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雪華旅情

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雪華旅情


「ああ~生き返るうぅ」

 夜の露天風呂。思いきりノビをする少年が一人。ピョコンと跳ねた耳も可愛らしい少女と見間違うような少年。

「なんや親父くさいなぁ」

 そこにもう一人、越前には珍しい方言で苦笑いしながら湯につかりこむのは、これまた紅顔の、と形容詞が付きそうな美少年。

 越前に住む者なら大体このフレーズまで言えばピンと来る。言わずとしれた越前の美少年コンビ―――クレージュと鴻屋心太の二人である。

 二人は同じ越前藩士の灯萌や刀岐乃、閑羽といった越前の年少組と言われる面々と共にイワヤト温泉に来ていた。
 ちなみにこの面子と言えばRANKという青年が引率に付くことが多い。今回もその例に漏れず彼が引率役だったのだが、彼は昼間から刀岐乃という名の弾丸少女にほうぼう連れ回された挙句、宿に付くなりダウンして現在自室で静養中であった。―――隣でその元凶がつききりで看護している状況を静養と言うならだが。

 閑話休題。

 越前藩民―――特に藩庁に勤める彼らには、越前が誇るイワヤト温泉の優待券が頻繁に送られてくる。
 お役所びいきと言うなかれ。実際藩庁の仕事が忙しくない時には藩士の年少組は頻繁に手伝いとして駆り出されているし、時には藩王や摂政自ら助っ人として飛び入りするくらいだから、これはまあ、言ってみれば当然の福利厚生であった。

 そんなわけで二人は宿泊宿である藩士御用達の温泉宿「介清」の露天風呂に来ていた。
 不思議なことにいつもそれなりの人で賑わっているその露天風呂に、今は二人以外の人影は無い。

「……なんやうちらだけやないか」
「うん、なんか貸し切りみたいで気持ちいいね♪」

 温泉の中でゆったり体を延ばしてクレージュはすっかりリラックス状態である。普段は立っている耳までもぺたんと寝かせて湯につかる様はまさに湯悦の極みと言った風情。 対して心太は根が商売人の性か、こんなんで経営大丈夫なんやろか、と一瞬疑問に思ったも、すぐに思い直した。
 横でのほほんとくつろぐ親友を見ていたら馬鹿らしくなったのだった。

「まあ、昼が昼やったしなあ……こういうんもええか」

 心太がぽつりと呟くと、クレージュがいきなり耳をピンと立てて顔を真っ赤にした。

「心太、お願いだからそれは言わないで!」

 この少年には珍しい、心底鎮痛な面持ちで口許まで湯につかってブクブク泡を吹く。
 心太も思わず「その時」を思い返して口許をにやけさせた。

 今日の昼の事である。一行(RANKと刀岐乃は除く)はイワヤト温泉卿に新しくできた温泉を使ったレジャープールに遊びに行った。

 そして目を疑った。
 なぜか一行の訪問予定を聞きつけたらしい人だかりが、人気の美少年を見ようと大挙して押し寄せていたのである。

 発端は温泉宿で美少年発見、という観光客がたまたま撮った写真に写ったクレージュを、ナショナルネットの個人サイトに載せたのがきっかけであった。 この記事がきっかけとなってネット経由の口コミでこの少年の噂が広まり、あっという間に温泉がイワヤト温泉郷だと発覚するに至り、一気に火が着いた。

 ハンター達が動き出したのである。

 猫の国には高名な美少年ハンターがいると言うが、ハンターは帝国にも、越前にも、もちろんいたのである。

 彼、彼女ら(深く考えたくないが男性も若干名、いた)はネットで出回った藩士一行の訪問予定を聞き付け、誰が言うともなく聖地への巡礼を開始した。その結果がこの時の状況である。クレージュは黄色い(一部野太い)声で叫ぶ熱狂的な一群に付きまとわれ、最終的にはもみくちゃにされてなぜか胴上げされかける、という目にあい、騒ぎを聞き付けたイワヤト自治団の屈強なサイボーグに彼らが連れ出されるまで狂騒に付き合わされたのだった。

「―――あれはけっさ……大変やったなあ」

 笑いを堪えて口許をひくつかせながら心太が言う。
 クレージュはぶすーっと頬を膨らませて抗議する。

「笑い事じゃないよ!大変だったんだから!」
「だって他人事やし♪」
「……し、心太だって小笠原に行った時―――」
「ッ!」

 今度はその単語に心太が反応した。

 前に小笠原で夜明けの船の面々と会った時、船に乗る200人の戦闘狂……もとい子供達にいきなり襲われる―――実際には強さを計っていた―――という恐怖体験はしっかりと心太の心に地雷として埋め込まれていた。

 その地雷を踏まれた心太は、刹那、義体の限界を超えて反応していた。
口封じとばかりにいきなりお湯を浴びせかけたのだ。

「い、言うな―――!!!!」
「わぷ~っ!!??」

 びしょびしょになってフルフルと頭を振るクレージュを見て、息を荒げる心太。しかし、その一瞬の隙をクレージュは見逃さなかった。

「はあ、はあ……まったく、いらんことを言うから―――」
「えいっ」
「はわーっ!?」

 クレージュの報復攻撃。あやまたず顔面に命中。

「やりおったな~ー!」
「ぼーっとしてるのが悪いのさ♪」

 二人は無言でお互い距離を取るとキッとにらみあった。裸で。
 心太がビシッとクレージュを指差す。

「いつか決着を付ける日が来るとおもっとった……っ!」
「前にときのんを退けた心太の潜在能力……一度試してみたいと思ってた」

 二人とも大真面目な顔で言葉を放つ。もう一度言うが、二人とも裸である。

「王を嘗めたらあかんでーっ!」
「剣のいない王なんてっ!」

―――ちなみに、お互い王だったりするが。その剣はと言えば……。

/*/

遠い越前政庁の倉庫。自分たちの王の現状など露知らず、パーフェクトワールド遠征用の物資を黙々と運ぶサイボーグが二人。

「へーっくしょいッ!」
「どうしたい夜薙の旦那?……ヒーターの調子でも悪いんか?」
「いや、大丈夫だ。どうせ温泉行ってる連中が何か言ってやがんだろうさ」
「ははっなるほどね。にしても……」
「ああ……」
『俺達も行きたかったなあ~』

 二人の嘆息は雪空に虚しくかき消えた。

/*/

 舞台は戻って介清の湯。辺りには夜雪が舞いはじめている。

 しかし対峙する二人の間には徐々に熱気が増していた。

<思考モードを対義体戦闘用に。戦術思考は温泉地での白兵戦仕様に変更>
<露天風呂内の器物を使用した戦術オプション表示>

 戦闘モードに入りながら二人が思ったことはただ一つ。

(この勝負―――)
(―――お湯をかぶった方が負けだ!)

 世にもくだらない戦闘のはじまりであった。

/*/

 最初に沈黙を破ったのは心太。
 掬った水を手のスナップで弾丸のようにクレージュに叩きつける。

「先手必勝や!」
「甘いっ!」

 しかしクレージュも伊達に修羅場をくぐってはいない。心太が動いた瞬間に手近にあったケロ○ンのタライを掴んで即席の盾となし、水弾をガードしていた。

カコォンっ!

 水が当たったとは思えない音が響く。サイボーグの力で放たれれば、ただの水でも立派な凶器であった。
 飛び散る水しぶきの中、二人は絡み合った視線を離さず火花を散らしあう。

 次に動いたのはクレージュ。タライに掬ったお湯をぶちまけて即席の弾幕と為し、そのタライを露天風呂の洗い場に滑らせ、自分もまたお湯を蹴立てて飛び出した。心太は咄嗟に身をかわしてお湯をやり過ごすと、自身は温泉に浸かったまま、身を翻したクレージュに次々と水弾を撃ち込んで追撃する。
 クレージュは辛くも全弾回避。が、攻撃手段が無いため徐々に追い込まれていく。

「失敗したなあ、クレージュ?温泉から出るとはお前らしくない失敗を――――」

 そこまで言いかけて不意に心太の心に警戒の火が灯った。クレージュは回避の際に洗い場の蛇口を捻っていた。そしてその蛇口の下で満旦の冷水を湛えるのは――――滑り込ませたタライ。

その瞬間、心太はようやくクレージュの巧妙な作戦を看破した。

「しまった!?始めから水が目的やったんか!?」
「ふふ、気づくのが遅いよ、心太?―――ここまでだっ!!」

 水弾など比較にならないタライ一杯の冷水という暴力。一瞬動揺した心太の弾幕が乱れ、クレージュの射程圏内への接近を許してしまう。

「これで終わりだよ、心太!!」

 放たれる冷水の洗礼。
 だが、満旦のタライから冷水をぶちまけるには、一度引く必要がある。クレージュは前進の反動を利用してその動きを最小限にしていたが、わずかな引きの動きだけは省略できなかった。

 心太はその一瞬の隙に賭けた。弾道予測。
 冷水が放たれる瞬間に、お湯を蹴立てすり足で斜め前方に踏みこむ。

「クレージュ!まだ終わってないで!」

 時間が凍りつくような一瞬。戦闘モードに入った感覚の増大が時間を引き延ばす。

「………」

 永遠に思えるような一瞬の後、冷水が、心太の横を掠めた。
―――回避成功。

「これぞ秘技ドット移動……まだ運はあるようやな」
「ふふっ……」

 だがそこにいたのは必殺の一撃を回避されてなお、満面の笑みを浮かべて佇むクレージュ。

 心太の背に今度こそ戦慄が走る。

「―――まさか、今のは陽動!?」
「そのまさかさ!!」

 クレージュはタライからわずかな水を手の中に満たしていた。最初の一撃は回避されることを見越した上でのフェイク。

 次の瞬間、クレージュの手の中の冷水が弾丸となって心太を襲った。

「今度こそ終わりだよ、心太!」

 回避後を狙われて心太は動けない。だが、わずかな驚愕を露わにしたのはクレージュの方だった。

「いいや、まだや」

 心太が、笑っていた。この絶望的な状況の中で。

 剣に隠れて戦闘力的には目立たない王だが、それでも全身義体化された四肢は常人とはかけ離れた戦闘能力を持っている。しかもその戦闘に関するセンスは群を抜いており、剣と共にあれば一軍に匹敵する、とまで言われていた。

 そのセンスが、如何なく発揮されていた。

 クレージュの笑みを見た瞬間、戦慄と共に、心太はとっさにその義体のリミッターを解除していたのである。これによって出力や反応速度は一時的に通常時の約3.38倍に跳ね上がる。

 どうでもいいが、こんなくだらない戦いで王のリミッターが解除されたのはこれが初めてであろう。彼らの義体開発を担当した越前最高の義体工房「開発特殊義体研究所」も恐らくまったく想定していないケースだったに違いない。

 リミッター解除時特有の紅い瞳の残像を残しつつ、心太は水の抵抗を感じさせない文字通り流水の如き足さばきで旋回し、吹き付ける水飛沫を回避した。

 水の掠めた頬に薄い筋が入る。直撃を受ければ無事では済まなかったろう。
 リミッター解除で過熱した義体に降った雪が蒸発して水蒸気を上げる。

 再度正対した二人は、どちらともなく口の端に薄い笑みを浮かべた。 

「さすがやな、クレージュ。危ないとこやった」
「心太こそ。まさかアレをかわすとはね」
「ふふ……」
「あはは……」

 心太がゆっくりと拳を突き出し、ニヤリと笑う。
 クレージュも元の人懐っこい笑みを浮かべると、こつんっと拳を合わせた。
―――そして同時にくしゃみをすると、いそいそと温泉に入りなおした。

 義体とは言え裸で雪の降る中はさすがに寒かった。

/*/

 温泉に入りなおすと、不意に灯りが消え、明りに隠れて見えなかった本来の星空が姿を見せた。

「ちょうど……時間みたいやな」

 不意の消灯にも関わらず、二人は黙って夜空を見上げた。
 そこにはもう何のわだかまりもない。

「うわあ…」

 空を見上げた二人が思わずため息を漏らす。

 夜空に、幻想のような世界が広がっていた。

 空を埋め尽くす星、星、星。そしてその満天の星空の合間に、まるで悪戯な妖精のようにはらはらと舞っている星がある。

「これが……」
「蛍雪!」

 舞星。別名・蛍雪。空を舞う星の正体は発光する雪であった。 

 雪に理力流の流れが作用してできる、越前でしか見れないだろうその幻想的な光景を、古今の越前人は「蛍雪」と呼んで愛でた。今回の温泉旅行の目的も実に30年に一度しか見られないという、この蛍雪のためだった。

「あ、あっち」
「どれどれ……わあ♪」

 心太の指す方にあったのは露天の隅に佇む枯れた老大樹。
 蛍雪が枝に積もったその大樹は今、往時を取り戻したようにその枝に見事な光の華を咲かせていた。

「……来てよかった」
「うん。ほんとに」

 二人は飽かず光が止むまで蛍雪を愛で続けた。
―――そしてその後のぼせた二人は刀岐乃から介抱されることになるが、それはまた別の話である。

                         <雪華旅情>改め
                         <雪華友情>―――了

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