀岐乃を遮ってセントラル越前は言葉を継いだ 「そこでだ、罰金の徴収は不可能なので、替わりに物納を命じようと思う、佐倉、キミのその仮面を差し出しなさい」 「……!! この仮面は…」 「佐倉、キミは我が、そして我らが越前藩国に来てどれくらい経つかね?」  佐倉の抗議の声を無視して藩王は尋ねた。 「そろそろ皆と打ち解けても良い頃合だ …心を閉ざして、顔を隠したままで居ては、いつまでたっても佐倉は真の意味での越前藩国臣民とはなれない。私はキミにその仮面を外して欲しいのだよ」 「………」 「………」 「………」 「………」  沈黙の中、その場に居合わせた誰もが思っていた(おまえが言うなよ…)と。  それが他の藩王のセリフであれば「感動の名言」として語録に残されたかもしれない良い言葉であった、しかし残念ながらそれを口走ったのは会議中も食事中も睡眠中も、入浴中でさえ顔の下半分を覆う巨大なマスクを外さないセントラル越前その人だったのだ。 「………」  周囲の微妙な空気に気付いて咳払いをした越前藩王が手で合図をすると、彼に付き従っていたココア色の毛並みの戌士が、ビロードの布を張ったクッションを捧げ持って佐倉の前に立った。 「あの…佐倉さま、仮面をこちらに…」  しばし逡巡した後、佐倉は仮面の留め金を外し、クレージュが持つクッションの上にそのままそっと伏せて置いた。 「……!!…っ!!」  最初に、一番側に居たクレージュが気付いた。いつも表情をくるくると変えている大きな目にみるみる涙が溜まっていく 「?…ああ、驚かせたかな、すまない、でも大丈夫だ。ずいぶん古い傷だし、もう痛くは無いんだ…」  気配を察した佐倉は、戌士の少年の頭にぽん、と手を置き顔を上げた。  その右目には、爬虫類のように縦に裂けた瞳孔を持つ真紅の眼球、そして左目には…本来左目があるべき場所には何もなかった。落ち窪んだ眼窩を覆うものは、炒り卵のようにぐずぐずに崩れて引き攣れた古い痕。 「昔の戦傷にございますれば、処置が遅れ、このように醜い痕となり申した。諸侯に置かれましてはご気分を害する方もいらっしゃるかと、今まで仮面で覆い隠しておりました。素顔を晒さぬご無礼、平にご容赦を…」  まるで古典の芝居のようによどみなく述べて、優雅に一礼する。頭を下げたまま佐倉は次に来る誹謗か中傷、あるいは同情か戸惑いの声を待った。 「丁度良いではないか、理力使いの戦傷で、しかも目を!」越前がしたり顔で肯いた 「これは、アレですな、新開発の埋め込み式理力回路の…」 「詠唱戦闘行為の機械的補助に関する…」 「視神経を介したマンマシンインターフェイスのプラットフォームが…」  Kishima、赤い狐、黒埼ら藩国のサイボーグが控える一角からざわめくように聞こえてきた反応は、どれも佐倉の予測の斜め上を走るものばかりだった。言葉の意味は良く解らなかったが、本能的に身の危険を感じて一歩身を引いた佐倉の肩を天道ががっしりと掴んだ 「げっげっげ…佐倉さん、逃げようとしても無駄ですよ…もとい! 安心してください、我が越前藩国の医学力は帝国一ぃぃいい! なのですから」 「…っ! しまった!」  逃げ場はなかった、越前藩国が誇る白兵戦闘のエキスパート、鋼腕剣士に0m戦闘を許した時点で、只の理族の佐倉に勝ち目はなかった。 「いや、私は別にこのままでも…」 「越前中央病院に連絡だ、義眼化術用意! このまま連行…もとい!搬送する!」  満面の笑みで、手を振りつつ、『搬送』されていく佐倉を見送る藩王の横顔を見て、灯萌は(本当にこれでいいのかしら?)と真剣に悩んでいた。  数日後、越前城、と呼ばれてはいるが、その実藩王が寝起きしているというだけの普通の屋敷の部屋で、セントラル越前は腕を組んだままぬれ縁越しに庭を眺めていた。庭にはベニア板で作られた立て札が数枚、そのどれにもなおざりに書きなぐられたなにかの動物らしいイラストがある。 「藩王?…これは?」  不審そうにガロウが尋ねる 「ん?これか?…これは『的』だ」 「マト…ですか…?」  ますます訳が解らない、といった顔のガロウの背後から、月が声をかける 「佐倉さん、来たみたいですよ」 「おお、待ちかねたぞ、通せ」  新しい玩具の箱を開けるときのような調子と勢いで藩王は佐倉を迎え入れた。異形の右目は変わりなかったが、失われていたハズの左の眼球は傷跡もなく綺麗に治っている。いや、僅かにメタリックグリーンに光を跳ね返すその眼球は越前藩国が誇るサイボーグ技術の賜物だ。 「新しい目の調子はどうかな?」  まさに『わくわく』と書き文字が見えるような表情で藩王が問う 「…急に視力が戻ってきた所為でちょっとくらくらしますがね…快調ですよ」 「うむ、重畳である、…では佐倉、庭にある的を確と睨みつけてみよ」  義眼の試験かな?と思いつつ佐倉は素直に従う 「はぁ…よく見えます、はっきり結像していますよ。あれは…タヌキですか?」 「猫だ、余が手ずから描いたものである」  いささか憮然とした声色で藩王が訂正する。 「それでは、佐倉、キミにコマンドワードを授ける、的の猫を睨んだままで、りぴーとあふたみーだ『さ…さ、佐倉☆び〜む』」 「さくらびぃむ!?」 「違うな…『さ…さ、佐倉☆び〜む』だ、前半はこう、恥じらいとか戸惑いとか、そんなものを込めてちょっと詰まるのだ、しかる後に☆のところで抑圧された魂を開放して、一気にび〜むを放つのだ」 「さ…さ、佐倉☆び〜む」  訳が解からない、と言った風情で佐倉が藩王の言葉を繰り返すと、その言葉は信じがたい出来事を引き起こした。佐倉の新しい瞳が光を放つと「PON!」というマヌケな音ともに、少女マンガ(それも対象年齢が極めて低いやつだ)に出てくるような、ポップでキッチュな黄色の☆が飛び出し、結構な勢いですっ飛んで、「的」のベニア板を真っ二つに割ったのだ。 「な…な…」  あまりと言えばあまりの出来事に言葉が出ない佐倉をよそに、藩王は満足げに肯いた。 「うむ、新式理力集積回路も理力励起も、照射制御も上手く行ったな…威力も、まぁ及第点、と言ったところだ」 「つまり、理族の「詠唱戦闘行為」をサイボーグ技術で機械的にサポートしてみよう、という試みだったわけだ」  黒埼が藩王の言葉を補足する 「吏力集積回路をバイパスするときに、どこかでリークが起きてるらしくてね、普通に詠唱するのはできなくなったけど、こっちのほうが簡単だしオモシロイし、まぁ良いよね?」  この藩国に逗留して以来、仮面で顔を覆い、芝居がかった物言いで心を覆い続けていた佐倉真はこの時初めてむき出しの己自身を晒すことになる。ありていに言うと「キレた」 「人の目になにしてけつかんねん!わりゃぁ!!」  飛び交う怒声とファンシーな☆、破壊される壁、床、天井、 「ふむ、暴発しておるな」 「はい、恐らく言霊検出システムのオーバーフローかと…佐倉の声の音量と音圧に負けて、コマンドワードを識別不能になったんでしょうね」  一番丈夫そうな黒檀の執務机の後ろに隠れて藩王と黒埼がぼそぼそと相談を続ける。 「完全にいかれてますね、恐らく佐倉の大声なら言葉は何でも反応してる様子です」 「うむぅ…どうしたものだか…」  自分が言いだしっぺなのをまるで棚に上げきって心底困った声を出す藩王を横目で眺めて溜息をつきつつ黒埼が手にしたそれを藩王に渡した 「やはり『蓋をする』しかないでしょうねぇ…加工は済ませてあります。藩王、お願いします」  藩王は、越前城(と呼ばれる普通の屋敷)を半壊させた流星群の中心地点で肩で息をしている佐倉に近づき、彼の肩に手を置いた 「佐倉、やはり、コレはキミの顔の一部だ、返そうと思う」  手渡された仮面を見て佐倉は怪訝そうな表情を浮かべた 「しかし、藩王、罰金は…」  佐倉の視線を正面から受け止めないように、微妙に身体を逸らせつつ、佐倉に大声を出させないように、極力落ち着いた声としぐさで藩王は言葉を継いだ。 「それなんだがな、物納がダメなら労役で支払ってもらおうかと思う、デザイナーの朱居マリア殿が、小笠原分校の制服デザインをしたいと申し出ておってな、佐倉、キミにそのモデルを任せようと思う」 「…はぁ、了解です、御命、承りました」  渡された仮面を装着しつつ佐倉は腑に落ちない声でそう応じた。  この騒動は越前藩国の公式な記録に以下のように記されている 懲罰対象者 : 佐倉 真 罪   状 : 藩王不敬罪 量   刑 : 降格 並びに 罰金50エチゼン(徴収不可能により物納、も不可の為労役にて納付) 戦   果 : サイボーグ手術被験者 1体         制服デザインモデル  1人 損   害 : 越前城半壊  至上稀に見るレベルで訳が解からないこの公式文書は、越前藩国理族の登用試験として出題されることになる。文書から事件の概要を推察させる設問で…今の所正答率は0であるという。
 『越前藩国に民主主義は無い』 誤解を避けるために、もう少しだけ詳しく述べるとすれば、  『越前藩国が所属するわんわん帝国のみならず、 にゃんにゃん共和国をも含んだこの新世界『アイドレス』において、 議会制民主主義という政治システムは極めて機能しにくい』のだ。  そもそも民主主義という意思決定システムは『議論を充分に尽くして判断を下す』ことを大前提とする。  しかし、この世界における意思決定は『拙速をこそ尊ぶ』。  なぜなら、状況が発生してから対処が実行されるまでのスパンが極端に短いからである。  長い時でも数日、短い時は数時間以内で国家の取るべき対応を決断せねばならない。つまりは、『戦時中』なのである。  ちなみに危急の事態に及んで、民主主義を抑制して、権力を集中させ、意思決定の速度を上げる事例は 『挙国一致内閣』『国家非常事態宣言』等の呼び名で、近現代史にも多々見受けられる。  決断の遅れが即国家の存亡に関わりかねないこの国において、藩王の判断に異を唱えた佐倉 真の行為は、確かに罪であった。  罪は、罰されなければならない。 「…………」  越前藩国藩王、セントラル越前は見えない痛みに耐えるかのように閉じていた目を開き、眼前に平伏する佐倉を見下ろした。 「罪状は『藩王に対する不敬』 佐倉 真の藩城内序列をひとつ繰り下げるとともに、罰金50エチゼンを申し付ける」 「御意、謹んで処分をお受けします」  平伏したままの姿勢で微動だにせず佐倉はそう答えた。顔の上半分を覆う仮面で表情は伺えないが、少なくとも声には不満の色は無いようだった。 「あ、あの…藩王? 降格はわかるんですけど、50エチゼンって?…帝国の通貨単位は『わんわん』のはずだと…」 刀岐乃がおそるおそる、といった感じで挙手したのを見て、セントラル越前はしたり顔で笑った。 「うむ、今、余が思いついた越前藩国の通貨単位だ、当然レートも貨幣も存在しない以上、罰金の支払いは不可能である」 「…支払い不可能な罰金刑て…どんなイヤガラセですか…」 呆れ顔で言う刀岐乃を遮ってセントラル越前は言葉を継いだ 「そこでだ、罰金の徴収は不可能なので、替わりに物納を命じようと思う、佐倉、キミのその仮面を差し出しなさい」 「……!! この仮面は…」 「佐倉、キミは我が、そして我らが越前藩国に来てどれくらい経つかね?」  佐倉の抗議の声を無視して藩王は尋ねた。 「そろそろ皆と打ち解けても良い頃合だ …心を閉ざして、顔を隠したままで居ては、いつまでたっても佐倉は真の意味での越前藩国臣民とはなれない。私はキミにその仮面を外して欲しいのだよ」 「………」 「………」 「………」 「………」  沈黙の中、その場に居合わせた誰もが思っていた(おまえが言うなよ…)と。  それが他の藩王のセリフであれば「感動の名言」として語録に残されたかもしれない良い言葉であった、しかし残念ながらそれを口走ったのは会議中も食事中も睡眠中も、入浴中でさえ顔の下半分を覆う巨大なマスクを外さないセントラル越前その人だったのだ。 「………」  周囲の微妙な空気に気付いて咳払いをした越前藩王が手で合図をすると、彼に付き従っていたココア色の毛並みの戌士が、ビロードの布を張ったクッションを捧げ持って佐倉の前に立った。 「あの…佐倉さま、仮面をこちらに…」  しばし逡巡した後、佐倉は仮面の留め金を外し、クレージュが持つクッションの上にそのままそっと伏せて置いた。 「……!!…っ!!」  最初に、一番側に居たクレージュが気付いた。いつも表情をくるくると変えている大きな目にみるみる涙が溜まっていく 「?…ああ、驚かせたかな、すまない、でも大丈夫だ。ずいぶん古い傷だし、もう痛くは無いんだ…」  気配を察した佐倉は、戌士の少年の頭にぽん、と手を置き顔を上げた。  その右目には、爬虫類のように縦に裂けた瞳孔を持つ真紅の眼球、そして左目には…本来左目があるべき場所には何もなかった。落ち窪んだ眼窩を覆うものは、炒り卵のようにぐずぐずに崩れて引き攣れた古い痕。 「昔の戦傷にございますれば、処置が遅れ、このように醜い痕となり申した。諸侯に置かれましてはご気分を害する方もいらっしゃるかと、今まで仮面で覆い隠しておりました。素顔を晒さぬご無礼、平にご容赦を…」  まるで古典の芝居のようによどみなく述べて、優雅に一礼する。頭を下げたまま佐倉は次に来る誹謗か中傷、あるいは同情か戸惑いの声を待った。 「丁度良いではないか、理力使いの戦傷で、しかも目を!」越前がしたり顔で肯いた 「これは、アレですな、新開発の埋め込み式理力回路の…」 「詠唱戦闘行為の機械的補助に関する…」 「視神経を介したマンマシンインターフェイスのプラットフォームが…」  Kishima、赤い狐、黒埼ら藩国のサイボーグが控える一角からざわめくように聞こえてきた反応は、どれも佐倉の予測の斜め上を走るものばかりだった。言葉の意味は良く解らなかったが、本能的に身の危険を感じて一歩身を引いた佐倉の肩を天道ががっしりと掴んだ 「げっげっげ…佐倉さん、逃げようとしても無駄ですよ…もとい! 安心してください、我が越前藩国の医学力は帝国一ぃぃいい! なのですから」 「…っ! しまった!」  逃げ場はなかった、越前藩国が誇る白兵戦闘のエキスパート、鋼腕剣士に0m戦闘を許した時点で、只の理族の佐倉に勝ち目はなかった。 「いや、私は別にこのままでも…」 「越前中央病院に連絡だ、義眼化術用意! このまま連行…もとい!搬送する!」  満面の笑みで、手を振りつつ、『搬送』されていく佐倉を見送る藩王の横顔を見て、灯萌は(本当にこれでいいのかしら?)と真剣に悩んでいた。  数日後、越前城、と呼ばれてはいるが、その実藩王が寝起きしているというだけの普通の屋敷の部屋で、セントラル越前は腕を組んだままぬれ縁越しに庭を眺めていた。庭にはベニア板で作られた立て札が数枚、そのどれにもなおざりに書きなぐられたなにかの動物らしいイラストがある。 「藩王?…これは?」  不審そうにガロウが尋ねる 「ん?これか?…これは『的』だ」 「マト…ですか…?」  ますます訳が解らない、といった顔のガロウの背後から、月が声をかける 「佐倉さん、来たみたいですよ」 「おお、待ちかねたぞ、通せ」  新しい玩具の箱を開けるときのような調子と勢いで藩王は佐倉を迎え入れた。異形の右目は変わりなかったが、失われていたハズの左の眼球は傷跡もなく綺麗に治っている。いや、僅かにメタリックグリーンに光を跳ね返すその眼球は越前藩国が誇るサイボーグ技術の賜物だ。 「新しい目の調子はどうかな?」  まさに『わくわく』と書き文字が見えるような表情で藩王が問う 「…急に視力が戻ってきた所為でちょっとくらくらしますがね…快調ですよ」 「うむ、重畳である、…では佐倉、庭にある的を確と睨みつけてみよ」  義眼の試験かな?と思いつつ佐倉は素直に従う 「はぁ…よく見えます、はっきり結像していますよ。あれは…タヌキですか?」 「猫だ、余が手ずから描いたものである」  いささか憮然とした声色で藩王が訂正する。 「それでは、佐倉、キミにコマンドワードを授ける、的の猫を睨んだままで、りぴーとあふたみーだ『さ…さ、佐倉☆び〜む』」 「さくらびぃむ!?」 「違うな…『さ…さ、佐倉☆び〜む』だ、前半はこう、恥じらいとか戸惑いとか、そんなものを込めてちょっと詰まるのだ、しかる後に☆のところで抑圧された魂を開放して、一気にび〜むを放つのだ」 「さ…さ、佐倉☆び〜む」  訳が解からない、と言った風情で佐倉が藩王の言葉を繰り返すと、その言葉は信じがたい出来事を引き起こした。佐倉の新しい瞳が光を放つと「PON!」というマヌケな音ともに、少女マンガ(それも対象年齢が極めて低いやつだ)に出てくるような、ポップでキッチュな黄色の☆が飛び出し、結構な勢いですっ飛んで、「的」のベニア板を真っ二つに割ったのだ。 「な…な…」  あまりと言えばあまりの出来事に言葉が出ない佐倉をよそに、藩王は満足げに肯いた。 「うむ、新式理力集積回路も理力励起も、照射制御も上手く行ったな…威力も、まぁ及第点、と言ったところだ」 「つまり、理族の「詠唱戦闘行為」をサイボーグ技術で機械的にサポートしてみよう、という試みだったわけだ」  黒埼が藩王の言葉を補足する 「吏力集積回路をバイパスするときに、どこかでリークが起きてるらしくてね、普通に詠唱するのはできなくなったけど、こっちのほうが簡単だしオモシロイし、まぁ良いよね?」  この藩国に逗留して以来、仮面で顔を覆い、芝居がかった物言いで心を覆い続けていた佐倉真はこの時初めてむき出しの己自身を晒すことになる。ありていに言うと「キレた」 「人の目になにしてけつかんねん!わりゃぁ!!」  飛び交う怒声とファンシーな☆、破壊される壁、床、天井、 「ふむ、暴発しておるな」 「はい、恐らく言霊検出システムのオーバーフローかと…佐倉の声の音量と音圧に負けて、コマンドワードを識別不能になったんでしょうね」  一番丈夫そうな黒檀の執務机の後ろに隠れて藩王と黒埼がぼそぼそと相談を続ける。 「完全にいかれてますね、恐らく佐倉の大声なら言葉は何でも反応してる様子です」 「うむぅ…どうしたものだか…」  自分が言いだしっぺなのをまるで棚に上げきって心底困った声を出す藩王を横目で眺めて溜息をつきつつ黒埼が手にしたそれを藩王に渡した 「やはり『蓋をする』しかないでしょうねぇ…加工は済ませてあります。藩王、お願いします」  藩王は、越前城(と呼ばれる普通の屋敷)を半壊させた流星群の中心地点で肩で息をしている佐倉に近づき、彼の肩に手を置いた 「佐倉、やはり、コレはキミの顔の一部だ、返そうと思う」  手渡された仮面を見て佐倉は怪訝そうな表情を浮かべた 「しかし、藩王、罰金は…」  佐倉の視線を正面から受け止めないように、微妙に身体を逸らせつつ、佐倉に大声を出させないように、極力落ち着いた声としぐさで藩王は言葉を継いだ。 「それなんだがな、物納がダメなら労役で支払ってもらおうかと思う、デザイナーの朱居マリア殿が、小笠原分校の制服デザインをしたいと申し出ておってな、佐倉、キミにそのモデルを任せようと思う」 「…はぁ、了解です、御命、承りました」  渡された仮面を装着しつつ佐倉は腑に落ちない声でそう応じた。  この騒動は越前藩国の公式な記録に以下のように記されている 懲罰対象者 : 佐倉 真 罪   状 : 藩王不敬罪 量   刑 : 降格 並びに 罰金50エチゼン(徴収不可能により物納、も不可の為労役にて納付) 戦   果 : サイボーグ手術被験者 1体         制服デザインモデル  1人 損   害 : 越前城半壊  至上稀に見るレベルで訳が解からないこの公式文書は、越前藩国理族の登用試験として出題されることになる。文書から事件の概要を推察させる設問で…今の所正答率は0であるという。 ---- #comment(vsize=3)

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