越前藩国 Wiki

越前夏祭り

最終更新:

author

- view
だれでも歓迎! 編集

越前夏祭り


【浴衣姿の越前藩士】

其の壱 ~わたあめ屋台と総合案内~


陽気な祭囃子が響く。
藩王の館の前に立ち並ぶ屋台は、大工の棟梁、空木の手によるものであり、それぞれの店の看板は、朱居まりあと鴻屋心太が心血を注ぎ描きあげた力作である。
そしてその中でわたあめやらやきそばやらを作って売っているのはお館づとめの藩士たちだった。


わたあめの屋台を切り盛りしているのは刀岐乃とWish。
「ときのねーちゃん、わたーめちょーだい」
公園で一緒に遊んだことのある子供たちが、小銭を握り締めて屋台の周りに群がった。
「ほらほら順番よ。大きい子は小さい子がはぐれないように手をつないであげてね」
Wishが子供たちをうまく誘導して、わたあめを作る刀岐乃の前に、順番に出られるようにする。キョロキョロする子供たちの興味を自分らの屋台へひきつけることも忘れない。
「あの様子だけ見てると、いい母親になりそうなんだけどなあ」
その様子をすぐ向かいの、総合案内(という名の迷子預かり所)のテントから眺めていた黒埼がぼそりという。
元から彼女が持つ事務処理能力といい、黒オーマとの見合いに手を挙げた狭義心といい、長所・美点として数えられるものをいくつも持ちながら、「家事、特に料理の腕が壊滅的」という一点がそれらのプラスをすべてマイナスに持っていってしまう。
彼女がこの夏祭りで、わたあめの屋台の担当に回されたのは、割り箸に絡めるだけで余計な手の加えようがないから、という理由だった。それでも、わたあめに関する作業は刀岐乃、会計などに従事するのはWishという役割分担になったようだが。

「わたーめふかふかー」
「あまーい」
「お父さんやお母さんとはぐれちゃったら『せっしょーさま』のいるテントに行くのよ」
おそらく出るであろう迷子に対する事前対処も忘れないWish。
「せっしょおさま?」
やはり子供には聞きなれない言葉なのだろうか、その中の一人が聞き返す。それに応えて一人の男の子が手を挙げた。
「オレ、しってる。『せっしょーさま』っていうのはね」
その子に子供たちの注目が集まり、つい、刀岐乃もWishも作業の手が止まる。
「『えちぜんでいちばんかわいそーなひと』なんだぜ」

その言葉に思わずテーブルの下にもぐりこむ黒埼だった。

「ちちち、違うよ。摂政様っていうのはね、ええとええと」
フォローしようとして言葉の出てこない刀岐乃の姿に、背中を丸めて膝を抱え込む黒埼。なんだか視界もぼやけてきたようだ。
「そうね、可哀想にみえるかもね」
Wishの言葉に「そこで認めるのかよ…」という想いがこみあげる。
「摂政様、いつもお仕事いっぱいしてるもんね。でもね、摂政様がそんなにいっぱいお仕事してるのはなんでだと思う? キミたちが毎日楽しく遊んだりお勉強したりできるようになんだよ」
その言葉に、子供たちのみならず黒埼自身の視線もWishに向いた。
「だから摂政様がお仕事いっぱいになってるのみたら、『かわいそう』って言わないで、『ありがとう』って言ってあげてほしいの」

涙のせいだろうか。Wishの笑顔がとても輝いて見えた。

…続く



其の弐 ~やきそば屋台の風景~


館前の広場は屋台と人出でごった返している。
屋台の中から客を呼ぶ声がかかり、子供たちの元気な声が走り抜ける。
夜はまだ浅い。


立ち並ぶ屋台の中で、ひときわ香ばしい匂いを漂わせているのは、不破とRANKの受け持つやきそばの屋台だった。
「おじちゃん、やきそばひとつ」
「俺はまだお兄ちゃんだ」
小さな女の子におじちゃん呼ばわりされたことに不満をこぼしつつ、不破が華麗にヘラをさばく。
「わー、おじちゃんすごーい」
「はいよ、一丁あがり。だからおじちゃんじゃないって。ほら、熱いぞ。そこのベンチに座って食べな」
「うん、ありがとう、おじちゃん」
「結局おじちゃんかーーーーっ!」
そのやり取りを横目で見ながら、「あの子、絶対わかってやってるな」とつぶやくRANK。作業の手は止めず、出来上がったやきそばを鉄板の端へ移し、焦げ過ぎないように調整する。

ふとその視界に、幾つもの小さな姿が映った。
「おう、来たなボウズども」
さきほどわたあめの屋台に群がっていた子供たちの一団だった。
「ボウズってゆーな!」
「はっはっは、悪ぃ、悪ぃ。お、そりゃわたあめの棒か?」
「うん。もう食べちゃったよ」
「よしよし。ごみをポイ捨てしないのはいいことだ。ほら、貸しな。捨てといてやるよ」

わたあめを食べ終わった子からは割り箸を受け取りゴミ箱へ放る。
まだ食べきっていない子のわたあめにはビニール袋をかけて輪ゴムでとめてやる。もちろんその袋にその子の名前を書いてやることも忘れない。
「いい兄貴っぷりだな」
その様子を見ながら不破がにっと笑う。
「ま、好かれるってのは悪い気分じゃないしね」
手を振って走り去る子供たちを見送りながら、RANKが答える。
「しかし、今の子供ら、一人もやきそば買っていかなかったなあ」
「ま、もう少し大人の出足が増えるのを待つとしましょう。あの子らにはやきそばより、わたあめやらカキ氷のほうがいいんだろうし」
「おーし、鉄板みててくれ。野菜もう少し刻んじまうから」
「オーライ」
香ばしいソースの香りに混じって、軽快な包丁の音が響き始めた。

…続く



其の参 ~お絵かきカキ氷~


満月にはまだ足りない月が、雲のない空でのんびりとその身を泳がせていた。
館前の広場には、親子連れに混じって、カップルや友達同士らしい数人のグループが増えてきていた。

「いぬかいてー。みどりのやつでかいてー」
「ぼくくるまー。あおいのでかいてー」
「あたし、はーとがいいー」
心太とクレージュが切り回すカキ氷の屋台も子供たちでにぎわっていた。
「ほらほら、順番ですよ〜」
クレージュが四角く平たい紙皿に入った氷を子供たちに渡す。子供たちはそれを持って心太の前に並ぶ。心太は子供たちの注文に応えて、カキ氷のシロップを細くたらしながら、氷の上に絵を描いていく。
無論、看板のような細かく凝った絵は描けないので、デフォルメされた線画になるが、子供たちには非常に評判がいい。

「ほい、緑の犬と青の車、できたで」
「わーい」
「ありがとー」
「ハートは赤いのか? それともピンクのがええか?」
「ピンクのがいいー」
「まかしとき」
希望の絵を氷に描いてもらった子供たちは、屋台の前にしつらえられたベンチとテーブルについて、冷たいおやつを楽しんでいる。そのテーブルの上にも、シロップの入った入れ物が置かれていた。絵によってはシロップが少なくなってしまうので、自由に足せるようにとの配慮だった。

「もういっこ」
一人の子供がまた氷を買おうとクレージュの前に来た。が、クレージュはその子が出したお金を受け取らなかった。
「ダメですよ」
「えー、なんでえ〜?」
当然子供から不満の声が出る。
「もうキミ、二つ食べてるでしょう? 少しお腹を休ませてあげなくちゃ」
「だっておいしいからもっと食べたいもん」
「ありがとう。それはとっても嬉しいよ」
クレージュがにっこりと微笑む。
「でもね、せっかくおいしいって言ってくれたかき氷で、お腹をこわしてほしくないんだ。お腹をこわしちゃったら、ほかのおいしいもの、食べられなくなっちゃうでしょう?」
「む〜…」
「ずーっと遊んどったら疲れるやろ? そしたらキミらどうする? 寝たり休んだりして疲れを取るとん違うか?」
まだ不満げな少年に心太も声をかけた。
「お腹もおんなじや。休ませたらな、かわいそうやで」
「んー…」
「じゃあこうしよう。お金を預けるから、ボクと心太にわたあめを買ってきて。ただし、走ったらダメだよ? 帰ってきてまだカキ氷がほしかったらもうひとつだけ作ってあげる」
「わかったー」
このカキ氷の屋台とわたあめの屋台は、ほとんど並びの両端だ。子供の足で往復させれば少しは胃も休まるだろうし、ほかの屋台に気を向けてくれる可能性もある。

稼ぎという点では売れるだけ売ってしまえばいいのだろうが、お腹をこわして嫌な思い出になるより、楽しい思い出として子供たちの心に残ってほしかった。

クレージュの思惑通り、わたあめを買って帰ってきた子はすでにカキ氷をほしがらず、すっかり輪投げの屋台に心を奪われていて、心太とクレージュは「作戦成功」と笑ったのだった。


…続く



其の四 ~輪投げの屋台の残念賞~



吹き抜ける風は肌にひんやり感じるようになって、夜の深まりを告げる。その深まる夜に呼応するように、館前の広場には人が増えてきていた。
藩王・セントラル越前は、バルコニーから人々の様子を眺め、満足げにうなづいた。
月はまだ高い。


輪投げの屋台は閑羽と灯萌の担当である。
この屋台は完全に子供をターゲットに絞り、景品も子供の喜びそうなおもちゃや人形ばかりが並べられている。
きゃいきゃいとチャレンジする子供たちに混じって、我が子のためにがんばるお父さんや、彼女にいいところを見せたい青年の姿も見受けられた。

「線から出ちゃダメよ」
灯萌が男の子に投げ輪を渡し、所定の位置につかせる。
「あのお人形ほしいんだ」
「じゃあお人形の横に立ってる棒にわっかが入るように投げてね」
「えいっ」
「あたっ」
一投目は、あらぬ方向へ輪が飛んで行き、それをつかまえようとした灯萌の手に当たって落ちた。
「あ、ゴメンナサイ」
「大丈夫よ。今度は狙ってね」
「うん。……えいっ」
二投目はいい方向へ飛んだが、飛びすぎて景品台の裏側まで入り込んでしまった。
「それっ」
三投目は投げ方を変えたせいか、ほとんど飛ばずに失速。
「ええいっ」
四投目は距離も方向もなかなかのものだったが、惜しくも景品のないところへ落ちた。
「やあっ」
最終投も同じようにいい感じで飛んだが、棒の頂点を掠めてさらに奥まで飛んでしまった。

「あーあ、はずれたー」
「お人形とれなかったねー。ハイ、残念賞」
手持ちの輪を全部投げてしまった子供に、閑羽が小さな紙袋を渡す。
「なーに、これ?」
「クッキーだよ。みんなで焼いたの」
閑羽の言うとおり、ここで残念賞として子供たちに配られるクッキーは、閑羽と刀岐乃、灯萌がお館の台所で、粉まみれになって焼き上げたものである。
メインで型抜きや焼き上げをしたのはその3人だが、佐倉と夜薙が材料の調達に走り回ってくれたり、空木と不破がクッキーを焼くためのオーブンを組み立ててくれたり、Wishが味見をしてくれたり、まりあが紙袋のデザインをしてくれたりと、越前藩士たちの心血が注がれている。
「わー。ありがとー」
「あ、いいなあ。大人には残念賞ないの?」
その様子を見ていた順番待ちの青年が灯萌に言った。
「大人の人にもあるわよ。ただし食べ物じゃないけどね」
「大人の残念賞ってなに?」
「あたしクッキーのほうがいいなあ」
青年の連れらしき女性たちがそれぞれの意見を述べる。
「残念賞はくじ引き券。何箇所かくじの引ける屋台があるの。当るものは色々だけど、特賞は『ご希望の藩士と一日デート』の権利よ」
「ご希望の藩士って…誰でもいいの?」
女性たちの目が期待に輝く。
「もっちろん。クレージュくんだって摂政様だってオッケーよ」
「摂政様…」
「クレージュくん…」
灯萌が男性藩士の名前を挙げると、女性客のうち何人かがうっとりと頬を染めた。

「大人はクッキーはもらえないの?」
藩士とのデートには興味がないらしい女性客が閑羽に訊ねた。
「ごめんね、お姉ちゃんたちにはクッキー配ってないの」
「そっかあ」
「でも、あそこのテントで作り方書いた紙、あげてるよ」
そういって閑羽が指差したのは、黒崎のいる総合案内のテントだった。
「そうなんだ、ありがとう。帰りにもらっていくね」
「うん、お姉ちゃんもクッキー作ってね」

「……ここは一体何の屋台だ」
投げ輪を渡された青年がつぶやく声は、吹きぬけた夜風の中に溶けていった。


…続く



終章 ~祝いの歌声~



担当の屋台がある藩士はその仕事を、担当の屋台を持たない藩士はそれぞれのフォローや裏方作業にいそしみ、月もだいぶ低い位置へと移動した。
すでに材料や商品がなくなった屋台は店じまいを済ませており、空木がそれらを順に解体にかかっている。

落し物が多く、迷子も何人か出たが、それ以外はさしたるトラブルもなく、越前の夏祭りは終わりへ近づいていく。
だが、客として訪れた藩国民たちの多くは、まだ祭りの場所に残っていた。
彼らはお館のバルコニーを見上げる広場へと集まりつつある。

まだ騒ぎ足りない者たちか。
その様子を館の中からうかがって、セントラル越前がやれやれといった風に息をつく。
「藩王」
その背後から声をかけるものがあった。
「佐倉か。どうした」
「バルコニー下の広場の者たちなのですが…」
「まだ浮かれておるのだろう。特に咎め立てをするでないぞ。彼らの支えなくして国はたちゆかないのだからな」
「はい、彼らを咎めるつもりはありません。みな、藩王を待っているのです」
「……私を?」
「この夏祭りの発案者は藩王ではありませんか」
「発案って…、『ここんとこ楽しいことないし、パーッと祭りでもやりたいのう』ってこぼしただけだし、準備とか屋台とか走り回ってくれたのはお前たちだろう」

その通りだった。
藩王のこぼした言葉に反応して、「じゃあ時期もちょうどいいし越前夏祭りといこうじゃないか」と、藩士たちが一丸となって準備を進め、この一晩限りとはいえ、越前に住むもの皆が楽しめるようにと祭りが開催されたのだった。
藩王には祭りの開催の許可を出してもらっただけで、特に何か動いてもらったわけではない。無論、藩王たるもの、遊びに心奪われ執務をおろそかにするわけにはいかない。それもあって、藩王自身はこの祭りにほとんど関わっていないのだ。

「佐倉さん、藩王様の準備はまだですか?」
仮面の男の後ろからWishが顔を出した。
「いやだから、私は何も…」
「何もしてなくていいんです。とにかく顔を出してあげてください。挨拶とか別にいいですから」
「そうですよ藩王。皆が待っています」

結局。
Wishと佐倉に押し出されるようにして、バルコニーに立つ藩王だった。

「藩王様だ」
「藩王様ー」
その姿に気づいたものが声を上げる。歓声とともに手が振られる。
どうしたものかと思いながら、その手にやはり手を振って応える藩王。
その姿にいっそう広場が沸きあがる。
「我が、そして我らが越前藩国の人々よ。祭りは楽しんでもらえたか?」
藩王が口を開くと、歓声はやみ、かわりに熱気を帯びた沈黙が広場に満ちた。
「おおいに遊び楽しみ、十分な鋭気を養ったら、また明日からそれぞれの大切な仕事に勤しんでほしい。皆の働きあってこその越前藩国なのだからな」
わあっとまた歓声が沸き起こる。その盛り上がりに、つい藩王も解散を促す言葉をためらった。何かもう一言言って引っ込んでしまえば、自然解散となるだろうと思い、藩王は口をひらいたが、それよりも早く広場からある言葉が湧き上がった。

「藩王様、お誕生日おめでとうございまーす!」
「おめでとうございます!」
「お誕生日おめでとうございます!」
面食らった藩王が後ろに控えているはずの藩士たちを振り向く。彼らは悪戯っぽくにまにまと笑うだけで、何も言ってこない。
「お前たち、まさか最初からこれを企んで……?」
「さあ、何のことやら我らにはさっぱり」
「藩王が慕われている証拠じゃないですか」

広場から「おめでとうございます」の嵐が過ぎ去って、人々の一角から歌声が流れ始めた。それは瞬く間に広がり、大合唱となる。
流れる歌声は、広く知られた誕生日を祝う歌だった。
その歌が何度か繰り返し歌われ、また「おめでとうございます」の声が上がる。
藩王は広場に向かって「ありがとう」と手を振りながら、傍目にも分かるほど赤くなっていた。

「マスクの上からでも分かるほど赤くなっていた」藩王の姿は、いつしか「マスクごと赤くなる器用な芸当ができる」といううわさになって、越前藩国内外に流れていったのだった。



(文責:椚木閑羽 イラスト:鴻屋 心太)

名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー