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観光地の復興

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echizen

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観光地の復興


『イワヤト温泉郷復興報告書』


 (「序章・その喪失の経緯と復興声明について」より一部抜粋)

  • 22018002:
 過日のクローン騒動に対して越前首脳部は急ぎその対処をまとめた法令を発布した。しかし、事態は水面下で想像もつかない方向へと進み始めていた。医療関連に限定されていたクローン法案の穴をつき、医療用以外のクローンの作製が増加しはじめたのである。対策に乗り出した頃には、既にクローンの生産は歯止めのきかない所まで膨れ上がっていた。

  • 62018002:
 悪化する状況に対し、越前首脳部では再度この問題に対処するための法案を発布した。
クローン人に対しての倫理規定をまとめたこの追加法案は、それまでの状況に一定の効果があったものの、クローン人の基本的人権に対しての言及がなく、今度はクローン人の家畜化が進むこととなってしまう。破局は目の前まで迫ってきていた。

 そして運命の日。

  • 82018002
 未明より飛来した竜達の炎によって、藩国の第四層までは20秒ほどで融解。
 それと同時に、決して望んでこのNWに生を受けたわけではなく、しかして生まれた後はその出生はもとより存在は人類として扱われるべきだった報われぬ数多の命が、一瞬にして奪われた。

 彼らを生みだしてしまった罪、そして生まれてきた彼らに過酷な運命を味あわせた罪。我々は彼らに対し、全てにおいてそれらの罪を償うことすらできなかった。
 我々はただ彼らがいた証と、そして己が宿業を、藩国に刻まれた傷痕を眺めることでゆめ忘れえぬように各々の胸に刻み込み、もって藩国を平和に導くべく、努力していかねばならないだろう。


復興の軌跡


 凄惨な傷痕残るイワヤト温泉街だったが、連日の復旧作業によって徐々に人の営みが蘇ろうとしていた。
 傷痕の中心たる巨大なクレーターこそ進入禁止の処置が取られて手付かずだったが、その周辺には元温泉街の関係者を中心に仮説住宅が建てられ、現在はイワヤト温泉郷再建作業などに従事する人々であふれかえっている。
 このクレーター跡は地形にはほぼ手を加えず、その上に慰霊碑と資料館、そして竜災死没者追悼祈念館を建設し、これらも一つの観光名所とする予定だった。

 しかし、当然と言うべきか、この観光施設化には国内から多数の非難の声が上がった。

 悲劇の中心はそのままにして残すべきではないか、というのがその批判の多数であった。だが、藩王セントラル越前と摂政黒埼の発した声明によって、難民となったイワヤト地域の人々を中心に多数の支持が集まり、この声に押される形で建設は認可された。

「多くの同胞が失われた。多くの悲しみがこの地を今も覆っている。そしてこの地に刻まれた傷痕は、我々のテクノロジーに対する妄信、傲慢、そいて怠慢について、未来永劫消えない業の証となろう。だが。だが、それでも生き残った我々は、この業と悲しみを背負って生きていかねばならない。泣くのは、構わない。だが、涙を食っても腹は膨れんのだ。
 我々はこの災禍と業の跡を広く各国に知らしめると共に、その糧をもって前に進んで行く。そして逝った者達の想いを背負って、この越前を元の美しい大地に蘇らせよう。そしてそれこそが、“同胞”に対して、我々ができうる、最大限の償いなのではないかと思う」


復興の様子 閑羽の場合


「緑の封筒は空木くん、オレンジの封筒はまりあさん、青い封筒はSEIRYUか夜薙、ピンクの封筒は刀岐乃くんに渡してくれ」
「はあーい」
仮面の男、佐倉から数色の封筒を渡され、閑羽は大きく手を挙げ返事をした。
「黒い封筒は私のところへ持ってくること。いいね?」
閑羽は封筒を胸に抱えたままこっくりとうなづくと
「いってきまーす」
と、藩王邸を後にした。

その姿を見送って、佐倉は軽く息を吐いた。
「さて、まず済ませなくてはならない仕事は、と……」



「空木くーん」
閑羽が屋根の上で作業を続ける空木に声をかけると、空木も気づいて大工道具を持ったままの手を振り返してきた。
閑羽が緑の封筒を掲げると、空木は近場の青年たちにいくつか指示を出し、足場から足場を素早く伝って閑羽の元まで移動した。
「佐倉さんからだよ」
「おう。ちょいと見るから待ってくれよ」
封筒を受け取って空木は中身を確認する。

中から出てきたのは何枚かの書類とピンクの封筒だった。
「この書類を刀岐乃嬢ちゃんところへまわせってんだな。必要資材の大まかな見積もりか。被害の大きい区画だけなら見当ついてるんだがな…」
空木が書類をにらんでる間に、何人もの青年たちが木材を運び、鉋をかけ、釘を打ち、建物の修繕に力を注いでいく。

彼らは被災者だった。

復興に駆けつけた空木の作業に、ひとりが協力し、ふたりが協力し、いつの間にか一度に5軒の土産物屋を修繕できるまでの人数になった。今では建築関係だけでなく、復興作業そのものの中心になっている。

「よし、ほかのところを回って、刀岐乃嬢ちゃんのところへ行く前にまた寄ってくれ」
空木の指示にうなづくと、閑羽は商店街を後にした。



一見すると寂れた道場のようにも見える建物。
そこは今、まりあがアトリエ代わりに使っている場所だ。
焼けてしまったり壊れてしまったりした店の看板を新しく描くためには、官舎のアトリエでは手狭だったのだ。
「まりあさーん」
外から声をかけたが返事が無いので、閑羽は靴を脱いで道場の中へと入り込んだ。
ガタついた襖を開けながら、いくつかの部屋を突っ切っていくと、ふきんのかかったお盆が廊下に出されているのを見つけた。
ふきんを持ち上げてみると、使用済みの皿が数枚重ねてあった。

その部屋のそっと襖を開けると、作業に集中するまりあの背中が眼に入った。

今は声をかけちゃダメだ。

不可侵の空気を感じ取って、閑羽は封筒を襖の内側に立てかけ、廊下に出されていたお盆を持って道場を後にした。



途中で炊き出し所に寄って使用済みの皿を返し、そこからは原付で移動する。
座席の高さやハンドルの位置を調整し、電子妖精による半(分以上)自動制御の機能を加えられた、閑羽専用車だ。
金槌の音が響く通りを抜け、資材置き場代わりに使われている空き地の横を通る。災厄の爪痕は深いが人々の目は光を失っていない。

泣くのは後からでも出来る。今はやらなきゃいけないことが他にも山ほどあるだろ。

豪快で力強く優しい、越前の肝っ玉母ちゃんたちは、そういって笑いながら、今日も何十人分もの食事を炊き出し所で用意している。





人影もまばらになり、壊滅した建物が続く。瓦礫の山を抜けると、今回の災厄の象徴とも言えるクレーターが見えてきた。その周りではSEIRYUと夜薙が立ち入り禁止のロープを張る作業を続けている。
「お、閑羽ちゃん」
夜薙が閑羽に気づいて手を振ると、原付は彼の傍まで来て止まった。
閑羽は原付を降りて荷台のボックスを開けると、青い封筒と小さな包みを二つ、取り出した。
「はい。封筒は佐倉さんから。こっちは炊き出し所のおばちゃんたちから差し入れだよ」
「うれしいね」
「ここからだと、気軽に飯食いに戻るって距離じゃないからな」
「摂政さまは?」
二人に包みを渡しながら、この時間はここに来ているはずの黒埼を探して閑羽が訊ねた。
「ああ、入れ違いだ。藩王と相談するって今日は戻って行ったよ」
夜薙が早速包みの中から玉子焼きをつまむ。
「ここはどうすることになったの?」
「わからんな。霊廟を建てるなり慰霊公園なりにするべきだって言う人たちと、ここを新しい観光資源にするべきだっていう人たちと、真正面からぶつかってるし」
閑羽の質問に、SEIRYUもランチボックスをあさりながら答える。
「両方の人たちのお話聞いてるの?」
「ああ。それでどうするのが国のために一番いいのか悩んでるよ」
「観光地にするにしても、霊廟にするにしても、このクレーターをそのままにはしておけないから、管理は必要だけどな」

閑羽は少しの間二人と話をして、また、来た道を原付で戻っていった。



復興作業の続く商店街の道は狭いので、再び原付を炊き出し所に置いて、閑羽は空木の姿を探した。
空木はすぐに見つかった。向こうもそろそろ閑羽が戻ってくるのではないかと、炊き出し所へ足を運ぶ途中だったのだ。
空木から書類の入ったピンクの封筒を受け取り、佐倉から託された同じ色の封筒も抱え、閑羽は刀岐乃が作業をしている申請所へ向かった。
仮設住宅の申請をしたり、店舗の修繕を依頼したり、あるいは家族や知り合いの安否を確かめたりと、さまざまな業務を行っている場所である。
本来は藩王邸まで出向いて何枚もの書類を受け取り申請をして、それからまた何日も待たなくてはならないような内容のものも、緊急時ということでかなり簡略化されている。
小型の端末数台を一人で操りながら、訪れる被災者たちに対応するのは骨の折れる作業だったが、刀岐乃一人ですべて対処していたのは最初の二日ほどで、すぐに近隣の者たちが手伝いたいとやってきた。
端末を操作できるのは刀岐乃一人だが、書類の書き方を教えたり、連絡先を聞いておいたりという簡単な対応は任せて置いて心配なかったし、働きづめの刀岐乃を心配して食事を差し入れてくれたりもするので、労働環境は悪くなかった。

閑羽は申請所を訪れる被災者の列を縫って前へ進んだ。閑羽も越前の藩士として国民に知られているためか、その姿に気づいた者たちが進路を開けてくれるので、刀岐乃の元にたどりつくのは簡単だ。

刀岐乃に佐倉からの封筒と空木からの封筒を渡す。二つの封筒の中身をざっと確認して、刀岐乃は手伝いのものたちに二つ三つ支持を与えると、書類棚から黒い封筒を何枚か取り出した。
「ハイ。急いで見て欲しい封筒は黄色でマルが描いてあるから」
「『ダイシキュー』っていうやつ?」
「そ。大至急っていうやつ。じゃあお願いね」
「うんっ」
刀岐乃から託された封筒をしっかりと抱え、閑羽は申請所を後にする。



藩王邸に戻ると閑羽はまず佐倉を探し、刀岐乃から託された封筒を差し出した。
「黄色いマルのはダイシキューです」
「ああ、わかった。悪いんだがもう一度まりあさんの所へ行ってくれるかい? 頼まれていた画材を届けて欲しいんだ」
うなづいて佐倉から画材の入った鞄を受け取る。
「まりあさんにこれ届けたら、そのまま炊き出し所のお手伝い行っていい?」
「ああ頼む。ただし、帰りは誰か大人の人と一緒に帰ってくるんだぞ」
「はーい」
そして閑羽は再び藩王邸を後にした。



「まりあさーん」
「はいよー」
道場の外から声をかけると今度は返答があった。
対応に出てきたまりあに佐倉から託された画材を渡し、自分に渡されるものが無いか確認する。
託されるものは完成した看板(閑羽一人でも運べるような小さなもの)だったり、使い終わった食器を炊き出し所に返すことだったり、「大物の看板を作るから人手がほしい」といわれ手伝いの者を募集したりと様々だ。
ごく普通に佐倉に宛てた黒い封筒のこともあるが。

託されるものは特に無かったので、閑羽はそのまま炊き出し所に向かった。



「ただいまー」
空木とともに藩王邸に戻った閑羽は炊き出し所で渡された包みを抱えていた。
「お帰り。ご苦労様」
廊下で鉢合わせた黒埼はいつにもましてヘロヘロだ。
「摂政さま大丈夫? 炊き出し所のおばちゃんたちも心配してたよ」
そういって閑羽は手にしていた包みを渡す。
「炊き出し所から摂政さまに差し入れだよ」
「やれやれ。被災者に心配されるとは、立場が逆だな」
「『自分たちのためにがんばってくれてるんだから』って」
「気持ちは有難いんだが、この前みたいに包みを開けたらブドウ糖一瓶とかは……」
「あれは大工のお兄ちゃんたちからだから」
「では、有難くいただくとしよう」



(ここの土産物店は順調に復興中だな。)
(できれば明日にはこの区画は終わらせてしまいたい。)
(ここの温泉宿は、そろそろ営業が再開できそうだ。)


佐倉は集まってきた書類や情報を整理しながら、頭の中で復興の予定を組んでいく。

被害者たちの安否確認状況は。
この区画にはぼちぼち住民を戻せそうだ。
こっちの区画が終わったら炊き出し所を少し移動させたほうがいいかもしれないな。

指示を出さなければならないことはメモに残し、今夜のうちに用意できる書類などは準備してしまう。

はじめに佐倉が書いた復興予定表よりも、実際の作業のほうが順調で、予想より数日早く被災地の復興が叶いそうだ。

「やはりみな、この国が好きなのだな」

立ち上がった被災者たちに向ける言葉は、尊敬と、感謝と。



それから4日。
越前の観光地は部分的に営業を再開した。
それからさらに3日かけて、すべての宿や店が営業を再開した。

観光客での賑わいが戻ってくるのも、もうすぐだ ――


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製作


  • 『イワヤト温泉郷復興報告書』~復興の軌跡:刀岐乃
  • 「復興の様子 閑羽の場合」:椚木 閑羽(絵・文ともに)
  • ページレイアウト調整:黒埼紘

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