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『王女邂逅・外伝』

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echizen

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雑踏のあふれる天領空港において、ここだけは喧騒から隔絶されていた。天領空港のVIPラウンジ。
今は伏見藩国の主伏見と、その部下たるSP2名が居るだけだった。

彼が窓の外、遠くに目を遣ると、自国の特別機が最終チェックを受けているのが見えた。
天領での爆弾テロ以降、セキュリティの厳戒態勢が続いている。

SPは伏見から少し距離を置いて、その職務を遂行している。伏見がそうさせていた。
忙中の閑を得て物思いに耽る時、彼はいつもそう命じる。
特別機の準備が済むまで、彼はゆっくりここで過ごすつもりだった。

その寛ぎを破る者がいた。

「伏見藩王、先刻の藩王会議、お疲れ様でした。」

背後から声をかけ、恭しく礼をして見せたのは、東国人スタイルのサイボーグ。

「やあ、黒埼摂政。」

SPが黒埼の背後、挙動一つで黒埼を捕縛できる位置につく。伏見がそれを手の振りで追い払う。

「そちらもご苦労さん。今日は義弟の名代かね」
「ええ。パーフェクトワールドで対要塞戦の指揮を取った後、体調を崩しておりますので……」
「そうか。大勝は何よりだったが、大事にな。手伝えなくて済まんと、奴に伝えてくれ」

儀礼的な会話を済ませ、伏見は窓の外に視線を戻す。黒埼もその視線を追う。

「伝える相手は、わが主だけですか?」
「何の事だ」
「ぽち王女の事です。先刻、救出されたそうで」
「ああ、そうらしいね」

大して感慨もなく、伏見が答える。事情を知る者ならば、そこに違和を感じただろう。黒埼のように。

「出発まで、暫く時間がありそうだ。共にコーヒーでも飲みませんか」
「ナンパかい。ま、よかろう」

二人の後を追うSPを、伏見が手で制した。
「お前たちはいい。二人で話す。……そういう話だろう? 黒埼摂政」

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ぽち王女に関わろうとする者は、案外少ない。彼女の義兄弟たるになし藩王、伏見藩王、越前藩王、これくらいのものであった。敬遠もあったのだろう。

「義弟は、ぽちに会うつもりか」
「ええ。元は迷宮に自ら潜る予定でした。エースが動いていたとは知りませんで」

ラウンジ内の個室は、簡素かつ高級な調度品が揃えられていた。
二人が持ち込んだ紙コップのコーヒーが、なんとも不釣合いに見える。

「なら、もう終わった話だろう」

ソファに座り、伏見はコーヒーを啜った。湯気で眼鏡が曇る。

「いいえ。先日の『函』の内容はご存知ですか?」」
「さあな。勿体ぶらずに話せよ」

黒埼もコーヒーに口を付け、表情を曇らせ、机に戻す。改めて周囲に誰もいない事を確認する。
更にナショナルネットで電子妖精のコマンドレスポンスを確認。『盗聴無し』

「『王女の心は絶望に落ちている。』 函から得られた情報の一つです」

伏見はただ沈黙で応えた。

「このミッションは、王女を迷宮から連れ戻すだけでは終わらない。彼女の心のケアが必要だ。違いますか?」
「俺にやれと?」
「貴方だけじゃない。わが主も、そしてになし藩王も。……あなた方の言葉が必要です」
「言葉か」伏見の声には自嘲の色があった。「伝えるべき言葉など何がある。そんな物、数ターン前の話だ」
「……意外です。貴方の口からそんな台詞が出るとは」
「俺はもう、善意だけぶつけて、あの子を苦しませたくない」

伏見の口調は穏やかだが、断定の意思があった。

「世界中の誰が善意であの子を救えると信じていても、俺だけはあの子を善意なんてもので救えるとは思っていない。もし救えるなら、なぜ彼女は迷宮に降りた?」
「だが、世界の再構築では彼女の幸せにならない。だから伯牙さんを派遣した。そうでしょう?」
「勿論、彼女を見捨てたわけじゃない。ただ、俺は俺のやり方がある。」
「何故、直接会おうとしないのですか」
「彼女は俺が裏切ったと思うだろう。会えばなお傷つける」
「……そんな。」
「だから、その役目は越前に任せる。俺は……彼女の居場所を守る。役割分担。それだけの事だ」
「それでよろしいのか。貴方は」
「ああ」

黒埼は伏見の目を見た。真意を見極める視線。その言葉に嘘は無く、全てでもない。そう見えた。
ノックの音が静寂を破った。伏見の部下が主を呼ぶ。

「時間だ。では、これにて」

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ラウンジの窓から、伏見藩国へ飛び立つ特別便が見えた。
見送りながら、黒埼はすっかり冷めたコーヒーを啜る。貧乏性である。

《話は“隣で”全て聞いていた。ご苦労》

コーヒー吹いた。
ナショナルネット経由で黒埼に届いた電文は、紛れも無く越前藩王からの物であった。

「……“藩王特権”。確かに盗聴ではない……報告を省けましたが、ヒマですね貴方」
《ほっとけ。点滴中でな》
「……義兄様は、あなたに王女を託しましたよ。藩王」
《難題を押し付けやがって》
「少女一人を救えずして、何が藩王か」
《無論。それ以前に、私は兄だ》
「結構。難題は他にも山積です。さっさと済ませましょう」

世界は難題で満ちている。
それを解決するために、我らはここにいるのだ。

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